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2012-08

Phantom Pain 18 - 2012.08.28 Tue

18
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アーシュカード2012-1pto


18.

 無数の愛には、無数のうつくしい形がある。
 そのどれもがいとおしいと感じるのは、罪だろうか…
 いや、幸福を語ることは枚挙の無い体現の羅列である。
 おなじ愛などふたつと無い。



 三人は食堂でアーシュが食事を終えるのをじっと待った。
 給仕をしていたヨキが、気を利かせ、部屋を出て行った為、部屋にはアーシュとベル、メル、ルシファーの四人だけだ。
 途中、三人が黙りこくったままアーシュをじっと見つめ続けるので、アーシュは笑い出しながら「なんだよ、君らは俺の食べ方に文句つけようとする育児係かよ。俺に見惚れるのはわかるけれど、いい加減君らの話を聞かせてくれないか?食べるのに口は忙しくとも、聴く耳ぐらいは俺にもあるんだけどね」と、言うので、三人はそれまで強張らせた肩を緩め、アーシュがいなかった七日間の様子をそれぞれに話してみせた。

「…それはいいね。ベルは俺よりも少しばかり成績がいいし、俺よりも少しばかり教えるのも上手いから、セキレイの家庭教師にはもってこいだよな。セキレイも卒業試験には間に合うように勉強して、一緒に学長から卒業証書をもらおうぜ」
「…そのことだけど…」
「なに?」
「アーシュはこれからどうするつもりなのか、聞かせてくれないか?」
「う~ん。取り敢えずは三日後の降誕祭と収穫祭には神さまとしての役目を果たすつもりだ。儀式やなんやらあるそうだからしばらく忙しくなるだろうけれど。それからこのクナーアンの端から端までをこの目で見渡したい。どうやらこの星では俺は豊穣の恵みを与えられる魔力を持つらしいから、方々の土地や海に渡って、祝福を授ける役割を果たしたいんだ。だから…それを終えるまではこの地から離れられない。予想していたよりも長引くかもしれないけれど…ごめん」
「いや、アーシュの想いは理解できるよ」
「ベルにはすまないと思う。大学入試の為の勉強もしなくちゃいけないのに…卒業には間に合わせようと思っているけど、どれくらいかかるかわからない。もし、ベルが望むなら、君を送り届けるための魔術を施しても構わない。セキレイで一度は試しているし、目的地が『天の王』なら、間違いなくワープできると思う」
「アーシュ、ありがとう。でも俺は君の傍にいると決めている。そりゃ、いつかは離れなきゃならなくなる日も来るだろうさ。でも今は君の傍にいたい。君がクナーアンの神としてやり遂げる姿を見守りたい。…そうさせてくれ」
「…ありがとう、ベル」
 ベルの本音がどこにあろうと、アーシュはそれを探りはしなかった。アーシュにとってベルは友情という証そのものであり、臆病と言われてもそれを捨てる気になどならなかったのだから。

 メルもまたアーシュの気持ちに沿うように振る舞う友人のひとりであった。
 彼は一流の役者かもしれない。アーシュに対して彼の親友とは一線を画して存在している。
 そのメルが気取った面持で言う。
「僕も…そろそろこの神殿の中は見飽きたから、今度はクナーアンを旅してみたいと思っていたんだ。クナーアンの人々がどんな生活をしているのか、ツーリストとして興味は尽きないからね。だから僕の心配も無用だよ」
「うん、巡り終わったら旅のレポートでも読ませてくれ。この地を導く参考にさせてもらうから」
「お礼に何をくれるの?」
「そりゃ…君の望むものならなんでも…」
「じゃあ、ゆっくり考えさせてもらうよ。アーシュ、神さま業、頑張れよ」
「うん、頑張るよ。じゃあ、俺、…疲れたから寝るよ。明日も忙しくなりそうだし…」
「ああ、おやすみ…」
 大あくびをして席を立ちあがるアーシュを、ベルとメルは「おやすみ」と、見送る。だが、どうみてもそわそわとしたアーシュの動きを見損なうわけもない。

 アーシュが去り、それを追いかけるように立ち上がるルシファーを見送るとベルとメルは顔を見合わせた。
「どう見る?この状況。僕たちの魔王(キング)は、神(イール)さまに入れ込んでしまわれているご様子だ」
「仕方がないね。もともと彼らは、この世界の永遠の恋人同士だろ?イールは当然として、アーシュには何もかもが初めての経験だ。あの好奇心の塊が、盲目になるのは覚悟していたよ」
「ある意味、僕らは利口者だ。恋人にならなくても、友人関係は永遠なものであり、逃げ場でもあるしね。どっちつかずのルゥよりも気が楽だよ」
 メルの本音を聞き流し、ベルは大きなため息を吐く。
(…メルの境地になってしまえば、俺も気が楽なんだけどなあ…)


 奥に続く回廊を歩く。夜天には二連星の月が、撓んだ弧を上弦に映し出している。
 ゆっくりと眺めながら歩くアーシュの後ろから、ルシファーが声を掛けた。
「アーシュ…あの…」
「なに?セキレイ」
 立ち止まったアーシュはルシファーに振り向き、柔らかい笑顔を向けた。
「お礼を…言ってなかった。ありがとう…イールさまを救ってくれて」
 ルシファーはどこか浮かれたアーシュの綺麗な顔に見惚れ、声を詰まらせつつ言葉を紡いだ。
 アーシュはルシファーの言葉に二、三度瞬き、いつもの斜に構えた顔を覗かせ、からかうような口調で応える。
「別に大して苦労もなかったよ。こちらが誠意を見せたらイールも簡単に許してくれた。拍子抜けするくらいにね。まあ、考えてみりゃ、もともと俺に罪があるわけじゃねえしなあ…イールは俺にぞっこんだし、もう愛されまくりでさ、腰も立たないぐらいよ…」
「…」
「…なんてね」
 そう言うと、表情を変え、アーシュは自重気味に嗤った。
「ほんとうは…俺の方がめちゃくちゃイールに夢中なんだ」
「…」
「イールを初めて見た時から、今まで出会ったどんな奴らよりも胸が高鳴った。この人にだけは嫌われたくないって…本気で思った。最初は肉親に近い感情なのかな…って思ったりもしたんだ。俺には親がいないしね。だからイールに母や父の面影を求めているのかもしれない…って。元々は半身だったわけだから身体の相性はばっちりだし、こちらは経験豊富なボスからご褒美を貰う態勢だし…抜けられないって感じなのかな…セックスだけじゃない。イールの傍にいるだけで安心する。見つめられるとドキドキする。触れられると嬉しくて仕方ない…重ねあうと身体が解けてひとつになれる。こんなの…初めてだ」
「恋を…しているんだね、アーシュは」
 しぼり出したルシファーの声は、嗄れていた。
 だが、アーシュは気がつかないように月を見上げたままだ。

「そうだろうか?…そうなんだろうね。君やベルやメルとも誰とも違う想いで、俺はイールを愛してるんだ」
「そう…イールさまは君の本当の運命の御方なんだよ、アーシュ」
「これから俺はどうなっちまうのかな…。自分でもわからないんだ。不安と期待で胸が張り裂けそうだよ」
 夜天を仰ぎ、声を弾ませるアーシュに、ルシファーの語るべき言葉は多かったはずだ。
 その胸を叩き、「僕はどうすればいいんだ。君を愛し続ける僕は一体どうすればいいんだよ、アーシュ」と詰ったら、アーシュは気がついてくれるだろうか…。

「俺は…俺に降りかかるすべてを夢中で受け止めたいんだ。イールの為に、クナーアンの為に、俺の為に…どうなるのだろう…どうするのだろう…なあ、見ものじゃないか、セキレイ…」
「…」

 「おめでとう、アーシュ。幾年もイールと幸せに過ごしてくれ。僕たちの恋人関係は白紙に戻すべきだよね。いいや、気にはしてないさ。君の幼馴染みで親友であることには変わりはない。そうだろう?」と、今、ここではっきりと言えたなら…
 アーシュに言うべき言葉をルシファーは知っていた。
 誰よりもアーシュを愛する者なら、その者の幸せを願い、共に喜ぶべき正しき人間でありたい、とルシファーは己に言い聞かせていた。
 だが、現実はどうだ。
 愛に満ち、恋に浮かれるアーシュになにひとつ掛ける言葉が口から出ない。ばかりか罵りの言葉ばかりがのど元まで出かかっている。

 ルシファーは何度も息を呑んだ。
 自制する心は自身のプライドの重さに比例する。 ルシファーは自分を卑下したくはなかった。

「…頑張れよ、アーシュ。…僕はここに居るから…」
「うん。ちゃんと見守っていてくれ。俺が上手くアスタロトの神をやれるように」
「ああ」
「じゃあ、おやすみ、セキレイ」
「おやすみ、アーシュ」
 浮ついた足取りを責める気にもならず、ルシファーはイールの部屋へ赴くアーシュの背中を見送った。

 見えなくなったアーシュから冴え冴えと光る月に目を移したルシファーは、大きく息を吸い込んだ。
(大丈夫だ。苦しみはいつまでも続かない。僕はそれを知っている。アーシュを愛しているからこそ、諦めや嫉妬を知り得たのだから…。愛されるだけが喜びではない。僕がアーシュを愛すのは、それが僕の喜びとなるからだ…)


 イールの部屋へ顔を出したアーシュは、きらびやかな着物を身体に巻きつけたイールの姿を見つけた。
「イール、どうしたの?…」
「ああ、アーシュ。ちょうど良かった。こちらへ来てくれ」
「うん」
「謁見の儀式に着るおまえの服などに一通り目を通していたのだ。袖を通すのは18年ぶりだからな。体型に問題はないだろうが、生地や飾りなどが痛んでいないが確かめていたんだ」と、言いつつ、イールはアーシュの肩にひとつひとつ上着を羽織らせては、色味を確かめている。
「イールがそんなことをするの?神さまなのに?」
「ふんぞり返って何もしなくて良いと思っていたのか?私たちの仕事を簡単に考えているのなら、アーシュはこの役を引き受けるのを考え直した方がいいぞ。私たちの食事や家事などは世話人に任せているが、ほとんどの身の回りのことは自分でやるし、すべての仕事を仕切るのは私たちの役目だ。それに命じるよりも自分がやる方が早い時は、そうするのさ。能率が早いし、なにより気を遣わなくて済む」
「神様が人間に気を使うの?」
「神は人間の為にあるのだということを、忘れてはいけない。クナーアンという惑星は私たちのものであるが、この住む星に住む住民たちを導くことが、私たちの役割であり、存在の価値を求めるものなのだよ」
「つまり、主役はこのクナーアンに住む人間たちであり、俺とイールは舞台を作る総監督ってわけだな」
「良い例えだな、アーシュ…さあ、くるりと回ってごらん」
「うん」
 金糸に縁どられた赤い生地のローブを羽織ったアーシュの姿に、イールは満足そうに頷いた。
「やはりアーシュには赤が良く似合う…」
「アスタロトと見劣りしない?」
「おまえがアスタロトなのだから、比較する対象でもないだろう…大丈夫、見劣りしないさ。まあ、少し…色気が足りないのが難点なのだが…」
「うへ~。そうやって俺をガキ扱いしてれば勝てるって思っているイールにムカつくんだよね」
 乱暴にローブを脱ぎ捨て、アーシュは拗ねたふりを見せつけ、ベッドに寝転がった。

「私を誘うやり方もそうやって拗ねるばかりじゃ能がないぞ」 
 寝転がるアーシュの肩を体重をかけながら軽くシーツに押し付け、イールはアーシュの黒髪を掻き上げて額にキスを落とす。
 アーシュは満足し、イールの銀の巻き毛を手に持って自分の頬に当てた。
「ふふ、イールの髪ってふわふわで気持ちいい」
 イールもまたアーシュの短く波打つ黒髪を愛おしそうに撫でる。

「そういや、アスタロトの肖像画はずっと髪が長かったよね。俺もあれぐらい伸ばしたら、アスタロトみたいに色気も滲み出るんじゃなかろうかねえ。イールはどっちがいい?」
「…」
 イールは昔、アスタロトに「伸ばしてみないか?」と、言ったことを思い出した。アスタロトは素直に従い、黒髪を長く伸ばしたその優美な姿は、すべての民衆を魅了したのだった。

「どちらでもいいが…アーシュは短いままがいい」
 また同じような嫉妬心に駆られるのはゴメンだと、イールは心の底から思った。



イール横顔


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Phantom Pain 17 - 2012.08.20 Mon

17
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アーシュヨル


17、
 
 乾いた肌は砂漠と似ている。
 ただ潤う水を欲しがる。
 だが、過ぎたるは及ばざる…だ。
 砂の下の生き物は溺れ、死に絶える。
 くれぐれもご注意を。
 

 アーシュがイールに会いに行くと神殿から去って七日になる。
 神殿に残されたベルは、戻る気配のないアーシュをひたすら待ちわびていた。
 アーシュが決めたことをとやかく言うつもりはない。黙って彼を見守ると誓ったはずだった。だが、故郷を離れ、見も知らぬ異界での慣れない生活に、ベルの不安が募るのは必定だ。

 同行していたメルは、奥の院にある図書室を自分の居場所にして、毎日クナーアンの歴史書を興味深く熟読しながら過ごしている。
 もともとメルは時空を渡るツーリストでもある。未知の世界の楽しみ方は慣れているのだろう。
 ベルはそういうメルが羨ましくもある。
 メルほどにアーシュとの距離があるなら、ベルももう少し楽にいられたかもしれなかった。
 だが、ベルはメルほどには遠くなく、ルシファーのような関係にはなれずにいる。
 まさにそのルシファーがアーシュの恋人であるが故に、苦渋を強いられているのを傍らで見ているから、ベルも自分の些細な不満など言えるはずもない。

「三日後は収穫祭の儀式があるから、イールさまは必ず神殿に戻られるはずだよ。その時にはきっとアーシュも一緒だろうから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」と、無理に明るく振る舞うルシファーが痛ましく思える。
 果たして、アーシュを快く送り出しだのは、誰の為だったのだろう…。
 
 恋人だったアーシュを、生まれ故郷の為だとは言え、昔(転生する以前)の恋人に譲らなければならない苦しみ。
 神と言う存在の前では、太刀打ちできない悲しき我が身を、ルシファーはどんな思いで自身に納得させているのだろうか…
 ベルはルシファーの気持ちを考えると同情を禁じ得ない。

(アーシュは一体今の自分の有様をどう考えているのだろう…人間として生きてきた今までの18年よりも、クナーアンの神としての生き方を選ぶつもりなのだろうか…)

 だが、恋敵ともいえるクナーアンの神、イールを察すると、ベルの敵対心が若干薄れてしまうのも事実だ。
 何の前触れもなく、理由もわからずにアスタロトを失ってアーシュが戻るまでの18年間のイールの苦しみは如何ばかりだったろうか…
 心を閉ざしていてもそれさえ、アスタロトへの愛故のものであるなら、アーシュが本気でイールを求めた時、抗う術などイールにはなかろう。
 そしてアーシュも、今やイールを真のパートナーと認めたのではないだろうか。
(嫉妬だな。何重にも重なった感情の螺旋が俺の身体に巣食っている。解ける隙間もないほど。俺は妙な満足すら感じながらそれを眺めているんだ。まるでアーシュへの愛をひとつひとつ確認するみたいに…)
 ベルは雲の彼方にうっすらと浮かぶ峰を眺め、どうにもならない自分の想いを宥めた。


 ベルは夕食の後、毎晩二時間ほど自室で勉強をするのが日課になっていた。
 「天の王学園」では常にトップクラスのベルは、学習は苦痛ではない。むしろベルは勤勉であることを自身の誇りとしていた。
 ちょうど良い塩梅にルシファーもいる。
 あまり気乗りしなさそうなルシファーを促して、物理や数学などを教えている。
 ベルはルシファーと向かい合わせに座ったテーブルに問題集を広げた。

 大学入試の為の問題集は、本来はアーシュがサマシティから旅立つ時に、「天の王」のことを忘れないようにと、餞別にするつもりでベルが見送りに持っていたものだった。
 成り行きでベル自身も同行することになり、こうして異界で過ごしていても、ベルがどう変わったわけでもない。今でもベルもアーシュも「天の王」学園の生徒なのだから、学生の本分たる勉強を怠るものでもない。と、表向きにはルシファーに諭していたが、本音を言えば、ベルはアーシュに対しては親友という立場でい続けたかっただけだ。
 アーシュを神として崇めるのではなく、同学年の仲間であることが、ベルにとっては最重要であった。

「アーシュは俺たち三人一緒に『天の王』の卒業式に出席することを望んでいるよ。だから卒業までの半年間、ルゥにもしっかり勉強してもらいたいんだ。学園に帰れば卒業試験も待ってるからね」
「今更…『天の王』に戻れるなんて思ってないよ」
「君はもうサマシティに…学園に戻りたくはないのか?」
「僕だって戻りたいと思っているよ。…君たちと『天の王』で暮らしていた頃が最高に…楽しかった。本当の幸せってあの頃だったって…こちらにきてすごく思うようになってしまった。ずっとあのままだったら良かったって…」
「ルゥ、君は『天の王』学園の学生なんだぜ?君が戻ることを学長も望んでいるし、信じている。君の故郷はこのクナーアンからも知れないが、君は俺たちの仲間だろう?確かに状況は変わってしまったし、この先のことだってわからない。けれど、俺はアーシュとルゥと一緒に『天の王』の制服を着て卒業したいと思っている」
「だってベル。アーシュだって今の状況じゃ学園に戻れるかどうかもわからないのに…」
「アーシュは必ず戻るってトゥエに誓ったんだ。俺とメルもそれを聞いていた。アーシュが今までに約束を違えたことがあるか?」
 ルシファーはまっすぐに見るベルの視線を真摯に受け止めた。
「…いや、ない」
「だろ?…ルゥ、俺は俺なりに、アーシュと共に生きていける道を探してみようと思う。アーシュが選ぶ道に、俺が一緒に歩けるのかどうかわからないけれど…。後姿でもいい。俺はアーシュを見守っていきたい。だから俺は…今のスタンスを変える気はないよ。これからだって俺はアーシュを理解したいし、親友でいたいんだから」
「ベル、わかったよ。もう一度『天の王』の制服が着られるなら、僕も苦手な物理も頑張ってみるよ」
「大丈夫さ、ルゥは呑み込みが早い。さあ、ここの問題。もう一回復習してみようか」


 ふたりが学習時間を終えたちょうどその時、ドアをノックする音とベルを呼ぶメルの声が聞こえた。
 滅多な事では部屋に訪ねてくることはないメルに、ベルはあわててドアを開ける。
「どうかしたのか?」
 カンテラを片手にしたメルが少し慌てた様子で立っていた。
「アーシュが戻ってきたんだ」
「ホントに?」
「…イールも一緒にね」
 メルはベルの後ろに見えたルシファーにちらりと目をやり、「行こうか」と、首を振った。
 ふたりは早足で向かうメルの後に、慌てて付いていくのだった。


 イールとアーシュは神殿の中心に現れた。
 木彫りを媒体とした魔力で飛ぶペガサスでも良かったが、手っ取り早くアーシュが持っていた携帯魔方陣を使ってヴィッラのある崖から神殿にワープしたのだった。
 イールはこの魔法に感心し、何度もその魔方陣が描かれた円盤を興味深く眺めていた。
「良く似た魔法文様はあるが、これもまた興味深いものだ。アーシュ、しばらくこれを預かってもよいか?」
「いいよ。イールの魔力だったら俺よりも上手く使えるんじゃないかな」
「そうだといいな」
 灯りの無い神殿は暗く、ふたりは月明かりだけの僅かな光の中でお互いを見つめ、微笑み合った。
 固く結ばれた信頼に満ちた眼差しには、もはや光さえも必要ではなかったであろう。
 どちらからともなくお互いを抱き寄せ、頬を寄せ、口唇に触れ、額を合わせ、また笑った。
 
「やっと、気がついたみたいだよ」
「らしいな」
 遠くから聞こえるざわめきと足音に、ふたりは合わせた身体を離し、少しだけ距離を取った。

 神官たちは慌てふためいた様子でそれぞれに持った灯りを方々へかざしながら、ふたりを探している。
「私ならここだ」と、イールは神官たちに呼びかけた。
 
「ああ、イールさまのお声だ。イールさまが帰ってこられた」
 喜びと安堵に満ちた神官たちの声だ。
「お帰りなさいませ、イールさま。そしてアスタロトさま」
 ヨキと三人の神官たちが、ふたりに灯りを差し出すように跪く。
「しばらく留守をしてすまなかったね。祝祭の用意は進んでいるのか?」
「はい。それは万全でございます」
「そう、良かった。明日からは私も励むことにするよ。アスタロトも帰ったことだし、今年の祭りは賑わうことだろう」
「ではアスタロトさまも玉座に座られるのですね?」
「勿論だよ。みんな、わからないことがあったら教えてね」と、アーシュは神官たちに愛想よく笑いかけた。
「は、はい。承知いたしました…」
 アーシュに見惚れた神官たちは、慌てて低頭する。
 その様子を楽しげに見つめた後、イールはヨキに命じた。

「ヨキ、悪いがアーシュに何か栄養がつくものを食べさせてくれないか。向こうでは十分な食事ができなかったからね」
「承知いたしました」
「俺なら大丈夫だよ」
「アーシュ、おまえは私とは身体の作りが違うのだ。育ちざかりのおまえには人間と同じ栄養が必要だ。栄養失調の神の姿では、民衆の期待には応えられないぞ」
「うん…」
「では、よろしく頼む」
「はい、イールさま」
 アーシュを置いて先に歩き出すイールに、アーシュは思わず声を出してイールの名を呼んだ。
「イール、どこへ行くの?」
 振り向いたイールは「大丈夫だよ、アーシュ。私は部屋にいるから」と、優しく微笑み返す。

 後姿を見送ったアーシュは、さっきまで触れていたイールの肌が無くなった不自然さと喪失感に唖然とした。
(まるで自分の身体のどこかが、寒さで震えているみたいじゃないか…今まで生きてきて、これほど誰かに依存したことがあっただろうか…いや、なかった気がする。なんだ?…俺、どうしちゃったんだろう…)

「アーシュさま」
「なに?」
「すぐに食事の用意をさせますから、食堂へ参りませんか?」
「うん、…そう言えば、確かに腹が減って…一歩も歩けないや」
「それでは、またお抱きいたしましょうか?アーシュさまがここに来られた時のように…」
「いやなこと思い出させないでくれよ。空腹で気を失って倒れたなんてさ…学園の連中が聞いたら、どれだけネタにされることか。俺はこれでも学園じゃ、誰もが畏れ敬う魔王アスタロトなんだよ」
「恐れ入ります。魔王さま」
「ちぇっ、ヨキってば、俺を子ども扱いしてるよね」
「いいえ、アーシュさま。私は心からあなたに感謝いたします。…あなたはイールさまに光を取り戻してくださった…」
 深々と頭を垂れるヨキに、アーシュはバツの悪さを感じた。
 強がって見せたのも、単に自分を奮い立たせる言い訳だし、イールのことも、今では自分の方がより必要としているのではないだろうかと疑っているのだ。
 アーシュは自分の弱さを恥じた。

(一体どうしてしまったんだろう…)

 アーシュは初めて、恋の恐ろしさを知った。
 己の感情を抑制できない恋心の波に溺れかけている自分が見える。

(こうしていてもイールが欲しくて仕方ないや…イールを思うだけで身体が火照ってしまうんだから呆れるばかりだな。全くもってやっかいな話だ。だけど…こうなったらとことん溺れてみるのも一興かな…)


 食堂でヨキの給仕で食事を摂っていると、ベルたちがアーシュの様子を伺いにやってきた。
 アーシュは三人との再会を喜び、心配させたことを詫びた。
 だが三人はアーシュの中に、七日前とは明らかに違ったものを感じていた。
 
 もともとアーシュはその容姿と傲慢で高貴な性格をもったカリスマの塊ではあるが、より以上に人間離れした超然としたオーラと、それとは逆の…重たげに伏せる瞼の影や、髪を掻きあげる指の動かし方、口元の微妙な開け方…ひとつひとつの動作にけだるさとぞっとするような艶がある。
 それはすべてイールの所為だということも、理解した。

 三人は沈痛と困惑の混ざったお互い顔を気まずそうに見合わせた。
 三人が想いを寄せるアーシュは、もう誰のものでもなくなってしまった…と、悟ってしまったのだ。
 

kiss


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夏バテで調子が悪いので、更新は週一とさせてくださいね。
涼しくなって体調がよくなったら週二回更新できるように頑張ります。
Phamtom pain、はそろそろ終わりに近づいてます。
残りは4回程度かな~
その次は最終章ですね。
今年中にすべてが終わればいいんですが…



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お盆休みでござる - 2012.08.13 Mon

すいません。
今週はお盆の為、執筆活動がほとんどできません。
いや~、私は暇なんですが、家人がいるので、書ける状態ではないのです。
毎日、来られる訪問客の方々には、申し訳ありません。
更新は来週まで待ってくださいね。

代わりに、アスタロトさんにコスプレさせましたので(*'ω`*)ゞ

アスタロト侍

「senso」で一番美形なのは、私個人ではアスタロトだと思っています。
アーシュよりアスタロトの方が色っぽいので。
性格はいい加減ですがねえ~( `^ω^)=3

では、来週までしばらくお待ちくださいね~

Phantom Pain 16 - 2012.08.09 Thu

16
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イールとアーシュベッド


16、

  ためらう仕草でおまえは誘い、繋ぐ私を口で責め、身体は「もっと」と、欲張るのだ。
  ああ、そうだな。
  ただ…風になって舞い上がらないか。
  疾風となり、星の空を駆け巡ろう。
  ふたり、永遠に…
 
 

 イールとアーシュは三日三晩、ヴィッラのベッドから離れようとはしなかった。
 ここはふたりだけの世界であり、ふたりが隔てられた時間は長かった。
 イールはアスタロトの身体に渇望していた。
 求め合うセックスが貪欲であるのは当然であった。

 ふたりは欲情に忠実に求め合い、お互いを与えた。
 イールからすれば幼いアーシュを思うままに翻弄する楽しみは、今までとは違ったものではあったが、より上位に立てることで例えようもない優越感を味わっていた。
 アーシュといえば思いもよらなかった奔放なイールに、すっかり魅了されていた。
 そして、イールが求めていたものがアスタロトとのセックスであったように、アーシュもまたどんなに酷い仕打ちをされても、それが自分の望んだもののように思えて仕方なかったのだ。

「イールって…サディストなんだね」
 ベッドに沈み込むアーシュは、見下ろすイールをチラリと睨み、また目線を目元のシーツへと移した。イールはアーシュの浮き出た脊椎を指でなぞり、丸い丘から窪みへとずらし愛撫した。
 アーシュの眉間が歪む。
「…サディストは、己が苦痛を与え、それを真の苦痛と感じている者に対して、喜び、興奮を味わうことだ。私はおまえに快楽しか与えていないつもりだ。そして私は、私の与えるものにより喜ぶおまえの姿をもっと見たいと思う。これは嗜虐的感覚ではない」
「…そりゃ理屈ではそうだけど…さ」
「どうした?私の与える官能が不満か?」
「や…やめないでよ…」
 勝てる見込みなどないアーシュは口唇を尖らせたまま、思うままに身体を凌駕するイールにしがみついた。
 勝てないのなら、降参だけは絶対にしてやるものかと、負けん気を発揮するアーシュが、愛おしい。

 何度も沸き起こる欲情に、アーシュは食事代わりにイールが与えるマナの実が、なんとなく媚薬であることを悟った。確かにマナの実は空腹を十分に埋めてくれる果実だが、あれを食べると身体が火照って仕方がないのだ。
「イールは俺を色情魔にする魂胆だな」と、イールに詰め寄ると、イールは「当然だ。私はおまえを許したわけではない。おまえが私に奉仕するのは罪の償いだと思え」と、居直られた。
 半分は冗句だとしても、残りの半分がイールの本音である限り、アーシュには逆らいようもない。だが、その罰はなんとも言い難く甘い毒の果実であり、アーシュはわかっていても何度でも味わっていたいのだ。

アーシュシーツ


 格子を開けた途端、薄昏かった室内に眩しいほどの光が溢れた。
 アーシュは思わず、両腕で目元を隠した。
「…朝?それとも…昼かな…。ここへきてどれくらい経ったの?」
「朝だ。おまえがここへ来て七日目の朝になる」
 裸のままベッドから出たイールはテーブルの水差しから水を飲んでいる。
 見慣れたとはいえ、イールの裸体が光に輝く様はまさに神の後光であり、さすがのアーシュもだらしない自分の姿を少し恥じていた。

「飲むか?」
 アーシュが黙って頷くと、イールは水差しを手に持ったまま、ベッドに寝るアーシュに近づいた。
 口うつしにアーシュに与えてやると、嬉しそうに「もっと」と、強請る。
 お互いの口唇が冷たくなるまで、何度もそれを繰り返した。

「俺、少しは巧くなった?イールを気持ちよくさせてやれる?」
「十分とは言わないが…合格点はやろう」
「ふん…イールにはかなわないや」
 甘えるようにイールの胸に頭を押し付けるアーシュを、イールは優しく抱きしめる。
 黒髪を指に巻き付け、イールはアーシュの額に、口唇にキスを落とす。

 イールの指が確かめるように、アーシュに頬骨に触れそのまま細い頤をなぞった。
 緩く巻いた短い髪に指先を絡ませ、唇を寄せる。
 耳の巻貝の形までアスタロトと同じだ。
「『senso』を感じる」
「『senso』…イールと味わいたいな」
「ああ、ゆっくり感じあおう…」
 待ち焦がれたイールの口唇を、アーシュは薄く口を開けて受け入れた。合わさった口唇の熱さは、すぐにお互いの身体に同化する。

 さわさわ…薄荷草が茂る草原が宇宙の海にぷかりと浮かぶ。
 イールはその場所をすぐに理解した。
 アスタロトと何度も来た次元の空間だ。
 アーシュもまた懐かしさを感じていた。
「昔…セキレイと来た空間に似ている」
「セキレイ?…ああ、ルシファーのことか。…『senso』を得てここへ来たのか?」
 イールは己の嫉妬を見抜かれぬように自制しながら、胸に抱いたアーシュに問う。
「うん、セキレイとセックスするときは、良くこんな場所へ飛んでいた。けれど、やっぱり少し違う。景色も…ああ、あの木も…セキレイの時は合歓の木だったけど…違うよね?」
 アーシュは身体を起こし、薄荷草の草原に立つ一本の木に走り寄った。
「この木って…なに?」
「…サクラ…アスタロトはそう名付けたのだ。私の匂いがするからイールの木だと言ってた…」
「サクラ?…」
 アーシュは幹に触れ、そっと抱きしめた。
「ホントだ。イールの匂いがする…」
 サクラの木はアーシュとイールの帰還を祝福するように、枝の芽をほころばせ、ほんのりと淡い薄紅の花弁を一斉に咲かせるのだった。

「アスタロトはサクラは春を呼ぶ花だと言った。私にとってアーシュは…長かった冬から春へと目覚めさせる者だ。私は今、目覚めたのだよ」
「イール…」
「私へと還ってくれて…ありがとう、アーシュ…」

 苦しみから解き放たれた時、苦しみは過去になった。
 冬の厳しさはイールに傷を残しただけでない。強くしなやかに変容させたのだ。
 傷から生まれた芽も、また新しい形態を為し、イールを美しくさせるのだろう。


…終わりのない未来を恋しいと思うかい?

…君と共にあらば、私の世界は美しくあり続けるだろう。

 言葉は祈りになる。
 私はいつまでも祈り続けるのだ。
 この胸におまえを抱いて…



「これは…何?とても美しいけど、鞘の無い剣なんて珍しいね」
 アーシュは部屋の片隅の棚に絹布に巻かれ無造作に置かれた剣を手に持ち、イールに尋ねた。
 イールは一瞬迷いはしたが、いつかは知るべきことだと思い直した。

「これはミセリコルデ…慈悲の剣と言うのだ。不死である神々の命を終わらせることが出来る唯一のものだよ。そしてアスタロトが心から欲しがっていたものだった…」
「アスタロトが?」
「アスタロトは寿命と言うものに憧れていた。この世界すべての有るものは、生まれ成長し、そして死を迎えるのが自然の摂理であるのに、何故、神だけがそれに逆らい『不死』であるのだろう…と。天の皇尊はそれに釣り合わぬ精神を与えたのだろう…と。彼が人間になりたがったのは、『死』に憧れたからだ。私には…アスタロトの言葉は理解できても、なぜ不死がいけないのか、わからなかった。神として生まれた以上、天の皇尊に与えられた運命(さだめ)なら、それを受け入れるのは当然であろうに…アーシュは、天の皇尊にも自分の運命にも悉く逆らっていたのだ。…天の皇尊はアーシュにこの剣を与えなかった。天の皇尊はアーシュを失うことが怖かったのだろう。誰よりも彼を愛していたのは天の皇尊かもしれない…」
「では、この剣はイールが?」
「そうだ。アスタロトが私の前から消え、どこへ行ったのかもわからぬまま、私は途方にくれていた。私はひとりで生きるのが辛かった。ふたりの神は一心同体だ。どちらかが死ねば、同時に片方の命も消える」
「え?…そうなの?」
「やはりおまえは知らなかったのだな…アスタロトが私の前から消えても、どこかで生きていることは、私が生きていることで証明できたのだよ。まさか生まれ変わっていたとは…ルシファーから聞かされるまで確信できなかったが…だが、アーシュは人間になりたがっていたから、なんとなくだが…そんな気はしていた。許せなかったのはアーシュが私をひとり置いて行ったことだった。死ぬ時は一緒に死のうとあれほど誓い合ったはずなのに…」
「…」
 イールはアーシュから剣を受け取り、その銀色に輝く刃を絹布で撫でた。
「疲れ果てた私は天の皇尊に願い、この剣を賜り、己の胸を刺し、死のうと思った。私にはクナーアンの神であるよりも、アーシュの恋人であることが大切だったのだ。彼を失って生き続ける気力など無かった…。よく、死ななかったと思う」
「イール…ごめんなさい」
「私は…アーシュの私への愛を信じていた。だから辛かったのだ。だが今は理解している。アスタロトは私と共に人間として生まれ変わり、共に死にたかったのだと…記憶を無くしてしまったけれど、おまえがそれを私に示しているのだろう、と…」
「イール…」
「それ故…もうこの剣は必要ないのだよ。アーシュは人間の寿命を全うし、私と共に死ぬ…ミセリコルデを使わずにな」
「イールはそれでいいの?」
「かまわない。ただクナーアンの神としてこの星の未来を考えなくてはならないだろうけれど…。勿論アーシュにも知ってもらわなければならないことは多い」
「わかりました。イールを助けるために俺ができることなら何でもやるよ」
「三日後に収穫祭が始まる。クナーアンの人々が神殿に集まり、私たちを祝福する儀式が執り行われる。おまえもクナーアンの神として、私と共に、玉座に座って欲しい」
「ふ~ん。面白そうだな…是非やってみたい!」

 十八の少年に神の役目など、まだ知るはずもない。
 だが、アーシュに不安はなかった。
 もともとアーシュは、生まれながらに怖れる気質を持たなかった。


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Phantom Pain 15 - 2012.08.01 Wed

15
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i-rup44.jpg

15、
「触れてもいい?」
 アーシュの伸ばす手から、イールは思わず身を引いた。アーシュの指に青く光る指輪が見えた。
 イールとアスタロトの絆でもあった指輪だ。
「…」
 アーシュはイールの様子を見て、宙に浮いた手を残念そうに引き戻した。

 嫌ったわけではない。だが、イールにはまだアーシュに触れる覚悟が出来ていなかったのだ。
(気に障っただろうか…)
 イールはあわてて取り繕う言葉を探した。
「良く見なさい。手も…足も泥だらけじゃないか。服にも木の枝や葉まで付いているぞ」
「あ、言われてみれば確かにひどい格好だね」
 アーシュは自分の前や後ろを確かめながら、手で払おうとするが、泥だらけの手で払うわけにもいかず、身体をゆすり始めた。
「あちらに水場があるだろう。少し冷たいが岩から湧水が流れている。そこで清めてくるといい」
「わかった。じゃあ、ちょっと待っててね、イール」
 言われた水場へ走っていくアーシュの背中を見送った。
 イールは右手の人差し指に嵌めた赤い指輪を撫でながら、自分の心に問い続けた。

(私はまだアーシュを憎んでいるのか?クナーアンを捨て、神としての役目を捨て、私と生きたすべての記憶を失ったアーシュを…)
 イールは一歩ずつ足を進め、マナの木へ歩いていく。
(この18年間、私は傷つき、苦しみ続け、生きる事すら捨ててもいいと何度も思った。私を捨ててどこかで生きるアーシュを殺したいと何度も自分の胸にミセリコルデを突き刺そうとした。…ついさっきあの子がここに来るまで…何の罪もないあの子を、許すことが出来ずにいたのだ…だが、何だ…今の私は…私の心は、軽い)
 イールは自分の胸に流れる音を聞いた。

 サラ、サラ、サラ…
 細かく砕けた美しい結晶が流れる音が聞こえる。
 まるで砂時計のくびれた穴を通り落ちるなめらかさで流れていくようだ。

(この音は一体なんだろう…。沈殿し続けた私の苦い想いなのか?…許せなかったもの、恨みや憎しみ、悲しみと苦しみ、狂気と絶望。18年間の私のアーシュへの想いは決して忘れることはできない。だが…もしかしたら…)

 サラ、サラ、サラ…
 流れる音が心地良い。

(そうだな。思い出に、…美しい思い出にすることができるかもしれない。あの子が…あのアーシュが、そうさせてくれるかもしれない…)

 サラ、サラ、サラ…
 彩りはさまざまに、形もバラバラに、輝きもそれぞれに、砕けた結晶となって千年をも生きてきた心の底に重なっていく。

 イールはマナの木の根元に脱ぎ捨てたアーシュの服を手に取った。
(私の…愛したアーシュが着ていた服だ。…生まれ変わったあの子は、私のアーシュではない。だが、また愛おしい日々を求めてもいいのだろうか。あの子を愛することは、私にとって正しいことなのだろうか…)

「イールっ!お待たせ。ちゃんと綺麗に洗ってきたよ」
 水の珠を撒き散らし、乾ききらない顔で、イールの目を直視するアーシュが眩しい。
「…まだ、濡れている。顔も髪も…」
 自分の袖を持ち、イールはアーシュの濡れた顔を拭いた。
 アーシュの瞳に映る深い闇に煌く星々の輝きに、イールはしばらく見惚れた。
 イールの知るアスタロトと少しも変わらぬ輝きで、イールを見つめる少年の不思議さに酩酊した。

 イールはアーシュの肩にアスタロトの上着を掛けてやり、アーシュはそれに笑顔で応えた。
「アーシュ…私は…おまえではないアーシュを愛し続けてきた。今もそうだ。私と生きたアーシュはおまえではない。私はおまえの中に消えてしまったアーシュを求め、愛しているのだよ」 
「うん、理解できるつもりだよ。俺はアスタロトの生まれ変わりであるだけで、それ以外にはなれないから…。イールが俺をアスタロトの身代わりにしたいのなら、俺はそれを受け入れるよ。俺だって…さっきイールに初めて会ったのに、こんなに惹かれるのは、俺の中のアスタロトの所為なんだと思うもの。俺自身の純粋な恋心ではないよね」
「純粋な想いか…つまりそれは正しい愛し方なのだろうけれど…。私のアーシュならきっと…恋に形式などあるか。そんなものはくだらないだけで、形式などはぐちゃぐちゃに壊すことに意味がある。…と、一笑するのだろう」
「…あ、正にそれ、俺が言おうとしたけど、さすがに言えなかったの。これ以上イールを怒らせたら抱かせてくれないと思って…」
「おまえは私を抱きたいのか?」
「え?え~と、セックスはどっちでもいいよ。でもイールは千年以上生きてるから、年上に敬意を払って、俺は下でいい」
「…お前と言う奴は…」
「え?」
 渋い顔で睨むイールに、アーシュはあわてて口を押えた。
「人間になってもデリカシーは覚えなかったらしいな」
 イールはアーシュのほっぺたを軽くつねり、スタスタとヴィッラへ歩いていく。
 怒らせてしまったとシュンと肩を落としたアーシュは、イールが玄関の扉を開け、中へ入っていく姿を見つめた。
 イールは顔だけをアーシュに向け「入らないのか?」と、憮然とした顔で言う。
「は!入る!入らせてもらいますっ!」
 懸命にシッポを振る子犬のように、アーシュは一目散とイールの元へ走って行くのだった。

illoto.jpg



 イールは相好を崩して自分の元へ駆け込んでくる少年に満足していた。
 アスタロトへの想いとは違うアーシュへの愛しさに戸惑いを覚え、この感情すらアスタロトが企てた予想の範囲内ではないのか…と、疑ってもみた。もし、そうだとしても、アスタロトがそれを望んだとすれば、アスタロトはイールに新しい活力を与えたことになるのではないか?

 イールはアーシュを部屋へ案内した。
 居間はそれほど広くなく、カントリー風のこじんまりとした作りに、アーシュは少し驚いていた。
「神殿の住まいに比べたら、なんというか…質素なんだね」
「私とアーシュだけのヴィッラだ。邪魔をする者はいないし、気取る必要もないからな。おいで、寝室はこっちだ」
 居間とドアを隔てただけの寝室だ。
 寝室は居間よりも広く、萌黄色の柱が円を描き、部屋を囲んだウッドッデッキが外側に見えた。部屋の角には猫脚付きのゆったりとしたバスタブが置かれ、カーテンだけで仕切られている。
 アーチ型の天窓には手作りのステンドグラス。その下の開き窓には格子の桟が外の光をベッドのシーツに影を落としていた。
  
「広いベッドだね」
 ふたりで寝るには広すぎるベッドの端に、アーシュはちょこんと座った。
 波の折柄に上等な絹を使った水色のシーツが気持ち良くて、手の平と甲で何度も撫でる。
「ベッドは広い方が良いのさ。どんなこともできるしな。それよりさっさと服を脱いだらどうなんだ。おまえは私をセックスをしたいのだろう?」
「急かすんだね。イールの方が欲しがってるの?」
 そう強気を吐きたアーシュだったが、己の意志とは関係なく身体が急に火照りだしたことに慌てていた。

「おまえほどじゃないさ」
 イールはアーシュの下腹部に視線を移した。下着の上からでもアーシュの昂ぶったものがはっきりと形を成していた。イールは布の上から手で握りしめ「ガチガチだな」と、笑った。
「わ、若いから仕方ないだろっ!」
「そうだな。ではすぐに楽にしてやる」
「なんだよ。すげえ上から目線でさあ…」
 顔を赤らめながら上着を脱ぎ始めるアーシュの身体を、イールはベッドに押しやり、アーシュの短ズボンを一気に脱がした。
「ちょ…自分で脱ぐよ。恥ずかしだろ」
「おまえの裸など飽きるほど見てきたし、おまえの身体で私の知らない場所など何もない」
「で、でも俺、生まれ変わったし、アスタロトとはちが…ま、待って…あっ!」
 慌てふためいて逃げ腰になるアーシュの両足を捕まえたイールはそのまま、アーシュの勃起したものを躊躇なく咥え込み刺激を与えた。
「う、わ~んっ!」
 アーシュとて咥えられるのも、弄られるのも初めてではないが、イールの見目はそんなことを予測させるものではなかった為、さすがに慌てふためいていた。
「あっ……やん…」
 思いもよらないイールの熱い舌の動きがアーシュの性感をあっと言う間に限界まで追い込み、そのまま一気に達してしまった。

 アーシュから離れたイールは、呆然と天井を見つめるアーシュの様子に、先ほどアーシュが食べたマナの実の媚薬が今頃効き始めたのだろうと思った。
(それにしても…意外と純情なのだな。ルシファーからは、色んな人間と交わっていると聞いていたが、素直で良い身体じゃないか)
 アーシュを犯すことへの甘美な興奮を味わっている自身をイールは素直に認めていた。

「う~…ひどいじゃないかっ!」
 アーシュは顔を赤らめたまま、イールを詰った。
「何が?」
「まだキスもしてないのに、一方的に悦かされるなんて…そりゃ、あんたから比べたら俺は子供だけどさ…屈辱的」
「こちらも失望した。人間になったおまえが本当に何も覚えていないのだと悟ったよ。だが私の相手をしたいのなら、これからはそのつもりでじっくりと教え込むことにするが…異存はないか?」
「ははは…お手柔らかに頼みます」
 抗うアーシュの両手首を掴み、涼しげな顔で頭上に縫いとめたイールは、薄らと笑いつつ、冴えた青い目でアーシュを見下ろした。
 アーシュはこれから始まるイールとのセックスが、これまで経験したすべてをかき集めても、とても太刀打ちできるものではないのだろうと、優しげに笑うイールに恐々としていた。

 だが、イールが与えるキスも、身体中を撫でる愛撫も思いのほか優しかった。
 触れ合う感触が心地良くアーシュはイールの手を取り、自分の頬に重ねた。
「気持ちいい…」
「アーシュは甘えたがりなのだな」
「うん、好きな人の肌に触れていると安心する。俺、親がいないと思ってたからかな…ぬくもりに餓えていたのかもしれない…。イールもそうだった?…俺が居ない間、寂しかった?」
「…ああ、とても…」
(何度も死を望むほどに…おまえに恋い焦がれていたのだ、アーシュ)

 嬉しそうに目を閉じるアーシュの瞼にキスを落とし、それからイールはアーシュを存分に味わった。

 
 サラ、サラ、サラ…
 イールの胸に響き続ける音。

 心に降り積もった18年間のアスタロトへの結晶を愛しいと思える自分を、イールは許そうと思った。

「もう…イールを、寂しくさせたりしない。誓うよ」
 涙を溜め、息を切らし、とぎれとぎれの欠片を吐くアーシュがいじらしい。
「アーシュ…」
 アーシュの言葉を鵜呑みにできるほど、イールは純情でもない。が、何よりも愛おしいさが募る。

「愛しいアーシュ、おまえは私だけのものだ…」
 信じてはいなかったが、そう言わずにはいられなかった。

 イールは逸楽に震えるアーシュの中に己を穿った。
 新しく生まれ変わったアーシュの身体は、イールの愛したアスタロトのそれと、少しも変わらなかった。


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