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2012-07

Phantom Pain 14 - 2012.07.26 Thu

14
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i-ruyokogao12.jpg
14.
 夜が明けぬうちに、アーシュの元から逃げるようにしてヴィッラへ戻ったイールは、館から一歩も出ることが出来ずにいた。
 
(十日もすれば降誕日が来る。人々が一斉に神殿を目指し、クナーアンの神々を祝福する為に集まる祭りが始まるのだ。…あの子は…アーシュはどうするのだろうか…。神として玉座に座り、私の隣で共に祝福を受ける腹積もりなのだろうか…私には無理だ。このままあの少年をアスタロトとして、我が半身として、何食わぬ顔で並ぶことなどできるはずもない…)
 イールは居間の椅子に一人もたれ、テーブル越しに今は主を亡くしたアスタロトの椅子を見つめた。
 テーブルには絹布にぞんざいに巻かれた「ミセリコルデ(慈悲の剣)」が置いてあった。短剣でありながら「ミセリコルデ」はその鞘を持たなかった。何故ならその努めを果たした瞬間、奪った命と共に剣もまた消えてしまうからだ。
 イールは昨晩その剣で眠るアーシュの胸を貫き、自らも死のうとした。
 その想いは未だ後悔の念から醒めきってはいない。
 アーシュの胸を刺せなかったこと、共に死ねなかったこと、そして、アーシュを我が手で殺そうとしたこと…すべてが自己嫌悪であり、そういう思いに囚われる自身の有様に憐みすら沸くこともなかった。

(アーシュ…何故、私をひとりにした。何故、一緒に連れて行ってはくれなかったのだ。おまえの魔法で私も共に生まれ変わり、記憶を失ってしまいたかった…そうすれば私たちは新しい恋人として共に人間として生きることができたではないか…)
 いくら考えても仕方のないことだが、何度考えまいと思っても頭を支配してしまうのだ。
 
 生まれてこの方、アスタロトのことを考えない日が一日でもあっただろうか…

(あの子は一体どうするつもりなのだろう…私に会いにここへ来るのだろうか…人間の足では到底無理なこの地だが、彼がアスタロトの生まれ変わりならば、ここに来るのは容易いことかもしれない。私は…どんな顔をすればいいのだろう…)

 イールはふと何かが近づいてくる気配を感じた。
(アーシュが…来る…)
 扉へ向かいイールは表へ出た。
 先の正面にはマナの木がある。
 ヴィッラとマナの木の間に光が集まり、光の粒は人の形を作りアーシュの姿を現した。
 アーシュは頭上で回る円盤を手に取り、そして辺りを見回し、すぐに正面のヴィッラの玄関に立つイールの姿に気づいた。
 画廊で見たままのイールの姿にアーシュは一目散に走り寄った。

「止まれっ!それ以上近づくな!」
「えっ?」
 イールの拒絶の言葉に、アーシュは足を止めた。
 十歩も歩けばイールに触れることができる…たったそれだけのイールとの距離をアーシュは遠く感じていた。
「ここへ…何しに来た」
「あなたに…会いに来ました。俺…僕は、あなたに謝らなければならないことが沢山あるから…」
 初めて聞くアーシュの声を、イールはアスタロトと比べていた。
(そっくりではあるけれど…どこか違うような気もする)
(私もアスタロトも18になるまでは、人間と同じ創りであり、同じように成長していた。やはり私たちは天の皇尊の力により、不死の身体になったということなのか…)
(いや、アーシュがあそこまでこだわっていた人間になる為の魔術を、仕損じたとは思えない。やはりこの者の身体は人間なのだろう…。しかし、とてつもない魔力の源だ。まだ目覚めてはいないにしろ、果たして人間がこんな力を持ち得る意味があるのだろうか…)
 沈黙を続けるイールに、アーシュは一歩一歩と近寄ってくる。

「近づくなと言ったはずだが」
「だって、イールをもっと傍で見たい。それに昨晩、あなたは僕に会いに来てくれたでしょ?眠っていたから気がつかなかったけれど…あなたは僕の名を呼ばなかった?」
「…」
(まさかミセリコルデをその胸に突き立てようとしたとは、思ってはいまいがな…)

「自分が何者かを知ったのはついこの間で、それまで何も知らなかったんだ。だからって自分に何も罪がないなんて思わない。きっとイールは苦しんでいたはずだから…だから謝りたかった」
「おまえに謝られることなどひとつもない」
「…だって、僕はアスタロトの生まれ変わりだから…。人間に生まれ変わり、クナーアンの神だったことを忘れ、あなたと生きた記憶を無くし、ずっとあなたをひとりにしてしまったことを、…アスタロトは申し訳なく思っているはずだ。だから…僕はあなたに謝らなくてはならない。…違う?」
「…否だ。もとより生まれ変わったおまえになんの咎があるというのだ。クナーアンの神、アスタロトならまだしも、おまえはただの人間としてアースで生まれ育った18の少年ではないか。もはやおまえは私やクナーアンとは何ひとつ関係のない存在として生きている。おまえがどう生きろうとも誰も咎めはしない。おまえの居るべき場所へ帰り、人としての一生を全うするがよかろう」
「…」
「私は…おまえを恨んではいない。おまえが望むものに生まれ変わったのなら、それでいい。何も…思い悩むこともないのだよ、アーシュ。…帰りなさい。そしておまえの愛する者たちと共に…幸せに生きて…くれ…」
 それ以上言葉を続けることはできなかった
 イールは立ち止まったままのアーシュに背を向け、ヴィッラの中に再び姿を隠した。

 後ろ手に閉めた扉に凭れたイールは懸命に涙をこらえた。
 本心を隠し、アーシュを帰す為に、精一杯繕った言葉だった。だが、アーシュの為を思えば、この選択が間違いではないと信じていた。
 イールにとってアスタロトの願いを適えさせることが、アスタロトへの愛なのだとイールは己に言い聞かせた。
(これでいいのだ。アーシュは私とは違う道を選んだのだから…)
 イールはテーブルに置いたミセリコルデを手に取った。
(死のうと思えば、今すぐにでも死ぬこともできようが…あの子が人間としての寿命を全うし、共に死ねるまで…ひとり生きるしかない。なに、アスタロトと生きた時間を思えば、さして長い年月でもなかろう…。もし、あの子の死が私の命に関係の無いものならば、あの子の死を確認した後、私がこの剣で自分の胸を刺せば…私とアスタロトの望んだ死は叶えられるだろう…)

 窓の隙間から涼やかな風が忍び込み、イールの鼻にかぐわしい香りを運んだ。
「薄荷草…」
 イールは窓から外を覗いた。
 黄色味を帯びていた草原が、いつのまにか若草色に萌えている。
 イールは急いで扉を開け、外へ出た。
 今は秋色に帯びるはずの木々が、早春の芽吹きのような色に覆われ、雲の影すら見えない青い空を背景に、清々しい薫風に包まれた大気が一面にかぐわしい香りを撒き散らしている。
 緑に包まれた大地には草花に覆われ、花弁や蕾が挨拶をするかのように、ゆらゆらとあちらこちらに頭を傾けている。
 イールは一歩進み出た。 
 足元の薄荷草がサンダルから見える足先にキスでもするかのように触れた。
 イールはアーシュの姿を探した。
 この魔法を行った犯人は、豊穣の神でしかない。
 目の前のマナの木もまた向こう側が見えぬほどに葉が茂っていた。その葉が不自然にうごめく辺りをイールは目を凝らして見つめた。
 腕が見える。足のくるぶしが見える。薄色の絹布がちらりちらりと枝の間から覗く。
 イールはマナの木に近づき、枝を見上げた。
「そこで何をしている」
「あ!この木、なんだか急に実がなりだして、すごく美味しそうな匂いがするから、捥いでみようと思って…イールにも取ってあげるよ」
「…」
 マントも帯もチュニックもサンダルも木の根元に脱ぎ捨ててある。
 アーシュは薄い上着とズボンだけの姿で細い木の枝を這っているのだ。

「いいから降りてきなさい」
「うん、待って。もうちょっと手を伸ばしたら…わっ!」
 足を滑らせたアーシュが、枝と葉を鳴らして落ちてくる。
「アーシュっ!」
 落ちてくるアーシュの姿にイールは一瞬既視感を覚えた。
 だがアーシュはうまい具合に両足を地面に付け着地すると、すっくと立ち上がった。
「…」
「ほら、一番美味しそうな実を捥いだんだ。どうぞ」
 アーシュは赤く熟れたマナの実を、イールに差し出した。
 イールは熟れた実を見たが、受け取らずに視線を外した。
「…このマナの木は、大事な神木だ。このクナーアンに一本しかない貴重なものなのだ。勝手に登ってもらっては困る」
「そうなの?でも俺、木登りは得意なんだ」
 咎められた少年は悪びれずにニコリと笑う。
「人間の18と言えば大人ではないのか?まるで子供の有様だな」
「だって、千年以上生きているイールからすれば、俺は赤ん坊みたいなもんだろ?」
 イールに叩くへらず口は、アスタロトと同じだと、イールは少し腹が立った。

「私はおまえに言ったはずだ、居るべき場所へ帰れと。何故帰らない」
「だって、約束したんだもの。ヨキやセキレイに。イールと仲直りするって。帰れって言われて素直に帰る性格じゃないんだよ、俺。皆から天邪鬼ってよく褒められるんだ」
(それは断じて褒めてないぞ)
 暢気な笑顔を見せるアーシュに、イールは思わず突っ込もうとした。
 尻を払い立ち上がったアーシュに、イールよりも少しだけ背が低いことに気がついた。
(アスタロトと私の背の高さは、ほとんど同じだったが…この子は違うのだな…)
 
 アーシュは手にしたマナの実を手の平で優しく撫でた。
「まあ、俺もプライドがあるからね。イールと仲違いしたまま、のこのこ神殿に戻ったりしたらあいつらになんて罵倒されるか…一生分の弱みを握られることになりかねないもの。それにさ…俺は本当のイールを知りたいんだ。さっきのあなたの言葉は、俺を思って口にした言葉だった。イールの本音じゃないよね…だからイールに拒絶されても、帰れって言われても、イールを理解するまではここから離れないって決めたんだ」
「人間のおまえに私の本心を覗かれたくはない」
「うん、だからイールが俺に気を許すのを待つのさ。俺はアスタロトの生まれ変わりで、そっくりさんだし、アスタロトはイールの恋人だったわけじゃん。イールが俺に懸想するチャンスはあるよね。それを狙う。…どうコレってスペードのエース級だろ?…ああ、スペードのエースっていうのは……」
 たわいない喋りを続けるアーシュを、イールは不快には思わなかった。
 イールはもうとっくにアーシュを愛していたし、この愛はアスタロトへの愛と同化しつつあると悟っていた。
(この子が人間であることがそれほど重要なのだろうか…。アスタロトの生まれ変わりだからこそ愛を感じ、そして何に対してもたじろがないこの若さに、私は惹かれ始めている)

「…でね。一番美味しそうな実が枝の先にあったから、手をこうやって伸ばしてさ。イール、本当に食べないの?じゃあ、俺が食べてもいい?せっかく生った実を取らずにそのまましておくのも可哀想じゃない」
「…好きにしろ」
「じゃあ、いただきます。ちょうどお腹も空いていたし…」
 イールは薄皮を剥き、丸ごとかじりつく。
「美味しいっ!前にベルん宅で食べた水蜜桃に似ているけど、こちらの方が何倍も味が濃くて甘い。腹減ってるから何食べても美味しいんだけどさ」

 熟れたマナの実は口に甘く、腹を満たすが、媚薬にもなる。だが、この実を口にできるのはイールとアスタロトのふたりだけだった。
 人間として生まれ変わったアーシュが、神と同様に彼自身を喘がせるのか…イールは妙な期待を抱いている自分がおかしかった。
 アーシュはあっと言う間にマナの実を食べつくし、種までも丁寧に舐め、手にすると「捨てるのはもったいないね」と、言い、草原に走っていく。
 辺りを見回したかと思うと、座り込み、土を掘っている。
 
 イールはアーシュに変化の兆しが無いことに、気落ちした。
(やはりアーシュは神の身体ではないのだろう…ならば私たちの命も繋がってはいないのだろうか…)
 しゃがみ込むアーシュに近づき、「何をしているのだ」と、問うた。
「種を土に戻して芽がでないかなと思って。こんなに美味しい果物が実る木が一本だけなんてもったいないじゃない。沢山育てて、みんなにも食べてもらおうよ」
「…」
「どうやら俺には自然を豊かに実らせる魔力があるみたいだね。神殿の画廊でヨキにアスタロトについて色々と説明してもらったけれど、アスタロトは『豊穣』と『火』の護法が備わっていたのだね。イールは…『智慧』と『水』か…イールの姿に見合っている。あなた方を作られたという『天の皇尊』という神は、きっと理想を描いてそれを形にしたのだろうね。不死というのは有難くない贈り物だけど、壊したくないという創造主の想いがわからないこともない…」
「…アーシュ…」
「だからって創造主の考えを押し付けられたら反発するさ。特に俺みたいな奴なら。…だからアスタロトが自分を壊してまで人間に生まれ変わりたかった気持ちがわかるんだ」
 アーシュは丁寧に埋めた種の場所を両手で覆い、恵みのキスをした。
 しばらくすると土は盛り上がり、細い茎が見え、その先に小さな双葉がお互いを抱きしめるようにぴったりと重なり合っている。
「なんとか芽は出てくれたみたいだね。この調子で行けば、明日辺りには枝ぐらいの大きさまで育つかも…」
「バカ…育つものか」
 イールは思わず笑みを浮かべてアーシュに答えた。
「…」
 アーシュは見上げたイールの笑顔に見惚れ、口を開けたまま黙り込んだ。

「どう…した?」
「あなたに…触れたい。イールが好きだ。アスタロトの代わりでもいい。ねえ、一度でいいから、あなたを抱きしめてもいい?」

 アスタロトの願いを、一度でもイールが叶えなかったことがあるだろうか。


イールの悲しみ
 


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Phantom Pain 13 - 2012.07.23 Mon

13
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ベル・ルゥ・メル

13、
 イールの肖像画を見つめ涙するアーシュを、周りの誰ひとり声を掛けることもできずに、見守っていた。いや、誰もがアーシュの心を虜にしているイールに妬いていたのかもしれない。
 アーシュの際立った白い横顔に零れ落ちる涙の粒の美しさや、赤く熟した珊瑚樹の実のような口唇が僅かに震えるさま、濡れ羽色の黒い睫に涙が溜まり、瞬きをした瞬間散る玉粒の光…すべてに魅了されたとして、誰が咎められるのだろう。

「イールはどこにいるの?この神殿にいるの?」
「イールさまは…」 
 着物の裾で涙を拭くアーシュに見つめられたにヨキは、一瞬自分を見失っていた。
「イールさまはこの神殿にはいらっしゃいません」
「じゃあ、どこにいるの?」
「こちらへいらしてください」
 ヨキは画廊からバルコニーへアーシュを連れ、遠くに霞む峰を指差した。
「あの峰の崖にイールさまとアスタロトさまのお住まいがあります。人間の足では到底かなわぬ場所です。おふたりは暇を見つけてはあの場所のお館でふたりきりで過ごされていました」
「ふ~ん、ふたりだけの愛の巣。誰も入り込めない場所で愛を紡ぎ合う…か。神さまの特権だね」
「…そういうことになりますかね」
 さっきまであれだけ素直に泣いていたアーシュが、鋭い目つきで露骨な皮肉を言い放つことにもヨキは驚きを隠しきれないでいた。
(この少年の見せる様々な豊かな表情は、神と人間との融合だからだろうか…なんにしてもこれだけ魅せられる資質があれば、クナーアンの神として、全く問題はないではないか。きっと…イールさまの支えになってくださるだろう)

「じゃあ、今、イールはあの霞んだ崖の辺りにいるんだね」
「そうです。三日ほど前にしばらく籠るからとおっしゃっていましたけれど…アーシュさまが戻られたことをまだご存じ無いのかもしれません」
「…」
 昨晩、アーシュの眠る寝台の傍に立つ者がイールだとアーシュは確信していたが、誰にも言わずにいた。
(イールは俺がこのクナーアンに来たことを手放しで喜んではいない。それは昨晩のイールが何も言わずに立ち去ったことでわかっている)
 その理由もアーシュには薄々感じとれてはいたが、弁解も言うにもイールの本当の気持ちも聞くにも本人に会わなければ何も始まりはしない。

「わかった。じゃあ、今から行ってくるよ」
「ええっ?い、今からですか?」
「うん、そうだよ」
「…はあ」
 ヨキは不審に思いながらも、アーシュの言葉を信じた。
「では、何か羽織るものを持ってまいりますので、少々お待ちになられてください。ここと違ってお館は高い場所にあるので、きっと寒いでしょうから」
「大丈夫だよ」
「神さまが風邪を召されることはないと思いますけど…心配なんです。すぐに戻ります」
 そう言い残してヨキは、走り去って行く。

 ヨキを見送りながら、アーシュは遠くで見守っている三人を手で招きよせた。
「イールさまに会いにいくことにしたの?」
「うん、とりあえず…会わなきゃ何も始まらないしね」
「…そうだね」
「それより、ヨキって本当にいい奴だなあ~。ああいう誠実で親切な人間はサマシティにはなかなかいないよねえ」
「好きになった?」
「は?」
「アーシュは昔から誰もかれも簡単に好きになるんだ。そして相手を夢中にして陥落させる」
「そうか?そうでもない奴もたくさんいたけど…」
「ルゥの言い分はもっともだね。君に関わった輩は、みんな君を愛してしまうんだ。…イシュハもジョシュアも…依然のイルミナティ・バビロンの連中だって結局最後は皆、君に敬服していた。望むとの望まざると、君は生まれついての王なんだよ」少し重い口調でメルが言う。
 メルを毛嫌いしていても、彼の言葉がいつも核心を突くことはベルもルシファーも認めている。

「確かに…クナーアンの神、アスタロトでもあるのだから『王』という表現でも間違いではないだろうけれど…アーシュが何であっても、俺の一番の親友であることが俺にとっては重要で、後はなんだっていいんだ。アーシュが望むことをやればいいし、幸せになって欲しいと思う。困った時は、何が何でも精一杯助ける。それだけのことだ」
 装飾のないベルの言葉は、いつもアーシュを勇気づけた。
 そういうベルの姿勢をルシファーは尊敬する。自分がベルの立場であったら、ベルのように何の見返りも求めず、ただ無心にアーシュの為に尽くすことができるだろうか…
「僕は…さっきメルが言ったことを考えてみたよ。僕にだってアーシュへの独占欲はある。僕一人を愛し続けて欲しいと思うこともある。けれど、僕が君を縛ることで君が望むものを諦めたら、僕にはもう君を愛す資格はないんだよ。…僕は自由な君が好きだ。僕の愛は君に束縛されてはいるけれど、君の重荷になる気はないよ。男だしね」
「セキレイ。俺がイールを愛したとしても、君への愛が薄らぐわけではないよ。…これって俺の勝手な言い草になるのかな?」
 ルシファーは頭を振って否定した。
「…イールさまはずっと君を待ち続けられたんだ。イールさまには君しかいない。アーシュにしかイールさまを助けることはできないんだ。…僕には僕を愛してくれる両親、『天の王』とクナーアンの友人たちと沢山の仲間がいる。だから君が居なくても大丈夫だ」
「…」
「君と別れて一番辛かった時、僕を救ってくれたのはイールさまだった。イールさまの慈悲の愛が僕の心をあたためてくれた。…僕は心からイールさまと君の幸せを願っているよ」
「…わかったよ、セキレイ。でも正直に言えばあまり自信はないんだ。18年もほったらかしにしていたことをイールはきっと怒っているだろうからね…生まれ変わった新しいアスタロトをイールが受け入れてくれるかどうかはわからないけれど…精一杯尽くしたいと思っている」
「うん。きっと…大丈夫だよ、アーシュなら」
 ルシファーはアーシュを心配させまいと、精一杯の笑顔を見せた。
 アーシュはそんなルシファーをどうしようもなく愛おしくなってしまう。

「セキレイ…キスさせてくれる?再会して一度も君の口唇に触れていないんだけど…」
「え?…今ここで?」
「ベルもメルも他人じゃないさ、ねえ?」
「どうぞ、好きにしたら」と、メル。
「後ろを向いているよ」と、ベル。
 
 アーシュとルシファーは顔を見合わせ、お互いの身体を抱きしめた。
 4年ぶりの懐かしさと、昔よりは遥かに成長したお互いの身体の線を確かめながら、口唇を合わせた。少しだけ舌を絡ませ、味わい、そしてゆっくりと離した。

「セキレイ、愛している。四歳の誕生日に君と出会い、片時も離れずに過ごしてきたからこそ君への愛が特別なのだろう。時は…年月は愛の色や形を変えてしまうのだろうか…今の君と、4年前に別れたあの時の君への気持ちは同じだろうか…きっと違う筈だ。それでも…君が愛おしいよ。これからもずっと一緒にいられたら…と、思っている。だけど忘れないでくれ。君が俺の幸せを祈るように、俺も君が幸せじゃないと絶対に嫌だ。でも…大丈夫だと思うよ。…君は独りじゃないから」
 アーシュの黒い眼(まなこ)に銀河の星が瞬いて見えた。
 彼は未来をみているのではないか…と、ルシファーは思った。
「アーシュ…君は…」
「大丈夫、俺を信じて。俺が戻るまで、ベルとメルを頼むよ」
「アーシュ…」
「ほら、ヨキが来たよ。あんなに息を切らしてさ。急がなくてもいいのに…ホントに良い男だねえ~」

 
「お待たせしました」
 ヨキは手に持った外套をアーシュの肩に羽織らせた。銀朱色のタフタ生地に金糸の刺繍を凝らした上等のローブだ。
「あったかいね」
「アスタロトさまがアースから持ち帰られた生地を使って、イールさまと御揃いにお作りになったのです」
「そう…イールは怒らないかな。勝手に使ってしまって…」
「ご自身の物を身に着けられるのに、後ろめたく思うこともありますまい」
「…」
 アーシュは万全の信頼に満ちたヨキの瞳に勇気づけられていた。
「ありがとう、頑張るよ。…じゃあ、行ってくるね」
「「…どうやって?」」
 ヨキとルシファーが同時に疑問を投げかけた。

「これだよ」
 アーシュは懐に入れた布きれを取り出し、その中身を手の平に置いた。
「まさかアーシュ、携帯魔方陣を使うのか?」
「携帯、魔方陣?」
「そう、セキレイも覚えているだろ?スバルの事」
「ああ、あの東洋系のひきこもりだろ?」
「そのひきこもりが発明した魔術アイテムだよ。元々スバルはずば抜けた才能を持っていたからねえ」
「使うって…アーシュ、一度くらい試したのか?」
「いや、今から試してみる」
「おい、危険じゃないのか?」
「ベル、誰に言ってるんだよ。魔術師アスタロト・レヴィ・クレメントのずば抜けた魔力なら、できないことなどあるものか」
「自信過剰と矜持が売りのアーシュだもの。それに見合う仕事をしてしまうのだもの。感心はしないが信頼しているよ、アーシュ」
「ありがとう、ベル」
「でも心配はさせておくれよ。君を信じている者は皆、同時に君を案じているんだからね」
「了解した。大丈夫、うまくやれるさ。じゃあ…」

 アーシュは魔方陣が描かれた円盤を空中に軽く飛ばした。
 円盤はアーシュの頭上、二メートル程の上空で止まりアーシュが指で示すと魔方陣が七色の光を帯びて、回り始めた。魔方陣が放つ虹の光がアーシュの全身を包み込んだ。
 天と床に向け、広げたアーシュの手の平に次第に光は集まってくる。その光を持ったまま、アーシュはゆっくりと両手を胸の前へ合わせた。
 その瞬間、白く光ったアーシュの姿は消え、天井の円盤がクルクルと回り続け、そして円盤もまたふっと姿を消してしまった。

「あ、あれがアーシュさまの魔法?」
「ヨキは初めて魔法を見るのは初めてですか?」
「いえ、何度か…でも、イールさまもアスタロトさまも滅多なことでは人前で魔法を使われたことはありませんから」
「しかし、見事なアーシュの魔術だねえ~。見惚れちゃったよ」
「メルだって次元を旅しているんだろ?魔術師としては高位(ハイクラス)じゃないか」
「それだって…アーシュが導いてくれたからだよ。…アーシュがいなければ僕は自分の道を見つけることはできなかったんだ。アーシュが僕の人生を救ってくれた…だから、僕はアーシュの為だったら命を捧げることだって厭わないんだ。…まあ、彼は僕の命など欲しいとは思わないだろうけどね」
 メルは見えないアーシュの影を追うように、薄くたなびく雲の向こうを目を細めて見つめた。

「では私は仕事に戻りますので、後はゆっくりとお寛ぎください」ヨキは明るい声で言う。
「あ、僕も行きます」
「ルシファーはしばらくはお客様のお相手をお願いします」
「でも、十日後には収穫祭が始まります」
「そうですね~。そろそろ準備を急がないと間に合わなくなりますね。…では今日だけルシファーには休暇を差し上げます。お友だちとゆっくりと過ごして、明日から仕事に励んでください」
「わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ。それでは失礼いたします」
 ヨキはベルとメルに丁寧に頭を下げて、本殿の方へ戻っていく。

 ヨキの後姿をちらりと横目で流し、メルは両腕を上げ、大きく伸びをした。
「収穫祭って?」
「ああ、神々の降誕日と大地の収穫を祝って、クナーアンの人々が神殿に集まるんだ。年に一度のお祭りだよ」
「へえ~、そりゃ、大変そうだ」
「イールさまとアスタロトさまを許可なしに拝見できるから、人々の歓声で埋め尽くされるよ」
「え?でも…アスタロトは居ないんじゃ…」
「イールさまが魔術を使って、アスタロトのホログラムを作り出していたんだ。大抵の民衆はそれをアスタロト本人だと信じている」
「なんだ、イールも大層な詐欺師じゃないか」
「神さまを詐欺師とか言うな!」
「褒めているんだよ。まあ、何にしてもアーシュが戻るまではここで待つしかないわけだね。僕はこの星の文化や歴史の研究やら色々とやりがいがありそうだから飽きないと思うけれど…」

「…ルゥ、大丈夫かい?」
 ベルは俯き加減に暗い顔を見せるルシファーを案じた。
「うん…なんだか、アーシュが最後に言った言葉が気になるんだ」
「何が?」
「『君は独りじゃない』って…。あんな言い方…まるでアーシュがたった独りでいるみたいじゃないか…」
「そんなに重い言葉でもないと思うけど…」
「バカだな、君たち。アーシュは独りだよ。アーシュはいつだって独りで戦ってきた。それも自分の為じゃない。好きな人たちを守るために、幸せにするために、彼は自分の魔力を惜しげもなく使うんだ。それがアーシュの性分なんだから、仕方ないことさ。そうさ、古今頂点に立つ者は、際立った力を持つ者は、王者は、いつだって孤高であり、輝ける陽の元であり、そして、誰の力も必要としないんだから」
「…」
 ベルもルシファーもメルの言葉にある種の戦慄を覚えた。
 ああ、それは確信だったのだ。
 いつだってアーシュは…誰かの為に、自らの魔力と頭脳で、たったひとりで戦ってきたではないか。
 誰の力も借りずに…
 
「…アーシュは見返りなんか求めない。昔も今もこれからだってアーシュはひとりきりで戦って…そして、死んでいくんだ」
「メル、不吉なことを言うなよ」
「何故?誰だって死ぬんだぜ?アーシュだけじゃない。僕たちだって死んでいく。それが自然の摂理だ。…そして摂理に逆らっている不死の神、イールもまたアーシュの死によって、その不死の命の鎖から解き放たれるんだ…」
「どういう…ことだ?」
「昨晩、奥の院の学習室から本を持ち出して一晩中読んだのさ。秘蔵書ってやつだな。…このハーラル系の惑星のそれぞれのふたりの神は不死ではあるが、どちらかのひとりが死ねば、残りのひとりも同時に死ぬ…と、記述があった」
「そんなこと…僕は、聞いてない」
「この惑星の住民には口外できないだろう」
「だけどアーシュは本当に神なのか?…それとも人間なのか?もしアーシュが普通の人間と同じ寿命だとしたら、イールって神はアーシュが死ぬ時に一緒に死ぬことになるよな。そしたらこのクナーアンに神さまは…」
「存在しなくなる」
「…」
「やめてくれ。クナーアンにとってイールとアスタロトのふたりは至上の存在だ。神はこのクナーアンの光なんだぞっ!」
「落ち着けよ、ルゥ。真実かどうかはわからないことだし、どっちにしろ、死ぬことなんてまだ先のことだよ」
「う…うん」

 慰めようと肩を抱くベルとルシファーは遥か遠い、霞む峰を見つめた。
 今頃、アーシュはあの崖の上に立ち、未来を切り開く道を探し、歩き始めようとするはずだ。
 彼の揺るがない精神は、きっと傷ついたイールを救い上げてくれるだろう。
 そうでなければならない。

 願わくばイールの愛が、アーシュの孤独を埋めてくれることを…

 ルシファーもベルもそう祈らずにはいられなかった。



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暑中お見舞い - 2012.07.21 Sat

クナーアンの皆さんが、夏の日本に来たら…

クナーアンの夏1

やっぱビールが最高っすね!(私はあんま飲めませんwww)
それと花火ですよねえ~
豚の蚊取り線香とか、たしかに家にありました。(今も実家にある)

セキレイうちわはアスタロトの手作りです。アスタロトは工作好きなのですよ。
…惜しい人を亡くしました(´;ω;`)ウゥゥ

皆さん、夏バテなさいませんように。



Phantom Pain 12 - 2012.07.18 Wed

12.

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砂漠1
12、

 神殿へ向かう回廊を先導するルシファーの後ろ姿を眺めながら、アーシュは付いて歩く。
「セキレイ」
「なに?」
 ルシファーはアーシュを振り返った。言い方もアーシュに振り返る仕草も昔のままのルシファーに、アーシュは頬を緩めた。
「さっきは、君に老けたって言ったけど…言い方を間違えたね。君は俺が理想したとおりの18歳に成長したんだね。見惚れちゃったよ」
「…」
 アーシュのこういう攻め方には慣れていたつもりのルシファーだったが、一気に耳たぶが赤くなっていくのを感じた。だがアーシュの次の言葉には熱くなる方向を切り替えなければならなくなった。
「ね、君は俺と別れて、誰かと付き合ったりしなかったの?別に怒りゃしないよ。ヨキなんかさ、いい感じの男じゃん」
「あ…あ、アーシュっ!失礼じゃないかっ!き、君みたいな好色な奴はこのクナーアンには居ないよっ!」
「別にそんなに目くじら立てなくてもいいじゃん。好色っていったって、青少年の性欲を抑圧することこそが悪であり、セックスはコミュニケーションのひとつっていうのが『天の王』の常識だろ?」
「ここはサマシティとは違う。クナーアンの人々は、好きな人を一生かけて愛しぬくのが当然だし、美徳とされている。だから夫婦の離婚も滅多にないし、色恋沙汰の争いも少ない。決めた相手がいるのに他の奴とセックスなんかしないよ。これはね、神であるイールさまとアスタロトさまが、永遠の恋人でいらっしゃるからなんだよ。クナーアンの住民はふたりの神々に倣って、お互いを思いやり愛し続けることが、最大の幸福だと思っているんだ」
「そうなの?」
「ヨキも僕も神殿に勤めているから、恋人は作らないし、セックスをしたくて誰かと遊んだりすることもない。性欲は誰かと交らなくても片づけられるし、僕はイールさまにお仕えすることで、身も心も清浄でいられることを喜びとしているからね」
「ふ~ん。そういうもんかね」
「君は、アスタロトなんだぞ!クナーアンの神さまなんだぞっ!少しは自重したらどうなんだ」
「…あのさ、セキレイは俺をクナーアンの神だから自重しろっていうけど、神だからってなんで自重しなきゃならないわけ?って思っちゃうね。俺はベルやメルや他の好きになった生徒とセックスしたけど、それを悪びれる気なんてさらさらない。好きな奴とセックスすることが淫売なのか?お互いの身体に触れ合って、一緒に快感を味わうことの何処が悪事なんだ?それとも君は、クナーアンの清教徒(ピューリタン)になったからって、俺にも禁欲になれと強要する気か?セキレイが他の奴とセックスしないのは勝手だが、その信仰を俺に押し付けるなよ」
「…君は…イールさまの事を考えたことがあるのか?」
「は?なんでここでイールが出てくるんだよ。俺が誰かとセックスすることがイールに何か問題あるわけ?」
「ふたりともおやめなさい。一応ここは神聖なる神の住まいですよ。色々と言葉も慎んででくださらないと…」
 次第に張り合っていくふたりの声に、遅れてきたヨキがあわてて二人の間に入った。

「ヨキ…すみません」
「セキレイの道徳観もこちらに来て随分変わったみたいだな。まあ、おまえは昔から、俺以外とセックスはしたがらなかったけどね」
「アーシュっ!」
「大体アスタロトのセックスの相手がイールだけだとは限らないだろ?もし、俺がアスタロトであるなら、千年以上生きて、イールひとりだけを相手にしていたなんてありえるかよ」
「…アーシュさま。クナーアンの神は…いいえ、このハーラル系12の星のそれぞれの神は、天の皇尊により産みだされた神聖な存在なのです。ですから星の統治者として生まれたふたりは永遠の命を持ち、そして永遠に愛し合う恋人として星の繁栄を支え続けるのです。よって神はお互いの他は求め合うことはしません。いくら人間たちが神を敬い、その愛を得たいと願っても、神は人間に欲望を求めないのです」
「…つまり、神は人間とセックスしないってこと?」
「そうです。アスタロトさまもイールさまも神として統治者として、クナーアンの住民たちを愛し恵みを与え、より良い世界へと導きますが、個人の人間を愛することはないのです」
「そうかい…じゃあ、多くの人間とセックスを楽しむ俺は神ではないってことだね。それは結構なことだ。アスタロトは懸命な選択をしたのかもしれないね」
 アーシュはそう言い残して、神殿の画廊に向かって歩き出した。
 何も知らないアーシュには、神としての規律など知った事ではなかったし、18年間生きた人生を貶めるような考え方もできなかった。


 神殿の左の別棟の美術画廊にはベルとメルの姿があった。
「ベル!メル!ほったらかしにしてゴメン。ふたりとも大丈夫だった?」
 アーシュは絵画を巡っているふたりに駆け寄った。
「アーシュ、君こそもういいのか?突然倒れるから心配したんだよ」
 いつものようにベルは両手を広げて、アーシュを歓迎した。
「魔力を使い過ぎた所為の疲労だから、眠るのが一番だよ。でも…顔を見る限り、すっかり回復したみたいだね」
 メルも変わらぬ笑みを浮かべ、長い灰金色の前髪を邪魔くさそうに掻きあげた。
「うん、もう心配ないよ。それはそうと…ふたりとも俺が居ない間、何してた?」
「別に…このデカぶつと言い争ったり、君の元恋人をからかってたりしてたよ」
 フフンと皮肉っぽく笑うメルを、ベルは睨みつけた。
「メル、君は学園を卒業しても性格の悪さは治らないんだな。いい加減ルゥに嫉妬するのは止めろよ」
「アーシュと寝た相手に嫉妬するのは、僕のアーシュへの愛だよ。独占欲は神聖なる愛情の有り方だ。それともベルにはそういう感情はないのかい?…あ、そうか。君のアーシュへの愛は諦めることから始まっている。だから不純物だらけなんだよ」
「五月蠅いっ!いちいち喧嘩を売るな。それもアーシュの前で」
 ベルは本気でメルを殴りたくなった。身体も腕力も見た目からしてベルの方が上等だ。その気になればメルの片腕をひとひねりで降参させてみせる。

「あ~、皆にモテるのは俺の罪なのかもしれないけどさ。俺の中で、メルとベルへの愛情は違う。もちろんセキレイに対してもだよ。セックスだってそれぞれに快楽の味も違うしさ。だけど寝たら俺のものになったという解釈は好きじゃない。独占欲は神聖ではあるが、押し付けは美しくないね。君らの俺への独占欲は自分の中で解決してくれよ」
「わかっていますとも、我が王、アスタロト・レヴィ・クレメント。僕のあなたへの愛は不変であり、僕自身のものでしかない。強要など一切しないつもりだよ」
「ありがとう、メル。それよりこの画廊はどんな風?クナーアンの歴史って言っても…」
 アーシュはざーっと壁に飾られた絵画を眺めた。
「…モデルのふたり以外は目立つものがない」
「そりゃ、クナーアンの歴史はイールとアスタロトの姿でしかないもの。ほら、見てごらん。これなんか二人の神々が最初に出会った時を描いたものなんだって」
 メルは優雅な仕草でアーシュの手を取り、最初の絵画の前へと導いた。

創世

「へえ~。かわいいね」
 五歳のイールとアスタロトが仲よく手を繋いで顔を見合している様は、見ているだけで微笑んでしまう。
 勿論当のアーシュには記憶もないから、自分によく似た子供が知らない子供と仲よくしている絵に見えてしまう。
 そうして年月の順に飾られた絵画を、アーシュはゆっくり眺めることにした。
 わからないことはヨキが教えてくれた。
 ヨキは家庭教師のセラノのことも、アスタロトが甘えていた世話人のマサキのことも語り継がれたままをアーシュに話していく。
「それにしても…こんなに沢山良く集めたね。ひとりの画家が描いたわけでもないでしょ?」
「昔、イールさまとアスタロトさまの御姿を描いた模造絵が民衆の間に蔓延ったらしく、それがあまりに似ていないのでアスタロトさまがお怒りになって、一流の画家に自分たちを写実的に描かした絵を民衆にばらまいたそうですよ」
「アスタロトってすげえナルシストじゃない?」
「そうですね、許せない程に…相当似てなかったんでしょうねえ~」
「アーシュにそっくりだ」
「なんだよ、セキレイ。俺のどこがナルシストだよ」
「全部だよ」
「やめろってふたりとも」
 慌ててふたりを止めにかかるベルの様子に、アーシュとルシファー、そしてベルは昔のままの三人に戻った気がして、同時に笑い出した。

「これはおふたりが天の皇尊に願われ、頂いた神獣です。セキレイと名付けられ、一千年近くおふたりのお傍で過ごしたそうです」
「セキレイ…って言うんだ」
「アーシュは無意識にこの名前を僕に付けたのかもしれないね」
「違う…俺は…あの時エヴァから聞いた話のセキレイが好きで…それで河原でセキレイを見つけようとして…」
「僕を呼んだんだね。セキレイの名の由来がこの神獣であろうとエヴァから聞いた物語であろうと、僕はちっても構わない。アーシュが僕を呼んでくれたことがすべてだ」
「セキレイ…」
「間違わないでくれ。君に呼ばれたことを僕は後悔したことはない。君と一緒に過ごせた日々が僕の最良の時だった」
「セキレイ、これからもずっと一緒にいてくれるんだろ?」
「…うん、そうだね…」
 アーシュの言葉を疑うわけではない。だが、イールのことを思えば、自分がアーシュと共にいられる日々など、もう来ないのではないかと、ルシファーは痛む胸を無意識に抑えた。


 画廊の入り口あたりから何人かの神官の姿を認めたヨキは、ルシファーに近づいた。
「ルシファー、ご友人の案内を頼んでもいいかい?」
「え?」
「神官たちが見ています。あまりアーシュさまと仲よくしているところを見せない方がいいでしょう」
 ヨキは小声でルシファーに知らせた。アーシュとルシファーの事情を知っている神官たちからの嫉妬を避ける為だった。
「わかりました」
 ルシファーはベルとメルを連れて、アーシュから離れた位置で見守ることにした。

「セキレイも結構大変なんだね」
 アーシュは神官たちに気を使うセキレイに同情した。
「アスタロトさまとイールさまに仕える私たちは、住民よりもずっと近くに接していますからね。神官のほとんどが親の無い子供で、神殿で育ったのです。すなわちイールさまとアスタロトさまに拾われたようなものですから、御ふたりへの崇拝は上限を知りません。それに誰でも特別な慈悲を頂きたいと望むものですからね」
「でもヨキは…俺にはフランクじゃない」
「私は…問題児だったんです」
「え?」
「私は七つの時にアスタロトさまに拾われたのです。私は犯罪者の子供で忌み嫌われていました。そして誰にも心を開かない捻くれた子供でした。イールさまとアスタロトさまはそんな私を可愛がってくださいました。家族のように…神官は神に仕える聖職者なので、ふたりの神を尊厳しなければならないのですが、おふたりは私が気取るのを嫌うので、ひとりくらいは気軽に声を掛けられる従者も必要かと思って、仕えているのですよ」
「ふ~ん。アスタロトはよっぽど君を気に入っていたんだね」
「何故、そうお思いなのですか?」
「だって、俺もきっと捻くれた子供を育ててみるのって面白いだろうなって思うからね。特にヨキみたいな綺麗な子供ならね」
 アーシュはそう言って微笑み、自分よりずっと背の高いヨキを見つめ、その伸びた赤い巻き毛を指に巻きつけた。
 ヨキはアーシュの黒曜石に輝く瞳に見つめられ、一瞬身体が膠着し、アーシュの目線を逸らせない自分に焦った。
 その目の輝きはヨキの心を見通し、そしてそのままアーシュという実態に身体ごと浸食されてしまいそうに感じた。
「じゃあ、ヨキ、次の歴史を教えてくれる?」
「は、はい」
 アーシュが声を掛けなかったら、いつまででもヨキは現実に戻れなかったかもしれない。

「アーシュさま、よろしかったら神官たちにお声をおかけになってくださいますか?皆、あなたが戻られるのを心よりお待ち申し上げていた者ばかりなのです」
「彼らは俺がアスタロトの生まれ変わりって知っているの?」
「いいえ。神官長と副神官長ふたりとルシファーの四人です。わたしは副神官長なので私以外はふたりということになります。」
「わかった。では適当に話を合わせておくよ」
 アーシュは画廊の角で遠目に見ていても、畏まっている6人ほどの神官に近寄り、丁寧な挨拶をした。彼らはアスタロトの帰還を喜ぶあまり、アーシュの見つめては誰彼もが咽び泣く始末で、さすがのアーシュも気まずい思いになったが、彼らのアスタロトへの敬愛は本物だと知った。
「皆、心配かけて悪かったね。これからは居なかった時間を埋めるためにも、クナーアンの為に役目を果たさせてもらうよ。皆もクナーアンの生きる人々の為に、懸命に支えになってくれ」
 アーシュの言葉に、神官たちは平伏し、額を床にこすりながら、彼を拝み続けた。
 その姿に、アーシュは信仰の対象にされる嫌悪感を知った。
 アーシュは泣き続ける神官から逃げるように、ヨキの待つ場所に舞い戻った。

「ありがとうございました。これで当分は彼らのルシファーへの対応も優しくなるでしょうから」
「神さまを演じるのも大変なんだね。まあ、ここも楽園ではないってことらしい」
 アーシュはわざと大げさな溜息を付き、ヨキに舌を出した。


 ヨキは絵画を鑑賞するアーシュの美麗な横顔と均整された肢体(プロポーション)を終始飽きずに眺めていた。
 ヨキは生まれ変わったアーシュに、アスタロトと似ているところを見つけては感慨深気に頷き、似ていないところを発見しては新しい喜びに興奮していた。
 そして、アーシュをアスタロトとは違った新しい感情で愛する喜びに満ちている自身に驚きを禁じ得なかったのだ。
(こんなにも新鮮な気持ちでアスタロトさまを想うことができるなんて…)
 その新鮮な想いは瞬く間に燃え上がるような恋へと変わっていく。だが、ヨキは知っている。ヨキの想いは彼の想いでしかならないのだ。
(イールさまを想えば、私のアーシュさまへの愛など塵のようなものなのだ…)


「これは…誰が描いたの?なんだかこの絵だけ、描かれているイールの表情が違う気がするのだけれど…」
 アーシュは一枚の絵の前に立って、傍らのヨキに聞いた。
「それは…アスタロトさまが描かれたイールさまの肖像画です。私が12歳頃でしょうか。突然アスタロトさまがイールさまをモデルにすると言い出されて…アスタロトさまはアースから帰られたばかりで、有名な美術館で見た絵が素晴らしかったから、自分も真似してみるとかおっしゃって…アスタロトさまは言い出したら即実行の御方なので、それはもう夢中でお描きになっていましたよ」
「そう…俺が描いたってことになるんだね…記憶にないけどさ…」
 アーシュはそう言ったきり描かれたイールの顔から目を離さなかった。 

 アスタロトが描いたというイールの表情は信頼と慈愛に満ち、アーシュに向かって「愛している。愛しているよ、アーシュ…」と、語りかけているようだった。
 幻想でしかあり得ないイールの声がアーシュの心に満ちていく心地良さは、言葉にもならないほどだった。
 アーシュはやっと気がついたのだ。イールがアスタロトに捧げた愛の重さに。

「イール…イール…会いたいよ、あなたに…」
 零れ落ちる涙を拭うことさえ忘れてしまったアーシュは、イールという自分の半身を認識し、彼を愛し始めていた。




イール絵姿


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次こそはイールと会える…と思うけど…(*^-^*)ゞ


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Phantom Pain 11 - 2012.07.14 Sat

11、
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アーシュ窓22

11、
 扉の格子の長い影が真っ白な天井に映る様がぼんやり見えた。
「あ…」
 辺りは朝の光に満ちていた。
 目を覚ましたアーシュは、見慣れない周りの風景に一瞬戸惑いを感じた。
 そして何度か瞬きをするうちに、「天の王」学園の聖堂の魔方陣からトゥエ・イェタルに見送られ、ベルたち三人と次元を渡り、アーシュの求めた場所へたどり着いたことを思い出した。
 目的の地はサマシティと異なる次元の惑星クナーアン。魔力を使い果たし、クナーアンに着いた途端、疲れ果てそのまま意識を失った。
「だけど変だな…セキレイが大きくなって俺を呼んだ気がするんだが…まさかここにあいつが居るなんて、ありえないよな~」
 ゴソゴソと脚の長い天蓋付きのベッドから這い出したアーシュは、見たこともない洗練された瀟洒な部屋を呆気に取られながら、ぐるりと歩き回ってみた。
「しかし…すげえ部屋だな。エドワード宅(ち)も伯爵の城もやたら気取ってすごかったけど…なんかここはあったかくて、それでいて澄みきった空間だな。あ、もしかしたらこの部屋って、アスタロトの部屋なのかな?…うん、アスタロトはこの星の神さまって言ってたから、神さまの部屋ならこれくらい上品でもいいのか…ああ、でもサマシティとは空気が全然違うわ。すげえカラッとして気持ちいい~」
 バルコニーへの扉を開け、朝の空気を胸いっぱい吸い込んだアーシュは、遥かに霞む空を眺めた。
(なんだか昨晩、めちゃきれいな人が俺を見つめていた気がしたんだけど…あれ誰だろ?銀色の巻き毛に真っ青な空の瞳。なんとなく寂し気に見えたんだけど…もしかしたら…あれがイールなのだろうか?…だったら起こしてくれれば良かったのにさ)

「アーシュ?起きたの?」
「セ、セキレイっ!」
 後ろからアーシュを呼ぶ声を懐かしいと感じる前に、アーシュはルシファーの名を叫んでいた。
「あ、昨日のアレは夢じゃなかったのか?本当に君だったのか?」
「おはよう、アーシュ」
 アーシュは部屋のドアを閉めるルシファーに駆け寄り、その目で頭からつま先までを何度も往復させた。
「ちょっと、本物がどうか触っていい?」
「…ほんものですけど…」
 アーシュはルシファーの両肩を掴み、両腕を確かめ、そのまま両手まで降ろし、ぎゅっと握りしめた。
「ああ、本物らしいけど…だけどさ…君、老けたね」
「はあ?三年、いや四年ぶりに再会した第一声がそれか?呆れた!相変わらずアーシュはデリカシーに欠ける奴だ。大体人間の成長が著しく変わるのがこの時期なんだから、老けるのは当然だ!君だって、年相応に老けてるしっ!」
「…セキレイだ。その怒り方は昔と変わんないじゃないかっ!君、元気にしてた?なんでここにいるの?え?もしかしたら俺が来ること知ってたの?…つうか、君、ご両親とは会えたのか?便りのひとつぐらい送れよ。テレパシーだって夢ん中だって連絡ぐらいできるだろ?すげえ心配したし、寂しかったし…」
「…僕だって寂しかったさ」
「君、まだ俺のことを好きでいてくれてる?」
「…アーシュはバカだ。君に誓った愛は、一生涯僕を縛るものだ。それ以外の何物でもない。尻軽な君の方こそ、信用ならないね。だからと言ってそれを責めるほど、僕も狭い料簡ではなくなったよ。大人になったからね」
「そりゃ感心だね。俺なんか、『天の王』じゃモテモテで、身体がいくつあっても持ちやしない。男も女も攻めも受けもなんでもござれってもんだ…いっててぇ~!」
 思い切りアーシュの腕を抓るルシファーに、アーシュは大げさに叫んだ。
「バカバカバカ!もう、君は反省って言葉を知らないのか!大体なんでここに来たんだよっ!」
「痛ってなあ~…なんだよ、大人になったんじゃなかったのかよ。相変わらず妬き餅焼きなんだから。それにここに来たのは俺が何者かを知る為だよ。どうやら俺が生まれ変わる以前のアスタロトは、このクナーアンの神だそうだからね。それを知った俺が何の責も負わず、今までどおりに『天の王』に守られて生きていけるはずもないだろ?…俺はここで知るべきことを知って、為すべきことをやろうと思うんだ」
「…」
「で、君は何でここに居るの?」
「『senso』の力を使って、君と一緒に見た僕の故郷を覚えている?」
「勿論だよ」
「あの場所はこのクナーアンだったんだよ。君は僕を両親の元へ届けてくれたんだ。両親は僕を喜んで受け入れてくれた。僕は幸せだよ、アーシュ。心から感謝するよ」
「そう…そうか!良かった!…本当に…良かったよ、セキレイ!」
 アーシュは嬉しさの余り、ルシファーを力一杯抱きしめ、「本当に良かった」と、何度も繰り返した。
 こんなにもアーシュが喜んでくれるとはルシファーは思ってもいなかった。アーシュに抱きしめられたルシファーは胸が熱くなり言葉に詰まってしまう。

「で、君はここで何をしてるの?」
「…アーシュはここがクナーアンの神殿だってことはわかっているの?」
「うん、俺がそのクナーアンの神だってこともね」
「僕はイールさまとアスタロト…さまに仕える神官になろうと思って、ここで修行しているんだよ」
「…え?君、神官になりたかったの?『天の王』での勉強は?俺たちと一緒に卒業しないつもりなの?」
「アーシュ、状況が変わったんだよ。僕はここの住民だし、今更両親を置いて、サマシティに戻るわけにもいかないよ」
「…それが君の希望なのか?」
「…希望っていうか…まあ、色々話は長くなるからさ。取り敢えず、服を着替えてよ、アーシュ」
「うん…」
 アーシュはルシファーの腰に回していた手を外し、寝着を脱ぎ始めた。
 その様子をちらりと見たルシファーは、小さく呟いた。
「アーシュ…さっき君に老けたって言ったけど、あまり身体の変化が見られないね」
「え?そうかな~…確かにね、他の奴と比べたら髭も生えないし、腋毛も脛毛も薄いんだ。ベルなんか毎日髭剃りしているのにさ。だからって性欲は人並み以上にあるし、別に女性的でもないんだぜ。まあ、男らしい面構えとはいかないけどさ」
「…眼鏡はどうしたのさ」
「こっちへ来るときに、トゥエから必要ないだろうから預かっておくって言われたんだ。もともと度が入っていたわけじゃないから、どうでも良かったんだけどね」
「そう…」
 艶やかに笑いかけるアーシュを、ルシファーは直視できないでいた。

(僕たちはもうすぐ18になる。大人になる為に成熟せざる得ない変化が大きい時期だ。僕だって童顔だって言われてきたけれど、骨格も男っぽくなってきているし、髭だって生えている。だけどアーシュは…僕とは違う成長をしている気がする…身長も高くなったし身体つきもしっかりしているけれど…同じ年頃の男とは明らかに違う成長をしている。…性を超越したもの。…そうだ、イールさまに出会った時の印象と同じなんだ。ふたりとも普遍的な美を具象したものとして存在する…そんな感じがする…やはりアーシュは僕らとは違う。人間から生まれた者ではないのだな…)
 ルシファーは慣れないクナーアンの衣装に悪戦苦闘しているアーシュを眺めながら、何も知らなかった昔のふたりではいられないのだと、沸き起こる憂鬱な思いを振り払えずにいた。

 アーシュの着る衣装は、特別に誂えた神だけが許される着物だ。
 肌触りの良い綿の下着に、上等な絹のチュニックとズボン。袖の無い綸子の上着には細かい千花模様が散りばめられている。 
「この帯どうすりゃいいのさ」
 アーシュは真っ青な絹と金の綴織の帯を手に、ルシファーに問う。
 ルシファーはアーシュから帯を受け取り、慣れた手つきでアーシュの腰に巻いた。
「これはね、クナーアンの神さましか纏うことができない帯なんだ。ほら、模様が薄荷草を形どっている。…いつだって君からは薄荷草の香りがしていたね。それはクナーアンの神である証拠だったんだよ」
「…そう…なんだ。なんか変な感じだよ。神さまって言われてもね~。どこがどう変わるもんでもないし…」
「…」
(アーシュはまだ何もわかっていないんだ。クナーアンの神の重要性も、イールさまとのことも…だがそれを知ったら、アーシュは…僕とアーシュとの関係は今のままではいられないだろう…僕はただの人間で、アーシュは神なのだから…)

 アーシュの身支度が終わる頃、部屋をノックする音がした。
「目が覚められましたか?アスタロトさま」
 両手で盆を持ったヨキが、アーシュを見て頭を下げた。
「あ…と、そうだ。君、ヨキって言ってたね」
「そうです。お腹が空かれたんじゃないかと思って、朝食をお持ちしましたが、どうなさいますか?」
「ああ、そう言われたらすげえ腹減ってる。良かった~ありがたく頂きます」
 アーシュは急いでテーブルに近寄り、椅子に腰かけるとコップにたっぷり注がれたピンク色のジュースを飲み干した。
「これ美味しいね。変わった味だけど、すっきりした甘みがあって」
「神殿の近くの果樹園に生った『イチジク』のジュースです。朝、ルシファーが捥いできたのですよ」
「へえ~、セキレイは農家の仕事もやるのか?」
「一応ね。ここでは『天の王』の学生のように授業さえ受けてればいいなんてことはないんだ。なんでもできるように色々な経験をさせてもらっている」
「…なんか、大人になっちゃったなあ~。かなり差をつけられたって感じ。俺なんかお山の大将ごっこだもんなあ~」
「イルミナティ・バビロンは君が引き継いでいるんだろう?」
「まあね。組織としては小規模だが、世情がどうも怪しくてね。地域によっては魔女(アルト)狩りも伝説ではなくなっているらしい」
「本当に?」
「まあ、あくまで噂なんだけどね。何かが起きて必要とあれば俺は本気で『魔王』の役をやる気でいるよ」
「魔王…とはなんですか?」
 傍らで給仕をするヨキが、不思議な顔でアーシュを見る。

「魔王って…う~んと、まあ、クナーアンでいう神みたいなもん?」
「…なんか違う気がするけど…」
「へえ~それは凄いですね。アスタロトさまはクナーアンの神であり、アースという惑星の魔王なんですね」
「…そうなるのかな…それが凄いのかどうかはわかりかねるけど…俺は自分がやるべきことをやっていきたいと思っているだけで、まだ何も実行してないって状態だよ。だから、ヨキ」
「はい」
「アスタロトさまってのはやめてくんない?確かに俺はアスタロトの生まれ変わりらしいけれど、アスタロトと同じ者ではないし、アーシュと呼ばれる方が好きなんだ」
「…」
 アスタロトと同じ顔で、同じ声で自分に語りかけるアーシュに、ヨキは喜びに溢れて言葉が出なかった。しかも外見だけではなく、感じられるアーシュの魂はアスタロトと少しも違和感がなかったのだ。

「承知いたしました。これからはアーシュさまとお呼びいたします」
「さまもいらないけど…」
「あなたさまはこのクナーアンの神様ですからね。呼び捨てにはできませんよ」
「そうなんだ。でもセキレイはいいだろ?君にアーシュさまなんて呼ばれたら、俺、本気でゲロ吐くかもしれない」
「勿論ですよ。ルシファーはアーシュさまのご友人であり、幼馴染みなのですから、普通に呼んでも構いません。但し、他の神官の前では配慮するべきでしょうね」
「わかりました。気をつけます」
「ごちそうさま。パンもスープもこの煮物みたいなのも美味しかった」
「お口に合われて良かったです」
「それでさ、ベルとメルはどうしてる?」
「お友だちの皆さんはもう朝食を終えられて、たぶん神殿の美術画廊の方へいらしていると思います。クナーアンの歴史を見たいとおっしゃっていましたので」
「ああ、それなら俺も知りたい。神って呼ばれても、実際なにひとつ知らないんだもの」
「アーシュ、本当にアスタロトだった頃の記憶はないの?」
「…うん、全く感じることもない。それがアスタロトの意志だったのなら仕方ないんだろうけれど…」
(イールさまと同じことを言うのだな)と、ルシファーは思った。
「でも、俺がアスタロトだったら、神の役目を放り出してまで記憶を失うことはしないと思うんだよなあ~。だって記憶ってとても大事なものだろ?長い間生きてきたのだもの、忘れたくないものだって沢山あったはずだ。消し去るなんて簡単にできるわけないんだよ」
「じゃあ、どうして…」
「きっとさ、アスタロトは生まれ変わっても覚えていると思ったんじゃない?彼の思惑通りにいかなかっただけだと思うよ。まあ、誰だって失敗のひとつやふたつはあるもんだしね」
「…能天気のアーシュならあり得る気はするけれど…アスタロトさまが君と同じにドジで能天気だったとは思えない。ヨキはどう思いますか?」
「そうですね…アスタロトさまはクナーアンの世情や、民衆への思いで色々とお悩みもおありでしたが、自分のこととなると思ったことを後先考えないでおやりになるし…確かに軽はずみなところがありましたね…」
 アスタロトのいたずらっ子のような顔を思い出しながら、ヨキはあのアスタロトが本当にいなくなってしまったのだろうかと不思議な感覚に捉えられていた。目の前のアスタロトの生まれ変わりは、本当に自分の知っているアスタロトとは違うのだろうかと…

「まあ、覚えていないことをいくら悔やんでも仕方ないしさ。今から色々勉強して、アスタロトになれるように頑張ってみるよ」
「そうですね」
(なんとまあ、ポジティブなお方だ)と、ヨキは妙に感心してしまった。
「じゃあ、俺も歴史の勉強にその美術画廊ってところに行ってみる。セキレイ、案内してくれる?」
「うん…じゃなかった。はい、承知いたしました」
「ふたりの時は今までどうりでいいだろ?」
「でも一応、君は神さまだしねえ」
「全然思ってねえくせにさ」
 カラカラと笑いながら部屋を後にするアーシュの後姿に、ヨキはアスタロトが居なくなってから無くした鮮やかな眩い光が、久しぶりに輝き始めた気がしたのだった。



あーsh111

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さすが能天気のアーシュや。この調子でイールに突撃や~( ,,`・ ω´・)


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Phantom Pain 10 - 2012.07.11 Wed

10.

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イール妖精3

10、

 ルシファーが月に一度、自宅から神殿に通うようになって半年が過ぎた。
 イールと語らい始めると時間を忘れることも多く、いつの間にか日が傾いている。片道半日の道のりとは言え、帰宅は夜中になる。だから、度々泊りになる事も多い。
 神殿の近くには参拝に来た人の為の宿泊所もあり、不便はない。翌日になり、家に帰り着くと両親は嬉しそうにルシファーを迎え入れる。
 両親にとってルシファーが神殿へ通うことは、何よりも喜ばしいらしく、突然異次元から帰ってきた息子の戸惑いを、クナーアンの神への信仰が救ってくれるのだと信じている。

 勿論ルシファーはイールとの対面やアーシュについてなど一切親には話さなかった。
 親を信じていないというより、これから起きるであろういざこざに彼らを巻き込みたくないという気持ちが強かった。
 ルシファーは何故自分がアーシュに呼ばれ、このクナーアンから連れ去られたのかを考えてみることがある。結局、ルシファーの魔力はクナーアンの世界には不似合いだったからではないだろうか…。
 この世界で魔力を持つ人間がルシファーだけだとは限らないが、ここで生きていく限り、つまりイールとアスタロトの神々により守られている限り、魔力などは不必要なのではないだろうか。
 (だが今やクナーアンの神はイールただひとりだ。もうひとりの神、アーシュは、いつかはこの世界に帰ってくるだろう。その時、この世界が今のように平穏なままでいられるのだろうか。
 それとも…自分の力はこの世界ではなく、サマシティの為に使う為のものなのだろうか…)
 ルシファーは悩んだ。
 傍らで自分を見守る両親の為にも、魔力やアーシュに関することは決して口にすまいと誓った。
 彼らにはクナーアンの民として穏やかな日常を過ごして欲しかったのだ。
 

「イールさまは、アーシュをこのクナーアンに戻らせることを望まれませんか?」
 クナーアンに戻って一年ほど経った頃、ルシファーはイールに尋ねたかったことを打ち明けた。
 アーシュはルシファーが心の底から自分を求めれば(魔力を使って)、必ず迎えに来ると誓ってくれた。
 アーシュと離れて一年経ったルシファーの恋しさもあるが、何よりアーシュへの想いを募らすイールにルシファーは同情した。
 ルシファーは心からイールの為に何かをしてやりたいと願っていた。
 それまでのルシファーの「神」への概念は、見る事も手に触れる事もない想像上のモノでしかありえなかった。だが、彼と共に生きた恋人のアーシュはクナーアンの「神」だったのだ。
 そして目の前のイールはアーシュと一千年以上も共に寄り添い、このクナーアンを支えてきた神である。その事実を変えることなどできない。
 まだ15年しか生きていない少年ルシファーには、まばゆく輝く神(イール)は崇拝せずにはいられない対象であった。
 イールの神秘的な美しさや気高い御姿は存分にルシファーを惹きつけたし、接する回数が増すごとに、イールの抒情的な穏やかさや人を想う繊細な心配り、そして時折見せる透明なガラス細工のような儚さを持った表情に、たとえ神であり、恋のライバルであろうと、イールを支えてやらなければならないと心から思った。
 それ故、もしイールがアーシュを望めば、サマシティから彼を呼び寄せ、自分が身を引いてイールが幸せになるのならそれも致し方ないとさえ自身に言い聞かせてきた。

「アーシュが戻れば、イールさまも安心なさるでしょう?」
「それはルシファーの願いだね」
「いえ…」
 イールの言葉にルシファーはあわてて俯いた。時折イールは意地悪なことを言ってルシファーをからかう。なんだかそれがアーシュの言い草にも似て、ルシファーは妙に快い。

「アーシュに会いに行こうと思えば、私にもそのアースと言う惑星に行く力はあるのだよ。場所もルシファーが示してくれたのだからね。でもね…それを私はしたくないのだ」
「何故でしょうか?」
「アーシュが選んだことだからだよ」
「…」
「アースへ行ってしまったことも、記憶を失い人間として生まれ変わったのも、今15歳の少年として生きていることも、全部アーシュが望んだものだ…と、私には思えるのだ。それを私の勝手でクナーアンに連れ帰るわけにはいかない」
「イールさま」
「会うだけでもと思ったこともあるが…記憶を失ったアーシュに私の想いを責めたてても…可哀想だからね…」
 そう呟くイールが誰よりも悲愴に暮れ、今にも泣きそうな顔をしているのだと、自覚しているのだろうか…
 だが、この高貴な神は人間の同情など望んではいないだろうと、ルシファーは感じていた。

 二年後、ルシファーは神殿で働くことを希望した。
 彼の学力と知識はクナーアンの学校のレベルとは比較にならず、今更同学年と机を並べる必要はなかった。ルシファーは両親の許可をもらい、神殿での神官見習いとしてイールに仕えることになった。
 イール神近くに仕える神官見習いになったルシファーに対し、神官たちの多くは良い顔をしなかった。ルシファーがアスタロトの友人だと知る上位神官たちは猶更だった。
 神に直接仕える者は、神官の中でもほんの一握りであったし、誰もが望んでやまない職位だったからだ。
 ルシファーは、神官たちの嫉妬や羨望の目に晒されながらも、決して奢ることなく、真摯に務めることを旨とした。
 そして時が経つに連れ、灰汁(あく)のない素直な、誰が見ても好感のもてるルシファーは、いつの間にか神官たちの信頼を勝ち得ていたのだった。


 神殿で働きたいというルシファーの意思を、イールはヨキから聞いた。
 毎月のように対面しているにも関わらず、ルシファーはイールを充てにはせず、正規のルートで応募したのだ。
 ヨキから聞いた時、イールはルシファーの慎ましい行動に好感を持った。そして彼を自分の傍で仕えるように命じた。
 多くの難しい感情をルシファーに感じてはいても、彼はイールの思いと共有できる貴重な人間であろう。そして、彼が傍にいれば、アーシュの出現も早いかもしれない…と、イールは考えたのだった。
 この打算的な考えをイールは神らしからぬものだと自身を嗤ったが、今までもアーシュに関しては神の役目などどうでも良くなるほどに感情的であり、またアーシュへの欲望に忠実であったため、イールに戸惑いはなかった。
 ルシファーと言えば、イールの傍近く仕える使命によほど感銘を受けたのか、懸命にイールの為に精魂を尽くした。

「ルシファーはいい子ですね」
 寝衣の着替えを手伝うヨキが言う。
「彼は…ヨキに似ているところがあるね」
「私はあんなに素直で良い子じゃありませんでしたから」
「そうだったね。…幼い頃はなかなか心を開かず、アーシュもどうしたものかと頭を抱えていたよ。ヨキには決して見せなかったがね」
「神様を困らせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「アーシュは神としてではなく、愛する者として君を守りたかっただけだ。…私も同じだよ、ヨキ。頼りになる神官になってくれて本当にうれしいよ」
「…私の願いは、一生涯イールさまとアスタロトさまにお仕えすることです」
 感極まり涙を浮かべながら低頭するヨキに、イールはふと質問したくなった。
 君は自分とアーシュとどちらにより心から仕えるのかと。
 ヨキは「同じだけの心を砕いてイールさまとアスタロトさまにお仕えいたします」と、答えるだろう。
 だがヨキの本心は違う。
 彼のいちばん深い心には、常にアスタロトへの深い想いがある。彼は無意識にアスタロトを愛しているのだ。それは「欲望」とも呼ぶ。
 だが、ヨキがいくらアスタロトに恋し、欲望を抱いても、人間である限り彼はその想いを果たすことなどできないのだ。
(アーシュは私だけのもの。どれほどの人間がアーシュに恋い焦がれようと、あらゆる恋心も絶対に適わぬ。アーシュの身体も心もすべて私にしか繋がることはない…)
 それはクナーアンの神である恋人たちの真実の姿だった。

 だが、今、このベッドに横たわるアーシュは、もうイールだけのものではなくなっていた。
 生まれ変わったアーシュは、イール以外の者たちと恋をし、身体を繋げ、それを楽しんで生きてきたのだ。それを笑って許せるほどアーシュへの愛が緩んでいたなら、イールにも救いがある。だが、イールには耐えられなかった。
 イールの存在も知らぬまま、このクナーアンに舞い戻った半身を許せるはずもなかった。
 このアーシュの現実の姿に、今まで耐えていたイールの矜りは悉く打ち砕かれたのだ。

 イールは銀に輝く月にかざした短剣の切っ先を、眠るアーシュの胸の上に立てた。
「アーシュ、これが、おまえが心から欲しがっていたミセリコルデ(慈悲の剣)だ。おまえがあれほど望んだ『死』がこの短剣で適うのだよ…私はもうとっくにおまえと死ぬ覚悟はできている。さあ、ふたり一緒に消えてしまおうか…」
 ミセリコルデを両手で握りしめ、アーシュの胸を貫こうとイールは振りかぶった。
 そのまま力いっぱい両手を下せば、アーシュとイールの身体は忽ちに砕け散り、この寝室の空中に金砂となって舞い上がるだろう。
 悔いはない。
 イールだけのアーシュをこれ以上誰にも触れさせることはなくなるのだから…



 イールの両手は振りかぶったまま、じっと動かなかった。
 下ろそうとした瞬間、イールは眠るアーシュの顔を見てしまったのだ。
 安らかに眠るアーシュを…

 イールは涙した。
(…初めからわかっていた。私にアーシュを傷つけることなど…できるはずもない。私にできるのは、ただおまえを愛することだけなのだ…)


イール窓

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Phantom Pain 9  - 2012.07.04 Wed

9
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イール小鳥
 9、
「これは…この写真は誰のものだ?」
 目の前のヨキに尋ねながらも、イールは写真のアスタロトの姿から目を外せなかった。
「神殿の美術画廊で熱心に鑑賞していた少年です。アースという惑星に長い間、住んでいたそうです。アスタロトさまの友人…と、言っていました。…ああ、この子です」
 ヨキはイールが手にしていた写真を覗き込み、アスタロトの隣に写る白金色の髪をした少年を指差した。
 イールはその少年、ルシファーを食い入るように見つめた。
「…一体、どういうことなのでしょうか?何故、アスタロトさまがこんな御姿で、いらっしゃるのでしょうか?」
「…」
 ヨキの疑問は尤もであった。
 だが、イールは、写真に写るアスタロトを見て、逆に今までのすべての疑問の答えを得た気持ちでいた。

 イールは長い間、アスタロトが居なくなった仮定を何通りも考えていた。そのひとつに当てはまっただけのことだ。
(大方、アーシュは人間になる魔法を自らにかけたのだろう…)
 あれほどまでに、人間として死ぬことを請い、そのための魔術論を日々延々とイールに語って聞かせていたのだから、そのチャンスをアスタロトは心の内ではひたすらに待っていた。
 クナーアンの神、また惑星の統治者として、民衆の手前もありアスタロト自身、この地で人間になることはさすがに気が引けたのだろう。それに比べれば、アスタロトにとって惑星アースは、何の責任も負わない、人間として自由に生きていくことができる理想の地だったはずだ。
(だが、人間になる魔法術にはいくつかの難題があった)
 神である自身の身体をそのまま人間の形にするには、魔力をもってしても成り難い形成術だった。遺伝子レベルからの組み換えが必要になるからだ。
 だからもし人間になる魔術を執り行うことになれば、一度受精卵まで戻し、人間の遺伝子に組み替えて育てなければならない。しかし、その場合、脳に蓄積された情報を書き込んだまま、人間として成長できるかどうかはアスタロトにさえわからなかった。
(もし、アーシュが自らを人間の赤子として生まれ変わらせたのなら…その瞬間に記憶は消え去ってしまったのかもしれない)
 写真を見る限り、アスタロトの姿は13,4歳に見えた。
 あの日を境にアスタロトが人間の赤子として生まれ変わり、人間として育っているのなら、ちょうど良い塩梅だし、クナーアンに戻らない理由も合点がいく。
 
 イールはクナーアンでは見慣れぬ服を着た少年姿のアスタロトが、楽しそうに友人らと戯れている写真を見ているうちに段々と腹が立っていた。
(…あのバカ、一体こんなところで何をしているんだ。それともこれがおまえの夢に描いた世界だったわけか?)
 写真に写っている少年アーシュは多分アスタロトとしての記憶を持ってはいないだろう。よって、彼に罪はない。そんなことは百も承知の上でも、腹が立って仕方がない。
 しかもそれを誰にぶつけようもない有様で、そんな自身さえも腹立たしく、イールは傍らにいるヨキに気づかれないように口唇を噛んだ。

「イールさま、どういたしましょうか?」
「…アーシュの友人とかいう少年はまだ居るのか?」
「はい、神殿に待たせております」
「では会ってみよう。このままほっておくわけにもいくまい」
「わかりました。ではすぐに…」
「ヨキ、相手は少年だ。緊張もしていようから、十分に配慮をしておあげなさい」
「承知いたしました」

 部屋を出るヨキを確認したイールは、深いため息を吐いた。
(緊張しているのはこっちの方だ。…どう見えてもこの写真のアーシュとこの金髪の少年はただの友人関係ではない。…アーシュの奴、人間になって、己の煩悩に忠実になったのか。あの好奇心の強い、好き者の男の事だ。誰彼ともなく気に入った人間に欲情し、存分に楽しんでいるに違いない。…こうなると、こちらも相当な覚悟を強いられるな。何も知らない今までの方が、よっぽどマシだったのかもしれない。この少年から繰り出される話がどんなものなのか…私は恐ろしくてたまらないよ、アーシュ…)

 
 かくしてイールはルシファーとの会見に応じた。
 ルシファーの話によると、ルシファーはクナーアンで生まれ、4歳の時、突然アースの地へワープしてしまった。そこで出会ったのがアーシュという同い年の魔力を持つ少年だった。
 彼はアーシュと共に、サマシティの「天の王」という学園で成長した。
 サマシティは魔力を持った人間たちが多く集まり、その中でも「天の王」には未来の魔術師になるべく選りすぐりの子供たちがいた。
 アーシュは他の者とは比べ物にならない程、異常なまでに魔力が強く、その魔力によりルシファーを故郷から「天の王」へ連れ去ったことを知ったアーシュは、14歳の誕生日にルシファーを元の場所へ還らせる為に魔方陣を使い、ルシファーを無事このクナーアンへ戻らせたのだと説明した。

「おかげで今、僕は両親の元で幸せに暮らしています」
「何故、おまえは友人であるアーシュが、このクナーアンの神だと思ったのかね?」
「アーシュはアスタロト・レヴィ・クレメントという名前をもっていました。この名前はアースでは稀代の魔術師や魔王の伝説を持っているのです。だから、このクナーアンの神の名前がアスタロトと知っても、僕はアーシュがアスタロトとは思わなかった。でも両親が写真を見て、アスタロトさまに間違いないと言うんです。それで僕はそれを確かめる為にこの神殿に来ました。そして色々なアスタロト…さまの描かれた絵を見て…間違いないと思ったんです」
「アーシュがおまえを『セキレイ』と呼んだことも?」
「はい。長年おふたりに可愛がられていた神獣の名前を、アーシュが無意識に僕に付けたのだと感じました。それに…似ているんです。セラノというおふたりの家庭教師は、アーシュの育ての親のトゥエ・イェタルにそっくりなんです」
「セラノに似ている人間が、アースに居たのか?」
「トゥエは『天の王』学園の学長で、強い魔力を持った魔術師でもあります。そして赤子のアーシュを見つけ、拾ったのはトゥエだと、自らアーシュに聞かせていました。アーシュは…自分の生い立ちを気にしていました。自分の親が誰なのか、どうやって捨てられたのか…とても知りたがっていた。僕を両親の元へ還してくれたのも、本当は自分が両親に会いたいからだった。それなのに…アーシュがこのクナーアンの神だったなんて…」
「…アーシュを気の毒に思うか?幼かったおまえが両親と離れ離れになったのが彼の所為だとしても?」
「それは…」
 ルシファーは言葉に詰まった。

 どこまで細かくイールに喋っていいのか、戸惑ってしまったのだ。
 もし、この理由を素直に喋れば、イールは自分とアーシュとの関係を知ることになりはしないか…ルシファーはそれを怖れていた。
 このクナーアンではイールとアスタロトのふたりの神は、永遠の恋人でなければならない。
 その半身と(人間に生まれ変わり、記憶を失ったとはいえ)愛し合っていた…などと、イールを目の前にして、どうして言えよう。
 ルシファーはイールを目の当たりにした時から、その神々しい姿と明晰な認識力、慈悲深い精神に触れ、クナーアンの住民同様に傾倒しつつあった。イールを傷つけることは、アーシュを傷つけることより罪深く思えるのだ。
 アーシュを軽く扱うのではなく、その想いは逆であり、ルシファーにとってアーシュが何者であろうと、一番の気の置けない幼馴染みだったからであろう。
 
 イールはルシファーの心をすべて読んでいた。
 自分を神と崇め、他の民衆と同じように平伏すことを素直に受け入れていること。
 そのイールを傷つけまいと、アーシュとの関係を口にしないと心掛けていること。
 そしてアーシュに対する想いが本当の愛であること…

(いっそ毛嫌いできる憎らしい性格であれば、こちらもそれなりの仕返しができそうなものを。この子には、あどけなさと理知さが嫌味なく成立している。陽光に透ける薄い金の髪も穏やかな容貌もこの少年の美徳であろう。無垢であり、素直に育った可憐な人間だ。確かにアーシュが好みそうな子ではあるが…。…ったく、嫉妬の怒りに任せてこの少年をひと思いに殺してしまったら、いくらかは清々するだろうに。慈悲の神である私が手を下すことも適わない)
 ひとしきり呪われた心でそう呟いてみた後、イールはルシファーを憐れんでもみた。

(この子の身になれば、いささか気の毒にも思う。すべてはアーシュの身勝手によって運命を弄ばれているようなものだ。魔力を持たない人間の住むクナーアンで、なまじ魔力を持ったために、アーシュによって召喚され、彼の思惑通りに愛欲を享受されている。あの男はこの子の意志さえどうにでもできる魔力を司っている。己を好きになれと思い込ませることも簡単なことだ…ああ、だが、なんてうっとおしい話だ。アーシュの意志によって、この人間だけではなく、私までもがあの男の好きなように振り回され…それをすべて知ってのこの身の上…悔しいばかりか情けなさに心が張り裂けそうだ。ばかアーシュ、ばかアーシュ、ばかアーシュ、全部おまえの所為だ!)

「ルシファー、もし良かったらおまえの気が向く時に、神殿に来るがよい。その折に、またこうして私に、アーシュの色々な話を聞かせてくれないか?」
「は、はいっ!イールさま。喜んで!」
 喜色満面に感動するルシファーを眺め、イールは自分に呆れ果てていた。
(二度と会いたくないと思っているにも関わらず、「また話が聞きたい」など…一体私は何を言っているのだ。きっとアーシュなら、「真正のマゾか」と、せせら笑うのだろうなあ…まったくもって愚かすぎる…)

 部屋に戻ったイールは、疲労を感じていた。
(たかが人間の子と話をするだけなのに、神である私がこんなにも気疲れするとはな…)
 イールは机の上に置かれた三枚の写真に気がついた。ルシファーに返さなければならないものだったにも関わらず、気が回らなかったのだ。
 ヨキを呼びつけ、ルシファーに返すように命じても、今からならば十分間に合っただろう。だがイールはそれをしなかった。
 写真を何度も見返し、自身の複雑な想いに自問自答しながらも、最後にはアーシュへの愛に囚われていることに否応なく導かれることを、暗鬱に思いつつ喜びと感じているのだ。
 この二律背反したイールの神経疾患は、生きていく理由の拠り所でもある為、新しいアーシュの姿を見つめることはイールの生き甲斐になっていた。

 そして、ルシファーはひと月に一度、神殿へ通い、その都度、イールとの談話を楽しんだ。
 内容はルシファーの一方的な話であった。
 「天の王」学園でアーシュと暮らした日々を思い巡らしながらイールに話し聞かせることは、ホームシックに罹ったルシファーにとっても、例えようもないほど満ち足りた感覚を味わうのだった。

「アーシュはいつから目が悪くなったのだ?」と、イールは眼鏡を掛けている理由をルシファーに聞いた。
「目が悪いわけではなく、アーシュの美貌が他の者の嫉みや恨みを買うし、またその美に魅了されてしまうだろうと、学長のトゥエ・イェタルが心配して、赤子の時からアーシュに掛けさせているのだと聞きました。確かに眼鏡を外したアーシュを見つめ続けることは、難しい行為でした」と、ルシファーは何とも困った風に笑った。
「…そうか」
(果たしてそうなのか?そのトゥエ・イェタルという魔術師は、誰かにアーシュを奪われることを怖れたのではないのだろうか。眼鏡に術を掛け、誰彼をも惑溺させるアーシュの内なる力を抑え込んだのではないのか。この人間の願望は、アーシュへの欲望と独占欲だ。…だが、それは軽蔑には値しない。私も同類なのだから)

「僕もアーシュも孤児として育ちましたが、沢山の良い友人に恵まれて楽しかったんです。特にベルは僕とアーシュの親友でした。彼は年齢は同じですが、精神的には僕らよりもずっと大人で…僕もアーシュも彼の鷹揚な心の広さに救われました」
「写真に写っていた背の高い金髪の少年だね」
「そうです」
 またもやイールは、そのベルとアーシュの関係を知ってしまうことになった。
 イールにはルシファーの心を読むことができ、しかもその本質を繋げれば、アーシュとの関係が自ずと見出せるのだった。
 だとしても、アーシュへの想いと、アーシュとルシファーとの関係で打ち明けられぬ悩みを抱えているベルの心情を知っても、イールは全く同情する気にはならなかったのだが…

「アーシュは、気前よく誰とでも快楽を味わう人間に成り下がったのだね」
 イールは皮肉を込めてルシファーに言った。
 この言葉はルシファーを驚かせ、またイールの深い怒りを感じるには有り余るものだった。
 彼は慌てて弁解したが、理路整然とはいかず、むしろしどろもどろになってしまったのは当のルシファーさえも、アーシュの身持ちの悪さには腹が立っていたからであろう。

 
 イールはルシファーと引見する度に、ルシファーの心根を微笑ましくも羨ましくも思った。
 ルシファーはイールに対して、実直に余すことなく心を解放している。
 彼のアーシュへの想いは純粋である。その心にイールへの嫉妬が見えようとも、それは当然の感情であり、アーシュへの愛の証でもある。
(立場は違っても、この少年と私は、アーシュに魅入られ、嫉妬心を持って相手を見ているという点で同格だ。…誠に下らん感情ではあるがな)
 
 イール自身の憂鬱な自己嫌悪を再認識させられるルシファーとの毎度の引見は、この平穏で神の役目を執拗としないクナーアンの生活に飽きていたイールにとって、沈殿した諦観の運命を巻き上がらせる突風の如き感情であった。
 イールはルシファーの到来を、心躍る思いで待ち焦がれた。

 危険と絶望と隣り合わせであり、その行く先が鬱屈した感情であっても、進む道を闊歩する心地良さをイールは見逃したりはしたくなかった。



イール1

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イールたんの鬱々した想いはまだ続く…のか?((人д`o)
明日から小旅行のため、次回の更新は一週間後になります。



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