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2019-11

「破壊者のススメ」 1 - 2014.01.12 Sun

1
この物語は過去の小説「Green House」に登場した嶌谷誠一郎と宗二朗の恋物語です。
凛一を大事にずっと支え続けた誠一郎が、どんな人生を送って来たのかを考えたくて、そして誠一郎を愛し続ける宗二朗を描きたくて、いつか書けたらと思いました。

凛一は1991年の四月十四日生まれなので、27歳年上の誠一郎は…そして、誠一郎より5つ下の宗二朗は…そしてその親たちの時代は…と、どんどん遡って行くと、昭和の高度成長期から始まる事に…
とか、言ってもさすがに私もそこらへんの時代は知らないので、適当に流して下さいませ。

ふたりの恋物語を、よろしければ見守って下さいね。

イラストはサムネイルでアップしております。
大きく見たい方は、イラストをクリックしてくださいね。

嶌谷兄弟

6、70年代に世の中を騒がせていた学生運動の最中に意気投合した父と母は、親、親戚の反対を諸共せず、駆け落ち同然に家を飛び出した。
港が見える山の手の、古い民家にふたりは暮らし、父は書きものに、母は貿易商社の通訳として働き始めた。
ふたりはすぐにかわいい赤子を授かった。
それが俺、嶌谷宗二朗(とうやそうじろう)だ。

学生時代は中二病的な左翼思想気味の父だったが、大学を卒業後は、何故かプロレタリアートへは進まず、自己の精神論を極めようとストア派の自然哲学に没頭し、一冊の本を出した。
一時的に話題となった問題作「破壊者のススメ」は、今は絶版となり、奇特な古本屋にあるか否かだろう。

父は、俺が四歳の頃に、俺と母を捨て、家を出た。
と、言うより放浪の旅へ出た。
もとより、世俗的な決め事などにこだわらなかったふたりは、戸籍上でも夫婦ではなかった為、父の旅立ちに関して、母は嘆くどころか、多少の旅費まで出してあげたのだから、不幸な出来事とは言えまい。
現実には母の給料で生活をまかなっていた所為もあり、父が居なくなったおかげで食いぶちが減った分、生活は楽になったとも言える。

それから一度も、父とは会っていない。
風の便りに、赤道付近の小島で農業を営んでいるとかいないとか…
それが彼の選んだ道なら、それはそれで良いのだろう。
兎にも角にも、父のおかげで俺はこうして生まれ、破天荒な人生を楽しんでいるのだから、感謝すべきだろう。

随分経って(8,9歳頃)、俺は母に尋ねたことがある。
「お父さんは、俺がいたから…家を出て行っちゃったのかなあ~」
母が外で働いている間は、父は家事と赤子の俺の世話で自分の仕事もままならぬ程だったらしい。
「どうしてそう思うの?」
「赤ちゃんの世話って大変なんだろ?それが嫌で出て行っちゃったのならさ、俺が居なけりゃ良かったのかなあ~って…」
「バカね、宗二が居たから、あの人、あそこまで頑張れたんじゃない。一生懸命にオシメ替えたり、ミルク作って飲ませたり、抱っこして、あやして…ね。いつもいつもあなたの事を、かわいいかわいいって、頬ずりして…物書きよりも育児の方が楽しくて仕方がないって…。もっとも頼まれた仕事もなかったからね。家を出たのは、きっと…あの本を書きあげたからだと思うわ」
「本?」
「宗二朗、人はね、何かをやり遂げた時、もう自分の人生はこれで終わりだって思う時があるのよ。でもその先も生きなきゃならない。だから、生きる為の何かを探しに、彷徨(さまよ)うの。おとうさんみたいに…」
小学生の俺に、母の話は半分も理解できなかったけれど、無鉄砲な父を責めなかった母が、偉大に見えた。

そうして、俺は彼の精魂込めた哲学書なる本を、未だに読んでいない。



「破壊者のススメ」 1



父が出ていった後、俺は保育園へ預けられた。
まだシングルマザーが一般的ではなかった時代、保育園での俺の噂は決していいものではなく、その上、ガキ大将の俺は、気に食わないクソガキたちを悉く泣かせるものだから、ガキの親たちからはクレームの嵐。
が、それ以上に俺の母親は恐ろしく、クレームを垂れる親ひとりひとりに向かって、延々と持論をまくしたて、それでも聞かないと、英語、フランス語、イタリア語などで喚き散らすものだから、敵もタジタジとなり、捨て台詞を吐いて帰っていく…と、いう事を繰り返していた。

そんな母は料理も裁縫も掃除もいい加減で、決して家庭的ではなかったかもしれないが、夜はいつも小さな俺を抱いて一緒に寝てくれた。
あたたかい腕に抱かれ、母の子守唄を聴きながら寝る毎夜。
おかげで俺は少しも寂しい思いをしなかった。
だけど、母はたぶん…寂しかったのではないだろうか。

俺と母のふたりだけの生活は、俺が六歳の誕生日に終わりを告げた。
何故なら、母は俺を連れて、実家の嶌谷(とうや)家へ戻る破目になったからだ。


そのふた月前、晴天の日曜の昼だった。
よそゆき服を着た俺は、家の前の狭い坂に泊まった一台の黒のクラウンから出てきた男の人にいきなり抱き上げられた。
「やあ、宗二朗くんだね。わあ、大きくなったなあ~。何時以来だっけ?…ああ、そうだ。君が生まれてすぐに一度お祝いを持ってきたんだが、君のお母さんに追い出されたんだよなあ~。覚えていないかね?」
「バカね、生まれたばっかりの子が、覚えているわけないでしょ!大体、なんで兄さんが来るのよっ!私、自分で行くから、迎えはいらないって言ったでしょ?」
「…来たかったから、いいじゃないか。さあ、ふたりとも、つべこべ言わずに、早く車に乗りなさい」

母は不貞腐れた顔で俺を後部座席に乗せた後、自分は迷わず助手席に乗り込んだ。

「早く車を出しなさいよ、兄さん。ほら、隣りの奥さんが驚いてこちらを見ているじゃないっ!」
「まだ自己紹介もしていないのに、澪子(りょうこ)はせっかちだなあ~。宗二朗くん、僕は君のお母さんのお兄さんで、君の伯父さんの嶌谷晟太郎(とうやじょうたろう)と言うんだ」
「…伯父さん?」
「そう。かっこいいだろ?ジョーって呼びすてにしてもいいんだよ~」
「バカ兄、何言ってんのよ。いい?宗二朗、この伯父さんは、変な人だからかまわないのよ」
「変な人とは酷いなあ~。澪(りょう)だって、小さい頃は、ジョー兄さんってかっこいい~って言ってただろ?」
「うるさいわ。さっさと車出しなさいよ。お父さん、待ってるんでしょ!」
「そうなんだよ。澪子が孫を連れて来るからっていったら、あの偏屈親父が喜んじゃって。もう半月持たないって言われてるけど、まだまだ長生きしそうだよ…」
「…そこ、残念風に言わないのよ~、兄さん」

まるで漫談を聞いているようだった。
目的の病院までは一時間ほどだったけれど、ふたりはずっと、喋りつづけていた。
暢気な伯父さんの話に、すごい剣幕で突っ込みまくる母だったけれど、そんな母が見たことないぐらいにとても楽しそうで、俺はなんだか嬉しかったことを覚えている。

そうして、母と伯父の晟太郎と一緒に、総合病院の特別室に入院していた祖父嶌谷聡一郎(そういちろう)に初めて対面した。
始めた見た祖父は、病気の所為か痩せて、顔色も悪く、髪も髭も灰色で、絵本で見た外国のいかめしい偉い人のように見えた。
これまで祖父の存在を知らず、突然、病気の祖父を見舞うから、と、母に言われ、俺なりに年老いたお爺さんを想像していたけれど、実際の祖父は老人と呼ぶには若く、とてもかっこよく見えた。
祖父はまだ六十を過ぎたばかりだったから、当然だろう。

勘当同然で家を出た後、母は一度も祖父には会っていなかったらしく、久しぶりに会った実の父親を前に、緊張した面持ちで、ベッドの祖父と向かい合っていた。
俺の祖母、母にとっての実母は早くに亡くなっていたが、祖父には本妻である祖母以外に妾が三人居り、それぞれに子供がふたりずつ居た。
母はそれも気に入らなかったらしく、父である祖父とは、昔から気が合わなかったらしい。
一言も喋らないふたりに飽きたのか、伯父の晟太郎は俺を抱き上げ、祖父のベッドへ近づけた。

「ほら、お父さん。この子が澪子の子供の宗二朗だよ。かわいいだろ~。なにかしら澪子の小さい頃よりずっとかわいいよなあ~」
「兄さんったらっ!」
「…そう、じろう?」
「そう、嶌谷宗二朗くんだよ。そういや、お父さんと同じだね」
「…」
「全然違うし。聡一郎じゃくて、宗二朗!べ、別にお父さんの名前をもらったわけじゃないわ。単なる偶然。漢字も違うんだから」
「そこ、必死になるところでもないだろ?澪子は相変わらず素直じゃないなあ」
「…兄さんったら、ホントにイケズなんだから」

伯父の采配で張りつめた空気が幾分和らいだのか、祖父は手を振って、俺を招いた。
「宗二朗は何歳だ?」
「もうすぐ六歳。来年の四月には小学一年生になるよ」
「そうか。では、お祝いをしなくちゃなあ。何か欲しいものはあるか?」
「…あのね」
「うん」
「僕ね、家族が欲しいの。いつもお母さんと僕とふたりだけだから。僕は保育園で友達がいっぱいいるから平気だけど、お母さんはひとりで頑張っているの。褒めてくれる家族がいないのって、さみしいでしょ?だから、お祖父ちゃんやジョー伯父さんが、僕の家族になってくれたら、嬉しいな」

誰もが羨む可愛い器量を武器に、我ながらなんてあざといガキだったのだろうと、思い返すほどによくもやってくれたものだと思うが、半分は本気だった。

母の寂しさや心細さを、俺はなんとなく感じていたし、母とふたりきりの生活にも、俺は大概飽きていた。
それに始めて会った祖父や晟太郎伯父が、たまらなく面白く、また頼もしく思えて、本当に気に入ってしまったのだ。

祖父は俺の言葉を聞き、初めて優しく微笑んだ。
「…オレの家族になるか?宗二朗」
「違うよ。お祖父ちゃんが、僕の家族になるんだよ」
「ほう、おまえの家族になるのか…」
「そうだよ。大きくなったらお金持ちになって、僕がみんなを食べさせてあげるよ」

三人の大人たちは一瞬の沈黙の後、大いに笑った。

当時、俺は嶌谷家が鉄鋼業で一代を築いた有名な資産家の家柄だとは知らなかったのだ。


その日は、病院を出た後、晟太郎伯父と昼食を取り(行ったこともない高級なレストランだった)、帰りは駅まで送ってもらった。
伯父との話し合いで、母は実家へ帰ることを決心し、俺もそれを了承した。

家路へ向かう急な坂道を、手を繋いで登りながら、母は俺に言った。
「宗二があんなに猫かぶりだなんて、知らなかったわ。自分の事を『僕』とか言っちゃってさ。お母さん、吹き出しそうになっちゃった」
「だってえ~」
「あ~あ、せっかく宗二とふたりだけでかっこよく生きていこうって思っていたのに…。よくもやってくれたわね。おかげで出戻りのお邪魔蟲になっちゃったじゃないのっ!」と、母は拳固で俺の頭を軽く叩いた。
「いてっ!…だって、ふたりよりたくさんの方が、面白いじゃん。ジョー伯父さん、すごくいい人だし、お母さんだって嬉しそうだったし…」
「…」
「でも嫌なら、辞めていいよ。俺、お母さんとふたりでも大丈夫だから…」
「バカね、嫌じゃないわよ。でもね、宗二朗。伯父さんにも家族があるし、今みたいに好き勝手にしてちゃ駄目よ」
「伯父さんの…家族?」
「そうよ。伯父さんの奥様と息子。あなたより五つほど年上の従兄殿。誠一郎くんよ」
「誠一郎…」

それは、俺がこれからの一生を賭けて愛し続ける男の名前だった。





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ふたりがチラリと登場する「Green House」はこちらからどうぞ。大概おっさんですけど((* ´艸`))
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登場するのは主に凛一編だけです。

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「破壊者のススメ」 2 - 2014.01.19 Sun

2
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誠と宗

2、

祖父は、俺と母が嶌谷家に戻る予定日の十日前に亡くなった。
母や晟太郎伯父に見守られながら、安らかに息を引き取ったと言う。
生前の祖父の強い薦めもあり、俺たちの引っ越しは無事予定通りに行われた。

実は、祖父の妾や親戚らの強い反対で、母は葬儀には参列できなかった。
当時、俺は小さかったから、親戚関係のいざこざは知らなかったけれど、葬儀の日の朝、母は昇る太陽に向かい、長い間手を合わせ、祈っていた。
後になって聞いた話だが、母は祖父と和解した後から亡くなるまでの間、何度も祖父の病室を訪ね、親子水入らずで色々な話をしたそうだ。
亡くなる時も母は祖父の手をずっと握りしめていた。
「少し遅くなってしまったけれど、父との充実した時間を過ごせて、幸せだったわ」と、母は参列できなかったことを少しも悔やんではいなかった。


引っ越した嶌谷家は、都内の一等地にあり、敷地も広く、洋館と日本家屋をごちゃまぜにした、それでいて何とも趣のある立派な建物だった。
屋根伝いに並んだ別棟の洋館が、隠居した祖父が住んでいた家屋で、祖父の遺言により俺と母の新居になった。
一階は居間と台所に書斎。二階の二つの部屋は、母の寝室と俺の自室だった。
今まで住んでいた家が狭かった所為もあるが、まだ六歳の俺には当たり前に広すぎて、唖然とした記憶がある。
檜のベッドにフワフワのあたたかい布団。両手に余るほどの大きな机や、立派なクローゼットにソファまでもが用意されていた。
その夜から俺はひとりでベッドに寝ることになったけれど、薄い布団に包まり、母に抱かれて寝ていた日々が懐かしく、寂しくて時折泣いてしまうこともあった。
隣の部屋に母が居ても、なんだか遠く感じ、今までのように甘えられなくなってしまった。

母は実家へ戻ってすぐに晟太郎伯父の秘書として働くことになった。
国内は勿論、海外出張も多い伯父には、語学の堪能な信頼のおけるパートナーが必要だったのだろう。その点、母は適任だった。
母は元来、勉強家で負けず嫌いだった。
勝手に家を飛び出し、出戻ったという後ろめたさの所為もあっただろう。
母は、誰からも後ろ指を指されまいと必死に夜遅くまで、書斎で勉強をしていた。
二階に上がって寝室で寝るよりも、書斎に簡易ベッドを置き、そちらで休むことが多くなった。そのうちに二階の母の寝室はほとんど使われなくなってしまった。
頑張り屋の母を見て、俺は次第に母に甘えることを諦めた。
仕事の帰りも遅い母と一緒に食事をする事も減ってしまったけれど、俺には母の代わりが居てくれた。
晟太郎伯父の奥さんであり、誠一郎の母である由ノ(よしの)伯母だ。

近代的な母とは違い、由ノ伯母は日本女性の鏡のような人で、毎日キチンと黒髪を結い上げ、普段は紬の着物を着こなし、毎日、家族全員の食事の支度をこなしていた。
嶌谷家の家屋も庭も、とても広かったから、当然手伝い人が居たけれども、台所は由ノ伯母の支配下にあり、割烹着を着て、俺たちに振る舞う料理は本当に美味しかった。

由ノ伯母は母より三歳上だったが、「澪(りょう)ちゃん」「よっちゃん」と呼び合う仲で、母が家を飛び出す前からふたりは本当の姉妹のように仲が良かった。
誠一郎を出産する時も、忙しい晟太郎伯父の代わりに、母が出産に立ち会ったそうだ。
「私の手をぎゅっと握りしめ、『がんばれ!よっちゃん』と、励まし続けてくれたから、安心して誠一郎を産めたのよ」、と、伯母が俺に語ってくれたことがある。
由ノ伯母は俺を誠一郎と分け隔てなく可愛がってくれた。
五歳上で真面目で優等生の誠一郎よりも、やんちゃな俺の方が心配でたまらず、余計に手をかけてくれたのかもしれない。

ふたりの母は、今も俺が面倒を見ている。
俺が家に居る時間は少ないが、嫁や孫に囲まれて笑ってくれているふたりを見ると、少しは恩を返せたのかな、と自負している。


西暦2014年、41歳の嶌谷宗二朗は、嶌谷財閥の筆頭株主兼最高経営責任者(CEO)として、世界中を飛び回りながら、日々多忙に過ごしている。
慎ましやかな奥さんとふたりの子供たち、晟太郎伯父と由ノ伯母、そして、母が俺の愛する家族だ。
どこにでもあるこの家庭が、いつまでも平和に続くよう、一家の大黒柱として俺はこれからも支えていくだろう。

そして、俺は家族を守る義務と権利を天秤の片方に置き、それと釣り合う為に、俺の業(ごう)をあいつに持たせている。
俺の業(ごう)とは、嶌谷誠一郎への「愛」に他ならない。

俺はあいつが負うべきすべての重荷を請け負う代わりに、誠一郎の人生をもらうことを約束させた。

誠一郎は俺のものだ。
他の誰にも渡さない、と。




嶌谷家に引っ越した日は、俺の誕生日の12月26日だった。
晟太郎伯父は、俺の為に終わったはずのクリスマスの飾りをそのままに、特大のケーキとプレゼントを用意してくれた。
プレゼントは祖父が生前に俺の為に用意したと言うランドセルだった。
たった一度だけ顔を合わせた祖父を思い出し、そのランドセルを抱いて、俺は少しだけ泣いてしまった。
その後、由ノ伯母が用意したもてなしの料理を味わい、これから始まるここでの新生活に俺はすっかり浮かれていた。
その時だった。
「ただいま帰りました」と、居間に姿を見せた少年が丁寧に頭を下げた。
それが、従兄の嶌谷誠一郎との初めての出会いだった。

臙脂のダッフルコートに黒のデニムを着た誠一郎は、ピアノのレッスンからの帰宅だった。
五歳上の従兄と一緒に暮らすことは知っていたけれど、誠一郎は想像よりもずっと大きく、ずっと大人で賢そうで…一目でとても勝ち目がない…と、俺はひどく拗ねてしまった。

「お帰りなさい、誠一郎さん。澪子叔母様も宗二朗くんもお待ちかねよ」
「はい。遅くなってごめんなさい。つい先生が熱心に教えられて、時間を押してしまったの」
誠一郎はニコニコと愛想よく、ソファに座る母と俺に近づき、馬鹿丁寧に挨拶をした。

母は誠一郎が生まれた時から、色々と世話をしていたらしく、大きくなった甥の姿を見て、嬉しそうに懐かしんでいた。
「…そう、誠くんはもう来年は六年生になるのね。宗二朗も来年は一年生なのよ。色々迷惑かけると思うけど、よろしく頼むわね」
「今日から、ふたりはうちの家族になるんだ。宗二朗は弟だと思って、かまってあげなさい」
「はい。お父さん」

誠一郎はソファに座る俺の前に、膝をついてしゃがみ込んだ。
俺は急いで立ち上がった。
当たり前だが、俺はまだ小さく、立ち上がってもしゃがみ込んだ誠一郎の高さには及ばなかった。それが悔しくて、睨みつけてやった。
誠一郎は優しく笑い「宗二朗くん。これからよろしく。仲よくしようね」と、言った。
「わからないことがあったら、何でも僕に聞いてね」とも、言った。
その柔らかな微笑みが、やたらと勘に触った俺は「誠なんか…嫌い」と、言った。

俺の気性なら本当は気に食わない奴は殴っていただろう。だけど、俺と母は誠一郎の両親にこれからお世話にならなくちゃならない身の上だった。
それがまた誠一郎を快く思えない一因でもあった。

豊かな財産と申し分のない両親に愛されている誠一郎が、羨ましくも酷く憎く思えた。

一度だけ母に言ったことがある。
「嶌谷家にずっとお世話になって居候のままでいるのは嫌だ。ここに居たら、俺は誠一郎と対等になれない」と。
母は俺を叱った。
「君はとても賤しい心の持ち主なのね。そんな貧しい心根では、どこに居ても満足できない寂しい人間になるしかないわね。そんなに誠一郎くんが気に入らないなら、君はここに居なくていいわよ。ひとりで出ていきなさい」
俺は自分の心の狭さを恥じた。

誠一郎を気に入らないわけじゃない。
誠一郎が気になって、仕方がなかった。
誠一郎が好きで、大好きで、自分のものにしたくて、たまらなかったんだ。



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「破壊者のススメ」 3 - 2014.01.25 Sat

3
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誠と宗12


3、

五歳上の俺の従兄、嶌谷誠一郎は、いわゆる非の打ちどころのない少年で、頭も良く、誰にでも誠実で優しく、笑うとその人の良さがにじみ出てくるくらいに人好きのする奴だった。
俺に対しても、晟太郎伯父の命を肝に銘じてなのか、本当の弟のように接してくれた。

「僕には兄弟がいないだろ?だから宗二がかわいくてたまんないんだ。どんな我儘言っても、許しちゃうよ」
などと、小さい俺をギュッと抱きしめては頭を撫でるものだから、たまにその手首を噛んでやると、驚いて目をぱちくりする。
そしてすぐに「かわいいなあ~。子犬みたいだ~」と、相好を崩して俺の髪をくしゃくしゃになるまで撫でまわすのだ。

全くもって、俺はこいつが気に入らなかった。
しかし、幼い頃の五つ違いは大きい。
六歳の俺が十一歳の誠一郎に手懐けられるのは、そう難しいものではなかった。

嶌谷家の広い居間にはグランドピアノがあった。
そんなでかいピアノなんか見たことも触ったこともなかったから、普段から好奇心旺盛な俺は興味津々でその黒光りする奴を撫でまわしてみた。
するといつの間にか俺の後ろに誠一郎が立ち、ニコニコ笑いながらピアノの蓋を開け、椅子に腰かけた。
「何か聴きたい?」
得意げな誠一郎の顔がムカついたが、好奇心に負けて、俺は黙って頷いた。
「なにがいいかな…」と、言いつつ、誠一郎は美しいアルペジオを弾き始めた。
有名なグノーの「アベマリア」だった。
俺はその美しい旋律に酔いしれた。
ピアノの音を初めて聞いたわけではなかったし、そのメロディは保育園のクリスマス会で聴いた記憶があった。
だけど、誠一郎の奏でる旋律が、俺の胸を締めつけ、いつまでもいつまでも鳴り響いた。
なんて美しいんだろう。
なんて…セツナイのだろう…。
俺の小さな胸を…誠一郎への精一杯の抵抗を、簡単に壊していく。

余韻に浸っていた俺を誠一郎は抱き上げ、自分の膝の上に抱き寄せた。
「気に入ったのなら、教えてあげる。そんなに難しくないよ。ほら、こことここを弾いたら、右手は僕が追うよ」
誠一郎に誘われるまま、俺の指を持った誠一郎が白い鍵盤の上を押える。
確かに先程と同じメロディだ。だけど、俺が聴きたいのはこんなんじゃない。

俺は指を引っ込めた。
「俺…弾きたくないもん」
「…そう?宗二と一緒に弾けたら、僕も楽しいって思ったのに…残念だな」
「…」
俺を抱く誠一郎の膝のぬくもりが、あったかい。
母とは違い、硬くて骨ばっていたけれど、逞しく、そして誠一郎の匂いがした。
ずっとこうしていたかったけれど、そう思う自分が悔しかった。
俺は誠一郎の膝から飛び降り、何も言わずに走り去った。

誰にでも誇れる両親に、裕福な暮らし、豊かな才能と心根の良い従兄と一緒に暮らすなんて…嫉妬する以外無いじゃないか。
俺は小さくてもプライドだけは人一倍あって、引っ越し早々に嶌谷家で親戚へのお披露目会があった時だって、胡散臭い目で俺と母を見る親戚たちに見くびられまいと、必死にいい子ぶっていたけれど、本当はどいつもこいつも蹴り飛ばしてやりたかった。
親戚たちが帰った後、母が俺の頭を撫で「えらいわ、宗二。上手く猫被ってくれたのね。すごく、かっこよかったよ」と、褒めてくれた。
日頃、幼稚園で暴力三昧している俺だから、本音はいつ暴れるか冷や冷やものだったのだろう。
「だってさ、暴れたらお母さんが困るだろ?」
「ありがと、宗二朗。でも、あんまり無理しなくていいのよ。宗二にまで気を使わせるのだったら、ここに居る意味ないもの。嫌だったらいつでも言いなさい」
「嫌じゃないよ。ジョー伯父さんも由ノおばちゃんもすごく優しいもん。大好きだよ」
「そう…」

その時の母がどんな思いで俺に話したのかは、わからないけれど、俺は今更二人きりの生活に戻りたくはなかった。

だってさ…誠一郎が居るんだもの。
ムカつくし、ついそっけないフリをしてしまうけれど、毎日顔を合わせて、誠一郎と言葉を交わす日々が、うれしくって楽しいんだもの…


晟太郎伯父は、新入生になる俺に誠一郎と同じ私立校を薦めてくれたが、母はそれを断わり、俺は近くの公立の小学校へ入学した。
誠一郎は少し残念そうに「せっかく宗二と一緒に通学できると思って楽しみにしていたのに…」と、言った。それを聞いて、俺も残念に思えてしまったけれど、何にせよ、俺と母は嶌谷家の居候でしかなかった。
それは母が口癖のように俺に言い聞かせていたから、俺も経済的な我儘は決して言わなかった。
本音は、誠一郎と一緒にピアノのレッスンも英語塾へも行きたかったけれどね…。

伯父と伯母がいくら薦めても、お稽古事を習わせなかった母だったが、晟太郎伯父の強っての薦めで剣道を習うことが出来た。
小学三年生の頃だ。
俺は毎日のように放課後、道場に通い、腕を上げることに専念した。
その頃、誠一郎は中二になり、ほとんど使われていなかった俺の隣の部屋に引っ越してきた。
今までの自分の部屋では、台所や風呂場などが遠く、夜遅くまで勉強するのに不便だからだと言う理由だったが、本音は、誠一郎の部屋が両親の寝室の隣部屋だったからだ。

「隣の部屋に親がいると思うと、なんだかいつも監視されてるみたいでリラックスできないんだよね。まあ、親離れの年頃なのさ」と、誠一郎はこっそり俺に打ち明けた。
「それにこっちの館だったら、宗二と色んな話がゆっくりできるだろ?」
「…うん」
「宗二ともっと仲良くなりたいんだ。ふたりきりの兄弟なんだから」

どうやら誠一郎は俺の事を本当の弟にしたいようだった。けれど、俺は一度だって、誠一郎を兄だとは思わなかった。
俺を抱きしめる腕も俺に向ける笑顔も、全部俺のものにしたかった。
だけど、弟の特権が、誠一郎と一緒にベッドで寝たり、風呂に入ったり、台所で夜食のラーメンを食ったりすることならば、それも悪くないさと、思っていた。

俺しか知らない誠一郎の顔を、俺はひとりじめできるのだから。


二階にあるそれぞれの部屋は、バルコニーが繋がっていた。一旦廊下に出て、ドアを開けて隣に行くよりも、バルコニーから行き来する方が便利だった。
真剣に勉強する誠一郎の端正な横顔を、ガラス越しにこっそり眺めるのは、俺の楽しみでもあった。
ガラス戸を軽くノックすると、机に向かっていた誠一郎が笑顔を見せ、俺を中へ招く。
「宿題で算数のプリントが出たんだけど…応用のところがいまいちわからないから、教えて?」
「どれどれ…ああ、これはね…」

本当はわからないことなんてどうでもいい。誠一郎とふたりだけで過ごせるのなら、わからないままでいいんだ。
でも良い点を取って、喜んでくれるならさ…少しばかり頑張ってやってもいいんだぜ、誠…


次の春先、俺は誠一郎が制服のまま部屋で泣いているのを見た。
驚いた俺は急いで誠一郎に近づいた。
「どうした、誠っ!誰かに苛められたの?ケンカして殴られたの?俺、敵を討ってやるよ」
「ち、ちがうよ、宗…。違うんだ」
「じゃあ、なんで泣いてるの?」
「今日、卒業式だったんだ。それで…」
「うん」
「大好きな先輩と、もう会えないって思ったらさ…。涙が止まらなくなっちゃったんだ…。かっこわるいだろ?」
「…」

ショックだった。
全くもって、誠一郎の有様は、サイテーだと思った。
何より、一番ショックだったのは、俺以外に好きな奴が居た事だ。
誠一郎は俺のものだとばかり思っていたのに…。
俺の知らない誠一郎が居て、俺以外の誰かを好きになるなんて。しかも、泣くほどに?
悔しくて…悔しくて…
めちゃくちゃ腹が立ってきたから…
「そんなことぐらいで泣く誠なんか、俺は嫌いだっ!男なら、そんなくだらないことで泣くんじゃねえよっ!」と、怒った。
顔を俯いたままの誠一郎は「…そうだね」と、小さく呟いた。
「でもね…。男だって、泣きたい時もあるんだよ、宗…。君にはわからないだろうけれど…」

俺は誠一郎に背中を向け、部屋を出た。
怒りが治まらなかった。

俺にはわからないって?
なにがわからないだ!
バカ誠っ!
おまえだって、俺の気持ちなんか、わかんねえだろうに…。


思い返せば、俺は本当に子供だったのだ。
俺の幼い嫉妬心が愛情の裏返しと同じように、誠一郎の優しさや誠実さは、彼の弱さの裏返しだった。




もうちょっと大きくなったら、色気のあるお話も出てくると思うのだけど…


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「破壊者のススメ」 4 - 2014.01.31 Fri

4
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soujirou99.jpg
4、

あれは、俺が小五、誠一郎が高校一年生の頃だった。
それまで一緒に風呂に入ったり、ひとつのベッドで寝たりするのは当たり前であり、お互い楽しんでいるものだと思っていたけれど、梅雨の続いた夜、誠一郎はベッドに潜り込もうとする俺に「宗二は五年生になるんだから、ひとりで寝れるだろ?」と、俺をベッドから追い出した。
「どうしてさ。この間までは一緒に寝てたじゃない。それにいつも一緒に寝てって言ってるわけじゃないよ。今日は…さっきテレビで観た映画が怖かったからさ…」
「宗二の弱虫」
「違うよ。いつもは誠一郎も怖いから、一緒に寝てって俺に頼むじゃないか」
「今まではね。でももう…おれも大人なんだよ。だから宗もひとりで寝ておくれ。おやすみ」
と、誠一郎は力づくで俺をベランダに追い出したのだ。

なんだよ、今までは怖がって震えながら俺を抱き締めて寝てたクセに。それに、急に自分の事を「おれ」って言ってみたりしてさ。
…ムカつく。

誠一郎の心変わりはなんとなく気づいていた。
高一になってから、誠一郎は校内のペンパルクラブに入部した。
ペンパルっていうのはいわゆる文通のことで、世界中の外国の学生たちと文通することで、外国語も学べるからと、誠一郎は楽しんでいた。
部活動で毎晩遅くなるのは、珍しくはないだろうけれど、手紙を書く部活で夜十時を過ぎるなんておかしい。
大体、誠一郎は感情を表情にはあまり見せたりしないけれど、彼の弾くピアノの音にはそれがダイレクトに反映され、楽しかったら弾み、落ち込んだ時は悲しい音になる。
ここのところ、ピアノの音は弾みっぱなしだった。

因みに居間にあるグランドピアノとは別に、誠一郎の部屋には練習用のアップライトピアノがある。
暇があればそれを弾いていた誠一郎だったけれど、彼の部屋を覗いたりすると、机に立てた両肘に顎を乗せて、ぼーっとしたり、溜息を吐いたりしている姿をよく見た。

なんだかとても不安になった。
俺の知らない誠一郎が居て、俺からどんどん離れて行ってしまいそうで…

「誠は好きな人がいるの?」
いつものように誠一郎の部屋で勉強を見てもらっている時、俺は彼に聞いた。
「え?…まあ、いるよ」
「部活で一緒の人?」
「…よくわかるね」
「だってさ、部活から帰って来た時、誠、いつも嬉しそうな顔してる」
「そう?…うん、三年生の先輩なんだけどね、すごく親切で優しいんだ…」
「誠一郎は男の人が好きなのか?」
「…」
「だって、誠一郎の学校は男子校じゃないか」
「…」
「そういうの、ゲイっていうんだよな。だけど…男同士じゃ結婚はできないぜ、誠」
「け、結婚だなんて…考える方がおかしい。宗は小学生だから、誰かを好きになる気持ちがわからないんだよ。それに…好きになるのに、男子も女子も関係ないし…」
「男とセックスしても子供はできないんだよな。誠一郎が男の人しか好きにならなかったら、嶌谷家は誰が継ぐんだよ。誠は嶌谷財閥の跡取りなんだろ?誠一郎がそんなんじゃ、ジョー伯父さんが可哀想だよ」
「…うるさい。子供のクセに…知ったかぶりして…。別に…今だけだよ。大人になる過程での一種の過渡期の感情だよ。そういう風に小説にも書いてあるし…」
「ふ~ん。じゃあ、好きにしろよ。俺は知らない」

俺は乱暴に机のドリルを片づけ、立ち上がった。
誠一郎は不安な顔で、俺を見上げている。
彼の不安はすぐに理解した。

「誠が男の人を好きだなんて、伯父さんと伯母さんには言わない」
「…」
「だから…口止め料、五千円」
俺は手を差し出した。
誠一郎はあわてて、机の抽斗を開け、お年玉袋から五千円を出し、俺に渡した。

俺はそれを掴み、一瞥して彼の部屋を出た。

金を無心したのは、それきりだった。
俺は、誠一郎を脅迫したことを、とことん後悔した。
あれから、誠一郎は俺を警戒するようになったのだ。
表面上は変わらない。
同じ屋根に暮らす弟のように、接してくれたけれど、冗談で笑いあう時も、どこか、引け目のあるような笑みを浮かべる。

俺は後悔した。
あの時、誠一郎を責めずに、彼の味方になるべきだったのだ。
だけど、どうしても俺は許せなかった。
誠一郎が男を好きになるということよりも、俺以外の奴を好きになることが…


夏休みの半ば、誠一郎は部活の合宿があると言い、外泊をした。
三日後の昼、帰宅した誠一郎を見た時、その様子が変わってしまったことを理解した。

目元が赤く腫れていたり、声が少し翳んでいたり、首元の薄く痣がついていたり…
こいつ…

誠一郎は例の男と寝やがったのだ。

俺は自室のベッドで横になる誠一郎に近づいた。
誠一郎は俺を見て、目を逸らした。
「なに?…おれ、疲れてて、眠いんだ。出て行けよ」
「…誠は汚い」
「…」
「きっと、そいつに捨てられるんだ。そしてまた前みたいに、泣くに決まっているんだ」
「…うるさい」
「なんで…なんで…」

俺は叫びたかった。
どうして、俺じゃ駄目なんだ。俺と寝てくれりゃ、俺だって…。
だけど、誠一郎が選んだのは、俺の知らない男だった。
知らない男と…。

「男と寝たんだろ?誠」
「…」
「嶌谷家の跡取り息子が、男とセックスしたなんて…バレたら、大騒ぎだよな」
「そ、宗二っ!」
「ばらされたくないんなら…そいつと別れろ」
「…できない…」
「じゃあ、俺にも同じことをさせろ」
「…バカなことを言うなよ。宗二はまだ子供だろ」
「セックスをさせろって言わないし…。でも、誠は俺のものだから…約束…してよ」
「…宗…」
「誠が誰と寝ても、俺は誰にも言わない。でも、誠は俺の言うことを聞かなきゃ駄目だ」
「宗二朗…」
「誠…俺のものになってよ」
「…」

誠一郎は黙って頷いた。
彼がどう思って俺の告白に頷いたのかは、その時はわからなかった。
子供の独占欲と我儘だと理解したのかもしれない。
もとより、彼はかなり混乱していたのだ。
初体験の甘さと苦さと痛みに…
俺は無意識で、誠一郎を追い込み、約束を取り付けたのだ。

彼は後になって後悔したが、俺は後の祭りだと詰り、絶対に破棄しなかった。
約束の証として、俺たちはその時に、くちづけを交わしたのだから…


翌春、付き合っていた男が高校を卒業すると同時に、誠一郎はまたもや、捨てられた。
「別に捨てられたわけじゃないさ。遠距離恋愛なんてめんどくさいから…お互いに納得して別れただけだよ」と、誠一郎は強がってみせたが、二か月ほどは食欲がなく、ピアノの音も沈みっぱなしだった。
そのピアノも誠一郎が高二の夏になると、受験勉強に集中したいからと、自ら、レッスンに通うことも辞めてしまった。
音楽好きの由ノ伯母さんは、悲しんでいたし、俺も誠一郎の弾くピアノが大好きだったから、何度も引きとめたけれど、そういうところは頑なな誠だった。
「両親には内緒だけど、大学は関西の国立を目指しているんだ。どうせ、大学を卒業したら、嶌谷グループに入社させられるんだから、それまでは自由にさせてもらうよ。独り暮らしも味わいたいしね」
「…」

俺は別れた男とまだ繋がっているのか…と、訝んだけれど、調べたところ、男は北大の学生だったから、目的は親の目を盗んで、好き勝手に遊ぶつもりなのだろう。

「新しい男を探しにいくのか?」と責める俺に「…宗はちっともおれに優しくないね。そんなんじゃ、宗と恋の話はできない」と、返した。

誠一郎の言う恋ってなんだよ。
俺がずっとおまえを好きなのは恋じゃないのか?
俺のものになれって言うのは、恋の告白じゃないのか?
わかってないのは誠一郎じゃないか…


高三の夏休み、前の年の冬から誠一郎の家庭教師をしていた東大の四年生との情事を、俺は誠一郎の部屋のベランダで盗み見た。
俺は、さっそく忍び込み、カメラで現場を盗撮し、次に家庭教師が家へ来た時に現像した写真を見せた。
家庭教師のFは、一見真面目そうな見た目と裏腹に、黒縁眼鏡の奥の瞳が狡猾そうで、俺は吐き気がするほど嫌いだった。
こいつが誠一郎と…と、思っただけで殴りたくなる。

Fは差し出した写真を見て慌てたけれど、誠一郎が誘ったのだと言い張った。
俺は、すぐさま家庭教師を辞め、二度と誠一郎には手を出すなと言った。
Fは黙っていた。
それで俺は最後通牒を叩きつけた。

「先生、あんたさ、嶌谷グループの主力企業に内定決まったんだってな。いくらなんでもやばいんじゃない、跡取り息子の誠一郎に手を付けちゃあさあ…。関係をばらしてやってもいいんだぜ?どうみてもあんたが強姦している写真だよなあ、コレ。晟太郎伯父さんに見せたら…折角決まった就職先がどうなるのかな~…」
Fは真っ青な顔をして、何度も頭を下げた。
二度と誠一郎には近づかないと、誓約書を書かせ、俺はそいつを嶌谷家から追っ払ってやった。

来なくなった家庭教師を、誠一郎は俺の仕業だと知っていたが、何も言わなかった。
ただ一言「宗は容赦ないね…」と、しおらしく呟いた。

どちらが誘ったのか、誘われたのか、そんなものはどうでも良かった。
あの日、足を抱えられ、Fに乱暴に突き上げれる誠一郎を…そして泣きながら果てる誠一郎を、俺は揺れるカーテン越しに眺め続けていた。

Fの名前を呼び、喘ぐ誠一郎を見た時、俺はFよりももっと誠一郎をめちゃくちゃにしてやる、と決心した。

中学一年の夏は、俺を破壊者へと導いていった。




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破壊者と言うのは、壊れた者ではなく、壊す者なのである。


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「破壊者のススメ」 5 - 2014.02.07 Fri

5
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5、

翌年の春、誠一郎は無事志望大学へ合格した。
東京とは遠く離れた京都での初めての一人暮らしに、傍目から見ても浮かれている誠一郎が、俺は気に入らない。
晟太郎伯父も由ノ伯母も、我が子にはとことん甘く、「寂しくなるわね…」と、本音を漏らしながらも、誠一郎に御小言なんか一言も言わないでいやがる。
「おばさん、もっと厳しく言わなきゃ駄目だよ」と、俺が嗾けても、「だって卒業しちゃったら、誠ちゃんは嶌谷の会社を一生背負わなきゃならなくなるんだから、大学くらいは大目を見て、自由にさせてあげたいじゃない」などと、柔らかい口調で恐ろしい事を言う。
全くもって、誠一郎の未来を思いやると、ゾッとするような絵図しか見当たらない。


誠一郎が京都へ引っ越す当日は、俺と由ノ伯母は手伝い人として同行した。
御所近くの町屋と近代ビルが混在する細道の新築五階建てのマンションが、誠一郎の秘密の花園になるわけだ。
1LDKへの引っ越しを一日掛かりで三人でなんとか片づけ、外で夕食を摂り終わると、由ノ伯母は嵐山近くにある実家へ一晩お世話になるからと、帰ってしまった。

その後ろ姿を見送りながら、誠一郎はぽつりと言う。
「宗二朗もお袋と一緒におばあさまのお屋敷へ行けばよかったのに」
「縁もゆかりもない家に?それよか誠の方が、挨拶でも行ってくればいいのにさ。一応はあんたの身内じゃないか」
「別に今更、懇意になる必要はないからね。それに…おれに関わってもあちらさんに良い事なんかないさ」
「勝手だな」

公家の出を誇りとし、成金の嶌谷家を見下す態度を隠す様子もなくひけらかす由ノ伯母の実家とは、今までも然したる交流はなかったから、祖母とは言え、疎遠になる誠一郎の気持ちもわかる気がする。

近くのスーパーで必要な買い物をし、ほどなく俺と誠一郎は新しい部屋へ戻った。
疲れたからと風呂に入り、お互い早々に寝る支度をした。

Tシャツとスウェットを貸してもらった俺はあくびをしながら、当たり前のようにシングルのベッドへ潜り込んだ。そして、ふと佇んでいる誠一郎に気がつく。

「あ、ごめん。俺のベッドじゃなかったね」
「いいよ。宗二朗はベッドで寝なさい。おれは居間のソファで寝るから」
「一緒に寝ようよ。つめれば寝れるよ」
「…無理だろ?宗も小さい頃のままじゃないし、ふたりで寝るには狭いよ」
「ああ、心配なんだ。一緒に寝たりすると、俺に欲情したりしてさ、やばいんだろ?」
「…」
俺の挑発に誠一郎は何も言わず、ベッドに横になる俺から少し離れた端に腰かけた。

「宗二朗がおれの事をどう思おうが構わないけれど、おれはおまえを傷つけたくないんだ」
「だから、俺から離れるためにこんな所へ来たの?それとも親の目を盗んでやりたい放題に遊ぶため?」
「…」
「大体誠一郎はいつからホモセクシャルになったんだよ?以前は一過性のもので、時期が来たら卒業して、普通の大人になるって言ってなかった?」
「…あれは嘘だよ。おれは…一度も女性に欲情したことはない」
「そ…なの…」

誠一郎の言葉は、それなりに衝撃でもあった。
誠一郎の告白を聞くまでは、俺は誠一郎が真正のゲイだとはあまり信じていなかった。
だって、俺は誠一郎が好きだけれど、女のエロ雑誌やビデオで抜くことはあっても、男の裸を見て興奮したことはない。それが普通だと信じ、世の中の男もそんなものだろうと、思い込んでいた。

「誠だって…一回女の人とセックスしたら、変わるかもしれないよ。どう見ても女の子の方が、かわいいし、触り心地だって良さそうだしさ、第一入れたら気持ち良さそうじゃん」
「…宗二は、ノーマルで良かったよ。俺は駄目だ。出来そこないなんだ…」
「…」
「女性が嫌いとかじゃない。ただ、セックスの対象に見れないだけだ。致命的にね。…おれは男にしか性欲を感じない。サイアクなのは、恋愛感情がなくても、好みの男を見たらやりたくてたまらなくなるってことだ。…軽蔑してくれていいよ。おれは…欠陥人間だ。こんな奴が、多くの人を抱える嶌谷財閥の後を継がなきゃならないなんて…罰ゲームもいいとこだろ?社員だって可哀想さ…そう思わないか?宗」
「…」
自分をとことん卑下し、俺に告解するかのような誠一郎を、どう慰めていいのか、十四にも満たない俺にはわからなかった。

「俺…誠一郎とセックスしたいよ。大好きだから。それが悪いことだとは思えない。俺は女を抱けるかもしれないけれど、それと誠への想いは違う」
「宗…」
「誠は俺のだって約束しただろ?男とセックスしたいのなら、好きにやってもいい。でも誠は俺のもんだから。…どんな誠でも、俺は絶対に誠を見捨てないから。だからジョー伯父や由ノ伯母さんを悲しませちゃ駄目だ。誠は嶌谷家の跡取りにならなきゃならないんだ。俺が誠の片腕になるから…」

誠一郎は俺の言葉に微かに笑い、俯くと独り言のように「もう、遅いよ」と、呟いた。
そして、部屋の灯りを消し、居間へと消えた。

暗くなった部屋に一人残された俺は、しばらく眠れなかった。それでも昼間の疲れにいつの間にか眠り、そしていつもと同じ夢を見た。

幼い頃から夢はよく見た。
別れた父の面影や、ふたりで暮らしていた頃に夜中こっそり泣いていた母の横顔や、一度しか会えなかった祖父の手のぬくもり…だか、誠一郎を好きだと認識してからは、俺の夢には誠一郎ばかりが出てくる。
いつだって俺が好き勝手に誠一郎を犯しているんだ。誠一郎は気持ち良いと声を上げ、何度も俺の名前を呼ぶんだ…
単なる思春期の欲望には違いないだろうけれど、天然色のはっきりとした映像に、俺は興奮し、声を上げ…目が覚める。
夢精をした後の何とも言い難い情けなさに、嫌気を差しながら、俺はトイレに向かう。
居間はぼんやりと暗かったけれど、スタンドの灯りがソファに眠る誠一郎の影を浮かばせていた。
俺は起さないように静かにソファに近づき、誠一郎の寝顔を覗いた。
眠る誠一郎の横顔は、見惚れる程綺麗だった。

誠一郎は晟太郎伯父と由ノ伯母の見目の良いところをうまく合わせた整った上品な面差しだった。
黒目がちな二重瞳、くっきりと弧を描いた眉、我を見せない鼻梁とふっくらとした口唇が繊細な笑みを浮かべ、小さなえくぼを見せる頬…。
そのすべてが俺には無いものばかりで、嫉妬よりも憧れを抱くものだった。

「段々と酷薄気な笑みが父親に似てきたのね」と、俺を見て苦笑いをする母は、悪びれも無く俺に言うけれど、その度に、「おかーさんが産んだんじゃないか」と、責めた。
だけど母はさっきとは違う笑みを浮かべ、「あの人のそういう冷たい美貌に惚れたのよ」と、言い、また「宗二朗は父親のようになっちゃ駄目だからね」と、寂しげに呟くのだ。

誰も彼も勝手三昧だが、俺は気にしない。
このツラも外見も俺は可愛がっているし、俺とは正反対の誠一郎を心から愛しいと思える自分が気に入っている。
だが、誠一郎は自分の性癖を罪だと言い、自己嫌悪している。
なぜそんな風に自分を責めるのだろう。あの悲痛とも言える孤独癖は一体なんなのだろう。
男しか性欲を持てないことが、罪になるはずもない。そりゃ、伯父や伯母は真実を知ったら驚くし、嘆きもするかもしれないが、それを罪とは言えまい。

少しだけ口唇を開け、ソファに眠る誠一郎の瞳が震え、ふと涙が零れた。
「誠…」
切なくなり、俺は跪き、誠一郎の口唇に口づけた。
誠一郎はゆっくりと目を開け、俺を見た。

俺は再び誠一郎の口唇に触れ、左手で誠一郎のTシャツを剥いで、肌を撫でた。下腹部からそのまま誠一郎自身へと手を伸ばした。
まだ勃ち上がっていないものを掴むと、誠一郎は俺の手を止めた。
「やめろよ、宗…」
「誠が好きだよ。本気で好きだから、欲しいって言っているんだよ」
「…」
眼を開けた誠一郎の瞳から、また涙が流れる。
「どうして泣くんだよ、誠。俺が誠を守るって…そう言ってるだろ?誠は俺のものになるのは嫌なのか?」
「…宗は…綺麗だ。おれなんかの為に、おまえが汚れちゃ駄目だよ」
「俺より誠の方が…」
ずっと綺麗に決まっているじゃないか…

横になったままの誠一郎は両腕を広げ、俺の背中をゆっくりと、抱く。
「いいかい、宗二朗。君は豊かで素晴らしい子なんだ。おれなんかと比べられない程の頭脳や感性に優れ、どんな世界でも己を壊さずに、生きぬくことができる。…だから、僕や嶌谷家に縛られるなんてつまらないよ。君が自由に飛び立る様を、僕は仰ぎ見ているだけ…。僕には羽ばたいていく宗二朗の姿が見えるんだ…」
「誠…」
「宗は…おれみたいになっては駄目だ。絶対に、こちら側に来ちゃ駄目だよ…いいね」

穏やかな言葉とは裏腹の俺を抱く誠一郎の腕の強さに、俺はもう何も言えなくなってしまった。
誠一郎の孤独の穴を、俺が埋めることはできないの?

翌日、俺は、「誠一郎の傍に居られなくても、俺は誠を諦めなし、今度会う時は、絶対に誠を俺のものにするよ」と、言い残し東京へ帰った。

あの頃の俺はまだ誠一郎の本当の孤独をわからずに、独りよがりの愛情を振りかざしていたのだろう。


中学二年生になった俺は、誠一郎を抱く為にも早く大人になりたがった。
中学ではラブレターや交際の申し込みも多かったけれど、清らかな交際などを望んでいるわけでもない俺には、14,5の女子を相手にはできない。
できれば、それなりの経験をした大人の女性がいい、と、思っていた。
そのチャンスが夏休みに巡ってきたのだ。

その頃、俺は本格的な武術を習い初め、発情期の憂さ晴らしとばかり、電車で30分もかかる道場へ、週三回ほど通い続けていた。
或る日の宵、近道に使う酒場の多い裏道を歩き、駅へ向かっている途中、喧騒の中、女の悲鳴が聞こえた。いつもの事だと気にも留めない俺だったけれど、その日は俺も虫の居所が悪かったのだろう。本気で木刀を振り回したかった。
悲鳴のする方へ走って向かうと、四人のチンピラに抑え込まれ、強姦されようとしている女が必死にもがいている。
ワンピースも肩から剥され、片方の乳が見えていた。
勿怪の幸いとばかり、俺は木刀を構え、四人の強姦魔に本気で振り下ろしてやった。
チンピラどもの情けない悲鳴と骨の砕ける鈍い音が同時に狭い袋小路に響く。
四人が蹲っている様を見届け、俺は女に「逃げるぞ」といい、女の腕を掴み走って逃げだ。

「あいつらの仲間が追っかけてくるかもしれないから、どっかに隠れた方がいいと思うけど…ねえ、あんた、いい場所知らねえ?」
俺の言葉に女は少し考え、「あれぐらいしか思いつかないわ」と、ほんの数十歩先にあるラブホテルを指差した。
「OK、そこへ逃げよう]

全くもって願ったり、叶ったりだ。
彼女は「助けてもらったお礼は何がいい?」と、尋ね、俺は「君とのセックス」と答えた。
そういう訳で、その夜、俺は無事童貞を卒業した。
助けた女性は亜子と言い、十九歳の音大生だった。
彼女は初体験の俺にとって文句のつけようのない指導者で、俺は一晩でそれなりの技巧者の合格点をもらえることができた。

彼女との縁は深く、この先も音楽を通して付き合いを続けていくことになるが、俺の初体験の相手だということは、ふたりだけの秘密である。




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ふたりがチラリと登場する「Green House」はこちらからどうぞ。大概おっさんですけど((* ´艸`))
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登場するのは主に凛一編だけです。

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