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2009-12

水川青弥編 「焦点」 3 - 2009.12.25 Fri

3、
 新学期早々の校内模試の結果が張り出された。
 学年の順位は各自全員がプリントを貰うことになっているが、学校側としては掲示板に張り出し、意識的に生徒達を競わせようとする思惑もあるのだろう。
 その上、一位から10位までは大文字で表してあるから、見ようとしなくたって目に入る。
 リンと引きこもって勉強したおかげかどうかは知らなかったが、おれの点数は二位をかなり引き離してのトップだった。
 おれはさして順位に興味はないのだが、何とはなしにその順位表を見ると、宿禰の名前が9位にある。
 あいつは良くて30位前後って言っていたから、これは大躍進だ。
 なんだか自分の事より嬉しくなってしまった。

 放課後、温室でそのことを言うと、
「いや、俺の実力と言うよりミナの教え方が良かったんだよ。ミナは先生向きかも知れないぞ。でも、今は俺専用でいてくれよ。他の奴がミナと顔を突き合わせて教えてもらってるって思うと俺も気が気じゃない。ミナは時々エロっぽい顔をする」
「エロっぽいて…してないよ、そんなの」
「自分じゃわからないだけだろ。眼鏡はしてろよ。おまえは目に色気があるからな」
「そんなこと言うのはリンだけだよ。それに色っぽいのはリンの方だ」
「まあね、俺はエロいことしか考えてねえから」

 トラウザースのポケットから煙草を取り出し一本に火を付ける。ピアニッシモのメンソールの煙があたりに漂ってくる。いる?と顔で聞くから、リンの吸った煙草を貰う。
 リンの身体に軽く凭れながら紫煙の行方を追うのが楽しい。
 リンももう一本煙草に火をつけると、おれの肩を抱いて煙を吐く。
 ふたつの紫煙が絡まっていく様に見惚れていると、リンが口を開く。

制服

 
「それより…おまえのクラスに高橋とかいう奴いたよな。今回も二位だったろ?いつもおまえのすぐ後ろにいるから付いたあだ名が『水川の金魚のふん』」
「そ、そうなの?…それはあんまりだろう」
 同じクラスの高橋は何故かおれに敵対心剥き出しで、事あるごとに突っかかってくるから、おれも出来るだけ近づくのを避けているのだが、そんなあだ名をつけられるのはこっちが迷惑だ。
「あいつが何かとおれに言いがかりをつけてくるのは、そういう風に言われているからなのか?おれは試験の順位なんて気にしてないけど…」
「今回俺が9番にいたからかね。そのとばっちりがきた」
「…え?」
「ついさっき、その高橋とすれ違い様に俺の方をめっちゃ睨んで『水川と楽しくやっていられるのも今のうちだからな。おまえなんか、顔だけの男だ』…と、言ってくれた」
「は?」
「あれは逆に俺の顔がいいと褒めてくれているんだろうか。…面白い男だな。残念だが、こっちは全く趣味じゃないけどな」
「…」
「同じ眼鏡でも俺のミナとは雲泥の差だな」と、俺の髪を軽く撫で、額にキスをする。
 恥ずかしがりもせずにそういう殺し文句が許されるのも高橋流に言えば顔だけの男だからか?
 しかし一寸の躊躇いもなく「俺のミナ」というリンが、好きで堪らない。
 絶対に負ける。
 おまけに…
「ね…ミナ」
 リンの指がおれの首筋を撫で、その後をリンの口唇が追う。
「少しだけ…ね」
 上着を着てなかったのが災いしてか、リンの手は早くもおれのシャツの中にある。しかも、もう一方の手はベルトにかかっていて…
「リ、リン…誰か来たら、やばいよ」
「大丈夫。来たら誤魔化すから」
「…」
 どうやって?と、反論する気も失せる。
 だっておれの方が我慢出来なくなる。

「かわいい、ミナ。大好きだよ。他のやつにこんなことさせるんじゃないよ」
「リン…」
 トラウザースと下着を脱がされ、リンにしがみ付き、抱えられたこの格好は絶対おかしい。
 なんか…変態にでもなった気分だ。

「あの高橋って奴だって、おまえとこういう事したいのかも知れないんだぜ、本当のところは」
「ま、さか…」
「本当さ。ミナは自分の魅力がわかってないんだよ」
 そんなのどうでもいい…中が疼いて仕方がないから…早く…

「リン…頼むから…」
 おれの腰を強く引くリンの首筋に思い切り歯を立てた。そうしなきゃ理性が保てない。
 最も理性なんかとっくに無くしている。
 
「い、いってーっ!!」
 温室にリンの悲鳴が響いた。おれは理性を総動員してリンの様子を伺った。
 リンは涙目で
「おまえ…は…吸血鬼かっ!」と、詰られた。
 リンの首筋を見ると…それはそれはくっきりと鮮やかに鬱血した状態でおれの歯型が浮かんでいる。

「リンが悪いんだよ。おれの理性を飛ばした張本人だもの」
 悪びれずに言うと、リンも負けずに
「じゃあ、お返しにこのままでもう一回。噛まれないように後ろ向きでね。今度はおまえの声を聞かせろよ」
 
 感情に任せてどうにでもなれというのは敗者の言い分だ。
 おれは最後まで理性を保ったまま、声も上げすに歯を食いしばった。
 何故なら…
 9位の奴には負けたくなかったからだ。










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水川青弥編 「焦点」 2 - 2009.12.21 Mon

2.
 リンの誕生日は四月十四日。平日だったがどうしてもリンと過ごしたくて、リンのマンションでふたりだけのパーティを催す事にした。
 平日の外泊は禁止されている。
 根本先輩に相談すると彼はニヤリと笑い、
「じゃあ、今晩、みなっちがリンくんにめっちゃ熱いサービスするって約束するのなら、後はまかせてよ。ついでに、熱い一夜を僕にもれなく詳細に話して。参考にするからさ」
「…なにひとつ先輩の参考にはならないと思うけど…」
「いや、あのリンちゃんだよ?どんなワザを持っているのか知りたいじゃない。みなっちは初めてだからわかんないことだらけだけど、宿禰はねえ~。正直さあ、みなっちは宿禰みたいな経験を積み上げた奴を最初の男にしておいて良かったよ。ぼくなんかさあ…相手がウブ過ぎて、困る事いっぱいあるからね~」
「最初の男って…」
 そういうものなのか…まあ、そうかもなあ。おれのセックス恐怖症もリンのおかげで治ったようなものだし。
「おれにとってはリンが最初で最後の男にしたいですよ」
「そうなるといいけどね~でもね、人間って不思議なもので、ひとりだけを相手にしてても飽きちゃうんだよ。リンくんだってさあ、みなっちが新鮮なうちはいいけど、そのうち飽きるかもね~」
「…うるさい」
 それでなくても自信がないのに煽らないで欲しい。
 しかし、確かに根本先輩の性教育は役に立ってはいるし、相談や寮の融通もきいてくれるのだから、これ以上の強い味方はいない。
 それとは別に、両親がこういうおれの生活を知ったら何の為に高い金を出してココにやっているのかと怒髪天間違いないな、と、iポットを耳に嵌めて踊っている先輩を眺めながら笑いを堪えきれなかった。

 食事の用意はリンに任せて、夕方、おれはケーキを買ってリンのマンションへ向かった。
 玄関であの時の女の子と偶然出会い、ドアを一緒に潜り抜けてエレベーターに乗り込む。
「今日も凛一お兄ちゃんのところ?」
「…そうだよ」
「…本当に凛一お兄ちゃんのただのお友達?」 
 只って…
「親友…」
「ふ~ん。まあ、いいわ。でもお兄ちゃんのお嫁さんはあたしだからね」
「…」
「知ってる?男のひと同士は結婚できないのよ」
「…知ってます」
 彼女は勝ち誇った顔をしてエレベーターを降り、手を振って見送ってくれた。
 …なんだか疲れた。

 リンの自宅に伺い玄関に入ると、リンはおれを抱き締め歓迎してくれる。
 それだけで満ち足りた気持ちになれる。
 さっき、学校の温室で合ったばかりだというのに、なんでこんなに嬉しくなるんだろうか。おかしくて吹き出すと、リンも同じように思ったらしく顔を見合わせて笑いあう。
 こんな風にリンとふたりだけでずっといられたら…と、心底願っている自分に呆れたり胸が高鳴ったりと忙しい。

 食事の用意を手伝いながらエレベーターで出会った女の子の事を話すと、
「ああ、10階のミキちゃんだ。女の子はあのくらいが一番かわいいよね。純真さだけじゃなくてちょっとした媚態も備わっていてさ。俺を誘惑したりするんだぜ、小学一年でさあ。プロポーズもされたしなあ」
「すべからく色んな奴にモテて、さぞいい気分なんだろうね」
 面白くなくてつい嫌味たらっしい言葉が口をついた。
「…なんだよ、妬いてるのか?ミナ。相手は小学生だよ?」
「べっつに…妬いてないもん」
 強がりを言うおれを口端だけで笑い、リンはおれの頭をポンポンと撫でる。
「そんなに心配なら、今度ミキちゃんに言っておくよ。恋人ができたから将来の約束は反故にしますってさあ」
「そんなこと…言わなくていい」
 俯いたまま赤くなった顔を上げられないでいた。
 リンはおれを背中から抱き締め、「愛してるよ、ミナ」と囁く。
 おれは泣きそうになる。
 嬉しさと切なさと不安で…息が止まる。
 言葉なんていらないから、おれの傍にずっといて欲しい。
 
 手巻き寿司とすまし汁にポテトサラダ、それにおれが買ってきたケーキでリンの誕生日のお祝いをした。
「いつもは誰かにお祝いしてもらっているの?」
「うん。去年は兄貴がいたからね。食事に行ったかな。兄貴がいない時は、行きつけのジャズクラブで、お客さんやらなんやらで盛大にお祝いしてもらってた」
「ジャズ…」
 こういう時…
 おれの知らないリンの世界には、沢山のリンを好きな人がいるのだろうなあと思い知らされる。
 おれが知っているリンはまだ出会って一年、付き合うようになって半年程だ。
 何も知らないくせにリンを独り占めしようとするおれは貪欲な人間に思えて仕方がない。

「リン、誕生日のプレゼントだけど…」
 おれは自分で描いた絵をリンへの誕生日のプレゼントにした。
 クリスマスの時にリンから貰った色鉛筆を使って描いたものだ。
 温室の草花をコラージュ風に纏め描いたものだが、納得がいかなくて美術部の先生に指導を受けた。 先生は美術部への入部を盛んに勧めるが、おれは丁寧に断わり続けている。
 関心が向くと気が済むまでのめり込むのが自分の性質だろうと感じていた。だから、勉強以外に懸命になりそうな事は避けなきゃならない。
 と、言っても今のおれは目の前の奴に懸命になっているから、今までのおれ自身への忠告は恋愛には敵わなかった事になる。
 
 リンはおれのプレゼントを喜んでくれたが、「俺の肖像画を期待していたけどね…」と、言われ口篭ってしまった。
 本当にはリンを描いた絵をあげたくて、何度も試してみたのだが、何枚描いても少しも気に入った風には描けなくて、断念したのだ。
「この次は…頑張るよ」
 残念そうに口を尖らすリンに、おれは済まない気持ちで一杯になる。温室であれだけリンをモデルにデッサンしていたのだから仕方のない話だ。

 ケーキを切り分け、食べているとリンの携帯電話が鳴り、リンは「あ、慧だ」と言いつつ嬉しそうに電話を取った。
 慧というのは慧一、リンのお兄さんだってことは知っている。リンの誕生日にわざわざアメリカから電話してくるなんて、よっぽど弟がかわいいのだろう。
 そりゃそうだろう。リンは綺麗だし、そこに居るだけで陽が差し込むように際立った輝く者なのだもの。お兄さんだって、誇りに思うことだろう。

「誕生日のお祝い?」
 携帯を切ったリンに話しかける。
「うん、朝起きたばかりだって」
「リンは愛されているんだね、お兄さんに」
 目の前のケーキを突きながら、おれは羨ましげに言う。こういちいち嫉妬するのも自分自身癪に障る。

「実はさ…春休みに兄貴のところへ行っていただろ?」 
「うん」
「それで、ミナのことを聞いてもらっていたの」
「え?なにを?」
「ほら、俺たちうまく…セックスできなかったじゃん」
「…」
「だからさ、慧にどうしたら上手くいくかな~って相談してた」
「…マジで…」
 おれは羞恥心のあまり、青くなったり赤くなったりとぐるぐるしてしまう。
 なんでそんなことを平気な顔で言えるんだよ。

「おかげさまで上手くいきましたって言っといたから」
「よ、よく…そんなこと身内に話せるね。恥ずかしくないのか?」
「なんで?だって俺はマジで悩んだし、ミナだってネコ先輩に相談したって言ってたじゃん」
「おれは…身内じゃないもん。根本先輩はおれたちの事を心配してくれてたし、親兄弟とは全く別物だよ」
「そうかな…俺は俺の好きな奴のことは慧にも知って欲しいって思っているんだけどな…できるなら家族に、というか沢山の奴に理解してもらった方がいいと思わねえ?」
「そりゃ…」そうだけど…
 普通は喋らないもんだよ。付き合っている奴とのセックスの事なんか。
 リンは相変わらず普通とはどこか感覚が違い過ぎるところがある。

「リンには、お兄さんは特別なんだろうね」
 嫉妬も交え、少し呆れた風にぼやくと、リンは嬉しそうに、
「慧は俺にとって、なくてはならない自分の一部みたいなもんだろうね。遠く離れてても繋がっているような気がするよ」
「…そう」
 じゃあ、おれは…おれはリンにとってどういう存在?お兄さんとおれのどっちが大事?
 …まったく不毛な問いではあるが、喉元まで出掛かって飲み込んだ。
 どうせ答えは決まってる。
「慧は慧だし、ミナはミナでしかない」と…

 
 その夜のふたりの熱さときたら途轍もなかった。まだ外はこの季節、二番目の春の嵐に吹き荒れているっていうのに…
 お互いに求め与え合い、どこまで行けるのだろうと声にした。行けるところまでだよ、と、どちらかが言った。
 最後に叫んだのはおれの方だと思う。
 堪らない…いい…大好きだ…リン。

 どこまでリンを好きになれば気が済むのだろうと、おれは自身の感情の未熟さに怖れをなした。このままではリンがおれから離れていく時、おれの心臓は止まってしまうかもしれない…と。


リンミナ1-1




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水川青弥編 「焦点」 1 - 2009.12.16 Wed

リンミナ

焦点
1、
 リンと初めてセックスをしたおれはどことなく気分が浮かれっぱなしだった。
 長年のコンプレックスが解消されたからだろうか、今まで気を病んでいたことがつまらないものに見えた。
 リンがおれに教えてくれたのはセックスだけではなく、色んなものの味方だった。
 一つの方向ばかりに囚われないで角度を変えて眺めてみる。
 美しさは一遍どおりのものじゃなく常に色んな形に変わるものであるし、美しい面もあれば汚い面もある。固定概念に囚われるなということだろうが、中々上手くはいかない。
 だって、リンはどこから見ても綺麗だし、おれにとって嫌なところなんてひとつもないのだもの。
 こんな引っ込み思案のおれを沢山褒めてくれるのも本当なら信じがたく、薄ら寒い嘘に白けてもよさそうなのに、リンが言うとなんだかおれがとても立派な人間に聞こえてくるから不思議なんだ。
 単に口が巧いだけなら、おれだって歯牙にかけないのだが、リンの言葉はなんだかおれの心にひとつひとつ刻んでいくようで、いつまでも残り続ける。

 初めてお邪魔したにも関わらず、おれは宿禰の家に丸二日間居付き、その間、する事といったらセックスと勉強だけだった。
 何回かなんて数えるのも恥ずかしいぐらいリンとした。
 今まで知らないでいた自分の渇望だろうか、最初はリンの方から誘ってくれていたが二日目の夕方になるとリンと離れるのが寂しくておれから求めた。
 気持ち良いからしたいというだけじゃない。宿禰凛一という人間に惹き付けられてしまったという想いの方が強い気がしてきてならない。
 強いて言えばリンへの依存性が強まるのはとても怖い気がした。
 いつか自分が飽きられる、捨てられるという不安が始終おれの観念から取り付いてやまないからだ。
 だが、それ以上におれがリンを求めている。
 リンが欲しくてたまらない。誰にも渡したくないという欲求が遥かにしのぐ勢いでおれの中で成長している。それは簡単に抑えられるものではなく、「恋」というこの圧倒的、狂信的なものに自分自身太刀打ちできなくて為すがままに翻弄されている気がした。

 二日間をリンのマンションで過ごした後、寮に帰った俺は同室の根本先輩からの嫌味や冷やかしを案じていたが、先輩は「良かったね。これでみなっちも一人前の男の子だねえ」と、穏やかに笑い祝福してくれた。リンが言った根本先輩は信用していいという言葉は本当だったみたいだ。

 二年になっても俺は根本先輩と同室で、それを先輩は舎監である保井先生が勝手に決めているような言い方をする。
 保井先生と根本先輩がどういう関係かなんていうのは野暮で、この寮に住んでいる生徒は大概知っている。
 しかも公認であるにも関わらず先輩は他に気に入ったターゲットがあれば食いついていくのだから、保井先生も辛抱強いものである。
 おれだったら…おれが保井先生でリンが先輩の立場であったなら、おれは許せるだろうか…他の奴とセックスをするリンを許せるのだろうか…許せないと思ってもそれをリンに言えるのだろうか。
 言葉にすれば二人の関係は壊れる…そう思って先生は言わないのではないか。

 おれはそれを先輩に問いただした。恋人が居るのに何故他の男と寝たりするのか?と。
「単にぼくがセックスが好きと言うのもあるけど…そうだね、相手の愛情を試しているのかも知れないね」
「試す、んですか?」
 就寝すべくベッドに横になった根本先輩は学習机に張り付いているおれをいつも一言呆れた言葉を吐いて寝付く人だが、今夜は珍しくベッドの中で本を読んでいる。
「愛情ほど変わりやすいものはないよ。温度であれ形であれ、たった一つの言葉で浮かれたり沈んだりねえ~相手がぼくのことをいくら愛してるって口で言ってもさ、それが見えるわけでもないからね。それに恋人ってさ、すごくうつろな存在だと思うんだ。少なくとも…ぼくは三年生だろ?大学は関西の方を狙っているからね。恋人ごっこは卒業したら終わりだよ」
「ごっこ、って…」
 根本先輩の実家は三重の鳥羽の方だった。だから関西の大学にというのはわかるけれど…

「そんなに簡単に好きな人と別れられるものなんですか?」
「簡単じゃないよ。でも…恋人同士っていつかは別れるもんじゃないのかな。いつまでも愛してるという状態の気持ちを持続できるパッションは持ち得ない、と、ぼくは思うんだ。愛情を信じないっていうのとは違うよ。変わるのは普通だと言いたいだけさ」
「でも、本気で好きになった人を一生愛したいと思わないですか?だって…期限付きで人を好きになったわけではないでしょう」
「人間にはもともと期限がある。命っていうね。もっとゆうと賞味期限もある。だから、美味しく感じられる時に食べなきゃ損っていう理屈も成り立つ」
「…」
「その逆で、他の甘い蜜には目もくれず、そいつだけを一生味わい続けるっていう希少な動物も…たまにいるのかもね。みなっちはどっちかな?」
「おれは…リンだけでいい。だけど恋愛はひとりでするものじゃない。おれがいくらリンを好きでいてもリンがおれをずっと好きでいてくれるとは保証できない…」
「保証どころかさ、本当に相手が自分を好きなのか?自分は本当にこの相手を好きなのか?いつだって揺れ動いているものだよ、恋って」
「先輩は自分がどう思われているか、本当に愛されているのか…不安にならないんですか?」
「なるさ…不安で仕方がないさ。だからいつ捨てられてもいいようにね、自分が惨めにならない方法を考えるのさ」
「…」
「どっちみち人間っていう奴は独りで生きるしかないんだと思うよ。どんなに好きあっていてもね」
 先輩は読んでいた本と閉じると「おやすみ~」と、布顔が隠れるぐらいに布団を引き上げて眠ってしまった。
 暗くなった部屋の中、机のスタンドだけが煌々と明るい。おれは開いた数学の問題集を見つめた。
 今のおれは問題集より遥かに難しい問題に頭を抱えている。 

 先程の先輩の言葉は「恋」に浮かれている自分には理解しがたいものではあるが、もしリンを失ったらとても生きてはいけないとさえ思えるおれは、もう孤独な自分など見たくもないと思うのだった。







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宿禰慧一編 「オレミユス」 9 - 2009.12.14 Mon

9、
 凛一の休日にふたり、横浜に買い物に出かけた。
 アメリカではそう感じなかったが、人ごみを歩いていると、他人の視線が気になって仕方がない。別に目立つ格好をしているわけでもないのに、やたらと俺たちを見るのだ。
 確かに凛一は目を引く存在だが、どれもこれもが怪しい奴らな気がして、俺は少々神経過敏になってしまう。
 凛一に聞くと、「そうかな、俺はあんまり気にならないけど。今は田舎だからそうないけど、調布にいた頃は結構スカウトされたりしたよ。俺、全然興味ないから無視してたけど。そういう兄貴だって声かけられた方だろ?」
「うん…」
 モデルの勧誘は多かったが、凛と同じでそういうものに全く関心がなかったから、気にもしなかった。自分の事は気にならないのに、弟の事になると干渉過多になってしまうのは親バカの典型なのだろうけれど。

 買い物をした後、アウトレットモールの福引きで箱根一泊旅行券に当たってしまい、俺は少し悩んだ。凛一と一緒に行くのはいいが、凛一はそれを喜ぶだろうか。俺よりも恋人との旅行が楽しめるのではないだろうか…そう思って凛一に渡した。
 凛一は少し不可思議な顔をしてそれを受け取った。
 翌日、恋人に渡したら喜んでくれたと嬉しそうに報告する凛一にほっとしたり、どことなく切なかったりと、もてあまし気味の自分の感情に情けなくなる。
 一生凛一を見守っていく覚悟でいるのに、これくらいで操縦をもたついてもらっては俺としては困るわけだ。
 お守り代わりにつけたネックレスを俺は強く握り締める。

どうか凛をお守りください。 
俺の醜い欲望に穢されぬよう…
彼の真の幸せを見つけられるよう…
お守りください。


 九月になり俺の休暇も終わる頃、凛一は「Satyri」へ行こうと俺を誘った。
 俺は凛一が嶌谷(とうや)さんと会っていたことは知らなかったから驚いた。
「凛、サティロスに行けるようになったのか?」
「うん、七月頃だったかなあ…思い切って行ってみたんだ。大丈夫だったよ。月村さんの事も俺、いい思い出としてずっと忘れないでいようって思えたんだよね」
「そう、か…」
「慧にも心配させてしまったけれど安心していいよ。俺、やっぱり月村さんのことが好きだったんだ。あの人の純粋な魂に触れるのが心地よかったんだ。だから慧も月村さんを許してやってよ」
「…」
「一緒にサテュロスに行ってくれる?」
「ああ、そうだね。俺も久しぶりに嶌谷さんに会いたいしね」

 夕方、家を出て途中で夕食を取って、8時過ぎに「Satyri」に着いた。
 重い二重ドアを開けると生演奏の重低音が身中に響く。どんなに揃えたオーディオコンポでも敵わないなあと感心しつつ、先を行く凛の後を付いて行く。
 凛一は躊躇わずにカウンターに向かうと、そこに座っていた客は一斉に立ち上がり、かわるがわる凛一を抱きしめキスをしたり頭を撫でたりしながら歓待する。
 その場面に面食らいながらも、皆から愛されている凛一の姿を見るのはやはり嬉しい気分だ。
 壁際のカウンターの端に凛一が座るのを見て、俺は逆の隅に座った。
 凛一を眺めるのにも丁度いい。
 天井の淡いライトが丁度凛一を照らし出して、その姿がなんだか本当に幻の天女ようにさえ見える。

 目の前にいつもの水割りを差し出した嶌谷さんに挨拶をする。
「久しぶりだね~慧一くんが店に来るのは去年の春だったから…」
「一年半ぶりですよ」
「元気そうでなによりだ。凛の奴、夏の初め頃に来てくれてね。すっかり大人になってて驚いたよ。凛一が来ると常連の奴らが喜ぶんだよ。凛はうちのアイドルっ子だからなあ。あ、心配いらないよ。常連客は凛のことを家族みたいに思っているし、他の客に誘われても凛はきっちり断っているからね。すっかり身持ちが硬くなったようだね。慧一くんの指導の所為かな」
「俺じゃなくて…恋人が出来たからでしょう。凛はその子に本気らしいから」
「ああ、凛一から聞いたよ。ぞっこんらしいね。いつまで続くかわからんが」
「そんな事を言ったら、凛一が怒りますよ」
「慧一くんだってそうなって欲しいと思っているんじゃないのかね?」
「俺は…凛が幸せなら、いいんですよ」
「益々悟りを開かんとする苦行者の域になってきたね。即身仏にでもなる気かい?」
「俺には一生悟りなんて開けませんし、理解する気もない。ましてや永遠の命なんてこれっぽっちも欲しいとも思わない。ただ凛が…」
「凛一はまだ何も知らないのかい?」
「わからない…俺が…愛しているのは凛一だけ、だとは気づいているでしょう。これだけ執着しているのだから。だけど…」
「…」
 常連の友人達とリラックスした面持ちで会話を楽しみ、楽しそうに笑う凛一を眺めていると、やはりこのまま兄として見守っていたほうが正しい事のような気がしてならない。

「店が終わったら、家に来るかい?俺としては3人でゆっくり過ごしたいんだけどね」
「ありがとうございます。でも凛一だけお願いしてもいいですか?俺は終電で帰りますよ。明後日シカゴに帰ります。そしたら凛はまたひとりになる。面倒だと思うけれど凛一は嶌谷さんを頼りにしているから、よろしくお願いします」
 俺の頼みを聞く嶌谷さんの顔には憐憫さが漂い、俺は少しだけ笑って見せた。
 誰にも救いようがない魂ってもんもあるんですよ、嶌谷さん。


 東京の夜空を見上げる。
 ぱっくり割れた上限の月の影は何かに怯えているようにも見える。
 俺が恐れているのはあの子を傷つけること。
 あの子の魂を半分に切り捨てるマネだけはしたくない。
 
 こっそりと「Satyri」を出た俺は、生温い夜風に当たりながら駅に向かった。人通りも少なくない。俺は帰宅を急ぐ人を掻き分けながら歩いていく。
「慧っ!待って!」
 ざわめく街中に響き渡る声がした。
 思いもかけなかった凛一の声に俺は足を止め振り向いた。
「凛…」
「なんで…ひとりで、勝手に…帰っちゃうの、さ…」
 余程の速さで走ったのだろう。息を切らしながら凛一は俺を睨んだ。
「ゴメン。凛一は嶌谷さんにお願いしたから、終電に間に合うようにって思ってね」
「嶌谷さん宅に泊まるのなら慧も一緒じゃなきゃ嫌だよ」
「ふたりもお邪魔するわけにもいかないよ。凛は嶌谷さんとゆっくりしてもいいんだよ」
「やだよ」
 凛一は怒ったように前を向き、俺の腕を取ると引っ張りながら駅の方向へ歩き出した。
「慧一は明後日にはいなくなっちゃうのに、なんで嶌谷さん宅に俺ひとりで行かなきゃならないんだよ。俺は少しでも慧と一緒に過ごしたいって思っているのにさ」
「…ゴメン」
「慧は俺の気持ちをわかってないんだよ。昔っから」
「そんな、事はないと思うけど…」
「じゃあ、俺から逃げるな!」
 絡めた腕の力は少しも緩まない。
 ごめん、どこにも逃げないから、凛。
 おまえが俺を求めてくれるのなら。
 俺はずっと傍にいるよ。


 平日からなのか、終電に割には席は空いていて、余裕で凛一と座れた。
 暫くすると凛は俺の肩に凭れ、呼吸もゆっくりとなる。
 眠っているのかと様子を伺えば、薄く開いた瞳は窓の外の暗い景色を見つめている。
 こうして静かにしている横顔をみると17になってもどこか少女めいた顔つきをしている凛は魅惑的でもあったが、いくらか愁いを含ませた眉間からは純潔な聖職者にも見える。
 すぐに眠るのだろうと思い、俺も仮眠しようと肩の力を抜いた。
 すると程なく俺の右手に凛一の左手が絡んできた。俺は一瞬びくりとしたが凛一のするがままにしておいた。
 凛一の指と俺の指が絡み合いしっかりと握り合わされた。
 俺は右斜め上から凛の顔色を伺ったが、先程となにひとつ変わらない。
 ただしっかりと握り合わされた手の力は少しも弱めてはくれなかった。

 凛一は、俺になにを求めているのだろう。
 保護者として甘えさせ、抱きとめる愛情…。
 それとも、おまえを欲望で埋め尽くし縛り付ける愛が欲しいのだろうか。
 合わされた手の平の中には一体何が隠されているのだろうか…
 俺たちはいつかそれを解読し、お互いの目の前に晒さなきゃならない気がする。
 俺はそれが暖かい光であって欲しいと、思っているよ。
 そうでなきゃ、俺たちは…

 電車の音だけが鳴り響く車内。
 このまま銀河鉄道にでもなればいい…と、思いながらまどろんでいく。





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宿禰慧一のお話はこちら「イリュミナシオン」 
リンミナシリーズはこちらからどうぞ。目次へ


次はミナ編。凛と結ばれたところからだね。
慧一編は心情があまり動かなかったから書き難かった~
ミナ編はちょっと切ない甘甘ストーリーにしたいなあ~
ちょっと休憩させてね。




宿禰慧一編 「オレミユス」 8 - 2009.12.11 Fri

8、
 夏休みというのに凛一は忙しい。補習と部活。ついでに体育祭の練習もあるらしく、マトモな休みは土日だけ。夏休みの意義はどこに行ったのかと呆れたりもするが、何より学校生活を楽しんでいる凛一を見るのは嬉しい。
 昼間はほとんどいない凛一の代わりに俺が留守を守る役目となる。家事一般は当たり前、ついでに夜は凛一の家庭教師も兼ねる。とにかく凛一の世話に徹底した。
 ふたりでいると相変わらず俺に付かず離れずの凛一だったが、はやりシカゴにいた時とは違う。
 恋人が出来た所為だろうか。時折言葉の端々に変な気遣いを感じる時がある。

 恋人をこのマンションへ連れて過ごしているのは部屋を見ればなんとなくわかる。どこがどうというわけではなく、二人で暮らしていた時では感じなかった何かが澱のように残っている気がするのだ。
 だが、凛一は俺が帰ってから恋人に関する事は自分からは一言も口にしなかった。
「今度恋人を連れて来いよ。美味いもんでも作るからさ」と、挑発しても「そのうちね」と、言ったっきり後を続かせない。
 俺に対する気遣いなのだろうか…
 だが良く考えれば兄に気を使うというのはおかしいはずだ。照れ隠しならまだしも、あいつはそういう性質(たち)ではない。じゃあ、一体何があいつの気を使わせる。

 もしかしたら…と、思った。
 あいつは、俺の気持ちに勘付いているんじゃないんのだろうか…だとするならば、凛一がそれを追求した時、俺は…それを否定できるのか?それとも心の内を話すべきなのか。


 お盆の前後は両親達も帰省し、石川の実家へ里帰りとお墓参り。ついでに山中温泉で家族旅行を楽しむ。
 勿論極めて楽しんだのは両親達なのだが…日本中の温泉を楽しみたいのなら定年退職した後、ふたりでゆっくりと巡ればいいと思うのだが、どうも俺たちと仲のいい家族ごっこも楽しみたいらしく、もっと甘えていいのよと盛んに誘ってくる。
 いや、俺はノーサンキュウ、いりませんと断るのだが、凛一は喜んでお継母さんにべったりだ。その上、今まで親父に甘えたところなどついぞ見たこともなかったのに、大浴場へ誘ったり、長い事ふたりで和やかに話込んでいたりやら…どうした事かと俺は目を疑った。
 さすがに4人で顔を突き合わせてトランプの大富豪をするあたりになると、俺も呆れながらも仲間はずれにならないために一緒になってはしゃいで見せたりしたが。
 親父が仮想でも円満多幸な家族の肖像を描いているのなら、こんな家族ゲームぐらいは夢を見せてもいいだろう。どうせ長続きなんかしない。こんな上っ面だけの…

「楽しかったね~慧。またやろう、大富豪」
 部屋に帰って敷かれた布団の上でバタ足をさせている凛一を見ると、なんだか切なくなってしまう。 俺と梓は凛一を懸命に育てはしたが、まともな家族の風景などは与えてやれなかった。親子の愛情や関係は兄弟のそれとはそんなに違うものなのだろうか。
「凛は…親父たちと一緒に暮らしたいんじゃないのか?」
「え?何いきなり」
「その方がいいのなら…俺が親父に頼んでみようか」
「…別に…そんなの望んでないよ。たまに会ってこうやって楽しめたら、それでいいんだよ。一緒になんて…そんなの考えられないよ」
「やってみれば案外うまくいくかもしれないよ。凛は…今まで親に甘えてきたことがないのだから、そういうことを経験するのもおまえのためにはいいのかも知れないな」
「やめてくれよ…今更いい子のフリは出来ない。俺がどんな奴かって慧も知ってるじゃない。本性をばらしてあの人たちを幻滅させることはないだろう」
「凛…」
「俺には慧という家族が…兄貴がいてくれればいいんだよ。慧だけだ。本当の俺を見せても俺を愛してくれるのは。違う?」
「…」


 両親が帰った後はまた二人だけの生活に戻る。
 確かに両親がいる時と比べると、凛の顔つきは幾分違う。
 親の前ではいい子を演じていたらしく、今の方が僅かだが凛一の影は強くなる。
 その強さというのは外連味の一切ないあだっぽさというか、撫でれば気が付かぬうちに傷を負うようなそそり立つ気高さがあった。そのくせ妙に人懐っこい。笑うと近づきにくい整った容貌が愛嬌のある表情に変わる。
 長年を共に生きてきた一人の人間に対し、これほど眺め知りぬいていてもこうも飽きないものだろうか。
 俺は凛一といるとなにか得体の知れない魔物か神から逃げる術を持たない哀れな囚われ人になった気がする。
 腕の中で安らかに眠るこの子は、俺の意思でどうにでもできる生き物だ。この目の前に晒された裸の身を俺は自分のものにできる。
 それなのに…恐ろしくて手が出せない。一体何なんだ。この恐怖という感情は。
 繋がった血であるという禁忌だけの恐怖なのか?
 違う。心の底の本能が恐ろしいと叫ぶのだ。
 俺は凛一が怖い。怖いのにどうしようもなく惹かれる。執着する。恋焦がれる。アガペーなどではない。顕示欲に拘る。俺のものだとこいつにわからせたい。
 見事なる精神構造の深淵さだ。バカの見本としか言いようがない。


 八月の終わり、三者面談の為学校に向かう。凛一の担任はかつての恋人である藤宮紫乃だ。
 凛一の教室で凛一と一緒に紫乃に向き合う。
 どう考えたって滑稽な図だ。しかも言い争っている内容も凛一の進路の話をするべきところが、段々と支離滅裂になってくる。昔から紫乃と言い合うことは俺たちの中では日常茶判事というか、コミュニケーションのひとつとなっていた。が、隣の凛一は相当呆れたらしく、苦い顔をして去ってしまった。

「おまえと居るといつもこうだな」
 紫乃とふたりきりにされた俺は頭を抱えた。
「別に構わないだろう。俺たちにすりゃあ普通なんだから」
 紫乃は臙脂のセルフレームの伊達眼鏡を外し机に置いた。先生の役目はしばし休憩らしい。
「凛、怒ったかな」
「何が?」
「あいつを無視して俺たちが昔みたいに…」
「仲良くしている事に?」
「…仲良くはしてないがね」
 ムッとして睨むと、紫乃は薄く笑いそして、哀れみを帯びた目で俺を見つめた。

 先程まで晴れていた空が急激に曇り、一陣の風を巻き上げ、ぽつりぽつりと雨音が響き始める。
「降り込むかな」
 紫乃はそう呟き、立ち上がって教室の外側の窓を閉め始めた。俺も手伝おうと窓に近づき外を眺めた。
 左手の奥に教会が見える。手前に少し離れて体育館を兼ねた講堂、そして広いグラウンド。なんだか懐かしい気がした。
「この学校に足を運んだのは、確かおまえ今日が初めてじゃないか?」
「ああ、入学式も付いてやれなかったからな。学校自体が久しぶりでなんだか懐かしいよ」
「ほら、あそこを見ろよ」紫乃の指指す先を見る。
「あの別館の建物の影に少しだけちらりと見えるだろ?…あれが温室。凛一の隠れ家さ。今は恋人との密会場所になっているらしいがね」
「…」
「残念ながらここからじゃ中の様子はまるでわからないが、かなり好きなことをやっているよ、おまえの弟は」
 俺は黙ったままで紫乃を睨んだ。
「喫煙ぐらいなら可愛い方。だが、真面目な優等生をかどわかし色狂いにするのは校則違反だろう?」
「恋愛の自由ぐらいは保障してやれよ」
「これはまた暢気な兄さんだね。もう諦めたのか、凛一をものにするのは」
「ああ、もういいんだよ」
 俺は降りこんで来る雨を避けるため、ぴしゃりと窓を閉めた。

「…慧一、おまえ」
「どうにもならんことをいつまでも言うなよ、紫乃。俺は『凛一のいい兄貴』を貫くつもりなんだから」
「…」
「頼むからそうさせてくれよ…」
「…わかったよ。わかったからそんな顔はしないでくれ」
 どんな顔をしていたのかは自分ではわからなかったが、そういう紫乃の方がよっぽど切な気で俺は同情するよ。

「紫乃、おまえが…」
「え?」
「いや、なんでもない」
 俺の運命がおまえに繋がれていたならどんなにか良かっただろう…なんて、あまりにも勝手すぎる戯言だよな…紫乃。




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宿禰慧一編 「オレミユス」 7 - 2009.12.09 Wed

7、
 凛一が帰国してからのしばらくは、あまりの空虚さに食事も取れないほど落ち込んで仕方なかった。
大学院に行っても研究もレポートもやる気が起こらず、意気消沈した俺を見かねて傍らのジャンがハッパをかける。
「おい、ケイイチ、しっかりしてくれよ。そりゃ確かにリンイチはクールビューティだしかわいいからおまえが心配するのも愛玩するのもわかるが、案外おまえよりもしっかりしているぞ。いい加減弟離れしたらどうだ」
「…わかってるよ」
 親切心だとはわかっているが、聞き飽きたお説教だと、うんざりした。
 俺が落ち込んでいるはそういうことじゃないんだ。
 あの子が傍にいない。ただその事実が俺にとっては光を失ったと同じであり、盲目のまま彷徨っているようで何も見えないんだ。その暗闇に早く慣れてしまわなきゃいけないとはわかっているのだけれど…

 長い夜を独りで居ると、益々思いは募る。
 居ない事がわかっていても部屋の隅々に凛の姿を追う。
 皿を洗いながら笑っていた姿や、ソファに座り俺の顔を見て夢中になって喋り続ける顔、俺の膝枕でうとうとと目を閉じようとする横顔やら…至る所に凛の残り香が俺に纏わり付いて仕方がない。
 いっそ生霊でもいいから、傍にいてくれないか、凛…

 あいつが居ないだけでこんなに辛いのなら、なにも望まないからただ傍にいてやれないものかな…そう思って凛一と寝ていたベッドに身体を埋めると、あいつの匂いが染みこんでいる様で、途端に欲情に火がつく始末。…どうしようもない。
 目を閉じて凛一を思い浮かべる。
 凛一を抱く夢を見たい。
 抱きしめ、愛撫し、中に入れ、到達する。
 それから…
 それから…なにが残る。
 俺の思考はそこで止まる。
 一体全体この愛はどこへ行き着ければ満足なのだろう。

keiiti2



 4月14日、凛一の誕生日のお祝いを直に言いたくて滅多に掛けない電話をした。
 突然の電話に凛は驚いた様子だった。だがいつもとはなんとなく様子が違う。
「慧、ありがとう…今、ミナがうちに来ているんだ。プレゼントを貰ってね。ケーキを食べてるところだったんだ」
「そう、か…うまくいったんだね」
「うん、兄貴のアドバイスのおかげでね」
「良かったな、凛」
「うん、俺、幸せだよ。精一杯尽くしてミナを幸せにしたい」
「おめでとう…」

 胸がキリキリと痛んだ。
 わかっていた。
 凛が本気で欲しいと思ったら確実に掴み取るし、あいつの思いはいつも一途だから…だから、あいつは恋人を幸せにするのだろう。
 凛一の幸せはそこにあるのだろう…
 わかっていた…

 その夜は眠れなかった。
 昔、梓と良く話した源氏物語の「葵上」を思い出していた。
 高校の時、校外授業でその能を見たことがある。
 恐ろしい般若の面(おもて)を付けたシテが打杖を持って小袖、つまり葵の上を打つ場面は、生霊と成り果てた六条御息所の愛するが故の嫉妬と執念の凄まじさを描いている。
 いくら呪ったところで愛する者は戻ってこないとわかっているのに…と、当時俺は六条御息所を哀れだと思っていた。しかし、今なら彼女の思いの強さがわかる。
 だが、俺は般若の面を付けたくはない。嫉妬に狂った鬼女にはなりたくない。
 俺の想いを憎しみに変えないでくれ。
 俺はペンダントを握り締めながら、必死で祈った。
 
 どうか美しいままの薔薇を咲かせて欲しい。


 サマータイムには凛一の元へ帰ることを約束していたが、凛一がそれを望んでいないのならここへ留まろうと院での予定を立てていた。
 だが、凛一からは、「いつ帰ってくるのか?」「早く帰って来て」と、再三請い願われ、俺は仕事を早々に切り上げ帰省の支度をした。
 俺を待っていてくれるのは嬉しい事には違いないが、恋人のいる凛一をリアルに見るのも辛い気がしてくる。
 複雑な気持ちで成田に着くと、到着ロビーで待つ凛一を見つけた。相好を崩して俺の胸に飛び込んで来る凛一は何ひとつとして変わっていない。俺のこの何ヶ月かのわだかまりは一体なんだったのだと、ふさいだ気分が一遍に吹き飛んでしまった。

「慧、お帰りなさい。っていうか遅いよ。もっと早くに帰れるかと思ったのに」
「ゴメン。コンペのプレゼンを頼まれてしまって、色々とね…遅れたんだ」
「約束じゃ七月には帰れるって言ってたじゃん。待ち焦がれたよ」
「じゃあ、罪ほろぼしに休暇中は食事の用意は俺が引き受けるよ」
「マジで!良かった~自分の手料理にも飽きていたところなんだ。慧が食事を引き受けてくれるなら、俺は存分に勉強に専念できる…な~んてね」
「…ちゃっかりし過ぎだろ、凛」
 
 調子がいいのは俺の方だ。
 緩んだ顔が戻らないでいる自分自身に呆れたのは言うまでもない。






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宿禰慧一編 「オレミユス」 6 - 2009.12.07 Mon

あんね~しりとりやろ…?


6、
 休日は凛一と観光地に行ったり、車で遠くの郊外に出かけたりした。
 凛一は何を見ても感嘆の声をあげ、好奇心の体で目を輝かす。その様子を見ているだけでこちらも楽しくて仕方がなくなる。
 とりわけ、彼のお気に入りの教会や古いゴシック建築物になると、時間など忘れて見惚れている。

「凛、おいで。そこばかりに囚われていちゃ次に進めない。一日の時間は決まっているんだからね」
「わかってる。でももう少し…ねえ、なんであのトレーサリーはあんな形なのかな~普通はもっと組み合わせをモダンにするのだけどね…それから見て、あの鳥籠、光の入り具合がすごく綺麗…ああ、あそこの模様も気になる。星型のヴォールトが見事だ。見てくる」
 小走りで向かう凛一の背中を見送る。こうなると凛一が飽きるまで待つ他ない。
 俺はひとり礼拝席で凛一の姿を見守る。
 全神経を尖らせて見たものすべてを吸収しようと一心不乱になる凛一を俺は見つめる。
 ステンドグラスに描かれている聖人は聖フランチェスコ。

 主よ、私に求めさせてください
 憎しみのあるところに愛を
 罪のあるところに赦しを
 絶望のあるところに希望を
 闇のあるところに光を
 慰められるよりも慰めることを
 愛されるよりも愛することを…

 ならば、彼の為に死ぬることを幸いと呼ぼうか
 スティグマなどいらない
 彼の中で生き続けられるのだから。
 
「ねえ、慧。さっきの聖堂、すごく良かった気がしない?
「梓の聖堂に使えそうかい?」
 夕焼けの太陽に向かって走る車の中で、凛一は先程の余韻に浸っているらしく少々熱が高い。
「う~ん、梓には完璧なゴシックよりロマネスク様式を取り入れたほうがいい。それとビザンティン風にね。その方が梓らしい。バシリカも短めにしてさ。兄貴そういうの作れるの?」
「俺の仕事は環境に合わせた近代建築だからなあ。専門じゃないけれど…凛一が色々と勉強して基礎構造から図面を書いてみろよ」
「そんなの…無理に決まってる。あんな、幾何学的な建築は無理だよ」
「だから勉強するんだろ?大学を建築方面に考えているのなら、協力するけれど…」
「大学かあ…まだ全然考えてないよ。俺、あんまり頭良くないし、慧みたいにいい大学に行けそうもないし…」
「凛一は俺よりずっとすぐれている」
「え?」
「って、梓がいつも俺に言ってた。あいつの凛一贔屓は俺以上だったからな」
「そうは見えなかったけど…梓はそっけなかったからさ」
「俺がおまえを猫可愛がりすぎていたから、梓は距離を取ってバランスを図っていたんだよ。あいつの方が理性があるし頭が良かった」
「梓の話してくれる物語は今でも良く覚えているんだ。すべて面白かったもの。元々梓はシェヘラザードの生まれ変わりって自分で言ってたからな」
「あいつの作り話の緻密さには、俺もさすがに感心したけれど、ところどころ辻褄が合わなくてさ。おまえに聞かせてやっている隣で笑いそうになったよ」
「俺は子供でそういうのは判らなかったからな。梓の作る物語には不思議な力があったよ。…生きていたら、売れ筋の物書きになっていたかもね。何ひとつ残さないまま死んでしまうなんてさ…残念で仕方ないよ…」
「凛…梓のことを話すのはいいけれど、いい思い出だけにしよう。生きていたらなんていうのは…寂しすぎるから、ね」
「うん、わかってる」
 
 その後、俺と凛一は家路に着くまでずっと黙り込んでいた。
 お互いに昔の思い出に浸っていたからかもしれない。
 俺たちの共有するものが、もっと増えていけばいい。
 そして、俺たちだけのものなればいい。

 
 凛一の帰郷が近づいてくる。傍に居ることがあまりにも当然すぎると、去っていく喪失感を想像できないでしまっている事に気づく。
 凛一がいなくなってしまうと相当に堪えるのだろうと、苦笑いで顔が歪む。
 目の前には凛が居るのに…

 凛一がシカゴを去る前夜、凛一は俺に相談を持ちかけた。
 付き合っている恋人への悩みを吐露する凛一に、胸中穏やかではいられなかったが、なにしろ凛一のしょんぼりした様子があまりにも可哀相に思えて、俺も殊更元気づけた。
 「正真正銘の恋」「本気で愛している」という、凛一の相手を俺は憎みたくはない。
 凛一が幸せになれるなら、俺の想いなど報われなくてもいい…何度もそう誓ったはずだった。

 共に眠るベッドの中で凛一は、「俺の慧への愛は変わらないよ。たとえ、俺がミナを愛したとしても、慧への愛情が微塵も減ったりはしない。慧と俺の絆は特別だもの 」と、言う。
 凛一はそれを俺への敬意のつもりで言ったのかもしれない。だが、その言葉は俺の胸を切り刻んだ。 頼むから俺との絆と、その恋人との愛を同じ秤に載せないで欲しい。
 おまえに愛されるその恋人と、報われぬともすべての愛を注ぐ俺では、何もかもが違いすぎる。
 
 俺は残酷な言葉を吐く凛一の寝顔を見つめ、そして抱きしめる。
「一時の恋なんかすぐに飽きるに決まっている。お互いの心が離れ、別れ、傷つき、そしておまえが帰ってくる場所は俺の腕の中でしかないんだよ、凛…」
 
 憎しみのあるところに愛を?
 …無理だ。俺には憎しみは憎しみでしかない。
 

 翌日、別れのターミナルで俺は凛一に、先日買った恋人たちのペンダントの片割れを、誕生日プレゼントとして渡した。
 素直に感動し涙をみせる凛一に俺は狼狽した。
 このペンダントを凛一に渡すことを俺はずっと躊躇い、何度も諦めていた。
 こんなに欲望をしたためた証を、凛一に渡して、そしてその心が手に入るのか?
 そんなことを俺は望んでいるのか?
 凛一を恋人に盗られたくない。その一心でしかないのだろう?
 そんな想いを込めた代物に涙する凛一があまりにも哀れに思えた。
 俺は酷く後悔した。
 
 涙を堪えて「行ってきます」と、握手をする凛一を、俺は瞬きさえ忘れて見つめていた。
 「元気で。ちゃんと、食べるんだぞ…」
 俺の別れの言葉に精一杯笑って応えた凛がいとおしくて…たまらない。

 ゲートに消える姿を確認した後、俺はラウンジの奥でひとしきり泣いた。
「凛一、愛している…」
 何度も、何度もそう呟いていた。






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みんなでクリスマス! - 2009.12.05 Sat

リンミナシリーズの主要4人のクリスマスカードです。
残念ながら、サイズが小さくしかアップできないんですね~
横長の欠点ですね~
画像がつぶれてしまっています。
大きいのが欲しい方は言ってね~
送るから~

クリスマス

簡単なGIFアニメはヤフーブログに載せます。
良かったら見てね~
こちらです。
heavenward



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宿禰慧一編 「オレミユス」 5 - 2009.12.04 Fri

5、
 凛一の春休みが近づき、俺は気持ちが浮き足立って仕方が無い。
 ジャンはそれを呆れた様子で見ている。
「そんなに落ち着きなのないケイイチを見るのは初めてだ。弟が遊びに来るだけの話だろう?」
「弟はまだ16で海外の旅行は初めてなんだ。世間知らずのクセに無鉄砲と来てる。何かしでかさないか心配で仕方が無い」
「ケイイチに似てハンサムなんだろうね」
「…それが一番の問題だ」
 腕を組んで眉を顰めると、ジャンは弾けたように笑う。
「これは楽しみだな。ケイイチがそこまで案じる弟くんに会うのが」
 皮肉たっぷりに言うジャンは異性愛者だが、もしかしたということもある。
 俺の心配は尽きない。

 凛一が来た。
 変わった格好をしているわけでもないのにどこにいても目立つ奴で、空港では探す手間が省けた。あいつは違和感がありすぎる。
 車に乗って家に帰る間、「どうして慧の車は日本でも外国でも狭いのか」やら「エコノミーで来たけど、帰りは絶対ビジネスにする。一睡もできなかった」などと、どうでもいい平和的な話を延々と話して聞かせる。
 なんだかそれも懐かしかったり可愛かったり可笑しかったり。日頃の退屈とは無縁になりそうだ。

 凛一のおかげで普段では狭いと感じたことのない自宅が途端にせまっくるしい空間へと変貌する。だが、気分の悪いものじゃない。目を上げればどこにでも凛一の姿を留める事ができる。自分以外の呼吸音が柔らかな音楽に感じてしまう。独りではないという安定感。
 信頼しあえる者と過ごすという極めて単純な、しかし、その大事さを改めて知る事になる。
 だが、また別な意味で凛一の存在は俺を困らせる。
 
 シングルベッドは当然独り用であり、俺は凛一用にソファベッドを用意していたつもりだったが、(もしくは俺がそれで寝るつもりだった)凛一は俺と一緒にこの狭いベッドに寝ることを強要し、別個に寝せてはくれなかった。
 俺は恋焦がれる弟とひと月近くもひとつのベッドにくっ付きあいながら寝る羽目に陥った。
 全く持って…全理性を総動員させて俗物的な欲望を押さえ付けてはきたが、どうにも堪らなくなると夜中に抜け出して売専宿へと向かったこともある。
 凛一に関しては…こいつは一旦寝てしまうと朝まで起きることは無く、たまに悪戯しても全く気がつかない。それがまた愛おしくて、それでも追い詰めるのも可哀相で仕方なくなり、肝心な事はできずに終わるのだが、翌朝凛一の項に薄く色づいているものを見て、恍惚的な余韻に浸る事もあった。
 とにかく単色だった俺の生活が一変に鮮やかな色の付いた心躍るものになったことは確かだ。

 凛一の昔からの物怖じしない誰にでも愛想を振りまくという気質は全く変わっておらず、こちらに着いて一週間も経たずして、アパートの大家さんと仲良くなった。
 俺が大学に言っている間、大家さん宅にお世話になり、菓子や食材を貰ってくる事もしばしば。
 英語もおぼつかない子が巧くコミュニケーションを取れるのかと問うと、「ボディランゲージと以心伝心」などと判らぬ事を言う。凛一はいつでも楽しそうだった。

 一度街中で誘拐されそうになったと聞いて俺は真っ青になり、独りで出歩かないようにきつく窘めた。
「だって…慧が学校へ言ってる間、暇だもん」と、言うから大学構内で過ごさせれば、いつの間にか人だかりが出来ている。何の騒ぎかと駆け寄ると、凛一を取り囲んで学生達がカメラを持って、写している。
「凛っ!一体なんなんだ?」
「知らないよ。ここで慧を待ってたら、なんか撮らせてくれって…別にいいかな~って思って。ああ、別の場所にもおいでって言ってた気がする…」
 俺は我慢できずに凛一の腕を引っ張り、足早にその場所から立ち去った。
「何怒っているのさ?」
「おとなしくしてろって言ったろ」
「俺、なんもしてないし…」
「凛一、知らない人が声を掛けてきたら、どうするんだ?」
「…返事をしない。話をしちゃ駄目。付いて行っても駄目…だろ?」
「梓と俺が昔からおまえに言い聞かせてきたことだよな」
「俺、もう子供じゃないからさ、大丈夫だって」
「ここの学生から見ればおまえは子供。しかも満足に喋れない。何をされるかわかったもんじゃない」
「慧の心配性」
「俺の言うことが聞けないなら日本へ強制送還だからな」
「…わかりました。おとなしくしてます。でも、俺本当に何もしてないんだけど…」
 しょぼくれる凛一を見ていると可哀相な気もしてくるが、何しろ犯罪や事件には事欠かない街だ。こんなに目立つ子にどんな恐ろしい魔の手が迫ってくるかわからない。

「凛、とにかく俺の目の届くところにいろ」
「わかりました…それより、俺、腹減った。あそこのカフェで何か食おうよ」
 走り去って向かった先は例のカフェだった。
 いつものウェイターが注文を取りに来る。
 メニュー表を見てえ~とと呟いている凛一を無視して「ほうれん草とポテトのキッシュ、サーモンとアボガドのサラダ、スコーンとコーヒー二つ。以上」
「え?俺まだ決めてない」
「野菜不足になりがちだからな。これでいい」
「横暴だ。こっちに来た時ぐらい好きなもん食べさせてよ」
「どうせ独りでいる時は、好きなもん食ってるんだろ。おまえの体調管理を考えるのも俺の役目だ」
「この間、ジャンと食べたハンバーガーが食いたかった」
「ちょ、おまえ…いつの間にジャンと?」
 確かに紹介はしたが…聞いてないぞ、俺は。
「この間ねえ、お昼ごはんおごって貰った~ 」
 おいおい、敵は城の中にいるってパターンか?
「いいひとだよね、ジャンって」
「…」
 こっちの気も知らずに暢気なことを言いやがって。
 なんかもう本気でこいつを日本に返したくなってくる。

「…あの、注文はこれでよろしいでしょうか?」
 俺たちの日本語を聞いて訳のわからなそうな顔で突っ立っているクリスに漸く気づいた。
「ああ、頼むよ」

 クリスが去ると、凛一は意味ありげに俺の顔を覗き込む。
「慧はあの子と付き合ってるの?」
「はあ?」
「だって、ジャンが言ってたもん」
「…」
 あいつとは今後一切付き合いをやめようと、真剣に考えた瞬間だった。




keirin5

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宿禰慧一編 「オレミユス」 4 - 2009.12.02 Wed

4、
 普段はあまり出歩いたりしないのだが、凛一が来るというので、暇を見つけては滅多に行かない街まで下見に行くようになった。
 いわゆる観光客(それもアジア人が圧倒的に多い)が行く名所はあえて避けて、あまり知られていない凛一が好みそうな珍しい建築のある地域を探し出す。
 凛一の為だけではなく、俺の勉強にもなる。

 自家用車で北の方に2時間掛けて走った麓の街で、聳え立つ教会が見えた。
 車から降りてそれを目当てに歩いていたら、小さな路地に入った。
 それはまるで迷路のように繋がり、古びた石畳が乾いた砂埃を上げた。
 ふと両脇を見ると、小さな店が軒を連ねている。
 各窓枠には色とりどりの花が飾られ、店のドアには小さな看板が掛けられてある。
 パン屋や果物屋、仕立物やお菓子屋まで様々だ。
 興味本位で一軒一軒覗いていく度に、ここまで来る観光客が珍しいのか、地元の方が興味深く眺め、声を掛けてくる。
 小間物屋で日本人?と聞かれ、そうだと応えると、この先に日本人がやっている店があるよと教えてくれた。
 そう期待することもなく、言われた店に足を向けてみる。
 程なく教えてもらった古美術商を見つけた。

 ショウウィンドーを眺めると、舶来の年代物の時計や磁器、色鮮やかな切子細工、蒔絵の漆器まで飾ってある。その飾り方も無造作に置いた様で、かしこまった気がしない。
 ふと、木製の宝石箱の中に置かれた寄り添うようなふたつのペンダントを見つけた。
 丁度、西に傾いた太陽に反射して、ペンダントに嵌め込まれた琥珀や翡翠色の宝石が輝きだした。
 じっと見ていると引き込まれるような感覚に襲われる。

 俺は昔、妹の梓と会話した記憶を呼び起こしていた。
 あれは梓の17の誕生日だった。
 俺は梓が欲しがっていたオルゴールをあげたんだ。
「凛が17になったら、アクセサリーを送るわ。そうね、ブレスレットかペンダントがいいわ」「え?どうして?」「私が欲しいからよ」「俺のあげたプレゼントに不服かい?それ、見つけるの結構苦労したんだぜ」「そうじゃないの。私が欲しいものを凛にあげたいの。できるなら私がデザインしたものがいいわね。いつだって私に繋ぎとめられている気がするじゃない」「それは…ちょっと怖い気がする」「慧だって同じじゃないの。隠したって私にはわかるもの」「…」「凛はいつか知ることになるわ。私や兄さんの本当の愛情の意味に…それは美しいものばかりとは限らない。それでも…純粋にね…きっと、形を作っているものだと信じたいの」
 梓は凛一を愛していた。
 生きていたら梓は凛一への愛情をどう繕っていたのだろう。

 俺はその古美術商の店の扉を押した。
 薄暗い、しかしガレ風のランプの不思議な色の所為で、まるでどこか違う空間に迷い込んだような気がした。
 広くも狭くも感じない。ただ至る所に雑然と置かれている骨董品や美術品がひっそりと息を呑むように飾られてる。
 先刻の店の婦人が言ったとおり、店の奥に日本人らしい男性を見つけた。
 その痩せた初老の店主は机に向かい、特製の電気スタンドの下で懐中時計を調整していた。
「こんにちは」
 俺は日本語で挨拶をした。
 彼は顔を上げると、俺を見て少し驚いた顔をした。
「これはまた…珍しいお客さんですな」
「珍しいのですか?日本人の客は」
「日本人が珍しいわけではないんですがね…」
 そう言うと、その店主は作業を止め、立ち上がってエプロンを叩いた。

「お仕事を中断させてすみません」
「いえいえ、何か気に入ったものがありましたか?」
「…学生の身なので、あまり高価な物は…買えないのですが…」
「もしかしたら、これが気に入られたんではないのですかな?」
 店主は躊躇なくショーウインドーに近づき、硝子戸を開け、宝石箱の中の二つのペンダントを取り出した。
「なぜ、それだと思われたのですか?」
「こういうものは持ち主を選ぶんですよ。あなたが覗いていた間、この二つのペンダントは輝きを増していた」
「…」
「仕事をしてても、見えるものは見えるんですよ、年を食うとね」
 疑った顔をしたのだろうか、彼は俺を見て笑顔を見せた。顔の皺が彼の人徳を伺わせる。
 不思議だがでたらめを吐いている気がしない。

「こちらは星を形作り、そしてこちらは太陽の形をしている。光に翳すとその形もはっきりとわかる」
 彼はふたつのペンダントを窓ガラスに翳した。
 二つの銀細工に嵌め込まれた宝石が色を変え、光はそのペンダントを通して黄ばんだ壁にそれぞれに太陽といくつもの星の形の影を映した。
「これにはちょいとした仕掛けがありましてな…ほら、ここに挟み込むんですよ」彼は面白そうに、その片方ずつに持った二つのペンダントを重ねスライドさせた。
 するとさっきまでの影絵は形を変え、はっきりと違う絵を映し出す。

「何に見えます?」
「薔薇、の花かな」
 シンプルだが真っ赤に咲き誇る薔薇の花びらの影絵が映し出されていた。
「赤いバラの花言葉は何か知ってますかな?」
「…情熱、愛情、あなたに恋焦がれる…」
「深い愛情という意味ですね。それではこれは?」
 店主はペンダントのひとつをゆっくり回転させた。
 影絵は形を変え、そしていくつもの色を変えた。
 さっきとは幾分形を変えた黒い薔薇の影絵が出来た。
「濃赤色の薔薇は…確か恨みや憎しみを意味しますよね」
「そうです。愛情も形を変えれば憎しみを生むという戒めなのでしょうか」
「…」
「このペンダントは永遠の愛を誓い合った恋人達が持っていたそうですよ。あなたとあなたの大事な方に巡り合う為に、ここで待ってたのかもしれませんな」
「その恋人達は…幸せになれたのでしょうか?」
「さあ、それはなんとも…言い伝えですから定かではありません」
 彼は肩を竦めて微笑んだ。
 穏やかなその容貌に嫌味のひとつも言う気にはならない。

「愛情とは普遍なものでしょうが、心変わりをしないとは思えません。お互いの感情は絶えまなく形や色を変え続ける。このバラの影絵のようにね。それこそが、情愛の本質ではないのでしょうか」
 彼は俺の手の平に、その二つのペンダントを置いた。
 反射した淡い光が俺を包んだような気がした。

 俺はそのふたつのペンダントを買った。決して安くは無い代物だ。
 あの店主に言いように騙されたとしても、それはそれで構わない。
 これは俺自身の心を映すもの。
 もしかしたら、凛一を一生俺に繋ぎとめることができるものなのかもしれない…

 いや、愚かな願いが叶うわけはない…
 わかっている。ただ…
 どうか、憎しみだけには染まらぬよう…
 俺を導いてくれ…
 







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