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2010-09

宿禰凛一編 「HAPPY」 20 - 2010.09.29 Wed

20、
 教会を出ると雪が舞い落ちていた。
 隣りに歩く慧一の手を取った。
 重なった手はお互い冷たかった。
 その手をしっかり絡めて握りしめる。
 しばらくすると握り締めた中心から、じんわり温もりが生まれた気がした。
「俺が守る。ずっと慧の傍にいる」
 その言葉に慧は抑えられなくなったのか、しきりに涙を拭いていた。
 …慧は弱いんじゃない。何もかも強すぎただけなんだ。

 狭いホテルに帰ってこれからのことを話した。
 俺は日本の大学に行くのをやめ、慧一と一緒に住むと告げる。
 諸手をふって喜ぶとまではいかないまでも、反対しないだろうと思ったけれど、慧一はあまりいい顔をしない。
 無職になってしまったことが慧一には重く、俺の世話が充分にできないことを心配している。
 慧の傍にいることが俺にとって一番大事だと説得し、慧は「ありがとう」と、言ってくれた。

「会社を辞めさせられた経緯には、納得いかないことも多いけれど、社会勉強と思っているよ。自分の為になったしね」と、歯切れはいいが、大企業への就職はなかなか困難だ。
 プロジェクトの失敗は関連企業にも聞こえているだろうし、その責任を取らされた慧一を受け入れる企業は、時期を見ないと難しいそうだ。
「クリスマスが終わったら、ブライアン教授にでも相談しようと思ったけれど、明日、連絡を取ってみるよ。弟が食いっぱぐれしない為にも、働かないとね」
「焦らなくてもいいのにさあ」
 そうは言っても、やる気になった慧一の顔は晴れ晴れとして、いつもの慧に戻っていた。

 俺たちはヒーターのよく効かない狭くて寒い部屋で、求め、与え、溺れた。
 それはとても自然な行為であり、やましい気持ちなど微塵も起こらないセックスだった。
 そしてこれからの未来、お互いを見つめあい、慰め、慈しみ、繰り返される行為だとわかっていた。
 「愛してる…離さない」
 確かめる言葉は、誓いをより強くする。
 ふたつのものが交わる意味の答えを見つける為に。


 携帯で話す慧一の声に目が覚めた。
「おはよ、慧。朝から電話?」
 ベッドに突っ伏したまま目を擦る俺は、電話を切った途端、クローゼットを片付け始めた慧一をぼーっと眺めていた。
「凛、そろそろ起きろ。もう10時だよ。いい話があるんだ。折角のイヴだからゆっくりブランチでもしたいところだが、急用だ。今から教授の別荘に行こう」
「え?」
「車で八時間ほど走るけれど、急いだら夕方までには着きそうだ」

 慧一は荷物を纏め、寝ぼけている俺の尻を叩き、ホテルを後にした。
 ランクルが高速に乗る頃、やっと目の覚めた俺は慧一に尋ねた。
「どうしたの?教授ってあのブライアン教授のことでしょ?」
「そうだよ。さっき連絡してみたら、相談したいことがあるから、すぐに来るように言われたんだ」
「相談?」
「俺に勧めたい仕事先があるそうなんだ。詳しく話を聞かなきゃならんだろうが、悪い話じゃない気がするんだ」
「だといいね。でも、俺も一緒でいいの?」
「凛のことを話したら、一緒に来るようにって。クリスマスを一緒に過ごそうって言ってくれてる」
「じゃあ、途中でなにかプレゼントを買って行こうよ」
「そうだね」

 マンスフィールドまでのドライブは、長く、俺はただうとうとと寝ていた。
「ごめん、運転する慧の相手もしないで、寝てばっかりで」
「いいよ。凛は昨日こちらへ着たばかりで時差ぼけもあるだろう。…昨夜は無理もさせたし、体力が回復するまで寝てなさい」
「俺、セックス疲れはあんまり感じない方だけどね。慧の愛が強すぎて、奥に染み付いちゃって抜けてないんだね」
「悪かったね」
 苦笑する慧一の肩に頭を擡げた。
「これが幸福と呼ばすにいられるものか。我々を絶えず結びつけているのは、愛でしかない…」
「ともかくもあれ、人生、そはよきかな」
「はは、慧がそれを吐くの?俺が言いそうな台詞なのに」
「この走る道の先が、光しか見えてこないんだよ。凛が傍に居る所為だ」
「それこそ全く慧らしくない。慧、浮かれすぎるなよ、塞翁が馬だ」
「わかってるさ。それを楽しむのも俺の人生だ」
「頼もしいや。俺が守るって言ったのにさ。二日ともたなかったね」
「その約束が、ずっと俺を支えていくんだよ。凛。感謝してる」

 ただの言葉だ。調子のいい甘言。口先だけの約束かもしれない俺の言葉を、慧一は言葉通り、きっと後生大事に抱いていくんだ。
 だから、慧…俺はあんたを選んだんだ。

 途中、休憩で寄ったレストランでフランスに居る父さんに電話をした。今の状況を説明し、事と次第によっては鎌倉のマンションを売り払うかもしれないと言ったところ、『馬鹿者っ!』と、怒鳴りつけられた。
 この人が声を荒げるのは珍しかったから、携帯電話からとは言え、驚いてしまった。
『慧一に代われっ!』と、言われ、後は慧に任せたけれど…
 
 電話が終わって、慧に親父の様子を伺った。
「怒ってたね、父さん。そんなにマンションを売るのは嫌だったのかなあ?」
「父さんが言うにはね、凛。あれは俺たち兄弟にあげたものだけれど、おまえ達だけじゃなく、母さんや梓の居る場所だし、自分達が帰る家でもあるから、無くしたりしてはいけない。どうしてもお金を借りるのが嫌なら、自分がマンションを買うからって」
「父さんが?」
「ああ、凛の留学と生活費は親の役目として、自分が持つって聞かないし…親父もああ見えて頑固だからな」
「俺たちに良く似てるじゃん」
「…凛、父さんは最後にこう言った。『おまえたちに何ひとつ手をかけてやれなかったことをいくら悔いでも、取り返すことはできない。自分にできることはおまえたちが貧しい生活をしないよう、懸命に仕事をすることだけだった。だから、その役目まで取り上げないでくれないか?』ってね…」
「…」
「父さんの愛情を受け取ろうよ、凛」
「うん。ありがとうって電話するよ」
 すぐに父さんへ掛け直し、お礼を言った。
『…頑張りなさい。みんな見守っているからな』
 上ずった声で、それだけを残してくれた。

 教授の別荘に着いた頃には、すっかり陽も暮れていた。
 閑静な住宅街、あたりは積雪の銀世界とクリスマスイルミネーションでライトアップされた光に包まれていた。
 俺たちはブライアン教授と奥さんのエリザベス、そしてゴールデンレトリバーのランディに暖かく迎えられた。
 教授夫婦は、クリスマスはいつも娘の家族や息子たちと賑やかに過ごすのが恒例だったが、今年は夫婦だけで迎えなきゃならなくなったそうだ。だから、突然の俺たちの訪問も大歓迎だと喜んでくれた。
 クリスマスディナーも終わって、教授と慧一は書斎へ入ったっきりだ。
 エリザベスの片付けを手伝い、ランディと戯れた。
「わあ、金の毛布だ。…ちょっと重いけど」
 暖炉の近くで寝そべっている俺に、ランディが乗り上げてくる。俺は金色の波を撫でてやる。
「あら、ランディはリンが気に入ったようね。簡単に人の身体に乗ったりしないもの。でも気に入られると大変よ。散歩にも遊びにも付き合わなくちゃならなくなるわよ、リン」
「そうなの?じゃあ、ここにいる間は、俺がランディのお世話をしてもいい?」
「勿論よ」
 ふくよかなエリザベスは、優しいおばあさんだ。祖母に甘えた経験はないけど、きっとこんな感じなんだろう。




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冬11


宿禰凛一編 「HAPPY」 19 - 2010.09.27 Mon

天使と羽

19、
 ロックフェラーに着いた頃には、すっかり陽も暮れていたが、何しろ世界一有名なクリスマスアベニューだ。イヴは明日だけどお祭り騒ぎでどこもかしこもにぎやかしいばかりだ。
 カップルもファミリーもひとりでいる人も、皆、笑顔でツリーを眺めている。
 想いはそれぞれに、幸せの色もそれぞれでいい。

 そういえば、小さい頃、クリスマスが近づくと、梓と慧一とよくデパートへ行っていた。
 家族のプレゼントが名目だが、結局俺へのプレゼント選びが一番時間がかかっていた気がする。梓も慧一も俺を喜ばせようと計画を練り、プレゼントを選ぶから、こっちも段々と難しい品物を要求していた。
 母さんが亡くなる前の最後のクリスマスは、家族みんなでホテルでディナーを楽しんだ。入院中の母さんは、医者に無理を言い、仮退院をして、俺たちと付き合ってくれた。
 その時のクリスマスプレゼントが何だったかは覚えてないけれど、みんなの幸せそうな笑顔はぼんやりと覚えている。
 幸せだった。
 母さんが死んで、父さんが単身で外国へ赴任しても、俺には梓と慧一が居たから寂しくなかった。

 慧一はずっと欲情を持ちながら、俺を愛してきたと言う。
 梓はそれを知っていたのだろう。
 慧一が大学へ行くのを口実に自宅を離れて、俺が寂しいと愚痴る時、口癖のように「ねえ、凛。本当は慧は凛が大好きで仕方ないの。でもね、好き過ぎると傍にいるのが辛くなる時があるのよ」と、言った。
「どうして?好きならいつも一緒にいたいって思わないの?」
「凛…好きの色合いは一杯あるの。兄さんは沢山の好きが混ざって仕方なくてどうしていいのかわかんなくなるの」
「…梓もそうなの?」
「うん、そういう時もあるわ」
「じゃあ、梓も慧みたいに僕から離れてしまうの?」
「私は慧みたいに弱くないから、凛から離れたりしないよ。凛が大好きだもん」
「…慧は弱いの?あんなに大きくてかっこいいのに?」
「外見じゃ判断できないよ、凛。…慧は…純粋で繊細なんだよ。だから、凛が傍に居てあげてね」

 梓は慧一の本当の気持ちを知っていたから、あんな風に俺に言ったのだろう。
 あの頃、慧一がどんな思いで俺と接していたのか考えたら、当人の俺でさえ同情したくなる。
 俺が男と寝たのを怒り殴り飛ばしたのだって、そのまま逃げるように留学したのだって、俺を愛していたからだ。
 どれだけ苦しんだのだろう。
 守りたいという想いと奪いたいという想いに苦しんだと言った。
 俺が出来るのはその想いに報うことしかないはずだ。
 俺を慈しんで育ててくれた慧一への恩は勿論だが、それ以上にこれから生きるパートナーとして、俺は慧一と愛し合い、この愛を育てていきたいと思っている。
 
「Merry Christmas!」
 不意に銀色に輝くオーナメントを差し出された。子供が持つ赤い箱にいくらかのお金を入れて、それを貰った。
「ミナのクリスマスプレゼントにしようか」
 頭に浮かんだ言葉を口にした。
 変な話だった。
 慧一と生きていくと誓った今でさえ、ミナを愛おしく思う。
 だが、俺にとっては自然な感情だった。
 慧一もミナも愛おしい。間違ってはいない感情だ。

 セントラルパークから美術館へ回った。
 夜が更けてもクリスマスのイルミネーションの所為で歩く道はどこまでも明るい。
 たびたび慧一へ呼び出しをしているけれど、連絡は来ない。
 きっと、自分の弱さを見せたくないんだろう。
 父さんにも母さんにもいい子で優等生の長男で居た慧。
 いつだって、かっこ良くて頼りになる9つ上の兄貴だった。
 いつだって、俺は9つ下の甘えっこの弟だったもんな。
 じゃあ、慧は誰に甘えるのさ。慧だって誰かに甘えてもいいはずだろ?
 俺が慧の支えになってもいいはずだろ?
 いつまでも甘えるだけの弟でいる気はないんだから。
 だって、一緒に生きていくパートナーだろ?俺たち。

 アッパーイーストサイドの88ストリートを歩いた先にある落ち着いたルネサンス様式の教会に辿り着いた。
 春先、慧一を尋ねた時、帰る間際のニューヨーク見物をふたりで楽しんだ。
 街中の沢山の教会を回った。その時最後に寄った教会がここだった。
 バシリカもヴォールトもステンドグラスも決して派手ではなく、落ち着いた空気が漂う空間だった。
 慧も俺もこの街で一番気に入ったと、語り合ったんだ。
 だから…ね、慧。ここで待っててくれよ。俺がちゃんと見つけるから。

 内陣に入り、礼拝席を眺めた。
 後ろの端の席に、頭を垂れる黒い慧一を見つけた。
 鼓動が激しくなるのを押さえて、そっと近づいて行く。
 近寄っても慧一は一心に祈っている様子で、俺には気づかない。
 慧の祈りが何であるのか…そう考えた時、俺はふいに胸が熱くなった。

 そんなこと決まっているんだ…
 慧、あんたは俺のことしか…俺の幸せしか祈っていない…
 いつだって、昔から、そうやって、あんたは…俺を愛してくれていた。
 俺は気づいていた。
 知っていた。
 だから、慧…慧…

「慧…奇跡を信じる?」
 俺の声に顔を上げた慧一は、信じられないという顔をする。
 俺は微笑んだ。

 「奇跡」なんかじゃない。
 俺にはわかっていた。
 慧一はいつだって俺の傍に居たんだ。





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Hark! The Herald Angels Sing - 2010.09.23 Thu

凛一が歌った賛美歌です。

慧凛クリスマス

歌詞翻訳

聞け!天使たちの歌うのを
「王として生まれられた方に栄光
地には平和、善意の人に
神と罪人を和解させてくださる」
喜びを持って すべての民よ
天の勝利に加われ
天使は宣言する
「キリストはベツレヘムにお生まれになった」
聞け!天使たちの歌うを
「グローリー・トゥー・ザ・ニュー・ボーン・キング」

キリストは、高き天にて崇められる
キリストは、永遠の主
さだめの時に来られ
処女の胎に宿られた
人となられた神
受肉された神
人の間に住まわれる
イエス様、インマヌエルなるお方
聞け!天使たちの歌うを
「グローリ・トゥーザ・ニュー・ボーン・キング」

たたえよ 平和の君
たたえよ 義の太陽
光といのちをもたらし
主のいやしのつばさ
新しいいのちを与えてくださる
聞け!天使たちの歌うを
「グローリ・トゥーザ・ニュー・ボーン・キング」



私的にはキリスト教に何の思い入れもないのですが、この物語にはやたらとそういうものがシンボル的に出てきますね~
なんでかしら~
そういう雰囲気の宿禰家族ですが、宿禰家もキリスト教徒じゃござんせん。

でもたまの賛美歌はいいもんですよ~
たまにでいいけどさ。

普段好んで聞くジャンルはロックです。
今は何故かスマさんたちとぱふゅーむさんですねwww

宿禰慧一編 「ペンテコステ」 完結 - 2010.09.22 Wed

ただいま~・おかえり~

11、
 何故おまえが?どうしてここに?どうやってここを知りえたんだ?
 俺の隣りで両手を組み、祈りを捧げている凛一の横顔を凝視した。
 俺は幻影でも見ているんじゃないのか?
 あまりに凛一を想いすぎて、俺の頭が狂ってしまったんじゃないのか?
 そうじゃなきゃ、これはあまりに都合の良すぎる奇跡だ。

 ミサが終わり、俺たちは教会を後にした。
 何も言わない凛一にますますこれは本物の凛一ではないのでは…と、不安になる。
「懐かしかったね」
 並んで歩く凛一がやっと口を開いた。
「え?」
「さっきのミサで最後に歌った『Hark!the herald angels sing』さ。あれ、昔、家でクリスマスを祝う時に、よく梓と歌ったじゃないか」
「…ああ、そうだったな」
「意味もわからないのに無理矢理英語で歌わされてさ。まあ、メロディが綺麗だったから気持ちよかったけど…」
「さっきも歌ってたな」
「うん、久しぶりだったけど覚えてたよ。梓と一緒に歌っている気分だった。Hark!the herald angels sing  Glory to the new born King!」
 メロディにのせた綺麗なテノールが、周りに響く。前や横を歩いている人達がこちらを振り返り、Amazing!と叫び拍手が沸き起こった。
 凛一はこうやって誰彼とは構わず幸福を撒き散らすのだ。
 昔からそうだった。
 俺はそれが怖かった。
 俺のものだけに出来ないもどかしさ、妬みと憧れ…無垢な輝きは俺を虜にした。
 俺は、誰にも見せたくなくて隠し通したかった。
 だけど、初めから無理だった。暗闇に隠せば隠すほどに輝く光を、遠く彼方からでも、見出せない者はいない。

「…俺と梓にとって…おまえこそが輝ける王だったから、梓はこれを歌いたかったんだよ」
「そうか…じゃあ、俺は梓を救えたのかなあ」
「ああ、きっと…」
 スンと鼻をならした凛の目が潤んでいた。
 今はもうこの子の輝きを隠したり、嫉妬を覚えたりはしなくなった。
 ただ守りたいと願っていた。その力が俺にあるのか、自信はないけれど…

「あ、雪だ」
「ああ、大分冷えてきたからね」
 曇天の夜空を仰ぐ凛一と一緒に、立ち止まって天から降る雪を見つめた。
 凛の冷たい手が俺の手を繋いだ。
「…さみしかった?」
 上を見上げたままの凛が言う。
「ああ、とても…」
「でも、もうさみしくないよね。慧には俺がいる。俺は輝ける王なんだろ?」
「…」
「今まで慧はずっと俺を守ってくれた。今度は俺が慧を守る番だ。ずっと慧の傍を離れない。いいだろ?」
「…凛…」
「恩を返すわけじゃない。勿論恩を売るわけでもない。慧が俺を必要なように、俺も慧が必要だから傍にいたいだけだ。他に理由がいるか?」
「…いや、充分だ…」
 それだけ言うのが精一杯だった。流れる涙と落ちてくる雪が混じり、頬を伝った。
 ペンテコステ、俺は確かに光を受け取った。


 スーパーで簡単に食べられる食料を買ってホテルへ帰った。
 凛一は狭いホテルに最初驚いていたが、案外いごごちが良くて好きだと笑った。
 ジャンや嶌谷さんに心配させた詫びを入れ、傍に凛一がいることを告げた。ふたりとも安心したようだ。
 ふたりで小さなテーブルを囲んで、貧しいディナーを取った。
「明日はイヴだしさあ。豪華に高級ホテルで食べようよ」 
 ベーグルにチーズを挟み、口に入れる凛は食事に不服そうに言う。
「凛…知ってるだろ?俺は無職なんだよ。当分贅沢はできないし、これから凛を養えるかさえわからないんだ」
「うむ、急場の金か…俺はまだ未成年だから親父にたかってもいいんだが…そうだ。鎌倉のマンションを売ろう」
「ええっ?」
「あのマンション、俺と慧の名義じゃん。あれ売れば当分こっちで住むぐらいのお金になるだろ?」
「…無謀すぎるよ、凛」
「別にいいじゃん」
「凛、日本に帰る家がないと困ることがあるよ。おまえだってまだ大学に行かなきゃならないんだから」
「俺、受験しない」
「え?」
「日本の大学へは行かない。こっちに居る事にする。まあ、卒業式には出なきゃならないだろうし、ビザやら色々手続きに帰らなきゃならないけど、こっちの大学の試験を受ける。英語も大分身についてきたし、大丈夫だろう」
「凛…」
「文句は言わせない。どうせこちらに留学するつもりだったんだ。それが少し早まっただけのことじゃないか。紫乃にも相談してみるけどね。だいたいアメリカと日本じゃ遠すぎるよ。俺、ひとりにも飽きた。それにさ…鎌倉の家が無くなっても、俺たちには帰る家はあるじゃん」
「え?」
「俺には慧が、慧には俺が帰る家なんだろ?それで充分だ」
「…」
「それより…慧には謝って欲しいことがある」
「…わかってる」
「いや、わかってないね。連絡しようにもできなくてどれだけ心配したと思う。俺だけじゃない。ジャンも嶌谷さんも飯田さんだって本当に慧一を心から心配したんだよ」
「悪かったよ」
「独りだけで生きようとするなよ、慧。独りじゃないって思ってくれ。いつだって慧を思っているんだって、荷物は一緒に持ちたいって思っている俺がいるって、わかってくれ。まあ、正直言えば、逆の立場だったら、俺も独りでどうにかしようと思う性質(たち)だから、今回の慧のこともわからなくはないけどね。だけど他の奴らにかっこつけるにしても、俺には弱みを見せてくれよ、慧」
「…」
「…昔、すっげえ小さいガキだった俺が慧に言った言葉がある。不思議なことに俺はそれを覚えているんだ。…慧は俺の騎士で俺は城になるって言ったんだ。覚えてる?」
「ああ、勿論だとも」
「俺はその意味を知っているよ。城は愛する者を守る為にそこにあるんだ。そして騎士は城を守る為に戦うんだ。違う?」
「…違わない」
「俺たちはお互いがいなきゃ生きられない不完全な人間かもしれないね。でも…頼るべき者とちゃんと愛し合うことができて幸せじゃん。だろ?」
「ああ、凛の言うとおり…だ」
「じゃあ、取り敢えず今日はここに泊まらせてね。シングルベッドだし、めっちゃ狭いけどさ、壊れないぐらいに愛し合おう。だって俺、慧に慈しんでもらいたくてたまんないんだもの。それくらい報われてもいいだろ?」
「凛…ありがとう」
 
 部屋のヒーターはここに来た時から、あまり利かなかった。だから昨日までは独りで震えながらブランケットに縮こまっていたんだ。
 今は少しも寒くない。
 暖かいのは凛一の肌だけじゃなく、凛一がくれる情愛、いたわりや甘え…すべてが光となり降り注ぐからなんだろう。
 窓の外の喧騒は深夜まで続いていた。
 暗闇の中、絶え間なくふりしきる雪が屋根に積もる様子が見えた。
 俺達は優しく愛し合った。
 終わっても眠らない凛一に休むように促しても、まだ眠くないと俺の胸から離れようとしない。
 どちらからとなく話し始め、今までの事やこれからの事を語り続けた。

 朝方ビルの谷間から、白々と明るくなり、街が銀世界に変わる様子にふたり見惚れていた。
「夢見たいに綺麗だ…雲の上にいるみたい」
「雪は汚いものすべてを隠してくれるからね。それが一時だとしても…」
「雪が解けて、醜い現実が見えてもさ。目を逸らすんじゃなく、嘆くばかりじゃなく、人に揉まれて生きる。そこから美しい何かを見出すことも出来ると思うんだ」
「ああ…そうだね、凛」

 小さな窓からの景色にときめいてしまうねとはしゃぐ凛を、子供の頃と同じだと揶揄った。
「俺には慧がいた。梓がいた。父さんも母さんも俺を愛してくれた。その愛が俺を育ててくれたんだから、俺は間違いなくAmazing grace(すばらしき恩寵)に違いない」
 朝ぼらけに翳ろう窓を背にした凛の瞳は一層の輝きを見せる。
 俺を見つめる凛の背に翼が見えた。
 …光を俺は手にしている。
 生きる糧は輝くままに。
 充ち足りた思いは明日の支えとなろう。
 Amazing grace…
  
 おまえが宿禰凛一として生まれた日、梓は約束の地へ導く者とおまえを呼んだ。
 俺はただ…ただ、愛おしかった。
 それだけだった。






ペンテコステ1

「ペンテコステ」10へ
宿禰慧一のお話はこちらからどうぞ。「イリュミナシオン」 
リンミナシリーズはこちらからどうぞ。目次へ



慧一視線での物語は一応これで完結です。これからの慧一の未来は凛一視点で語られると思います。
長い間、慧一を応援していただきありがとうございました。
やっと慧一を幸せにすることができました。

さて、これからはリンミナの恋の結末へ移行します。まだまだ先は長いですが、よろしくね~





暮夜 - 2010.09.17 Fri

一応塗りました~
限界です(;´Д`)


黄昏

アニメにしてみたんですが、そっちは夜明けですな~
興味のある方はイラストブログで見てくださいね~

大きいサイズとGIFアニメはこちらでどうぞ。
heavenward をクリック!


サイズを小さくしてみたが、どうだろうか。
500kb以下じゃないとうpできないのでむずかしいんだよね。
よあけ

宿禰慧一編 「ペンテコステ」 10 - 2010.09.16 Thu

慧一1


10、
 企業の中に溶け込む質は少ないとわかっていたから、自分の発案がスムーズに取り上げられるとは思わなかった。
 比較的人口が少ない街の商業施設の空間デザインを何人かの建築家で草案し、共同でいい街並みを作り上げることに依存はなかった。
 その大部分が俺の発案によるものとしても、俺はまだ若く先頭に立って指揮をするには、プロジェクト自体が大きすぎる。
 だが、企画マネージャーは思い通りにやれと尻を叩くから、そのつもりで励んできた。
 当然、他とは摩擦が生まれる。
 それは瞬く間に膨れ上がり、俺は上と下の間で立ち止まるしかなかった。
 しかも長年経営を担当していた部下(20歳以上は上である)が、他企業にリークし、コストの漏洩でプロジェクト自体が白紙に戻ってしまった。
 NKコーポレーションの損失は大きかった。
 俺の全くあずかり知らぬところで、事態は起きていたが、俺とプロジェクトマネージャーは全責任を負わされることになった。
 マネージャーは後片付けにしばらく残るとして、俺は即刻首。
 入社一年足らずで、俗にいうリストラを経験することになった。
 ある程度の自信があったからこそ、この道を選んできた。
 落ちこぼれたことも躓いたことも一度もなかった。
 ここまであっさりと切り捨てられると、さすがに自信喪失は否めない。
 茫然自失とはこのことなのだと思い知らされた。
 
 志や理想があったから、その空間を現実のものをして創造したかった。
 簡単に諦められるほど適当な仕事をしていたわけじゃない。
 時間が経つに連れて手足をもがれた気になった。
 これからどうやってアーキテクトとしての仕事をしていくのかわからなくなってしまった。
 明日を歩く道が無い…
 凛…おまえを導く手立てが無い。





 知らぬうちに街はクリスマス一色に変わっていた。
 アパートメントを引き払い、荷物を片付けた。
 社宅の奥さん方も手伝ってくれた。
 凛一が遊びにきた時の印象が、強く残っているようで、何かと俺にも良くしてくれた方々だった。
「宿禰さんが居なくなると寂しくなるわ。若い男の子はもっと大事にするべきなのに、駄目な会社よね」と、慰めてくれる。
「転居先は決まっているの?」飯田さんが心配そうに聞く。
「いえ…まだ何も。決まるまで荷物は貸し倉庫にでも預かってもらおうと思ってます」
「一週間くらいならここに置いといていいわよ。まだ次の方が入る予定もないから」
「ありがとうございます。じゃあ、甘えさせていただきます。できるだけ早く取りにきますから」
 同情や憐れみが、優しさとわかっていながらも悲しかった。

 マンハッタンの安価なホテルに滞在した。
 シカゴ大学のブライアン教授に連絡してみようとも思ったが、クリスマスも近い。家族思いの教授のことだ。きっと一家団欒家族旅行を楽しんでいることだろう。
 クリスマスが終わるまで、こちらもすべてを休業して休息しよう。

 日頃あまり歩かないニューヨークの街の隅々を歩いてみた。
 美術館も博物館も教会も、クリスマスイルミネーションやスノーフレークの飾りで、どこもかしこもきらびやかこの上ない。
 そりゃそうだろう。一年で一番輝かしい時期だ。
 東京のそれも華やかだが、この国はクリスマス信仰がある。
 それぞれの教会が独自の色でキリスト降誕を祝っているのも面白い。
 面白いが、それを心から楽しむ余裕はこちらもない。
 凛一がいてくれたら、と常に願うけれど、会社を辞めたことすら怖気づいて伝えていない。
 携帯を見るのも怖くて電源を切ってしまっている始末。
 我ながら情けない。
 惨めな兄貴の姿を見せたくないなんて、見栄を張るのもいい加減にしろって話だが、凛一を守ると宣言した手前、リストラされたなんて言えやしない。
 大学が決まったら留学して一緒に暮らすと楽しみに言ってた凛一。
 頼るべき兄が生活する家も金もないなんて…
 この歳で親に頼るのも不甲斐なくて示しがつかない。
 下らないプライドに固執しても意味はないとわかっているのだが…
 
 街中の喧騒を避けて、川沿いの遊歩道から夜景を眺めた。
 川の向こうに住んでいた街が見えた。
 涙が溢れて仕方が無かった。

 クリスマスイブの前日だと知ったのは、夕刻カフェでサンドイッチを口にしていた時だった。
 そういや、凛へのクリスマスプレゼントを忘れていた。
 今からじゃとても間に合わない。
 声だけでも送りたい…
 聞きたい。
 凛…どうしてる?

 ただ宛てもなく歩き回った。
 夜だといってもこの街に住む者には暗闇は少ない。
 アッパー イーストサイドの古い落ち着いた教会に辿り着いた。
 中に入れば厳かなミサが行われていた。
 空いている椅子に座り、両手を組んだ。
 パイプオルガンの演奏、ゴスペルの賛美歌、降誕劇にファーザーの講話…
 俺はただ祈る。
 凛…おまえを想う。
 「愛」を誓う。
 おまえの「幸福」を願う。


「慧…」
 名を呼ばれ、俺は顔を上げた。
 …信じられなかった。
 凛一が、目の前に立って俺に笑いかけている。
「ねえ、奇跡を信じる?それとも、一日早い天からのクリスマスプレゼントかな?」
「凛…」
「隣りに座っていい?一緒に祈ろうよ」
「…何を?」
「俺たちが出会えた幸運と、この夜に集うすべての人々の幸福を…」
「…」

 懸命に堪えていた涙が零れるのを、悟られないように俯いた。
 俺の肩を抱く凛の身体は暖かい。

 いと高き処 神に栄光なれ
 Gloria,in excelsis Dio!



gloria

「ペンテコステ」9へ /11へ

宿禰慧一のお話はこちら「イリュミナシオン」 
リンミナシリーズはこちらからどうぞ。目次へ



日本とニューヨークの時差は約12時間。飛行時間は12時間。従って成田を12時に出たとしたら、ニューヨークには同じ日の12時に着く事になる…と、思う(;・∀・)

宿禰凛一編 「HAPPY」 18 - 2010.09.14 Tue

凛一ソファ
 

18、
「解雇?…なんでさ。慧一、あれだけ一生懸命に働いてたじゃん」
「俺も詳しいことは知らない。ケイイチは愚痴や弱音を言わないし…ただ、二月前に大きなプロジェクトのリーダー格のひとりに抜擢されたから、益々忙しくなるって言ってたんだ」
「それは俺も聞いてた」
 若手じゃ別格の扱いらしく、殆どが年上の部下ばかりでやりにくいけれど、頑張るよ…と、電話では明るかった。
「内部の人間ともめたらしい。あいつ、仕事には自分の信念を曲げないというか…融通がきかないところがあるだろ?まだ、入社して一年も経ってないんだから風当たりも強いと思うんだ」
「…それいつの話?」
「こちらに来る寸前だったから…4日前かな。空港で今から日本に行くからって、ケイイチに連絡したんだ。そしたら、会社を辞めたからすぐにアパートを出なきゃならなくなったって言うから驚いたよ。行く当てがないから路頭に迷うしかないからって冗談めいた口ぶりで茶化していたけれど」
「え?じゃあ、慧一はどこに居るの?」
 ジャンは黙って首を横にふる。
 俺は急いで携帯を取り出し、慧一へ電話をかける。だけど、応答がない。
「どうして出てくれないんだろう」
「俺も日本へ来て、何度が連絡しているが、応答しないんだ。電源を切っているのかもしれない。あの野郎、なに考えているのか…全く、真面目すぎるのも考えものだよ。日本人の美徳は感情を顔に出さないことらしいが、プライドの高いケイイチのことだ。参ってると思う」
 ジャンの言うとおりかもしれない。
 慧一はなんでも自分だけで片付けようとして、空回りしてしまう。
 俺のことだってそうだ。もっと早く俺に本当の気持ちを打ち明けてくれてれば…
 そんなことを思っても仕方ない。こうなったら…
「俺、今から行ってみる」
「え?…ニューヨークへ?」
「うん。だってここにいても埒があかないし、どっちにしても慧が今一番必要なのは俺なんだから」
「…見事に言い切るね。まあ、その通りだが…もしかしたらもうアパートを出払っているからもしれないんだよ。連絡がつかない時はどうするんだ」
「その時はその時。大丈夫だよ。慧と俺はそこらへんの兄弟とは絆が違う。ちゃんと引き寄せあうさ」
「俺も…そう思うよ。なんとなくわかっていたんだ。ここでリンと会ったのも、きっと神様のお導きだって、わかってた…ケイイチを頼むよ、リン」
「うん…ジャン、ありがとう。じゃあ、俺、行くね」
「ああ、元気出せよって伝えてくれ。仕事の事ならいつでも話に乗るって」
「わかった。さよなら。シーラにもよろしく言ってて」

 お台場を出てすぐに自宅へ向かった。手ぶらじゃ飛行機にも乗れない。
 途中、嶌谷さんに連絡して、事の次第を話した。
 嶌谷さんは驚いた様子だった。
「心配しなくていいよ。嶌谷さんには何でも話しておきたいだけ。大丈夫だ。慧一には俺が付いてる。そして俺と慧には嶌谷さんが付いている。そうだろ?甘えてばかりだけど、嶌谷さんが見守ってくれていると思うだけでどんなに心強いかわからない。嶌谷さんは俺たちの家族なんだ」
『だったら家族として心配させてくれ。なにかあったらすぐに俺に連絡しろよ。どこへでも飛んでいくからな』
「うん」
 みんなが俺と慧一を見守ってくれている。その気持ちが後押ししてくれる。
 だから進めるんだ。
 雄雄しかれ。我すでに世に勝てり。
 
 成田で搭乗手続きを取った後、ミナへ連絡をした。
 明日の約束を反故にしてしまう後ろめたさは、ジャンの話を聞いた時から覚悟していた。
 あれだけ楽しみにしていると喜んでいたミナだ。それを台無しにしてしまうんだ。
 すべての罪は俺にある。
 だからって、ニューヨークへ行くのをやめて、ミナとクリスマスを過ごしても、慧一が気になって俺の気持ちが付いていけないことはわかっていた。
 ガラス窓の向こう、飛び立つ飛行機を眺めながら、俺は携帯を耳に充てた。
『リン?』
「ミナ…悪いけど、明日は会えないんだ」
『…どうしたのさ』
「今、成田なんだ。今からニューヨークへ行く」
『慧一さんに…何かあった?』
「うん。どうしても行かなきゃならなくなったんだ」 
『そう…残念だよ。…楽しみにしてた…』
 天邪鬼のミナが楽しみにしてると素直に口に出すなんて…なんだか、酷くむごい事をしているようでキリキリと胸が痛む。
「ごめん。ごめんな、ミナ。この埋め合わせはちゃんとするから…」許してくれとは言えなかった。
 本当にできるかどうかもわからないクセに、と、自分を罵った。
 ミナは…気づいているかも知れない。
 俺が慧一を選んだことを…
『いいよ。気にしないでくれ。緊急なことなんだろうから、仕方ないよ。気をつけてね、リン。年を越したら学校で会おう』
「うん、わかった。良いクリスマスを、ミナ」

 空の上にいる間、俺はずっと眠りに落ちていた。
 色んな夢を見た。
 微かに記憶が残る母さんの姿や、一夜だけ過ごした男や女…あやふやな記憶の中、月村さんが俺に笑いかけていた。
 あんまり優しく笑うから、俺は泣きそうになる。
「月村さん」と、俺は呼んだ。
「凛一…俺は幸せだよ。だから、凛一も幸せになるんだよ」
 月村さんの弾く「月の光」が、聞こえた気がした。


 ユニオンシティのアパートに着いたのは夕方、5時近く。辺りは薄暗くなっていた。
 俺は玄関の戸を叩くが返事がない。
 もう転居してしまっているんだろうか…
「慧っ!慧一!、居るなら開けてくれ!」
 何度が叫んでいると、隣の玄関から、飯田さんの奥さんが急いで駆け寄ってきた。

「凛ちゃん!」
「飯田さん!。慧は…兄貴は…ここには居ないんですか?」
「宿禰さんは今朝、出ていかれたの。ちょっと待ってね、鍵を預かっているから…」
 飯田さんは玄関の鍵を開け、俺を室内へ入れてくれた。
 部屋の荷物はきちんとまとめられ、いつでも持ち運べるようにしてある。
「宿禰さんは明日にでも引き取りにくるって言うの」
「引っ越し先は決まっているんですか?」
「…まだ、決まってないって。だから、一週間ぐらいなら、ここに居ても構わないからって言うんだけれど、会社を辞めた者が社宅に居るわけにはいかないって、慧一さんが…」
「すみません。兄貴は馬鹿真面目なところがあるから…多分会社を辞めさせられたのもそれが一端じゃないんでしょうかね」
「…主人に聞くけど、部署が違うから詳しくはわからないって。ただ…部下のミスの責任を負うのは上司の責任だから仕方ない言うだけで…ごめんね、力になれなくて」
「そんなことないです。飯田さんにはお世話になりっぱなしで、今回も面倒かけてすいません。大丈夫です。兄貴には俺が付いてますから」
「そうね。時折、お惣菜を持っていくでしょ?そしたら慧一さん、ひとりで寂しそうにしてるの。凛ちゃんが居てくれたらなあって何度も思ったわ」
「…」
 誰だってひとりは寂しい。愛する者を求める。それが俺であるなら、慧、いつだって俺は慧の側にいるのに…
 

 アパートを後にして、ニューヨークの街に出ることにした。
 地下鉄よりも時間はかかるけれど、フェリーに乗った。
 黄昏色の空に闇色の摩天楼がくっきりと影をみせる。
 まるで吸い込まれそうに昏い、深い漆黒の闇。
 未だに慧一とは連絡がつかない。
 なんの当てもない。
 もうこの街には居ないのかもしれない。
 だけど俺は感じるんだ。
 この暗闇に慧一が居ることを。




街


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宿禰凛一編 「HAPPY」 17 - 2010.09.11 Sat

凛一11


17、
 放課後、補習が終わり、帰り支度をしている時、親友の三上が彼女と別れるかもしれないと、しんみりと言う。
 いつもはこちらがうっとおしいくらいに明るい三上が、景色が秋めいているとは言え、メランコリックになり過ぎるだろうと、さすがに心配になる。
「どうしたよ。ユミちゃんに振られたのか?」
「いや…そこまではっきりすりゃこちらもここまで悩まないよ。まだ未練というか…冷め切れないんだよなあ~」
 こいつは隣町の女学院のユミちゃんと一年生の頃から付き合っている。
 三年といやあ、本物か偽物の恋か、定めるのが適当な頃合だろう。
「じゃあ、俺が確かめてやろうか?」
「え?」
「ユミちゃんに直接話しつけてやるから」
 有無を言わさず三上の携帯を取り上げて、履歴を探す。
 すぐに見つかり止せよと遮る三上をあしらい、通話ボタンを押した。
 何度かコールしてやっと声が聞こえる。
「ユミちゃん?俺、宿禰だけど」
『あ、宿禰君…』
 ユミちゃんとは三上から紹介されて、何度か話している。素直で気さくなお嬢さんで、三上とはお似合いだと俺は感じていた。
「あのね、三上がここんところ元気がないんだけど…ユミちゃんが原因みたいでさ」
『うん…』
「三上のこと嫌いになった?」
「おい、宿禰!」
 目線の先に慌てる三上がいる。
『そんなことないよ。敏くんは思いやりがあって優しいし、文句言うことないもん…だけど…』
「だけど?」
『この先のこと考えたら、不安になるの。敏くんが長野の大学へ行ったら、遠距離なんてとっても無理だもん。自信ないよ…』
「ユミちゃん、それは三上も同じだよ。でも好きなら…諦めるなよ。ふたりで続けていく努力をするのが本物の恋じゃないのかな」
『…』
「三上もユミちゃんのことを本気で好きみたいだから、頑張る気でいるよ。ふたりでよく話してごらんよ。俺も三上の親友だからさ、ふたりには幸せになってもらいたいんだ」
『…わかった。敏くん、そこに居るなら、代わってくれる?』
「勿論」
 俺は隣りで耳を立てて聞いている三上に携帯を渡した。
「頑張れよ」
 そう、言って、教室を後にした。

 なんていう事はない。俺はミナへの後ろ暗さを、三上達で補おうとしているだけだ。
 自分の罪を少しでも軽くしようと、いらぬおせっかいを焼いているだけなんだ。
 翌日、三上は俺に何度も頭を下げて感謝の言葉を言い、「頑張るよ」と、ユミちゃんと交際を続ける決意に燃えていた。
 こちらは気が咎めて仕方ない事この上無しだ。


 年末が近づく。ミナとの別れが近づく。俺はバカみたいに必死に勉強に勤しむ。
 嫌なことは考えたくない。
 その日が来ることなんか、望んでいるわけじゃない。
 ミナが笑う。ミナが「一緒に大学に行こう」と、俺を励ます。
 どれだけ堪えて笑い返したことだろう。
 どっちにしろ、俺はミナ…おまえから離れなきゃならないんだよ。

 我慢できないほど辛い時には、嶌谷さんに慰めてもらう。
 こればかりは慧一には頼れない。慧一に負い目を背負わせるわけにはいかない。
 第一、俺とミナのことは慧には関係がないんだから。
 嶌谷さんは、ただ「凛一にできることは、誠心誠意を尽くすことだよ」と、言う。
 わかっているけれど…

 クリスマスイブにふたりだけで都内のホテルで過ごそうと、ミナに持ちかけた。
 初めは訝っていたミナも、結局は俺の押しに降参する。だが納得した途端、目を輝かせる。
「都内に住んでるからわざわざホテルに泊まったりしたことないし…でも、夜景は綺麗なんだろうなあ。すごく楽しみになってきたよ」 
「うん…ステキなクリスマスにしよう、ミナ」
 これがミナと過ごす最後のクリスマスかも知れない…と、思うと胸がつまって次の言葉が簡単にでない。
 笑いを誘おうとわざとおどけて見せる。
 恥じらいながらも、嬉しさを隠しきれないミナが、愛おしくてたまらない…

 俺は間違った選択をしているのだろうか…

 23日は朝から横浜に出かけた。ジャンに会う為だ。
 慧一の大学の研究生仲間のジャンは俺にも親切な友人で、春にジャンの結婚式にも出席し、お祝いした。
 そのジャン夫妻がハネムーンに日本を選んだ。
 俺は今日一日、横浜と東京の案内を買って出たわけ。
「なかなか都合がつかなくて、ハネムーンが遅れたから、シーラがむくれてね。彼女も俺も一度日本に来たかったから楽しみにしていたんだ。リンイチにも会えるしね」
「京都へはもう行ったんでしょ?」
「うん、とてもファンタステックでクロサワ映画を見ている気分だった」
 映画好きのジャンは、多くのアメリカ人と同様に日本映画イコール黒澤映画だと思っている節がある。
 俺でさえそんなに本数は観た事ないのに。
「シーラも気に入った?」
 饒舌なジャンとは打って変わって、控え目だけどいつも穏やかな笑みを返すシーラさんに日本の印象を伺う。
「全部素晴らしくて目を瞑ってしまうのが惜しいくらいっ!日本人もみんなステキな人ばかりね。でもリンイチが一番かっこいいわ~私リンイチが大好きよ」
「は?」
 控え目なはずのシーラのテンションにちょっと驚いた。
「日本に来て舞い上がっているアメリカ人の典型…笑って許してよ、リン」
「うん。いや、好かれるのはうれしいよ」
「聞いてくれよ、リンイチ。シーラって変なんだ。京都の古い文化に充てられてるのに、今晩はどうしてもディズ●ーランドに泊まるって聞かないんだぜ。別に母国の奴でいいじゃん」
「だってクリスマスイベントがあるのよ。絶対行かなくちゃ」
「はいはい。あなたはあのネズミに夢中だもんね。またぬいぐるみが増えるんだよ、きっと」
 俺に耳打ちしながらジャンは溜息を付く。
 なんだかいいなあ~

「今日はありがとう、リンイチ」
「いいえ、いつも兄貴がお世話になっているんだもん。これくらいは当たり前だよ」
 お台場で買い物に夢中のシーラと離れて、俺とジャンはカフェで一息つく。
「それより、兄貴元気にしてる?近頃話をしていないんだ。メールしても元気だって言うだけだし…電話をかけてもあまり出てくれないんだ。仕事が忙しいんだろうけれど、身体大丈夫かな~」
「…何も聞いてないんだね、リン…」
「え?」
「ケイイチに口止めされているから…言おうか言うまいかずっと迷っていた。でも、今のケイイチに必要なのはリンイチだって、思うんだ」
「何のこと?…慧一に何かあったの?」
「…ケイイチは…NKコーポレーションを解雇させられたんだ」
「…」
 ジャンの言っている意味が俺にはよく解らない。






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水川青弥編 「フラクタル」 7 - 2010.09.09 Thu

水川温室


7、
 十一月に入ると、大学の推薦試験が始まり、合格した生徒は授業中でも暢気に昼寝を決め込んでいる。そいつらのアホなツラを馬鹿にしている奴らも、日を追って自らの人生の進路の虚ろさに顔面蒼白、必死さに拍車がかかる。
 
「あ~あ、俺も推薦にしときゃ良かった~」
と、寮の同室の三上が溜息を吐く。
 三上は長野出身だ。
 初めは私立の推薦を狙っていたが、成績が向上した為、国立狙いに進路を変えた。口先は不平を言いつつも、鼻歌なんぞで具合のいい三上が少し不思議だった。
「三上、なんだか今日はご機嫌だね。なんかあった?」 
「え?俺、機嫌良く見える?」
「うん。おまえ、ここんとこ塞ぎ込んでいたじゃないか。ちょっと気になってた」
「水川にも心配かけてたか…悪かったな」
「いや、それはいいんだ」
「ほら、俺、彼女とあんまり上手く言ってないって言ってたじゃん」
「ああ、ユミちゃんだっけ?」
 三上には隣町の女学院の同級に一年生の時から付き合っている彼女がいる。
「そう…で、俺も第一志望は長野だし、彼女は都内の大学希望だし、このまま付き合っていてもどうせ遠距離で続くわけないじゃん。彼女もそれわかってて、それで、別れようってはっきりは言わないけど、そんな雰囲気になっててさ。それを宿禰に相談したんだよ」
「宿禰に?」
「うん」
 リンと三上は同じクラスで親友でもある。相談してもおかしくはない。
「それで?」
「宿禰はそんな簡単に別れるなんて納得できないって言い出して。好きなら遠距離だろうと努力して続けられるだけ続けてみろって…で、俺の携帯でユミに電話してあいつが説得したんだよ」
「はあ?」
「今日ユミと会って、やっぱりお互い好きだって確認して、それで続けていこうって…なんか久しぶりに幸せ~って気分」
「そりゃ…良かったな」
「うん。でも宿禰が人の恋愛事にあんなに必死になるなんて、思わなかったから、逆に感動したわ」
「そりゃ、おれも驚くよ。あいつはそういう事はお互いの問題だからって一切口を挿まないタイプだろう」
「だから不思議なんだよなあ~。まあ、俺としてはユミちゃんと元の鞘に納まったから有り難いおせっかいだったけど」
「…うん」
 
 確かにリンらしくないおせっかいだ。
 後日、それを確かめたくてリンに尋ねてみた。
 リンは穏やかに笑って、
「みんなが幸せになってくれりゃいいなあと思って。三上が諦めきれてないのは知ってたから、背中を押しただけだよ。この後、三上達がどうなるかはふたりの問題だろうけど、少なくとも、三上の気がかりは減ったことだし、これで思う存分勉強に打ち込めるだろ?余計なおせっかいだろうけれど…あいつは俺にとって初めての親友だから幸せになって欲しいんだ」
 そう言うリンの横顔が少しだけ物憂げに見えたのは、気のせいなのだろうか。

 十二月になれば模試の連続で、息つく暇はない。
 桜が咲くのを夢見て、誰もが必死で猛勉強だ。おれもリンも今までに無いくらい毎日が赤本との格闘だった。
 同じ大学に入学して、桐生さんたちみたいにふたりでアパートに住んで、一緒に大学へ通えたらと、想像するだけで、気力も沸く。
 リンもおれも、模試では充分合格ラインを越えていた。
 だから、きっと大丈夫だねと笑いあっていた。

「そうだ、ミナ。今年のクリスマス予定ある?」
 久しぶりに温室でゆっくりと草木の世話をしていた時だった。
「え?…いつもと同じで寮祭に参加するぐらいだよ。今年はゆっくり楽しませてもらえるしね。その後は実家に帰るけれど…」
「三年はそろそろ寮から出て行くんだろう?」
「うん」
 基本、三年生は三学期は自由登校になる。
 地方出身で地元の大学を受ける生徒は、地元で勉強した方が効率がいいし、授業も補習スタイルだから、気になる科目だけ受けたりする生徒が多い。
 おれは都内の大学を目指しているから、授業を受けなくてもいいけれど、自宅に居てもつまらないから、ぎりぎりまでは寮で過ごすつもりだ。
「センター入試が近くなったら自宅に帰るけれど、それまではこっちに居るよ」
「そうか…ね、クリスマスはふたりでホテルで過ごさない?」
「え?…ホテル?」
「うん、スカイラウンジでフルコース食って、その後、スイートに一泊ってどう?」
「…高校生のやることじゃないよ。第一お金かかるよ」
「いいじゃん。ミナへのクリスマスプレゼントだよ」
「でも…」
「高層ビルからの夜景って綺麗だよ。ミナにも一度見せたかったんだ。高校最後の記念だし…」
「う…ん」
 高校最後って…別に区切らなくても、大学に入っても一緒に居られるなら、いつでも行けると思うけれど、リンは思いついたプランを下げようとはしないからおれも甘えることにした。
「じゃあ、俺が見晴らしのいいホテルを探して予約しておくね。クリスマスイブの寮祭を早めに切り上げて、ホテルで会うってどう?ロマンチックだろ?」
「わかった…楽しみにしてる」
「その日だけは勉強のことは忘れて、めちゃくちゃ楽しもうぜ。ゴージャスなダブルベッドが壊れるくらい可愛がってやるから」
「…それは…適度でいいデス」
 テンションの高いリンに乗せられる感もあったけれど、クリスマスが近づくにつれて、その日が待ち遠しくてたまらなくなった。

 リンへのプレゼントを色々考えてみるが、いい案が思い浮かばない。
 仕方なく三上に相談した。
 三上は彼女にオルゴールをプレゼントすると言う。
「自作オルゴールなんだ。好きな曲と箱を選んでネットで頼むんだよ。ネームも入れられるし、そんなに高くないし…水川もそれにしたら?宿禰もオルゴールだったら、意表を突いて驚くかもよ」
「オルゴールって…女の子にあげるもんだろ?」
「宿禰はロマンチストだから、絶対ウケるって」
「…ウケるかな…」
 予想外に三上が推して来るから、結局、おれもオルゴールにした。おれも大概優柔不断だなあ~
 曲はリストの「愛の夢」。
 …あまりにリンに似合っていて、自分で選んでおいて笑ってしまった。

 
 二学期が終わり、クリスマスイブに会うことを約束してリンと別れた。
 寮祭の準備でヨハネ寮生たちが騒がしい中、おれは明日の予定に少し浮かれていた。
 夕方、携帯が鳴った。
 リンからだ。
『悪いけど明日は会えない』
と、リンは言った。





フラクタル 6へ /8へ
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水川青弥編 「フラクタル」 6 - 2010.09.06 Mon

水川たんの夏

6、
 九月になり、校内が体育祭の準備でざわついている。
 受験生である3年生は、本当ならこの時期、勉強以外に気を散らす暇なんかないのだろうが、何故かヨハネ校の学校行事に文句を言う生徒は少なく、この体育祭も楽しみにしている奴らが多い。
 おれも昨年に続き応援の横断幕を描いてくれと頼まれ、デザインから仕上げまで関わっている。
 リンは去年の応援団が好評だった為、特別に応援団の前座に当たる模範演舞をやる事になった。
 前学院長直々に神道流の指導をされるそうだから、流石のリンも恐縮しまくっている。
「演舞って言っても、毎年やるわけでもなく、生徒会がやれる生徒を選考、それから職員会議で審議して決まるそうだ。普段見かけない名誉学長だから、初めて挨拶した時は緊張したけど、優しいおじいさんだったよ。72だそうだが、そうは見えなかったな」
「リン、すごいね」
「何が?」
「だって、そんな偉い人に直接指導を受けるなんて、滅多にないことだろ?」
「二年前は美間坂さんがやったじゃん。刀じゃなくて和槍だったけど。でもそんなに期待しなくていいよ。居合い抜刀までやるけど、刀はレプリカだよ。まあ、形だけの演舞だし、二分程度だからそう期待しないでくれ」
 そうは言っても、大勢の生徒の中から選ばれるってことはこれ以上ない名誉なことだ。
「じゃあ、今年の体育祭も、リンの勇姿を見に沢山来るんじゃない?」
「うん、嶌谷さん達は来てくれると思うよ。兄貴は仕事で無理だけど…」
「慧一さんは来ないの?…残念だね」
「嶌谷さん達がビデオに録ってくれるそうだから、それを送るよ」
 そういうリンもどことなく残念そうに見える。
 
 剣舞の練習は予想以上のハードスケジュールで、リンとおれは温室で会う時間が全く取れなくなっていた。会いたい時に会えないのは寂しいと文句を言うと、じゃあ、うちに来ればいいとリンが言うから、前よりもっとリンのマンションへのお泊りが多くなった。
 と、言っても始終いちゃつくわけでもなく、受験生らしく勉学に勤しんでいる時間が多かった。
 ひとつは剣舞に集中している所為なのか、リンの纏う空気が欲情を生み出さなくなっていた。
 刀という神秘的で清浄な力に引き寄せられているのかもしれない。
 正直言うと、おれの方は物足りないんだけど。

   
 体育祭当日は、秋晴れで大勢の観客に溢れていた。
 おれは相変わらず応援席での観戦が多いのだが、たまにクラスの競技に参加しなきゃならなくなる時は、「頑張れよ」と、リンが必ず声を掛けてくれる。
 だから、おれも精一杯高校最後の体育祭を楽しんだ。
 昼食を一緒に食べないかとリンに誘われるが、リンの応援団は独特だし、おれの知り合いはひとりもいないから、断った。

 ひとりで食堂に向かっていると、後ろから「みなっち!」と、呼び止められた。
 おれをそう呼ぶのはこの世でひとりだけだ。
「根本先輩!」
「お久しぶり~元気してた?」
「はい。ネコ先輩こそ、相変わらず…」
 ひと目見て絶句した。
 元々派手な人だが、髪は金髪になってる…水玉のシャツにピンクのカーディガンに細身のズボン…ジャニ系アイドルみたいだ。それが似合っているからまた始末に悪い。
「かっこいいだろ?ボク、関西の雑誌だけど、モデルやってんの。結構人気者なんだ」
「それは…良かったですね。で、わざわざ体育祭を観に来たんですか?」
「そうだよ。だってリンくんが剣舞をやるって聞いたからね~去年の応援団の恋人役としては是非とも観ておきたいじゃん。それで、みなっち達は、さすがに別れた?」
「…続いてますよ」
「ふ~ん。宿禰も真面目だねえ~」

 地味な学生食堂で目立って仕方ない先輩と、安価な定食を食べることになった。
「うん、懐かしい味だね~ここのコロッケはやっぱり美味しい~」
「そんなことより、先輩こそどうなんですか?保井先生とはうまくやっているんですか?」
 この学院の体育教師だった保井先生は、根本先輩と恋仲で、先輩が関西の大学に進学したのを追いかける形で学校を辞め、今は京都の高校に勤めていると聞いていた。
「保井?もうとっくに別れたよ」
「えっ!わ、別れたんですか?」
「うん」
 驚いて次の言葉が簡単に出てこなかった。
 遊び屋の先輩だって、先生との恋は本気だったはずだから…
「だって、保井先生は先輩の為に、ここを辞めて京都まで追っかけていったんですよ?」
「ボクが頼んだわけじゃないもん」
「そうだとしても…先輩だって先生のことを好きだったじゃないですか」
「うん。その時はね…本物の恋かと思ったけどさ。やっぱり違ってた。まとわりつかれるとうざくてさあ~きっぱり話をつけたんだ」
「…そう、ですか…」
 別に憂えう風でもない先輩に少し腹が立った。おれは先生が先輩に夢中だったのを知っているから、余計に先生が可哀相になる。
「みなっちは保井に同情するだろうけどさ、恋愛ってどっちが可哀相とかどっちが悪いとかは当事者じゃないとわからないんだよ。保井もボクからやっと解放されて自由になれたと思うんだよね。ふたりの未来の為にはこれで良かったと思う、ことにしてる」
「…」
 殊更に明るく言う根本先輩だって、本当は不安なのかもしれない。
 だって、誰も自分の未来なんか見えるわけではないのだから。

 昼食後の最初のプログラムは応援合戦。その場を整える意味でリンの剣舞が行われる。
 練習の成果もあってリンは見事な刀の舞を見せた。
 その力強さと精悍さに誰もが圧倒されたと言ってよかった。
 リンが舞っている間、観客は静まり返っていた。
 おれ達生徒の中にはリンを気にいらなくて野次る奴もいたが、リンの演技はそれさえも黙らせてしまった。
 おれはリンが舞っている間、何故かわからないけれど、胸が締め付けられる気がして堪らなくて、泣きそうになるのを必死に堪えていた。
 終わった後、周りのみんなはリンを褒めたたえ、おれにさえもお礼を言うほどだった。
 以前のおれなら、リンの恋人には相応しくないだとか簡単にいじけたりしただろうけれど、リンが褒められるのが素直に嬉しかった。
 リンの恋人として誇らしかった。
 そして、おれもリンに誇れるように懸命に励もうとさえ思えたんだ。
 こんなおれにしてくれたのはリンのおかげだ。
 つまらないおれを救い上げ、顔を上げて空を見上げるようにしてくれたのは、リンがおれを愛してくれたからだ。 
 
 だから…おれはリンを信じる。
 そして、ずっと…ずっと愛し続けるんだ。


 体育祭が終わって、温室に足を運んだ。
 リンが来る様な、そんな気がしたからだ。
 花に水をやっていたら、リンが現れた。
 剣舞の見事さを褒めると、リンはおれのことを思いながら演じていたと言う。
 それがリンの優しい嘘でもなんでも、そんなことはもうどうでもいい。
 おれへの「愛」は本物だと感じたから。
 ああ、これが人を愛すると言うことなのだ。

 おれ達は身体を寄せ合ったまま、温室の窓から夕日を眺めた。
 背中を抱くリンの腕の中は、おれが生きてきた中で一番安らかな居場所だった。



温室3-3


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トラウマ姉ちゃん - 2010.09.05 Sun

慧一の妹、凛一の姉、宿禰梓は20才で逝去しますが、

ふたりの記憶の中では異常な存在感ですな。

彼女が生きていたら、3人の関係は違ったものになったでしょう。

梓は慧一が凛一に懸想しているのは知っていたし、自分もまた凛一に対しては肉親の愛だけではなかった気がするので。

そうなると、凛一という存在が特質だとよりわかる。

ただ、凛一を育ててきたふたりだから、異常な愛情が沸いたとしても、私的には違和感はない。

梓

凛一の理想の女である梓。

きっと死んだ今でも凛一を見守っている。

そして、慧一に自分の想いを託しているんじゃないのか…と、思ったりする。


梓の性格は一言で言うなら、漢(おとこ)である。

慧一よりもさっぱりはっきりしている。

そういう娘が…欲しかったわ~www

宿禰凛一編 「HAPPY」 16 - 2010.09.03 Fri

rinncyann1.jpg


16、
 一段落して応援席に戻ろうとしたら、貴賓席の後ろに嶌谷さんの姿が見えた。
「嶌谷さん、見てくれた?どうだった?俺の剣舞…あ」
 駆け寄ってみたら、隣りに鳴海先生が居る。
「凛、素晴らしかった。ヴィーナスが舞い降りて、汚れた世界を刃で切り裂き、一瞬で清浄にしてくれる様だった」
 嶌谷さんは嬉しそうに俺を抱き締めてくれた。目の前にお偉い先生が居ることなんかお構いなしだ。
「誠一郎くん。汚れた世界とは聞き捨てなりませんよ。少なくともこの学院は神の祝福に守られているのですからね」
「あ!すいません。つい、調子に乗って…」
 急いで俺を解放して、頭を搔く嶌谷さんが可愛い。
「ふふ、鳴海先生、嶌谷さんは俺に甘いんです。許してやって下さい。それより…先生、合格でしょうか?懸命にやりましたが、没頭してしまって回りが見えていませんでした」
「それだけ精神統一していた証拠でしょう。技の切れも見事でしたよ。お疲れ様でした」
「…ほっとしました。それより、嶌谷さん、鳴海先生と会うのは初めてなんでしょ?」
「ああ、そうだよ。凛一がお世話になったので、挨拶をしておきたかったんだ」
「実はね、宿禰君。君が私の指導を受けることを知って、誠一郎くんから連絡を貰ったんです。電話だったけれど、君の事をよろしくお願いしますと丁寧な挨拶を頂いた」
「ちょ、鳴海さん。それは凛には内緒の約束じゃなかったじゃないですか」
「舞台は終わったのだから時効ですよ、誠一郎くん。宿禰君の親代わりだと言うけれど、愛が存在しなければここまで思いやることはできません。宿禰くんは幸せ者です」
「はい。俺もそう思います」
「どっかの親バカ同然だとわかっていたけど、じっとしてられなかったんだ。おせっかいだと凛が嫌がるだろうから黙っていた」
「そんなことない。すげえ嬉しいよ、嶌谷さん」
 嶌谷さんの思いやりが心に響いた。この人は血は繋がっていなくても家族と同じなんだ。
 甘えることも帰ることも許してくれる大切な人。
「そして、私も長年会いたいと望んでいた誠一郎くんに会えた」
「俺も鳴海さんには一度お目にかかりたかった。親父から聞いていました。色々と俺のことを心配してくださったそうで、本当に申し訳なく思っていましたから…」
「いや、心配はしていませんでしたよ。嶌谷の息子さんだもの。だけどこうやって直に会えたのは何より喜ばしいことですからねえ」
「はい」
「良かったね、嶌谷さん」
「宿禰君」
「はい」
「宿禰君が私達を引き合わせた。そしてとても幸せな感情を沸き起こしてくれた。君の剣舞を観て、ここに居る誰もが清清しい感動を受け取ったと感じています。これは君がくれたハッピーです。充分すぎる贖罪だと思いませんか?」
「…本当に?そう思っていいのでしょうか?」
「勿論ですよ。君にはその才と力がある。それを充分理解して、前に進む術を見つけて歩いてください」
「ありがとうございます。鳴海先生」
 目頭が熱くなった。
 傍で嶌谷さんが俺の頭を撫でてくれる。
 少しだけ目線を上げて俺を見る嶌谷さんに、いつの間にか嶌谷さんの背を追い抜いていた自分に気が付いた。


 体育祭が終わり後片付けが済んで、生徒らが下校し始めた頃、俺は温室へ向かった。
 ミナが待っているような気がしたんだ。
 温室のドアを開けて、中を覗く。
 制服姿のミナが草木に水をあげていた。
「ミナ、水は朝やったんじゃないのか?」
「リン!」
 振り向いたミナが嬉しそうな顔を見せる。
「うん、明日は代休だから水撒きできないだろ?だから…」
「そうか。俺も手伝うよ」
「いいよ。リンは沢山の競技に出て疲れただろ?良かったね。大活躍だったじゃない」
「残念ながら優勝は逃したけどさ」
「剣舞は点数に入らないからね。でも…良かったよ、リンの剣舞…とっても感動した」
「ホント?」
「なんか泣きそうになったよ。周りのみんなもうっとりしてた。空気がピンと張り詰めてこちらまで引き締まった気持ちになった。それでいて、すごく綺麗だからさあ…おれ、すごく誇らしかった…」
「…うれしいよ。そんな風に思ってくれて…本当は…舞っている時、ミナのことを思っていたんだ」
「え?」
「いつまでも愛してる…って、誓っていた」
「…」
 顔を真っ赤にしたミナは、俺に背を向けて黙ったまま水遣りを続けた。

 俺はその背中を優しく抱いた。
「ミナ、ありがとう。…愛してる。大好きだよ」
「…おれも…おれもリンを…愛してる…」
 ジョウロを脇の机に置き、胸に置いた俺の手の上に自分の手を重ねたミナはそう言ったきり、ただ黙って目を伏せている。
 精一杯の思いを伝えようとするミナが意地らしくも愛しかった。 
 夕日に照らされた俺たちは、ただじっと互いの気持ちを染み渡らせていた。 
 それは至福と呼ぶ以外、表現できないほどに満ち足りたものだった。
 肉体的な欲望ではなく、恍惚感に浸るでもなく、魂で通い合わせる。
 陽が落ちるまで、ただそうやって優しく抱き合ったまま、身を寄せ合っていた。

夕焼けふたり



 十月の終わり、慧一から体育祭のビデオを観たと電話をもらう。
『去年の応援団も素晴らしかったけれど、今年の剣舞はなんというか…感動したよ。あれだけの技を凛が出来るとは思ってもみなかった』
「指導が良かったんだよ。それに慧だって俺より古武道はやってたじゃん。きっと慧の方が様になっている」
『人を惹きつけるには見た目が大事だからね。凛のは極上だ』
「…慧、それ以上言わないでくれ。嶌谷さんにも散々おだてられたんだからさ」
『嶌谷さんは自分のことのように喜んでいたよ。あの人はもう宿禰家の身内思考になってないか?』
「なってると思う。だから…嶌谷さんにも幸せになって欲しいって願うばかりだ」
『凛、少し元気が無いね』
「そうかなあ…きっと受験勉強が追い込みに入ったからだね。朝から晩まで机にかじりついているよ」
『無理するなよ。落ちたらこっちの大学に行けばいいさ』
「そうだね。それも考えておくよ」

 慧一は俺の心の底の思惑など知らないだろう。
 ミナを愛し続けたいなんて、言ったらまた悲しませるかな…
 
 ベランダから見る空を一面にうろこ雲がゆっくり泳いでいる。 
 秋が過ぎ冬が来れば、俺たちの試練がやってくる。




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宿禰凛一編 「HAPPY」 15 - 2010.09.01 Wed

剣舞


15、
 本番の体育祭まで、週3回、放課後に武道場で指導を受けることになった。
 鳴海先生の流派は神道流で、俺が習っていたものと似ていたから、型を覚えるのに違和感はなかった。
 二年前は生徒会長だった美間坂さんが槍術の舞を見せたが、俺には太刀術が見合うだろうと、刀を使っての剣舞になった。
 切れる刃ではないが、重さと形は本物と同じ精巧なレプリカの刀は、間違って人に当てたら怪我をさせるかも知れない。刀を振りながら緊張感に手が痺れてくる。
「刀を持つのは初めてですか?」
「はい。古武道は習ってましたが、合気道と剣道だったので、剣術は初めてです」
「手に馴染むまで繰り返し型を振ることが大切です。美間坂くんも弓術を長年されていたから相当の素質があってね。けれど、槍を使いこなすまでには苦闘していたね。本番は素晴らしい演舞を見せてくれました」
「先生は宣教師でもあるんでしょう?キリスト教を伝えることと、日本の武道を教えることに違和感はないんですか?」
「私はよく海外の教会や学校で説法をするのだが、和装で古武道を見せるだけで、信徒たちの信頼感が著しく溢れてくる。日本人の宣教師として、何かを伝えるのなら、私にしか出来ない惹きつける語りや形というのもは最大限に使うべきものだと思うんです。今回、宿禰くんは生徒会からの推薦で剣舞を披露することになったんですよね」
「はい、そうです」
「生徒会は生徒の代弁なのだから、彼らの推薦という意味は、君に対する評価と受け取っていい。君の容姿や輝ける魂の演舞をきっとみんなも望んでいるということでしょう。だが、賞賛される為ではなく、自分自身と向き合う為に一瞬でも無心になることは大切ですよ。一心不乱に励みなさい」

 優しげな言葉とは裏腹に、鳴海先生の指導は厳しかった。
 さすがの俺も練習が終わり、フラフラになって自宅に帰り着く。
 夕食も作る気にならずに店屋物で済ます。
 それでも指導を受けた後の心地よい疲労感と洗い清められるような清清しさは、心と身体を深い澱の中から浮上させてくれる気がした。
 指導の無い日も、俺はひとりで習った太刀筋を何回もおさらいするものだから、温室でひとりほったらかしにされたミナはぶつくさと文句と言う。
 ご機嫌取りに、毎週末俺のマンションに泊まりにくるように誘うと、控え目に頷きなからも嬉しそうな笑顔を見せた。
 ミナが可愛かった。
 この期に及んでも、俺はミナと別れることを躊躇していた。
 あれだけはっきりと慧一に断言したのにも拘らず、ミナを目の前にすると、手放したくないという恋心が募って仕方が無い。
 どうせ3月までの恋愛だ。卒業すれば、ミナと合わなければ、この恋心だって薄らいでくるに決まっている。
 そう自分に思い込ませては、本当に離れられるのかと自身を疑ってみたくなる。

 相変わらずミナは俺を信じ、俺が傍にいるだけで全身で喜びを表してくれる。
 これだけの信頼を俺は裏切ることになるのか…
 そうじゃないと嶌谷さんは言うけれど…傷つくのはミナだけじゃないって言うけれどさあ…
 俺はミナを傷つけるのが怖くて仕方ない。
 だから優しくもなるし、沢山抱いてやりたくてたまらなくなる。
 ミナと一緒に寝るのが怖かったりもする。
 寝言で慧一の名前を呼ばないかと不安になるからだ。
 もし、寝言でも言ったところで取り繕う気は無く、問い詰められたらはっきり言ってやるとは思っているのだが…
 実際のところ、慧一との関係をはっきりとミナに言い出すことなんか出来ないとわかっている。
 俺と慧一の関係は俺たちの生きてきた過程での結果であり、そのことに俺は一ミリの揺らぎもない。
 しかし余程の事がない限り、兄弟で愛し合うなど他人に理解されるものではない。
 まして常識人のミナには毒が強すぎる。
 どっちにしてもミナはゲイの資質は少ない種類の人間だ。
 俺に惚れたのは、男子校のなせる業であり、井戸の中の蛙だから、社会に出れば男と女しかいないことは気づくはずだ。ミナは女とも恋はできるだろう。
 もっと大人になって、世の中のしくみを理解したら家庭を持つ大事さを知る。
 家族を大切にするミナにはそれが自分に相応しいと思うことだろう…
 そうしたら、俺のことは高校時代の思い出のひとつとなっていくんだよ、きっと…

 俺は自分で勝手なミナの未来を妄想し、自分を納得させようとしていた。
 そうしなければ、ミナと別れる道筋が見えない気がした。

 
 体育祭直前の、最後の剣舞の指導が終わった。
 畳に正座をして、鳴海先生にお礼を言う。
「良く頑張りましたね。本番はきっと素晴らしい舞台になると思いますよ。集中して頑張りなさい」
「はい。ありがとうございました。期待に沿う様、魂を込めて演じます」
「宿禰君とこうして話す機会も最後だろうから、話しておこう。…実を言うと君を知ったのは、君がこの学校に来る前なんですよ」
「え?」
「君が絡んだ事件があったでしょう。あの時自殺した男性の遺骨は嶌谷家のお墓に入れられることになったのは知ってますか?」
「はい、嶌谷さんから聞きました。月村さんのお骨を引き取る人が誰もいなかったから、嶌谷さんの実家のお墓に入れてもらったって…」
「その時、誠一郎くんが父親の嶌谷、私の友人のね。にお願いしたんだ。それでその後に嶌谷と食事をしていて、その話題になった。誠一郎くんのことは昔から気がかりだったし、その事件を詳しく調べてみたら君の素性が見えてきた」
「…」
「好奇心ってわけです。曲がりなりにも人を助ける身の上でもある事だから、もし、自分が救えたらと…思ってしまうものなんですよ。…宿禰凛一という人格に触れた時、とても魅力的に思えました。どんな子だろうかと…この学校を受けたのを知ったのは最終試験で、学長が頭を抱えて君の書類を私の目の前に提出した時です。ペーパーテストも面接も落ち度がないが、過去の事件があるので、決めかねるがどうしたらいいかと、相談を受けました。私は即決で合格と見なしました。…君は思ったとおりに素晴らしい聖ヨハネの生徒でした。私は君を誇らしく思いますよ。何があっても自分の目で道を切り開いて行きなさい」
「俺は…今まで沢山の罪を犯しています。これからだってもっと罪を重ねるかもしれない。それでも、進んでもいいのだろうか…許して欲しいとは思わない。だけど…時々めげてしまいます。動けなくなってしまう…」
「それでも、歩きだすんですよ。時間は周りだけではなく、自分自身も変わるってことでしょう。良心が咎める罪ならば、『父と子と聖霊の御名において』許すでしょう」
「懺悔しなくても?」
「懺悔する相手によりますよ。少なくとも…宿禰君は神を相手にはしないでしょう?」
「いいんですかね」
 心内を読まれた気がして、恐縮して舌を出す。
「大丈夫ですよ。神は寛大ですからね。少なくとも…私はチャラにしますよ。明日の演舞の出来次第でね」
 鳴海先生はお茶目にウインクをしながら、笑顔を見せてくれた。
 俺はもう一度畳に擦るぐらいに頭を下げ、お礼を言った。



 体育祭当日、嶌谷さん達に見守られる中、俺は午後の部のトップで運動場でひとり剣舞を披露した。
 BGMも何もない、ただ観客の声援が時折聞こえてくる。
 俺は刀を扱うことだけに集中する。
 その切っ先や刃の太刀筋の中に、段々と自分自身が見えてくる気がした。

 みんなが俺を見ている。好奇心や憧れだけではなく悪意を含めても、それは俺に対する想いだ。
 俺は生まれてからずっと、愛されていることを知っている。
 沢山の無償の愛が俺を守ってくれている。
 家族や友人、嶌谷さんやミナや慧一の愛に俺は応えたい。
 俺ができうるものを与えたい。
 キリストや仏陀が人々を救う道を指し示すものとは違う。
 俺は俺にしかできない喜びを俺を愛する者たちに与えたい。
 思いあがりではなく、生きていく罪の許しとして購う術を知り、それを与えたい。
 だが、俺は選ばなきゃならない。
 俺は象徴でない。
 独りの人として、生きていく道を選ぶ。
 今、歩いている道はただの一本道なのか。
 それともいくつもの道に別れ、分岐点に立たされているのだろうか。
 俺は…慧一を選んでいる。
 どう歩こうと他の道は選べない。
 慧と生きることが俺と慧の望んだ道だ。
 ミナを思う。
 これは恋だ。
 ミナと共に歩いていく道は選べない。
 俺に囚われずにミナを自由にしてあげなきゃならない…
 それが正しい道なんだ。
 だけど…ミナを愛することをやめる必要があるのか?
 ミナと行く道を違えようと、ミナを愛するのは俺の感情であり、想いなんだ。そうだろう?
 慧と生きるからって、ミナを愛していけないとは限らない。
 会えなくても身体を繋げなくても、愛し続けることはできるはずだ。
 それは罪だろうか。
 許される罪だろうか…
 ミナ…君を、ずっと愛していたい…


 刀を鞘に納め、低頭した。
 辺りが割れんばかりの拍手と歓声に沸き、俺は瞑想から覚めた。
 正面の応援席で手を振るミナの姿がはっきりと見えた。
 





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凛一羽1



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