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2009-05

宿禰凛一 「追想」 15 - 2009.05.30 Sat

15.
「月村さん!どうしたのさ!」
「なんでもない。さっき外でちょっと転んで、腕を打ったんだよ。大丈夫、大したことはないんだ」
「ピアニストなのに、腕とか怪我しないでよ。月村さんのピアノを聴けなくなってしまったら、何の為にあの店に行くのかわからなくなるだろう?」
「…凛一君は本当に、人を喜ばせるのが上手くて、腹が立つ」
「本気で言ってるんですよ。それに俺の事は呼び捨てで結構。月村さんは休んでてよ。腕が痛いんじゃ食事の用意も無理だろ?俺、なんか作るよ」
「予定があるんだろ?俺の事はいいから帰りなさい」
「…いいんだ」
 俺は台所に向かい、汚れ物を洗い始めた。
 この分だと帰れそうもない。慧一は俺を待っているだろう。
 俺はまた慧一を裏切る。後悔と罪の意識に苛まれるのはわかっている。
 それでも俺はここ居る事を選んだ。
 逃げているだけだとわかっているんだ。

 ふたり分の簡単な食事を作り、コタツの上で向かいあって食べた。
 慧一の事を思うと、美味いかどうかの味がわかるわけも無く、月村さんも口数が少ないから、自然と静かな晩餐となる。
「せっかくのクリスマスなのに、良かったのかい?」
「兄貴が…待っているんだろうけど、いいんだ」
「兄さんか…羨ましいね」
「何が?」
「凛一みたいな弟がいるだけで、兄さんは幸せ者だろう」
「…俺は鬼っ子だよ。兄貴に迷惑ばかりかけてる」そう言うと、月村さんはただ黙って微笑した。

 月村さんは頭痛がすると言うので、いつも寝ている部屋に布団を敷いて寝るように促した。
「凛一はただのお坊ちゃんじゃないんだな。何でも出来るし、驚いたよ」
「これぐらいは当たり前です。それより月村さんがニューヨークに住んでたっていうのが信じられないよ。なに?このせんべい布団」
「シカゴにもボストンにも居たけど、日本の畳とせんべい布団が一番寝心地がいいんだ」
「お嫁さんでも貰えばいいのに」
「…こんな駄目な奴に、誰もかまわない」
「俺はかまってもいいけどね」
 薄い布団に潜り込んだ月村さんは怪訝そうな顔で俺を見た。
「君は嶌谷さんの恋人だろう?」
「え?嶌谷さん?…あはは、凄い誤解だよ。嶌谷さんは俺の親父みたいなもんだ」
「…嶌谷さんの自宅に入り浸ってるって聞いたんだが」
「…それ、嫉妬してんの?嶌谷さんに?それとも俺に?」
「…」
「俺、月村さんが好きだよ。月村さんとだったら寝てもいい」
 俺は月村さんの隣に滑り込むと、肘を立てて寝ている彼を覗き込んだ。
「天使のクセに俺を地獄に突き落とすつもりかい?」
「天使でも悪魔でもない。俺は宿禰凛一だよ。それ以外にはなれないし、なる気もない」
「潔いね」
「間違っても天の御使いではないって事」

「凛一、俺を…救ってくれないか」
「何の話?」
「初めて…君をサテュロスで見た時、天使がいると思った。君の背中に虹色に輝く羽が見えたんだ」
 俺は驚いた。梓と慧一が良く吐いていた言葉を、この人は同じように言うんだ。
「…俺に羽なんか無いよ」
「いや、凛一にはあるんだよ。でも天使かどうかはわからなくなってしまいそうだ…こんなに俺を誘惑する 奴は天使にしとくには勿体無いからね」
「じゃあ、メフィストフェレスだ。俺と契約する?ペンタグラム無しでもご主人の命には死ぬまで叛きませんよ」
 俺は月村さんの顔にぎりぎりまで近づくと、額にキスをする。
「…俺は哀れなファウストか?…俺がおまえに傅きたいよ、凛一…君は俺の光だ」
「どこに連れて行って欲しい?」
「おまえの夢でかんじがらめにして欲しい…」
「じゃあ、抱いててあげるよ。月村さんが目を覚ますまでね」
 彼の胸に頭を乗せ、俺は月村さんの鼓動を聞いた。
 耳の奥に響く心臓の音が俺の鼓動と重なって、和音となる。

 深夜遅く、帰宅した。リビングもキッチンにも灯りはついていない。
 当たり前だ。
 自分の部屋に戻ると、机にリボンをかけた箱が置いてあった。慧一からのクリスマスプレゼントだろう。
 俺はその包みを開けた。
 前から欲しがっていた腕時計だった。IWCの最新モデルだ。
 胸が痛い…目頭が熱くなる。
 どうして慧一は俺を泣かせることばかりするのだろう。

 俺は慧一の部屋の前に立った。ドアの隙間から灯りが見える。
 まだ起きているんだ。
 俺はドアを叩いた。
「凛一か?」
「そうだよ」俺はドアを開けないまま応える。
「…入れよ」
「ここでいい。…慧、今日はごめんね」
「…いいよ」慧一の声が近くに響いた。
 ドアの向こうにいるのだろう。
 ドアノブが動くのを感じて俺はそれを止めた。
「開けないで聞いてよ。プレゼントありがとう。でもあんな高価なものは俺にはふさわしくない。俺はもう兄貴の期待に応えられるような人間にはなれないから…だから、見捨てていいんだよ。恨んだりしないから…慧は自由になっていいんだ…」
 ドア越しに俺の名を小さく呼ぶ声がした。
「凛…おまえを愛しているんだ」
「そんな資格、俺にはないよ」
「関係ないだろう。おまえは俺の弟だ。おまえを幸せにしたいと願うのは本能だろう。おまえが俺をどう思っても構わないよ。でも…信じてくれ。俺は凛一を愛してる」
 慧一の言葉は今の俺には、あまりにも純粋に美しく輝き、それに触ることさえ適わない。
 俺は、どうしようもなく腹立たしかった。
 俺自身に、慧一に、愛という尊いものに…


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慧一の話は  早春散歩1よりどうぞ~
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宿禰凛一 「追想」 14 - 2009.05.29 Fri

14.
 それからというもの、俺は月村さんの演奏する日には必ず店に出向いた。
 月村さんは相変わらずそっけない。
 俺が十喋ってもつっけんどんに一応えるだけだった。
 それでも、俺は構わずに彼の姿を見つけると追っかけては、色々と話しかけ、なんとかして自分に振り向かせようと必死になった。
 嶌谷さんは、俺が月村さんに付きまとうのを嫌ったが、俺は構わなかった。
「凛一、あの人はノーマルなんだから、やめとけって言っているだろう」
「別に月村さんとやりたいって思っているわけじゃないよ。そういう風に勘繰る嶌谷さんがおかしい。俺と嶌谷さんみたいな関係を月村さんに求めてもおかしくないよね。どうしてやかましく言うのさ」
「…月村さんのピアノの腕は認めるけど、何だかなあ…光が見えないっていうか…何故だか凛一を近づけさせたくないんだよ」
「…それ理由になってないし…」
「俺にもわからんが、兎に角、あんまり深入りするな」
 嶌谷さんの杞憂はこの際無視だ。
 俺は自分が興味をもったら、とことん突き詰めなきゃ納得できないタチなんだから。

 俺に根負けしたのか、しつこさに呆れたのか、月村さんは少しずつ柔らかい表情を俺に見せるようになった。
 俺が喋りかけても、嫌な顔はせず、少し呆れながらも返事をくれ、どことなく嬉そうな顔まで見せてくれるんだ。
 俺は何となくわかった気がした。
 この人は俺と同じように愛を欲しがっている。
 それを俺が与えても構わないだろう。

 今年のクリスマスには慧一が帰っていて、ささやかなパーティをしようと提案してくれた。俺は今の慧一には慣れなかった。
 一緒にいると居心地が悪くて仕方が無い。
 甘えたいのに鍵がかかっているみたいに、胸がつまって言葉が出ない。
 ひとつは慧一がシカゴから帰ってくる度に大人になり、見慣れたはずの整った顔は益々輝いている。
 それに引き換え…

 俺は自分の汚れ加減を見られるのが恥ずかしかった。
 慧一に窘められたのにも関わらず、今でも俺は男も女とも遊んでいる。
 自分の貞操観念の弱さを呪った。
 強く求められれば、愛していなくても要求に応えてしまう。
 俺は愛してもらいたがったんだ。
 それが間違った目的だとはわかっているけど、欲望と快感が二重になった誘惑に勝てる気がしない。
 だから慧一の前ではいつも贖罪を求めている自分がいた。
 慧一が悪いわけじゃない。でもどこかできっと俺に失望している。
 …そう思うと真っ向から慧一の顔を見る勇気はでない。

 二十五日の昼過ぎ、俺は自宅を出た。
 行きがけに慧一の「夕食には間に合うように帰りなさい」と、言う言葉が、嬉しいのに素直に返せなくて、「気が向いたらね」と、天邪鬼な言葉を吐いた。
 兄貴と差し向かえでクリスマスを迎えるなんて、想像しただけでも胸がつまる。
 どうしてなのかわからない…嬉しくて仕方が無いのに怖いんだ。

 早かったけど「Satyri」に行ってみた。
 勿論まだ開いていない。
 嶌谷さんのマンションにでもと思ったけど、ふいに思いついて、月村さんに会いに行くことにした。
 自宅は知らなかったが、店の常連の戸田さんなら知っているかもしれない。
 俺は戸田さんが経営する近くの喫茶店に出向いた。運が良いことに戸田さんは月村さんの自宅を知っていた。
 俺は途中でケーキ屋の前でサンタの恰好をした売り子さんからクリスマスケーキを買い、その足で月村さんの自宅に向かった。
 電車で三つ先の駅で降り、住所を辿って行き着いた場所は見るからに格安であろう薄汚れたアパートだった。
 鉄骨の階段を上がって、紙の表札で確かめ、呼び鈴を押す。
 返事がないので仕方なくドアの前に座って待つことにした。
 雪は降っていなかったけど、さすがに北風が身に沁みて、何度も手に息を吹きかける。
 こんなにまでして月村さんを待つ意味が自分でもわからなくて、なんだか笑いが込み上げてくる。
 あの人を愛しているのか?
 …トキメキも熱くなる情熱もどこを探しても見つからない。
 なのに…
 俺はあの人に何を求めているんだろうか…

「凛一…君」
 名前を呼ばれて見上げると、驚いた顔をして俺を見つめる月村さんが居た。
「どうしてここが?」
「戸田さんに聞いたんだ。あの人の喫茶店に良く行くんでしょ?住所録にあなたのがあった」
「…そう」
「上がらせてもらってもいい?さすがに凍えて風邪引きそう…」
「あ?ああ、勿論。凛一君に風邪でも引かせたら、嶌谷さんになんて罵られるかわからない」
 急いで玄関を開けて部屋に招いてくれた。
「月村さんもお小言貰ったの?」
「君の事がよっぽど大事なんだろうねえ。懐いてもほおっておいてくれと言われたよ」
 中に入ると、狭いキッチンとそれに繋がる部屋が見える。あまりの狭さに驚いた。
「月村さんってプロのジャズピアニストだよね…お金無いの?」
「…部屋の事か?独り暮しにはこれくらいありゃ充分だよ。金は…確かに無いがね」
 狭い部屋の中央にはコタツがあるだけ。
 そのテーブルの上には、煙草の吸殻で山になった灰皿と幾つものウイスキーやらジンやらビールの缶やら…
「月村さんってニコチン中毒でアル中なの?典型的な社会的落伍者だね」
 ワザとオーバーに溜息を付いてみせると、彼は「小賢しいことばかり言うガキだね。大人には大人の事情っていうもんがあるんだよ」と、軽く頭を小突かれた。

 座るように促されたが、俺は畳とコタツが珍しくて凝視した。
「そんなに珍しいのかい?」
 台所の蛇口で口を濯ぎながら、月村さんは俺の様子を伺っている。
「うん、俺ん家には畳もコタツもないから。ついでに言うとこんな狭い部屋もない」
「悪かったな、狭くて汚い部屋で」
「いいじゃん、すぐにエアコンが効いてさ」
「悪いがそのエアコンも壊れているんだ」
「…サイテーだ…」
 狭い台所から出てくると、俺にマグカップを差し出す。
「ほら、珈琲でも飲めよ。インスタントだがね」
「…珍しい飲み物をありがとう。初めての経験って奴」
「とことんボンボンだな。育ちがいいとそんな綺麗なお顔になるのかね」
「この顔は元々だよ。父と母の愛の結晶だね」
「それは良かったな…折角のクリスマスなのにこんなところに居ていいのかい?立派なご邸宅に帰ったらどうだい」
「うん、帰るよ。その前にコレ」と、さっき買ってきたクリスマスケーキをコタツの上に置く。
「…ひとりでワンホール食えっていうのか?」
「友達や恋人とかいないの?」
「…」
「まあ俺が友達になってやるからいいか」
「ありがたいね」月村さんはヤレヤレと言った具合に応えた。

 暫く話し込んでいたら夕刻になったから、帰ろうと立ち上がり玄関に向かう。
「じゃあ、俺帰るね。また店で」
「…ああ」
 玄関を出ようとすると、バタッと低い音がした。
 振り返ると月村さんが膝を突いて腕を押さえている。
 俺は慌てて部屋に戻った。




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宿禰凛一 「追想」 13 - 2009.05.28 Thu

13.
 翌年になり、俺は相変わらず独りだったけれど、「Satyri」という自分の居場所を見つけ、店に入り浸っていた。
 嶌谷さんは、「義務教育だから学校が第一だ」と言って、週3日と決めて、それ以上来るのを許さなかったから、他の日はまた道場通いか、適当に街で遊んだりして過ごした。

 「Satyri」に来る大抵の客は大人の方たちで、俺みたいな小僧は居なかったからか、俺は大層可愛がられた。
 たまに誘われたりしても、危ない客だったら嶌谷さんや常連さん達が止めてくれたし、ひとりになりたく無い時は嶌谷さんのマンションに泊まらせてもらう。
 嶌谷さんは、今は決まった恋人は居ないらしく、いつもひとりで生活している。
「独りでさみしくないの?」と聞くと「この歳になると恋愛する労力が面倒なんだよ。俺は仕事以外はあまり関心がないんだ」
「俺のことは面倒みてくれてるじゃん」
「凛は居ても邪魔にならないし、第一恋愛対象にならないから気を使わなくて済むだろ?」
「一度くらい俺と寝たいって思わないの?」
「あのな、いくらおまえが綺麗で魅力的だとしても世の中の全員がおまえと寝たい奴ばっかだと思うなよ。 俺にとっておまえはそういう意味では問題外!」
「じゃあ、俺、嶌谷さんの息子みたいなもんだね」
「それも遠慮しとく。責任がないからこうやって適当に世話できるんだよ。おまえの兄さんのようには、俺は到底できる気はしないよ」
 そうは言っても嶌谷さんの俺を見る目は、慈愛に満ちていて、いつもどこかしら危ういと言いつつ俺を見守ってくれている。

 慧一とは時折メールのやり取りをするぐらいだ。
 三月の初めに一週間ほど帰国したが、お互い変によそよそしく、他人行儀であまり会話も出来なかった。
 あれだけしていたキスもハグも、出来る雰囲気じゃなかった。
 どうしてなのかわからないけど、慧一との間に壁が出来ている感じで、もう元には戻れないのかもと、寂しくてたまらない。
 それを嶌谷さんに伝えると、「お互い客観視できる立場になったと思えばいいんじゃないか。悲観することじゃないよ」と慰めてくれる。
 でも俺は、慧一とはそういう距離感のある関係ではいたくないんだ。
 お互いの感情を隙間なく通わせたいんだよ。
 俺がもっと慧一を理解しないと駄目なのかもしれない。

 俺は慧一の事を思う度、刹那的な感情を胸の中に呼び起こすようになり、息苦しくなった。一種のアレルギー症候群だと自分を哂うしかない。

 「Satyri」で行われる生演奏は、ここに来る客の目的であり、存分に満足させられる演奏者により、多少値段が高額であろうとも店が成り立っている。
 演奏者達は毎日変わることもあるし、一定期間同じメンバーや個人で演奏することもある。
 契約で半年や一年間変わらない人もたまにいたけど、毎日演奏するわけでもない。
 飛び入りでセッションを奏でる人もいたりで、ざっくばらんなところもある。
 俺はジャズは得意じゃなかったけど、聞いて見ると、妙にしっくり身体に馴染むから長時間聴いていても飽きなかった。
 馴染みの演奏者のおじさんたちとも打ち解けあい、物怖じしない俺は色々とリクエストを頼んだり、簡単な曲を教えてもらったりと、可愛がってもらった。

 夏休みも終わる頃、俺は月村孝道というジャズピアニストを店で見かけるようになった。
 年の頃は嶌谷さんと変わらない風だが、身なりは無精ひげといつもよれよれの服装で、風采の上がらない人だった。
 嶌谷さんに聞くと、なんでもプロのジャズピアニストでニューヨークのブルーノートで長年演奏していたらしい。
 確かにピアノが上手い。
 煌めくような音質と、テクニックをひらけさすわけでもないのに、圧倒的な存在感に引き付けられた。
 ピアノの独奏でも充分魅惑的だったが、他の演奏者とのジャムセッションになると、その実力があからさまに発揮されて目を見張るものがある。
 ジャムはその場のひらめきやアドリブの即興演奏で進行していくんだが、月村さんの奏でるコードやメロディは他の演奏者を引き立て、または自分がソロの時は鮮やかに輝きだす…と、いった具合で、常に聴衆の心を掴んでいた。

 ところが、普段の月村さんは実にそっけなく、仏頂面で無口で人付き合いも悪い。
 自分のするべき仕事が終わると挨拶もせずに帰ってしまうから、俺は興味深々で仕方なかったが話すら相手にしてもらえなかった。
「あの人って人嫌いなのかな?」と、嶌谷さんに聞くと、
「ああいう人こそ、気に入った人間に固執するタイプだよ。…いいから、あんまり関わるんじゃないよ。凛一」
 嶌谷さんは相変わらず俺の身辺には厳しい事ばかり言う。
 本当の父よりよっぽど口五月蝿い親父だぜ。

 秋のうろこ雲が綺麗なオレンジ色に染まるのを眺めながら、俺は「Satyri」に向かった、
 少し早いけれど、まだ開いていない「Satyri」の裏口から入り込み、店内に行くと、ピアノの音がする。
 月村さんだった。
 どうやらピアノの調律を手がけているらしい。
 音叉を鳴らしては歯に銜えながらうなりを合わせている。
 俺はそっと近寄って様子を伺う。
「邪魔にならないようにしてるから、見てていい?」
 月村さんは俺を一瞥しただけで、またピアノに掛かりきりになる。
 ポーン、ポーンという音が部屋の壁に反射し、耳の鼓膜を響かせる。

 しばらく聞き入っていたが、ふと気づいて口を開いた。
「月村さんは調律もやるんだね。すごいや」
「せっかくのベヒシュタインだからな。いい音を奏でないとこいつの色彩が濁ってしまう」
 返事を期待していたわけでもないけど、思ったことを口にしたら思いがけなく返事を貰ったから、驚いてしまった。
 ベヒシュタインは世界三大ピアノメーカーのひとつで、ジャズピアノでは有名だ。
「月村さんはとっても上手いから、ピアノも喜んでいるね、きっと」
 俺の言葉に、月村さんは初めて俺の方を向いて、眉を顰めた。
「君は…いつもそういう風にして大人をいい気にさせているんだろうね」
「え?」
「あげつらわれていい気になっているだろう。マスターに気に入られてアイドル気取りかい。いい加減、目障りなんだよ」
「…そういう気でいるわけじゃないけど、気に障ったらごめんなさい。でも、月村さんの弾くピアノの音が、俺、好きなんだ。出来るだけ目の届かないところにいるから、聴かせてもらってもいいかな?」
「…」
 月村さんは不服そうに顔を叛けて、またピアノに向かった。

 あからさまに嫌悪感を向けられたのは、この店では初めてのことだったから少し驚いたが、嫌じゃなかった。それより、俺の存在を目障りとでも認識していてくれたのが意外で、妙に嬉しかった。

 少し離れて椅子に座り、月村さんの様子をずっと見ていた。
 調律が終り、適当に音を鳴らし始める。聞き入っていた俺に彼が手招きする。
 近寄ると「聞きたい曲はあるか?」と、聞くから即効で「ギルバート・オサリバンのAlone again」と、言うと、彼は思いも寄らない優しい顔つきで少しだけ笑い、弾き始めた。

 バラードから始めた月村さんのオリジナルアレンジの「Alone again」は、梓の大好きな曲で、梓の弾くギターでふたりよく歌っていた。

 たった今、もし、こんなに捻くれていなければ
 きっとそう、自分を癒してあげるんだ。

 必死になって、わかりたくて、みんなに聞くんだ。
 困っているのを見捨てられ、君が取り乱した時って
 一体どんな風になるの?

 Alone again,naturally

 またひとりになってしまった
 当たり前のように…

 梓を思い出し、また自分と重なってしまう唄に泣いてしまいそうになり、思わず口唇を噛んだ。
 すると月村さんのピアノのコードとリズムが変わり、同じ曲がとんでもなくファンキーな曲調に変わって いく。
 俺の涙は止まり、なんだか楽しくてたまらなくなる。
 口ずさみながら、月村さんの傍に立った。
 月村さんも一緒に口ずさんでくれている。

 演奏が終わると俺は「ありがとう」と、言い、月村さんの頬にお礼のキスをした。
 月村さんは、真から嫌そうに顔をしかめながら俺を睨んだ。



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宿禰凛一 「追想」 12 - 2009.05.26 Tue

12.
 11時にはクローズだと言うので、時刻になると客もぞろぞろと帰っていく。
 ついでだから店じまいの手伝いを頼み込んで、椅子の片付けや、テーブルを拭いたりして後片付けをする。
「クリスマスなのにこんなに早く閉めるの?」と、嶌谷さんに聞くと「クリスマスだから早く閉めるんだよ。お客さんには本当の我が家のクリスマスを楽しんでもらわなきゃな。君も早く帰るんだね」
「…俺、帰れないよ」
「…いいとこのお坊ちゃんだろ?家ぐらいあるだろう」
「家も金もあるけど…誰もいないんだ。広い家にひとりで居るのって結構堪えるもんなんだぜ、お坊ちゃんには」
「…親御さんは、居ないのか?」
「居るけど、色々事情があるんだよ。気にしないでよ。俺、可哀想な子じゃないし、しっかり者だから同情してもらわなくても大丈夫だよ。ただ今日は…ちょっとさ…クリスマスだし…ね、今日もここに泊まらせてもらってもいい?」
「店に?」
「うん。家じゃなけりゃどこでもいいのさ。今日だけは…家に居たくないんだ」
「…わかったよ。じゃあ、俺のところに来るかい?」
「…いいの?」
「子供をここにひとり置いていく方が心配でこっちが休めない。寝るだけなら俺ん家でも同じだろう?」
「寝るだけ…なの?」エロい目つきで返すと、嶌谷さんは呆れた顔をして、
「…大人をからかうな。全く最近の子はどういう躾されてんのか…」
「親の顔が見たい?」
「…別に」
 本当に俺に対してのそういう感心はゼロらしい。

 店の片付けが終わって、俺は嶌谷さんの車に乗って彼のマンションに連れて行ってもらった。
「白のFIATってかっこいいよね。嶌谷さんの趣味?」
「お下がりを貰ったの」
「誰に?」
「店のオーナーに」
「嶌谷さんの彼?」
「ばっか!違う。従弟だよ、性格の悪い、な」
「ふ~ん。嶌谷さんって幾つ?」
「色々聞くなあ~四十だよ」
「…案外年寄りだね」
「五月蝿いよ、少年。置き去りにされたいか」
「いえいえ、渋いおっさんは好きですよ」
 環七に乗ったFIATはスピードを上げ、ネオンを虹色に見せていく。

 マンションの最上階が嶌谷さんの部屋で、ベランダから外を覗くと都内が一望できる。
 遠くに見えるタワーの光がクリスマスアレンジに輝いているのが見える。
「すごい。高層マンションっていいねえ~俺ん家一軒家だからこんな景色羨ましいよ」
「寒いから部屋に戻れよ。ほら、珈琲入れましたから、お坊ちゃん」ダイニングから出てきた嶌谷さんがカップを持って、俺を呼んだ。
「それ、やめてよ」
 ひとりで住むには広めのリビングに戻りながら、この人は相当の財産家なのだろうと思った。
「お坊ちゃんだろ?こんなの置いていきやがって」と、今朝の5千札がテーブルに置かれた。
「…だって、お金払わなきゃ無銭飲食になるじゃん」
「残り物を食わせておいてお金を取れるかい。だいたい…もういいから、お金はしまっておきなさい」
「は~い」俺は躊躇うことなくそれを財布に仕舞い込んで、珈琲を啜った。
「素直なのか天邪鬼なのかわかんねえ奴だねえ、凛一くんは」
「凛でいいよ。気に入った人には凛って呼んでもらう方が好きだよ」
「じゃあ凛。質問だけど、なんで家に帰っても誰もいないんだ?おまえまだ中学生だろ?誰もおまえを見てくれる人は居ないのか?それとも今日だけ居ないのか?」
 こうやって面倒みてくれる人に何も話さないわけにはいかないから、事情を話した。
 ひとつは俺の家庭の事を真剣に考えてくれる人が、俺の身の回りには少なすぎて、今まで誰にも相談できない状態だったから、嶌谷さんなら多分心を砕いて話すことができると思ったからだ。

 俺は親父の事や死んだ姉の事、慧一が俺を捨ててアメリカに行ってしまったことを包み隠さず話した。

「酷いと思わない?俺のことなんてなんとも思っていないんだろうね、兄貴は」
「元はと言えば、凛が拒否したんだろ?もう要らないって兄さんに三行半を押し付けたのは凛の方だ」
「…それはそうだけど」
「俺は兄さんの肩を持つよ。おまえを一生懸命育ててきたのに、好奇心で好きでもない奴と寝て、それを怒ったら、もういらないって逆ギレされてさあ…俺に息子がいたら一発どころじゃないぜ」
「だって…最初に俺を捨てたのは慧の方だ」
「だから報復か?さぞ気持ち良かっただろうな」
「俺だって捨てられてすごく悲しかったよ。俺はまだ子供だし…慧は大人だろ?じゃあ俺の我儘だって聞いてくれても良かったじゃん」
「都合のいい時だけ子供になるなっつーの。本当に勝手な奴だね~。おまえが心の底から正直に兄さんに居て欲しいって言ったなら、兄さんだって考えただろうねえ。兄さんはおまえを愛しすぎているんだよ、きっと」
「…ウソだ、よ。だって…俺を…」
「凛はどうして欲しかった?傍に居て欲しかった?」
「俺は…慧のお荷物にはなりたくなかった。でも…充分お荷物なのはわかってて…だから慧を自由にさせたかった」
「凛がそう思っても兄さんは自分から離れないって自惚れていたわけだな」
「…」
 そうかも知れない。俺がいくら手を離しても、慧一は俺の手を決して離したりしないって、俺は勝手に思い込んでいて、離された現実を受け入れるのが辛くて、自暴自棄になっていたのかも知れない。

「慧一くんは跳んだとばっちりを被ったわけだ。同情するね、凛みたいな勝手な弟を持って」
「…」
「でも、そういう弟を愛してやまないわけだよ、兄さんは、ね」
「え?」
「だから凛一以上にお兄さんは辛かったんだよ」
「…」
「今度は凛から手を差し伸べる番だな」
 押し付けるでもなく、諭すでもなく淡々とした嶌谷さんの言葉は、不思議に俺の心に響いてくる。
 少しずつだが、俺の頑なな心を溶かしたみたいに思えて俺は黙りこくってしまった。

 嶌谷さんは別室に案内してくれて休む支度を整えてくれた。
 俺はベッドに横になったが、なかなか寝付けない。

 嶌谷さんの言葉を反芻する。
 慧一が俺をまだ愛してくれているとは信じがたかった。彼の人生において俺の存在はもう随分と重荷になってたはずだ。
 慧一が俺みたいな奴を捨てたとしても、誰が彼を責めるだろう。
 俺は本当に慧一に愛される資格があるのだろうか…

 翌日家に帰り、自室に置き忘れた携帯の受信を見た。
 慧一からのメールと電話の受信の形跡が繰り返されていた。どれも俺を心配するような言葉だ。
「慧…」
 俺はどうしようもなく捻くれ者で甘ったれのガキで、それでもくだらないプライドだけは一人前に持っていて、まだ素直な言葉なんて吐けやしないけど…
 本当は…慧一の手だけは離したくないんだよ、絶対に…。

 E-メールの返事を初めて送った。
『この間の教会の写真気に入りました。内装を見てみたいので機会があったら送ってください』
次のメールから山のように色々な教会の写真が送られてきた。
「ばっかじゃん。こんなに沢山頼んでいないのに…」
 俺は笑った。
 溢れて止まらない涙でその写真がぼやけて仕方なかった。





慧一の話は  早春散歩1よりどうぞ~

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宿禰凛一 「追想」 11 - 2009.05.24 Sun

11.
 店のシックな看板には「Satyri」と描かれてある。
 店内は暗く静かだった。広めの屋内には、カウンターやテーブル、奥に低いステージ。
 グランドピアノとドラムセット、でかいスピーカーがそのステージの大部分を占めていた。
 珍しそうに眺めていると後ろから、さっきの男が帰ってきて声をかける。
「珍しいか?ここはジャズバーだからな。レコード鑑賞もありだが、基本生演奏を聴かせるんだよ」
「へぇ~凄いね。聴いてみたい」
「ガキに聴かせるにはもったいない。おまえ中坊だろ?そういう鼻たれのガキはお断りだ」
「客を選り好みしてちゃあ一流と言えねぇぜ、おっさん」
「言うね~こまっしゃくれたガキは嫌いだが、その綺麗なお顔に免じて許してやるよ。腹減ってないか?」
「…減ってる」
「じゃあ、残りもので良かったら食うかい?」
「頂きますよ。ガキだから遠慮なくね」
「本当にかわいくないんだなあ」と呆れながらも、貶めてはいない風で俺をカウンターに促す。
 客扱いが上手い。こういう人が本当の大人なんだろうな。

「昨日の残りで悪いけど、味は保証するよ」
 カウンターにビーフシチューと鳥のから揚げ、パンとシーザーズサラダが並べられた。
「これも残り物」
 これでもかと、サンタが乗ったケーキまで出てきて、思わず笑ってしまった。
「フルコースだねえ」
「昨夜はパーティだったからな。俺は片付けがあるから相伴できないけど、ゆっくりどうぞ。お坊ちゃん」
 昨晩も大して食べていなかった俺の腹の音が急に鳴り出し、俺は取り敢えず全力で満腹にすることにした。

 その後、眠くなった俺は近くのソファに寝転び、「ここで寝るな!」という、店内を掃除していた男の文句も聞かずに眠り込んでしまった。

 起きた時は昼近くになっていて、知らぬ間に俺の身体に掛けられた毛布をキチンを畳んで、辺りを見回す。
 あの男は見当たらなかったので、メモ紙に簡単なお礼と五千札を置いて、その店を出て自宅に戻った。

 当たり前だが、家には誰もいない。
 慧一も…帰ってこない。

 クリスマスには必ず一緒に居てくれたのに。
 パソコンを覗いても新しいメールは届いては居ない。
 2日前に来たメールを見る。
 クリスマスには帰れない理由と謝罪。それとクリスマスカードの添付。
 何度見てもそれは変わらない。

 こんなにも…慧一を欲しがっている俺の気持ちなんか、どうせ何一つ考えてもいやしないんだろう。
 せつなさとむなしさでどうしようもなかった。
 目の奥から込み上げる涙を飲み込んだ。
 いつの間にか俺は声もなく泣く方法を覚えたみたいだ。
 嗚咽を繰り返すと頭痛が鳴り止まないんだが、自分の泣き声を自分で聞くのが嫌だった。
 惨めさに拍車がかかるだろう。
 誰も愛してくれないなら、せめて俺だけでも自分を愛してやろう。
 そう思わないと生きてはいけなかった。

 夕方、俺は家を出た。
 クリスマスにこの家でひとりで過ごすのは酷過ぎる。
 玄関を出た俺は、日の落ちる方へ向かって歩き出した。

 色とりどりのイルミネーションで輝く街並みに相応しく、雪が舞い落ちてくる。
 恋人たちには天からの絶好の贈り物だろうけど、俺には少し悲しいかな。
 笑って祝福してやれる器量ができりゃいいんだけど。
 優しい言葉も抱きしめる腕のぬくもりも俺には関係ないさなんてさ、どっかのペシミストみたいに厭世的になれりゃいいんだが、寂しがり屋な俺にはムリでしょ。
 周りがこれだけ浮かれているのだから。

 そうは言っても、誰かを誘う気にもならなくて、俺は今朝の店へ向かった。
 新橋の駅から少し入ったところの二つ目の路地を入ると、暗闇に溶けるような感覚のたたずまいを見せる店が現れてくる。
 近づいてよく見ると、目立たない細かい装飾や照明なんかにやたら金をかけていることがわかる。
 いかにも敷居が高い。誰でもどうぞいらっしゃいって感じじゃない。
 なんだかそれが気になって昨日はここに逃げ込んできたんだが…まあ、昨晩の喧嘩も元はといえば、俺が先にけしかけたからなんだ。
 慧一のことで苛立っていたから、誰とも構わず殴りたい気分だったんだよ。

 「Satyri」の重いドアを開けて中に入った。
 外からは全く聞こえなかったジャズの生演奏がいきなり身体中を覆った。

 フュージョンっぽいんだけどな。こういう音も気持ちいい。音楽といえばクラシックを主に聴いていたから、こういうノスタルジーなジャズが珍しくも気持ちいい。
 暗い店内を目を凝らして見渡し、今朝の男を捜す。
 カウンターの中に居るのを見つけて近づき、目の前の空いた席に座る。
 ちらりと見ただけで俺を無視した男に愛想良く「今朝はお世話になりました」と、言う。
 その男は「ガキが来るところじゃないんだぜ、ここは」と、舌打ちをしながらもおしぼりを渡す。
 隣のお客さんが俺をじっと見つめて口を開いた。
「なに?この子。めちゃめちゃ綺麗じゃない。マスター、こんな子に手ぇ出してたの?」
「…」
 俺は驚いてその人を見つめてしまった。
 どう見たってゲイの方だ。
 そういえばと思い、辺りをじっくりと見渡せば、一見してそれだとわかる方々がいらしゃるので俺は小声で、マスターと呼ばれた男に「ここってゲイクラブなの?」と、聞いた。
 マスターが答える先に隣の綺麗なゲイなお方が教えてくれた。
「ゲイ専門じゃないけど、マスターがゲイなんで自然にそういうお客が集まるのよね~」
「へぇ~マスターってゲイだったの?普通の人だと思った」
「…普通の人じゃなくて悪かったな。まあ、おまえみたいなガキには手を出さないから安心しろ」
「それは残念だ。マスター、俺の好みだったのに」
「ませたガキは気に入らない。それにおまえにマスターと呼ばれたくないね」
「じゃあなんて呼べばいいのさ」
「嶌谷(とうや)さん」
「え?」
「嶌谷誠一郎っていうのよ」隣のお兄さんが答えてくれた。
「じゃあ、嶌谷さん。俺、宿禰凛一って言うんだ。よろしくね」
 差し出した手を嶌谷さんは暫く見つめていたが、しょうがないなあという顔をして握り返してくれた。





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宿禰凛一 「追想」 10 - 2009.05.22 Fri

10.
 慧一が去った後、入れ替わるように親父が夏季休暇で自宅に帰ってきた。
 俺をひとりにして何の相談もなく留学した慧一を、親父は酷く怒っていて、俺はそれを宥めるのに一苦労だった。
 自分は全く家庭を省みることはないのに、慧一を責めるなどお門違いも甚だしいと笑うのだが、この人はこの人なりの誠実さで生きている。
 俺はその誠実さこそ、この人の家族への愛情だと感じていた。

 俺は親父に対しての感慨はないが、無駄に心配をかけたくないと常日頃思っていたから、親父が居る夏休み後半は夜遊びに出かけるでもなく、真面目な中学生で過ごしていた。
 ただ、身体を鍛える為に、しばらくやめていた合気道や古武術などで身体をやたらめったら鍛えなおした。
 笑える話だが、自分としては慧一に殴られたことが相当気に入らなかったらしいのだ。
 負けず嫌いもここまで来ると笑い話だが、その頃の俺は慧一に対して敵意むき出しで、今度顔を突き合わせたら、一発殴らないと気がすまない!と、言うほどに憎んでいたから仕方がない。

 ほどなく夏休みが終わると、親父は俺をひとり残していくのを躊躇い、イギリスに同行するように強く誘ったが、俺はひとりで大丈夫だと言い張った。
 実際どこにいても俺の存在がお荷物なのはわかりきっていることだったので、どうせお荷物なら、ここにひとりで居た方が誰にも迷惑をかけないで済むだろう。

 自分は宿禰家にとっては異端で、邪魔なだけな存在だ。いつもそう考えていた。

 二学期が始めると相変わらずの生ぬるい学校生活に戻った。
 成績はがつがつ勉強はしなくても常に上位にいたから、授業をサボりがちの上、校則違反である髪を赤く染めていても、先生達からは文句はでない。
 試験なんて俯瞰の目線で見れば、どこに穴があいているが一目瞭然で、そこを埋める術は手中にある駒を当てはめていけばいい。
 目標にある距離と高度を測り、照準を合わせれば、間違いない正解に辿り着くというわけだ。
 記憶術に関して言うなら、教科書に端から端まで、カメラを回すように覚えればいい。これだと思えばそこにピントを合わせる。合理的なやり方だ。
 しかし、俺は教科書の中には自分の求める答えなど初めからないと信じていたから、結局、このばかばかしい良い子遊びをするのにも飽きてしまう。

 俺はまた夜になると街に出かけた。
 今度は誰彼構わず付いて行かずに、身体以外で遊べる価値を見出す方法を選んだ。
 そうは言っても街角に立ってれば、男も女も引っ切り無しに声をかけてくるもんだから、気に入ったヒトがいたらお付き合いに望むことになる。
 セックスはしなくても、話し相手や食事を取るだけでも相手は喜んだりする。
 気に行ったらホテルに行ったりするのだが、援助交際ではないので、お金は一切受け取らない。
 実際お金には困っていなかったので、頑なに断った。
 面白いことにお金を受け取らないと、しないで帰るヒトが多いんだ。
 あんたら金がないと安心してセックスも出来ないのかよ、と、卑下したりしたが、そういう付き合い方を知らない俺の方が子供だったのだろう。

 そうやって遊びを繰り返しては、白々と空が明けていく頃に家に着く。
 車も人もいない静寂の中、ひとり路肩を歩いていると、誰にも必要とされていないのはこの世で俺ひとりだけじゃないのかと…陰鬱になる。

rinniti4


 自宅に帰り、パソコンのメールを開くと、慧一からの便り。
 週一度、彼は律儀に俺へのメールを送り続けていた。
 文面は短く綴られた日常と、俺への労わりが込められていた。
 いつも何枚かの写真が添付してあり、大学の建物であったり、街の風景であったり。
 俺はそれらを見るたびに涙が零れて酷くむなしくなり、慧一を責めた。
 だから一度もメールを返したりしなかった。

 沢山の大人たちと交わりながら、俺に一番影響を与えたくれた人は嶌谷誠一郎だった。

 彼と出会ったのは、その年のクリスマスイブのお祭りの後。
 明け方近く、ベタ雪で濡れた路地にひとり寒さに震えていた俺に声をかけてくれた。
「こんなところでなにしてんだ?」
 彼はウエイターの様な恰好で、ゴミ袋を片手に壁と壁の隙間に凭れている俺を覗き込んだ。
 俺はと言うと…酔っ払いと喧嘩になり、向こうが大人数人で向かって来たんで必死で逃げてここに隠れていたってわけ。
「ちょっと休憩を」俺はしれっと笑った。
「そこで休むには狭いだろ。それにいつまでもそんなとこいると凍え死ぬぞ」
「あなたに関係ないでしょう。ほおっておいて下さいよ」
「…生意気なガキは嫌いなんだがな…ここで死なれたら俺も後味悪い。俺の店の目の前だしな」と、言いつつゴミ袋を持ってない方の手で隙間から俺を引きずり出した。
「ちょっとゴミ出してくるから、あそこの黒いドアから入って中で待ってろ」
「…」座り込んだままの俺は、訝しげに男を睨んだ。
「そんな目で見るなよ。変なことしようって気は全くないから。凍死するよりマシだろ?」
 そう言って笑う男は、髭面の顔に似合わず、綺麗な目をしていた。
 この人は大丈夫だろう。

 俺は一度頷いて、立ち上がり、彼の指差す方に歩いていった。





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宿禰凛一 「追想」 9 - 2009.05.19 Tue

9.
 慧一の大学の前期試験が終わる時期はわかっていたから、用心はしていたつもりだった。
が、予定より早く終わったのか、その日、明け方近くに自宅に帰ると、リビングに灯りが点いていた。
 慧一がソファに座ったままじっとしている。
 俺を見ると立ち上がって近づいて来た。

「凛一。今頃までどこで何していたんだ。何か事故にあったんじゃないかって心配するだろう」
「…ごめん」
「答えになってないよ」
「ちょっと、友達の家で、遊んでいただけだよ」
「…」
 慧一は黙ったままじっと俺の頭からつま先までを一通り見て、それから俺の両腕を掴んだ。
 逃げようとしたがビクともしない。
 上背が百八十以上の慧一とは十五センチ近く違う俺は抵抗出来様も無かった。
 元々この人が本気で力を出すとひとたまりもないのはわかっている。
「この、跡はなんだ?」
「!」
 しまった!と思った。
 さっきまで付き合ってた男の仕業だ。
 いい男で優しそうだったからホイホイついて行ったのが拙かった。
 まさかあんなS気質とは知らないで、手首を縛られたんだ。鞭とか道具とかは使わなかったからいいようものを、かなり痛い目に合わされた。
 おかげで自分にマゾっ気はないと確信したからいい勉強になったぐらいに思うことにしたのに…
 まさか兄貴にバレるなんて…これは、かなり拙いだろう。
「…だから、友達と…ちょっとじゃれてて…」
「嘘つくんじゃないよ、凛」と、言いつつ、慧一は俺のTシャツの丸首を刷かせた。
 一目見てわかる。行為の跡がしっかりと残っている。
 俺は口を噤んだまま、下を向いた。
「どういうことだ。凛。なんで何も言わないんだ。遊ぶのはいい。でも何してるんだよ。俺に言えないことか?どうなんだ」
 こうなったら言うしかない。どっちにしろ、いつかはバレるとわかってはいた。
「…男と寝てたんだよ。なにか悪い?」
「凛…」
「…別に…兄貴だってやってることじゃん。今日だけじゃない。男も女ともやったよ。自分がどういう人間なのかを知るには経験するのが一番手っ取り早いだろ?そう思わ…っ!」
 言い終わらないうちに慧一の拳が飛んできた。
 本気の一発だった。
 物凄い音と共に俺は酷く床に叩きつけられた。
 頭が一瞬白くなる。顎ががくがくとなった。
 今まで…生きてきた中で、一度だって俺に手を挙げたことがない慧一が、初めて手を挙げた。
 しかも本気で殴りやがった。
 痛さと驚きで俺はしばらく倒れたまま起き上がれなかった。

 どうやら俺は慧一を本気で怒らせたらしい。
 顔を見なくても怒気が迫るのが良くわかった。
「どうして…そんな簡単に…」慧一の声は震えていた。
 俺は黙ったまま、そっと慧一の顔を見上げた。
 見たこともない…恐ろしくも悲痛な顔で慧一は俺を見ていた。
「俺と梓がおまえをどんなに大事に育てたか…知ってるはずだろう。それなのに…おまえは、そんな誰とでも寝るような奴になったのか、凛一」
 慧一の怒りの言葉が俺の心の奥の開けてはならない扉を開けた気がした。

「それが…兄貴の本心かよ」
「何?」
「大事に可愛がって育てた身体を、他人とほいほいセックスさせて…それで汚れたから怒っているわけでしょ?兄貴は。だったら…そんなに気に入らないなら、あんたが、捕まえて離さなきゃいいんじゃないか!…俺をひとりにして、ほっといて…俺ひとりでどうやって生きろって言うんだよっ!誰か他の奴を求めたっていいだろ!…捨てたくせに…偉そうに言うなよっ!」
「凛一…」
「大体…梓が死んだのも兄貴がこの家から出て行ったからだ。慧が出て行かなかったら、梓だって…」
 言うべきことじゃないとわかっていても止まらなかった。どうせ俺は捨てられたんだ。慧一に今更どう思われようが構わない。
「…」
 俺の勝手な詰る言葉に慧一は一言も反論しない。してくれりゃ俺だって…まだ…

「…違う…俺だ。俺が居なかったら慧も梓も自由でいられた。俺の世話なんかしないで、もっと自由に楽しむことができたはずだ。俺はあんたたちにとって邪魔な存在なだけだった」
「違う、凛」
「そんなことわかってんだって。ずっと前から、俺なんか居なきゃ良かったって…」
「そんな事一度も思ってないっ!」
「失望した?慧。誰とでも寝る俺にこんな風に育てた覚えはないって言ったよね。責任は誰が取るのさ。俺をこんな風にしたのは誰だよっ!」
「凛、おまえひとりを責めているんじゃない!だけど…おまえがこんな風になるのは…見ていられない」
それが本音なのか?…手を離したくせに、俺への理想だけは持っていて、それが壊されたから、慧は目を瞑るっていうのか…
「じゃあ見るなよ。わかったよ。もういい…慧一を自由にしてやるかから…今後一切、兄貴には俺の面倒は見てもらわない。俺の心配はしなくていい。俺はひとりで大人になるから、もう俺に関わらないでくれっ!」
 俺は慧一の前から逃げ出した。

 初めからなにもしてくれないでいれば良かったんじゃないか…俺なんかどっかの誰かに面倒みさせりゃ良かったんだ。そしたら慧も苦しまなくて…

 俺は自室に鍵を掛け、閉じこもったまま泣き続けた。
 慧一の俺を呼ぶ声が何度か聴こえたが、絶対にドアを開けなかった。

 一週間後、慧一はアメリカに留学した。
 俺への手紙が置いてあった。
 内容は身体の事。食事の事。学校の事。生活の事。ありきたりな心配ばかりだ。
 俺はそれをめちゃくちゃに破り捨てた。

 慧一との二度目の決別は長く、俺に還るには、それから二年もかかった。




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宿禰凛一 「追想」 8 - 2009.05.18 Mon

8.
 中学生になった俺は、梓も慧一も通った私立の中学校に通った。
 いわゆるお金持ちのエリート校と言われていたが、俺はいきなり疎外感を突きつけられた。
 俺は梓の趣味で髪を長くさせられていたが、俺なりに気に入っていた。
 指導教員が即刻そのことを指摘。
 短く切るように指導されたが、無視。
 自身の承知無く髪を切らせることは、人格権を侵害するものであり、妥当な学校法ではない。また、ナンセンス以外の何物でもなく、自然に伸びるものを常に一定の長さに保つ意味などあるのか、教育にどのような影響があるのか、それに対して罰を施そうなど笑止千万!などと、大言壮語も甚だしかった。
 それで先生の首でも取ったかのように息巻いているんだから、まったく始末に負えないガキだ。
 万事その調子で周囲を黙らせるものだから、ふた月もすると俺の周りには誰も近寄ってこなくなった。
 やばいと思った時には時すでに遅く、俺は完璧に孤立した存在になった。
 やっかいな奴だと思われるのはいいとして、先輩方からもイチイチお呼びがかかる。そうなると本気で喧嘩を始めなきゃならない。
 さすがに私立有名校の生徒さん達は暴力事にそう熱くならない所為か、派手な騒ぎにはならなかったが。
 一見するとひ弱に見えるが、俺は慧一の命令で合気道と剣道をしこたま習っていたから、負けることはなかった。

 慧一は俺が普通に生活が出来るようになるのを見計らい、自分のマンションへ帰っていく。
 納得はしなかったが、止める術は無い。
 慧一には慧一のやりたいことがあるのだから。

 俺は一日の大部分をひとりで過ごす羽目になった。

 学校に行き辛くなることはなかったが、なにより退屈で仕方が無い。
 授業中は眠ってばかりで、部活も参加せず、誰もいない家に帰ってもつまらない。
 当然夜遊びが多くなる。

 夜の街に出向いた。
 いわゆるハッテンバまではいかないが、そういう連中が集まる界隈があることは調べ上げていた。
 手持ちの札はすべて使いこなしてからの勝負だろ、こんなのは。
 好奇心しかなかった。
 どうせやるなら好みの相手を選ぼう。
 俺はサラリーマン風の少し慧一に似た男に声をかけ、そのままホテルに行った。
 すぐに初心者とバレて、少々難色を示されるが、愛想良くお願いして相手をしてもらった。
 初めての相手にしちゃいい人で、俺のことも加減してもらったが、なにしろ未知の領域を経験するのだから、驚くのと痛いので、ワケが判らずに終わった気がした。
 男とやるのはこういうものか…と、一応は悟った。

 次の日は女とやった。
 梓に似た子を探して誘った。
 十八だと言ったが本当かどうかはわからない。
 俺も十七だと4つもサバ読んでいるので、同罪だろう。
 女を抱くのは初めてだったが、昨晩の相手の男のやったとおりにしたら、結構満足した具合だったので上出来。
 なんでも器用にやれる体質は儲けものだ。

 三日目は男を抱いた。
 高校2年と言った男は俺より童顔で、可愛い子だった。
 まあ、これも経験だとばかりにやってみたが、別に女とやるのと変わりなく、可も不可もない。
 結果、俺はゲイなのかゲイじゃないのか全くわからなくなってしまった。
 
 中一の夏休みが始まっていた。






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宿禰凛一 「追想」 7 - 2009.05.16 Sat

7.
 慧一がゲイだと知ったのは彼が大学に入ってからで、親父が帰省した時、ふたりで真剣に話をしているのを見た。
 その後、俺は梓にその話をした。梓は笑いながら、「異性に性愛を求めないって話でしょ。別段珍しくもないわ。慧一がゲイなのは知っていたわよ」
「だって…女の人から電話あったり、デートしてたりしてたよ」
「カモフラージュでしょ。自分がマトモな人間でありたいって、馬鹿みたいに念じちゃうとこあるから、兄貴は。マイノリティになるったって今の世の中、そんなのデメリットにはならないからね。言っとくけど、私だって性別隔たり無く、男も女も好きよ」
 梓が慧一を否定しなかった事が一番安堵した。
 俺も慧一がゲイだと知っても全く偏見を持つ気にはならなかった。

 同性愛者という事を少しずつ理解し始めた時、俺は何度か慧一に聞いたことがある。
 どうして慧一は男にしかそういう行為を求めないのか。慧一はどっち側なのか。どういう風にしてそうなったのか。殆ど裏のない好奇心ばかりだ。
 当時の俺には、このふたりに対して恥ずかしいだとか言いづらい事などは全く無かった。
 疑問に思った事は口にした。
 だから慧一が何故そうなったのか、聞きたかったのだ。
 慧一は困りながらも、俺を膝に抱きながら「そういう性質だったとしか言えないんだろうけど…梓の所為かもな」
「え?」
「あいつを見てると女って怖いと思う。そう思わない?」
「そうかな?僕、梓を女だと思ったことないもん」
「…そう言われりゃそうだけどね」慧一が笑うから、続けて聞く。
「じゃあ、僕は男だから、慧一の恋愛対象にはなるの?」
「…ならないよ。凛は弟だろう。そういうのは対象外」
「え~そうなの?僕、慧だったら対象者になっても良かったのに。キスしてもダメ?」
「キスはいつでもしてるだろ?そういうの考えて凛とキスしたことないよ。凛もそうだろ?」
「だってキスは愛してるっていう意思確認だよね。梓が言ってた。じゃあ僕とするキスと慧が恋愛対象者にするキスはどう違うの?やることは一緒でしょ?」
「う~ん…むずかしくて…答えられないよ、凛」
「じゃあ、やってみる」
 俺は慧一の方へ向き直って、抱きつきながらキスをした。
 俺は梓とも慧一ともよくキスをした。
 挨拶のキスや寂しい時、嬉しい時、簡単に相手の愛情を確認できる行為だ。
 慧一とキスを楽しんだ後、俺は言った。
「どう?感じない?」
「そういうキスは好きな人とやりなさい。俺は対象外」
「ざんね~ん」
「…凛一は普通に女の子を選ぶといいよ。俺の真似はするなよ」
「うん」
 そう言っても、慧一は回りのどんな男の人よりかっこいいし、目指すなら慧一の他はいないとさえ思っていたから、同性を恋愛の対象にするということに興味が沸かないはずがない。しかし、なにぶん小学生だった俺は、そういう相手を探すのはまだ当分無理だなと感じていた。

 俺が小学五年生の秋、梓が死んだ。
 慧一は大学三年だったはずだ。
 事故の報告を最初に受けたのは俺で、深夜近く、病院から電話があった。
 梓が交通事故で重体だと言う。すぐに来るように言われた。
 慧一に何度も繰り返し連絡するが返事が無い。
 仕方が無くパニックになりながらも、ひとりで連絡を受けた病院へ行く。

 梓はすでに意識がなく、色んなチューブと包帯に巻きつけられ、ベッドに横たわっていた。
 恐る恐る彼女の傍に近づくと、俺は手を握り締め何度も名前を呼んだ。
 握り締めた指先が動く。
「梓っ!梓っ!死んじゃダメだっ!僕を置いて行かないでっ!…梓っ…」
 俺の叫びに梓は僅かに目をあけた。
 酸素吸入器をつけた口元が微かに動かし、ゴメンと形づくった。
 そして、呼吸が止まった。
 俺はその場から動けない。梓にしがみ付き何度も呼んだ。梓は還って来ない。

 無くしたものの大きさに打ちのめされた。
 あの後、何がどうなったのか記憶にない。ただ、遅れてきた慧一の姿を見て抱きつき、そのまま気を失った。

 俺は葬儀が始まるまで病院に入院。食うことも飲むことも出来ず、点滴だけで生き延びていた。
 葬儀中の事もよく覚えていない。
 棺に眠る梓の姿も只一度も見る事さえ出来なかった。

 その後、俺は何ヶ月も摂食障害を起こしていた。
 所謂拒食症だ。
 今までもストレスを抱えると食事はうまく取れなかったが、さすがに梓が死んだ時は普通に戻るまで半年ほどかかった。
 しかも慧一から食べさせてもらえば何とか食べれるんだから、始末に負えない。
 親戚の連中共は俺の甘ったれた精神力に、呆れ果てたに違いない。
 俺自身でさえ、どうしてこうなるのか判らないんだから。
 だけど、慧一だけは俺を責めず、俺の面倒を見続けた。
 梓が死んだ時に自分が居なかったという俺に対する負い目もあるのだろう。
 俺を捨てておいて今更かとは思わなくは無かったが、半年間俺に付き合ったのは認めてやる。
 俺は慧一に対してはいつだって、無節操に激情を発していた。泣く時も甘える時も梓よりも慧一に対して強く感情に表れた。
 梓は俺の弱さを諌める態度を取ったが、慧一はそれを許していたからだろう。

「あんまり慧に甘えていると、駄目な大人になるわよ」と梓が言うと「いいもん、慧が一生面倒みてくれるもん」と返し、梓を黙らせていた。
 だから、梓が死んで、慧一を半年間束縛したのは、当たり前だと思っている。
 周りが間違っていると言っても俺は聞かなかった。
 慧一がそれを言わない限りは。




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宿禰凛一 「追想」 6 - 2009.05.15 Fri

6.
 俺は五歳で母親を亡くしている。しかし感慨は少ない。
 五歳と言えば幼稚園にも行って、それなりの社会性を身に付け、巷の子供たちと泥んこになって日が暮れるまで遊びまわる。
 そんな風景が想像出来るはずだが、俺にはそういうものがなかった。
 身体の弱い母親の傍らに居て、母親を寂しがらせない為に、俺はいつも母の目の届くところに居た。
 そのくせ母親の亡くなった日のことや、自分が泣いたのかどうかすら、覚えていないんだから、あれだけ可愛がったのにと、きっと母親も浮かばれないことだろう。

 母がいなくなっても悲しみはなかった。
 外交官の父親は初めから俺の景色には映っていなかった。彼なりに父親の役目をしてきたつもりだろう。 しかし、圧倒的にあの人と居る時間は少なかった。
嫌いも好きもない。
 父親とはこういうものかと認識していた。
 俺を育てたのは二人の兄姉だった。

 九つ上の兄、慧一と、八つ上の姉、梓は、俺を溺愛した。
 梓は主に俺の教育係だった。
 この人の思想や物を語る上での機知に飛んだ言葉は、なんとも魅力的であり、学校で教えるいかなる知識より、明確に的確に理解できた。
 慧一はというと、まるで母親と父親を兼ねた役回りであり、常に俺を守り、受け止めてくれた。
 どんな我儘を言おうとも、彼は怒ったりせず、俺が納得するまで繰り返し言い聞かせる。
 そのクセ俺が誰かれかいじめられると知るや、そいつの自宅まで竹刀を持って押しかける。
 そういう気性の激しさを俺には見せなかったが、梓は時折零していた。
「慧は傍から見るほど理性的な人間じゃないよ。人を選ぶのよ。私にはめちゃくちゃ我儘言うくせに、凛にはそういう感情をおくびにも出さないんだから」
またこんな風にも言った。
「凛、慧にはあなたが必要みたいだから、不本意だろうがなんだろうが付き合ってやんなさい。あれはあなたがいないと死んでしまうわよ」
冗談めいて言ったその言葉を真面目には捉えなかったが、あれが梓との最後の交わした言葉だった。

 梓は二十歳で死んだ。
 自動車事故だった。山沿いの急な曲がり角でスピードを落とさず、車は崖から転落した。
 運転手は梓の男友達で、助手席には梓が居た。
 妙な噂があった。心中したのではないかと言う話だ。
 実際、男の親がいいがかりを付けに家までやってきたが、親父は相手にしなかった。
 俺は知っていた。
 梓は家を出る前、こう言った。
「好きでもない男に好かれても迷惑なだけなのよ。何故それを判らないのか…全く理解できない」と。
 おそらく一方的に男が無理心中を図ったのだろう。
 だけど、それを証言する気力さえ当時の俺にはなかった。
 梓は俺をずっと守ってくれた。手を離さないでいてくれた。
 だからそれを失った俺は、生きていく気力を失っていた。

 慧一が居なかったら俺は其の時死んでいた。


 慧一が初めて俺を捨てたのは、大学が決まった時だった。
 自宅から一時間ちょっとで通える大学だったが、慧一は大学の近くで暮らしたいと言い、家を出ることを決めていた。
 梓もその時初めて聞かされた風で、えらい剣幕で捲し立て、言い争っていた。
「だからどうして、家から通えるのにわざわざマンションまで借りたりするのよ!」
「建築学科は忙しいんだよ。レポートだって、研究だって…とにかくゆっくり学問に専念したいんだ。週末には帰ってくるし、凛一の学校行事だってちゃんと参加するって言っている。ひとりになる時間をくれてもいいだろう!」
「勉強なんてどこでも出来るし、あんたなら今更ガツガツ勉強しなくても、ちゃんと要領良くやっていけるじゃない。だいたい一言も相談も無く勝手に決めるなんて…卑怯だね」
「…好きに言えよ。俺はもう決めたんだ」
「じゃあ、凛一にはあんたから言いなさいよっ!私、知らないからねっ!凛一がどうなったって!」
「…わかってる」
 酷く苦しそうな慧一の顔がドアの隙間から見えた。
 最後に梓がはき捨てるようにこう言った。
「慧は…凛一を捨てるのね」と。
 慧一は黙っていた。
 それまで隠れて見ていた俺は、大声で泣きだし、「もういい!慧が行きたいなら行っていいから。ケンカしないで!」と泣き叫んだ。


 慧一が家を出た後、梓とふたりきりになった。
 家政婦さんは、母が生きている頃から常にいたが、慣れた頃には人が変わってしまうから、名前すら覚えていない。いい人も居たけれど、あの人等は給料を貰って仕事をして俺らを世話してくれる人であって、慧一や梓以上に愛情を注いでくれるわけではない。

 俺は常に愛を求めていた。
 誰でもいい。俺を愛して欲しかった。
 慧一と梓の愛は無上の愛情だ。肉親以上の絆で結び付けられている。
 それ故疑うことを知らない。裏切られることもない。
 慧一が俺から逃げても、それが緩むことはない。
 事実、慧一は呼び出せば電話一本で俺に還って来る。
 それが当たり前だった。
 ただ、少しずつ時間が経つと、慧一は俺たちと距離を取った。
 俺の世話をするのが億劫になったのかもしれない。
 誰か他の奴に懸想しているのかも知れない。
 一度、慧一に内緒でマンションの前まで行った事がある。慧一と一緒にエントランスから出てきた男は友達なのだろうか。慧一は俺の知らない世界で楽しそうに笑っていた。

 完全に捨てられたと感じた。
 絶対に切れる筈もない慧一と俺を繋いでいたものが、一方的に手を離された感覚。
 その晩から食事が喉を通らなくなり、その上酷い高熱で一週間ほど寝込んだ。
 俺は弱い。まったく未完全にも程がある。
 兄が俺を見返らなかったぐらいで、こんなにも脆弱になるのか…
 慧一は梓からの連絡を受け、寝込んでいる俺の傍で一週間付きっきりになった。

 俺は…十歳になっていた。




sukunekazoku



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宿禰凛一 「追想」 5 - 2009.05.13 Wed

5.
 パーティもお開きになり、挨拶を交わして帰ろうと玄関を出ると、コートとマフラーを纏いながら、ミナが後ろから付いてくる。
「どした?」
「今日はおれが誘ったんだから、リンを家まで送る」
「…そりゃ…光栄ですが、おまえの帰り道が心配になる」
「大丈夫だって」笑いながら、俺の隣に並んで嬉しそうにするミナを無理に戻す気にはならなくなった。
 もう一刻一緒にいよう。

 ホワイトクリスマスにはならなかったけれど、息を吐くたびに白くなる。
 お酒は飲んでいないけど、折角いい感じに余韻に浸っていたのに、冷たい空気に意識がだんだんと覚めていく。
 思わずぶるっと首を竦めると、それを見ていたミナが口を開く。
「手袋しないの?」
「え?」
「せっかくあげたんだからさ。使ってよ」
「うん、でも今はいい。特別な手袋があるから」と、ミナの左手を掴み取った。
 そのまま指を絡ませてぎゅっと握り締める。
 ミナは暫く掴まれた手を見ていたが、同じように握り返すと「あったかいね」と、笑い返した。


rinmina16


 俺の自宅までゆっくり歩いても15分。
 短い距離だけど、冬の空気はしんしんと凍らせるけれど、とても幸せ。あったかい。
「楽しかったね、宴会」
 ミナが夢心地で言うから、なんだかこちらまで地を踏んでいない感じ。
「まさに宴会。あれじゃキリストも浮かばれない気はする」
「リンと美間坂さんのタンゴ良かったよ」
 即興で美間坂さんとアルゼンチンタンゴを踊ることになったわけだが、足は踏むわ、よろけて転ぶわで大いに盛り上がったんだ。
「リン、薔薇なんか口に銜えて踊るんだから…美間坂さん、本気で嫌がってた」
「あれだけコールされたら元生徒会長としてはやらなきゃならないしね。案外リードは巧かったよ。あの人はいざとなりゃ本気で頼れる人だな」
「美間坂さんには良く勉強を教えてもらったんだ。的確に要点だけをまとめて教えるのには驚いた。でもあの人って自分にも他人にも厳しい人だけど、桐生さんにだけは特別でね。呆気にとられるほど、桐生さんには甘えてるんだから、笑ってしまうよ」

 桐生さんとは少し話しをした。
 美間坂さんは京都大学が本命らしく、もし決まったら、都内の大学に行く桐生さんとは離れてしまう。「遠距離恋愛なんて俺には自信がないんだけどね」と、桐生さんは苦い顔をしていた。

「あのふたりを見てると男同士の恋愛って成立するんだなあって…なんだか、信じたくなる」
「ミナは俺と恋愛してるって思ってないの?」
「…リンの事好きだけど…やっぱり、本当にこのまま…行ってもいいのかなって…」
 ミナの思う不安はこの先のすべてを指している。俺とセックスする事や、その先、俺達に祝福を受ける権利のある未来が見えるのか、どうか…
 そんな先の事を今とやかく思案しても仕方が無いと思うけど、ミナがそう思う性分なら別にそれはそれで構わない。ひとつずつ不安を消してやればいい。

 俺のマンションに辿り着いた時には、なんだかこのままミナを離し難くなって、思わず部屋に誘ったが、ミナは断った。
「外泊許可は貰ってないし…明日は…家に帰らなきゃならない…ごめん」
「うん…仕方ないね」
予想は付いていたけど、やっぱりミナはこれ以上深みに入ることに躊躇していると感じた。
…ま、しょうがない、持久戦だよな。と、溜息を吐きながら、ミナを見ると、なんだか様子がおかしい。俯いたまま、指で眼鏡の奥を押さえている。
「ミナ?」
「でも…なんか…」
「え?」
「ううん。来年までおまえと会えないなあって思ったら、なんか、すごく…泣きたくなってきた」
「…」
「馬鹿みたいだ」
「そんなことない。俺も泣きそうだ」
「…宿禰はこんなことで泣かないよ。おれは弱いからすぐ涙が出るんだ」
「俺だって…弱いよ」
 ミナは思いもよらない言葉を聞いたような顔で俺を見つめた。
「俺は弱いよ。でもミナの為になら強くなれる気がするから」
「…」
「来年の予定!ミナをもっと好きになって、ミナと気持ちいいセックスをする。どう?」
「…あ…ショックで涙が止まった…」
「そりゃ良かった。では肯定と受け止めて、今夜はキスだけで解放してやるよ」
「おれ、捕まってたの?」
「勿論、ずっと俺の鎖に繋がれてたの」
「…リンの鎖は少しも重くない」
「紅い糸という鎖だからね」
 今年最後のキスをして、ミナを見送る。
 来年までいい子で。
 そして、君の中の「愛」を精一杯育ててくれ。



 二十五日、クリスマス。空港で慧一の帰りを待つ。
 午後八時着だったのにどうやら一時間ほど遅れるらしい。仕方がないからターミナルの喫茶室で軽く食事を取った。
 硝子窓の向こうに滑走路が見える。
 暗闇を照らす幾つもの光。

 ただ慧一の帰りを待つ。
 二年前じゃ考えられない心境の変化とでも言おうか。

 慧一は二度俺を捨てた。そして俺は何十回も彼を裏切っている。
 慧一は許さないだろう。
 一生涯俺を。




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宿禰凛一 「追想」 4 - 2009.05.11 Mon

4.
 24日、クリスマスイブは二学期の終業式で、昼には下校。
 夕刻に水川の居る寮に向かう。
 時間通りに行くと、ミナが玄関で待っていてくれた。
「ご招待ありがと、ミナ」
「…」
 黙ったままのミナは、俺の頭からつま先までをじーっと凝視する。
「なに?」
「宿禰、モデルさんみたいだ」
「え?」
「すごく…かっこいい」溜息まじりに言うから、苦笑した。
 一応クリスマスパーティって聞いたから、シャレては来たんだけどね。ブランド品には全く興味ないし、適当に気に入って買った奴を着てるだけなんだが、梓と慧一の影響が大きい。
 自分に合う服はわかっているつもりだ。
「惚れ直した?」
「…なんか…」
「なに」
「自信喪失だ…」
「ミテクレだけ見て無くすような自信は、初めから無い方がマシだね。それより上がってもいいですか?」
「あ、ごめん。コートと荷物はおれの部屋に置いておくといいよ」
 と、ミナの部屋に案内される。

 久しぶりのミナの部屋だけど、少しも変化はない。
 相変わらず色味の少ないミナの机と隣の派手な部分のテリトリーとにはっきり分かれている。
 灯りを付けなくてもいいギリギリの宵闇の部屋で、ミナの肩を叩く。
「ミナ、クリスマスプレゼント渡しとくね」
「あ、りがと。あ、色鉛筆」
 スワン・スタビロの水彩色鉛筆24色だ。
「姉が持っていたシロモノだけど、見たらほとんど新品同様でさ。梓はいつも何かに嵌まると形から入る性格だったからね。買ったはいいが、使う暇が無かったんだろうね」
「おねえさんって…亡くなった?」
「うん。死んだ者の遺品じゃ気持ち悪かったかな」
「いや、リンのお姉さんのものなら、余計大事に使わせてもらうよ。リン、ありがとう」
「どういたしまして、姉も喜んでいるよ、きっと」

「おれはね…あんまりお金もなくて、誰かにプレゼントって慣れてないから、迷ったんだけど…」と引き出しの中からリボンのついた袋をおずおずと俺の目の前に差し出した。
 了解を取って開けて見るとカーキー色の毛糸の手袋。
「女の子があげるみたいなもんで悪いと思ったんだけど、他に浮かばなかった。ゴメン」
「ミナの気持ちが嬉しいよ。でも勿体無くて使えそうも無い。額にでも収めて大事に飾っとくかな」
「やめてくれよ、リンは本気でやりそうで怖い」
「馬鹿やんね~よ。ミナのデートの時は忘れずにさせてもらうから」
「うん」
「イブのキスでもいかが?」
「今日はおれからさせてよ」
「…勿論歓迎する」と、平気な顔して応えたが、本心はかなり動揺していた。だって、ミナが自分から積極的にするキスなんてこれが初めてだ。

 ミナの両手の指が俺の頬に触れ、口唇を寄せる。
 軽い口付けから深くなるのはいつもの事だけど、ミナからのキスっていうのが俺の中では至極重要で、何だか興奮してくるじゃないか。
 何度も角度を変えて交じり合った唾液を味わって、それでも足りなくて身体を強く引き寄せる。

 すでに部屋の中は暗闇に近く、窓の外から洩れる灯りがやたら眩しい。
 抱き合って長いことそうやって居ると、バンバンと酷い音でドアが鳴った。
 ぎょっとしてふたり同時にドアの方を向くと、ドアに凭れている人影が見えた。
 腕を組んで呆れた顔をして俺達を見ている根本香樹だった。

「わ…な、なんで先輩ここに?」
「自分の部屋に居ちゃ悪いんですか?それより、君達さあ、いつまでそうやってんの?パーティ始まってるよ」
「…先輩も人が悪い。黙ってないでノックぐらいして下さいよ。俺はともかくミナはまだ初心者なんだから少しは気遣ってくれてもいいんじゃないんですか?」
「別にキスぐらい見てもなんも思わないって。やってるとこだった遠慮しちゃうけどね」
「やめてください。こんなとこでそんなことやるわけないだろう!」
「じゃあここ以外ならみなっちは喜んでやるわけだ」
「そ、そんな事言ってないし!」
「そういうみなっちはちょっと前までぼくのこと軽蔑してた癖に、なんだよ。ぼくより宿禰の方がそんなにいいの?」
「そういう言い方止めてください。だいたい先輩を軽蔑なんてしていない」
「まあ、いいけど。ぼくはみなっちの同室だから特別に応援してあげるよ」
「感謝していますよ。根本先輩」
「リン君から言われるとなんか腹立ってくるんだけど…」
「人徳ないね、俺」

 根本が俺の肩を引き寄せ、耳元で囁く。
「とうとうイリオモテヤマネコを捕獲したってわけだね」と、多少の嫌味も混ぜ、愉快気に言う。
「凄腕ハンターの見せ所ってやつ」俺も小声で応える。
「でも、大事に生育しないとすぐ死んじゃうよ」
「そりゃ~ね、もう優しく取り扱ってますよ。なんせ天然記念物もんだから」
「君のことだからさ、そりゃ半端なテクニックじゃないだろうけどね…どっちにしろ残念だよ」
「何が?」
「おいしいものを横取りされちゃた感じ。嫉妬しちゃうよね」
「どっちに?」
「両方だよっ!」最後は俺の頭を軽く小突きながら、ネコ先輩は大仰に言った。

「何の話?」
「自然保護団体会員の井戸端会議だよ」
「…ふ~ん」眼鏡の奥から訝しがりながらも、それ以上は入り込んでこない。そういう謙虚さがミナの売りだ。
「それじゃあおふたりさんの甘いアペリティフも一段落ついたわけだし、後は今宵のお楽しみってことで、まずは腹こしらえ。食堂に行こうよ。美味しいものは早いもの勝ちだからからさ。本当の弱肉強食エリアだよ」
「先輩の分も俺が捕ってあげますよ」
「ぼくはいいのさ。貢がれる側だしね」
「…さすが」

 食堂に行くといつもは地味で殺風景な部屋がここぞとばかり、やたらめったら派手にデコレーションされていて、どこもかしこもクリスマス一色。
 部屋の隅々まで埋め尽くされたヨハネの生徒共が、すでにどんちゃん騒ぎを繰り始めている。
 どうやら今夜はここが神の祝福の地らしい。

 めでたし、恵まるる者よ、主汝とともにいませり…か
 残念ながらイノセントなんか居やしないぜ、ここには。
 せいぜい呆れ果てられないよう、謹んでご誕生を奉ろうか。




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宿禰凛一 「追想」 3 - 2009.05.09 Sat

3.
 桐生さんは座る気はないらしく、壁を背にして立ったままだった。
 至極真剣な面差しで俺を見ている。
 俺も立ち上がって桐生さんと向き合った。
「なんでしょうか」
「…あの事件の事だよ。俺は…君を知っていたんだよ。新橋の『サテュロス』っていうジャズバーに居たよね。何度か通っていたんだ。そこで君と彼…月村孝道…だったっけ…君達を見てるんだよ」
「そう…なんですか…」
 さすがに驚いた。あの当時の俺を知っている人がこんな近くにいるだなんて。
「その頃付き合っていた男が月村さんの弾くピアノを気に入っていてね。と言うか知り合いだったんだけど…」
 言いづらそうに吐き出す桐生さんを見て、思い出したくない過去なのだろうと思う。

「俺も色んな人を見てきたけど、桐生さんには気が付かなかった」
「学生だし、目立たないようにしていたんだ。宿禰はまだ中学生だったんだね。大人っぽかったから、俺と 同じくらいかなと思ったんだけど…店の端に居ても印象が強いから目立っていたよ」
「若かったんですよ。自分は何でもできると歪んだ空想で生きていたんです」
「君は…輝いていたよ。誰も簡単に君に触れることは出来ないくらいに神々しく輝いていたんだ。だから、宿禰がああいう事件に巻き込まれたのを後で知って…俺は正直驚いた。君と月村さんじゃ…こういう言い方悪いけど、彼を選んだのは好奇心?」
 桐生さんの問いに一呼吸置いて、俺は仕方なく本心を喋ることにした。

「…そうですよ。月村さん弾くのピアノの音が好きだった。あの人の命がもう幾ばくもないと知って、それで助けてくれってお願いされて、俺は救えると思ってのこのこ馬鹿みたいに付いていって…あのザマだった。本末転倒とはこの事だと実感しましたね。俺もあの人も最低の人種だ。なんもわかっちゃいなかったんだから。でも俺はガキだった。15になったばっかりで…人の意見なんて何も耳に入っちゃこないこまっしゃくれたガキで…無力で浅はかで…ちゃんとした大人だろうと思ったあの人を信用したのが失敗だったんですよ。今だって思っているよ。全面的にあの人は間違っていたって…でもいいんです。いい勉強になったから。付いていく人間はちゃんと選べってことをね」

「…憎んでいるの?」
「いいえ、全く…時々記憶から引きずり出しては腹も立ちますけど…憎んじゃいない」
「月村さんと俺の…元の恋人はどうやら学生の頃の友人だったらしい。色々と聞かされたよ。事件の時は彼とは別れていたから最初は気づかなかった。後でマスターに聞いてね。それでどうしても君を、あんなことに巻き込んだ月村を許せないと思ったよ…何もできなかった俺にも何の責任がないとは感じていないんだ」
「あなたが感じる責はないでしょう。部外者なんだから」
「…宿禰は強いよね…羨ましいと思う」
「死にたいとは思いましたよ、何度も。でもばかばかしくてやめた。誰かの所為で死ぬことこそバカのやることだ」
「良かったよ、君がここに居てくれて。…ずっと黙ってて悪かったと思っていた。君が誤解されないよう気に留めていたんだよ。これでも」
「ありがとうございます。なんとなく…感じていました。先輩は俺を…まるで親みたいな目で見てる時があるから」
 桐生さんの緊張が解けた所為か、柔らかくなった面差しが微笑んだ。

「…水川と付き合っているって聞いたよ」
「え?誰に?」
「寮のスクープ屋」
「それは…確実ですね」
「水川がいい方向に変わってきたのは感じていたからね。君が相手で驚いたけど…両方にとってはいい出会いかもしれないって思ってる」
「そうであったらいいと俺も信じてますよ。それより…さっきから、ドアの向こうから凄まれてる気がするんですが…」
「え?」
 ドアの硝子窓を見ると、桐生さんの恋人が恐ろしい形相で俺達を睨みつけている。
「ああ、真広…」桐生さんが笑いかけて手を振ると、美間坂さんが恐ろしい顔のまま、ドアを開け俺達の前に立ちはだかった。
「居たんなら、遠慮せずに入れば良かったのに」
「大事な話みたいだから一応遠慮した」
「じゃあ睨まないでくれ。宿禰が驚いているだろう」
「…こいつが驚くタマか」
「どうも」
 睨まれて竦むほど俺も柔じゃないから、愛想笑いで返した。
 全く知らぬ仲じゃないので、軽くいなしておく。
「おまえ、来年の生徒会に立候補しろよ!」
 この人はいつも命令口調なんだか声音が透き通っている所為か、嫌味がない。そういうところがみんなの信用を集めているのだろうけどね。
「嫌ですよ。学院のコマ使いであくせく働く気には毛ほどもなりませんからね」
「…ったく、かわいくないにも程がある。俺に逆らうなら水川はやらんぞ」
「先輩は水川の保護者ですかい。でも残念。ミナは俺に惚れてるから俺から離れないよ」
「…ちっ」
「ふたりともそう噛み付くなよ」
「元はといえばおまえが呼びつけておきながら俺をほったらかしにするからだ」
 今度は桐生さんがとんだとばっちりを食う羽目になる。
「だから謝るからさ。ほら、すぐ行くから待っててよ」と、桐生さんは美間坂さんの背中を押すように部屋の外へ連れ出し、戻ってくる。
「宿禰もムキになって真広にケンカを売るなよ。あいつはああ見えて君を気に入っているんだから」
「そうは見えないけど」
「今度の一件も彼の一喝で制してしまったからね。気が付くのが少し遅れて悪かったんだけど」
「そうだったんですか…じゃあ、お礼を言うべきでしたね」
「素直には聞かないだろうけどね。根性が捻くれてるからさ。気に入った奴は徹底的に可愛がるか、虐めるかどっちかだ」
「よく付き合っていられますね、先輩」
「俺には優しいんだよ」
「どうもご馳走様です」
「寮祭には来るんだろ?水川が嬉しそうだったよ」
「行きますよ。なんなら美間坂さんと踊ってやってもいい」
「はは…そりゃ絵にはなりそうだけど…地獄絵図にならないようご機嫌とらないといけなくなる」
「楽しみにしてます」

 外で待っていた美間坂さんと帰る桐生さんの背中を見送りながら、あそこまで吐き出してよかったのかどうかを少しイラつきながら考えたが、どうにもまとまらなくて午後の授業はすっぽかした。

 もう、とうに自分の中ではケリが付いてると思ったはずなのに。
 一度思い出すと端っこまで引きずり出していちいち自分の正当さを繕おうっていうんだからな、俺って奴は。
 成長がないのかね。



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宿禰凛一 「追想」 2 - 2009.05.08 Fri

2.
 夕暮れが早くなった。
 放課後の温室での俺達の逢引も時間が限られてくる。
 電灯すらない温室の中は、日が暮れりゃ本当に真っ暗闇になってしまう。
「懐中電灯じゃ電池が持たないし、いっそ電気でも引っ張ってくるか?」
「そんなことしたら怒られるよ。だいたいここ内緒で使わせてもらっているんだから」
「生物の藤内先生にか?」
「そう。あの先生、結構優しいからおれは好きだな」
「…浮気するな」
「…え?…それってまさか嫉妬してるって、こと?」
「まさかじゃねえし。本気で妬いてるわけですよ。ミナはかわいいから心配なんです」
「…」
「なんだよ」
「なんかそういうのも新鮮だな~って」
「おまえねえ…」
 何もかもがこの調子だからさすがに俺も呆れるというか、何というか…
 頭がいい奴って、どっかネジが緩んでるのかね。まあ、ミナはかわいいから心配なのは本当なんだけどね。

「ミナは俺のもんだから、変な奴が近づかないようにおまじないでもしなきゃならないね」
「リンはおれを過大評価してるよ。誰もおれに近づかないって。でもおまじないは欲しいかもね」
「じゃあ、ほらこっち来てみ」
「え?」
 ミナは何の疑念も持たずに差し出す俺の手を取る。
 全くもって危機感がゼロだからね、俺に対しては。
 こういう時、俺がどういう事を企んでいるのか、どんな奴なのか学習するのをすっかり忘れてるらしい。
「じっとしてろよ」
 ぼ~っとしているミナのネクタイを緩めてシャツの釦をふたつ外すと、鎖骨の下に口唇を当てた。
 ミナは驚いて嫌がったが、逃がさなかった。
 鬱血するまで強く吸ってやる。
 いい頃合で離してやった。
 さすがにミナの顔が険悪になっている。
 無視して真っ赤な跡を指で差した。
「ほら、綺麗なキスマークだ。一週間は持つかな。消えたらまた付けてやるよ」
「酷いことするね。人前で着替えるのに気取られないよう気をつけなきゃならないじゃないか」
「気になるなら絆創膏でも貼っとけばいい。それより人前であんまり脱ぐなってこと」
「リンは本当に勝手だよ。おれ、なんでおまえの事好きになったのか…」
「後悔してる?」
「…してないけど…反省はしてるかもな」
「じゃあ…別れる?」
「…良くそんな顔して言えるよ。たった今こんなことしといてさ」
「別れる気なんかないクセに、反省してるって言うおまえが悪い」
「…だって」
「反省なんかするなよ。俺はほんのひとカケラだってミナを好きになったことを、後悔も反省もしていない。輝ける未来しかないって信じた方がいいと思わない?」
「…うん」
「じゃあ、アロマキャンドルを持ってこよう」
「え?」
「ここの話。電気がダメな代わりの明かりをさ。僅かな光でも俺達には充分だよ。お互いが見えてりゃ心は離れない…ってね」
「リンのそういうとこ適わない」
「ミナを幸せにしたいからね」


 翌日の昼休み、本の返却に図書館に行くと、三年の桐生千景に呼び止められる。
「宿禰、久しぶりだね。元気にしてる?」
「部長…じゃなかった。桐生先輩、久しぶりです。大学決まったんでしょ?おめでとうございます」
「推薦だからね。それより…ちょっと話があるんだけど、時間もらえる?」
「え?いいですけど」
 俺達は空いてるブースを見つけて、そこへ入った。
 桐生先輩は俺の所属する「詩人の会」クラブの部長だった人だ。穏やかで気取らない性格で誰にでも平等に接してくれる。
 ミナと同じ寮で、ミナからも時々聞いたことがあるが、この人と同じ3年の美間坂真広という元生徒会長とは公認の恋人同士で、学院では有名だった。
 ふたりとも背が高くて美男同士だから、どこにいても絵になるわけだ。

 それにしても普段から温和な人なのに、今日は少し違っていた。
「なにか…あったんですか?」
 俺は椅子に座りながら、立ったままの桐生さんを見上げる。
「いや…ちょっと気になることがあったんで、宿禰に謝らなきゃならない」
「え?何を」
「噂だよ。酷いことになってるじゃないか。3年は授業はほとんど終わっているから、必要な時しか登校しないもんだから、ああいう事になっているって知らなくて…早く気が付いていればと思うと…何か酷いことされなかったかい?」
「いや…全然大丈夫ですよ。事件当時の中学の頃の事を思えば、天国でしょう、ここは」
「そう…それならいいけど…」
 桐生さんはまだ腑に落ちないらしく、腕を組んだまま、俯いている。
「何か、他にあるんですか?」
「…宿禰にいつ話そうか、ずっと悩んでいたんだ。話さないままでおこうと思ったけど、黙ったまま卒業するのも胸クソ悪くてね…」
「…聞かない方がいいんならそうして下さいよ」
 愉快ではない話だろうと憶測するに乗じて、どうにかして話をかわせないか探ってみた。
 荒立った感情を見せたこともない桐生さんの、普段には見られない眉間に少しだけシワを寄せた表情を見た時、さすがに逃げられないと悟った。
 どうやら適当に誤魔化せそうにもないらしい。





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主役じゃないのだが… - 2009.05.08 Fri

どうしてもこの「美間坂真広」のイラストを描きたくて仕方がないのだ。
性格は傍若無人ぶりの俺様なのになあ~
どうも自分はこういう攻めも好きなようです。
しかし、眼鏡も短髪も描きにくいんですよね~(^_^;)

mahiro

「弓道」は前から描きたかった姿ではあるけど、まだ色々描きたい角度があるので、練習しますわ。
できれば美間坂と桐生のお話も絡めて書けたらいいんですが…

あ、名前はだいたい子供達の「卒業名簿」から取りますね~いい名前が多いんだよね~





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宿禰凛一 「追想」 1 - 2009.05.07 Thu

rinmina1

green house 宿禰凛一編 「追想」

1、

 ミナが変わった。
 あれ程、頑なまでに俺に対して警戒心の固まりの意思表示で対峙していたのに、告白してからというもの、表情も接し方も全然違う。
 キスしたからなのかわからないが、どうやら心の鍵は開けてくれたらしい。だからと言ってその先にほいほいと野放図に行けるほど、楽な道のりじゃなさそうだ。
 あの後だって、一週間は経つのにキスは厳密に言えば二回だけ。
 一度は首筋を舐めたら、本気でど突きやがった。
「な、なにするんだよ!」
「…キスしただけじゃん」
「だから…ちゃんと言わないと、恥ずかしい…だろう…」
「…」
 どんだけだよ…
 それでも頬を出赤らめて俺に寄り添うミナがかわいくて、愛おしくて手放せなくなってしまう。
 捕まったのは確実に俺の方だな。キス以上のことはさせてもくれないクセに、雛鳥みたいに腕の中にいるミナを見ていると、そのぬくもりで結構幸せな気分を味わってしまって満足しているんだからなあ。

「リン、クリスマスの予定は?」
 頭を撫でてやっていると、ふいに思い出したようにミナが尋ねてくる。
「あ~25日は兄貴が帰ってくるから無理だけど、イブなら空いてる」
「じゃあ、うちの寮祭に来る?」
「寮…さい?」
「三年の寮生たちを送る会を兼ねてクリスマス会をやるんだって。割と大々的な催しみたい。おれも初めてだから良くは知らないけど…」
「へえ~俺みたいな部外者が来てもいいの?」
「うちの生徒で案内状を持っていればいいって。後は…各自525円でクリスマスプレゼントを用意する。ビンゴゲームみたいなもんだよ。誰のプレゼントに当たるか判らないけど、全員に貰えるらしいよ」
「ワンコインでプレゼントは難しいな~」
「百均詰め合わせとかになるよね。どう?リン、来てくれる?」
 少しだけ頭を傾けて上目がちに見つめる。こういう頼み方をするのは本当にずるくて参るわけだ。
 断れるわけがない。
「お姫様のお誘いなら、白馬の騎士は行かないわけには参りませんからね」と、言うとミナは少し不貞腐れて「おれはお姫さまじゃないし…けど、リンは白馬の騎士は似合いそうだな」と、真面目に呟くのだ。


 2、3日前から回りの生徒達の俺を見る目が変わったのはわかっていた。俺を横目で見てあざ笑うように通り過ぎたり、わざとらしくこそこそと陰口を囁いていたり。
 まあ、かわいいもんだ。
 そんなもんシカトすりゃいいからな。
 集団で来られりゃこっちも本気でお相手しなきゃならないところだが、どうやらここにはそこまで悪質な嗜虐者は居ないらしい。さすがは神様に守られているお坊ちゃん学校ってわけだ。
 慧一が必死で学校探しに明け暮れていた理由がわかった。

 三上が心配そうな顔で俺を教室に引っ張る。
「大丈夫か?宿禰」
「なに?」
「なんか凄い噂になってるけど」
「…別に…もう一年以上も前の話だろ?だいたいあれ、俺なんもしてないもん」
「へ?そうなのか」
「まあしょうがないよ。事件は事件だからさ」
「俺は…おまえを信じてるからな!親友!」
「ありがと」
「ところで、今度、クリスマスイブに寮祭ってもんがあるんだけど…親友のおまえに特別に招待状あげる」
「…もう、貰ったし」
「え~!宿禰のプレゼント楽しみにしてたのに…」
「おまえには特別にキスのプレゼントをあげようか?」
「…いらない。ユミちゃんに怒られる」
「黙ってりゃわからんぞ」
「バカ、女は勘が鋭いんだよ。バレた時の事考えてみろよ。修羅場だぞ」
「そっか」
「おまえだって彼女に他の奴とキスしてると見られたりしたら、拗れるだろう?」
「…どうだろ?」
 キスぐらいでミナが動じるとは思わないが…いや、前に泣いたって聞いたな…
 俺もちょっとは控えめにした方がいいのかな…
 今更無理だな。
 今までの俺の習慣をわざわざ変える気にはならない。そういう性格がこういう事態を招くってわけなんだろうけどねえ。

 クラスの大半は同じように俺に接してくれたが、時々卑猥なことを言ってはからかう輩もいた。
 わざわざ当時の新聞を掲示板に貼り付けてくれた時はさすがに驚いたが、その後のお達しが効いた所為が以後は、ぴたりと止んだ。
 さすがは生徒会というわけだ。

 さて、例の事件っていうのは、要略すればこうだ。

 ある男が森でピストル自殺をした。
 彼は死に至る病魔に侵されていて長い命ではなかったが、痛みと恐怖に耐え切れず、自ら人生に幕を引いた。
 同じ時、その男の住んでいた別荘で男に誘拐されたと思われる子供が裸で寝ていた。
 そのガキが俺だったわけ。
 ただそれだけだ。
 事実を言えば、誘拐でもなんでもない。俺が追いかけて行ったんだからな。
 裸なのは強姦されたわけじゃなくて、そうやってただ寝ていたんだからしょうがないだろう。
 別に寝るのに絶対服着て寝なきゃならないって法律があるわけでもなかろう。
 だいたいあれは…俺がガキだったからで…
 俺がもっと大人だったら本当は…
 本当は自殺なんかさせなかった。
 結局俺は、何も出来なかった。それだけだ。

 あの人を救えなかったのは俺の罪だ。

 だからってそれに囚われて生きていたって無意味だろう。そんな事をあの人は望んじゃいない。
 ただ…最後まで看てやれなかった自分が情けなく、最後に生きる意思を捨てたあの人の弱さに腹が立つだけだ。
 俺を「天使」と呼んだ。
 バカか。
 俺は人間のガキだ。
 それがわかっていなかった。
 俺もあの人も。
 だから…

 終わったことを蒸し返しても仕方ないから、全部許してやる。
 俺の目の前に亡霊はいない。
 二度と俺を「天使」と呼ぶな…
 羽なんかいらないんだよ。
 ひとっつもな…




リンミナシリーズ 目次 / 2へ


新キャラ - 2009.05.04 Mon

「リンミナシリーズ」に新しいキャラを考えてみた。

現在高3の先輩方カップル。


mimasakairyuu1


美間坂真広(みまさか まひろ)…元生徒会長・医師の息子で自分も国立医学部志望。

桐生千景(きりゅう ちかげ)…詩人の会クラブの元部長。りんの頼れる先輩。

ふたりとも寮生。公認のカップル。まあ、どうみても美間坂はSっ気ありありですが。

ふたりとも受験で忙しいこの時期に、リンミナにどうかかわっていくのか…

しかし…この学院、ゲイばっかり…まあ、BLってそういうもんだよね~



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宿禰凛一 「kissをしよう」 7 - 2009.05.02 Sat

7.
「これで相思相愛だな」
「リン…」
「おいで。まず初めにハグからだ」
 両腕を広げると、ミナは真っ赤にした顔を伏せながらも、俺の胸に寄りかかるように身体を寄せた。
 そのまま俺の肩にミナの頭を乗せると、ミナはひとつ溜息を吐いた。
「どう?落ち着いた?」
「まだ心臓がバクバクしてる」
「わかる。振動が伝わってくるもん。な?こんな風に近づかないと判らないもんが一杯あるだろ?きっとミナは今から沢山の俺を知ることになるよ。嫌なところもいいところも」
「そう…かもな」
「俺もミナの事沢山知りたい。教えてくれるよね」
「うん。俺でいいなら…」
「おまえがいいんだよ」そう言ってミナの頭を撫でてやる。
 ミナはまたひとつ大きく深呼吸をして俺に身体を押し付けた。

「じゃあ、キスをしてもいいですか?」おどけながら囁くと、ミナが顔を上げて不満そうに言う。
「この状態で断るわけないだろう?聞くなよ」
「ご都合を聞かないとね。またなんで機嫌を損なうかわかったもんじゃないから、ミナは」
「…キスしてください。…これでいい?」
「やっぱり俺のミナはいい子だね」
 そう言って、俺は少し背の低いミナの顎に手を沿える。

 まずは啄ばむ様に何回かキスを試すと、ミナはパチパチと目を瞬かせる。
「これは挨拶。これからお世話になるから、よろしくっておまえの口唇にゆってんの」
「…リンは変わってる」
「また好きになった?」
「そういうバカなところが…好きなのかも」
 ミナはクスっと鮮やかな笑顔を向けた。
 それを合図に今度は本格的に試みる。
「眼鏡はちょっと邪魔かな」そう言ってブリッジを引き上げて、ミナの顔から眼鏡を外した。
 近くで見るミナの本当の瞳の虹彩が少しだけ大きく見開いた。
 長い睫毛、でかいまなこ、くっきりとした二重まぶた、整った鼻梁…よく誰のもんにもならなかったなあ~。変に感心をしてしまった。
 俺に引っかかったのは…こいつにとってラッキーなのかはわからないが、俺にはかなりの当たりくじだろうね。

 口唇を舐めるだけでミナの身体が震えた。
 ミナが何もかもに慣れてないのはすぐわかった。
 だけど、俺も本気でミナには挑みたいからさ。手を抜くわけにもいかない。
 慧一や紫乃たちとは全く違うキスだよ、おまえとするのは。

 歯列をなぞって舌を深く入れた途端、ミナは驚いたように顔を引く。
 顎を押さえて、ミナの舌と絡ませると「うう」と微かに唸るから、落ち着くようにミナの背中をさすった。
 僅かな抵抗を止めて、ミナの腕が俺の背中に回り、しっかりと力を込め俺を抱きしめる。
 うっすらと目を開けてミナを見ると、目を閉じて真っ赤な顔のミナ。
 呼吸をするのも上手く出来なさそうで、肩の力は一向に抜けない。
 それでも懸命に応えようとする様が本当に愛しくなってしまい、益々口唇を離せなくなってしまう。

 ミナの目が少しだけ開いて俺を見る。
 今にも泣いてしまいそうな潤んだ目が俺を見る。
 キスを続けたまま、俺は目で笑ってみせた。
 ミナの目が嬉しそうに応えた。

 初めてのキスは随分と長く、熱に浮かれたみたいに熱く、今まで足りなかったお互いを必死に拾い集めるみたいに夢中になって味わっていた。
 
 今はなにも要らない。だけど「時よ、止まれ」なんてさもしい事は言わないよ。
 俺たちはこれから、「恋」という時間を一緒に歩いていくんだ。

 遥かな遥かな長い道のりを…





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宿禰凛一 「kissをしよう」 6 - 2009.05.01 Fri

6.
 温室に行くと、水川が背を向けて、スケッチブックに夢中で鉛筆を動かしていた。
 この間、ふたりで行った園芸店で選んだリンドウの鉢植えとスケッチブックの画用紙の間を、水川の目と顔が何度も行ったり来たりして夢中になって描いている。
 邪魔をするのは不本意だったが、一応声をかけてみる。

「あ、遅かったね」振り向いたミナの顔がぱっと輝いた気がした。
「うん。期末の結果が良くなかったからさ、呼び出しくらってた。ミナはそういうの関係ないからな~またトップか?少なくとも呼び出されることはないんだろうけど」
「それは…ないけど…」
「リンドウ上手く描けた?」
「どうかな」
 上からスケッチブックを覗くと、鉛筆描きにも関わらす、まるで紫の花がつややかに咲き誇っているように見える。確かにこいつの絵は人を惹き付ける何かがある。
「おまえ、美大とか芸大、真面目に考えてみれば?マジ巧いと思うし、描くの好きだろ?」
「絵を描くのが好きだとか、ちょっと巧いからって、美大には入れないよ。それに、美大で勉強したって才能がなきゃ何になるんだよ。本物の芸術家なんてほんの一握りだ。絵は…趣味で楽しんでいればいいよ」
「…そう」
 それが本音かどうかは俺に詮索しようもない。
 未来を決めるのはこいつ自身でしかないんだからな。
「それより…おれ、宿禰に相談が…ある」
 水川はスケッチブックを片付けると、俺の目の前に立ち上がって神妙な顔を向けた。
「へ?おまえが?…珍しい。ミナの相談なら何でも伺いますよ。ゆってゆって」
 調子よくミナの側に近づいて、正面に向かい合う。
「…そんなに…近づくな。あ、あのさ」
「なに?」
「おれ、今まで植物とか風景とか、そういうのばっか描いてるんだけど、…あの、人を描きたいって…宿禰を…描いてみたいって思っているんだけど…」
「あ?俺?…絵のモデル?いいぜ。裸になる?俺、ガリであんま裸体に自信はないけど、ミナの頼みだったら脱いじゃう!」
「ば!…裸にならなくていいっ!なんで絵のモデルで裸になるんだよっ!」
「だってデッサンの練習なら身体の線を描きたいんだろ?裸になるんじゃないの?」
「おまえの裸なんか、描かないよ!」
「そう…じゃあ、顔モデル?俺、顔だけはいいからな~」
「ち、がう…し」
「…ん?」
「おれはおまえの顔とか身体とかが描きたいわけじゃなくて!…おれがおまえを描きたいって意味はさ…おれは今まで誰かを描きたいって思った事が無くて…おれが自分から描きたいって思ったのはリンが初めてで…だから…その…言わなくてもわかるだろ?」
 顔を真っ赤にして上目使いで俺を見つめてくる。

 ああ…そう…いきなり来た…っていうかやっとその気になってくれたってわけ。
 しかし素直に「好き」とは言えず、回りくどい言い方でもってくれるよなあ…
 おまえ流の精一杯の告白なんだろうけど、そう簡単に受け入れるかよ。
 こっちはどれだけ待たされたと思う。

「…何の話か、全然わからない。俺を絵のモデルにしたいのは了解したよ。それ以上の事は伝わらない」
「…わかっているんじゃないか!」
「ミナ、言霊って知ってるか?声に出して初めてその言葉の意味を成すんだよ。言い辛くても自分の言葉ではっきり言わなきゃ、俺の心には響かない。それが大事なことなら尚更だよ」
「…リンは意地悪だ」
「おまえの本気が見たいのさ。俺ばっか独りよがりみたいじゃないか。ほら、ちゃんと言えよ。ここまで待ってやったんだ。それ相当なご褒美を貰っても罰は当たらないと思うけどね」
「…わかったよ。ゆうよ。言えばいいんだろ!」
「ちゃんと心から俺に届くように魂を込めて言えよ。俺の扉は頑丈なんだよ。開けるには真なる言葉の鍵が必要だからな」
 俺の言葉を聞くと、ミナは一旦呼吸を整えてから、少し伏せ目がちに言葉を紡ぎだした。

「おれは…どうしても自分に自信が持てなくて、おまえがどうしておれに拘るのか、いくら考えてもわからなくて…でも、おまえが選んでくれたのならって…そう思って…頑張ってみようと思ったんだ。おまえと付き合いたい。友達なんかじゃ足りない。もっと沢山色んなリンの事が知りたいって思う。おれは…リンが…好きだよ」
 俺の目を見ながら言った最後の言霊が、俺の心に響き渡った。
 ミナの本物の気持ちに感謝したい。
「…ありがとう、ミナ。俺もミナが好きだよ」
 精一杯の言霊を返した。
 ミナは少しだけ切なそうに俺を見つめてくれた。




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