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2019-11

宿禰凛一 「密やかな恋の始まり」 1 - 2009.02.19 Thu

rinmina6

green house 宿禰凛一編 「密やかな恋の始まり」

1、
 折角気分一新で真面目に学生生活を楽しんでやろうというのに…

 伝統と格式のある聖ヨハネ学院高等学校に、兄貴の鬼のような特訓の成果が実ってなんとか合格した俺は、意気揚々と入学式を楽しみにしていたが、思わぬ事故で欠席しなければならなくなった。
 で、2日ほど入院。
 で、今日無事退院。
 一週間ほどシカゴの大学院に戻った兄貴が、今日帰ってきた。
 俺の様を見てかなりショックらしく、さっきまでは不機嫌だったがやっと気を取り直して、ベッドで休む俺の隣で林檎を剥いている。

「ちょっと目を離した隙にそんな大怪我をこさえるなんて…凛一、あまり俺を驚かすな」
 器用に林檎の皮を繋げたまま剥いている俺の九つ違いの兄、慧一は溜息を零す。
「ごめん。でも仕方なかったんだよ。向こうが中学時代のケリを付けるって聞かねえんだから」
「だからって縫うほどに傷つけることはない。折角ここまで奇跡的に無傷にできたものを。おまえはミテクレはいいんだから、もっと大事にしろ」
「…どうせ、出来のいい兄貴とは違って頭はからっぽですよ。5針縫っただけじゃん。箔が付くってもんだろ。それもこっちは一切手を出さなかったんだから、褒めて欲しいくらいだ」
「ほら、林檎。特別に一個だけウサギにしてやったぞ」
目の前にデザートフォークに突き刺された皮付きの林檎を差し出された。
「…食いにくいじゃねーかよっ!」
「そっか?かわいいのに…」と、慧一はその皮付きウサギを自分の口に入れる。
「美味い」
「良かったね」
食い終わった慧一が、またナイフを持って皮のない林檎を一口サイズに切っていく様を、俺は見つめた。
早く食いたいんだがね…

「だけど、凛…おまえ、5針縫ったぐらいで入学式休んだのか?二日も入院だなんて、何やってたんだ?」
「栄養失調で点滴三昧…3日ほど、マトモに食ってなかった」
「一寸待て…俺、一週間前に大学に戻る時、おまえの食事用にピザ一週間分作ったよな!」
「一週間もピザばっか食ってられるかっ!二日で飽きたし!」
「シーフードにバジル風。マヨネーズ味、イロイロ変えてやったじゃないか」
「…いや、飽きるだろ、普通」
「…折角おまえの為に…もう半年間休学伸ばしたのに…俺、シカゴに帰ろうかな~」
「やだっ!帰らないでくれよ、慧っ」
思わず本気で縋ってしまった。すぐに後悔したけど、遅い。
だって本当に、まだひとりにはなりたくないんだよ…

「…嘘だよ。帰らないよ。約束しただろ?凛をひとりにはさせないって。…そんな顔はするな。凛らしくない」
「…かわいい弟をはめるな」
「そんなに寂しいなら、抱っこして寝てやろうか?」
「ありがたいけどね。遠慮しておく。結構腕が痛いんだよ」
「それは残念だ」
 どこまで本気かわからない慧一の話は半分聞いておく。
 
「ほら、アーンしな」
 一口サイズに切った林檎を唇に突かれ、俺は仕方なさげに口を開けた。
「美味いかい?」
「美味くない」
 そう言って俺はもう一度口を開ける。


 入学式が終わって、一週間経った頃、抜糸して身軽になった俺は、漸く聖ヨハネ学院高校の生徒として校門を潜る事になった。
 門を入って中庭の中央にヨハネ像がある。
 洗礼者ヨハネじゃなく、あの「主が最も愛された弟子」のヨハネの方だ。
 ミッションスクールではキリストを抱くマリア像が一般的なのに珍しい為か、目を引く。
 これがまた妙に良くできた彫像で…片膝を跪き、手を組んで祈りを捧げ見上げるヨハネの視線の先が、この学院のチャペルの尖塔の頂で、この頂点の像がこれまた熾天使ウリエルと言う。
 聖典にも認知されていない大天使がここにおわすとは、この学院を創立した奴は相当変わり者だろう。
「我が光は神なり…か?」
 昇る太陽に反射したウリエルの翼が、目を焼きつくすようだ。


 一年四組の教室に行き、自分の机を探す。
 クラスメイトと思われる方々が、俺の様子を伺いながらも声をかける気もなさそうだ。
 好奇の目で見られることに慣れた俺は、それをシカトしながら、人の良さそうな奴に話しかけた。
「ごめん、ちょっといい?」
「あ?うん」
「俺、怪我で休んでいた宿禰凛一って言うんだけど、悪いが、俺の席を知っていたら、教えて頂けるかな?」
 それはそれは、これ以上のいい人間は居ないという、柔らかな物言いで伺った。
「あ…ああ、宿禰君?」
「そう…ですよ~」
「だったら俺の後ろの席だぜ」
「そう…ですか。ありがとう」
 俺はカバンを机に置いて椅子に座った。
「カバンは後ろの棚に自分の名前があるから、そこに置いて」
「わかった」
「俺は三上敏志。よろしく、宿禰」
 いきなり呼び捨てかよ。と、思ったがまあ新参者は大人しくっと…言う事で、
「よろしくな、三上~」
 ちょっと語尾に力入れたら、三上はオーバーに後ろにたじろいたフリをした。

 机の中を覗くと、なにやら色々と書かれた用紙が出てくる。
「あ、悪い。なんか説明事項やらなんやら一杯あってさ。俺寮住まいだから、家が近いんなら、おまえの 家に持って行って良かったんだけど、個人情報一切教えてくんなくて…あ、担任から連絡あった?」
「いや、ない」
「電話ぐらいしてやりゃいいのにな。あのジーサンボケてんのか。やる気が見えねえ~」
「担任ってなんつーの?」
「神代(くましろ)って言う日本史の先生。定年間近の窓際先生だよ」
「ふーん」
「でもな、副担任がこれが…」
「起立っ!」
 高音の声が教室に響いた。
 俺は、教壇に立つ噂の窓際先生の姿を初めて拝見した。


「なんだ?あの人集り」
 階段の前の踊り場に目をやると、掲示板の前に生徒の山。
「ああ、あれ、多分この間の校内模試の結果じゃないかな。入学式の翌日にあったんだぜ?おまえ、受けなくて儲けたな」
「美味くねえ儲け話」
「上位百番まで張り出されるって聞いたけど。…おい、長谷川」
 群集から抜け出した奴を捕まえて、三上が聞く。確かクラス委員だった…か?
「トップは誰だよ」
「隣のクラスの水川青弥」
「水川か。まあ妥当なところだろうな」
「なんだ?その言い方。そいつそんなに有名人なのか?」当たり前のように吹く三上の言い方が気になって、聴き返してみる。
「宿禰は知らないんだったな。水川青弥。入学式の新入生代表で宣誓した奴だよ。同じ寮生なんで顔も覚えたし…ああ、ほら、あいつだ。あの真ん中の眼鏡っ子」
 目線と顎で教えてくれた先を見る。
 ちょうど隣の三組の教室から出てきた固まりに、ひとり、際立って白い子がいる。
 眼鏡をした生徒は珍しくもなかったが、そいつは妙に目立つ。
 一言で言えば…物憂い優等生…
 翼に傷でもあるのか?裁かれてみたいもんだね…

 …どういうわけか、俺は勘がいい。ここの受験だって殆どヤマ勘で通ったようなもんだ。
 その俺の第六感が教えてくれる。
 こいつは…俺のもんになる。

 廊下に佇む俺達を横切る瞬間、ずっと見つめ続けていたのを気づいたのか水川青弥は、俺を見た。
 俺は眼鏡の奥のたじろぎを見逃さなかった。



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宿禰凛一 「密やかな恋の始まり」 2 - 2009.02.20 Fri

2、
「宿禰、おまえ部活何にする?」
「部活…必須じゃねえだろう?」
「ば~か、形だけでもこの課外活動に参加してりゃ、推薦で大学受ける際、内申点が高くなるだろ?」
「はあ、さいですか」
「俺達みたいな愚民は初めから推薦狙いって手筈でどうっすか?」
「おまえと一緒にするな」
二日と待たず、すっかり打ち解けた三上は、どうしても入りたいサークルがあると、放課後、俺を無理矢理同行させ、入部の手続きに図書準備室へと向かった。

「図書準備室って言っても、要は自習室だよ。試験前だと図書館の方が満員になるから、学年毎に振り分けてるって話なんだ」
三上のどうでもいい話に相槌を打ちながら、目的地に到着する。
…は?
「なんで、こんなに入部希望者が多いんだ?」
入り口に並ぶ生徒の数は二十人以上。中を覗くと三十人はくだらない。
「毎年、ここの部の推薦貰った奴が、いいとこの大学ばっかり合格でさあ。そんで有名私立狙いの奴等が殺到するって話」
そんな嘘くさい話を本気にしてんのか、ここの奴らは。
頭のいい非常識なお坊ちゃんの常識か、これは。
「今年はテストがあるって言ってたな」
「…サークル入るのにテストがあんのか?…俺やめる…」
「待てって!宿禰。な、俺一人じゃ心細いんだよ。今年はここの顧問はうちの副担任だって話だからコネも効くばず!」
「じゃあ、俺、必要ないだろ!」
「頼む!宿禰。俺、詩ってあんまり知らんのだよ」
「…し…詩?」
「そう『詩人の会』」
「…なんだよ、それ…」
「俺もよく知らんが、有名な詩人の詩や自分が作った詩を朗々と朗読する…待って~っ!宿禰っ!」
「勝手にやっとけ!」
「親友だろ?」
「誰がだっ」
「俺、人のいい三上君を助けると思ってさあ」
「…」自分で言ってもこいつには何か嫌味がないから、得だな。
「ね、色男」
「わあったよ、受けるだけだからな。落ちても知らんからな」
「ありがと!親友よ、感謝する!」
昨日知り合ったばかりで親友呼ばわりされるのも…まあ、悪い気はしない。

…昔はそういう奴も少なくなかったけど、事件の後は親友と思っていた友人達はあっさりと離れていった。
そういうもんだろうと、思った。
誰も自分が一番かわいいんだから、不利になるものは排除しなけりゃならない。
十五歳でそこに辿り着かなきゃならないなんて、信仰心が足りなかったか?
俺に羽なんて、とっくに無いんだろうな。


入部希望者ひとりひとりを呼んで、知っている詩を諳んじさせる。それを最後まで間違えずに言えたら、合格らしい。
皆、教室の端の教師用の机に居座った顧問の前に立って、四苦八苦している様が見て取れる。
三上が呼ばれ、頭を掻きながら、懸命に喋っている。
暫くして、帰ってきた三上は親指を突き出して、片目を瞑った。
どうやら合格らしい。
『何読んだんだ?』と、小声で呟く。
『みんな違って、みんないい』と、言い、にか~っと笑った。三上らしい選択だ。
テストが終わった者は帰っていいらしく、溢れかえっていた教室も閑散となってくる。

希望者の名簿順なら、三上の次のはずの俺の名前はまだ呼ばれない。
ひとり、またひとりと去り、
そして…残る生徒は俺ひとりとなる。

嵌められたな…と感じた。
確かにあの顧問兼副担任は、俺向きなのかも知れない。向こう側にとって見ればだが。


「宿禰…凛一…いい名前だね。このクラブに興味があったの?」
古文と漢文担当の藤宮紫乃先生は、名簿にペンを落としながら、ゆっくりと俺を見上げた。
伊達だと思われる眼鏡の奥から見つめる目でわかった。
おまえ、兄貴と一緒だろ?
だが安心しろ。俺はおまえを選ばねえから。
「…先生と同じぐらいに関心は無い。が…友人に誘われたんですよ。こんなんで、テスト受ける資格ありますか?」
「別に構わないよ」
一見興味無さそうに見えるがこういう奴が一番性質が悪いんだ。
こいつ、メッシュ入れて、ルビーのピアスまでしてんじゃねえか。
こんなの良く雇ったな。
この学校の事、もうちょっと調べて受けた方が良かったんじゃないのか?
入学早々にこんなに後悔するなんて…最悪だ。

「君の中学時代、少し調べたんだが、興味深いね」
「個人情報の閲覧は禁止じゃないんですか?」
「副担任が自分の受け持ちの生徒の事を知らないんじゃ、信頼関係は作れないだろ?」
「充分不信感で一杯なんですがね」
「俺は先生で君は生徒。親愛の情で結ばれる…美しいだろ?」
「愛も情けもあなたから欲しいとは思いませんね」
「では、そういう詩を聴かせてくれないか?」
「…」
睨みを利かせてもこういう手合いには効かないことは承知だ。
さっさと終わらせて帰ろう。

「…夜と言う妖怪が 闇色の王座によって 悠々とあたりを覆い 
只、堕天使ばかりがうろつく ぼんやりと淋しい道を巡り 
遠く仄暗いチウレから 時間と空間を越えて 
荘厳にひろがる荒涼と 妖しき郷から 
漸くわたしはこの国に着いた…」
俺はそう短くもない詩を澱みなく読み上げた。
死んだ姉から嫌と言うほど聞かされた詩だから、間違えようはない。

「ポオだね…『幻の郷』。この詩が好きなのか?」
「嫌いですよ。ポオは全部嫌ですね。俺は絶望を詠う詩人はあなたと同じくらい信用できないと思ってますよ」
「…ポオは俺も好きじゃないが、凛一君は好きだよ」
「…あんたみたいな奴に名前で呼んで欲しくない」
「君の信頼を裏切らないよう心がけるよ。合格だ。来週からよろしくな。宿禰君」
俺は一刻も早くここから出たかった。
返事もせずに帰ろうとすると、後ろから呟くような声が響いた。

「安心しろ。おまえには六つの羽がある。ひとつぐらい無くしても充分飛翔できるさ」

何も知らないクセに勝手なことを言うなっ!


text by saiart


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宿禰凛一 「密やかな恋の始まり」 3 - 2009.02.23 Mon

3、
学校にも漸く慣れた頃だった。
珍しく兄が風邪をこじらせて臥せっていた。
「鬼の霍乱って言う奴だね。ずっと部屋にこもっていただろ」
「レポートが間に合いそうに無くて焦ったよ。なんとか合格点はもらえそうなんだけどな」
「休学してんのに、そういうのはやらなきゃ退学なんてさ…一流の大学院は大変だな…熱は…7,5…大分下がった」
「たまに病気になると世話人の優しさが身に沁みていいね。おかゆ美味しかったよ、凛」
「姉貴仕込みだからな」
「…で、学校は?上手くやってんのか?嫌な事とかない?」
「上手くやってなきゃ毎日真面目に行ってないよ。退屈だけど、嫌じゃないよ」
「そうか…なら安心した」
「薬も飲んだし、もう暫く休んでいろよ」
「うん、ありがと」
目を瞑る慧一を確かめて、俺は寝室を出た。

あれから三ヶ月近くになるが、今のところは至って平和な高校生活が送れている。
先輩と思われる奴からのアプローチや、十とはくだらない熱いラブレターも頂くが、完全無視だ。男子校だから珍しくも無いだろうし、その気が無いわけじゃないが、こっちは生まれ変わった気分で学生業やっているんだから、お引取り願うことにしている。
力ずくでこられた時は…俺、小学校卒業まで護身用として空手習わされているからな~実践も結構やってるし…貞操は守る自信はあるつもりだ。
あれだけ俺に仕掛けた藤宮の奴もごく普通に他の生徒と変わりなく接しているので、今のところは問題ない。
俺への信頼を本気で勝ち取る気でいるのかどうかは怪しいが…
あの一件については…慧一には話していない。
これ以上俺の事で心配させたくないし、まだ何も起きてないうちから言うような事でもない。

友達は結構出来た方だ。
この学校は他県からの生徒も多いし、中学の頃の顔見知りが居ない事が俺を安心させた。
しかも、勉学第一主義の真面目なお坊ちゃんばかりだから、プライドが高い割に、俺みたいなちょろっと顔が良くて、適当に話がわかる人間は好まれる。
中学で粋がっていた分、俺はここでは大人しい従順な生徒を心がけた。

それでもたまに息抜きをしたくて、一服できる場所を探しに、あちこちとうろついていると、別館の裏庭にいい休憩所を見つけた。
温室みたいだが、誰も手を入れていないんだろうか…
入ってみると、外観よりもキチンと整理されている。
沢山の鉢に植えられた植物は伸び放題だが、枯れているものはなく、誰かが世話をしているようだ。
園芸部とかかな…
それにしては外からの見た目が悪すぎるだろう。これじゃ廃屋だ。
まあ、一服するには丁度いいオアシスって事にして…

心も肺も癒しながら、西に向かう太陽の光が硝子に差し込んでくるのを眺めた。
近寄って硝子の向こうの景色を見る。
ここからだと、運動場を挟んで校舎の右斜め、レンガ色のチャペルのステンドグラスが見える。
ここのステンドグラスに画かれているのは七羽の白鳩がアーチに向かって飛翔する絵だ。丁度尖塔のウリエルに救いを求めるようにも見えるわけだ。
相変わらずウリエルの翼は、太陽に挑むように神々しく輝いている。

…静かな午後…まどろみの中、ゆっくりと時間が過ぎる。

…あの人のピアノが聴きたい。
こんな陽だまりを知っていれば、あの人も救われたんだろうか…

すべての罪を我が肩に…
そんなもん重くて肩が凝っちまうよ。
両手を広げたその後に、払って落として逃げてやるのが勝ちってもんだ。

その「まどろみのグリーンハウス」と名づけた寂びれた温室は、俺にとっては絶好の息抜き場所となった。
ゆっくり時間を楽しむには最高の隠れ家。
ただ、誰かがいる気配がする時は近寄らないように気をつけた。
ここはあくまでも孤独を楽しむ場所であるべきだ。

日差しが強くなり、制服も夏服に衣変えになった頃、いつものように温室に近づいてみると、誰かがいる。
いつも俺のかわいい植物達を世話してくれる園芸部員の方かな?などと思い、こっそりと様子を伺うことにした。

俺のお気に入りの場所に立って硝子窓から、向こうを眺めている後ろ姿には見覚えがあった。
気がつかないようにそっと回り、横顔を伺う。

…水川青弥だ…
しかもその手には煙草を持って…慣れている風情で銜えやがった。
なんだか可笑しくなった。
学院一頭のいい優等生がこんな寂れた温室で、一服しけ込むとは…なんつう俺好み。
まあ、入学当時から気にはなっていたんだが、隣のクラスとはいえ、系列も違うし、接点もないしな。
何より…向こうが俺を意識してかどうか知らんが、警戒している風にも見える。
あの手合いはいきなりこっちが攻めても逃げるに決まっている。
手に入れるにはその警戒心をゆっくりと解きほぐしてやんなきゃならない。

それに…ああゆう綺麗なのは、見ているだけの方が救われたりするのさ。変に汚しちゃいけないシロモノだってあるからな。

夕陽に映えるその姿を暫く眺めた後、俺はその場を離れた。

水・川・青・弥…
とうとうと隅々まで行き渡る清き水の流れ…鮎かな、山女…いや、あれは流れそのものだ。
流れを遮ってはいけない。大海まで澱み無く注いでいかなきゃならない。

俺はそいつを勝手に「エコミナ」と、名づけた。



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宿禰凛一 「密やかな恋の始まり」 4 - 2009.02.24 Tue

4.
長い長い夏休みが始まった。

毎日暇を持て余し気味ではあったが、父優一が昨年再婚した女性を連れてくるなり、夏休み中は一緒に同居って事で、何だか嬉し恥ずかし状態での日々に激変。
実は、外交官の父は日本に長期に居ることは少なかったから、久しぶりに会うと俺は結構気を使ったりする。
この新しい母親とも電話で何度か挨拶した程度だ。
去年の俺の問題が色々あったので、再婚したばかりで迷惑をかけるわけにもいかず、事件のことは曖昧にぼかしてあるんだ。

実際会ってみるとこれが素敵にチャーミングなおばさんで、俺も慧一もすぐに気にいった。
料理も上手いし、暇があれば料理やお菓子の作り方など色々と教えてくれる。
「これからは男の子も何でもやらなきゃモテないわよ~慧一君も凛一君も色男だからって胡坐掻いてちゃダメよ。家事が出来てこその色男!私がしっかりと仕込んであげるわ」などと言い、いいように手伝わされている。
実母の記憶は俺にはよく染み付いていないが、母とは違う、全く新しい風を吹き込んでくれるこの母親が俺は好きだ。

学院の方では夏休みの間でも夏期講習があってはいたが、俺は参加しておらず、わざわざ登校する必要はなかったが、時折「詩人の会」の会合があり、仕方無しに片道徒歩15分の校舎まで出向いてやった。

「詩人の会」はクラブ活動としては少々変わっている。
週二回定期的に部員は集合し、毎回テーマを決め、それに沿った詩を探し、一時間以内で気に入ったひとつの詩を覚え、披露するというとんでもない活動内容だった。しかも月の最後の会合では自分の作った詩を一人ずつ壇上に上がって朗読しなければならない。
…過酷なサークルだ。
こんな部活動なんか誰も参加しないと思いきや、三学年合わせて65人もいるんだ!
しかもこの時期三年は受験勉強で忙しいはずにも関わらず、夏休みを除いては、欠勤知らず…恐ろしい事ついでだが、一年生も未だに退部した奴は独りも居ない。
変な教師もいるし、さっさと辞めてやろうと思っていた俺も、三上の再三の引き止めにより未だ部員のまま、こうやって夏休みまでつき合わされている始末だ。
まあ、ここにいる殆どの生徒が推薦狙いっていうんだから、国立エリートコースは初めから望んでおらず、楽に美味しい大学に入ろうっていう魂胆が丸見えなので、ヨハネ学院の中では割と変り種が多い。
俺に言い寄るのも大体がここの先輩方で…
「なあ、宿禰」これもそのひとりで3年の永尾先輩。家が近いからと夏休みも出勤中。
「なんですか」
「今日の藤宮、おまえをやたら色目がちに見てたよな」
「先輩暑気あたりじゃないですか?大体あの人はどの生徒もああゆう目で見てますよね。俺に限ったことじゃない」
「そうじゃなくて…おまえがさっき朔太郎の詩を読んだじゃないか…あの、万有の 生命の 本能の…?」
「孤独なる 永遠に永遠に孤独なる 情緒のあまりに花やかなる…ですよ」
「そう!そのなるだよ!その詩を読んだおまえを見て、藤宮、こう呟いたんだぜ『なるほど凛らしい』って。どうよ」
「…き、気持ちワル…」吐きそうになった、マジで…
「おまえ、名前呼び捨てられてる仲ってことじゃねーのかい?凛一くん?」
「知らないですよ。大体…先輩がそうだからって、俺を勝手にゲイって決め付けないでもらえますか?俺、きゃわゆいおんにゃのこにも萌えますよ」
「あ!にもってゆった~凛一くん墓穴っ~」両手の人差し指を指して笑いこける先輩を無視して教室を出る。

…ったく、藤宮の奴、ムカつく。こっちがやっと信じてやろうかと情けをかけてやった途端、これだからな。おまえに呼び捨てにされたくねえし…
「おい、凛」背後で呼び捨てられた俺は、気分が悪い所為か思わず声を荒げた。
「だから呼び捨てるなっ!…?な、なんですか?」振り向いた目の前に居たのは元凶たる本人だ。
「おまえん宅、保護者いるか?」こいつは伊達眼鏡を数種類持っていて、今日は紺のカラーフレームの少し色の付いた眼鏡だ。どっちにしても度は入ってないことはあからさまだ。
「…今なら沢山居ますよ、両親も兄も」
「じゃあ、一度家庭訪問に行っていいか?」
「は?…なんで夏休みに?大体高校って家庭訪問ってあるんですか?」
「問題や素行の悪い生徒は親に報告しなきゃならない義務がある。この間の三者面談の時もおまえの保護者は来なかったしな」
「みんな忙しいんですよ。それを言うなら寮に入っている奴なんか、三者面談に親は来てないでしょう。どうして俺にだけ言うんですか?それになんで担任の神代じゃなくて、副担任のあんたなんだ?」
「神代センセは定年後のバケーションプランを念入りにご検討中だ。副担任の俺に一任するとの御沙汰。おまえの家、学院から近いじゃないか。折角だからご両親に会って色々と話したいと思ってね」
「…何の話ですか」
「学校の裏庭でこっそりと一服とか…」
「…」
「言わないけど」
「好きにすりゃいい。けど、俺を名前で呼ぶんじゃねえよ、藤宮…」
「…怖いね」
「俺はあんたとは関わりたくねえんだよ。静かに高校生活を楽しみたいからな」
「…わかっているつもりだよ。だから……まあ、いい。そのうち伺うからって言ってくれりゃいいさ。じゃあな、凛一」
「呼ぶなってつったろっ!」

…腹が立つ…なんだあいつ…全部知ってるみたいな顔しやがって…クソッ!
裏庭に回って腹立ち紛れにムクノキの幹を蹴り、気休めに一服やろうと煙草を探し始めた途端、曇天の空からいきなり土砂降りの雨が降ってきた。
さすがに木の陰でも雨宿りは無理だと思い、例の温室に逃げ込もうと足早に向う。

誰か居る気配を感じ、少し迷いつつも温室の扉を開け、俺は予感したとおりの奴の姿を見つけた。
彼が…水川青弥が振り返り、俺を見た。
突然の珍客に驚き、困惑した眼鏡の奥のキラキラした眼が俺を捕らえて離さなかった。
ああ、こいつは…

…この永遠なる 密やかなる 花やかなる 情緒を讃えよ


rinnina2



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宿禰凛一 「密やかな恋の始まり」 5 - 2009.02.26 Thu

5.
「ちょっと雨宿りさせてくれよ」
 そう言って、俺は返事も待たずに水川の傍に近づいた。

 水川は見るからに俺を訝しんで、全身で警戒していた。
 まるで猫が逆毛を立てるみたいに全神経を張り詰めて。
 自己紹介がてら握手を求めても、ちらりと見るだけで返そうともしない。
 余裕の無い奴め…
 意外と純情なのかな。
 …まさかまだ何も知らないって事は…ないだろうな、この顔で。
 本人にその気がなくても周りがほっとかないだろう。
 まあ、確かめりゃすぐわかるけどな。

 スケッチブックと鉛筆を手にした水川は、絵を描こうとしていたらしい。
 続けようかしまいか躊躇っているのを感じて、俺は水川の傍に立ち、彼のスケッチブックを覗く振りをしながら、その表情を見つめた。
 すると水川が俺を見上げて、そのままお互いが見詰め合う格好になる。
 少し紅潮した頬が光と影になり、茶褐色の髪の上に天使のワッカが見える。
 細い銀縁の眼鏡も繊細な顔に良く似合っている。
 変だな…目が離せねえ…

「あ…」
 声にならない水川の口が少しだけ開いた。
 濡れた俺の髪のしずくがスケッチブックの白い紙面を濡らした。
「悪い…」
 思わず後ずさる。
 水川は黙って自分のカバンから小さめのタオルを俺に差し出した。

 …これって俺に対する好意って受け取っていいのか?それとも単なる親切心か…
 まあ、いい。何方道確かめる時間も方法も幾らだってある。
 俺は部屋の隅の目に付いた木箱を運び、水川の斜め後ろに座り、様子を伺うことにした。

 一服しようとしていた事を思い出し、煙草を取り出して火を付けようとするが、さっきの雨で湿気っているのか思うように付かない。
「ちっ…」と、吐き捨てつつ水川の方を見ると、睨みつけられていた。
 え?煙草がダメなのか?それともおまえも一本欲しいのか?
 …まあ普通に考えれば前者だろうな。
「煙草は…よくないよな」箱を仕舞いながら様子を伺うと、
「一応、ここで煙草は吸うなって言われてるから」と、言う。
 気になって「誰に?」と問うと、
「藤内先生」
 トウ…ナイ…ああ、生物の変人の先生か。あれがここの温室を知ってて、水川とも知り合いねえ…
「……水川って藤内と仲いいの?」
「べつにそういうわけじゃない。たまたまここで顔を合わせただけだ」
 …本当にそれだけかよ。あのおっさん、むっつり助平の様相だぜ。ミナおまえ狙われてるんじゃないのか?
 まあ、いい。俺が変な虫が付かないようについでに監視してやるよ。

「なあ、描いてるとこ見てていい?」
 これは単純に好奇心のつもりで聞いてみた。
 何より俺に対するそのピリピリした警戒を解いてやんなきゃ先に進めそうもない。

 俺ってそんなに危険な顔してんのかな~ちょっと自信なくなってきたよ。
 そんな事を考えていると、水川は目の前の鉢の植物とスケッチブックとに交互に目と顔をやり、無心に鉛筆を走らせている。
 …なんつう半端ない集中力。
 さすがに学年一位ってことだけあるな。優等生ミナくん。
 俺が近くにいる事なんて忘れてしまってる?

 そっと近づいて斜め後ろ45度から顔を覗く。
 …少し唇を尖らせて真剣な顔。長い睫毛だ。
 翳る薄曇の日差しが白肌に弱く照り、少しだけ儚げに見える。
 その薄青の翼も今日は静かに閉じているようだ。
 やっぱり幾分憂いの見える姿態だな。
 強引に迫るのは得じゃない。
 そう思い、その細い首に指を当てた。

「な、なに?」
 飛び上がる程に肩が跳ね、理解不能の顔で俺を見る。

 …一応ね、マーキングだよ、ミナ。
 俺の印を付けた。
 俺がおまえを忘れないように。
 おまえが俺を記憶するように。



 数日後、俺達は運命の再会って奴をした。
 あのマーキングが効いたかどうかは知らんが、俺にとってはチャームの魔法だね。
 もうすぐおまえは俺の虜になるんだ。
 なあ、そうだろ?ミナ。



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