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2010-12

拍手コメの返事とフォト - 2010.12.25 Sat


リンミナの完結への沢山の感想をありがとうございます。

内緒コメや拍手コメを頂き、とても嬉しいです。
それぞれにお返事はさせて頂きますが、拍手コメはこちらでいたしますね。

しょごたんさん>ありがとうございます。そうですね~また何年後かに、これを読んだら、それぞれのキャラへの気持ちというものが変わっているかもしれませんね。
描く側は、どのキャラも愛おしいのですが、それぞれの立場になって書いているので、見えないところは見えないままに書いてます。
嶌谷さんのミナへの思いなんかは、ほとんどありませんし、紫乃だって慧一ありきでしか見てない。そういうキャラの立場になって、読んでみると叉面白いかもしれないですね~
丁寧な感想をありがとうございました。



え~、凛と慧の絵のバックに使ったフォトが綺麗だと言われたので、公開しますね。


天草の落日です。
イラストバックに使った写真です。
泊まったホテルの目の前で撮りましたよ~
一時間ぐらいかけて、日没を鑑賞しました。
天への道みたいに光ってて綺麗でしょう。


天草8

こちらは天草の大江天主堂。
天気が良かったので白が映えますね~
決して大きくないし、絢爛でもないんですが、清楚でいい感じでした。

天草1

写真はフリーです。
どうぞ、お使いください。

あとがき - 2010.12.25 Sat

みんな、ありがとう

あとがき

 やっと、なんとか、終えることが出来ました。
 最後は、色々終わり方を考えましたが、可能性や予測不可能な未来を含めて、今の凛やミナの気持ちに正直になろうと思って書きました。

 思えば、この「GREEN HOUSE」を考え始めたのは、二年前の初冬だったと思うので、本当に長い付き合いになりました。
 個人のBLブログを立ち上げようと思い立ち、だけどひとりでは不安で、「blank note」の朔田さんの力をお借りして、このブログを始めました。
 せっかくだから学園もののBL小説でも書こうということになり、朔田さんと共同で始めたのが一月、キャラを持ち合い、ミナは朔田さん、凛一は私担当で始めました。
 途中、朔田さん自身の小説の執筆が忙しくなり、ミナ編も私が受け継ぐ事になりましたが、この時にはすでに最後のふたりの再会までは、話し合っていたので、そこへ向かっていけば良いと、思っていました。
 しかし、ここからが長かった。

 リンとミナが出会って交際するまでに三ヶ月、セックスするまでのもう半年、そして、一年後には凛はもう慧一と寝てますからね~(;´Д`A ```
 この話がリンとミナの恋物語でなければならないなら、ふたりの感情の移り変わりを書かなきゃならない。とすると、凛は色々と波があり、きょろきょろするから書くことも多くなるけど、ミナの一途な気持ちっていうのが、まず一番大事になってくる。ここを丁寧に書かなきゃ、この恋の重みは出ない。と、思い、とにかくミナには凛に恋してもらいました。その時間を与えました。
 箱根旅行やクリスマスなどは、ミナの気持ちを書く為にはいいイベントになりました。
 
 後半、ミナと凛の別れまでの一年間を凛がどう思って過ごしたのか…そこは難しかったですね~
 慧一のリストラも早くに考えていましたが、それをどこで持ってくるか…この出来事で凛が慧を決定的に選ぶことが決まっていたので、時期が難しかったです。
 
 凛とミナが再会して、さあどうするのか…それはふたりに任せました。
 ふたりの感情に沿って書いていくことが私の描き方であり、それが納得できなくても彼らの思うままに歩かせたかった。


 小説というのはおこがましい。敢えて「テキスト」または「物語」と呼びます。
 こんな身勝手な物語を、応援してくださった皆さんには感謝いたします。
 ブロ友さんの暖かい言葉も嬉しかったのですが、見ず知らずの方の声援というものが何よりも続けていく力になりました。
 ミナを応援して、別れるようになってしまい、辛くて読めなくなったしまった…慧と凛と応援します…とても面白いです。先が楽しみです。…読みやすいし話もわかりやすいです、頑張ってください…と、全く知らない方々からの言葉が、胸に響きました。
 私自身、ここ何年かBL小説は殆ど読んでいません。漫画は読みますが、激しいものは手に取りません。もうそういう事に萌える年でもない気がします。
 ただ手を握り締める。目を合わせる…そういう行為にいく心情が好きなのです。
 だから、このテキストも一般的に受けるシロモノじゃないこともわかってます。だからこそ、見ず知らずの方の正直な言葉が嬉しかった。
 ありがとうございます。
 どうにか最後まで書くことができました。

 凛とミナ、このふたりはこれからも別々の道を歩いていくでしょう。途中交わったりするのかも…しれません。ただ、見つめあい、笑いあい、それだけで終わってしまうかもしれません。
 だけど、ずっとお互いを想い、相手を気にして、大丈夫か?と、声を掛け合い、生きていくのではないでしょうか。
 そうあって欲しいと願っています。

 この後を書く予定は無いんですが、紫乃編だけはまだ済んでいないので、紫乃視点でなにか書けるかもしれません。
 新春4人楽屋座談会なども、おもしろいかな~と思っております。

 なんにしろ、無事終われて本当に良かったです。

 最後に、朔田さん、応援してくださったブロ友の皆さんとリア友。最後まで読んでくださった見知らぬ方々…本当にありがとうございました。

 ∠(*゜∇゜*)☆メリークリスマス☆
 そして、
 良いお年をo(*^▽^*)o~♪
 来年もよろしくね~

 サイアート


宿禰凛一編 最終章「only one」完結 - 2010.12.25 Sat

手と手を繋ぐ

7、
 背を向けて、海を眺め続けるミナを見て、我ながら酷な事を言ったと後悔した。
 答えを出さなきゃならないにしても、再会したばかりの俺たちには現実的すぎる。
 もう少しぐらい夢を見る時間があってもいいはずだ。
 俺はミナの手を取り、海を見ようと、誘った。

「初めてのデートの時も海を見に行ったよな」
 左手に海を眺めながら、道路沿いの遊歩道を並んで歩く。
「ああ、そうだったね。辻堂の方へ行ったんだ」
 ミナもいつものミナに戻っていた。
「ミナにキスしようとしたら、ミナが嫌がって、そのまま座ってた堤防からふたりして落ちた」
「だって…おまえがいきなり迫るから…」
「ミナは純情だったからなあ」
「…過去形?」
「いや、今も純情で可憐でかわゆいよ」
「…また馬鹿する」
 口唇を尖らせるミナはあの頃のままに、可愛い。


 別れの場所は江ノ電の稲村ガ崎駅。ミナは藤沢行きへ、俺は鎌倉行きの電車に乗ることになった。
「リン、さっき問いに答えなきゃならないね」
 ホームの片隅に立ったミナは、俯き加減のまま、俺に話し始めた。
「今、無理に答えを出さなくても良い」
「無理じゃない。それに今、出さなきゃならない大事なことだ」
「…うん」
 本当は聞きたくないだけなんだ。
 俺は腰抜けなんだよ。嫌なことはミナに押し付けて、決めさせるなんて…

 ミナは俺たちにしかできない『純愛』を貫こうと言う。
 それを『奇跡』と、呼び、ふたりで目指さないかと…
 肉欲のない愛情か…そりゃ、この世の中、情だけで通じるものなんて沢山あるだろうけれど、俺とミナの間でセックスは大事な愛情表現だったはずだ。
 昨晩だって…誘ってきたのはミナの方だ。それを求めずに、俺たちの『愛』を貫くなんて…童話かお伽話だ。
 だけど、ミナはそれを、『純愛』を求めている。
 ミナが決めたことを、俺が否定できるわけがない。なぜなら…俺はミナを愛している。

 昔、温室で語り合った千夜一夜物語は、この『奇跡』を探す旅の水先案内人だったのかも知れない。
 そして思ったんだ。
 ミナとふたりだったら、もしかしたら、その『奇跡』を、手に入れることができるかもしれないって…
 真実の恋をし続けたなら…


 藤沢行きの電車に乗るミナを見送る。
 ミナが泣く。俺はその流れる涙を拭った。
「また、逢えるよね、リン」
「勿論だよ、ミナ。また逢う日まで元気で…」
  
 ドアが閉まった。ミナの顔が歪んだ。
 俺は手を振る。
「元気で、ミナ。さよなら…」
 俺は…ミナの望む笑顔を見せられただろうか。


 ミナの電車が消えるまで、手を振った後、隣りに到着した鎌倉行きの電車に飛び乗った。
 ドアに凭れ、ミナを思った。
  二度とミナを抱けないのなら、最後のキスぐらいゆっくり味わえば良かった…

 鎌倉に着いて、マンションに寄ろうかと考えていた時、携帯の着信音が鳴った。慧一だ。
「はい」
『凛、今どこにいる?』
「鎌倉だ」
『そう、俺はさっきホテルに着いたんだが…今から時間あるか?』
「ああ、今日はフリーだ」
『じゃあ、車を借りるからドライブへ行こう』
「え?どこへ?」
『内緒。横浜までおいで。合流したら詳しい事を話すよ』
「了解」
 声の様子じゃあ、今日の慧一は機嫌がいい。俺とは雲泥の差だ。
 これを引きずったままじゃ、すぐに見抜かれる。

 横浜のターミナルビルで慧一と待ち合い、そのまま車に乗り込んだ。
「凛、鎌倉のマンションにいたのか?」
「いや、行ってない」
「そうか。じゃあ、親父とは会ってないんだね」
「うん。で、どこへ行くの?」
「昨日、父さんから連絡を貰ってね。母さんと梓の聖堂を建てる土地が、やっと決まったんだって。今からそこへ行こうと思うんだが、大丈夫かい?」
「ああ…そうだね。行こう」
「どうした?凛。具合でも悪いのか?」
「いや…ちょっと、疲れてるだけ…少し休むよ」
 走り出した車から、外の景色を眺めた。あんなに青かった空も刻々と黄昏色に移り変わっていく。
 スピーカーからはFMラジオのパーソナリティの声。
 
 今頃、ミナはどうしているだろう。あんなに泣いてしまって、大丈夫かなあ。 
 本当にあのまま別れて良かったんだろうか。俺も一緒に乗ってしまえば良かったのに…
 …どうしても一緒に乗ることはできなかった。乗ったところで、俺とミナは一緒には歩けない。
 だから『純愛』という、心地の良い恋物語にしようとしたんじゃないか。
 …あれだけお互いの身体の隅々まで知ってしまったのに、今更『純愛』だなんて、虫がよすぎる。
 ミナは…本当に『奇跡』を望んでいるんだろうか…
 いや、ミナは…別な意味での別れを提示したんじゃないだろうか。
 そもそもミナがホテルに来た時点で、ミナの決心というか、覚悟のようなものは感じていた。だから自分から欲しいと懇願したんだろう。
 俺や慧一、それに自分の大事な人を守るためには、俺たちが愛し続けることはなにひとつプラスになることじゃない。どこかで断ち切らなきゃならない決心だったんだ。俺にだってわかっていた。
 俺が勝手にミナを想っても、ミナはただ受け取るだけじゃなく、それを返そうとする。
 それが昨日の一夜だったのかもしれない…
 別れは考えられなかった。
 あれだけお互いを欲しいと願ってしまったんだ。「それじゃあ、別れよう」とは言えまい。
 ただ想いを通わせる…それしか選べなかった。
 だが、本当に成し遂げられるのだろうか…
 俺には、自信なんてない。
 『奇跡』なんて、そんなもの望んでいたわけじゃない。
 ミナの…おまえの肌のぬくもりの方が何倍だって信じられる愛だ。
 ミナ…もう、おまえを抱けないの?…そんなの寂しすぎるよ…

 その時…ラジオから懐かしい曲が流れ始めた。
 ボーカルの澄み切った声が、その詩を鮮やかな形にしていく…
 ミナと出あった夏、ミナと語った日々、少しずつふたりで刻んでいった恋物語だったね…

 あの夏、世界中で一番、大切な人に逢った
 今日までの そして これからの人生の中で…

 突然、胸が熱くなった。溢れる想いを止めることも出来ず、俺は声を上げ、号泣した。
「凛…凛、どう、した…どこか、具合が悪いのか?近くの病院を探そうか?」
 慧一の動揺は見なくてもわかっていたが、この感情を止める術はなかった。
「…だい、丈夫…だから、慧…ゴメン。心配はいらないから…このまま泣かせてくれ」
 悲しさや寂しさだけじゃないんだ。
 ミナへの想いは本当に純粋なままで、今でもミナをこの手で幸せにしたいって…そう思っている自分が、馬鹿みたいに愛おしくて、情けなくて…くやしくて……くやしくて…

 
「着いたよ、凛」
「…う、ん…」
 泣きつくして眠ってしまっていたのか、知らぬうちに、目的地へは到着したらしい。
 車から降りると、中腹の山の中。
 夕焼けが辺りをオレンジ色に染め上げ、眩しさに思わず目を閉じた。
「大丈夫か?凛」
「…うん。ああ、気持ち良い…沈んでいく太陽ってこんなにもあったかいんだね~」
「少し目が腫れている。冷やした方が良いだろうけど、あいにくここには水道もない」
「いいよ。そのうち引くさ。それより…ここ…」
「ああ、まだ整地もできてないけど…この山の地主が親父の知り合いの弁護士に相談を持ちかけてね。半分は住宅地にするんだが、ここ一面は…なにか違うものにしたいらしくて…親父の話を聞いて興味をもったらしいんだ。聖堂を建ててもいいって言ってくれている」
 慧一の話はあまり頭に入ってこない。だけど、この場所には見覚えがある。
 …そうだ。前にいつか、紫乃とドライブした夜、紫乃が連れてってくれた場所だ。
 俺は見覚えのある桜の木を目指して走り出した。
 後から来た慧一が不思議な顔で俺を見ている。
「その桜の木が気になるのか?」
「…慧一の思い出の場所だろ?」
「…どうしてそれを?」
「紫乃に聞いた。よくふたりでここで星を観たってね。観ただけなのかは、問わないけどね」
「紫乃に何を吹き込まれたのかは知らないが…観ただけだよ」
 少し拗ねた顔を見せた慧一は桜の幹に手を置いて、見上げた。
「昔と変わらずにそのままに存在するっていうのはいいな。自分がどういう生き方をしようが、この桜の木はこちらを受け入れてくれる。…不思議な安心感だ」
「ねえ…人の想いは変わらずにいられるのだろうか…」
「…難しいかもな…でも、その想いがこの桜のように、ずっと人の心に留まっていれば、永遠に語り継がれていくのかもしれない」
「慧は…『純愛』って信じる?」
「…」
 慧は俺を見つめ、何も言わず、そして街が一望できる高台までゆっくりと歩いて行った。
 俺は慧一の後を付いて行く。

「ここから星空を観ると、自分が立っていることさえわからなくなってしまいそうに、怖いんだ。真下が見えない気がしてな…」
 俺は慧一の傍に立ち、一緒に紫がかった空を仰ぎ見る。
「昔、…夏の夜だった。その日は母さんのお見舞いに父さんと梓が泊りがけで、家には俺と凛しかいなかった。真夜中、凛はむずがって、『母さま、母さま』と泣くんだ。どんなにあやしても泣き止まない凛を抱きあげて、俺は庭へ出た。
東京の夜空なんてマトモに星空なんか見えやしないのに、その夜はいくつもの星座が見えた。俺はぐずる凛に星座を指差して、ギリシャ神話を話して聞かせたんだ。そのうち凛は泣き止んでね。ふたりで空を仰いでいた時、ちょうど流れ星が輝いた。俺はおまえにひとつだけ願いが適うから、祈るんだよって、言った。おまえは声を出して『母さまの病気が治りますように』と、祈ったんだ」
「覚えてないけど…慧は?慧はなんて祈ったの?」
「俺は…抱いている者を俺だけのものにしたいと、願った…すべて俺のエゴでしかない。俺は自分が傷つくのが怖いのさ。おまえに嫌われないように、捨てられないように…それだけを祈ってきた。さっきのおまえの涙だって…その意味を聞くのが怖くて、たまらないんだよ」
「慧…」
「俺は…おまえへの執着だけで生きている。いつだって、おまえだけを愛してきた。歪んでいたとしてもエゴイズムだったとしても…それは純粋な愛情だったと、俺は思っている。その想いが俺を支えてきた。これからもずっとそうだろう。おまえが望むと望まざると関わらず、俺は想うことしかできない」
「…」
「だが、それを…『純愛』と、呼べるのなら、俺は幸せに生きる者だろう。心から人を愛するという意味を俺は知りえたのだから」
「…慧、ありがとう…俺を支えてくれて」
「おまえを支えたんじゃない。おまえの存在が俺を支えてくれたんだよ、凛」
 真っ直ぐに俺を見つめる慧一の瞳には、迷いなど無い。
「慧…俺ね、もう遊びや仕事上の取引で、他の人と簡単に寝たりするのは金輪際しないって誓うよ。随分と、慧一に心配させてしまったけれど…ゴメン」
「凛…」
「ミナと別れたのは俺の勝手なのに、そうする道を選んでしまったのは俺だってわかっているのに…どこかで俺は慧を責めていたんだね。無茶をして、慧を困らせようとしていたのかもしれない。でも…ミナは許してくれたんだ。だから、慧も俺も枷を外して、自由に愛し合っていい…」
「…」
 慧一の胸に寄り添う俺を、強く抱き締めてくれる強さが嬉しかった。
「ああ、一番星だ…」
 東の天上に木星が光る。
「雪のないクリスマスもいいよね。雪の代わりに星が降る…」
「ああ、そうだな」
「ねえ、慧。今晩は凍えるまでここで星を見ようよ。今日だったらきっと神様も特別な恵みを俺たちにプレゼントしてくれるかもしれない」
「何が、欲しいんだ?」
「そうだね…慧と俺を暖める『灯火』。それで充分だ。他に…なにも、求めるもんか」
 頬に流れる俺の涙を、慧の口唇が優しく吸ってくれた。
「おまえがいれば…他にはなにもいらないよ、凛…愛してる」
 
 俺は、一生を共に生きるただひとりの人を選んだ。
 そして、
 これからも、ただひとりの人に恋をする。

兄弟2


 辺りは宵になり、そしてだんだんと闇が迫ってきた。
 眼下に見える街の灯りが、次々と増えていく。
 まるで小さな花が咲くようだ。
 俺たちは高台の芝生に座り込んで、その眺めを楽しんだ。
 やがて、聖堂の話になった。具体的な設計図も俺たちの中ではとっくに出来上がっていたから、早ければ来年中には出来あがるかもしれない。
「ヨハネの教会堂に続いてこちらもなんて、専門をそれにした方がいいかもな」
「凛はまだ若いんだ。色んな可能性があるんだから、すぐに決め付けなくてもいい」
「フフ…何事も慧は俺に甘いからね。…甘えついでに頼みがある」
「なに?」
「聖堂の隣りに小さくてもいいから、温室を建てたいんだ」
「…構わないよ」
「歳を取ったらそこでのんびり日向ぼっこでもして、日がな一日花の世話をして過ごすんだ」
「おまえが?」
「ああ、そうだよ…」


 北側に赤レンガの壁、南には大きな窓を嵌め込んで…沢山の植物を育てよう。
 「グリーンハウス」忘れないでくれ。
 俺とミナが愛し合ったことを。
 あれは、一生分の、本物の恋…




「GREEN HOUSE」 宿禰凛一編 完結。




futari2

リンミナシリーズはこちらからどうぞ。目次へ
「only one」 6へ


水川青弥編 最終章「愛する人へ」 完結 - 2010.12.21 Tue

最後のフォト
6、
 聖ヨハネ高校を後にして、高校の頃よくふたりで行った長谷寺へ向かった。
 鎌倉には沢山の社寺があり、季節の花々は競うようにが美しく咲き乱れ、観光客を楽しませる。
 事におれなんかその時々で、それを描き留めたくて仕方がなくなるから、リンとこの辺りを散策するとなると、必ずスケッチの為の時間を食うことになる。
 リンはそれを咎めることもなく、また気にもしないように、おれが夢中で絵を描いている間、隣りで本を読んだり、音楽を聴いていたり、「ちょっとぶらっとしてくる」と、言って、適当に時間を潰してくれたりするから、こちらも気を使わずに思う存分スケッチが出来た。
 思えば、あれもリンの思いやりなんだろう。今になって気づいた自分に少し呆れた。

 長谷寺の高台にある見晴台から見る鎌倉の街と、その向こうに広がる海の風景もおれにとっては見慣れたものだった。
 リンと一緒の時も、リンと離れてからもひとりで何回もここへ来た。
 来るたびに感じるものは異なっているけれど、変わらぬ景色であり続ける有り難さも今のおれにはなんとなくわかる気がした。
 だが、どうだ。今日ここでリンとふたりで眺める海と空の清清しさったら、絵に描きようもないじゃないか。
 ひとり、惨めな気持ちでここに立っていたあの時のことさえ、良い思い出に笑い飛ばせる気がする。

 おれはリンと再会してからずっと気になっていたことを尋ねた。
 リンがおれに対して、別れた事への負い目を持っていると…感じていたからだった。
 おれはリンの性格からして、そんなことを気にするタイプではないと思っていたから、再会したリンが常におれに気を使い、自分を責めているような表情をふと浮かべたりするのが気になって仕方なかった。
 おれへの愛情が自分が離れた負い目から来るとは思えないが、もしそんな気持ちがリンの中にあるのなら、おれだってそういう目でおれを見て欲しくない。
 だから、「全部許す」と言った。
 
 おれはリンに幸せになって欲しいって願っている。
 これだけは間違いない真実だし、その為ならおれに出来ることはなんでも…と、思ってしまう。 
 そう思わせてしまうものがリンにはあるんだ。
 おれがこれだけリンに拘るのだって、ただリンが愛していると言ってくれたからだけじゃなく、おれがリンを愛して、彼を誰にも渡したくなくて、おれのものにしたくて…
 だから、おれは…絵を描き始めてんじゃないのか?
 結局、おれだってエゴイストには違いないんだ。
 生まれた時からリンの傍にいて、彼を育てた慧一さんがリンを愛した事を、血が繋がっているからと誰が咎めることができよう。
 慧一さんにとっての宿命の者がリンだったってことだ。
 そして、おれにとっても…リンは…ただひとりの…

「それで…俺たちはこれからどうするんだ?」
 慧一さん以外とはセックスなどしてくれるな、と言うおれの横暴な願いを、リンは素直に聞き入れてくれた。
「俺の想いは変わらない。だが、ミナは慧一を悲しませたくないと言う。なら、俺とミナの間にもセックスは存在してはいけない…と、言う風にも捉えられるんだが…ミナはそれを望んでいるのか?それとも…過去を慈しむ友達として、付き合っていく?」
 どんな顔をしても見惚れるほどのきれいな顔で言うリンの言葉は、許しを得た所為か、容赦がない。

 結局はそれが問題なんだ。
 おれ達が今後、どう付き合っていくのか…
 
 住む所は違えても、これからだっておれとリンが会う機会はあるだろう。
 お互いにパートナーだっている身だし、大概大人なんだから、よくよく考えるまでもなく、普通の友人として付き合っていくことが、最良の選択であるはずだ。
 …おれとリンが友達になる?おれとおまえの間に、一度だって友人だったことがあったか?
 じゃあ、これからもこういう秘密めいた関係を持ち続け、優しい人たちを傷つけても愛し合っているのなら仕方がないと開き直り、恋人として続けていくのか?
 それとも…全くの見知らぬ者同士に?

 黙りこんだおれにリンは何も言わなかった。
 しばらくして咳をひとつしたリンは、おれの手を取り「海に出よう」と、歩き出した。
 そのままリンはおれの左手を握り締め、自分のコートに突っ込んだ。
「手袋忘れたからな~こうしてる方がお互いあったかい」
「うん」
 境内にも道すがらにも人目があった。
 だけど、リンはおれの左手を離そうとはしなかった。 おれも、離したくなかった…
 海沿いに出て134号線の歩道を歩く。
 頬を撫でる潮風も、雲ひとつない天気の所為か、じんわりとあったかい気がした。

「ミナのご両親は元気?」
「うん、元気だよ。親父はまだ現役だけど、母さんは社交ダンスに嵌ってね。休日は父さんも借り出されて、レッスンにつき合わされている。映画の影響だね。相変わらずミーハーな母親だ」
「良い事じゃないか。理想の夫婦だよ」
「だけど…おれは両親に何も残してやれないから…少し、罪悪感を感じるよ」
「さっき罪をすべて許すと言ったミナにしては、弱気だね」
「だって、おれの後に残す家族はいなくなるんだもの。責任を感じてしまうよ」
「戸籍上の家系を継続させたいのなら、簡単だ。気に入った奴でも親戚の子でも養子にすればいい。ただ、家族の継続とは何か…と、考えると…」
「…と?」
「なんの意味もない。血族を繋げたいから?財産を継承させたいから?それになんの意味がある。もし、誰かに譲りたいものがあればそうすればいい。それが継承だ。もし血を繋ぎたいなら、色々な方法を講じて子供を作ると良い。家族の解釈も多種多様だからね。だけど、俺は、結局は絆だと思う。相手を思いやる愛情だよ。おまえが言った許しだよ。それがあれば、家族は幸せだ。もし途絶えても、誰がそれを恨むもんか…おれはそう思うよ」
「…」
「それはそうと少し喉が渇いたな…どっかカフェ…あ!見ろよ。ミナ…」
「すごい綺麗…」
 正面の青空に浮かんだのは、上半分を真っ白に薄化粧した富士山だった。
「絶景だねえ~さすがにここは有名処だ。いつ見てもべっびんさんだ」
「リンは相変わらず変に親父くさいところがある」
「そうか?」

 海沿いのカフェで、ケーキセットを頼んだ。
 リンはさっきの言葉を忘れたかのように、他愛無い話でおれをリラックスさせてくれる。
「ミナは落ち着いたね。季史さんって人の影響かな…ちょっと…いや、かなりムカつくけどね」
「そう…か?」
「だって、おまえが俺とその季史って男とのセックスを比べたりしてると思ったらな~」
「そ、そんなことしてないっ!」
 なんてことをさらっって言うんだ。周りに人がいないからいいようなものの…
「大体…季史さんなら、絶対そういうことを言わない」
「ほら比べてる」
「くら、べてない。そういうことを言うリンが子供なんだ」
「はいはい、どーせ俺はガキですよ。ちぇ、昨日、本人に嫌味のひとつでも言っておきゃ良かったかな」
「季史さん、リンの事褒めてたよ。いい奴って…」
「何も知らないくせに?」
「季史さんは人を見抜く力があるんだ。だけど…リンの言うとおり、おまえに声が似ていたからあの人に惹かれたのかもしれない。おれにはリン以外に愛する者を知らなかったから、リンにどこかしら似ている人を知らず知らずに探していた…」
「…ミナは大人になったね。世辞も上手くなった」



リンミナふたり25

 太陽が少しずつ西へ傾いていく。暖かかった空気も次第にあるべき冬を取り戻しつつある。
 楽しい時間はいつだってあっという間に過ぎるものだ。
 おれは藤沢へ、リンは鎌倉へ戻ることになり、江ノ電の稲村ガ崎駅で別れる事にした。
 プラットホームに立ったおれ達はたった今発車したばかりの電車を見送った。
「間に合わなかったね」
「12分待てば来るよ。…あ、おれの方が一分早いや」
「じゃあ、ミナを見送るのは俺の方だ」
 時刻表を確かめた後、ホームの端まで歩いた。
 電車を待つ人は、今は誰もいない。
 
 絡められたリンの手から、そっと自分の手を緩め、リンのコートのポケットから出した。
 リンはおれの顔を見つめる。
 答えを…言わなきゃならない。わかっている。わかっているのに声に出せないでいる。
 おまえの顔をまともに見ながら言える訳がないじゃないか…
 
「リン、さっき問いに答えなきゃならないね」
 おれは少し俯いたまま、言葉を探す。
「今、無理に答えを出さなくても良い」
「無理じゃない。それに今、出さなきゃならない大事なことだ」
「…うん」
 コートから手を出したリンの指輪が見えた。
「おれは…おまえを友達として見た事は一度もない。だから…今更友達としておまえと付き合うことなんてできない。…おれはおまえを愛している。これからだってずっと好きでいられるって、今は思えるよ。でも先の事はわからないよね。それでも…どうしてもおまえを愛せなくなる自分が想像できない…
今だって、こんなに…ドキドキしているんだ。まるで初恋の人に会ったみたいにさ。そんなの、おまえにしか感じない。いくらおれにとって季史さんが大切な人でも、胸が鳴るなんて…ないもの。
好きだからあんなに抱き合ったし、愛があるからあんなに気持ち良かったんだ…この『愛』を他の呼び名に変える事なんかできない」
「うん…」
「でも現実にはおれとおまえは一緒に歩けない道を選んでしまった。それを、不幸なんて呼びたくない。だって…今だって、おれ達はこんなにも幸せな気持ちでいられる。そうじゃない?」
「ああ…そうだよ、ミナ」
「だから、リン…おれ達、『奇跡』を目指さないか?」
「奇跡?」
「鳴海先生がおっしゃったんだ。『純愛』を貫き通すのは奇跡だって…ねえ、もしおれ達が魂だけを繋げる愛を貫き通したら…『純愛』って…子供だましで馬鹿馬鹿しいって一笑されるかもしれないけれど…リンとなら、見れそうな気がするんだ」
「…『奇跡』を探し出す旅に出るってわけか?俺とミナには相応しい冒険かもしれないな」
「え?」
「ほら、アラビアンナイトさ。千夜一夜物語の一夜は俺たちで創るものだって話したろ?」
「ああ…ああ、そうだよ、リン。おれ達で…ふたりで、きっと…」
「ありがとう、ミナ。俺はあきらめないよ。執念深いのは今度のことで証明されたからね。遅れないようについて来い」
「おまえこそ、道草食って迷子になったりするなよ」
「じゃあ、しっかりと手を繋いでおくれよ…最後までずっとね…ミナ」
「…うん、リン…ありがとう」

 藤沢行きの電車がゆっくりとホームに入ってくる。
 まだ離れたくない。別れを言いたくない。
 ずっとずっとリンと一緒にいたい。
「リン、あの、あのね。前に言っただろ?おまえの絵を油彩で描いて、おまえにやるって」
「ああ、そういやそんなこと言ってたね」
「あれね、展覧会で展示していた『GLORIA』って、言う作品だったんだ」
「そう…あれだったのか」
「あの絵にはおれのリンへの想いがいっぱい詰まってしまってね。リンに渡せなくなった。ゴメンね」
「いや、いいよ。ミナに持っててもらったほうが、俺も嬉しい」
「おれはあの絵を一生描き続けるつもりだよ。リンへの想いの証明として、死ぬまで手放さない」
「…ありがとう」
「リン、頼みがあるんだ」
「ミナ、もう乗らなきゃ…」
 構わない。これに乗らなくたって、また12分後には来るんだから…
「あの絵のように…笑っておれを見送ってくれないか?」
「…了解、ミナ」
 その次にだって、そのまた次にだって…
 だけどおれの足は勝手に電車のドアをくぐり、身体は車内へ引き込まれた。
「リン…リン…また会える、よね?」
 リンはおれに近づき、そっと頬を撫でた。
「当たり前だ。いつだってどこへだって、おまえが呼べば俺は飛んでくる。信じろ」
「冒険はひとりじゃできないもんね」
「そうさ。ミナと一緒じゃなきゃ意味がない。だからまた逢う日まで元気で」
 警笛が鳴り、ドアが閉まりだす。
「リンも…」
「うん…ミナ、愛してる」
 ドアの向こうにリンの顔がぼやけて見える。
 ガタンと動き出し、俺はガラスに張り付いて、リンを追った。
 手を振るリンが見える。
 …笑うリンが見える。
 あの笑顔のリンがいる…



 藤沢の駅で帰りの電車を待つ間に、電話をした。
「季史さん?」
『青弥か』
「今日はごめんね。荷物片付けるの大変だったでしょ?」
『いや、割とスムーズに運んだんで、昼前には終わったんだ。おまえの方は…どうなんだ?』
「うん、今からそっちに帰るとこ」
『じゃあ、夕飯間に合うな。何が良い?』
「クリスマスだからね。やっぱり鍋でしょ」
『じゃあ、すき焼きにでもするか』
「いいね、おれ、ケーキでも買って帰るね」
『ああ、待ってるよ』
「…季史さん」
『ん?なんだ?』
「…ありがとう」
『ばーか、下らん事言ってねえで、早く帰って来いっ!』
「うん、じゃあ後で…」

 携帯をしまい、左手の指輪を外し、元のように鎖に通して、首に下げた。
 西の空が少しづつ赤く染まっていく。
 おれはそれを仰ぎ見る。
 太陽に向かって、ゆっくりと一羽のとびが飛んでいく。

 これからも続いていくおれの人生で、変わらずにいるただひとりの愛する者へ…
 おれは、おまえの幸せを願い続ける。
 おまえと生きていける喜びを感じて…
 
「リン…愛してる」
 
 ああ、そうだね。
 世界は、こんなにも、美しい…
  

        「GREEN HOUSE」 水川青弥編 完結。










凛肖像画2




「愛する人へ…」5へ

宿禰凛一編 最終章「only one」6 - 2010.12.18 Sat

リンミナふたり24

6、
「なんか良い天気だね。こういうの小春日和って言うのかな~」
 チャペルの向こう、澄み切った青空を望みながら、ミナが言う。
「ねえ、新しい教会が出来上がるのっていつ?」
「来年の夏かな。九月の新学期に間に合うように予定している」
「模型見たよ。リンならもっとゴシック系で格調高い感じかと思ったけど、丸みがあって…優しい感じがした」
「うん、模型は白で統一してたからわかりにくいかもしれないけど、外壁は日本伝統の氷重って配色なんだ。淡いベージュと白を基本にした。形もゴシックより少し昔の後期ルネサンスのマニエリスムの形態が基本だ。内陣も採光を多く取り入れているんだ。明るいのに越した事はない。だが、デザインよりも構造が重要だ。日本の場合、地震や自然災害に耐えうる構造技術が必需だからね。まあ、頭ん中で考えている造型と、出来上がったものへの実感って一致することは稀だよ。それをどう近づけていくかが課題だな」
「…すごい、リン。本物の建築家みたいだ」
「…一応、本物ですが…」
「あはは…そうだったね。すごい賞も貰ったんだもんね~」
 弾けるように笑うミナの笑顔をもっと見ていたい。
「ね、ミナ。ミナが教会堂に飾る絵ってどんなの?もう考えてあるの?」
「ああ、それなら、もう出来上がっている。展覧会で展示していた『目覚め』っていう絵だよ」
「…え?…あ、の…俺の裸の?」
「そうだよ」
 …そうだよって…あんな裸の絵を教会に飾るのか?しかも、モデルは俺なんだぞ?
「鳴海先生もチャペルに飾るのに相応しいって褒めてくれたよ」
「いや、でも、あれって…俺じゃん。竣工式ん時、絶対指差されるじゃん。恥ずかしいじゃん。おまえだって、出席するんだろ?嫌じゃないのか?」
「なんで?別に嫌じゃないよ。なんだよ、リン。そんなの気にしてるの?それに確かにモデルはリンだけど、今のリンとも違うし、第一絵に描いたイメージはおれのものだから、実在の人物として反映されにくい。リンに似てるなって思われても、本物のリンじゃないからね」
「…」
 …そういうもんなのか?…芸術家のニュアンスっていうものは変わっているものだが、ミナも違わず変わり者らしい。それにしても、俺の絵を描くのをあんなに恥ずかしがっていたミナなんか、微塵もねえなあ。歳を食うってことはこういうことかな。…セックスは昔と変わらず、じらしたり恥ずかしかったり甘えたりで可愛かったのになあ。
「…なんかいやらしいこと考えてないか?」
「へ?」
「かたっぽの口端だけ上げるの、リンがやーらしい事考えてる時の癖だもん」
「はいはい、やーらしい男ですよ。昨日のミナとのセックス、めっちゃ良かったって思い返してたの」
「…馬鹿だ」
「それより、これからどうする?昼飯でも食う?」
「いや、朝ご飯遅かったし、沢山食べたから…。そうだね、海でも見に行かない?今日は風もないから、静かだろうし…」
「じゃあ、高台から眺めようか。久しぶりに長谷寺に行かないか?」
「うん、行こう」

 タクシーを止めて、長谷寺を目指した。
 山門を潜り、階段を昇っていく。
 紅葉も盛りを過ぎてはいたが、ここは年中なにがしかの花で観光客を楽しませる寺だ。今はツバキやサザンカが美しい。境内では幾人かの観光客と、落ち葉を掃く僧侶の姿が見えた。
 観音堂の脇を通り、展望台から鎌倉の街並みや相模湾を湘南の海を眺める。
 その向こうの三浦半島の海岸の寄せる波までも綺麗に見える。
 青空をゆったりと旋回するとびになって冬の空を楽しみたくなる午後だった。

「リンともう一度こうして由比ガ浜を見れるなんて…思いもしなかったよ」
 欄干に手を置いたミナの目も、とびの姿を追いかける。
「これから何度だって出来るさ」
「…そうだね」
 ミナはとびを追いかけるのをやめ、海の向こうのただ一点を見つめていた。

「リンと別れて、ひとりでここへ何度も来たよ。ここから海を眺めるたび、おまえを恨んだ。忘れようとした…」
「ミナ…」
「おまえがもし…今でも、おれから離れたことを罪だと思っているのなら…昨日も言ったけど、恋愛にどっちも悪いもないけどね…もし、思っているのなら…おれは、リンを許すよ」
「…」
 思いも寄らないミナの言葉だった。
 ミナは続けた。
「おれを選んだ事も、おれを愛した事も、嘘を付いた事も、…未来を一緒に歩けなくなった事も、すべてをおれは許すよ…だから囚われないでくれ。おまえは自分が思っているより孤独主義のところがあるよ。それはそれで魅力的だけど、人はひとりでは生きられないもんね。おれは何事にも縛られない自由なリンが好きだから。幸せに笑うリンを見たいんだ」
 …ミナの許しの言葉が俺の心に温かい液体を注いでいく気がした。
 俺は、この感情を知っている…
「それから、おれの事も許してくれ。おまえを恨んだ事、ずっと好きだっていう言葉を信じなかった事、忘れようとした事…おれはおまえと違ってひとりで生きれるほど強くないから、おまえを恨むことしか出来なかったんだ…ごめんね」
 …そう、ミナを始めた抱いた時、俺は月村さんの死から救われたんだ。
 ミナが呪縛を解き放ってくれたんだ。
「…勿論…許すよ」
 …ミナは、また俺を救ってくれた。
 ミナだけじゃない。俺は俺を愛してくれるすべての人から、許され、そして救いを与えられた。
「良かった…おまえを恨んだ事もあったけれど、今のおれはね、リンに幸せになって欲しいと心から願っているんだ」
「俺だって、同じだよ。ミナの幸せを祈らずにはいられないもの」
「ホント?」
「うん」
「ありがとう…、じゃあ、もうひとつ、リンにお願いがあるんだ」
「何?」
「慧一さんを悲しませないで欲しい」
 真剣な眼差しで、ミナは俺の顔を見つめた。

「リンが魅力的で色んな人がほっとかないのはわかるよ。でも、慧一さんにしてみれば、リンが他の人とそういう遊びをしている事に、きっと傷ついていると思うんだ。…おれはね、おれからリンを奪った慧一さんを憎んだ事もある。慧一さんがいなかったら、リンと一緒に未来を歩いていけたかもしれないって…そう何度も思った。だけどやっぱりわかってしまう。慧一さんが今のリンを作った。リンが前向きで何でも好奇心一杯で目標に向かって突っ走ってそれを成し遂げて…すごい奴になったのも、慧一さんの導きがあったからだ。家族ではあっても、慧一さんはリンを愛する者としてずっと見守ってきた。おれは…慧一さんだからこそ、リンを諦められたんだよ、きっと…だから、慧一さんは許すかも知れないけど、リンが慧一さん以外のおれの知らない奴と遊びでも寝たりするのは、嫌だ」
 ミナは俺の気持ちを知りえている。だからこんな風に俺を戒めているんだ。

「…了解。ミナの願いは聞き届けられたよ」
「ホント?…嘘は嫌だよ」
「嘘なんかつかない」
「リンは優しい嘘をつくから、安心できないや」
「ゴメン。昔の嘘はミナを悲しませたくなくて付いた嘘だった。でも、もう付かない。後で見破られるのも癪だしね」
「リンは誰にでも優しいから、おれはいつもやきもきしてた。慧一さんもきっとそうだろう」
「なんだよ。慧一の事も知らないくせに、えらく肩を持つんだな」
「だって…リンを愛しているから、わかりあうものがあるんだよ、きっと」
「いつか、ミナを慧に紹介したいな」
「嫌だよ。あんなかっこいい人とリンを張り合っていたって知られたら、おれの立場がない」
「そういうものなのか?俺にはさっぱり理解できない」
「リンはそういうのには鈍感だからね」
「…言われっぱなしで勝ち目がないね…それで」
「なに?」
「俺たちはこれからどうするんだ?」
「…」
「俺の想いは変わらない。だが、ミナは慧一を悲しませたくないと言う。なら、俺とミナの間にもセックスは存在してはいけない…と、言う風にも捉えられるんだが…ミナはそれを望んでいるのか?」
「それは…」
「過去を慈しむ友達として、付き合っていく?」
 
 俺の問いにミナは俯いたまま、黙り込んだ。
 そして、俺に背を向け、海へと目をやる。
 襟元に隠れそうな項に、昨晩の名残りが赤く染まっていた。
 ミナは一生俺を必要をしないと言うのだろうか。
 それとも…




芙蓉


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クリスマスカード - 2010.12.17 Fri

今年のクリスマスカードを描きました~

去年は4人だったけど、今年は慧一と凛一です。
それもショタの凛とブラコンの慧一(;´∀`)

凛5歳、慧一14歳です。

クリスマス聖母99

凛はそれはそれは、観た者すべてが幸せになれるぐらいかわいいお子様だったのでwww
こんな感じですかね(;^ω^)
 はい、アップ。


クリスマス聖母40

これくらいかわいけりゃ、慧のメロメロも仕方ない。

一応フリーですが、カードが欲しい方は送りますので、内緒コメでどうぞ~


本編は最終回に向けて、やってますけど…ちょっと風邪引いて、具合が良くないので、遅れるかも…
頑張ります(;´Д`A ```

水川青弥編 最終章「愛する人へ」5 - 2010.12.15 Wed

手と手を繋ぐ

5、
 何度達したかもわからない。
 ずっとリンと繋がっていたい。望むものはそれだけだった。
 この夜だけは、他の誰も関わらないふたりだけの空間に生きていたかった。
 それを口にすると、リンは「ミナの望むものを俺は与えたい」と、言う。
 リンは昔よりずっと優しくなった。
 やり方も欲情のまま、めちゃくちゃ責めるのではなく、偉大な包容力でおれを燃え上がらせるという余裕もあり、年月を重ねても、セックスでもリンには勝てないのか、と、思い知った。
 だが、その優しさの感情は、おれの求める想いとは違う気がしてならない。
 それを聞き出したくて、おれはリンを問い詰めた。
「この六年間、おれはずっとリンを想っていたわけじゃない。本当はリンのことなんてもうとっくに諦めてた。忘れてしまいたかった。この指輪もね、一度は捨てたものだ。…おれはリンを信じ切れなかった…」
 サイドテーブルの淡い灯火が、リンの端正な横顔を影にする。
「…ミナは自分を責める必要はない。おれが悪いんだから。俺はミナを裏切ったんだから…」
「別れても好きな気持ちは絶対にリンに負けないって…言い切ったのに、一年持たなかったんだ。情けないよね」
「そうじゃないよ。ミナの感情は当たり前。俺だってね、おまえのことだけ考えて生きてきたわけじゃないさ。俺は…おまえへの負い目があるから…それに対する誠意ってものをさ…示さないと、俺自身が駄目になってしまいそうで仕方なかっただけ。だから、大学での勉強も建築士への目標も、がむしゃらに自分の尻を叩いて成し遂げるよう頑張ったんだ。ミナを捨ててまで選んだ自分の道を、諦めるわけにはいかなかったからね」
「…そんなに…」
 彼は…おれに負い目を持っていたのか…
「そんなに、リンが気にすることじゃなかったのに。根本先輩が言ってたよ。恋愛にどちらがいい、悪いもないって。高校の時に聞いた時は、おれはその言葉の本当の意味をわかってなかったから、リンと別れる時に責めたりしたけれど、今になってしまえば、リンと付き合って良かったって心から思えるから、そんな風にリンが自分を責めることはない」
「そうだね。俺を見守る誰もが、そう言う。だけど、俺にとって、ミナへの想いってさ…ただの恋愛じゃなかったんだ。初めての…唯一の恋だったから、ミナを悲しませることだけは、本当に嫌だったからさ…ミナと別れるのが悲しかった。それも俺の都合でああいう事になってしまったから、余計ね、心残り…」
「リン…」
 まるで幼子のように小さく頑是無いリンを、どうして慰めればいいのか…
「慧一を選んだ事を後悔してない。さっきミナに慧一は俺無しでは生きられないって言ったろ?」
「うん」
「あれは逆も然りでさ、俺だって慧一無しでは生きてはいけない人間なんだと思う。ただ、それとミナへの恋慕っていうのは違う想いなんでね…ややこしいのさ」
「リン…おれは、リンがそう言ってくれるだけで…幸せだって今は、思えるんだ」
「うん」

 おれが眠りにつくよりも早くリンは寝入ってしまった。
 隣りに眠るリンから離れずに、窓から見える朝焼けをひとりで眺めた。
 ゆっくりと昇る朝日を受けて、リンの身体の輪郭が輝きだす…
 その表情はラファエッロの描いたマリアのように無垢で清らかで…
 見惚れながら涙が止まらない。
 きっと…慧一さんはこんなリンを、ずっと…リンが生まれた時から見守っていたんだ…ずっと愛してきたんだ。
 どれだけの愛をこの者に注いだのだろう。
 その愛がリンをこんなに…尊くした。
 
「リン、…おまえを愛する人たちがおまえをこんなに輝かせるんだね。
おれの愛がおまえの中で輝き続けられるのなら…
いつまでもおまえに、愛を捧げるよ。本当だよ…」

 
 翌日、遅い朝食をホテルのラウンジで取る。
 あれからすっかり眠ってしまったおれは、先に起きたリンに起され、今日の予定を聞かれた。
「…展覧会の後片付けは、任せてあるから、今日は予定はないんだ。リンは?」
「俺は昨日で今年の仕事は終わった。後は鎌倉に帰って家族孝行かな」
「ご両親、鎌倉にいらっしゃるの?」
「ああ、親父も定年した後、あのマンションにお継母さんと暮してる。つっても旅行が趣味なんで、海外や国内を一年中転々としてるよ。今年は半年間かけて豪華客船で世界一周クルージングなんぞしてさ…こっちは毎日仕事に追われて四苦八苦してんのにさあ~」
「いいね~船旅なんて一回でいいからしてみたい」
「あんなのなにもすることのねえ年寄りの道楽だぜ。やっぱりバイクで風を切ってUSルートを突っ走るのが一番気持ち良い」
「おれもね、オートバイに乗って、日本の色んなところを走っているんだ」
「え?ミナがバイクに?」
「うん」
「意外だな」
「別れる時、リンがバイク免許を取るって言ってたから、おれも意地になって取ったの」
「相変わらず負けず嫌いなんだ」
「…リン以外には適応しないスキルだ」
「喜ぶところなのか?」
「喜んでよ」
「じゃあ、ニューヨークにおいで。横並びでハイウェイを走ろう」
「うん」
 リンとの会話は、楽しかった。
 これからもずっとこうしていられれば良いのにと、何度思ったかもしれない。
「これからどうする?」
「へ?」
 変な声になった。リンが言ったこれからの意味を取り違えそうになってしまったからだ。
「俺は夕方に約束があるから、それまでは時間があるんだけど…」
 そう…リンと一緒にいられるのは今日だけなんだ。
「じゃあ、ヨハネに行かない?」
「鎌倉?」
「そう。チャペルももうすぐ建て替えるんだろ?ふたりで最後に挨拶に行かないか?」
「うん。俺も仕事でちょくちょく行ってるけど、ミナと一緒なら、また違った感動も生まれるかもしれない。それに…」
「なに?」
「あの温室…壊すそうだから」
「…ホント?」
「うん、もう古いからね。教会と体育館の建設には関係ないんだけど、あちこちガタがきて、危なくなってるって。だから…行ってみるかい?」
「ああ…最後にさよならを言いたい」
 それをリンと一緒に言える時、きっと俺たちは何かを超えることが出来るんじゃないのだろうか…

 品川から急行に乗り、十一時には鎌倉に着いた。
 高校までの道を歩き、あちこちの変わったもの変わらないものを指差しながら話した。
 ふたりの距離は変わらないのに、横を向くと、あの頃よりは確実に大人になったリンを見つける。

 先生方に挨拶をして、温室の鍵を貰いに藤内先生へ会いに行く。
「先生、こんにちは」
「おお、水川か。展覧会は無事に終わったのか?」
「はい、先日はわざわざ足を運んで下さって、ありがとうございました。おかげさまで大盛況で終えることができました」
「そうか、良かったな。まさか本当におまえが画家になるなんて、俺は思ってもみなかったが…宿禰の所為なのかな」
「ええ、たぶん…今日は宿禰も一緒なんです。温室が壊されるって聞いたから、一緒に見ようって…」
「ちょうど良かった。今日、あの温室は壊される予定になっているんだ」
「え?…そうなんですか…」
「元々使っていなかったからな…」
「はい…」
「めぼしい鉢ものは、俺が移しておいたから、安心しろ。おまえらが育てた植物もこれからも大事に育ててやるよ」
「ありがとうございます」
「…コーヒー飲んでいくか?」
「頂きます」
 藤内先生が炒れたコーヒーは相変わらず苦かった。

 リンと過ごしてきた温室はあの頃と違って、寂れていた。
 壁も柱も汚れていた。藤内先生が世話を続けていただけで、他の生徒達には見向きもされなかったらしい。
 ほったらかしにされていた机の中に高校の時のペンケースを見つけた。
 開けてみたら、思いもかけないものが見つかったりで、リンは笑うけれど、おれにはすべてが愛おしくてたまらず、大切にカバンにしまった。
「おれの大切な宝物なんだ…」

 そうしておれ達は、壊れていく温室を見送った。
 寂しくはあったけれど、悲しくはなかった。
 おれもリンも時を駆けている。大人になる。歳を取る。
 姿が変わってしまうのは当たり前だ。
 変わらないものを探し出すのは…とても難しい。





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宿禰凛一編 最終章「only one」5 - 2010.12.13 Mon

リンミナ手を繋ぐ11

5、
 クリスタルエレベーターからの夜景を目に映してはいるが、頭の中には入ってこない。
 思いがけないミナからの誘いをそのまま受けてはみたが…
 このまま雪崩込んでもいいものなのか…
 相手がミナじゃなかったら、こんなに悩みはしない。
 適当にその気になって、成り行きを楽しむだけだ。

 ミナが好きなら…大事にしたいって思うなら、他の奴らと同じように扱うわけにはいかない。だけど、俺を求めるミナに応えてやりたいって気持ちも少なくない。第一、ミナが俺としたいって願っているんだから、その望みを叶えさせてあげたい。
 …俺に出来る事なら、なんだって…

 泊まっていた部屋に案内し、先程飲んでいたワインを勧めると、ミナは自分でグラスに注いで飲み始めた。
 本当に酒豪になったものだと感心するが、アル中にはなるなよ、と、心配したり。
 ミナの左指には、あの時誓った指輪が嵌めてある。
 ミナの意思を知った俺は、ミナに手を差し出す。
 その手を一寸の躊躇いもなく握り締めるミナがたまらなく愛おしくて仕方がない。
 
 ミナの涙を拭いて重なり合った。
 部屋の灯りをサイドテーブルだけにして、お互いを見つめ合った。
 裸になったミナはなんだか少しはしゃいでいて、明るい声で喋りだす。
「リンがヨハネのチャペルを建てるって知ってね、鳴海先生がおれに中に飾る絵を描いてくれないかと言われたの。一度は断ろうと思ったけどね…」
「どうして?」
「だって…建築家として成功しているリンに比べられるのが嫌だったから…」
「じゃあ、どうして引き受ける気になったの?」
 眼鏡を外し、背中を撫でるとあわてて俺の胸へ顔を埋めた。
「…リンに負けたくないって…思ったから」
「…なるほどね。ミナらしいや」
 クスリと笑う俺に、少し腹を立て、ミナは顔を上げて俺を睨んだ。
「リンはずるいんだよ。カメラの前でああいう事言ったり、したりしてさ。ああいうの見せられたら、おれだって意地があるからな」
「ミナがね、そういう気になってくれるのを期待してたわけじゃないんだ。ただ、俺の気持ちを知って欲しかっただけ。逆に言えばおまえの気持ちなんて、何も考えていない独りよがりのパフォーマンスなんだ。思い上がりって言えなくもないし…褒められたものでもない」
「嬉しかったんだよ。あのフィルムを見たから、今回の展覧会のイメージが掴めたんだ」
「そうなのか?」
「悔しいけどね…やっぱりおれの中に、…リンっていう存在が…おおきい…リン、そこ…」
「感じる?ミナの性感帯は昔と同じだね」
「…リンは、昔とおんなじで…意地が悪いや」
「嫌い?」
「…好きに決まってる」
 熱くなったミナの中と俺を結びつける。
 セックスなんて誰とやるのも一緒なんて…冗談でも思わない。
 全く以って人間なんて、感情の塊でしかないものだから、愛と言うわけのわからぬ化物のような最大級の台風が暴れることに怯える必要もない。
 俺とミナが愛し合っている以上、何ひとつとして恐れるものはない。
 ミナが俺の名前を呼び、俺がミナと呼ぶ。
 瞬く夜景が飴色に溶けていく暁闇の頃、ふたつになった身体を確かめ合い、俺たちはお互いに見惚れた。

「…二度とないと思っていた」
「俺もだ」
「でも、どこかで信じていた」
「俺もだ…」
「ありがとう、リン。最高のクリスマスだ」
「めでたし、恵まるる者よ、汝は祝福せられ…我とともに生まざれり…」
「聖なる哉、その栄光は全地に満つ…」

 朝日を見る事無く、眠りについた。
 寝る間も惜しいというのに…


 
 翌日、鎌倉の聖ヨハネ学院高校へ、ふたりで行くことになった。
 二人で過ごした温室が壊されることを知ったミナが最後の別れと言いたいと言う。
 JRで鎌倉まで行く。
 教会建設の為に何度も足を運んでいるから、懐かしい気はしないつもりだったが、横にミナがいるだけで、なんだか高校生に戻った感覚でおかしかった。ミナも同じように感じたらしく、しきりと「変な気分だ」と、頭を傾げている。
 職員室へ赴き、先生方に挨拶をする。 
 藤宮は俺とミナが一緒でいることに、変な目つきで睨んだが、そこはスルーした。
 ミナが他の先生への挨拶に行ったのを見送り、俺は藤宮の国語準備室で待たせてもらった。
「今日、あの温室が壊されるぞ」
「え?今日?」
「ああ、補習も昨日で終わったしな、生徒が居ない時に、工事を進めるらしい」
「体育館の方は大分出来上がっているからね」
「ああ、立派なランドスケープデザイナーのおかげで、やたら洒落た作りになっているから、来年の受験生が増加しててな」
「結構なことだ」
「面倒臭えんだよ。おまえらみたいな生徒が増えると思うとな」
「いいじゃん。選び甲斐があって…」
「生徒に手をつけるかよ」
「生徒は三年たったら、卒業するんだよ。いつまでもここの生徒でいる奴なんかいない」
「そうだな…ここは…青春の墓場でもある。あちこちに若造共の愛憎劇の屍だらけだ」
「それを弔うのも先生の務めなんだろ?」
「俺は…眺めるだけだよ。美しい屍の輝きを…見つめるだけだ」
「紫乃みたいなロマンチストはきっと、誰よりも輝かしい愛を手にする。絶対だ…俺がそう願うんだから」
「馬鹿野郎、人の心配なんてするんじゃない。おまえには誰よりも幸せにしなきゃならない奴がいるだろう?それを忘れるな」
「…わかっているよ、先生」
 紫乃は正しい事しか、言わなくなった。

 
 古びた温室へ、ミナとふたり久しぶりに足を運ぶ。
 室内は埃っぽくあちこちの隅にはくもの巣が張り、めぼしい草木や鉢はなかった。
「今日、壊されるんだって」
「そうだってねえ。藤内先生から聞いたよ…ほとんどの植物は正規の温室へ移されたから何にもないね。元々この温室自体が廃屋だったしね」
「うん…」
 部屋の奥に机と椅子があった。
「あの頃のかなあ」と、言いながらミナが机の中を覗いている。「あ、これおれのペンケースだ」
「へえ~、残っていたのか」
 ミナはペンケースを開け、そして慌てて閉める。
「どした?」
「な、なんでもない」
「なんだよ」
 不自然な言動に俺はミナに近づき、後ろに隠したペンケースを見せるように迫る。
 渋々とペンケースを開けるミナに構わず、中を見る。
 デッサン用の鉛筆とねり消しゴム。それと…コンドーム。
「え?これ、俺たちが使ってた奴?」
 手にとって確かめてみる。
「たぶん、そうじゃない?ここでそういうの使うのって…そんなに居ないだろ」
「懐かし~、まだ使えるかな」
「ば、ばか、そんなの使ってどうする!」
「ミナとするんだったら使わなくてもいいしな」
「そ、んなことを、口に出して言うなっ!」
 ムキになって怒るミナの顔が…あの頃とあまりに同じだから…急に胸が熱くなった。
 ミナは大事そうにそれをペンケースへ戻し、自分のバックに入れた。
「おれね、リンとの思い出の品っていうか…色んなプレゼントやら貰ったもの、あの時の受験票、ここでリンと手首を繋げたリボンタイ…なんかをね、空き缶にしまっているんだ。おれの宝物だから…」
「…」
「これもリンとの思い出の宝物になるから…」
「ミナ、俺は…」
 おまえを思い出にしなけりゃならないのか…

「今から壊しますから、外へ出てもらえますか?」
 解体業者が顔を覗かせ、俺たちに声を掛けた。急いで温室から離れた。
 解体作業はすぐに始まった。
 温室が壊されていく様子をふたりで眺めた。
 俺たちが過ごした三年間は、ものの十分とかからずに、跡形もなく潰されてしまった。
 お互いの手をそっと握り締め、俺たちは温室の最後を見送った。




温室3-3



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水川青弥編 最終章「愛する人へ」4 - 2010.12.10 Fri

rin57.jpg



4、
 向かい合ったおれ達は、何も言わずただ見つめ合っていた。
 何か言おうと口を開けたら、リンがぱちぱちと瞬き、意味ありげに睨む。
 …こういう時、こいつは大抵ロクでもないことしか考えていない。
 それを責めると、「ミナは相変わらず、素直でかわいい」と、丸め込まれた。
 六年前と少しも変わらない会話に、懐かしいとか嬉しいとか通り越して、呆れてしまった。
 しかもリンの態度は、きっちりとおれへのスタンスを保っている。
 計算なんてしているわけじゃなく、こいつはここがどこかわかっているから、おれに触れようとしないんだ。
 そういう隙のない配慮もやたら癇に障る。おれなんか、今にもリンの胸に飛び込んでしまいそうなのを全理性を掻き集めて我慢しているっているのに。

 いつものようにおれが手玉に取られていると、院生仲間の加賀谷が、村上教授が来ているから挨拶に来いとおれを呼ぶ。
 この一大事にそんなもん知るか!と、言いたいところだが、リンは別段気にした風もなく、「行っておいで」と、おれを送り出す。
 せっかくの六年ぶりの再会をおまえは、おれ程感動してはいないのか?と、なんだか空しい気持ちになった。
 だけど、おれを見送るリンを振り返った時、その姿を見た時、どうしてもこのままで別れたくないって思った。
 だから、「後でリンに会いに行くから、待っててくれ」と、懇願した。 
 よくよく考えれば、リンの都合も考えないで強引過ぎる話だ。
 全く以って自分でも疑うほどの大胆さで…冷静になったら恥ずかしくなった。

 先を行く加賀屋に追いつき、並んで歩きだす。加賀谷はおれをじっと見る。なんだ?と言うと、
「あれが、おまえの描いたモデル?」「うん」「すげえな」「え?」「なんつうか…圧倒されるって感じ」「そうだろ?」「…付き合ってんのか?」「いや…高校ン時の同級生だよ」「…そうか」
 美大生って言うのは、あまり他人のプライベートを詮索しない。と、いうか、作品のモデルとの関係は色々にややこしい話になりがちなんで、お互いに突っ込まないのがルールだ。

 教授との話も終わり、ギャラリーの入り口に戻った。ちょうど季史(きし)さんが居たからリンの事を聞く。
「ああ、あの子ならもう帰ったよ」
「…そう」
 また会う約束はしたけれど、正直がっかりだ。
「おまえのリトグラフを3枚も買っていった」
「…そうなの」
 少し…いや、かなり嬉しい。
「いい奴だな」
 季史さんにそう言ってもらえて素直に嬉しくなった。
「うん」
「バーカ、嬉しそうにはっきり言うな。妬いてるんだからな」
「あ、ごめんなさい」
「仕方ないさ。あっちの方が先に青弥に惚れちまったんだからなあ~」
「…」
 季史さんは感情を表に出さないから、本音は言葉でしか伝わらない。
 リンとの決別をはっきり示したにも関わらず、こうやって今でもリンへの恋慕を抱いているおれに呆れているのかもしれない。もし…その事で季史さんがおれを嫌になったり、傷つけたりするのなら、おれは季史さんの傍にいるわけにはいかない。

 会場は五時に終了し、後片付けの力仕事に全員で勤しんだ。ある程度の目安がつき、後は明日運び出せるだけにした。
 駅前のホテルでの打ち上げパーティが始まったのは午後八時。皆クタクタだったが、お世話になった方々へのお礼と感謝の挨拶回りに走り回った。だけどおれはリンとの約束があるから気が気じゃない。
 一息ついたところで、季史さんがおれを会場の外へ連れ出した。
「なに?」
「宿禰くんと会う約束としているんだろ?」
「…うん」
「じゃあ、行ってこいよ。まだお開きには時間かかりそうだし、後の事は俺に任せとけよ。今、青弥に必要なのはあの子だ」
「季史さん」
「俺は青弥の素直なところが好きだからな。これからのおまえの為にも、後悔しない道を選ぶんだ」
「おれ、季史さんから離れないといけない?」
「なんでだ?」
「だって…リンをこんなに想っているおれに呆れてるでしょ?…嫉妬してるって言ったじゃない。おれが今からリンの元へ行く意味を…季史さん、わかっているでしょ?リンがそれを望むかどうかはわからないけれど…おれは、もう一度リンを…確かめたいんだ」
「…青弥が諦めの悪い辛抱強い奴ってことは知ってる。だけど俺も、青弥に負けないほど諦めの悪い男なんだぜ?その上、歳取った分、ずる賢さも寛容さもある」
「…」
「美桜堂でおまえを待ってるっていう、言葉も用意している。おまえに惚れてるのは俺の勝手だからな、気にするな」
「…ありがとう」
「明日はクリスマスだし、サンタさんの気分になって青弥に特別休日をプレゼントしてやるよ…楽しんでおいで」
「季史さん…」
 季史さんの胸に頭を持たれかけた。おれの肩を抱く季史さんの力強い手が嬉しかった。
「な?俺はずる賢いだろ?こうやって俺を裏切れなくしているんだぜ」
 そうじゃない。そうじゃないよ、季史さん。あなたは本当に優しい人なんだ。あなたがいなかったら、おれはこんな気持ちでリンに向かいあう勇気は持てなかった。
 ありがとう。

 電車に乗り、リンの待つホテルへ向かう。暗くなった道をリンへと急ぐ。
 最後の冬、リンと過ごした御殿山のホテルだった。
 おれはあの時、ただひたすらリンを信じて、一緒に歩ける未来を夢見ていた。
 実際は、リンはあの時点で慧一さんと生きていく道を選んでいた。それを卑怯というのなら、そうかもしれない。
 けれどリンはおれの為に高校卒業まで「優しい嘘」を突き通したんだ。勝手に夢を見ていたおれに、リンは付き合ってくれていた…と、考えたらリンに罪はない。
 根本先輩が言ってたとおり、恋愛はどっちが悪いとか、正しいとか、そういう天秤に掛けるものじゃないんだ。

 首もとのネックレスをマフラーを弛めて外した。鎖にはリンと誓った指輪が通してある。
 あの時…リンを詰って庭に捨てたこの指輪を、季史さんが拾っておれに渡してくれた。
 折角の思い出を汚しては駄目だと、言って…
 でもね、季史さん。この指輪は…思い出にはならない、なれないんだよ。だって、今だってリンを想うだけでこんなにも胸が震えてる。
 おれは指輪を左の薬指に嵌めた。

 ホテルに着いたら、リンが出迎えてくれた。にっこりと微笑まれ会釈をするリンが、昔と変わらず王子さまみたいだなあと変な気がして、そこでまた頭を傾げてしまう。
 リンに対してのおれの想いって、あの頃と少しも変わっていない。
 リンに案内されるままに、ホテルのスカイラウンジへ行き、リンが勧める料理を食べた。
 ワンプレートのオードブルは色んな味が楽しめて美味しかったし、スズキのプロバンス風なんとかもやっぱり美味しい。
 「美味しい、美味しい」と、馬鹿みたいに繰り返すおれを、リンは楽しそうに見ている。
 そういや、リンと食事をする時って、いつもリラックスしてたような気がする。
 
 会話の殆どが、高校を卒業してからの話で、お互いに見知らぬ世界の話に多いに聞き入った。リンのアメリカでの体験なんて、おれからすれば、映画みたいな出来事で羨ましいどころか、異次元すぎてリアルに感じない。
 リンもおれの美大での生活にひどく興味を持ち、絵画制作の過程を詳しく知りたがった。
 会話の勢いで、おれは一番言いたかったことをリンに打ち明けた。
「リン…今夜一晩、リンと一緒に居てもいい?」
「え?」
「確かめたいことが沢山あるんだ」
 おれの言葉にリンは珍しく黙り込んだ。それは拒否の答えなのかとおれは判断した。
「いや、リンが嫌ならいいんだ。勝手に来て、変なことを言ってごめん」
「馬鹿、開き直るなよ。困っているんだろ?ミナが本気で誘っているのか、ただ俺を試しているのか…昔のミナは賭け事は嫌いだったが、そのワインの飲みっぷりじゃ、昔のままのミナとは思えない。もし、本気なら、正直に寝たいって言えよ」
「…ね…ね、寝た、くない、わけじゃない」
 おれの言葉にリンは大声で笑う。
 なんら変わらないリンの意地悪な言葉遊びに、本気でムカついた。こっちは必死なのに、なんて奴だ。
「リ、リンが嫌なら、別におれは…」
「嫌じゃないよ。ちょうどいいや。ここも閉店だしね。俺の部屋へ行こうか」
 ムーディな蛍の光が店内に流れ、おれ達は立ち上がった。
 リンの後を付いてエレベーターに乗る。
 リンは昇っていくガラスの向こうの夜景を見つめている。いつものことだが、こういうリンは何を考えているのかわからない。
 リンの部屋に通されて中をみる。
 前に泊まった部屋と違ってダブルのベッドが中心の広い部屋だ。
「ひとりで泊まっているのに、ダブルなのか?」
「ああ、俺、寝相が悪いしな」
 そういやリンと寝てて何度か蹴られたことがある。

「適当に座ってくれ。ワイン飲む?さっき開けたばかりだけど、まだ半分も飲んでないんだ」
「もらうよ」
 窓際のソファに腰掛けた。ガラス窓の向こうに広がるイルミネーションは、イブの為かいつもよりも鮮やかな気がした。
「つまみは?簡単なオードブルでも頼もうか?」
「いや、いいし…」
「酒を飲みに来たわけでもあるまいに…?」
 意味深に横目でおれを見るリンが憎らしい。
 しかし、
 他の奴には絶対こういう気分にはならないのに、なんでリンにだけこんなにムキになるのか、自分でもわからない。

「べ、つに…リンがその気にならないのならこのまま話しているだけでもいいんだ。話したいことはいくらでもあるし…」
「俺はね、ミナ。迷ってるよ。ミナを抱きたいって…今夜一晩だけでも、ミナをめちゃくちゃに可愛がってやりたいって、思うけどね…自分の有様を振り返ると、ミナを抱く資格があるのかって…俺、ミナを別れてから随分と節操なく遊んでいたからね」
「慧一さんは…何も言わないの?」
「そりゃあ怒るし、叱りつけるけどね。慧は絶対に俺を許す。あれは俺なしじゃ生きられない人だもん」
「そんなの…リンの勝手な言い草だよ。慧一さんが可哀相だ」
「そりゃそうだけど、釈明させてもらうと、半分は仕事の為に寝てるんだよ。クライアントとの取引に有利になったりするしね」
「そう、なの…」
「まあ、ミナに聞かせる話じゃない。身売りしているわけじゃないし、嫌な奴とは寝ない。選ぶ権利を放棄した事もない。愛がないセックスにどういう価値があるのかは知らないけど、お互い楽しめればいいんじゃないかと割り切っている」
「そう…おれも、リンを責めれるほど綺麗でもないよ。…リンと別れて、男とも女とも寝てみたんだ。でもやっぱり全然夢中になれないし…感じないから、おれってどっかおかしいのかって…思ったこともある」
「それは…俺に責任がある。ミナをそんなにしてしまったのは俺の所為だろうから…でも、今は違うんだろ?」
「え?」
「恋人…いるんだろ?…櫻井さん?」
「なんで…知ってるの?」
「今日、おまえのリトグラフを買った時の売り子さんやってた男の人。なんでって…俺の声にそっくりじゃん。だからミナはあいつに惚れたなって、ね。ピンときた」
「こ、声が似てるから好きになったわけじゃないよっ!おまえはどこまでうぬぼれているんだよ」
「そうか?じゃあ、あの男のどこが良くて付き合っているんだよ」
「…どこがって…」
 なんでそんなことを、こんな場所で、この状態で言わなくちゃならないんだ?目的から離れているんじゃないのか?
「リンと全然似ていないから、好きになったんだよ。リンみたいに意地悪じゃないし、一緒に歩いててもこっちが惨めにならなくて済むし、なにより季史さんは大人だから、おれが何をしても許してくれる…」
 これじゃ…まるでリンにとっての慧一さんみたいじゃないか…
 リンもそう思ったのか、少し悲しそうに微笑む。

「お互い、俺たちの相手は苦労人だな。想う相手がやりたい放題だ…」
「リン、おれは…」
「純愛というものが肉体を求め合うだけのものじゃないならば、何故それを貫くことができない。純愛を証明する手立ては唯一それでしかないではないか…どっかの馬鹿な文学者がそんなことを言わなかったか?」
「…知らない」
「俺はミナを愛している。これが純愛なのかはどうでもいい。だがこの恋慕には充分な欲情がある。俺がそれを望んで…おまえがそれを求めるなら…それを制す意味など無意味じゃないのか?」
  
 ベッドに腰掛けたリンがおれに右手を差し出す。その右手を握り締めた。
 引かれるままにリンと一緒に、ゆっくりとベッドへ並んで寝転んだ。
 見つめ合い、微笑みあった。怖いものなど何も無かった。
 左指の指輪を撫でられる。
「…誓いは誓いでしかない。守られるべき約束などひとつもない。ただ…そこに、想いが宿るだけだ。…ミナを愛してる。偽りのない想いだけだ…」

 リンの言葉に、涙が零れた。






リンミナ手を繋ぐ11



「愛する人へ…」3へ /5へ


宿禰凛一編 最終章「only one」4 - 2010.12.07 Tue

リンミナエンド


4、
 それぞれの油彩を、立ち止まって見入り、じっくりと味わっていた。
 どれもこれもが鮮やかに懐かしく、あの頃の情熱やミナとの数え切れない語らいが、聞こえてきそうな気がしてならない。

 「リン…」と、呼ばれた。その声の主を俺は知っている。
 ゆっくりと声のする方へ振り向いた。
 一番会いたかった人が、驚き、そして、嬉しそうな、それでいて切なそうな顔をして俺を見ていた。
「ミナ、久しぶり…会いたかったよ」
 それだけ言うのが精一杯。心臓が高鳴る。
 ゆっくりと近寄って、お互いの顔を見つめあった。

 ああ…懐かしいな。長い事会っていないから、なんだか変な気分だ。写真は見たけれど、こんなに近くで見ると、随分たくましくなった気がする。透き通るように白かった肌も、なんだかすっかり健康的になってさ。なんか運動でもしてんのかな。だけど髪も眼鏡も昔のままで、変わんねえな~。芸術家っていうのはもっと突拍子もなく個性的な奴が多いはずなのに、ミナったら、すげえ普通に素直な子のままじゃねえか。なんだよ、目もキラキラさせてさ。昔と全然変わらずかわいいって一体なんなんだよ、おまえは。クソッ…なんか、もう6年も離れて損した気分になってきた。マジで手を離さなきゃ良かった~…もう遅すぎて笑うしかねえけどな。

「なに?」
「え?」
「なんかすげえ色々考えてない?」
「うん、まあ…なんて言ってミナを喜ばせようか、悩んでる」
「…リン、ちっとも変わってない」
「そう?」
「誰にでもそうだと思うと、なんか意味もなくムカつくのは、おれが成長してないからなのか?」
「俺は正直なだけだよ。ミナは相変わらず、素直でかわいい」
「…」
 頬を赤らめてそっぽを向く仕草に、本当に全然変わってないなあと、クスリと笑う。それを見て、またミナが怒った顔を見せた。
「久しぶりの感動の再会なのに、おまえは、本当に…」
「水川」
 後ろからミナを呼ぶ声がした。たぶん同級生だろう。
 ミナに近寄り、「村上教授が来てるよ。挨拶行くだろ?」
「うん…でも…」
「行っておいでよ。俺は大丈夫だから」
「ゴメン。お世話になった教授なんだ。ちょっと行ってくるよ」
 そう言って、ミナは背を向けた。
 先に行く友人を見送ったミナは、再び俺に近づき、俺の左腕を掴んだ。
「リン、もっと…沢山話したいことがあるんだ」
「俺もだ」
「今夜はどこにいるの?」
「品川のホテルだよ。ほら、あの時、ミナと泊まった高台の…」
「ああ、覚えているよ。ねえ、リン。時間があるのならおれと会ってくれないか?今日は最終日だから打ち上げもあるけれど、早めに抜け出して、リンに会いに行くから」
「…いいの?」
「おれがそうしたいんだ」
「わかった。いつまでだって待ってる。電話をくれたらロビーで待ってるよ。番号は…昔のままだから」
「おれも…変えてない。携帯は壊れたから変えたけどね」
「一緒だ」
「じゃあ…待っててね、リン」
 握り締めた俺の腕を離すミナの手を、本当は捕まえてしまいたかった。
 今でも愛していると…叫びたかった。
 そうしなかったのは、歳を取った所為なのか、言ったところでどうにもならない事を悟ってしまっているからなのか…

 ギャラリーの最後に飾られた「GLORIA」と言う題名は、俺の肖像画だ。
 こちらを見つめ笑う俺の顔を、ミナはどんな気持ちで描いたのか…それを考えると、後悔や罪悪感で張り裂けそうになる。
 …ミナにとって、俺という人間の罪深さはこの絵の中にあるようで、恐ろしい。

 ギャラリーの出口に設置されたポストカードや版画の販売先で、先程のミナのリトグラフを購入した。
 ニューヨークの事務所と鎌倉の自宅、それに嶌谷さんの別荘に贈ろうと思った。
 手続きをした時の係りの男性が、配送票を書いた名前を見て気づいたのか、意味ありげに俺を見つめ、少し笑った。
「建築家の宿禰さんですね」
「はい」
 歳は慧一と変わらないか、少し上のような気がした。この人も芸術家なんだろうか。
「テレビで拝見したことがあります。アメリカの建築家の賞を受賞されたとか…同じ日本人として、誇りに思いましたよ」
 声を聞いてなんだか変な気がした。
 テレビで話している俺の声に、なんとなく似ている気がしたからだろう。
「ありがとうございます。だけど…俺の力なんてほんのひとかけらで…みんなの支えがなかったら、今の俺なんかいませんよ」
「…あんたみたいな見た目も名誉も欲しいままのお方の言う台詞じゃねえみたいだ」
 くだけた口調になっても、ちっとも嫌味に感じない。この人の人間性なんだろう。
「芸術家も建築家も…いや、何かを創作する人は、自分だけの世界を作りたいと思っているけど、実は自分の力なんかほんの僅かで、本当は、自分の回りのすべてが自分を創っているって事なんだと思います。俺もそうです。俺に関わった人やもの、景色が、俺を創りあげた。俺は自分が味わったものを取り出し、それを捏ねて建物を生み出している。だから、もし褒めてもらえるのなら、俺じゃなくて、俺を愛してくれた人達を最初に称えて欲しいと思ってますよ…櫻井さん」
「え?」
「ココに書いてあります」
 首から提げたネームプレートを指した。
「…実物なんて絵に比べりゃ大したことねえと思ったけど…これじゃ勝てる気はしないな」
 櫻井さんは自分の頭を搔きつつ、小さく呟いた。
「え?」
「はい、これ、サービスね」
 そう言って、売り物であるミナが墨で描いた薔薇の絵の色紙を俺に渡してくれた。


 冬至が終わったばかりで、夕暮れは早い。ホテルに到着した頃には辺りは真っ暗だった。
 俺は、ミナとの約束をひたすら待った。
 食事もとらずにルームサービスで少量のワインとクラッカーを口に入れただけ。
 あんまり暇だったから風呂に入り、その後、ベッドに寝転んだ。
 俺に会いたいって…ミナはどういうつもりで言ったんだろうなあ。
 ただ思い出話をしたいだけなのか。恨み辛みを吐き出して泣かれたりするのか。
 …それとも縒りを戻したいなんて…
「…なわけねえな。ハハ…」
 空しい笑いが部屋に響いた。
 今更、戻ることなんてない。
 ミナをこれ以上傷つける権利は、俺にあるはずもないじゃないか。
 だけど、ミナ…変わらずにかわいくてさ。
 会ったのはやぶ蛇だったかもな~
 俺の左腕を掴んだ時のミナの力強さが、愛おしかった…
 ミナ…ミナ、好きだよ…
 

 いきなり枕元の着信音がなった。
 うたた寝していた俺は飛び上がって、携帯を取る。
『リン?』
「ミナ、終わったの?」
『うん、今、品川の駅を降りたとこ』
「わかった。ロビーにいるから」
『じゃあ、後で』
 飯は食ったのかな?時計を見た。十時を回ったばかりか。なんとかレストランも大丈夫だ。
 急いでジャケットを羽織り、部屋を出る。

 ロビーで少しばかり待っていると、ミナの姿が見えた。
 食事はまだだと言うから、最上階のフレンチレストランへ直行した。
 レストランは時間も遅かったからか、客はまばらで、一番眺めのいい席に案内された。
 ラストオーダーだと言われ、「あまり食べれないかも」と言うミナの食欲も考えて、アラカルトを適当に選び頼んだ。
 
 テーブルに並ぶ料理を「美味しい」と、嬉しそうに食べるミナに満足だった。
 驚いた事に、ミナは酒に強い。フルボトルの赤ワインを殆どひとりで飲んでしまった。にも関わらず、一向に顔には出ない。頑張ったってボトル半分も飲めない俺とはえらい違いだ。
「ミナ、おまえ、見かけと違ってザルだったのかよ」
「うん、おれも飲むまで気づかなかったけどね。結構いける口みたいだよ。この海鮮のテリーヌ美味しいよ。さっきの打ち上げって立食パーティだったから、挨拶回りだけで何も食べれなくてさ。なんかやっと一息付いた感じだ」
「そう?俺は…ミナに久しぶりに逢えて、緊張しているんだけどね」
「…おれだって…」
 空になった皿を片付けるウエイターが去った後、ミナは急にしおらしくなる。
「ずっとリンに会いたかった。夏の同窓会の時、リンに会えると思って…楽しみに行ったけど、リン来れなかったしね」
「ああ、あの時、急に用事が出来たんだ」
「凄い賞を貰ったんだろ?テレビで見たよ。ネットの動画でも、一杯見た…リン、立派だった」
「そう…かな」
 あのテレビを見たのか…じゃあ、あの時、俺の言った言葉も聞こえていたのかな?
 おまえにだけに贈った告白の意味を受け取ってくれたのかな…

「…嬉しかったよ。すごく…嬉しかったんだ」
「え?…何が?」
 顔を見てあの告白を受け取ったのはわかったが、意地悪をしたくなった。
 俺が知らない振りを装うと、ミナは上目遣いに俺を睨む。
「…意地が悪いね、リン。わかっている癖にさあ」
「…あの言葉がミナに伝わるのかは賭けだったけれど、言わずにはおれなかった。…受け取ってくれてありがとう、ミナ」
「お礼を言わなくちゃならないのはおれの方だ…」
 グラス一杯のワインを一気に飲み干したミナは、俺の目をじっと見つめた。
「リン…今夜一晩、リンと一緒に居てもいい?」
「え?」
「確かめたいことが沢山あるんだ」

 ミナの言葉の意味を、俺はどう受け取るべきなのか、混乱してしまう。


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宿禰凛一編 最終章「only one」3 - 2010.12.03 Fri

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3、
 あの日から、夢にミナを見ることが多くなった気がする。
 ミナが俺を呼んでいるのかな…

「凛…そろそろ起きなきゃ…」
「う…ん。まだ…眠い」
 慧一の胸の中で夢うつつの頭を横に振る。
 あったかい慧一の体温を逃したくなくて執拗に手足を絡めた。
 困った奴だな…と呟きながらも、慧は俺の背中を撫でてくれる。
 だって、慧とくっついているのが一番安心できるんだもん…そう言って、キスを求めた。
 躊躇わない濃密な接吻にお互いの身体が熱くなる。

 慧、欲しい…凛、もう真昼だよ。それに帰国する飛行機は夕方だろ?そろそろ支度しないと…だからじゃない。しばらく離れちゃうんだから、慧に沢山愛してもらっておかないと、ひもじくてたまらなくなるからさ…仕方のない奴だなあ。

 慧一は俺を徹底的に甘やかす。俺は慧一無しでは生きられない…それでいい。

 アトリエ事務所まで歩いて十分ほどの場所に、高級アパートメントを借りて、俺達は暮している。
 仕事は慧一と俺の共同でやる場合が主だが、個々の仕事も多くなった。仕事先が遠距離になると離れる時間も増えてくる。だから、一緒に居る時はできるだけお互いを求め合うようになる。

 建築デザイン賞の受賞の所為だろうか。近頃は急激に仕事の注文が増えている。
 合衆国各地からは勿論、日本からの問い合わせも多い。
 聖ヨハネ学院高校の教会と体育館建設の為、日本の施行会社と綿密な打ち合わせや、現場での工事管理も必要になる。帰国する回数もすこぶる増えた。
 今回は都内目黒で詩人の記念館創設の設計に携わり、詳しい実地設計のプレゼンに赴く事になった。
「プレゼンと、最終的な確認申請も済ましてくるから、2,3日はかかると思う」
 夕方、飛行機の時間に合わせて家を出る俺を、慧一が玄関先まで見送る。
「俺もパトリックとの仕事を片付けて帰国するよ。クリスマスには間に合わせる」
「うん。じゃあ、クリスマスに」
「あまり夜遊びするなよ」
「兄貴もね」
 別れのキスをして俺はアパートを出る。


 日本での仕事も順調にこなし、後は各系列への挨拶だけを残すのみとなった。
 二十三日の夜、俺は新橋の「Satyri」へ向かった。
 ニューヨーク程ではないが、都内のどこもかしこも色とりどりのイルミネーションで賑やかしい。
 重い扉を開け、店に入る。
 ノスタルジーなジャズの生演奏が腹に響いた。
「凛くん、久しぶり~ちょっと見ない間にまた色っぽくなったんじゃない?」
 嶌谷さんや馴染みの連中の顔を見ると故郷へ帰った気分になる。 
「ふた月前にここで会ったでしょ?ミコシさん。まだまだボケないでくださいよ」
「あ~ひど~い。相変わらずのドSなんだから~。でもそこが好き~」
 ミコシさんのキスの歓迎は毎回どぎつくなる一方。
 嶌谷さんは店の経営を若手に任せ、自分はオーナーとして週2,3日程度の出勤に抑えている。
 山中湖の温泉地に別荘を建て、仕事がない時はそこでのんびり過ごす日が多くなったと言う。
 因みにこの別荘の設計は俺の初仕事だった。
 日本に滞在し、時間がある時にはこの嶌谷さんの別荘で俺も寛ぐし、一昨年から正月は慧一と共にこの別荘で過ごすことにしている。
 今年は父さん達夫婦も招かれてるらしい。どうなることやらと、少し心配にもなる。
 嶌谷さんはすでに俺達の家族と同様だし、俺のSIAデザイン受賞式にもわざわざニューヨークまで来てくれた。
 涙を流して喜んでくれた嶌谷さんとのツーショット写真が、店の一番目立つ場所に飾られている。
 お客さんがそれを指差すたびに、嶌谷さんはニコニコと詳しく説明している。
 俺の成功をこれほど喜んでくれる人がいるのなら、俺はたゆまぬ努力は惜しまない。
 俺は幸せだった。
 これ以上何かを望んだら罰が当たる。
 そう、もう何も望んではいけない…

「あれ?凛一、帰って来てたのか?」
 俺の隣に顔なじみの奴が座った。
「紫乃、今日は学校無いの?」
「今日は祭日だろうが」
「そうだった。こういう仕事していると決まった休日なんかないから、感覚が鈍ってしまうね」
「クリスマスはこっちで過ごすのか?」
 セブンスターに火をつけた紫乃に俺は灰皿を。間髪入れずに、嶌谷さんが、ドライマティーニを差し出した。
「うん、明後日慧一と合流するつもりだよ。二十五日はこの店は休日だから、鎌倉へ行くかも。紫乃も一緒にクリスマスパーティでもやる?」
「いや、いい。一応予定が詰まっているからな」
 そう言って、紫乃は端に座る三田川さんに手を振った。
 なんだよ、あんたら付き合っているのかよ。そうならそうとひと言ぐらい言えってもんだろ?

「…なあ、凛一」
「何?」
「今日、上野の美術館へ行ってきたんだ」
「へえ~、なんか興味の引く美術展でもあってた?」
「水川が仲間達と展覧会を行っている」
「…ミナ、が?」
「おまえが建てるうちの学校の教会に、水川の描いた絵を飾るって話は聞いているだろう?」
「うん」
 ふた月前に建築工程の最終説明の為、ヨハネを訪れた際、鳴海先生から直接伺った。
 話を聞いた時は驚いたり、喜んだりとなんだかわけがわからなくなっていた。
 だって、俺の設計した教会堂にミナの絵が飾られるなんて…これこそ夢幻の如くなり…だぜ。
 教会と体育館の完成は来年の夏の予定だ。
 その日が来るのが今から待ち遠しくてたまらない。

「水川な…とても良い絵を描いてたよ」
「…そう」
「明日は最終日だ。…行ってこいよ」
 紫乃の意味あり気な、それでいて信頼を寄せる優しい眼差しで見つめられ、なんだか変な気分になった。


 品川のホテルの部屋で、俺は夜の東京を見つめる。
 この街にミナが住んでいる。
 帰る度に、こうやって空を見る度に、ミナを懐かしく愛おしく想った。
 もう、六年も経つのに、何故この気持ちが薄らいだりしないのだろう。
 青春の輝きだったと、そっと胸の内に沈めてしまっても充分な時は過ぎたはずなのに…

「ミナ、おまえの絵になにが描かれているのか…知るのが怖い気がするよ」
 あの頃とは変わってしまったであろうミナの描いた絵を、俺自身がどう受け止めればいいのか…覚悟ができないまま、夜は更けていく。


 翌日、挨拶を終え、そのまま昼食を依頼主と取った。やっと二時にフリーとなる。
 行かなきゃならないだろう。
 そしてもしそこにミナが居たら…俺は一体ミナにどんな顔をすればいいんだろう…
 あれこれ考えながら、上野に向かって山手線に乗り込んだ。
 上野の森美術館の玄関には大きく「七星会卒業記念展覧会」と宣伝用のポスターが貼られ、ミナの顔写真も載っていた。
 大人になったミナを見たのは、初めてじゃない。今年の同窓会の際に撮った写真を、三上がニューヨークにわざわざ送ってくれた。
 骨格も男らしくなって高校の頃の幼い感じとは違った印象もあったけれど、それは俺が思い描いていた大人のミナと変わりがなかったから、そのことに感動したんだ。
 
 入場料を支払い、画廊の入り口に足を進めた。入り口の近くは大学生や一般の客で賑わいを見せていた。
 いくつかのかたまりにミナの姿を探したが、見つからなかった。
 諦めて中に入ることにした。
 
 ギャラリーは7人の合作と言うより、ひとりひとりの世界を各自に作り上げているもので、絵画だけではなく、彫刻や立体アートまで及ぶものだった。
 どの作品も独自の創造性の無限さを思いのままに作り出している。それは俺の建築デザインの構築と少しも変わらない表現方法でもある。
 だから決して異質なものではなく、なにか共有めいたものさえ感じられた。
 ひとつひとつの作品のエネルギーを受け取りながら、七つ目のキャラリーに足を踏み入れた。
 即ち、ミナの世界に…

 最初に「green house」と表題があり、次のような散文が書かれていた。

 温室はおとぎの世界だった。
 果てしない砂漠、大海原の海域、燃え盛る活火山、
 煌く宮殿、廃墟の城、蒸し暑い密林を彷徨い、ひたすら歩いた。
 情熱や友情や絆を確かめ合った。
 温室は、
 数知れない空想と魂を紡ぎ合わせる空間だった。


 俺たちの育てた植物の版画が並べられていた。
 アネモネ、ヒルガオ、スイフヨウ、リンドウやポインセチア…店から買ってきた奴もあれば苗から育てた奴もあったな。
 ミナの版画は昔よりもずっと細やかで鮮やかに成長していた。
 リトグラフは購入の予約もできるらしく、気に入ったものでも買っていこうと思いながら、次の画廊に足を踏み入れた。
 俺の目に映し出された油絵の数々に、思わす立ち止まった。
 溢れる色とりどりの植物と光の饗宴。
 そして存在するひとりの影…
 それは俺に間違いない。
 
 影や光だけであったり、子供や性がわからないフォルムであったりしたけれど、その正体は俺でしかなかった。
 ひとつひとつの絵画に、自分でも知らない色んな自分がいることに、感動したり驚いたり、不思議な想いで頭を捻ったりとすっかり夢中になった。
 これはミナが見てきた俺のイメージなのかな?
 それともミナ自身が生み出した想像の俺なのかな?
 どっちにしても、あの頃、他人にとやかく言われるのが嫌でカンバスに俺の姿を描く事を躊躇っていたミナを思うと、えらく開き直ったものだな~と、なんだか可笑しくなる。
 逆に、あまりにも俺の存在が強すぎて、ミナを誤解する奴もいるんじゃないかと、心配になったり…

 一枚の絵画の前に立った。
 「目覚め」と言う題で描かれた油絵は、裸の俺が蝶になり、眠っている絵だ。
 俺はこんな顔をして、ミナの隣りで眠っていたんだなあ~
 言葉にならない感情が胸を満たした。

 まぎれもない、あの頃の俺がその絵の中に居た。



凛一蝶2



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水川青弥編 最終章「愛する人へ」3 - 2010.12.01 Wed

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3、
 その夜、おれは捨てておいた昔のリンの肖像画を探し出し、そのカンバスをイーゼルに置いた。
 おれが描き殴ったバツの印が生々しく残っている。
 あの時おれはリンを詰り、今後一切リンを愛したりしないと、自分に言い聞かせた。
 ヨハネで過ごしたあの三年間を、過去にしてしまいたかった。
 リンに捕らわれて生きることが苦痛で仕方なかったからだ。だけど、リンを忘れることなんて、できるはずもなかった。
 おれに絵を描き続けることを導かせたのは、リンだった。
 おれが絵筆を持つ時、いつだってリンの声が聞こえてくる。
「ミナは絵描きに向いてるよ。俺は、ミナの描く絵が好きだなあ」
 口癖のようにリンはおれに言った。決して押し付けがましいわけでもなく、軽口でも叩くように繰り返していた。
 リンの言葉は、おれの中に自信と言う小さな塊を少しずつ積み重ねてゆく。
 おれが、今こうしてカンバスに向かいあっていられるのは、リンの所為に他ならない。
 おれにとってリンは一番…一番描きたい存在だったからだ。
 おれは今までに一度だって満足のいくリンを描いていないじゃないか。
 リンを描きたくて描きたくて、おれはこの道を選んだんじゃなかったのか。
 リンが誰を好きだろうが、本当は関係なかったんだ。
 おれは…自分が忘れ去られるのが怖かった。リンがおれをただの思い出にしてしまうのが怖かったんだ。

 恋は、他人を愛するってことは、相手を求めることだけじゃないはずだ。
 おれが、リンを、愛しているのなら、それに区切りや果ては無いはずだ。
 リンがおれを忘れてしまおうと関係ない。
 リンが…それをおれに示してくれた。
 おれがおまえを忘れても、憎んでいても、リンはずっとおれを想ってくれていた。
 それはリンの誠意であり、自信であり、彼の誇りだ。
 おれはテレビの向こうの彼が眩しかった。おれに愛を示してくれたリンがあまりにも凛々しくて、嬉しくて、同時に自分の不実さに恥ずかしさの余り、悔しくて仕方なかった。

 …リン…、おまえはやっぱりすごい奴だよ。
 おれはおまえへの想いだけは、おまえがおれを想うよりもずっと…ずっと深くて熱いものだと自負していたよ。絶対に負けないって思っていたのにね。

「リン、もう迷わないよ。おれの想いをカンバスにぶつけなきゃね。いつか…おまえと会う時、ちゃんと顔を上げておまえに微笑みたいから…おれは、おれのリンを描くよ。おまえが手の届かないところに飛んで行くなら、おれは這ってでもおまえに辿り着いてやる。負け続けていられるもんか…なあ、リン。おまえはいつだってそう望んでいたよね。おれ達は対等に愛し合う恋人だって」

 おれはカンバスに絵筆を下ろした。


 季史さん宅の庭は芝生で覆われている。
 四季の草木も豊富で隣りとの境目の塀の代わりに花木が植えられている。
 ハクモクレンやキンモクセイ、カンツバキ。藤棚にはその季節ごとに枝を仕立て、縁台を置いて夕涼みを楽しんだ。
 季史さんのご両親がこの家から出られて以来、放置されていた花壇も、おれが手を入れ、季節ごとに花を植え替えている。
「イングリッシュガーデンみたいだ。結婚式場にでも提供するか?」
 ブーゲンビリアのアーチの下で季史さんが笑う。
「土がいいんだよ。じゃなきゃこんなに育たないよ。それより、このコスモスみてよ。去年より、二倍以上は増えたよね」
「さすがは青弥だな。おまえ、どこで土いじりを覚えたんだ?」
「高校の時、温室の世話をしてたんだ」
「園芸部員だったのか?」
「…そうじゃないけど、ね」
 三年間でリンと育てた植物は数知れない。
 リンもおれも水遣り、草むしりから植え替え、種を取ってまた小さな芽が出るのを見とどけた。
 おれ達はその生命に喜び、笑いあい、そして与えあった。
 リンの手が触れる時、おれは恥ずかしさの余り、口唇を噛み、目を閉じてしまったけれど、おれの心も身体も喜びに満ち溢れていた。
 リンのささやきが、意気地のない引きこもったおれを大胆にした。
 あの時、おれは初めて自分を解放させる術を知った気がする。
 あのシンパシーやエクスタシーは青春や恋という言葉だけじゃ語れない。満ち溢れたエネルギーだった。
 エネルギー…情熱…おれはそれをおれの描くカンバスに映し出さなきゃならない…

 おれは展覧会に出す一連のテーマを「green house」と題した。

「見れば見るほどイイ男だな」
 アトリエで絵を描くおれの傍らに立って季史さんが呟く。
「これでも、実物には程遠いと思うよ。先輩が言うにはリンは…人間じゃないって」
 おれの言葉に季史さんはクスリと笑う。
「青弥は俺の声がこのモデルとそっくりだと言ってたけど、似てるのは声だけだな。見事に完敗だ」
「そんなことないよ。確かに初めて季史さんの声を聞いた時は…驚いたけど、リンとはまるで違うもの」
「…喜んでいいのか、悲しんでいいのか…」
「だからあ~おれは季史さんとリンを比べたことないってことだよ」
「わかってるよ。青弥は俺の背にこの子を見たりしていないってわかっている。だけどな、俺は…おまえを最初見た時…俺の声を聞いてポカンとなんとも言えねえ顔をした時な、いっぺんに好きになっちまったんだ。だから…俺の声に似ているというこの子が、おまえを俺に導いてくれたのかもって…そう思ってしまう自分がいる。本当なら、青弥を独り占めしているこいつを憎んでもいいんだろうけれど…」
「季史さん…」
「もし、これから青弥とこの子が…元の鞘に納まるとしても…俺に気を使わないでもいいからな。青弥は自分の想いで生きていけばいい」
「…」
 元の鞘か…そんなことありえないんだよ、季史さん。
 だって、リンには慧一さんが、おれには…あなたがいるじゃないか。
 そうだろう?

 師走になり、二十日からの展覧会への期日が迫り、おれは飲まず食わずで絵を描き続けた。
 展示する絵は油絵7点と植物を中心としたリトグラフ十一点だ。
 どれも温室に関連させ、世界感を繋ぎ合わせた。
 一番号数の大きい500号サイズの油絵を、聖ヨハネ学院の新しい教会堂へ贈呈することを、鳴海先生には伝えてある。
 おれはその絵に「目覚め」と題した。

 展覧会は、大学の協力もあり、宣伝も行き渡った所為か、こちらが驚くほどの盛況ぶりだった。
 夏の同窓会がきっかけとなり、ヨハネの同級生たちもこぞって、観覧に来てくれた。
 町田先生を初め藤内先生や藤宮先生。鳴海先生まで来られ、恐縮してしまった。
 鳴海先生には教会に飾る「目覚め」を見て頂いた。その感想を聞くまではこちらは気が気じゃない面持ち、だが、こちらから伺う勇気なんてなかった。だって、どっからどうみてもその「目覚め」に描かれているモデルはリンでしかなかったから…
「いい絵ですね」と、鳴海先生は絵を見つめながら言った。
「孵化する前の幸福というものは、こういう表情をしているのかもしれません。水川君、あなたの七つの美徳がこの絵から伝わってきますよ…是非この絵を飾らせてください。宿禰君も…さぞや喜んでくれることでしょう」
「ありがとうございます」

 今、君がここに居たとしたら…
 おれはやっと、胸を張って君の目を見つめることができるかもしれないよ、リン…

gakubutu3.jpg



 展覧会の最終日、遅くなった昼食を観覧に来てくれた友人と一緒にカフェで取っていた。
 昼食から帰ると、季史さんが慌てておれに近づいてくる。
 季史さんは初日からずっとこの展覧会の為に先頭に立って裏方を引き受けてくれている。
「青弥、どこに行ってたんだ。何度も携帯に連絡したんだぞ」
「ちょっと昼飯を…あ、携帯マナーモードのままにしてたんだ。ごめん。なにか急ぎだった?」
「…来てるよ」
「え?」
「おまえが一番会いたい奴だよ」
「…」 誰のことを言っているのか、わかってしまう。だけど…本当に?
「入って二十分は経っているから、見逃さないように出口から行けよ」
「…」
「何ぼーっとしてんだよ。早く行って来い」
「だって…急に言われても…何話していいのか…」
「会いたかったって…言えばいいんだよ」
「季史さん」
「ん?」
「ありがとう」
 季史さんは少しだけ微笑み、そしておれの背中を押した。

 出口から回廊に入った。
 この「七星会」の展覧会は7人がひとりひとりのテーマを決め、区切られたギャラリーを使い思うがままに展示している。おれの展示は最後のスペースのふたつのギャラリーだ。
 はやる心を必死に抑えた。
 走りたくなる足に言い聞かせ、殊更ゆっくりと歩いた。
 リンがいる。
 リンがおれの絵を見に来てくれている…
 ああ、どうしよう。おれの絵をリンはどんな顔をして見ているんだろう。おれのリンへの執着を笑ってはいないだろうか…

 二回目の角を曲がり、一番広い回廊へ出た。
 何人もの観覧客がいる中、迷う事無くリンの姿を見つけてしまった。
 黒いコートに包んだ身体からは、隠せないほどの鮮やかなオーラが立ち込めている。
 正面の絵を見つめる横顔は非の打ち所も無いほどに端整で、見惚れるほどに美しい。
 だけどおれは知っている。
 自分を信じる強固な意志と、強烈な孤独の影と、繊細な優しさ…どれもがリンという人格を彩る。
 少しも…翳ってはいないと、おれはほっとした。
 静かにその影に近づいて行く。
 リンとの距離が近くなる。
「リン…」
 辺りに声が響かない程度に呼んでみた。
 リンはゆっくりとこちらを向き、驚いた顔をする。
「リン」
 おれはもう一度、名前を呼ぶ。
 リンは笑った。
 あの頃と同じように、少しだけ顔を傾け、優しく慈しむような顔で微笑んだ。

「ミナ、久しぶり。会いたかったよ」
 彼はそう言って、一歩一歩おれに近づいてくる。
 おれはいつ胸が破裂してもおかしくないって…そう思いながらも、そんなことはありえないと笑う。




リンミナエンド

 
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