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2009-02

水川青弥 「出会い」 2 - 2009.02.16 Mon

 おれは夏が嫌いだ。
 蒸し暑いし、汗をたくさんかくし、だるくてなにも考えられなくなる。
 春の間は居心地のよかった温室も、日が高いうちは使えなくなった。長かった梅雨が明けてからは、朝と夕方に水やりをするようにしている。とくに太陽が傾いた放課後が、おれの本格的なくつろぎの時間だった。煉瓦造りの校舎と西に落ちていく太陽が作り出す影に温室が呑み込まれるまで、大抵ここでひとりで過ごしている。
 おれは気持ちの赴くままにスケッチブックに鉛筆を走らせる。そうしていると、その日あったくだらない出来事を忘れることができる。ささくれ立って荒れ果てた心を平らにならし、その上から自分の求める平穏な時間を上書きする。おれにとってそれは毎日の儀式のようなものだった。
 手元が暗くなってきて、おれは植物のスケッチを断念した。鉛筆とスケッチブックを鞄にしまい、南の国の大使館を挟んだ隣の敷地に建つヨハネの学生寮へ帰る。
 寮での生活にプライベートはない。1年生は基本的に4人部屋で、2、3年生になると2人部屋になる。大学の受験勉強に集中させるためと、共同生活に馴染めない生徒が退寮して部屋に空きが出るためらしい。
 けれど、おれは人数の関係で最初から2人部屋を割り当てられた。ほかの1年生は羨ましがるけど、2年生と同室だからおれとしては微妙だ。
 この2年生のルームメイトがまた変わり者だった。
「ぼくのことは猫かなんかだと思って」
 初対面の日、おれよりも頭半分ほど小さくて色白の根本香樹(ねもとこうき)は、全体的に小作りな顔の中でアンバランスなほど大きなつり目をくりくりさせながら言った。
 猫というだけあって、彼の行動はいかにも気ままだった。おれの知る限り、彼が部屋でじっとしていることはほとんどない。もしかしたら本当に縄張りのパトロールでもしているんじゃないかと思うくらいだ。おかげでおれはほぼ1人部屋状態だ。生来、他人とコミュニケーションをとるのが億劫な性格のおれにはむしろ都合がよかった。
 根本先輩が部屋に姿を現したのは、消灯前の点呼の直前だった。
「なんだ、テスト終わったのにまだ勉強してるの?」
 先輩がおれの肩越しに机の上を覗いていた。
 おれは数学の問題を解く手を止めた。そういう先輩が部屋で自習をしているところを、おれはまだ一度もみたことがない。もう2年の夏なのに。ヨハネは進学校だから、この人も一応は大学へ進学するつもりなんだろうけど……。
 そのとき、ドアをノックする音が響いた。ドアが開いて、寮長の3年生が顔を覗かせる。
「お、猫はちゃんと戻ってたか」
「たまにはね~」
 たとえ相手が上級生であっても、根本先輩のマイペース振りは変わらない。ある意味あっぱれだ。
 そういえば、根本先輩が点呼の時間に部屋にいないことなんてざらにあるのに、問題になっている様子がまったくないのは不思議だ。
「いつもこうだと助かるんだけどね。お楽しみも程々にな」
 寮長が形ばかりの点呼を済ませて立ち去ると、根本先輩が話しかけてきた。
「水川はなにも訊かないよね。ぼくに興味がない?」
 突然そんなことを訊かれても……。
「訊いてもいいんですか?」
「いや、困る」
「だったらいいじゃないですか」
「でも丸々無視されてんのも癪に障るな。言っとくけど、ぼくここのアイドルだよ? 同室になって4ヶ月、いまだになんにもないなんて信じられない!」
 おれにはこの人がなにを言っているのかわからない。
「わかった! 堅物な水川となら間違いも起こらないだろうと思ってぼくと同室にしたんだ! もしくはこいつもぼくと同じタイプなのか。そしたら間違いなんか起こりっこないもんな」
「間違いって? タイプって?」
「あいつ、そんなに心配ならぼくに首輪でもつけておけってんだ」
 どうやらおれの声は耳に届いてないらしい。
「ふんっ、ぼくはいつだって自由だ。誰と同室だろうと関係ないもんね」
 そう言って先輩は再びどこかへ出かけていった。
 一体あの人は何者なんだろうか。
 そして、この寮を監督しているはずの教師はなにをやっているのか。


 朝、学校に着くと、廊下に人だかりができていた。先日の期末テストの結果が貼り出されたのだ。
 おれも見にいこうとしたら、群の中から面倒な男がこちらに向かって歩いてきた。
「おはよう、水川」
「……おはよう」
 挨拶をしてそのまま脇を通り過ぎようとしたら腕を掴まれた。
「わざわざ見にいかなくても教えてやるよ。今回、水川は2位だったよ。惜しかったな」
「ああそう」
 腕を引こうとしたが、がっちりと掴まれていて振り解けない。
「もちろん1位は僕だよ。水川、いくらトップの成績で入学しても、そのあと結果を出せないようじゃ意味ないよな」
 同じ理系クラスの高橋は、入試でおれがトップだったことがよほど口惜しかったらしく、なにかとおれに対抗心を燃やしてくる。はっきり言って面倒臭い。
 高橋の言葉を上の空で聞きながら、おれは前方の人だかりに視線をやった。すると、その中のひとりに自然と目がいった。隣のクラス、つまり文系クラスの生徒だ。名前はたしか宿禰とかいったはずだ。取り立てて目立つ存在ではなかったけど、長めの黒髪と端正な容貌が人目を惹く。ひと言で言うならば“色男”というやつだ。
 不意に、宿禰と目が合った。まさか向こうが気づくと思ってなかったおれは、慌てて視線を逸らした。
 おれはあいつを長く見すぎていたのかな。
「おいっ、聞いてるのかよ」
 おれの腕を掴んだままの男を思い出し、おれは視線を高橋に戻した。
「聞いてなかった」
 正直に伝えると、高橋の顔が見る見る赤くなっていく。
「こいつ、バカにしやがってっ」
 高橋は逆上し、おれの制服の襟元を両手で掴んだ。
 おまえが1位だったんだから、それでいいじゃないか。
 そう言ってやりたかったけど、襟を締め上げられてうまく声が出ない。
 周囲の生徒たちもようやくおれたちの異状に気づいたらしく、高橋の友人が止めに入ってきた。
「おい、高橋、やめとけよ。くだらないことで問題を起こすな」
 そのひと言で冷静さを取り戻した高橋は、おれを放して友人と一緒にそそくさと立ち去った。
 残されたおれは壁にもたれて咳き込んだ。
 ふと視線を感じて涙目を上げると、その先におれを見つめる宿禰の姿があった。
 彼がなにを思っているのかはわからないけど、自分の醜態を見られたことが恥ずかしくて、おれは彼に背中を向けてもと来た道を戻り始めた。

                                            text by sakuta



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