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2012-01

天使の楽園・悪魔の詩 18 - 2012.01.27 Fri

セイヴァリとカル
18、
 岬から離れる途中で、下の海岸を眺めた。
 浜辺で沢山のリゾート客が泳いでいる。
 スチュワートに薦めると「まさか!」と、言うような顔をして嫌がる。
 じゃあ、一体どこを案内していいのか…他にこれと言って薦めるべき名所もないんだが…
 この先の予定を考えていたら、いい匂いがした。
 屋台で売っている揚げパンの匂いだ。
 急に空腹を感じた。
 そういや用意していたパンもスチュワートに取られるし、おれ、朝から何にも食べていなかったんだ。そう思ったら急に腹痛で、動けなくなり、その場にしゃがみ込んでしまった。

 「空腹で動けなくなった奴を初めて見たよ。もっと早く言えよ!バカ、マヌケ」と、スチュワートは怒鳴った。それでも観光客用の肉と野菜がぎっしり入った揚げパンを三個も買ってくれた。
 観光客を相手にする屋台だから、おれたちには滅多なことでは口に入らない。緊張しながら頬張ったら、やっぱり美味しかった。
 あまりに美味しくて泣いて喜んでいたら、また頭を小突かれた。
「こんなもんでいちいち泣くのか?…ったく、おまえはどんな生活してんだよ」
「だって…すごい嬉しいんだもん。スチュワートも食べてごらんよ。めちゃ美味しいんだよ、この揚げパン」
 泣きながら薦めてみたら、スチュワートは訝しげにおれを見て、その揚げパンを口にした。
「ね、美味しいでしょ?」と、言うと、スチュワートは呆れたようにため息を付く。
「さっきのクソ不味いもんよりマシだがな…。こんなものは上手い食い物とは言わない」
「そうなの?」
「…ったく。ここは熱いし、すぐに湿気で身体もだるくなるし、文化も秩序も住民の意識も低いし、貧乏だし、飯も不味い…こんな島、すぐにでも出て行ってやる」
「え?もう、この島から居なくなるの?」
「ああ、明日か…明後日のうちには島を出る。次の仕事もあるしな」
「…」
 …もう、居なくなっちゃうのか…。
 そうだよな、この人はこの島に住んでるわけじゃないし、休暇中のリゾート客でもないし…仕事で立ち寄っただけの人だもの。
 …寂しいな。

「ね、どっか行きたいとこある?」
「そうだな…人の居ない、静かで空気のいいところかな。船旅は潮の匂いばっかりで、俺はあまり好きじゃないんだ」
 この人って、嫌いなものばっかり言ってるな。そんなに気に入らないものに囲まれて生きている風には見えないけど。
 お金持ちであんなに心配してくれる魔術師さんも居るし…何が不満なのか、よくわかんないや。
 不思議に思って、じっとスチュワートを見ていたら、「ジロジロ見るな」と、また頭を小突かれた。
 痛いけど…もう慣れた。
 暴力を振るう客は沢山いる。
 彼らはおれの身体に痛みを与えて、苦しがっているのを見て喜んでいるんだ。
 だけど…この人のくれる痛みって…なんか嬉しい。変だけど、愛嬌があるっていうか…ひとつ拳骨をくれると、その分スチュワートとの距離が縮んでいくみたいに…嬉しくなるんだ。

「こっち、こっちだよ」
 何度も息を吐きながら登山道を登っていく。
 とりあえずおれはスチュワートを観光客も滅多に来ない地元の穴場へと案内した。
 ここは見晴らしのいい砦の奥の草原だ。暑い日差しをしのげる木陰も多いし。
 
 木陰に座り、ちょうど背もたれに良い岩場に座り込んだスチュワートは木漏れ日を仰いだ。
 少し急な登山道を登らなくちゃならなかったから、おれはひとしきり汗を掻いたんだけど、スチュワートは汗も掻かず、息を乱すでもなく平然としていた。
 喉が渇いたから、いつも携帯している小型の水筒に近くの岩清水を注いで飲んだ。それをスチュワートにも薦めると、彼は初めて「美味い」と、言った。おれは嬉しくなり、すぐに水を筒一杯に注いで差し出した。
 スチュワートは「水ばかりそんなに飲めるか」と、おれを睨みつけた。
「ごめんなさい」
 折角喜んでくれたのに、またスチュワートを怒らせてしまった。…意気消沈してしまう。
 これ以上怒らせないように、おれは岩場のスチュワートから少し離れて座った。すると、スチュワートが手を振る。
 四つんばいになって近づくと、腕を取られた。途端に頭から土に倒れる。
「イタッ!ご、ごめんなさ~い」
「何がゴメンだよ。謝ればなんでも済むっていう根性が気に入らない」
「ご…めん」
「何度も言うな!ばか!大体なんで俺から離れているんだ。おまえは案内人だろうが」
「だって…おれ、スチュワートを怒らせてばかりだし…おれが傍にいたら…機嫌悪くさせるのかな…って」
「おまえがどん臭いからだろう。いいからここへ座れ!」
 恐々と、言われたとおり、スチュワートの隣りに座り込んだ。

「あの…あのさ、なんで…いつも機嫌悪いの?スチュワートは…幸せじゃないの?」
 怒られると思ったけれど、スチュワートをもっと知りたいという好奇心の方が勝った。
 スチュワートはおれの質問にギロリと睨んだだけで、何も言わなかった。
 また怒らせたのかも…と、落ち込んだ頃、スチュワートはやっと口を開いた。

「…おまえは、どうなんだ?男娼なんかやってて楽しいか?」
「え?いや…楽しいというか…食べる為のお仕事だからね。そりゃ嫌な事も沢山あるけどさ…そんなのどんな仕事もそうでしょ?おれには身体を売るしか能が無かった。仕事を選べる歳でもなかったしね。おれね、稼いだお金は毎月少しずつ、故郷の家族に送っているんだ。元気で頑張っているっていう知らせだよ。きっと、両親も喜んでくれてるよ。おれには兄さんも姉さんもいるんだけど、弟はね、魔力に恵まれたサティなんだ。もうすぐ上の学校に行くだろうから、弟の学費の足しになるようにおれも頑張ろうと思ってるの」
「ふ~ん」
「…つまらない?」
「いいや、別になんとも思わない。おまえのやっていることが自己犠牲であり、自己満足であろうと、おまえがそれを選択しているのなら、他者がとやかく言う権限は無い。それに…誰にだって、同じような感覚はあるもんさ。自分を認めさせたい為に、自分が痛みを負う。その事で何かの満足を得られる…歪んではいるが人間の本質なのだろう…」
 スチュワートが何を言おうとしているのか、おれには良くわからなかった。でもおれの仕事を軽蔑していないことだけはなんとなくわかったから、なんだか赦された気がした。

「…スチュワートの言ってること、難しくてわかんないや。だけどね…おれ、多分間違っていたんだと思う」
「何が?」
「家族の為になるならって…自分を買ってもらって、お金を両親に渡して…それで満足していたところあるよ。12歳だったんだ。男娼って何するのか良くわかんなかったし、男の人とセックスするのも…嫌だったけど、お金貰っているんだからって、あまり深く考えた事なかったんだ。でも…少し大きくなって本を読んだ時。…その本ね、幼馴染みの男女ふたりがずっと仲良しで、大きくなって初めてお互いを意識して愛し合うって話なんだけど…『恋』をして初めて相手を欲しいと思う。この人のすべてを知りたいと思う。この人の肌に触れたい。繋がりたい。今までとは違う意識でこの人を愛してみたい…って、お互いを求め愛し合うんだ。結局、男の人が戦争に行って死んじゃうんだけど…悲しみ泣き続ける恋人に亡霊になって会いにいくの。おれ、この本読んだ時、自分が簡単に身体を売ってお金を貰っている仕事がどんなに浅はかなのか、つまらないことなのかって…思った。遅いけど、どんなに後悔してもおれの身体はきれいにはなれないけれど、間違っていたのかもしれないって、思ったんだ。そして、本当に愛し合うってどういうことなのか。『愛』って何なのか…すごく知りたいって思った」
「愛するのは難しいことじゃない。人を好きならそれも『愛』だ。おまえが家族の事を想うのも『愛』なのさ。『愛』と言う形は無限にある。ただ自分のとって特別な『愛』を探すのは…難しい」
「…」
「…おまえの読んだ物語の最後はなあ…こうだ。幽霊になって会いにきた男はこう言う。『いつまでも泣くんじゃない。もし俺の事を想うのなら、その手にしたナイフでひとおもいに喉を貫き、俺と一緒に天国へ行こう。それが出来ないのなら、俺を忘れて…自分の幸せを見つけて幸せになってくれ』と…。女はどっちを選んだと思う?」
「え?」
 あの物語にそんな続きあったかな?…良く覚えていないけれど…
「女は手に持ったナイフを捨て、立ち上がった。『わかりました。私はもう泣きません。あなたのおっしゃるとおりに、あなたを忘れて幸せになります』と、言った。それから女は二度と泣くことはなく、懸命に生きて長生きをして死んだんだ。一生恋人を作ることもなくね」
「…」
「さて、この女は幸せだったのだろうか…誰もわからない。誰にも決められない…人生ってそんなものだろう。おまえが自分を不幸と思うのならそうだろうし、そうじゃないのならいいんじゃないのか。身体を売ってたって、そんな奴は五万と居るだろうしなあ…でもそれが嫌なら、ここから抜け出す方法を考えろ」
「みんな…仲間の男娼たちは好きな人を見つけて、その人に身請けしてもらっているんだ。だから…」
「金持ちの俺にそれを頼むのか?」
「…そうじゃないけど…」
「それが目当てで俺に近づいたんだろ?」
「…」
「金なら出してやってもいい。親父に借りればはした金だろうから、簡単に借りれるだろう。だが言っておくが、親父は武器商人だ。武器を作って、多くの国や軍に売って、儲けて…戦争を煽るような奴だ。その武器で何万の人間が死んでいく。おまえを身請けする金はそういう金だと知って自由になりたいのなら借りてやる。おまえを助けたところで、…人ひとり救えたところで、親父や俺の罪が軽くなるわけでもないしな」
「…」
「が、その後は知らんぞ。俺はセックスの相手には不自由してないし、おまえみたいな役に立たない魔術師はいらない」
「…」
「おまえが何をしたいのか、よく考えることだな。自分を卑下するだけじゃつまらん。プライドとは何かを考えろ。と、言っても…俺もあまり褒められたもんでもないけどなあ…ああ、なんか眠いな…」
 スチュワートはあくびをして、「少し寝る」と、言い、そのまま寝てしまった。
 おれはスチュワートの言葉を頭の中で何度も繰り返した。

 この人は自由になるためのお金をくれると、言った。
 そのお金はこの人の罪で出来ていると、言った。
 おれは…そのお金を手にしていいのだろうか…

 そして、こう思った。
 この人はおれに夢を見せ、それが甘くはないと教えてくれたのだ。
 おれは本当にバカで、無知で、まだまだ沢山考えなきゃならないんだろう。
 この人はおれに考えることの意味を教えてくれたんだ。
 それだけで…充分だ。
 おれはもっと大人になるよ、スチュワート。

 何もお礼ができなかったから、草原に咲くリリカの花で花冠を編んだ。
 リリカは蔓の長い草花で、小さな黄色い花が咲く。花をぎっしり詰め込んで黄色い花冠が出来上がった。
 それを寝ているスチュワートの頭に飾った。
 黄色の花が輝く王冠を頭に嵌めたスチュワートは、本物の王子さまのようだ。
 おれはすい込まれたみたいにスチュワートをずっと眺めていた。

 
 自然と涙が零れ、止まらなくなった。
 おれは今日という日を一生忘れたくない。
 絶対に…

 おれは…
 この人を愛してしまったんだ。

 スチュワートはきっと、王になる。その手がどんなに汚れていようとも、彼の魂は穢れない。
 怯む事無く、天を見定める強い心に、誰彼も平伏すだろう。
 おれにはそれが見える。

 スチュワート、
 あなたの足元に平伏したいんだ。
 それがおれのプライドだと、思う。


横顔1
天使の楽園、悪魔の詩 17へ19へ

おまけ
スチュワート漫画の枠



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天使の楽園・悪魔の詩 17 - 2012.01.20 Fri

ステュワート座る22

17、
 手を引かれながら、前を歩くスチュワートの後姿にずっと見惚れていた。 
 夢みたいだ…
 白昼夢ってこんな感じなのかな。まるで足元が空中に浮いてるみたいに身体が軽い…。

「さあて…ここらへんでいいか。…じゃあな」
「え?」
 船が見えなくなる舗道まで歩くと、スチュワートは今まで掴んでいた手を離し、おれの方を見向きもしないで街中へ歩き出そうとする。
「ま、待ってっ!」
「なに?」
 しかめっ面で振り返るスチュワートも、…ステキだ。

「あの…おれ案内するってゆった…」
「ああ、そのことか…別に気にしなくていい。あいつが俺についてくるってきかないから、おまえをダシに使っただけだ。もう用は済んだ」
「…」
 おれは黙ってスチュワートの服の端を掴んだ。
「何?…金か?」
「違う…ます。案内するって、王子さまはおれが守るって、あの金髪の人に約束したんだから…約束は守らなきゃならないし…。それに誘ったのはあなたの方なんだから…ね」
「だからなんだよ。やっぱり金なんだろ」
「違う…」
 スチュワートは訝しげにおれを見ている。
「じゃあ、おまえは俺にどうして欲しいんだ?」
「…」
 どう言ったらこの人におれの想いが通じるのだろう。
「王子さまはこの島は初めてなんでしょ?じゃあ、この島をおれに案内させて下さい。…それだけで…いいんです…」
 今日だけでもいい。この人と一緒にいられるなら。

 スチュワートは少し呆れた顔をした後、仕方無さそうに頷いた。
「わかった。おまえに案内をさせてやるから、その王子さまって言うのはやめろ」
「え?…なんで?だってスチュワートはどっかよその国の王子さまなんでしょ?船も立派だし着てるものも高そうだし、あの金髪の人はスチュワートさまって呼んでたし…」
「なんでそうなるんだ。俺は、只の学生だ」
「へ?」
「普通の大学生。まあ、大学って言ってもこの島じゃわからんだろうが…。要は親父の金で学費も生活も充分にさせて頂いているガキって事だ。船も服も親父の金で買ったものだし…まあ、親父だったらこの島を買うくらいの財力は余裕だろうけど…」
「要するに…王さまと同じぐらいにお金持ちのお父さんに世話になっている稼ぎのないロクデナシの息子さんなんだね」
「おまえなあ…言いすぎだ」
 素直な感想を言ったつもりだけど、スチュワートは気に入らなかったらしく、おれの頭を拳固で叩いて「クソガキのクセに」と、王子さまらしくない言葉でおれを罵った。
 スチュワートの拳は涙が出るくらい痛かったけど、怒った顔もやっぱりカッコ良くて、泣きながら顔が緩んだ。
「どこへ行けばいいんだ」と、スチュワートは怒鳴る。
「あっち」
 と、おれは間髪入れずに岬へ行く道を指差した。

 島一番の観光地アヴァターラのカテドラルのある岬へ、スチュワートを案内する。
 港街から歩いて20分もかからない。
 歩きながら、スチュワートは「腹が減った」と言うから、おれは持っていた紙袋のサンドイッチを取り出し、スチュワートに差し出した。
 スチュワートはよく見もせずにそれを口に入れ、食べた瞬間「不味いっ!」と、怒鳴った。
「なんだ、この物体は。こんなクソ不味いものしかこの街にはないのかよ」
「…これはおれの昼飯だったから、一番安いもんを買ったの。スチュワートが食べるならもっと高級なパンにすれば良かったんだけど…」
「ちっ!おまえアルトなんだろ?ちょっとは予測して、用意しておけよ。このカスがっ!」
「ア、ルトって…どうしてわかるの?」
「そんなこたあ、顔を見りゃわかるに決まってんだろ。バカかおまえはっ!」
「…」
 なんか違う…この人、王子さまじゃない。王子さまはこんなに口は悪くないだろうし…でも、口の悪い王子さまも魅力的に思えてしまうなあ~
 え~となんと言うんだっけ。
 顔と性格のギャップに萌える?…って事かな。

「ねえ、スチュワートと一緒にいたあの金髪の人はアルト、魔法使いだよね」
「あん?ああ、ブラッドリーのことか…あいつは高位(ハイクラス)の魔術師だよ」
「スチュワートは凄いね。あんな魔術師のマスターで…」
「ブラッドリーは俺の魔術師じゃない。マスターは親父だし、親父の命令で俺の傍に仕えているだけだ」
「そうなの?」
「…」
「でも、羨ましいなあ。おれ、サティ…この島じゃアルトの事をサティって言うんだ。おれたち男娼のほとんどは生まれつきのサティなんだよ。だけどおれは使える魔法も魔力も無くて…役に立たないサティなんだ」
「あ、そう」
 スチュワートはおれの話にあまり興味もないらしく、不機嫌そうに足を速めた。

 カテドラルには、数人の観光客が居た。
 階段を昇って中を案内する。
 外壁は汚れて黒ずんだマーブルも礼拝堂は白く美しく輝いている。
 狭いけれど、あちこちにアヴァターラのフラスコ画やマーブルの像が飾られているし、壁の彫刻もモザイクも綺麗なんだ。
「昔ね、海の守護神の住まいとして、ひとりの天王アヴァターラが、一晩で山のマーブルを削り、この岬に白く輝く寺院を建て祀ったという伝説の寺院なんだよ」
「はあ?…昔って何時ごろだ?」
 外壁に沿うように昇っていく螺旋階段の頂点まで昇り、スチュワートと海を見渡す。
 今日は海も穏やかで、崖から吹き上げる風も優しかった。
「…知らないけど…ずっと、ずっと昔だよ。昔からの言い伝えだもの」
「は!どんだけ杜撰な伝説だ。この建物自体、4,5百年前のものだ。見ればずぐにわかる。ミストラルの修道院にバシリカの様式がそっくりだ。また末期ビザン建築の特徴が廊下や回廊のあちこちにある。それに…この建物の目的は灯台の役目としてだろうな。搭上に昇る螺旋階段、この塔頂に光源の後の油染みが見えるし、鏡に代わる螺鈿も残っている。この島を占領した西の国の奴らが、島に伝わる伝説かなにかを勝手に持ち出して、崇めた奉るもんに作り上げたんだろう。一晩で作った天王って?笑わせるな。航行に役立つように、人間がこの岬に建てたものだ。自然風化でこの建物自体痛んでいるけれど、松明でも燃やしてみたら、今でも灯台として使うのは可能だろうが…」
 スチュワートの言葉におれは驚いた。
 誰もが崇める寺院を、人の手で、それもこの島のものでない者の手によって作られた灯台だというのか…?
 そんなこと…
「ダメだよ…そんなこと口にしたらいけないんだよ。天王の罰が下るよ、スチュワート」
「天王なんか居るわけないだろう。くだらん信仰だ。そもそも…」
 おれは言いがかりとも取れるスチュワートの高慢な言葉がもし天王に聞こえたら…と、怖くなり、まだ続きを話そうとするスチュワートの口を手で押さえた。
「だめーっ!」
 天王を侮辱して、酷い罰を受けたって話だって、いくらでもあるんだから。
 もし、天王の怒りを招いて雷の矢がスチュワートを貫いたりしたら…
 嫌だ…絶対嫌なんだから。
 
「わかったから…手を放せって」
「…」
「アホか…泣く事ないだろ」
 スチュワートから言われて気づいた。
 おれ、泣いてた。それもスチュワートにしがみついて泣きじゃくっていたんだ。
「だって…天の神様が怒ってスチュワートに罰を与えるかもしれない。死んじゃうかも知れない。そんなの…絶対に嫌だもの」
「…」
 スチュワートは黙って、おれの身体をぎゅっと抱きしめる。

「おまえ、バカだろ…」
 スチュワートの声音は優しかったから、おれはおずおずとスチュワートの顔を見ようと、上を見上げた。
 スチュワートの顔が真正面にある。
 透きとおるぐらい白い顔、高くて整った鼻梁。赤い口唇。長い睫…それに、
 なんて綺麗な瞳だろう。
 そうだ、昔…故郷で見たことがある。
 朝早く、陽の昇る直前に、緑の草木の根本に集まる水の珠の雫。乾いた土地に貴重な水源の予兆だった。
 スチュワートの瞳の色が草木の緑と地面の土の混じった…水玉の様に見えた。

「名前は何て言うんだ?」
「え?」
「おまえの名前だよ」
「…カルキ。カルキ・アムル」
「…カルキか」
 スチュワートの手が俺の頭を撫でた。
「カルキは、俺が死ぬのは嫌か?」
「…うん、嫌だよ。スチュワートが…好きだから」
「そうか。だったら…」
 今までの穏やかな顔が一変する。
 スチュワートは突然おれの顔にハンカチを押し付け「俺に鼻水をつけるなっ。汚いガキだな」と、叱りつける。
 おれは貰ったハンカチであわてて顔を拭いたけれど、良く見ると上質の絹でできたハンカチだったから、血の気が引いてしまった。だってこんな高価なもので、鼻水拭いちゃった…。
「絹、絹のハンカチなんて…初めてだ」
「そんなに嬉しいならそんなもんやる。それより、ちゃんと鼻水拭け。汚い奴とは歩きたくない」
 そう言って、スチュワートはさっさと階段を降りて行った。
 おれはその後姿を見つめたまま動けない。
 
 だって、おれの頭を撫でたスチュワートの手の平は思ったより大きくて…
 びっくりするほど…優しかったんだ。



スチュワートとカルキ泣く11

天使の楽園・悪魔の詩 16へ18へ

デートが思ったより長く、終わらないよ~(;´Д`)


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天使の楽園・悪魔の詩 16 - 2012.01.16 Mon


16、
 西の海に日が沈む頃、長い竿を持った火付け人が、街頭から埠頭に並ぶひとつひとつのガス灯に点灯していく。
 海と空の境目が無くなる薄闇の中、紫色に染められた景色に魚の尾びれのように揺れるいくつもの灯りを見るのが好きだった。

 すっかり陽が暮れると、浜風が静かになる。
 潮の匂いとガス灯の灯りに誘われ、辺りは喧騒に色どられていく。
 港湾に停泊した観光船や漁船、貨物船の客や船員たちが、夜の街に出向こうと埠頭に降りるのを見計らい、宿の出迎えや呼び込みが賑やかしいのだ。
 それに混じって、一夜の客を取る為に娼婦や男娼たちも桟橋近くに陣を取る。
 派手な色使いと大柄のドレスを着ているのが娼婦。
 おれ等男娼は白いシャツに短ズボン。髪に花を挿している。
 白いシャツは清潔に見えるから、花はお客に手折って欲しいと思わせる為だそう…あんまり意味は無い。
 
 レンガ舗道から埠頭への出入り口になる階段の端に座っていると、顔見知りの花売りの子供が目の前に立つ。
「花要らんかい」
「ひとつお願い」
「どの花がいいの?」
「一番安いのを」
 子供は黙って、両手で抱えた籐で編んだ籠から白いプルメリアの花を一輪だけ差し出した。
 コインを見せて、首から提げた彼の巾着へ入れた。
 子供はひょこひょこと細い足をもたつかせながら港へと歩いていく。

 買った花を見つめ、今日は誰に手折られるんだろう…と、らしくない事を少しだけ考えた。
 仕事だから相手を選んではいけないのはわかっているけど…出来るなら、カッコいい人がいいなあ…昼間の黒いコートの人とかさあ…
 思い出すだけで口元が緩む。
「カル、何ニヤニヤしてるの?またこんなところでのんびりしてると、お客にありつけないぞ」
「リシュ」
 リシュはおれよりふたつ上の同業者であり、面倒見の良い頼れる友人だ。
 相談や愚痴など、なんでも聞いてくれる。

「背中の傷は大丈夫かい?」
 隣りに座ったリシュは赤いプルメリアを付けている。濃いグレーの髪に良く似合う。
「うん、元締めが珍しく塗り薬をくれたからね。だけど傷が治ったのはリシュのおかげ」
「せっかく痛い目みて稼いだ金を、バカ正直に元締めに手渡すアホはおまえぐらいだよ、カル。少しはズルして手前で懐に貯めとけよ。そうしないといつまで経ってもこっから出られはしないんだからな」
「わかってるんだけど…」
 嘘は得意じゃないし、顔に出ちゃうからどうせバレる。
 バレて打たれるより、正直でいる方が楽だもん。
「でもリシュの癒し魔法は本当に良く効くよね」 
 安い塗り薬で打たれた痛みや傷が簡単に治るわけはない。
 癒し魔法を使えるサティが仲間であるという有り難味は、おれ等男娼をしている者なら、誰だって身に染みて経験済みだ。

「カルのイケメン好きは今始まったことじゃないけど、顔だけで選んだら駄目だっていつも言ってるだろ?変態も程々にしろよ。ちゃんと金払いの良い客を選らばなきゃね。それくらいの魔力を使わずして、何のサティなのさ」
「だって…おれ、リシュみたいな魔力は無いもん…」
 リシュは仲間うちでも高い魔力を備えている。傷を癒す方法も、天候を予言する力、占いだって良く当たるんだ。おれと同じで家族の仕送りの為に働いているけれど、良いマスターを得て、もうじきこの島から出る予定だ。

「カルは僕の弟みたいな気がしてるからさ…おまえを残してここを出て行くのは少し心配だ」
「ゴメンなさい」
「でもね…」
 リシュはおれの右手を掴み、手の平を向け指でなぞった。
「カルキの未来はね…なんというか…波乱万丈なんだけどとても、美しいんだ。なんだろうね…僕には予想もつかないほど過酷なものが待ち受けているのに…おまえは笑っているんだ、幸せそうにね」
「リシュはいつもそう言ってくれるね。おれ、リシュがそう励ましてくれると、仕事が辛くても頑張れるよ。リシュが居なくなるのは寂しいけど、リシュの言葉を思い出して頑張るよ」
「別に…励ましではないけどね。目の前に見える映像を口にしているだけなんだけどさ」
「うん」
「きっとね、大変な未来なんだろう。だけど、僕もおまえも…誰だって…懸命に生きるしかないもんな」
「そうだね」
「さあ、仕事仕事。今は稼いでお金を貯めること。それが懸命に生きている僕らの証だ」
 立ち上がり、差し出すリシュの手をおれは掴む。
 まだ見ぬ未来がなんであれ、今は金払いの良い夜の相手を見つけなきゃならないんだ。

 
 翌日、珍しく目が覚め、昼近くに起き上がった。今日も晴れ。青空が眩しい。
 腹ごしらえに買った魚肉とマスタード入りのパンを船を見ながらで食べようと、紙袋を持ったまま人通りの少ない埠頭へ向かった。
 あのカッコいい人にもう一度会えたらなあ…なんて幸運を願いながら、階段を下りる。

 停泊した船は…大小合わせて六つ。
 お祭りや行楽シーズンはこの倍以上になるから、今は少ない方だ。
 遠洋漁船と貨物船、客船が殆どで、小さな漁船は街の端にある漁港に集まっている。
 白い外壁の船が多い中、何故か端にひとつだけ黒い中位の貨物船とも漁船ともつかない船が停泊している。
 昨晩は暗くて気づかなかったけれど、何だかその船の形状は異質だった。
 おれはその船を近くで見たくて、早足で近寄った。
 その船に続く桟橋に背の高い男の人がふたり向かい合ったまま立っていた。
 そのひとりが、昨日のカッコいいコートの男の人だと、おれはすぐに気づいた。
『わお!超ラッキー!』
 心躍る気持ちを抑えて、静かに近寄ってみる。

 その人は向かいあった長い金髪の男性と喋っていたが、外国の言葉はおれにはわからなかった。勿論話の内容も全くわからない。ただ、機嫌はすこぶる悪そうだった。
 昨日と違って黒いコートではなく、普段良く見る観光客のような恰好だ。
 薄手のパーカーにジーンズ姿も長くて細い足に似合って惚れ惚れするほどカッコいい。
 
 その人は激しい口調でひと言相手の人に言い放つと、こちらへ向かって歩いてきた。
 桟橋の正面に立ち止まっているおれをちらりとは見たが、気がつかない様子だった。
「あ、あの…昨日はありがとうございました」
 通り過ぎる間際、おれは思いきって声をかけた。その人は立ち止まっておれを見る。
 一回、二回左右に首を傾げた後、「ああ」と、言う風な顔をしておれを見つめた。
「おまえ…昨日のガキだよな」
「そ、そうです」
「こんなところで何してる」
「さ、散歩…?」
 ふ~んと顔をしかめ、その人はおれを見つめた。こちらは恥ずかしくて見つめ返すことができなくなってしまい、下を向いたまま、もじもじとするしか仕方が無い。
 
 その人がゆっくりとおれに近づいてくるのが、桟橋に映る影でわかった。
 ああ、鳴り響く心臓の音で鼓膜が破れそうだ。
「今、暇か?」
 その人の声が目の前で聞こえ、思わず顔を上げた。
 いや…見上げた。
「え?あ、ひ、暇ですっ!めちゃくちゃ暇っ!」
「そう…なら、ちょっと付き合ってもらえないか?」
「も、もらえますっ!どこまででも付き合いますっ!」
 舞い上がる心をどう押さえたらいい?
 右手に持った紙袋を胸に押し付け、おれは必死にその人の顔を仰ぎ見る。

 ああ、なんて…綺麗な夢のような人なんだろう。淡い亜麻色のさらさらの髪が潮風に流れて、キラキラ輝いて、王冠のように見える。
 昔、田舎の家で姉さんが話してくれた物語の王子さまはこんな人ではなかっただろうか… 

「スチュワートさま。あまり遠くへは行かれませんように。この島は小さいですが未だ未熟な街です。身の安全は保障できかねます」
「…だから商売が成り立つんだろ?」
「スチュワートさま」
「いちいち構うなよ。ガキじゃないんだから」

 話していた金髪の男の人が近づいてきた。
 スチュワート…この綺麗な人は「スチュワート」と、言う名前なのか…
 ああ、綺麗な高貴な印象的なカッコいい響きだなあ~
 顔も背格好も良くて、名前も申し分ないなんて…こんな完璧な人間って…この世に存在するんだなあ~
 しかもこの金髪の男の人も、大分老けてはいるけど、すごくカッコいい。 
 外国の観光客も沢山見てきたけど、こんなにカッコいい人たちは、今まで居なかった気がするけど。
 どっかの国の王室の方々なんだろうか…
 そうだ!きっとそうに違いない。
 この黒くてカッコいい船もきっとどっかの国の王様のものなんだ。
 そんでこのスチュワートっていう人は…本物の…王子さま…?

「あ、あの…」
「この子は?」
「ああ、島を案内してくれる地元の子だよ。約束していたんだ。なあ」
「は、はい。地元の子です。カルキって言います。王子さまをちゃんと危なくないように案内しますから、安心してください」
「おう、じ?…地元の呼び名か?ま、いいけどさあ」
 スチュワートと呼ばれた王子さまは、そう言うと、いきなりおれの左手首を掴んだ。
 そのままおれをグイグイ引っ張って歩いていく。
 ああ、なんだよ、これ。夢に見た憧れのシーンじゃないか。
 そうだよ。姉さんが話してくれた物語は、白い白馬に乗った王子さまが、城に閉じ込められた美しく可哀想なお姫様を助け出して、さらっていくんだ…

 おれ、可哀想でも美しくもないけど…さらわれてみたいな。
 この王子さまになら、おれは何されたって構わないんだから。

スチュワート65


おまけ
漫画恋する日々
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天使の楽園・悪魔の詩 15 - 2012.01.11 Wed

カルキ14
15、

 14歳の頃の話だ。
 私こと、カルキ・アムルは、サマシティの遥か東南の小さな島に居た…


 四季折々の風景を楽しめるサマシティとは違って、一年中、蒸し暑い南国。だが、アグン島を吹く海風は、湿気を和らがせ、人々が生活するには凌ぎやすい土地だった。
 また島はマーブルの産地で知られ、剥き出しの白い岩肌が街を囲む山肌に壁のように聳え立っている。
 マーブルの産出で成り立つ港街クゥタは至る場所に、大理石の白い建物とオブジェが建てられ、観光客を持て成す。
 観光名物はこれと言ってないが、このマーブルで建てられた岬の先にある古いカテドラルは、ちょっとした見物だ。ずっと昔、海の守護神の住まいとして、ひとりの天王が、一晩で山のマーブルを削り、この岬に白く輝く寺院を建て、祀ったと伝えられている。
 誰もその天王を見たものはいないが、聖者を讃え、何体もの天王アヴァターラの石像がその寺院に繋がる道端に並び立つ。
 
 おれはこの島の出身ではなく、少し離れた大陸の砂漠の近く、名も無き鄙びた村に生まれた。
 一年中乾いた土地にはまともな作物は育たず、わずかに採れる芋やトウモロコシを家族で分け合い、飢えを凌いでいた。
 家族は両親と、姉と兄、そして弟とおれの六人。お腹はいつもぺこぺこだったけれど、寂しくは無かった。
 両親はサティだった。
 サティとは魔力を持つ者で、アルト呼ばれる方が一般的だ。
 おれ等兄弟も、皆生まれついてのサティだった。
 姉は占い師として、15歳で家を出た。兄はこの家を守る為に、フルに魔力を使って、作物の収穫を増やそうと努力していた。
 ふたつ違いの弟、ニヤカは、小さい頃から魔力に長けていて、いずれは高名な魔法使いになれるかもしれない…と、両親を喜ばせていた。
 力を持った魔法使いになることは、この貧困から逃れられる確実な未来だったのだ。
 
 おれはといえば…サティに生まれついてはみても、その能力の兆しは一向に見えなかった。
 魔力の放出は、教えられるものでもなく、また努力すれば身に付くものでもないらしい。
 アムル家のムードメーカーとしては頑張ってはいたが、それで腹が満たされるわけでもなかったから、他の家同様、おれは出稼ぎの為にこの家を出た。
 12歳のおれにできる仕事は決まっていた。
 身体を売ることだ。
 アムル家で他の兄弟より優れていたのはこの容姿だけだと言って良かったので、自分から女衒を呼び、高く買ってもらった。
 自身を売った代金を親に渡した時、何となく誇らしい気持ちになった。自分もアムル家の為に役に立つことができた…と、思ったからだ。
「稼いだ金は送るからね。ニヤカにはちゃんとした教育を受けさせてやってね」
 両親は涙を浮かべて何度も頷いていた。


 アグン島の港町クゥタの男娼館での暮らしは、そう辛いものではなかった。
 客の扱いはその日毎に違って、酷くされたり、良かったり悪かったり…天気のようなものだった。
 街には同じ頃合の仲間達が沢山いたから、お互いの愚痴を言い合ったり慰めあったり、お客を譲ったり譲られたり…
 元締めウルは、毎晩の揚げ代には厳しく、良く泣かされたりするけれど、徹底した監視のおかげで、少年達の縄張り争いはあまりなかった。
 面白いことにこの街の男娼たちは、すべてサティだった。
 それもおれと同じく、皆同様に強い魔力を持たなかった。彼らは身体を売りながら、魔法を覚え、いっぱしの魔法使いになると、男娼から足を洗い、この街から出て行くのだった。
 
「早くダンナの力になりたいなあ。オレの魔力も結構役立つって褒められたんだぜ。今度の航海が終わって、この港に帰ってきたら、オレを真っ先に迎えにくるって…約束したんだ」
 同い年のアッタが夢見心地で言う。
「良かったね、アッタ」
「うん、ありがとう。カルキも早く良いご主人にめぐり合うといいね」
「そうだね…」
 本当に…そうなれば…と、おれは何度も思った。
 良きパティ(イルト)のマスターを見つけ、そのマスターの為に自分の魔力を使いこなせるようになり、マスターに愛される魔法使いになる。
 それが、少年達の見る自分の未来像だ。
 それがおれ等の幸せだと信じていた。


「待って!お客さんっ!」
 いつものように港でお客を誘い、おれ等が頻繁に使う安ホテルで接待したのだ。
 見かけが良かったから誘ったお客は、かなりの変態で、流石のおれも何度か気を失ってしまった。それでもお金の為には、我慢しなくちゃならない。一見のお客さまでも大事にしなきゃ…
 我慢して朝を迎えても、お客は帰してはくれない。執拗なセックスは昼まで続いて、おれもフラフラ だったけれど、帰り際にはきっちり支払いを求めた。だけど、お客はお金の代わりにおれの頬を打ち、部屋を出て行ったのだ。
 おれはすぐに追いかけ、ホテルの裏から出るそいつを捕まえる。
 ナイフ類の危ない武器は持っていないのはわかっていたから、暴力さえ凌げればなんとかなると思ったんだ。
「お金、ちゃんと払ってくださいよっ!充分楽しんだでしょ」
「うるせえんだよっ!てめえなんざ時間の無駄だったよ。金を払う価値なんてあるかよっ!」
「何言ってんだっ!あんだけ楽しんじゃないか!鞭打ちだって我慢したじゃないか!酷いことして!金払えっ!バカっ!」
 悔しくて泣きながらお客の背中を叩きまくってやったけれど、上背も横幅もある男の腕力に敵うわけもなく、おれは腕を掴まれ、石畳に叩きつけられた。

「股広げるしかねえガキに払う金なんてあるかよ。おまえらは男に抱かれるのか好きでたまらねえんだろ?てめえみたいなガキを抱いてやったんだから、そっちが金払えよ」
「…なに…言ってんだよ!バカーっ!金払えーっ!」
 大声を出しても、通りから引き込んだ陽のささない袋小路だ。いつもの些細な諍いだと、周りを囲むホテルの窓も固く閉ざされている。
 男はおれの罵倒をあざ笑いながら通りへ出る小道を歩いていく。
「待って…」
 俺は痛む身体を引きずって、男の後を追った。
 一晩付き合わされた金を支払わないのは珍しいことじゃない。これだけやられて、こちらのこちらのプライドは当にズタズタだ。だからこそ、稼いだ金は絶対に取りこぼしちゃいけないんだ。

「おい、おまえ」
 通りに向かうホテルの壁沿いの階段、飾り手摺りに手を置いて立つ人がいた。
 明るい通りの光を受けた背の影になって、顔は良く見えなかったが、黒いロングコートを羽織ったその人が、この街の住人でないことはひと目でわかった。

kaidann.jpg


「ガキ、泣かせて何喜んでいる」
 静かに低い声。少しクセがあるのは、ここの言葉に慣れていないからだろう。
 
「…なんだ?てめえ…若造が。おまえ、このガキの仲間か?」
「おまえの目は節穴なのか?俺のどこが、このガキの知り合いだと思われるんだ?全く遺憾だよ。…いいから楽しんだ分、その泣いてるガキに金を払ってやれよ」
「よそ者なら尚更だ。こんなのに関わるな」
「あのなあ、俺さ、今、超機嫌悪いから忍耐力ゼロなんだ…」
 ヒュンと風を切る音が響いた。
 おれの客の男が「あっ」と叫び、石畳に跪く。

「何?」
「サイレンサー付きの自動拳銃だよ。新機種だが命中精度もなかなかなものだ。次は心臓か、額のど真ん中か…どちらがいい?」」
「何…言ってんだ?」
「ゆっただろ?そのガキにさっさと金払えよ。俺がこいつの引き金引かないうちにさ」
 本物の拳銃を見たのは、初めてだったから、彼が何をしているのかわからないが、殺気だっていたのはおれにも充分伝わっていた。
 膝をついた男の足元が少し血で塗れている。
 男は「ちっ!」と、吐き捨て、おれの顔めがけて何枚かの紙幣を投げ捨てた。
 
「ガキ、それで足りるのか?」
「あ…はい」おれは急いで紙幣を拾い、枚数を確かめた。
「はい、一応大丈夫です」
「一応だと?このヤロー!」
 男はおれを殴ろうと拳固を振り上げる。
 またヒュンと音が鳴り、石畳を削る粉が男の足元に舞い上がった。
 男は振りかざした右手を下げ、拳銃を構えた人を怯えた顔で見つめた。

「はは…何も…しねえよ」
 諸手を挙げた男の声は震えていた。
「…どうせ宿代も支払っていないんだろ?弾は貫通しているから大した傷じゃない。立って歩けるだろ?回れ右で裏口に戻ってフロントにちゃんと金を払えって玄関から堂々と出ろよ。海の男だったら尚の事、金まわりぐらい綺麗にしてろ。船元に恥を掻かすなよ」

 男はもう逆らわず、黙って拳銃を持った人の言うとおりに出てきたホテルの裏口へ向かって歩いて行った。
 おれはその後ろ姿を確かめた後、階段を昇る人を急いで追いかけて行った。


 湾岸通りには、少ないが車も走っている。
 バスも観光客が主流だがたまに見る。
 街の人達は車よりも圧倒的に自転車を利用している。
 おれは車も自転車にも乗ったことはないけれど…
 広くて白い舗道はこの街一番の繁華街通りで、海岸と対面する通り沿いには衣料店から、食料品店、食堂など軒を連ねる。
 その舗道を歩く黒いロングコートの人は、恰好からして注目の的になりそうな程目立っていた。
 足早に歩くその人に追いつく為、おれは身体の痛みになんとか耐えながら走った。

「待って、待ってください」
 彼はおれの声に振り返らなかった。
 聞こえないのかと思ったけれど、さっきは普通に話していたから、おれを無視したいだけなのだろう。
「待って」
 おれは仕方なくロングコートの端を掴んだ。
 そのコートの生地は絹のような光沢があり、見たこともない複雑な織柄だった。一見常夏の街には似合わない暑苦しいだけのコートを着た変な奴だと思ったけれど、この薄さと張りのある生地なら暑さも凌げるだろう。触っただけで高級なものとわかったから、おれは慌てて手を離した。
 こんないいものを着てる連中は…お金持ちか泥棒だ。

 掴んだ手を離したおれを不信に思ったのか、彼は立ち止まり、おれの方を向いた。
 彼は…黒い眼鏡…サングラスをかけていた。それでもその容貌が恐ろしく整っているのはわかる。
 南国ではあまり見ない透き通るぐらい白い肌に整った鼻梁。金に近い亜麻色の髪。それに…見上げるほど背が高い。
 凄く若く感じるけど、妙に貫禄もある。けれど…なんて綺麗な口唇だろう。
 その人は女の人がさす様な赤い口唇をしていた。本当の紅をさしているわけではないことは、良く見ればわかる。だけど、その潤んだ口唇が艶かしくて、たまらなく胸がざわつく。
 目が離せなくなった。

「何か用?」
「あ…はい、先程は…あ、ありがとうございました…あの…おかげで本当に助かりました。恩に着ます」
「別に恩に着なくていい。じゃあ」
「あの…」
「なに?」
「お、礼がしたいんです」
「…」
「ぼく…カルキと言います。見てのとおり男娼です。お礼はこの身体で払います」
 精一杯の気持ちだったが、恥ずかしい気がした。俯いて目に入った彼の靴は、見たこともないほどの艶のある革靴だった。
 こんな人は、おれのような場末の男娼なんか、求めたりはしないんだろう。
 でも、おれに出来るお礼は身体を売ることしかなかった。

「俺は子供は抱かない。それに、この街には仕事で来ただけだ。セックスをしたいわけじゃない」
「わかります。でも…あの…おれ…ぼく、サービスしますから。口も手も巧いって言われます。お金は要りませんから…」
「何度も言わせるなよ…おまえは俺の趣味じゃない」
 その人はおれの額を軽く指先でこづき、そして先を歩き出した。
 
 港へ向かう彼の背中を、おれは消えるまで見つめていた。


stewart-22.jpg


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明けましたね(*´∇`*) - 2012.01.01 Sun

明けましておめでとうございます。
2012年もよろしくお願いします。


アーシュカード2012-11

元日の天気は…こちらはドンよりとした曇りで、小雨がぱらついています。
気温は高めなんですが…

家族がウイルス性の嘔吐下痢で寝込んで、他の者に感染している模様。
みんな腹の具合が悪いし、頭が重いんですが…(;´Д`A ```
初詣にも行けない感じです~

皆さん、気をつけてくださいね~


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