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2010-04

藤宮紫乃編 「Resolve」 5 - 2010.04.30 Fri

sino 2

5、
 相当な時間ふたりで星空を仰いでいたが、そのうち真冬の寒気にお互い震え始めた。
 寝袋があればまだいいが、さすがに凍りつきそうだ。
 凛一の身体がガタガタ震えだしたのをきっかけに天体観測を切り上げた。
 まだ名残惜しそうな様子の凛一だったが、また来ることを約束して車へ戻る。

 車を走らせて山を下りだした頃、実は一週間前に高熱で倒れていたのだと凛一が言い、ここへ連れ出した事を少し後悔した。
「大丈夫なのか?気分が悪いのなら病院へ連れて行くが」
「もう大丈夫だって。…どうして俺の周りの大人たちはこうも揃って心配性なのかね~」と、凛一は呆れながらも楽しそうに笑う。
「心配されるうちはまだまだ子供ってことだな」
「そうだろうね…自分でも情けないほどにガキなんだと思う。それでも昔よりはマシになったかな…」
 温まり始めた車内の空気に安堵したかのように、凛一はマフラーを取り、大きな伸びをした。両の手をすり合わせて、何度もはあと息を吐く。
「…俺ね、母親が早くに死んじゃっただろ?顔だってあんまり覚えていない頃だけど。父親も仕事で忙しくてさ…慧一と姉の梓だけが俺の信頼する人間でずっと生きてきた。だから梓が死んで慧が俺の傍から離れてしまった時、この世にたったひとり取り残された気分になってて…俺の家って広くてね…ガランとした家に『ただいま』って言っても返事もなくて…家政婦さんの作ったご飯だってひとりじゃ美味くなくてさ…まだ子供だったからだろうけれど、寂しくてよく泣いてたよ。このまま死んじゃっても誰も気づかないんだろうなあ~とか、本気で梓のところに逝っちまおうとか…そしたら慧はきっと死ぬまで俺を手放した事を後悔するだろうとか…
この世の果てにいるみたいな感覚でいたんだ」
「…」
 俺は一度だけだが、凛一の孤独な姿をこの目に焼き付けている。
 俺の慧一を奪い取った弟に酷い仕打ちを仕掛けてやろうとまで思ったものだが、あのあまりに寂しげな、そして唯一の翼を見たとき、俺は自分の愚かしさを知った。
 慧一が守ろうとしたもの、奪い取れなかったものの崇高さに敗北したのだと感じたんだ。

「嶌谷(とうや)さんがいなかったら、俺、本当に駄目になっていたかもしれない」
「嶌谷さんって…ああ、体育祭の時の?」
「そう、捨てぱちになってた俺を拾ってくれたの」
「ジェントルで愛想のいい人だったよな。顔に似合わず」
「嶌谷さんは俺の一番尊敬する人だもん。殻に閉じこもっていた俺を引っ張りあげてくれたんだ。
誰もが孤独だ。孤独であるのは当然だ。だけどひとりはつまらない。だからって他人に自分の胸の内をすべてわかってもらおうなんてのは手前勝手な話。もっと楽に生きろ。他者と繋がり合う事で、笑いあうことが出来る。一時の慰めにもなる。孤独を楽しむことも出来る…そう俺に言うんだ。だから、俺の孤独はそのままで、自分を大事にしようって思った。
彼の経営するジャズクラブに入り浸るようになって、色んな大人の人と知り合ったよ。月村さんや、ほら、俺の写真を雑誌に載せてくれた三田川さんとか…ジャズプレイヤーに常連さん…みんなと出会えたことは俺の財産だと思っているし、これからだってずっと付き合っていきたい。誰かが必要な時に俺の存在が役に立つのなら、少しでも恩返しがしたいんだ…だから早く大人になりたいって思うよ…慧の為にも」
 凛一の話を聞いていると、自分の身の上が重なっていく。
 …俺もその頃は随分孤独と仲が良かった気がする。
 生き続けることが苦しいとどれだけ思ったとしても、今になってしまえば、あの時はああいう時期だったと自分を哂いつつも愛しく思える。
 慧一もまた自分の過去をそう振り返ったりしているのだろうか…
「慧一は嬉しくてしかたないだろうなあ~やっとおまえと相思相愛になれて…」
「でもまだセックスはしてない…」
「それが大した問題か?」
「あんたは慧と何回も寝てるじゃん」
「まあな」
「俺だって慧としたい。じゃないとあんたに負けてる気がしてなんねえし」
「勝ち負けか?そこに拘ること自体がおまえがガキだっていう証拠だな」
「…だって、さ…」
 幼子のように口唇を尖らせて不貞腐れる表情をバックミラーで眺め、なんとまあ愛しい者だろうと不思議で仕方ない。

 シート少し倒し、深く座りなおした凛一はオーディオの曲を選び始めた。
「紫乃先生。俺ね、T大受けるから」
「そう」
「…それだけ?」
「頑張れよ」
「担任なのにそれでいいの?。おまえじゃ無理だとか、他にいい大学があるとかさ、助言しないの?生徒の合否って先生の査定にひびくんだろ?」
「そんなの知るかい。第一生徒の行動意欲を教師が削いでどうする。行きたいと思う大学を目指せばいいさ。要は己次第。おまえが何を企んでそこを決めたのか、聞く必要性もないね。だが、本気で行きたいと思うなら、後ろについててやるから後悔しないようにやれってことだけだ」
「先生ってさ…」
「なに?」
「生徒に好かれるはずだよな~」
「賞賛と受け取っておくよ。それより『詩人の会』の方もよろしく頼むぜ。部長さん」
「蒼き青春の思い出となるように精を尽くしますよ。ねえ、カプースチン聴いていい?」
「ああ」
「紫乃、ジャズが好きなら今度嶌谷さんのジャズクラブに連れて行くよ。ゲイの人たちも多いから紫乃なんか人気者になれるぜ」
「おっさんばかりだろ?」
「自分だってそのうちおっさんになるんだから、ガキばっか相手にしてないで、大人の会話も楽しめよ」
「はいはい」
 山を降りた車は高速に乗り、流線形の波を掻き分けスピードを上げていく。
「すげ~速い!慧一の車じゃこうはいかないぜ」と、凛一は嬉しそうに声を上げる。
 
 やがてスピーカーから流れてきたエチュードに凛一の睡魔が目覚めたのか、やたら目を擦りながら重たそうに口を開く。
「『夢』か…宇宙空間に漂っているみたいだ…」
「そうだな」
「銀河鉄道なら…さしずめ俺と紫乃はジョバンニとカムパネルラだね」
「冗談だろ?どちらかが死ぬなんてさ。俺の運転ではありえない話だ」
「そう…じゃあ、ほんとうのさいわいは見つかるかも知れないね…ねえ、少し夢を見てもいい?…無事に家へ帰りつくように祈るからさ…」
「ああ、おやすみ…いい夢を見るといい」

 直ぐに静かな寝息を立て始めた凛一を起こすのは不憫に思えて、俺は出来るだけ遠回りをして帰路に着いた。

 ほんとうのさいわいはいつだって今だと言えるように…
 俺もおまえも慧一も彼方へ辿りつける為に…
 今は走り続けよう…





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藤宮紫乃編「早春散歩」はこちらからどうぞ。 1へ

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藤宮紫乃編 「Resolve」 4 - 2010.04.28 Wed

4、
「ねえ、聞いてる?」
 目の前に広がっていた星空が、突然凛一の顔に遮られた。
 凛一が身体を起こして俺の顔を覗き込んだからだ。
「紫乃…泣いてるの?」
「別に…」
 笑われても仕方がないシチュエーションだろうが、凛一は神妙な表情で俺を見つめていた。その顔がやっぱり慧一に似ているなと、微かに笑うと、また涙が零れ落ちた。
「…そうだな…こちらの感情などお構い無しに勝手に涙は出るもんだ」
「…慧は…なんであんたみたいないい人を選ばなかったんだろう」
「言ったろ?あいつの本能だからだ。もしくはそれを宿命と呼ぶのならそうかもしれんが、天に決められた道なんか俺は歩きたくないからな」
「うん」
「俺がいくらイイ奴でも、慧一の求める者にはなれない。それを不幸と言うか幸いと言うかは俺が決めることだ」
「…紫乃」
「なんだ?」
「キスしたい」
「…おまえって奴は…」
「なんなら抱かれてもいい。逆でもいい。俺が紫乃にしてあげられる慰めなんてそんなもんだろ?慧一に黙ってりゃ判らんさ」

 両腕を俺の胸の上で曲げ、その重ねた両手の上に小さな端正な顔を載せた凛一の目が俺を見つめる。
 その表情…絵画で見た女神か天使か、はたまた高級な娼婦か…
 よく慧一はこの子に手を出さなかったもんだと…哂いながらその頬を撫でた。
「ありがたい申し出だがな、慧一を悲しませるわけにはいかない。慧一にとって俺は恋人ではないが、心を許し信頼に値する友人なんだよ。いつだっておまえのことを頼むと…そればかりだ。だがそれこそが奴の俺への敬意と感じるんだ」
「…」
「さっきの話だがな、慧一がおまえを大事にしたいのはおまえを育ててきた過程があるからだろう。正直、俺も慧一がおまえを欲しがっていたのを随分前から知っているからその辛抱強さにも呆れている。あれは禁欲的というより…マゾヒストだ。おまえ限定だがな。
だから…凛一。あまり慧一を悲しませるな。簡単に寝るなんて言ってくれるな。貞淑であれとは言わないが、誰だって愛する者が自分以外のものと交わるのは心底嫌なもんだ」
「良く言うなあ~綺麗な少年に見境なく手をつけてるクセにさ。慧一だって売春宿に行ってるんだぜ?俺にだけ襟を正せって言うのかい?」
「やることは一緒でも愛情のあるセックスとそうでないものとは、心の充足が違うだろう。それ以外でも…まあ、色々あるけどな。俺が他者と交わるのは俺が誰にも拘束されていないからだ。恋人でもできれば自重するさ」
「恋人か…作る気あるの?」
「そうだな…慧一が幸せになるのを確信したら考えてもいい」
「それって物凄く俺に関わってくるよね」
「そうとも言えるな。兎に角、あいつの気持ちは一生変わらんだろうからな。おまえがどんなあばずれでも悪人であっても、慧一はおまえからは離れない。離れることはできない。だからっておまえが好き勝手にしていいわけじゃない。おまえが慧一を想うのなら、自身がどうあるべきか考えろ」
「夫婦みたいに添い遂げなきゃならないって事?」
「さあ…」
「担任なんだから生徒の質問に答えろよ」
「答えが出てもその通りに歩くことができるのか?運命を示されたら逆の道を行きたくなるもんだろう?
…答えは簡単に導かれない。愛故に…」
「愛ゆえに…」
「悩む事を恐れるな。
苦しみの重さを大地の重さに返し与えるがいい。
山々は重く、海は重い…」
「リルケだね。
我らを結びつける精神に祝福あれ、
真(まこと)我らの生は形象のうちにある…」

 凛一の乾いた口唇が俺の口唇に軽く触れる。
「ありがとう、紫乃。愛と信頼に満ちた者。俺もその精神に誓って紫乃を落胆させないように…生きるよ」

 寄りかかる凛一の身体を抱き締めた。
 見かけよりも細く華奢な少年とも青年ともいえない頼りなさが、保護欲を沸き起こさせた。
 なんだか雛鳥を暖めているようでいつもは綺麗な少年を好んで抱く俺が、こいつにはどうも親心が仇になって情欲は沸いてこない。
「おまえを抱くことは俺にはありえん話だ」
「何故さ」
「…色気が足りない」
 呆気にとられた凛一が弾けるように笑う。
「そうか…紫乃も安全な男か…俺を抱かない奴って大概いい人なんだ。信用できる人」
「そうか?」
「うん、さっき車の中で言った人。事件の事知っているよね」
「詳細は知らないけど、自殺したんだろ?そのジャズピアニスト」
「俺に殺されたかったんだと思うよ、月村さんは」
「…」
「それがあの人の求めていた死に方だったのなら…それはそれで幸せだったんだって…そう思えるようになった。勝手な思い込みかもしれないけれど、俺はあの人の役に立てたんだと思っている」
「そうか…」
「それを教えてくれたのはミナだ」
「水川?」
「だから俺はミナを大切にしたい」
「水川と本気で付き合っていくつもりか?」
「大事な恋人だよ。例え俺が慧一と生きていくと決めても、今の俺にとってミナは大切な恋人だし、別れるつもりはないよ」
「おまえが慧一を選んだ時点で水川はその他大勢のひとりにしかならない。もしくはただのセックスフレンドだな」
「違う。ミナは…」

 言葉を切り、酷く動揺した凛一は何度も頭を振って懸命に何かを探し出そうとしているかのように見えた。
 俺は正直、凛一にとっての恋人、水川の存在なんてとても小さなものと感じていたから、凛一の苦悩など知る由もなかった。

「ミナは俺が選んだんだ。俺が初めて本気で求めた奴だ。あいつだけは手放したくないって…思っている」
「…」
「ミナといると心が浄化される。穏やかになれる。世界がきらめいて見える。ミナを甘やかしたい、優しくしたい、喜ばせたい、安心させたい、笑わせたい、怒らせたい…悲しませたくない…」
「じゃあ、慧一を諦めるか?」
 
 同じように頭を振って目を閉じた凛一は何も言わず、そして目を開け、ただ南の天を指差した。
 その先には煌々と光るふたつの恒星がある…

 神々でさえ切り離す事のできなかった双子星だ。
 それは確かに慧一と凛一の星のように見えた…



星ソラ


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藤宮紫乃編「早春散歩」はこちらからどうぞ。 1へ

予定より長くなってしまった…もう一回だけ紫乃編(;・∀・)

藤宮紫乃編 「Resolve」 3 - 2010.04.27 Tue

3、
 凛一はそれきり一言も口を開く事もなく、スピーカーから流れてくる音楽に身を委ねている。
 このまま家に帰しても良かった。だが、今日ここでこの子に関わったのは偶然だと片付ける気にはならなかった。
 凛一にとって、俺にとってそれが必然であるならば、俺たちはその意味を見出さなければならない。

 4,50分ほど走らせた後、鬱蒼とした森の中にある小高い丘に車を止めライトを消した。
 辺りは民家や人の気配はなく、小さな幽霊電灯がひとつだけ頼りなげな影を作っていた。
「ここどこ?」
「山ん中」
 かなり高台にあるから、車の中からでも街の灯は眼下に瞬いて見える。
「俺、海が見たいって言ったのに」
「海なんかしょっちゅう見てるだろう。ほら、外に出ろ」
 気が進まなそうな凛一を促し、外へ出た。
 真冬の深夜だ。凍りつきそうな空気が身体を締めつけた。
「さむ~い…まさか俺をここに置いてきぼりにしてトンズラするつもりじゃないだろうね、先生」
「この不況下、クビにはなりたくないからな。ほら、こっちに来い。とっておきの展望席に案内してやるよ」
 
 俺は先を歩き出した。
 もう少し先に唐松林に守られるように短い草の生い茂った小さな草原があるんだ。その中心に大きな桜の木が一本だけあってな。そのでかい幹に凭れて、ふたりで一晩中夜空を見上げたんだ…

 目的の桜の幹を撫で、葉のない木々の間から垣間見える星々を見上げた。
「ここが紫乃のお奨めの場所?」
「そうだ」
 車から運んできた毛布を桜木の根本に敷き、そこへ座り込んだ。
「春にはここら一帯レンゲソウが敷き詰められるんだけどな。夜露が冷たいんだ」
 凛一を手で招くと、素直に隣へ座る。そのまま仰向けに寝転んで夜空を見上げ、
「なるほどね。プラネタリウムどころじゃない。星が落っこちてくるみたいだ」と、踊るような声を上げた。
 俺も同じように仰向けになり星を眺める。
 あの時と同じように、宇宙は変わらないままそこにある。

「きれいだ…久しぶりだよ。こんなに沢山の星見るの。…あれは火星だね」
 凛一が左の斜め上を指差す。
「そうだな。その上がカストールとボルックス、下が獅子座のレグルス。プロキオン、シリウス、カノープス…」
「オリオンもこれだけ星がひしめいていると、目立たなくていいね」
 カラカラと凛一が笑う。

 不思議な気がした。何年か前に慧一と見ていた夜空を、その弟と見ている。
 敵わぬ恋に苦悩した日々が浮かびあがる。
 その最たる原因である男と肩を並べて寝そべっている。
 どう考えても可笑しい光景だった。

「…慧と…こうやって眺めていたんだね」
 ぽつりと凛一が呟く。
「ああ、そうだ」
「今でもその気持ちは変わらないの?」
「あの頃とは違う部分もあるし、変わらない部分もある」
「紫乃は見かけと違って純粋だな。皮肉じゃなくてさ。本当にそう思う」
「慧一にもそう言われたことがある」
「…あんたは知っていたんだね。慧がずっと…俺を愛し求めてきたことを。 だから、俺を挑発するような事を言ってきたんだ」
 横たわったまま顔だけを凛一へ向けてみた。凛一は胸に両手を置き、じっと上を向いていた。端正な横顔だった。慧一は明け暮れこの顔を見つめ、求め、守ろうとしてきたんだろう。

「総じて勘のいいおまえが本当に慧一の気持ちに気がついていないとは…思えなかったからな」
「どうして?」
「慧一の行動のすべてがおまえに関わっているのはわかっていたはずだろ?慧一が誰の為に何の為に自分の人生を歩んでいるのか、傍にいるおまえにわからないわけはないだろう」
「…慧と俺はずっと…愛し合っていたんだ。だけどあまりに近すぎて…俺は取り違えていたのかも知れない。…いや、あんたが言うように俺は…気づかないフリをして慧一を試していたんだろうね」
「…」
「むちゃくちゃな我儘を言っても、酷く怒らせても本当に俺を見捨てないでいてくれるのか手を離さないでいてくれるのか…俺は慧一を縛り付けておきたかったんだ…だから、誰にも…慧一を渡したくなくて、引き止めたくて、困らせていたのかもしれない」

 俺と同じように顔だけを俺に向け、凛一は小さな声で呟いた。
「俺を憎んだ?」
 あまりにも少女めいた表情が儚くて、慧一はこの顔に魅せられてきたのだと思い、それは当然のことと思えてしまう。

「…ああ、憎もうと思ったし真実憎かったがね…だが慧一がおまえを愛してしまう事への罪があるわけもない。俺が慧一を愛したのも必然であり、俺の意思だ。たとえ慧一のすべての愛は得られなくても…俺たちの間にそれが全く存在しなかったとは、到底思えない…愛し合ったから俺は慧一に救われたし、幸福な時間を持つことが出来た」
「慧一はあんたに随分辛く当たったんだろ?それでも慧を信じていたの?」
「信じてはいなかったさ。慧一はああいう性格だからな。他人には外面はいいが、本性を知られるとお構い無しだ。怒るわ泣きつくわ打ち捨てるわ…あいつには散々な目に合わされた。だけど、許してしまえる。それはあいつがただひとりを守ろうと必死になって…自分の恰好なんぞ気にしていられないほどに、がむしゃらにおまえだけを守ろうとする…その想いを、姿を俺は、愛しいと思えてしまうんだ」
「俺が居なかったらって…思わない?」
「…おまえがいなかったら、今の慧一はいない。あいつはおまえを糧に生きているようなもんだからな」
「…」
「それを理解するために俺も時間がかかったし歳も取った。でも、今ならなんとなくわかる気がする。慧一の気持ちも、あれがああなってしまった事も…それを運命、宿命と呼ぶものだろうか…そうじゃない。慧一はただおまえを本能で愛し続けているだけ。それだけが真実だ」
 俺の言葉を聞いた凛一はふうっと大きく深呼吸をして上半身を起こした。
 俯きながら言葉を吐く姿は、詩を紡ぎだそうと青春を彷徨う悩めるバイロンの様…

「…ついこの間ね、慧一の本当の想いを打ち明けられたんだ。俺が無理矢理に聞きだしてしまったんだけど…心から嬉しかったんだよ。俺も慧のことを好きだったからさ。心底欲しいって思った。だから抱いてくれって頼んだの。でも慧は俺を抱かなかった。愛しているけど俺が子供だから抱けないって…そんなの本当の理由になんねえよ。それほどまでに俺を愛してくれているのに、セックスをしない意味って一体なんだろう。そんなに大事に守るべきものなのか?俺には慧一の貞操観念がまるでわからない。繋がってお互い気持ち良くなれば、それはそれで愛し合うってことになんねえのかな」
「…」
 俺は寝たままに凛一の顔を凝視した。
 凛一が吐いた言葉が頭の中でグルグルとマーブル状に回っている気がした。
 慧一が…告白した…
 あの慧一が…「いくら凛一を愛してもどうにもならない事実だ」「凛一のいい兄貴役を貫くだけさ」と、苦渋の顔を見せていた慧一の顔が、浮かんでは消えていく。
 凛一を愛していると、やっと…告白したのか…
 では彼の真(まこと)の愛は成就したのだ…
 ああ、悪夢から覚めた慧一の顔を拝んでみたいものだなあ…

 変な喪失感と安堵感がないまぜになって、知らぬうちに一縷の涙が頬を伝った。







紫乃と慧一
大学時代の紫乃と慧一。


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藤宮紫乃編「早春散歩」はこちらからどうぞ。 1へ

藤宮紫乃編 「Resolve」 2 - 2010.04.23 Fri

fujimiya

2、
 俺の勤める聖ヨハネ学院高等学校はいわば進学率で言うならば、近郊の高校ではハイレベルな名門校であり、遠方からも生徒達が集まる離島…いわんや鎖国した島国のようなものでもある。
 自主性を重んじ、自由闊達な校風は、それまでの親や家族からの監視下を離れた男子が、初めて味わう麗らかな春の訪れであり、閉じられてはいても心は風になり、自由に舞い上がることが出来る。しかも守られた空間だ。そして、きっちりと区切られた三年間でもある。
この三年間をどう楽しむかは各々のモチベーションによるが、学問も自由も恋も経験もすべてまさに限られているからこその青春なのである。
 なにを選ぶかはコレ、個人の価値判断。

 俺はここの教師になって4年になるが、色々な生徒を見てきたつもりだった。
 見てくれの所為でもあるが、いわゆる男子にはばっちりと好かれる性質(たち)であるから、それなりに傷にならない程度は相手をしているつもりだ。
 卒業してしまえば、取り残されるのはこちら側。
 生徒たちは「先生と離れたくない」と泣きながらも、半年も経たないうちに「いい思い出をありがとう」と、笑って手を振るのだから。
 所詮鳥籠の中の恋なんてそんなもの。本物の自由を知った鳥は籠に帰ることは無い。
 まあ、最もこちらが本気になったことは一度もないのだが。
 ガキを相手にするほど、俺も暇ではない。
 恋はきままに…が俺のモットーだ。

 しかし、それとは逆に俺は意外な一面を持つ。
 今まで付き合ってた奴らに何度となく言われたことがある。
「顔に似合わず執念深いんだね」と。
 その通りだ。
 俺は初めて俺を犯した奴のその時の顔やら、俺を傷つけた一言を言った時の相手の表情やら、俺を蔑んだ奴らの面々の顔をやたら鮮明に覚えている。そして、いつかは仕返しをしてくれると…思い続ける性質なのだ。
 そりゃあもう怨霊になって、毎夜枕元で打杖で打ち据えてやろう程に…だ。
 だからこそ、俺をこれ以上ないほどに無様に傷つけてくれた昔の恋人、宿禰慧一にはよほどの仕返し…罰を与えてやりたいと、無償に思いめぐらすわけだ。
 死ぬ時は俺の手で…とまでは行かなくても、逆に死に水は取ってやりたいと思うのは、可笑しい話で、愛情にまさる憎しみと言うものに俺はそぐわないらしい。
 恩を仇で報いるとはよく言うが、あいつに関しては逆。
 それがまた腹が立って仕方ない話なんだが、あの顔で見つめられると、恨み辛みもそっぽを向いて脳みそが浮上してしまう。
 相手もそうだと、これはもう運命の歯車と承知し、誰が何と言おうと手と手を取って、俗世とは離れてしまってもいいんだが、相手は俺のことなど、これっぽちも胸の片隅にもありゃしないから、俺は余計に腹が煮えくり返ったり、空しくなったりと忙しい。
 別れて5年も経つのに傷が癒えるどころか、恋心は濾過されて純粋なエキスだけが残るというわけだ。
 つまり苦しみも時間が経てば、味わい深い酒となる。
 しかし、それは慧一のみにおいてであり、それ以外には当てはまらないはずなのだが…
 
 その弟、凛一の担任の俺は、慧一に似たその顔を見るたびに、いっぺんは俺の恩讐を受けてみろ!クソガキがっ!と、憎々しく睨みつける。つもりでいたが、あの顔は俺にはどうも鬼門らしく、ついでに背中の翼を見るたびに憎々しいどころか、すっかり魅了されてしまう始末。

 今日は三学期の始業式であり、その後は最終的な進路の確認に始まって、授業の組み分けなど三年に上がる生徒達には大事な日であるにも関わらず、あの宿禰凛一は来なかった。
 本人からの事前の連絡は無く、朝、始業式の前に携帯のメールで慧一から連絡を貰った。慧一がアメリカに帰るのを、凛一がどうしても見送りたいと言うから欠席するという連絡だった。
 そして最後に「よろしく頼む」と。
 俺はその文字を暫く見つめていた。慧一の俺への感情は信頼でしかない。
 わかっている…


 その夜、久しぶりに都内の行きつけのイタ飯屋で食事をして、ドライブの途中、切れた煙草を買う為にコンビニに寄ろうと車を寄せた。
 ヘッドライトが駐車場に屯している数人を映し出した。
 一見してわかる。ガキのケンカだ。
 俺はクラクションを鳴らし、大声で「警察を呼ぶぞ!」と叫んだ。
 蜂の巣を突いたように大声を上げガキどもは逃げ去った。ただひとりを置いて。
 おそらくそいつがケンカの中心だろう。
 多勢に無勢だが一方的にやられている風でもなかった。
 故にほっときゃ良かったのに、こういう時だけ何故か、教育者としての使命感に燃えると言うか…実に馬鹿馬鹿しい限りだ。
 怪我でもしていないかと、様子を見に車を降りて近寄って見て唖然…
 そのまま引きかえって猛スピードでトンずらした方がどれだけ利口だったかわからない。

 しきりに左の腕をさすり、近寄る俺の顔を見た途端、そいつは悪魔も虜にするくらいの綺麗な顔で微笑んだ。
「あれ~?先生じゃん。こんなところで出くわすなんてどんだけ運命的なのさ」
 そいつはにやりと笑いながら俺の方へ近寄ってくる。
 俺はといえばまだ呆気にとられたままで、そいつの顔を凝視した。
「先生、なにやってんの?また少年狩り?…でも車ん中だれも乗ってねえじゃん。じゃあ、せっかくだから俺が乗ってやるよ。暇だしさ。どっか眺めのいいとこに連れてってよ。海の見える場所がいい」
「おい、勝手に乗るな、不良少年めが…」
 助手席に乗り込む凛一の姿を見て、俺も慌てて運転席へ座った。ほっといたら車ごと逃げられそうな気がした。

「凛一、こんなところで何やってんだ。慧一が居なくなった腹いせの破壊行動か?」
「そうとも言えるね。言っとくが言いがかりをつけてきたのは向こうだぜ。コンビニに入ろうとしてもドアの前にうろついて入れなくしてやがるの、あいつら。金出したら入れてやるって。無理矢理入ろうとしたら、胸倉掴んでくるからさ…まあ、ちょいと遊んでやっただけ」
「…」

 顔はモデルも形無し、頭もバカではなく、その上腕っ節が上等とくりゃ、東西の男女問わずモテるに決まっている…ただしとんでもない性悪気質が大問題。

「それで…怪我はないか?お望みなら病院に連れて行くこともできるが」
「病院に行くほどじゃないけど、さすがに五人を相手はちときつかったかな~」
 言葉とは裏腹に、なんとも悪びれる様子も無く両腕を頭の後ろにやり、あくびをしながら身体を伸ばす凛一の様子を眺め、うんざりと諦めた心地で車を発進させた。


「学校以外では眼鏡してないんだね」
「ああ、伊達眼鏡だからな。一応先生らしくと思ってしているだけで、普段はかけてない」
「じゃあ、今は先生じゃないんだね。だったら俺も紫乃って呼んでいい?」
「…好きにしろ」
「紫乃はいつもこんなとこまで来て男漁ってるの?」
「まさか…漁りにくるほど相手には困っていない」
「アルファロメオか…随分といい車に乗っているんだ。高校の教師の給料じゃとっても無理だよね。紫乃はいいとこのお坊ちゃんなんだな~」
 いつもより饒舌な凛一だけに、何かあったのかと感づいてしまうのも癪だったから、口を噤んだままでいた。
 ガキと同じレベルに落ちる事もない。


「へえ~紫乃、カプースチン聞くんだね」
 オーディオから流れるピアノ曲が始まった瞬間に凛一は言い当てた。
「…よく知ってるな」
「俺、クラシックもジャズも好きだからね。この音は…アムランだ。アムランの音はあまり好きじゃない。巧いけどね、この曲はもっとゆっくり味わいたいって思うんだ」
「…」
 驚いた。色んな奴をこの車に乗せたけれど、この音楽家の曲を聴いて弾き手まで当てられた奴はいない。
 最も慧一の影響で俺もこういうクラシックを聴くようになったのだから、その弟が詳しくても不思議ではなかった。

「俺、この曲をとても魅力的に弾く人を知っている」
「…」
「もう死んじゃっていないんだけど…俺が殺したようなもんだ」
 
 それが誰のことを指しているのかは、俺にはわかっていた。






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藤宮紫乃編「早春散歩」はこちらからどうぞ。 1へ




カプースチンの音楽をどうぞ。一応クラシックですよ。演奏者はカプースチン本人です。

宿禰凛一編 「Swingby」 27 - 2010.04.20 Tue

27、
「おかえり」
「ただいま」
 自宅に戻ってリビングへ行くと、慧一がキッチンでカレーを作っていた。
 玄関に入った時からカレーの匂いがしていたから、何となくだが…慧一がシカゴに帰るのだろうと予想はしていた。
 だから慧一の姿を見るのと同時に切なくなってしまったんだ。
「思ったより遅くならなかったんだな」
「…うん」
 腰にエプロンを巻いてデカイ鍋をゆっくりかき混ぜている様子を見る。
 何日そのカレーを食べ続ければいいんだよ、と、笑おうにも笑えなくて口元が歪んでしまう。
「どうした?ふがいない顔して。恋人とデートしたんだからもっと機嫌良くしててもいいだろう」
 それには返事をせず、俺は慧一の胸に身体を預けた。
 鍋をかき混ぜていた木べらを持っていた慧一は「危ないぞ」と、きつく言いながらも、片手で俺の身体を受け止めてくれた。
「…帰るんだろ?」
 慧に肩に頭を擡げ、情けない顔を見られないように外を向いた。
 慧の両手がいつもと同じように優しく背中を撫でてくれる。
「うん、急に…連絡があったんだ。明日昼の便で発つよ」
「見送りに行く」
「明日は新学期初日なんだからちゃんと学校へ行きなさい」
「どうせ始業式なんかで午前中で終わるんだ。慧を見送る方が大切だ」
「…凛、話さなきゃない事があるんだ」
「…就職の事?」
「なんでわかる?」
 顔を上げて、慧一の顔を見つめた。
「お父さんに聞いた。はっきりと言わなかったけど、慧が日本の企業に内定してるって。こっちに帰ってくるの?」
「就職先は大手建設会社のNKコーポレーション。設計士として雇ってもらう。けれど勤務地はニューヨークだそうだ。…さっきね、連絡が来たんだ。研修も兼ねての事業者との話し合いに参加しろって…ペーペーの俺にいきなりって気もするけどね」
「すごいじゃん。期待されてるってことだろ?」
「…約束を守れなくて、ごめん」
「なんとなく、慧が日本に帰れないって気はしてた。頑張れよ…応援することぐらいしかできないけどさ…」
「本当にすまないと思ってるよ、凛。卒院したら一緒に住むって約束してたのに。今年はおまえの受験もあるから、本当ならおまえの傍についていて、勉強に専念できるように世話をしてあげるのが親代わりとしての役目だろうけれど…」
「大丈夫、気にしなくていいよ。勉強は慧が居なくてもちゃんとやるし」
「うん…本音を言えば、おまえと一緒に暮らしていくのは怖いんだよ。俺は凛に対してまだまだ悟りを開いてはいないからね。いつ溺れるかわからない心持ちでおまえの傍にいるのも、お互いに悪影響だ」
「…いつだって俺はお相手するのにさ」
「よく言うぜ。うちとは違うシャンプーの匂いをさせておいて、そんな台詞をどの口が言わせるんだか…これでも…嫉妬で狂いそうなんだぞ」
 俺の背中を抱く慧の手の力が強くなり、慧の吐息が耳の奥まで届きそうに感じた。それは慧の精一杯の俺への罰のような気がしてならない。いくら俺が欲しがってもくれないという俺への見せしめなんだろ?
「凛…俺の帰る場所はおまえだと思っているんだ。だから…」
「わかってるよ。さよならは言わない」

 夜、ひとりのベッドの中で俺はひたすら考えた。
 慧一とミナ、それぞれにふたりで居る時の俺は、別々の人間みたいに振り分けられるんだ。
 同じ重さの違う愛情としか感じられない。
 でもそれを言っても理解はしてもらえないだろう。勝手な都合のいい御託をいくら並べても、相手には不実にしか聞こえないってわかっている。
 俺がミナと愛し合うのを見たくない慧の気持ちはわかる。傍に居るのは辛いのだろう。だから今は離れて暮らすことを選んだ。
 それでも慧は俺を捨てないと言っているんだ。
 だが、ミナにそれを求めてはいけない。
 ミナの汚れていない恋心を俺の所為で歪ませてはいけない。

 翌日、学校には行かないで、慧一を見送る為に空港まで同伴した。
 搭乗時間までラウンジで過ごしていた。あわただしく行き交う人影を気にもせず、俺は慧の肩に凭れて、次々と飛び立って行く飛行機をガラス越しに眺めていた。
「眠いのか?凛」
「ううん…いつも慧とここで別れるんだが、今日はなんか気分が違う」
「どんな風に?」
 温くなったコーヒーを一口だけ味わった。こんなに苦いものを美味しいと思える人間の感覚って…ああ、これって今の俺の心境に近いものがあるのかもなあ。
「慧が誓ってくれたから、俺は目指すものが見つかった」
「え?」
「俺、T大の建築学科を受けようと思ってんの。合格するかしないかは別として目標は高く持ったほうがいいだろ?」
「凛が本気になりゃ不可能じゃないだろう。頑張れよ」
「俺がT大を受けるには理由があるんだよ」
「どんな?」
「ミナが…水川は優等生だろ?あいつは絶対にT大に行かなきゃならない使命ってもんがあるんだって。俺には理解できねえけどな。だから、その後押しっていうか…一緒に頑張ってやりゃあいつも喜ぶだろうって思ってね。…姑息だろ?」
「…」
「俺は正直T大なんてどうでもいい。それにどこの大学に入ってもすぐに留学するつもりだ。そのためにはSATもTOEFLも受けていい点を取りなきゃならないだろう。ミナと一緒に勉強する活力にもなるしな」
「待てよ。それを水川君は知っているのか?」
「留学の話は言ってない。言うつもりもないけど」
「…」
「俺が留学する意味…それが何なのかは慧にはわかるだろう」
「…おまえ」
 慧一の言葉を俺は遮った。いや、元より慧一には後に続く言葉は持ち合わせていないのだろう。疑いと歓喜と驚きの混じった表情で俺を見つめ続けた。
「今度は俺が追いかける番なんだよ、慧一を」
 そう言って、身体を捩り慧一の肩を掴み、その口唇に口づけた。
 慧一は、目を閉じて、ただ俺の口づけを静かに受け止めていた。


 俺と慧の関係が変わったように、ミナとの関係も違うものになる日が来るのだろうか…それとも…関係など何もなかったように、すべてを消し去って甘い夢想だけが残る記憶にしてしまう恋なのだろうか…
 
 搭乗口に消える慧一を手を振って見送った後、その手の平を見つめた。
 この手がひとつしか握れないものであるのなら…俺は選ばなきゃならないんだ…


「swingbye」終




sasie


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「HAPPY」1へ

こちらの方も… - 2010.04.19 Mon

凛のバースディカード描いたら、やはりこの方も描かないと、手落ちになるでしょうね。

イラストミナ



…三月ですので一ヶ月遅れですが…おめでとう。

ふたつ並べたらいい感じになるかもなあ~

birthtday

宿禰凛一編 「Swingby」 26 - 2010.04.15 Thu

26、
「でも、なんか…」
 ベッドに寝たままのミナが、俺の胸に頭を擡げて俺を見る。
「なに?」
 何回やったか覚えてないけど、相当に時間は経っていた。疲れたら少し寝て、また元気が出たらミナを抱いて…まさに発情期の獣みたいに淫らになってしまった。
 少々混乱していた所為でもある。昨日の今日だから仕方あるまいと自分を正当化してみたが、上手くはいかない。
「病み上がりで見るからにやつれてるのわかるのに…リン、激しかった…」
 何もしらないミナは、恥じらいを見せて俯く。相変わらず純情で可憐だ。…俺と違って。
「ミナだってすげえ喜んでたじゃん」
「よ、喜んでないっ!リンがヤラしいからじゃないか」
「うん、ミナが可愛いからめちゃくちゃ可愛がりたかったの」
「…」
 手を取って、わざと音を鳴らして甲にキスをする。上目でミナの様子を伺えば、不信な顔をしている。こっちは心のどっかにやましさがあるから、笑おうにもどうにも引きつった具合になってしまう。
「なんかあったの?」

 …なにかあったかって?

 ああ、大有りだ!思ってもみない状況でありえないことが起きた。まさに聞いて驚くなよ。俺の大好きな慧一が実はずっと昔から俺を愛していてセックスしたくてたまらなかったと告白した。仰天するも何も。だって慧一は親代わりみたいなもんで、慧にとって俺はそういう性的な対象になるわけがないって思っていたからな。驚いたには驚いたが、こっちはこっちでもう随分前から慧一とはやりたかったからさ。飛んで火に入るじゃないが、大喜びで慧の胸に飛び込んでいったさ。そしたら慧の奴は俺とはセックスしたくないって言いやがる。なんじゃあそりゃ?抱きたくて抱きたくてたまらないって言ったじゃん。どういう事だ?ってなるだろ?こっちは抱いてくれって頼んでいるのにもかかわらずにだぜ?んで、俺は腹が立って他の奴とやるって反抗したら、あいつ、俺のモノを握って無理矢理イカせたんだぜ。信じられねえだろ?今でも慧が握った感触でソコが疼いてる気がする。そんなヤバイ状況になっても慧一は俺とやろうとしない。慧一にはややこしい自分の摂理があってさ、自分の保護下にある間は、抱きたくても俺と絶対セックスしないって断言しやがって。ベッドに裸で寝て待ってんのに据え膳食ってくれねえの。俺、可哀相すぎねえ?その癖、自分の全部の愛をやるからだとか、一生愛し続けるから…とか誓うんだぜ。なんつーかさあ、もう、俺、幸せなのか不幸なのかわかんねええっ!ってなるだろ?なあ、ミナ、どう思うよ。つかさ、別におまえのことをないがしろにする気は誓ってない。ミナはミナですげえ好きなんだよ。だけど、慧一と同じ次元で考えられないというかねえ~。違う。おまえを下に見ているつもりはないって。愛情が少ないとかそういう次元で比べてるんじゃないよ。そうじゃなくてさあ。慧一とは複雑に絡み合っていて、ミナへの愛情って奴はすごく真っ直ぐで純粋なわけだよ。だから、おまえはおまえですっげえ好きなの。なあ、わかるだろ?ミナ。

「…」
「なに?」
「なんでもない」
 なんだろうな、ミナの少し茶色い澄んだふたつのまなこを見ていると、自分の負の部分を容赦なく見透かされている気がしてならない。それでいて、俺はこの両目の中に自分を閉じ込めさせておきたくて仕方がないときてる。
どうしたらこの男を俺のものにしておけるのだろう。
 俺の計算高さを知ったら幻滅するかもしれないが、姑息と言われても切り離したくない絆だな。

 肩肘をついて横で寝ているミナの頬を撫でると、照れながらも嬉しそうな顔で甘える。
「俺、風邪引いて熱出てた時、うわ言でミナの名前を呼んだんだぜ」
「え?」
「ミナ、助けて…って」
「本当?」
「兄貴が言ってたからホントだろうね」
「…慧一さん?ご両親は一緒じゃなかったの?」
「親が帰った後に倒れたの。だから両親は知らない」
「じゃあ、慧一さんがリンの看病をしてたわけか…」
「…うん」
「慧一さんとずっと一緒でリン良かったんじゃない。一番安心していられるんだろ?」
「…なんだよ。嫌にそこに拘るんだな。兄貴にやきもち焼いてるの?」
「…そう…かもしれない…でもリンは病気だったんだから仕方ないよ…」
「仕方ないって…どういう意味?」
「…だから、リンの辛い時に傍におれが居られなかったのが悔しいって話だよ」
 サイドテーブルに置いてあった眼鏡を手に取り、少し辛そうな顔でベッドからゆっくり起き上がったミナが浴室へ向かう。

 八幡宮に着いた頃には、太陽は沈み辺りは暗闇に溶けかかっていた。
 初詣の参拝客も一段落したのか、辺りはまばらだった。
 長い階段を昇りながらミナの様子を伺う。
 ホテルを出てファミレスで食事をしていてもミナは機嫌が悪かった。
 その原因を問う必要はない。
 ミナが拘っているのは、俺と慧一の関係だろう。
 こういうことには極めて勘の鋭いミナのことだ。中身は知らなくてもなにかあったのは勘づいているってわけか…

 バカだね。疑う必要なんかひとつもねえのに…何も無かったんだよ、俺達は。
 慧は俺を抱かなかった。それだけが事実で…
 俺はそれが悲しかったんだ…

 参拝した後、少々距離があるけれど歩いて帰ることにした。
 ミナを寮へ送り届けて、俺は慧一の待つ自宅へ帰る。
 だけど、ミナとの距離は縮めておかなきゃならない。

「ミナは何を祈ったの?」
 坂道のトンネルをくぐりながら、敢えて殊更優しく尋ねてみた。
「うん…受験のことと…リンのこと…かな」
「そう。俺も同じだよ」
「…」
「俺、ミナと同じT大の工学部を受けようと思うんだけど…」
「え?ホント?」
 ミナの顔が暗い夜道でもわかるぐらいにぱっと輝いた。
「合格するかどうかは別にして、ミナと目標が同じなら、やる気も出るだろう?」
「本気で決心したの?リン…うん。工学部ならキャンパスも一緒だし…嬉しいよ、リン」
「喜ぶのは早すぎるよ、ミナ…でもまあ、励ましあって頑張ればなんとかなるかもしれない…そう思わねえ?」
「おれ、頑張るよ。がんばってリンに教えるから、絶対受かろうな」
「優秀な家庭教師が恋人で俺は幸せです」
「リン…ごめん」
「え?」
「せっかく今年初めて一緒にいられたのに、おれ、なんか…やっぱり拘っていた。嫉妬してた、リンと慧一さんに」
「…」
「リンを看病できなかったのはリンの所為でも慧一さんの所為でもないのに勝手に僻んでいるんだ。うわ言でおれの名前を呼んでくれてすごく嬉しい。嬉しくてたまらないのに…素直じゃなかった…ごめん」
「いや…俺の方こそ…」
 何をどう取り繕っても結局は自己嫌悪になりそうで、それ以上は何も言えない。

 俯いたミナの冷たくなった指に触れてみた。
 ミナは触れた指を握り返し、顔を上げ俺に微笑んでくれた。
 握りこんだ左手を自分の手と一緒にコートのポケットに忍び込ませると、ミナは「あったかいね」と、嬉しそうに呟く。
 その言葉が、嬉しいけれど切なくなるのは、この道が長い登り坂だからなのかな…





一緒

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宿禰凛一編 「Swingby」 25 - 2010.04.12 Mon

25、
 翌日、俺は自分のベッドの中で目が覚めた。
 部屋を見渡しても当たり前だが慧一の姿は無い。
 昨晩のことをできるだけ思い浮かべようと目を閉じた。
 お互いの一連の行動、慧の告白と誓い。
 あれほどの葛藤をずっと持ち続けながら俺を育ててくれたなんて、俺は知らなかった。
 あれがすべて真実ならば、俺は幸福に生きてきたのだと手前ミソな発想だが、そう捉えることができる。
 俺は報いることができるのだろうか…俺をずっと愛していくと誓った慧一の為に何ができるのだろう…
 慧の求める者に俺はなれるだろうか…

 大人になった時初めて俺と慧は結ばれる。
 慧は求める事を許してくれる。
 それまで人間性を磨け。
 単純に考えるとそういう事になる。
 大人っていうのが問題だ。
 二十歳になったからって大人になったとは、認めないだろう。
 俺には慧一の認める大人っていうものがわからないけれど、最低でも慧を頼らずに一端の男になれって事かな。

 起き上がってリビングへ行くと、慧が部屋の掃除をしていた。
 俺を見ると、いつもと変わった様子もなく、「朝飯は食うか?もう昼近いけど」と、言う。
 頷くと「パンケーキを作ったから、それでいいか?」と、用意をしてくれた。

 テーブルに着いて黙って待っていると、目の前にキレイに焼けたパンケーキにヨーグルトとカシスジャムが盛られた皿が出てくる。サラダと氷の入ったカルピスもいつもどおりだ。
「いただきます」と、手を合わせてナイフとフォークを取る。
 目の前に座った慧一は黙々と食べる俺を見つめている。
「今日…」
「ん?」
 俺は顔を上げて慧一の言葉を待った。
「初詣に行くんだろ?…恋人と」
「…」
 そうだっけ?…そういや…ミナが寮に帰っていたんだ。
「そうだった。昼飯一緒に食べる約束してた」
「じゃあ、あんまり腹一杯にするなよ。食えなくなるぞ」
「…うん」
 あまりにも今までと変わらない慧一の態度に、昨晩の出来事は本当だったのかと疑ってみたが、それも一瞬の事で、間違うわけがない。
「ねえ、慧…」
「なんだ?」
「俺が…ミナと付き合っていても、気分悪くなんねえの?」
「…なるさ。前も言ったろ?おまえが誰かと仲良くしてもムカつくし、嫉妬もする。…別れりゃいいのに…と、願うのも真実。だが半分は凛が幸せならうまくやれとも思う。いつだって俺は二律背反に悩まされる。まさに必然的な存在者の実在によって…」
 その言い方がそれこそ二律背反だと思わず吹いてしまった。
「悩める哲学者かよ。慧は一生パラドックスに絡まっているのか?」
「凛が解いてくれるのを期待して待ってるよ。それまでは俺はラビリンスで瞑想中だ。気にするな。性分だと思えばいい」
「…わかったよ。慧の矛盾は標準装備(デフォルト)だと思うことにする」
 俺の皮肉にもさっぱりと穏やかな顔で微笑まれ、慧一の難解な氷壁を溶かすのはまだまだ先だと臍を固めた。

 出かける用意をして玄関で靴を履く俺を、慧が見送る。
「じゃあ、行って来る。夜飯も多分食べてくると思うから、用意しなくていいよ」
「…凛」
 少し硬い表情で慧が俺を見つめるから俺も何事かと眉を顰めた。
「…なに?」
「俺はおまえに嘘を付いた」
「え?」
「先週おまえが風邪で寝込んだ時、うわ言で俺と梓の名前を呼んでいたと言ったろ?」
「うん」
「おまえは最後に…恋人の名前を呼んだんだ。ミナ、助けてくれって…」
「…」
「言うか言うまいか悩んだけど、白状しておかないと、折角おまえに誓った言葉が汚れてしまう気がする」
「…ありがとう、慧。俺はきっと多情なんだ…慧は俺に罪を裁いてくれと言ったけど、裁かれなきゃならないのは俺の方かもしれないね。正直、今の俺には選べないよ…」
「それでいい。少なくとも…俺は昨晩吐き出したことで、暗闇で見えなかった景色に色が付いた気がするよ。これからはおまえへの愛を隠さなくていいのだから」
 慧一の顔を凝視した。確かに何かを切り開いた感じは受ける。達観したというか…いや、今の俺にはわからないや…慧はきっと俺よりもずっと深く悩んで、だからこそ何かを見つけたのだろう。俺がそれを理解するのはもっと先の話になるんだろう。
 だけど、俺は慧一の手を離さなくていいんだ。今はそれだけで救われた心地持ちなのは本当だ。

「慧、ハグしてくれる?いつもどおりに…矛盾した思いでいいから」
「ああ、いいよ。矛盾に塗れた想いでもそれは全部凛への愛情だ。そしてそれを重荷に煩うことなく、受けとってくれ」
「うん、わかってるよ…わかっている」
 俺だって、矛盾してる。早く大人にならなきゃって思っているのに、いつまでもこうやって慧一に甘えていたいって思うんだから。
 どこまでも俺に甘い慧一は、俺を優しく抱き締め、送り出してくれた。

 玄関のドアの閉まる音を聞いて、なんだか自己嫌悪に陥った。
 後ろめたいのは俺の方だ。
 愛を誓った相手を前に、昨日の今日でいそいそと恋人に会いに行くんだぞ。しかも笑顔で見送られるって…マジで終わってないか?


 前もって携帯で駅で待ち合わせておいたから、ミナには直ぐに会えた。
「リン、明けましておめでとう。今年もよろしく」
「それメールでも携帯でも言ったと思うけど…」
「やっぱり直に顔を見て言いたいじゃない。元気だった?」
 やわらかいミナの笑顔を久しぶりに見た気がした。なんだかあったかい日差しを受けたみたいだ。
 心があったまる。
「それがさ…元気じゃなかったんだんだ。風邪で寝込んで、ここ一週間はほとんど家から出ていない」
「え?マジで?…大丈夫なの?」
「もう平気だよ。それより…初詣行く前にさ、やんない?」
「なにを?」
「ミナの顔見たら、やりたくてたまんなくなったんだ。いいだろ?」
 すでに赤く色づいているミナの耳元に囁き、八幡行きとは反対の電車に乗り込んだ。
 街へ出てミナとよく使う小奇麗なラブホテルで数時間過ごした。

 ミナを抱きながら思ったことは、俺って奴は罪悪感不感症人格らしい。
 結局慧一と出来なかった腹いせにミナとのセックスで不満を片付けているのか、真にミナを求めているのか、単に快楽を求めているのか…
 どちらにせよ、神の祝福などは程遠い…
 それなのに、ミナときたら俺の腕の中でうっとりと俺を見つめながら…
「…なんだか今日の凛は…救いを求める修行僧みたいな顔だったよ」と、場違いな事を言う。
「…」
 俺が修行僧だって?
「すごく崇高な表情だった…」
「…はあ…」
 いやいや、それはないぜ、ミナ。
 おまえ、勘違いも甚だしい。
 俺は誓って「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(我が神、我が神、何故私をお見捨てになるのですか)」とは叫ばない。
 神の御手なんぞ、初めから求めてねえからな。





注…「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」とはキリストの最後の言葉である。

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「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」はもう30年近くになるかなあ~
道原かつみ氏の漫画で覚えたんだよね~
イエスとユダ(幼い少年)の話。これもイエスが詐欺だった。面白かったなあ~いつか使いたいフレーズでずっと覚えてた。自分のキリスト教への興味って通俗的だなあ~って思う。宗教的にならない。でも般若心経はソラで唱えるしその意味も面白いから勉強するけど、これもまったく宗教的にならない。
多くの人間ってそういうもんだろうねえ~

宿禰慧一編 「オレミユス」 18 - 2010.04.09 Fri

18、
 凛一の身体の重みとぬくもりをすべて受け止めた俺の身体は、俺の意思とは関係なく昂ぶりを感じたままだった。
 それは凛一も同じで、こんなに発情しているのに一線を越えることができないという意義など、感情に生きるヒトには有るまじき辛抱強さだと馬鹿げた思いにも晒される。
 別に貞節が清いとは一抹も考えていないものを、凛への欲望に対して自分の抑圧というものの定義に縛られている自分が悲しくも愛しく思えたりする。

 告白を続ける俺の身体を抱きしめた凛一は黙って顔を埋めたまま、話を聞いていた。
 時折顔を上げ無意識に頭を傾げる仕草がなんとも昔の凛の愛らしさを思い出させて愛おしくてたまらない。
 生まれてからずっと凛一だけを見つめ、性欲で満たしたいと願っていた事を白状すると、凛は思いもよらなかったと驚きながらも、否定する事も嫌悪感を抱く事もせず、抱いて欲しかったと言う。
 それは今の凛の感情であり、もしその時にそうしていたならば、今のふたりの関係は成り立たないと、俺はわかっている。

 凛一はまだ17であり、孤独に慣れてはいても信頼される者らが彼を見守らなきゃならない頼りない子供なのだ。俺が嶌谷さんに話したように、凛一を欲しいと思っても俺が今凛を抱いてしまったら、凛の保護者ではなく、凛を束縛する愛人になってしまう。
 そうなれば、凛の信頼する肉親はいなくなり、益々凛一は孤独になるのではないだろうか…凛の本当の幸福を守る為には、俺は凛の帰る家であり、守る者に徹していかなければならない気がする。
 これだけ無邪気にすべてを欲しがる凛一を、俺は説き聞かせられるだろうか。
 これだけ俺を強請る愛し子に…
 すべてを捧げても惜しくないと願う弟に…

 説得し続け、セックスをしたくない理由を説明しても駄々っ子のように凛一は俺にしがみ付く。
 決して意思は変えないと誓っていても、黒まなこが溢れんばかりの涙で濡れていくのを見ると、抑えが効かなくなっていく。

 凛一…おまえを抱きたくて入れたくて…
 おまえのすべての肌を俺の口唇で封印したくて堪らなくて…
 この身体はおまえを欲しがって、こんなにも奮えているんだ…

「…じゃあ、一生俺は慧を得られないのか?」
 頬を伝う凛の涙が、決して絶望の涙にならない為にも…
 俺は誓う。
「もうすでに…俺のすべては全部凛のものだよ。
おまえが生まれた時から、俺はおまえに取り憑かれるんだから。
おまえが大人になって…俺の保護を必要としなくなったなら、その時、対等な者同志本当に手を取り合いたいと願うのか…欲しいと望むべき相手なのか、考えて欲しいんだ。
俺も考えるよ。凛一を幸せにできるように…
光を目指すおまえの道標になりたい…
そういう人間になる為に俺は成長したい」
 
 心からの願いだった。
 心底愛するから、命を賭けて凛を守りたいから、俺はこれからも凛のためだけに生き続けるだろう。

「死ぬまで愛してるって誓ってくれるのか?」
「凛、言っただろ?おまえが生まれる前から、俺の愛情は凛にしか流れないように決まっているんだよ。一本の川の流れが海に注ぐようにね」

 俺の誓いを聞いた凛はクスンと鼻を啜って、俺の胸に突っ伏した。
 髪を撫でながら慰めようとすると、凛一はついと顔を上げ、俺を凄むように見つめた。
 そして、小さく呟いた言葉は俺の宝物になる。

「慧が言うとおりの慧からの一方的な宿命ならそれでもいいよ。でも俺は目の前に垂れた縄を必ず引き寄せる。手繰り寄せていつか全部俺のものにするから、待っててくれ」

 心臓を鷲掴みにされるほどに俺は歓喜した。
「いつまでも待つよ」と、短く応える声が震えていた。

 片道だけの愛では無いと知りえた俺には、これ以上の救いの言葉はなかった。
 欲しがるものは手に入れるまで決して諦めたりしない、凛一の高慢さも自分への尊厳を持ち続ける資質も、これ以上にないほどに尊いものに感じている。
 凛…おまえが俺に手を差し出すその時、俺はおまえに傅くだろう。
 聖なる御使いの衣を纏い、貧しき心に零れるほどの愛欲を湛え、すべてを注ぎ込む…


 やがて幼子のように寝息を立て、俺の胸で寝てしまった凛一を、自室まで抱えて運びベッドに寝かせた。
 あれだけ欲情していた高ぶりなど、まるで無かったような顔をして無心に睡眠を貪っている姿を眺めると、なんとも困惑してしまう。
 一体あれは夢だったのか、凛一の悪ふざけだったのか…明日になれば先程の誓い等、キレイさっぱり記憶から忘れ去られてしまうのではないか…

 もしそうなったとしても…俺は忘れない。
 凛の告白、俺を欲しいと心から望んでくれた事、未来への誓い…そして何より…
 俺は光を得た。
 虚ろに瞬く幻想ではなく、この手に凛の愛を得たのだから。






誓い


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宿禰慧一のお話はこちら「イリュミナシオン」 
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宿禰凛一編 「Swingby」 24 - 2010.04.06 Tue

24、
「寒くないかい?」
「うん…足が少し」
「冷たくなってる…こうした方がいいな」
 上に乗っかっている俺をソファの背に背中を凭れさせるように横抱きにして、慧一は足を絡ませる。
 慧の腕枕に頭を載せた俺は慧の背中に腕を回した。
「凛は昔からテレビを見ながらソファで寝てしまうから、良くこうして抱いていたね」
 慧の言葉に返事もせずに、ただしがみ付くように身体を寄せた。
 お互いの欲望は固くなっていて、それでも慧は俺を抱こうとはせずに、守り続けようとする。その想いに涙が出そうになるんだ。

「話が脱線してしまったかな…でもね、どんなささいな思い出でも凛に関わることなら難なく思い出されてしまう…大事な宝物みたいにその扉を開けたら鮮明に蘇るんだ…俺にとって凛は生きる糧と言うより…そうだな…生きる意味を持たせてくれる存在だよ。できるなら…ね、おまえに尊敬される兄として生きていたかった…でも無理なのもわかっていたよ」
「そんなこと…ないよ。兄貴としても人間としても慧を尊敬している」
 顔を上げて慧を見あげる俺の額に軽いキスをくれる。俺には兄としての慈しみを感じる行為にしか捉えられない…
 慧は寒くないようにと俺の腕や背中をゆっくりさすりながら、言葉を続けた。

「…俺の初体験は中一の春休みだった。年上の男だったけどね。おまえに対しての性欲を別なものに吐き出さないとどうしようもなかった…思春期だし、やれるなら誰だって良かった。
タチにしか興味が持てなかったのも自分が優位に立ちたかったからさ。子供ながら卑しくも勇ましいものだ。そのクセ自分の性欲さえコントロールできないんだからまさにオコサマ過ぎて話にならない。
それが怖くて俺はおまえから少しでも距離を取ろうと、大学になって独り暮らしを始めた」
「梓が反対してケンカしたよね。よく覚えている…ケンカなんて滅多にしないから俺は本気で怖かった」
「凛は泣いていたもんね。おまえの泣く姿を見て、後ろめたくて仕方なかったよ」
「だって…怖かったんだよ。慧も梓も本気で険悪だったじゃん…俺にとってふたりは絶対的な…者じゃん。だからどちらかがいなくなるのは考えられない事態だったし、ふたりがケンカするところなんて見たくなかった」
「おまえに泣かれて後ろ髪も引かれたりしたけれど、独り暮らしの快適さも知った。凛が恋しくても欲を吐き出す術はあるし、なにより俺は自分が恐ろしくてね…」
「何が?」
「おまえは育つにつれて魅惑的に綺麗になってしまうし…相変わらずすべてを投げ出して俺にしがみついてくるから、俺は耐えるのが辛くて…堪らなかった」
 慧の肉欲なんて子供の俺にはわかるわけもなかった。過度なスキンシップだって当たり前だと思い込んでいた。慧には…辛かったんだろうな…

「…俺は慧が大学になって別々に暮らすようになって…寂しくて…一度マンションにこっそり行ってみたんだ。そしたら慧は俺の知らない男の人と仲良さそうにマンションから出てきて、俺に気づかなくて…俺、ショックで寝込んだんだ」
「…あの時の事だね。梓に呼び出されて、凛の発熱はあんたの所為だからと怒られた。俺も自分を責めたけど…けれど、俺を慕ってくれる凛の想いも嬉しかった記憶がある。
俺は…色んな奴と付き合ったよ。おまえへの性欲を吐き出す為に他人の好意を悉く利用した。他人の気持ちをめちゃくちゃにしても、俺は自分の気が晴れるなら構いはしなかった…良心が咎めることもなかったね…俺は…おまえ以外の誰を傷つけようとも少しも悪いとは思わなかった。おまえの信頼、至純な愛情を保たれるなら…他の連中の思いなどどうでも良かったんだ…」
「藤宮…先生も?」
「紫乃か…そうだね。初めは遊びのつもりで付き合っていたよ。けれど、紫乃は純粋なんだ。とことん優しい男だ。俺を甘やかしてくれる。俺の凛への妄執を知っても紫乃は黙って見守っていた…俺は紫乃を何度も傷つけている。だけど今更彼の想いに報いる事はできない…俺はもう自分を取り繕うのをやめたのだからね」
「俺の為に?」
「結局は自分を庇っている気はするけどね…凛を好きなのに手を出さなかったのは自分が罰を受ける事を恐れてのことだろうだから」
「俺、慧がアメリカに行った時、物凄く慧を恨んだよ。それと同じくらい自分を責めた。なんで慧の望む人間になれないのだろう。慧が俺を捨てたのはどうしてなんだろう…って。
慧に嫌われた自分が情けなくて、でも寂しくて…誰でも良かった。俺を可愛がってくれるんなら。でもわかっていたんだ。慧ほど俺を愛してくれる人なんかいないって」
「…」
「…なんでこんなに好きあっていたのに、俺たち分かり合うことができなかったんだろう…梓は知っていたんだ…だって俺には慧の傍にいてあげなさいって、何度も繰り返し言ってたんだから」
「…それでも…その想いの半分は否定していたんだよ」
「…」
 そうなんだろうか…俺は梓はいつだって俺の味方だと思っていた。慧が家を出た後だって、梓の俺に対する態度は何ひとつ変わらなかった。当たり前に俺の勉強を見てくれたり、寂しくなると一緒に寝てくれたり…梓は慧と俺を近づけさせたくなかったんだろうか… 今となっては問いただす事もできないけど、俺は梓が慧と俺が愛し合うことになっても、怒ったりするだろうか…少しだけ寂しい顔をして「仕方がないわね。慧も凛も私みたいに強くないし…許してあげるわよ」…そんな風に言ってくれるんじゃないかな。

「梓は…俺の想いを尊重してくれると思う。もし、許してくれなかったら、天国に行った時、俺が釈明してやるから、慧は後ろめたい思いを持つ事ないよ」
「…そうだな。梓はおまえには甘いから、おまえが許しを請えば大丈夫かもな…」
「ねえ、慧…本当にしなくてもいいの?俺は慧に抱いてもらいたくてたまらないんだ」
「俺は…おまえが俺の凛である限り、おまえに手を出してはいけない…聖域であると感じているんだよ。
世の中って矛盾だらけのことばかりだろ?善人が必ず勝つわけでもないし、幸せになる権利なんか絶対にないっていう悪人が頂点に立ったりする。心の中だっていつも矛盾だらけだ。こうしたい、ああしたいと思いながら、常にそれを否定していたりね。
俺が凛を欲しいと思っていても、いつもその想いの裏側は凛を守らなきゃいけない。自分が凛を縛り付けてはいけないって叫んでいる。
それはどっちも本当の心なんだ。
…俺はもうこれ以上もないほど…自分でも信じられないほどに、おまえを愛してきた。おまえがまだ愛の意味さえ知らない時から、俺はお前を性的な対象にしてきたんだ。またあどけない何も知らないおまえを、俺は自分の性欲で満たしたいと思ってきた。それは罪だ」
「違う。思うだけなら罪じゃない。慧が俺に欲情したとしても、慧は俺を犯さなかった。だから罪を犯しているわけじゃないよ」
「もし、俺たちが世間によくある普通の家族のように、面倒見てくれる親達と一緒に暮らしていたとしても、俺はおまえに焦がれていただろうし、邪心を持っておまえを求めていたはずだ。
だが、血の繋がったおまえを愛したとしても、常に家族が俺たちの間にいたのなら、もっと単純におまえを欲しただろう。抱いていたかもしれない。だけど、俺と梓はおまえの親代わりで、母親役も父親役も兼ねて、おまえを育んできた。その想い…養育したという母性愛が、おまえを犯すことを引き止めている気がする。常にお前を求めてしまう俺の欲を縛る鎖であり、守らなくちゃならない歯止めだと感じているんだよ」
「…俺には…わからないよ。俺はいつだって慧を求めてきた。欲しいって思ってきた」
「それはセックスの対象という意味ではなかったはずだ。少なくとも、おまえが俺に対して抱かれたいと本気で感じていたのは最近の話だろう?」
「それはそうかもしれないけれど…でもずっと…」
「信用していた…俺が何もしないと。自分が望んだ時、初めて俺が手を出すと…思っていた。違うか?」
「…」
「それは正解だよ、凛。俺はおまえに絶対の服従を強いられているからね。おまえが求めれば、すべてを投げ捨てでも少しも惜しいとは思わない。命だってくれてやる。でも…今はセックスはできない」
「なぜ?」
「俺の中の半分がおまえに欲心しているとしても、もう半分の心が、おまえを守らなきゃと叫ぶからだよ」
「…じゃあ、俺は一生慧を得られないのか?」
「もうすでに…俺のすべては全部凛のものだよ。
おまえが生まれた時から、俺はおまえに取り憑かれるんだから。
おまえが大人になって…俺の保護を必要としなくなったなら、その時、対等な者同志本当に手を取り合いたいと願うのか…欲しいと望むべき相手なのか、考えて欲しいんだ。
俺も考えるよ。凛一を幸せにできるように…
光を目指すおまえの道標になりたい…
そういう人間になる為に俺は成長したい」
 
 慧一の言葉が胸の奥に折り重なっていく。
 慧一の俺への愛情の襞には数え切れない記憶の感情が刻み込まれている。
 その感情を俺はひとつひとつ解いて…螺旋の階段を昇って行きたい。

 いつか届く、登りつめた扉へ行き着く瞬間まで。
 扉の先の慧一の姿を目に映すまで。

「死ぬまで愛してるって誓ってくれるのか?」
「凛、言っただろ?おまえが生まれる前から、俺の愛情は凛にしか流れないように決まっているんだよ。一本の川の流れが海へ注ぐようにね」



        繋がる


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感情の流れを書く難しさに打ちのめされた…

宿禰凛一編 「Swingby」 23 - 2010.04.02 Fri

sasie

23、
 ソファの上に寝転び重なり合った俺たちはしばらく抱き合ったまま、お互いの心臓の音を聞いていた。

 一方的にイカされた事に腹が立ったけど、ソファに寝かしたつけた俺の汚れた身体を丁寧に拭き取っている慧一を眺めていると怒るよりも切なさが募ってしまう。
 どれだけの想いで俺を見てきたんだろう。
 俺は慧一の辿って来た想いの軌跡を知りたかった。
「慧の想いを全部聞かせてくれ」と、頼んだ。
 慧一は暫く考え、そして俺を抱き寄せて承諾したんだ。

 壁の時計が、深夜零時を指す短いメロディを奏でた。
 俺の髪を優しく撫でながら、慧一は静かな声で語り始める。
 その囁くような響きが身体の隅々まで浸透していくような気がした。

「おまえが生まれた時、俺は小学3年生になったばかりだった。散りかけの桜が綺麗でね…俺と梓はおまえが生まれる前からそれはもう楽しみで仕方なくてね。9つも離れていると、兄というよりは、親になった気でいたのかもしれない。それこそシュミレーションを兼ねてふたりで父親と母親の役でままごとをしていたくらいだったよ。身体の弱い母さんの代わりを、俺たちが努めなきゃならないことはうすうす感じていた。
おまえが生まれて、やっぱりふたりに世話を任されて…大変だったけど、放り投げたいとか嫌になるとか…そういう気持ちにはならなかった。
赤ちゃんって誰かに面倒見てもらわなければ生きていけないだろ?
俺と梓がちいさい凛を育てているという現実に感銘した。抱っこしたりオムツを換えたり、当たり前のことだけど、懸命にミルクを飲む表情や俺たちを見て笑うおまえに、どれだけの安らぎと幸せを貰ってきただろうか。
育てるという尊い意義を俺たちはおまえに教えてもらったんだ。
生まれた時、俺は凛を天の賜物と呼んだ。約束の地へ導いてくれると梓は言った。
小さい子はすべからく可愛いものさ。でも凛は…イノセントな光だった。
俺と梓はこの腕の中に生きる光をいだいていると…感じていたんだ。守りたいと…この世の汚いものの一切から守ってやると俺は思っていたよ。
だけど…おまえが育つに連れて、俺には肉親への愛情だけではなく別の形の愛情が芽生え始めていたんだ…おまえを俺のものにしたいっていう欲求だ…」
「俺は気づかなかったけど…」
「当たり前だ。おまえはまだ…3つもなっていない。凛は俺と風呂に入る事が多かっただろ?」
「うん」
「おまえと入る時はいつも気をつけていたよ。俺が欲情しないように自分を抑えることに必死になってさ…おまえは無垢でかわいらしいし、すべてを委ねてくるから、俺は自分の色情が恐ろしくて仕方なかった…」
「ガキなのに?そんなに俺が欲しかったの?」
「ああ…可笑しいと思うだろ?だけど、本当に幼いおまえにも性的なものを感じていた。ペドフィリアなのかと疑ったことがある。だが違っていた。対象は凛一だけだったからね。それに…俺自身も中学生だ。小児愛とは言わないだろう。
…俺には凛一しか見えていなかった。おまえが他人であっても、俺は間違いなくお前を見出し、そして愛するだろう。これは願いじゃなく真実だ。
生まれる以前からずっとおまえに繋がっている絆なんだ。だが、これは俺の、俺からの絆であって、おまえが必ず受け止める宿命ではないんだよ」
 俺は顔を上げて慧一を見つめた。慧は俺の顔の輪郭を撫で、優しく幾分切なげに笑った。
「だから…おまえは俺に縛られないでいいんだ」
「俺だって…俺も慧が好きだよ。愛してるよ。慧ほど深く愛した奴なんて他にはいないんだから…だから自分だけの絆なんて、言わないでくれ。俺だって…慧一に繋がれていたい」
「凛…俺はおまえに俺に縛られて欲しくない。自由な凛一でいて欲しいんだ」
「慧と結びついても俺は自由が奪われるとは思わないよ。なんでそんなに…一方的な愛情だけで満足するんだよ。なんで俺の全部を奪ってやりたいと思わないんだよ。臆病になるなよ。俺は慧になら何をされたって、拒絶したりしなかった」

「梓は…俺の凛への懸想を許さなかった。当たり前だ。兄が肉親の弟に性的なものを求めるなんて、梓には気味が悪かったんだろう。俺がいつおまえに襲いかかるかと危惧していたのはわかっていた。俺自身さえ自分の欲求を抑えきれる自信はなかったんだからね。梓はおまえを守る為の監視人でもあった。
…あいつが死んだ時、最愛の妹であり、たった一人の同志を失ったと泣いたのは本当だ。だけど、これでおまえを独り占めできると言う喜びがどこかにあったよ…」
「…」
 慧一の告白は俺が思うよりもずっと深く重く、そして竦みあがるほどに愕然とした。
 俺は慧一と梓が仲が悪いと思ったことはない。梓はあっけらかんとポジティブな人柄だったし、慧一のことを悪く言う言葉を聞いたことはなかった。
 慧一がゲイだと知っても梓は軽蔑したりは一切しなかった。だから俺の事でふたりの間にこんな確執があったとは…思いもよらない話だった。

「怖いかい?」
「怖くはないよ…でも驚いてる。俺には慧と梓は仲のいい兄妹としか映っていなかったから…結局俺の存在がふたりを仲たがいさせてしまったんだね」
「そうじゃないよ。言ったろ?俺は梓を利発な妹として愛していた。おまえを真ん中に、左右の手を繋いでどこまでも歩いて行きたかったさ。
凛、覚えていないかい?おまえが4つか5つの頃…あれは…まだ母さんが生きていたから、5つにはなっていなかったのかもしれないね。母さんは入退院の繰り返しで、父さんは仕事と休日は母さんの見舞いで、結局家にはいつも3人しかいなかった。
絵本と梓の聞かせた作り話の所為で、凛はライオンに興味を持って観たい観たいとせがむんだ。おまえはあまり物を強請ったりしない子だったから、珍しい事もあるもんだと、休日にふたりで動物園へ連れて行った。でもせっかく見に行ったのに、お目当てのライオンは獣舎の修理中だとかで姿がない。それでもおまえはライオンのいない獣舎から離れなかった。
檻の中をただずっと見つめていて…わめいたり怒ったりするでもなく、ただじっと見つめて…時々しゃっくり上げて声も出さずに泣くんだ。それがたまらなくいじらしい…梓なんかもらい泣きしてさ。機嫌取りに園内のショップで小さい凛と同じくらいのライオンのぬいぐるみを買った。凛はこんなんじゃ誤魔化されないぞって口唇を尖らせて、でも黙ってぬいぐるみを抱きしめて…頬ずりしてね。俺と梓は胸を撫で下ろしたよ」
「全然覚えてないけど…ライオンのぬいぐるみはあったよね。確かにデカかった」
「帰りはおまえは寝てしまうし、ぬいぐるみはデカいし…眠ってしまうから俺が背中におぶって、梓はぬいぐるみを抱えてさ。帰りのバスで中学の友人たちと出会ってさ。向こうは部活の試合の帰りとかで…哀れむように俺たちに声を掛けてきた」
「俺の世話が大変で慧も梓も部活も出来なかったんだよね」
「部活をしたいと思わなかったことが一度もないとは言わないよ。楽しそうな友人たちを見るとうらやましくもあった。だからって凛の世話を止めたいとは一度も思わなかったんだ」
「でも俺に構っていなかったら、もっと色んな、大事な出会いがあったはずだ」
「そうかもしれない。でもそれこそ、もしも…だろ?無限の選択の中、俺は凛の傍で凛を育てることを選んだ。それが間違いだって到底思えない。少しの後悔もない…ただ…」
「…なに?」
「梓が死んだ後、おまえを独りにしてしまったことは、許されない罪だなと思っている」
「いいんだ…あれは俺も悪かったし…」
 慧一と喧嘩別れしてしまった時のことは思い出すたびに辛すぎて胸が痛くなる。でもあれがあったから、大事な人とも会えた…だから今の俺がいる。そう考えることにしている。

「動物園の話だけど、あれにはオチがあってさ。獣舎が出来上がった頃にまたおまえを連れて行ったんだが、今度はおまえはライオンには目もくれず、丸まって動かないアルマジロをずっと見てた」
「え?」
「根気比べかって言うぐらいにおまえ、ずっと睨んでいて…それでこっちが根負けして…ぬいぐるみを買ってやった」
「また?」
「納得はしない顔つきなんだが、仕方ない、我慢するよって風でさ。なんにしてもおまえが愛しかったんだなあ。俺も梓も甘やかし放題だ。さすがに三度目に行った時は梓が怒った」
「なんで?」
「おまえが爬虫類館で動かなくなったから」
「…」
「まさに蛇に睨まれた蛙みたいにおまえ、蛇を睨んだまま全然動かなかったからなあ。梓はああいうのが苦手なんだ。嫌がるおまえを無理矢理引き剥がして、『もう凛を動物園には連れて行かない』って半泣き状態。ふたりに泣かれて俺もお手上げだ。凛はせがんだけど蛇のぬいぐるみは買わなかったよ」
「全然覚えてない」
「後で母さんに報告したら、呆れられた」
「欲しがるものを直ぐに買ってやった事に?」
「いや、おまえの気がコロコロと変わる事にだ」
「はは…」
 思わず苦笑いが込み上げた。
 確かに俺は移り気ではあるけど…梓を泣かしてしまったのはちょっと後悔するなあ~。



家族

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レトロな三人 - 2010.04.01 Thu

ちょっとテキストが難し過ぎて滞っております。すいません。

私のボケた頭では非常に難しいのです。

でも大事な場面なので、納得するまで書いてみます。

慧一の話はめちゃくちゃ長いし、その内容もかなりえぐい…凛は聞きたくないだろうなあ~と思いつつ書いております。


retoro


ちょっとレトロ風に。

背景はこの間泊まった富士屋ホテルの写真を模写してみました。

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