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2019-09

Brilliant Crown 1 - 2012.09.26 Wed

1

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冠

Brilliant Crown
1.

  夜露に濡れる頬を「泣いているのか?」と、憂う君に、僕は首を振る。
  拭う指に接吻をし、笑おうとしたけれど、上手く笑えない。
  きっと…
  今の確かな幸せと、それ以外の不確かさに怯えているのだろうね。
  

 ドラゴンの背に乗って空を疾走する爽快さに、アーシュは瞬きもできない。
 生まれてこの方、サマシティの一角「天の王」学園の構内だけで十八年間を過ごしてきたアーシュは、まさしく籠の鳥だったのだ。
 籠から飛び立った鳥は、外の世界に飛び立つけれど、慣れた籠に戻ってくるという。
 しかし、飛ぶことを覚えたアーシュの翼は、未知の未来を知る為にどこまでも羽ばたいていくのだ。

 ふたりが降り立った最初の場所は、神殿から遠くない田舎町だった。
 イールはアーシュにクナーアンの人々の生活を見せる事から始めた。
 フードを深めにかぶり、ふたりは賑わう市場へ足を踏み入れた。
 アーシュにはすべてが目新しくもあり、今までの現実には見かけない不思議な世界が目の前で繰り広げられていることに驚嘆の声を上げるのだった。

 クナーアンには貨幣制度は整ってはいるが、田舎では等価交換の方が好まれる。
 誰もが働き、何かを生産、製品する世界では、都合が良いらしい。
 産業の進化と、利便性から見れば、文明は遅れたものかもしれないが、価値観というものは、そこに住む者が計るものである。
 アーシュは「名物饅頭」と書かれた店先に立った。なるほど出来立ての湯気が立った饅頭が売られている。
 イールは立ち止まったアーシュの視線に気がついた。
「腹が減ったのか?」
「うん。でも…等価交換するものを持っていないんじゃ、買えないね」
「こういうこともあろうかと、氷糖を忍ばせてきた。貴重なものだから価値があるよ」
「さすがはイール。じゃあ、すみませんが、コレ下さい」
 アーシュはイールから受け取った袋から氷糖を店子に見せた。
 店子は氷糖を手に取り、舐めて確かめ、三本の指を立て、氷糖と饅頭を交換した。

「へえ~、氷砂糖三個が饅頭二個分か…え?…なんで二個もくれたんだろ?」
「私が傍にいたから連れだと思ったのだよ。相場は氷糖二個で饅頭一個だから、まけてくれたんだろうな」
「…なんでイールがそんなこと知ってるの?」
 アーシュはイールが神殿から外へはあまり出歩かないと、ヨキに聞いていたから、庶民の生活など、詳しくは知らないものだと思っていた。
「…色々と勉強したんだよ」
 短く言い放ち、イールはすました顔でアーシュの手を引き、前を向いて歩いた。

(俺にクナーアンの世界を見せる為に、イールなりに気を使ってくれているんだな)
 アーシュは少し照れて赤くなったイールを見つめ、その気持ちを知って嬉しくなった。

 市場を出て、木の陰に腰かけて買った饅頭をイールに分けようとするが、イールは欲しがらない。
「イールって少食なの?」
「私たちは人間とは身体の作りが違うらしい。あまり腹が減ったりしないんだ。水と少しの食べ物は口にするけれどね」
「ふ~ん」
 アーシュは手にした饅頭をじっと見つめた。
 食べる楽しみが味わえないイールに、少し同情しそうになるが、必要ないのも便利なのかも…と、思った。
「アーシュの身体は人間と同じで、食べ盛りの年齢なのだから沢山食べて構わないんだよ」
 イールはアーシュが遠慮したのかと思い、笑って勧めてくれる。
 アツアツの饅頭も今はちょうど良い塩梅に冷めている。
 思い切りかぶりついた。饅頭の皮は思ったより柔らかく、中には炒めた野菜と煮た青豆がぎっしり詰めてある。名物だけあって、アーシュの口にも合う。
 どちらかというと塩味ばかりが効いているサマシティの食事よりも、クナーアンで味わう食べ物の方が、味付けは薄いが食材の味がしっかりと感じられ、アーシュには美味く感じる。
 瞬く間にアーシュは二つ目の饅頭を口にした。
 その様子を楽しげに見つめていたイールが口を開く。

「そういや…アー…アスタロトも腹が減ったと時折愚痴を言うんだ。彼はグルメでね。色んな星を巡っては、珍しいものを持ち帰るのだが、その中には食べ物もあった。凝った菓子やら、日持ちのする加工肉やら…食べやしないのに、神官たちに味見させてびっくりする顔を見て喜ぶんだ…」
 イールはアスタロトを思い出して、微笑んだ。
 少し寂しげではあったけれど、綺麗な笑顔だとアーシュは思った。

「さあ、腹が膨れたら仕事を始めようか?アーシュ」
「うん、豊穣の恵みを大地に与えるんだね。だけど…どうやって?」
「アーシュが心から祈ればいいんだよ。私たちの魂はこの星のすべての有るものと繋がっている。おまえの意志が強ければ、あらゆる生命は応えるだろう」

 立ち上がったアーシュは、目の前に広がる刈り取られた田畑や、繋がる枯れた草原の地、その向こうの赤く紅葉する山々を眺めた。
 ゆったりと流れる空の雲に合わせ、その影と光が大地を交互に照らしていく。
 サマシティにも四季はある。だが、夏でも上着を着て過ごし、冬の寒さも僅かの積雪で済む。落葉樹は少なく、街並が赤く染まることはない。
 季節がこれほど景色を変えるのを目の当たりにするのは始めてだった。

 風が吹いた。
 はらはらと目の前に落ちてくる赤い葉を、アーシュは手の平で受け止めた。
「俺の街にも黄色いイチョウの葉は落ちるけれど…ここはすべてがため息が出るほど…綺麗だね」
「どの時を見ても、どの場所に居てもクナーアンは美しいのだろうね。私は他の星を知らないから比べようもないが…」
「俺は…この世界を総べる者なのか…」
「そうだ。アスタロトと私が、このクナーアンの大地を…この景色を守ってきた。そしてこれからも守らなければならないのだろう」
「俺が死んだら…この世界は…この自然はどうなる?」
「…わからない。だが…そう心配はしていない。私たちが居なくなった後の事は『天の皇尊』の意志だ。クナーアンを決して悪い形にはしないと思う」
「へえ~、イールにしてはやけに楽観的だね」
「悲観的に考えても何もならない。私たちは決めてしまった。それがこの地に住む者にとって災いか幸いかはわからないが、すべての住民は他の星に移住する権利がある。住み難いのなら好きな場所へ移ればいい。慣れた土地を捨てて他星へ移り住むのは覚悟がいるだろうが、荒れた土地なら諦めもつく」
「…それでいいの?俺がもし不死を選んだら…イールは死ななくていいし、このクナーアンだって荒れたりしないんでしょ?」
「アーシュ、前にも言ったはずだ。私たちは好きな未来を選べるのだ。誰に咎を受けるでもなく、私たちがこの星を未来を決めることができる。その私たちが死ぬことを許されぬはずはない。…受け入れるべきはこの星であろう」
「…」
 イールの言葉を胸におさめ、アーシュは目を閉じ、このクナーアンの未来を思った。

 永遠に続くものなどない。
 ただ自らの手で汚したくないだけだ。それは…弱さかもしれない。
 この星を傷つけることは、神自身が傷を負うことでもある。

 両手を広げ、アーシュは祈る。
 今の自分にできることは、課せられた義務、「豊穣の恵み」を与えること。

 来年の実りが豊かでありますように…
 人々が自ら掻いた汗が、努力が報われ、その喜びを多くの者と分かち合えるように…
 
 アーシュの身体中の血が激しく打ち震え、あらゆる血管を一気に巡っていく。
 きりきりと肉や骨が軋み出す。
 広げた両手の平から、目に見えぬエナジィが泉のように少しずつ湧き出し、そして迸り始めた。
 大気や踏みしめた大地へと流れ、乾いた土が水を欲しがるように、アーシュのエナジィが吸い込まれていった。
 アーシュを取り囲むものすべて…星の生命が喜んでアーシュを受け入れている気がした。

(ああ、これが、クナーアンの神としての使命なのか…星との共鳴…これも一種の『senso』なのかもしれない…)
 段々と身体の力が抜けていき、意識が遠くなるのを感じたアーシュはイールに寄り掛かるように倒れ、そのまま気を失った。

inori.jpg


 目覚めたのはベッドの上だった。
 粗末な綿のシーツからは陽の匂いがした。
「気がついたかい?アーシュ」
 ベッドの端に座るイールが手を伸ばし、アーシュの頬を撫でた。
「ここは?」
「民家だよ。おまえが倒れたので、通りかかった者に助けてもらったのだ」
「俺…」
「人間でいうところの貧血ってやつだな。急激な疲労で身体がついていけなかったんだろう」
「…ごめん。初めての仕事なのに失敗しちゃったね」
「え?…失敗などしていないよ。アーシュはうまくやったさ」
「本当?」
「窓から外の景色を眺めてごらん。さっきとは大気も大地も違って見えないか?」
 アーシュは身体を起こし、ガラスも嵌めこんでいない木枠の窓から外を眺めた。
 先ほどと大して変わらぬ秋の景色だが、確かに色や匂いや輝きが違う。
 
「大地がおまえの与えた恵みにより潤ったのだ。来年の種蒔きを心待ちにしている」
「…うん」
「勿論、おまえが与えた恵みはこの辺りの土地であり、クナーアンからすればほんの僅かなものだが…最初にしては悪くない出来だ。良くやったな、アーシュ」
「でもさ…毎回こんなに疲労困憊になるんじゃ…クナーアンすべてを回るうちに一年経っちゃうよ」
「効率のいいやり方を覚えれば良い。大体…アーシュは無茶すぎる」
「そうなの?」
「自分の活力を与えるばかりでは、エナジィなどすぐに枯渇してしまう。自分が与えた分だけもらうんだよ」
「もらう?」
「そう。大地から大気からすべての自然に生きるものは、私たちと繋がっていると言っただろう?彼らに豊穣のエナジィを与え、彼らの余った源泉を吸収する。それはおまえの活力に還元する。エネルギー循環作用だな。これだったら疲れることもない」
「なるほど…理解。じゃあ、今からやってみる」
「待ちなさい。しばらくここで休憩しよう。民の暮らしを体験するのも今回の学習の一環だ」
「なんだか、学生に戻った気分だよ。神さまというより先生と一緒の課外授業みたい」
「良き指導者であればいいんだけど…」
「イールはステキな先生です。勉強だけじゃなくてセックスも最強だし」
「…それは誘っているとみなしていいのか?」
「うん。なんか、すげえしたくなったきた~」
 イールの胸に寄り添ったアーシュは、キスを求めた。それに応じようとした時、部屋のドアがギギギと音を立て開いた。

「相変わらず建てつけの悪いドアだよ。蝶番が錆びているんだろうけど…おや、目が覚めたかい?坊ちゃん」
 ふくよかな中年の女は、ふたりに憚ることなく近づき、アーシュの額に手を当て「良かった。熱はないようだね」と、言い、安堵した顔を見せた。
「食事の時間だよ。今日はお天気が良いから外で頂くんだよ。ほら、起きて。まあ、なんて痩せこけて頼りない身体つきなんだろう。これじゃ倒れもするさ。栄養のあるもん沢山食べて元気にならなきゃね。大事なお連れさんを心配させちゃ駄目だよ」
 女…ビネは呆気に取られているアーシュの身体をベッドから軽々と持ち上げ、床へ立たせた。
「さあさ、早くしないと特製スタミナスープが冷めちゃうよ」
 アーシュの背中を思い切り叩き、ビネは飛ぶように部屋から出て行った。

「すげえバイタリティオバサンだ。俺、あんなの初めて見た」
「そうか?クナーアンじゃ珍しくないぞ。あれは一般的な農家の女房だな」
 イールも立ち上がり、アーシュの肩に手を置き「行こうか」と、歩き出した。

「ね、あの人は俺たちを見て何も感じないの?」
 アーシュは横に並ぶイールの際立った美貌が、誰の目も惹かずにはいられないはずだと思った。
「暗示をかけたのだ。私たちに接する者は、私たちが何者か、どこからきたのか、美しいとか何かが違うとか…そういう疑問や関心を持たない…とね。人間には私たちが若い恋人同士にしか見えていない」
「ああ、そういうことね…じゃあ、恋人同士ってことは気取られてもいいんだね」
「まあね」
 アーシュはイールのこだわりが殊の外気に入った。

(つまり、人前でいちゃついても、構わないってことだな)
 アーシュはわざと元気がなさそうな頼りない仕草でイールの肩に凭れ、寄り掛かりながら部屋を後にした。

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Brilliant Crown 2 - 2012.10.02 Tue

2
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2.
 合わせた手に、しっかりと指を絡ませた。
 少し前を歩く君の後姿が、なんだか嬉しくて…
 嬉しくて、声を出して笑う。
 君は少し顔を傾け、僕を振り返り、
 「甘ったれ」と、叱って笑うんだ。


「さあ、遠慮せずにどうぞ。取れたてだよ」
 畑に続く縁側のテーブルについたふたりに、待ちかねた女房が早速中央の大皿に盛られたジャガイモと青豆の煮物を勧めた。
「今年は去年よりはちっとばかしマシでさ。まあ、味は保障する」
 先に座っていたこの家の主人であろう男が、イールとアーシュの皿に料理を注ぎ分ける。
「ありがたく頂きます」と、先にイールがパクパクと食べ始め、煮物の味を褒めた。
(なんだ、普通に食べられるじゃん)
 アーシュは人間と違和感のないイールの様子に感心しながら、当たり障りのない目の前の人間たちとのやりとりに、変な気分になってしまう。
(この人たちも平和だな~。目の前の俺たちが何者かも知らないで、もてなしているんだもん)

 にぎやかしいのがうれしいのだと笑う中年の夫婦は、決して裕福なわけではない。精一杯働ける喜びと、餓えずに生活できる幸せを、神に感謝しながら生きているという。
「そういや、あんたたちは神殿のお祭りには参加したかね?噂によると今年の謁見の儀は、最近になくすばらしいと聞いたんだが」
「そうなんですって。なにしろイールさまとアスタロトさまが手を取り合ってダンスをされて、終いには参拝した人たちと輪になって踊られたらしいって、夢みたいな話がそこいら中で溢れかえっているんだよ」
「いくらなんでも神さまがおれらと一緒に踊られるなんてさ、そうそう信じられるかい。しゃべくり女のデマさ」
「そんなこと言ったって、町中の騒ぎになっているんだよ。まあ、噂でもおおげさでもいいさ。お祭りにはこの上もなく幸な話だよ。ねえ、そう思わないかい?あんたたち」
「そうですね」
 イールがにこりと笑ってシラを切るので、アーシュもあいまいに笑ってぼかすしかない。
(昨日の事なのに、もうここまで話が広まってるのか…。さすがに神さまって破格の影響力なんだなあ~)
 アーシュは柔らかく煮た豆をほおばり、自分の行動の責任を改めて考えさせられた。

「あんたたち、新婚さんだろ?」
「え?」
「見りゃわかるさ。ふたりとも初々しいしねえ~」
「はあ…」
「せっかくだから神殿へお行きよ。ここから二日ほど歩けば着くよ。イールさまとアスタロトさまには会えないけれど、まだ収穫祭は続いているから、きっと楽しめるよ」
「じゃあ…行ってみようか?」と、イールはアーシュを見る。アーシュは笑いをこらえながら、コクリと頷いた。


 農家の夫婦に見送られ、イールとアーシュは歩き始めた。
「新婚さんなんだって」
 アーシュはニヤニヤしながらイールを見た。
「うれしのか?」
「うん」
 アーシュは先を行くイールの腕を取って絡ませた。イールは少しも嫌がらず、アーシュの頭を撫でた。

「クナーアンにおいての婚姻の価値はどれくらいなの?」
 指を絡ませたまま歩きながら、アーシュは問う。
「お互いが認め合えば、夫婦となる。面倒な届はいらないが、神の恩恵を受けたいと願う者が多いから、自然と神殿や各地の教会へ参拝する者は多い」
「セキレイから聞いたけど、クナーアンは一度愛を誓い合った相手と一生涯添い遂げるのが一般的なんだってね。それってすごいことよ」
「クナーアンだけではなく、ハーラル系の星々の決まり事みたいなものだ。アスタロトは他の星と比べても誇れる風土と言っていたよ」
「それはやっぱり神さまが浮気をせずに、お互いだけを求め合っているからだよね。神さまの行いが星の住民に反映されるのだから」
「私たちの行いと言うより…ひとりの種子と結びつくことを選ぶ遺伝子なのだろうね」
「つまり一生にひとりの相手としかセックスを求めないってことだ」
「そうだね」
「俺は…そうじゃないけど…」
 アーシュは初めて多くの恋人たちと関係を持ったことに、少なからず罪悪感と言うものを感じた。
「イールは大丈夫?」
「え?」
「俺、この十八年間、男女構わず好きになった奴と寝てるけど…。遺伝子学的にどうなの?」
「…私に聞くな。私はクナーアンの神だ。それ以外の者になれない。他の者に快楽を求める意識を持たない者に、おまえの育った星の倫理観が理解できるわけがない。それに…アー…アスタロトが…そうなりたいと望んだのだろう」
 恨めしそうなイールに、アーシュは同情した。

(イールを傷つけたいとは、アスタロトも思っていなかっただろうに…)
「怒ってる?」
「…怒っても仕方ない。仕返しを望んでも、私にはできぬことだ」
「…ゴメン」
「おまえが謝ることでもない。アーシュが育った環境はそれが当たり前だろうし、それが罪と限定できるわけでもない。文明が違えば観念や意識が変わるのは当然だ」
「…」
 イールはアーシュを傷つかせまいとして、自分を納得させているだけじゃないだろうか…と、アーシュは感じた。

「じゃあさ…クナーアンでさ…もし、本当に好きな人に別の相手がいた時はどうなるの?」
「それが真(まこと)の愛であるなら…相手の意志を尊重するべきだろう。自分が選ばれた相手でなくても、愛する人の幸せを願うことが真の愛であるべきだ」
「愛は理性を失わせない?理想どおりにはいかないよ」
「…どんなに自分が幸せにしたいと思っても、相手が望まないことをして幸福を得られるだろうか」
「自分の想いを打ち明けることによって、相手の気持ちを動かすことだって可能だよ」
「打ち明けて相手が負担に思えば、その時点で純愛とは言えまい」
「…妥協のない恋愛って存在するの?」
「真の愛とは、恋愛ではない。私のアーシュへの想いは宿命だ。私にはそれが必要だった…」
「それは…俺ではないアーシュへの宿命だよ、イール」
「…」
 イールはアーシュを見た。

 西に翳った陽光が、アーシュの顔をオレンジに照らした。
 繋いだ手から伝わる温もりや純然たる愛、お互いを求める想いは少しも変わらないというのに、目の前のアーシュはイールと共に生きたアーシュではない。
 それが辛く、胸の奥に秘めた傷跡が痛むのだ。

「日が暮れてきたね。帰ろうか?」
「ああ、そうしよう」
 イールは胸にそっと寄り添うアーシュの身体を抱きしめた。

(おかしなものだ。誰にも渡したくない、どこにも行かせたくない、それが真実の想いであるのに、言葉に出せば、真の愛とは言えなくなる…)

 イールとアーシュが張りぼての竜に乗り、神殿に戻る頃、すでに辺りは暗く、部屋に灯る微かなランタンを目指し、ゆっくりと飛び立った部屋へ降り立った。
 出迎えたヨキたちの前に、イールは眠ってしまったアーシュを抱きかかえて現れた。

「どうされました?」ヨキが慌てて近づいた。
「竜の背がゆりかご代わりになったのだろう。帰る途中で眠ってしまったんだ。悪いがアーシュを部屋で寝かせてやってくれないか」
「わかりました。イールさまもお疲れになったでしょう。ゆっくりとお休みください」
「ありがとう」
 イールから眠ったアーシュの身体を受け取ったヨキは、足早にアーシュの部屋へと向かった。心配そうにアーシュを見守っていたルシファーは、イールに深くお辞儀をし、ヨキの後を追いかける。
 イールはルシファーの後姿を見つめ、そして部屋に残ったベルへと視線を移した。
 ベルはイールを見つめていた。

 イールはアーシュの親友と言うこの男が苦手だった。
 理由は簡単だ。
 ベルのアーシュへの想いが、イールの認識する「真の愛」を具象しているからだ。それは自分自身を見るようで、胸糞が悪くなる。

ベルークナーアン


「ベル…だったね。アーシュなら心配いらないよ。初めての大仕事で疲れただけだ。じき慣れれば疲労も少なくて済むだろうから」
「それはどれくらい…かかります?」
「それは…すべてを終らす時期を指すのか?」
「…そうです」
 イールは少し離れたままのベルに身体を向け、それなりの威厳をもって、十八になる少年を見下した。

「…豊穣の神としての仕事は、短期間なものではない。特にこの十八年間、恩恵を失った大地も森も海も枯渇しきっている。天の皇尊から頂いたアーシュの使命は重くきついものだが、十八年前の状態に戻す為にはアーシュの力が必要なのだ。君がアーシュを心配する気持ちもわかるが、理解して欲しい」
「…アーシュはこの惑星(ほし)の為に生まれ変わったのでしょうか。…あなたと生きたアスタロトはクナーアンに縛られるのが嫌で、生まれ変わる運命を選んだのではないのでしょうか…。アーシュはクナーアンの神に産まれたかったわけではない。違いますか?」
「君の言いたいことはわかるつもりだ。私もアーシュをクナーアンに縛り付けようとは思わない。彼の望むままにしてやりたいだけだ」
「だけど、アーシュはあなたの想いに応えたいと願う。あなたが望むことはアーシュを束縛することではないのか?」
「…」
 イールはベルという人間のすべてを見た。
 裕福な家庭に生まれ、親の愛情を見失い、「天の王」学園でアーシュやルシファーと出会い、本当の友情と愛し合う意味を知った。
 アーシュを愛しながらも、アーシュの恋人であるルシファーを思い、打ち明ける事もせず、心に秘めたまま生きてきた。
ルシファーを失い気落ちしたアーシュを今日まで支えてきたのも、ベルの決して束縛しない包み込むような愛情だったのだ。そしてベルはルシファーと再会し、またクナーアンの神として生きるアーシュを、いつまでも愛し続けようと己に誓い、聖人の如く日々を生きている。
(自分を偽り続けることで、この少年のアーシュへの純愛は崇高となり得るのだろう。だが選ぶことと願望が違うのもまた煩悩の種でもある。…人間も私も同じだ)

「…すみません。失礼なことを言いました」
 沈黙したイールの反応に、ベルは我に返り心から謝罪した。
「いや、謝る必要はない。己が愛する者を独り占めしたいと思わぬ者はいないだろうからね。私も君も…同じだ。アーシュへの愛に縛られている…それを本望としている。違うかね?」
「…いえ、正しいと思います。ただ、俺には…なにもないことが惨めで情けなくて…身の置き所が無いのです。あなたのように運命で結ばれているわけでも、ルゥのようにアーシュに選ばれたわけでもない。ましてやメルみたいに他人事でいられないのだから…すみません、単なる愚痴ですね。わずらわしいだけの戯言でした」
「ベル、君の存在がアーシュや…私にとって…」
 イールは言葉を止めた。
 ぼやけた未来を口にしても、現実がその通りに進むとは限らないのだから。
「これからもアーシュの支えになってくれることを、望んでいるよ。では、失礼する」

(十数年をアーシュと共に生きたおまえが妬ましい。私だけのアーシュを寝取ったおまえ達が…)
 癒しの神である自分に、どれほどの力があろうとも、結局は愛が産む嫉妬の感情には勝てないのだと、イールは自分を嗤うしかなかった。


 それからも、アーシュのクナーアンに恵みを与える旅は休みなく続いた。
 アーシュの傍らには常にその半身であるイールがアーシュを見守っていた。
 山や海、砂漠や峡谷、村や街、アーシュはすべての存在するものへ豊穣の種子を蒔いていく。

 時折アーシュは大地に身を任せた。
 耕したばかりの土にうつぶせるアーシュに、イールは声を掛ける。
「嬉しそうだな」
「ふふ、土に抱(いだ)かれているんだ。あったかくて、俺を守ってくれているみたいだ。これがクナーアンのエナジィの源なんだね」
「…アーシュ」
 イールは土くれに汚れたアーシュの身体を抱きしめる。
(いつまでもこのままでいたいと望むのは、愚かな愛でしかないのだろうか…)

 イールとアーシュを抱いた辺り一面には、季節外れの可憐な白い花が一斉に芽吹く。
 人々はその花を「喜びの花(ホワイトロマンス)」と名付けた。



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Brilliant Crown 3 - 2012.10.10 Wed

3

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岩場11

Brilliant Crown
3.
  君の名を呼ぶ
  眠り姫のように目を閉じたまま
  手を伸ばしても届かない君を
  僕は(私は)呼び続ける
  ねえ、どんなに時が経とうとも
  僕らの(私たちの)生きた時間は
  思い出にはならないんだ…



「すげえ!風波ってこんなに激しく打つの?知らなかった~。うわ、飛沫が気持ちいいっ!」
 激しく岩を打つ渚を、岩場のてっぺんで眺めるアーシュは、感嘆の声を上げる。
「あまり近づくと足をすくわれるぞ」
 繋いだ手を精一杯伸ばし、岩の先端から身を乗り出して下を覗くアーシュを気遣うイールだが、本気で心配などはしていない。
 海もまた神の領域であり、もし波にさらわれたとしても、アーシュが危険に冒される事態にはならないとわかりきっている。
「俺、こんなに近くで海を見るのって生まれて初めてかもしれない。あ、海龍の影が見えたっ!挨拶に行ってもいい?」
 アーシュはイールの返事も聞かずに、繋いだ手を振り切って、そのまま荒れ狂う海の中へ飛び込んだ。
 しばらくすると、激しい波しぶきに煽られ、海龍の背に乗ったアーシュが海の中から飛び出てきた。
「うわあ!イールっ!海って滅茶苦茶しょっぱいんだよっ!不思議だ!」
 冬も近い冷たい海水にずぶ濡れになりながら、子供のようにはしゃぐアーシュに、イールも呆気にとられる。
「…」
(何者をもその背に乗せることはないと伝えられる海龍に、容易く跨っているおまえの方がよっぽど不思議だろうな)
 怖れを知らないとはいえ、アーシュの奔放な好奇心に、イールも呆れるばかりだが、そんなアーシュが愛おしくてならない。
 イールは自分に問う。
 アスタロトもまたアーシュと同じように海龍と戯れ、こうして感嘆の声を上げていたのだろうか…と。


 今まで「天の王」学園内だけで生きてきたアーシュには、ヒナが巣を飛び立ち、初めて外の世界を見下ろしていると同じなのであろう。
 クナーアンの何処へ足を運んでも、初めて見るものばかりで、目に映るもの何もかもが驚きと感動の連続だった。
 しかも、彼はこの世界では民衆の信仰の宗主たる神であり、アーシュにとっての社会科勉強は世作りの為の行幸でもあるのだ。

「ねえ、イール、俺は自分の育った街のしくみも良く理解できてないけどさ、このクナーアンのそれぞれの土地は誰が仕切っているの?政治の規律とか税の仕組みとかさ」 
「その土地で多少違いがあるだろうが、税の負担も民の稼ぎによって異なる。払えなければ公共の工事などで働けばよいし、貨幣でなくても作物でも製品でも構わないんだ。大方の政治(まつりごと)は神官たちが管理している」
「神官って、神殿の?」
「神殿にいる神官は僅かなものだよ。神官は神殿に従事するだけではないんだ。神殿の裏門を出ると沢山の建物があるだろう?あれらは学問所だよ。最初は親が居ない子供や捨てられた子供の世話をしていたのだが、成長して神官になりたがる者が多くてね。神に近い場所で暮らすことになるから、精神も正しく導かれる。だから彼らに教育者になってもらい、クナーアンの色々な都市や町の管理をさせているんだ。もし何かあったら、彼らの意思疎通も簡単にできるからね」
「イールが?」
「そうだよ。アーシュの星では魔力を使う者は多いと聞いたが、このクナーアンにはあまり存在しない。ルシファーは珍しい能力者だったね。だからアーシュが彼を選んだのだろうけれど…」
「うん」
「神官たちも私たち神に見守られているから、強い誘惑や悪行にも染まらないんだ。…アスタロトは暇を見つけては神官たちの様子を見守る為に、地上へ降りていたが、この何百年、神殿で育った者が悪行をした形跡はない。だが、いつの時代にも彼らが万全に揃っているわけではない。彼らの管理がその土地に行き届かなくなると、戦争が起きる。それもまた人間世界の宿命だともいえる」
「人々が殺されていくのを、神さまは見てるだけなの?」
「彼らが望むものが戦いであるなら、やむを得ない。しかも人間はそれを本能で楽しんでいるのだからな。愚行ではあるが、必要悪なのかもしれない…」
「必要悪か…戦争が歴史を変えるとは言うけれど、多くの死によって良い方向へ導くのなら、『悪行』だとは言えない…ってことだよね」
「歴史とは善悪ですらない。ただ足跡が残るだけ。美しいかそうでないか、見る者が決めるのだ…アーシュが私に残した言葉だった…」 
 無意識に放たれる言葉の数々が、アスタロトのものであり、イール自身それを口にすることで、また新たにアスタロトを失った寂しさを感じるのだ。
「…さみしい?アーシュが居ないと」
 暗い顔を見せたイールを気遣うアーシュを心配させる自身が嫌になる。
(生きた年月を比べようもない程幼いこの子に、私が気を遣わせてどうする。この子を導くのが私の果たす役目ではないか)
「大丈夫だよ、アーシュ。今はおまえが居てくれる。私は満ち足りている」

 ふたりの旅が日々を追うごとに、段々と秋は深まっていく。
 山に海に平地に、豊穣の恵みを与えつつ、イールとアーシュはお互いの愛をより深めることを求めた、
 色とりどりの落ち葉が重なった森の木陰に寝転がり、ふたり重なったまま、ゆらめいた翳を落とす光の模様を楽しんだ。
 お互いの肌を指先で触れ、余すことのない肉体で確かめ、愛していると何度も告げ、ふたりはゆるぎない愛を確認する。
 イールとのアーシュの愛は快楽を伴わなければならない。
 交わり、繋がり、求め、昂揚し、満ち足りなければならない。
 境界線がわからなくなるほど、狂わなければならない。

 冬眠に備えて餌を求める動物たちは、神の愛撫を覗き、見惚れ、愛の空間に漂う。
 彼らは幸福の観念を知るのだ。

 身体を繋ぎ、愛欲を貪るふたりを咎めるものは、このクナーアンには存在しないのだから。


 クナーアンの惑星(ほし)に、冬が近づく。
 収穫が終わった大地には、天の衣が白く覆いかぶさる。
 だが人々も大地も寒さに恐れおののいたりはしない。
 凍てついた大気は、心を凍らせるものではなく、春に芽吹くための養分を保つ為に、深い眠りを誘っているのだ。

 森林もまた裸になった木の肌を冷気に晒し、積雪に白く輝く土を見守り、生き物も春を夢見て眠りにつく。
 寒さをしのげる縦になった洞穴にもぐり、イールとアーシュは一夜を過ごすことにした。

 アーシュの豊穣の神としての初めての仕事も終わりに近かった。
 この頃になると神殿から遠く離れたクナーアンの僻地へ向かう事が多く、一日、二日での往復は難しく、神殿を発って四、五日帰らない時もあった。
「携帯魔方陣を使えば、楽に帰れるじゃん」と、理にかなった事を言うアーシュは馬鹿だ。
「私とおまえの愛の行幸でもあるのだ。余韻も味わえないテレポートなんてつまらない」
 イールはつくづくロマンチストだとアーシュは笑う。
 だが、イールにはアーシュと過ごす一瞬一瞬がなにか大切な時のような気がするのだ。だから例えただ空を飛ぶだけだとしても、アーシュの様々な表情を一瞬たりとも見逃したりしたくはないのだった。
 
 ふたりは十分愛し合った後、寄せ合った身体をマントで包み、互いの身体を温めあうように枯葉のベッドに横になった。
「この旅が終わればアーシュの仕事もひと段落だよ。豊穣の神としてよく役目を果たしてくれたね。クナーアンのすべてを代表して心からお礼を言う」
「こんな状態で改まって礼なんか言わないでよ。俺はやらなきゃならないことを為しただけだよ。それも全部イールの教えがあったからこそできたわけじゃん」
「それでも礼を言わせてくれ。おまえの魔力のおかげでクナーアンのすべての生あるものが満ち足りた歓喜の声を上げている。…春が来るのが待ち遠しいと胸を躍らせている」
「生きるものもあれば死ぬものもあるけどね…」
 アーシュはしんみりと答えた。
 アーシュが旅で見たものは人々の喜ぶ顔だけではない。
 生き延びるための弱肉強食の様をアーシュは目の当たりにした。動物園にさえ行ったことのないアーシュは生と死のひしめく場面に凍りついた。生きるもの、死に絶えるものの前には、アーシュの恩恵など関係ないように思えた。
「人の死も初めて見たよ。人の死と獣の死の違いはなんだろうね」
「違いはないよ。死はこの世から消えることだからね」
「…」
 ふたりは互いを見つめたまま黙り込んだ。
 「死」は、ふたりをそれぞれの想いへ誘うキーワードとなる。

「…でも、良かったよ。…俺は、何の為に特別な力を持って生まれたのかを、今までずっと問い続けていたんだ。神として生まれたなんて、まるで御伽話だけど、まるで信じられないことだらけだけど、イールがいたから信じられた。できることをやってのけた。でもまだこれで終わりじゃないってわかっている。俺は死ぬまでクナーアンの神なんだから」
「アーシュ、おまえは…これからどうするつもりなのだ?」
「え?」
 アーシュの巻き毛を指に絡めるのはイールの癖だ。彼は一本ずつ指を互い違いにしながら絡め捕って楽しむのだ。
「春が来るまでは私たちの仕事もひと休みだ。クナーアンの神としての務めも一年中忙しいわけではない。役目を果たせば、おまえが何をしようと自由だ」
「俺はもうお払い箱ってこと?」
「ばか、そうじゃない。私は…いや、おまえの意志を聞いているんだ。ルシファーやおまえの大切な友人や向こうで待っている人たちはおまえを求めている。勿論私もだよ。だが私は、アーシュの意志を聞きたいんだ。誰かの為ではなく、アーシュ自身の為に生きる道を、聞かせて欲しい」
「俺自身の為に生きる道?」
「そうだよ。アーシュはクナーアンの神という責任を負っている。それだけでも重責なのに、人の為にとばかり動いていないか?確かに秀でた魔力で人を救うことは意義がある。だが、私はおまえに自分の幸せを考えてもらいたいのだ」
「俺、自分が不幸だなんて思ったことないし、自分がやってることが救済だなんておこがましいし…全部自分の為だよ。自分のやりたいことだよ。セキレイやベルやメルを幸せにしたいって事も、イールとこうしてセックスしてることも全部俺が選んでいるんだ。好きな人の為に、精一杯尽くすことは役目じゃないよ。俺の意志だよ」
「…」
「イールだってアスタロトの為に生きてきたし、俺のために一緒に死ぬって言ってくれたじゃん。それを選んでいるじゃん。それは間違っているの?イール自身の為にアスタロトを愛しているんだろう?」
 アーシュの誠実な言葉は心を打つ。それは、イールの心を抉るような強烈さで打ちのめすのだ。

「アーシュ、私は…今更ながら考えることがある。私のアスタロトへの愛が…彼の重荷になったかもしれない…と。私はね、この二カ月間、おまえとクナーアンをくまなく旅して、とても楽しかったのだ。この上もなく嬉しかったのだよ…私はアスタロトとこのような時を過ごしたことはなかった。千年以上もの間、愛し合い信頼した者同士だ。相手を倦む時もあるだろう。だが、私はアスタロト…アーシュだけを求め続けた。それが重荷になることを知らなかったわけじゃない、だが私は…」
 イールは上半身を起こし、裸のままの肩に上着を羽織った。
 アーシュは横になったまま、イールを仰ぎ見た。イールは安心させるようにアーシュの頬を撫で、微笑んだ。

「すべては私の精神が脆弱だったからだ。昔…私とアーシュが神の役割を果たす時から、私にはアーシュが憧れだった。彼が私の恋人であることが何よりも幸福であり、すべてだった。アーシュは民に愛される神であったから、私は逆の立場を取り、畏怖される神であることを選んだ。…いや、そうじゃない。私はただアーシュが好奇心に溺れて、他の者に目移りするのを見るのが嫌だっただけだ。嫉妬心にかられた私を見られたくなかっただけだ。アーシュは純粋に私を愛してくれていた。…あんなに私を愛してくれていたのに、私はアーシュの苦しみを理解していなかった。もっと傍にいて、色んなものを見て、共に楽しめば良かった。アーシュが死を求めずにいられるほどに、心を慰めてやれば良かったんだ…私は自分が情けない。私の愛がアーシュを苦しめ、そしてまた生まれ変わったおまえまで、がんじがらめにしようとしているんだ…」
 自分を詰り、悔し涙を落とすイールの手を取り、アーシュは強く握りしめた。その腰にしがみつき。両腕で抱きしめた。
「イール、俺、少しもきつくない。イールがどんなに俺を縛り付けても、俺は知ってるもの。それがあなたの『真の愛』ってことをね。アスタロトも一緒だ。だって俺がアスタロトなのだから」
「…アーシュ」
「俺は愛されるのが好きなんだ。絶対幸せにしてやるって心に決める。全部だ。そう全部…。イールも強くならなきゃ駄目だ。アスタロトはあなたを本当に愛していたんだから」
「…」
「ねえ、俺、向こうでアスタロトの友達に会ったよ。アルネマール伯爵っていうとっくに亡くなった幽霊なんだけどさ。彼はアスタロトをレヴィと呼び、伯爵が死ぬまでよく会いに来てたって」
「伯爵の話は、アーシュからよく聞いていた。気前よく私にも色々と贈り物をくれたものだ。ふたりの仲が良すぎて妬いたこともあったが…幽霊とは死んだ者の霊なのだろう?よくおまえに会えたものだな」
「伯爵はベルの先祖なんだよ。え~と五代前ぐらいかな。どことなく似ている感じはする」
「だからアーシュもベルが気に入ったのだな」
「そうかもしれないね。で、その伯爵の幽霊が言うのさ。アスタロトは恋人のイールに相当にいかれているって」
「…」
「俺はその時初めてイールの存在を知った。運命の恋人であるあなたの存在…すごく興奮したよ。『イール、イール』と、あなたの名前を何度も繰り返した。繰り返すたびに心が震えた。もし、俺がアスタロトの生まれ変わりで、長い間、この人を待たせているとしたら、どんなに寂しがっているだろう。一刻も早く会いに行かなければならないって…決意したんだ。アスタロトの生まれ変わりでなければ、イールの存在なんて俺は何も思わなかっただろう。…俺はアスタロトの想いを受け取っていると思う。アスタロトは今でもあなたを愛している、絶対に」
「…そうだな」
 腰に抱きつくアーシュの顔を、両手で支え、イールは深く口づけた。
 アーシュは満足げに笑った。
「アスタロトはきっと後悔しているよ。イールを俺に捕られてさ」


 その夜、イールは懐かしい声に眠りから覚め、横に眠るアーシュを置いて、洞穴から抜け出した。
 冴えた二つの満月が、雲一つない夜天の頂上に白く輝いていた。


「イール、やっと会えたね」
「アーシュ…」
 別れた時と変わらぬ笑顔で、アスタロト…アーシュは月光に浮かんだ姿をイールに見せた。



アーシュ月66


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Brilliant Crown 4 - 2012.10.17 Wed

4
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ash89.jpg

4.

 思い通りの幻想に生き続ける世界は、夢のように幸福だろうか。
 悪夢のように絶望し続けるのだろうか。
 どちらにしても、俺はそれを選択しないだろう。
 なんにしても、現世は面白い。
 それに目を閉じるなど、勿体ないじゃないか。



 凍てついた夜の森。
 木々の間から漏れる月の光が、枯葉の苗床を薄らと反射し、イールの素足をも白く浮かび上がらせた。
 太い楡の枝に浮いたままに腰を下ろしたアスタロトがいる。
 ほっそりとした身体には、薄い絹布のようなものを付けただけで、僅かな月明かりに裸体の輪郭が透き通って見えた。
 彼の顔は月明かりの陰になっていたが、曇らぬ穏やかな笑みをイールに向けている…ように見える。
 イールはその楡の幹に近づき、彼の姿を仰ぎ見た。

 寝る前にアーシュが喋った幽霊の話に誘われて、夢に出てきたのだろうか…と、見上げたイールは己の両の目を指でこすった。
「これは現実なのか?それとも…その姿は亡霊(ファントム)なのか?」
 独り言のように呟くイール。
 白く浮かんだアスタロトの身体がスローモーションのように落ち、枯葉の地面に立った。

「そのどちらとでも言える。現実は…君は森を彷徨う夢遊病者だし、僕はと言えば、あの子の魔力が無意識に作り出した夢の像…幻影(ファントム)でしかないからね」
「…」
 二歩、いや三歩歩けば届く距離であるのに、イールは目の前のアスタロトの姿を安易に信じることが出来ずにいる。
 イールの気持ちを知ってか知らずか、アスタロトは薄絹の端が両足に絡まるのも構わず、腕を組んでイールの目の前をうろうろと往復し始めた。
「と、言うか…イールは案外冷酷なんだよなあ。あの子がここ(クナーアン)に現れてから、僕を呼んでくれなくなったね。…この浮気者」
 立ち止まり横目で睨みつけるアスタロトを懐かしむ暇も与えないほどに、イールの感情は逆撫でられた。
「君…アーシュ、おまえ…おまえ、そんなことを言う為に…私の前にその姿を現したとは言わないだろうね!おまえが居なくなって、私がどれだけ…どれだけ苦しんだと思うんだっ!」
 イールは思わず掲げた己の拳にはっとした。
(こんな風に感情を吐き出すのは、何時の時以来だった?私をこんな感情にさせるのは…おまえしかいない)

 イールの激昂に少し面食らったアスタロトは、正面を向き、少し黙り込んだあと、神妙な顔でイールを見つめた。
「イールが怒るのは尤もだ。全部僕が悪い。今、君の前に姿を見せたのは…なんと言うか、さ…君に謝りたかった。君を心配させ悲しませたこと、長い間ひとりにさせてしまったこと、勝手に僕ひとりが人間になってしまったこと…まあ、これについては、生まれ変わったアーシュは完璧に僕の遺伝子を受け継いでいるから大成功だ。僕は満足してる。でもまあ…記憶がねえ…生まれ変わったあの子の脳に刻まれなかったから、すぐに戻れなかったの。ごめんね」
「…」
「でも、ほら、ちゃんとイールの元に戻れて、クナーアンの神としても一応役目を果たしているし…結果オーライでいいんじゃない?」
「なに能天気晒しているんだよっ!バカアーシュ!いいわけないだろっ!」
「…イール…」
「おまえではない…あの子はおまえじゃない。私が一緒に生きてきた、愛し合ったのは…おまえだけだ…」
「…うん」
「なぜ…ひとりで人間になろうとした?すべてが…消えてしまう可能性だってあったはずだ。おまえはその危険を冒してまで自分に魔法をかけ、人間に生まれ変わってしまった。アーシュ…私がおまえを追いつめたのか?私がもっとおまえを理解し、その苦しみを分かち合ったのなら、おまえはその選択をしなかったのではないのか?」
「勘違いも甚だしい。君は僕と生きた日々を後悔しているの?僕が君に寄せた想いを疑っているの?僕の運命が君であった幸福を疑うの?…イールが悔やむことなんてひとつもないよ。僕は僕の意志で人間になることを選んだのだし、死んではいないし、生まれ変わっても君を愛していると誓うよ。僕と一緒に生きた記憶を分かち合う者が居ないのは寂しいかもしれないけどね、あの子は僕だよ。君の恋人だよ。僕らの思い出を分かち合いたいのなら、君がひとつずつあの子に語り聞かせればいいじゃないか。僕はあの子の中で、うっとりと君の話に聞き入っているからさ」
「アーシュ…」
「まあ、なんにしても、僕はちょっと損した気分なんだ。だって、確かにあの子は僕だけど、僕の意識は別物であり、あの子が君といちゃつくのを、僕は指を噛んで眺めるしかない。あの子の中で…しかも君は、意識的にはっきりと僕とあの子を振り分けているからもっと惨めになる。妬くしかないんだよ。まあ、それは僕への罰だと思って耐えることにするよ」
 今の状況を楽しむかのようなアスタロトの言い方を、イールは好まない。だが、これまでだってアスタロトの生き方のすべてを気に入ったことはなかった。
 それでもそんなことは、愛し続けることになにひとつ支障は無かった。
 笑って見過ごすほどに、些細なものに過ぎなかった。あの頃から…

「…多少のことなら私も寛容なんだが…今は、君の天性の暢気さを心から恨むよ。今までの私の苦悩は一体なんだったんだろうね」
「そりゃ君、君が成長するための選択した道なんだよ。振り返れば変わった花が咲いているだろうね」
「…呆れた。他人事みたいに。全部おまえの所為なのに」
「真の愛への苦悩であれば、きっと可憐な花が咲く。その花にアスタロトを名づければいい。そして花に向かって恨み言を言え。それで浄化する」
「…」

 全くもって呆れ果てる始末だ。
 その呆れ果てた先に何が見えるのか…
 それさえ楽しめと、アスタロトは言うのだ。
 だが、イールにはそれが理解できた。
 だからこそアスタロトを愛し続けてこれたのだ。

「ふふ、やはりアーシュはアーシュなのだな。…いつだって私は君には敵わない」
「イール…僕の方こそ、君を超えたことなど一度もないよ」
 アスタロトは手を伸ばし、その指をイールの髪に絡ますような仕草をした。だが、指はイールの巻き毛を掴むこともできず、空を切ったまま握りしめられた。
「…残念だけど、実体を持たないこの身では、君に触れることも叶わないんだ。今すぐにでもこの両手で君を抱きしめ、君の口唇に触れ、君の肌の温もりを感じたいのに…」
「アーシュ…」
「ごめん、僕は欲張りすぎたんだ。身もわきまえずに全部欲しがって、周りを混乱させてしまう…ゴメン」
「…それが君なんだろうね。生まれ変わった君もまた、同じだ。物語の中心はいつもあの子だよ。でも私はあの子が大好きなんだ。…君を想うように…」
「…うん。ありがとう、イール。生まれ変わった僕を、同じように愛してくれて。だけど、人間となった僕の運命はそう長くない。その意味はわかるね?」
「…わかっている」
「君が不死を望むのなら、天の皇尊(すめらみこと)に頼めばなんとかしてくれるだろうけれど…」
「何度も言わせるな。私の命はおまえと共にある。今は生まれ変わったあの子と共にあるのなら人間としてのあの子の死が、私の死でもある。他の選択肢は一切ないし、それが私の望みだ」
「わかったよ、イール。…彼の地はこの平穏なクナーアンと違い、色々と問題も山積みで、それをあの子は一手に引き受けようとする大馬鹿者でもある。人間としての運命は短く、君と過ごす時間も短い。それでも君に頼みたい。あの子を…アーシュを見守って欲しい」
「私のすべてを賭して、アーシュを愛し続けるよ。私の永遠の恋人は、アーシュ…君なのだから」
 アスタロトの肩を抱くように手を伸ばしてみても、イールの指はアスタロトの身体を通り抜ける。わかっているのにこんなに虚しいなんて… 
 イールは諦める事もできず、アスタロトの顔を指で、手で、見えるままの輪郭のままに撫でた。
 そんなイールに、アスタロトは嬉しそうに笑う。

「…良かった。今夜君と話せて。ずっとこういう時を待っていたんだ。でもクナーアンと彼の地では離れすぎて、君を呼んでも全く届かず、しかもあの子は人間の恋人と愛し合う始末でさ。魔力の指輪もつい最近戻ってきたから、なんとかこうして君に会うことが出来たんだ。ほんとラッキーだったよ」
「…アーシュに言わなければならないことがある。私は…何度もおまえを殺そうとした。天の皇尊から頂いたミセリコルデで…この胸を刺そうとした。そうすればどこかで生きているおまえと共に死ねるはずだと…」
「そうしても良かったんだよ、イール。僕の命も君に委ねられていた運命だった。だから君が死を願えば、僕は死んでも構わなかった」
「…」
「でも、そうしなかった君を誇りに思う。あの子の為にも…礼を言うよ、イール。ありがとう、一緒に生きていく運命を選んでくれて」
「ああ、アーシュ…アーシュ」
(長年積もった私の苦しみを、アーシュは簡単に溶かしてしまう。いつだってアーシュは私を許してくれていた…私を救ってくれた…)

 瞬きする度に落ちるイールの涙を、アスタロトの指が拭いた。不思議なことに涙はアスタロトの指を濡らしていた。
 アスタロトは濡れた指先を自分の口唇に当て、舐めた。
「イールの涙は甘いね。僕への愛と同じだ」
「私を泣かすおまえが…憎らしい」
 精一杯の意地で、イールは返した。

「ねえ、イール。終わりのない未来を恋しいと思うかい?」
 あの時とは違う穏やかな笑みを浮かべて、アスタロトが言う同じ言葉を、イールもまた、あの時とは違う思いで応えることができる。

「…アーシュ、君と共にあらば、私の世界は美しくあり続けるだろう…」

 ふたりは同時に衣を脱ぎ捨て、裸になり、身体を寄せあい、指を絡ませ、そっと口づけた。
 幻影のそれは、温もりも実感も何ひとつない交わりであった。
 だが、アスタロトのもたらすひとつひとつの愛撫が、イールの肌をそそり立たせ、得も言えぬ恍惚感に身を震わせたのだった。

 ふたりは酷い陶酔感に溺れ、冷たい寝床にぐったりと横になった。
 不意にアスタロトは起き上がり、疲労に沈み込んだイールを見下ろした。
 アスタロトの姿は先程とは違い、半分が透き通り、腰から下は消えかかっていた。
 イールは訝しり、上半身を起こした。
「アーシュ…君、身体が…」
「もう、君の前に姿を見せることはないからね」
「何故?」
「僕は…君の心の傷(ファントムペイン)だからだ。残念だけど、君に刻み込まれた心の傷は、たった今、完全に浄化されてしまった。これから君は僕を思って泣くことはないんだよ」
 アスタロトは足音もなく、イールを見据えたまま、その身を後ずらせた。
 イールは枯葉に座ったまま、消えかかったアスタロトを目を凝らして見つめた。
 イールは驚かなかった。彼がそうなることは、なんとなく予想していた。

「…だからおまえは単純だと言うのだ。…おまえへの恨みつらみが、簡単に消えるものか」
「それは、痛みじゃなくて、惚気だよ。文句はあの子に言え。僕はあの子なんだからね」
「…そうしなければならないことが…痛いよ」
「僕への甘い残像だ、嬉しいよ、イール…」
 最後まで本音と冗句を重ねる悪趣味は治らないのだな…と、イールは苦笑した。

「じゃあ、ね、イール。死ぬまで君を見つめているから」
「アーシュ…愛している」
「ふふ、知ってる」
 
 ふたつの満月に重なるアスタロトの姿は、次第に薄れ、そして消えていった。
 最後までイールを見つめたまま、慈しみの笑顔のまま、アスタロトはイールの前から消えてしまったのだ。


 目を覚ましたイールは冷たくなった自分の身体を抱きしめたまま、泣き続けていた。

「最後までおまえは嘘つきだなあ…。ファントムペインは消えても、涙が止まらないよ…ねえ、アーシュ、止まらないんだ…」



ふたりAI


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Phantom Pain 1 


ホントはここまでが前章の「Phantom Pain」にしたかったのですけどねえ~


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Brilliant Crown 5 - 2012.10.24 Wed

5

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森のイール
5、
 されば愛とは…
 岩清水のように純粋に溢れ、癒し、浄化させ、乾いた心を潤す源…
 だが水だけでは腹が満ち足りぬように、人は愛だけに生きることはできない
 飢死を望む者はいない。
 しかし、人は愛を求む。
 清らかに気高きものへの憧れと渇望に生きる。



 アスタロトを消した満月を見つめ、イールは諦めきれぬように、「アーシュ」と幾たびか呼んでみた。
 凍るような夜の森にイールの声が風に鳴る小枝のように響いた。
 だが、消えてしまった恋人はイールの呼びかけに応えるはずもない。

 凍える身体を抱き、イールはとぼとぼと洞窟へ戻った。
 洞窟の奥には、アスタロトに出会うまでは身体を繋げていたアスタロトの生まれ変わりであるアーシュが、安眠を貪っている。
 イールはその傍らに立ち、アーシュを見下ろした。

(この子は私のアーシュではない。彼の生まれ変わりに過ぎない。…そうだ。私が愛した者ではない。アーシュにはああ誓ったが…私はこの子をアーシュのように愛せるだろうか…)

 腰を下ろし、アーシュの傍らに添い寝をした。そして、洞窟の穴から漏れる微かな月の光に浮かぶアーシュの寝顔をじっと見つめた。
 幻であったアスタロトとは違い、触れば存在する柔らかな温もり。
 今のイールには、それが悲しかった。
 イールの指に柔らかく巻きつくアーシュの黒髪の感触を味わった。
 影を落とす長い睫を指で撥ね、その存在を確かめた。
 アーシュはう~んと声を上げ、そして、むずがる幼子のようにイールの胸に身体を預け、また静かに寝息を立てた。
 マントを包ませただけのアーシュは、イールの温もりを探ろうと、裸の身体をぴたりと合わせ、両腕をイールの腰に巻きつけて離さない。
 その寝顔は安心しきった子供のそれと同じだ。

(愛とは不思議なものだな。同じ恋人であるはずの、アスタロトへの愛とこの子への愛の違いを、私は知っている。
…私はこの子が愛おしい。
私とアスタロトはクナーアンの神だ。神は定められた半身しか愛せない。そして、たったひとつの「愛」を、育て、繋ぎ、永遠のものとするはずだった。
だが、今や私はアスタロトとは違う愛でこの子を愛している。
それは「真の愛」なのだろうか…
そしてこの子を本当に愛してしまった時、私はアスタロトへの「愛」を失うのだろうか…

それでも…
アスタロトは言うだろう。
怖れながらも、愛を注げ…と。
ならば、私も覚悟を決めよう。
全身全霊でこの子を、愛し、そして見守ろう。
アスタロトへ注いだ想いではなく、新しいアーシュへの恋心を育ててみよう。
この子へのジレンマや嫉妬に苛まされ、自分の愚かさを嘆いたとしても、「愛」がそうさせるのなら、それも甘んじよう。「愛」の前に神も人間も区別はない。
クナーアンの神とは、人間の為に作られたものでもあるのだから…)

 イールはしがみつくアーシュの背中を優しく抱いた。
 波打つ柔らかい髪に頬を当て、人の親が愛児の幸福を祈るように、アーシュの幸福な未来を祈った。
「…イール?…起きてたの?」
 もそもそと顔を上げ、眠たげな両眼をイールへ移したアーシュは、大きく息を吸い身体を伸ばして、再び甘えるようにイールの胸に寄り添った。
「ああ、夜天の麗しさに惹かれてね。洞窟を抜けだして、散策していたのだ」
「…足が冷たいね」
「歩き回ったからな」
「…なんだか…艶っぽい顔をしているね。…浮気でもしてたみたいに」
「おまえの中のアーシュが、私に別れを言いに来たのだよ。おまえをよろしく頼むと…ね」
「アスタロトが?」
「ああ」
 イールに言葉にアーシュは一瞬顔を歪ませ、言葉に詰まった。
 イールから身体を離し、目を閉じたまま、仰向けになった。
 何故か涙が出そうになるのをあくびで誤魔化し、スンと鼻をすすった。

「そうか…イールはアスタロトに会えたんだね」
 アーシュはゆっくりと目を開け、洞窟の屋根の隙間からこぼれる月の灯りを見つめ、ほっと息を吐いた。

「…今まで何も知らずに、独りぼっちを嘆いたこともあったけれど…俺は幸せだったのだなあ。アスタロトは俺と共に、いつも、いてくれてたんだね。そして、遠く離れた星で、孤独に苦しみながらもイールは俺を生かしてくれていた。…俺への愛を信じて」
「孤独が真の愛を教え、育てるのかもしれない。おまえはこれからも己の孤独に苛むだろうが、それは愛を知る者の権利でもあるのだよ。私も同じだ。おまえがクナーアンを去っても、私は嘆きはしないよ。私の愛はおまえに注がれ、私の孤独もおまえの愛故だと思えば、悲しくはない」
「イール…それじゃあ…」
「おまえが生まれ育った彼の地へ帰りなさい。おまえを想う大事な者たちと共に…。これからのおまえの人生をクナーアンだけに縛ることを私は望まない。勿論、クナーアンの神の仕事をしてもらわねばならない。だが、本来のおまえは、未熟な学生なのだろう?仲間と共に色々な勉学も遊びも経験するべき年頃なのだからね」
 アーシュはイールの覚悟を知り、少し驚いた。
 クナーアンでの仕事を終え、すべてが落ち着いたら、サマシティに戻るためにイールを説き伏せねばならないと思っていた。だが、イールの気持ちを思うと、アーシュは気が重かった。
 それでなくても長年イールを一人ぼっちにさせていた後悔や、今やイールに惹かれて止まないつのる恋心もある。

「俺がここから居なくなってもイールは大丈夫?」
 アーシュの心配そうな言い方に、イールは爽やかに笑った。
「大丈夫じゃないが、辛抱するよ。それもおまえへの愛の痛みであれば耐えられるし、再会を待つ喜びにもなるだろう」
「そう、なの?…俺はまだ、イールみたいになれない…イールと別れると思うだけで、涙が止まらないよ」
 言葉通りにアーシュの両目は、瞬く間に涙が溢れ、零れ落ちた。
 我ながらバカのように素直な泣き虫になったのだと、泣きながらアーシュは思った。
 きっと本気で甘えられる存在が、居てくれるからだろう。
 トゥエでもルシファーでもベルでもない、まぎれない命を分かち合った相手が…
 
「おまえの半身である私はここに居る。いつでもおまえを想っている。おまえが居る事で、私もまた愛に生き、生きがいを知り、活力となり、クナーアンの神としての責務を果たしていける。…生きる意味を知ることとなる」
「俺はもっと…根本的に…イールに触れられないのが…すごく嫌なんだけど、な…」
 しゃくりながらアーシュはイールの身体にしがみつき、イールを誘った。
 アーシュの幼い甘えも震える程の色香も、イールはたまらなく愛おしいものに思える。その感情はアスタロトと似ているようで、違うものだろう。
 イールは安心した。
 この子をこの先もずっと愛していけるのだと、確信した。

「おまえが満足するまで、果てなく酔わせてあげるよ、アーシュ。私だけの恋人…」
 イールは涙で濡れたアーシュの頬を拭き、アーシュが泣きやむまで深い接吻を何度も繰り返した。

 夜が明けるまでふたりは快楽の根源までを互いの愛で埋め尽くそうと没頭した。
 寒くはなかった。愛の焔は熱く、だが、焼き焦がす破壊的なものではなく、互いの心を調和させる慈しみの愛であった。
 ふたりはこれから来る飢えや寒さを慰めるための印を、互いの身体に残そうと、懸命に温めあった。
 
「さあ、夜が明ける。最後の仕事を終えて、神殿へ帰ろう。そして昇殿するのだよ。『天の皇尊』に挨拶しなくてはね。私の新しい半身であるアーシュを」
「うん、言うとおりにするよ。イールの導きに間違いはありはしない」

 イールとアーシュは仲よく手を取り、朝焼けの森に立った。
 クナーアンの新しい一日を祝福するために、二神は手を繋ぎ合わせ、微笑んだ。
 
 イールとアスタロトの幸福は、クナーアンの星に満ち足りた時を齎す。


 アーシュの豊穣の神としての最後の仕事を終え、夕刻、ふたりが神殿に戻った。待ちかねた神官たちは、すべての仕事をやり終えたふたりを諸手を挙げて歓迎した。
 ささやかなパーティだった。
 テーブルを囲み、手の込んだ温かい料理を並べ、ふたりの神を精一杯にもてなす神官たちを、アーシュは初めて家族のようだと感じた。
 彼らのこうした気負いの無さが、神という遠い存在を身近な憧れの概念にさせている。
 彼らにはイールとアスタロトへの清らかな愛しかない。
 彼らのエゴは少なく、己の保身や野心もない。
 ただ二神に仕えることを、生きがいに日々を生きている。
 それはクナーアンでは、豊かな人生になるのだろう。

(クナーアンはこれでいい。俺のアスタロトの神としての役目はこの人々の精神を守る事だ。そして、俺はクナーアンだけに生きる者でもない。アスタロトが望んだ人間に生まれ変わった俺は、自分の生まれ育った街で、俺の運命を選ばなきゃならないのだから)

 アーシュは自分の決意をイールに話そうと隣に座るイールを見た。
 イールは黙って頷いた。

「明日早くには潔斎をし、身支度を整え、昇殿しよう。彼の御方は気難しく、なかなか御姿を拝ませてはもらえないが、本心では誰よりもアーシュを見たいと心待ちにおいでになろう」
「…マジで?」
「多分…な」
 
 実際のところ、イールにも「天の皇尊」の思惑などは知った事ではない。
 むしろ、彼の御方の執拗な愛情など、アーシュに届かぬ方が良いのだ。
 

 その夜、アーシュが早めに寝入ったのを幸いに、イールはこっそりとルシファーを図書室の一室へ招き入れた。
 ルシファーにとってイールとアーシュの留守中は、毎日のようにベルと共に学習に励んでいる学習室は自室のように慣れ親しんでいる。
 だが、イールに呼ばれた理由がなんであれ、信仰する神の呼び出しに、ルシファーも緊張も否めない。

「疲れている君を、こんなところに呼び出してすまなかったね。どうしても昇殿の前に、ルシファーに話しておかねばならなかったのだよ」
 イールはゆったりとした肘掛け椅子に座り、両肘を肘掛けに置いたまま、跪くルシファーを眺めた。
「いいえ、おふたりに比べれば、僕の仕事など些細なものでしかありません。どうぞ、お気になさらずに、遠慮なくお命じ下さい」
「そう…では、今、ここで、今までの君への嫉妬心をさらけ出してしまおうか?」
「…」
 ルシファーは思わず顔を上げ、蝋燭に照らし出されたイールの顔を崇めた。
 したたかなイールの笑顔もまた、なんと美しいのだろう…と、ルシファーは言葉の意味も考えずに、ただ見惚れていた。




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