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2011-11

Private Kingdom 22 - 2011.11.30 Wed

josyua11.jpg

 22、
 夕食の後、ルチア小母さんの部屋へ呼ばれた。
 ルチアは俺の為に編んだという膝掛けをくれた。
「ビアンは今年も学年トップの成績だったってね。イーシスが嬉しそうに話していたわ」
「でも優秀賞は別の生徒がもらったんです」
「そんなこと気にしないのよ、ビアン。私はあの時あなたを引き取って本当に良かったといつも思っているの」
「俺の方こそ…ルチアに出会っていなかったら…こんな贅沢な生活なんて出来なかった。本当にありがたいと思っているよ」
「ねえ、ビアン。イーシスの事、気にしてる?」
「え?」
「婚約者の事よ。ジロットが突然言い出したから、きっと驚いていると思うけど…。うちは大農場でしょう?沢山の使用人を抱えているし、跡取りはイーシスしかいないわ。だから、どうしてもイーシスの為には良い魔術師が必要なの」
 そんなの、イーシスの為じゃなくて、自分達の為じゃないか。
 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「私は今でこそ、魔力を持たないけれど、昔はね、魔女だったの」
「…イーシスから聞きました」
「そう…ジロットが始めたこの農場の繁栄の為に、自分の出来る魔力を使って天候を読んだり、豊穣を祈ったり…命がけで勤めたわ。ジロットを愛していたから。だから、この農場は私達の誇りでもあるの。イーシスを産んで力が無くなった時、もうこの農場の為には働けないって悟って、ここから出て行こうと思ったの。出て行かなくても、ジロットに新しい奥さんを持つことを薦めたわ。だけど、一蹴されたわ。…嬉しかったけれど情けなくもあった。だって、豊作を祈っても、今までのような魔術は私にはできないんだもの。嵐から守る事も、実りの祝福を与えることもできない。もちろん魔法使いは私だけじゃないし、幾人かの魔術師も雇ってはいるけれどね…彼らはお金を払って働いてもらっている人達だもの。私みたいな懸命な想いを込めた魔術は求められない。この農園の為に、心を尽くして祈ることができる魔術師…そういう者がね、この農場には必要なの。だから、ビアン。わかって欲しいの」
「…わかったよ。ルチアの気持ちは良くわかった。だけど、イーシスの気持ちはいいの?イーシスとその子がルチア達みたいに愛し合うことが出来るって保証はない」
「そうね、でも私達だって、お見合いみたいなものだったのよ。イーシスは自分の立場をわかっているわ。だからさっきだって反発しなかった。きっと…良い家族を作ってくれると思うの。」
「そう…」
 この家族がそう決めてしまった事を、俺がどうのこうの言える立場ではないことは知っていた。
 だからもうこの話を続けたくなかった。

「それからビアン、あなたには大事なお話があるの」
「何?」
「はい、これ」
 差し出されたのは封が切られた一通の手紙だった。
「手紙?…誰から?」
「あなたのお父様よ」
「!」
 声が出なかった。
 父親…母と俺を捨てた奴。
 そいつがどうして?

「あなたのお父様ね、5年前に奥様を亡くされて、遠い北の街でひとりで暮していらっしゃるの。ビアンがここに引き取られたことをどこかで聞いたのね。手紙をくれたのよ。…読む?」
 俺は何も言わず、首を横に振った。
「本当に…あなたからすれば今更よね。あなた達ふたりを捨て、勝手に生きてきた男だもの。でもね、人は歳を取るわ。そしてひとりになった時、初めて自分の過去を振り返る事ができるの。…この手紙にはあなたへの謝罪の言葉が綴られているのよ。私達にとっては、勝手だろうが、今更だろうが、今の本当の気持ちがこもっているってわかる手紙よ。ビアン、あなたも思うところが多いでしょうけど、彼の心を知っていい頃合だと思うの」
「それこそ、今更でしょう?そいつがどんな奴であろうと、俺には関係のない話だ」
「…あなたに会いたいって…手紙に書いてあるの」
「そんなの…勝手だっ!」
 俺は目の前の手紙を取り上げ、破り捨てた。
 一秒だってこんな感情に犯されたくなかった。

 俺はルチアの部屋を後にし、デッキへ飛び出した。
 満月が辺りを薄暗く照らしてた。
 靴を履き、そのまま家から逃げるように俺は走った。
 どこまでも続く葡萄畑を横切り、一本の銀杏の木の立つ丘へ辿り着いた。
 ハアハアと息を切り、木に凭れかかった時、木の根元に座る影を見つけた。

「ビアン?」
 月の光に照らされた見慣れた顔があった。
「…イーシス」
「どうしたの?…体育祭のリレーの練習には早いよね」
「…あ、ああ…月が綺麗だったから、走りたくなった」
「ビアン、君はいつから狼男になったのかい?」
 ケラケラと笑う声が辺りに響いた。
 渦巻いていた憎しみが、ふっと消え去った。
 俺は息を整えながら、イシュハの隣りに座った。

「母さんに呼ばれていたね。何の話しだったの?」
「うん…」
 父の事を言おうか言うまいか迷ったけれど、イシュハには知って欲しいと思った。

「父親から手紙が来たんだ」
「え?…ビアンのお父さん?」
「俺に会いたい、って…今更過ぎて笑っちゃうだろ?てめえのしてきたこと考えたらどの面下げてそんなこと言えるのかって…頭にくる」
「ビアン…」
「母さんは毎日働いても、お金にはならなくて…着るものも食べるものもなくて、寒くてひもじい思いをした。その所為で母さんは死んだんだ。それなのに母さんは死ぬまで父のことを愛してると言い続けた。俺にはとても無理だ。父を愛してるなんて嘘でも言えないよ」
「当たり前だよ。そんな奴と会わなくてもいいよ。君が言い出しにくいのなら、僕が言ってやる」
「ありがとう、イーシス。…でも、君のお母さんは人は歳を取ると変わると言った。父も自分の過去のあやまちを振り返って反省したのかもしれない。それでも今はそれを許す気にはなれない。けれど…俺も歳を取ったら…許せる日が来るのかもしれない…そんな風にも思うんだ」
 俺の言葉にイシュハは不思議な顔で、俺を見つめた。

「それが君がなりたい者なの?」
「え?」
「君を苦しめた人さえ許したいと、君は願っているの?」
「違うよ。俺はそんなものに囚われたくないだけだ。憎しみばかりを募らせて生きるのは、下らない人間のやることだよ」
「ビアン…君は美しい人間だよ。僕は君の精神が羨ましい…」
 
 満月が雲ひとつない天上より煌々と俺達を照らし続けている。
 俺達はお互いの顔をはっきりと見つめ続けることが出来た。
 光と影の精密な輪郭が、お互いを浮き上がらせた。

「イーシス、君の方こそ、俺が欲しいものをすべて手に入れていると思っているんだけど…」
「どこがさ…」
 イーシスは寂しそうに笑った。
「僕の未来は決まっている。…この農場で生きていくしかない。さっき父さんからミーアって子の写真を見せれた。可愛い子だよ。魔術師としての能力も高いそうだ。一生のパートナーとして理想の妻になるだろうね。だけど、両親が望むようにその子と愛し合うことができるのだろうか。両親の理想が間違っているとは思わないよ。この農園を継ぐ事も僕は了解している。そうさ、両親の言うとおりにしてたら間違いはないさ。でも…そういうのってさ。…クソッタレ!だろ?」
「誰が何と言おうとイーシスの人生だろ?君の気持ちを親に言えばいいじゃないか」
「そうだね。でもさ、結局最後の最後で、両親の思いに応えたいって思う僕が、勝つんだ。それが本当の僕の気持ちなんだろうね。だから子供でいられる今だけは好きにさせてもらうよ。…ホントの恋をしてさ。人を愛する喜びを知るんだ。愛した人と別れて、恋を失った悲しみを知る。少々ハメを外したっていいんだ。きっと歳を取ったら、良い青春時代だったって懐かしく思うんだから…」
「…」
「君は学校を辞めてここで働きたいと言ったね。そんなつまらないこと願ったら駄目だ。ビアン、君は僕の代わりに何も縛られないで自由で生きて欲しいんだ。君にはその権利がある。その代償を充分支払ってきた。だから僕の様にはならないで」
「イーシス。それは君の傍に、俺は必要ないってこと?」
「違うよ。君には僕が必要じゃないってことだよ」
「同じ事だ」
「違う…違うんだ」
 イシュハは僕の手を取り、自分の指と絡ませた。彼の頬に涙が光る。

「僕は君が好きだよ。でも…君を縛る事はできない。学校を卒業したら…大人になったら、君は僕から離れていくに決まっている…そうでなきゃ、君の幸せは得られない。僕は両親の期待通りに生きていくだろう。それを幸せと思い込むだろう。そして、それが正しいのだろう…そういう風でしか生きられない者なんだ」
「イーシス」
「ビアン、君が、好きだよ」
「…」
「君が…僕の…」
 イシュハは口を噤み目を伏せた。
 それ以上、何を言っても叶わぬものばかりだからだ。
 だが、何も言わなくてもイシュハの真実の想いは俺の魂に流れ込んだ。

  君が僕の一生のパートナーだったら…
  君が僕の魔術師だったなら…

 イーシス…
 ああ、俺のたったひとつの願い。
 君を守る、君の為に生きる、君に縛られる魔術師になりたかった…


 

 研修室の床にふたり重なり合っていた。
 俺の身体の下に仰向けに倒れたジョシュアがいる。
 声を押し殺し、両目を両腕で覆い隠し、口唇を噛み締めた彼は泣いていた。
 叶えられぬ願いをジョシュアは罪だと思い、自分を傷つけてきた。
 魔力を持つアルトになれなかった自分を責め続け、憧れ続け、呪い続けた。君は…
 …哀しい人だ。

「ジョシュア、君を赦すよ」
 泣き続けるジョシュアの両腕を取り、俺は彼の額に口づける。




王者2-3

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Private Kingdom 21 - 2011.11.26 Sat

王者2-33
21、

 父と母は優れた魔術師であり、経営コンサルタントとして、高く評価されていた。
 魔術師は経営者にとって、大切な戦力となる。
 先を見通す力、失敗を避け、経営者に利益になる選択を導く。
 事業の成功は、その傍らに存在する魔法使いの能力で決まると言われる程だ。
 父と母もその能力を如何なく発揮し、多くの事業家に認められていた。

 父と母は婚姻などしなかったが、深く愛し合っていた。
 ほどなく母は妊娠し、俺が生まれた。
 両親は自分達に見合った優れた魔力を持った赤子を期待した。
 しかし、生まれたのはただの普通の人間だった。

 一般的な呼称として、魔力を持つ人間をアルト、そうでない人間をイルトと呼ぶ。
 俺は典型的なフツーのイルトだった。
 期待を裏切った俺の存在は、両親、特に父親には目障りどころか、憎しみの対象になる。
 それまでの愛情は霧散し、「誰の子かわかったもんじゃない」と、疑いの目を母に向けた。
 母は赤子の俺を抱き、ただ父の誹りを受けた。
 間も無くして、父は母と俺を捨て、新しい恋人と仕事を始めた。
 母は絶望し、その住み慣れた都会から逃げるように去り、赤子の俺を育てながら、占い師として街を転々とした。
 だが、父を愛し続けた母は、絶望から立ち直ることが出来ず、貧困の果て、身体を壊し、路地に倒れた。
 死ぬ間際、母は六歳だった俺に言った。
「あなたがアルトであったなら、あの人と幸せに…なれたはずだったのに…」 
 一度として俺に恨み言を言わぬ母だった。
 だが、心の底ではイルトの俺をどれほど憎んだであろう…
 辛かった。
 生きていく気力も失いかけていた。

 母を埋葬した日、母の従姉だという人が俺を迎えに来た。
 母とはあまり似ていない褐色の肌と綺麗なゴールデンブロンドの豊かな髪、青い目の女性だった。
「初めまして、ビアン。辛かったわね…でも大丈夫よ。あなたはこれからうちの子になるの」
 ニッコリと笑いかけるその顔は、俺の欲しかった平穏だったのかもしれない。
 それまで懸命に耐えていた意識が緩んだのだろう。
 丸二日、何も食っていなかった。
 俺は彼女の腕に抱かれたまま気を失った。

 衰弱した俺の身体は、病院での手厚い看護ですぐに回復した。
 母の従姉と言うルチアは、俺を彼女の家へ連れて行きたいと申し出た。
「うちにはあなたと同じ年の息子がいるの。ね、ビアン。きっと仲良くなれるわ。お母さんの分も幸せになりましょうね」
 どこにも行く当てのない俺にはありがたいどころではない。涙が止まらなかった。
 体調を整えて、すぐにルチアの家へ向かった。
 
 そこはサマシティと言う街だった。
 街と言うより、ひとつの国と言っていいのかもしれない。

 街の中心から外れた田園が新しい住処になった。
 ルチアとその良人、ジロット・エルディは広大な敷地の農園を経営していた。
 果樹や小麦、とりわけワイン用の葡萄の栽培を中心としていた。

「こんにちは、ビアン。僕、イーシスって言います。君に会えるのを楽しみにしていたの。仲良くしようね」
 エルディ家の一人息子イーシスは、母のルチアに似た面差しで俺に笑いかけ、俺を抱きしめた。
 …あたたかい温もり。
 ああ、この子に信頼される人間になれたら、俺はきっと幸せになれる。
 そう思った。
 
 俺とイーシスは兄弟のように育った。
 ジロットもルチアも俺達を分け隔てなく、可愛がってくれた。
 幼い頃は感じなかったが、それがどんなに感謝すべきことなのか、成長するにつれて理解できるようになった。
 この家族を悲しませてはいけない。育ててくれた恩に報いるよう、生きていこう。

 何より俺にとって最もありがたかったのは、彼らがアルトではない事だった。
 俺は初めて長年付きまとった悪夢から逃れることができ、そして心からリラックスした日々を送ることが出来た。
 両親から受け継いだ魔力をもっていない。アルトではないという負い目はそれまでの俺を嫌と言うほど苦しませていたのだから。


「ビアン!こっちへ来てよ。 僕らが植えたイチゴの苗が実を付けているよ」
 遠くからイーシスが懸命に手を振り、俺を呼ぶ。
 健康的な褐色の肌と輝く金色の髪は、どこまでも続く農園の土埃の中に居ても、ひと目で彼を探し出すことが出来た。
 幾ら陽に焼かれても、一向に焼けない自分の青白い肌が恨めしかった。
 父親に似ているという黒くてクセ毛の髪も、気だるい灰色の目も俺は好きではなかった。
 だが、イーシスは「ビアンって凄くかっこいいよね。僕、初めてビアンを見た時、君がかっこよすぎて見惚れちゃったんだよ」
「そうかな…俺はイーシスの方がよっぽど綺麗でカッコいいと思うけれど…」
「ホント?うれしいな…ほら、この街って白人が多いでしょ?だから僕やお母さんみたいなサフール系は目立つんだよね。直に差別は受けないけど、貴族の方達との社交場にはお母さんは滅多に行かないよ」
「…そうなの?」
 それまで人種差別なんか考えた事がなかった。
「俺、好きだよ。イーシスもルチア小母さんも」
「僕もビアンが好きだよ。ずっと一緒にいようね」
「うん」
 ずっとイーシスと一緒に…
 俺の夢だった。


 13になる年、俺達は揃って街の中心に建つ名門校「天の王学園」の中等科へ入学した。
 インデペンデントスクールであるこの学園への出資は、決して安くはなかったが、俺達に高等な学問を受けさせてやりたいとのジロットとルチアの親心だった。
 学園は全寮制で、俺達も寄宿舎にひとりずつの部屋をあてがわれ、快適な学生生活に胸を膨らませた。

 この学園で一番驚いたのは、新しい名前を与えられたことだった。
 なんでもこの学園の中で暮す意味は、あたらしい自分を見つけることらしい。
 今までの自分に縛られない、まだ見ぬ自分自身を見つける為に、真の呼び名を与えられる。
 イーシスはイシュハ。俺はジョシュアと言う名を貰った。
 新しい名前に慣れるまでは、自分の名を呼ばれる度、変な気分になった。
 初等部からの生徒は馴染んだ名前に戸惑う事はないだろうが、新入生たちは皆、俺と同じようで、何度も名前を呼ばれるまで返事がない。

 イーシスはその容貌や性格の良さからすぐに誰にでも打ち解け、多くの仲間を見つけた。
 彼にはカリスマ性があったのだ。
 一年の頃から、彼に付き合いを申し込む相手も多かった。
 付き合いとは性的な意味合いが大きい。
 流石に一年の頃は、イーシスも躊躇っていたが、二年生の秋、彼は恋人を作った。
 イシュハ(イーシス)の初めての相手はふたつ年上の亜麻色の巻き毛の似合う女子だった。
 恥じらいながら初体験を詳しく俺に語るイシュハに、うらやましいというより、嫉妬に近いものを感じた。
 
「イーシスは(この頃はふたりの時はお互いの馴染んだ呼び名で呼んでいた)、その子のことが好きなの?」
「え?勿論だよ、ビアン。だってすごい胸なんだよ。うちで育てたスイカみたいだ」
「…それ褒めてないと思う」
「そうかな~。でも優しい子だから好きだよ」
「…」
 俺よりも?と、聞き返したくなった。

 その子とは半年で別れ、すぐに次の相手が見つかった。
 今度は三学年上の男子だ。
「男を相手にするってどうなんだ?って思ったけど、想像より良い気持ちになれたよ。僕、ああいう大人の人好きだな~。そうだ、ビアンも試してみたらいいよ」
「別に俺はいいよ」
「なんで?決まった恋人でもいるの?」
「居ないけど…イーシスは気が多いよ。前の彼女と別れたばかりなのに」
「そうだけど…でも、みんな、僕を好きって言ってくれるし、僕も好きなんだもの」
 くったくない笑顔を惜しみなく与える君を誰が嫌うだろう…

 イシュハは好きなものに囲まれて生きている。
 周りのすべてに感謝し、そして愛される事に躊躇しない。
 彼の「好き」は一杯だ。
 たぶん俺もそのひとりに過ぎない。

 俺はイシュハの一番でいたいのに…

 長期休暇で家に帰り着く度、俺はホッとしていた。
 少なくともこの家の中では、イシュハの恋人達は居ず、イーシスは俺だけのものになる。

 農園は朝から桃の収穫の手伝いに忙しい。
 俺もイシュハも汗を掻きながら、必死に働く。
 働いた分だけ、昼飯も昼寝もとっておきのご褒美になる。
 ふたりして木陰に寝転んで、遠い雲を眺める。
 この世界に、ふたりだけで居るような気持ちになった。

「俺、学校に戻りたくないな。農園でこうやって身体を動かして働いていた方が気持ちいいし…高等科に進学するのは辞めようかな」
「何言ってるんだよ、ビアン!」
「だって、高い学費を出してまで身に付ける教育より、この農園でより良い農作物を作っていた方が、人に喜ばれるだろ?」
「僕達はまだ15歳だよ。勉強しなきゃならないことだって多いはずだよ。辞めるだなんて…言わないでよ、ビアン。僕、ひとりで戻りたくないよ」
「…イーシスには沢山の友達や恋人がいるじゃないか。俺が居なくても学園で楽しく暮せるさ」
「…君の代わりはいないよ」
「…」
 涙ぐみながらそんなことを言うイシュハは卑怯だ。
「ごめん。辞めないよ。ちょっと言ってみたかっただけだ」
「ホント?…良かった。ビアンは成績も良いし、きっといい大学へ行けるよ。この間だって優秀賞を取るだろうって期待されていたじゃないか」
「結局は優秀賞はアルトの生徒だったろ?俺たち、イルトはアルトには勝てない仕組みになっているんだよ、あの学園では」
「相変わらずビアンはアルトが嫌いなんだね」
 
 イルトとアルトの良好な共存を目指す学園内は平面上は安寧を維持していたが、水面下では常時、小さな諍いが絶えなかった。
 魔力を持たないイルトが、アルトに劣る事実は変わりない。
 世間一般ではイルトに従属されるアルトと言う図が成立するが、アルトの生徒数が約半数のこの学園では、イルトである俺達は、大人のイルトのように横柄にはなれなかった。

「イルトに刃向かうアルトなんて、最低だね。アルトは素直にイルトの役に立ってりゃいいのさ」
「僕はイルトとかアルトなんて関係ないと思うよ。だって人間同士じゃないか。友情や愛情は魔力で得られるものじゃないんだろう?ビアン、君はアルトが嫌いと言うけれど…うちの母親だって魔女だったんだよ」
「え?…」
「母さんは天候をピタリと当てる名人だったって。治癒の能力にも優れていた。でも僕を産む時ね、難産で生死を彷徨ったんだ。沢山の魔法使いの祈りでなんとか助かったけれど、それ以来魔力を失ってしまったそうだ…」
「…そうだったの」
 ルチアがアルトだなんて、知らなかった。
 だからと言って、ルチアに対する信頼は何も変わらないと思うけれど。

「うちの使用人だって、魔法使いは沢山いるだろ?ビアンはみんなが嫌い?」
「そうじゃないけれど…」
「ね、アルトだから嫌いだなんて、最初から決めつけない方がいいよ」
「うん、わかったよ、イーシス」

 その夜は、夕食を用意するルチアを複雑な思いで眺めてしまった。
 しかし、この直後、そんな思いなど序の口だったと思い知らされる羽目になる。

 デザートも半ば、父親のジロットがにこやかにこう話した。
「イーシス、おまえのパートナーが決まったぞ。隣町のミーアって娘だ。ひとつ下でな。器量良しだし、何より魔力の優れたアルトだ。きっといい嫁になってくれるだろう」
「ええ?僕、まだ15だよ。結婚なんて早いよ」
「今すぐだなんて言うものか。ちゃんと大学を出て、この農場で一人前に働ける歳になってからだよ。だが、婚約だけは済ませておこう。良いアルトはすぐに手をつけられるからな」
「おめでとう、イーシス。ミーアはとても良い子だから、きっとあなたも気に入るわよ」
「うん、そうだね」
 苦笑いで答えるイシュハが信じられなかった。

 さっき俺に言った言葉は嘘だったのか?
 親が決めたパートナーと一緒に生きていくことを、君は納得できるのか?

 



イシュハとジョシュア22


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Private Kingdom 20 - 2011.11.21 Mon

ジョシュアa-syu

20、
 宙を舞った俺の身体は、地上めがけて加速しながらまっさかまさに落ちて行く。
 風圧に耐えながら、俺は真下を見つめた。
 塔の入り口付近にセキレイとベルの姿が見える。
「アーシュッ!!」 
 セキレイの悲鳴に近い叫び声が響いた。
 俺は落下しながら、セキレイを呼ぶ。
「セキレイ!俺を受け止めて!」
 俺の言葉を聞いたセキレイの恐怖に慄いた顔。
 それでもセキレイは、両手を広げ、落ちる俺を受け止める覚悟でいる。
 ものすごい急降下と風圧を身体に受けながら、俺は嬉しくてたまらない。
 
 とんでもない速さで地面が目の前に近づく。
 激突する直前、俺は最大限の魔力を使って、重力と風圧の関係を逆転させた。
 にわかに身体が上空に引っ張られ、一瞬浮遊する。
 地面の枯葉が舞い上がった。
 そして、精一杯広げたセキレイの両手に俺の手が触れる寸前、身体が無重力になった。

「アーシュ!!」
 セキレイが叫ぶ。
「セキレイ…」
 青ざめたセキレイもかわいいと思った瞬間、力が抜けた。
「「ワーッ!」」
 俺の身体はセキレイの腕の中に激突、そのままふたりして地面にコロコロと倒れこんだ。

「アーシュ!ルゥ!大丈夫か!」
 傍にいたベルがあわてて俺達ふたりの様子を伺う。
「うん、なんとか…それより君らが予定通りに待っていてくれて良かったよ」
「なにが…予定通りだ!バカアーシュ!塔から落ちてくるなんて言わなかったじゃないか!それにあれだけのテレキネシスを使えたなんて…できるのならちゃんと前もって言っててくれなきゃ…驚くだろうが!」
「いや、俺もまさか落ちた後まで考えていなくてさ」
「な、なんだって!…じゃあ、あのまま落ちてどうするつもりだったんだよ?」
「…なんとかなるだろうって…思ったものだからさあ」
 俺は身体中の枯葉を掃いながら、立ち上がった。
 セキレイはまだ地面に座ったまま、呆れて俺を見ている。

「…と、にかくアーシュは無謀すぎる。君が塔から落ちてくる姿を見て、マジで心臓が完全に止まった気がしたよ」
 ベルの言葉は大げさではなく、顔は真っ青で声も少し震えていた。
「僕は胸が張り裂けそうになって呼吸ができなかった。もう、駄目だと思ったもの」
「それでも君は腕を広げてくれたじゃないか」
「地面にめり込んでも良いから、君を受け止めようと必死だったんだ」
「ありがとう、セキレイ」
 素直にお礼を言うと、顔を赤らめたセキレイはプイと横を向いた。
「でもまあ、良かったよ、君が無事で」
 さすがの俺も自分のしたことに少し反省し始めた。
「ゴメンね」

「一応、うまくいったみたいだな」
 ベルは塔の屋上に舞う鴉の群れを見上げた。
 鴉はもう散漫に飛びまわりながら、西の寝床へ帰り支度を始めている。
「うん、鴉たちも上手くまとまってくれたし、まあ、あいつらも飽きるの早いから、大した被害ではないだろうけど、奴らは少しは懲りただろうね」

「…アーシュ」
「ん?」
「ケガをしてるじゃないか」
 険しい顔をしたベルが俺の顔を触りながら、様子を見ている。
「うん、ジョシュアに殴られた」
「眼鏡も?」
「うん、踏みつけられたから、もう使えない。トゥエに怒られるのヤダなあ」
「それくらいで済んで良かったよ」
 青ざめたベルの顔色がやっと緩んだ。ベルは俺の腫れた頬を両手で包み、そっと目を閉じた。
「…」
 ベルの癒しの力が俺に流れる。
 どこまでも優しく真摯な感情が、俺を浄化してくれる。
 ああ、こんなにも純粋な愛をくれる者たち。
 俺を命がけで受け止め、憂い、心を寄せてくれる友達…
 俺はこんなにも大事なものに囲まれている。
 幸せだと思った。

「これで、大丈夫だと思うけれど…」
「うん、すっかり痛みが引いた。ありがとう、ベル」
「どういたしまして」
「さあ、帰ろうよ。彼らがエレベーターで降りてくる前にさ」
「うん。そうだね」
「奴ら、どんな顔で来るのか、明日が楽しみだ」
「先生から呼び出しくらわないかな?」
「俺が手を出したんじゃないから、大丈夫だよ。それに、彼らがバカじゃないなら、このことを公けにはしないだろう」

 すっかり陽が沈み、森はもう夜が忍び込んでいる。
 俺達は急いで塔から離れ、自分達の寄宿舎に戻った。

 

 次の日、セキレイと一緒に起きた俺はいつもどおり身支度を整える。
「アーシュは学校へ行く前に、学長に会いに行った方が良いよ」
「なんで?」
 リボンを整えながらセキレイは俺に言う。
「眼鏡をしてないアーシュはみんなに会っちゃあ駄目。誰でも君の虜になってしまう。君はジョシュアの二の舞をしたいの?」
「…そうなの?」
「そうだよ」
 魔力を使うつもりもないのに、眼鏡を掛けない俺がそんなに危険な者になってしまうって…いまいちピンとこない。
 
 セキレイの忠告どおり、早めに朝食を取り終え、俺は学長室へ向かった。
 早朝でありながら、トゥエは部屋に居た。
 俺が来るのをわかっているかのようなにこやかな顔で出迎える。
「トゥエ…あの…ごめんなさい。あの眼鏡、壊してしまったの」
 さすがに先月買ってもらった眼鏡を使い物にならなくしてしまったのは気まずい。恐縮してしまった。
 だがトゥエは俺を叱るわけでもなく、黙って机の引き出しから新しい眼鏡取り出し、俺に差し出した。
「実はこの間、君の眼鏡を作った時、同じものを余分に作っていたんだ。控え用にね…こういう事もあるかもしれないと思っていたんだが…」
「…なんだ。知っていたの?」
「いや…私はなにも知らないですよ」
 このじじい、全部お見通しのクセにすっとぼけやがって。
 俺は眼鏡を受け取りながら、なんだか複雑な気がした。
 年の功かもしれないが、まだまだ親父に勝てないのかと悔しい気持ちと、こうやっていつまでも俺を見守っていて欲しいという甘え。
 この人は本当の親ではないけれど、きっと、本当の親のように、これからも俺を支えてくれるのだろう…
 そう、望みたい。

「トゥエ…」
「何ですか?アーシュ」
「俺が間違った道を選びそうな時は…教えてくれますか?」
「人は…間違いながら歩いていくものですよ。間違えた時は引き返せばいい。どんな小さな経験も無駄ではないと、思いたい。それに、買いかぶっては困ります…私だって聖人じゃないからね、アーシュ。すべてにおいて正しい選択とは、いかないものです」
「トゥエでも間違うことがあるの?」
「勿論だよ、アーシュ」
 そう言って、トゥエは自分のポケットから薄荷キャンデーを取り出し、俺の手の平に乗せた。


 中等部の学園内はいつもどおりの日常風景だった。
 昨日の一件も誰も知らないらしく、耳をそばだてても彼らに関しての話題は一切聞こえない。
 放課後、ひとりで図書館へ向かう。
 例の塔についてキリハラに色々と聞きたいことがあったからだ。
 セキレイは鴉への褒美をやりに森へ行き、ベルは高等部の彼女とデート。高等科の様子を伺う為だ。
  
 カウンターでカードの整理をしているキリハラは、俺を見ると珍しく、手を振って招いた。
 何事だろうと、俺は急いで近づく。
「昨日は面白い事をやってくれたね、アーシュ」
「…誰から聞いた?」
「聞かなくても、わかるさ。あの場所には結界が張ってある。誰かが魔術を行えば、私達の身体には伝わるものがあるんだよ」
「あの塔がそんなに重要な場所だなんてさ…早く教えてくれりゃ良かったのに」
「生徒達の冒険の楽しみを奪ってしまっては、教育者として失格なのでね」
「おかげで大事な生徒達が、怪我をしていると思うけどね」
「…それは君の所為だろ?アーシュ。まあ、ほとんどの生徒達は一週間程度の傷で済んだらしいという話だよ」
「ふ~ん」
 なんだ、大したことなかったんじゃないか。医療スタッフのヒールの力だろうけどさ。
 学園の評判を落すことは、重大な損失とばかり、学園内で起きる暴行や虐待などで傷を受けた生徒たちは医療所での治療でほとんどが回復する。
 精神を病んだ者も、それ専門の魔術師が癒してくれるそうだ。
 女子は卒業まで妊娠は認められず、もし妊娠した場合は退学になる。だから、妊娠できないように女子は細心の注意を払うらしい。魔術を使って…と、言う噂だ。
 学園内は一見して至って平和。
 その実、魔術(マジック)と現実(リアル)が混沌(カオス)としているのだから、どうしたって俺みたいな奴がじっとしていられるわけでもなかろう。

「…ジョシュアが来ていますよ」
「え?」
 キリハラは俺に一冊の本を差し出した。
「地理研究室の本棚に返してきてくれませんか?アーシュ」
 キリハラは意味ありげに俺に本を押し付け、そのまま、自分の仕事を再開させた。
 俺はキリハラの言葉の意味を知るために、地理研究室へ向かう。

 一般の図書は、魔法関係とは違って、陽が差す上階に並ぶ。
 階段を何段も昇り、4階の研究室のフロアへ着く。
 地理研究室なんぞ、行った事はないが、古いアンティークのドアを開けて、中へ入った。
 天上まで続く本棚が整然と並び立つ間を、ジョシュアの姿を探してゆっくりと巡る。
 奥のフロアまで行き着いた先に、ジョシュアを見つけた。

josyua4.jpg

 ジョシュアは右目に眼帯をして、袖が見える部分の左手は包帯が見えた。
 彼は俺を見て、嫌な顔をした。
「何しに来た」
「…本を返しに」
 俺は彼の際を通り抜け、キリハラから受け取った本を番号を確かめて、本棚に返した。
 
「右目どうしたの?鴉に食べられちゃった?」
 俺は面白がって聞いてみた。
 ジョシュアは黙って眼帯を外した。
 少し赤く腫れているが、至って変わりはない。
「なーんだ。普通じゃん。もっと痛めつけてやれば良かったかな」
「クソガキ…本物の疫病神じゃないか」
「なんとでも言ってくれていいよ。でも、俺の方は君たちにお礼を言うよ。あの塔は俺にとって、重要な意味を持つ場所になる。それだけわかっただけでもあんた達に近づいた意義は大きい。でもさ、これに懲りて不良ごっこは静かにやってくれよ。少なくとも『イルミナティバビロン』の名を語るのはやめて欲しい」
「ふん、名前なんてどうもしねえな。俺は…俺である場所が必要なだけだ」
「…イシュハは、なんて言ってた?君の怪我の事、話したんだろ?」
「どうして…俺があいつに話す必要がある。大体…なんでおまえはいつも俺とイシュハに拘る。おまえはイシュハの愛人なんだろ?安心しろ。あいつは俺をなんとも思ってはいない」
「イシュハの愛人なんて嘘だよ」
「!」
「あんた達を痛めつける計画をイシュハにも手伝ってもらっただけ。イシュハは本当のところは不本意だったんだけどね。イシュハはいつだって君の事を本気で心配していた。そうじゃなけりゃ、今回のことだって、首を突っ込んだりするもんか。ジョシュアが心配だから、大好きだから、かっこつけてワルぶるのなんてやめて欲しいんだよ」
「…おまえに、何が、わかる」
「わからないから教えてよ」
 俺はジョシュアに近づく。
 ジョシュアは身構えて俺を見る。
 また殴られて壊されたら困ると思い、俺は眼鏡を外してポケットに入れた。

「俺に関わるな」
「先に手を出したのはそっちのクセに」
 ジョシュアの手首を掴んだ。彼の手は少し震えていた。
 彼の灰色の目を覗き込む。
 驚くことに彼は怯えていた。
 何に?
 どうして怯える必要がある?
 昨日の事が原因?
 いや、そんなことを恐れる男ではないはずだ。

 じゃあ、彼は何を怖がっている。
 俺はジョシュアの真実を知りたくなった。

「ジョシュア、あなたって面白いね。俄然、興味が沸いてきた…」
「…触るな」
「俺が只の魔法使いじゃないって、昨日の一件で知ってるでしょ?ねえ…あんたの心の中を覗かせてよ…」
「!」

 俺はジョシュアの首に腕を回し、彼に口づけた。



ジョシュアとアーシュ


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Private Kingdom 19 - 2011.11.16 Wed

ジョシュアとアーシュ翅44

19、
「用件は…わかってると思うけど、直接ジョシュアから聞けばいいわ。私は案内を頼まれただけだから」
「わかった」
 マリオンの目指す方向へ歩き出す。
 ベルとセキレイも一緒に着いて来ようとするのを、彼女は止めた。
「あなた達には用はないわ。アーシュだけしか呼ばれていないの」
「アーシュひとりを呼び出して、リンチでもするつもり?」
「そんなの、僕らが許さないから」
 ふたりは美少女に怒りだす。…計算どおりに。
「大丈夫だよ。ベル、セキレイ。卑しくも先輩方は『天の王』の幸いなる者だろうからね。卑怯なマネはしないよ。ねえ、先輩」
 微笑む俺に、マリオンはそ知らぬ顔で森の奥へ先導する。
 俺はふたりに目配せして別れ、マリオンの後を追う。

 ふたりの姿が木立に隠れだす頃合を見計らったように、マリオンが俺の腕を取って歩く。
 すぐに直感した。
 彼女は俺の思考を読むつもりだ。サイコメトリーの一種だろう。
 俺が何を考えて敵陣へ行こうとしているのか、そりゃ知りたいだろうが、俺の思念を読むなんて百年早い。読ませないように遮蔽することは簡単だが、逆に読ませてやろう。
 都合のいい俺の好奇心を、エンパシーで表面化させた。

 思ったとおりだ。
 彼女は俺の思考を読み、驚いた顔で俺を見る。
「君、なに…考えてるの?本気で『イルミナティバビロン』に…私達の仲間になりたいって思っているわけ?」
「え?僕の考えていること、わかったの?…すごいね~。うん、そうだよ。この学園の卒業生から聞いた時から、すごく興味あったの。だから、僕も仲間になりたいって思ってさ。でも、中等部の生徒は駄目って言うからさあ。僕が先輩方に負けない力を持っているってわかったなら、きっと仲間にしてくれるよね」
「…それがあんたの本音なの?」
「そうだよ」
「じゃあ、だったらなんでジョシュアを怒らせることなんかするのよ」
「何が?」
「イシュハの事。あんた、イシュハを騙して愛人になったでしょ?それも私達の仲間になりたいから?それって逆効果じゃない。ジョシュアはイシュハの幼馴染みなのよ」
「知ってるよ」
「…あんたって…薄気味悪い子ね。さっきのイメージはワザと私に読ませたのね」
「よくわかったじゃん。まあ、半分は嘘じゃないよ。それよりさ、どこに連れて行くのさ」
「あそこよ?」
 マリオンが指差したのは、木立の向こうに見え隠れしている細い塔。
 給水塔やら電波塔やらと、噂されているが、本来の目的などはわからないただ高いだけの塔だ。
 この学園の中をくまなく探検しつくした俺達は、この塔の存在も勿論知っていた。
 だが、この塔に登ったことはない。
 塔の周りを囲む柵も何層にも魔防が張ってあるし、中の敷地に入っても非常階段も無いし、扉も固く鍵が掛けられたままだった。
 だが、今日は門扉に掛けられた鍵もなく、塔の扉もなんなく開けられた。

 狭いホールには鉄柵だけのエレベーターがある。
 マリオンがエレベーターのボタンを押すと、ギイと金属の擦る音を唸らせ、ドアが開いた。
「階段の代わりにエレベーターだけなの?止まっちゃったらどうするんだろうね。雷が落ちて停電したりするだろうに…」
 素朴な疑問にマリオンはひと言「魔法で守られてるから、停電しないんじゃない」と、答える。
 全く洞察力がない。素直さは認めるけど、アルトである自覚が足りない。
 …みんなそんなもんだろうけど。

 エレベーターはゆっくりと昇っていく。
 しばらくすると、塔の塀から直接外の景色が見えるようになった。
 まだ、目線は森の緑に覆われているが、すぐに西に傾いた日差しが眩しく輝いた。

「ねえ、君」
「アーシュって呼んで。マリオン」
「…アーシュ。屋上に着いたらジョシュア達が待っているから、彼らには逆らわないで、素直に言うことを聞いていなさいよ。そうでないと…酷い目に合うから」
「いいの?そんなネタばらしてさ。酷い目ってレイプだろ?だけど、君らは従っても従わなくてもやるんだろ?メルにしたみたいにさ」
「…」
「君らって本当にバカだよね。暴力とカタルシスの違いもわかんないなんてさ。人を貶めるのに性的暴力で押さえつけようなんて、レベル低いって思わねえ?…ねえ、マリオン。君だってジョシュアと寝たんだろ?それは彼に命じられて?それとも魅了されて?…どっちにしろ、君はジョシュア、それと君たちの仲間との恋愛ごっこに興じて楽しんでいたんだろうね。それをとやかく説教するつもりはないけどね。他の奴らを引き込むな。特に…俺の大事な者を傷つけた罪は重いと知れ」
「一体…何様のつもり?」
「とっておきの親切心で、付け加えて言うが、俺がこのエレベーターから降りたら、君はそのまま、下まで降りることをお奨めするよ。そうでないと、すべてにおいて保証できないと思ってくれ」


 ガタンと激しい音を立て、金属の箱が止まった。マリオンが扉を開ける。
 塔の屋上。上を仰げば、うっすらと紫色に染まる空が綺麗だ。
 ただ直径十メートルほどの円形のコンクリートの床があるだけだ。
 周りには落下防止のフェンスも、影になる屋根もない。

「待ち人来るか」
 一番近いフラクスンのアーサーが、咥えていた煙草を床に捨て、踏みつけた。
「ようこそ、魔法使い」
 わざとらしくお辞儀をするネイトの赤い髪が夕映えにますます赤く染まっている。
「俺を待っててくれたなんて嬉しいね。宵闇パーティのお誘いだろ?」
「噂どおり、中等科のクセに生意気なのね」
 アッシュブロンドの女子はリオっていう三年生だな。
 それより…ジョシュアは…ああ、あの真向かいに立つ黒い影だ。
 西日の影に綺麗に隠れた所為でわからなかった。
 俺は真っ直ぐに彼に近づいた。
 ちょうど屋上の中心に来た時、足元から魔力を感じ、足を止め、コンクリの床を見る。
 …なにも変わりは無い。が、何かを感じる。
 俺は跪き、床に手と顔を近づけた。

 …やっぱり、「力」を感じる。
 見えないけれど何か…凄く強い「魔力」の線。
 感じる跡を指で触れてみる。
 真っ直ぐな線と紋様…
 ああ、これ、魔方陣だ。
 でもなんで、ここに魔方陣が描かれているんだ?  

 俺は立ち上がって、後ろを振り向いた。
 「天の王」学院の敷地の全貌が見渡せる。
 聖堂を中心とし、その周りを囲むように美しく配置された四つの建物。保育所、初等部、中等部、高等部…いや、四つじゃない。
 この塔を入れたら五角形になるんじゃないのか。

「おい、何やってんだよ、ガキ」
「五月蝿い。今大事な事に集中している」
 そして、線を繋いだら…五芒星(ペンタグラム)が描ける。
 真西にあるこの塔の屋上に描かれた魔方陣。
 この意味は…
 この場所は…
 もしかしたら「門(ゲート)」を意味するんじゃないのか?

「粋がるなよ、アーシュ。無事にこの塔から出られると思うなよ」
「ちょっと待って。ねえ、君たち、平然とここに居座っている風に見えるけどさ、この塔の本当の役目って知ってる?ここが『イルミナティバビロン』である意味はちゃんとあるんだよ…ほら、見て」
 俺は遠く見える聖堂の尖塔を指差す。
 五芒星(ペンタグラム)は子宮を意味する。
 俺達「天の王学園」の生徒は子宮の中で守られて暮しているってわけなのか。
 ならば、この塔の必然性もわかる。
 ここは天を仰ぎ見る観測所であり、秘儀の行われる空間でもあるのだろう。

「それがなんだ?俺達にはなんも関係ねえことだよ。魔法が使えるわけでもないしな」
「魔法が使える使えないなんて意味は無い。要は物事への探究心が大事って授業で習わなかった?ただのバカの集まりの先輩方。本当にさ、何も学習してもいないクセに『イルミナティバビロン』の名を語るんじゃないよ」
「何?」
「少しは考えろよ。あんたら、この学園で何を学んでいる。欲望を満たすために生きるにしても、欲望のベクトルはひとつじゃないだろ。もっと頭を使え」
「意味わかんねえ」
「アルトはアルトの意味を、イルトはイルトである意味を考えろって言ってる。どちらが主権を取り合うなんて下らない。…まあ、どちらにしても俺は別格だけどね」
「それこそホーリーの驕りだろうに」
 ジョシュアの影が俺に近づく。

 俺の前に立ち、俺の肩を掴む。
「いつまでイキがっていられるものかな?」
「そっちこそ…イシュハが悲しむよ」
 俺はジョシュアしか聞こえないように呟く。
 途端にジョシュアの右手が俺の頬を強烈に打った。その弾みで俺の眼鏡が飛ぶ。
「慎みのねえ口だな」
 痛みを感じる間も無く、胸倉を掴まれて顎を殴られた。
 俺の身体が床に叩きつけられる。
 目の前に落ちた眼鏡を取ろうと手を伸ばしたが、ジョシュアの靴が先に眼鏡を捉え、グシャリと音を立ててつぶれてしまった。
 うわ~、それ、トゥエに買ってもらったばかりの眼鏡だったのに…言い訳するの面倒臭ええ。
 それより、
 …痛い。涙が出るくらい顎もほっぺたも痛い。
 口の中、血の味がするし…
 もう…暴力、虐待絶対反対!

「泣くのは早いぜ、アーシュ」
 倒れたまま顔を覆う俺を四人の男子が取り囲んだ。
「立てよ、ほら」
「まだ、始まってもいないぜ」
「助けを呼んでもエレベーターは電源を切ってるし、非常階段も無い。逃げたいのなら塔の端から飛び降りるしかない」
「ホーリーだったら、羽でもつけてフライングすりゃ助かるけどな」
 勝手なことをほざきやがって。こちらはおまえらの顔を見る気にもならない。

「バカにつける薬はないってホントだね」
「ああ?」
「アルトはイルトを魔法によって傷つけたらいけない。が、正当防衛の場合はこれを許すって校則にあったよね」
「…」
「父さんにも殴られたこともない顔を二回も殴られたし(初めから俺に父さんは居ないけど)、度は入ってない見かけだけの眼鏡も壊された。加えて恐喝と暴行により、こちらも対抗手段を取る」
「なんだと!」
「と、言っても俺の手は使わない。だって、俺とあんたらじゃハンデがありすぎるだろ?」

 呆気に取られている彼らを無視して、俺は塔の西端に歩み寄り、わずか十数センチほどの低いサークルの上に立つ。
「君たちのお望みどおり、俺はここから飛び降りてやるからさ、ちゃんと見ててよ。もちろん…君らには相応しい制裁を…」
 俺はゆっくりと右手を天に掲げた。

 西の空には俺が呼び寄せた数知れぬ鴉の大群が、出番を待ちわびている。

「彼らは手加減を知らないからね。目玉を抉られぬよう、ご注意を…」
 わずかに指先を振る。
 この日の為に訓練した鴉たちが、一斉に「イルミナティバビロン」に襲い掛かる。
 
 叫び声をあげ、逃げ惑う彼らを確認した俺は、そのまま塔の下へ身を躍らせた。




アーシュと鴉22


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Private Kingdom 18 - 2011.11.10 Thu

アーシュセキレイ表紙


18、
 ジョシュア達の所為で着れなくなった制服の代わりにと、イシュハは自分の古着を二着分俺にくれた。
 その一着分をセキレイに渡した。
 余分な服を持たない俺達は大喜びだ。
 イシュハの中等科の制服は、俺とセキレイにあつらえたようにピッタリだった。
「俺の分もあげられた良いのに」と、傍らでベルが済まなそうに言う。
 ガタイがよく、僕らよりも頭ひとつ以上背の高いベルの中等科の服は、俺達には大きすぎて古着になったとしても着れそうもない。
「本当にいつまで背が伸びるんだろう。天上まで届きそうだよ。君達を見下ろす気なんてないのにさ」
 部屋の低い天井にジャンプをして、ベルはガムを貼り付けた。
 少年達のしがない自尊心の勲章だ。
「だけどさ、僕の知る限り、この学園の生徒で聖人に近いのは、ベルしかいないと思うよ」
 わざとらしく丁寧にセキレイがベルに向かってお辞儀をする。
「だから、遠慮せず俺達を見下ろせって言っているのさ」
 俺はベルを指差す。
「誰が?」
「身長の神様」
「…いらぬお世話。まあ、そのうち背は止まるよ。そしたら君達は遠慮なく俺を追い越してくれ」
「…ベル。もし、俺らが君の背の高さまで追いつくことができたとしても、その頃はきっと学園を卒業していると思う。だからお気遣いなくに君の制服は着古してくれ」
「残念だよ。エドワードに言えば、君達の分だって、すぐに作ってやれるのに…」
「ベル、それは禁句だ」
「…悪い」
 俺達は可哀想な子供ではない。だから施しは最低限で結構。


 珍しくセキレイより先に目が覚めた。
 まだ、夜明け前だ。
 隣りにいるセキレイの鼓動が触れ合った俺の肌に響いてくる。
 昨晩は飽きるまでずっと抱き合っていた。
 そしてお互い裸のまま、疲れて眠ってしまっていたんだ。

 俺の肩に顔を摺り寄せて眠るセキレイを起さぬように、横向きになり、彼の身体を緩く抱いた。
 すると俺の努力もむなしく、セキレイは目を覚まし、寝ぼけた声で「おはよ」と、呟く。
「ゴメン、起したね。まだ、起きるには早いよ」
「アーシュ…君が先に起きてるなんて珍しいね…どうしたの?」
「別に…」
「メルが気にかかる?」
「それもあるけれど…まあ、そっちは片付いたからね」
「じゃあ、ジョシュアの方?」
「うん。こちらの思い通りにコトが運べばいいんだけどね」
「ふふ」
「何?」
「アーシュにできないことなんかあるの?」
「俺は神でも悪魔でもないんだよ。この世は思うようにならない事だらけだ」
「だけど、アスタロト・レヴィ・クレメントは、絶対に諦めないんだよね。為す為の努力を怠らない。僕は感心するばかりだ」
「…どうしたの?セキレイ。まだ夢の続きでも見てるの?」
「…そうかもしれない…さっきね、夢でお父さんとお母さんがぼんやりと見えた気がしたんだ。メルの話を聞いた所為なのかな…」

 メルとの「senso」のよって、俺は彼の過去を手繰り、そして未来を歩ける道を明瞭にした。
 このトリップは俺にとっても、力の覚醒がより強力になっていることへの認識でもあった。
 この力をセキレイの為に使う時期は近い。だけど同時に彼との別れが怖い。
 セキレイへの執着を俺自身が整理をつけ、納得し、彼との別れを決心しなければ、彼をあるべき場所へ導くことは出来ないだろう。

「アーシュ、どうしたの?」
 セキレイの両手が俺の頬を緩く挟む。何も言わない俺に口付ける。
「ねえ、僕から欲しがっちゃ駄目かな?」
「いいや、何度でも欲しいって言って。俺はその為に居るって思わせて…セキレイ、君の望むものをすべてあげたい」
「じゃあ、朝食までずっと繋がっていたい。午後の授業は寝て過ごしても構わないから」
「君の言うとおりにする」

  いっそお互いの肌がひとつになれば良いのにね。
  それじゃ、快楽は得られない。
  確かにそうだ。ふたつのものが繋がるから、絡み合うから気持ち良いんだよね。
  永遠じゃなく、限られた時間だから、このひとときが何よりも愛おしく思えてくるんだ。
 

 予定どおり、午後はふたりして頭痛だと授業を抜け出し、いつもの秘密基地(廃屋)で休む事にした。
 ハンモックに揺られながら本を読む俺に、木のベンチに座って外の様子を眺めているセキレイが声をかける。
「メルのことだけど…」
「うん」
「大丈夫なの?」
「セキレイがメルの心配するなんてね」
 俺は本を置き、ハンモックに座りなおす。
「僕だって…両親が生きているかどうかわかんないからね。それに…ここに来るまでの4年間がどんなものだったのか…想像もできないんだよ。本当に両親と一緒に居たのか、それとも、初めから両親なんか居なかったのか…僕の見る夢はただの願望でしかないかもしれない…色々考えちゃうよ…」
 珍しくナイーブなセキレイに、俺もどういう言葉を紡いでいいのか、わからなくなる。
 もっとはっきりとしたヴィジョンが俺に見えれば、それがどんな辛いものであっても正確に伝えることができるのに。
 もっと、力が欲しい。

「あ、ベルが来るよ。なんか…すごい走ってるよ。ぎゃ、ベル、鴉に追われてるう~」
 鴉の騒ぐ声と共に、ベルが小屋に飛び込んできた。
「ベル、いささか五月蝿い家来を連れているねえ」
 鴉がはいりこまぬように慌ててドアを閉めるベルを皮肉った。
「あいつらは犬以上に鼻が利くのかな。きっとこいつの匂いに誘われたんだろうけれど…」
「あ、バターとハチミツのいい匂い。クッキー?…サブレだ」
 ベルは手に持ったピンクのハンケチの包みを、広げてテーブルに置いた。
「高等科のガールフレンドから貰ったんだ。焼きたてだから早く食えって。どうぞ」
「食べていいの?ガールフレンドってアルト?君以外が食ったら呪いがかかるんじゃない?」
「心配ご無用。お仲間の友人にもどうぞって、言ってたからね」
「そりゃ、ありがたい」
「将を射んと欲すれば…だな」
「僕達、馬なの?」
「まあ、馬でもなんでもいいけど、味次第だ…うん、まあまあ」
「美味しいじゃん」
「で、彼女の仲のいい友人が…こいつ」
 ベルはテーブルに置いた「イルミナティバビロン」の六人を写した写真のひとりを、指差す。
「OK。では、諸君。早速『イルミナティバビロン』殲滅の最終作戦を説明する。良く聞いてくれ」
「「ラジャー、キャプテン」」
 俺達は顔を見合わせて笑いころげる。


イルミナティバビロン


 作戦は開始された。
 まずはイシュハと俺が愛人関係にあり、俺に夢中なのだと、周りに吹聴することを頼み込んだ。
 勿論イシュハはいい顔をしない。もともとジョシュアを懲らしめるための仕掛けだ。だが、今のジョシュアではいけない、どうにかして救いたいと思うイシュハは、俺の計画を無碍にはできなかった。
 メルへの暴行のことは話さなかったが、言わなくてもイシュハは薄々感づいてはいたのだろう。「メルのためにも」と、自分から呟いた。
 「僕と君が関係しているというだけで、ジョシュアは誘いに乗るだろうか」
 イシュハはジョシュアがそこまで軽率ではないと疑っている。
 「まあね、冷静でいられるのなら、それは『本物』ではないと言う事だ。それに俺は彼の嫌いなアルトであり、危険なホーリーでもある。君から離れさせたいって思うのは、彼にとって当然だろうからね。ジョシュアの本気がどんなものか、イシュハは黙って見ててくれ」
 ジョシュアの居る前で、僕らは平然と手を絡ませ、キスを見せ付ける。平静を装っても、ジョシュアのオーラが青白く立ち昇るのが見える。俺は勝ち誇った笑みを彼に浴びせる。ジョシュアは背を向けて俺達の前から姿を消す。
 それの繰り返しだ。
 果たして、ジョシュアの忍耐がどこまで続くのか…


「君、ちょっといい?」
 授業が終わり、ベルとセキレイと三人で寄宿舎へ帰る途中、声をかけてきた女子がいた。
 ジョシュアの友人のひとり、マリオンだった。
「なんでしょうか?」
 高等科の美少女に突然に声を掛けられ、頬を染めるフリをしながら、俺は心の中で、やっと来たか、と、ほくそ笑んでいた。



アーシュ笑う


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浄夜 8 - 2011.11.04 Fri

kioku

8、
 皮で出来たつばの広い帽子を被った父の顔は、昔と変わらない気がしたが、それでいてはっきりとわかる顔の皺に年月を感じた。僕はそれが嬉しかった。
 父の明るい琥珀色の瞳は、僕にそっくりだ。
 生成りの厚い生地にまじないのような模様が編み込んだローブを肩からかけた母は、僕を見て涙ぐんでいる。僕と同じアッシュの長い髪を緩く編んで、胸まで垂らしている。
 ああ、そうだ。昔からお母さんはこんな姿をしていた。
 僕らは旅をする種族だ。同じ種族同士、数十人の仲間たちと一緒にトレーラーハウスで移動していた。

「ツィンカ…大きくなったわね」
 両手で交互に涙を拭く母が、震える声で僕の名を呼ぶ。
「幾つになった?」
「…じゅう…六になりました」
 僕より少し背の高い父は僕の頭を撫でてくれる。それが気恥ずかしくて、僕は下を向いてしまった。今、僕の顔は床に敷かれた絨毯のように赤いだろう。
「そうか…16か。そうか…良かったなあ。うん、よく顔を良く見せておくれ。…母さんに似て美人だ。こりゃ予想していたよりイイ男になったぞ、なあ、母さん」
「ええ、本当に…健康で素直で…見ればわかります。ツィンカをあの街へ置いていったことが正解だったと…」
「お父さん、お母さん、教えてください。何故僕は…学園に残されたの?何故一緒に連れて行ってはくれなかったの?」
「それが一番良い方法だったからだよ、ツィンカ」
「そんな理由では僕は納得が出来ない。…そうだった…僕は…あなた方が僕をあの学園に置いてからしばらくは何も食べれなくて…それで…泣いてばかりで、保育係りのエヴァとアダを困らせたんだ。僕はあなた方を待っていたのに…ずっと…」
 目の前のふたりの姿が次第にぼやけてくる。
 それは二人の所為ではなく、僕の涙の所為だった。
「ツィンカ…」
「お願いです。教えてください。どうして、僕は捨てられたの?お父さん、お母さん」
 この人たちは僕を愛している。
 はっきりとわかるから、僕のためだとわかるから、真実を知りたい。

「ツィンカ…私達は色々な行商をしながら、糧を得て旅をしているのよ。お父さんは腕のいいエンジニアでね、車を整備したり、旅先の人たちから色んな機械のメンテナンスを頼まれては感謝されていたわ」
「母さんは占い師だ。よく当たると評判なんだ。私達は小さい頃から兄弟のように育ち、恋をして一緒になったんだ」
「そして、ツィンカ、あなたが生まれたの。私達は本当に幸せだったのよ。小さいあなたが泣いて笑うだけで、本当の喜びを感じていた。…占い師はね、自分の未来は見ないしきたりなの。でもあなたの未来はどうしても気になって…或る日、あなたを占ったの。幸せな未来だけを信じて…でも、水晶球にはあなたの未来は見えなかった。何度占っても、幼いあなたが眠るように死んでいく様しか映らなかった。私達は仲間の長(おさ)に相談をしました。このヴィジョンは真実なのか。この子は本当に死んでしまうのか。それを避けるためにはどうしたら良いのか…長の答えは、私の予想と同じでした。運命は変えられない。そしてこの子の運命をどうしても変えたいのなら、魔力をもって、定められた命を補うしかないと」
「長の薦めで、サマシティの『天の王』に、ツィンカを連れて行った。トゥエ様は私達が来ることを予見していらした。君を見て『彼は非常に強く正しい魔法使いになる見込みがあります。私達にお任せください』と、おっしゃってくれた。…私達は君をトゥエ様に預けたんだ」
「それで…僕の未来は変わったの?死ぬしかなかった僕の未来が永らえたの?」
「…そうよ」
 母は僕の頬を撫で、優しく笑う。

「嘘だね」
 声のする方を向く。
 テーブルの向こう、アーシュは椅子に腰掛け優雅に足を組んでこちらを見つめている。
「あなた方はメルにはっきりと言うべきだ。何故、5年ほどの時間しか生きれない定めのメルが、無事だったのか。あなた方は身をもって証明しているじゃないか。…メル自身の真実を知ることはこれから生きる彼にとって、とても大事な誇りとなるはずだ」
「どういうことだ?アーシュ」
「彼らに聞きたまえよ。これは君と彼らの話なんだから」
 傲慢な態度はいつものことだ。
 そんなことより、アーシュが言うように、僕は真実が知りたかった。何の見返りもなく、人ひとりの命が永らえる理由がない。

「お父さん、お母さん、教えてください。僕の命が永らえたのは何故ですか?トゥエはあなた方にどんな要求をしたのですか?」
「…それは」
 母は言いにくそうに言葉を濁した。父は母を見つめ、母の肩を強く抱きしめた。
「ツィンカ。私達は君に命を分けたんだよ。二人分の命を君の生きる力として…」
「…そんな」
 …思いもよらなかった。それって…
 足が震えた。
 僕は立っていられず、テーブルに寄りかかる。

「それでは…あなた方はもう…」
「…ええ、人として生きる事は終えています」
「…僕の為に、死ぬ事を選んだの?それにどんな価値があるの?子供の為に命を捨てる。それは美談になるの?親のエゴではないの?…子供に選択権はないの?僕はあなた方の犠牲の上に生きていくしかないの?…そんなこと…望んでいない。僕は…」
「親のエゴと言われたら、そうとしか言えないわ。でも、何をおいても私達はあなたに生きて欲しかった。真実を知ったら、あなたはきっと私達を責めるわ。そして自分を責める。それでも生きていて欲しかったの」
「私達の命で君の人生を購うという取引は、そう悪いものでもなかったんだよ、ツィンカ。君の命は五年程だとわかっていたからね。定めを引き受ける時が判れば、私達も死ぬ覚悟ができる。それまで精一杯楽しく生きようと思える。ただ、君と別れなければならないのは辛かった。五年とわかっていたから、ぎりぎりまで一緒に暮すという選択もあったんだよ。でもね、もし君が僕らと一緒に旅を続け、私達の愛情を一心に受けた君の目の前で私達ふたりが居なくなったらと思ったら、可哀想でね」
「一緒に生きた時間が長くなるだけ、別れは辛いものになるわ。あなたの悲しむ顔を見ながら死んでいくのは、嫌だったの。私達の記憶があなたに薄いうちに、あなたをトゥエ様に預ける事が、私達にもあなたにも最良だと思えたの」
「それで…本当に後悔はしなかったの?怖くはなかったの?」
「私達は愛し合っているのよ。死ぬ時も一緒に死ねるって考えたら、何だか嬉しかったわ。ねえ、あなたはどう?」
「私かい?そうだね…もっと一緒に生きたかったとは思ったけれど、君と一緒に死ねると思うと怖くなかった。そして死んでもこうして一緒にいれるのだから、本当に良かったと思っているよ、ハニー」
「まあ、あなたったら」
 顔を見合わせて幸せの笑いを互いに交わす両親の姿に僕は何を言えるだろう。ふたりの愛の前では僕は否定する言葉など持てなかった。

「本当に後悔はないんですね。僕は…これからも生きていいんですね。お父さん、お母さん」
「ツィンカ…私達は仲間のみんなに見守られて静かに死んでいったの。仲間たちは心のこもった弔いをしてくれてね。夕日の綺麗な丘に二人一緒に埋葬されたのよ」
「それに私達の身体はなくても、こうして自由に飛びまわれる。これから先だって、君が望めば会うこともできる。後悔などしない。…君が生きてくれて本当に嬉しいんだよ。ありがとう」
「お礼を言うのは僕の方です。ありがとう、お父さん、お母さん。あなた方と共に生きていることを心に刻んで、生きていきます…ありがとう…」
 僕は父と母の暖かい腕に抱(いだ)かれた。
 彼らの愛が僕の中に流れ、身体の奥底の澱を清浄なものにした。
 愛は僕に力を与えてくれる。
 きっと、僕は大丈夫なんだ、と、信じさせてくれる。

「良かったね、メル」
 振り向くとアーシュはニコニコと笑いながら、立っていた。
 父と母は、並んでアーシュの傍らに立ち、彼の前に跪く。
「感謝いたします。私達を導いてくれた事、ツィンカと会う事が出来た事、すべてを打ち明ける勇気を与えてくれた事、すべてを…真の○○様…」
「俺じゃないよ。全部メルが望んだことだよ。俺はアクセルを踏んだだけなんだよ、きっと。だからこれからもメルを見守っててやってよ。あなた方の大切なツィンカを」
「勿論です。あなた様も御身をお大事になさり、繁栄を築いてくださいませ」
 両親は当たり前のようにアーシュの裸足の足に口づけた。その様にアーシュも困った顔をする。
 ゆっくりと立ち上がったふたりは、僕の肩を抱き、別れの時を告げた。

「私達が身を現す時間は短いんだ。だから、ツィンカ、残念だがお別れだよ。またいつか会いに来てくれないか?」
「勿論です。お父さん」
「あなたが健やかな日々を送れるよう、いつも祈ることを許してね、ツィンカ」
「ありがとうございます、お母さん。きっといつか、あなた方の埋葬された場所へ行き、そこで夕陽を眺めます」
 ふたりは嬉しそうにコクリと頷いた。

 握り締めた父と母の手が次第に白くなる。身体の輪郭がぼやけ、霧となり、そしてドアの外へ消えていった。
 ふたりが消えた後も、僕はしばらくそこから動けなかった。


 ゴトゴトと音がした。「これでいっか~」と、呑気な調子の声がした。
「じゃあ、帰ろうか。はい、コレ」
 目の前にブーツが置かれた。
「なに?」
「棚の下に靴があったの。俺達、裸足だろ?帰りはきっと痛いだろうからさ。きっとメルのお父さんとお母さんが履いてたブーツだろうね。借りていこう」
 そう言って、アーシュはドアの外へ出る。
 僕も目の前のブーツに足を入れ、家の外へ出た。
 丁寧にドアを閉め、「また来るよ」と言って、我が家を後にする。
 
 来た道を帰る。
 辺りはすっかり霧が晴れ、白い道が輝くようだ。
 小さな砂利を踏みつけ、音を楽しみながら前を歩くアーシュを見る。
 パジャマの上着だけを着たアーシュの後姿は、伸びた白い脚に少しだぶついたブーツが似合っていて、少女のように見える。
 
「アーシュ」
 僕は声をかけた。
「なに?」
 彼は顔だけをこちらに向けて、首を傾げた。
「ありがとう。君のおかげで父と母に会えた。真実を聞くのは辛かったけれど、長年の胸のつかえが降ろせたよ。…彼らに愛されていた、そして守られている。そう信じることで、未来が輝き始めた気がする。…僕も両親に習って君の足元に跪きたい」
 僕は本当にそうしたかった。だからその場で片膝を砂利の上についた。
「ばーか」
 アーシュは不機嫌そうに足元の砂利を蹴った。
「ここは現実と空想の狭間の場所なんだぞ。こんなもん、メルが勝手に作った仮想空間かもしれない。そうでなきゃあんな美談あるもんか!メルばっかり両親に愛されて、幸せで、そんなもん、俺は知ったことじゃない」
「…アーシュ」
「実に良かったじゃないか、メル。君には立派な両親が居てさ。俺なんか…親が居るのかさえわかんねえんだから…」
 チッと舌打ちをしたアーシュはまた砂利を蹴った。

「跪(ひざまず)かれたって、ちっとも嬉しくないや。どんな親だっていいから、愛してるって言われた方が嬉しいに決まっているじゃないか…」
 親指を噛んだアーシュは言葉を詰まらせた。
「アーシュ、ゴメン。僕は…」
「まあ、いいや。人助けなんて俺の趣味じゃないけど、結果的にそうなってしまったのなら仕方ねえや」
 アーシュは自分の生まれた定めを知っているのだろうか。
 無意識のうちに彼は自分が何であるか、理解しているのではないだろうか…

 アーシュはまた前を向いて歩き出した。
 少し経って鼻歌を歌い始めた彼は、こちらに身体を向けて手を差し出した。

「帰ろうか、メル。俺達の現実(リアル)へ」
 差し出す手を僕はしっかりと握り締めた。
「うん、そうだね…だけど、もう一度だけ言わせて欲しい、アーシュ」
「なに?」
「…ありがとう。愛してる」
 僕の言葉にアーシュは照れもせず、見事な笑みを浮かべ、僕の首に両手を回した。


 僕達は抱き合ったまま、昼近くまで僕のベッドで眠り込んだ。
 僕らの足には、彼らのブーツが履かれたままだった。





アーシュおいで


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浄夜 7 - 2011.11.01 Tue

メルとアーシュ


7、
 それからしばらく、イシュハが寄宿舎に戻るまでは、僕を辱めた三人を警戒し、夜は寝苦しくとも窓を閉め、目立てぬよう朝晩の彼らとの食事時間もずらし、日中は夕刻まで図書館に身を隠すという日々を送った。
 気に病むまいと思っていたけれど、どこかで怯えていたのだろう。
 だが、彼らは寄宿舎で僕と顔を合わせても、顔色ひとつ変えもせず、視線を合わせることもない。それがまた不気味に思えて、僕はますます身体を固くするばかりだった。
 だから、寄宿舎に戻ってきたイシュハの姿を見たときは安堵感で一杯になり、人がいなければ、彼の胸に飛び込みたいぐらいだった。
 
 イシュハはいつもと違う僕にすぐに気づいたが、僕はジョシュア達からレイプされたことを、言わなかった。
 イシュハはジョシュアに夢想の姿を描いている。それは幼い頃から一緒に過ごしてきた時間が形作ったものだ。そしてその形の為したジョシュアも、僕をレイプしたジョシュアも本当の姿なのだろう。
 そのどちらか片方だけの姿を見たいと思うのは間違いじゃない。
 イシュハのジョシュアへの夢想に僕自身が傷をつけることだけはしたくなかった。
 何も言わない僕を、それ以上追及することのないイシュハはただ抱きしめてくれる。
 僕には充分過ぎる優しさだ。
 
 新学期が始まっても、僕はひとりで部屋にいるのが不安になるから、イシュハの部屋へ入り浸りになっていた。
 イシュハがその気になるように誘って、僕の傍から離れなくさせている。
 これってジョシュアに対する面当てなのかな…とも、思うけれど、どこかで彼が苦しめばいいと思うのは仕方のないことだと思う。

 イシュハのベッドでまどろむ僕は、突然頬を抓られ、あわてて目を開けた。
 目前に綺麗なアーシュの顔がある。
 ぼんやりと覚醒しながら、こういう目覚めは悪くないと微笑む。
 しかし、のどかな昼下がりに突然突風が吹き荒れ、夢ごこちの僕を現実へと引き戻すアーシュに、なんとも言えないバツの悪さを感じる。
 アーシュの言うとおり、僕は現実からも、彼らからも逃げているのだ。
 「レイプなんて大した現実ではない」と言い切った後、「俺がジョシュアたちに復讐をしてやる」と、息巻くアーシュに、酷く感動してしまう。
 
 アーシュが魔王アスタロトとしての本性を現したとして、僕にとってそれは恐ろしいものにはならないような気がしていた。 
 アーシュ自身が摂理となるなら…それはそれで美しく正しい世界が構築される気がするのだ。
 だが、彼はまだこの世界に14年間しか生きていない。14年の経験と知識しかないはずだ。
 だから、現実のジョシュアの冷酷さがこの子を傷つけたりするのが、僕には怖かった。
 案の定、ひと月後に僕の懸念が現実になる。

 
 その日も図書館でひとり引きこもっていた僕に、キリハラがこっそり教えてくれたのだ。
 「アーシュがジョシュア達に襲われたらしい」と。
 僕は急いで、寄宿舎へ戻った。
 広間で寛ぐ友人にアーシュの居場所を聞いた。
 幸運にも友人はアーシュの居所を知っていた。僕はイシュハの部屋へ駆け込んだ。

「あ、メル。こんにちは」
 部屋のドアを開けるとイシュハと向かい合わせで、のんびりとお茶を嗜むアーシュの姿があった。 
「何をそんなに息を切らせているの?メルもお茶を飲めば?このお茶ね、イシュハの家の農園で採れた上質のハーブティなんだって。美味しいよ」
「今年は出来が良かったから、母さんが沢山送ってきてね。メルの好きなローズヒップもあるよ。飲むだろ?」
「…あ、アーシュ、君が大変なことになっているって…聞いたからあわてて来てみたんだけど…」
「大変なことって?…別に大したことじゃないよ。ねえ、イシュハ」
「…うん」 
 イシュハは少し困った顔でそ知らぬふりを決め込むアーシュに応えた。

「じゃあ、俺、これでお暇するね。イシュハ、制服をありがとう。大事に着させて頂くよ。ああ、メル、今夜は君の部屋へ行くから、ちゃんとベッドで待ってて。いいね」
 帰り際、念を指され、アーシュは意味深な顔で僕を見た。
 その後、イシュハに事の真相を聞かされ、やっぱりかと気が滅入ってしまった。
 アーシュは一体何をする気なのだろう…
 僕の不安は増すばかりだ。

 
 その日の深夜、約束どおり、アーシュは、椋木を登り、ベランダの戸を開けてやってきた。
「アーシュ…」
 僕は大事な宝物を扱うみたいに、夜露に濡れたアーシュの身体を抱く。
「君に何かあったら…僕は自分を責めるよ。もう、無茶なことはしないと約束して欲しい」
「なにが?昼間の事?あれは彼らの能力を見極める為に仕掛けたんだよ。それでわかったんだ。やっぱりジョシュアのアルトへの強制力は俺には効かないってね。まあ、向こうはどう思ったかは知らないけれどね」
 得意げにフフンと鼻を鳴らし、アーシュはベッドに身体を投げ出した。

「今夜はメルとしたくてきたんだ。セキレイにもちゃんと許可を取ってね。あいつ、益々焼きもちが酷くてさあ」
「それは…わかるけどね。誰だって恋人を寝取られたら、いい気持ちはしないもの」
 正直、アーシュの恋人であるルゥには、僕も少々罪悪感で胸が痛む。こちらも望んだとは言え、アーシュは僕の愛人だと学園内でも知れ渡っている。
「でも、…君にとって僕は利用価値のあるアルトってことだけで付き合ってくれているんだろ?」
「勿論、メルは『senso』を導くための案内人なんだろうけど、俺はメルが好きだから寝るんだよ。誰でもいいわけないじゃん」
 その言葉に偽りがないとわかるから、胸がキュンと鳴る。
 アーシュに慰められるようじゃ、僕もまだまだ子供だな。と、思ってもやはり心が躍る。
 彼を可愛がりたい。精一杯愛撫して喜ばせてあげたい。
 僕はアーシュの眼鏡を外して、彼の口唇に口づける。
「案内するよ。僕の『senso』に…」
 
  官能の火を呼び起こして、ふたりはひとつになる。
  真っ直ぐ伸びた一本の道を辿って、僕らはあの場所に着いた。

「ここは…」
 そこはキリハラと来た場所ではなかった。いや、ここへワープしたのは初めてかもしれない。
「僕の故郷と言ってもいいのかもしれない。記憶のスタート地点だよ」
 「senso」によってワープする先々の世界は、薄暮のように薄暗い。
 はっきりとした光源もわからぬまま、ぼんやりと光の虹が差し込む霧の中を歩いた。
 どうやら、緑の草木に覆われた森の中らしい。
 暗く生い茂った緑の先に小さなログハウスが見えた。
 僕と両親が一緒に住んでいた場所だ。その傍らに見慣れた緑色のトレーラーハウスがあった。
 アーシュは仄かに発光する白い砂の道を、裸のままそこに向かって歩いていく。
 パジャマを身に付けた僕は、急いでアーシュを追いかけた。
 裸足で踏む砂道は、少しも足を傷つけない。例えるなら、雲の上を歩くように実感が頼りないのだ。 

 アーシュは古ぼけた階段を昇り、ログハウスの玄関を開けようと何回もドアの取っ手を乱暴に動かした。
「家から鍵がかかっているのかな。開かないね。じゃあ、別の入り口を探そう…」
 キョロキョロを忙しく動くアーシュに追いつき、彼の肩にシャツをかけた。「ありがと」と、彼は笑う。眼鏡が無い顔で見つめられると、際立つ美貌にこちらは緊張する。
「あ、こっちは鍵がかかってない。入れそうだよ」
 ガタガタと窓枠を動かし、無理矢理取り外したアーシュは身を縮めて、窓から部屋の中に入り込んだ。
 僕もあわててその後に続いた。

 部屋の中は僕の僅かな記憶とそう変わらないように思えた。
 狭いキッチン。ふたりがけのテーブル。続くもうひとつの部屋にはダブルベッドはひとつだけ。そして、揺りかご式のベビーベッドがすぐ横に並んでいた。
 多分、赤子の僕が寝ていたベッドだろう。
 近づいてその揺りかごを揺らしてみた。
 父と母の僕を覗き込む顔が見えた。

「これがメルのお父さんとお母さんなんだろ?」
 アーシュの声が聞こえた。
 彼は壁に飾られた古いセピア色の一枚の写真を見ていた。
「メルは幸せだったんだね」
 僕は彼の傍に行き、その写真を覗きこんだ。
 一歳にならないくらいの小さい僕が父に抱かれ、その傍らには母がいる。
 三人とも微笑んでいた。
 …ああ、そうだ。僕はこんなにも幸せだったんだ。 
 それなのに、何故、彼らは僕を捨てたりしたのだろう。
 僕らが旅をする種族であるならば、僕だってそれを受け入れたはずだ。どうして一緒に連れて行ってはくれなかったのだろう…

「彼らに会ってみる?」
 傍らで僕を見上げるアーシュの言葉に、僕は首を傾げた。
「会うって?」
 アーシュには僕の両親の居場所がわかるって言うのか?それも彼の「senso」の力なのか?
「彼らもメルに会いたがっているじゃん」
「え?」
「ほら」
 アーシュは身体を捻り、玄関に向かって手を差し伸べた。
 内側の鍵がひとりでにガチャリと音を立て、ゆっくりと扉が開く。
 ふたつの白い影が部屋に入ってきた。

 僕はその姿を覚えている。

「…お父さん、お母さん」
「ツィンカ…」
 
 そう、それは両親が僕に与えてくれた名前だ。




メルタン


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