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2019-09

「傷心」 - 2012.12.18 Tue

「傷心」
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吉良と浅野12


傷心

 背中を丸めた浅野が、こたつのテーブルに飲み干したコーヒーカップを置いた。
「じゃあ、別れようか」と、言うので、
「そうだね。仕方ないよね」と、おれが答えた。

 玄関で靴を履く浅野を見送る。
「明後日、引っ越しで五月蠅いかもしれないけど、業者に全部やってもらうから、別に手伝いもいらないし、見送りもいいよ」
「…わかった」
「じゃあ、元気でな、遠流(とおる)」
「竜朗(たつろう)も…」
 玄関を出てしばらくして、隣りの玄関のドアが聞こえた。

 社宅に隣同士に住むおれと浅野は、同じ会社の同僚だ。
 先週、辞令があり、浅野はこの街から遠い…遠い街の支店に転勤が決まった。
 付き合って三年、別段どうという不満があるわけじゃない。
 性格の違いも認め合える、良い関係だと思っていた。
 このまま一緒に楽しい時間を共有しあえれば、おれの人生は十分に幸せだと信じていた。

 お互いに遠距離恋愛なんて自信はない、と言いあった。
 つまり、このままずるずると引きずる気は両方ともないって結論に至る。
 いつかは来るだろうと思っていた別れは、こんな風にやってくるものなのだな…。
 浅野が言うとおり、見送ることもなく、引っ越しトラックの音だけであいつがここから出ていったことを思い知らされた。
 そして、
 浅野が去っても、おれの仕事も周りも変わる事もなく、今までと同じように平穏に過ぎていった。

 …四年前、大手の建設会社の就活の最終試験で浅野と出会い、幸運にも望み通り就くことができ、偶然にも同じ支店へ配属になった。
 営業課とデザイン課で、仕事場は違ったけれど、百人ほどの一都市の支店では、顔を合わす機会も多かった。
 おれが吉良であいつは浅野で、よく周りのみんなからは、「お、敵同士じゃないか。刃傷沙汰にはならんでくれよ」と、揶揄われたりしたものだ。
 浅野は愛想も頭の回転も良かった。
「じゃあ、俺は吉良くんに喧嘩売らなきゃならんですね。でも吉良くんは優しいから意地悪はしてくれないんですよね」と、笑っていつもその場を和ませていた。
 優しいのはおまえの方だ…と、おれは思う。
 おれは…おとなしいだけで、本当は…なにひとつ信じていなかった。
 だから…おまえが告白してくれた時、本心では信用なんかしていなかったんだ。
 だけど、おまえは優しかったから…不安定なおれを包み込んでくれたから…

 好きだった。
 初めて愛した人だった。
 ずっと一緒に居たかった…
 「遠流…」と、おれを呼んでくれるあいつの擦れた声が、おれの髪を優しく撫でてくれる手の平が…本当に…好きで、好きで…
 …いつのまにか、信じてしまっていた。

 浅野が転勤してしまった仕事場に、おれは生き甲斐を感じられなくなった。
 あれほど天職だと息巻き、全力を傾けたインテリアのデザインも、何も思い浮かばなくなってしまった。

「近頃、元気ないな。相棒がいなくなったからか?」と、面倒見の良い上司がおれを心配する。 
「いえ、別に…」
「そうか。ところで浅野は向こうの支店で元気にやってるのか?おまえ、何か聞いてるだろう」
「…いいえ、連絡はとっていませんから」
「なんだ?あれだけ仲良さそうだったのに」
「社会人ですから…。離れれば他人ですよ」
「そうかなあ~。気の合う奴とは一生ものだとも言うぞ。友人は大事にしろよ」
「…」
 友人なら良かった…
 友情に切ない別れなど無い。一生続けることもできる。

 近頃、夢を見る。
 悪夢だ。
 いつまでも忘れられないおれを、浅野が笑っている夢だ。
 夢を見た朝は気分が悪い。
 出勤もしたくない程だ。
 あいつの居た場所、あいつの働いている会社、あいつの匂いが残っている場所…
 居たくない。
 このままではおれは駄目になる。
 おれは会社を辞めようと思った。
 
 辞表を書き、上司に渡そうと思ったその日、上司から呼び出された。 
「なんですか?」
「良かったなあ~。吉良。例のあのでかいプロジェクトの件だが、おまえのデザインに決まったぞ。事業主もおまえのデザインをすごく気に入って、すぐにでも詳しい話を聞きたいとのことだ」
「…はあ」
「もっと、喜べよ。これでインテリアデザイナーとしてのキャリアをひとつ登ったってことだぞ、吉良」
「…はい、ありがとうございます」
 自分の事のように喜ぶ上司を見て、辞表など出せる雰囲気ではないことを知った。
 それに、確かにおれはデザインの仕事をしたくて今まで勉強してきたんだ。誰もが認める一流のインテリアデザイナーになることがおれの夢だったはずだ。
 …そうだ。
 おれのやりたい仕事と、浅野は関係ないじゃないか。
 確かに、浅野との恋愛は情熱的で、一生忘れられないかもしれないが、それが終わったからとおれの夢を諦める必然なんてない。

 それから、おれは気を取り直し、辞表を破り、もう一度この会社で頑張ってみることにした。

 浅野と別れて、三か月後、おれは浅野が会社を辞めたことを知った。
 理由はわからなかったが、転勤した支店では、営業成績も揮わず、元気もなかったと聞く。
 不思議な気がした。
 営業が上手く、どんな偏屈な相手とも、知識と愛嬌と話術で成功に導く、わが社のポープと謳われていたのが浅野竜朗だった。

 あいつに何があったのだろう。

 おれはその晩、そんなことを考えながら、夜道を歩いていた。
 春も近く、おぼろ月夜が天上に浮かんでいた。
 いつか浅野とふたりで見上げたあの夜のようだと、思った。
 ポケットに入れたおれの手を取りだして、握りしめてくれたのはあいつだった。
 不安そうなおれを、「大丈夫だ、俺がそばにいるから」と、言ってくれた。

 足を止め、じっと月を見つめた。
 あいつがなぜ会社を辞めたのか…
 今、気持ちが理解できそうな気がした。

 あいつは…おれと同じだったんだ。

 涙が溢れた。
 なぜ、別れてしまったのだろう。
 なにひとつ続ける努力もしないで、どうして簡単に諦めたのだろう。
「バカだな、おれたち…」
 涙が止まらなかった。



 会社を辞めた後の浅野の行方もわからず、二年経った今でも、なにも連絡はない。

 そして、おれの心の痛みは、あの日から少しも癒えることはなかった。



2

うけるかどうかはわからないけど、こういう話を書くのは初めてだけど、面白いね。
ロンドということで、どんどんと繋がっていくつもりです。
けど年末だから、今年は難しいかな~




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うそつきの罪状 前編 - 2015.02.11 Wed

この作品は以前「掌の物語」で書いた「傷心」の続編です。

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吉良と浅野



満員電車に揉まれ、家と職場を行き来する変わらない毎日。繰り返すことに息苦しさを感じても、やめようとはまだ思わない自分を褒めたいぐらいだ。

明日はバレンタインデー。女性が男性に想いを告白する日だが、今は自分へのご褒美とか、義理チョコを渡すのが主流らしい。
一応おれも職場の女性社員からいくつかの義理チョコは貰った。今は義理って言っても高そうなブランドチョコをくれるものなんだな…。来月返すのが大変そうだ。
ひとり、本命チョコと本気の告白をくれた総務の若い女の子がいたけれど、謝って勘弁してもらった。
さすがに正面切って「おれはゲイだから女は無理なんだ」とも言えないし…。

金曜日の夜、帰りの電車を待つ構内でいきなり後ろから肩を叩かれ「よお、久しぶり」と、呼ばれた。
振り返ってみると、キャメルのモッズコートにサングラス、背の高いぼさぼさ頭の男が居た。
見覚えがあるはずもなく「人違いじゃないですか?」と、答えたら、男は苦笑してサングラスを外した。
「俺の顔、忘れてしまった?吉良」
「え?……た、竜朗?」
「元気そうだな、遠流(とおる)」
「…」

五年前、思いを残したまま別れた元恋人、浅野竜朗が目の前に立っていた。


 うそつきの罪状  前編


会社の同僚だった浅野と付き合っていた三年間は、今でもおれにとって一番大切な思い出だ。いや、正直に言えば、まだ完全に思い出にはなっていない。
五年前、浅野が札幌に転勤が決まり、おれ達は別れた。
別段嫌いになったわけでもなく、ただ遠距離恋愛が面倒だからという理由だった。
別れてしまった後、おれは後悔した。
浅野への想いは自分でも驚くほどに深く、募る恋しさの辛さと言ったら…。
どうにもならずに会社を辞めようとした頃、浅野が退職したと聞いた。
おれだけが辛かったんじゃないのか、と、感じたおれは、もう一度仕事に打ち込むことにしたのだった。

それから五年間、おれは浅野がどこでどうやって生きているのか、全く知らなかった。

「なんだよ、鳩が豆鉄砲食ったみたいな顔してよ。そんなに驚くか?…つうか。俺そんなに変わったか?五年ぶりだから見間違うか。まあ、いいけどさ。なあ、遠流、飯まだだろ?なんか食わねえ?」
目の前の一見浮浪者か、芸術家…的な浅野の恰好に呆れてしばらくは声が出なかった。
「え?…ええ?」
「だから晩飯食わねえかって。ふたりで…さ」
「…」
声は出さずに少しだけ頷く素振りを見せると、浅野は俺の腕を掴んで迷わずに駅の改札口へと向かった。
その腕の力強さに、おれを「遠流」と呼んだ声の響きに…おれの胸は馬鹿みたいにときめき始めている。
…こいつへの想いは…まだ少しも醒めてはいなかった。

行先は浅野の宿泊しているホテルの最上階のイタリアレストランだった。
この後の成り行きが見えなくはないけれど、おれもそれは充分に承知の上だった。って言うか…食べてる最中だって、身体が疼いて仕方がないぐらいだ。

仕事を辞めてから今までのいきさつを、浅野はさほど大したこともない笑い話のように話す。勿論おれも聞きたいことだったけれど、それよりもこの思いもよらない慶事に目の前の料理の味もよくわからないまま、昔よりも日に焼けて健康そうな浅野の顔をずっと眺めていた。
そんなおれの眼差しに浅野は苦笑して「そんなに俺変わったか?まあ、お互い三十路超えたしなあ」と言う。
「うん…。なんか…色々変わりすぎて…」
でも、強さや包み込むようなあったかさとか…おれを見つめる目とか…変わらないから、嬉しいんだよ。

浅野は五年前、会社を退職した後、故郷の長野へ帰った。
母方の祖母は広大なリンゴ園を経営していたが、その後を継ぐべき息子、つまり母の弟が事故で亡くなり、祖母はリンゴ園を孫の浅野に託したいと頼んできた。浅野は祖母の養子となり、リンゴ園の経営を続けている…と、言う。

「今はインターネットでも地元の新鮮な産地物って売れるし、あちこちのデパートやらにマネージメントしたりさ。元々営業職だったからノウハウとか、色んな伝手もあるし…。そんなこんなでちょいちょい東京にも、仕事で足を伸ばしてるんだ」
「そう…だったんだ」
「連絡しなくて、悪かったな」
「いや、いいんだ。おれとおまえの関係はあの時に終わったんだから、気にする必要もないだろう」
おれの言葉に浅野はしばらく黙り込んで、残ったワインを飲み干した。

「…おまえと別れた事…後悔したよ」
浅野の告白に、おれはぎくりとなる。
「お…おれも…同じだ…」
「大事なものって失って初めてわかるっていうけれど…本当にあの時は参った…」
「…うん」
「もう元には戻らねえけどな」
「…」

「デザートはいかがいたしましょうか?」
レストランの給仕が皿を片づけながら、尋ねる。
浅野は「コーヒーをふたつ」と、迷いなく答える。そういうとこ、変わっていないんだな。

コーヒーが来た時も、バレンタインのサービスとかで、コーヒーとは別の皿にトリュフチョコレートが添えられていたのだけれど…。
男同士でチョコ食べるって…変に卑猥で、手が付けにくい気がしたんだが、浅野はすぐに口に入れ「う~ん、さすが生チョコって感じ?わかんねえけど、ビター味で美味いぞ。ここのシェフの手作りだって。遠流も食べてみろよ」
「うん」
こういう浅野に引きずられる感覚が、おれは好きだったんだろうなあ。
一緒にいるだけで楽しくてたまらない。
なんだか可笑しくて笑いが込み上げた。
「なんだよ」
「いや、なんか竜朗、見かけは変わっても、中身は変わんないなあって…」
「おまえはどうなんだ?変わったか?」
「え?」
「好きな奴とか、付き合っている奴とか…居るのか?」
「…別に…いないよ」
「ふ~ん、そうなんだ…」

意味深な顔つきが気になる。
嘘だと気がつかれただろうか…


付き合っている男は…居る。セフレだけど…
三つ下の職場の後輩だ。
半年前から付き合い始めた。
竜朗と別れた後、色んな男と付き合っては見たけれど、長続きはしなかった。原因はおれにある。ゲイの付き合い方っていうのは、大方身体の関係から始まるものだけれど、おれはその最中に極まると、どうも竜朗の名前を呼ぶらしいのだ。無意識のうちに…
最初は笑ってすましていても、それが続くと無神経にも程がある…と、大抵の男たちは言う。
全くもってその通りなので、謝って別れる事となる…。

浅野の事があったから、会社関係の男とは付き合うつもりはなかったのだが、飲み会でたまたま酔っぱらった時に、介抱してくれた後輩の上杉に求められて、その夜、寝た。
案の定、浅野の名前を呼んだらしく、朝、素面になったおれに上杉は思いがけないことを話したのだった。
「竜朗…ってもしかしたら浅野竜朗さんのことじゃないんですか?」
「…浅野の事知ってるのか?」
「ええ、札幌でお世話になりました。少しの間でしたけど、慣れない営業の仕事も丁寧に教えてくれて、浅野さんが会社辞めた後も、俺が落ち込んだ時とか色々と相談にも乗ってもらっていたんですよ」
「そ、そうなのか?」
「浅野さん、酒飲んで酔っ払った時、東京に大切な人を置いてきたって言ってたんですよ。後悔してるって何度も…。俺、浅野さんがお仲間だってわかって…こういうのってなんかわかるんですよね…で、抱いてもらおうとお願いしたんですけど、その人に悪いからって、断られたんです。…そうか、吉良さんが浅野さんの恋人だったんですか。なんか名前だけでも縁が切れなさそうですもんね」
「…縁は切れてるよ。もう五年も音沙汰無しだもの…」
「そうですか…。俺もここ何年かは連絡ないですね。携帯の番号も変わっているみたいですし…。力になれなくてすみません」
「上杉君が謝る事じゃないよ。こっちこそ、気分悪かっただろ?やってる最中に違う男の名前を呼んだりして…」
「いえ、別に。吉良さんと恋愛する気はないですから。ちょっと寝てみたかっただけですから。俺、別に本命の彼氏いますもん」
「あ、そうなの」
「でも、それでも良かったらこれからも相手になりますよ。たまにタチになるのも新鮮だし、割り切った付き合いってお互い楽でしょ?」
「はは…よろしくお願いします」

実際、恋愛の面倒臭さの無い性欲だけの関係は楽だった。
上杉は下手ではなかったし、身体の相性も悪くなかったから。
おれが浅野の名前を呼ぶことにも気にしなかった。その代りにとばかりにおれは上杉の彼氏の愚痴話を聞かされた。
上杉の彼氏は妻帯者で、彼なりに忍ぶ恋を続けているのだ。


「そうか、遠流はフリーなのか…。俺は三年前に結婚したんだ」
おれの顔をじっと見た後、浅野は目を逸らしてそう言った。
「…え?」
「見合い結婚だよ。ばあさんがどうしてもっていうから…。幼馴染みの近所の娘とさ…一歳半になる息子がいる。写真見るか?」
「いや、いい…」
「まあ、見ろよ」と、スマホの画像をおれの目の前に差し出した。
浅野に抱っこされた可愛い子供の笑顔があった。どことなく浅野に似ている。親子なら当然の話だ。
……
別段驚くことじゃない。
そりゃ、浅野が結婚しているなんて…かなりショックだけど、ゲイ同士が付き合う場合に限っては、あまり関係ない、はずだ…たぶん。
別におれと浅野は元恋人同士で、現在付き合っているわけでもないから、浅野が結婚してても問題はない。問題…ない。けど…
やばい…おれ、なんかすげえ…
…なんか奈落に突き落とされてる気分だ…。

「おい、遠流…聞いてる?」
「え?…なに?」
「これから俺の部屋に来ないか?」
「は?」
「つまり…おまえを誘っているわけ」
「…いいよ」

既婚者のゲイは多いし、セックスだけの関係なら、別段問題じゃない…と、思う。
なによりも、おれの身体は竜朗を欲しがっていたのだ。



五年前のお話は、こちらからどうぞ~
傷心

後編へ

バレンタインはあまり関係ないけど、後編が間に合うと良いと思う…('ε`汗)



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うそつきの罪状 後編 - 2015.02.15 Sun

この作品は以前「掌の物語」で書いた「傷心」の続編です。

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竜朗と遠流


うそつきの罪状 後編

浅野竜朗に案内された部屋は、シングルでも十分な広さだった。
クィーンサイズのベッドにちらりと目をやり、あわてて窓の外の夜景に目を移した。
見慣れているビルの灯りとスカイツリーの紫の光が、今夜は嫌に目にまぶしく映る。
「なんか飲むか?」と、尋ねられおれは「別にいい」と断る。
そんなことより…
早くおまえと寝たい…なんて言ったら浅野は引くだろうか…
昔は…
恋人だった頃は、自分から浅野を求めるなんて言動は、ほとんどしなかった。どんなに欲しい時だって、浅野が求めてくるまで待っていた。その方が気が楽だったから。
愛することより、愛されることで自分に自信が持てた気がした。
今となっては本当にくだらない自尊心であり、浅野を焦らすことで、求めない自分の立場の方が上だと勘違いしていただけだ。
五年経ったんだから、今更かわい子ぶってもしょうがねえし…
それよりも浅野と夜を過ごせるって思うだけで身体の方が…なんだか…

「おれ、シャワー浴びてくる」
自分のコートとおれの脱ぎ捨てたコートとスーツのジャケットをクローゼットに片づける浅野に言い残して、おれはバスルームへ向かった。
バスルームと洗面所の仕切りは全面のガラス張りになっていて、おれは服を脱ぐとすぐにシャワーを浴びた。
もうすぐ、浅野と抱き合える…そう想像するだけで、おれは興奮した。脈拍も鼓動も耳まで鳴り響いて五月蠅いし、このままじゃ浅野に触れられただけでイッちまいそうだ。
別れて五年も経つのに、こんなにあいつに餓えてるなんて知られたら、恥ずかしくて死にたくなるし…

「もう…バカじゃないのか、落ちつけったら…」

そう思ったらなんだか今度は心配になってきた。
五年ぶりに浅野と抱き合って、おれ大丈夫だろうか…。浅野を満足させられるんだろうか。
もう三十二だし、若さも肌のハリも絶対老化してるし…。なにより…
浅野に付き合っている奴はいないって言ったけど、別れた後だって色々と遊んでいるし…浅野が求めているのが新鮮味のある身体なら…敏感に感じたフリとか…するべきなのか?
それとも三十越えてるのに慣れてないフリも、ウンザリされたり…
…わかんねえよ、今の竜朗の好みってのが…

頭がパニくっている時に、いきなり洗面所のドアが開いて浅野の姿が見えた。
おれの方をチラリと見た浅野は、さっさと服を脱いで裸になると、おれの居るバスルームの扉に手をかけた。
は、入ってくる気なのか?
ちょっと待てっ!

おれはあわてて扉の鍵をかけ、浅野を阻止した。
「…なにしてんだよ、遠流」
「…ちょっと待ってくれ。まだ心の準備ができてないんだ」
「身体の準備は出来てんじゃんよ」
「…言うなっ!」
「いいから、開けろって。俺もシャワー浴びたいんだよ。ついでに、久しぶりに風呂のセックスでも楽しもうぜ。おまえ、好きだったじゃん。風呂でやるの」
「あーあーあー…聞こえない~」
「…何言ってんだよ。ガキか」
「…」
わかってるけど…

ガラス越しに裸同士でドアを押し合って…、バカなことをしていることはわかっているけれど、もし、このままセックスして浅野がおれに失望したらと思うと…怖くて浅野に触れられない。

「ふう…わかったよ…」
溜息を吐いた浅野は呆れたように扉を離し、バスローブを羽織って洗面所を出ていく。
「…」
なに?その不貞腐れて怒った顔…。
え?マジで怒ったのか?

まさかこのままおれを置いて出て行ったりしないよな。もう抱く気が失せたなんて言わないよな。
いやだよ、そんなの!

バスルームの鍵を開け、おれは急いで浅野を追いかけた。
「待ってくれ、竜朗っ!」
「なんだよ、今度は…。…たく、もう…濡れたまま裸で出てくるなよ」
「だって…ゴメン…おれ…おれさ…」

浅野は黙って自分のバスローブを両手で広げ、おれを包み込み抱きしめてくれた。
「震えてるじゃん。…怖かったんだろ?俺に嫌われたりしないかって、色々と考えるんだよな。遠流のそういうところ、少しも変わってないんだな」
「…ゴメン」
「謝る必要はない。俺はそういう遠流が好きだったんだから」
「…」
そこ、過去形になるのが嫌なんだけど…。
「今の遠流も相当好きだよ」
「…」
おれの欲しいもの、ちゃんとくれる竜朗が…おれも好きだ。
「それに、怖いのは遠流だけじゃねえよ。俺だって、おまえを満足させられるか…自信ねえんだから、さ」
「…竜朗」
「馬鹿…これ以上焦らせるな。お互いこんなになってんのにさ。早くおまえの中に入れさせろよ」
すでに互いの肌の熱さはひとつになっていた。
俺達は五年ぶりのキスをした。

ふたりの夜は明るかった。
お互いを見ていたかったから、灯りは消さなかった。
他の男とは暗闇の中でしか寝ないのに、おれを抱く浅野の顔を、身体の隅々までを…すべてをずっと見ていたかった。
それに、最初は浅野から見られるのが恥ずかしかったけれど、俺を求める浅野の眼差しは、昔よりもずっと優しく、おれを愛おしそうに見るから、おれも、おれで気持ち良くなるあいつの表情が見たかったんだ。

おれ達は我を忘れるほどに、互いを貪りあった。
昔も今も浅野は臆病に震えているおれを引きずり出し、何が欲しいのかを自覚させてくれる。
「竜朗」と、何度震えた声で呼んだだろう。そして何度「遠流」と応えてくれただろう。
あれほど欲しがっていた腕が、肉体が、浅野が、おれとひとつになっている感覚に陶酔した。
すすり泣くおれに「泣くほど良かったか?満足しただろ?」と、浅野が茶化すから、おれは胸に凭れながら「全然足りない」と、欲張った。
もう誰にも気兼ねせずに竜朗の名を呼ぶことが出来る。
暗闇に竜朗を想像することもない。
神様がくれたこの夜の奇跡に感謝せずにはいられなかった。

「…これ以上無理だわ」と、浅野はおれを胸に抱いて笑った。
「おれも…」と、答えた。
身体中が痛かったけれど、心は幸福で舞い上がっていた。乙女のように、朝が来なければいい…などと口走ってしまいそうに酔い痴れていた。
「疲れただろ?少し寝ろよ」
おれの瞼にキスを落とす浅野におれは頭を振った。
眠るのが惜しいんだよ。おまえの体温を感じている意識を離してしまうのが…

不思議なことに、この部屋に来てから、おれも浅野もお互いの過去の話や、未来の夢なんてひとつも語らなかった。
だから、折角出会ったおれ達がこれから先どうなるのかしら、全く探れないままだった。

おれが「また会いたい」と、言えば、その望みは叶えられるのだろうか。それとも浅野はただの偶然の再会を楽しんだだけで、この先、おれと付き合っていこうなどは思っていないのだろうか…
そもそも、浅野には奥さんも子供もいて…常識で考えれば、この状態は浮気なわけで、向こうにしてみれば、非常識…なんだよなあ~。おれが男でも…ますます非常識か…
ああ…おれから「また会いたい」なんて…とても言えない。

いつもの臆病な迷路に嵌っていく…

堂々巡りをしているうちに、いつのまにかおれは浅野の腕の中で眠ってしまっていた。


目が覚めた時、隣りで寝ているはずの浅野の姿はない。
あわてて起き上がったら、身体が悲鳴を上げた。
確かに昨日はちょっとやりすぎた。でも、幸せな痛みだからずっと残っていればいいと思う。
「竜朗…」と、少し擦れた声で呼んだ。
折よく浅野は洗面所から出てきた。
すでにシャツもズボンも身に着けていた。
「おはよう」と、言いながらクローゼットから自分のコートを取り出す。
「も、もう出るの?」
「ああ、名古屋で商談の仕事。十時の新幹線に乗らなきゃ間に合わねえし…。おまえはまだゆっくりしてろ。部屋、延長にしとくから」
「お、おれも一緒に出るよ」
「大丈夫か?身体痛いだろ?」
「大丈夫だ」
強がりを言ってもベッドから降りた足はガタガタで、思わずその場にしゃがみ込む。
浅野は豪快に笑って、おれを引き起こしてくれた。
「だから、言ったろ。…まあ、こんなにしたのは俺の所為だろうけど、半分は遠流の責任だから、謝んねえぞ」
「当然だ」
そうは言っても、おれの着替えを浅野は手伝い、十分後に整えたふたりは部屋を後にした。

エレベーターに向かう浅野の背中を見つめながら、おれはこのまま別れた後、一体どうするのか…そればかりを考えていた。
もう一度やり直したい。でも、浅野の負担にはなりたくない。それの繰り返しだ。
浅野がエレベーターのボタンを押す。
これに乗って、ホテルから出てしまえば、おれ達はもう二度と…

「あのさ」と、徐(おもむろ)に口を開き、浅野が俺を見た。
「…なに?」
「結婚したって話、あれ、嘘だから」
「………?…はあ?」
「ちょっと嘘ついてみた」
「つ、ついてみたって…嘘って何?…嘘。嘘だろ?」
「嘘じゃなくて、嘘だって…あれ?嘘じゃねえ嘘って…あはは、笑える…」
「わ、笑っている場合かっ!だ、だって、こ、子供の写真だって…」
「あ、あれ。姉ちゃんの末っ子の四男。俺に似てかわいかっただろう?」
「…嘘って…」
力が抜けてしまって、マジで頭がまっしろになる。

「嘘つきは俺だけじゃねえだろ?遠流だって、俺に嘘を吐いているだろう」
「え?」
「付き合っている奴はいないとか、嘘を吐いたじゃねえか」
「…」
「そんなの抱きあえばわかる話だろ?」
「…」
「抱かなくてもわかってたよ。隠してるおまえが気に入らなくて、俺も嘘を吐いてみたんだよ」
「…ごめん」
「二度と後悔はしたくなかった。けど…おまえの気持ちを知りたかった。俺が妻子持ちってわかっても、遠流が俺を欲しがるのかを、試してみたんだ。…悪かった。それから…嬉しかった。忘れられない夜になった。ありがとう、遠流」
「竜朗…あの…」

エレベーターが到着しドアが開いた。
先客が居た所為で、おれは口を噤んだ。
そして、何も会話がないまま、おれと浅野はホテルのロビーから玄関の外へ揃って出ていく。
「じゃあな、遠流。元気で」
「…竜朗…」
本当に…もう会えないのか?おれはまだおまえに…
「神様がくれた偶然の再会に感謝してるよ。またいつか…会えるといいな」
「…」
「天に祈るしかねえかな」
「…」
「じゃあな」
おれに背を向けて二、三歩離れた浅野は「あ、そうだった」と言いながら自分のコートから長方形の箱を取り出し、おれの傍に近寄った。
「今日はバレンタインだったよな。昨日、仕事でデパート行っててさ。すげえチョコが一杯でさあ。そんで…おまえの為に買っておいたんだ。なんかすげえパティシエの高級チョコだってさ。これやるから泣くなよな、遠流」
「…」
俯いたまま答えられなかった。本当に泣きそうだったから…。


え?
ちょっと待て。
今、おまえ変なこと言わなかったか?
おれの為に買った…おれの為に?
…それって…
それって…
おれと会うってわかってた…ってことじゃないのか?
え?
偶然じゃないってこと…なのか?


「竜朗!」
顔を上げて前を見る。浅野の姿はもはやどこにもない。
歩道の向こうにキャメル色のコートをはためかせながら走る浅野の姿が、人ごみに紛れて行った。

「…なんだよ。おまえの方が何倍もタチの悪い嘘つきじゃないか…」

チョコの箱をじっと見つめ、そして裏に返してみると、包み紙にボールペンで文字が書いてあった。
携帯電話の番号と「いつでもご注文に伺います(ハートマーク)」の一言。

呆れて言葉もない。そして…安堵感と嬉しさに胸が詰まる。


きっとおれ達はまた恋をするのだろう。
大人になった分、一度目よりは巧く、そしてたまにずるい嘘を吐きながら…

ふたりで生きていけたら…いいな。




2015.2.15


五年前のお話は、こちらからどうぞ~
傷心

うそつきの罪状 1

バレンタインデーには間に合わなかったけど…なんとか終わった((人д`o))
ふたりとも五年前よりは、ずっと大人になった気がするよ。




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超いいひと 1 - 2015.04.07 Tue

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上杉由宇


  超いいひと

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 打ち合わせ先からの帰りの電車の中は比較的空いていたけれど、人の間を押し分けて座るのも面倒臭かったから立っていた。どうせ三つ先の駅で降りるつもりだし…

 午後から大雨になるという天気予報通りに大粒の雨が降り始めた。
 電車の窓を横殴りに打ち付ける雨粒を見るのは嫌いじゃない。
 次の駅で年老いたおばあさんが車内に乗り込んできた。
 夕方近く、疲れている労働者たちは年寄りを見ないようにと寝たふりをする。
「ここっ!どうぞ!」と、少し緊張した声が車内に響いた。
 座っていた席から立ちあがったスーツ姿の男は、おばあさんに席を譲ろうと誘導する。
「どうもすみませんねえ」と、ペコリと頭を下げたおばあさんが座ろうとした途端、電車が大きく揺れた。おばあさんは前のめりに身体を崩し、席を譲った男は前倒しになったおばあさんを支えつつ、自分も後ろに倒れ込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?おばあさん」
 周りのお客たちはやっと顔を上げて二人を心配そうに見守った。
 どこからか「大丈夫かね」との声が聞こえた。
 おばあさんを席に座らせたスーツの男は、顔を真っ赤にして周りにぺこぺこと頭を下げて「すみません。大丈夫です」を連発している。
 たったこれだけのことだったけれど、彼が一生懸命におばあさんを助けている姿を見た時、誰もがなんとなく幸せな気分を感じたはずだ。
 馬鹿でお人よしの「いいひと」の行為は、嫉妬すら感じさせないのだから。
 降りる駅でちらっとその「いいひと」を振り返った。しっかりと吊り革を掴み、まだ緊張が取れない顔の男とマトモに目がかち合った。
 俺は何故か慌てて顔を逸らす。
 電車を降りた後も、少し頼りない平凡な顔立ちの男の事が俺はずっと引っかかっていた。


 俺は上杉由宇(ゆう)。二十七歳の独身。今後も結婚する予定はない。だって俺、ゲイだから。
 自分が男しか興味が持てない人間だってことに気づいたのは中学生の頃。そんで高校生の時に、生物の先生と関係を持った。勿論、俺から誘った。
 その時、男同士っていうのは、恋愛云々よりも身体の相性が大事だってことを理解した。事実、色々と面倒な恋愛より、身体の関係だけで付き合う方がなにかと楽なのは確かだ。
 大学は地方の国立の建築学科へ進学したけれど、才能の限界を知り、建築関係の企業に就職は出来たけれど、デザインや設計よりも営業を選んだ。
 本当は…建築家になりたかった。一応国家試験の二級建築士の免許は取得していたけれど、実際のところ、自分の想い通りになにもかもがやれるわけでもないし、何よりもモチベーションとか野心があの頃の俺には欠けていた。それに何かと外交的な性格も、俺には営業の方が向いていると思った。

 新社会人に成り立ての頃は、慣れない仕事と初めての遠い赴任先での生活で、正直何度も辞めようと思い悩んだけれど、上司の先輩の助けで、なんとか辞めずに続けられた。
 浅野竜朗先輩は俺が初めて本気で恋愛感情を持った人だった。
 四歳年上の浅野先輩は、器量も志も爽やかな男前の人で、しかも俺と同じくゲイだった。だから遊びで良いから一度寝て欲しいと頼んだりしたのだけれど、彼は「悪いな、上杉。いつかまたな」と、まるで相手にしてくれなかった。
先輩と仕事を初めて三か月後、先輩は会社を退職してしまった。同僚の誰にも知らせないまま、突然に先輩は居なくなったのだ。上司に辞めた理由を問いただしても、一身上の都合としか返って来なかった。
 だけど俺には思い当たる節があった。

 先輩が会社を辞める少し前、ふたりだけで飲む機会があって、俺は先輩を酔わせた勢いで迫ろうとした。そしたら、彼は真面目な顔で「俺にはずっと好きな奴がいたんだ。…別れてしまったけれど…」と、話し始めた。
「どうして別れたんですか?」
「同僚だったんだけど…転勤が決まって、離れ離れになってしまったから…」
「…そんな事ぐらいで…本当に好きな人と別れられるんですか?」
「そうだな…どっかで男同士の恋愛なんて…続くわけねえって…ないがしろにしてたんだよ。だから罰があたった…」
 先輩はその人と別れたことを心から後悔したように俺に話し聞かせる。俺は少々の嫉妬を感じつつも、その話に興味を持ち、酔った先輩に続きを促した。
「ねえ、その人、どんな人なんですか?」
「え~?…そうだな。あいつは…思ったことの半分も口にできねえ控えめな男なんだ。愛想のない…捻くれ者で…自分からは欲しがらないし…でも本当はすげえ欲しがってるんだ。…ったく素直じゃなくてさあ…でも…美人でかわいくて、甘ったれで…大好きだった…」
「過去形?」
「え?……そんなん…決まってる…し…。今でも好きだよ…バカヤロ…」
 未練タラタラに愚痴る先輩なんてかっこ悪いとも思ったけれど、俺は今でも想いを寄せる先輩の恋人が羨ましかった。
 俺は今までそんなに想いを寄せる相手に巡り合ったことは一度もなかったから。

 噂では会社を辞めた後、浅野先輩は実家の信州に帰ったらしいけれど、詳しい事はわからない。俺も仕事をこなすことで精一杯だったから、先輩が辞めた後の喪失感は時機に埋められてしまったんだ。

 それから三年経って、俺は東京の本社へ転勤になった。
 しかも営業から設計部への転属だ。俺自身のたっての希望が叶えられたのだ。
 建築デザインを諦めきれないままに、一歩を踏み出せきれない自分の背中を押してくれたのも、浅野先輩だった。
「諦める必要なんかねえよ。頭に沸いてくるものを書き続けろよ。上杉の場合は夢じゃなくて、ゴールは掴める距離にあるんだぜ。俺はあまり人に頑張れって言わねえけどさ、やれる奴には言うよ。おまえはちゃんとやれる男だ。精一杯頑張ってみろよ」
 そう励ましてくれた先輩の言葉は、失くしかけた俺の野望…いや、希望に再び火を灯してくれたのだ。
 勿論、設計部に配属されても、自分の想い通りのデザインなんてすぐに認めてもらえるわけもなく、まずは下請けの地味な作業の繰り返しだった。
 だけど、目的とモチベを失わずにいれば、どんな仕事だって楽しめるってことをこの四年間で俺は覚えたのだと思う。それに、思い通りに出来上がった現物をお客様に喜んでもらえる時の満足感は…言葉では言い表せない程に嬉しいのだ。…まあ、そんな幸運はたまにしか味わえないんだけど…。

 時折、浅野先輩の事が懐かしくなることもあるけれど、俺はここで楽しく生きている。ゲイ生活の方も、ここでは遊び場には不自由しない。サロンもハッテンバも適当に遊ぶにはもってこいだ。
 今は新橋にあるジャズクラブ「Ethos」が、お気に入りの場所だ。
 会員制で値段は張るけれど、集まるお客に間違いがないし、なにより音楽環境が素晴らしい。ジャズに詳しくない俺にでも、音響の良さや文句のつけようのないライブ演奏ぐらいはわかる。
 それに…ここは俺の幸運の場所でもあるんだ。

 二年前、当時付き合っていた裕福な芸術家気取りの親父に連れられ、初めてこのジャズクラブを知った。その時、店内で見かけたひとりの男の姿に、俺は釘付けになってしまった。
 カウンター内に居るマスターと仲よさ気に話している男性は、間違いなく俺の憧れの人…だったんだ。
 俺は勇気を振り絞って、その人に歩み寄り、そして心臓が飛び出さんばかりに緊張しながら、やっとの思いで話しかけたのだ。
「あ、の…もしかしたら…建築家の…宿禰凛一さん…ですよね?」
「え?…うん、そうだけど」
「ぼ、僕、あなたの大ファンなんですっ!あなたの建てた教会とか美術館とか…あの横須賀の湾岸公園とか…本当に、もう、大好きですっ!」
「へえ~、詳しいんだね。嬉しいなあ。ありがとう」
 そして、憧れの君は、女神のような美しい顔で俺に笑いかけ、握手する為の右手を差し出してくれた。
 俺はもうマジに夢心地で…そのまま失神してしまいそうになるのを必死でこらえ、すがるようにその手を両手で握りしめるのだった。



宿禰凛一28

  2へ

このお話は、傷心、うそつきの罪状のスピンオフになります。
つうか…久しぶりに凛一を描きたくて、出してみたけど…益々胡散臭い顔になってるのお~( -ω-)y─┛~~~
でも、凛くんはこれ以上活躍することはありませんので、あしからず~。しかしラスボス臭がプンプン…
あ、それからお店の名前が「エトス」になっておりますが、GHを本にした時に、こちらの名前に変えたんですよね。発音しやすいから。「エトス」は「いつもの場所」という意味です。


浅野とこれから出てくる吉良のお話はこちらです。
傷心
うそつきの罪状 1



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超いいひと 2 - 2015.04.16 Thu

2
イラストはサムネイルでアップしております。
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  由宇くん2


2、
 憧れの宿禰凛一さんの手のぬくもりが直に伝わってくる感触に、俺は舞い上がっていた。なんてラッキーな夜なんだろう~。
 
 その時まではカウンターテーブルの椅子に腰かけた宿禰さんを囲むみたいに座る客たちには気づかなかったけれど、ゲイっぽい人が多い事にふと気がついた。
 …もしかしたら宿禰さんもゲイなのかな…だったら、嬉しいかも…

しっかりと握りしめる俺の手を宿禰さんは慣れた風情で優雅に離し、そのまま俺の顔をすっくと見上げた。
「君、建築に興味あるの?ああ、もしかしたら君も建築家なのかな?」
「え?あ、はい…。つうか建築家の名を語るのもおこがましいというか…端くれです。と、いうか…一応仕事上は建築設計みたいなもんをやっているんですけど…まだ大したものをやらせてもらってなくて…。宿禰さんの仕事と比べたら、全然つまらないもんばっかで…建築家と言えるかどうか…恥ずかしいです」
「なんで?」
「え?」
「なんで恥ずかしいの?どんな小さなものでも君が設計したものを、誰かが使ったり、そこで暮らしたりするんだろ?それってすげえことなんじゃねえの?設計した奴が、自らつまんねえなんて言ったらさ、それを頼んだクライアントにも、携わる作り手にも失礼じゃねえ?お金を払ってもらうからには、何にせよ精魂込めて取り組むべきじゃねえ?それがプロってもんだし、君が成長する糧になるんじゃねえのかな」
「…あ…はい」
 憧れの人の機嫌を損ねてしまったことに俺は焦った。俺は多少謙遜したつもりだが、確かにプライドまで捨てていた気がする。

「おい、凛一、あんまり熱くなるなよ」
 カウンターに立つマスターが、俺の窮地を助ける様に言葉を挟んでくれた。
「別に熱くなってねえし~」
 宿禰さんの機嫌はまだ直っていない。
「君、気にしないでくれ。凛一は仕事に関しては完璧主義なんだ」
「いえ…俺が悪いんです…」
「仕事以外では遊び人のクセにねえ~、タラシの凛くん」
「うるせ~よ、ミコシさん」
 宿禰さんの隣に座る見るからに女装した男性が、宿禰さんに寄り添い、その肩を抱いた。宿禰さんは嫌がる気配も見せず、目の前の皿のカナッペをその男の口に突っ込んだ。
 ふたりの親しい関係を羨ましく眺めながら、俺は宿禰さんに嫌われないようにと必死に弁明する。

「あの…すみません。俺、自分の仕事に自信が無くて…あ、やる気はあるんです!でもクライアントに満足してもらえるようなものをホントに作っているのか、本当にこんなもんでいいのかって…なんかわかんなくなっちゃって…」
「そんなの…、誰でもそうだよ。自信なんて初めからあるもんか。俺だってさ、出来上がった作品をクライアントに見せる時の心境と言ったら…マジで心臓止まるかもってぐらいだよ」
「え?…宿禰さんが?」
「不安満載、一触即発ってね。…でもさ、建築つうのは頭の中に浮かんだものを二次元に示して、それを三次元にして、初めて箱が完成するだろ?最初に自分の中に浮かんだモノと寸分変わらず完成したモノなんて…僅かなもんだよ。でも想像したものよりも遥かに良い出来栄えだったりもする。想像を超える創作の喜びって、スタートから関わる建築家にしか味わえなかったりするからさ。辞められねえんだよ」
「…」
「だから君も頑張れよ。建築家は人が必要とする入れ物の創造主のひとつだ。きっと人生を楽しめるはずだ」
「…はい!俺…頑張ります!」

 その後すぐにライブが始まって、俺は仕方なく席に戻ったけれど、宿禰さんが俺にくれた言葉が何度も何度も身体中を熱く巡り、正直ライブどころじゃなかった。
 店を出た後、連れのエセ芸術家の親父が俺をしつこくホテルに誘うけれど、親父とやる気が失せた俺は、愛嬌よくあしらって最終の電車に飛び乗った。

 建築家は人が必要とする創造主になれる…か。俺もそうなりたい。あの人に認めてもらえるようなアーキテクトになれるように、一生懸命がんばろう。
 そう思って空いている座席に腰かけて何気なく前を眺めると、前の前に席に座った男の顔に見覚えがある…と、気がついた。
 気がついたけれど、いつどこで出会ったのか思い出せない。そもそも知り合いなのかさえ、わからない。
 別に声を掛けようと思ったわけでもない。
 居眠りをしている平凡を絵に描いたような男と、さっきまで見惚れていた完璧な美の化身と言うべき宿禰凛一との違いを指折り数えて探すことが、電車を降りるまでの俺の暇つぶしになっただけの話だ。

 さて、翌日から、俺の仕事に対する姿勢が変わった。別に今までが適当にやっていたわけじゃないけれど、どんなつまらなく思える仕事でも、宝探しみたいに自分が楽しめるものを探し出し、より良い作品に導いて行こうという気合だ。自分が楽しめないものを人が面白いと思う筈もないし、認められたい作品を見せる為には、まず自分が勉強して力をつけるしかない。
 面白いことに、俺自身の姿勢が変わると周りの俺を見る目が変わっていく。
 今まで眼中になかった先輩たちが、おれの仕事に色々な意見を述べてくれるようになり、俺も今まであまり関わりあいのなかった先輩たちの指摘を素直に受けれるようになった。

 不思議なものだ。唯ひとりの言葉で、俺自身も周りの環境も変わっていく。
 宿禰さんにまた会いたいな。
 今度は少しマシになった俺の考えを聞かせたい。
 あの店に行けば会えるかな。
 そういや、俺、自分の名前も宿禰さんに伝えてない。
 付き合いたいなんて夢のまた夢だろうけれど、友人ぐらいにはなれたら…いいなあ。

 あれからひと月後の桜舞う風の強い宵闇に、俺は「エトス」へ向かった。
 会員制の為、サラリーの安い給料に見合わない高い入会金を払わせられたけれど、もう十分に見返りは貰っている気がした。
 勿論、宿禰さんが居るはずもないけれど…。
 今日はライブの日じゃないから、お客さんも少なく、常連の人たちが好きなソファに座って上質のスピーカーから聞こえるジャズに身を任せている。
 俺はカウンターに近づき、宿禰さんと話していたマスターに声を掛けた。
 マスターは長い髪をひとくくりに結んだ品の良い50代の渋めの男性だ
「あの…俺、ひと月前にこちらに伺ったんですが…」
「ん?」
「その時、建築家の宿禰凛一さんにお会いして…少しだけお話をさせてもらって…」
「ああ、あの時の…覚えていますよ」
「あの時、宿禰さんに叱咤激励されたおかげで俺…今すごい仕事が楽しくて…。もう一度お会いしてお礼を言いたくて…」
「ああ、そうか…。でも凛の奴は滅多にここには来れないよ。もともとNYが彼の仕事場だし、こっちに帰国しても仕事が忙しくてなあ~」
「あの…マスターは宿禰さんとどういう御関係…なんですか?」
「え?俺と凛一の関係?聞きたいの?マジで?」
 
 マスターはニコリともしなかった顔を崩して、俺に高そうなカンパリスプモーニを差し出して、宿禰凛一さんとの話を嬉しそうにまくし立てるのだった。

 それによると…マスターこと嶌谷誠一郎さんが宿禰さんに出会ったのは、宿禰さんが中一の頃。このジャズクラブに遊びに来るようになって、それからずっと家族同然の付き合いが続き、現在は宿禰さんのデザイン事務所の名誉会長らしきものもやってるらしい。宿禰さんが日本に帰る時は、マスターのマンションを自宅代わりにし、富士山の麓に宿禰さんの建てた別荘にも、ちょいちょい泊まりにくる。しかも宿禰さんとひとつのベッドで寝ている…?

「え?それって…恋人的な関係なんですか?」
「残念ながら…俺に対して凛一は性的欲求が沸かないらしくてねえ…。一緒に寝るのは親兄弟に甘えたいだけだろうね。仕事がシビアな時は特に…。まあ、甘えられるだけでも良しとしているよ。良い大人の見本ってところかな」
「…凄いですね。あんなに素敵な人が一緒だと、俺は我慢できないと思うけどな~」
「君もお仲間かい?」
「え?…まあ、そうです」
「そうか…。でもまあ、凛一の事は諦めてくれ。あいつにはすでに一生モノの恋人がいるからね」
「…でしょうねえ」
 わかっていても、はっきり言われると心が萎える…。

「まあ、そんなに肩を落とすことも無いさ。ここには君みたいな魅力的な男が集まるサロンみたいなものだから、遊び相手を選ぶには苦労はしない。でも恋愛を求めるなら慎重になる事だ。お互いが幸せになる相手を探すのは、この世界では至難の業だからね」
「そう…ですね」
 尤もな気遣いだと思った。
 俺も男と本気で恋愛なんかする気はない。
 …どうせ幸せになれるわけもないし、世間並の夫婦みたいな未来が送れるわけもない。

 だが神様は時折気が向いたように、幸せの欠片を落っことすこともあるようだ。
 「エトス」に通い始めて半年ほど経った頃、俺は運命の男と再会することになったのだ。

 然(かく)も平凡な男と、然も劇的に…



「超いいひと」はこちらから… 1へ / 3へ

浅野とこれから出てくる吉良のお話はこちらです。
傷心
うそつきの罪状 1

平凡なサラリーマンの髪型ってどんなんだろう…と、日々周りのサラリーマンを眺めて研究中~


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