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2019-11

Phantom Pain 1 - 2012.06.01 Fri

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アーシュ制服11

Phantom Pain

1、
 夢と言うものは不思議なもので、自分が見たい場面も見たくない場面も頭の中で好き勝手に作り出してしまうものらしい。
 何度別れた恋人の夢を見ても、夢の中の彼は、アーシュの名を呼んだりはしない。
「どうして呼んでくれないの?」と、問いかけても、彼、セキレイ、ルシファーは柔らかな笑みを浮かべるだけだった。
(忘れ去られちまったかな…)
 そう良くもない夢見から覚めたアーシュは、仰向けに寝転がったまま、目の前に広がる赤く染まる空に目を細めた。

「ここにいたのか。アーシュ。相変わらずお気に入りの場所だな」
 ベルこと、クリストファー・セイヴァリがアーシュを呼ぶ。
 ここは広大な敷地を持つ天の王学園構内でも偏狭な、名も無き塔の屋上だ。
 三年前に、アーシュはルシファーを産まれた故郷へ還すために、この屋上の魔法陣を使い、異次元の扉を開け、ルシファーを見送った。

「やあ、ベル。この魔法陣の中は、安眠には最高に気持ちのいいベッドなんだ。確かにマットは固いけどね」
「でも、季節的には涼しくないか?風邪を引くよ」
「その心配もない。結界のおかげで空調も万全だ。ベルも入ればいいのに」
「…試してみたけど、その中ってなんだか落ち着かなくて…身体の表面がざわざわするんだよなあ」
「ベルの体質は癒し系だから、この魔法陣は違和感があるだろうね。僕にはこのちりちり感が気持ち良いんだ。身体中を小さな炎で浄化させられてる感じ」
「アーシュの体質は普通じゃないね。まあ、いいから、話があるんだ」
「なに?」
 アーシュは魔法陣の中で身体を反転させ、肘をついた。ベルは仕方なく、魔法陣の外に座り込んでアーシュと対峙した。

「俺達は三年になったんだから、そろそろ世代交代だろ?イルミナティバビロンの新しい代表を決めなきゃね。…難しいけれど」
「うむ。問題だね」
 この屋上は、アーシュを中心とした「魔法力を巧く使うための勉強倶楽部」こと「イルミナティバビロン」の、活動場にもなっている。

「イルミナティバビロンは所謂、学園への健全な反抗心を表す象徴でもあるけれど…魔力を持った生徒達の方向性を見極める場所でもあるしなあ~。しかし、その魔法を使える生徒が…少ない。深刻な部員不足だ」
「俺達の後には、ひとりのホーリーすら出ていない。だからと言って、嘆くことでもないかもしれないね。魔法を使えない。即ち、イルトが多いという世界が当前なのかもしれない」
「俺達は異端者になるのかい?ベル」
「そうとも言える。そのうち、魔女狩りしかり、アルト狩りが行われる時代が来るかもしれない」
「そうなったら、どこぞへ逃げる算段でもしなきゃな。侯爵どの、良い領地をお持ちか?」
「…この貧乏貴族に何を望むか?専制君主など、何世紀前の遺物と化した現社会。我が王の存在こそが陽炎のように儚い。ならば魔王アスタロト、我が主よ。どうか御身の手で、この世界の制裁を…」
「…リリの書いたこの脚本はアルトには受けるだろうが、まずブーイングだね」
 アーシュは寝転がったまま身体を伸ばし、魔法陣の外枠に投げ出した台本を拾い、その薄い本を叩いてみせた。
  L・ステファノ・セレスティナことリリは、隣市の貴族子女であり、アーシュ達と同学年でホーリーでもある。
「その劇のことで監督が君をお呼びだよ。少し台詞を変えたから、読み合わせだって」
「またか?これで何度目だよ。本番の学園祭は明後日だぜ?」
「今年で最後だからな。リリも気合が入っているんだろうよ」
「あ~あ、どうせ、俺と君のエロいシーンが増えてるだけだぜ。あの腐女子、最後の最後まで俺等をネタにして楽しみやがって。ムカつく」
「まあ、リリはあれで本気でプロの小説家を目指しているんだから大目にみてやろうぜ」
「おまえら貴族同士、仲良いなあ~」
 差し出されたベルの手を掴み、アーシュはやっと立ち上がった。

 塔のエレベーターを降り、落葉樹の落ち葉の絨毯を踏み鳴らすことに興じたふたりは、じゃれあいながら高等部校舎へ戻る。
「アーシュ。あのさ…さっきエドワードからの手紙が届いたんだが…」
「何?」
「ほら、あの絵、覚えてるか?レヴィ・アスタロト…」
「覚えてるものなにも…因縁しまくりじゃん。あれがどうかした?…もしかしたら、あの絵についてエドワードが何か調べてくれたのか?」
「そうなんだ。あの絵は母の祖母の実家からスタンリー家に持ち込まれたんだが、その曾祖母の古い別荘を調べたら、レヴィ・アスタロトに関するものが色々とでてきたらしい。それで…一度その別荘…ちょっと離れているんだが、その古城を尋ねてみたらって…書いてあったんだ。…どうする?」
「どうするもなにも、行くに決まっているじゃないか、ベル。君も一緒に行ってくれるだろう?」
「勿論そのつもりだけど…」
「なに?」
「あまり期待しない方が良いかもしれないよ」
「どうして?」
「なんとなく…なんというか…古い言い伝えを調べつくしても、今の君と関連があるのかどうかなんて、わからないじゃないか」
「…変なベル。そんなの当たり前じゃん。好奇心でしかないよ。俺にそっくりなレヴィ・アスタロトがどんな架空の者であっても、その探究心は持って当たり前だろう?」
「それは、そうだけど…」
 言い澱んでしまう理由がベルにはある。

 アーシュの好奇心を押さえつけることなどできるはずもないことは、ベルにも重々わかっている。だが、ベルはアーシュの本性を知っている。
 一年前、ベルはこの天の王学園の学長トゥエ・イェタルに請い、アーシュの出生の秘密を聞き及んだ。トゥエが召喚したこの世界の偉大な魔術師であり、魔王と崇められるアスタロトは、自らに魔法をかけ、赤子として生まれ変わった。それがアーシュなのだと…
 いわば、アーシュはアスタロトその者であり、あの「レヴィ・アスタロト」の絵画も、世のアスタロト伝説さえも、アーシュ自身の話でもあるのだ。
 アーシュは未だその真実を知らない。
 いつかは知るべき時が来るだろう。だが、その真実はアーシュにとって善き事なのか否なのかは、ベルにもわからなかった。
(学長もアーシュに真実を告げる自信がないのだろう。自分が特別な者であろうという信じる事と、特別な者だという真実を突きつけられる事とは、全く別物だ…)

 学園祭の翌週、学園は三連休日となった。
 アーシュとベルは、エドワードの申し出を受け、元アルネマール伯領であるオラフィスの岬の古城へ向かった。
 オラフィスまではサマシティから列車で六時間ほどかかる。
 本格的な列車の旅はアーシュには初めての経験であり、何もかもが目新しく楽しかった。
 コンパートメントの客室で落ち着かなく座ったり立ち上がったり、窓を開けて移りゆく景色に見惚れ、そして、また側廊下を何度も往復したりと、忙しない。
 食堂車で昼食を取る頃になると、アーシュはとうとう感嘆の声をあげた。
「なんだよこれ、すげえ~。こんなの初めてだよ~、最高~。ベル、列車って素晴らしいね~。俺、将来列車の運転手になろうかな~」
 身体中で喜びを表すアーシュに、ベルは微笑みながらも、困惑した。
(魔王であるおまえが、列車の運転手に満足するはずもないけどね)
 そもそも人生のほとんどをサマシティの一角の「天の王学園」構内でしか過ごしたことのないアーシュにとって、それ以外の空間はすべて新鮮に感動させるものだったろう。
 エドワードとベルのおかげで豪華な昼食を味わい、アーシュの機嫌は上々だ。
 
「そういや、出かけにスバルから受け取ったものがあったっけ…」
 アーシュはブレザーの内ポケットから、厚みのある封筒を取り出し、中身をあらためた。
 先日の学園祭での舞台劇のスナップ写真だ。それもベルとアーシュが抱き合い、キスを交わしている場面がほとんどだった。
「なんだ?これ」
「すげえ~。望遠で撮ってやがる。しかもどれもピントが合って、おいしいシーンばかりじゃんか。まあ、どうせリリの差し金だろうがね」
「こんなことされて黙っているつもりか?アーシュ」
「何を怒る?ヌードを撮られたわけでもないし、舞台劇は大勢が見てたじゃん。この写真はスバルが親切でくれたんだよ。あいつは何も言わなかったけれど」
「親切?これのどこが?」
「リリはこれを生徒たちにばら撒く算段なんだろうね。彼女の最後の奉仕というわけだ。喜ぶ輩も多い。スバルはそれを知って、事前に俺に教えてくれたんだよ」
 学園祭でのベルとアーシュが演じる舞台劇も今年で三回目だった。ふたりとも演技が嫌なわけではなかったが、リリの演出が過剰すぎるものだから憂鬱だったのは否めない。
 案の定、リリはふたりのラブシーンを昨年よりも増やし、ふたりは交わしたこともない恥ずかしいロマンチックな台詞を延々と語る羽目になった。それだけではなく、言葉の端々でくちづけを交わすという罰ゲームのようなものまであり、キスをするたび、会場の生徒たちには歓声と溜息に埋め尽くされ、拍手喝采で幕を閉じたのだった。
 
「だけどスバルも健気だね。リリへの恋心は叶わなくても、命令には忠実だからねえ~」
「リリがあの変態を相手にするはずもない」
「…ベルは俺より遥かに寛容であり、善良な人間だと思うけれど、貴族特有の特権感覚があるね。加えて選民意識も高い。そんなにあの東洋人が嫌いなのか?」
「別に東洋人だからじゃないよ。スバルみたいな引きこもりのオタクの女装趣味とは、こちらからお願いして友人になりたいと思わないだけだ」
「ホーリー仲間であり、イルミナティバビロンの部員。初等科五年の時は、一年間一緒に暮したルームメイトだったのにさ」
「…」
 強い魔力を持つアルトのスバルはホーリーにも選ばれ、真の名をスバル・カーシモラル・メイエと言う。
 初等科五年の時、親元から離れ、この「天の王学園」へ転入してきた。
 彼の強い魔力を家族が怖れたからだと言う。
 西の地域では見慣れない顔立ちと根暗な性格のスバルを、ベルは好まなかったが、アーシュは当初からスバルに対しても、他の者と変わらぬ態度で彼に接していた。と、いうより、アーシュはスバルのやることを面白がったのだ。彼の女装趣味をからかいつつ、興味津々で眺めていた。
「アーシュの好奇心はああいう奇人にさえ無鉄砲に注がれるんだからね」
「スバルの女装は、幼い頃に受けた親からの虐待の所為だから、同情されてもいい。が、今は完全にストレス解消のアクションさ。スバルは男気のある男子だからね。外見よりも俺は彼の飽くなき好奇心に敬服さえ覚えるね」
「ああいう遁世者を気取る奴ほど、俗悪な趣味を貪っているんだ」
「錬金術のこと?あれは結構お騒がせだったからね。今の彼の探求は物理的魔法に変わったよ。と、いうより俺がそそのかした」
「え?」
「携帯できる魔法陣を作ってくれって頼んでいるんだ」
「…なんだ?それ」
「俺が求める魔法陣って奴は空間ぶち抜き装置だ。俺達は魔法を操れる。けど、右にあるコップを左に置くためにいちいち魔法を使ったりしない。科学的な証明も必要ないし、第一、無意味だからね。テレポートの必要性も俺には疑問だね。こうやって列車の旅を楽しむ意義の方が有意義だからね。でも、次元空間を自在に操れるテレポーレーションは必要だ。セキレイが俺を呼ぶ時、それがどこであっても、俺は駆けつけなければならない。学園の魔法陣だけでは心もとないだろう?だから、スバルにあの屋上の魔法陣と同じ空間を生みだせないだろうかと、頼んでいるんだ」
「…そう、なのか」
 アーシュの為になら、どんな些細な力にでもなると誓ったベルだが、今度ばかりは手伝えそうも無い話ではあった。


 列車を降りて駅から車で一時間、アルネマール伯、ウィリアム・ヴァン・キャンベルがその老年に移り住み、死ぬまで離れなかったと伝えられるオラフィスの岬の城へ漸く到着した。
 城にはエドワードが待ちかねており、ふたりを歓迎した。
「クリストファー、アーシュ。はるばると良く来てくれたね。長旅お疲れ様」
「ご招待ありがとうございます、エドワード」
 貴族の身嗜みなのか、叔父のエドワードに対してもベルは一応の礼儀を尽くす。それに比べ…
「久しぶり~、エドワード。会いたかったよ~」
 アーシュはいきなりエドワードに抱きついてはキスの挨拶で喜びを表す。勿論、こういうアーシュの無礼講もエドワードは大歓迎だ。
「列車の旅も最高に楽しめたよ。エドワードが特別にチケットを取ってくれたおかげだ」
「ちょっとしたコネクトだよ。アーシュが楽しめて良かったよ」
「エドワードの顔を見るのも一年ぶりだね。今年の夏季休暇は、補習授業が忙しくて、お屋敷に行けなかったからね」
「私の方もなにかと多忙で、君を招待できなくて残念に思っていたんだ。今回こんな機会を得て幸運に感謝している。この城もかなり痛んでいてね。住める状態ではなかったけれど、とりあえず補修できるところはできるだけ済ませたよ。君らが安心して寝れるようにはね」
「ベルの手紙によると『レヴィ・アスタロト』の謎が解明されたらしいけれど、本当?」
「さあね。アーシュの目でそれを解明してくれることを、望んでいるんじゃないかな…そう思ったから私は君を呼んだんだ。さあ、ふたりとも、お入りなさい」
 エドワードのお屋敷も、古めかしいルネサンス様式ではあったが、この古城はそれ以上に形式美に囚われている。古典的な細いファサードにマニエリスムの階段。高い天井と凝った室内の壁模様。
 案内された部屋も同様で、さすがにアーシュも落ち着けない心持ちで天蓋付きのベッドに恐る恐る腰を下ろした。
 しかし、その日の三人での晩餐は落ち着かない部屋の空気など気にならないほどに、楽しいひとときを過ごせた。
 ここでもスバルのくれた写真は、ワインの肴になり、エドワードを笑わせた。

「この衣装はなんだい?」
「ああ、これは学園祭の最後を飾るコスプレ大会でさ。その名の通り、俺が魔王アスタロトを、ベルがベルゼビュートをやったのさ」
「様になっているじゃないか。勿論どちらかが優勝したのだろう?」
「いや…それが…」
 気まずそうにベルは言葉を濁す。
「スバルという女装が趣味の男子が優勝したのさ。普段は決して目立たないミステリアスでオリエントなオタク野郎だが、まさに誰が見ても可憐な美少女にしか見えなかった。化けるという意味ではこれこそコスプレだろうしね」
「俺はスバルよりもアーシュのコスが断然良かったと思うけどね」
「バカだね、ベル。俺はさ、何時でも、どんな汚い衣装でいてもさ、魔王アスタロトのように超絶麗しく、かつ魅惑的で優雅なこの実像を、ことごとく皆にタダで見せてやってるんだぜ?今更、こんなコスプレしたって、目新しいわけでもないんだろうさ。こんなので褒められても別に…って感じだぜ」
「「…」」
 負けず嫌いとナルシストもここまでくると呆れるしかないと、叔父と甥は目の前の黒髪の美少年を醒めた目で見つめるのだった。

 夕食の後、ふたりは「レヴィ・アスタロト」の絵画が隠されていた部屋へ案内された。
 部屋は岬の端に突き出した形で正八角形に建てられ、階段を昇るたびに隠し部屋が多くなっている。
「昔…この城に住んでいたアルネマール伯、ウィリアム・ヴァン・キャンベルは、レヴィ・アスタロトと知り合いだったと…伯爵の執事だった者が身内に打ち明けたらしい。伯爵はレヴィ・アスタロトに関する記述を一切残していないからそれが真実かはわからないんだが…。その話によると、伯爵とレヴィ・アスタロトは長年友好的な付き合いを続け、伯爵は死ぬ間際、この城をレヴィに譲ったと言われている。確かにその誓約書は役所に残っているし、レヴィのサインもあるんだ。そしてレヴィは17年前、何故かスタンリー家にこの城を譲っているんだ。…全く持って不思議な話だ。アーシュに瓜ふたつのこのレヴィ・アスタロトという者と、我が家系の間にこれほどの縁があるなんて…」

 四階の部屋の隠し扉から見つかった大小合わせて七つのレヴィ・アスタロトの肖像画は、場所も画家も期日もばらばらであり、伯爵が懸命にこれを収集したのだろうと思われた。
「最初に描かれた絵画と最後のものとは、期日に二百年の差がある。しかし、描かれたモデルであるレヴィ・アスタロトの姿は一向に変わらないままだ。勿論古今変わらぬテーマを持った絵画は少なくない。だがここまで同じ容姿を持つリアルなモデルがいるだろうか。…私にはこのレヴィ・アスタロトがまさに伝説どおりの永遠に生き続ける魔者に思えるよ」
「俺に似た不死の魔者…か」
「…」
 いくつもの並べられた絵画を、じっくりと眺めるアーシュの横顔を、ベルは不安な気持ちで見つめていた。

 ここに描かれたすべての絵のモデルは、今見つめているアーシュ自身であるのだから。



ashoo.jpg

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Phantom Pain 2 - 2012.06.07 Thu

2
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アーシュq-1

2、
 その夜、アーシュは寝つかれずにいた。
 初めての遠出と列車の旅、ロマンチックな古城や豪華な調度品に天蓋付きベッド。どれもアーシュには興奮静まらぬものばかりだった。が、アーシュが睡魔に襲われなかった一番の理由はあの絵画の所為だ。
 アーシュそっくりの数々の絵に描かれた「レヴィ・アスタロト」は、現実に存在するのだろうか。
 何百年もの間、年を取らずの不死者、それは人間ではなく、吸血鬼か化け物か魔物か…
 本当にこの古城の当主だったアルネマール伯爵は、その非人間である「レヴィ・アスタロト」と交流があったのだろうか。
 これらの好奇心がアーシュを安眠へとは導かせずにいたのだ。
「それにしても…」
 アーシュは寝返りをうち、シルクの毛布を肩まで引き上げた。
「あそこまで俺にそっくりということは、やはり『レヴィ・アスタロト』と俺とは何か因縁めいたものがあるに違いない。どうにかしてその核心に迫りたいものだがなあ~」
 やむなくアーシュはベッドから起きだし、パジャマ姿のまま、部屋を出た。
廊下は電燈もなく暗かった。

 長年住人がいなかった為に古城自体には電気などの近代文明は設備されていなかった。
 今回、エドワードのリフォームのおかげではとりあえずリビングと水屋、それに主要な寝室は電気を使うことができたので別段不便は感じなかったのだが、夜の廊下のそぞろ歩きには、携帯用の石油ランプが必要だった。
 そのランタンを片手に持ち、アーシュはもう一度、絵を確かめるために先ほどの部屋へ向かった。
 ドアを開け、暗闇の中を探りながら壁に飾られた「レヴィ・アスタロト」の絵にランタンの光を掲げる。
 絵の中の「レヴィ・アスタロト」は、アーシュを見ては何かしら面白おかしく微笑んでいるようにさえ見える。
「こんなに似ているんじゃ、認めるしかないよね、レヴィ・アスタロト。君は俺の血縁関係にあるの?もしかしたら父親?まあ、俺は魔王の息子でもちっとも構わないけどね」

「レヴィ?…レヴィ・アスタロト。久しく顔を見なかったが、元気だったかい?」
 暗闇から突然の見知らぬ声に、さすがのアーシュもギクリと身震いをする。
 アーシュは声のする方を見た。
 薄暗い中、窓際づたい壁の前にスーツに山高帽を被った品の良い老人が立っている。
 亡霊を見たのは初めてだが、魔法使いという最も怪しい力を操る者がこの不可思議な手合いに驚く器量は初めから無い。
「レヴィ、あまりに君が来ないからとても心配していたんだよ。まさか不死である魔王の君が死んだとは思わなかったけれど…。おや、これはまた、思い切り髪を切ってしまったのだね。私は君の豊かに波打つ長い黒髪にいつも見惚れていたのだが。いやいや、今の短髪も魅力的だ。いささか若返った少年のように見えるがね」
 老紳士はステッキをつき、にこやかに笑いならがアーシュに近づいた。
 よく見るとその老紳士の顔は、玄関ホールに飾られた肖像画に似ていた。
 アーシュは老紳士に低く頭を下げ、丁寧な挨拶をした。
 彼がこの古城の主であったアルネマール伯、ウィリアム・ヴァン・キャンベルの幽霊であることは明白であった。
「ごきげんよう、伯爵。お初にお目にかかります。僕はアーシュと言い、あなたの子孫であるスタンリー家の一人息子、クリストファー・セイヴァリ・スタンリーの友人です」
 伯爵はアーシュの言葉を訝った。
「…どういうことかね?君は私の友人のレヴィ・アスタロトではない…と、言うのかね?」
「はい、そうです。伯爵。絵を見る限り、見目は似ていますが、僕はレヴィ・アスタロトではありません。でも…レヴィ・アスタロトの血縁なのかもしれません。これだけ似ているし、僕もアスタロト・レヴィ・クレメントと言う真の名を持っているのですから」
「ふむ。真に不可思議なこともあるものだね。私がレヴィの姿を見間違うわけはないのだが…アーシュと言ったね」
「はい」
「君には私が見えるのかい?レヴィの他には、誰も私のこの姿を見たものはいないのだよ。下手な霊媒師どもが興味本位にやってきても、見えるどころか、霊感に触れることさえできなかったのに」
「僕は普通の魔術師ではないので」
「ほう…ではやはりレヴィの血を引く者と断定しても良さそうだね」
「ありがとうございます。伯爵…僕は親を知らずに育ちました。生まれてすぐに赤子のまま捨てられていたそうです。拾ってくれた人の親切で僕は無事にこうして生きています。僕は…自分のことをなにひとつ知らない。それでいいと思っていた。だけど僕を産んでくれた父や母のことを知りたいと思うようになったんです。もしこの絵の…『レヴィ・アスタロト』が僕となんらかの関係があるのなら、僕はそれを知りたい。その為にこの城にきたんです。伯爵はレヴィ・アスタロトの友人だと記録されています。それが本当なら、レヴィ・アスタロトのことを僕に聞かせてください。どんな些細なことでもいいんだ。俺は…自分が何者なのか知らないままでは…駄目な気がする…」
 本当のところ、アーシュは自分がただの捨て子で、強力な魔力を持った魔術師として生きていく道を選んでも良いと思っていた。だが、この絵を知ってしまった。
 自分にそっくりの「魔王アスタロト」の存在を知ってしまった。
 何故自分に似ているのか、レヴィ・アスタロトとはどのような者なのか…
 今となっては、無視できるはずもない。

「アーシュ、君の役に立つかはわからないが、私のような年寄りは昔話が好きでね。それを若者に得意げに話すのは最も好むところなんだ。君がよければ夜が明けるまで喜んで話し聞かせよう」
 伯爵は上機嫌でアーシュを高級な紫檀の長椅子に招き、仲よく並んで座った。
 無意識のうちにアーシュはわだかまる思いのすべてを捨て、心を開き、亡霊である伯爵の話に聞き入った。
 伯爵の話はアスタロトだけではなく、自分の生きてきた色々な冒険談にまで渡り、アーシュは興味深く聞き入った。

「馬に乗ってサーベルを振り上げ、鉄砲で戦うなんて…小説でしか読んだことがないよ。伯爵は軍功を立てて、王様から爵位をもらったんだね。すごいや!」
「血気盛んな若気の至りというわけだ。戦争とは自分の名誉の為に、他人を殺すことを厭わない残虐なものだが…私にとっては神聖な行動だったと思う。そう思わなければ、その先を生き続けることは辛いばかりだからね」
「でも伯爵は幸せだったのでしょう?優しい奥様と子供たち…それにレヴィ・アスタロトにも出会えた」
「そうだ。妻が亡くなって、後は老いた自分の死を待つばかりだったが、レヴィが私の人生の終わりに光を与えてくれたのだよ…。レヴィは一年に一度、数日しか会いに来てくれなかったが、その数日を待ちわびる喜びが何よりの生き甲斐になった…」
 伯爵は長い話の折々にアーシュを「レヴィ」と呼び、「僕はアーシュですよ、伯爵」と答えると、「私にはそうは見えぬのだが…」と、納得できない風であった。

「レヴィ・アスタロトは一体どこからこの城にやって来たのでしょうか?たぶん他の次元ではあるのだろうけれど…」
「彼は、自分が何者なのかはあまり語ることはしなかった。『魔王アスタロト』と呼んだのも私の方で、彼は気に入ったよと笑うだけだった…」
「伯爵。僕はレヴィに似てる?」
「ああ、何もかもが彼そのものだよ」
「僕は…彼の子供なのかな?」
「それは考えにくいな」
「何故?」
「レヴィは自分を人間では無いと言っていたし…事実、人間との性交にはあまり関心がなかった。何より、レヴィには大切な同性の恋人がいたんだ。名を『イール』と言ってね。レヴィは本当に…こちらが呆れるほどイールを愛していたのだよ」
「イール…」
 初めて聞くその名前を声を出して呼んだ時、何故かアーシュの心が一瞬温かくなった。

「レヴィはイールの許しを得てこちらの世界を遊行する。イールは放蕩息子の恋人の帰りを、故郷で待っているわけなんだ。レヴィは年に一度だけ、この城に遊びに来るのだが、二、三日するとソワソワし始め、五日も経つとなると『イールが寂しくするといけないから帰るね』と、血相を変えて城から出ていくんだよ。あれはイールが寂しいんじゃなくて、レヴィの方が寂しくて辛抱できないんだろうと、私は彼の帰った後、何度も腹を抱えて笑ったものだ」
「かわいいね」
「その通りだよ。レヴィは可愛いし純真だ。私が彼が大好きだ。レヴィは自分は不死で、もう恐ろしいほどの年月を生きていると言っていたが…私には少年のままの魂で生きている気がしたよ。君のように…」
 伯爵はアーシュをレヴィ・アスタロトに重ねていた。
 そしてそれが間違いだとは、アーシュ自身にも思えなくなっていた。

「…私は彼の姿を見るたびに自分の年老いた醜い容姿がうらめしく、彼を羨んだり嫉妬したりもしたけれど、誰にも否定できないあのきらめく憧憬の存在の証は、私に真の幸福を与えたのだよ…」
「…」
「アーシュ、君は自分が何であるのか知りたいと言ったね。私が言えることは、君はレヴィ・アスタロトの子孫ではないということだ。君はもっと近い…何かだろう…」
「俺は…レヴィ・アスタロトなのだろうか?」
「レヴィは『自分は不死だ』と嘆いていた。死ねないことを嘆く魔王がこの世にいるのだろうかねえ…私はそう言って嘆く彼がたまらなく愛おしいよ。…ああ、そろそろ夜が白み始めた。帰らなければな。エーリュシオンで妻が待っている…生きていた頃は、暁闇の境目に立ち会う瞬間が一番好きだったのだが、虚ろな身になってからは、陽の光が苦手でね」
「幽霊では仕方ありませんね」
 アーシュは伯爵の手を取ろうとしたが、勿論その手の実態はなく、空を切った。
 伯爵を見送るために、バルコニーの窓を開けアーシュは別れの挨拶をした。
 薄明の空には雲一つ見えなかった。
 伯爵の帰るエーリュシオンもきっとあの天にあるのかもしれないとアーシュは思った。

「あなたの子孫たちにはお会いになりましたか?伯爵」
「ああ、そういえば…最近何度が金髪の見目良い男を見たが…。彼が私の子孫なのかな」
「五代目…ぐらいかな。その五代目にそっくりな六代目もいますよ。彼らは僕の最も信頼する友人たちです」
「そうか…残念だが彼らには私の姿は見えまい。君からよろしく言ってくれたまえ。できる限り見守っていると」
「はい」
「それとレヴィ・アスタロトに、心身を尽くせとも伝えてくれ」
「…わかりました」
 少し困った顔でアーシュは伯爵に答えるのだった。

「また君に会えるといいのだが…」
 伯爵は馴染んだ山高帽をかぶり、ステッキを持った。
「エーリュシオンは楽しくないの?」
「こちらと変わりはせんよ。美しい若者はいるが、年寄りなど見向きもされない。せめて死んだ後ぐらいは自分の好きな年恰好でいさせてもらいたいものだ。あれでは早死にした方が、儲け者だよ」
「はは…そりゃ冥界の王にでも頼まなきゃね」
「君は魔王なのだろう?君の力でなんとかしてもらいたいものだが、君が来るには早すぎる」
「伯爵…」
 伯爵のアーシュへの信頼は、アーシュの胸を熱くした。

「魔王アスタロトと口に出すだけで皆は怖れる。光を嫌い、地下深い暗闇を愛する魔族のように多くの者はイメージしたがるものだが、レヴィはそうではない。あの黒髪、深淵の瞳を持つ麗美な魔術師は…そう、ちょうど君のように、朝日に佇むのが似合う男だ。彼そのものが光の根源であるかのように、魔王レヴィ・アスタロトの魂は眩しかったのだよ…アーシュ、レヴィ…また、会ってくれるかね」
「はい、伯爵。またここでお会いしましょう」
 
 ゆっくりと水平線が黄玉に輝き始めた時、伯爵の姿もその光に溶けていくのだった。

(今度会う時、きっと自分自身が何者なのかあなたに話せると思うよ、伯爵)
 アーシュはひとり降り注ぐ光明に中に立ち、天に帰る伯爵を見送った。


 部屋に帰ったアーシュは睡眠不足の所為でベッドに横になった途端に熟睡してしまい、その日の昼過ぎになってやっと目を覚ました。
 身支度を整えて、リビングへ向かうと、エドワードとベルがアフタヌーンティーを優雅に摂っていた。
「やっとお目覚めかい?アーシュ。どうだい、一緒にお茶などいかがかな?」と、エドワードはにこやかにアーシュに席を勧めた。
「いただきます。もうお腹ペコペコで死にそうだよ」
「…」
 席に着いたアーシュにメイドが素早くカップと皿を用意する。アーシュはフォークとナイフを手に早速皿に載せられたマーマレードジャムたっぷりのパンケーキをほおばった。
「うわ、このパンケーキ美味いよ、ジャムが最高だ」
「良かったら出来立てのミートパイもどうぞ。臨時のシェフはこの町一番のパン屋の職人だよ」
「うん。これも美味しいよ。ねえ、ベル」
「…」
 ベルは不機嫌そうにアーシュを睨んだまま、アップルパイにかぶりつく。
「どうしたの?ベル」
 アーシュはベルの不機嫌の原因が自分にあるとは露とも思わずベルの機嫌を何度も聞く。その様子に笑いを堪えていたエドワードが、とうとう吹き出した。
「アーシュ、クリストファーは君がいつまでたっても起きないもんだから不貞腐っているのさ」
「ええ、そうなの?起こしてくれればよかったのに」
「何度も起こした。だけど身体を揺らしても、頬を抓っても君は目を開けもしないんだから。まったくもって呆れるよ。俺たちは明日には帰らなきゃならないのに…君は眠りを貪るためにはるばるこんな古城にまで赴いたのか?」
「悪い。でも一晩中起きていたから、眠くて仕方なかったんだ」
「一晩中?何してたのさ」
「君たちのご先祖さまと四方山話。楽しかったよ。あ、君たちにも宜しく言っておいてくれって」
「ご先祖って…アルネマール伯爵のことか?」
「そうだよ、エドワード。俺、彼の幽霊に会えたんだ。彼は本当にレヴィ・アスタロトの友人だった。色々なことを話してくれたんだよ。とても有意義な時間を過ごせて本当にこの城に来てよかった。全部エドワードのおかげだよ。ありがとう」
「…いや、それはいいんだが…アーシュ。あまりに突拍子もない話でついていけない。初めから順を追って話してくれないか?」
「いいけど…日が暮れるよ。ここまで来て何もしないでいいの?ねえ、ベル?」
「…仕方ないよ。今回は『レヴィ・アスタロト』の解明の為に来たのだもの。アルネマール伯と俺たちの関係も無縁ではないしね。この城に閉じ込められるのを覚悟して君の話をゆっくりと聞くことにする」
 大げさにため息を吐いた後、ベルはいつもの穏やかな笑みをアーシュに向けた。



 翌日、二人は昼前にオラフィスの古城を発ち、帰路に着いた。
 来た時と同じように六時間の列車の旅ではあったが、ふたりはそれぞれの思いに耽り、言葉少なに窓の外の移ろう景色を眺めていた。
 アーシュは伯爵の話をなんども思い返して、その中に自分を見出すヒントを探し出していたし、ベルはアーシュに学長のトゥエ・イェタルから聞いた話を打ち明けるかどうかを迷っていた。
 ベルは真実を口伝えではなく、アスタロト本人に直面したトゥエから聞くべきだと信じていた。それが彼を背負った者の責任ではないだろうかと、考えていた。
 だから考え込むアーシュにも何も言わない。
 ただ、アーシュが「俺が何者でもベルは俺を嫌ったりしない?」と、泣きそうな顔で問われ、ベルは情けなくなった。今更ではないか。
「バカ。俺は言ったはずだ。どんなアーシュでも俺は君を愛していると。ずっと君の傍にいたいって…誓ったのを忘れたのか?」
「忘れるもんか…でも、俺自身でさえ怖くなるんだ。もし俺が本当にあのレヴィ・アスタロト…魔王だとしたら…いや、そんなことはあるわけがないよね。だって、俺にはそんな記憶はないし、赤ちゃんだった頃からの写真だってある」
「なあ、アーシュ。俺は思うんだが…一度学長に問いただしたらどうだろう。君を拾ったのは彼なんだから、真実はトゥエにしか聞き出せないと思うよ」
「…」
 アーシュはベルの瞳に、強い意志を見出した。
 それは彼がアーシュの出生についてなんらかをすでに知っているということと、それを自分に聞くなと訴えていることだ。
 アーシュはベルの思いを了承した。ベルがアーシュの為にならないことを、今までに一度だって仕向けた例などなかったのだから。
「そうだね、ベル。君の言うとおりにするよ。じゃあ、この件はおしまいにして、帰りつくまでの旅を大いに楽しもうよ」
「ああ、そうだな」
「とりあえず…食堂でワインと美味い肉料理を注文しようよ。学園に帰ったらまた代わり映えのしない飯が続くんだからさ。勿論、料金はエドワードに頼むんだけどね」
「了解した。遊べなかった分、腹ごしらえぐらいは存分に味わおう」
「まだ根にもっているのか?ベル」
「別に…俺はアーシュを愛しているから、これくらいでは僻まないさ」
「…」
 ベルの言葉は皮肉ではなく、本心だとアーシュは知っていた。
 「愛している」…その言葉が、昨晩心に刻まれた「イール」と言う、見たこともない者への想いに重なる気がした。
(俺がもしアスタロトだったら、そんなに大事な人のことを忘れたりするものか)


 夕刻、ふたりは「天の王」学園に帰り着いた。 
 アーシュは、荷物を部屋に置き、その足で構内の中央の聖堂へ向かった。
 休日の為に表の扉はきつく閉じられていた。
 仕方なく裏門へ回る。と、そこに学長であるトゥエ・イェタルが佇んでいる。まるでアーシュが来るのを待ちわびているかのように…。
「学長!」
「お帰り、アーシュ。長旅はどうだったかね?」
「あ、はい。とても…楽しかった。でもどうして?」
 オラフィスの古城へ出かけることは、前もってトゥエにも知らせておいた。学園に住む孤児の外出許可は学長の許可が必要だったのだ。
 だが、何時帰るとも知らせていないし、ましてやアーシュがここに来ることなど、知り得ようもない話だ。
 だが、トゥエ・イェタルはそれを知っていた。
 
 トゥエ・イェタルは穏やかに微笑みながらも、心の内では怯えていた。
 彼はアーシュにすべてを話す時がきたのだと、自分に言い聞かせ、やっとの思いで自身をここに立たせていたのだった。

「トゥエ、親父殿…俺が生まれた時の…ありのままのことを、聞かせてくださいますか?」
「…ああ、そうだね、アーシュ…そうすることにしよう…」

 トゥエ・イェタルは怯えていた。
 この愛し子が、過酷な運命と対峙しなければならないことに。
 それを知った後、我が元から旅立つであろうことに。
 そして、残される悲しみと寂しさに…



イール-19

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Phantom Pain 3 - 2012.06.12 Tue

3
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アーシュ子供2
3.
 トゥエ・イェタルはアーシュを聖堂の中へ招き入れた。
「俺がここにくることをトゥエは知っていたの?」
「キリハラから連絡をもらいました」
「キリハラ先生?」
「そうだよ。ベルの叔父上からキリハラ先生に電話があったんだ。それで君がアルネマール伯爵の亡霊に出会い、レヴィ・アスタロトの話を聞いたらしいから、後は頼む…と、キリハラが受け、私に連絡が来たのだよ」
 キリハラカヲルは、「天の王」学園の司書教諭だ。
 エドワード共々この学園の卒業生で、学生時代はふたりは愛人関係にあったと本人たちの口から聞いていた。
 今も続けているかどうかは、アーシュは知らない。が、この様子では、何もないとは到底言えまい。
 それをトゥエに伝えるキリハラも、大概様々な関係を持っていることは疑う余地もないことだった。

「俺の周りの大人たちは揃いも揃って心配性だ」
「心配される身を喜びとするべきだよ、アーシュ」
「…はい。そうですね。…そうだと思います」
「私としては電話と言う文明に感謝しているんだよ。前もって心積もりができるだろう?君のことだから、帰ってきたら真っ先に私を責めたてるだろうと思ったからね」
「別に…学長を責めたいわけじゃない」
「わかっているよ」
 トゥエ・イェタルは穏やかな笑みをアーシュに向けた。
 アーシュは少々不愉快になりつつ、聖堂の中央に向かって歩いていく。
 自分の行動が周りの大人たちに全て読まれていたことや、未だに自分を子供扱いされることが、アーシュの癇に障るのだ。
(俺だってもうすぐ18になるのにさ)

「ここだよ。アーシュ。君に最初に出会ったのは…この場所だった…」
 ふたりは直径三メートルほどの中央の黄玉(シトリン)の円の外側に立った。
「…18年前の冬、私は、この場所で君を…魔王アスタロトを召喚したのだ…」
 トゥエは自身の正しい記憶をひとつひとつ確かめるように、魔王アスタロトとの間にあった全てをゆっくりとアーシュに話し聞かせた。
 何のために召喚したのか。
 若かった自分の夢をアスタロトに諭されたこと。
 アスタロトはこのソーラレイとは違った次元の星の統治者であること。
 自分がアスタロトの友人に似ていることで、信頼を得たこと。
 アスタロトが長年人間になりたがっていたこと。
 自らに魔法を掛け、赤子に生まれ変わらせてしまったこと…

「君がオラフィスの古城で伯爵から聞いたレヴィ・アスタロトと、私が召喚した魔王アスタロトは、その外見からも聞き及んだ話の内容からも同じ者だったと証明できよう。そしてアスタロトは…アーシュ、君自身なのだよ」
「…そう…なんだ。…いや、真の名をもらった時から『アスタロト』の名は馴染んでいたから、俺が本物のアスタロトって言われたら、そうかも…って…納得するけれど…さ…」
 気づかないうちに涙が頬を伝っていくことにアーシュは驚き、眼鏡を外して手の甲で拭いた。
 悲しいわけでも嬉しいわけでも、恐ろしいわけでも無かった。
 それは感傷の涙だった。
 アスタロトの願い、トゥエの願い、そしてふたりの想いがアーシュの魂に流れ落ちたのだ。

「トゥエは嘘つきだよね。俺を学園の門で拾ったとか、雪の女王が連れてきたとか、魔法使いに頼まれたとか、いつも適当なことばっか言ってさ。俺が金髪で魔法で誤魔化したとか…初めから黒髪じゃないか…嘘つき…」
 涙するアーシュの肩を、トゥエ・イェタルは優しく抱き寄せた。
「悪かったよ、アーシュ。君に本当のことを言わなきゃならないといつも自身に言い聞かせるんだが…いざとなると私は弱虫なんだ。…君を失うのが怖かった」
「怖い?」
「学園に捨てられた孤児は少なくないし、どの子も我が子と思って育てているつもりだよ。でも君は私にとって特別な子供になってしまった。…アムネマール伯の気持ちがわかるよ。君が愛おしい。そして、君を守りたい。その輝きをいつまでも見つめていたい。私にとっても君は光だった…」
「…だったなんて言うなよ、親父殿。俺はいつまでもあんたの子供だよ。…どこにいたって。トゥエが育ててくれたんだ。トゥエが俺を見守ってくれていたから、俺は…普通の人間でいられた。そうだろ?」
「私だけではないけれどね」
「うん、学園のみんなに感謝しているよ。それもトゥエが俺を拾ってくれたおかげだ。俺は忘れたりしないよ」
「そうだね」
「でも…」
「なんだい?」
「どうしてアスタロトは、自分の記憶を捨てたりしたんだろう。それまで生きてきた記憶は俺には全く受け継がれていないなんて…それとも封印されていて、年齢が来ればそれが解けたりするシステムなんだろうか」
「生まれたばかりの赤子は真っ白で生まれるものだから、記憶がないのは当然だとしても…私は君が記憶を取り戻し、強大な魔力をもった魔王になってしまう日を怖れたよ…」
「恐怖の大王だね」
「まあね」
 ふたりは顔を合わせて笑いあった。
「だからかあ~。眼鏡に抑制魔力を掛けていたんだね」
「幼い君の魔力がどこへ向けられるかわからなかったから、仕方なくそうして力を抑えることにした。でもそれも無駄だと知ったよ。君がルゥを連れてきた時にね」
「ルゥ…セキレイはやっぱり俺の所為なんだ…幼かったにしろ、俺の勝手で彼を親元から離してしまったのなら俺の罪は重いね」
「何故?ルゥは君を責めたりしたかね?君と一緒に暮らして不幸だと嘆いたかね?…もちろん突然息子を失った親の嘆きには同情するよ。しかし事実、ルゥはここで幸せに暮らしていた。君と言う恋人を得て…。君がやったことを責める権利を持つ者はルゥだけだよ。君が自分に罪があるか否かはルゥに聞くべきことだ」
「…わかりました」
「私はルシファー・レーゼ・シメオンは必ず君の元へ帰ってくると予感している。安心しなさい、アーシュ」
「うん…でも…もう俺は、ここでセキレイを待って過ごすわけにはいかなくなったんだ」
「…」
「俺が失った記憶…色んな大切なものまですべて忘れてしまっているってことでしょ?俺はどこかの星の統治者だったと伯爵もトゥエも言う。じゃあ、俺の居ないその星は今、どうなっているの?…俺が残した大切なものは…もし、今でも俺を待っているのなら、必要としているのなら…俺が今しなきゃならないことは、その星へ行くことなんじゃないのか?…本当に記憶を失うことをわかっていて魔王アスタロトは俺に生まれ変わったのだろうか。関わった全てを捨ててしまいたいと望んだとは考え難い。だって、俺ならそんなことは絶対にしない」
「そうだろうね。今のアーシュなら大切なものを残したまま記憶を捨てるようなことはしないだろう。だが魔王アスタロトは長い年月を生きてきた。私たち人間に考えも及ばない程に長い時間を…それは楽しいばかりではなかったはずだ…。私たちは人生を有意義に過ごそうと思いつつ、限られた時間を生きていく。だがアスタロトには限られた時間はなかった。無限に生きていく…それは絶望にも似てしまうのではないか…と、私は考えたりもするのだよ。…魔王アスタロトが自分の生きた過去を白紙に戻してしまいたいと願ったとしても、罪だとは…私には思えない」
「…」
 トゥエ・イェタルの魔王アスタロトの選択の肯定は、アーシュには理解しがたい感情であった。
 だが、そもそもたった17年間しか生きていない若者に、不死者の嘆きなど判るはずもない。

アスタロトA66

「トゥエ。俺は…己の道を選択してもいい?それが間違いだったとしても…」
「ああ、…ああ、勿論だよ、アーシュ。君の望む道を行きなさい。間違いだと思ったら、引き返せば良いのだよ。私はこの『天の王』に居る。それを忘れずに、いて欲しい。私が君に望むことは…それだけだよ」
「ありがとうございます。…お父さん」
「君の父親代わりで居られる役目を与えてくれた魔王アスタロトに、私はこれまで何度感謝したことだろう…お礼を言うのは私の方だ。ありがとう、アーシュ…感謝いたします。アスタロトさま…」

 陽が落ちた聖堂の中は暗く、黄玉の円が、 アーシュを待ちわびているかのように仄かに光を発していた。
 
 アーシュは取りも敢えず魔方陣を描き、そのままアスタロトの故郷へ向かおうとした。
 トゥエは焦るアーシュを宥めた。行先もわからぬ魔方陣の応用には、アーシュの魔力を持ってしても十分な注意が必要だった。
 周到な用意を施して行うべきだと諭し、明日の日没後に時間を決め、この場所でアーシュを送り出すことを約束し、アーシュを学生寮へ帰らようと説得する。
「アーシュ、もし本当にここを旅立つ決断をするのなら、君の大切な友人たちとの別れを済ませなさい。必ず戻ってくるとは思うけれど、一週間や十日で戻れる保証はないのだからね」
「…はい、わかりました」
 トゥエの真剣な眼差しに、アーシュは自分が考えるよりも随分大変なことが待ち構えているのだろうなあと、漠然と受け止めた。
 そして改めて、友人たちのことを思い、取り分けて、ベルを思うと心苦しくなった。
(それでも、俺は行かなきゃならないんだ)

「そうだね、しばらくの間、学長の命で実技補習にでも行くって、皆には伝えておくよ。明日一日ゆっくり皆とお別れすることにする」
「それがいい」
「あ、そうだった。ベルと一緒に夕食を摂るって約束してたんだ。やべ~、一時間も過ぎてる。ベルのことだから、きっと俺を待ってるだろうな。急いで帰らなきゃ。じゃあ、学長、明日ね」
「ああ、今晩はゆっくりおやすみ、アーシュ」

 アーシュの背中を見送りながら、トゥエは呟いた。
「どの選択をしようが、あの子の歩く道は平坦ではない。が、奇妙なことに、私にはどんな暗い道もあの子の灯火が先を見通してくれる気がするのだ。それが、『魔王アスタロト』という者の資質なのだろうか…」


 思ったとおり、ベルは誰もいない学食でアーシュを待ち続けていた。
「ゴメン、ベル。待たせたね」
「いや、きっと時間がかかると思っていたんだ…。学長と話をしたのだろう?」
「うん。すべてを聞かせてもらったよ」
 話しながらアーシュは悟った。この親友は自分の出生の秘密について、以前から知っていたのだろうと。それを責めるつもりなどアーシュには毛頭無い。
 それよりも自分が魔王アスタロトの生まれ変わりだと知っても、何も変わらない友情と愛とくれたことが何よりも嬉しかった。

「それで…どうするんだ?」
「明日、出立する」
「明日?早いな」
「…うん、とにかく動かなきゃ始まらないし、一刻も早くアスタロトの居た場所に行ってみたいんだ」
 アーシュはアスタロトの恋人の存在をベルにもエドワードにもトゥエにも話さなかった。
 「イール」…心に呟くだけで胸が痛い。もしこの痛みがアスタロトの痛みであるのなら、できるだけ急がなければならないと、アーシュは感じていた。

「じゃあ、俺も一緒に行くよ」
「え?」
「いつだってアーシュの傍を離れないって誓っただろ?まったくもってドキワクの冒険じゃないか。魔法使い冥利に尽きる」
「ちょっと待てよ。今回は遊びじゃないし、目的の場所がどこにあるのかもわからんのだよ。ベルを連れて行くわけにはいかない」
「何故?」
「何故って…君はアルトと言ってもつまるところ普通の人間だし、何よりも将来がある。エドワードも親父もいるし、継がなきゃならない爵位も会社もあるじゃないか。それだけでも相当な重荷なのにさ、俺まで君の荷物になる気はない」
「じゃあ、すべての未来を捨てても、君を選ぶよ。これが俺の本心だ」
「…」
 ベルの本心をありがたいと思うが、到底受け入れられるものでもなかった。
 アーシュは切り札を出すことにした。
「悪いけれど…俺はひとりで行くよ。俺の魔力に及ぶ者などここには居ないし、俺は自分のことだけを考えればいいんだからね」
「…俺が邪魔ってこと?」
「本音を言えば、そういう事だ」
 こうでも言わなければ、ベルは承知しないだろう。
 ベルがアーシュを思うように、アーシュもまたベルには自分の輝く未来に向かって歩いて欲しいと望んでいた。
 恋人よりも、未来を称賛しあえる親友はより得難いものではないだろうか。
 どんなに離れていてもアーシュにとってベルは心の支えとなるはずだ。
 
 しばらくの沈黙の後、ベルは、「わかったよ」と、残念そうに返事をした。
「俺はね、ベル。アスタロトみたいに大事なことを忘れたりしないよ。君と愛しあったことは俺の大事な宝物だ。宝物というものは大体において、いつまでも輝き続けるものだろ?それ自体がどんなに古臭く、輝きを失ったとしても、持ち主にとって、それの本質は変わらない。君は俺の宝物だよ。忘れるな」
「アーシュ」
「今夜は君の部屋へ伺っても宜しいか?沢山の結晶を俺の心に埋めてくれ」
「君の欲しいままに、俺は与えるだけだよ。アーシュ、愛しい人…君が俺との別れを後悔するほどに、君を愛してやるからな」
「すでに後悔はしているよ、ベル。俺の行く道は相当に険しい。だから今晩ぐらいは何も考えずに快楽に浸りたい。奥の奥まで感じさせてくれ」


 ふたりは一晩中、お互いの身体と魂を貪り尽くすことに没頭した。
 アーシュはルゥやイールや、自分が魔王アスタロトであったこともすべて心の隅に追いやり、この最も信頼を寄せる親友にすべてを与えようと心掛けた

 ベルの力強いセックスを身体の隅々まで味わいながら、アーシュはアーシュ自身が、自由でいられる時間はもしかしたら残り少ないのかもしれないと、感じていた。





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This cruel world 1 

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アーシュの思惑はここらへんから悉くつぶされるのだが…当人はまだ何も知らない。


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Phantom Pain 4 - 2012.06.15 Fri

4
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4、
 翌日放課後、アーシュは「イルミナティ・バビロン」のメンバーを、高搭の屋上へ呼び集めた。
 「イルミナティ・バビロン」は、一見普通の放課後倶楽部の集まりだが、学園が認める唯一の秘密結社である。 
 メンバーは皆、魔法力の高いハイアルトで構成され、学園内の揉め事を魔術と魔力を使い、目立たぬように片づけていく。
 以前から存続していたが、アーシュが中等部三年の時、これを心機一転させた。
 ハイアルトの能力向上を目的とし、その力で何ができるのかと、ひとつずつ自身に確かめさせる方法をとった。 そうして、アルトたちに根強く残るイルトへの従属意識を消し去ろうと図っていたのだ。
 高等部一年から4人、二年生7名、三年8名の十九名が現在の部員だ。

「突然だが俺は明日からしばらく魔法実習で学園を留守にするから、後はベルとリリに指揮権を預ける。何かあったら二人の指示にしたがって欲しい」
「しばらくって…どれくらいなんですか?アーシュさん」
二年のアレックス以下、すべての者が不安そうな顔でアーシュを見つめる。
「遅くとも卒業までには戻るよ」
「卒業って…今はまだ十月で…六月の卒業までは八ヶ月もあるんですけど…」
「そうだっけ?じゃあ、今年中に戻れるように頑張るよ」
 目的と結果の予測がまったく見通せぬ今、アーシュにも戻れる期日などはっきり公言できるわけがない。
 アーシュの言葉に部員たちがざわざわと騒ぎ出す。

「うるさいわね、あなたたち。アーシュがいないと何もできないの?あなたたちの魔力ってそんなにおぼつかないものなの?アーシュが帰ってくるまでちゃんと頑張るから、心配しないでいってらっしゃいって送り出すのが残った者の思いやりってもんじゃないの?」
 女子唯一のホーリーである、リリことリリス・ステファノ・セレスティナが、仁王立ちで部員たちに一喝する。普段はアーシュやベルに何かと突っかかることこの上ない彼女だが、イザとなると頼りになるのも事実だった。
「ありがとう、リリ。後のことは頼んだよ」
「別にあんたの為にやるんじゃないから、礼を言われる筋合いじゃないわよ」
「…」
 典型的なツンデレだと、アーシュとベルは顔を合わせた。

「それはそれとして…少し早いけど、来期の部長を決めておく。シエルとアレックスの二人を次期部長に指名する。もし学園でアルトとイルトのいざこざがあった場合、解決策はふたりで考えて決定してくれ。ふたりの意見が合わない場合は、どちらかの意見をミヒラが決めること。…異存はないかい?」
「わかりました。アーシュさん。俺、まだ未熟だけど頑張ります」
「私も、みんなと協力して平和な学園の存続に努めます」
「うん、よろしく頼むね、アレックス、シエル。みんなも持てる魔力は自分だけのものじゃないと自覚してくれ。魔力で人を幸せにできる事は少ない。でも不幸は避けることができる。魔法の可能性はまだまだ数多い。アルトの誇りを忘れないでくれ。イルトとの共存は重要だが、へつらうことも、また特別に矜持する必要もない。…俺たちの魔力(ちから)は大事な者を守るためにあるんだ」

 部員たちが搭を降りた後、アーシュとベルが残った屋上に、ひょっこりとエレベーターから現れた男子がいた。
「あ、スバルだ」
「…」
 同級生であり、ホーリーでもあるスバル・カーシモラル・メイエだった。

スバル

 スバルは引きこもりの為、自分の興味ある授業しか出席しないし、この「イルミナティ・バビロン」の一員だが滅多なことでは顔を出さない。
 亜人特有の顔つき、底の厚い眼鏡と黒髪をおさげにした表情のわかりにくいこの少年は、潔癖症のためか、人が多い場所には近寄りたがらない。
「わざわざ来てくれたのか?スバル」
 アーシュはエレベーターの扉付近でモジモジしているスバルへと近づく。ベルは反対に彼らとの距離を置く。
 そうしないとスバルが緊張して逃げ出してしまうことをアーシュもベルも知っている。
「あ、あの…アーシュに頼まれた奴…で、できた」
「あ?あれ、携帯魔方陣?」
「そ、そう。できた」
「もうできたのか?すげえな、スバル。見せてくれるかい?」
「うん」
 スバルは肩から下げたピンクのポシェットから、シルクの包みを取り出した。
「魔力を注ぎ込んだクオーツに水銀を溶かし込んで…呪文を描いたんだ」
 アーシュはスバルから受け取った包みから、中身を取り出した。
 透明な手の平ほどのひらたい円を空に向けてかざす。
 水晶に描かれた水銀が、太陽の光を通し、床に金色の光を放ちながら魔方陣を描いた。
「へえ~、こういう風になるのか。すごく綺麗だ」
「…アーシュが望んだのは次元移動だけど、これはそこまでの魔術を起す媒体じゃないよ。同次元の空間移動、それもせいぜい百キロぐらいと予測する…自分で試してないからわかんないけど…」
「充分だよ、スバル。ありがとう」
「…アーシュの魔力なら、倍の距離はいけるんじゃないかな…」
「そう。使うのが楽しみだよ。…ねえ、スバル、握手させてくれない?」
「え?」
「感謝の印と、友情の証に」
「でも…ボク…」
「これからも頼りにしてもいいかな?」
「…ボクを?」
「うん。スバルは他の者にない能力に恵まれている。それは誇るべき君の力だ」
「そ、そうなのかな…」
「スバルが一番わかっているくせにさ」
「…」
 スバルはおずおずと右手を差し出し、アーシュの握手に応えた。スバルにとってはアーシュへ精一杯の信頼を示したのかもしれない。

「スバル、この携帯魔方陣のお礼は何がいい?」
「お礼?」
「そうだよ。タダでもらうわけにはいかない。今後も色々と頼むかもしれないしね。君の欲しいものを遠慮なくどうぞ。俺にできる限りのことをさせてもらうよ」
「じゃ、じゃあ、あの…うぇ…」
「うえ?」
「ウェディングドレスが欲しいんだ。卒業式に着たいから…」
 頬を赤らめて下を向くスバルを、愚かだとはアーシュには全く思えなかった。逆にこの純粋すぎる心根をどうなったら他の者に理解させることができるのかと、考えた。
 兎も角、このオタク少年には、もっと多くの理解者が必要だ。

「了解した。…そうだな。スバルは亜人特有の骨灰磁器のような肌をしているからピンクのドレスなんか映えるじゃないかな」
「ホント?ボク、ピンク大好きだ!」
「そう、良かった。つうことで、ベルっ!」
 アーシュは大声で少し離れた後ろの壁に寄り掛かるベルを呼んだ。
「なんだ?」
「卒業までにウェディングドレスを一着注文するよ。君の親父かエドワードに頼んでくれないかな?」
「…」
「フリルが沢山ついたピンクのドレス。支払は出世払いだが、俺が必ず払うよ」
「わかったよ。スバルに似合う素晴らしいドレスを用意するように、言っておく」
「…」
「よろしく頼んだよ、ベル」
「俺は約束は絶対に違わない」
「と、言う事で良い?スバル」
「あ、ありがと、アーシュ…それと、ベル」
「どういたしまして。それより俺、明日からしばらく学園から離れるけど、ホーリーとしてスバルもたまには倶楽部に参加してくれ」
「…それって、命令?」
「いいや、スバルにお願いしているんだ。別に俺が居なくてもこの『天の王』が変わるわけではない。スバルの生活もね。だけどたまには違った景色も見るのも楽しいよ。そうだ。ドレスのデザインをリリに頼もう。あいつは流行に敏感だから、スバルに似合うドレスを考えてくれるよ」
「リリは…嫌がるよ」
「いいや、あいつは頭が良いから断らない」
「…?」
「ホーリーであるスバルの力を見損なってはいないって事」
「でもお、ボク、振られたし…」
「レズのリリには無理だろ。スバルは男の子だしな」
「…女装してもダメかな?」
「…たぶんね」
「残念だ」
「真に同情するよ」
「俺もアーシュと同じ気持ちだよ…」
 アーシュの傍らに立ったベルが、気の毒そうにスバルを見た。
 三人はお互いの顔を眺め、それから弾けるように笑いあった。

 スバルを見送った後、ベルは溜息をついた。
「アーシュがあいつにこだわる理由は、あいつがホーリーだからか?」
「それだけじゃない。俺はスバルの友達になりたいんだ。そして俺以外の者が、もっとスバルを理解して欲しいと思っているだけだ」
「…アーシュがこの世界の魔王になったら、この世の中の人間は生きやすくなるかもしれないな」
「ベル。俺がそんなことを望んでいないことぐらい、君が一番知っているだろう?俺は自分の興味ある者の人生にしか関与しない。それ以上のことなんか知るもんか」
「…そりゃそうだろうけど…」
 ベルはアーシュが思うほど、アーシュを過小評価できずにいる。
 世の中が、この魔王アスタロトに未来を委ねることを求めるならば、彼はそれに応えるだろう。
 何故なら、アーシュの求める本質は人間への愛だからだ。


 陽が落ちかけた頃、早めに夕食を済ませたアーシュは、普段着に着替えて聖堂へ向かった。勿論、ベルはアーシュを見送るために付き添った。
 聖堂の中へ入ると、すでに学長であるトゥエ・イェタルが、待ち構えていた。
「忘れ物はないかね、アーシュ」
「はい。用意するって言ってもアスタロトの指輪だけで、後は別段必要ないもの」
「そうだね。魔王である君には魔法道具も、使い魔も必要ではない。ああ、その眼鏡もいらぬものだろうから、預かっておくよ。この学園には君のその美貌は毒にもなるが、ここ以外で君の麗しい容貌を隠す必要などないからね」
「…適当なことを真顔で言わないでください。大体、眼鏡ぐらいで俺の美貌が変わるかよ」と、不機嫌に言いつつ、アーシュはトゥエに眼鏡を渡した。
「やはり、眼鏡のないアーシュは…あまりに見目麗しくて…なんとも言い難いね」
笑いを堪えつつも、うっとりとした口調のトゥエに、アーシュは突っかかる。
「クソ親父、殴るぞ~」
 二人の会話は仲の良い親子の模様だと思えばそう見えぬこともなかったが、別れの寂しさを紛らわすためなのだろうと、ベルは黙って見守っていた。

「じゃあ、俺、そろそろ行くよ」
「もう少し待ってくれないかい?アーシュ」
「え?」
 その時、聖堂の扉が開き、二つの影が走り寄ってきた。
 
「学長、遅くなりました~」
「おひさしぶりです」
 近寄った馴染みの二人見て、アーシュは驚いた。
「キリハラに…メルじゃないか」
「やあ、アーシュ。ごきげんよう。一年ぶりかな。元気そうで何よりだよ」
「な、何しに来たの?」
「何しにって…学長、まだ話していないんですか?」
「うん…ああ、アーシュ。君の旅には案内人が必要だと思ってね。キリハラ先生にメルを呼んでもらったんだよ」
「え?…それって」
「そうだよ、アーシュ。君の行くところに僕も同行させてもらうことになったんだ」
「ちょ…聞いてねえし~」
「どこの次元かもわからない場所に行くのだから、水先案内人(カノープス)のメルキゼデク・カミオ・ユージンは君の頼もしい助っ人になるだろう」
「いえ、俺ひとりでいいんですけど…」
「アーシュ、遠慮しないで。僕が君を守ってあげるからね」
「…は?」
「ちょっと待てっ!メルがアーシュと行くなら、俺も行く」
「ベル?おい、ちょっと…」
「メルとふたりきりになるのを、見過ごすわけにはいかない。ルゥとも約束したからな。俺がメルからアーシュを守る」
 アーシュはベルの右手の中指に紫水晶(アメジスト)の指輪があることに気づいた。普段は指輪などしたこともないのに、今に限ってトゥエからもらったという魔力の指輪を嵌めているのだ。
(まさかベルの奴、初めから俺に付いてくるつもりでいたんじゃないだろうな)
 アーシュはなんだか段々とおかしなことになり始めている様な気がしていた。
「いやいや、俺、別にあんたらふたりとも全然必要ないけどね。…つうか、キリハラ、あんたまでなんでここに…まさかあんたも一緒にくるつもり?」
「もちろん!」
「はあ?」
「嘘です。ただのオブザーバーです」
「…いいかげんにしてくれよ。遊びじゃないんだからなあ~」
「アーシュ。メルは私が頼んだんだ。きっと君の役に立ってくれる。それにベルにも一緒に行ってもらいたまえ」
「トゥエ…」
「アーシュには心の支えになる者が必要だよ。アスタロトでない君を、自身に引き留めておく力を親友は持っている。ベルにも十分な魔力は備わっている。信じてあげなさい」
「…」
 アーシュはベルを見つめた。絶対に志を曲げない想いを、アーシュが変えることなどできない。
 トゥエがベルを付き添わせる意味をアーシュは理解した。
 ベルがアーシュを守る為ではなく、アーシュがベルを守る事がアーシュ自身を守る事になるのだ。
(俺が戻る意思を失わない為に、ベルとメルが居てくれるのなら、その意味は大きいかもしれないな)

三人9

 
 三人は金色に輝く魔方陣の中へ移動した。キリハラが用意した魔力の杖バクルスを中心に添え、それぞれの手で杖を掴んだ。
「次元の狭間で迷い子にならないように、皆でその杖をしっかり掴んで放さないことだよ」
「行き先はアーシュの身に着けた指輪が導いてくれるでしょう。魔王アスタロトの居た場所を知る唯一のオーパーツですからね」
「わかりました。では、行ってきます」
「アーシュ、重々気をつけて。メル、ベル、アーシュを頼みました。三人とも必ずここへ帰ってくるのですよ」
「はい」
「必ず戻ります」
「心配しないで、トゥエ。大丈夫だから…」
 三人を囲んだ魔方陣がより一層の輝きを増した。
 直後、三人の姿が光と共に天井に向かって浮かびあがり、そして薄れつつ消えていった。

「…行ってしまいましたね」
「そうだね…」
「寂しいですか?トゥエ」
「…どれだけ覚悟をしても、どれだけ繰り返しても、飛び立つ者を見送る方は辛いものさ。ましてや、アーシュは特別な子だったのだからね」
「トゥエ…ねえ、私の部屋へ来ませんか?とっておきの秘蔵の清酒があるんです。一度飲んだら涙が止まらないそうですよ」
「興味深い酒だね」
「今宵は一晩中付き合いますよ。なんだったら、私の胸を貸してもいい。いつも私の泣き事を聞いてくれるお返しです」
「ああ、そうしてくれるとありがたいよ、カヲル」

 トゥエ・イェタルは、旅立った三人の誰よりもこの旅の行く先が容易ではなかろうと感じていた。
 魔王アスタロトが忘れ去った代償を、アーシュが払わなければならないのだ。

(かの地がアーシュにとって良き故郷になってくれれば良いのだが…どちらにしてもあの子の事だ。簡単には戻れまい)
 
 キリハラに促され、トゥエは聖堂を後にした。
 黄玉の魔方陣の光は消え、役目を果たした満足からだろうか、ただ静かな眠りにつくのだった。



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Phantom Pain 5 - 2012.06.19 Tue

5
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 メルを先頭に、アーシュとベルが続き、バクルスを握りしめたまま、三人は次元の空間を歩いていた。
 周りは黄昏時の空の色のような紫炎の薄闇で覆われ、行く先の景色は見えない。が、足元に仄かに淡い光の道が続いている。それより五十センチほど浮いたまま、三人は前方へ動いていた。

「メル、どこに向かっているのかわかるの?」
「いや、わからないけど、君の指輪が指示している方へ向かっている。たぶん次元の上方向に君の求める場所があるはずなんだ。それにゆっくり進んでいるように見えても、ものすごいスピードで移動しているんだよ」
「ふ~ん」
 そうは言われても、風景の変わらぬ霧の中、それも三人の身体に外圧の体感は無いため、スピードを感じることもなく、ただゆっくりと前に進んでいる感じがするだけだ。
「…ね、メル、君、卒業してから何してたの?」
「うん、両親が眠る土地へ行ったよ。それから…放浪の民と旅をして色んな星を回ったんだ。それぞれの土地の遺跡なんかに興味があってね。それらをもっと詳しく研究したいと思っている」
「そうか…なんだか少し安心した」
「なにが?」
「メルが思ったよりもとてもマトモになってるから」
「…君に心配されるのは何よりも嬉しいよ、アーシュ」
「それよりさ、メルは俺がアスタロトの生まれ変わりって前から知ってたの?」
「…うん、昔、キリハラに聞かされた。君と付き合う前だったから、僕も少し怖かったけれど、君の美貌と扇情的魅惑ととことん変わった性格には到底抗えようもなく、犯したくてたまらなくて、君を抱いたんだ」
「はは…メルの変態」
「それに、君が魔王アスタロトであってもそうでなくても、僕は昔から…後ろの人よりずっと前からアーシュに惹かれていたからね。要はアスタロトである君は後づけであって、君とこうやって一緒に旅ができる今がとても幸せってことだよ。…お荷物が居ようとも」
「荷物で悪かったな」
 後ろから威圧的な声でベルが答えた。
「まあまあ、ベルは俺のお守り役だから、必要なんだよ」
「この先どっちがお守り役になるかは、知らないけどね」
「おまえこそ、アーシュに呆けて足を引っ張るなよ、メル」
「君に言われなくても、僕はアーシュのサポート役に徹するつもりだよ。どちみちこの先の場所はアスタロトの世界であって、僕たちの住む世界とは全く違うものだろうからね。アーシュはともかく、僕とベルは招かねざる客かもしれないねえ~」
「…」
 ベルはメルの言動には腹が立って仕方なかったが、メルの最後の言葉には同意せざるを得なかった」

「でもアーシュはやはり普通の魔術師とは全く違うね」
「何が?」
「僕は色んな次元を巡っているけど、移動できるのは横の次元だけなんだ。上下を移動するには物凄い魔力がいるから、普通の魔術師では絶対無理なんだ。アーシュの魔力が破格ってことだよ」
「そうなんだ」
「アーシュ…君、身体は大丈夫?」
「え?別に、どこも痛くないけど?」
「君の魔力でもって、僕らは移動している。死ぬことはないと思うけど、体力的にはすべてのダメージが君の身体に掛かるはずなんだが…」
「メル、あんたそれを知ってて、付いてきたのか?」
「案内人だもの。それより問題は君だよ、ベル。大して魔力もないのに、僕への嫉妬心だけでのこのこ付いてくるんだもの。アーシュの迷惑にならなければいいけどね」
「なんだと!」
「二人ともやめろって…つうか…確かになんか、すげえ身体がだるいんだけど…つうか眠い…」
「アーシュ」
 アーシュは後ろのベルにもたれかかり、大あくびをする。
「ほら、アーシュ。光の道が途切れるよ。目的地に到着したんだ」
 バクルスの杖は光の途切れた場所で停止した。

 三人の前には何も見えなかったが、アーシュは指輪を嵌めた右手で空間をなぞった。
 霧が晴れるように目の前に扉が現れ、アーシュはその手で扉を開いた。
 三人の目の前に、白い床が見えた。
「「「うわあ~っ!」」」
 三人は一斉に床に向かって転げ落ちた。

「いた~いっ!」
 大した高さではなかったため、三人に怪我はなかったが、辺りをきょろきょろと見渡しても、ここがどこか見当もつかなかった。天井の高い白い外壁と、まっすぐに立つ円柱。すべて上質の大理石だろう。至る所に細かいレリーフが彫られている。
 とりあえず三人は立ち上がって、目の前の階段を降り始めた。
「誰だっ!」
 大声を張り上げ、フレイルを持った3,4人の男たちが向こうから血相を変えてアーシュたちに向かって駆けてくる。
「神殿に…しかも拝殿に忍び込むとはなんという不埒者共。一体どこから…」
 怒りをあらわにした壮年の赤毛の男がアーシュの顔を見た瞬間、顔色を変えた。
「あ、もしや…アスタロトさま…アスタロトさま…ですね?」
 男の後ろに駆け寄った年老いた男ふたりも、男の言葉にアーシュの顔をじっと見つめた。
「まさか…幻ではないのか?ああ…そのお姿は真にアスタロトさま…」
「ああ、本当に…アスタロトさまだ。アスタロトさまがお帰りになられたのだ!」
 アーシュには見たこともない場所であり、見知らぬ者たちであった。が、顔を見て「アスタロトさま」と、呼ぶ者は自分よりも「アスタロト」を知っているのだろうと理解していたから、彼らの感情に素直に従い、黙って頷いた。
 男は…クナーアンの神官ヨキは、破顔し深く低頭する。
「お帰りなさいませ、アスタロトさま。どれほどご心配いたしておりましたことか…本当に…本当に御無事でなりよりです」
「ごめん、遅くなって…」
 アーシュは三人の神官の心から喜ぶ顔を眺めながら、なぜもっと早くここへ来なかったのかと後悔した。

「さあ、どうぞこちらへ…後ろの方々は…アスタロトさまのお連れの方でしょうか?」
「うん、大事な友達だよ。ベルとメルっていうんだ…あ…」
 階段を下りながら、アーシュは身体を動かせぬほどの倦怠感で足がもつれ、階段を踏み外した。
 とっさにベルとヨキが支えた為に、転げ落ちるのは避けられたが、階段を降りたところで身体を支える力が無くなったアーシュはベルに寄り掛かるように倒れこんだ。
「アーシュ、大丈夫か?」
「次元を超えてきたから、魔力を使い果たしたんだよ。すみませんがアーシュを休ませてください」
「勿論ですよ。あなた方もお疲れでしょう。ゆっくりなさってください」
「ねえ…君…ここはどこ?悪いけど…俺には…アスタロトとして生きた…記憶がないんだ…」
 アーシュは朦朧とする意識をふりしぼって、目の前で跪く男に聞いた。
「承知しております、我が主、アスタロトさま。ここはハーラル系の第三惑星、クナーアンの神殿です。イールさまとアスタロトさまはこのクナーアンの神さまでいらっしゃるのですよ」
「…神?」
「はい。そして、この神殿は不死の命を持つ、この惑星を司るイールさまとアスタロトさまのお住まいであられるのです」
「…俺は神だったのか…」
「私はこの神殿に使えるヨキと申します。アスタロトさまに命を救われた人間です」
「そう…なんだ。ごめ…覚えてないや…」
 アーシュは自分の記憶の中にヨキの姿を探したが、見つからなかった。

「アーシュ…アーシュ、とうとう来てしまったんだね」
 恐ろしいほどの睡魔に襲われ、目を閉じかけたその時、名前を呼ぶ声にアーシュはやっとの思いで再び目を開けた。
 信じられない懐かしい顔が目の前にあった。
「…あ…ああ、セキ…レイ」
 プラチナブロンドの髪、少し成長し男らしくなった容貌、そして、アイスブルーの瞳が涙に濡れている。
「セキレイ…き、み…なんで…」
 手を伸ばそうとしたが、体力の限界点はとうに尽きていた。
 アーシュはそのまま深い眠りについてしまった。

「ルゥ、君…なんでここに?」
 ベルは思いもよらない再会に、しばらく声も出せなかった。
「ああ、ベル、ベル。懐かしいね。君まで来てくれるなんて…思ってもみなかったよ。でもどうしてメルが一緒なんだ?」
「僕は案内人(カノープス)の役目をもらって、アーシュをここへ連れてきたのだよ。元恋人のルゥくん」
「…相変わらずいけ好かない奴だねっ!」
「ルシファー、ここは神殿だよ。口を慎みなさい」
「…はい、申し訳ありません」
「皆さんも、積もる話は別室でいかがですか?ルシファー、アスタロトさまは私がお部屋にお連れするから、お客様を頼みます」
「はい、わかりました。アーシュは…アスタロトさまは大丈夫でしょうか…」
「顔色も悪くないし、呼吸も安定している。ただ眠っていらっしゃるだけだ。安心しなさい。もとより神様たちは不死身だから、私たち人間が心配することもないんだけどね」
 ヨキはベルに寄り掛かるアーシュの身体を軽々と抱え上げ、足早に神殿の奥の廊下へ向かう。
 ベルもついていこうとするが、ルゥはベルの腕を掴み、首を横にふった。
「ルゥ…」
「ベル、ここに来たってことは、アーシュがアスタロトってことは知っているんだね」
「ああ、俺もメルも…アーシュもそれを知ったからこそ、ここへ来たんだ」
「こちらも色々説明しなきゃならないことがあるんだ」
「でもアーシュが…」
 ベルは、誰か知らない奴に抱かれ、連れられるアーシュを追っていきたい気持ちを抑えきれない。
「アーシュならヨキに任せて大丈夫だよ。彼は信頼できる神官だよ」
「…わかったよ。郷に入っては郷に従えという。ここでは俺は異邦人だから仕方ない。だけど、ルゥ、君がどうしてここに居るのか知りたい」
「この惑星クナーアンは、僕の故郷だからだよ、ベル。アーシュはあの日、ちゃんと僕を両親の元へ送り届けてくれたんだよ」

 容姿はあの頃よりも少しだけ大人になったルゥは、ベルにあの頃と変わらない笑顔を見せてくれた。
 見知らぬ世界で不安が募るベルだったが、ルゥの存在がベルには救いの天使のように思えた。
 

ルシファー


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