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2011-12

純愛クリスマス(リンミナ番外編)後編 - 2011.12.25 Sun

クリスマス-2

純愛クリスマス 後編
  

 リンの宿泊する超高層ホテルの部屋は、相変わらず高級感の漂うしつらえだ。
 中央のデカいダブルベッドが存在を鼓舞しているように見える。それを見るだけで、過敏になる自分が嫌になる。
 リンが言ったとおり、おれはリンと話したいから、ここに来ただけなのに。

 スーツの上着を脱いで、タイを解いたリンは、ルームサービスで頼んだワインとつまみを窓際のテーブルへ移した。
 38階から見るクリスマスの夜景は美しい。
 あの夜もこうやって、リンと一緒に夜景を見たんだ。
 
「綺麗だね」
「うん」
 時間が経ては、人は変わる。一時だって同じ感情ではないはずなのに、どうしておれは、ここまでリンを思い続けることをやめないのだろう。やめることができないのだろう… 
 導く道は…手を取り合って一緒に歩ける道は、ふたりには無いのに。

 どうしてリンは…おれを誘ったりするのだろう。

「リン…慧一さんは?」
「え?慧は向こうだけど」
 向こうというのはニューヨークのことだろうか。
「お世話になってるブライアン教授夫妻とクリスマスパーティなんだって。本当は俺も誘われていたんだけど、こっちで過ごす事になってたからね。慧一だけでも行けて良かったよ。夫妻は俺達を本当の家族みたいに可愛がってくれるんだ」
「そう」
「俺も明日の夕方の便で、ニューヨークに帰るけどね」
「…そうなんだ」
 明日には…居なくなっちゃうんだ、リン。
「正月は向こうで?」
「多分そうなる。両親と嶌谷さん達と一緒に、教授の別荘で過ごす予定だ。休日って言うけど、年寄りの世話で結構大変なんだぜ」
 
 リンはいい。いつだってリンを愛してくれる人達に囲まれて、温かい感情に包まれて、幸せなんだろう。
 おれにだって、季史さんがいる。帰ろうと思えば帰れる家も家族もいる。
 だけど根本的に…すべてにおいて、リンの豊かさには及ばない。
 比べても仕方ない。比べる事事態間違っている。卑屈になっても仕方が無い。
 だけど、敵わないって思い知らされる自分が情けない。
「…」
 会わなければこんな感情に支配されなくても良かったのに…
 なんだかここに来た事を後悔し始めている。リンと一緒に居る今が…苦痛だ。
 
「おれ、帰るね」
「え?なんで?まだワイン半分も飲んでないじゃん」
 おれのグラスにワインを継ぎ足したリンが、驚いたように顔を上げた。
「ゴメン。おまえと一緒に居ると、つまらない自分に嫌気が差す。…ゴメン、リンの所為じゃないんだ」
「…」
 コートを手に取り、すばやく袖を通すおれを、リンは身動きひとつせず、黙って伺っている。
 「帰る」と言えば、リンは引き止めてくれる。 そう思っていた自分が居ることを思い知らされた。
 帰りたくないのは、おれだ。一緒に居たいって願うのは、おれなのに…
 泣きたくないのに、胸が詰まって、目の奥が痛くなる。
 リンが好きだから、辛い。
「じゃあ、また…」
 声の震えがバレたかもしれない。おれは急いで部屋から出ようとドアノブを持った。

「ミナ、ほら、受け取れよ。クリスマスプレゼント」
 リンは座ったまま、おれに向かって、なにやらほおり投げた。
 受け取ったそれは赤いリボンを結んだ長方形の箱。
「なに?これ」
「万年筆だよ。おまえ、ふた月前、スペインで万年筆失くしただろ?だから、プレゼントするよ。モンブランのマイシュターシュテックの黒だ。俺とおそろいだから失くすなよ」
「な、なんで…失くしたのをリンが知ってるの?」

 十月の半ば、確かにおれはスペイン、バルセロナの芸術祭に招かれて、初めての単独海外旅行を経験した。
 と、いうのも、大学からお世話になっている教授がおれに出展するように薦めてくれた絵が、バルセロナ芸術祭の新人賞なるものを取り、授賞式に出席することになったんだ。
 まあ、なんというか…国内のひとり旅っていうのは慣れているんだが、知らない土地で、しかも海外でのひとり旅にかなり浮かれていたのは白状する。
 それを…
 なんで、リンが知ってるんだ?百歩譲って、新人賞を貰ったことは、日本の新聞にも小さく載っていたから、リンが知り得たのはわかる。
 だが、万年筆を失くしたって…誰にも言ってない。
 …いや、現地の案内役の人。
 スペインを案内してくれた日本人のボランティアの橘さん…って、どうやってそのオジサンとリンが繋がるんだよ。

 ドアのノブから手を離し、おれはリンへ一歩近づいた。
「なんでって…」
 リンはちらりとおれの方を向いて、気まずそうに右手の人差し指で頭をポリポリと掻く。
「俺が行ったからだろ」
「スペインに?」
「そう」
「バルセロナに?」
「そう」
「なんで?」
「…おまえが新人賞を受賞したのを聞いて、俺も嬉しかったの。でも、連絡する暇もなくてさ。ちょうど仕事でイタリアのミラノに居た時、おまえが授賞式に出るって、風の便りに…」
「風の便りって…誰さ」
「おまえんとこの村上教授だよ。俺、横浜の芸術祭の時、建築部門でお世話になったことあったの。そんで教授とはメル友になっちゃってさ…。俺がミナの友人だってご存知だが、おまえの事は内緒にしてもらってた」
「はあ?」
「いーじゃん、別に。そんで、バルセロナに行ったら、おまえはもうそこに居なくて」
「…折角だから色んな観光地をうろついていた…」
「だろうと思ったよ。そんでおまえの出展した絵を見に美術館へ行って絵を見てたら、話しかけてくる日本人が居て…」
「それがボランティアの橘さんだったの?」
「そういうわけ」
「…」
 絶句した。どんな奇跡だよ。どんな縁なんだよ。そんなに世界は狭いのか!

「大体おまえが悪いっ!」
 リンは立ち上がり、怒ったようにおれを指差した。
「なにが?」
 おれも負けられないと仁王立ちで構える。

「おまえの絵のモデル。どう見ても俺じゃないか。そりゃ今に始まったことじゃないかもしれないが、酷くなる一方だ。変に写実的に描きやがって。あれじゃ、どこに居ても俺が絵のモデルってバレバレだろうが…」
「そ、そんなこと言ったって、絵なんだから、おまえは関係ない。モチーフって奴は作者の想像であって、現実のおまえじゃないし、似てたって…それは美しいものの捉え方だ」
「ああ、ありがとよ。美しい俺を描いてくれて」
「だからおまえじゃないっ!」
「その所為で、その橘さんが『もしかしたらこの絵のモデルの方ですか?水川さんのお知り合い?』とか言われて、そこからは、橘さんにバルセロナを案内してもらったわ」
「…良かったじゃん」
「恋人でもないのにあらぬ疑いをかけられてさ。そんで、橘さんにおまえの行きそうなスペインの観光ルートを想定してもらって…あとはひとりでおまえを追って、グラナダやらトレドやらマドリッドやら…適当なホテルでおまえの所在を聞いて…まあ、捕まるはずないけどな」
「そ、そこまでしたの?」
 確かに芸術祭に参加した後、帰国する日までできるだけスペイン中を観光してやろうと、色々巡ってみたけれど…

「バルセロナで あんまり俺がミナの様子を伺うから、橘さんには、君はミナのストーカーか?って言われて、慌てて否定したんだが…ミナの後を必死こいて追っている自分はマジでストーカーなんじゃないのか?って情けなくて笑ったぜ」
「なんで…」
「なんでって…見知らぬ国でふたり偶然に出会ったっていうシチュエーションって憧れだろうが」
 こいつバカだ…
「違う。なんでメールや電話でおれに連絡しなかったんだよ」
「だから…偶然の出会いって言うのが萌えるんじゃないか」
「おれを追っかけている時点で偶然じゃないだろう」
「ま、そうだけどさ」
 ふてくされながらも顔を赤くするリンがいた。
 ああ、そうだった。普段恐ろしいほど抜け目の無い完璧な魅力溢れる奴なのに、リンは変に一途で純情で間抜けなところがあるんだった。
 どうしよう…たまらなく愛おしい。
 ストーカーでもなんでもいい。おれを追ってスペイン中を回ったと言うリン…おれに執着するリンを愛おしく思わない理由なんてあるものか…
 おれの足は自然にリンに向かって歩み寄っていた。

「おまえがお気に入りの万年筆をホテルで失くしたって聞いたから、クリスマスプレゼントに万年筆を贈ろうと思ったんだよ」
「…」
「ついでに俺も欲しかったからさ。おそろいにして、イニシャルも書いてもらったんだ。…離れ離れで居ても、身に付けるものが一緒だとさ…なんか嬉しいだろ?」
 そっぽを向いたリンの不貞腐れた顔が益々赤くなっていた。
 リンの言葉におれの自惚れた心が舞い上がっていく。
「リン…」
 ゆっくりと近づいたおれを、リンは腕を広げ、躊躇う事なく抱きすくめてくれた。
 抱きしめてくれる力強さを、おれへの想いの強さと…受け取っていいか?リン。

「ミナ。今更、帰るなんて言わないよな」
「う…ん」
「プレゼント、気にいった?」
「まだ見てないけど、きっと気に入ると思う」
「じゃあ、おまえは俺に何をくれる?」
「悪い…何も用意してない」
「あるもんでいい」
「何…さ」
 リンは誰もが見惚れる天使の微笑みをおれに見せ、口唇に人差し指を置いた。
 言わなくてもわかるさ。天使の微笑みの下は狼が舌なめずりで涎をたらしているくらい。

「高かったんだぜ?あの万年筆」
「今夜一晩にその分の価値があるかな?」
「ミナ次第だろ?」
 おれのコートも上着も巧い具合に脱がされ、おれはソファに座ったリンの膝に座らされていた。
 リンはおれのベストのボタンに指をかけた。
 ふと気になっておれは要らぬことを口走った。
「これって不倫だよね。罪を犯していることにならないのか。第一、おれ達は三年前に純愛を貫こうって約束したはずだ」
「おまえの言う純愛をこの先も貫くと仮定しよう…」
 そう言いながら、リンはおれの身体をベッドに押しやった。
 ベッドに寝かしつけられたおれは、眼鏡とネクタイをゆっくりと外すリンをジッと見上げた。
 
「そう…近い未来俺は不治の病で、現世との別れが迫っている」
「なに、言ってんの?」
「枕話だよ。黙って聞け。病院のベッドに眠る俺の周りには、慧一や嶌谷さん。両親、友人達、俺の愛した人達、俺を愛してくれた人たちが、間近に迫る俺の死を見守っている。その中に、おまえは居ない」
「…何故?」
「知らせるなと俺が言った。もしくは知ってても絶対に病室に呼ぶなと命じておいた。俺の死に際をおまえに見せたくなかった。何故なら、もし、死ぬ瀬戸際におまえに会ったなら、俺はおまえを罵るだろうし、後悔ばかりで往生できないからだ。…そして、俺はおまえに一通の遺書を残す。おまえとおそろいで買った万年筆はその遺書を書く為に買ったんだからな」
「…」
 リンは昔から突拍子もない物語を作ることに長けてはいるが…自分の死なんて語ったことも無かったから、何だか胸がざわついてしまう。
 いつの間にか部屋の灯りは消え、枕元のライトがリンの顔を薄いオレンジ色に染めていた。
 リンの少し低い体温がおれの肌に直接伝わった。おれは慌ててリンの背中に毛布をかけた。

「さて、出だしはこうだ。…『親愛なるミナ、君を残して先に死んでいく僕をお許しください…。いや、許さなくて結構だ。俺もおまえを許す気は全くないのだから…』」
「…怖いね」
「まだまだ序の口…『おまえが俺に言い続けた純愛などという下らぬ誓いを立てられさせた故に、死に行く今になっても、俺は自分の思いを貫くことができなかったと悔いが残る。肉欲は罪というおまえの純愛は、俺にとっては下らぬ戯言に過ぎない。俺は…おまえに遺恨を残す。俺を愛してくれた人は俺が死んだら泣くだろう、悲しむだろう。だが時が経てば悲しみは薄れ、良き思い出を偲びながらも、前を向き、人生を歩んでいくだろう。だが、俺の死に目にも会えなかったおまえは、俺を想いつつ一生後悔して生きろ。決して忘れるな。おまえの純愛によって、肌を交わすことなく死んでいく俺の恨みを心に刻んで、生きていけ…凛一より』…どうだ?」
「どうって…純愛なんて、下らないって…リンは言うの?」
「いいや、俺は俺の純愛を貫くって言っているんだよ…ミナ。いつ死んでもいいようにね。空しくなるのだけは…嫌なんだ」
「リン」
「誰に恨まれてもいい。なじられてもいい。ミナへの愛は本物だって、俺は誰にだって誓いたい。純愛ってそういうもんじゃないのかな…」
 リンの言い草もわかる。けれどおれはおれの純愛への憧憬は捨てられない気がする。それはリンへの精一杯のプライドのようなものなのかもしれない。
 けれど、今夜は…
「クリスマスだしな…」
 リンの吐息を感じて耳朶が熱い…
「え?」
「確かに…赦される夜もあっていいだろう…って事」
「…ミナはミナの想いで生きればいいさ。でも慈しみはありがたく頂くよ」
 最後の灯りが消えた。

「ねえ、あの万年筆、遺書を書くために買ったって…本当?」
「そんなの…口からでまかせに決まってるだろ?ミナはバカだな」

 
 静かな聖夜に、頑丈なはずのダブルベッドがギイと、鳴った。

 


前編へ

いかがでしたか?久しぶりのリンミナは。
書いている私は楽しかったですよ。相変わらずのふたりで。
こうなると慧一とリンの関係も気になるところですが、慧一も大人になっているので、少々のリンの我儘は許しているでしょうね。

すいません。今週は何かと忙しいので、連載は新年に持ち越しで~
良いお年をお迎えください。



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純愛クリスマス(リンミナ番外編)前編 - 2011.12.24 Sat

クリスマスイルミネーション


『久しぶり、ミナ。ねえ、25日予定ある?』
「…」
 久しぶりどころか、一年以上音沙汰無しで、もう、綺麗さっぱり忘れられたかとこちらも諦めようと折り合いをつけ始めた頃になって、これだ。
 久しぶりに聞いた携帯電話の着メロ。
 彼専用の曲だ。
 だから電話が鳴った時、心臓が止まるほど驚いて、痛いぐらいに鳴る鼓動の音を悟られないように、平然なフリをして通話ボタンを押した。
 
 …懐かしい声が聞こえた。


純愛クリスマス  前編



「25日?」
『そう。ね、折角のクリスマスだしさ、一緒に食事しようよ』
 24日はいつものように季史さんとふたり、うちでほっこり、鍋パーティだが、25日は季史さんは泊まりの仕事で家には居ない。
 俺とはと言うと…別段予定がない。
 それでも昼間は美桜堂とギャラリーの店番がある。
「仕事で忙しいんだ」
『店番だろ?夕方で終わるじゃん。それからでいいから新宿まで出ておいで。いいね』

 すぐに承諾はせず、曖昧に返事をぼかしたら「じゃあ、待ってる」と、言い残して切れた。
 …いや、OKしたつもりは全然ないんだが…
 大体おれ達、会ってもいいのか?
 純愛を誓ったのに、ホイホイ出かけて守れるのか?…え~と、純愛って奴を。
 でも「待ってる」って、言ってた。
 奴が待ってるって言ったら、翌朝まで待っていそうで、怖い。

 結局、25日。ちょっと早めに店を閉め(どうせクリスマスに画材屋なんか誰も来ないさ)、慣れない三つ揃えのスーツなんか着て(おめかしして来いって言われたんだ)普段はクシも梳かないのに、ドライヤーで寝グセを直したりしてさ…う…なんかウキウキしてないか?おれ…
 これも奴の思惑通りってわけ?



 予定よりも渋滞で遅れてしまった。
 午後7時半、電話で言われたとおりの場所へ着く。
 新宿なんて、仕事以外では滅多に行かないから、ここが約束の場所なのかどうかさえわからない。
 キョロキョロと辺りを見回すと、道路の向かい側で手を振る影を見つけた。
 暗いからはっきりと顔まで見えなかったが、モデルみたいなスタイルの奴を間違うわけがない。
 俺は横断歩道が青になるのを待って、急いで駆け寄る。
 良く見ると奴はタキシード姿だった。
 なんで?と、疑問に思ったけど、アイツがおれに向かって近づいてくるから、そんなことはどうでも良くなってしまった。

「遅れるって連絡あったから心配した」
「ゴメン」
「ミナ、メリークリスマス。良く来てくれたね」
「…リン」
 懐かしい。
 一年以上、直に会ってないはずだった。
 思ったとおり、顔を見ただけでおれの胸が高鳴り始め、次第に割れるように響いていく。このままでは心臓が破裂して死ぬんじゃないのか?おれ。
 できるだけ目線を合わさぬようにした。
 
 大体…こうしていること事態おかしいはずなんだ。
 お互い一緒に暮すパートナーが居るのに、こうやってふたりだけで夜のクリスマスに会うなんて…まるで密会…みたいじゃないか。
 本当はこんなこと…許されることじゃないのに。
 後ろめたいはずなのに…
 自然と口がにやけて、緩んでいる。顔が火照っているのが自分でもわかる。胸はときめいて高鳴る鼓動は収まりそうもない。

 思い切って口を開く。
「リン…やっぱりふたりだけで 会うなんて…」マズいよ…
「寒いからさ、さっさと店に入ろうぜ。みんなも待ちくたびれてる」
「…は?みんな?」
 
 リンの後を追って建物に入っていく。
 店の中は漆喰の壁に包まれ、幾何学模様のタイル張りされた装飾が美しい。床のモザイク模様のブルーのグラデーションも、ライトの加減で水際を歩いているような感覚を味わえる。
「ステキな建物だね」
 何気に呟いたおれに、前を歩くリンが振り返る。
「ここさ、春に俺が建てた店なんだ。古代ローマのヴィラ風にしてみたんだけど、どう?」
 どうって言われても…
「いいんじゃない」と、しか言いようがない。おれ、建築のことなんかわかんないし。
「洋風の創作レストランだけど、オリジナルカレーがすごく美味いよ」
「へ~、そうなんだ」
 そうか、リンが建てたのか。そう思うと、時間をかけてじっくり眺めたくなる。
 ああ、すごいな。漆喰の壁もちゃんと塗りこんであるんだ。ところどころにフレスコ画のような淡い模様が描き込んである。その周りをなぞる様に配置されたタイルの模様もまた、アラベスクとは違って面白い。
「ミナ、こっちだよ」
 階段を昇るリンが、振り向きながらおれを呼ぶ。

「リン…あのさ、みんなって誰?」
「ミナも知ってる人達だよ」
「そう…なの?」
 …誰だろ…まさか慧一さん…じゃないよな…

 個室だろうか。二階の一番奥の扉を開け、部屋に入ったら、懐かしい顔が見えた。
「よお、水川。久しぶり~」
「元気してたか?」
「一応、おまえの絵を買ったぞ。複製だがな」
「水川、ここ、ここに座れ」
「ああ、サンキュ」
 聖ヨハネ学院高校時代の仲間達だった。

 美間坂さんと桐生さん。根本先輩。同級生の高橋と三上。そして…リンの隣りで、根本先輩の横に座る男性に覚えがない。
 おれは言われるまま、高橋と桐生さんの間に座った。
「久しぶり、水川」
「ああ、高橋。元気そうだね」
「まあね。28になってもまだまだ下っ端でさ。上司からどやされながらも地道にやってるよ。おまえこそ、頑張ってるみたいだな」
「それなりにな…それより、高橋…」
「なんだ?」
「根本先輩の横に座る人誰?」
「ああ、…先輩のコレ」と、高橋はテーブルの下で小指を出す。

 …そうなのか。でもなんで?
「みなっち、久しぶり~」
「根本先輩も元気そうで何よりです。今日はわざわざ大阪から?」
「違うよ~。去年からボクはこっちの出版会社で編集のお仕事やってんの!」
「…そうだったんですか」
 全く知らなかった。大阪のマスコミ関係で派手にやってるのかと思ったら…出版社とか…どこまでマルチな人だ。
「で、こっちは真朱光(まそおあきら)クン。ヨハネではみなっち達より一学年後輩だったんだよ」
「そうだったんですか…」
 言われても覚えがない。
 まあ、同級生さえ、全員覚えているかと言われれば、自信がないと言い切れるのだから、後輩なんか知るわけがない。
 良く見れば…確かにネコ先輩好みの、体格のいいスポーツマンタイプで精悍な顔つきなんだけど、どっか気だるい印象をかもしだしているし… 
 そいつは隣りに座るリンと、しきりに親しく話しかけている。
 なんかちょっとムカつく。
 と、言うか、なんで久しぶり会うのに、会話もできないほど離れて食事しているわけ?
 そりゃ、すげえ食事は美味しかったし、みんなと久しぶりに会えて、話して楽しかったさ。でもおれの一番の目的は… 
 リン、おまえと一緒に…
 
 トイレに立ち上がって部屋を出たら、廊下でさっきの真朱って奴とすれ違う。
「水川さん」
「あ、はい」
 並んで立ってみると、思った以上に上背もあり肩幅も広い。肌も健康的に焼けてるし…俺とは全く違うタイプだなあ~
「俺、宿禰さんとは高校の部活で一緒だったんです」
「そうなんだ」
「ずっとあの人に憧れていたんですよ」
「…そう」
「あの頃、水川さんに妬いてました」
「はあ」
「まさか、今でも続いているって事は…ないですよね」
「無い、無い」
「そうですか…良かったです。じゃあ」
 明らかにほっとした顔を見せた真朱は、一礼して部屋に戻って行く。

 今更だが、リンは色んな奴から慕われていたんだなあ。あの頃、付き合っていたおれを快く思わないのはあたりまえか… 
 高校時代の感情を、こんなに大人になってもまだ保っている彼を、嫌いにはなれなかった。

 
 食事会ってことで、酒もあまり入らない内に、散開となる。
 幹事のリンはひとりずつに丁寧な挨拶をしながら、彼らを見送った。
「ミナは電車だよな。俺も駅前のホテルだから、駅まで一緒にいこう」と、ふたりでタクシーに乗り込む。
 車内でも他愛無い話しかしなかった。懐かしかったとか、誰彼はおっさんになったとか…いや、まだみんな二十代だよ、と、反論したが。
 そうだよ。天から選ばれたようなおまえと、一般人のおれ達を見比べる時点で間違っているんだって。
「…あの真朱(まそお)って子さ。リン、仲が良かったの?」
「ああ、光(あきら)は『詩人の会』の後輩で、部長だった俺の後を継いだんだ。それよりさ、あいつ、その頃は俺のシンパだったって。今日初めて聞かされたんだが、全く知らなかったわ…そういや、当時、やけに俺の傍にくっついてたなあ~」
「…」
 今頃になって、気づくおまえが怖いよ。
「まあ、今でも俺が好きって言われたけどね」
「え?でも、彼はネコ先輩の恋人だろ?」
「いや。光(あきら)はなんか、エロゲのシナリオ作家で、たまたま先輩が担当で、それで今夜誘ったら、来るって事になったらしい」
「エロゲって…アダルトゲームのことだよな」
「うん。需要あるみたいだね。そこから一流の作家になってる人も多いし。先輩も期待してるって言ってたぜ」
「ふ~ん。それで?」
「なに?」
「リンは気に入ったの?」
「光(あきら)の事?」
「…うん」
「一回、寝てくれって言われた」
「え?」
「どっち?って言ったら、『先輩のお好きな体位でいいです』って、言われた」
「…」
 なんてこった。聞かなきゃ良かった。
 タクシーの中で、こういう話はやばい気がしたから、それ以上は話をしなかった。
 
 駅前でタクシーを降りる。
 どこもかしこもクリスマスイルミネーションがきらびやかに輝いていた。
 まだ真夜中という時間でもないから、大勢の行き交う人達でにぎやかしい。
「じゃあ、ミナ。気をつけてね」
「…うん」
 握手を求め、差し出すリンの手を見つめた。
 本当にここでさよならしてもいいのか?久しぶりに会えたのに…もっと沢山話したいことがあったのに。
 いや、これ以上、こいつと会って、話をして、一緒に時間を送れたとして、行き着くところは決まっている気がする。
 こいつが…もし、おれを求めれば、おれは断れない。断ったとして、それでふたりに何事もなくてもおれは後悔する。
 どっちにしろ…おれの頭痛の種はもうすでに蒔かれている。
 今のおれの想いは、このままリンと離れたくない。ただそれだけだ。
 だけど、それを言葉にできない。
 
 何も言わず、握手するわけでもなく、立ち尽くしたおれに痺れを切らしたのか、リンは差し出した手を引っ込めた。
「今夜、季史…さんは家?」
「え?…いや、彼は仕事で居ないんだ」
「じゃあ、今夜のミナはフリーだな」
「フリーとか…言うな」
「クリスマスの夜を、ひとりで過ごすなんて、寂しすぎるだろ?ミナ、今夜は俺と居ろよ」
「え?…だって…」
「安心しろ。何もしないよ」
 タキシードにカシミヤのコート。隙の無い身のこなし。どっから見ても紳士に見えるけど、俺はこいつの本性を知ってる。だからリンの言葉を鵜呑みにするほど、バカじゃない。
 
 …バカじゃないと思ったけれど…
 
 掴まれた手を振り放す気になれないおれは…正真正銘、本物のバカなんじゃないのだろうか。




後編へ

クリスマス特別企画です。
明日は後編をアップします。後半は正直、怒涛の雪崩だと…(;´∀`)
いや、久しぶりに書いて、楽しかったです。



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ちょっと早いけど… - 2011.12.19 Mon

クリスマスカードです。

オリキャラのルカ(「R-a guardian sprite」のキャラですよ)と、リンミナのサンタさんです。


画像はサムネイルでアップしております。宜しかったらクリックして原画の大きさでお楽しみください。

メリークリスマス-1

ルカは毎年この季節はサンタのお仕事で忙しいんです。
今年はバイトをやとったんですが…
このふたりがあまり役に立っていません。(寒さに弱い…)
バタバタクリスマスサンタですね(;^ω^)

さて、今週はクリスマスまでには、リンミナのクリスマスエピソード「純愛クリスマス」を更新できたら良いなあ~と思っております。
ちょっと長くなりそうで…

よろしくね(*´∇`*)



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天使の楽園・悪魔の詩 14 - 2011.12.15 Thu

ベルq-95

14、
 白いクロスを張ったテーブルには華やかさを彩るキャンドルや花々が飾られている。鏡の中にはオードブルだろうか、誰が見ても高級食材を使った料理が手に触れるかのような距離に、即ち目の前にあった。
 俺はストレートな疑問をカルキ・アムルにぶつけてみる。
「これって、部屋のどこかにカメラか何かを仕組んでいるの?」
「ああ、これはスチュワートの目線なのですよ。彼の目がカメラになっています。彼の見た映像が脳の中枢で媒体となり、私の魔力を通じて、この鏡に映しているのです」
 そういう使い方もできるのか。すげえ便利な魔法だな。
 だけどそうなると…
「じゃあ、親父は、あなたが見ていることを知っているの?」
「ええ、私が魔力を使って、同じものを見ていることを彼は感じているでしょう。勿論、媒体の感応力は充分必要ですが、彼は魔術師を非常に巧く扱うことができる極めて優れたイルトです。あ、クリス。母上様ですよ」
 父の目線が右を向いた。父の右隣には、俺の母の横顔が見えた。ナタリーは親父に見られても別段気にする様子もなく、品良くオードブルを口に運んでいる。

「ナタリー様は…初めてお会いした時と変わらず可憐でお美しい…。私と違って普通のイルトなのに、本当に歳を取らない不思議な方です…」
 カルキは鏡に映る母に見惚れている。
「あの…あなたは親父の愛人でしょ?母も好きなの?」
「え?…ち、違います。ナタリー様はなんというか…鑑賞するのが楽しみ…というか、あの方の容姿は私の理想の女神なのです。…変ですか?」
「変…だけど。アイドルを好きになる感じ?」
「そう言われたら、そうかも…。こんな事をクリスに言うのもいかがなものかと思うのですが、スチュワートにナタリー様を薦めたのも、私がナタリー様の容姿に一目惚れしたからなのです」
「それで…父は素直に母と結婚したの?」
「素直と言うか…『仕事の得になるならするだけはしてやる』…と、言う具合でして。彼は、美術や芸術などに興味を持たない男なので、ナタリー様の魅力はわからないんです」
「でも、父はあなたには執着しているよね。俺の知る限り、あなた方はいつでも一対の鳥のように寄り添っている。こちらが妬いてしまうぐらいだ」
「え~っ!す、すみません。そんなにイチャイチャしているつもりはないんですが…」
 カルキは顔を真っ赤にしながら、俯いた。40のおっさんが恥らっていると思うと気分が滅入る。
 と、言うか、かまをかけたつもりが、こうもバカ正直に受け取られると、こちらもドン引きする。
 まあ、少なくともこの魔術師は親父にゾッコンらしい。

「エドワード様のお姿も見えますよ」
 顔が赤いまま、カルキは鏡を指差した。
 目線が移動したのだ。
 テーブルの向かいに座るのはエドワードだ。エドワードは優雅に人差し指を顎にあて、親父の視線を受けた。そして隣りの母親の方へ顔を捩らせる。彼はいつも意味ありげな動作をする。その実、彼の中ではどうでもいいと捨てぱちになっているからやっかいなんだ。
 どう見ても母を見つめている目は姉への信頼の情ではない。

「クリスはエドワード様と親しくされていると伺っていますが」
「ええ。エドワードは親身になって俺の後ろ盾をしてくれています。父に申し訳ないけれど、エドワードが本当の父なら…と思ったこともあったぐらいだった。でも彼とは…父親役はゴメンこうむると言うんだ」
 さすがに身体の関係まで露呈する気にはならなかった。言わなくてもこの魔術師にはわかっていただろうが…
「エドワード様はあなたに良く似て、貴族の品性をお持ちで、見目麗しい端正なお方です。それに頭も良い。昔は疎遠でしたけれど…今はスチュワートと共同の仕事をしているのです」
「ホントに?」
「ええ、エドワード様は美術品など見立ては確かでしょうから、そちらの品定めなどは力をお借りしています。スチュワートも彼は良い実業家になれると言っていますよ」
 ホッとしながらも、複雑な気分。
 エドワードがマトモに仕事をしていることは大歓迎だが、果たして父はこの姉弟の感情の行方を理解しているのだろうか…

「クリストファー…こんなことはお聞かせするべきではないかもしれませんが…ナタリー様が妊娠された時、私は本当に嬉しかったのです。スチュワートの遺伝子を持った赤ちゃんを得られることが私の望みでした。しかもナタリー様のような美しい方が母親です。赤子が生まれるその日を楽しみにしていた。生まれたあなたは確かに美しかったが、スチュワートには少しも似ていなかった。その上、アルトだった。私は愕然としました。あなたは両親よりも叔父のエドワード様に似ていた。愚かな疑惑を抱いた私は…あなたの血を少しだけいただきました。スチュワートの本当の子供か見極める為です。…結果は、あなたはスチュワートの子供に間違いなかった…。その報告をスチュワートにしたら、散々叱られました。『くだらんことをするな!』と。スチュワートの言うとおりです。どのような結果であろうと、あなた自身には何の罪もないことなのに…疑った自分の愚かさを悔やみました。私はあなたにどんなに謝っても、謝り足りないのです」
「…」
 思いもよらない言葉をもらった…
 俺はカルキの言葉が、天上から落ちてくるように思えた。
 俺がスチュワートの本当の子供なのか…ずっと拭いきれなかった怯えだった。
 この魔術師が言ったことを、信じていいのだろうか。鵜呑みにしていいのだろうか…
 俺は魔術師カルキ・アムルを見つめた。
 カルキは何も言わぬ俺の求めに、深く頷く。

「ありがとう、カルキ・アムル」
「え?」
「今夜、あなたが正直に話したおかげで、俺も本気で親父のことを愛せそうだ」
「…そうですか?でも…まだ彼を愛する者と決めるのは早いかも…ほら、見て」
 鏡にはまた別の男性を映していた。
 見たこともない中年の恰幅の良い男だ。そしてその横の痩せた男にピントが合う。その後、鏡は父の指を映す。上に向けた右手の親指を、やおら下に向ける。
「…」
「何の意味?」
「先程の方々はこの街の昔からの実業家です。彼らを徹底的に潰せと、スチュワートは命じているんですよ」
「あなた方の敵なの?」
「敵か味方かは、状況によって変わりますよ。企業経営は戦いなんです。実業家は戦士です。勝つか負けるかしかない。相手か善人であろうと、悪人であろうと、関係ないのです。私の仕事はスチュワートを勝利させることなのです」
「…それって…頂点に立ったらどうなるの?堕ちるしかない気がするけど…」
「繁栄というものは永遠ではないと、知っていますよ。私もスチュワートも」
 ニコリと笑うカルキ・アムルに後ろ暗さは微塵もない。
 彼は誇りを持って父の為に生きているのだろう。

 再び、鏡に目線を映すが、鏡の映像は次第にゆらゆらと乱れ、俺の顔を映すただの鏡に戻った。
「スチュワートは飽きたようですね。私への繋がりを切断したようです」
 そう、言われて俺はやっと肩の力を抜き、ソファに深く腰を下ろした。
「折角の紅茶が冷えてしまいました。入れなおしましょう。少しお待ちください」
 カルキはトレイを抱えて、部屋を出て行く。
 俺は先程聞いた話を、もう一度冷静に反芻した。

 驚く事ばかりだけど、今まで何も知らずにいた自分が情けなくなった。
 もっと早くちゃんとした事実を…誰でもいいから、父について聞くべきだったのではないか。
 もし、俺がこのセイヴァリ家を継がなければならないのなら、父の今まで生きてきた道を知りたい。それがどんなに理不尽で残酷なものであっても、血の繋がった俺はそれを含めて、受け入れなければならないんじゃないのか。
 魔力のことだってそうだ。
 アーシュは目的を持って初めて魔力を使う意味が現れると言ったじゃないか。
 俺が本当にアーシュとルゥの為に魔力を得たいと思うのなら、俺は心の奥にある父への不信感を取り除かなければならないのではないか。
 父を尊敬したいとは思わない。ただ、誤解したくない。あるがままを受け入れる器量を、今、自分が持ちえるかどうかはわからない。わからないけれど…父を認めたいと思う。
 父が俺を望んでいなくても、俺は父に手を伸ばしたい。
 いつか掴んでくれる日を信じたい。

「お待たせしました。香りの良いダージリンを用意しましたが、宜しかったでしょうか?…どうかしましたか?クリストファー」
「お願いです。カルキ・アルム。あなたが知る父を、俺に教えて下さい。俺はあの人の事は何も知らない。でも何も知らないままで、父と呼べるわけがない。心から認めることはできない…本当のスチュワート・セイヴァリを感じたい…」
 俺はカルキ・アムルに頭を下げた。今まで父親のことを知りたいなどと思ったことはなかった。
 何故、今夜に限ってこんなにも父に執着してしまうのか、自分でもわからない。
 でも多分本能がそれを求めているんだ。 
 アーシュやルゥが自分がどこから来たのかを知りたいと思うように、俺も父親の過去と向き合わなきゃならない気がする。

「俺には大事な…命を賭してでも守りたい親友がいる。俺が彼らの為に…彼らと肩を並べられるように、必要にされる魔術師として成長したい。ねえ、カルキ。俺の『真の名』はベルゼビュート・フランソワ・インファンテと、言うんだ。あまりに偉大すぎて、今の自分とつりあわなさ過ぎて…みっともなくてし…恥ずかしいよ。アーシュは…『真の名』に恥じない魔術師として成長しているっていうのにさ。俺は全然なっちゃいない」
「…」
「ごめん。手前勝手な言い分ばっかりで…」
「いいえ。私だって…私も14の時は、何ひとつ魔力を使いこなす能力がなかったのですよ」
「本当に?」
「ええ。スチュワートに出会うまで、私はアルトに生まれついてはいても、イルトと変わらぬ無力な人間でした。いや…イルトより格段下ですよ。イルトに言いなりになるしかない、愚かなアルトでしかなかったのですから…クリスはそのアーシュという方を、お好きなのですね?」
「…」
 率直に言われて誤魔化しようがなかった。
 今度は俺が顔を染める番だ。顔が火照っているのが自分でもわかった。
 カルキはそれ以上、俺を責めなかった。複雑な想いだと知られたのかもしれない。


「決して誇れる私の過去ではないが、クリスのお役に立てるのなら、スチュワートの出会いを、あなたにお見せしましすよ。少々長くなるから、先に紅茶を頂きましょう」
「はい」
 気分を落ち着かせるために、ゆっくりと紅茶を飲み干した。

 カルキは向かい側の席から立ち上がり、ソファに座る俺の横に腰を下ろした。
「私の拙い言葉より、直接心の中を覗くのが早いですよ。嘘のない記憶を見れますから」
「どういうこと?」
「難しいことじゃない。伝達機能というのは個人差があります。相性というものですね。ですが、スチュワートとあなたは血が繋がっているし、私とスチュワートは…言わずもがなですから、心配ないでしょう。それにクリスは優秀なアルトに間違いないから」
「そうかな」
「そうですよ。さあ、クリス。私の手を取って」
 差し出されたカルキの両手を、俺は握り締めた。
「そのまま…私の目を見つめてください…14のぼくが見えるでしょう?」
「…ええ…見える…見えるよ、カルキ…」

 カルキの瞳の奥の映像が、俺の脳の中で立体的な形を為した。その景色の中へ自分自身がグイグイ引き込まれていく…


 目の前には…
 きらきらと白く輝く、小さな港町が見えた…



ステュワートとカルキ


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天使の楽園・悪魔の詩 13 - 2011.12.13 Tue

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13.

 父のコンツェルンの主な収入源は総合貿易の経営だが、その他に多くの事業を展開していると聞く。
 多数の独立した企業を父の才覚でひとつに纏め上げるには、多くの有能な役員と魔術師が必要になる。
彼らは父の意思と判断を把握し、的確な指示で組織をまとめるプロでもある。善行もあくどい闇取引も、最高責任者の指示の元に彼らは動くだけだ。
 その最高責任者の父の最も信頼するパートナーが、このカルキ・アムルという魔術師だった。
 彼は常に父、スチュワート・セイヴァリに影のごとく寄り添い、父の意思を読み取り、父の繁栄の為だけに全身全霊をかけ、魔術を施すと言う。

 俺の生まれるずっと前から、カルキ・アムルは父の魔術師だった。
 たまに親父とこの家で顔を合わせることがあるが、確かに父の後ろに彼の姿を見ないことはなかった…気がする。
 パートナーとは、仕事だけの関係ではない。主人と崇め、その魔力を主人の為だけに使うのだ。主人への忠誠と愛が無ければ、多くの成功は成り立たなかったであろう。
 カルキ・アムルが父、スチュワートの愛人であることは、誰が見ても一目瞭然であった。
 母とて勿論承知していたことだ。
 母と結婚する前から、彼らの繋がりは深かった。
と、言うが…
 実は、俺はカルキ・アムルの事は全く知らない。 

 彼に興味を持つほどに、俺は彼を見ていないし、知る必要もなかったからだ。
 だから、今、ずぶ濡れで、必死に子猫を追いかける目の前の男が、父の愛人の魔術師なのだと考えると、甚だ今までの自分の無知さをかんがみて、苦笑いをする他ないのだ。

 やっと掴まえた子猫たちはまた埃塗れで、ふたりで洗い場に戻り、嫌がる子猫に引っかかれながらどうにか洗い終えることができた。
 俺は夕食を一緒にと、カルキ・アムルを誘ったが、彼は恐縮し、丁寧にそれを断った。それでも俺は諦めなかった。
 今夜、彼を捕まえられたことは、俺にとって何より大切にしなくてはならないものに思えて仕方なかったからだ。
 無理矢理に頼みこみ、食堂ではなく談話室で軽い食事を執事に用意させ、ふたりだけでディナーを取る事にした。
 食堂とは違ってダイニングテーブルのような大きいしつらえのものではなく、楕円のテーブルで向かい合って食事を取る。お互いの距離もないから、小声でも充分会話ができるのも、楽でいい。
 足元では二匹の子猫たちが、いつのまにかお互いを抱き合うように丸くなって寝ていた。

 カルキ・アムルは緊張してか、あまり俺とは目線を合わさず、最初は口数も少なかった。
「カルキ・アムル…カルって呼んでもいいですか?」
「勿論です。クリストファーさま」
「じゃあ、カル。あなたも僕の事はクリスと呼んで欲しい。あなたにとって僕はあなたの主人の息子であり、居心地は悪いと思うけれど、できれば、親しくなりたいと思っているんだ。あなたの方が随分年上なのに生意気を言ってゴメン」
「いいえ、クリス。そう思ってくださり、光栄です」
 カルキ・アムルは手を休め、嫌味のない顔でニコリと笑う。
 少年のような笑顔だ…本当にこの人幾つなんだろう。

「私は今年で40になります」
 彼は俺の思考を読んだのか、苦笑しながら言う。
「年は取ってはいるはずなのですが、私は老化現象があまり身体にでてこない体質なのです。私達、魔術師には良くある事です。だからと言って長生きをするわけでもありません。どころか、魔力が強すぎると早世する確立が高いのです。私は40ですが、もう十年生きれば良い方かと…」
「魔術師は…長生き、できない」
 初めて聞いた話だ。
 途端に心臓が痛くなった。
 魔力が強すぎると早世するって…アーシュはどうなるんだ。
「あ…ち、違いますよ、クリス。あなた方には当てはまらない。これは私の生まれついた定めでもあるのです。私の故郷の昔の言い伝えです。命よりも外見の衰えを恐れた私達の種族に、神は天命を与えられた…そうです。だから、気になさらないで下さい」
 そうなのか…この世界のどこかでは、色んな規則や天命があると聞き及んで入るけれど、この人もそういうひとりなのか…だが…
「父は…知っているの?あなたの…寿命の事」
「勿論ですよ。だから色々とこき使われている…あ、すいません」
 カルキは本音を零した後、慌てて頭を掻いた。
「申し訳ない。やはりクリスは父親似だ。思わず、本音が出てしまいます」
 カルキの言葉に、親父とのやり取りもこんな風なのかと、羨ましくなった。

 俺は本当に何もかも知らな過ぎる。

「ねえ、カルキ・アムル。僕は14になる。ここで生まれ、スチュワート・セイヴァリの息子として生きている。なのに知らないことが多すぎると思うんだ。知っての通り、僕は親父…父の事は余りどころか、全く知らないと言っていい。父が僕との交流を望まないのなら、それはそれでいいと、今までは思ってきたんだ。でも、そうではないよね。親子なのだもの。僕は父、スチュワートの事を知りたいと思う。親として彼を愛したいと思うんだ。カル、あなたは長きに渡って、父の大切なパートナーであり、魔術師だ。そして、僕自身も良き魔術師になりたいと思う。あなたの思う、良き魔術師とはいかなるものなのか。その力はどうやってもたらされたのか…ああ、ゴメン。実は少し混乱しているんだ。あなたが父の…特別の人と思ったら…」
「いいえ、クリス。私も同じように混乱しています。そして興奮しています。…私はあなたに謝らなければならないことが沢山あります」
 カルキはフォークとナイフを皿に置き、深く項垂れた。
「え?…何を?」
「…すべてです。マスターに…スチュワート・セイヴァリにあなたの母親であるナタリー・スタンリー侯爵子女との結婚を薦めたのは私です。跡継ぎを儲けるように進言申し上げたのも私でした。スチュワートが父親としての役目に興味を示さないのはわかっていましたが…先々の事を考えると結婚も子供も必要だと思ったからです。予想通りに彼は生まれたあなたに興味を示さなかった。またナタリー様も母性には程遠い方でした。私はあなたがひとりで寂しくこのお屋敷にいる様子が不憫でならなかったのですが…手を差しのべることができなかった。…申し訳なく思っております」
「カルキさまはよく坊ちゃまの為に尽くされていましたよ。クリス様の環境や、良きメイドの選択。プレゼントなど細かいことも指示されておりましたから」
 給仕を務める執事が、さり気なく彼をフォローする。
 確かに寂しくはあったけれど、不自由はなかった。
「俺を『天の王』に入学させたのも、もしかしたらあなたの指示?」
「魔力(ちから)のある者にはあの学園は良き場所ですし、学長もよく存じ上げておりますから」
「トゥエを知っているの?」
「この街でトゥエ・イェタルを知らない人を探す方が難しいでしょう。彼ほどの優秀な魔術師はおりませんし、誰もが尊敬する魔法使いですよ」
「その割には、俺達はあまり魔法教育の恩恵は受けていないんだけどね」
「どういう意味ですか?」
「授業にもテキストも魔法の使い方や能力を引き出すことは教えてくれないんだ。イルトとの差別化をなくすためだろうけれど…さっき俺は良き魔術師になりたいと言ったけれど、本当言うと、魔法の使い方も良く知らないんだ」
「そうですか」
「俺には大切な友人がいてね。彼らの能力のあるアルトなんだが、彼らの助けになれるような、守れるような魔力が欲しいと思っているんだ」
「つまりその友人に必要とされたい…と、いう事でしょうか?」
「…そうだね。…いやらしいかな、そういう風に考えて魔法を扱いたいって思うのは」
「いや、そうは思いませんよ。そういう感情こそが、魔力(ちから)の元になるのでしょうから。私もそうでしたよ。スチュワートに必要とされたい一心で、学びましたし…」
「そうなんだ。ねえ、カル…父のことが好き?」
「え?…そりゃあ…」
 カルキは赤面した顔を両手で押さえて、俯いた。
 なんつーピュアな奴…つうか、親父はこんな魔術師をどこでたぶらかしたんだ?
 絶対騙して連れ込んだに違いないだろ。
 だが、有り難いことに、この人をかわいいと思っても、情愛をもてる相手ではないことは何となく判断できた。
 ルゥと同じ匂いがした。
 俺はこの手合いに好意を持てたとしても、欲情することが一切ない。
 どっからどう見ても高慢ちきな女王さまタイプのアーシュが好きなのだ。
 …そう思ってアーシュを頭に描いただけで…胸が熱くなってきた。
 これはもう恋わずらいとしか言いようがない。よくもまあこれだけ舞い上がれるのに、本人の前では堂々と友人面していられるものだ。と、手前で感心してしまう。


「デザートの用意ができました」
 執事のネルソンが席を改めて、紅茶とプティフールを用意する。
「ネルソン、後は私にお任せください。しばらくクリス様とふたりだけにお願いできますか?」
「僕からもお願いするよ」
「かしこまりました。それではごゆっくりなさいませ」
 珍しく機嫌の良い顔を残して、執事は部屋のドアを閉めた。

「今日のネルソンはいつもと違ってご機嫌だったよ。なんでかな?」
「バトラーもあなたの事を気にしていましたからね。今夜、私が…あなたの傍にいることに安心しているんでしょう」
 慈愛に満ちた微笑をくれるカルキにこちらも照れてしまう。この家でこのような感情に出会うことに、俺は慣れていなかった。

「そう言えば…あなたは今夜は父の傍に居なくてもいいの?」
「今夜はサマシティ主催の晩餐会なのです。貴族や主力の財界人の方々が一斉に集まるのですが…スチュワートはあまり出たがらないので、困ったものです。今日は無理矢理出席させました」
「へえ~。親父は社交場は嫌いなんだ」
「はい、あの方は色々と裏で暗躍する方が好きなのですよ。しかし、自分のカリスマ性も充分に発揮する方便もわかっていらしゃるから、重要な取引は彼でなくてはなりません」
 何もかもが新鮮に思えた。こうして父のことを聞くのが興味深いし、何より楽しかった。

「そうだ。面白いものをお見せしましょう」
「え?何?」
 俺は興味津々で思わず身体を乗り上げた。

「水晶があればいいんですが、あいにく持ちあわせていない。代わりに…ああ、これでいい」
 カルキ・アムルは立ち上がり、硝子棚の上に飾られた手鏡を手に取り、テーブルの上に置いた。
「魔力はこういう形でも使えます。クリスの勉強になればいいのですが…」
 鏡を覗き込むと、カルキと俺の顔が映る。
 カルキが鏡に手をかざすと、鏡の表面が揺れ、今まで映っていた俺達の顔が消え、見知らぬどこかが映り始めた。

「ここは…どこなの?」
「今、スチュワートが居る場所ですよ。即ち迎賓館の広間でしょうね」
 
 
 



スチュワート・セイヴァリ1


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残酷な神だけど支配しない親父 - 2011.12.09 Fri

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萩尾センセの漫画の題名にかけました(;´∀`)
あの漫画の残酷な神はロクでもない父ちゃんでした。
このベル(クリストファー)の親父もロクでもないんですがねえ~
全く支配しません(;^ω^)
放任主義というか、自分以外知ったこっちゃない人です。

↓ベルの親父、スチュワート・セイヴァリ。
ベル14歳の時点で、45歳。
スチュワート・セイヴァリ1

自分の容姿とかそんなのもどうでもいい。
興味あるのは、ワクワクする知らない世界の事。好奇心旺盛だけど、色情に興味がないので、恋をしません。
どっちかというと冒険家。
そんでもって非情な実業家なもんで、弱者を切り捨てるのもお手の物。
しかも一切救済はしない。

唯一、魔術師兼パートナー兼愛人のカルキを精神的にいぢめるのが趣味。
べそをかくカルキを見てホクホクしてる。

そういう親父に…人間として完全にアウトだろ…と、息子のベルは真剣に落ち込む。

そういう話ww

しかし…おっさん描くのむずかしい~(;´Д`A ```


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天使の楽園・悪魔の詩 12 - 2011.12.08 Thu

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天使の楽園・悪魔の詩
12、
 中等科二年の新学期が始まった。

 アーシュもルゥも夏に過ごしたスタンリー家での日々が甚くお気に召したらしく、口々に楽しかったと俺に感謝の言葉を綴る。
 それとは別にアーシュは、エドワードから聞いた秘密結社「イルミナティ・バビロン」を洗い出そうとやっきになり、毎日忙しい。
 彼の行動はこちらの予測を遥かに超えて、何を仕出かすかわからないものだから、心配が募る。しかも、組織を潰そうと企んでいるらしく、その為にメルとの逢瀬が近頃ますます増えている始末。
 打ち明けることもできない恋心をアーシュに募らせている俺としては、全く面白くない。
 どころか腹が立つ。
 言うに及ばす、恋人のルゥもアーシュの浮気癖に不機嫌極まりない。
 張本人は戸惑いもせず「だって、早く『イルミナティ・バビロン』の全貌を知りたいじゃん。そんで俺が徹底的に壊滅して、美しく再生するの。ワクワクするよなあ~」
 …呑気なものである。
 「イルミナティ・バビロン」の主要メンバーは高等科の三年生であり、俺達からすれば充分大人だ。しかも彼らの中にも力を持ったアルトもいる。
 そいつらを相手に、アーシュと言えど、無事でいられる保障なんかない。にも拘らず、アーシュは宝物でも探しに行くように、嬉々をして、毎日高等部の宿舎へ入り浸っている。

 たまに夜になっても帰ってこないと、ひとりにされたルゥが俺の部屋へ来る。
 勿論愚痴を吐き出すためだ。
 ルゥの気持ちは痛いほどわかる。とりあえず俺に出来る事は、泣きじゃくるルゥを抱きしめて慰める他はない。
 
 俺は女子も男子にも何故かモテるし、セックスに関しては誰とでも拘りなく相手をしているのだが、ルゥはそういう対象には全くならないので、肌をくっつきあっても欲情することはない。
 アーシュを愛してしまった俺が、その恋人のルゥを慰めるとは、大概アホな図に見えてしまいがちだが、さりとて、アーシュの浮気に悔し泣きでスンスンと鼻をならすルゥが可愛くて、いじらしくて、たまらなく優しくしてあげたい。
 だがよくよく考えると、ルゥもまた俺に対して、性的な感情など全く生まれる気配もなく、安心して身体を寄せ合うのだから、これまた、ルゥにとっての俺は、男としての魅力はゼロなのかと苦笑せざるを得ない。

 今夜もまた、半べそを掻いたルゥがパジャマ姿でやってきた。
「聞いてよ、ベル」
「何?」
「アーシュったら今度はイシュハと寝たんだって…」
「噂だろ」
 メルの恋人のイシュハは三年生だ。ふたりは周知の公認のカップルだ。

 このイシュハの友人が現在の「イルミナティ・バビロン」の首謀者のジョシュアなのだ。
 だからアーシュはジョシュアを燻りだす為に、イシュハと付き合っているという噂を流させている。
「そういう計画だっただろ?ルゥも了解してたじゃん」
「だって…みんな言ってるんだもん。アーシュはイシュハの愛人になったって。キスしてたって…。イシュハってちらと見たけど大人でかっこ良いし、…アーシュはああいう男が好きなのかもって思ったら…自信なくなっちゃったよ」
「バカだね…君がアーシュを信じてやれなくてどうするんだよ、ルゥ。アーシュと君はそれくらいの絆なの?さあ、そんな恰好じゃ風邪を引くよ。一緒に寝てあげるからベッドに入れよ」
「うん」
 
 いつものようにルゥの身体を抱いてやり、サラサラの髪を撫でる。
「僕、ベルを好きになれば良かった。だったらこんなにムカついたりしなくて済んだのに…」
「ありがたいご好意だがね、その気も無いのに言うなよ。それに…俺、アーシュを咎めたり出来ないよ。だって、セックスに関しては俺の方が節操がない」
「あ、そうだった。でもベルの場合は何というか…優しさだよね。来るもの拒まずなんだよね。貴族のたしなみみたいなものでしょ?」
「褒められたものじゃないけど、なんかさ、お願いしますって頭下げられたら、まあ、いいかって気分にはなるよ」
「ベルはまだ決まった恋人がいないから、嫉妬されることもないもんなあ。どうして恋人を作らないの?エドワードに遠慮しているの?」
「エドワードは大事な人だけれど、あまり関係ないよ。…そうだね、ルゥとアーシュより大事な人。守りたい者が居ないからかな…仮に恋人ができたとしても、アーシュのあぶなっかしい行動が心配で心配でさあ、恋人に尽くす気にはとてもなれないよ」
「確かにね。僕もアーシュが何を仕出かすのか、わかっていてもハラハラしてしまうもの」
「だろ?」
 ふたり顔を合わせてクスクスと笑いあう。
 可憐な少女のようなルゥの笑顔を見ると、時折胸が締め付けられる想いに駆られてしまう。
 
 アーシュはルゥとの別れを決心している。
 ルゥを親元へ返すというアーシュの行動が、正しいかどうかは俺には判断できない。
 だが、アーシュがそう決めている以上、多分それは近い将来確実に決行されるだろう。その時、ふたりの別れを見守るのは俺だろうし、残されたアーシュを慰め、守る者は俺じゃなきゃならない。
 ルゥに譲ることはできても、アーシュをメルには絶対に渡さない。

 何も知らずに俺の腕の中にいるルゥは、俺のこんな欲望など知らないだろう。
 君の去った後を考えている俺は、君を腕に抱けるほど高潔ではない。

「何?」
「え?」
「ベル、何考えてる?」
「あ、ああ…子猫」
「え?猫?」
「そう、この間、実家に帰ったら、子猫が二匹家に住みついててね。真っ黒と白い奴。その子猫、どこへ行くにもくっついていてね、アーシュとルゥみたいなんだ。すごく可愛かった」
「へえ~。何て名前なの?」
「黒い奴がノアで白いのがミライ。で、この子猫たちは一体どうしたのかって、執事に聞いてみたら、なんとうちの親父が路地で死に掛けていた子猫たちを拾ってきたんだって」
「ベルの?あの冷徹な、黒い孔雀って言われてるお父さん?」
「そうなんだ。マジで驚きだよ。親父には滅多に会うこともないし、たまに実家で会っても、挨拶ひとつしない。今までに愛情なんか欠片も貰ったこともない。そんな人が捨て猫を拾ってくるなんてさ…俺って子猫以下の存在なのか?って鬱っちゃうよなあ~」
「ホントだね。でも想像したらなんかかわいいよね。ベルのお父さんって見たことないけどさ」
「うん、俺もさ…子猫を拾ってきたっていう親父がなんとも愛おしく思えてしまったんだ。今まで嫌ったり憎んだりするほどの関わりもない存在だったのに…その子猫たちを抱いていると、親父にも慈しみの心があるのかもしれない…俺が気がつかなかっただけなのかも…ってね。いつか分かり合えたらなあと、思ったよ」
「…ベルは本当に聖人みたいなんだ。僕は魔王のアーシュよりもベルに救われたいよ」
「ばかルゥ。アーシュと比べるな。あいつは特別だ。それに…アーシュはいつだってルゥのことを考えているよ」
「そうかなあ」
「そうさ。だから、もうおやすみ。きっと明日一番にアーシュは君に謝るに決まっている」
 

 ルゥの寝顔を眺めながら、俺はアーシュの為に何が出来るのかを考えた。
 答えはひとつだ。
 魔術師としての己の力を、もっと得たい。
 それにはどうすればいいのか。早急に方策を捜さなければならないだろう。


「ベルの子猫の写真を撮ってきてよ」
 と、ルゥに頼まれたからでもないが、目的があるのと無いのでは、実家に帰る気構えも違っていた。
 週末、いつもより早めに学園を後にして、実家へ戻る。

「ただいま」
「お帰りなさいませ」
 いつもどおり年老いた執事が出向かうだけのガランとしたホール。思わず溜息が出る。
 別に…なんとなくだが、もしかしたら父親に会えるかも…と、期待をしていた自分に笑ってしまった。
 気を取り直して「子猫たちは元気?」と、聞いた。
 執事はめずらしくうんざりした顔を見せた。
「…ああ、はい。どこをウロついているのか…毎日泥だらけで、掃除係のメイドが不平を零しております」
「へえ~、可愛いじゃない」
「多分今も風呂場に…」
「そう?じゃあ、行ってみる」
 俺はカバンと上着を執事に預け、可愛い子猫たちの様子を伺いに、台所の奥の使用人が使う浴室へ向かった。

 脱衣所の扉を開けた途端、黒い物体が足元をすりぬけた。
「うあーっ!待て~ノアっ!」
 丸い洗い桶に腰を屈めたエプロンをした男がこちらを向き、手を泡だらけにして、叫んだ。
「え?ええ!」
 その瞬間、またしても足元を今度は白い物体がすり抜ける。
 それが何なのか、すでにわかっていた。
 いたずらな子猫たちがトンズラしたのだ。

「早く!つかまえ…ああっ!クリストファーじゃないですか!」
「そ、そうですが…あなたは誰?…だ?…え?もしかしたら…」
 その顔には見覚えがあった。
 父親スチュワートのパートナーの第一魔術師だ。だが、こんな髪の色をしていたか?俺の知る魔術師はごくありふれたブラウンだった。
 なのに目の前の男の長い髪は見事な銀髪だったのだ。
 
「その髪…」
 思わず相手の頭を指差した。
 すると、魔術師は「あ、ああ。カツラ…」と、大慌てで辺りを見回す。
「ああ、どこにやったんだろう…おれのカツラ…」
「あの、そんなことより、子猫たちが逃げたんだけど…」
「あ!そうだ。洗ったばかりなのに、また床を汚されては元の木阿弥。急いでメイドを呼んできます」
「俺とあなたがいれば充分でしょう。魔術師のカルキ・アムル」
 あわただしく靴を履いた魔術師は、はっとした顔で俺を振り返った。
「…はい、そうですね、クリストファー様」

 カルキ・アムルは泡だらけのエプロンを脱ぎながら、歳に似合わぬ童顔でニコリと笑う。


 


カルキ2


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「新世界」のジャウ - 2011.12.05 Mon

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長野まゆみ氏の「新世界」の中のキャラ「ジャウ」です。

主人公のシュイの次に好きなキャラですね。

ジャウは最初はあまり出て来ないし、主人公の敵か味方かわからない存在ですが、後半になるとグイグイ引き込まれていくキャラですね~

性格もシュイより大分マシです。


この物語はマトモな人格はあまりいません。
と、いうかマトモの認識を変えないと読めません。

面白い小説です。

jau33.jpg


こういう変わった小説には、心動かされます。
色んな場面で自分の妄想に色を加えてくれる作品でした。

私は最近はほとんどBL小説を読まないんですが、BL的なものを描く作家さんで、こう書きたいとか、この高みに昇りたいと思わせてくれる作家は、栗本氏と長野氏ですね。
非常に共鳴してしまいます。
自分が書く方向性に悩む時、この二人の作品を読むと、ああ、大丈夫だ、BLに絶対こうしなきゃならないという決まりはない、と、勇気づけてくれます。
正直このふたりの作品は全く違います。
栗本さんはリアルに徹しているし、BL的な受けも狙って書いてあります。逆に長野さんは世界観を作り上げ、あとは読者の想像力を求めて書いています。
どちらも為になる描き方ですね。

因みにネタに詰まった時私が一番良く読む作品は、三島と安吾であります。
三島の事細やかな内向的な文章を読むと、ここまで人は繊細なのかあ~って気になりますし、安吾のもうどうにもなってしまえ~と、言う感情過多の文を読むと、人間ってそうだよなあ~と、笑えますからね。(;^ω^)



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Private Kingdom 23 - 2011.12.03 Sat

アーシュ飛翔


23、

「赦す?…勝手に人の心にズカズカと踏み込んで、覗き見て、俺が泣くザマを嗤うおまえが、赦すって?…アルトと言うのは、ホーリーと言う奴はどれほど不遜極まるものなんだ。…おまえは人の心が何かもわかっちゃいないガキなだけだ」
「あんたが見せようとしなかったモノを、魔力で見て何が悪い。あんたの苦しみを俺が知って何が悪い。他者に知られぬ恋を美徳とするも由だろう。だが、俺はあんたを理解したいと思ったから、力を使った。エゴでもなんでも、俺はあんたの心に触れて、その本心を知ることができたんだ」
「それで?…おまえのやったことは、俺に得があるのか?」
「友人になれる」
「バカバカしい。そんなもの、こちらから断る。金輪際俺に近づくな!」
 ジョシュアは立ち上がり、床に座ったままの俺を見下した。
「なあ、ジョシュア、俺はあんたを理解したいって思う。それはエゴか?」
 それを聞くと、一瞬だけ寂しく笑い、ジョシュアは部屋を出て行った。



 今年初めの雪が夜中から降り始め、朝方には薄っすらと辺りを冬色に染めてしまった。
 セキレイとくっついて寝ていた所為で、なかなかベッドから起きれない寒い朝だった。

 あれから十日が過ぎていた。
 学園内は厳しい冬の準備で忙しく、ジョシュア達の話は一向に聞こえてはこなかった。
 二時間目と三時間目の間の休み時間は二十分と長い。
 急な寒さの為か、教室の後ろに備えられているオイルヒーターに生徒達は陣取り、暖を取っていた。 
 だが宿題をやっていない奴は頭を抱え、必死に机にかじりついている。

 突然、メルが息を切らして教室へ入ってきた。
「高等部の生徒が何しに来たのさ」
 訝るセキレイだが、ほっておくわけにもいかない。
「メル、どうしたの?急ぎの用?」
「アーシュ。ジョシュアが退学したの知ってる?」
「え?…知らない」
「イシュハも誰も聞いていなくて…今日、ここから出て行くって。…いや、もう出て行ったよ」
「なんで?」
「理由なんて僕が知るわけないじゃないか。イシュハだって…何も知らないんだから。でも君なら何か知っているかと思って…アーシュ!」
 俺は立ち上がった
「イシュハはどこ?」
「たぶん、教室…」
 
 中等部の校舎から高等部までは急いでも十分はかかる。
 俺は近道の林の中を懸命に走って、イシュハの居る三年の教室へ急いだ。
 イシュハはすぐに見つかった。
「アーシュ…」
「ジョシュアは…」
「もう、行ってしまった」
「なぜ、止めなかった」
「これで良かったんだ。予定より早かったかもしれないけれど…ジョシュアは苦しんでいたんだ。だからもう自由になっていいんだよ」
「何言ってんだよっ!。バカっ!来いっ!」
 俺はイシュハの腕を取り、教室から引っ張り出した。

「どうする気だ」
「ジョシュアに会うんだよ」
「会ってどうする?」
「話をするんだよ。自由、自由ってあんたは言うけど、本当の自由がどんなに頼りないか…ジョシュアは君との絆を失いたくないんだ」
「そんなこと…」
「知らないとは言わせない。イシュハだってわかっていたはずだ。ジョシュアの想いに」
「…」

 校舎の玄関で、ジョシュアの仲間に会った。彼らはジョシュアを見送ったのだろう。目を赤く腫らした奴も数人居る。
「アーシュ…なんでおまえがここにいるんだ」
「おまえの所為でジョシュアは、ここを出て行ったんだ」
「ジョシュアは俺達の大切な…大切な友人だったんだぞ」
「やめなさいよ。アーサー。ジョシュアはこの子を恨んでいなかったじゃない」
「だって、リオ」
「マリオン、彼に渡してあげて」
 マリオンは俺に近づき、ポケットからふたつ鍵のついたキーホルダーを俺に手渡した。
「あの塔の門とエレベーターの鍵よ。ジョシュアがあんたに渡してやれって」
 
 俺はその鍵をじっと見た。ジョシュアはどんな気持ちでこれを俺にくれたのだろう。
 彼は寂しさに慣れ過ぎている。
 孤独を粋がるなんて、爺になってからで十分だろ。

「行こう。イシュハ。ジョシュアを追いかけよう」
「だって、授業が…」
「そんなもん、クソッタレだ」

 俺はイシュハを連れて校門を出た。
 イシュハはもう戸惑ったりはせず、街で一等高いブラックキャブを止め、運転手にセントラルステーションまで急ぐように指示をした。
「アーシュ、君はジョシュアの想いを知っていたと言ったね。僕だってジョシュアのことが…でも、受け入れることはできないよ。だって…僕は家族を捨てることはできない。ジョシュアも全部わかっている。僕は今までジョシュアを縛り付けていた。僕から去っていく事が怖くて仕方がなかった。彼は自由を望んでいたのに。僕が彼の自由を奪っていた。…もう、いいんだ。ジョシュアは…ビアンは僕に縛られなくていい、もう…」
「とんちんかんなこと言うなよ。イシュハもジョシュアもとことんマゾ体質なんだから。もっと自分に正直になれよ。好きなら欲しがれよ。傍にいて欲しいなら、縛り付けてりゃいいじゃん。あんたの家族の事とか、農園の事とか、そんなあるかないかもしれん未来の事なんか、ガキの俺達が心配してどうする。ガキはガキのままで我が儘でいて何が悪い。正真正銘の恋なんて短い一生にそう何回も出来るもんか!」

 人を思いやるのは美徳かもしれない。耐え忍ぶのは自己満足でいいさ。
 でも…お互いが同じ想いなら、心を通じ合うことは間違いじゃないはずだ。
 たとえ違う道を歩く事になったとしても、その絆は勇気や誇りとして支えることができる。
 
 俺だって、いつかはセキレイやベルとも別れる時がくるんだ。 
 その時のために俺は自分を偽りたくない。

「恋…をしていたのかな…そうだね。叶わぬ恋だとわかっていてもビアンに惹かれていた。別れが怖かったから言えなかったんだ。言えば良かった?一緒に卒業できた?でももう、ビアンは決めてしまったんだ。引き止める事はできない」
「充分考えた選択だからこそ、ジョシュアは学園を辞めることを決めたんだろう。ジョシュアが決めたのなら、仕方ないさ。でもさ…ジョシュアの旅立ちを笑って見送りたいって思わねえ?ねえ、イシュハ。俺はジョシュアの笑う顔が見たいんだ」
「…アーシュ」

 セントラルステーションに着いた俺達は構内にジョシュアの姿を探した。
 汽車は行くも着くも一時間に一本と決まっている。
 程なく俺達はホームのベンチに座るジョシュアを見つけた。
 小ぶりの旅行カバンにもたれ、煙草を吸っているジョシュアの横顔はいつものように気だるく憂いに充ちていた。

「ビアン!」
 イシュハはジョシュアの名を叫んで、彼の元へ駆けて行った。
 イシュハの姿を見つけたジョシュアは驚いて、立ち上がる。
 その身体をイシュハは躊躇うことなく抱きしめた。
 こちらを向き、俺を見つけたジョシュアは驚き、そして険しい顔をする。
 やがてふたりはお互いを見つめ合ったまま、話を続けた。
 顔を伏せ、何度も首を横に振るジョシュアが見えた。
 俺は離れたまま、じっとふたりの様子を見守り続けた。
 彼らはきっと分かり合えるだろう。
 恋が叶うとか、叶わないとかじゃないんだ。
 通じあう心が必要なんだと、俺は思うから。

 それから汽車が来るまでの半時間、ふたりはベンチに座り、ずっと話を続けていた。
 時間が経つにつれて二人の様子が段々と明るくなり、時折笑い声が重なる。
 イシュハがこちらを向き、手を降って俺を呼んだ。

「あんまりほおっておくから、もう、俺の事なんてとっくに忘れてしまったのかと思った」
「ゴメン、アーシュ。でも君が言ったんだ。心ゆくまで思いを告げろって」
「で?結果オーライって事?」
「いらぬおせっかいだと言ったはずなのに…クソガキの所為で別れ難くなる」
 ジョシュアは苦笑する。
「俺はジョシュアの友人になりたかったからね。おせっかい焼きで結構だよ」
「誰が友人なものか…」

 ジョシュアはゆっくりと立ち上がり、俺に近づいた。
 頭ひとつ背の高いジョシュアを俺は見上げる。
「傲慢で自己顕示欲のかたまりみたいなおまえを、友人なんて呼ぶかよ」
「素直にお礼を言えばいいものを。天性の天邪鬼はセキレイに似ている。だが、ジョシュアの方が性質(たち)が悪いね。恋人には不要だ」
「アーシュ、ひとつだけ聞いておきたい。俺は今まで狙ったアルトは間違いなく陥落させてきた。この力だけは俺の意思におかまいなく、魔に魅せられた者のごとく、強い魔力を持つアルトほど俺に従った。なのに、どうしておまえだけには効かなかったんだ?」
「だって、俺はアスタロト・レヴィ・クレメントだもの。神でも悪魔でも魔王である俺を従わせようなんて無理だね。それにさ、ジョシュアの力ってさ…君、単にアルト好みのタラシなだけなんじゃない。すけべ色男。そこは自信持っていいと宣言してあげる」
「…あ、そう!悪かったな、タラシで助平で」
 ジョシュアはこれ以上ないってくらいに呆れた顔で俺のデコを指で跳ねた。
 マジで痛い。

「アーシュ、ビアンは色んな街や国を旅するんだって。絵葉書を沢山送ると約束した。そして、僕は彼の家になるよ」
「イシュハ…」
「戻る家があれば、どんな場所に居てもビアンも帰らなきゃならないって思うだろう?僕はずっと待っている。いいだろう?ビアン」
「…イーシス」
「あまり待たせるな。僕を泣かせたくないなら」
「わかっている」
 ふたりは見つめ合っていた。
 愛し合う者達には、言葉は要らないものなんだろうか。お互いどこも触れていないのに愛撫を重ねているような眼差しだった。

「じゃあ、行くよ。元気で」
「ジョシュア、鍵をありがとう。痛いことしてごめんね」
「…悪いなんてこれっぽちも思ってねえくせに」
 ジョシュアの右手が俺の顔に伸びた。
 またデコピンかと思わず目を閉じる…だが、ジョシュアは俺の頬を優しく撫でた。
「今まで俺は神も悪魔も信じたことはなかったけれど…アーシュ、おまえが本物の魔王であるならば…信じれるかもしれないなあ…。良い魔術師になれよ」
「うん、なるよ。さよなら、ジョシュア。俺も待ってる。また君に会える日を」

 閉まるドアの向こう、手を振る俺達にジョシュアは笑ってくれた。
 今までに見たこともない曇りのない笑顔だった。

「…行っちゃったね」
 小さくなっていく汽車が消えてなくなるまで見送り、俺は隣りに居るイシュハを見上げた。
「ああ…あいつ、気が向いたら父親にも会ってみると言ってた。彼の本来の旅の目的はそれだろうけどね」
「俺は、イシュハがジョシュアと一緒に汽車に乗り込んで、駆け落ちするところを見たかったんだけど」
「そうだな…考えないこともなかったさ。アーシュぐらいに若かったなら、そうしたのかもな。だけど僕達は18だ。半分大人になってしまってる。お互いが好きで好きでたまらなくて駆け落ちして、どこかふたりで幸せに暮したとして、それの所為で誰かが不幸になるのなら、本当の幸せじゃないと思ってしまうのさ。そのうちにどちらかが自分を責め、後悔するんだ」
「そんなもん?」
「そういうものさ」

「…僕はビアンが羨ましかった…何も持たない彼になりたかったんだ…」
 イシュハはジョシュアと同じ事を言う。
 ふたりの魂はこれからも平行線を歩き続けるのだろうか。
 

 俺とイシュハは学園へ戻るため、駅を後にした。帰りは学生らしくバスで帰ることにした。
 曇天の空からまた、雪がちらほらと降ってくる。
「寒いね」
 俺とイシュハはコートを忘れた事を後悔し始めていた。
 バス停へ向かう途中、小さなブティックに寄り道したイシュハは、今日のお礼にと俺に赤いマフラーを買ってくれた。カシミヤで出来たそれを首に巻くと、思ってもみないほど暖かかった。
 
 バス停には俺達の他は誰もいない。きっと出発したばかりなのだろう。
「学校へ戻ったら、すげえ怒られるんだろうなあ~授業はサボるし、許可なく外出するし…」
「週末は反省文で過ごす事になるね。でもまあ、いいさ。たまには何も考えずに週末を過ごすのも」
 イシュハは今までより、優等生的な生真面目さが薄れているような気がした。ジョシュアに感化されちゃったかな。

「ねえ、ジョシュアは、君の元へ帰ってくるだろうか?」
「…そうだな。僕が爺になってひとり寂しく、あの農場でくたばる寸前頃には…きっと戻るだろうね」
「らしいや」
 俺達は笑った。
 多分、それは本当だろうと思ったし、寂しくもあったから、笑うしかなかったんだ。
 
「ねえ、イシュハ。彼とセックスしたことあるの?」
「え?…一度もないよ。ただキスをしたことはある。彼が寝ている間に、こっそり奪ってやった。してやったりだ」
「ふ~ん」
 きっと、ジョシュアも同じ事をしていただろう。
 そう思ったら何だか胸が熱くなる。

 はあ~と白い息を吐いたイシュハは、空を見上げたまま呟いた。
「正直に言うと、さっきもお互いに愛しているとは告白しなかったんだ。何だろうね。愛し合っているのに言葉にしたくない。…なんかさ、一途に恋をしていたいって思うんだ。その方が一生想いを募らせていられるって…お互いナルシストなのかもな…」
「…」
「でもいつだって…夢の中では僕はビアンと抱き合っていたんだよ。これからだって…ずっと…俺は。バカみたいだろ?笑っていいよ、アーシュ」
「…笑わないよ、イーシス。笑ったりするもんか…」


 これからも彼らはこうやって「愛」を交わし続けていくのだろう。
 それはきっと、かくも美しい「恋物語」になるんだ。




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