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2019-11

スバル 1 - 2013.04.19 Fri

1、
「senso」のオムニバス物語です。
アーシュの友人、スバル・カーシモラル・メイエの幼い頃の物語です。
少し暗いお話ですが、楽しんで頂けたら幸いです。

イラストはサムネイルでアップしております。
大きく見たい方は、イラストをクリックしてくださいね。



昴

「スバル」

母の実母であるスバルの祖母は「ニッポン」という、アースでも極めて変わった東方文化で知られる島国、しかもかなり辺境の山と山の谷間のひっそりとした人里離れた貧しい土地で暮らしている。
スバルが母親に無理矢理連れられたのは、9歳の初夏だった。

座席の空いた乗合バスに揺られ、終点の駅で降り、それから徒歩でどれくらい歩いただろうか。
重いリュックを背負った背中が、汗でべとべとに濡れ、絶えず流れ出る汗が額から顎にかけて滴り、喉がカラカラに乾いても、スバルは文句のひとつも言わず、先を行く母親に遅れないように懸命に足を動かした。
轍の跡が残ったでこぼこの坂道をひたすら進み、だんだん畑の青いイネがふたりを迎えるように見えてきた頃、竹林を背にした小さな藁ぶき屋根が見えた。
「やっと、着いたわ」と、母はひとつ深呼吸をした後、後ろのスバルをちらりと振り返り、そして少し急ぎ足でその藁ぶき家に向かうのだった。

藁ぶき屋根の家を囲う低い垣根から庭を見渡すと、綺麗に耕された野菜畑が見え、何羽かのにわとりが庭畑のまわりをうろついていた。
母はうろつくにわとりに構わず、中庭を突っ切り、勢いよく玄関の戸を開け中へ消えた。
スバルは首を上下に動かしながら近づいてくるにわとりが少し怖くなって、足早に母の後を追った。

祖母の名を呼ぶ声にも返事はなく、母はぶつぶつと文句を言いつつ土間の奥へ進み、炊事場の方へと向かった。

スバルは暗い土間の隅々を首を大きく動かしながら眺めた。

生まれてこの方、スバルに定住の地は無い。
だが、それまで西方諸国を渡り歩き、また石の住居に慣れていたスバルには、この古めかしくも御伽話のようなオリエンタル様式のなにもかも珍しくてたまらない。

肩に食い込んだリュックのベルトを外し、荷を玄関の板張りに置いたスバルはもう一度外へ出て、井戸を探した。
キョロキョロと見渡すと庭の奥に手押しポンプが見える。
急いで走りより、ハンドルを上下に何度も降ると冷たい水が少しずつ水口から流れ出始めた。
スバルは汗だくになった顔を洗い、口をゆすぎ、思い切り水を飲んだ。

「はあ~」
今までの疲れの半分は、吹き飛んだ気がした。

「スバルっ!何してんのっ!早くこっちへ来なさいっ!」
いつものようにヒステリックな母親の呼ぶ声が、辺りに響く。聞きなれぬ声に驚いたのか、にわとりがバタバタと一斉に羽ばたきを繰り返した。

スバルは急いで玄関へ戻り、母の声のする奥の土間へ走った。
竈(かまど)の前に母と祖母が向かい合い、立っていた。
なにやら険悪な雰囲気だ。

「この子がスバルよ。あんた、幾つだっけ?」
「え?…9…さい」
「そう、スバルは9歳。学校は行ってないけど字は読めるし、別段身体も弱くないから、かあさんの好きなようにこき使っても構わないわよ」
「…」
初めて見る祖母は母親よりも少し背が低かったが、腰は曲がってもなく、粗末な絣の着物ともんぺ姿で頭には手ぬぐいでほおかぶりをしている。
なにかの資料の写真で似たような恰好を見た記憶のあるスバルは、目の前の祖母の姿に呆気に取られた。

…この人が僕のおばあさんなの?

「じゃあ、私、これで帰るわ。バスに間に合わなくなっちゃうからね。ホント田舎ってやあね。道は悪いし、時間はルーズだし、本数少なくて嫌になるわ」
「あ、あの、おかあさん、僕…」
「…スバル。さっきも言ったけれど、あんたが身売りさせられるのを気の毒に思って、あの人に黙ってここに連れて来たんだからね。ばあちゃんにきつく当たられても文句を言っちゃ駄目だよ。わかった?」
「…はい」
「じゃあ、私は戻るから。あの人の気が変わったらあんたを迎えにくるわ。それまでここで待ってなさい」
「…」
スバルは黙って頷いた。
母は満足したように、炊事場の戸を開け、外に出ると振り返りもせずに、急ぎ足でこの家から去って行った。


水も飲まないで、おかあさん、喉乾かないのかな…。おかあさんの分も井戸水を汲んであげればよかった…

スバルは走り去る母の後姿を見送りながら、少しだけ気の毒に思った。
ふと祖母の姿を追うと、祖母は竈の前に座り、枯れ木をくべていた。

「今夜のおまえの分の飯はないぞ」
しわがれた声の祖母は、スバルを一瞥もせずに吐き出すようにそう言った。

歓迎されないのは初めからわかっていたが、初日から夕食抜きとは、さすがのスバルもがっくりと肩を落とす他はない。
昼飯もおにぎり一個だけで、すでに腹ペコだったのだ。

気落ちしたままスバルは庭へ出た。
あいかわらず好き勝手ににわとりが地面を突いている。
雲ひとつない空には番いの鳶が気持ちよさ気に円を描いている。

とんびになりたかったなあ~。あんなに高く飛べるんだもの。きっと夕食のことで悩んだりしないんだろうなあ…

スバルは悲しくなった。悲しくなると腹がひもじいと鳴った。
「…おかあさん…」
母はスバルが居なくなりすっきりしていることだろう。実際スバルはかさばる荷物にしかならなかったのだから。
優しくされた思い出は少ない。
それでもスバルは母が好きだった。

おかあさんは僕を捨てた。

そう思うと、涙が溢れ出た。
陽が西に傾く頃、スバルの涙も乾き、日が翳る景色を少しだけ楽しむことができた。

とにかくばあちゃんを怒らせないようにがんばろう。

スバルは健気にもそう決心し、祖母のいる炊事場へ戻った。
祖母は土間から上がった囲炉裏端へ座り、鍋から茶碗に煮汁を注いでいた。

「イモ汁だ。おまえも座って食べろ」と、祖母は先程と同じように怒った調子でスバルに言う。
スバルは祖母の言葉の意味に戸惑い、何度も瞼を瞬かせたが、向かい合わせに置かれた茶碗を見て、急いで靴を脱ぎ、その前に正座した。
差し出された箸をもらうと、スバルは茶碗を持ち、ゆっくりと噛みしめながらイモ汁を味わた。
その想像以上の味わいに、スバルは「おいしい…」と、呟き、にじむ涙を拭いて、鼻を啜った。

祖母はそんなスバルを眺め「どうしたもんだろうか…」と、大きく何度もため息を吐くのだった。



スバル 2へ


これからどうなるのか…私も不安だ~((人д`o)
スバルくんのお話がちらりとでる部分はこちらの「Phantom Pain」からどうぞ~
1 
 


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スバル 2 - 2013.04.30 Tue

2
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スバル幼い頃2


スバル 2

田舎の朝は早い。
陽が昇る前の、薄暗がりの早朝に起き上がり、まずは水汲みから始まる。
竈の火を起こし、朝粥の支度を終えたら、にわとりの世話と卵の回収。
取り急ぎ朝食を終えたら、片づけに家の掃除。
祖母が田んぼへ働きに出ている間は、スバルは庭畑の草むしりと、裏山で薪を集める。
陽が落ちる前に祖母と侘しい夕食を取り、陽が暮れると同時に寝る。

祖母の家は貧しかった。
電気を付ける余裕さえない。カンテラの油も蝋燭ももったいないという理由で夜になると何もできず、寝る他は仕様がない。
だんだん畑も家の土地も、地主からの借りもので、毎月の取り立てを払うには、取れた野菜や機織り業で稼ぎ、毎日を何とか食いつないでいる状況だ。
スバルがここへ来た初日に祖母が吐いた言葉は、スバルを養う余裕などは無いと言う、祖母の切実な溜息だった。
スバルはこのような空気をよく悟っていた。
今までに一度だって、腹いっぱいなるまで何かを食べたことがあるだろうか。欲しいと思ったものが手に入ったことがあるだろうか。

9歳のスバルは自分の置かれている立場を知っていた。だから少しでも祖母の役に立って、祖母の負担を軽くしようと、慣れない土地で懸命に働こうと思っていた。

確かに初めて味わうニッポンの生活様式に戸惑うこともたびたびあったが、スバルにとって、ここでの暮らしは今まで味わってきたどの世界よりも面白く、またやりがいを感じていた。
特に畑の仕事などは、懸命に世話した野菜が、一日一日と確実に育つ様が自分の目で確かめることができる。
一枚の葉っぱの成長が、スバルには感動的だった。
そして、今まで厄介者扱いで、けなされ続けていた自分の存在を少しだけ認めてやりたくなった。

祖母は無口で愛想も無かったし、会話は仕事の段取りを教える事と、やってはいけないことを叱ることぐらいだったが、叩かれないだけでも随分と気持ちが楽になり、スバルはここでの暮らしに満足していた。

二度ほど、スバルを小学校へ通わせるようにと村の役場の者と学校の先生方が祖母に相談に来たことがあるが、この状態で学校へ行けるとはスバルも思っていない。
孫への愛情云々より、毎日の糧が問題なのだ。
それにスバルも祖母に役に立てるのなら、学校などどうでも良かった。今までだって一度たりとも学校へなどは、行かせてもらったことなどないのだから。

夜、寝る時に着る綿の寝間着は、母が幼い頃に来ていた浴衣の古着だと祖母から渡された。
紺地にツユクサと蛍が描かれた寝間着を着ると、抱かれた覚えのない母の匂いや温もりが伝わるようで、スバルは安らぎを感じた。

時折見る昔の夢は、スバルを苦しめたが、目覚めると虫の声やにわとりの鳴く声が聞こえるばかりだ。
あの罵声は今はない。
スバルは安堵感に涙が出た。
ここに居る間は、痛い目に合うことはないだろう。


ある朝、珍しく祖母が大きな声をあげて、スバルを呼んだ。
スバルは急いで庭へ向かうと、垣根の前で立つ祖母に走り寄った。
「スバル、昨日、にわとりを小屋へ戻した際、小屋の閂(かんぬき)はちゃんと閉めたかい?」
「…うん」
昼間、庭の中で飼っている13羽のにわとりは夕方、鶏舎へ戻される。
にわとりの世話はスバルの役目で、産んだ卵を集めるのも、鶏舎の中を掃除するのも、にわとりを鶏舎へ戻すのもスバルの大事な仕事だった。
昨日もいつものようににわとりの数を確かめ、閉めたはずだ。
「今朝見たら、戸が開けっ放しになっていた。…にわとりは6羽しかいない」
「え?」
「ここに羽が沢山散らばっているだろ?狐か狸か狼か…にわとりを食う獣は山には沢山いる」
「…た、べられたの?」
「6羽でも無事だったのはまだマシだったんだろうけど…スバル、これはおまえの責任だよ。おまえの所為でうちの大事なにわとりを食べられてしまった。一体どうしてくれるんだ?」
祖母の声は静かだったが怒りに満ちていた。スバルは恐怖と動揺で謝る言葉さえ出てこない。
「…今日一日、おまえの飯は抜きだ」
祖母はそう言い放ち、急ぎ足で炊事場へ戻り、戸を閉めてしまった。
青ざめたままのスバルは、途方に暮れてしまう。

…ど、どうしよう…僕がちゃんと閂を確かめなかったから…。大切なばあちゃんのにわとりを僕は、見殺しにしてしまったんだ。どうしよう…土下座をして何回も謝れば許してくれるだろうか…

スバルは閉められた裏戸を見つめた。
多分、今、祖母の前で頭を下げても許してはくれないだろう。
前に古本屋のチェトリじいから聞いたことがある。
怒っている相手には何も言うな。振り上げた拳が下がるまで、少し離れて様子をみるのが一番いい方法だ、と。
もっともこの方法は母の愛人の男には通用しない。
意味もなく殴ったり、叩くのはあの男の趣味だったのだから。

スバルは、家の門を出て、当てもなく歩き始めた。
今日一日は祖母と顔を合わせるのを避けた方が良さそうだ。
実際のところ、にわとりの代わりに別な何かを探さなければ、祖母もスバル自身も餓えることになるのだ。
裏山で薪を拾うにも腹が減って力が出ない。
スバルは裏山を超えて林を抜け、渓流が見える崖を降り、清流に口を付けて思いきり飲んだ。
しかし水で腹が膨れるわけもなく、岩に腰を下ろしたまま溜息を吐いた。

最悪の場合、ばあちゃんは僕を見捨ててしまうかもしれない。お母さんに連れ戻すように連絡するかもしれない。そしたらあの男がまた僕を打つかもしれない…
最悪の連鎖がスバルに悪夢を思い出させた。

スバルは右腕に残るケロイド状の痣を見つめた。
ここへ来るひと月前に母の男から思いきりタバコの火を押し付けられた痕だ。
スバルは左の掌をその傷跡に当て軽く掴み、そして離した。
ケロイドのように残っていた痕は、綺麗に無くなっていた。

スバルは魔法使いだ。
母の愛人はスバルが覚えているだけで今までに三人ほどいた。そのどれもがスバルを罵倒し、暴力を奮う奴らだった。
だがどんな暴力がスバルの身体に与えられても、翌日には痛みは消えていた。
その頃のスバルはそれが魔力だとは気づかず、誰もがこのようなものだと思い込んでいた。また母も男もスバルの状態に興味を持たなかったので、スバルが魔力を持つ者だとは気づかなかったのだ。
だがいくら早く傷が治ったとしても、暴力を与えられる瞬間の痛みは普通の者と同じく、耐え難い苦痛を感じる。しかも身体の傷は治っても、恐怖心や痛みの記憶は心に積もっていくのだ。

7歳になる頃、その頃に住んでいた下町の古本屋の店主とスバルは親しくなった。
チェトリと言う老人は、スバルの事情を察し、パンやお菓子などをくれた。また学校に行かせてもらえないスバルに文字を教え、本を読む喜びを教えてくれた。
ある時、本を整理していたチェトリの乗っていた脚立が壊れ、腐った脚立の木の破片がチェトリの右足の脹脛に刺さり大怪我をした。
居合わせたスバルは木の破片を抜き、脂汗を掻き青ざめるチェトリに声をかけた。大量に流れ出る血に驚き、なんとかしなければと、チェトリの脹脛を懸命に両手で押さえた。
すると出血は止まり、痛みに耐えるチェトリの顔色が赤みを帯びてきた。
包帯を巻き、一息ついたチェトリはスバルにお礼を言うより先に、大事な話を聞かせた。
即ち、スバルが魔法使いだということを。

「ぼくが…魔法使い?」
「そうだよ。スバルは確かに魔法使いだ。魔法使いは今ではアルトと呼ばれることが多い」
「アルト?」
「さっきおまえが私の怪我を瞬く間に治してくれただろう?あれが魔力だ」
「ぼく…どうやったがわからないよ。ただいっぱい血が出てたから、止めなくっちゃって思って…」
「スバルの両手からとてもあたたかいエネルギーを感じたよ。癒しの魔力だろう」
「…」
その時、スバルは知った。自分の傷が翌日には消えてしまうのも、もしかしたら魔力の所為かもしれない、と。

「…それもスバルの力だと思う。無意識のうちに魔法で自分の傷を治癒していたのだろう。でもね、スバル、恐れることはないよ。魔力を持った人間はこの世界には沢山いる。私も今までに何人も見て来たし、信頼できる友人もいる」
「…ほんとう?」
「そうだよ。魔力は神さまから与えられたプレゼントだと思えばいい。さっきみたいに困った人を助けてあげたりすることは、とても素晴らしいことなんだよ、スバル。でもね、気をつけないといけないことがある」
「なに?」
「悪い者たちがスバルの魔力を知ったら、それを悪用してしまうかもしれない。だから、スバルが大人になるまで…スバルのことをちゃんと理解してくれる人が現れるまで、魔力のことは誰にも知られない方がいいだろう。特に人前で魔法は使ってはいけないよ…わかったかい?」
スバルはコクリと頷いた。
チェトリの言葉は、生きのびる為の鍵のような気がしてならなかった。
これを開ける者を見つけだすまではスバルは魔法を使うまい、と心に誓ったのだった。


自身が魔法使いと知った後、スバルは男の暴力に対して、今までとは違った恐怖を持つようになった。自分の怒りに任せて、自分を打つ相手に魔力を使うかもしれない…と、いう恐怖だ。
スバルは人を傷つける魔法の力など知らない。だけど、もし「死ね」と、願ったら目の前の男は死んでしまうかもしれない。
そうなったらスバルは人殺しだ。
チェトリの言った「魔法は人を助けるための力」とは、逆の意味になる。
それからスバルはどれだけ打たれても、感情を押し殺し、痛みに耐えてきた。
しかし、それも…

ここでの生活を知った今、打たれるのを我慢する日々なんてもう僕には無理じゃないのか?もし、ばあちゃんが許してくれなかったら…僕はここから逃げて…誰も知らないところへ…

ふと、せせらぎにつけた足元を見つめると、川魚が流れに逆らいながら泳いでいるのに気がついた。

アユだろうか、ヤマメだろうか…

スバルは魚には詳しくない。だけどこの魚を捕り、家へ持ち帰ったら、少しは祖母の怒りが静まるかもしれない。

スバルはそっと腰をかがめ、川の中を歩き回った。
魚影に気がつくと全身で飛びついた。おかげで頭までびっしょりに濡れる。
スバルはずぶぬれになるのも構わずに、魚に向かって何度も掴み取ろうと試みたが、一匹も捕れないまま、夏の陽が高くなる。

「釣竿も網もなしに捕ろうとしても、無理だよ」
対岸で釣竿を持った少年が、スバルを見て笑っている。
少年は慣れた手つきで釣竿を放ち、何度も空中に釣り糸を投げては戻している。

繰り返し同じ仕草で竿を振り込みながら少年は、川の中央へ足を進め、そしてじっと竿をおろした。
僅かに糸が引き魚が掛かったことがわかると、竿を右へ左へ流しながら、ゆっくりと糸を引き寄せる。そして川から釣れた魚を引き上げて、スバルの方へ向って魚を見せつけた。
スバルはこの少年の一連の姿に、見惚れてしまった。

「こっちへおいでよ」と、少年が呼ぶ。
スバルは引き寄せられるように、その少年に向かって川底を歩きだした。




1へ / 3へ

釣りはよくわかりませんが、ブラピのリバーランススルーイットは大好きな映画です。



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スバル 3 - 2013.05.07 Tue

3

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スバル 3

少年は、仁科伸弥(にしなしんや)と、言う。
スバルよりも4歳年上の中学二年生で、この村一番の地主の息子だった。
祖母の家の土地も田畑も、地主の仁科家のものだ。
だが、その時スバルはそんなことは知らないし、この土地で他人に声を掛けてもらったのは初めてだったから、好奇心と猜疑心で戸惑いを隠せなかった。

「君、そこにいたら流れに足をすくわれて、危ないよ。さあ、僕の手を取って」
川は思ったよりも浅瀬で、中央でもスバルの腰まで届かない水位だったが、流れは早く、気を抜いたらすべり転びそうだった。
差し出された細く長い腕に一瞬躊躇うスバルだったが、麦わら帽子の影になった伸弥の爽やかな笑顔に惹かれ、伸弥の手を素直に掴み、ゆっくりと対岸に引きずられた。
河原に立ったスバルの緩いズボンはずぶ濡れた重みで脱げそうになり、スバルはあわてて引き上げる。
「酷い格好だ。水浸しじゃないか。夏だからってそのままじゃ風邪引くぞ」
「…だいじょうぶ…です」
「子供のクセに遠慮なんかするなよ。ほら、服を脱いでこれで拭けよ」
首に掛けていたタオルを伸弥は、スバルの濡れた頭に広げた。
タオルからは仄かにシャボンの香りがする。スバルはさっきまでの絶望的な気分から少しだけ救われる気がした。

言われるままにシャツとズボンを脱ぎ、伸弥から貰ったタオルで身体を拭くと、腹の虫がギュウと鳴いた。
「なんだ?すごい音が聞こえたぞ。腹が減っているのかい?」と、伸弥が笑う。
スバルは恥ずかしかったが、素直に頷いた。
「ちょうど良いものがある。ここに座りなよ。ほら、サンドイッチだ。釣りに行くと行ったら、女中が気を利かして持たせてくれたんだ」
「…」
スバルはおそるおそる伸弥の隣に腰を下ろし、伸弥の膝に抱えた籐籠を覗き込んだ。
籠の中には、綺麗に並んだサンドイッチが見える。
「僕も腹が減ったから一緒に食べよう」
「…でも…」
「遠慮しないの。ほら、食べな」
「…ありがとう、ございます」
手渡してくれたサンドイッチがキラキラ輝いて見える。スバルはしっかりと両手で掴み、それを口に入れた。

「一緒に食べよう」と、伸弥は言ったが、サンドイッチのほとんどをスバルは一人で食べてしまった。
それに気がつかない程にスバルの腹は減り、そしてあまりの美味さに夢中になっていた。
伸弥はスバルの姿を、憐憫と好奇心で興味深く眺めていた。

「那賀さんのおばあさんのところに外国から来た男の子がいるって聞いたけれど、君だろ?」
「…うん」
「名前は?」
「…スバル」
「那賀さんのお孫さん?」
「…うん、そう」
「もっと違和感があるのかと思ったけれど…案外東洋系なんだね。まあ、母親はここの出身だろうし…お父さんはどちらの人?」
「…よくわからない」
「そう…」
スバルの本当の父親がどんな人だったのかは、誰からも教えてもらったことはない。写真すら見たことはなかった。
誰がスバルの父親かなど、スバルも大して気にしてはいなかった。

「気になったんだけど…スバル、君さ、ご飯、食べさせてもらえなかったの?」
「…」
「学校にも行ってないって噂では聞いたけれど…身体もガリガリだし、食事もまともにさせてもらってないなんて…それって虐待じゃないのか。大問題だよ。警察に連絡してやろうか?」
「ち、違うよ。ちゃんと食べているよ。今日は…僕の所為で…僕がぜんぶ悪くて…ばあちゃんは悪くないもん」
「スバルの所為って?」
「…」
心配そうに見つめる伸弥の顔は、本当にスバルを思ってのことだろうか…
スバルは少しだけ迷ったが、今朝の話や学校へ行けない事情をぽつぽつと伸弥に告白した。

元来スバルは人と喋ることは苦手だった。
母たちからは無口でいることを要求され、自分から何かを話しかけたりすると、即座に怒鳴られた。
世の中がそういう人ばかりではないことは、育つに連れてわかってきたが、人の顔色を伺いながら会話をするくらいなら、黙っている方が楽だと感じていた。
だから今、暮らしている祖母との会話がほとんどなくても、スバルには苦痛に感じなかった。

要領よく話せないスバルを、伸弥は急かすでもなく、「ゆっくりでいいよ」と、持っていた水筒のお茶を与え、時にはうんうんと、相槌を打ちながら見守り続けた。
スバルが言葉に詰まると、「スバルはえらいね。外国で暮らしてきたのに、日本語がとても上手いよ」と、褒めてくれる。
だから、スバルは話を聞いてもらおうと一生懸命に続けた。

「…そうか。それは大変だったね。…僕が周りから聞いた話では、君のおばあさんは早くにご主人を亡くしてね。男の子がいたらしいけれど、その子も小さい頃に亡くなって…。君のお母さんも勝手に家を飛び出してずっと連絡がなかったみたいなんだ。男手がないと、農作業は大変だしね。なかなか貧しさからは抜け出せないよ」
「…ばあちゃん、かわいそう…」
「…スバルは優しいね。ご飯抜きって言われたのにさ。おばあさんを思ってあげるなんて」
「だって…。僕がここに来なきゃ、ばあちゃんはひもじい思いをしなくて良かったし…にわとりだって…」
スバルはまた自分の迂闊さを悔やんで、泣きそうになった。いくら謝っても死んだにわとりは生き返ったりしない。…魔力を使っても。

「にわとりの代わりに魚をたくさん捕って、おばあさんに持っていくっていうスバルのアイデアはとても良いと思う」
「ホント?」
「うん、僕も手伝おう。今の時期はイワナやニジマス、ヤマメも釣れる。沢山釣って、おばあさんに持って帰れば、きっとスバルを許してくれるよ」
「ホ、ホント?」
「ああ、きっとね。だからスバル。家の仕事は忙しいかもしれないけれど、暇を見つけてここに来いよ。もうすぐ夏休みだし、僕も時間がある。学校に行けないのなら、僕が使っていた教科書を君にあげる。わからないところは教えてやってもいい。おやつも持ってこよう。おにぎりやパン、饅頭や果物も。どうだい?スバル」
「…そんな…」
スバルは伸弥の申し出を聞いて、一瞬夢のようだと心を躍らせたが、すぐに警戒した。
なぜ伸弥が自分にそこまで親切にしてくれるのかが、全くわからない。と、言うよりむしろ怖かったのだ。

「嫌かい?」
「いいえ、とっても嬉しいけれど…。僕、代わりに差し上げるものはひとつもありません。だから、あの…」
「そうだね。タダより怖いものはないものね。まあ、タダじゃないよ。僕にだって、見返りがあると見込んで、君に親切にしてあげようと企んでいるんだよ」
「え?」
「僕はね、生まれてこの方、この村から出たことがない。まあ、買い物に街まで出かけたりはあるけどね。僕はこの田舎暮らしに飽き飽きしているし、一刻も早くこの村から出たいんだ。中学を卒業したら、街の高校へ進学して外国の大学に留学しようと思う。そして世界中を旅して、この目で色んなものを見たいんだ。だから外国から来たと言う君に、今まで暮らした街の様子とか、外国の言葉とかを、僕に教えて欲しいんだ」
「…」
スバルは不思議に伸弥の顔を眺めた。

こんなに素晴らしい自然に囲まれたところ、他の場所になんて滅多にないのに…。他所よりもずっとここがステキなのに…。

「スバルはどんな国にいたの?」
「え…あ、地中海の南の方とか、インディアとか…パルティアの山にも住んだことがあるけれど…」
「すごいじゃないか」
「でも、お母さんの…付き合ってる男の人は、あまり良い仕事をしている感じじゃなかったから…いつも警察とか、組織とかから逃げ回ってた。…悪い商人…なんだって」
スバルは麻薬密売人について深く知ることはなかったが、危険なものであることは嗅ぎ取っていた。できればそういう世界から母を救いたかったけれど、幼いスバルに何ができるわけでもなく、なにがあっても母の傍から離れない事ぐらいしか考えが及ばなかった。

結局、おかあさんは僕をここに捨て、あの男と一緒に悪い商売を続けているのだろう。…僕はおかあさんを救うことも、できなかったんだ…

スバルはまたグスグスと鼻を啜った。
「身体が冷えてしまったかな?ほら、僕のパーカーを貸してあげるよ」
伸弥は枝に掛けていた上着をスバルの肩に掛けた。スバルは驚いて伸弥を見上げた。
今までこんなに優しくしてもらったことなど、一度だってありはしなかった。
「ねえ、僕との取引に納得してくれた?」
スバルは伸弥の親切な言葉に何度も頷いて答えた。

「さあ、スバル。腹が膨れたら早速魚釣りだよ。沢山釣っておばあさんに喜んでもらおうよ」
「う、うんっ!」
伸弥の励ましに、スバルは元気よく立ち上がり、釣竿を持った伸弥の後を追いかけた。


午後になり、藁に繋いだ10匹以上の川魚を持って、祖母の家に帰ったスバルは、にわとりの件を何度も謝り、これからしばらくは魚を釣って食料を補うからと祖母に相談した。
祖母はスバルの持って帰った釣りの成果を怪訝に見つめたが、なにも言わず、それを受け取った。
その晩のヤマメの塩焼きは格別に美味く感じられ、スバルは心の中で何度も伸弥にお礼を言った。

伸弥さんみたいないいひとに巡り合えて、僕は幸運だな。
伸弥さんの為に、僕の魔力が役立つ日が来るといいなあ。
伸弥さんの為なら、僕はなんだって…なんだって、してあげたい…

眠りにつくその夜は、目を開けても閉じていても、スバルの頭に浮かんでくるのは、伸弥の眩しい笑顔だった。



スバルと伸弥1


スバル 2へ /4へ

伸弥が単なるイイヒトがどうかは…これからの展開でわかってくるよ~


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スバル 4 - 2013.05.17 Fri

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スバル河原


スバル 4

スバルにとって、この年の夏の思い出は、一生のうちで一番輝くことになる。
生まれて初めて、この世に生まれた幸いを毎日感謝する日々の連続。そして、今まで味わってきた苦痛の泥が、少しずつ確実に洗い流されていく実感に、スバル自身驚きを感じていた。
ただ何も言わず見守る祖母と、スバルを癒す山間の空間と、そして伸弥の存在が、スバルに喜びや楽しみの感受性を取り戻させた。

あの日から、スバルは今まで以上に早く起きて、手早く仕事を終らせようと懸命に働いた。
祖母には伸弥のことも話し、失くしたにわとりの代わりにたくさんの魚を持ち帰るからと説得した。祖母は問いただすことも、止めようともせず、命じた仕事を片付けたら、後は好きにしてもいいと言ってくれた。
その日の天候や、やりこなす仕事の量によって、毎日河原へ行けるわけではなかったけれど、今のスバルには明日を期待する喜びに満ち溢れている。
日常の厳しい仕事も、伸弥と会える時を思うと少しも辛く感じない。
夜空を眺め、明日の天気を占い、静まり返る長い夜も、伸弥を思いつつ夢を見ることができる。
そして、確実に希望の朝が来るのだ。

十時を過ぎる頃、釣竿と魚を入れる麻袋を持って、スバルは待ち合わせの河原へ急ぐ。
大概伸弥の方が先に来て、渓流に釣り糸を垂らしている。時には網も川に投げ、魚を獲ることもある。
だが、ふたりには魚釣りよりももっと大切なことがある。

約束通り、伸弥はスバルの為に教科書と問題集を用意した。
ふたりだけの河原での授業を、スバルはどれだけの感動を味わったことだろう。
教えてもらう事、知らなかった世界、歴史、物事を知る事、そしてなにより伸弥という年上の友人への尊敬と信頼を信じることが出来た事。

昼には伸弥が持ってきた弁当を、仲よくふたり並んで食べる。
伸弥はスバルの分も必ず持参し、毎日飽きないようなメニューでスバルを喜ばせた。
とりわけ、ニッポン風の味付けは、スバルを感動させ、自分の分までを勧める伸弥に恐縮しながらも、子供の素直さであっという間に平らげた。
スバルは何度も伸弥にお礼を言う。
伸弥は「どういたしまして。スバルが嬉しいと僕も嬉しいんだ」と、返してくれる。
そういう伸弥に、スバルはまた感動するのだ。

『このままずっと…伸弥さんの傍で過ごすことができるなら、僕はどんなに幸せだろう。ああ、そうだ。どんな理不尽なことだって、伸弥さんのためになら…僕はなんだってできるんだ』

当時、スバルはアルトとイルトの関係を知らない。
伸弥の持つイルトの波動と魔力を持ったアルトであるスバルの波動が引きあったのかもしれない。

ともあれふたりはまたたく間に、親密な美しい友情を交し合った。


「あの…いつも教えてくれてありがたいと思うんだけれど…、伸弥さんは自分の勉強とか…しなくていいの?」
「え?なんだ、スバルはそんなことを心配してくれていたのかい?大丈夫だよ、スバルに教える責任っていうか…結局教える知識を持つために、僕自身も勉強するわけだしね。スバルを教えていると、なんだか人を教える楽しみってこういうものかと実感するよ。将来は先生の道を考えてもいいって」
「伸弥さんなら、きっとなれるよ。素晴らしい先生に。ぼ、僕が保証するから」
「スバルが保証してくれるのなら安心だ。スバルはとても良い生徒だしね」
「そ、んなことないと…思うけど…」
伸弥はスバルを褒める。
些細やことでも「よく頑張ったね。えらいよ、スバル」と。
今まで褒めてもらったことなどないスバルに、伸弥の言葉は勇気とやる気をくれる。
だからスバルは一生懸命に勉強した。

だが、スバルは伸弥が自分を親切にしてくれる本心がわからなかった。
伸弥は一体自分に何を期待しているのだろうか…
なによりも、自分が伸弥の役に立つ時が来るのだろうか…と。

或る日、スバルは恐る恐る疑問を投げかけた。
伸弥はしばらく黙り込んだ。
その沈黙をスバルは怖れた。聞かなければよかった、と、後悔した。
伸弥はスバルの顔を見つめ、少し微笑んだ。
「おはぎ、美味しいかい?」

昼飯が済んだ後、デザートにと伸弥が持ってきた曲げわっぱにはおばぎが綺麗に並べられている。
初めて見るこの黒い奇妙な蒸した餅菓子を口に入れた瞬間、スバルはあまりの美味しさに声が出せなかった。
伸弥はその様子を楽しそうに眺め、「全部スバルにあげるよ。おばあちゃんにも食べてもらえよ。うちにはまだ沢山あるから」
「い、いいの?」
「ああ、今日は、妹の月命日だからね……あの子はおはぎが大好きだったんだ」
「…妹?」
「そうだよ。去年、八歳で死んでしまった妹…スバルはね、その妹に似ている…」
「…」
「スバルと同じ僕よりも四つ下で、スバルに似て優しくて綺麗な顔をしていたけれど、痩せててね。オドオドして…周りに気を使って小さくなって、いつも部屋の隅っこで泣いていたんだ。僕はそんな妹が不憫で可哀想で、でもとても愛おしくてね…妹は僕にだけは甘えてくれた。…僕だけしか味方がいなかったからだろうけれど……」
「なぜ、伸弥さんしか味方がいないの?」
「妹は…鈴子は父の愛人の子供で…愛人ってわかる?」
「うん、なんとなく…」
「鈴子の母親が死んで、六歳の頃、うちへ連れてこられてね。何も持たずにたったひとりで…。父も母も鈴子に冷たかった。使用人たちも母の命令で鈴子には構うことが出来なかった。可哀想な鈴子は、学校にも行かせてもらえずに…いつもひとりぼっちだった。だからスバルを見た時、鈴子に似ているスバルに、優しくしたいって思ったんだ」
「そう、なんだ」
「ゴメン。死んだ者の代わりだなんて、気持ち悪いだろ?スバル、気を悪くしないでくれよ」
「そんなことない!僕、伸弥さんの妹に似てて…すごく嬉しいよ」
スバルは少しだけ伸弥の本当の心の触れたことが嬉しかった。そして、その妹に似ていたことを幸運だと心の底から喜んだ。

「でもさ、見かけは似ているけれど、スバルは妹よりもずっといい子だよ」
「え?」
「鈴子はあれで気が強くてね。大きくなったら、こんな家なんか出て、頑張ってひとりで生きてやるんだ!って、いつも僕に言ってた。だからその日が来たら、ふたりで一緒にこの村から出ようって、僕らは誓い合ったんだ…そんな日が必ず来ると、僕も信じていたのにね…」
「…伸弥さん」
まだ幼いスバルには、伸弥の複雑な悲しみは理解できなかったけれど、スバルは慰める言葉を探し出そうと懸命になった。

「伸弥さん、僕…妹さんの代わりになれるように…頑張るから、何でも言ってね。僕…伸弥さんの為なら、なんだってするよ。い、妹になれって言うなら、僕、妹みたいになるから…」
「スバル…」
懸命に伸弥の為に自分を捧げようとするスバルの無垢で純粋な気持ちは、伸弥にはとても耐えられなかった。
伸弥は泣きそうな自分の感情を押し殺し、スバルに微笑み、たった一言だけ答えた。

「ありがとう」
それはスバルには十分すぎる返事だった。




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スバル 5 - 2013.05.23 Thu

5
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subaru1.jpg




スバル 5

その日は朝からなんとなく浮き足だすような雰囲気に包まれてた。
スバルの祖母も僅かなもち米と小豆で赤飯を炊いて、神棚と仏壇にお供えをしている。
何よりも、遠くからお囃子や太鼓の音が一日中ずっと鳴り響いている。
スバルには何が何やらわからないが、どうやら今日は年に一度の村祭りらしい。
村中の人々は今日だけは仕事や農作業も休み、村の安泰と豊作を祈り、酒を酌み交わし、唄や踊りで村の神さまを祝うのだ。。

スバルは昼近くになり、祖母から持たされた小さな赤飯のおにぎりを持って、伸弥の待つ河原へ急いだ。
持ってきたおにぎりを「ばあちゃんから」と、差し出すと、伸弥は気持ちよく食べてくれた。
祖母なりの精一杯の伸弥へのお礼のつもりだったのだろう。
代わりに伸弥は、五目寿司をつめた折箱をスバルに差し出した。
「うちはお祭りの時はいつもこれなんだ。スバルの分を作ってもらったから、全部食べていいよ」
お礼を言い、折箱のふたを開けた途端、スバルの目に飛び込んできたのは、彩りよく飾られた錦糸卵と桜でんぶ、緑つややかなきぬやさと花弁を形どった人参だった。
「うわ…きれい…」
「気に入った?」
「食べるのがもったいないぐらい…」
「きっとスバルはそう言うと思ったよ。外国ではあまり見かけないと思って、スバルに見せたかったんだ」
伸弥の言葉にスバルは折箱から伸弥の顔に視線を移し、しばし見つめてしまった。その穏やかで優しい笑顔に胸がいっぱいになる。

『どうしてこの人はこんなに親切であたたかいのだろう。僕なんかの為に、どうしてこんなにしてくれるのだろう…』

戸惑うスバルに伸弥は「さあ、遠慮せずに食べなさい。僕も自分の分を持ってきたから一緒に食べよう」と、箸を薦めた。
「うん」
スバルは指でそっと花弁の人参をつまみ、そして陽にかざした。
透かした陽の黄金の輝きは、スバルを見守っている気がした。

「スバル、今夜のお祭りに一緒に行かないかい?」
祖母の為にと半分ほど残した五目寿司の折箱を麻の布にしまいこんでいたスバルは、伸弥の言葉に惹きつけられた。
「お祭り?…夜?」
「そうだよ。ほら、この河原を上がった先に神社が見えるだろ?今日は一日中その境内に人が集まって踊ったり歌ったりするんだけれど、夜ともなるともっと賑わうんだよ。それに屋台も出るんだ」
「や、たい?」
「食べ物やゲームの出店が沢山並ぶし、スバルにもきっと楽しめると思うよ。ね、行こうよ」
「でも、僕…夜は家から出られないよ。暗くなったらすぐ寝なきゃならないんだ。うち電気が使えないから…」
「そうか…じゃあ、こうしないか?寝たふりをして、おばあさんが寝てしまったら、スバルはこっそり家から抜け出して、僕と夏祭りを楽しむ。…どうだい?」
「…」
伸弥の魅力的な提案に、スバルはすっかり取りつかれた。

あのたいくつな長い夜を、伸弥と一緒に過ごせると、思うだけで胸が高鳴る…
隣で寝息を立てる祖母を後目に、こっそりと抜け出し、一心不乱に神社の境内を目指して走る。
石の鳥居の前にはスバルを待って佇む伸弥が見える。
スバルは思わず「伸弥さん!」と、叫ぶ。
伸弥はにっこりと笑い、「スバル、ちゃんと約束を守れたね。さあ、一緒に楽しもう」と、スバルの手を取ってくれるのだ…。

陽が沈む時をこんなに心躍る気持ちで待ったことはない。
辺りがすっかり暗くなると、太鼓や笛の音の音が響くも構わず、いつもと同じように祖母は古い麻の蚊帳に入り、枕だけを置いた畳に寝ころがり、そのまま寝入ってしまった。
スバルは祖母の寝息を確かめ、蚊帳の裾をそっと上げ、土間へ降り、草履を履き、静かに母屋の外へ出た。
いつもは真っ暗な夜の風景が、空を照らす祭りの灯りで、識別できる明るさを保っている。
スバルの足元も、カンテラもないのに、仄かに白く浮かんで見えるのだ。普段なら真っ暗闇の外が怖くてで出たいとも思ったこともないスバルだったが、背の低い木枠の戸を抜けると、神社へ向かって一目散に走りだした。

『一日に二度も伸弥さんに会えるなんて。なんて素晴らしいのだろう。ああ、こんなに幸せな気分になったことは、今まで一度もないくらい…』

スバルが描いたいた通りに、鳥居に近づくと佇むひとりの少年の影が見えた。
スバルは息が切れるもの構わずに、伸弥の胸に飛び込んでいくくらいの勢いで駆け寄った。
伸弥は息を切らすスバルの頭を撫で、「そんなに急がなくてもお祭りはまだ終わらないよ」と、言う。

『そうじゃない。お祭りなんて本当はどうでもいいんだ。僕は伸弥さんの傍にいられることが一番大切なんだから』
頭を撫でられながらスバルは言いたかった言葉を飲み込んだ。
なんだか少しだけ恥ずかしい気がしたのだ。

『男の子の僕が伸弥さんに好きって言うの、おかしいかなあ…』

良く眺めると薄い萌黄の地に瑠璃色の露芝模様の浴衣は伸弥にとても似合っており、スバルは寝間着のままの恰好が恥ずかしくなった。
「ぼ、く…寝間着のままの恰好で来ちゃった」
「いいじゃないか。紺地にツユクサ模様か…女物の浴衣模様だけど、とてもスバルに似合っているよ」
「ほんとう?これお母さんの小さい頃のお古だって…ばあちゃんが仕立てなおしてくれた」
「そう…さっき、スバルがこちらに駆け込んできた時ね、まるで鈴子が生き返ったんじゃないかって…一瞬だけど勘違いしてしまったよ。きっとその着物模様がスバルを女の子に見せたんだろうね」
「…僕、今日は伸弥さんの妹になりたい」
「バカだな。…スバルはスバルだ。鈴子じゃない。僕は君を鈴子の代わりにしたりしないからね」
「…」
伸弥の言葉にスバルは少なからずガッガリした。鈴子の代わりになれば、もっと伸弥に愛してもらえるかもしれないのに…と、思ったのだ。

「さあ、行こうか。人が多いから迷子にならないように手を繋いでいよう。絶対離しちゃだめだよ、スバル」
「う、うん」
妹になれなくても、伸弥の傍にいられるならそれでいい。そして握り合った掌を決して離すまい、とスバルは思わず指に力を入れ、伸弥に笑われるのだった。

石畳を歩き、社殿に参拝したあと、ふたりは並んだ屋台をひとつずつ眺めていった。そのどれもがスバルには目新しく、世の中にこんなにおもしろいものがあるのかと、驚きの連続であった。
なんのことはない。スバルは世界の色々な土地を旅しても、子供が楽しむような場所には行ったことがないだけの話だ。

たこ焼きも杏飴もわたがしも、ヨーヨー掬いも射的もどれもこれもが、夢のように見えるのに手の中にある現実に何度も驚いてしまう。戸惑うスバルに寄り添うように傍らの伸弥は、面倒臭がらずにひとつひとつを丁寧に手を取って教えてくれる。

身体が火照って仕方ないと、よろけるスバルを案じ、屋台からラムネを買い求めた伸弥はスバルの肩を支えて、境内の外へ出た。

「きっと人当りしたんだよ。しばらく涼んだら気分が良くなると思うよ」
「うん…伸弥さん」
「なに?」
「ありがとう。お祭りに誘ってくれて…こんなに優しくしてもらったことないから、僕、なんて言って良いのか…わからないけれど…すごく嬉しくて…嬉しずぎて……夢みたいだ…夢でもいいよ。明日これが夢だってわかったって…僕は幸せなんだもの」
「夢なんかじゃないよ。スバルはこれから色んなことを経験するんだよ。僕と一緒に」
「…伸弥さんと」
「できれば…だけれど。君を仁科家の養子にしたい」
「え?よう、し?」
「本当の僕の弟になって欲しいんだ」
「そ、そんなこと…できるの?」
「父に頼んでみるよ。無理だとしても…スバルがもし承諾してくれるのなら、スバルは今から僕の弟だ」
「ほ、本当?」
「僕が大きくなって経済的にも独り立ちできるようになったら、僕がスバルの家族になって養ってあげるから」
「伸弥さん」
「それまでは僕の傍に居てくれないか?…僕はスバルが好きだよ」
「…」

夢を見ているのではないかとスバルは何度も目を擦った。しかし、目を開けても目の前の伸弥は消えたりはしなかった。
スバルは伸弥の胸に飛び込み、声を上げてうれし泣きをする。伸弥はスバルを抱き寄せ、その背中を撫でた。
伸弥の肩ほどしかないスバルの頭を、伸弥の掌が優しく撫でる。
スバルは顔を上げ、伸弥の顔を覗き込んだ。
伸弥は「スバルは泣き虫だね。でも素直なスバルが大好きだ」と、言い、スバルの額に軽く口唇を当てるのだった。

「人を好きになるとね、その相手のすべてを欲しくなるんだって。それは夢のように心地良く、悪夢のように恐ろしいらしいよ」
「…こわいね…」
「うん、とってもね」
スバルを見つめる伸弥の瞳の輝きは、恐ろしい言葉には似つかわしくないほどに澄んでいる。

「あ、蛍だ」
顔を上げた伸弥は、指先を暗闇に指し示す。その先には揺らめく淡い光の帯。

「時期外れの迷い子なんてめずらしいね。追ってみようか?スバル」
「うん」

ふたりは手を取り合って、闇の中へ消えていった。


スバル 4へ /6へ

まだまだ先は長い…((人д`o)


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