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2019-09

早春散歩 藤宮紫乃編 「メタモルフォーゼ」 1 - 2009.03.17 Tue

「green house」番外編

凛一の9つ違いの兄、慧一と、高校の先生藤宮紫乃との恋愛を語ってみようと思います。
またもや見切り発車もいいところで、先行きどうなるかわかりません。
なんせメモひとつ取らない気質なので、書こうと考えてたものをすぐ忘れる始末。
しかし反省の色なし。

なので、後々校正が必要になるかも…と、思いつつ、面倒臭いのでそれもやんないと思います。
赴くままに書き連ねる。
今はそういう気分なのです。

では、初めは紫乃の視点で「恋」が始まります。

ごゆっくりどうぞ。
fujimiya



早春散歩 藤宮紫乃編 「メタモルフォーゼ」

1.
 誰一人知る人もない人ごみの中をかき分けて行く時ほど、痛切に孤独を感じるときはない。と、言った奴は本当の孤独を知らないんだ。
 孤独は痛みを通り越せば快感になる。

 大仰な式典を終え、サークルの勧誘の声が桜と同じ速さで舞い降りる。
 低く高く辺りを反響する声が渦巻く中を、俺は時折目を瞑りながら歩いた。
 これさえも心地いいと感じるのは、人の目を気にしなくなった事の報酬なのかもしれない。

「君、新入生だろ?サークル決まった?」
「え?」
 いくつもの誘いの声に耳を傾けることなく歩いていたのに、そいつの声に足が止まったのは、テノールの響きに思わず聞き惚れてしまったからだろう。

「浪人組み…一浪だろう?君」
「どうしてわかる?」
「高校卒業ってのはあんな感じ…だろ?」と、彼は勧誘する学生に取り囲まれたどうみても田舎から出てきた手前のまだ青臭い新入生を指差した。
「君は苦行を終えてようやく世の中を知るお坊さんに見えるよ」
「…」
「でも大人じゃない。また半人前の僧だね」
「…半人前で悪かったな」
「そう睨むなよ。俺と同い年だろうって言いたかったんだよ」
「…それで?なんの勧誘?」
「聞いてくれる気になった?」
「もう充分ここで立ち止まってるよ。君も成果を上げなきゃならないんだろう?」
「話のわかる奴は好きだよ。じゃあ、これを見て」
「…」
 俺はそいつの「好き」という言葉に胸がドキリとした。
 なんなんだ?こいつは。

 よく見ると俺より背は少し高い。
 別に身体の線を強調するような服ではないのに、全体を見ると華奢な線が浮いていてどことなく色っぽい。
 しかし、その上に乗っている顔がやたら整っている且つ上品な面立ちなので、真面目な青年の印象が強い。
 なんとも…目が離せない…ってね。
 …ったく俺も煩悩だらけだ。成仏出来そうもない。
 
 誤魔化すために手渡された紙に目をやる。
 俺がそういう趣向の人間だとしても世の中、そういう奴ばっかりって話は無いからな。
こいつも勿体無いがノーマルな感じがするし…
「…『天体観測の会』ってね。サークルなんだけど、プラネタリウムとか近場の星が良く見える天文台に行ったりするんだ」
「…悪いけど、あんまり星に興味はなくてね」
「俺もおんなじだよ。星の名前なんかシリウスぐらいしか知らないし…でも、小旅行もするんだ。夏は星空を見上げながら寝袋に入って一晩中流星群を見たりしてね。自分がどんなに小さい屑みたいな欠片かってね…そんな気分を味わえるのって偶には気持ちよいもんだよ」
「…自虐的だな」
「それこそが人間の本質…じゃないかな?」
「…そう…だね」
「どうだろう。君、入ってみない?君とはいい友達になれそうな気がするんだけど…」
なんの衒いも無く差し出される手の平。
「…」
 俺の前に出されたその手の平に、一片の桜の花びらが落ちた。
 その花びらを俺は…無くしたくないと…思ってしまった。

 握り返すと彼は屈託の無い笑みを俺に返し、
「よろしく、新入生。俺は建築学科二年の宿禰慧一と言います。同い年だから特別に呼び捨てで構わないよ」
「ああ、うん。俺は藤宮紫乃。人文社会学科一年…です」
「藤宮…紫乃か…綺麗な名前だね」
 そう言った宿禰慧一の方が俺なんかより千倍も綺麗だと、思った。

 生まれて初めて一目惚れというものを体現した瞬間だった。


 桜の森の満開の下、僕らは密やかな契約をする
 「孤独」という文字を「恋」に変えて
 僕は君に狂いたい



                    text by saiart


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早春散歩 藤宮紫乃編 「メタモルフォーゼ」 2 - 2009.03.19 Thu

2.
 俺は9つの時に母の実家である茶道の家元の跡目として養子に入った。
 離婚し、俺を育てる事に疲れていた母は養子の話を喜んで受け入れた。
 俺は母の為にならと、子供心にも不退転の決意で挑んだわけだな。
 
 南部姓から藤宮姓を名乗り、跡目を継ぐため祖母からの厳しい稽古の日々。
 養い親との確執に揉まれながらも、この流派を継ぐ為の意義を自分なりに見つけ、励んでいた。
 しかし、14の時、すでに40を過ぎていた養母に子供が授かり、しかも目出度くも男子誕生。
 直系の跡継ぎが出来たことにより、俺の存在価値は急降下。
 むしろ邪魔にさえなったに違いない。

 俺は大家の居心地の悪さに何度も家出を繰り返しては呼び戻され、藤宮流派の恥だと貶された。
 居心地の悪い藤宮家には、すでに自分の居る意味も無く、南部姓に戻り、母親の元へ帰ろうと思ったが、 その時は母はすでに再婚して別姓を名乗っており、俺の帰る場所はいよいよ無くなった。
 唯一の味方であった祖母は、別宅に俺を住ませ、不自由なく暮らせるよう経済的援助をしてくれた。
 しかし、その時期の俺の中ではそういうもんの価値には有難味を覚える自覚が欠けており、夜昼と遊びまわった挙句、胃潰瘍と神経衰弱で身体を壊し、高校を休学、そして退学。
 半年の入院。
 大検を受け、この家から一刻も逃げる為、東京の大学を選んだ。

 独り暮らしの快適さは言うまでもない。
 今まで誰かが自分を見張り、付き添い、金目当てや身体目当てに来た連中どもと遊んだ日々など、もうおさらばだ。
 しかし、ひとりでは寂しすぎるのもごもっとも。
 いい相手を見つけないと。
 俺、結構寂しがりやなもので…

 入学式で出会った宿禰慧一は、俺の一目惚れの男だった。
 俺はそれなりに好き勝手と遊んでいたんだが、まだ「恋」って奴にはお目にかかったことが無く、胸が高鳴るなんてもんは早々経験不足。
 宿禰慧一はまさに俺の救い主。俺の胸に抱かれた奴を想像するだけで、何度も抜ける。

 同じ大学ではあったが、彼とめぐり合う機会はない。
 理系と文系でキャンパスが違うこの大学でかち合うことは先ずないのだ。
 だから、わざわざ入部したサークル「天文観測の会」とやらの部室に繁昌に出向くことになる。そうはいっても毎日彼が来るわけでもなく、大体こういうサークルに普段の決まった活動はなく、次に彼の顔を見たのは新入生歓迎コンパの夜だった。

 居酒屋を借り切って行われたコンパは一年から三年までの約50人程度が集まり、紹介から始まり無礼講に終わる。
 俺は宿禰慧一の姿を見つけては、彼の一挙手一投足に目を奪われる始末。
 まあなんて…印象深い奴なんだろう。
 隙が無いくせに当たりがいいから、良くも悪くも優等生にみえる。
 しかも偶にいうしゃれっ気のある冗句などで回りを和ませては、酒や料理の気配りなどソツが無い。
 …相当世間慣れしてるな~と感心させられる。
 惚れた弱みでそのひとつひとつにまた胸が高鳴るから、女子高生か!などと独り自分を哂ってしまう。

「楽しんでる?藤宮」ビールを片手に当の本人が目の前に来た。
 俺の名前を覚えていてくれた。
 それだけで宙に舞い上がりそうだ。
 …なんてザマ。
「ビールでいい?それとも酒の方が良かったかな」
「いや、ビールでいい…ですよ」
「タメ語でいいって言ったろ?」
ビールを俺のグラスに注ぎながら、宿禰は俺の隣に座り込んだ。
「でも一応…人目があるし」
「じゃあ、ふたりきりの時は俺は紫乃って呼ぶ。おまえは慧一でいいよ」
「はあ」
「…おまえさあ、人馴れあんまりしてないんだな」
「そう見える?」
「隠匿するのは勿体無い器量だが、野放しにするのはもっと危ない。君は貞淑なる貴人だろう?」
「意味がわからない」
「近寄りがたいっていう事だよ」
「まさか…」
「その証拠に誰も君には近づかないだろう?怖いのさ」
「そんなに危ない奴に見えるのか?」
「後戻り出来なくなりそうだから手を出せない…って感じかな」
「じゃあ、あんたは怖くないんだ」
「俺はマゾなのさ。精神的欲求には素直に従わない…安全な人間だろ?」
「…」
 何の影も見当たらない大きな黒い眼。耳ざわりの良い声音。暗喩の含んだ諧謔の韻。
 こいつの正体が見抜けない。

 ただ、言うならば、まさに引力には逆らえないという事だ。
 宿禰慧一というブラックホールにも似た星に、どこまでも俺は引き込まれたい…
 そんな気分で飲む酒に酔わないわけがない。
 繰り返し注がれる酒と、傍にいる宿禰の存在に、俺は深く酩酊する…

  

              text by saiart



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早春散歩 藤宮紫乃編 「メタモルフォーゼ」 3 - 2009.03.21 Sat

3.
 歓迎コンパの夜、高校出たての新入生同様、俺はグデングデンに酔っ払ってしまい、ひとりでは到底歩くことも出来ない有様で、宿禰慧一に身体を支えてもらってなんとかふらつきながら居酒屋を後にした。

「ごめん。おまえ強そうに見えたから、調子に乗って飲ませすぎたな」
「い、いい…大丈夫…」
 いや、全く大丈夫どころじゃない。吐いても吐いても気持ち悪さでどうにかなりそうだ。そういや暫く酒も絶っていたから、こんなに飲んだのは久しぶりかも…
 などと、あんまりはっきりしない頭で考えていると、
「おまえのアパートどこ?」と、俺の肩を抱えたままの宿禰が言う。
「え…神楽坂」
「じゃあ、俺の方が近いな。今日は俺の家に泊まるといいよ」
「…ああ…」
 何だか思いもかけない方へ向かっているじゃないか…身体は思い通りに動かないがこれも神様の思し召しなのか、ラッキーな夜に感謝感激って心境で、俺はこのまま宿禰の胸にしがみ付きたい衝動をなんとか抑えた。

「やっと着いた。おい、紫乃大丈夫か?」
「ああ…うん」
 宿禰の家はアパートというより、オートロックのついた高級そうなマンションで、ひとりで住むには少し広めの部屋だった。
 俺は寝室に連れて行かれ、そのままベッドに寝かされた。
「お客さん用は残念ながらないんでね。悪いけど俺のベッドで我慢してくれよ」
「…おまえは?」
「リビングのソファで寝るから大丈夫。気分が悪くなったら言ってくれ。遠慮はするなよ。先輩として責任は取るよ」
 先輩としてか…まあ、いいさ。まだ二回しか会っていないのに、相手の家にお泊りなんてのは上手くいってるって思っていいんだろ?…向こうがノンケじゃしょうがないがな。
 そう思って目を閉じると、急速に睡魔に憑かれた俺は夢の中に呼び込まれ、意識を失った。

 朝、珈琲の香りで起きた。
 ベッドから降りた途端頭がガンガンし、ようやく自分が二日酔いの症状だと気づく。
 ふらふらしながら寝室を出ると、ダイニングに座って珈琲を飲んでいる宿禰と目が合う。
「起きた?気分は?」
「…グラグラする」
「仕方ないな。二日酔いなんだから」
 それは俺も良くわかっている。今後の為に勉強になったよ。

「シャワーでも浴びれば?下着とシャツは貸すから」
「…知り合ったばかりなのに、そこまで親切にされると裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうね」
「友達になりたいという裏はあるよ」
「…」
 友達かよっ!
 …どこまでが本心か判断のつき兼ねるところまでさえも、胸がなるって事は相当重症だ、俺。

 シャワーを浴び、用意されたスウェットに着替える。リビングに行くと見計らったように珈琲を出される。
「砂糖もミルクも入れない派だろ?」
「…うん」
「二日酔いだからアメリカンにしといたよ」
「ども…」

 二人掛けのダイニングテーブルに座り、珈琲を飲みながら、目の前の奴をちらちらと見る。
「今日は講義はあるの?」
「3時限から」
「俺も同じだよ。昼飯は一緒に食おう。軽い奴」
「…うん」
 なんか都合よく引っ張られている気がする。こいつは別に俺じゃなくても誰にでもこういう風に接しているんだろうな。
 …そう思ってしまうと、あんまり気分は良くない。
「どうした?気分でも悪いのか?」
「…あんた、誰にでもこういう風に親切なのか?」
「誰にでも…ってわけじゃないよ。でも後輩が酒飲んでぶっ倒れりゃ、先輩としてはそれなりの介抱はしてやるもんだろ?」
「…俺は…ゲイだよ。こんなこと知り合ったばかりの先輩に言うのは気色悪いと思うだろうけど…だぶんおまえが好きなんだ。だからこういう事をしてもらうと…その気になってしまう。気持ち悪かったらごめん」
「別に、気持ち悪くないよ。俺もゲイだから」
「は?」
 …マジで驚いた。何処をどう見てもノーマルにしか見えないじゃないか。
 その顔は詐欺だ。
 でも…こんな嬉しい偶然ってあるかよ。

「紫乃を見てすぐゲイだとわかったけどね。おまえ見るからにそうだもん。でも、おまえプライド高そうだし、タチだろ?俺もそうだから恋人には無理かなと思った。でもいい友達になれそうな気がしたんで、声をかけたんだよ。誤解させて悪かったな」
「いや、正直嬉しかった、おまえに声をかけられて…」
 テーブルに置かれた慧一の細く長い指を見る。
 細いクセにどこから見ても紛れもなく男の手で、その指で触られたら…と思うと、ザワリとした。

「…おまえが俺のことをそういう風に思ってくれるのは嬉しいけど、自分の倫理を曲げてまでやりたいとは思わない方がいいぜ」
「…倫理なんてもん…ないよ。俺は…おまえになら、別に抱かれてもいい…って」
「紫乃は寂しいだけなんじゃないのか?俺じゃなくても他に可愛い子は沢山いる」
「どういう意味?」
「無理に下にならなくてもいいだろうって意味だよ」
「俺が誰とでも寝ると思っているのか?」
「…悪い。そんな意味で言ったんじゃない。俺もおまえが好きだと思う。だけど、おまえとしたら本気になりそうでちょっと…逃げ腰になりかけてるよ」
「本気じゃダメなのかよ」
「なったことがないから判らない」
「じゃあ、試してみないか?」
 慧一の指に触れてみる。
 一瞬だけ震えたが慧一は引かなかった。
 そのまま指を絡めると慧一は指から俺に目を移し、真剣な眼差しで俺を見つめた。

「知り合って翌日に深い仲になるのか?」
「二日目じゃない。白状すればあの時、桜の下で出会ったときからずっと…おまえが好きだったよ」
「…」
「慧一、俺おまえと寝たい」
 俺の告白に慧一は二、三度目をパチパチと瞬き、その後苦笑した。
 俺の絡めた指を逆に握り締めると、
「…わかったよ、紫乃。本気の付き合いをやってみよう。後悔をしてもおまえとなら意義あるものかもしれない」
「後悔はさせないよう努めるよ」
「よろしく頼むよ。でも今はやめとこう。おまえを押し倒してベッドで吐かれても困る」
「確かに…否定はしないよ」
 クスリと笑うと、慧一はテーブル越しに、俺にくちづける。

 慧一との初めてのキスは少し苦い珈琲の味がした。
 これが青春の苦味なのかも知れない。
 暗い青春時代しか味わえなかった俺は、これから遅い春を満喫することになるらしい。

 願わくば、この恋が嵐に散ることなかれ、と。


     text by saiart



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早春散歩 藤宮紫乃編 「メタモルフォーゼ」 4 - 2009.03.23 Mon

4.
 あれから三週間になるが、慧一からはなんの連絡もない。
 あの後一緒に昼飯を食べて大学で別れた。
 あまりに舞い上がっていたからだろうか、携帯の番号もメルアドも聞くのを忘れ、勿論向こうが知るわけも無く、こうして置いてきぼりを食らった子供みたいに落ち着かない心持ち。
 二度三度慧一のマンションに行ってはみたが、号数もわからず、さりとてどのツラ下げて慧一の前に出ていいのかさえ判らない。
 抱かれに来ましたとでも言うのか。そしてあれはその場しのぎで言ったまでだよ。おまえしつこかったから、とでも追いかえられるのがオチだ。
 確かに、寝てくれなどと恥も外聞も無く言った俺が今になって恨めしい。
 言い訳する権利をもらえるならば、
 あの時は…酔いが醒めていなかったんだよ。

 もう半分諦めかかった頃、俺の携帯が鳴った。
 誰からの電話か、わからないままに出る。
「もしもし、紫乃?」
 紛れも無く慧一の声だった。
「あ、あ、…す、宿禰?」
「そう、久しぶりだな」
「久しぶりっておまえ…なんで携帯の番号…」
「サークルの名簿で調べたんだよ。ごめんな、レポートが立て込んじゃってて、おまえをほっといてて」
「あ…うん、いいよ。それよりどこ?」
「今大学の駐車場。これからデートしないか?」
「え?いいの?」
「恋人同士だろ?俺たち」
「認めてくれるのか?」
「キスまでした仲なのに、つれなくないか?」
「ごめん」
 それから宿禰の待つ駐車場に行くまでが大変だ。
 とてもじゃないが、口元が緩んで仕方ない。
 慧一とデートだなんて、思いがけない幸運。まったく運命の女神も捨てたもんじゃない。

 駐車場で待っている慧一を見つける。慧一は自分の車で来ていた。
 慧一らしいというからしくないというか…ミニクーパーサルーン。なんとも…これでふたりデカイのが乗るだけで変な感じがしておかしかった。
 狭っ苦しいのにも全く関係なく、慧一は気分良く鼻歌なんぞ歌っている。

「天気が良かったら天文台まで飛ばすのになあ~贋の星空で我慢してくれよ」
「いいよ。プラネタリウムなんて…小学生の時以来だよ」
「昼寝するのには便利な休憩所」
「デートなのに寝るのか?」
「今日は初デートだからなるだけ我慢するよ」
 そう言いつつ、投影が始まると五分と持たず、慧一は俺の肩に凭れて寝てしまった。
 投げ出された左手をそっと自分の手と絡めた。
 ほら、デートしているカップルになったろ?
「ヴェガとアルタイルの話なんて聞き飽きただろうけど、ああいう神話にこそ案外真理が隠れてんだぜ、紫乃」
 寝ていると思った慧一が耳元で囁いた。
 絡めた手を自分の口唇に押し付け、「アリアドネの口付け。おまえが迷わないように…」などと甘く囁くのだ。
 …おそろしい奴。

 腹が減ったというので、ファミレスにでも行って簡単に済ませるつもりが、奴は折角のデートだし、紫乃を待たせた償いもさせてくれと、だから俺が奢ると言いつつ、高級そうなホテルでフランス料理を味わってそのままそのホテルの部屋に泊まることになった。

「慧一はブルジョワなのか?」
 シャワーを浴びてバスローブを羽織っただけの姿でふたりで軽くワインなどを飲んでみる。ま、格好だけね。
「いや別に金目のもんには興味がないんだが、なんでもうちのじいさんが豪商で酒作りをやっていたらしい。それでなんかしら経済的には余裕って話で。でもどこまでが本当かね。親父は単身で外国に行ったっきりだぜ?生活費を稼ぐ為に必死こいてる身だもん。本物の財産家じゃないね。紫乃の家の方が格式あるし、それはそれで大変そうだ」
「まあね、でも俺はもう跡目は継がなくていいし、気軽でいいよ」
「重荷は少ない方がいいんだけどね…血縁関係はなかなか切り捨てられない」
「なに?」
「別に…それより紫乃。俺と寝たいんじゃなかったのか?」
「おまえはどうなんだ?」
「俺?そりゃこんなに綺麗な奴を目の前にして何もしなかったじゃ、甲斐性無しと罵られても仕方ないんだろうがねえ…紫乃をいい気持ちにさせてあげられたら、褒めてくれよな」
 そう言ってさし伸ばされた手の平を、俺はしっかりと繋いだ。

 慧一は言葉どおり、俺を天国に連れて行ってくれた。

 慧一の口唇が俺の身体のどこかに触れるたびにそこが腫れ上がる気がした。混じりけの無い官能的感受性。肉体の本質から根こそぎ変えてしまわれる様な苦痛と快感にもがいているような気がした。
 こんなセックスなどしたことはなかった。
 これまでにしてきた決して少なくない性体験の中で、こんなに自分が翻弄されることは一度も無かった。
 俺はそら恐ろしくなって、俺を抱いているこの男をまざまざと見つめた。
 俺と同い歳で、俺と同じようなガタイで、俺とは全く質量も許容量も違う。
 恐れなど微塵もしらない純粋な人間の魂に触れた気がする。
 それと同時にこの猥雑な行為を悪魔の如く楽しんでいる気がして、俺は正直恐れ戦いた。

「お、まえどんだけ経験豊富なんだ、よ」「褒めてんの、ソレ」「ちょ、死ぬ」「紫乃とだったら俺満足するかも…」「や、慧…」「怖くなった?」「違う…良すぎて、死ぬ…」「俺も最高だよ、紫乃…」
完璧に圧倒された。

 必然であれ、偶然であれ、俺は宿禰慧一という男に出会えた運命に感謝する。
 大いなる希望であり、情熱の底辺を担う存在であった。
 今まで昏い海の底をひとり漂いでいた俺が、光輝く宝玉を掴んだ気がしたんだ。

 この先何があろうとも、俺はおまえを拒絶したりしない。絶対に…

   


  text by saiart

keiitisino1




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早春散歩 藤宮紫乃編 「メタモルフォーゼ」 5 - 2009.03.25 Wed

5.
 俺と慧一が本格的に付き合い始めたのは、蒸し暑い夏の始まりの頃で、さそり座のアンタレスが妙な色気で輝く夜を、俺たちは地を這うように何時間も楽しんだ。
 秋が近づく頃になると、お互いの家を行き交うのが当たり前になり、「まるで紫乃と同棲しているみたいだな」と、今更ながら慧一が笑うのを、俺は複雑な想いで受け止めていた。

 慧一の家に俺が泊まる割合が比較的多く、それは慧一の勉学の所為でもあった。
 慧一はワーカーホリック気味なところがあり、建築の構造力学からデザインまでをトータルで修学しようと励んでいた。
 色々なコンペティションにも応募し、評価されていた。

 一晩中でも机やパソコンに向かう慧一の背中を見ている時間でさえ、俺は別に苦ではない、寧ろ楽しくさえあった。熱中する慧一の横顔はこの上もなく綺麗だから好きなんだ。

 恋人としての慧一には、俺は何の不満も無く、誠意を尽くしてくれる姿勢に感心することしきりだった。
 彼に愛されていると感じることも少なくない。だが、俺は慧一の言った「本気になったことはない」という言葉が気になっていた。
 彼は今まで付き合ってきた恋人にも、同じように接して来たんじゃないのか?
 俺は本当に彼の「本気」の存在であるのか?
 答えを求める勇気は俺にはなかった。
 俺の方が完全に慧一にのめりこんでいるのは明らかだったし、そのことを追及して、この関係が壊れるのを俺は恐れていた。

 慧一には母親がいない。父親は単身で外国暮らし。ひとつ下の妹と九つ違いの弟がいる。
 彼の実家は一人暮らしのマンションから一時間程度しか離れていない。大学へは無理をすれば実家からでも通える距離なのに、と思う。しかも妹とまだ小学生の弟を置いて一人暮らしなど、不安などないのだろうか、と思い尋ねると「妹がしっかりしているから」と濁された。
 さほど愛していないのかと思うと、逆だ。

 慧一は妹と弟の携帯の連絡には異常に反応した。
 時にはやっている途中でさえ、彼等の呼び出し音が鳴ると、即中断してでも携帯に出るのだ。極まっている俺のことなど眼中にない如くにだ。

 そして今、また携帯が鳴った。
「マタイ受難曲」…これは妹、梓のメール音だ。因みに弟の凛一はメサイヤの「ハレルヤ」。
 メールを見ながら、慧一は苦笑した。俺には向けない顔だ。
 そこには「愛」があるのがはっきりとわかる。嫉妬しても仕方ない。
 血は水より濃いものだからな。
「妹から?」
「そう、見るかい?」
「いいの?」
「大した写真じゃないんだ。只…クリスマスの余興の…練習風景」
「へえ~おまえの家、クリスチャンなのか?」
「いや、梓がカトリック系の学校だったので、そういう趣向で過ごしたがるんだよ。クリスマスには絶対帰ってこいっていう脅しだな」
 そう言う慧一から携帯を受け取る。液晶画面を見ると、ベールを被った女の子が顔を少し傾げながら祈るポーズを取っている。
 妹の梓を初めて見た。少女めいた顔立ちなのにどことなく大人の女性の色気がある。くっきりとしたアーモンドの瞳は慧一に似ていたが…だが、全体の顔のつくりは慧一似では無い。
「綺麗な妹さんだ」
「男にも女にもモテるそうだよ」
「でも慧にはあまり似てないね」
「父方の祖母似だね。祖母はかわいらしい面立ちだったよ。昔の写真で見た限りでは」
「…弟は?」
「…凛一?」
「そう、おまえに似てるの?」
「俺は似てると思わないがね、回りはみんな口を揃えて似てると言う」
「見たい気がする」
「次の画面を見ればいい…」
「うん」
 慧一の了承を得て、俺は携帯の次画面を押した。

 …弟の凛一がいた。
 今度は天使の格好をさせられている。白い服を着て百合の花を手にこちらに向かって微笑んでいる。
 真っ直ぐに肩まで伸びた黒髪。
 まだあどけなさの残る男か女か全く判断のつきかねる…綺麗な顔。
 確かに慧一に似ている。決定的に違うのは…

「どう思う?」
「なに?」
「それを見て、凛一を抱きたいと思うか?」
「…待ってくれよ。おまえの弟だろ?まだ…」
「十一だよ」
「やめてくれよ。犯罪じゃないか」
「俺は十三で経験しているんだぜ。自分で求めりゃ犯罪じゃない」
「弟だろ?」
「勿論俺にとっては血の繋がった弟でしかない。だから俺は汚せないのさ。だが、俺と梓が慈しんで育てた凛一を他人がどう思うかには興味あるんだよ」
「…よくそんな平気な顔で言える」
「五歳で母親を亡くしてから、俺と梓は親代わりだ。どこでどう間違えたんだか、天使に育ってしまったらしい。この先どうしていいのか俺にもわからなくなる時があるよ。手放すには惜しくなってしまっているからね」
「…おまえが家に帰らない理由って…それか」
「…純粋なる魂がそこにあるんだよ。それに触れるのは覚悟がいる…あいつの傍にいると…疲れるんだ」
「弟だろう…弟はおまえを頼っているんだろう。愛してないのか?」
「愛とは何か?…俺にとって親愛とか慈愛とか…そんなもんじゃない。…そんなんじゃないんだよ…」
 俺には慧一の抱えている暗闇の形には全く触れることが出来ないと感じた。
 この男とその家族の関係は、他人が触れてはいけない聖域ではないだろうか…と。
 
 家族の事に触れたのはそれきりで、俺はもう一切慧一の暗闇には目を向けないでおこうと決めていた。それが俺たちの未来を隔てるものであっても、俺が暴くものではないとも判っていた。

 そうして表面には蜜月ともいう日々が続き、翌年の秋も深まりつつある晩、予想もしなかった事件が起きる。

 たまたま慧一は携帯をマナーモードにしていて…わからなかったんだ。
 俺たちはいつものようにお互いを求め合って絶頂に達していた。
 事後、慧一は携帯の受信に気づき…それに目を通した瞬間…唸るように呟いた。

「ウソだ…」
「…どうした?慧一」
「…あ、梓が…死んだ…」
「…」

 慧一の言葉に俺は深く項垂れ、続く言葉は無かった。

 俺と慧一の蜜月は終わったと感じた瞬間でもあった。

 そして…こういう時が来るのを、どこかで予感していたのも事実だった。




                             text by saiart



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