FC2ブログ
topimage

2019-09

This cruel world 1 - 2012.03.23 Fri

アスタロト・イール9
1.
 ハーラル系は恒星ハーラルを中心に十二の惑星から成り立つ。
 天の皇尊(すめらみこと)は、この星々に統治する神を二体ずつ宿した。
 惑星間の間には次元をくぐる道があり、民はどの星へ移住しようが構わない。
 良き星の統治とは、民が集う豊かな地上を作り上げることだ。
 神は、その為だけに存在するのだ。


 十一の星の神々は、最後の惑星クナーアンに宿る神の誕生を心待ちにしていた。
 ハーラル系の第三惑星のクナーアンは、他の神々がその星を眺めるたびにうっとりと溜息を漏らすほどに美しかった。
 どの星に比べても瑞々しく青く輝き、また地上の豊かな緑と山地のバランスも絶妙に保たれ、理想の星と謳われた。
 天の皇尊は、ハーラル系の最後を飾る惑星クナーアンを、それまでの集大成として大切に育ててきたのだ。そして、この最良の星の神を産み出すため、第五惑星ディストミアと第二惑星リギニアの女神の腹に彼らを生んだ。
 天の皇尊が愛してやまない人間と同じように、女体の腹から産まれ出ずる者こそ、クナーアンの神である。
 十月十日後、ふたりの神々はそれぞれの惑星で生まれた。
 ディストミアの女神からはイール。
 リギニアの女神からはアスタロト。
 ふたりは五つになるまでそれぞれの親元で育ち、晴れて五歳の暁に、惑星クナーアンを統治する神になるのだった。


 今日の日に五歳を迎えるイールは真新しい神殿の一室で、じっと椅子に腰掛け、時を待っていた。
 扉の向こうに見えるひとつ高い段には大理石に見事な金の細工で縁取られた神の座がふたつ並べてある。その座のひとつに間もなく自分が座るのだと思うと、なんだか不思議な気がしてならなかった。
 そして、もうひとつの座。自分の半身とはどんな見目と精神をしているのだろうかと、不安と期待が小さな胸いっぱいに広がっていた。
 民の惑星空間の移動は、一通りの契約が認められれば容易く選択できるものだが、神々が他の星に行くことは滅多にない。よって、イールも未だ自分の半身の顔すら見たこともないのだ。

「遅いわね。あの子は一体どこまで遊びに行ってしまったのかしら…」
 真向かいに座るリギニアの女神エーリスが困った顔をして隣りの良人であるハウールを見る。ふられたハウールは肩を上げ両手を開き「さあ」と言う顔で返す。
「申し訳ございません。神子(みこ)さまには遠くに行くようなことは強くお止め申し上げておりましたのに…」
 神子の世話人マサキは、人の良さ気な柔和な顔とふくよかな身体をした女性で、緊張の所為か止まらない汗を拭き、ひたすら恐縮している。 
「探してまいります」と、マサキは小走りで出口へ向かう。
 と、扉の向こうから小さな影が飛び込んでくる。
 いや、影ではない。それは光だった。

「ただいま~」
 良く通る高い声が部屋に響いた。
「アスタロトさま!一体どこまで遊びにいらっしゃったのですか?父上さまも母上さまもそれはご心配なされておりましたよ。それに…ディストミアの方々も…」
 マサキは申し訳なさそうにイールとその一行に深く頭を下げた。
「…あらまあ、折角の新しい衣服が泥だらけ…」
「うん、あのね、あっちの小川にきれいなお魚が泳いでいたの。つかまえようと思ったら、ころんじゃったの」
「あらまあ~」
 マサキはあわてて自分のエプロンで濡れた神子の髪を拭く。
 ディストミアの男神キュノビアは、豪快に笑い「子供は元気な方が良い。なあ、イール、そなたもそう思うであろう」と、言う。女神スコルは、時間に遅れた神子をいい気持ちで待っていたわけではないが、夫にそう言われては頷くしかない。
「イールも充分健康ですよ、あなた」と、小さく皮肉った。
 イールには両親の言葉など全く気にしなかった。
 小さな自分の半身の一挙手一投足を見つめ、息を飲んだ。
 イールも天の皇尊の恵みにより、誰をもうらやむ美貌と精神を戴いていた。だが、この半身は我が身と比べてもより多くの幸いに満ち溢れているように、イールには感じられたのだった。
 勿論、彼を育てた両親は、血の繋がりはなくとも、我が子の方がより勝っていると誇らしげに胸を張ったのだが…
 
 神子はまっすぐにイールに向かって近づいた。
 透けるほどに白い肌に薄桃色に染まる頬。紅を引いたような赤い口唇。ゆるく波打った黒髪、そしてその深い紺碧の瞳には宇宙が広がっている。
 イールはただ見惚れていた。ディストミアのどこにもこのような美しい人も形も無かった。
 その神子は小さな拳をイールに捧げた。
「はい」
「?」
 イールは小さく頭を傾げた。
「あげる」
 神子はイールの手を取り、その手の平に小さな石を乗せた。
「あのね、おもての階段を降りた向こうの小川で拾ったのよ。すごくきれいだから、イールにあげる」
 嬉しそうに響く澄んだ声音が部屋の空気を一新させる。
 清しい一陣の風が吹きぬけたようだった。
「あ、りがと…」
 イールは少し頬を赤らめ、その小石を見つめた。
 薄い青色をしたラリマーは、イールの瞳の色にそっくりだ。
 自分の目の色を会ったこともないこの神子が知っていたとは思えないが、イールはこの突然のプレゼントを心から喜んだ。
「嬉しい?」
 星を散りばめた瞳がじっと覗く。
「うん、とっても嬉しいよ。アスタロト」
 満面に笑みを湛えたイールを驚きの顔で見つめ、アスタロトは何度も瞬き、そして嬉しそうに笑った。


 正午に儀式は執り行われた。
 神殿の内陣に集まり、白い礼服を着たイールとアスタロトが拝殿から昇殿へ昇り、天の皇尊の祝詞を戴く。
 十二の階段を並んで昇る小さなふたりの神の子は言葉にできないほどに愛くるしく、純真で無垢な美しさに輝いていた。見守るすべての大人たちが幸多かれと願わずにはいられない程に。
 イールは隣りのアスタロトに顔を向けた。
 アスタロトは長いローブに背中を引っ張られながら、転ばないようにと慎重に足元を確かめている。
「あの…ね」
「なあに?」
「仲良くしてね、アスタロト」
「うん、いいよ」
 不思議なことを聞くのだなあと、アスタロトはイールを見る。
 十二階段を上がり終えたふたりは、お互いを見つめ合う。
 これからはこの子と一緒に生きていくのだなあ、と、ふたり同じ思いでいるのがわかった。

「あのね、アーシュでいいよ」
「え?」
「僕の名前。アーシュって呼んでね。僕、好きな人にはそう呼ばれたいの」と、アスタロトは無邪気な笑顔でイールに言う。
 (なにを持ってしてもこの笑顔には勝てないかも知れないな…)と、イールは何事も包み隠さないアスタロトの無垢な魂を少しだけ妬いた。

 昇殿の先に白木で出来た扉がある。手を繋いだふたりは空いた手でそれを開けた。
 扉の先は眩しい光の渦だ。
 ふたりは光に包まれた中に並んで立った。
 声が聞こえた。
 若い張りのある声だ。
「惑星クナーアンの若き統治者、イールとアスタロト。私はそなた等を生んだ者。そなた等にこのクナーアンの未来を託す。良く考え良く話し、分かち合い、良き未来へ導くために生きなさい。私はそなた等を祝福する…」
「あのね…まぶしくて見えないの」
 アスタロトの突然の言葉にイールはギョッとした。
 天の言葉を聞く時はただ頭を垂れ、決して仰ぎ見る事はまかりならぬ。況してや口を利く事など持っての他だと強く教えられていた。
 それなのにアスタロトは顔を上げ、光源をじっと見据えたままだった。
「せっかく僕を生んでくれた御方が目の前にいらっしゃるのに、お姿が見えないのはすごく寂しいもの。ちゃんとお礼を言いたいもの。ねえ、お姿を見ることはできないの?」
 天の皇尊の姿を拝見してみたいなど、イールには考えの及ばない話だっただけに、呆気に取られたままアスタロトの横顔をじっと見つめた。
 しかし、目の前の光のかたまりは次第に輝きが抑えられ、人の輪郭が目に映るようになった。
 アスタロトはイールの手を離し、その人影に走り寄った。
 影はアスタロトを抱き、その頭を撫でた。
 イールは、天の皇尊に抱かれるアスタロトが羨ましくてならなかった。アスタロトと同じようにその影に近づいた。
「イールも私が見たいのか?」
「はい」
 好奇心は決まり事を容易く破り捨てる。
 両手を伸ばし、その影の腕に抱かれた。

 天の皇尊の胸に抱かれたふたりは、満面の笑みを浮かべ、口々に「ありがとう」と、何度もお礼を述べたのだ。
 


創世

2へ


お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

This cruel world 2 - 2012.03.27 Tue

kodomo23.jpg

2、
 天の皇尊(すめらみこと)は、惑星クナーアンの新しい統治者に加護を与えた。
 イールには智慧と水(癒し)の護法。
 アスタロトには豊穣と火(浄化)の護法を。
 ふたりはこの惑星の豊かな未来を背負って歩き出した。

 まだ幼いふたりの統治者を助けるべく、それぞれの惑星より、幾人かの世話人が選ばれた。
 ふたりの乳母たちは言うまでも無く、彼らに統治者としての知識を教えるべき教師もいた。
 彼らの理念は高く、ふたりの神子を立派な統治者にすべく、懸命に自身の役目を果たした。
 イールとアスタロトは温かい愛情に守られて育っていく。


 ふたりが即位して間もない或る日、ふたりはいつものように拝謁を受ける為、神殿に祀られた玉座に並んで座っていた。
 その12階段下の広間に、許しを受けた惑星の人々、移民する者達がふたりの神の恵みを受けようと、大勢並び連なる。
 彼らは玉座に座るふたりを畏れ奉りながらそれぞれに自分の願いを請うのだった。
 拝謁は幼いアスタロトには退屈だった。
 何も語らずただ黙って崇められる風景を眺めていなければならないのだ。神の仕事だと言われれば仕方ないものだが、天気の良い時などは、扉の外で遊ぶことばかりで心ここにあらずだ。
(早く午後にならないかな~。今日は天気が良いから、イールと遠くの草原まで冒険に行こう。きっと珍しい生き物を見れるかもしれない)
 隣りのイールに視線を移すと、以心伝心の如く、こちらを向いてニコリと笑う。
 ふたりは微かに指先を動かし、お互いの密約を取り交わした。
 その時、並んでいた後ろの方で幼子が泣き出した。母親は必死であやすがなかなが泣き止まない。周りの者もこの厳粛な神殿での耳障りな泣き声にうんざりとした顔をする。「出て行け」と、言う声すら聞こえてくる始末。
 この神殿は小高い山頂にある。
 ここまで巡礼するには時間も根気もかかる話だ。拝謁するまでもう少しだが、こう泣き喚かれては神もお怒りなるだろう。
 仕方なしに出て行こうとする母子の後姿をアスタロトは眺めた。そしてあっという間に、玉座から降り、12の階段を三歩で飛び降り、驚く人々の間をするりと抜け、その母子の傍らに立った。
 母は畏れ畏まり、平伏す。周りの人々も同じように跪いた。
 立っていたのはアスタロトと彼より少し小さい幼子だった。
 アスタロトは自分のポケットからビスケットを出した。朝食のデザートに出されたものを取っておいたのだ。それを幼子の手の平に乗せ「食べてこらん。美味しいよ」と、笑った。
 泣いていた幼子はしゃくりながら小さき神子の言うとおりに、手渡されたお菓子を口に入れ「おいしい…」と、満面の笑みをこぼした。
 満場の溜息がアスタロトを讃える歓声に変わった。
 
 ふたりの神は知った。
 人々を興じさせるのは難しいことではない。が、この単純さが際どいのだと。
 ふたりは知っている。時間と労力をかけ、神殿まで拝謁を賜り、人々が何を自分らに願うのかを。
 それは滑稽でもあり、真摯にも思えた。
 彼らの願いは自分勝手なエゴであり、それは彼らの偽らざる心根である。また人の為に祈ればそれは白々しく不実である、と感じていた。
 彼らを導くための自分達の存在の意義を見つけるのは安易。 
 ふたりの神子は繊細であり聡明であったため、その発端は人々の顔色で勘づいていた。

 神子の日課は細かく区切られている。
 朝、起きて朝食の後に学習。それから拝謁を許された人々に姿を見せる。昼から夕刻までは自由時間だが、夕食を終えてから就寝までは再び学習である。
 イールもアスタロトにとって学習はそれほど退屈なものでもなかった。
 ふたりは何も知らなかったし、それをひとつずつ理解することは楽しかった。
 魔力は身に付いていても、それを使いこなす技量は持ち合わせていなかった為、一から覚えながら、その魔法の意味を教えられた。
 まだ若いハーラル系の歴史や人々を導く為の道徳や信念。魂の豊かさを得るための芸術も習った。
 
 特に第八惑星ファザックから来たセラノという教師は、ふたりのお気に入りであった。
「ねえ、セラノ。どうして星々の集まりとハーラル系と原子の形は似ているの?」
「難しい話ですな~。そうですね。それは…私達の思考がどこか繋がっているように、理想の形というものを或る物体や見たこともない遥かなものに、相似させてしまうからなのかもしれません」
「理想と実体を混合させてしまうってことだよね。僕達神々や人間の思考能力には限界があるってこと?」
「限界があることを知ってしまうことの無意味さを知っているんですよ」
「「…むずかしいね」」
 ふたりは揃って頭を捻る。
「哲学と物理学は似て非なるものといいますが、結局は人が導いたものでしかありません。真理を知ることは難しいのです。…ここにひとつの珠があります」
 セラノはポケットから手の平に乗る位の小さな白い珠を取り出して、神子らに見せた。
「この珠はあるのか?ないのか?どちらでしょうか?」
「あるよ。見えるもの」
「本当に?」と、彼は手を握り締めそしてすぐに開いて見せた。珠は無かった。
「あ、魔法を使ったね」
「それか手品だ。僕らを騙したんだ」
「いえ、珠は最初から無かった。あなた方は幻覚を見たのだ。その両眼が真に見たという証拠さえ不実になり、真理という言葉はあやふやになる」
「どういうこと?」
「あなた方は私達とは違う存在ですが、天の皇尊は人としてあなた方を生ませた。人の限界とはあなた方も同じようなもの。理想と現実は同じではないが、掲げる意義があると申し上げる」
 セラノの目的はふたりの精神教育だった。
 神々が人間に近い精神を持ちえてしまった結果を、彼は懸念していた。
 だが、この幼い神子らが「そのこと」を理解する日はまだ遠い。
 

 或る日、アスタロトは乗り物が欲しいと言い出した。
 言い出しただけじゃなく、イールを連れて昇殿へ昇り、天の皇尊を呼びつけた。
 そう易々と出てくるものかと思し召したのか、天の皇尊は姿を見せてはくれなかったが、代わりに御使いを参らせた。
 白き装束を着た白髪の若者が、幼い神子らを見つめた。
「あなたはだあれ?」
「我が主(あるじ)は多忙である。代わりに私が参った。何か用か?」
「あのね、里の者たちの暮しを見てみたいの。でも僕らの足ではなかなか行けないでしょ?一足飛びで行ける乗り物が欲しいの」
「ペガサスはどうかな?父上と母上が乗っていたよ」と、イール。
「ああ、それいいね。僕の両親は大鷲だった。でも龍みたいなものでもいい」
「ドラゴンは?物語で見たよ」
「モフモフわんわんおがいいな」
「わんわんお…モフモフしてたら気持ちいい」
「んなのでもいいよ、使いの者」
「…ミグリと呼びなされ。幼き神子」
「じゃあ、ミグリ。そういうの下さい」
 不機嫌な御使いの顔色など全く気にしない神子らに、ミグリはチッと舌打ちした。天の使いでも感情はあるものだ。
「天の皇尊はいちいちあなた方の我儘に付き合ったりしないものです。今回だけは我が主の情けにより叶えてあげますが…」
「わーいッ!イール良かったね。なんかくれるって」
「うん。良かったね」
「待て、こら。ちゃんと最後まで話を聞きなさい。いいですか?この卵を差し上げるから、三日三晩、懐で温め、孵しておあげなさい。あなた方を背負うまでには多少時がかかりますが、良い主従関係を持てればあなた方を助ける僕(しもべ)になるでしょう。わかりましたか?」
「わかりました。ミグリ。大事に可愛がります」
 ふたりはミグリから卵を受け取った。
「では、失礼いたします」
「じゃあ、またね。ミグリ」
 笑顔で手を振る神子らに、ミグリはウンザリしながら姿を消した。

 三日三晩、ふたりは交互に卵を懐に入れ、孵る時を待った。三日めの夜、それは孵化した。
 青い毛に三つの尾、頭に二本の角が生え、顔は狼のようだった。
 神獣は彼らの望んだものとは少し形態は違ったが、彼らは懸命にそれを育てた。
 神獣は「セキレイ」と、名づけられた。


 時が経ち、ふたりの神子は12歳を迎えた。
 12歳とは大人を意味する。
 イールとアスタロトは契りの日を迎えるのだ。





asutaroto.jpg

This cruel world 1へ /3へ



お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

This cruel world 3 - 2012.03.30 Fri

asutaroto98.jpg

3、
 神獣「セキレイ」はすくすくと育ち、一年も経つと成獣になった。
 小さき神子ふたりが乗っても充分な大きさだ。
 ふたりは「セキレイ」に乗り、行きたい場所へ飛んでいく。
 クナーアンに住む者は、空を飛ぶ青い神獣を見かけると手を振り、歓声をあげる。
 神の恵みを得んと。

 神子は好奇心旺盛の為、しばしば民の下へ忍び込み、その生活の様子を伺う。
 勿論フードを深く被り、目立たぬように、巷の子供と同じ恰好で、町や村を歩き回るのだ。
 特にアスタロトはそういう冒険じみたことを好み、田を耕す人々の様子を見たり、果実の取入れの手伝いをしたり、実りを祝う祭りを一緒になって歌ったり踊ったり…およそ神子の行動とは思えない有様だ。
 時にアスタロトの正体がばれ、民を驚嘆させることもあったが、大方彼らはそんな神子を愛すべき尊き者として歓迎する。
 この神子が豊穣をもたらすという二重の意味でアスタロトを最高神に奉るのだ。
  
 イールはアスタロトの行動を制したりはせず、かといって常に一緒に在ることもしなかった。
 アスタロトに誘われ、たまに民衆に歓迎されることもあったが、イールはアスタロトとは別の役目を演じなければならない存在だと知っていた。
 アスタロトが民衆に近しい存在の神ならば、イールはもっとも遠い尊厳の神にならなければならない。
 奉るふたつのものを同じ色に染めてはならない。 
 彼はその意義を知っていた。
 
 自分より民に深く広く愛されるアスタロトを、イールは妬かなかった。彼にとってアスタロトは守るべき半身となっていたからだ。
 遊行し、夜遅く帰るアスタロトに世話係や教師の説教を代わりに受けたり、服のままベッドに寝るアスタロトの服を着替えさせたり。
 イールはアスタロトを愛していた。
 彼の好奇心やこの星を愛する誠実な志が、どうしようもなく愛おしくてならない。どうしたらこの半身に自分の心をわかってもらえるのか、悩んでしまう。
 もとよりイールとアスタロトは天の皇尊より祝福された一対の恋人なのだから、愛し合うのは当然だ。だが精神の成長は人と同じで、個々による。
 アスタロトよりイールの方が性の目覚めは早かった。
 イールはまだ目覚めないアスタロトに欲情してしまう自分を悟られるのが嫌だった。
「ねえ、アーシュ。僕達、もうすぐ12になるよ。誓いを立てたらね、契りを結ぶんだよ…君はその意味わかっているのかなあ…」
 すうすうと寝息を立てるアーシュの額に、イールは「早く目覚めよ」と、キスを落とす。



 12歳を迎えたイールとアスタロトは、礼服を纏い、昇殿へ向かった。
 天の皇尊(すめらみこと)の祝福を受ける為だ。
 ふたりにとって天の皇尊との対面は二度目であり、祝詞を戴く最後なのだと言い渡されていた。
 今回は御使いであるミグリが控えていた。
 ミグリとは「セキレイ」を強請った以来、何度も彼を呼びつけ、勝手な無理を願っていたのでふたりにとっては顔馴染みであり、ミグリにとっては世話の焼けるやんちゃ坊主共、であった。
 光輝く天の皇尊の姿は変わらず眩しかったが、当然に魔力のついたふたりにはその姿を伺い見ることは難しくはなかった。
 ただ、ミグリは頭を垂れないアスタロトを手で伏せる様に命じ、アスタロトはしぶしぶそれに従った。

「クナーアンの幸をもたらす神、イールとアスタロトはこれから長き未来を共に歩んでいくのだ。ふたりがお互いを愛し、愛され、慈しみ、敬い、喜び、泣き、そして安らかに眠ることを願う」
 天の皇尊の言葉を疑う必要はなかった。が、アスタロトには胸に収めきれない疑問があった。
「天の皇尊にお答え願う。…私たち神は不死と言う。ならば神の安息の日とは何時なのでしょうか?」
「慎め」
 ミグリはあわててアスタロトの言葉を制した。
 アスタロトは動じなかった。
「御方は幼い私達を両腕にお抱きになられたではないか。私は御方をご尊敬奉る。このハーラル系の一切を知らぬものはない御方なら、私達の行く末も見ておいでになられるのではないのか?人の一生は儚いものだが、意義がある。だからこそ私達の存在もまた尊き者になるのでしょう。では私達はいつまで生きながらえれば良いのか…言葉をたまわりたく存じます」
「黙れ、アスタロト、不遜であるぞ」
 容赦のないミグリの怒りを感じたが、アスタロトは目の前に輝きから、目を逸らせなかった。

「よい、ミグリ。私はこの子らが好きなのだ。私が生んだ神々の中で最も美しく、そして人らしく生きるこの子らを愛おしく思うのだ」
 天の皇尊は歩を進め、跪くアスタロトの前で腰を屈め、ふたりだけに聞こえるように囁いた。
「なあ、アスタロト。生まれて12年のそなたに、不死たるそなた達に、死を見せることは私にはできない。私はこのハーラル系を定める者だが、未来を決める者ではない。行く末を案じても、未来は変わるものだと知っておるからだ。故にそなた達の死ぬ時を教えることはできない。森羅万象は美しくなければならない。そなたのように…そして時を生きるにはその順序がある。世の秩序もしかりだよ。今は成人したおまえ達に祝福を与える時なのだ。…これで良いか?アスタロト」
「…わかりました。御方の御心をありがたく戴きます」
 アスタロトは頭を伏せ、天の皇尊の光を身に受けた。
 天の皇尊はふたりの神にそれぞれ宝玉のリングを与えた。
 イールには赤く輝く銀の指輪。
 アスタロトには薄青の金の指輪。
「成人は聖人とも言う。イールとアスタロトは人の聖なる光でもある。クナーアンが久遠の光輝く地であることを祈る」

 昇殿を出たふたりは、神殿に集まる大勢の祝福を受けた。
 イールとアスタロトの神が成人になり、若い惑星クナーアンを豊かに統治する者と天の皇尊が定めたのだ。クナーアンの豊かな繁栄が保証されたことになるのだから、民衆がこぞって喜ぶのは当然だった。
 クナーアンの至る場所で祭りは続き、神殿から見る地上は夜になっても灯りが消えず、人々の歓声が収まることは無かった。
 
 いつもなら誰彼と無く笑いはしゃぎ、共に笑いあうアスタロトであったが、今夜はそんな心境にはなれなかった。
 鬱々とした思いが、この神の口を重くした。
 考えてもどうしようもないと頭でわかっていても、釈然としない。
 彼はまだ諦めをしらない少年だった。
(理想の星とはどんな姿をしているのだろう。僕はこの惑星に住む民を、満ち足りた理想の故郷として導くことができるのだろうか…)

 麗月と瓏月が共に並び、満月の光が夜天を明るく輝かせていた。
「アーシュ、ここにいたの」
 自室のベランダで地上を眺めていたアスタロトを、彼の半身が呼ぶ。
 礼服を脱ぎ、白く丈の長いチュニックに薄い絹の上着を羽織ったイールの長い巻き毛の銀髪が夜空に昇るふたつの月の光に映え、優美な女神に見えた。
 アスタロトは一刻、イールの姿に見惚れた。
「君がいないと宴が盛り上がらないんだって…。皆待ってる」
「うん…」
「マサキも心配している」
「…」
 イールはアスタロトの横に並び、同じようにベランダの手すりに寄りかかった。
 アスタロトもイールと同じような長居を着ている。
 ただイールよりも上着の裾は短く、肩から流れる金の帯が長く垂れていた。イールはその帯の端を掴み、口づけた。求愛のしるしであるのは、アスタロトも知っている。
 イールとアスタロトはお互いの身体をゆるく抱き、キスを交わした。

「…アーシュの憂鬱は知っているし、考えるなとは言わないけれど、僕達は神としての役目がある。今はそれをやり遂げようよ。ねえ、アーシュ、君はひとりじゃない。僕が居るだろ?君の重荷の半分は僕に背負わせて欲しい」
「イール…僕はまだ未熟なんだよ。自分の責任の重さを知るたびに、それを背負う怖さに怯んでしまうんだ。君や周りと不安にさせる自分が…情けなくて恥ずかしい。君はこんな僕でいいの?」
「僕には君しか居ない。君がいいんだよ、アーシュ。君だけに背負わせないから、自分を責めないでくれ、…僕の為に」
「君の為?」
「君を愛している」
「?…僕もイールを愛しているよ」
「君が、欲しいと言っているんだ」
「…契りを結びたいって事だね。…僕に欲情してる?」
「…うん」
「そう、…抱いていいよ」
「君にその気が無いのに、できないよ」
「イール」
「君を愛しているんだ。だから、僕は待てるよ。君が僕を欲しいと思う時まで」
「…」
「天の皇尊は仰っただろ?時を生きるには順序があるって。僕もそう思うから…焦る必要はないもの。僕達は長い時を生きていかなければならないから必然とそうなると思うけれどね…」
 イールはもういちどキスをした。つま先を立て、今度は アスタロトの額に慈愛のキスを。

「僕は贅沢なんだ。お互いを必要とするのは…天に決められたからじゃ嫌なんだ。君が僕を欲しいと思ってくれないと僕は嫌だから…だから待てるよ、アーシュ」
「イール…」
(待つ必要なんてありはしないのにさ。イールにはそんなに僕が幼く見えるのかな?…まあ、イールの謙虚さは見習うべき良心だと受け取ろう。僕だって早くイールとセックスしたいもの。と、いうか…僕どっちの役をすればいいのだろうか…どっちでもいいって言ったら、イールはきっとどうでもいいんだと解釈しそうだなあ~…僕はイールのしたいようにやって欲しいんだけどさ…)

 考え込むアスタロトの顔にイールはまた憂鬱の虫を起してしまったのかと、少し焦り、機嫌を取ろうと試みた。
「アーシュ、ね。気分転換に明日はセキレイに乗ってどこかに行かないか?ふたりきりの場所を探してみようよ」
「要はそこが快楽を貪る為の秘密の花園ってわけですね。いやらしいなあ~イールは。ああ、セックスだけど、僕は受けでもタチでもどっちでも構わない。イールが好きにしていいからね。遠慮しなくてもいいよ」
 アスタロトの言葉にイールは眩暈がした。
(先程まではあれほど誠実でデリケートに沈んでいたくせに。なんだ、この幼いあからさまな感情は…全くもって…アーシュは子供だ)
「…アーシュ、君が人間をもっと理解したいのなら、デリカシーという言葉を覚えたほうがいいね」
 イールはアーシュの手を払い、くるりと背を向け、部屋から出て行ってしまった。
 何がイールの気分を損ねてしまったか、アスタロトにはさっぱりわからかった。
 


イール・クナーアン33

2へ /4へ


お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

This cruel world 4 - 2012.04.03 Tue

e 9
4、
「ねえ、マサキ。イールの姿が見えないんだけれど、どこに居るのか知らない?」
 翌朝、ベッドから起き出したアスタロトは、イールを探したけれど、見つからないままひとりで朝食を取る羽目になった。
「イール様なら、朝早くに神獣に乗って、どこかへ行かれましたよ」
「…そうなの?」
(なんだよ、イールの奴。昨日一緒にどこかに行こうって誘ったクセに、ひとりで行っちゃうなんてさ)
 いつもなら様子の違うアスタロトを気遣う世話人のマサキも、今朝の不機嫌なアスタロトを見て見ぬ振りのまま、何も言わずに普段と変わらぬ様子でいる。
 その態度がアスタロトにはどうにも居心地悪く、それ以上イールの事を聞きだす気にもなれず、出された料理を急いで腹に入れた。
 クナーアンの神の成人を祝う民衆の参拝は、日々神殿に溢れ帰り、謁見さえままならないのに、アスタロトは隣りの空いた玉座を恨めしそうに見つめた。
(このクソ忙しい時に、なんでイールはサボっているんだよ。昨晩だって、勝手に怒って消えちゃったし…イールのバカ…)

 夕方、イールはセキレイに乗って戻ってきた。が、アスタロトを見ても微笑すらせず、さっさと夕食を済ませ、自室へこもったきり出てこない。
 翌日も、その次の日も、イールは姿をくらました。
 さすがに謁見の時間には玉座に姿を現したが、それが済むとすぐにセキレイに乗って、どこかへ消えてしまう。追いかけようにも、空を飛ぶ乗り物はセキレイしかいない。
 アスタロトは空に消えるイールとセキレイを見送るしかなかった。
「なんだよっ!イールのばかぁ!」

 イールとアスタロトは五つの時からこの神殿で共に過ごしてきた。
 これまで目につく諍いもなかったし、誰が見ても兄弟のように、親友のように仲の良いふたりであった。
 今までなら多少の口げんかがあっても、翌日には笑いあって仲直りできたはずだった。
 イールが機嫌を損ねている原因が、アスタロトにはわからない。

ash56.jpg


 人の足では絶対に登ることのできない、聳え立った崖の屋根にイールは居た。
 神殿からはそう遠くもないが、神殿よりも高く、また度々霞に消えるため、人の目からは見えない場所であった。
 ここからは山の上に白く聳える神殿が眼下に良く見渡せることができた。
(神殿のあの部屋にアーシュは居るのだろう。少しでも…僕のことを想ってくれているのかしら…)
 イールは自分の胸に手を置いた。
(どうして…アーシュを想うだけでこんなにも身体が熱くなるのだろう。どうして、コントロールできないほどに、欲情してしまうのだろう。今の僕は淫らだ。純粋なアーシュの前では、身の置き所がないくらいに…)
 イールはアスタロトへの欲望に自身を責めていた。
 成人の日を境に、アスタロトへの想いが一気に身体を開かせているのだ。
 アスタロトの身体に、オーラに、目線に、吐息に…身体が燃え上がるのを抑えきれなかった。
 アスタロトが大人になるまで待つよと、言った手前、自分から欲しがったりできない。
 イールには、アスタロトから逃げるしかなかった。
 それと同時に、イールはこの崖の屋根に広がる小さな丘をアスタロトと過ごす為の場所にしようとこっそり計画を練っていた。
 この丘には清らかなせせらぎも、雨風を凌げる岩屋もあった。香木や植物も僅かながら点在していた。
 マナという水蜜桃を実らせる大樹の傍に小さなヴィッラを建てようと設計図を作り、具体的な基礎をイールひとりで始めていた。
 もちろん魔力を使い、力仕事はセキレイに手伝ってもらいながらだったが。
(このヴィッラが出来上がったら、アーシュを迎えに行こう。気に入ってもらえると良いけれど…)
 そう思いながら、イールは溜息を吐く。
 アスタロトを思う気持ちが膨れ上がる一方、現実のアスタロトを思うと、虚しくなるのだ。
 自分の想いの半分も、アスタロトは自分を愛してくれているのだろうか。
(きっとアーシュは、僕と恋人になることも、ただの巡り合わせなのだと思っているのだろう。だからあんな言い方をするのだ。まるでセックスが義務みたいに…僕にとってはとても大事な魂を重ねあう儀式なのに…)

 そうして十日ほど過ぎた日、イールはひとりで神殿の玉座に居た。
 いつもは必ず隣りに座るアスタロトの姿が見えない。
 どうしたのだろう、と、思っても、最近のふたりを知る世話人たちにアスタロトの事を聞くのは流石にはばかられた。
 ふたりの仲が上手くいっていないことは、神殿に住む者ならば知らぬ者はいない。
 ふたりの教師たちもイールの顔を見ては、何も言わないが責めるような顔をした。
 ふたり一緒に机を並べない日など、今までは一度もなかったのだ。
「どうしたのですか?セックスのやり方でもお教えしましょうか?」などと毒舌のひとつでも吐いてくれた方がよっぽど救われる。無言の責め苦の居心地の悪いこと。
(上手くいってない原因はアーシュだ。僕じゃなくてアーシュを叱ってやれよ)
 イールは口唇を尖らせて、彼らを睨み返した。

 夕方、やっと勉強から解放され、セキレイに乗って、いつもの崖の上に飛んでいく。
 昨日の続きをやろうとマナの木の下で設計図を広げ、イールはひとりで考え込んでいた。
 ふいに見つめた設計図にいくつもの木の葉が落ちてくる。
(落ち葉には早いんじゃないのか?)と、不審に思いイールは木を見上げた。
 木の枝に影があった。その影がイールを覗き込む。
「…ア、アーシュっ!」
「やあ、イール。こんな良い隠れ家をひとりで楽しむなんてズルいじゃないか」
「どうして、ここに居るんだよ」
「だって…朝起きてセキレイに乗ったら、ここに連れてきてくれたんだよ」
「…」
 イールは後方に立つセキレイを睨みつけた。セキレイはすっくと起き上がり、岩屋の影に尻尾を向け寝そべってしまった。

「ずっと朝からねえ~、君を待っていたんだよ」
「もうわかったから、降りて来いよ」
「ねえ、その紙、あそこの建屋の設計図か何かなの?僕にも見せてよ」
 アスタロトは枝から身を乗り出して覗き込む。
「あ、アーシュ、そんなに乗り出したら危ないって」
「へーき、へー…わああ!」
 バキッと枝の折れる音とアスタロトの叫び声が同時に響きに、影は地上に落ちてきた。
 イールはアスタロトの身体を受け止め、そのまま土に寝転がった。
「いた~いっ!」
「バカ、だから言ったろ。危ないって」
「イールが抱きとめてくれるって信じていたから、平気だよ」
「意味が違うよ、アーシュ。…どこか痛くしなかった?」
「うん…足が痛い」と、アスタロトは右足の脛を擦った。
 イールはアスタロトの足を触り、癒しの魔法をかける。と、イールはアスタロトを怒った。
「…噓つき。どこも傷めてないじゃないか」
「バレた?」
 茶目っ気たっぷりに、アスタロトは舌を出す。
 完敗だと、イールは溜息を吐いた。

 アスタロトは下着も穿かず、薄い寝間着しか身に付けていなかった。
 肌蹴た胸の隙間からばら色の先が見える。イールは慌てて目を逸らした。
「そ、れで、君はなにしにここへ来たの?」
「なんでイールが怒っているのか聞くために来たの」
「…」
「それと…イールが傍にいないと嫌だから。…イールのことを愛しているの」
 アスタロトの言う「愛している」はどんな感情なのだろうか… 
 紺碧に輝くアスタロトの瞳に邪な感情を見出すことはできない。
 イールはどうすればいいのかわからなくなる。
「アーシュ、僕は…君を欲しいって思ってしまうんだ。だけど無垢な君を犯すことが怖いんだ。時が来れば君も大人になるし、それを待つって君に約束した。でも…」
「僕とセックスしたいって思う?」
「…そう、ね」
 直接的な言葉にイールは困ったように笑うしかなかった。

「僕もイールが欲しいよ。僕にだって性欲はあるよ。でもまだ一度も自慰をしていないんだ。だって…僕の初めてのすべては全部イールに捧げたいんだもの。だからイールが僕を欲しがってくれるのは、僕にはとっても喜ばしい感情なんだよ」
 アスタロトの言葉が嬉しくないはずはない。イールはアスタロトの告白に素直に感銘を受けていた。だからこそ益々怯えてしまうのだ。
 彼を背負う責任と使命に。

「アーシュ、君は僕が半身だってことを…一度も後悔していない?もっと…別の者だったらとか…思ったりしたことはないの?」
「なんでそんなことを思う必要があるの?僕はイールを見た時から…ううん、生まれた時からずっとイールだけだよ。そんなの当たり前じゃない。だって僕らはイールとアスタロトなんだもの。君を心から愛することは天の皇尊がお決めになったことだし…」
「…」
(それが問題なんじゃないか…)
「でもそんなことは関係なく、僕はイールと愛し合うって決めているの。この世界で一番大切なものはイールだから。マサキより、セキレイより、天の皇尊より…僕の一番はイールなんだ。だからイールと愛し合うのは必然だろ?」
「アーシュ…」
 アスタロトの言葉はイールの迷いを消し去った。

「アーシュ、君を抱きたい」
 イールの言葉にアスタロトはコクリと頷き、自ら着ていた寝間着を脱いだ。イールはふたりの下じきになってくしゃくしゃの設計図を大事に畳んだ。
 イールもまた服を脱ぎ裸になると、脱いだ服を土に広げ、その上にアスタロトと共に横になった。
 アスタロトは嬉しそうにイールの身体を抱きしめる。
 お互いの体温を感じなから、ひとつひとつの指を絡め、ゆっくりと身体を重ねあわせた。

 アスタロトの口唇がイールのそれと重なり合った瞬間、すべてが変わっていく。
 それぞれの身体の細胞のひとつひとつが芽吹いていく。
 口唇で触れ合った肌が艶やかに色めきだす。
 ふたりはお互いのものを確かめ、口づけ、飲み干した。

 「愛してる…愛している…」
 同じ韻を同じ回だけ重ねていく。

 広げたアスタロトの身体の中深く、イールは隙間無く自らを刻んでいく。
 
 



kiss.jpg

This cruel world 3へ /5へ



お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

This cruel world 5 - 2012.04.05 Thu

芽吹く
5、
 初めて交わす行為を、アスタロトは当たり前に受け止めようとしていた。
 イールの欲しがるものすべてを与えることがイールへの愛だと思った。 
 重なるイールの体温も、押しつけられた口唇も、生々しいイール自身もアスタロトの肌を熱く焦がし、痺れさせた。

 押し開けられた行為には混乱するし、思わぬ痛みもアスタロトにとって衝撃的なものだった。
 それでも耐えようとした。
 イールに嫌われたくなかった。
 顔を合わせてくれなかったここしばらくの間の不安感が、アスタロトを従順にした。
 アスタロトはイールの愛に餓えていた。そしてイールの欲しがる「愛の形」になろうと、心がけた。
 それが使命だと思ったし、自分の意思だと信じていた。
「イール…イール」
 アスタロトはひたすら名前を呼び続ける。
 
 初めてのセックスを強いたイールは、身体の下になるアスタロトを見降ろした。
 夕陽に染められた木漏れ日が、ぐったりとしたアスタロトの顔をおぼろに揺らめかせている。
 長い睫毛が濡れ気を帯び、しっとりと目じりに流れている。
 イールは少し後悔した。
 彼にとって、これは快感を得られたものではなかっただろう。
 無我夢中でアスタロトを抱いた。アスタロトの中に自分を打ちつけることしか脳裏に浮かばぬほどに…
 手練手管を知る愛撫など経験のない自分にできるはずもない。
(僕がもっとアーシュよりも大人だったら、こんなに混乱することもなかったのかな。痛みしか与えられないなんて恋人としては失格だ)

 汗を掻いたアスタロトの額を指で拭くと、アスタロトがゆっくりと目を開けた。
「大丈夫?」
「うん…いい香りがする」
「…ああ、そうだね…」
 イールは上半身を起こして辺りを見回す。
 目に映る光景は、驚くほどに一時前とは違っていた。
 空気が甘く、清しい薫風がそよいでいる。
 ところどころにしかなかった緑が今は土色が見当たらないほどに茂っている。 
 あたり一面に丈の短い草の絨毯が広がっていた。
「アーシュ、見て。凄いよ」
 アスタロトはだるそうに首だけを動かし、マナの樹の根元に手を伸ばして一握りの土を掴んだ。
 手の平で土を握り締め、そしてゆっくりと開いた。
 じっと見つめるとなにやら土から新芽が出ている。
 瞬く間に細い茎はひょろひょろと伸び、その先に小さな双葉を開かせた。
「薄荷草だよ」
 アスタロトがそう言いながら、双葉に口づけると、双葉はまた伸び始めた。
「君の魔法?」
「いや、魔力は使っていない。僕は豊穣の神だからね。たぶんこの世界の植物や動物が僕と君の契りを祝しているのだろう。ほら、見て。マナの樹に実が生っている」
 イールは自分達の枕元にあるマナの樹を見上げた。
 先程まではただ青々とした葉が揺らいでいただけなのに、今は青い果実が至るところに垂れている。

「アーシュ、君はこの惑星すべての存在に愛されているのだろう。僕は君の半身だけど…君ほどの魔力も愛される魅力もないらしいな。少し妬けるよ」
「良く言うなあ~。イールはこの地上のすべての生き物に生きる智慧と癒しを与えているじゃないか」
 それを聞いたイールは笑った。
「おかしい?」
 アスタロトは仰向けになったまま首を傾げる。
「いや…」
 存在価値を比べるほど馬鹿ではない。ただアスタロトは自身の精神に見合った愛情を、この惑星に生きる物から受けとる資格があるというだけだ。
 そして、イールはそのアスタロトを抱く唯一の者だ。
 妙な優越感を味わうものだと、イールは笑ったのだ。

「間も無く夜が来るよ。僕らも帰ろうか」
 イールは脱いだ服をまとめ、自分も袖を通しながら、寝間着を裸のアスタロトにかけてやる。
「嫌だよ。まだイールとふたりきりでここにいたい」
 アスタロトは服も着ずに駄々っ子のように頭を振る。
「でも…充分な食べ物もないし、着替えもない。それに皆も心配するよ」
「心配させときゃいいのさ。イールとセックスしたのか、いつするのかって、あいつら好奇の目で僕を見るんだぜ。居心地悪いったらありゃしない。お腹が空いたら、マナの実を食べればいいし、イールとくっついてりゃ服なんかいらない」
「裸じゃ寒いだろ」
「いいの」
 そう言って、アスタロトはイールにしがみつく。
 陽も沈み、黄昏色から良い闇へ変わる。
 崖を吹きつける風がふたりの体温を奪う。
「岩屋へ行こう。セキレイもいるし、寒くてしかたなかったらあいつの毛皮に包まえばなんとかなるよ」

 イールはなかなか腰を上げないアスタロトを岩屋へ引きずり、そこで一夜を明かすことにした。
「お邪魔するよ、セキレイ。今晩は君と一緒にいさせてくれ」
 イールの挨拶にセキレイは返事もせずに、フイと顔を背けた。
「どうやらおかんむりらしい」
「イールが邪険にするからだ」
「邪険になどしていないさ。それより、喉は渇いてないかい?この崖の岩清水は美味しいんだ。どうぞ」
 イールは麻の巾着袋に入れた水筒をアスタロトに差し出した。
「用意がいいね」
「少しならビスケットもあるよ。毎日ここで力仕事をしていたからね、お腹も空くんだ」
 ふたりはビスケットと水を分け合った。
「どんなヴィッラを建てるの?」
「うん、見て。ここが居間で、こっちが寝室…」と、イールは畳んでおいた設計図をアスタロトに見せながら説明した。
 袋には蝋燭もあった。すっかり暗くなった岩屋に、一筋の光が灯る。
 
「デザートだ」
 アスタロトがマナの樹から捥いだ青い実は、今は充分に赤く熟していた。
 ふたりは水蜜糖の皮を剥き、それを交互に食べた。
「瑞々しくて美味しいね」
「うん、けれど…なんか変だ」
 ふたりはお互いの顔を見合わせた。
 妙薬とも伝えられる水密糖は身体を温めるだけではなく、欲情をも煽らせた。
 ふたりの身体に再び火がつき、イールとアスタロトは指先でお互いの身体をなぞりあった。
「さっきより…興奮してる」
「僕もだ」
「君を…めちゃくちゃにしてしまいそうで怖い」
「イール…」
 イールに押し倒されたアスタロトは、イールの首筋にキスを浴びせ、耳元に囁く。
(ねえ、セキレイがこっちを見ているよ)
 イールは後方に十歩ほど離れたセキレイを見た。
 顔を上げたセキレイの金色の瞳が、ふたりの姿をじっと見つめていた。
 その視線がイールの欲情を益々煽り立ててしまう。
 アスタロトの後庭をまさぐり濡らすと、乱暴に突き立てた。
「うっ…」 
 短い呻き。
 キツイ締めつけさえイールには官能を誘う手立てにしか思えない。
 口唇を噛むアーシュの口を無理矢理割り、その舌を吸い、絡ませあう。
 紺碧のまなこから溢れ出た涙は、僅かな灯火に乱反射した。
「アーシュ…好き。好きだよ」
 アスタロトの流す涙は、イールを愛の奴隷にした。
 アスタロトの乱れた息づかいがイールを欲望の淵に追いやる。
 理性など捨ててしまえる。
 細腰を掴まえ、何度も穿つ。
 その度に声を上げるアスタロトもまた、痛みを超えた感覚に身体中を支配されつつあった。
 痛みを感じながらもイールの強い愛を身に受けていると知った。
 ひとつになりたいのはアスタロトも同じ。
 いとおしげに名を呼ぶイールの声が、アスタロトの官能の扉を開いていく。

 甲高い嬌声が岩屋を響かせ、ふたりの姿が消えた。


「ここはどこ?」
 さわさわと靡く草むらの中に裸のまま、睦み合ったふたりが居た。
 地平線の向こうには無数の星々が見える。
「あの恒星はハーラル星…ではないよね。学んだものとは違う」
「どうやら僕達は次元を超えてしまったようだね。…離すよ」
「嫌。抜かないで、イール。離れたくない」
 すがりつくアスタロトをイールは宥める。
「どこにも行かないよ、アーシュ。でも、ほら、好奇心には勝てないだろう?ねえ、少し歩いてみようよ」
 アスタロトの中から抜く瞬間、心残りに顔を曇らせたアスタロトが何よりも愛おしく、「またすぐに繋ぐからね」と、頭を撫でた。

 宇宙は深遠の闇であっても星々の光はすさまじく、一点を見つめてはいられないほどだ。
「僕らの存在なんて、この宇宙にしてみれば、塵のひとつに過ぎないんだろうね」
「存在の意義を問うならば、僕は同じ重さだと思うことにしている。大きさは…問うに然らず」
「僕らと同じような惑星系体はあるのかしら」
「僕らが特別だとは思えない。これだけの空間に浮かぶ現実がどれだけあるのかはわからないけれど…」
「覗いて見たい気がする」
「アーシュ、君の好奇心は当分クナーアンだけにしておくれ。我々の星はまだまだ未開地だよ」
「わかってる」

 ふたりは裸のまま手を繋ぎ、宇宙の闇に浮かぶ草原を漂った。
 二人が歩くたびに草むらからはミントの香りが立ち上がる。
 中央に一本の幹が伸び、薄色の花が満開に咲いていた。
「これ、何の花?初めて見るね」
「そうね。とても綺麗だ」
 イールが幹に触れると、一瞬幹が震え、そして枝がざわめき始めた。
 程なく、花びらがちらりちらりとふたりに降り注いだ。
「なんだ。イールの花だったのか」
 アスタロトはその薄紅色の花びらを手に取り、匂いを嗅いだ。
「ふふ、やっぱりそうだ。イールの匂いがする」
「ホントに?」
「うん。イールの花だよ。そうだね…サク、ラと名づけよう。春を祝う花だよ」
 舞い散る花びらの下、イールとアスタロトは何度もキスを交わした。
 祝福の花びらが散り終わるまで、ふたりはサクラの下で繋がり合ったまま、互いを存分に味わい続けるのだった。
 



イールa-shisens6

4へ6へ



お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

サイアート

Author:サイアート
イラストと駄文を更新しております。

少年愛を中心としたシリアス重視なオリジナル作品でございます。

ゆっくりしていってね~

サイズを記憶するフォントサイズ変更ボタン

文字を大きくする 文字を規定のサイズに戻す 文字を小さくする

ツリーカテゴリー

Script by Lc-Factory
(詳細:Lc-Factory/雑記)

最新記事

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する