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2019-11

夜を駆ける 1 - 2015.10.29 Thu

1
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夜を駆ける2

「ヒロっ!真上に隙間があるよ」
 アスラが指を指す夜天は漆黒に包まれた闇。
 だけどアスラの眼には昼間のように明るく映る。
「よしっ!アスラ、俺につかまれ!」
「うん」
 俺の背中に飛び乗り、アスラは両腕と両足を俺の身体にしっかりと巻きつけた。
 アスラを背負った俺は険しい崖を昇る。
 闇の向こうから警務隊の声が響く。
 俺達を捕縛しようと声を荒げるけれど、この険しい崖に狭まれては追ってはこれまい。

 
 麻耶山頂上の林の奥にある根城まで辿りつき、街で仕入れた食料品と情報をタカトに伝える。
 タカトはこの根城で暮らす二十人程の少年、少女たちをまとめるリーダーだ。
 街の様子など一通りの状況を説明するとパンと果物をもらい、俺とアスラのネグラヘ帰る。

「わあ、ヒロ。このパン、ハムとチーズが挟んであるよ。豪華だね」
「良かったな。よく噛んで食べろよ。急いで食べると咽るからな」
「ヒロ、オレ、もう十四なんだよ。いつまでも子供扱いしないでよ」
「十四はまだ子供だ」
「じゃあ、幾つになったら大人なの?」
「…」
 
 俺にもわからないよ、アスラ…。
 だってさ、
 いつの間にか、この世界に生きる子供たちは未来を夢見ることを止めてしまったんだ。


  夜を駆ける 

  1.


 廃棄されていたキャンプ場のログハウスのひとつを借り、寝泊まるようになってからひと月ほど経つ。
「熱は下がったか?」
 ベットに寝るアスラの額に手を置き、確認する。
「まだ少し熱があるね」と、言うと、「大丈夫だよ」と、いつものようにアスラは笑う。
 俺はアスラを愛しているから、大切にしたいけれど、子供だからアスラを守る力が足りないのは否めない。

「今日はいっぱい収穫があったから良かったね」
 俺の掌を弄ぶアスラは、カンテラだけの僅かな光の中、輝く薄い瞳で俺を見つめる。
「港の闇市はストリートチルドレンにも甘いから、お金を払えば物が買える。タカトの言ったとおりだな」
「でも、警備のオジサンたちをまくのは、大変だったね」
「子供は捕縛の対象だからなあ」
「ねえ、ヒロ。そろそろここも発たないとダメだよね」
「アスラはそんな心配しなくていいよ」
「だってさ、お世話になりっぱなしだし…」
「そうだな。もう少しアスラが元気になったら、出発しようか。でもきつい時は言えよ。いつでも俺がおぶってやるからな」
「うん」
 真っ直ぐで艶のある白髪の頭を撫でると、アスラは嬉しげに眼を細めた。

「あ、誰か来るよ」
 アスラが口を開く前に俺は立ち上がってドアに近づいた。
 扉を引いて開けると、タカトが驚いた顔で立ちすくんでいる。

「驚いたな。マジで勘が良すぎるぜ」
「野生の勘は生き延びるのに必要だろ?」
「まあな。お邪魔するよ。ああ、アスラはそのまま寝てな」
 ベットから起き上がろうとするアスラを気遣うタカトに、アスラも素直に頷いて、また毛布に身体を潜り込ませる。

「夜分に悪かったな」
「いいえ、あ、なんか飲む?コーヒーあるよ。…タカトに貰ったヤツだけど」
「ありがと…」
 簡易コンロに人を付けてお湯を沸かす。
 ここのコーヒーはインスタントだけど、意外と飲める。勿論、由良じいが淹れた本物のコーヒーとは比べものにはならないけれど。
 
 コーヒーをいれたマグカップをタカトに渡した俺は、タカトの正面に座った。
「それで?何か用があるんでしょ?」
「うん…。ケイコの情報なんだが…。公安がアルビノの子供を探しているとの事だ」
「…」
「アスラと決まったわけじゃないが、どうしたって目立つからな。気をつけた方がいい」
「オレ、帽子かぶっても目立つ?」
 頭だけを上げて、アスラが俺達を見る。
「アスラはかわいいからね。帽子ぐらいじゃそのキュートオーラは隠せない!…ってね」
「じゃあ、明日からヘルメット被るよ」
「そうだね、タダシに借りておくよ」
「アスラ、もう寝ろよ。熱、下がらないと明日は自宅待機にするよ」
「は~い。タカト、おやすみなさい」
「おやすみ」

 掌だけをパタパタと振るアスラの仕草に、俺とタカトは顔を合わせてクスリと笑った。
 全くもってアスラはかわいい。
 愛くるしさは万民の癒しだ…と、由良じいはよく笑っていた。

「…さっきの話だけど、近々ここを離れようと思っていたんだ。タカト達に迷惑かけても悪いから」
「迷惑だなんて思った事はないさ。おまえさんたちはよく働いてくれている。ここはまだ小さい奴も多いから、崖の昇り降りも安全とは言えないし、ヒロとアスラが買い出しを頼まれてくれるのは本当に有難いんだ。でもおまえらにも行くべき目的があるなら、無理に止める事はしないさ」
「はい」
「それでな、実は三日後、港に鹿児島行きのコンテナ船が入港する予定らしい」
「本当?」
「うん、おまえら南に行きたいって言ってただろ?」
「はい。でも…俺ら子供だけで乗船許可が貰えるんだろうか…」
「知りあいを当たってみてら、子供二人ぐらいならなんとかなるだろうって」
「え?」
「そいつが三等航海士さんに賄賂を渡して、こっそりと…ね」
「でも、そこまでお世話になるわけには…」
「仲間だろ?それに俺はおまえらよりもずっと大人だから、世話をするのは当然だ」
「大人ってたって、俺より二つ上なだけじゃん」
「昔は十八と言えば、責任ある大人として扱われたらしいぜ。俺達の生まれるずっと前の話だけど」
「じゃあ、甘えさせてもらいます。ありがとうございます」
「こっちこそ…。色々大変だろうけど、大切な人が待っているのなら、早く会いに行ってやらないとな」
「…そうですね」

 大切な人…アスラの病気を治してくれる人。
 待っている人…まだ見ぬ俺の父親。
 たぶん…

 この地上の遥か天上に居る大人たちに頼るしかない自身が歯がゆいけれど…
 アスラが未来を夢見ることができるのなら、そこが目指すべき場所なんだろう。






夜を駆ける表紙


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夜を駆ける 2 - 2015.11.07 Sat

2
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  夜を駆ける1-2


2、

 俺が生まれるずっと前に、地球上で大戦争が起きたんだ。キラー衛星から始まった戦いは、たった一週間で終わった。だけど、地上の大部分が汚染され、世界の半数以上の生物の命は消え、残った人々は生き延びる為に、地下と天上へ移り住んだ。

 すでに人類は、科学の進歩のおかげで、移住と食料安保の為のスペースコロニー開発が進んでいた。
 だから、多くの人々は天上へ移り住むことを望んだが、居住スペースも食料も全ての人々を賄うほどのキャパシティはなく、その為、移住に際しては順番が決められてしまった。
 即ち、地位と名誉と能力を持つ者、それから財産家等の特権階級者が、先立って選ばれ、天上へ昇って行った。
 結局、地上に残されたおよそ八割の者が薄暗い地下の施設で、天上への切符を待つことになった。

 勿論、天上に移住した者たちは、一刻も早い救済にと、スペースコロニーの増設、そして火星への移住計画などを進めて行った。けれど、天上を仰ぎ見ることすら不可能な人々の失望は計り知れなかった。
 最初に絶望したのは年老いた者たち、それから明日を見失った大人たちが消えていった。
 結局、生き残ったのは絶望も未来も知らない少年たちだったと言う。

 大地は人間が予想するよりも遥かに短期間の自浄機能を行い、大戦からおよそ二十年で、人類が再び地上で生活可能なほどの大気に戻った。
 すでに生きる気力を失った大人たちを他所に、子供たちは暗い地下から這い出し、荒れ果てた地上で自由奔放に駆け回り、生き延びる智慧を養っていく。

 一方、天上に生きる者たちの火星の開拓は遅々としながらも、確実に進み、研究と技術により、火星の大地は少しずつ緑を増やしつつあった。
 地上の浄化を知ったメランコリックな人々は、懐かしい大地を求め、帰郷を願い出る者も少なからずあったけれど、軽い重力に慣れた天上の者たちは、重さを懐かしがるよりも、生きやすさを選ぶ者が多く、また荒廃した地上を復興する努力さえ億劫になり、再び地上に帰る者は一割にも満たなかった。

 だけど、年月が経ち、大戦を知らない世代が生まれ育つと、不思議な事が起きり始めた。
 天上で生まれた子供たちは何故か脆弱で、半数以上が十才も届かぬうちに死んでいく。
 薬も遺伝子治療も効かない短命の子供たちが増える天上。
 そして出生率も次第に減っていった。
 それとは逆に地上の子供たちの生命力は、輝くばかりだ。
 子供を持つ大人たちは、生まれた子供を一旦地上へと下ろし、丈夫に育ったら天上に戻すことを思いついた。
 つまり、自分たちが捨てた地上に子供を任せ、よく育ったらその実を刈り取るという、能率の良い子育て法だ。

 又、丈夫な子供が生まれるように遺伝子改造した体外受精が流行りだしたりもした。
 親たちは自分たちの子供が、誰よりも優良な人間になる事を願い、優性遺伝子の受精を願った。
 遺伝子改造された赤子の中で、極僅かだが普通ではありえない異能力を持った突然変異が生まれてくる。
 彼らは「ネオ・チルドレン」と、呼ばれたが、赤子の親たちは得体のしれない子を育てる事を忌み嫌い、養育院へ預けた。
 アスラもそのうちのひとりだ。

 アスラと出会ったのは、俺が五歳、アスラが三歳の頃だ。
 俺と由良じいが地球へ帰る途中、月を回る第ニコロニーに立ち寄った時だ。
 由良じいは初めての地球で過ごす俺が寂しくないようにと、弟代わりにアスラを引き取ったと言うのだが、本当は由良じいが養育院の中でとびきり弱いアスラに同情したからだと思う。

 出会ったばかりの頃のアスラは、言葉もうまく話せず、眩しさに目も開けられず、シクシクと泣いてばかりの子供だった。
 五歳の俺も、どうやってコミュニケーションを取っていいのかもわからず、由良じいにまかせっきりで、地球に降りるまではアスラにはあまり近づかなかった。
 
 俺達は宇宙港のある種子島に降り立ち、船で九州に渡り、それから途切れ途切れのディーゼル機関車とバスに揺られて、白川という山奥に着いた。
 ここは由良じいが、天上へ行くまで過ごして場所で、当時は最新式の天体観測所だった。
 由良じいは大好きな人とここでずっと一緒に、宇宙へ行くための勉強を続けながら、暮らしていたんだって。
 その人はもう居ないんだけど…さ。
 
 大戦後は観測所の仕事は必要なくなったから、由良じいは取り敢えず近くの水力発電所で、不足している電力供給の為に技術者として働くことになった。
 それだけじゃなく、大人の少ない郷(むら)で、奔放な子供たちとそれに手を焼く僅かな養育親たちに道徳や生活の為の学習を教えたりしていた。

 俺も最初は天上とは違った不便な生活に戸惑ったりしたものだけど、十日も過ぎれば、不便さが面白さに面変わりした。

 俺とアスラは天上では味わえない自然との共存の冒険を楽しんでいた。
 勿論、仕事で夜遅くまで頑張る由良じいを助ける為に、家事全般を引き受けた。
 掃除、洗濯などは難なく覚えたが、料理に関しては俺もアスラもよく判らず、味付けの失敗も多かった。
 だけど、由良じいはどんなにまずいおかずでも、「よくできたね。美味しいよ」と、褒めてくれた。
 だから、俺とアスラはもっと一所懸命に由良じいを助けようと誓い合ったんだ。

 アスラは地上の空気が肌に合ったようで、地上に降りてきてからというもの、見違えるように元気になった。
 言葉も自然に出るようになり、よく食べ、よく遊ぶ。
 由良じいがアスラ用にと、日光を通さない遮蔽ゴーグルを作ってあげたのも大きい。昼間でもアスラは目を閉じることなく、俺と一緒に走り回れるようになった。

 アスラは一時でも俺から離れないでくっ付いて回る。
 一度、郷の子供たちに追いかけられた事があり、よほど怖かったのだろうか、どこへ行くにも俺の後を追ってくる。
 俺が意地悪でアスラから姿を隠しても、必死で探し、必ず俺の居所を探し当てる。
「アスラはどうして俺の居場所がわかるの?」と、聞くと、
「ヒロの声が聞こえるから、すぐにわかるよ」と、言う。
 アスラは声を出さない俺の心の声を聞くことが出来るようだ。
そ れに昼間は眩しくて目が開けられないアスラの瞳は、夜になると灯りが無くても、すべてを見通すことができる。
 
 由良じいはアスラのような特異体質を持った子供は珍しくないと、言う。
 そして、俺もまたその能力者らしい。
 俺自身は別にこれといって特質すべき能力は見当たらないと思うけれど、由良じいは「ヒロは特別な子供だ。おまえのような完全な身体と優れた運動力は、遺伝子研究の中でも誰もが願ってやまないものなんだよ。まあ、おまえはあいつの子供の様なものだから、特別なのかも知れないね」
 そう言って俺の頭を撫で、愛おしそうに俺を見る由良じいが、俺は大好きだった。
 


  ヒロとアスラ1
↑…アスラに渡している虫はカブトムシ…だったらいいけど…毛虫とかやだな…


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夜を駆ける 3 - 2015.11.17 Tue

3
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燿平1



3、

 由良じいの本当の名前は「由良光流」。
 俺は由良じいの息子だけど、遺伝上は親子ではない。
 俺は…由良じいの最愛の人、葛城燿平のクローンとして生まれた。

 …ずっと昔、男と女が「お父さん」と「お母さん」で、ふたりの間から子供が生まれ、その子を育て、家族が出来、幸せな家庭を築くのが一般的な常識だったんだって。
 家族の形態も変わって、同性同士がパートナーになるのは珍しくないけれど、出生率減少を食い止める為に、必然的に体外受精が増えた。
 そして司法は、同性同士の婚姻を認める代わりに、作られた子供たちを養子にすることを条件にした。

 養育院で育った多くの子供たちが、同性同士や子供が出来ないパートナー達に引き取られていくけれど、皆が皆、幸せがどうかはわからない。
 俺は…ラッキーな子供だったと、今も思っている。

 さて、由良じいとそのパートナー「葛城燿平」の恋話をしよう。
 これは由良じいと燿平の養女、つまり俺の姉さんの「葛城月華」から聞いた話と、幼い頃、アスラと一緒に由良じいを急いて、無理矢理に聞かせてもらった純愛物話だ。


       ※


 由良光流が葛城燿平と出会ったのは、港の見える丘だった。
 名門の航空学専門校に入学した日、ふたりは一目でお互いに惹かれあった。
 全寮制の学校だった為か、ふたりは極めて平凡な、それでも純粋な愛を育てて行く。
 休日になるとよくふたりで色々な山を登った。
 山の頂で一つの毛布にくるまって、落ちそうなぐらい瞬く星空を朝方まで抱き合いながら観るのは最高の喜びだった。

 三年後、ふたりは宇宙飛行士と天文物理学の道を選ぶ。
 山間の天文観測所で研究に打ち込む由良の元に、燿平は足しげく通った。
 やがて燿平が二十歳の時、月へ初飛行。
 月面基地で宇宙開発技術者として仕事に従事する。
 一年後、天文物理学者として政府の命を受け、由良が宇宙に飛び立ち、燿平と共に暮らす。
 公私共のパートナーとして、またプランニングシステムに詳しい由良のサポートは燿平にとっても欠かせないものになっていた。

 ふたりが二十二歳の夏、地上で世界戦争が起きる。
 一週間後、ふたりは月から地上を望遠鏡で覗いた。
 人類の利己主義によって行われた凄惨な傷跡だけが映る地球の姿がふたりの眼に映る。
 ふたりの故郷も無残な荒れ果てた大地と化し、ふたりは言葉を失った。

 生き残った人々は我先にと天上へ昇りたがるが、なによりもまず、親を失った孤児の救済が望まれた。
 由良と燿平の親たちも多くの人々と同じように命を落とした。
 嘆く間もなくふたりは戦争で親を失い、天上の養育院に引き取られた多くの孤児のひとり「月華」を引き取った。
 三歳の幼い少女は、毎晩親を想って泣いたが、由良も燿平も辛抱強く彼女の悲しみを受け止め、寄り添った。
 ふたりは月華に両親の思い出をいつまでも忘れずにいて欲しいと願い、自分たちは育ての親だからと、名前で呼ばせることにした。
 月華は燿平を「ようへー」と呼び、由良を「由良じい」と呼んだ。
 理由は「由良おじさん」が難しかった為だと言う。

「なんで由良がおじさん付きで、俺が呼び捨てなんだ?」と、しばらく燿平は納得しかねるとむくれていた。
「いいじゃないか。呼び捨ての方が親しみやすい。俺なんかまるでじじいだよ。まだ二十三なのにさ」
「由良は歳の割に落ち着いているからじじいでいいよ。そうだ。おれも由良じいって呼んでやるよ」
「やめてくれ。マジで…」
 そうやって笑いあいながら、愛おしそうに互いを見つめあうふたりが、月華には何よりも心やすらぐ空間だったと言う。

 宇宙開発技術者として優秀な燿平を待ち望む機関は多く、燿平は未踏地の探査を請け負う事が多かった為、遠出の出張も多かった。長い時はひと月、二月もかかる。
 そんな時は由良も月華も燿平に付いて行くことが多かった。
 三人は傍目から見ても、仲の良い幸福な家族に映ったことだろう。

 2116年冬、燿平、由良は共に三十八歳を迎えた矢先、事故が起きた。
火星植民地計画の為、地形を探査中のクルーの探査車が深いクレバスに墜落し、燿平を含む五人の探査チームは行方不明。うち一人は奇跡的に重症ながら助かり、保護された。
 しかし、残りの四人については絶望視された。

 燿平の事故通知を受け取った由良は、燿平の死を信じなかった。
 遺体が発見されなかった事が一番の理由だが、由良には燿平の死の予感が感じられなかったのだ。
 燿平の仕事が危険と隣合わせであることは、充分認識していたが、不思議と燿平は「死」に遠い存在だと思っていた。誰もが希望しないどんな危険な区域も、燿平は先に立って偵察を試みた。そして必ず無傷で帰ってくるのだ。
 そんな燿平を「不死身の傭兵」と、名付ける程だった。
 遭難者の捜索も行われたが、彼らの遺体は発見されず、打ち切りとなった。

 宇宙開発従事者が事故で亡くなる場合、特別な措置として、彼らのクローン再生が許可される。残った遺族への配慮だが、望む者もそうでない者も「クローン」という選択には悩まされた。
 遺伝子を継ぐ者であっても、決して本人ではありえない。
 それにクローンと言っても、差し出されるのは生まれたばかりの赤子なのだ。
 パートナーである由良にも、政府からの燿平のクローンの申し入れは当然ながら受け取ったが、燿平は承諾できなかった。
 もし、クローンを受け入れたなら、愛する燿平の死を認めた事になるから…と、由良は慰める月華に告げた。
 由良は月華を連れ、火星を離れ、月のコロニーで暮らし始めた。
 傍に燿平が居なくても、この宇宙のどこかで燿平が生きて、いつか帰ってくる…そう信じることで、日々を生きのびることができる気がしたのだ。

 月華が進学の為に由良の元を離れることになり、由良はひとりで暮らし始めた。寂しげな由良を見かねた月華は、燿平のクローン再生を由良に勧めた。
「ようへーが死んだって私も信じてないよ。でも、一人ぼっちじゃ寂しいじゃん。由良じい、ようへーが死んでから一度だって心から笑ったことないじゃん。ねえ、新しいようへーを由良じいが受け入れても、ようへーは怒らないよ。由良じいが笑って暮らしてくれる方が、ずっと…ずっと嬉しいはずだよ」
「…月華…」
「ね、私も手伝うよ。新しいようへーの赤ちゃん、一緒に育てようよ、由良じい」
「…わかったよ。そうしよう」

 決して心から納得したわけではなかったが、これ以上、自分の事で月華を心配させる気にはならなかった。

 十か月後、燿平のクローンである赤子を抱いた時、由良は涙した。
 新しい命への感動と共に、もう二度と、生きた燿平には会えないだろう…と、絶望の涙でもあった。

 燿平のクローンは「葛城ヒロ」と名付けられた。
 首が座るまでは月華も由良と共に、育児に勤しんだが、思ったよりも子煩悩な由良の様子を見て、月華は少しばかり手を離して様子を見ようと学校へ戻った。
 ヒロとふたりきりになったばかりの頃、由良は時折ヒロを「燿平」と小さな声で呼んだりした。
 勿論、赤子の頃の燿平の様子など知るわけもないけれど、由良はヒロの何気ない仕草に恋人の名残りを探すことが日課となった。

 ヒロはよく泣いたし、よく笑った。
 腕白で我儘で負けず嫌い。
 帰宅する度に、月華は由良の育て方を叱った。
「あんな暴れん坊、見た事ないわ。由良じい、ヒロを不良にする気?」と、怒りだす。
「でも、燿平も小さい頃悪かったけど、段々おとなしくなったって言ってたし、そんなに気にする事ないよ」と、悪童を抱きながら能天気に返す由良に、さすがの月華もあきれ返ったと言う。

 

燿平akacyann 

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夜を駆ける 4 - 2015.12.01 Tue

4
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   夜を駆ける表紙-2



4、

 ヒロが五歳になった頃、由良光流は養女である月華に相談を持ちかけた。
 二十五歳の月華は、すでにパートナーと新しい家庭を築いており、月基地で医師として働いていた。

「聞くところによると地上も随分と浄化され、我々が移り住んでも大丈夫らしい。だから地上に戻ろうかと思うんだ」
「…そう」
 敢えて理由は聞かなかった。聞かなくてもわかる気がした。
 由良の隣でお土産のプリンを美味しそうに食べているヒロを月華は微笑ましく見つめた。

「ヒロ、美味しい?」
「うん、おいしいっ!月華がいつもここに居てくれると、おいしいのになあ~」
「いつも居たら、お土産はないわよ。たまに会えるから、お土産っていうの」
「ふ~ん。でも、俺はいつも月華が大好きだよ」
「ありがと」
 ヒロの大人びた言い回しに、思わず目尻が下がる。

 日一日とヒロは燿平に似通ってくる。
 まだ五歳のヒロは、仕草や話し方、笑い方、性格までも生きていた頃の燿平を彷彿とさせる。
 月華でさえそうなのだ。常時ヒロと一緒に居る由良の心はより複雑だろう。

「…本音を言えば…燿平がいない宇宙で暮らすのが、段々と辛くなってきたのさ。私も歳かな…」
「そう…。でも、地上に戻ったら、燿平を忘れられるの?」
「…白川の観測所跡を住処にして暮らすつもりだ。仕事は着いてから見つけるさ。あそこは昔、燿平と過ごした楽しい思い出が沢山あるんだよ。思い出の中で老いていくのも、悪くないだろ?」
「…由良じいらしいけれど、ヒロはどうするの?辺鄙な地域で子供が暮らしていけるの?まさか、ほったらかすつもりは…無いでしょうね?」
「無論、ヒロも連れて行くさ。今の私にヒロの成長を見守る事こそが生き甲斐とも言えるからね。でも…」
「え?」
「うん、もうひとり、養子を迎えようと思うんだ。ヒロの為にも同じ年頃の男の子がいいな。それもあんまり幸せじゃない子。親の居ない異種能力者…ネオ・チルドレンとか…」
「どうして?」
「幸せな子はそのまま幸せに生きて行くべきだから選択外だ。能力者の子供は養子になっても育て難いと言うけれど、ヒロならきっとその子と仲よくできるだろう。…あの子も変わっているからね」
「ヒロもネオ・チルドレンって事?…私には普通の子供に見えるけど」
「あの子の運動能力や適応能力は常人を遥かに超えているんだ。まだ幼いからわかりにくいけれど、いずれ自分でも違和感に思う時が来る。その能力を天上(ここ)で潰したくないんだ」
「日本の地なら平気って事なのね」
「わからないけど、ここは人の目が多すぎる。私もひきこもりたい年頃なのさ」
「困ったお爺さんだ事。まだ四十七なのに」
「もう四十七さ」
 由良は決して老けては見えない。寧ろ同年代の男性よりも若く見えさえする。
 しかし、昔から由良は大人びて見えた。傍らの天然に明るく楽天的で人好きする燿平と比べるからかもしれない。
 由良は物静かで、表情をあまり外に出すこともなく、知らない人が見れば冷淡な奴だと思われたし、誰にでも心を曝け出す性質ではないから、大人びて見えていた。
 そんな由良を、小さな月華は「おひげのない仙人さま」と、呼び名を付けたりしていた。

「判ったわ。隠居してもせめてテレビ電話くらいはある所に住んでよね。私も出来るなら会いに行くつもりだけど、何かあったらすぐに連絡してちょうだい。約束よ」
「ありがとう、月華」

 その時、由良はもう二度と天上に戻るつもりはないだろうと月華には感じられた。
 由良の言葉通り、由良は燿平との思い出の中で生きる覚悟なのだと…。


 養育院から紹介された小さなアスラを見た時、由良は自分に育てられるだろうか不安もあったと言う。だがシクシクと泣いてばかりのアスラが、なんとも痛ましくて、誰かの救いの手を待っているように思えた。
 燿平を助けられなかった自分を責め、埋め合わす為の必要な矜持だったかもしれない。
 由良はアスラをどこか自分に投影している…気がしていた。

「ねえ、アスラ。私たちと地上で暮らさないか?」
「地上?」
「そうだよ。畑や田んぼが広がっててね、上を見上げれば青い空が一面に広がっているんだ。木々のざわめきや吹き抜ける風の冷たさを肌で感じることができるんだよ。天上では味わえないものばかりだ。まあ、多少不便ではあるが、それも慣れれば快適になるはずさ。どうだい?アスラ」
「…」
 アスラに選択する権利などない。それに、どこに行こうが、アスラには不安しかない。

「俺と行こうぜ、アスラ。俺がおまえを守るから、大丈夫。安心していいよ」
 アスラより少し大きいヒロと言う少年の屈託のない笑顔を、薄目を開けた紫の瞳で見つめた。黒髪と澄んだ黒い目が、アスラを優しく見つめている。
 ヒロはアスラに両腕を差し出した。

「…ヒロと…一緒に…行く」
 ヒロの手を掴んだアスラを抱き寄せると、ヒロは耳元で小さく「アスラはかわいい」と囁いた。
 ヒロの行為にアスラは驚き、そして興奮した。
 自分を必要とされた事の無いアスラにとって、ヒロの強さがこの上もなく嬉しかったのだ。

 『この人の傍にずっといよう』
 小さなアスラは、心に誓った。

   ※

 地上に移り住んだ三人は、山林に囲まれた奥深い山間の郷での生活を楽しんだ。何もない静かさに、時折寂しさも感じたが、お互いの繋がりが深まっていく。
 三人は本当の家族のように、穏やかな日々の中に居た。

 そして十年が経った。

 或る夜、由良はヒロひとりを部屋に呼んだ。
「ヒロ、アスラと一緒に天上へ行きなさい」
「え?どうして?」
「…理由は、月に居る月華に聞きなさい」
「いきなり言われても、俺、どうやって行けばいいのかわかんないし、由良じいが一緒じゃなきゃ無理だ」
「私はここを動けないんだ」
「どうして?」
「政府との約束だからね…」
「…」
「それにアスラはもうすぐ十四歳になる。第二成長期に必要な治療が必要だ。月へ行けば、治療ができるし、アスラも大人の男として成長できるだろうから…」
「今のままのアスラじゃ駄目って事?」
 由良はヒロの質問に口を閉ざし、目を逸らすだけだ。
  
 アスラの身体は成長と比例するように生命力が弱っていく。
 火星から地球に降り、郷に来た頃は健康だったのに、十を過ぎる頃になると、季節ごとに熱を出すようになった。
 その感覚が次第に短くなり、由良じいは月か火星の研究所(ラボ)でメンテナンスするしか手立ては無いと言う。

「今のアスラには天上の方が体質が合っているのだろう…」
「そんなことないよ。アスラは…ここが好きだっていつも言ってる。俺と由良じいとずっと一緒に居たいって…。俺達を追い出さないでよ、由良じい」
「ヒロ、聞きなさい。アスラの事だけじゃない。おまえを天上に行かせるのは…おまえの本当の父親に会って欲しいからだ」
「本当の父親?…それって、葛城燿平の事?その人、火星で遭難して死んだんだろ?」
「…」
 またしても由良は口を閉ざす。
 今度は苦しげな、切ない顔をして俯くのだ。そんな由良を見て、ヒロはそれ以上言葉をかけることはできなくなった。

 しばらく経って由良はやっと口を開いた。
「遭難した場所から燿平が見つかった。氷河の谷間に落ちた燿平は、ちょうどコールドスリープ状態だったらしく、最先端の医療技術で、どうやら生き返ったらしいんだ」
「え?…ホント?」
「だが、意識の回復は相当に難しい…との、事だ」
「…」
「おまえにとって燿平は父親でもあるのだから、あいつに会って欲しい」
「俺の父親は由良じいだけだっ!燿平なんて知らないし、クローンだからって、俺は燿平じゃない。そんなこと、由良じいだってわかってるじゃないかっ!」
「…」
 
 ヒロは見たことも無い程に打ちひしがれた由良の姿を見た。
 由良と燿平…心から愛し合っていた…と、月華から聞かされていた。
 事故で死んでしまった燿平を受け入れる事にさえ、由良は何年もかかった。
 今また、燿平の身体が生きかえったとしても、由良が素直に喜べるほど簡単な話ではない。
 由良にとっての燿平は、あの時のままだ。
 そして その愛は今もずっと続いている。
 そんなことはヒロにもわかっていた。

 どうして今になって、生きかえったりしたのだ、と、ヒロは燿平を恨んだ。
 なんで俺がわざわざ苦労して、そんな奴に会いに行かなきゃならないんだ…
 アスラの身体の事があるとしても、ヒロは由良の命令を素直に受け入れられなかった。

「じゃあ、由良じいも一緒に行けばいいんだよ。由良じいの大切な人なら、由良じいと会えば、目が覚めるからもしれないじゃない」
 由良は黙ってヒロの身体を抱き寄せた。

「私はもう…燿平に会う勇気は…ない。それに…。私には天上へ昇る力は…もうないんだよ」
「…」
 
 ヒロは知っていた。
 由良の食事の量が減った事。
 時折、胸を押えて苦しそうな顔をする事。
 薬を飲み続けている事。

 由良は何も言わない。
 だけどある時、こう言ったのだ。
「猫は自分が死ぬ時を知った時、誰にも知らせないままに、姿を消すんだそうだ。どんなに可愛がった飼い主にも何に告げずにね。…孤高の姿とはああいうものなのかも知れない…」

 ヒロはもう何も言わずに、由良の言う通りにアスラと旅立つ事にした。
 由良は天上への旅券代わりのICタグの組み込まれたペンダントをふたりの首に掛け、十分な旅費を持たせた。

「旅券も旅費も十分にある。迷わないように詳しい道のりも綴ったからね」
「…」
 ふたりは泣きそうに由良を見上げた。
「大丈夫だ。おまえたちなら目的を果たせる。迷ったら星空を見上げてごらん。いつだっておまえたちの行く道を示してくれるだろう」
「…」
「…月に行けば、月華が待っててくれるからね」
「由良じいっ!」
 ふたりは由良にしがみついて泣いた。
 こんなに幸せなのに、どうして離れなきゃならないのだろう…。

「今はわからないことだらけだろうけれど、男の子はいつだって冒険者なのさ。見知らぬ未来を楽しめぬ者ほど、損な人生は無いのだよ…。さあ、行きなさい、未来へ」

 ヒロとアスラは由良に見送られて旅立った。
 何度も何度も振り返るその先に、小さくなる由良の姿がいつまでもふたりの瞳に映っていた。


夜を駆ける 3へ5へ

更新が遅くなりましてすいません。
坐骨神経痛の方が良くならず、長時間椅子に座っていることがままならず、痛みでなかなか集中することもできずにおります。
これからの更新もままならないかもしれませんが、描かないとストレスも溜まるので、少しずつ頑張ろうと思います。
長い目で見守ってやってくださいませm(。>(ェ<)。)m


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夜を駆ける 5 - 2016.03.18 Fri

5
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ヒロとアスラ5

5、
 当初、天上へ向かう種子島の宇宙港までの旅路を、ヒロはそう難しいとは考えていなかった。
 由良から渡された行程表どおりの道のりで、神戸港へ向かうまでは、順調だったのだ。
 それまでの地上の鄙びた山村での暮らしが、見慣れない巷の復興具合を見て、戸惑わせたのは間違いないが、生活すべてが機械で補われている天上の暮らしを知っているふたりには、まだ発展途上である街並が、どこか愛おしくさえもあった。
 
 ヒロとアスラは、神戸の港から乗るはずの船を何度見送ったかわからない。

 当初の予定通りに旅がいかなくなったわけは、由良から持たされた旅費が無くなったからだ。
 失くしたわけでもない。
 ただ街の片隅に佇む自分たちを同じような歳の子供たちが、ボロボロの服を纏い、生き延びる為に店で食べ物を盗み、警察に捕縛される場面に出会った時、それを無視できなかっただけだ。
 ヒロとアスラは彼らに同情し、持っていたお金で、食べ物や服を買い、彼らに与えたのだった。
 タカトはふたりの行動を知り、自分たちの仲間にならないかと誘った。
 ヒロとアスラはタカトの志を知り、一時的にでも彼らの助けになろうと決めたのだ。

 由良の言いつけを忘れたわけでもない。アスラの身体の事もヒロの頭から一時さえも消えた事はない。けれども、必要とされる力を懇願されたら、拒む強さも無かった。
 昔見た、映画のヒーローになりたかったのかもしれない。

 予定よりも大幅な遅れはあったが、タカトのおかげでヒロとアスラはなんとか鹿児島の志布志港まで辿りつける手筈が整った。
 ヒロ達が乗船するコンテナ船は中型のセミコンだった。
 はしけに繋がれた船を確かめたアスラは、案外に気に入ったらしくはしゃいでいる。
「あれの乗るの?結構面白い形してるね」
 確かにその船はデッキにクレーンも装備され、ランプウェイの付いたロロ船に近い形をしている。船体には大きく「鬼切丸」と示され、ヒロはその雄々しさに思わず笑ってしまった。
「見かけは古い割に面白そうだけど、船員たちの動きを見ていると隙が無い気がするな。アスラ、おまえを荷袋に入れて荷物と紛らわせるから、船内に入り込んだら俺が来るまでじっとしているんだよ」
「じっとしてるの、苦手だけど仕方ないね。その代り早く迎えに来てね」
 信頼の笑みを見せるアスラに、ヒロは力強く頷いた。

 コンテナには多くの密航者が忍び込むため、船員たちは用心深くコンテナをひとつひとつ調べながら積み込んでいる。だからヒロは作業員のフリをして、アスラを忍び込ませ、ヒロ自身は船がパージを離れた隙に、岸壁から船のハッチへ飛び移ったのだ。
 辺りは陽も暮れ、暗闇に紛れたヒロの姿に気がつく者は居なかった。
 思うよりも鼻腔を突く潮の匂いが、ヒロの神経を逆なでたが、「どうせすぐに慣れる」と、自分に言い聞かせた。
 ヒロの順応性は、特異能力のひとつかもしれない。
 どんな環境でもヒロの身体の機能は乱れることが少なかった。
 ヒロはそれが嬉しいも悲しいとも思わない。彼は望まれて生まれてきたには違いないが、奇跡のシロモノではないと、自覚していたので。

 ヒロはアスラを隠したデッキの隅の棚に近づき、アスラを荷袋から出した。
 ヒロの顔を見たアスラは、緊張した顔を弛ませ、両腕をヒロの首に巻きつけた。
「怖かった?」
「少しだけ…」
 ぐっしょりと汗を掻いたアスラを抱きしめ、「もう大丈夫だから」と、両頬を撫でた。
 
 ふたりが忍び込んだコンテナ船は鹿児島の志布志港を目指し、定刻通りにゆるやかに神戸港を出航した。

 予定通りの航行なら、二日後には鹿児島へ着くはずだ。それから種子島までは月に居る月華に連絡した後、定期船に乗り込めばいい。
 きっと月華は怒るだろう。このひと月の間、何も連絡をしていないのだから。
 由良じいはどうしているだろう。具合が悪くなっていなければよいのだけれど…
 天上に居る燿平はまだ眠ったままなのだろうか、それとも目を覚まして由良じいの事や俺達の状況を知ってしまっただろうか…。
 早く天上へ行かなきゃならないのに、燿平の事を考えると、心が重くなる。
 一刻も早くアスラを天上の医療施設へ連れて行かなきゃならないのに…。

 積まれたコンテナの片隅で持たれるアスラの体重を愛おしく思いながらウトウトとしていたヒロだったが、ふと抱きしめたアスラの身体が熱い事に気がついた。
 アスラの呼吸が乱れて、ぐったりとしている。
 水筒の水を飲ませてやるが、アスラは「大丈夫だよ」と、力なく呟くばかりでどう見ても重症だ。
 どこかで休ませてやらなければならない。出来るなら安全に休める温かい部屋のベッドに寝かせてやりたい。
 二日分の水と食料は持っていても、デッキの上では身体も冷えるばかりだ。
 ヒロはアスラを背負い、船内への階段を探し、空き部屋を探した。
 
『ヒロ、誰か来るよ…』
 アスラのテレパシーがヒロの頭に聞こえてくる。
 人の気配ぐらいわかってはいるが、この場合どうみても非常事態だろう。
 この船の船員の誰かに少しでも良心があれば、子供ふたりの密航ぐらい許してくれないだろうか。そんな甘い世界ではないことぐらい、わかってはいるのだけれど…

 くそっ、PSI能力があれば、もっと楽に片づけられるのに…。中途半端な特殊能力なんて、役にも立たない。

 ヒロは堂々と人影のある方に歩いた。
 船員はふたりの子供の存在に驚き、すぐに捕獲した。
 デッキに連れ戻されたヒロとアスラは五人ほどの船員に囲まれたが、どれも一目ありそうな面構えでとにかく人相が悪い。
 しかも各々の腰に拳銃やナイフが見える。

「どうした。海に出たばかりだぞ。なんか起きたか?」
 一番奥から体格の良い髭面で強面の男が歩いてきた。
「親分!子犬?いや、鼠が二匹忍び込んでいたんでさあ。潰してやろうと思ったんですが、あんまり小せえので、どうしたもんかと」
「こっちのガキは見慣れねえ髪と肌の色してますぜ。人買いに高く売れるかも」
「ばかやろ~。今更人の道に外れるようなしちめんどくせえことはするなって親分からさんざ言われているだろうがよお~。海に投げ込んでしまうのが一番てっとりばえぇ」
「でもこっちチビ、具合が悪そうだぜ?」
「知るか!密航した奴らに同情はいらねえって親分が口が酸っぱくなるぐれえ、言ってるじゃんかよ」
「うるせ~、親分親分言うな!俺たちゃ、もう海賊じゃねえんだ。お上にも認められたいっぱしにコンテナ船のオーナーさまで、おまえらは船乗りなんだからよお。俺の事は船長って呼べって言ってるだろうが!」
「「「はいっ。船長!」」」
 どうみても船長というガラではないのだが、ヒロは親分と呼ばれた男の顔をじっと見つめ、取り敢えず自分たちの敵ではないと理解した。
 恐ろしい程の悪人面だが、滲み出るオーラは澄んでいる。
 昔、由良じいはヒロとアスラに「身の危険を感じた時、相手の人柄を見極めることは、大切な事だ。その際、見かけは大した問題じゃない。法に従う者でも、自分にとって敵となる者もいれば、悪行に生きる人間でも心底悪い奴かどうかわからないからね。幸運なことにヒロもアスラも感応力がある。自分にとって味方か敵か、決して見た目で惑わされてはいけないよ」と、教えてくれた。その時のヒロは、見かけが綺麗なら心も綺麗なはずじゃないのかな…と、思ったものだが、郷(さと)を出て、タカトたちと暮らしたひと月で、随分と物の見極め方を学んだものだ。
 「知らないものを知る意義は自らの活力を高める事にある」と、由良じいは言ったが、この危険極まりない事態の最中、そういう悠長な気分にはなれそうもない。
 そう思ったら、なんだか可笑しくなった。

「なに笑ってやがる、チビども」
「いや、なんか、ガラが悪い割に、みんなイイヒトそうだから、少し安心したんだ」
「いいひと?俺達が?…だとよ」
 全員が品の無い声で笑った。
「そう、見た目で判断しちゃいけないって、養い親から教えられてるんだ。それに俺達はチビどもじゃないよ。俺は葛城ヒロ、十七歳。こっちは由良アスラ、もうすぐ十五歳。俺たちは天上に行く為に種子島の宇宙港まで行きたいだ。タダ乗りで黙って乗船してたのは悪いけれど、持ち合わせのお金がなかったんだ。今はお金が無いけれど、天上の月のコロニーには家族がいるから、必ず船賃は払います。この子が、アスラが…病気なんだ。どうか、彼だけでも休ませて下さい。頼みます」
 ヒロは親分と呼ばれている男に両手をついて頼み込んだ。

「…おめえら、天上から来たのか?」
「十年ほど前に…天上から降りて、北陸の山の里で暮らしていた。でも、アスラが…この子には天上のラボでメンテナンスが必要だって…。そうしなきゃ…」
 この先、アスラの身体がどうなるのかさえ、俺にはわからない。ただ、こいつの笑顔だけは、守りたいって…ずっと俺の隣で笑っていて欲しいって願うから。
 その為なら俺は…

 親分は腕組みをしたまま考え込み(多分フリだけだろう)他の船員たちに「おい、このチビは病気だとよ。こんな可哀想なガキを海に投げ出せる奴はいるか?まあ、三倍分の船賃は当然頂くものとして、港まで載せてやれねえわけもねえ。なあ、、皆」
 親分の言葉に船員たちはしぶしぶと「しょうがねえな~」と、言いつつ、各自背を向けてデッキから消えて行く。

「ほんとに?本当に載せてもらえるんですか?親分」
「船長と呼べ。まあ、仕方ねえさ。天上に行きたいなんて、変わり者、ほっとくわけにもいかねしな。それに…おまえら、能力者だよな。それもそれでようよう生きにく世の中だよなあ~」
「船長…」
「うちの船には船医が居るから、そのガキ、見てもらえ。まあ、五日間の船の旅だが、楽しむといいさ」
「五日?」
「そうさ、この船は一旦志布志の港に貨物を卸すんだが、そこから種子島まで別の荷物を輸送する予定だ。おまえらはついでの荷物って事にしてやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「運賃ははずんでもらうぜ」
 そう言ってブリッジに帰っていく船長、冨樫十蔵の大きな背中にヒロは深く頭を下げた。

 由良じい、やっぱり世の中棄てたもんじゃないね。こんなに良い大人だっているよ。
 きっと、あの人は俺とアスラを導くひとりになるよ。
 そして、俺はきっとあの人を救うことになるよ。
 そんな気がするんだ。



夜を駆ける…4へ /6へ

そう、そんな気がするだけ…
いやいや、あと、三回ほどで終わる予定だし~
次回は親分との会話中心だろうね、きっと…そんな気がtね


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