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2011-02

藤宮紫乃編 「Sonnet」 4 - 2011.02.11 Fri

sino2

4、
 目を丸くしてこっちを見ていた千葉啓介が、やっとこの世に帰ってきたらしく、にっこりと笑いかける。
 今度はこちらが引きつる番なのか…
 そんな馴れ合いなど一切知らぬ人の良い教頭が、機嫌よく先を続ける。
「千葉君、明日から藤宮先生の指導の下、クラス担当教務に参加してください。今日は挨拶がてら、学校内をひととおり見学するといいですよ。なにか質問はありますか?」
「いえ、ありません。あの、一生懸命頑張りますっ!」
「では、藤宮先生、千葉君の指導等よろしく頼みます。今日は午前中で校務も終わりですから、先生に学校案内を頼んでもよろしいですか?」
 駄目だと言ってもすでに決まっている話だ。ここは事なかれ主義でいかせてもらおう。
「…わかりました」
「では、よろしくお願いします」
「ありがとうございますっ!」
 準備室から出て行く教頭を、いかにも体育会系らしい深々とお辞儀で見送る千葉啓介だった。

 ガタンと戸が閉まるとそいつは俺の方を向き、爽やかな笑顔を見せた。
 畏れるな。たかが二十二のガキじゃないか。一度寝た位で怯む事でもない。
 どんな修羅場も切り抜けてきた俺だろ?
 平常心で付き合えばいい。

「藤宮先生。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いしますっ!」
 準備室に響きわたる声に、周りの先生の笑う声が漏れる。
 少々呆れるが、こういう実習生は今までも何人か居たし、別段彼が変わっているわけでもない。暗い奴より幾分能天気の方が、こういう職業には合っている。
「じゃあ、千葉先生。こちらの机を使って下さい」
 俺は空いてる右隣りの机を示し、彼を誘導した。
 千葉啓介は「はいっ!」と、元気良く返事をし、一礼をして椅子に座った。
「ここの引き出しも好きに使って良いから。何かわからないことがあったら、遠慮なく聞いてください」
「はいっ!」
 そう言って引き出しを開けようと屈んだ千葉は、俺の右腕を引き寄せた。思わず俺の身体が右に寄れる。
 屈んだ千葉が俺の耳元に囁く。
「こんなとこであんたに会えるなんてさ。これって運命の赤い糸っていう奴?」
「…残念だが、その糸はこちらから切っておいた」
「じゃあ、また結びなおしておくよ。俺、こう見えても裁縫得意なんだ」
「…」
 ジロリと顔を睨んだが、意に介さず微笑を称えたまま俺を見る。
 そんな顔に騙されるかよ。
「用意が出来たら、構内を案内しよう」
「はいっ!よろしくお願いしますっ!」
「…」
 握られた手をわざと鋭く振りほどいたが、奴は顔色ひとつ変えないままだ。
 まったくもって、今の若者は裏表が激しすぎて、ムカつく。
 これ以上ややこしい奴との付き合いはゴメンこうむる。
 それでなくても俺の回りにはトラブルメーカーが多いんだから。
 

 次の日から、教育実習生千葉啓介の本格的な指導が始まった。
 実習期間はひと月半もあり、指導教師はその実習生の教師としての適正能力を見極めるという重要な責任を負うことになる。教職課程を受けたすべての学生が教師になることは少ないが、この聖ヨハネ学院大学からの教員採用試験の合格者は多い。 
 千葉啓介も当然大学の教育学部である。教科は国語、地理歴史を専門にしているが、今回は主に世界史を受け持つ。
 教科が違うとそれだけ顔を合わせる時間も少ないから、こっちとして気が楽になる。
 たとえあの一夜が遊びといえど、肌を交わしたことには違いないのだから。

 千葉啓介は教師として遜色のない優秀な人材だった。
 明るさや物怖じしない人懐っこさは生徒達への交流を意図も簡単にクリアしたし、若さと清潔さが教師達の好感を持って受け入れられた。
 何よりも聡明であり、生徒ひとりひとりへの判断が的確に行われていることに目を見張った。
「まるで先生になる為に生まれてきたみたいだな。俺なんかよりよっぽど先生らしいよ」
 お世辞ではなく本音を言うと、千葉は照れながらもキリッと俺の方を向き「紫乃先生から褒められるなら、俺、もっともっと頑張りますっ!」と、姿勢を正すのだ。
 そうかと言えば、ふたりだけになった途端、雰囲気ががらっと変わるからこちらも気が抜けない。
「紫乃…ふたりの時はそう呼んでいい?」
 生徒にだって呼び捨てにされることも多いんだから、呼び方に拘りは持ってない。
「構わないよ」

 昼休み時、いつものように注文した弁当を食べていると、隣で焼きソバパンにかぶりついている千葉は、不満そうな顔をする。
「やっぱり昼飯は自前で作ろうかなあ~」
「え?」
「俺、料理するの好きなんです。いつも自炊してるし…あ、そうだ。紫乃先生の分も明日から俺が作ってやるから、弁当頼まなくていいよ」
「別に俺は市販の弁当に不満はない」
「だって愛情がこもってないじゃん。俺の愛情たっぷりの手作り弁当を紫乃先生に食べさせてやりたい」
「いや…結構なんだ…が」
「よし!図書館に行って料理本借りて、メニュー考えてこ~」
 残りのパンを口にほおり込んだと思うと、立ち上がって突風のように準備室から出て行った。
 周りの先生方も一緒に、その背中を見送った。
「千葉先生を見ていると、何故だか元気が出ますなあ~」
「あれが今時の弁当男子って言うものですかね。藤宮先生、好かれて結構なことじゃないですか」
「…はあ」
 千葉のような一途な奴も今までに居なくはない。
 いわんや生徒達からの俺へのアプローチは思春期も兼ねてか、むちゃくちゃ激しいものがある。
 「先生好きなんです。付き合って下さい」は可愛いうち。
 「抱いてくれなきゃ死んじゃう」や、マンションの玄関先で何度もインターホンを鳴らし「一晩だけでいいんです。思い出を下さい」とか…ストーカーめいたものも何回もあった。その度に警察や親や学校に頼んで生徒を説得し諦めてもらったんだ。
 そんな彼らでも卒業してしまえば、俺はただの過去の人、甘酸っぱい過去の思い出になってしまうんだから、青春ってマジで一過性の性の爆発なんだろう。
 結局、いくらなだめても赤いコードは切れてしまうわけで…
 次の日から、俺の昼飯は千葉啓介特製の手作り弁当になった。

 千葉は学校から五分とかからないとヨハネの学生寮を寄宿舎としている。
 食堂をオバサンともすっかり仲良くなって、料理も色々と教えてもらっているらしい。
 確かに栄養のバランスもいいし、彩りも申し分ない。
 だけど、俺は弁当に何かを求めてもいないぞ。

「紫乃先生、卵焼き美味い?」「…甘い。卵焼きはダシのほうがいい」「そっか…うちの家は昔から砂糖味だったからなあ。紫乃はダシ派か。じゃあ、明日からはそっちでいくよ。里芋の煮っ転がしはどう?」「…普通」「普通って?」「普通は普通だろ」「なんだよ。素直に美味しいって言えば良いのにさあ…紫乃ってツンデレ?」「おい、俺のどこがデレているのか教えて欲しいもんだ」「だって…ベッドではデレてた…」「おまっ!」「大丈夫だって。誰も居ないから聞こえてません。紫乃ってホント純情なんだから」「…」「まあ、そこが大好きなんだけどね~。あ、明日は唐揚げ作ろう~」
 なんか違う…なんでこうなるんだ…わけがわからん。

 千葉啓介は、変わった男じゃない。むしろ純真であり、且つ一般常識も身に着けている上出来の学生だ。
 彼がゲイであっても、俺に関わってあの子が得をすることなんてひとつもないはずだ。
 若い好奇心をくすぐるちょっと珍しい年上のゲイと遊びたいだけなのだろう。とても本気とは思えない。
 少しだけ甘い蜜を啜って、ひと月後には、この閉ざされた楽園から自由に旅立つのだ。


 放課後、夏の日差しが和らいだのを見計らって校舎の屋上で一服していると、千葉がやってくる。
「今日は部活は無いから、暇ですね」
「そうだな」
 実習生は部活の指導も経験する。千葉は俺が顧問する『詩人の会』を選び、生徒と同じように詩を読んだり、作ったりしていた。
「部活は面白いか?」
「詩なんて作ったの、中学生以来?でも面白いよ。面と向かって言えない事も、詩でなら相手に伝えられる。
『…風に吹かれる葦のように私の心は震えている、
おまえの美しい精悍な腕で、私の身体を抱いてくれ…ただ抱き締めてくれ…』」
 朔太郎の詩だ。
「…大事な言葉を抜かしやがったな」
「え?」
「『女よ』…だ」
「そうだったかな?じゃあ、そこは『紫乃よ』に変えるよ。そして紫乃は俺に言うんだ。『良い子よ、恐れるな、なにものをも恐れなさるな、あなたは健康で幸福だ…』」
「そう言って欲しいのか?」
「…」
「言わなくてもおまえは十分健康で幸福者に見えるよ」
「そうなりたいと、願っているからだよ」
 そう言って、千葉啓介は反対側の柵の方へ歩いていく。
 その背中を見つめながら、お前ほど心根の健康な奴は居ないと思うよ、と、笑う。





昼飯中22

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教育実習は昔経験した。卵焼きはうちは砂糖派。テキスト更新はゆっくりです。絵は出来たらうpする。
来週はフリー絵を更新しようかね



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