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2019-11

宿禰慧一 「イリュミナシオン」 1 - 2009.06.24 Wed

宿禰慧一 「イリュミナシオン」
keirin7


1.
 世をいつわりの 黒染めの 
 僧衣の袖に 狂おしの 
 恋慕のほむら おしかくし…


 寒の戻りが長引いて、桜の花は四月半ばになっても満開の姿を留めていた。
 病院の待合室の開け放たれた窓から、ゆるい風に舞い落ちる桜の花びらに目を奪われながら、遠くから聞こえる赤ん坊の泣く合唱を快く耳にしていた俺は、ひときわ高く泣く声に思わず立ち上がった。
 弟、凛一の誕生の声を聞いた瞬間だ。
 小学三年の春だった。

 硝子越しに並べられた小さなベッドのひとつに寝かされた赤ん坊を、ひとつ年下の妹、梓と並んで見つめていた。
 2800グラムと小さめではあったが、元気なベビーだった。
 宿禰葵と書かれたカードのベッドに眠る小さな凛一は、この世に産まれたばかりの無垢な燐光を放っていた。

「赤ん坊とはよく言ったもんだわね。まさにコザルだわ。あ、泣くと益々おさるさん」
 梓が屈託なく言う。
 産まれたばかりだから仕方ないだろうと言う前に、又、口を開く。
「でも、自分と血の繋がった弟だと思うと、どんなサルでもこの上なくかわいくてたまらないわ。これが肉親の愛情っていうわけね、慧兄さん」と、満面の笑みを湛えて梓が俺を見る。
俺も同じように感じていると応え、
「彼は僕達に与えられた天の賜だよ、きっと」
「あら、慧兄さまにしては夢見がちなことを言うのね」
「だって、あれは…まさに光の象徴だよ。そこに居るだけで、僕達の心までも清浄にする力に溢れている」
「そうね、きっとあの子は私達を約束の地に導いてくれるわ」
「約束の地?」
「そう、人々が求めてやまない幸福の地よ」
「一緒に行けるといいね」
 俺は梓に微笑んだ。
「きっと、行けるわ」
 梓も俺に笑いかけた。
 真っ赤な顔で泣いている凛一は、俺達の思惑など知ったことではないだろう。


 母は元来身体の弱い性質で、今回のお産も危険だからと医者にも強く止められたが、父や周囲の反対を押し切って凛一を産むことを決めたらしいのだ。
 俺と梓は母が亡くなってから、その話を聞いたのだが、命を賭してまで産んでくれた凛一であるなら、殊更に大事に育てようと心に誓ったものだった。

 あまり家事をすることが出来ない母の代わりにハウスキーパーが家事全般を請け負い、母はもっぱら凛一の世話にかかりっきりになっていた。
 しかし、母には充分な休養が必要だということで、夜の凛一の世話は俺と梓の係りになった。
 どこの小学生に両親が揃っているのに赤ん坊の世話をやらせる親がいる、と思ったが、父は出来るだけ家族の手で凛一を育てようと、些か勝手なことを言い張るので、俺達も渋々承知したというわけだ。

 凛一はあまり病気もしない丈夫な子だったが、夜泣きだけは何故か毎晩のように続くので、昼間、真面目な小学生をやっている俺と梓は、慣れるまでが大変だった。
 泣きだすと止まらない凛一を抱っこしては、手の空いた方がミルクを作って飲ませたり、オムツを替えたり。
 ぐずる凛一を抱っこしたまま二時間以上も部屋の中をうろついたり、ひどい時は目が冴えて眠ろうとしない凛一を一晩中あやしたこともある。

 ベビーシッターを頼んでくれと両親に言えば良かったのだが、いつしか梓も俺も、夜に仰せつかる凛一の世話が面白くなってしまっていたんだ。
 すべては凛一の可愛さの所為なんだが、あの頃は学校が終わると一目散に帰宅し、母の傍にいる凛一の姿を飽きもせずに、始終見つめていた。

 サルみたいだと言った梓の言葉は一体何だったのだろう。
 人間とはこんなに美しい生き物としてこの世に存在しえるのだろうか…
 俺は純粋な「美」を凛一の中に見いだしていた。

 凛一は見事に美しかったのだ。
 その容姿も魂も…
 すべてが俺を魅了してやまなかった。









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宿禰凛一の過去話「追想」の初めはこちら 




宿禰慧一 「イリュミナシオン」 2 - 2009.06.26 Fri

2.
母は身体の弱い人だったが、豊かな感性の持ち主で、梓はその性質を母から受け継いでいた。思った事を躊躇いもなく、言葉にする。夢見がちでありながら、現実主義でもある。
母と梓は言葉なくても理解し合える師弟のように、仲が良かった。
俺は傍でみて、随分羨ましがったものだ。

俺は、母が凛一を胸に抱き、傍らに跪く梓を見ながら、ルネサンスの聖母子像を思い浮かべた。
完璧な三角形の図がそこにはあった。
平和と家族愛…それは紛れもなく正しい秩序となる。
俺はそれを眺めてはこの上もなく、満ち足りた気持ちになった。

女同士というものはああいう風に分かち合えるのか。じゃあ、俺と父親はどうだ?
…なにもない。憎みあうものも無ければ、なにひとつ分かち合えるものもない。
父親とはこういう縁であると諦め、せめてもうひとりの同性である凛一には、相当の信頼を分かち合おう。
俺は強く願った。

俺は両親への想いと梓との関係、そして凛一に対する愛情の質が全く違っていることを、凛一の誕生で知った。
多分それは兄弟という縁でむすばれた感情であろうと信じていた。
だがそれも凛一が成長していくにつれ、少しずつ変わっていることに気づき始めていた。

きっかけは母の死だった。

母の存在は偉大だったといえよう。
それからの俺のマトモとは言えない感情を、母は少なくとも俺自身に判らせぬように鍵を掛けていたのだから。
母は知っていた。少なくとも俺が凛一に対してどんな想いで見つめているのかを。
その上で言うのだ。
「母さまはもうすぐ居なくなってしまうけれど、慧一は悲しまずにいてね。そして、凛一を守ってちょうだい。あの子を光に導くのはあなたにしか出来ないから」
その意味をすぐには理解できなかった。
母は俺に何を見たのだろう。俺には暗い闇しか見えていないというのに…
俺にこの無垢な弟を押し付けて…どうしろと言うんだ。


       aoi

「片方の魂が居なくなってしまったわ。もう母さま以上に同じ色合いの魂には出会えないわね」
棺に眠る母を見つめ、梓が泣きじゃくる。
5才になったばかりの凛一は泣くでもなく、ただ黙って俺の喪服の裾を握り締めたまま身体ごと凭れかかる。
母が気に入っていた艶のある長い黒髪の所為で、凛一は喪服を着た日本人形のようだ。
「凛、お母さまとお別れするといいよ。ほら、抱っこしてあげるから」
「…お母さまは…こんな狭いベッドで眠っているの?」
「凛…お母さまは眠り姫になっちゃたのよ。もう千年しないと目覚めないわよ」
梓が泣き笑いながら言う。
「じゃあ、僕の方が早く死んじゃうね。キスで起こせないよ」
俺も梓も驚いた。「死」の概念は理解できていても目の前の母の姿にそれを当てはめられないのか…それともそれもわかって言っているんだろうか…
すぐに後者だと悟った。
「お母さまは天国で僕を見守ってくれるのでしょ?じゃあ、今までと同じじゃない。寂しくないよ、僕。慧も梓もいるからね」
俺と梓は顔を見合わせた。
屈託のない笑みで笑う凛一に何の罪があろうか。
回りの者は、その意味もわからないままに、あどけない凛一を哀れんで泣いていた。

母が亡くなってから、傍目には何も変わらないと思っていたが、今まで病気知らずの凛一は体調を壊すことが多くなった。
熱を出したり、食事を取らなくなったりするので、病院に連れて行くが、医師は精神的なものだろうとしか判断しなかった。
父と俺たちは、昼間は家政婦さんとふたりでいる凛一に幼稚園に行くように勧めたが、凛一本人がそれを嫌がった。
「僕、おうちで慧と梓を待ってるから、早く帰ってきてね」と、泣きそうな顔で言われたら、俺も梓も無理強いは出来なかった。
学校から帰ると、凛一は広い庭でひとりブランコに乗ったり、砂場で遊んではいたが、その姿は寂しげで、帰宅した俺の姿を見ると、走り寄って抱きついてくる。そのくせ「寂しかった?」と、言うとかぶりを振るのだ。
素直じゃない様もいじらしく、抱きついた凛一の黒髪を撫でてやっていると、「源氏の君が紫の姫君を愛でられた心地がわかるんじゃない?兄様には」と、横で梓が素っ気無く言う。

或る夜、凛一の隣で添い寝をしていると、急に凛一が起きて、「怖い」と泣く。
怖い夢でも見たのかと問うと、「ちがう、あそこに怖いのがいるの」と、部屋の隅を指差す。
暗闇に目を凝らして見るが、何も見えない。
「何もいないよ、凛」
「ううん、いるの。僕を連れて行くってゆうの」と、しくしくと泣く。
俺は思った。
ああ、アレだ。シューベルトの魔王じゃないか。
「大丈夫だよ、凛、俺がいるだろ?」
「だって…怖いもん」
身体毎すべてを預けて俺にしがみつく凛一の身体は震えていた。
あの親父はどうやって最愛の吾が子を喪った?
…間違ってはいけない。
あの親父のように何も気づかないバカに成り下がる気はない。
魔王だろうと、死神だろうと渡さない。
これは俺のものだ。誰にも指一本触れさせるものかっ。
俺は凛一の指差す一点を見つめ、全身全霊を向け言い放った。
「去れっ!」と。

俺の声に、身の内で脅えていた凛一の体が一瞬だけわなないた。
凛一がゆっくりと顔を上げ、そこを見る。
「どう?まだ見える?」
「…ううん、もう、いないみたい」凛一はほっとした顔をして俺を見つめた。
「慧はすごいね」
心服した面持ちで俺に笑いかける凛一をこれ以上愛おしいと思ったことはない。
俺は勝ったと思った。
凛一を襲う悪夢にも、凛一自身にも…
俺は凛一を支配できる。王にさえなれると思った。

しかし、その企みは凛一の次の言葉にあっさり覆される。
「慧は僕の騎士(ナイト)だね」
「…そう、なの?」
「そうなの」
呆れるほど簡単に王から臣下へと急降下だ。思わず苦笑いに口が歪んだ。
「じゃあ、梓は?女王様かな?」
「梓は乳母役だよ、僕のお世話係だもん」
「それじゃあ、凛は王様か王子様なのかい?」
「ううん、僕はね、お城なの。みんなを守ってあげて、お家に入れてあげて、それで攻めてきてもてっぺきの壁で、みんなを守るの。すごくがんじょうできれいなお城なんだ。すごく高くてね~てっぺんからは世界中がみわたせるんだよ」
「…それ、梓から教えてもらったの?」
「ううん、自分で考えたの。大きくなったら今度は僕がこわいのから慧を守ってあげるからね」
「うん…そうだね、凛はお城だから…俺を…救ってくれるね」
その晩、俺は小さな凛一をしっかりと抱きしめたまま一寸も離さなかった。

俺は時折凛一の背中に虹色のツバサを見る。
六枚の玉虫色に輝く羽は、光に溶けるようだ。
そして影に入る瞬間、発光するように輝きを増す。
「慧っ!」
喜色満面に湛えた凛一が、俺の名を呼びながら、胸に飛び込んでくる。
俺はその虹色のツバサが眩しくて目を閉じる。
身体に受けた凛一の重みを感じ、ゆっくりと目を開けると、そのツバサは夢幻のように消え去るのだ。




text by saiart


1へ /3へ.
宿禰凛一の過去話「追想」の初めはこちら 



宿禰慧一 「イリュミナシオン」 3 - 2009.06.28 Sun

3.
母の一周忌が過ぎた頃、父のロンドンへの転勤が決まった。
家族全員で一緒に行くか意見を求められた。
俺と梓は話し合った上、この家に残ることを選んだ。
父は俺たちふたりで凛一を育てるのは無理だと、母の姉である伯母に凛一の養育を頼んだが、俺たちは猛反対した。
今更凛一を他の誰かに預けるなんて、出来るはずも無い。
まさにあれは俺たちにとって、珠玉の宝であり、あれなしでは生きている価値を見失ってしまう…そう思い始めていた。
それは肉親への深い愛情であり、真の慈しみであり、利己や打算など一片も無い。
少なくとも梓の方には曇らすものなどないだろう。
だが俺はどうだ。
凛一を独占したいという想い、支配しようとする圧力…
そしてわだかまる抑圧された感情。
光の影に潜む猥雑な欲情が覗き見する。

凛一は俺たちに良くキスをした。
それは母親の残した愛のある性癖でもあった。
キスは信頼と安心の印であり、凛一にとっては自然の行為だった。
凛一の上唇は富士の形を描き、その下にはそれを移す湖が艶めいている。媚びているわけでもないのに、どうしたらそんな魅惑的な顔ができるのだろう。
意識下で俺を誘っているのか?そんな妄想に囚われてしまうほどに、凛一はかわいいのだ。
その口唇が俺に触れる。
暫くの陶酔の後、やわらかい口唇から忍び込む凛一の舌が俺のソレと絡むと、凛一は掬い取るように離す。
そして保護欲をそそる満面の笑みで「慧、大好き」と言うのだ。
誰がこの子の無垢なる媚態に勝てようか。

同じように梓も凛一の誘惑には参ってしまったようだ。
凛一にお小言ばかりを言うくせに、キスのおねだりには勝てない。
同じようにキスの挨拶を受けるたび、梓の顔も陶酔と困惑の入り混じった顔で、瞳を宙に浮かせていた。
俺たちは凛一に良く言い聞かせた。
キスをするのは俺たちだけにしなさい、と。
こんな甘い蜜のような感覚は、ふたりだけの特権にしなければならない。

凛一は人見知りもあまりしない為、家を出ると誰彼に対しても、気前よく愛想を振りまく。
当然その愛らしさから、大方の人は幸いの笑みを返し、何かと良くしてくれる。
田舎から送ってきたからと珍しい果物やお菓子は当たり前で、上等の服や靴、宝石までもこの幼子にやろうとするのだから、こっちもたまったもんじゃない。
またもや凛一に言い聞かせなきゃならない。
知らない人に笑いかけちゃ駄目。話をしてもついて行ってもいけない。変なことをされそうになったら大声で叫ぶこと。
バカみたいに何度も繰り返し、俺と梓は世の親バカどもの気持ちが嫌になるくらい判る気がした。
もしも凛一が世の中の悪の部分に犯されたら…と、思うと、居ても立ってもいられない。
とうとう凛一を自分も習っていた空手と古武術に連れて行き、自分の身は自分で守るよう、鍛錬させることにした。

かわいい凛一は育つにつれ、かわいさよりも整ったあでやかな美しさという容貌になり、俺はまたそれに頭を抱えた。


凛一の塵ひとつない真っ向から迫る信頼と愛情の行為に、俺は年を追うごとに恐れを為していた。
ただの肉親の愛情表現だから、それを受け止める俺自身が慌てる必要もない。
母親だったら凛一の行為になにを恐れ戦く必要があろうものか。
しかし俺は…凛一に肉親以上の感情を常に抱いていて、それが消え去ることもなく、また消すことも逃げることすら出来ないままで、凛一の傍にいるのだ。
どれだけの忍耐力を必要としたと思う。
考えただけでマゾヒストになれる。

弟じゃなかったらどれだけ救われたか…俺は一時期この妄想に囚われ、自分が貰い子であればいいだとか、両親のどちらかが凛一とは違っていたらだとか、少しでも肉親の縁から離れられる手立てを考えていた。
実際区役所の戸籍まで確かめに行ったのだから、藁にも縋る心持ちとはこういう事なのだろう。

なぜ凛一なのか。
なぜこの想いが凛一にしか向けられないのか。
これはもう妄執ではないのか。
なにかの呪いじゃないのか…
俺は何かが間違って産まれてしまったのか…
これは本当に欲情なのか?
情欲とは愛情の本質ではないのか?
凛一を欲しいと願うのは裏を返せば、真実の愛と言えないだろうか…

それともこの猥雑な欲望は、時が来れば、ああ、あれはただの悪い夢だったと笑えるものになるのだろうか…

俺は決して自虐的体質ではないが、凛一への邪まとも思える妄執にとりつかれると、その恐ろしさに身体の底から震える時があった。
いつか、俺の箍が外れこの純真な弟を汚してしまうかもしれない。
俺はその妄執が頭を横切る度、真正面から俺を見つめる凛一の視線から目を逸らし、見まいとした。
しかし、目蓋を閉じても凛一の輝きは網膜を焦がすほどに眩しくて怯まない。
俺はとうとう自分のこの嗜好を認めざる負えなくなった。


クリスマス聖母39



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宿禰凛一の過去話「追想」の初めはこちら 


宿禰慧一 「イリュミナシオン」 4 - 2009.07.02 Thu

4.
俺は13で性を体験した。中2になる春だった。
まだ母は生きていた。
その頃の凛一はまだ幼く、さすがに性の対象にはしかねる存在だったが、さりとて彼以上に興味そそるものは少なかった。
俺は自分をもてあましていたこともあり、また思春期特有の反抗心も高じて、日頃の優等生の自分を壊すものになりたがった。

塾に行く必要はなかったが、春の特別受講を友人から誘われ、俺は家から少し離れた塾に二週間ほど通った。
俺のクラスの数学教師は色白で眼鏡をかけた優男風の男で、有名大学のアルバイト講師だった。
教え方も上手く、俺はわからない事があったら授業が終わっても納得するまでしつこく粘った。
勿論、裏はある。
彼はゲイだと思ったからだ。何故そう感じたのかは判らないが、後から考えれば同じ穴のムジナという事になろう。
彼もまんざらでもなく、夜遅くなると家まで送ってくれたりした。
特別受講も終わる日に、俺は授業が終わるとお世話になったお礼を言いに、事務室に向かった。
彼はこのまま塾を続けないかと引き止め、俺は残念だがと、はっきり断る。
彼は暫く考えた後、「ちょっといいかな」と俺の手を掴み、外へ連れ出した。
外は暗く丑三つ時とは言えないまでも、人通りは少なくなっていた。

「考えたんだけど…」
「何を?」
「…宿禰君の事、このまま離すのは辛い」
「…どういう意味かわかりかねますよ、先生。はっきり言って下さい」
「君が好きだから…寝たいってことだよ」
「…いいですよ」
「…本当?」
「でも僕は、下にはなりませんよ。ご覧のとおりプライドが高いんですよ、俺は」
「…わかってるつもりだよ。でもいいのかい?」
「二言は無しですよ、先生。あなたがそういう目で俺を見ていたのは知ってたからね。正直俺も初めてだから判らないことが多いんだ。それもご教授していただけたら、嬉しいね」
「…君って子は怖いね。その美貌に惑わされたのは間違いないけど…つかまったのは僕の方ってわけだね」
「それではあなたの立場はないでしょう。僕はかよわい中学生ですよ、先生」
揶揄するように笑うと、それを見た彼は自分の白い顔を手で撫でた。
俺はその夜、この男を抱いた。

俺はこの男と半年程付き合った。
それ以上付き合うと向こうが本気になりそうだったので、頃合を見計らって後腐れなく別れた。と、言っても彼と付き合っている間は、彼の友人の大学生の女や男どもを紹介していただき、いい経験をさせてもらったので、それなりに感謝している。
自分の性癖もはっきりとわかった。
結論としては女とやるより男とやる方が、断然に快感を得られる体質であり、俺はゲイなのだと自分で悟った。
少なからずショックはあったとしても、そう悲観することでもない。
元々結婚にも恋愛にも夢を見てはいない。
俺にはもっと目の前にあるものを守りたいという生き甲斐がある
生き甲斐…もはやそれしかいいようがない。

学校では人当たりもいい誰にでも親切な優等生を演じていた。
何の苦労も無くイイヒトを演じられる自分自身を嘲りながら、見事に人を欺くことを嬉々としてほくそ笑む自分が居た。
部活や生徒活動を勧められても、家庭の事情という事で免除された。
事情を話せば納得どころか同情さえ買うことができる。
俺は凛一以外の奴等にはなんの興味も沸かなかった。

校内の修了のチャイムと共に学校の門から飛び出すのが俺の日課となっていた。
俺は母とその傍らで無邪気に遊ぶ凛一と観ているだけでうっとりとし、俺を見て駆け寄る凛一にこの上もなく高揚するのだ。

或る日、母の傍らで眠る凛一を眺めていると、凛一の頭を撫でていた母が俺に言う。
「慧一はいい子になりたいわけじゃないのに見せたがるのね。長男だから周りの期待に応えようとしちゃうの。でもね、私はわかっているの。あなたが導く者ってことを。だから自分の思い通りに生きていいのよ」
俺は驚いた。今まで母がこんな核心めいた言葉を俺に言ったことはない。
俺は思わず許しの言葉を口にした。
「俺は…間違ってない?」
「全き正しく生きる者よ。手の中の炎を決して消さないでね」
母はそう言うと、眠る凛一を抱き上げ、俺に渡した。
「少し眠るから、凛一をお願い」と、ベッドに横たわり目を閉じた。

それから少し経った後、母は眠るように亡くなった。

あれは俺への慰めだったのか、指針だったのか…腕に眠る凛一の寝顔を見つめながら俺は何度も思い返していた。
俺はこの腕に眠る凛一を愛している。
この子の幸せの為なら、自分の身を犠牲にしても構わない。
何もいらない。この目も耳も足も…この子を抱きとめる腕が残ればそれでいい。
そう願うのは間違った愛なのだろうか…
いや、母は正しく生きるものと言った。ならば…

「大丈夫?慧」
まだあどけなさを残した7つの凛一が、俺の顔を覗いて首を傾げる。
「大丈夫だよ、凛」
「じゃあ、ここの計算問題教えてよ」
当たり前に繰り返される平穏な日常にさえ、俺は抑えきれない感覚に陥ることがある。
こんな幼子に抱く感情じゃない。
どんなエロ本や映画を見たって興奮しないのに、凛一が近づくとただならぬものを感じてしまう。
この信頼を裏切るくらいなら、俺は凛一の前から消えた方がまだ救いがあるんじゃないのか?
なにより梓に知られるのが怖かった。
あの聡い妹は俺が凛一に肉欲を感じていると知ったら、決して許さないだろう。
いや…それは梓も同じなのかも知れない。
あれは兄弟というより同志と言った方が近い。

「兄さんは凛一をどうしたいの?」
「どうしたいって…?」
「…抱きたいの?」
「馬鹿なこと言わないでくれよ」
「別に良いけど…兄さんの想いがどうであろうと構わない。でも凛一を傷つけたら私は許さない」
「…」
「私を失望させないでよね」
「わかっている!」
全うな正論に腹が立った。知っているのなら口に出すなっ!

梓の存在が俺を苛立たせた。
俺と梓は、凛一を取り合うライバル同士と言っても良かった。
最終的にどちらが勝つのか…そんなひどい考えまで頭を掠める時がある。
俺は梓を妹としては愛しつつ、どこかで憎んでいた。
そう感じる自分が嫌でたまらない。

俺は凛一と梓から少しでも距離を取ろうと、家を出ることにした。



                                                text by saiart


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宿禰凛一の過去話「追想」の初めはこちら 


慧一の暗さにこっちがめいるんだが…ww
でもそういう慧一が好きってことは、自分もかなり歪んでいる。




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宿禰慧一 「イリュミナシオン」 5 - 2009.07.04 Sat

5.
大学は都内に決めていたし、自宅からの通学は充分可能だったが、敢えて独り暮らしをすることにした。
勿論ふたりから距離を置くことで、自分自身への客観視と抑制を補う為だった。
勝手に決めたことで梓とも揉めるが、俺は決意を曲げなかった。
今に思うとひどい話だ。まだ高校生の梓ひとりに凛一を押し付けて、俺は逃げ出したんだから。
凛一の学校行事は今までも出来るだけ参加していたし、それは引き続き俺が引き受けることにしていた。
親がいないことで凛一に引け目を味あわせたくなかった。それに学校での凛一の様子も見ておきたかったのもある。
彼は学校でも一風変わった存在で、誰にへつらうでもなく、また誰を無視するわけでもなく、友人達とはしゃぎ、笑いあっていたが、明らかに他とは存在感が違う。
ただそこにいるだけで目を引く者だった。
王の如く振舞っているので、心配もしていたが、凛一自身はその違和感すら楽しんでいる風で、全く厭わなかった。
あれだけ回りに気を使わないで闊達に自由に生きていられる性格が、俺みたいな奴から見れば羨ましい。
長い黒髪を靡かせて走る様は、昔観た冒険映画の英雄にも似ていて、人目もはばからず見惚れてしまう。
凛一は俺の憧れでもある。

その凛一と離れることは自分で決めておいて情けない話だが、寂しくてならなかった。
俺は大学に入るとすぐにセックスフレンドを探した。
相手を探す時、俺は凛一に少しも似ていない感じの男を選ぶ。
即ち平凡で、印象の薄い従順な扱いやすい男をだ。
何故ならそういう奴に、俺は絶対本気にはならないとわかっているから。
本当の本気は凛一にだけでいいんだ。

それでも凛一と暫く離れると、恋しくてたまらない。
ちゃんと食べているだろうか。俺を想って泣いていないだろうか。
…俺を忘れたりしていないだろうか。

或る日、梓から連絡をもらった。
凛一が熱を出して、俺を呼んでいると言う。
俺はすぐさま凛一の元へ帰った。
熱を出して息を切らしている凛一は弱り果てて、それを見ていると可哀想でならない。
「慧…慧がいないと寂しいよ…」
涙を一杯に溜めて苦しそうに言う凛一に心が打たれた。
「ごめんね、凛。傍にいるから」
差し出された腕に、身体を差し出し、俺も凛一の身体を抱きしめた。
凛一のすべてを身体の隅々まで行き渡らせた。
キスを求める凛一の応えながら、俺はどんなセックスよりも叶わないほどに満ち足りたものを心に感じていた。
俺を求める、俺を必要とする凛一を、俺はいつか自分だけのものにできるかも知れない。
そんな夢を見ていた。

俺はその秋、父親に自分がゲイであることを告げ、宿禰の長男として、その責任を全うできないことを謝罪した。
父は黙っていた。
俺を責める権利はこの人にはないと、俺は思っている。だからどんなに非難されようとも知ったことじゃない。
だが彼は、暫くの沈黙の後、一言こう言っただけだった。
「慧一の人生だから自分の好きにしなさい…葵なら…母さんなら多分こう言うんだろうね。私にはそこまでの境地には辿り着けないが…結局は、おまえが決めることだしな…」
父親の嘘ではない残念そうなしかめた顔は、彼の自分への愛情だと知った。

程なく俺がゲイだということは凛一にも知れた。この好奇心のかたまりの弟は俺に一切のごまかしも無くズバリと聞いてくる。
「慧はどうして男の人としかセックスしないの?慧が入れる方なの?どうして女の人じゃ駄目なの?」
すべておまえの所為だとは言えるわけなかろう。
俺は苦い顔で「そういう性質だったとしか言えないんだろうけど…」と、言葉を濁す。
こういう会話はやばいんじゃないかと逃げ腰になるが、凛一は追求の手を弱めない。
あれこれと避けようと目論むが、とうとう核心に触れてくる。
「じゃあ、僕は男だから、慧一の恋愛対象にはなるの?」
マジでびびる。心臓の鼓動が早くなる。
俺は胡坐をかいた俺の膝にすわる凛一に気取られないが、心配で仕方なくなった。
「…ならないよ。凛は弟だろう。そういうのは対象外」
「え~そうなの?僕、慧だったら対象者になっても良かったのに。キスしてもダメ?」
「キスはいつでもしてるだろ?そういうの考えて凛とキスしたことないよ。凛もそうだろ?」
「だってキスは愛してるっていう意思確認だよね。梓が言ってた。じゃあ僕とするキスと慧が恋愛対象者にするキスはどう違うの?やることは一緒でしょ?」
これはかなりヤバい状況じゃないのか?俺は本当に困ってしまう。
「…むずかしくて…答えられないよ、凛」
「じゃあ、やってみる」
冗談じゃない!やめてくれ、と、思う前に凛一の口唇が俺の口唇と重なった。
この状況で無理にやめさせたら、それこそ凛一は俺を不信がるに決まっている。
俺は精一杯自制しながらも、凛一を安心させる為にできるだけ優しく応えてやった。
…それにしてもまだ10歳なのになんて甘くていやらしいキスをするんだろう。
全くこの天使に俺は翻弄されっぱなしだよ、凛。

角度を変えながら、何回も舌を絡めては吸いつく凛一の顔をぼおっと見ていた。
しばらくして俺から離れた凛一はその艶めいた口唇で俺にあどけない顔を見せた。
「どう?感じない?」
「…そういうキスは好きな人とやりなさい。俺は対象外」
精一杯の演技で持って、平常心のふりでそう言うと、「ざんね~ん」と大げさにのけぞりそしてまた俺の肩に顔を埋めた。
俺はその髪を撫でながら「…凛一は普通に女の子を選ぶといいよ。俺の真似はするなよ」と、言った。
凛一は僅かに頷きながら、俺を強く抱きしめた。



       keirin8





                                          text by saiart


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