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2009-08

宿禰慧一 「イリュミナシオン」 26 - 2009.08.31 Mon

26.
 自宅に帰っても、凛一の姿はなかった。
 あの後すぐに紫乃と別れ、帰宅した。もう二度と凛一と仲たがいをするのは絶対に嫌だった。
 凛一の部屋に行き、ベッドに腰掛けて弟を待つ。
 どう説明すべきなのかはわかっているつもりだが、なんだかそれも億劫になってしまう。
 本当のところはどうだっていいんだ。
 凛が俺を見捨てなけりゃ、俺のものでいてくれりゃ…それだけで…

 この独占的な支配欲は凛一にとって、不必要なのだとわかっている。
 俺は凛一を失うのが怖いだけなんだ。
 凛が他の奴に懸想をしていると思うと、兄としての部分は喜び、愛欲を持っている片方は嫉妬をしている。
 そういうことだ。プラマイゼロになりゃいいんだが…上手くいかないのも現状で、この有様…
 結局、俺という人間の性(さが)とはこういうものでしかないのか…

 部屋の窓から西日が差し込んでくる。ああ、もう夕刻になったのか…そう思い始めた頃、部屋のドアが開き、凛一の姿がおぼろげに見えた。
「慧…」
 凛は驚いた様子で俺に近づいてくる。
「…お帰り、凛」
「どうしたのさ。こんなところで、昼寝でもしてたのか?」
「寝れないよ。おまえをあんな気持ちにさせたままにして…すまなかったよ」
「もういいよ、気にしてないし…」
 俺の隣に座り込み、肩に凭れる凛一が無性にいとおしくなり、その頭を引き寄せた。

 愛している…愛している、凛一、おまえの存在だけが俺を生かしているんだ…

 俺を許すと言う凛一の言葉を聞きながら、俺はまだ天秤が釣り合ったままでいられると感じていた。
 キスが欲しいという凛一の誘惑にも、抑制が効く自分がいる。
 大丈夫、まだ理性は保てるさ。
 おまえを守るために、俺は存在するのだから。

 俺の膝に乗り、幼い頃のままに俺を抱きしめるこの存在を、この距離を、俺は失いたくない。
 凛、おまえは俺を守る城になると言ってくれたことがあるね。覚えているかい?
 俺はね、おまえと言う城の中に身を潜めているだけの脆弱な生き物なんだよ。
 おまえの城を出た時、俺は、きっと…

「暫く離れ離れになってしまうけど、いつもおまえのことを思っているからな。何かあったらすぐ連絡しろよ。一目散に凛の元に帰ってくるから」
「慧一こそ、他の男と遊び惚けて俺を忘れるなよ。俺を捨てたら承知しない」
 おまえを忘れるなんてこと…一生できまいよ、凛…


 なあ、凛…
 俺のすべてはおまえの為にある。
 遠くなく、おまえは大人になり、しっかりと自分の道を歩いていくのだろう。
 そして、その傍らにいるのは俺じゃない誰かだ。
 俺はひとり残される。
 だから、その前に、その日が来たら、どうか俺を裁いてくれ。
 兄貴なんかいらないと捨ててくれ。
 そしたら、俺は…消え去ろう。
 すべてをおまえに残して、跡形も無く…

 どの男よりも、強く、おまえの中に残る存在になるために…



「イリュミナシオン」第一部、完。





                                          


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宿禰慧一 「イリュミナシオン」 25 - 2009.08.31 Mon

25、
最悪だ…きっと今の俺は紫乃に言わせればピエロにしか見えてなかろう。
薄笑いを浮かべて凛一に笑いかけている紫乃に無性に腹が立ってきた。
「こんなところで家庭訪問かよ」
凛一は言葉に怒りを交えている。
「…三者面談でもって思ってね」
揶揄うように言う紫乃も紫乃だ。

躍起になって紫乃に挑みかかろうとする凛一を押さえ、俺は隣に座らせた。凛一は運ばれたランチにも手を出さずに紫乃の方を睨みつけている。
この様子じゃあ,凛一と紫乃は学校内で何かと揉めているのかも知れない。

出来るだけ穏便に済ませようと、声を落として凛一に説明する。
「俺が向こうに帰ったらおまえが一人になるだろう?だから…藤宮先生に頼んでいたんだよ」
「…」
凛一は何も言わない。俺は言葉を続ける。
「担任は当てにならないって凛一が言ってたから…誰かおまえを…守ってくれる人がいる方がいいと思ったんだよ…だから、凛…あんまり先生に迷惑かけるんじゃないよ…」
自分で言いつつ、あほらしさにシラけてくるが、とにかく取り繕わなければならないと必死になる。
どっちにしろ…かなり拙い状態だとはわかりきっていた。
俺が紫乃と知り合いで、凛一の副担任であるとわかっていて、しかもそのことを黙っていたのは、俺の方に非がある。

凛一はふと立ち上がると、向かいに座る紫乃の眼鏡を取り外し、何かを思い出すように言葉を綴った。
「…そうだ、あんたの顔、思い出した…姉貴の…梓の葬式の時来てたよな。それと…前の俺ン宅の前をウロウロしていたのもあんただ…梓の男?…違う…おまえ…」
「俺の大学の時の友人だよ」
これ以上隠すのは無理だと思い、俺は仕方なしに応えた。
「…友人…じゃなないだろう、慧…はっきり言えよ」
勘のいい凛一は紫乃との関係に気づき始めている。
「流石は慧一の弟だけあるじゃないか。察しがいいな。そうだよ、俺と慧は付き合っていた。恋人…だった」
また、余計なことを言いやがると、舌を打った。
「…今は只の友人だよ」
慌てて言い訳をしても滑稽でしかならない。もう俺は、さっさとこの場から立ち去りたい気分で一杯だ。
「昔…ずっと前に言ってた別れた彼って…こいつの事だったのか?…慧」
…そんな事を俺はおまえに喋ったのか?…いつの話だ?全く覚えてない…と、言うか俺はおまえの事以外はあまりにも手落ちが多いんだよ。
「そうだよ。でもその話は今度の相談とは関係ない。おまえの事を誰かに頼みたかったのは本当だ。紫乃が…藤宮がおまえの副担任って知って…おまえに黙っていたのは悪いと思ったけど、変に詮索されるのも嫌だったんだ。それで…」
「それで、こうやって学校以外で仲良く一緒に昼飯食ってるってわけ」
「…仲良くじゃないよ」
「そんなに突っ張って言うことじゃないだろう。…宿禰君は学校でもいい子にしているって言ってやってんだぜ?」
だから凛一を挑発するな、紫乃。こいつは顔に似合わず凶暴なところがあるんだから。
俺は内心凛が手を出さないかと、冷や汗もんだった。

「いつから…いつから知ってたんだよ」
凛一は今度は俺を責める。
こうなったら正直に言うしかない。どう取り繕ったって紫乃のことは事実だし、凛一と仲たがいをするのはもう御免だからな。
「6月ごろだ…言おうとは思ったんだけど…おまえが元気そうに高校に行ってるから、余計な事を言うのは止めておいたんだ。ゴメン」
「そうか…家では慧一が学校ではこの先生が俺を心配して、変な事をしないか監視してたってわけ…」
「凛、そうじゃない」
「もういい。…俺のことで色々心配かけて悪かったな。俺はもう独りでもいいから、ほっておいてくれていいよ。あんたらに…かまって欲しくない」
「凛」
「悪いけど、俺先に帰るよ。慧、ここのランチは兄貴が奢ってよ…じゃあな」

俺は店を出て行く凛一の背中を見送り、その姿が消えると俺は深くため息をついた。
「追わなくていいのか?」
「無駄だよ…ああなったら凛は気が済むまでは俺を許さないからな…多分、大丈夫だろう…あいつはああは言ってても、かなりの寂しがり屋なんだよ。昔から誰からも見られたくなくて、納戸に隠れてひとりでこっそり泣く子だった…」
自宅に帰って、許しを請うしか手立てはないなあと思いつつも、俺自身がどんどん落ち込むのを見かねたのだろうか。紫乃は哀れんだ顔で俺に言う。
「そんな顔するなよ、慧一…わかったよ。おまえがいない間は俺が寂しがらないように、凛一をかわいがってやるから、安心してアメリカへ行っちまえよ」
「…安心できない言い方をするな」
そう言いながら、俺は紫乃を心から信用している自分にも驚いている。









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宿禰慧一 「イリュミナシオン」 24 - 2009.08.29 Sat

24.
その後、紫乃とは何度か街中で会った。誘われれば食事もしたりもした。
凛一の事を切り出し、俺のいない間、目を配って欲しいと頼むと、昔通りに付き合えと迫られ、凛一の為だと承知した。とはいえ、元の鞘に納まる気は、どっちにもないことはわかっている。
紫乃は凛一に対する俺の気持ちを糾弾したがっていることは目に見えていた。
「凛一とはもう寝たかい?」どこかで聞いたことある質問だと、ウンザリとなる。
「寝ないよ」
「まだ凛一と寝ることが怖いのか?汚す事になるって思ってんの?」
「…紫乃、拘っているのはおまえの方だろう。俺は凛一とは寝ない。それだけだよ」
「ふ~ん」
あからさまに疑う眼差しで俺を見つめると、目の前のコーヒーを啜った。

俺の凛一に対する気持ちを知っているのは、嶌谷さんと紫乃だけだ。
用心の為に口止めしておいた方がいいのか、正直迷った。だがそれを紫乃に言ってもまた条件を出されるだけだ。
紫乃と今更縒(よ)りを戻したところで何になる。俺はともかく紫乃にとって、俺はあまりにも見返りが無さ過ぎる男だ。
紫乃はバカじゃない。付き合いを承知した俺と本気でどうかなるとは思っていないだろう。
俺は紫乃には幸せになってもらいたかった。
だから本当なら、こんな風に会ったり、凛一のことを頼んだりするべきじゃないんだ。

「紫乃、おまえの方こそ、誰かいないのか?」「慧一が俺の心配してくれるなんて…随分変わったね」「おちょくるなよ。俺は本気で心配しているんだ」「本気で心配する奴が、元恋人に弟の世話を頼むかよ」「だからそれは…」
こうなると俺の負けだ。頭を下げるしかない。
「俺は俺で好きにやっているから慧一が気に病むことじゃないさ」
「…」
紫乃はいつだって結局最後には俺を甘やかしてしまうんだ。

夏休みも終わり、九月。俺が大学院に戻る日が近づいてくる。
凛一もどことなく寂しげな様子で、それを見る度心が痛くなる。
何度もお互いの気持ちを話し合って決めた進路ではあるが、別れが近づくと折角の決意も挫かれそうになる。
「寂しくなるなあ~」と、独り言のように言う凛一にたまらなく「一緒に来るか?」と、言うと首を横に振る。
俺もおまえ以上に寂しいんだよ、凛…

戻る二日前、俺は紫乃を呼びつけて、凛一の事をしかと頼み込んだ。
本当は嶌谷さんにもお願いしたいところだが、凛一が嶌谷さんを見て、また月村を思い出させても酷な気がした。

何度が来たことのある洋食屋で、紫乃を誘い昼飯を食っていた。
俺は相も変わらず、凛一の事を頼むと言うと、紫乃は不平不満な顔で俺を睨む。
「…いい加減、子ども扱いするのはやめにしたらどうだ。事件の事は俺もいささか情を汲むところではあるけど、おまえはあの子にうつつを抜かしすぎだ」
「…何とでも言うがいいさ。もうこればかりは自分でもどうしようもないんだよ」
「呆れた男だよ。そういう奴に惹かれている俺も同じようなバカの端くれかもしれんが…」
「紫乃が俺に対して色々思うところがあるのはわかるし、憎く思ってくれてもいい。だが、頼むから凛一には、辛く当たらないでくれよ」
「…正直に言えばだ。俺は凛一をかわいいと思うよ。こましゃくれていてもな。おまえの弟じゃなけりゃ、とっくに食ってら」
「…」
俺は無言で紫乃の顔をジロリと睨んだ。
「今の学生はな、こっちが誘わなくても向こうからお願いします、って頭下げてくる奴もいるんだぜ。凛一はどうやら簡単には乗っからせてはくれなさそうだがな」
「おい、それぐらいにしとけよ。ぶん殴るぞ」
「別に…おまえが俺を殴れるかい。それより凛一が狙ってる子を知ってるか?」
「ああ、頭のいい子だって聞いた」
「学年でトップの子だよ。容姿の整ったかわいい子だがね、あれは全くのノンケだ。それも相当に身持ちの固い純粋培養型。そういう奴を本気で落としたがるのが宿禰凛一だよ。兄貴よりよっぽど手強い」
「…悪かったな」
「俺はね、その子が哀れでならない。まるで狼に狙われたウサギだ。凛一が全力で襲いかかりゃあ、あの子だって無傷じゃいられまいよ。おまえが必死に守ってやろうとしている弟、宿禰凛一ってのはそういう性質(たち)の子だ。要するに俺が手を差し出したって、引っ叩かれるのがオチって事だ」
「…」
紫乃の言うことはわかる気がする。
俺が対凛一とその他への態度が違うという事と似たり寄ったりだろう。
それより、凛一はこの間、その子に振られたと言ってたが…
その後はどうなったんだろう…

「おい、慧一。おまえ人の話聞いてる?」
「…聞いてる」
と、顔を上げ、前を見ると…何故か、凛一が笑いながらこちらに歩いてくる。
一瞬、白昼夢なのかと目を疑った。

「慧も来てたの?丁度良かった。俺、奢ってもら…」言葉を切らした原因は俺ではなく、向かいの席に座る奴の存在を知ったからだ。
やぶ蛇もここまでくると笑うしかなかろうぜ。





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宿禰慧一 「イリュミナシオン」 23 - 2009.08.28 Fri

23.
翌日、自宅に帰ると、凛一は静岡の叔母の家からすでに帰宅し、むくれた顔で俺を迎えた。
「どこへ行ってたのさ。折角、早起きして帰ってきたのに。慧は俺がいないからって、羽伸ばしすぎだよ」
「ごめん…嶌谷さんのマンションに招待されて…酔いつぶれていた」
「え?嶌谷さん宅(ち)に行ったの?嶌谷さん、元気だった?」
「うん、凛のことを沢山話したよ。とても嬉しそうだった。おまえにすごく会いたがっていた」
「ああ、俺も会いたいな~嶌谷さんは本当の親父みたいだからなあ~」
「バカ、先輩ぐらいにしておけよ。親父の立場がない」
「嬉しいよ」
「何が?」
「慧が嶌谷さんと仲良くしてくれると、俺、味方が増えた気になるもん」
「…凛は…今から沢山の仲間に出会うさ。おまえが強く生きれるように、出来るだけ友人を作る事だね。俺が行っても寂しくないようにね」
「…そうだな。半年したら慧は大学へ戻っちゃうしね…」
「二年なんてすぐ経っちまうから、そしたら俺は凛の傍を離れない」
「うん、絶対だ」
センチメンタルになる凛一を胸に抱きながら、いつまでこうして愛弟を独り占めできるのだろう…と、相当に胸が痛くなった。


凛一の高校生活が始まった。
俺の留守中に、喧嘩をして怪我をした凛一が入学式も出られず、早々に一週間ほど休学するというハプニングはあったもの、その後は順風満帆といえた。
凛一の様子を見れば判る。明らかに中学時代とは違う自由を謳歌する気概に溢れている。
あの学校の闊達な気風がそうさせるのか、凛一には居心地がいいらしい。
「好きな奴はできたか?」と、聞くと、いかにも歳相応に「まあね」と、微かに照れ隠しをしながら誤魔化す風もかわいらしい。
凛一がこうも落ち着くと、俺も自分の肉欲的な思いを煩わせなくて、平穏でいられる。

6月のうっとおしい梅雨の午後だった。
自宅の電話を取る。
電話の一声を聞いた俺は、相手が誰だかすぐわかった。
大学時代の恋人だった藤宮紫乃だ。
驚いた事に、紫乃は凛一の高校の副担任をやっていると言う。
何の縁(えにし)なのか、俺は正直困惑した。
凛一の事で話があると言う。
俺が断れないカードを出してきやがった。
渋々承知すると、受話器の向こうから苦笑する声が聞こえた。

紫乃の事を思うと俺はやりきれない想いで一杯になる。
あれだけ尽くしてくれた相手を、俺は勝手に電話一本で三行半を突きつけ、さっさと逃亡したようなもんだからな。
俺への恨みも深いだろう。
凛一の副担任だったら尚更だ。
凛一の様子じゃ、俺たちの事は曝してはいないようだが、いつかはバレるに決まっている。
普通なら弟の凛一に害を加えることも加味しなきゃならないところだが、何故だかそうは感じない。
紫乃の性格を考えれば、あいつが俺への恨みを凛一に晴らすとは思えないんだ。
紫乃は悪ぶってはいるが、心底心根は優しい。
俺は九月までしか、凛一の傍にいられない。
うまくいけば、紫乃が凛一を守る立場を引き受けてくれるかも知れない。

…そこまで考えて俺は溜息をついた。
勝手な言い草だ。こっちの都合で紫乃の感情も考えないで重荷を引き受けてくれとは、さすがに酷すぎるだろう。
だれもが凛一を俺のように思っているわけでもないんだから…

家庭訪問と称して紫乃が自宅に来た。
俺は縒(よ)りを戻すのが怖くて、玄関の外で紫乃と話した。
どうせ最上階には俺たちの一宅しかないポーチだ。誰にも聞かれることもない。

三年ぶりにみる紫乃は、髪を伸ばし、眼鏡をかけていた。聞くと先生らしく見える為の伊達眼鏡だと笑う。どう見たって色眼鏡にしか見えないと、俺は首を捻った。
眼鏡の奥の控えめな優しさは変わらず、紫乃が紫乃であり続けている事に、俺は胸のつっかえが消えた気がした。
紫乃の奴といえば、俺の頭からつま先までをしげしげと眺め、あげく口唇を尖らした。
「そんなに…俺、変わったか?」
そう言いながら俺は黙り込む紫乃に少し面食らって一歩引き下がった。
「いや…変わらんよ。相変わらず魅力的だね、慧一は」
少し躊躇いがちに言う紫乃が、なんだかかわいらしく思え、思わず手を出そうかと思ったほどだった。
紫乃は家の中に入りたがったが、俺ははっきりと断った。それに気分を悪くしたのか、くるりと背を向けると、さっさと帰ってしまった。
凛一の事は何も話さずだ。
…一体あいつは何をしに来たのだろう…

紫乃の怒った顔を思い出すと、俺は笑いが込み上げて仕方なかった。
あいつも相当俺にイカれているらしい。









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宿禰凛一の過去話「追想」の初めはこちら 


宿禰慧一 「イリュミナシオン」 22 - 2009.08.26 Wed

22.
閉店後、後片付けを待って、嶌谷さんのマンションに連れて行ってもらった。
道すがら、凛一の近況などを話したら、嶌谷さんは心から喜んでくれていた。
この人は本当に凛一を愛してくれているのだろう。
俺はふと凛一という存在を不思議に感じた。
人を惹きつけ、無条件に愛してもらえる人間がこの世にどれだけいるというのだろう。
親兄弟ならともかく、こんな大して関わりのない他人にも凛一は温かく愛されている。
そういう弟を俺は見守っていかなければならない。
親愛の情と肉欲の情のふたつを天秤につりあわせ、傾かないようにコントロールする。
それが俺の凛一への愛だろう。

リビングから夜景を見る。
「新しいマンションを買う条件として凛一は見晴らしのいい最上階がいいって言うんです。嶌谷さんの家は最高にステキだってね。確かにいい眺めだ。タワーの光が一晩中眺められるなんて」
「天気のいい日は富士山も良く見える」
「…嶌谷さんはひとりで見るんですか?折角のいい景色を」
「え?一人で見ちゃいけないかい?」
「いや、だって嶌谷さんはどうみてもいい男でしょう。引く手数多ではないんですか?」
「そりゃ君の方だろう」
「…」
俺たちは顔を合わせて笑った。
「まあ、カテゴリーに区別されれば、俺たちは少数民族には違いない。それに何も生み出さないクセに偉そうにしているからまさに俗物的生き物だね」
「ああ、わかります。幸せを絵に描いたようなファミリーを見ると、自分が惨めなのにそれを認めたくなくて、ああはなりたくねえなと嘯くんでしょ?」
「俺なんかもう歳だし、厭世的になってもいいんだが、慧一くんはまだ20代だろ?良き未来を展望してもいいんじゃないかい?」
「俺の未来は…凛なしでは考えられないから…」
少し困って苦笑すると、嶌谷さんは同じような顔をする。

テーブルには店の残り物と称した酒の肴が広げられた。
マグロのカルパッチョやスティルトンチーズを乗せたクラッカーにカラスミまである。
折角だからと年代物のワインを抜いた嶌谷さんは、機嫌がいい。
「いつもひとりだからね~適当で済ますんだが、人がいるとおもてなし精神がみなぎるっていうか…楽しいね~」
「凛一じゃなくて残念でしょう」
「凛はまだ未成年だから、さすがにその点はちゃんと考慮してましたよ。でもあいつが大人になったら一緒に飲んでみたいね」
「次期大人になりますよ」
こういう本音をさらけ出せる相手がいてくれることを俺はありがたく思っている。
出来るなら嶌谷さんとは一生付き合ってゆきたい友人だ。

「…凛一は幸せそうだな~」
「え?」
「慧一君を見ていたらわかるよ。凛は本当に慧一君が好きなんだな。君といるのが一番幸せだと感じている。一回ぐらい寝てみた?」
「馬鹿なこと言わないでください。…まあ、一度めちゃくちゃ誘われましたけど…」
「あはは、凛ならやるよな~あいつ本当に慧一君と寝たいんじゃないか」
「酔いつぶれていただけですよ。俺と寝たいって理由もひとりじゃ寂しいからってだけで、本当に愛しているとか…そういう意味でじゃないんだ」
「…そういう意味でないと、君は凛一を抱けない?」
「嶌谷さん、俺たちはいつだって抱き合って濃厚なキスだって挨拶代わりにやる兄弟なんです。それが当たり前になってしまった。凛にとっては俺とやるセックスも兄弟のスキンシップぐらいにしか思っていない。だから問題なんだ」
「慧一君は凛一に恋人として自分を見て欲しいんだ」
「…見て欲しくない。俺のことはいいんですよ。凛がこれから先、どんな子を好きになろうが、俺はどっちにしろ嫉妬もするし、腹も立つ。そんなことはわかっています。でも大事なのはあの子が幸せな恋をすることだ。俺ではそれは与えられない。
他人を好きになって、相手を思いやる。そんな人間になって欲しい」
「君は大変な十字架を背負っているね~」
「十字架じゃない。俺は愛を背負っているだけです。それに…」
「ん?」
「入学する高校…鎌倉の聖ヨハネ学院高校なんですが、凛に合っている気がするんです」
「聖…ヨハネ…あちゃ~それクサレ縁があるよ」
「何が?」
「その高校の前の学長は父の親友だ。父とは関係ないがそいつはゲイだった」
「…凛一は別の学校に行かせた方がいいですかね…」
俺は冗句とも言えぬ声を上げた。

止め処もない会話は、眠気などもたらさない。
俺と嶌谷さんは何十年来の旧友のように、会話が途切れなかった。
嶌谷さんは知識人らしく、文学や歴史、世情に詳しかった。とりわけ世界各地の遺跡を巡った話など興味が尽きない。
凛一の話になると親バカのように相好を崩す嶌谷さんに同調して、俺も従来の凛一バカを披露したりする。

ふと月村の事を聞いてみたくなり、嶌谷さんに尋ねてみた。
「月村…さんは何故凛一を抱かなかったんでしょうか?俺は、彼がノーマルだからという理由だけじゃない気がするんですが…」
「凛一は例の調子で口説いたんだろうね~でも月村は凛一を抱かなかった。俺は月村は凛一に対して性的な意識は十分あったと思うよ。だけど凛一を自分の欲で汚したくなかった…結局そこだろうね。セックスしたからと言って、それを穢れと言うこと自体間違った認識だと、俺は思うけどね」
「そういうあなただって、凛一を抱いたりしないじゃないですか」
「それはあの子がそれを望んでいないからだよ。本気で抱いて欲しいって強請られたら、喜んで頂くさ…お兄さんの目の前で言うことじゃないがね」
と、嶌谷さんは悪びれる様子もなく言う。

「凛を抱く事が穢れるとは俺を思っていない。けれどあなたと俺では立場が違う。月村さんともね。彼は死に行く場に何故凛一を伴ったんでしょう。好きなら…彼が心から凛一を思うなら、ああいう死に方を選ばなくてもいいでしょうに。残された凛一がどう傷つくのかぐらいわかるはずだ。俺は…それが許せないんだ」
「…彼はやはり愛が欲しかったんだと思うよ。実は…彼の遺骨を受け取る人間はひとりもいなかった。結局、俺の檀家の寺で預かってもらったよ。
親類も誰も月村を省みる者はいなかった。彼は孤独の中、たったひとりで死のうとしたんだ。でも…凛一が追いかけて、自分を見つけてくれた。どれほど嬉しかっただろうねえ。
多分、凛一があの別荘に行った時、月村は本当に救われたと思うんだよ。…だから凛一を最後まで抱かなかった。だが、どうしても最後に…自分という存在を凛一の中に刻みたかったんじゃないのかな」
「月村の遺書には…凛一に残した手紙があったんです。それには忘れても構わないみたいなことを言っておきながら…『君の糧となりえる事を…』と言う。それが凛一にとってどういう意味になるのか知ってて書いたのなら、許せない」
「それを凛一に見せたのかい?」
「凛一宛の最後の手紙です。俺が処分するわけにはいかなかった。それに…凛一は月村の本心を知らなきゃならない。俺は凛一を何の傷も負わない人間にはしたくない。凛一を天使にはしたくないんだ」
「…慧一君ほど凛一を慈しむ人間は、いないと断言しようか」
「所詮は血族の愛情だからかもしれません。それに…心底惚れている者の成長や幸せを願うのは、当たり前でしょう」
「さあ、わからないよ。なにしろ究極の愛というものは憎しみや争い、終いには殺し合う…が持ち味だからね」
「縁起でもない」
冗談なのか本気なのか、嶌谷さんは片端だけで笑うと、そのままテーブルに突っ伏して寝てしまった。
俺はその寝顔を眺めながら、凛を想った。

風邪など引いていないか、寂しさに泣いたりしていないだろうか、どうかあの子に安らかな眠りを与えたまえ。

ここまで来りゃ間違いなくきちがい沙汰だな、と自分を嗤いながら。



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宿禰凛一の過去話「追想」の初めはこちら 



宿禰慧一 「イリュミナシオン」 21 - 2009.08.24 Mon

21、
翌年、凛一の学校は一月からは受験に忙しい生徒は自由登校になる。それを頃合と見定め、俺たちは新築のマンションに引っ越した。

13階建ての最上階は見晴らしも良く、リゾート気分を味わえる。
「俺、こういうのが理想だったの。嶌谷さんのマンションがね、とにかく凄くかっこよくて、見晴らし最高だったからさあ…」
凛一も有頂天で、自分の部屋をあれこれとコーディネートしている。
「兄貴と俺の二人じゃもったいない広さだね」
「親父の部屋も空けときな。俺たちのパトロンさんなんだから」
「わかってる。父さんは父さんなりの愛情を示してくれてるってことは。これでも十分感謝してんの」
「うん」
親父はここを買う際に、条件として、マンションの名義は俺と凛一の名前にするように命じた。親父はやはり俺たちに対して、詫びる気持ちがあるのだろう。彼なりの精一杯の謝罪の形ならば、ありがたく受け取ろうと、凛一と話し合い同意した。

「嶌谷さんと言えばさあ、あれから一度も連絡をしてないんだ。『サテュロス』にも行ってないし…」
部屋の後片付けもなんとか一応の形になり、注文した引越し蕎麦を目の前にした凛一が、口を開いた。
「そうだね。嶌谷さんには色々世話になったのに、ちゃんとお礼もしていなかったし…一度一緒に店にでも出向いてみる?」
「…」
「凛?」
「俺はいいや。慧、悪いけど、代わりにお礼を言いに行ってくれない?」
凛一は少し顔を曇らせて、誘いを断った。
俺は「わかった」と返事をして、黙って蕎麦を食べ始める凛一の様子を伺った。

まだ無理なのか…
まだ「Satyri」に足を向けるほどには、凛一の心の整理はついていない…
月村の呪縛が凛一をあの事件から解放していないと知れば、死んだ月村も本望だろう。
死んだ奴に対して腹を立てても仕方ないが、全くよくも俺の凛一を…と、思わない日はない。
どういう形にせよ、自分の所為で(と凛一は思っている)自殺した月村を凛一は一生背負っていく十字架だと感じているだろう。
俺はそれを一緒に担ぐ事はできない。
凛一が、いつかそれを思い出にする時を見届けるだけだ。

天気の良い小春日和の午後、凛一の受験する高校を二人で見学に行った。
聖ヨハネ学院高等学校は文字通りミッション系の高校で、立派な教会もある。
祭日の所為か、チャペルで結婚式が行われていた。

「男子校の教会で結婚式ってさあ~なんか変だと思わない?」
丁度教会から出てきた花嫁花婿の歓迎を、招待客と混じって拍手をしながら、凛一は俺の耳元で囁く。
「別に変じゃないだろう。神の御前では何人も平等である」
「…慧にそういう言葉は似合わねえし…」そう言いつつ、凛が俺の頬にキスをする。
「幸せのおこぼれでも頂こうよ」と、凛一はくったくなく笑う。
なんだろう…
俺はここが凛一に相応しい場所だと感じた。
たぶん、凛一はここに通う事になる。
そして、素晴らしき青春の日々を過ごすことだろう。
教会の尖塔に輝く織天使ウリエルの右手に待つ炎の剣は、凛一を守り抜く為にあるのだから。

凛一の受験も終わり、難なく志望校へ合格した。
凛には太鼓判を押した俺だったが、内心は心配だった。
受験は聖ヨハネ学院一本に絞っていた。
ペーパーテストの出来はそれほど心配していなかったが、内申書は当てに出来ないし、しかもあの事件を引き合いに出されたら、何も言えない。
面接では何も聞かれなかったと、凛一は平気な顔をしていたが、合格の知らせを聞くまではふたりともどこか張り詰めた心持ちだった。

合格して安心した凛一は珍しく静岡の伯母のうちに遊びに行くと2,3日家を空けた。
俺は凛の留守中、合格の報告も兼ねて、嶌谷さんに会いに行くことにした。

営業中の「Satyri」に伺うのは、今回が初めてだった。
嶌谷さんと会うのも事件後一度、以前の自宅に来てもらった以来だ。
本当はもっと早くにちゃんとした御礼をすべきだった。
凛一のことはともかく、月村に関しては嶌谷さんが一任してくれたおかげで、月村の親類その他からの苦情や変な脅しなどは一切なかった。
あの人はただのマスターで終わる人ではないんじゃないだろうか。相当なしたたか者だ。

「Satyri」の二重扉を開いて店内に入る。
時間的にもかなり遅いからか、薄暗い店内に疎らなお客の影が見えた。
4箇所のフルレンジスピーカーから流れるジャズの音は生演奏ではなかったが、十分に腹底に響く音色を保っている。充実した音響設備だ。
凛一がこの環境で、月村のピアノを聴いていたのかと思うと、愉快な気持ちにはなれそうもない。凛を連れてこなくて良かったと心から思った。

俺はカウンターの奥に立つ嶌谷さんの姿を見つけ、目の前に座った。
嶌谷さんに挨拶する前に3席ほど離れた女性っぽい男性に声をかけられる。
「あら?凛一くん?…じゃないわよね~。でも似てる~あ、わかった!凛くんのお兄さんじゃない?」そう言いつつ、彼(彼女)は俺の傍に寄ってきて、間近でじっくりと顔を凝視された。
「…そんなに、似てます?」
「似てるっ!凛くんが大人になったとしたらこの顔だわ~っていう理想の現実がここにある!って感じかな~。あ、でもちょっと違うかも。凛くんはもう少し繊細な感じだもん。でもあなたいい男ね~。一度付き合わない?」
「ミコシさん。いきなりナンパはご法度でしょう。ここはそういう場所じゃないんだから」
「あら、そうだったかしら~結構いい男を捕まえているけどね。ここで」
俺はゲイ専門のクラブなどもあまり経験がなく、どっちかというとシロウト相手の方が好きなので、こういう方には免疫がない。
圧倒されて黙っていると、嶌谷さんは俺のテーブルにロックの水割りを置いてくれた。

「慧一くん、久しぶりだね。元気だった?」
「え?ああ…元気です。すいません、連絡もなしに勝手に来てしまって…」
「お客様はいつでも大歓迎だよ」
暗くなったステージを眺めて、嶌谷さんを見る。
「今日は演奏は?」
「もう終わったよ。もう間も無く閉店だからね。時間は大丈夫なんだろう?」
「ええ」
「じゃあ、店が終わったら俺のマンションへ行こう。ここじゃ落ち着かないしね」
内緒話をするように手をかざして声を落として言う嶌谷さんに、隣のミコシさんが「ひどい~マスターお持ち帰りするんだ~自分だけ~」と、ひとしきりぼやいていた。







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宿禰慧一 「イリュミナシオン」 20 - 2009.08.20 Thu

20.
酔いが回り、つぶれた凛一を部屋へ帰るように促しても起きないから、俺は凛一の身体を抱きかかえて連れて行くことにした。
「あ、お姫様だっこだあ~」赤い顔をした凛が足をバタつかせる。
「じっとしてろ。床に落っことすぞ」
「は~い」
「おまえがこんなにお酒に弱いとは知らなかったよ」
「未成年に飲ませておいて良く言うねえ~今から少しずつ覚えればいい話だよ」
「そりゃそうだけど…と、言うか、おまえ、軽すぎないか?」
「ん?」
「体重だよ」
「ん…50無いよ」
身長は確実に伸びているのに50キロないなんて、痩せすぎだろう。
もっと料理のレパートリーを増やして、こいつの食生活の管理をキチンとしなきゃならない。
「ねえ慧、聞いて?」
「聞いてるよ」
凛は俺の首に両腕を回してご満悦そうな顔で俺を見る。
「俺、随分セックスしてないよ」
「さっきも聞いた」
「慧も恋人居ないっていったよね。じゃあ、俺たち恋人にならない?」
「俺たちは兄弟だろ?」
「じゃあ、寝るだけでもいいじゃん。慧、俺とセックスしようよ」
「…やだよ」
「なんで?」
「酔っ払いのたわごとには付き合えない」
「慧は俺を好きだろう?愛してるって言ったじゃない。兄弟でも好きなら寝たいって思っても不思議じゃないよね。男同士なら子供は出来ないし、一回ぐらい寝てもいいんじゃない?」
「凛、そういう話、やめにしないか」
「なんで?」
「俺はおまえを愛しているけど…セックスの対象にはしたくないんだよ」
「どうして?」
「…弟だからだよ」
「…」
凛は黙り込み、少し拗ねた顔で俺を睨んだ。

凛一の部屋のベッドに、凛の身体をそっと置く。
艶やかな黒髪が薄いブルーのシーツに広がった。
赤く染まった目元や頬が、秀麗な凛一の横顔を不思議と清楚に魅せている。
俺は息を止めてそれを見つめた。

rin3


「慧…」
「なに?」
「どうしても駄目?」
駄目という言葉が何を意味しているのかは理解している。
凛、俺は困ってしまうよ。
おまえにそんな目で懇願されると、折角決心した心が揺らいでしまう。
黙っていると、片腕を自分の目元に押し当てた凛一が、もう片方の手を俺に差し出した。
俺はその手を取った。
「時々…眠れないんだよね。寝たらあの時みたいに…慧は月村さんじゃないのはわかってるけど…俺の傍から消えていってしまいそうな気がして…俺、臆病だからさ…」
凛一が何を求めているのかはわかっていた。
俺は凛一の右手を絡ませ、口づけた。
「大丈夫、俺はここにいる。凛一の傍から離れない」
「…本当に?もう俺をひとりにしない?」
「誓うよ。絶対だ」
腕を離した凛一の黒い瞳が俺を見つめた。
「じゃあ、誓いのキスして」
「…」
正直キスで良かったと胸を撫でおろした。
セックスでも強要されたら、この状況では俺もやりかねない。
やったところで、俺も凛一も後悔するのは目に見えている。

俺は凛一の前髪を払い、額にキスを落とした。
凛はつまらなさそうに口をへの字にすると「赤ん坊じゃないんだからさ。口と口でやんない?」と、言う。
困った弟だと諦め、今度は口づけると、凛は当たり前のように舌を差し入れ、逃げないように俺の後頭部を押さえ込んだ。
諦めた俺は凛の思い通りに任せることにした。

凛一の口内も吐く吐息も、飲んだワインよりも甘く純度の高いアルコールの香りがして、うわばみの俺でも、酔いつぶれてしまいそうだ。

濃厚なキスを味わって気が済んだのか、凛一は口唇を離し、満足そうに微笑むと目を閉じ、そのまま静かに寝息をたて始めた。
絡ませた指の力はまだ弛めていない。
俺はその寝息を確かめ、凛一のどこか切なげな寝顔を見つめ続けた。
そして…ついに感情が押し流されてしまう。

神様…キリストでも仏陀でもムハンマドでも…誰でもいい。
どうか、凛を…凛一を救ってくれ。
降りかかる災いのすべてを振り払って、この子を守ってくれ。
俺の幸せなどどうでもいい。
凛だけには…本当の幸福を与えてやりたい。
それだけだ…
それだけで俺は…救われるから。

俺は一心に祈った。
どこかの酔っ払いのメリークリスマスと言う歓声が、窓の外から微かに聞こえていた。



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宿禰慧一 「イリュミナシオン」 19 - 2009.08.19 Wed

19.
俺達は生まれ育った家での最後のクリスマスを、ふたりで過ごした。
家にある限りのクリスマスの飾りを並び立て、折角だからと買ってきたモミの木に派手にデコレーションした。
手作りの料理とワインで、クリスマスを祝う。

「なんだか…思い出しちゃうね。梓のこと…」
「…そうだな」
「梓はいつも俺に天使の格好させていたよね。自分はマリアさまになりきってさあ…慧は、何の役だった?」
「キリストの誕生を祝う賢者だよ。その他大勢、羊飼いの役もヘロデ王の役も俺がやった」
「そんなにやってたの?むちゃくちゃだなあ」
「梓の命令さ。とんでもない横暴なマリアさまだろ?」
「慧の女嫌いがわかる気がする」
「梓はいい女だったよ」
梓が生きていれば、俺はともかく、少なくとも凛一をこれほど寂しがらせたり苦しませる事はなかっただろう。凛一は梓を母親代わりにしていた。そして梓も俺とは違った愛情を、凛一に注ぎ込んでいた。
俺の梓への感情は凛一とは違う。
梓はいい妹だった。愛してもいた。だが、到底凛一への愛情とは比較できないものだった。
凛一には口が裂けても言えることではない。
そう考えると、俺も色んな秘密事を抱える哀れな贖罪者だと思う。

「この家無くなっちゃたら、梓は恨むかなあ…」
「梓は…母さんもだけど、凛一の幸せをいつも願っていたから、凛が幸せなら、この家が無くなっても悲しまないと思う」
「俺は幸せだよ。母さんも梓も…父さんもいなくてもさ、慧一がいてくれるから…十分幸せ」
「…」
判ってはいるが、凛一がこうも素直に甘えてくれると、気恥ずかしくなってしまう。俺はポーカーフェイスだから、そういう気持ちを読まれる事はないんだが。

「ここ何年かは慧とこうして穏やかな気持ちで居られなかったじゃん。だから、なんかね…すごく嬉しいんだ。慣れてしまうとありがたみってわからなくなるって言うらしいけど、慧といるのってね、安心したりドキドキしたり、嬉しかったりするしねえ~。俺、単純に慧と居るの好きだし、傍に居てくれてありがたいな~って思うよ」
「…俺も凛の傍にいるのは…大変だけど、楽しいよ」
「本音が出た~不出来な弟が色々仕出かして、本当のところは参ってる?」
「いや…全く…そういう気持ちにはならない。凛は弟だけど…俺以上に大事なものだから…守りたいって、本能的にね、そう思うんだよ。俺はおまえが幸せになってくれるのを、この目で確かめられたら、生きている意味を感じると思う」
「宿禰慧一として生きるって言った意味だよね。でも慧自身の幸せはそれでいいの?俺が誰かと幸せになったら、慧はひとりになるんじゃない?」
「存在の距離間としては離れることになっても、俺にとっては凛と離れたことにはならないと思う」
「…」

凛一は持っていたフォークをカチンと音をさせ、皿の上に置いた。
「…凛一はどこにいても俺の弟だし、俺が生きている限りは守ってやりたい存在なんだ」
「だったら、俺も他の誰かとくっついたり、結婚したりしないよ。慧の傍から離れたくないもの」
「ばか…俺の傍にいたって本当の幸せは手に入らないから…凛は愛する人を探すんだよ」
「兄貴がひとりなのに俺ばっか誰かと幸せになれるかよ」
手酌でワインのボトルからグラスに注ぐと、凛は舐めるように少しずつ飲み干していく。
不味く感じるなら飲まなければいいのにと、俺は笑う。

「それはそうとさあ。兄貴は今付き合ってる人はいないの?」
「…いないね」
「向こうにも?」
「正直、勉強が忙しくてそれどころじゃない」
シカゴで暮らしていて二年、なにもなかったわけじゃなかったが、どれも遊びの域を出ないものばかりだった。
一時的な遊びと言うものは終わればむなしさだけが付きまとうものだから、しなきゃいいはずだが、それでも独り寝をするよりもマシか、と思う夜もあるってことだ。

「俺もいないよ。色んな奴と寝てみて思うけど…あ、慧はこんな話嫌い?」
「いや」
「怒ったりしない?」
「しないよ。実を言うとね、俺も凛に偉そうな口を叩ける柄じゃないんだ。おまえの歳頃には結構遊んでいたしね」
「…全然気づかなかった」
「凛はまだ5,6歳だろ?わかるわけないよ」
凛一の性体験を聞かされるのは少々胸の痛い話だが、凛一が胸の内を晒したいというのなら、俺はそれを受け止めなきゃならない。
俺はグラスたっぷりに注いだワインを一気に喉に流し込んだ。

「俺、色んな奴と寝てみたの。勿論好きなタイプじゃなきゃ寝ないよ。女も男とも結構した。でも男の方が…俺が下の場合ね、大方優しいんだよね。俺が子供だからって所為も大きいんだろうけど、みんな優しくしてくれるから甘えちゃうんだろうねえ~。恋をしているわけじゃないんだけど、そういう錯覚に陥るのかね。なんか抜け出せないんだよね~そういうとこ俺の弱さだと思う」
「中学生なんだから弱くて当たり前だ。その歳で悟られたら逆に気持ち悪いぜ」
「そうかな…だったら少しは気が楽になるよ。俺、自堕落でどうしようもない奴って思っていたからさあ…」
どうしようもないのは俺の方だ。こんなに尊い子をほったらかしにして、寂しがらせていたんだからな。

「月村さんとは付き合うって感じじゃなかったんだ。あの人はノーマルだったから、俺を抱こうとはしないしさ…でも俺、一回ぐらいあの人と寝たかったよ…慧は怒るだろうけど」
「怒らないよ」
「俺、随分セックスやってないよ」
「知ってる」
「普通の中学生より知りすぎちゃったから、しばらくはおとなしくしてる方がいいと思って自重してますけどね…たまに人肌恋しくなる時あるよ。困ったときの自家発電っていうけど、やっぱりね~他人の肌ってあったかいって感じるじゃん」

ワインに酔ったのか、凛一はあの前日の晩のことを喋りだした。
月村の事を凛一が口にしたのは、遺書を破いた時以来だった。

「月村さんはとっくに覚悟していたんだね。あの夜は本当の意味で最後の晩餐だった。月村さんは俺のことをキリストって言ってた。俺、そんなのになりたくない。それで俺は月村さんをユダみたいだと言ったんだ。キリストを好きすぎて破滅した男。ねえ、慧。俺は月村さんをユダにしてしまったのかな…」
「そんな事は…」ないとは言えない。月村は進んでユダの役を引き受けた。それはあの人の優しさだったんじゃないだろうか…
俺は酔いつぶれ気味の凛一を見つめながら、月村が何故凛一を抱かなかったのかを思い巡らせていた。





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宿禰慧一 「イリュミナシオン」 18 - 2009.08.18 Tue

18、
二日後、凛一とふたり自宅に帰り着くと、緊張した面持ちの父親と叔母たちが待っていた。
この騒ぎが宿禰家にとってありがたくないことはわかっている。
一端の外交官である親父にとっても醜聞極まるものだろう。
事件の全容はわかっている事だし、凛一に咎めるところはない。
だが、中三の子供を放任していた責任は俺も親父も取らなくてはいけない。

事実、この事件を面白おかしく書き立てるマスメディアもいくつかあった。
凛一の名前は出なくても、月村の自殺は新聞沙汰にもなっていた。
この件で憔悴している凛一に追い討ちを掛けないか、それが心配だった。

俺は凛一の傍を一時も離れなかった。
凛一は最初、それを鬱陶しそうにしていたが、一週間もすると、素直に胸の内を表すようになった。何より、心配していた拒食症の症状が今回は免れていた。
元より俺たち兄弟はそれほど食には関心がなかったから、飢えない程度に食うだけだったが。

凛一は月村の事は、何ひとつ俺には聞かなかった。
新聞やインターネットで詳細は知っているはずだ。自分が睡眠薬で眠らされていた時、何が起こったのかは…

ある夏の夕刻、まだ明るい空をふたり並んでリビングに通じるベランダから眺めていた。
一時間前に降った夕立の空に虹が掛かっていた。

「俺、救えると思ったのに…」
凛一がポツリと呟いた。
「思い上がりも過ぎる。ここまで来るとバカみたいだ」
月村の事を話す気になったのだと思った。
「慧一の言うとおりにあの人から離れれば…あの人はもっと生きていたのかも知れない」
凛一は自分を責めている。
誰も彼の命を救う事はできない。だけど…
俺はあの男の死に顔を見た。
あれは、死に行く自分に満足していた顔だった。

「凛一…人を救うなんて簡単にできない。でもあの人は凛の存在に救われていた…それは確かだよ」
「本当に?」

俺は自分の部屋に行き、月村が置いていった天使の画集と凛一への遺書を手に取った。
これを凛一に見せるべきなのか、迷いはあった。
だが、月村の本心を隠したままでいるわけにもいかない。
たぶん凛一のこれからの人生にこの事件は深く関わっていくのだろう。ならば、凛一への思いがなんであったのか凛一も知るべきなのだろう。

俺は、月村の遺書だと言い、凛一に差し出した。
凛一はそれを見るとにわかに顔色を変えた。
黙ったまま、その画集の表紙を凝視する。
「あの人はおまえを本当の天使だと思うことで、救われていたのかも知れない…」
俺の言葉は聞こえているのだろうか。
凛一は瞬きもせずに凝視し続けている。
そして、月村の最後の言葉を綴った紙切れを手にとって、黙読した。

俺は…その手紙は、凛一を悲しませるか、それとも楽にさせるのか、どっちかだろうと思っていた。だが、凛一はその予想を裏切る行動に出た。
凛一は手にした遺書を躊躇いもなく散り散りに破り、足元に捨てた。
その瞳は激しい憤りを湛え、口唇は微かに震えていた。
「さよなら、月村さん」
彼は聞き取れないほどのくぐもった声で呟いた。その声すら怒りに満ちていた。

俺は怒りを全身に纏った鬼神のような凛一を見て、その鮮烈さに、新たに魅了されてしまう感覚に陥った。
なんという存在なのだろう。
俺はおまえを一生見続けても飽きることなどないだろう。

凛一は、庭に歩き出し、上を向いた。
彼はすでに怒りを解き、薄れる虹を惜しむような瞳で暮れかかる空を仰いでいる。
何ひとつ傷を残さない…月村のことなど何もなかったかのように。
だが、忘れようとしているわけではない。
凛一は自分の中にすべてを吸収しようとしているんだ。
彼は跳ね返すのではなく、すべてを受け入れつつ、成長していく性質なのだ。
そういう凛一ならば、どこかで負の感情が出てもおかしくはない。俺はそれを見極め、取り除く配慮をしていかなければならないだろう。

rin1



夏休みが終わり、新学期が始まった。
俺は一年間、大学院を休学することにした。
凛一は驚き、自分の為に休学することを嫌がったが、俺はその意味を細々と説明すると、渋々納得した。だが、内心喜んでいるのが見て取れた。
凛一が寂しがりなのはわかっていた。さすがにこの状態でひとりでいるには耐えられないのだろう。休学した事実は凛一の一抹の不安を消しさったようだ。
あの事件以来、凛一と俺の関係は完全に修復したと言って良く、凛一は昔のように屈託のない笑顔を俺に見せるようになった。

当たり前の幸福な日常が戻ってきた。

だが、学校ではとんでもないいじめが凛一を襲っていた。
凛一は全く背を向けなかった。
苛めについては、色々な目に合ってるとは言うが、それで落ち込む気配は見受けられない。
しかし、相当の被害は受けているはずだ。
カバンや教科書の落書きなどはまだかわいい方だ。
学生服は汚れ、終いには無くなり、とうとうジャージで帰ってきた。
次の日は凛一は平気な顔で、私服で登校した。
生傷のひとつやふたつは珍しくなく、俺は学校に怒鳴りに言ってやろうかと言うと、凛一は「いいんだよ。ケンカするの、楽しいぜ。生きてるって気がするね。それにストレス解消にもなる。慧に武術関係を習っていて良かったよ。負ける気がしないもん。相手を病院に送り込む寸前で止めるのが賢い遊び方ってね」
凛一はウインクしながら、笑っていやがる。
恐れ入った。
細やかな神経だと思えば、とんでもない肝の据わったところがある。
あの容貌で…と、凛一を知らない者は疑うだろう。

進学の事で、学校に呼び出される。
案の定、事件の所為で高等部への進学希望を拒否された。
凛一は俺の後輩になりたがっていたから、酷く残念そうだった。俺も望みを適えさせてやりたかったが、私立の評判はお家の大事だから仕方のないことだった。
それに大半の生徒が高等部に移るんじゃあ、いじめが無くなるとは思えない。

俺は凛一に合う高校を探すことにした。
それにはこの地域から出る必要がある。
俺は凛一の意向を聞き、帰国した父親に相談した。
父親は自宅を売り、凛一の環境にいい家を探すことを提案した。

鎌倉の一等地に条件のいい建築中のマンションを購入し、翌年の一月に引っ越すことにした。そこから歩いて10分程の場所に、凛一の受験する高校もある。
合否を問う偏差値はかなり高めのものだったが、凛一なら大丈夫だろう。
俺が徹底的に教え込めばいい話だ。

街は師走を向かえ、どことなく気忙しい空気が流れ始めていた。





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デフォ絵できた。 - 2009.08.17 Mon

「ユーリとエルミザード」のデフォ絵できました。

早くみんなが活躍できる日がくるのが楽しみです。

まあ、2年生からなんだが…www

ye3

それぞれに、個性が出るように描きましたが…
次はリアル絵でいきます。


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宿禰慧一 「イリュミナシオン」 17 - 2009.08.17 Mon

17、
救急車で病院に運び込まれた凛一に、俺は付き添った。
凛一は睡眠薬を飲まされているだけで、身体のどこにも外傷はなく、いわゆる無傷の状態だった。
月村の方は自分が負うからと、嶌谷さんは警察に行ったきり連絡は途絶えたままだ。
俺は父親に連絡し、事の次第を簡単に説明した。すぐに帰国するという父親の慌てた声に、この人も人の親なんだと、思った。

病室でひとり眠り続ける凛一の傍で、俺はただじっとその顔を見つめていた。
あの時…凛一が死んでしまったと思った時、俺は…すべてを失ってしまったと絶望した。
だが同時に俺は…どこかで思ってはいなかったか?
これで凛一は誰のものにもならない…と。
俺の積年の妄執も終わりを告げたのだ…と。

…俺は自分が恐ろしい。
もし、あのまま凛一が死んだとしたら、俺はその場で自殺しているだろう。
ベッドで眠る凛一を抱いたまま、俺は自分の胸にナイフを刺して…心中を図った報われぬ恋人のように…
そして、俺にとっての真実の安息が与えられる。

だが、それは完全に間違った妄想だ。
凛一は生きている。そして俺も生きなければならない。
凛一の為に…

眠りについたまま、ビクリともしない凛一の手を取る。
「凛一…」
名前を呼んだ。
ずっとおまえだけを呼び続けてきた。

これだけじっくりと凛一の顔を間近で見たのはどれくらいぶりだろうか…
少しだけやつれて見える青白い顔。だが何一つ遜色ない容貌だ。
好みの顔は十人十色とはいうが、凛一を見る者は誰も彼を否定するものはいない。
その気高さ故に妬む奴らがいるとしても、凛一は歯牙にも掛けない。
また、凛一を賛美、へつらう輩にも、同様に。
その癖、目に見るもの触れるものすべてを思いどおりにしなければ気が済まない傲慢さ、勝手し放題で回りを振り回すのには全く気取らない。
危険な森や沼地に怖いもの知らずで、入り込む。その馬鹿さ加減でさえ、人は愛すべき勇者として称えるだろう。

凛一はいつだって自由だった。

もし凛一の顔が瞑れたとして、肢体が不自由になったとしても、俺の凛一への愛情が損なうとは思えない。
俺が愛してやまない凛一は、生きている宿禰凛一に他ならないからだ。

どれだけこの弟の寝顔を見続けてきたのだろう。
ずっと、生まれてきた時から、おまえだけを見てきた。
欲情があろうと、お前を愛しいと思う想いに偽りはないよ。
ただ、おまえを壊すのが怖かった。
俺への信頼を裏切るのが恐ろしかった。

おまえを失いたくない。
だから、
俺は、おまえの望む者になる…それだけのものになろう…

「凛一…愛してる」

凛一が目覚めた時、俺は凛一の本当の兄として生まれ変わる。
凛一を守るために、凛一が幸せに暮らせるために、俺は自分の感情など捨ててしまえる。
凛一を二度と泣かすようなことは絶対にしないと誓う。


スローモーションのように凛一の瞼が開いた。
まだどこか焦点の定まらない黒まなこが俺を見た。
「…け、い…」
「凛…」
「ここ、どこ?」
「病院だよ」
「…どうしたの?」
「おまえは、睡眠薬で眠っていたんだよ」
まどろみのような静かな会話。
それすら珠玉の時に思える。
「…慧、泣いてるの?」

俺は泣いていた。
凛一の姿があまりにも
あまりにも無垢すぎて、
あまりにもひとり、遠くにいる気がして…
悲しかった。

凛一、
おまえは誰も汚す事ができない誇り高く生きる者だ。
俺はおまえを守る。
そう誓った、あの日、母が言った言葉を思い出す。
「凛一を光に導く者」に、俺はなろう。

痩せた凛一の身体を抱きしめ、嗚咽しながら、俺は何度も「離れない」と誓った。

俺は、やっと凛一の元に帰ってきた。




                                          text by saiart


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宿禰慧一 「イリュミナシオン」 16 - 2009.08.15 Sat

16、
足元の砂利に足を取られながら、懸命に走った。
夏の日差しが木漏れ日を作る。その光が目に映る茂みも木々の肌も斑にしている。
俺は光と影が目に写り流れていくのを感じながら、凛一の姿を探した。
凛一に何かあったら俺は…俺は一体どうすればいい。

砂利道はけもの道になり、あたりの木々も次第にうっそうとしている。
その突き当たりに…白い服が見えた。
俺は急いで近づく。

楡の木に寄りかかるように、その男は倒れていた。
写真で見た顔…月村孝道、だった。
白いシャツは飛び散った血痕と、流れる血の色で赤く染まりつつある。
右手にはピストル。
左腕の上部と右の側頭部を打ち抜いている。
さっきの二発はこの二箇所を貫いた音だ。
だが、凛一が打たれていないとは限らない。
俺は後ろから来た嶌谷さんと警察官が月村に近づくのを見て、それと反対に歩き、凛一を探した。

見る限りでは辺り一面には凛一の姿はない。
大体凛一がここに居るという確かな情報などは始めからないのだ。
だが、凛一はこの月村と一緒にいると思って間違いはない。
だったら、凛一はどこにいるんだ。
ふいに天上を見上げた。
斜め右上に天使の風見鳥が見えた。
嶌谷さんがさっき言っていた建物だろう。
俺はそれを目指した。

剥がれかかった萌黄色の外壁を見た時、嫌に胸がざわついて仕方なかった。
凛一はここにいる。たぶん予感は当たる。
ただ無事で…いてくれ。

階段を昇るのも面倒で、乱暴に玄関のドアを開けた。
誰も居ない静まり返った簡素な室内。
俺は凛の気配を感じた。
「凛一っ!」
俺は叫んだ。
凛一はここにいる。
もう、確信しかない。
俺は部屋中のドアを立て続けに開け、凛一の名前を呼ぶ。
これだけ呼んでいるのに返事が無いなんて…

最後に残った部屋のドアを開け、中を見る。
部屋の大部分を占めるキングサイズのベッド。両側の壁に本棚があった。
大きく開いた窓からは、高原の涼しい風が吹き抜け、カーテンを揺らしている。

ベッドの上の水色のシーツに、横たわる凛一がいた。
上半身は裸、腰から下は薄い毛布が掛けてある。
凛一は仰向けに、胸に両手を重ねた姿で…眠っていた…

…いや、眠っているのか?
名前を呼びながら、ゆっくりと近づいてみる。
凛一は蒼白な顔でピクリともしない。
陶磁器の人形のような…動かない、人形のように。

俺は後ずさった。
早鐘のように響いていた心臓が、ピタリと音を止めた。

凛は死んでいる…そう思った。

息が出来ない。
俺はその場に両膝をついた。
凛一が死んだ…
俺の、たったひとりの…俺の凛一が死んでしまった。
俺の所為…全部俺の所為だ…
凛一をひとりにしたのも、凛一を悲しませたのも、全部、俺が傍にいてやれなかったから…
だから凛一は、あの男についてここまで来たんだ。
俺は…
凛を…

「慧一くん!どうしたんだ?」
誰かが俺を呼んだ。
顔を見る。
…嶌谷…さんだ。
「凛が…死んでしまった…」
「ばかなっ!」
嶌谷さんは、俺の横を通り過ぎると、ベッドの凛一に近づいた。
凛一の手を取り、顔を近づける。
「…大丈夫だ。呼吸も脈もしっかりしている。慧一君、安心しろ。凛一は無事だ」
「…」

無事?
…生きている?
…本当に?
本当に凛一は…?

「凛一、起きろ!」
嶌谷さんは凛一の身体を揺らし、声を掛けている。
「駄目だ。目覚めない。何か、睡眠薬でも飲まされているのかもしれない」
「…」
「凛一をここから運び出す。さっき警察と救急車を呼んだから、もう間も無く到着するだろう。慧一君っ!しっかりしてくれ。凛一は君が守るんだろう」
嶌谷さんはそう言うと、毛布に包んだ凛一を抱き、部屋を出て行く。

ひとり残された俺は足腰に力を込め、なんとか立ち上がった。
天国と地獄の間を往復した気がした。

凛一の寝ていたベッドを見渡すと、凛が寝ていた枕元に、橙色の山百合が一房置いてあった。
俺はそれを手に取った。
その山百合の陰に隠したように、A4サイズの画集が置いてあった。
表紙には「Angel moment」の表題。
その画集に挿まれた白い紙のページを見た。
書物を持った天使「Rasiel」の絵が記されてあった。
七大天使のひとりだ。
よく見るとその天使の顔は、どことなく凛一の顔に似ている。
そして、白い紙には走り書きで、凛一宛の手紙があった。
たぶんあの男、月村孝道の遺書とも言える手紙だろう。
俺は一瞬、破り捨ててしまおうと思った。
だが、その天使の絵を見ていると、なんとかその気持ちが抑えられた。

これは凛一への想いが詰まっている形見だ。俺に捨てる権利はない。

俺は月村という男に対しては憎悪にも似た嫌悪感しかない。
だが、俺はわかっていた。
あの…自らをピストルで打ち抜き、死んでいる姿は…あれは紛れもなく俺の姿だ…と。

俺は、気が付いていたんだ。
いつか
俺は
凛一を殺す
もしくは
俺が死ななければ
ならない
いつか…
その時が
来る事を…





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あとがきのようなもの - 2009.08.10 Mon

「メトネ日記第二章」は一応、恋人同士になったところで一段落しましたね。良かった良かった(´∀`)

メトネというキャラは、安易に生まれたキャラだ。
もともとこの話はレイとアルスの話を土台にしているから、世界観は決まっていた。
20年前自分が書いた「聖王伝」ではエイクアルドのレイ・ラシード聖王の下、地上は統一されたところで終わっている。

去年、ちょうど今頃からブログで始めた「みんなで作るゲームのオリキャラ」で、100人のキャラを作るのを目指し、がんがんやってきた。

私は物語にプロットは作らない。世界観は作る。だけどキャラを生み出したら、後はそのキャラを成長させるだけ。後はキャラが勝手に動く方式を取る。
どうせ終わりを決めていても、キャラがごねたら、結果は違ってくるもんだ。

はい、地図、どぞ( ´・ω・`)_且~~ イカガ?

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この話も最初はエイクアルドに滅ぼされるはずのラサイマ公国に、エーギルと言う神官を生んだ時に、このキャラで話を作ろうと思った。
エーギルは力は無いが、非常に繊細で魅力的なキャラだ。そしてエーギルに魔者のユエ・イェンリーをおいた時点で、この国はエイクアルドの脅威を逃れた。
魔者のいる国を相手にするほど、エイクアルドも馬鹿じゃない。

エーギルは全盲のため、公主にはなれなかった。では、公主の座は誰が座る?と、いうわけで、弟、メトネ・レヴィスが生まれた。
この兄弟はホンワカ兄弟で、誰かに支えてもらわなければならない。

ユエが出たら、リュウ・エリアードを出さなければならない。

昔書いた物語のふたりだからだ。
リュウは高校の頃からの付き合いで、自分の分身に近い。(一番の古株はサイアート)
本当はこいつをオリキャラに出すのは躊躇した。
想いが強すぎたから。
リュウは人間である時は、徹底的にドMでやられっぱなしのスナイパーで、ユエに奴隷扱いされている。
それが、魔界に来た途端、今までと打って変わって、ドSに変わってしまった。
恋人だったユエをエーギルに取られた腹いせに、メトネを奴隷にした。

メトネはこの段階で自分では全く動いていないし、どんな性格かも把握していない。
だが、「メトネ日記」と題をうっているんだから、喋ってもらわなきゃならない。
「はい、ちょっと、君ってどんな感じなのかな~?」と優しく聞くと、めそめそ泣きじゃくる始末。
自分にはない性格。しかし、こういうキャラをリュウは面白がるかも知れない。

そう思って、書き始めたのがこの話。
この後のふたりは、メトネが死ぬまで蜜月を延々と味わうわけだが、それを描いても「おいおい、いいかげんにしろ…ヽ(`Д´)ノ」となるので、遠慮しいしい描こうと思う。

さて、この物語は一段落して次は「ユーリとエルミザード」である。
この話はエイクアルドの首都、イルミナスの士官学院で話を進める。
もちろんBLなのだが、どうも色っぽくはならない気がしている。
頑張って濡れ場シーンでも書こうとは思っているが。

リンミナの方は、慧一兄ちゃんがまだ終わりそうも無い。
というのも、これも最初の予定と大幅に違ってきて、慧一が勝手に動き出したからだ。嶌谷さんが関わると、色々と状況が変わって、話が長くなる。
この後、父親との話。引越しや学校を決めたり、紫乃と再会したりで、彼は忙しい。

紫乃といえば、この人も何とかしたい。たぶん幸せな方向へ結び付けようと思う。

思うにキャラたちは、ちゃんと自分の幸せの為に、自分で動き回るように出来ている。
どんなに葛藤したり苦しんでも自分で結果を出している。
私はそれを掬い上げ、文字にしているだけだと思うのだ。

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さて、これはメトネ日記の次の章の表紙のラフである。
どんな話になるのかは、彼らの行動と私のやる気にかかっている。
そのお話はまたいずれ…


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「彼方の海より…」  10 - 2009.08.10 Mon

10.
部屋に戻ったリュウは、抱き上げていた私をゆっくりとベッドに降ろしてくれた。
裸のままでは恥ずかしくて、何か着るものをと手を伸ばすが、リュウはそれをさせなかった。
ベッドの端に腰を下ろし、私の腕を取る。

「辛かったか?」
「…はい」
「怒っているのか?オセに抱かせた事」
「…いえ、リュウは私の主人なのだから、私はあなたの命には従わなくてはならないのだと思っています」
「おまえは俺を憎んでいると思っていた。だから、これ以上俺の傍に仕えるのはつらかろうと思ったんだ。オセは人間好きだからな。ああ見えて情は厚い。俺よりもメトネには居心地がいいだろうとな」
リュウが私を思ってオセにやろうとしたのは、結局のところ、私に飽きたという意味ではないだろうか…

「私はもうリュウの傍には置いてもらえないのですか?…私に飽きてしまった?だからオセに私をあてがうの?」
泣きたくないが涙が溢れてしまう。リュウは溢れる涙を指で抑えた。
捨てる身ならばそんなに優しくしないで欲しい。
「…おまえはどうされたい?」
「私は…リュウの傍に居たい」
嘘はつけなかった。リュウの手の平の温かさが、何も纏うなと言っているから。
「ではそうしよう」
リュウの言葉に私は驚いて、リュウを見上げた。
「え?…だって私は役立たずなのでしょう?」
「なんだ、さっきの言葉を気にしていたのか?他の奴に役に立たなくてもいいさ。俺に役に立っていりゃ、それでいい。だろ?メトネは俺好みの身体だからな」
「嘘だ…だって…」あんなに酷い目に合わせて、私をいたぶって…

「俺のつけた傷はまだ残っているな。痛いか?」
「…はい」
リュウは私の両手首を持ち、赤い傷跡を見つめた。
そして、口で呪文を唱えながら唇でそこへ触れた。赤い傷跡は跡形も無く消え去った。同時にじりじりとした痛みも無くなっていく。
「メトネはかわいいからな、つい本気で苛めたくなるんだよ」
リュウは口端だけで笑って私を見る。
可愛いと言われて、私は顔から火が出るように熱くなった。
いい歳の男が、かわいいといわれて嬉しくなってしまうのが自分でもどうしてなのかわからない。でもリュウから言われると宝物みたいに思えて胸が鳴るのだ。

「おまえは俺に心を許していないと思っていた。まあ、おまえの大切なものをすべて奪ったのだから当たり前だ。それなのに、俺はおまえが欲しくて堪らなくなる…俺がおまえみたいなよわっちょろい人間に本気になるのが自分でも不思議で仕方ないがな。おまえのどこが俺を惹きつけるのか、俺にもわからないでいやがる…本当にメトネは変わり者だな」
「…」
夢見たいなリュウの言葉。
私のことを言っているとは思えなかった。
リュウは私をからかっているのだろうか。

リュウは言葉を紡ぎながらも、私の傷ついた身体をひとつひとつ癒していく。
傷ついた心も同じように癒されていくようだ。

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「俺を好きか?メトネ」
「…はい。心から」
「愛していると誓うか?」
「私の命に賭けてリュウを愛していると誓う」
「では、メトネ・レヴィスは今よりリュウ・エリアードの最愛の恋人とする。この誓いはどちらかが生を全うするまで破られぬものだ。
そして、リュウ・エリアードの誓いは、誰にも破る事はできない。メトネにもな。
おまえが俺を裏切る事があったら、躊躇無く殺す。いいな」
「はい。リュウにならいつだって殺されても本望です。だけど、私を置いて死んだりしないで下さい」
「…はは…おまえ、俺にそれを言うのか?俺は心臓に剣を突き刺されても死なない破格の身体なんだよ。こればかりは自分でもどうしようもない…産んだやつを恨んでも今更仕方のない話だしな…」
そういうとリュウは眉を顰め、苦い笑いを浮かべた。

「これも運命だと思っている。そしてメトネを選んだのも俺の運命だ。人間は4,50年の寿命しかない。どう転んでもおまえは俺より早く死ぬ。だが生きている限りは俺がおまえを守ってやる。メトネが年老いて死ぬまでかわいがってやるよ」
「老人の私はみすぼらしくて、きっとリュウは見捨てると思うけど…」
「メトネはじじいになってもかわいいさ。髭を生やしたメトネじいさんと暮すのもまた楽しかろう」
「…ひどい…私は歳をとっても髭なんか生やさない」
口では責めても、情が伝わってくる。
私は嬉しくて幸せすぎて、このまま死んでもいいと思った。

「魔者は記憶を忘れることはない。良いことも嫌な事もすべてこの頭の中に残る。だから、メトネと過ごす時間は良い思い出ばかりにしたい。…メトネが死んでも、おまえの記憶は俺の一番大事な場所に刻み込んで置きたいからな」
「はい、リュウ。私はあなたの傍にいて、あなたを幸せにしたいと願っている。私は息を引き取るその時まで、あなたの傍に居ると誓います」
「では、誓いの証にこれをやろう」
リュウは左薬指の青い宝石の嵌め込まれた指輪を私に差し出した。
私はそれをじっと見つめたが、手を伸ばさなかった。

「これでは不服か?」リュウは訝しげに私を睨む。
「違う…私には似つかわしくない物です。それに…リュウがいれば私は何もいらないもの」
「…人間というのもはエゴばかりの強欲な者ばかりだと知っていたが、メトネは物には執着しないんだな。いや、おまえはそれ以上の欲深い者かもしれない。俺を捕まえて、貢がせているのだからな」
「貢がせてなんかいない。リュウは意地悪だ!」
「ムキになるところもかわいく思えるんじゃ、俺の方が分が悪いな。では、これを与えよう」と、言うとリュウは腰に差した短剣を取り出し、自分の手首を少し切った。
リュウの赤い血が指輪の上に零れ、青い宝石が血と混じり、美しい紫色になる。
リュウはその宝石だけを抜き出して、私の心臓の近くに当てた。
片方の指を唇に当て、暫く詠唱を唱えると、宝石は消え、私の胸に小さな百合の花を刻み込んだ。
「これでいい。離れていてもメトネが俺を強く念じれば、俺はすぐにでも駆けつける。おまえを危険な奴からも守れる。おまえに触れたものはすべからく俺がぶっ殺すからな」
リュウの言葉は嬉しくもあり、恐ろしくもあり、なんだか奇妙な感じがして複雑な顔になる。

「あの…リュウの恋人になるということは凄いことなの?」
私は胸に刻まれた紫の百合を指でなぞりながら、問うた。
「メトネは本当にアホだなあ~俺の恋人になるってことは、この世の誰よりも幸せになるってことなんだぜ。わかったかい?俺のかわいい子」
本当に?と問い返す前に、リュウは私を抱きしめ、口唇を奪った。
そのままベッドに押し付けられた私は、リュウを受け入れる。
私は抵抗などしない。もっとリュウを感じたい。もっとリュウを喜ばせてあげたい。
それが私の一番の望みだからだ。

私の一生がいかに短かろうが、そんな事はかまわない。
ただ、リュウと共に生きる事。
それが、私の望み。


    メトネ日記 第二章 完



                                       text by saiart


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「彼方の海より…」  9  - 2009.08.08 Sat

9.
「こっちへおいで」
ぼーっとしていたら、オセ・ゲーティアに腕を取られ、無理矢理に隣に座らされた。
何故か肩を捕まえられている。まだ身体のあちこちが痛む感じがするので、腕を引かれたり肩を抱かれたり…とにかく触られるのに敏感になって、思わず顔を顰めた。
「なんだよ、愛想ないなあ~王様だった人間は魔者の色子になってもプライドが高いと見える」
「そ、んなわけじゃありません。ちょっと…具合が…」
私は向かいのリュウの顔色を伺いながら、なんとかオセ・ゲーティアの腕から逃げようと腰をずらす。
「じゃあ、俺の杯ぐらい受けろよ」
「え?」
顎を捕まえられオセの顔の正面に向けさせられると、瞬時に口を合わせられた。
驚いたが抵抗する間も無く、合わせた口から強い酒が流し込まれる。
「うう…」
熱い液体が喉へ流れ込む。

口唇をやっとの事で離し、あまりに急なことにむせ返っていると、オセはなんだか呆れたように笑う。
「なんだよ、やたらとウブじゃないか?…じゃあ、あっちの方はどうなんだ。試してみてもいいか?リュウ」
「…どうぞ」
なんの話なのか、全くわからなかった。
試すって…どういうこと?
答えを考える間も無く、オセは私の着ている上着の帯を取り、驚くほど簡単に服を脱がせた。
私は何度も目を瞬かせた。
なに?…何をしようとしているんだろう?

「そんなぽけっとしたかわいい顔するなよ。どうして人間ってのはこうも嗜虐的感覚を高ぶらせるんだろうね~。まったくどいつもこいつも…哀れといえば哀れだが…」
下着に手がかかり、さすがにどういう行為に望んでいるのか理解した。
私は青ざめ、「離して下さい!」と叫んだ。
…全然聞いてない。
抵抗しようにも力は強いし、どこを掴まれても身体は痛むし、思わず「痛い」と、泣いた。
構わずオセは裸になった私をうつ伏せにして、指を入れる。
私は叫んだ。

回りの魔者たちは私を嘲るように見下し、笑い、楽しんでいる。
遠くにリックが見えた。ただひとり、私を心配する友人の顔は青ざめている。
私はリュウが見れなかった。
こんな痴態を命じ、ほくそ笑んでいるであろうリュウの顔など見たくない。
指が抜かれ、腰を強く掴まれた。すぐに違う質量のものが入ってくる。
私は目を瞑り、歯を食いしばった。
泣き言など言うものか。辱めを受けたとて、今更だろう。
ただ、わけも無く涙が溢れた。
どうして…どうしてリュウは私をこんな目に合わせる。
私は…リュウだけのものになりたかったというのに…

快感など一切なく、必死で痛みに耐えた。
噛み締めた隙間から苦痛にあえぐ声が漏れた。
痛みと悲しみの涙でしゃくり返る。

「やめた!」
突然オセの声が聞こえ、圧し掛かられた身体が私から離れた。
だからといって私は自分の身体を動かす事もできないほどで、ただ泣くばかりだった。

「こいつ全然使えないじゃないか。リュウ、おまえちゃんと躾けたのか?」
「…悪いな、役立たずで」
呆れ返ったオセ・ゲーティアの声に、リュウは答える。

役立たず…その言葉が私の胸に突き刺さった。
やはり私はリュウには必要のないものなのだ。

「口直しに良いのを見繕って、ゲストルームで楽しんでくれ」
「そうするよ。全く、おまえの趣味には付き合えないよ」
オセは私の尻を叩くと、立ち上がって部屋から出て行く。
何人かの取り巻きが彼の後を追っていくのが見えた。

私は向かいのリュウに目をやった。
感情の見えぬ平素な顔をして、私を見つめている。
この私の醜態をどう思っているのだろう。
命令どおりに動かなかった私を、リュウは歓迎していないはずだ。
殺されるんだろうか…私は溢れる涙を拭き、裸の身体を竦ませた。

リュウは立ち上がって私に近づいた。
私はうつ伏せたまま、鳴き声を押し殺した。
これからどうなってしまうのか、恐ろしさに少しだけ震えてしまう。

するとリュウは思いがけない事をし始めた。
自分のマントを私の身体に掛け、そのまま私の身体を両腕で横抱きに抱えたのだ。
彼は私を抱いたまま、客間を後にした。

長い回廊にカツカツと靴の音が響く。
リュウはさっきから一言も喋らない。
リュウのマントで包まれているとはいえ、身体の半分も隠れていない。
リュウの胸と密着した肌が、なんだか熱くなってしまい、私は恥ずかしくなった。
「あ、あの…降ろして下さい」
「身体が痛むんだろ?じっとしていろ」
「…はい」
願いもむなしく取り下げられ、すべからくリュウが身体を引き付けるので私は顔を見られたくなくて、肩に顔を埋めた。

先程のリュウの仕業を私は酷いとは思っても、許せないとは思わない。
この者は私の主人なのだから、抱かれろと言われたらその指示に従わなければならない。
それなのに、私はできなかったのだ。役に立たないと言われても仕方のないことだった。

「嫌なのか?」
「え?」
「オセに抱かれるのは嫌だったのかと聞いているんだ」
「…嫌です。私はあなた以外の者と肌を交わしたくない」
迷ったが私は本当のことを口走った。

リュウの歩が止まった。
私の顔をしばらく見つめ、形の良い眉を顰める。
「メトネ、おまえ変な事を言うなあ」
「何が?」
「その言い方じゃ、おまえはまるで俺を好きみたいじゃないか」
「好きみたいじゃなくて…す、好きなのです…あなたが」
「…おまえは俺を憎んでいると言った」
「それは昔の話です。今は…あなたが好き。好きになってしまったんです」
「…」
リュウは真っ赤になる私をじっと凝視し、それからまた黙って歩き出した。

私は自分がバカ正直に告白した事を後悔しながら、リュウの腕に抱かれるのもこれが最後と覚悟し始めていた。



                                   


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宿禰慧一 「イリュミナシオン」 15 - 2009.08.07 Fri

15.
「真実の愛」…
自分の口で言葉に出したら、おかしいくらい軽いものに聞こえる。
だけどそれ以外の言葉に表せ無いのも事実だった。
俺は凛一を俺の愛でくるんでやりたい。
そして出来るなら俺が憎まずに済むような形で凛一の幸せを願って生きてゆきたい。
…そんなことができるだろうか…

いつの間にか高速を降りた車は、山間のゆっくりしたカーブを何度も繰り返す。
洪水のような朝の光が車内を照らしたり影を落としたり、まるで俺の心のように思えてしまった。
なぜ俺はこんなに凛一を愛してしまったのだろう。
繰り返す疑問。
どれだけ考えても見つからない答えは、いつか俺を壊すんじゃないかと思っていた。だけど、違う見方をすれば、凛一をずっと愛していくことは、俺にとって救いなのかもしれない。


「月村のことだがね…」
「え?」
半時ほど沈黙していた嶌谷さんが口を開く。
程なく到着場所だとナビの画面が教えている。
「彼も色々あったんだよ。向こうで苦労してやっとプロのピアニストとして認められて、これからという時、好きになった歌姫に騙されて、多額な借金を背負わされた。それから人を信じるのが怖くなったと聞いたよ。なんとか借金を返して、自分の好きな道をまた究めようとしていたんだ。…運命とは酷いものだね。どうしても神様は彼の命を奪わなきゃ気が済まないらしい。苦しんだと思うんだ。何かにすがりたかったんだと思う。人は暗闇の中では、僅かでもいい。光が欲しいと思うだろ?それが凛一だった…」
「凛一は…月村…さんを愛しているんでしょうか?」
「わからないよ。俺にはそう見えなかったから…凛一は月村に惚れている…恋をしている感じじゃなかったし、ただかまって欲しくて、甘えたがっていた。月村は根っからの無骨者で人当たりも巧くなかったし、無口だった。凛一に対してもそっけないどころか、無下にしていたんだ。凛一はそういう月村を振り向かせようとしていた。正直興味本位だと思う。だけど…」
「だけど?」
「月村は本気であの子に惚れていた。だから、心配なんだ」
「どういうことです?」
「月村は、アメリカでは護身用にピストルは当たり前だと話していたことがある。今も持っていると言っていた。それがアパートには無かった…」
「ちょっと待ってください!嶌谷さん、あなた、今までそんなことを一言も俺に言わなかったじゃないかっ!」
「君に余計な心配をさせたくなかったんだよ」
「余計でもなんでも、そんな大事なことを黙っているなんて!」
ピストルを持っていることはどういう意味を持つか…考えなくてもわかる。
それで凛一を脅す事も…それ以上の事だって…何を仕出かすかわからないってことじゃないか。
俺は怒りが込み上げてどうしようもなくなった。

「車を止めてください!」
「え?」
「あなたみたいな人と一緒にいるのは我慢できない。俺はひとりで凛を探す」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。もうすぐ着くから」
「…」
道路上に一台も走っていないことを確認し、俺は嶌谷さんの持つハンドルを右に回した。
嶌谷さんは慌てて急ブレーキを踏む。
俺はドアを開けて車から降りると、進行方向へ向かって歩き出した。
「慧一君!」
嶌谷さんの声には振り向かない。
腹が煮えくり返るとはこのことだ。
何であんな男に、今まで隠していた凛一への思いをぶちまけてしまったのだろう。
正面を向くと向こうから自転車に乗った警察官が見えた。
俺は急いで彼に近寄った。

別荘の住所を伝えるがその警察官は首を捻る。
「外壁は萌黄色。臙脂の屋根に、天使の風見鳥が、ついているんです…」
後ろから走った所為で息が切れ掛かっている嶌谷さんの声がした。
「ああ、その別荘ならそこの脇道をずっと行ったところです。何かあったんですか?」
「ちょっと、息子が友人の別荘に遊びに行ってて帰らないもので、迎えにきたのです。たぶんこの辺りの別荘だろうと思うんですが…おまわりさん、すみませんが着いて来てもらえますか?」
彼は息子を案じる父親の顔を作り、見事に警察官を騙してみせた。

巡査官は快く頷いて、俺たちの後ろから自転車を押してついてくる。
俺の憤りを知ってか知らずか、嶌谷さんは平然と俺と肩を並べて歩いている。
俺は嶌谷さんを恨めしく横目で見ながら聞いた。
「車は?」
「君が勝手に飛び出すから乗り捨ててきた」
「俺の所為にしないで下さい。あなたが黙っていたのが悪いんだ」
「…悪かった。でも慧一君は…突拍子もないことをやってのけるから驚いたよ。凛よりも手強いなあ」
「凛と比べるところじゃない。俺はあなたに無性に腹が立って仕方が無いんだ」
「だから謝っている」
「だいたいあなたは…」
パーン…
朝もやが残る林に響いた音は…。

俺と嶌谷さんは顔を見合わせた。
巡査官は、すぐに銃声だと気づいたようだ。あわてて自転車を倒して走り出す。
俺たちも急いだ。
「何があったんですか?」
走りながら巡査官が聞く。
「こっちが聞きたいぐらいだ」
パーン…
もう一度、銃声が響いた。

二発の銃声、これがどんな意味を持つのか…
心臓の音が、耳から飛び出すぐらいに鳴り響く。
考えたくない…だけど、凛一が銃で撃たれ、倒れている様が脳裏に映る。
そんなことは絶対に、絶対にあってはならない。



                                          text by saiart


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宿禰慧一 「イリュミナシオン」 14 - 2009.08.05 Wed

14.
俺は暫く考えた。
自分の凛一への想いを誰かに打ち明ける。そういう気持ちになった事は今までに一度も無い。
だがこの状況はどうだ。
大して面識の無いのない男に、俺は恐ろしい程真っ正直にぶちまけているじゃないか。
押し隠してきた俺の今までの凛一への恋慕は決して綺麗なものじゃない。
血の繋がった弟への肉欲というものは、同性愛よりも認められない。
だが血の繋がった弟だからと言って、愛することは許されないのだろうか…

インセスト・タブーについて俺は色々と考えてきた。
結局のところ、近親者に性欲があることを禁忌とするのは宗教的な大儀であり、自然の摂理としては容認される説もある。その逆で、交配で劣性遺伝子を生み出さないように生物学上、遺伝子の中に組み込まれているという説もある。
どっちにしても喜ばしいことでもないだろう。
それに同性同士で劣性遺伝子もクソもあるか。
単に俺は凛一を俺のもんにしたいだけ。単純な理由だ。
だけど、もしそれを押してしまったら俺の意識の中で、その想いは全く別の感覚になりえてしまうものなのかもしれない。それが怖いんだ。
それをどう理解してもらえるのか…くそっ、うまく言葉に出来ない…

黙り込んだ俺に痺れを切らしたのか、嶌谷さんは口を開いた。

「君と凛一は酷いケンカをしたことがあるよね。凛一がまだ俺と知り合う前だから、中一の夏ごろの話か…凛一の火遊びを君は怒った。そのことで凛は長い事自分を責めていて、兄貴に面と向かって顔を上げられやしないと悔やんでいた。快楽の誘惑に自分が弱い所為だと嘆いていたよ。思春期真っ只中だし、あれほどの容姿で本人は好奇心旺盛。そして孤独だ。その時だけのセックスを欲しがったのを俺は責めはしない」
「…」
あの時の俺はそんな凛一の孤独を理解できなかった。ただ不良行為をしていたことと、それ以上に俺が慈しんできた肉体を他人に委ねたと言う俗物的な意味合いでの凛一の行為が許せなかったんだ。

「俺はね、凛一がかわいそうで仕方なかった。なぜこんな…心も外見も綺麗な子を家族はほおっておくのか…特に慧一くん、君はわかっていたはずだ。凛一がお姉さんを亡くし、喪失した心に愛を欲しがっていたことを。お姉さんと君が赤ん坊のころから凛一を育ててきたと聞いた。凛一は君の愛情を疑ったことはない。俺に何度もそう言った。そんな君が何故凛一を支えられなかったのか…俺は不思議でならなかった」
「…」
嶌谷さん、あなたにはわからないんだ。俺があの時凛一の傍にいても、俺には凛一を救う事はできなかった。俺自身が凛一を食うかもしれない。そんな性欲塗れの俺が凛一の傍にいたっていい影響は与えない。俺は俺自身が恐ろしかったんだ。だから凛一から離れた。

俺はどういえばいいのか迷いながらも、言葉を選びながら話し始めた。
「嶌谷さん、凛一があなたを心から信頼し、頼っていたのはわかります。あなたがいたから今の凛一がいるのだと思います。だけど…俺の凛一への想いは、単純に口で言うことは出来ない気がするんです。
愛している、抱きたい、だけど、抱けない。罪だから?いや、もうそんな一般的な道徳の話じゃない。
俺が凛一を愛するのは弟だからではなく、ただ凛一という人間を愛してきたのだと思う。だけど凛一が俺の弟だからこそ、こうまでも愛してしまうものだともいえる。
俺と凛一は孤島に取り残されたたったふたりの人間のようだ。
愛する者はお互いでしかない。求めるのも慰めるのもお互いだけ。だけど、血の繋がった俺たちは兄弟という縁は切れない。切りたくないんだ。」
「セックスをしたら凛一とは兄弟ではいられなくなると思うのかい?」
「少なくともマトモな兄弟とはいえない。遊びで寝るなら別だ。だけど俺たちの間でそれは考えられない。そして、寝た時点で、凛一も俺もその後、未来の別れを予期しなければならなくなる。絆は色を違えてしまう。そう思いませんか?」
「絆の色合いか…難しいね」

「俺は凛一にとって絶対的な存在でいなきゃならない。親父がいても家族は俺と凛一だけと言っていい。家族なら凛一がこれから誰かを愛そうが、結婚しようが喜んでやれる。だけど、寝てしまったら…俺は凛一を手放せなくなる。誰にもやれなくなる。他人と寝る凛一を許せないだろう。俺は相手を憎むかも知れない。そういう俺を凛一は憎むかもしれない。
…俺たちの心は離れ離れになってしまう。
俺はそれが恐ろしいんだ。
今の凛一をほっておいて勝手な言い草だと思います。だけど、俺は大学院を出たら凛一と暮らしたいと思っています。凛一が許すかどうかはわからないけれど、できるなら一緒にいてやりたい。
俺は…自分を半分殺す事で、凛一の兄でいられる。凛一を孤独にはさせたくない。だから…兄として、彼を見守っていたい」
そう…俺はただ凛一を見守る役目として存在しようと、自分に言い聞かせている。それが一番正しいことだからだ。だけど、それを本当にできるかどうかは…俺にだってわからないんだ。

「もし、凛一が慧一くんと寝たいって言ったら?」
一番考えたくないことを、この人は抑揚も無く簡単に言ってくれる。俺は嶌谷さんが嫌いになりそうだ。
「…考えた事もない。凛はそんな気持ちを俺に対して一瞬でも考えたりはしていない。これは確信できる」
「今は無くてもいずれは…凛一は慧一くんにそういう思いを抱くかもしれない」
「あなたが言わなきゃ凛は気が付きはしない。そこのところの鈍感さは筋金入りだ」
「じゃあ…俺がゆったら?」
「…殺しますよ。俺の凛を不幸にしないで下さい。あの子は光り輝く子だ。俺は母親からあの子を、凛一の未来を預かったんだ。俺の手で光を翳らすわけにはいかない。勿論嶌谷さんにもです。あの子の信頼を裏切らないで欲しい」
「…わかった。どっちにしたって俺はオブザーバーでしかない人間だ。俺も凛一には幸せになってもらいたいと思う。だが、あいつが本当に君を欲しがったら、君にさえ止められないと思うよ」
「じゃあ、その時は兄弟の縁を切ってやりますよ。凛はそれを望まないだろう…だから俺たちが交わる事は永遠にない…」
そこまで言って俺は思わず苦笑した。なんという閉塞感だろう…
「…矛盾してますよね。凛が欲しくて堪らないのに、絶対に寝たくないなんて…」
「…」
「とても矛盾している。だけど、それが俺なりの真実の愛だと感じているんです」



                                              text by saiart

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どこまでも続くこのドライブ…いつになったら凛のところに着くのか…つか、ややこしい話を自分も考えたもんだな~と、地味に反省…


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いただきものo(*^▽^*)o~♪ - 2009.08.04 Tue

お誕生日ということで、いつも仲良くしていただいているまりさんから、すてきなプレゼントを頂きました。

「green house」のふたりです。

どうぞ~(⌒∇⌒)
marisann1

銅貨さんっていうのは、向こうでのHNですなwww

しかしリンのいやらしい顔と、耳まで赤くした純情なミナがかわいくて堪らない…(つい凛視点にwww)
温室のでワンシーンですが、
ミナは潔癖症の気があるので、レジャーシートを敷いてやっている事にします。(;・∀・)

marisann2

こちらは「エロくしてくれ~」との勝手なリクに応えて頂きました。ヽ(=´▽`=)ノ

これも温室で…温室がふたりのラブホテル ヾ( ̄ー ̄)(*~。~* )))..... やん♪というわけですね。わかります。


ステキなイラストをありがとうございました。とても記念になる誕生日になりました。

「彼方の海より…」  8 - 2009.08.03 Mon

8、
薬湯に浸かったおかげで、身体の痛みは和らいだ。
湯から上がると、リックが拭き布を手に持って私を待っていた。

「どうしたの?いつもの扱いと違うね」
私は私の身体を生真面目に拭くリックをからかうように言った。
「今日は特別。だってあの人が来ているんだもん」
「あの人って?」
私の質問にリックは答えず、代わりにきれいな着物を羽織らせてくれた。

「…凄い刺繍だ」私は着せられたチュニックの繊細な幾何学模様に見惚れた。
以前自分が公主であった頃は、絹や毛織物でこしらえた着物は珍しくなかったけれど、この邸に住むようになって、私の着るものは綿や麻のシンプルな服ばかりだ。
実はそっちの方が着心地が良く、私としては大いに気に入っているのだが。
「ミズキが自ら刺した刺繍だもん。凝ってるさ」
「どうしてこれを私に着せるの?」
「だから言ったでしょ?着飾って来いってリュウが言ったって」
「…」

普段しない装飾品で着飾られ、自分の似合わなさになんだか恥ずかしくなった。
「リック、おかしくない?」
「…良く似合ってる。さすがは地上では王様業していただけのことはあるね」
「それ皮肉にしか聞こえない。私が駄目な公主であることは知っているだろう。国を捨ててここへ来たんだから」
「国を守る為でしょ?上に立つものとしての責任は全うしたって言って良いんじゃない。今がリュウの色子でもさあ、メトネはちっとも卑屈になってないし、凛としている。僕はかっこいいと思うけど」
「…かっこ、いいなんて、生まれて初めて言われたかも」
リックの言葉に思わずおどけると、つられてリックも笑ってくれた。
なんだか少し気が晴れた。

客間までの回廊をリックと歩きながら、私は質問する。
「ねえ、リック。お客様って誰なの?」
「四天王のひとり、オセ・ゲーティアだよ。彼は7年ほど前に南星の地を治める王になったんだ」
「そう…」
四天王というぐらいなんだからリュウの他に3人の魔者の王がいるのは当たり前だ。今まで考えた事も無かったんだけど。
「すごい魔族なんだね」
「うん。彼の師匠っていうのが、サレオス・ラシュハていう四天王でね…、あ、王が次期の座を占める者を決めるのだけど、サレオスは次期王に推していた息子に殺されて、それでオセが四天王の座に就いたんだ」
「息子に?」
「そう」
親子で争うなんて、私には考えられないけど、魔界だからやはり血生臭いんだな。なんだか少し背中が寒くなって身震いする始末。

metone1


「どうしてそんなことになったの?」
「噂話によるとね…そのサレオスの息子っていうのは人間との間の子だったんだ。人間界で育ったっていうんだけど、とても魔力が強くてね。だからサレオスは息子に南星を統べる王になって欲しかった。けれど、そいつは固辞したんだ。怒ったサレオスは息子を殺そうとしたけど、逆に…殺されたって話。可哀相だろう?」
「…うん」
リックの言う可哀相がどちらにかかっているのかは明らかだが、私はその息子の方に同情してしまう。
なりたくないものに無理矢理やらそうとするなんて可哀相だ。それに人間界で育ったのだったらきっとそのままでいたかったはずだ。

「その息子さんはどうなったの?」
「知らない。元々半分は人間の血だったんだ。始めからそういう奴を王にしようだなんて思わなきゃ良かったんだ。人間の血が混じった者に魔界の地を統べて欲しくないもの」
「…」
「ごめん、メトネは人間でも好きだからね。怒らないでよ」
「怒ってないよ」私は微笑って答えた。
「私は地上で人間と魔族の混血なんて聞いた事がないけれど、居るんだね」
「殆どの魔族は能力の無い人間の子供など欲しがることは無いと思うんだけどね。人間と交わるのは恥だと思っている魔族も多いんだ…ああ、君は別だから」
「そんなに私のことを気にしなくてもいいけど…」
「いや、なんだかメトネを人間と思うより僕の友人と思ったほうが自然で、つい本音が出てしまう」
「私もリックとは本音で付き合いたいから、遠慮なく」
「とにかくそいつが殺されたって話は聞かないから、きっと生き延びていると思う。見つけたら僕が殺してやりたいくらいだね」
「…」
リックは比較的穏やかな魔者だと思うけど、こういう風な言い方をする時はさすがにちょっと怖い。


客間に辿り着くと、そこには20人ほどの魔者が寛いだ様子で談話している。その中心に設けられた円卓を向かい合ってリュウと…そのお客人が広いカウチに身を投げ出すようにしながら話していた。

明らかにリュウとその客と、回りの雰囲気が違う。
この者がオセ・ゲーティアという魔族なのだろう。
見事に赤く燃える色をした髪、それに相応しい浅黒い肌、秀麗な容貌だが、右目は瞑ったままで額から頬にかけて傷跡が見えた。隻眼の麗人だ。
なんだか見とれてしまって立ち止まっていると、その客人と目が合い、にこりと笑われた。
手で招かれ近づくと、その紅く輝くひとつの瞳が、私の頭から足元までをじっくりと見定めていく。
「これがリュウ・エリアードのお気に入りの色子か。公主様だっていうから、もっときらびやかな子をイメージしていたけど…結構地味…おまえこんなの趣味だった?」
オセのからかいにリュウは「まあな」と言い、苦笑した。

リュウはといえば、鮮やかに赤い短着の上に玉虫色の薄い着物を羽織っている。首元にはいつもの魔力を操る宝石を組み込んだネックレス。その上にある比類なき美貌に目をやった途端、私は俯いた。とても直視できない。
こんな綺麗な魔者に自分が抱かれているのが信じられない気がする。
心臓が鳴り、顔が熱くなった。
結局のところ、私はこの者に魅了されているのだ。



                                       text by saiart


■「彼方の海より…」  リュウ・エリアードとメトネのお話はここから プロローグ
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エルミザードに関連する話を盛り込んでみた。




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