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2012-09

Brilliant Crown 1 - 2012.09.26 Wed

1

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冠

Brilliant Crown
1.

  夜露に濡れる頬を「泣いているのか?」と、憂う君に、僕は首を振る。
  拭う指に接吻をし、笑おうとしたけれど、上手く笑えない。
  きっと…
  今の確かな幸せと、それ以外の不確かさに怯えているのだろうね。
  

 ドラゴンの背に乗って空を疾走する爽快さに、アーシュは瞬きもできない。
 生まれてこの方、サマシティの一角「天の王」学園の構内だけで十八年間を過ごしてきたアーシュは、まさしく籠の鳥だったのだ。
 籠から飛び立った鳥は、外の世界に飛び立つけれど、慣れた籠に戻ってくるという。
 しかし、飛ぶことを覚えたアーシュの翼は、未知の未来を知る為にどこまでも羽ばたいていくのだ。

 ふたりが降り立った最初の場所は、神殿から遠くない田舎町だった。
 イールはアーシュにクナーアンの人々の生活を見せる事から始めた。
 フードを深めにかぶり、ふたりは賑わう市場へ足を踏み入れた。
 アーシュにはすべてが目新しくもあり、今までの現実には見かけない不思議な世界が目の前で繰り広げられていることに驚嘆の声を上げるのだった。

 クナーアンには貨幣制度は整ってはいるが、田舎では等価交換の方が好まれる。
 誰もが働き、何かを生産、製品する世界では、都合が良いらしい。
 産業の進化と、利便性から見れば、文明は遅れたものかもしれないが、価値観というものは、そこに住む者が計るものである。
 アーシュは「名物饅頭」と書かれた店先に立った。なるほど出来立ての湯気が立った饅頭が売られている。
 イールは立ち止まったアーシュの視線に気がついた。
「腹が減ったのか?」
「うん。でも…等価交換するものを持っていないんじゃ、買えないね」
「こういうこともあろうかと、氷糖を忍ばせてきた。貴重なものだから価値があるよ」
「さすがはイール。じゃあ、すみませんが、コレ下さい」
 アーシュはイールから受け取った袋から氷糖を店子に見せた。
 店子は氷糖を手に取り、舐めて確かめ、三本の指を立て、氷糖と饅頭を交換した。

「へえ~、氷砂糖三個が饅頭二個分か…え?…なんで二個もくれたんだろ?」
「私が傍にいたから連れだと思ったのだよ。相場は氷糖二個で饅頭一個だから、まけてくれたんだろうな」
「…なんでイールがそんなこと知ってるの?」
 アーシュはイールが神殿から外へはあまり出歩かないと、ヨキに聞いていたから、庶民の生活など、詳しくは知らないものだと思っていた。
「…色々と勉強したんだよ」
 短く言い放ち、イールはすました顔でアーシュの手を引き、前を向いて歩いた。

(俺にクナーアンの世界を見せる為に、イールなりに気を使ってくれているんだな)
 アーシュは少し照れて赤くなったイールを見つめ、その気持ちを知って嬉しくなった。

 市場を出て、木の陰に腰かけて買った饅頭をイールに分けようとするが、イールは欲しがらない。
「イールって少食なの?」
「私たちは人間とは身体の作りが違うらしい。あまり腹が減ったりしないんだ。水と少しの食べ物は口にするけれどね」
「ふ~ん」
 アーシュは手にした饅頭をじっと見つめた。
 食べる楽しみが味わえないイールに、少し同情しそうになるが、必要ないのも便利なのかも…と、思った。
「アーシュの身体は人間と同じで、食べ盛りの年齢なのだから沢山食べて構わないんだよ」
 イールはアーシュが遠慮したのかと思い、笑って勧めてくれる。
 アツアツの饅頭も今はちょうど良い塩梅に冷めている。
 思い切りかぶりついた。饅頭の皮は思ったより柔らかく、中には炒めた野菜と煮た青豆がぎっしり詰めてある。名物だけあって、アーシュの口にも合う。
 どちらかというと塩味ばかりが効いているサマシティの食事よりも、クナーアンで味わう食べ物の方が、味付けは薄いが食材の味がしっかりと感じられ、アーシュには美味く感じる。
 瞬く間にアーシュは二つ目の饅頭を口にした。
 その様子を楽しげに見つめていたイールが口を開く。

「そういや…アー…アスタロトも腹が減ったと時折愚痴を言うんだ。彼はグルメでね。色んな星を巡っては、珍しいものを持ち帰るのだが、その中には食べ物もあった。凝った菓子やら、日持ちのする加工肉やら…食べやしないのに、神官たちに味見させてびっくりする顔を見て喜ぶんだ…」
 イールはアスタロトを思い出して、微笑んだ。
 少し寂しげではあったけれど、綺麗な笑顔だとアーシュは思った。

「さあ、腹が膨れたら仕事を始めようか?アーシュ」
「うん、豊穣の恵みを大地に与えるんだね。だけど…どうやって?」
「アーシュが心から祈ればいいんだよ。私たちの魂はこの星のすべての有るものと繋がっている。おまえの意志が強ければ、あらゆる生命は応えるだろう」

 立ち上がったアーシュは、目の前に広がる刈り取られた田畑や、繋がる枯れた草原の地、その向こうの赤く紅葉する山々を眺めた。
 ゆったりと流れる空の雲に合わせ、その影と光が大地を交互に照らしていく。
 サマシティにも四季はある。だが、夏でも上着を着て過ごし、冬の寒さも僅かの積雪で済む。落葉樹は少なく、街並が赤く染まることはない。
 季節がこれほど景色を変えるのを目の当たりにするのは始めてだった。

 風が吹いた。
 はらはらと目の前に落ちてくる赤い葉を、アーシュは手の平で受け止めた。
「俺の街にも黄色いイチョウの葉は落ちるけれど…ここはすべてがため息が出るほど…綺麗だね」
「どの時を見ても、どの場所に居てもクナーアンは美しいのだろうね。私は他の星を知らないから比べようもないが…」
「俺は…この世界を総べる者なのか…」
「そうだ。アスタロトと私が、このクナーアンの大地を…この景色を守ってきた。そしてこれからも守らなければならないのだろう」
「俺が死んだら…この世界は…この自然はどうなる?」
「…わからない。だが…そう心配はしていない。私たちが居なくなった後の事は『天の皇尊』の意志だ。クナーアンを決して悪い形にはしないと思う」
「へえ~、イールにしてはやけに楽観的だね」
「悲観的に考えても何もならない。私たちは決めてしまった。それがこの地に住む者にとって災いか幸いかはわからないが、すべての住民は他の星に移住する権利がある。住み難いのなら好きな場所へ移ればいい。慣れた土地を捨てて他星へ移り住むのは覚悟がいるだろうが、荒れた土地なら諦めもつく」
「…それでいいの?俺がもし不死を選んだら…イールは死ななくていいし、このクナーアンだって荒れたりしないんでしょ?」
「アーシュ、前にも言ったはずだ。私たちは好きな未来を選べるのだ。誰に咎を受けるでもなく、私たちがこの星を未来を決めることができる。その私たちが死ぬことを許されぬはずはない。…受け入れるべきはこの星であろう」
「…」
 イールの言葉を胸におさめ、アーシュは目を閉じ、このクナーアンの未来を思った。

 永遠に続くものなどない。
 ただ自らの手で汚したくないだけだ。それは…弱さかもしれない。
 この星を傷つけることは、神自身が傷を負うことでもある。

 両手を広げ、アーシュは祈る。
 今の自分にできることは、課せられた義務、「豊穣の恵み」を与えること。

 来年の実りが豊かでありますように…
 人々が自ら掻いた汗が、努力が報われ、その喜びを多くの者と分かち合えるように…
 
 アーシュの身体中の血が激しく打ち震え、あらゆる血管を一気に巡っていく。
 きりきりと肉や骨が軋み出す。
 広げた両手の平から、目に見えぬエナジィが泉のように少しずつ湧き出し、そして迸り始めた。
 大気や踏みしめた大地へと流れ、乾いた土が水を欲しがるように、アーシュのエナジィが吸い込まれていった。
 アーシュを取り囲むものすべて…星の生命が喜んでアーシュを受け入れている気がした。

(ああ、これが、クナーアンの神としての使命なのか…星との共鳴…これも一種の『senso』なのかもしれない…)
 段々と身体の力が抜けていき、意識が遠くなるのを感じたアーシュはイールに寄り掛かるように倒れ、そのまま気を失った。

inori.jpg


 目覚めたのはベッドの上だった。
 粗末な綿のシーツからは陽の匂いがした。
「気がついたかい?アーシュ」
 ベッドの端に座るイールが手を伸ばし、アーシュの頬を撫でた。
「ここは?」
「民家だよ。おまえが倒れたので、通りかかった者に助けてもらったのだ」
「俺…」
「人間でいうところの貧血ってやつだな。急激な疲労で身体がついていけなかったんだろう」
「…ごめん。初めての仕事なのに失敗しちゃったね」
「え?…失敗などしていないよ。アーシュはうまくやったさ」
「本当?」
「窓から外の景色を眺めてごらん。さっきとは大気も大地も違って見えないか?」
 アーシュは身体を起こし、ガラスも嵌めこんでいない木枠の窓から外を眺めた。
 先ほどと大して変わらぬ秋の景色だが、確かに色や匂いや輝きが違う。
 
「大地がおまえの与えた恵みにより潤ったのだ。来年の種蒔きを心待ちにしている」
「…うん」
「勿論、おまえが与えた恵みはこの辺りの土地であり、クナーアンからすればほんの僅かなものだが…最初にしては悪くない出来だ。良くやったな、アーシュ」
「でもさ…毎回こんなに疲労困憊になるんじゃ…クナーアンすべてを回るうちに一年経っちゃうよ」
「効率のいいやり方を覚えれば良い。大体…アーシュは無茶すぎる」
「そうなの?」
「自分の活力を与えるばかりでは、エナジィなどすぐに枯渇してしまう。自分が与えた分だけもらうんだよ」
「もらう?」
「そう。大地から大気からすべての自然に生きるものは、私たちと繋がっていると言っただろう?彼らに豊穣のエナジィを与え、彼らの余った源泉を吸収する。それはおまえの活力に還元する。エネルギー循環作用だな。これだったら疲れることもない」
「なるほど…理解。じゃあ、今からやってみる」
「待ちなさい。しばらくここで休憩しよう。民の暮らしを体験するのも今回の学習の一環だ」
「なんだか、学生に戻った気分だよ。神さまというより先生と一緒の課外授業みたい」
「良き指導者であればいいんだけど…」
「イールはステキな先生です。勉強だけじゃなくてセックスも最強だし」
「…それは誘っているとみなしていいのか?」
「うん。なんか、すげえしたくなったきた~」
 イールの胸に寄り添ったアーシュは、キスを求めた。それに応じようとした時、部屋のドアがギギギと音を立て開いた。

「相変わらず建てつけの悪いドアだよ。蝶番が錆びているんだろうけど…おや、目が覚めたかい?坊ちゃん」
 ふくよかな中年の女は、ふたりに憚ることなく近づき、アーシュの額に手を当て「良かった。熱はないようだね」と、言い、安堵した顔を見せた。
「食事の時間だよ。今日はお天気が良いから外で頂くんだよ。ほら、起きて。まあ、なんて痩せこけて頼りない身体つきなんだろう。これじゃ倒れもするさ。栄養のあるもん沢山食べて元気にならなきゃね。大事なお連れさんを心配させちゃ駄目だよ」
 女…ビネは呆気に取られているアーシュの身体をベッドから軽々と持ち上げ、床へ立たせた。
「さあさ、早くしないと特製スタミナスープが冷めちゃうよ」
 アーシュの背中を思い切り叩き、ビネは飛ぶように部屋から出て行った。

「すげえバイタリティオバサンだ。俺、あんなの初めて見た」
「そうか?クナーアンじゃ珍しくないぞ。あれは一般的な農家の女房だな」
 イールも立ち上がり、アーシュの肩に手を置き「行こうか」と、歩き出した。

「ね、あの人は俺たちを見て何も感じないの?」
 アーシュは横に並ぶイールの際立った美貌が、誰の目も惹かずにはいられないはずだと思った。
「暗示をかけたのだ。私たちに接する者は、私たちが何者か、どこからきたのか、美しいとか何かが違うとか…そういう疑問や関心を持たない…とね。人間には私たちが若い恋人同士にしか見えていない」
「ああ、そういうことね…じゃあ、恋人同士ってことは気取られてもいいんだね」
「まあね」
 アーシュはイールのこだわりが殊の外気に入った。

(つまり、人前でいちゃついても、構わないってことだな)
 アーシュはわざと元気がなさそうな頼りない仕草でイールの肩に凭れ、寄り掛かりながら部屋を後にした。

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Phantom Pain 21 - 2012.09.19 Wed

21
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アーシュと竜


21、
 ふたつの満月の間をゆく飛竜を、地上の民は仰ぎ見る。
 背に乗るふたつの影は凭れるように重なって見える。
 ああ、なんという幽玄な様であろう。
 夢や幻ではない。
 あれがクナーアンの真なる姿なのだ。
 


 翌日も、祭りに伴う民衆の神への謁見は続けられた。
 十二階段を上がった高台の玉座には勿論、得も言われぬほどの眩しい二神の姿がある。

 アーシュは昨日よりも落ち着いた優雅な所作で玉座に座り、うっとりと見惚れる民衆たちに軽い笑みを返しながら、ゆったりと構えていた。
 その様子を一通り眺めてイールは、ようやく安堵した。
 昨夜、あれだけ落ち込み、泣きじゃくっていたアーシュの様子を考えると、今日の謁見が心配でもあったのだ。
 慣れた風情で平静なアーシュから、民が集まった大広間へ目を移すとイールは妙な違和感を覚えた。
 嫌な感じではなく、逆だ。
 変わらずに騒然としながらも、人々の雰囲気や表情が今までとは違うのだ。

 民衆たちの様子が昨日までと一変したのは、明らかだった。
 昨日の一件が、その座に居合わせた人々の口伝で瞬く間に広まり、初日だった昨日にも増して今日は神々の姿を垣間見るための参拝客が後を絶たなかった。
 しかも、彼らは利己の傲慢な願いや、適う筈もない途方もない祈りは求めなくなっていた。
 つつがない毎日の日々とクナーアンの神への感謝を静かに唱え、和やかな笑みを浮かべて、玉座に座るふたりの神に手を合わせる姿が長々と続くのであった。
 イールとアスタロトが魔力で彼らの思考を探っても、口にする言葉道理の志だったこともあり、この日は平穏な一日が過ぎていった。
 ゆるやかな楽の音と、人々の穏やかなオーラと、苛立たせないざわめき。
 空は高く、澄み渡った空気と二神の気配に惹かれ、見慣れない鳥たちが欄干に陣取って、祝福を奏でるように鳴いている。
 アーシュとイールは顔を見合わせ、この一画が長閑な空間に仕上がったことに喜びを覚えた。

(昨日のことが予想外に良い方向に向かったね)
(ああ、アーシュの手柄だな)
(でも…緊張感がなさ過ぎてさ…眠くなってくる…)
(…だからって居眠りなんかするなよ、アーシュ。民衆は皆、美しき憧れの神であるおまえの姿を見ているんだぞ)
(…うん…わかった…)

 イールに注意されても、あまりにも変わらぬ穏やかな景色に、アーシュは襲ってくる眠気を避ける気概を持てなかった。もともと学園の授業中でもしょっちゅう居眠りをして先生に叱られていたタチである。
 多くの人の目にも、玉座に慣れてしまったアーシュは何度もあくびを繰り返し、ウトウトとうたた寝を始めた。

(おい、本気でこの民衆の目の前で昼寝でもするつもりなのか?さすがにあのアーシュでも、謁見の儀では寝たことはなかったぞ。しかも、おまえは昨日あれほど落ち込んでいたではないか…ったく、無類の能天気ぶりはアーシュ以上だな)
 懸命にアーシュを目覚めさせようとするイールのテレパシーなど、どこ吹く風のアーシュの身体は段々と力が抜け、コクリコクリと頭が下がる。
(ああ、とうとう寝た。しかも…熟睡しきっている…)
 隣のイールは夢の中に行ってしまったアーシュを、困った様子で見つめていた。
 疲れているのか寝息さえ聞こえそうな眠りである。
 しかもその疲労の要因の一つが、朝方までセックスを楽しんでいた所為でもあろうから、イールも強く咎める事もできない。
(私が気を付けねばならないのに…アーシュが人間の持つ体力しかないことを、つい忘れ、夢中になってしまう…)
 アーシュと交りあった感触はまだイールをときめかせていた。

 どれだけ求め、与えられてもアーシュの身体に飽きることはない。
 イールの本能は、アーシュしか求めないからだ。
 それは宿命とも言える。
 「天の皇尊(すめらみこと)」が、イールをそういう形に創りあげたのなら仕方のないことだ。
 それを受け入れるか、恨み続けるかはイール次第である。
 確かに…
 アスタロトを失った十八年間、イールはアスタロトへの愛のしがらみに傷つき、恨みもした。
 だが、イールは自分の宿命がアスタロトであったことを後悔したことはなかった。

 追想は甘い。そして未来は美しく咲かせたい。
 イールはしみじみとアーシュが還ってくれたことに感謝した。

(実際…寸前のところで間に合ったのだ。神々の精神状態がクナーアンに与える影響は少なくない。もし、あのままアーシュが戻ってこなければ…私の心が崩壊するだけでは済まなかっただろう。このような穏やかな祭りなどありえなかった)

 階下では、まんじりともせずに見上げる多くの民が、居眠りを始めたアーシュを驚愕の眼差しで見つめていた。大声を上げないまでも、階下の前列の者のざわめきが波のように広間全体に広がっていく。
 イールはアーシュを見上げる者たちに、人差し指を口唇に立て、静かにするように、と訴えた。
 それを受け止めた民衆は、次々と後ろに静かにするようにとイールと同じように伝え、ざわめきは瞬く間に消え、楽隊の音楽も静かなものに変わっていく。
 大広間は、アーシュの睡眠を邪魔せぬように誰もが気を遣い、またそれを楽しむ雰囲気に包まれていた。
 謁見は続けられ、足音を響かせぬように忍び足で階下まで辿りつくと、玉座の二神を仰ぎ見る。
 ひとりは気持ちよさ気に頭をわずかに傾けながら居眠り興じるアスタロト。そして、隣でそれを愛おしそうに見守るもうひとりの神イール。
 人々たちは、神の日常を垣間見た気がした。
 崇高で手の届かぬ存在でありながらも、自分たちと変わらぬ風景に安堵し、親しみを持った。
 ふたりの姿を拝見した者たちは、より以上に神への憧憬が、ますます膨らんでいくことを快く感じていた。

 イールは段々と頭と傾いていくアーシュを見て、いつか、椅子からずれ落ち、階段を転げ落ちるのではないかと心配した。
 もとよりイールは過剰なほど、我が半身に対しては心配性であったが、このような場面で人の目などよりもアーシュの事が先に来る。

「…うわあ~…ああ、眠かった…」
 眠りから覚めたアーシュは頭を起こし、身体を伸ばした。
「あ、俺、居眠りしちゃったね。どれくらい寝てた?」
「…半刻ほど」
「ちょうどいい頃合いだ」
 アーシュの目覚めでイールの心配は杞憂に終わった。
 緊張が解けたイールを後目に、アーシュは玉座から立ち上がり、身体を動かし始めた。
「…何をしている?」
 イールは不思議な動きをするアーシュに問いかけた。
「目を覚ますために身体を動かしてるの。『天の王』学園体操。体育の授業の前に身体を慣らすためにのストレッチだよ」
「…そうなの?」
 だがイールがどう見ても、それは変な動きをしているとしか見えない。
 民衆たちもアーシュが起きたことでざわめきが戻り、階段の高台で妙な動きをしているアーシュを、呆気に取られながら見つめている。
 何にしても生まれ変わったアーシュは、クナーアンに新しい息吹を吹き込んでしまうのだ。

 イールもまた玉座から立ち上がり、体操を続けるアーシュに手を差し出した。
「なに?」
「一応おまえは神なのだから、振る舞いも優雅にお願いしたいものだな」
「え?」
「ダンスだよ。クナーアンにも色々な舞踊があるんだ。それを教えよう」
「ええ?今?ここで?」
「そんな変な動きをされるよりはマシ。ほどよく輪舞曲(ルレ)が流れている。さあ、私の手を取りなさい。一から教えてあげるから」
「う、うん」 
 アーシュは誘われるままに身体をイールに合わせていく。ゆるいモデラードに合わせイールのリードに必死で付いていくアーシュをイールは褒めた。
「上手いぞ。そうだな…もう三回ほど繰り返したら、見れるようにはなる」
「見れるようにって…もう、みんなから観られているよお~」
「でも、ほら…皆も楽しそうじゃないか」
「え?」
 自分の足元に必死で周りが見えていなかったアーシュは、やっと階下の大広間の様子を眺めた。
 大広間に集まった人々は、アーシュとイールに倣い、大小の円を描きながら、楽しそうに踊っていた。
 心待ちにした年に一度のお祭りを、イールとアスタロトと共有できるという偶然に誰もが驚喜しその感情を隠せずにいた。


アーシュとイール踊り

 
「見なさい、アーシュ。民衆の喜びに沸き立つ姿を…彼らは、クナーアンの民は私たちに感化されるのだ。私は…私とアスタロトが導こうとした神の概念となる未来が本当に正しいのか…わからなくなる」
「…そうだね。これは俺とイールだけの問題ではないのだものね」
「だが今は…彼らの為に幸せな気分でいたいものだな、アーシュ」
「勿論、俺は幸せだよ。イールが俺を愛してくれているもの」
 そう言って、場所もわきまえず、イールに飛びつくアーシュを、愛おしく思わないはずもない。

(ここにいる誰よりも、私の心は喜びに満ち溢れている。これからどんな冬が来ようとも、私の心が凍えることはないのだ…)
 抱き寄せたをアーシュの温もりを決して忘れないように、イールは積み上げた記憶の層にまた重ねていく。
 限(きり)が無いと思えたそれは、アーシュの限られた命で頂が見えるはずだ。
 命と記憶のある場所が違うものなら、イールにも重なった層の景色を楽しめるかもしれない…と、思った。
(永遠とはそれのことではないのだろうか…)
 イールは消え去ったアーシュを、懐かしんだ。
 アーシュはイールの意識を読み、少しだけ妬いた。
 自身がアスタロトであることを忘れて。
 
 
 祭りの三日目は謁見の最終日でもある。
 祭りはまだ続くが、イールとアスタロトの姿を間近でみられるのは今日を於いてない。
 民衆は前日以上に神殿に集まった。
 今年の二神が今までとは何かが違い、それは光が鮮やかに増したものだと、人々は興奮しながら繰り返すのだ。
 確かに神殿に足を踏み入れた時点で、何かが違っていた。
 精神が浄化され、身体ごと浮き上がるような幸福感と、人と寄り添う事の充実感。知らぬ者同士が手を取り、踊りの輪に入り輪舞曲に合わせて踊り続ける風景など、今までのクナーアンの祭りにはなかった。
 夕刻、ふたりの神は玉座から離れ、階段を降り、緩やかに踊る民衆の輪に入った。
 イールとアスタロトにとっては、決して珍しいことではなかった。
 昔、ふたりは地上のどこかしこで、一晩中でも民と共に踊り謳っていたのだから。
 だが、この時代のクナーアンの民は、そんな神の姿を知るはずもなく、隣で踊る神さまの姿に恐れおののき、そして夢の世界を彷徨い、覚めやらぬままに、神殿を後にするのだった。


 謁見が終わった翌日から、アーシュは約束通りに豊穣の恵みを与えるために、クナーアンの各地を回ると決めていた。
 イールや神官たちはもう少し休むように進言したが、アーシュの好奇心を止められるものはいない。
 
 イールはアーシュを寝所の奥の部屋へ案内した。
 そこはアスタロトが異次元から持ち帰った珍しい土産で溢れかえっていた。
 アーシュは多様な置物や細工、宝石や着物、何に使うか想像できない道具類に思わず声を上げた。
「こりゃガラクタ市場じゃないか」
「アーシュはおまえに劣らず、好奇心旺盛だったからね。それでいて、自分で持ち帰った後、何に使うのか皆目わからんと笑い転げていたよ」
「で、これをどうするの?」
「これを見なさい」
 イールが示したのは膝ぐらいの高さの様々な置物だ。木彫りや真鍮、ブロンズや石を掘って作ったもの。どれもが変わった動物の形をしている。
「色々な星の神話や伝説の生き物らしい。私たちはこの存在しないモノを魔力で形にし、これに乗って移動する」
「形にするの?」
「見ててごらん」
 イールは羽を広げたドラゴンの置物を持ち上げ、バルコニーの床へ置いた。
 その置物にイールが息を吹き込むと、ドラゴンの形をした置物はガタガタと動き始め、瞬く間にイールとアーシュの背を軽く超えた大きさになり、黒い翼をバサバサと羽ばたかせた。
 黒いドラゴンは牙を剥きだし、ハアハアと息を荒げながら、金色の虹彩をアーシュへぎょろりと向けた。

「い、生きてるの?」
「生きているわけがない。あの置物は木彫りに色を付けただけだ」
「じゃあ、イールの魔法で生きているみたいに見せてるわけ?」
「そういうことだ」
「これで飛ぶの?」
「そう、私とアーシュの魔力で、これに乗って飛ぶんだよ」
「…自信ねえよ。それに何でこんなの使うんだよ。自分で飛べるじゃないか」
「…何にも乗らずに、すいすい浮いてたら、神の姿としてはかっこ悪いから…と、昔アーシュが言っていた。なるほど、何事も形式は大切だと、私も同意した。無駄だと承知していてもな」
「…まあ、前のアスタロトが自尊心が高いってことはわかったよ」
「おまえにそっくりだ。さあ、乗って」
「ちぇっ…」
 軽々とドラゴンの背に飛び乗ったイールが差し出す手を掴み、アーシュも背に捕まった。
 ザラザラしたドラゴンの皮の感触がリアルすぎて、どうしてもあの木彫りの置物とは思えない。
 意志を持たないドラゴンが、イールの魔力で翼を広げ、バルコニーから飛び立つ。
 
「うわあ!」
 余りの衝撃にアーシュはバランスを崩し、慌ててイールにしがみつく。
 眼下のバルコニーも神殿も、瞬く間に小さな景色となる。
「うわあ~、すげええ!」
「アーシュ、そんなに身を乗り出すな。落ちても私は助けないからな。自分の魔力で飛ぶんだぞ」
「俺にそんな魔力はないよ」
「使い方を学んでないだけだ。すぐに覚えるさ」
「ホント?」
「私のアーシュなら、訳もない」
「…」 
(イールの呼ぶアーシュは一体どちらのアーシュなんだろう)
 アーシュは不本意な顔つきで、イールを睨んだ。


 雲一つない晴れた空に、黒い神獣が風のように飛ぶ。 
 見上げる人は、イールとアスタロトの巡幸だと知る。 
 誰もが願う幸福の道標だと…



アーシュとイール、雲の上

次回から新章がはじまります。
こちらからどうぞ。
「Brilliant Crown」 1  

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Private Kingdom 1へ
 
This cruel world 1 


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Phantom Pain 20 - 2012.09.12 Wed

20

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種を撒く者


20、
  美しきものを知る者は、美しき魂を持つ者だ。
  何故なら…美しいと認める心こそが本当の美しさの意味を知るからだ。
  しかし、魂の彩りは、四季のように移ろいやすい。
  普遍の美は、各々の移ろう魂にこそ、映し出されるのであろう。
  
 
 人々の熱狂は壇上のイールとアーシュに届いていた。
 ふたりの神を讃える割れんばかりの歓声が神殿の大広間にこだまする。
 それが民衆の本心であるかどうかを知ろうと思えば、ふたりの神はその魔力により容易く彼らの感情を見通すことができた。
 怪しい者や、危害を加える者が居れば、行動を起こす以前に確実に予見できる。
 だが、感情とはおもしろいもので、愛情と憎しみは裏表に存在する。殺意もしかり。殺したい相手は実は一番殺したくない相手でもある。
 アーシュを偽物だと叫ぶ者を、この広間に足を踏み入れた時から気づかないふたりではなかった。だがその者を責める気などは毛頭ない。
 男は真贋の能力を持つ者だ。それは男の実直さなのだ。
 作物が実らぬことも、目の前のアーシュが二十年前に見たアスタロトとは違うことも、彼の見極める目の確かさだった。

 十八年前、アスタロトは収穫祭を終えた後、自分に出来うる限りの魔力でもって、この惑星(ほし)の隅々にまで豊穣の恵みを与えた。その後、すぐに消えてしまう自分の未来を予感していたのかもしれないが、アスタロトはクナーアンの大地に精一杯の愛情を注ぎ込んだ。
 そしてその恩恵は確かに一年後、二年後の大豊作となり得たのだった。
 だが、魔力は永遠ではない。
 アスタロトがクナーアンから消えて、十年ほど経った頃から、作物だけではなく、木々の緑や土壌が少しずつ涸れ始めた。
 イールはアスタロトが与えられぬ分の恵みを補おうと懸命に力を尽くしたのだが、豊穣の天意を受け継いでいないイールには、アスタロトほどの力は無かった。
 イールが持ち得た智慧と癒しの恩恵で、地上は餓えることはなかったが、アスタロトが居た時代とはやはり大幅な違いがあった。
 影響はそれだけではない。
 アスタロトがいないこの十八年間に生まれた赤子は、それまでと比べても少なかった。
 アスタロトを失ったイールの悲痛な心と、交わらぬ愛が、クナーアンに生きる者すべての魂になんらかの影を落としていたのだ。
 豊穣と性愛を失ないつつある地上に、人々は神々への一層の信心を高めようとした。
 クナーアンに生きる者はイールとアスタロトへの敬虔な愛を徳としていたのだ。
 
 突然の男の言葉は、周りの人々を驚かせた。
 異を唱えることは神への冒涜であり、恐怖である。どのような災いが降りかかるかわからない。
 人々は男から距離を取った。
 蔑む者、知らぬふりを決め込む者、愚か者だと小声で罵る者…
 人々の険しい眼差しが、男を責めたてた。
 今更ながらに男の両足は恐れに震え、かろうじて身体を支えるに過ぎなかった。
 
 アーシュは玉座からすっくと立ちあがり、足早に階段を降り、床に積まれた貢物の中のイネの穂の茎を一掴み手に取ると、まっすぐにアスタロトへ意見した男へと近づいた。
 人々はアスタロトの歩を遮らないように道を開け、愚行にしか思えぬ男の有様を見つめていた。
 民衆の大方がこの成り行きを楽しんでいるのがアーシュにはわかる。
 別に楽しませる為のものではないが、一興もやむを得ない。

 周りの期待を背負った当人は、近づくアスタロトに動揺を隠せず、二歩、三歩と後退さった。
 アーシュは男の前に立ち、その目を見つめ、口を開いた。
  
「…ウルト。君の心に応えよう」
「あ…わ…わたしは…」
 男は告げた覚えがない自分の名を呼ぶアスタロトの声に驚き、怯え、そして畏れた。
 男は…ウルトはその場で両膝を折り、両手を床につき、ただただ平伏した。
 アーシュはウルトの前に屈み込み、大柄の身体を小さく折って、震えながら低頭するウルトの肩に優しく手を置いた。
「…年老いた両親と、妻と子供、そして弟の家族を支える為に、田畑を懸命に耕し、精魂を傾け、懸命に作物を育ててきた。毎朝、君は天と神に感謝の祈りを捧げ、今日もまた平穏な日が続くようにと空を仰ぐ。そして自身の運命を詰ることなく受け入れ、日々豊かな実りを育て上げる事を一心に、今日までを尽くしてきた。…この何年、不作が続いても君は神への恨み言など一切口にはしなかった。そして、たとえ自分がひもじい思いをしても、家族には決して同じ思いをさせなかった。今も君は俺を畏れながらも、心の底から信じてくれるのだね。…君は、尊敬すべきクナーアンの民だ。さあ、顔を見せてくれないか?」
 アーシュは床についたウルトの手を取り、顔を上げさせた。
 ウルトの顔は涙でぐしょぐしょに汚れ、目も当てられぬ程であった。
「君の涙と心は、誰よりも誠実で美しい」
「ああ…アスタロトさま」
「俺は君を誇りに思うよ、ウルト」
 アーシュは手にしたイネの穂をウルトの両手に渡した。そして、その穂に片手をかざす。
 アーシュの指の隙間から微かな光が漏れた。そして指の間からイネの芽が伸び、小さな双葉をつけた。
「これは…」
 ウルトは驚きの声を上げる。
「俺からの贈り物だよ。君の穢れない心により、産みだされた新しい実りの芽だ。受け取ってくれるかい?」
「あ、ありがとうございます…ああ、アスタロトさま、何と申し上げればよいのかわかりません。感謝いたします」
 静まった広間に、ウルトの号泣する声だけが響いていた。

「神の御業でも、何事も悠久不変だとはいかないものなんだ。憂鬱な時もある。心配させてしまったね。でももう大丈夫だ。俺はここに居る。君の不安は消え去るだろう」
 アーシュは立ち上がり、群がる人々を見回した。
「皆に約束する。豊穣の神としてクナーアンの端から端まで、すべての大地に祝福を与えよう。来年も再来年もその次も…。だが、田畑を耕し、作物を育て実らせるのは各々の努力と熱情だ。また、俺は戦いの神でもある。己の欲望や野心に負け、力で無力な敵を傷つける者がいれば、俺は必ずその敵の盾となるだろう。忘れずにいて欲しい。人は神に救いを求めるが、本当に自分を救えるのは己自身でしかないのだと。神は救いの種を心に植えるだけなのだ、と言うことを」

 人々はアーシュの言葉のひとつひとつを自身の心に刻み込ませるように、聞き入り、頷いた。
 しばらくの沈黙の後、突然アスタロトを讃える割れんばかりの歓声が大広間を包んだ。
 アーシュははたと我に返った。喜び沸き立つ人々に囲まれながら困惑したような顔を見せ、飛ぶように玉座まで戻ると、緊張した面差しのまま、黙り込んでしまった。
 隣のイールはそんなアーシュを穏やかに微笑みながら、見守っていた。


「あ~もう、なんであんなことしたんだろ~。イールも止めてくれればいいのにさあ~」
 その日の深夜、イールの部屋のベッドの上で、アーシュは駄々を捏ねるように喚いた。
「なにが?」
 イールはうつぶせになり足をバタつかせているアーシュを子供のようだと呆れながらも、可愛らしさに口元が緩むのを抑えきれない。
 アーシュに近づき、自らもアーシュの傍らに横になった。イールは肘を付き、空いた片手で枕に顔を伏せているアーシュの頭を撫でた。
 アーシュは子猫のように気持ち良さ気に目を瞑り、ふふと喉を鳴らした。

「…俺、あんな目立つことをしてしまってさ…」
「別に自分を責めることでもないだろう」
「だって…さ」
 アーシュは枕からちらりと目を上げイールを見つめた。
「なに?」
 イールは微笑みを湛えながら、アーシュの次の言葉を促した。
 アーシュは身体を仰向けにひねりながら、身体を落ち着かせると、頭を撫でているイールの手を両手で握りしめ、自分の胸に置いた。そうすると安心したのか、ほうと一息つく。
「無我夢中だったとはいえ、俺の取った行動は、アスタロトが示した『神の概念』を裏切るようなものだ。アスタロトはクナーアンの民に神の干渉を受けずに、自分たちで切り開いていく未来を望んだんだろう?…俺にはそれが正しいのかどうかはわからない。けれど千年以上もの間、神の役割を果たしたアスタロトが求めた指標が間違っているとは思えない。だから…アスタロトの思いに応えるべきじゃないのかと、それが正しい選択なのだと、理解していたんだ。なのにさ…」
「おまえは自分のしたことを後悔しているのか?」
「…後悔というか…あの場で見て見ぬふりをやり過ごしたら、そっちの方が後味が不味くなるのはわかっていた。あの人間の思いに応えてやりたかったのは俺の本心だもの。でも正しい選択だったのかは…わからない」
「アーシュ、我々の選択に正しいも間違いもない。それを決めるのは歴史でしかない。私たちは未来を選択する権利と責務を『天の皇尊』から与えられた存在なのだ。もしおまえが義の為に、人間を何万人と殺戮したとしても、おまえを責める資格を持つ者はいない。それがこのクナーアンを導く神としての選択だからだ」
「…」
「確かに…十八年前、私はアスタロトの目指す『概念としての神の姿』に同意した。この地上で何があろうと人間の世界に干渉せず、人の手の届かぬ神聖なる者として民に崇められるだけの存在になること。…アスタロトの指標はひとつの選択であり、我々はそれを選ぼうとした。だがそもそもこの提案の根底にあるのはアスタロトが『死』を求めたことによる。…私もまたこれに賛同した。だが私が『死』を願うのは、神の役目に飽きたからではない。私はアスタロトと共に生きる神であることを生きる糧にしていたからだ。…アスタロトは我々が死んだ後、クナーアンの民が混乱しない方法をあらゆる限りに考え、この答えを導いた。それが概念としての神の姿だ。だがアスタロトは消え、そして新しく生まれ変わったおまえがここに神として存在する。…アーシュの選択がアスタロトと違うものであっても、それが新しき『神』の意志であるのなら、構わないのだよ」
 イールの言葉は重く、「神の責務」がアーシュの心に重く圧し掛かっていた。
「俺は…」
 抑えきれない苦悶の涙が溢れ、アーシュは腕で目を覆い隠した。
 
 イールは声を堪えてすすり泣くアーシュを宥めようと背中を撫でた。だが撫でられたアーシュは身体を震わせ、今度は堰を切ったように嗚咽し始めた。
(アーシュは今初めて「神」の重さを知って、恐れているのだ。無理もない。たとえアスタロトの生まれ変わりであっても、アーシュはこのクナーアンとは無関係の異次元の世界で、人と同じように生まれ育った十八の少年なのだから。クナーアンの神と言われて十数日しか経っていないのに、星の未来を担えなど…)

 これほどまでに泣きじゃくる恋人を、イールはかつて見たことはなかった。
 イールは悲痛な声音で泣き続けるアーシュを哀れみ、募る愛しさに、必死で宥めようと試みた。
「ねえ、アーシュ。そんなに泣かないでくれ。私まで悲しくなるじゃないか」
「だってえ…えっ…」
 アーシュの泣きじゃくる声は収まらない。
「聞いてくれないか?ねえ…天の皇尊がひとつの星にふたりの神を置いたのは、ひとりで泣かない為なのだよ。私たちは半身なのだから、喜びは倍に、苦しみは半分に分かち合うものなのだ。…私がひとりで泣いていても、きっとどこかで生きているおまえを思い、死なずにいられた。そして、おまえが私の元へ還ってくれた時、私は何倍をも幸いをおまえと分かち合えたのだよ」
「…」
「…だからね、クナーアンの宿命はおまえひとりに負わせるでも決めるものでもないのだよ。私が居る。私はおまえを助け、おまえを護る為に、おまえの傍に居る…わかるね、アーシュはひとりではない…」
「…うん」
「だからそんなに怖がらないでくれ。ポジティブと能天気はおまえの長所だろう?」
「イール、それ褒めてない」
 泣きながらアーシュは笑った。
「やっと笑ったな、アーシュ」
「ふふ…」
 自分を懸命に勇気づけてくれるイールが、たまらなく愛おしく、アーシュは運命の相手がイールであった幸運に胸が奮えた。
「ありがとう、イール。大好きだ」
 頬にこぼれる涙を拭くイールの指先に口づけ、アーシュは半身を起こし、イールを抱きしめた。その首に両腕を絡ませ、イールが面食らうほどに何度もキスを繰り返した。
 
 つとアーシュは顔を天に向けた。
 すでに涙はなく、白く清冽な面を輝かせたアーシュは、厳かな神の声で夜天に光る月に吠えるように奏上する。

「イールと出会った喜びを…イールが俺の半身である幸いを…イールと愛し合える熱情を…今宵、天の皇尊に感謝いたします…」



アーシュ上


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Phantom Pain 19 - 2012.09.04 Tue

19
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ashpajama.jpg

19.

 祝福の宴は星に集う民の叙事詩となる。
 ただ踊るが良い。
 天を司る玲瓏のふたつの月は、形を変えようとも
 永久に皆を照らし続ける…


 その年の降誕祭と収穫祭は、その後、参詣した民衆によって、人々の耳に広がり、やがては端々まで届き、延々と語り継がれるほどの記憶に残るものになった。

 クナーアンの二人の神が住む神殿は、見晴らしの良い小高い丘にある。
 人が建てたものではなく、天の皇尊(すめらみこと)が惑星クナーアンに降り立った際に、七日で作り上げたものだと伝えられている。
 山や森を抜け、果てない草原が続く向こう、なだらかな坂道を一刻ほど登り続けると、美しい白亜の神殿が現れる。
 人々は感嘆の声を上げ、溜息をつき、その姿をしばらく眺め足を止める。そして、疲れた自らの足を奮い立たせ、また歩き始める。
 やがて、もう一刻ほど歩き続けた後、やっと目的の門前に辿りつくのだ。

 神殿は毎日決まった時間に開かれ、内を拝観することができるが、クナーアンの神、イールとアスタロトに拝謁を許される機会はあまりない。
 神々を拝する日取りは、前もって決められているからだ。
 四季の初日と、降誕日と重なる収穫祭の三日間が、その機会を得る。

 神殿の扉は朝陽が昇るちょうどに開かれ、待ちかねた民衆たちが行儀良く列を整えながら、静かに足を進めていく。
 聖なる神殿において騒いだり、愚かなことをしでかす者は、まず居ない。
 神殿の入り口から広間に続く身廊の途中に左右に分かれた廊下が続き、別棟へ繋がる。
 左の棟は、神々の歴史を語る美術品が並べられる宝物館である。人々はクナーアンの守護者を描いた絵画の一つ一つの足を止め、それぞれの愛を込めてそれを見つめ続ける。
 右の棟は、普段は参詣者たちの休憩所となっているが、祭りの時は、近場の宿に泊まれなかった者の為の宿泊所を兼ねている。
 身廊を抜け、大広間に足を踏み込むと、高い天井と何本もの円柱、そして放射状の梁に支えられた巨大なドーム型屋根の壮観さが人々の目を惹きつける。
 広間の中央を陣取るものは、幅のある謁見用の十二段のシンプルな階段、その頂上にはクナーアンの神々が座するふたつのきらびやかな黄金の椅子が見える。
 千年以上もの間、イールとアスタロトがクナーアンを支えるために座した歴史の宝物でもある。
 椅子の背景の壁には太陽を形どった枠に変形のガラスがはめ込んである。広間から仰ぎ見る者の目には、見る場所、季節と時間により、ガラスの色は様々に変色して映るらしい。

 クナーアンのすべての民衆は、神の姿を拝見することができるが、十二の階段の一段すら足を踏み入れることは許されない。
 また、謁見においてそれぞれの祝福や祈り、願いの言葉などは発することは許されるが、神はこの場での要求に応えることは一切ない。
 それ以外の規制は緩く、神々がお出ましにならない時間を人々は大広間のあちらこちらに陣取り、旅芸人たちの演奏や唄や舞踊、または余興を楽しみながら、年に一度の祝賀を楽しむのだった。

 何の前触れの知らせも、緊張も、また護衛もつかないまま、ふたりの神々は神殿の広間に姿を見せた。
 話し声や楽の音が止み、すべての人々の目は、輝く光を纏い現れた二神の姿へ一斉に向けられる。
 
 清流のように滑らかに人々の中へ歩き始めるふたりの神々に、人々もまた、注ぐ流れを止めることはなく、階段までの道をそぞろに開け、その両脇に悉く跪くのだ。
 だが、深く頭(こうべ)を垂れようとしても彼らは目の前を歩くふたりの神の姿を一目だけでも目に焼き付けたいと言う抗えぬ思いに、無礼と知りながらも、誰もがその姿を仰ぎ見ようとする。

 そこにあるのは、人が心に描く憧憬だ。
 
 先を行くイールは正装の金の縁取りも鮮やかな青いローブを羽織り、その下には肌の色と変わらぬ乳白色の薄い生地にサクラの花弁を織り込んだ紗を重ねた長めのチュニックを身に着けている。
 腰に巻くのはわずかに色が異なり、複雑な編み込みを施した赤色帯。
 歩く度に金の帯留めの飾りが微かに鳴る。
 光に透けて輝く巻き毛の銀髪の美しさは言わずと知れ、優雅で落ち着いた身のこなし、雲一つない晴天の澄み渡った青空色の瞳に柔らかな微笑みを湛えた表情は、見る者すべてが慈しみの愛に救われるようだ。
 すぐ後を歩く神は、アスタロト。
 人々が肖像画で見慣れた髪型とは違い、緩やかなウェーヴの黒髪を短く切った見慣れぬ姿でイールの後に続く。
 どことなく興奮した面持ちで、雪花石膏の肌に薄らと紅潮した頬も何とも言えず魅惑される。
 だが、にわかになまめいて見える心を、拝顔する者は戒めなければならない。適わぬ恋を押しとどめる理性は身を守るには必要だ。
 アスタロトの羽織る真っ赤なローブには、銀糸で刺繍された薄荷草の模様が幾重にも絡まり、爽やかな匂いが広間一面に広がっていくようだ。
 完璧な鼻梁に紅玉色に艶めく口唇…なんにしてもその夜天のような深淵の闇色に煌く星々を集めた瞳の神秘さは計り知れない。その瞳でひとめでも見られてしまったら、多くの者は硬直したまま息を止めるのではないだろうか…
 古くから、多くの詩人は何度もこのアスタロトの宇宙の瞳を繰り返し謳い続けているのだから。

 優美な動作で階段下にたどり着いたイールは、後ろを振り返り、アスタロトに手を差し出す。ニコリと笑い、アスタロトはその手を掴み、ふたり並んで、ゆっくりと十二の階段を昇って行く。
 上がりきった座所のふたつの玉座にそれぞれ座り、軽く片手を挙げると、広間に集まった人々は声を合わせ、気が済むまでイールとアスタロトの名を連呼し、祝福の歓声を謳い続けるのだ。

 祭りは始まった。
 三日後の日没の時まで、はるばる参拝に来た者たちは、心に巣食うすべての邪念を、クナーアンの神々の姿を拝し、浄化させるのだ。

 人々は神への祝福と、己の祈りをいっしょくたにして、ふたりの神に心を込めた貢物を献上する。
 階下に置かれた数々の品物は、それぞれの土地の特色を帯びて華々しい。
 鮮やかな花束は数知れず、穀物、野菜、果物、魚の干し物などの食料品、高級織物や金細工の装飾品、美術品に自作の書物まで積み上げられている。
 神官たちは瞬く間に床に積み上がった貢物を、それぞれに分けながら、脇に据えた棚へ整えていく。
 神官たちの一日の大方の仕事は、貢物の整理だと言っても過言ではない。
 
 しばらくすると神への奏上は次第に止み、心地良い楽の音が耳に聞こえてくる。
 神と共にいる平穏の安らぎは、例えようもなく、ここに居るすべての者は誰も見たこともない天上に立つ心もちであろう。

 毎年の収穫祭に、何度も足を運ぶ者もいれば、初めての者、久しぶりの者もいよう。
 初めての者ならふたりの神の姿は、肖像画でしか知らず、この場で見るイールとアスタロトを何も疑わず、ただ賛美するばかりだろうが、何度も、まして毎年のように参詣する者は、今年の神々の変化に気づかないわけはない。

 確かに毎年、イールとアスタロトの姿は、あの十二階段の黄金の椅子にあったはずだ。この目で見た記憶はある。だが、その記憶は確かだろうか?
 去年見た景色と今、この目で見ている景色はどこか違ってはいないだろうか?
 イールさまはあのように穏やかに微笑んでおられただろうか?
 アスタロトさまは…あのような御姿でいらしただろうか?
 だがなんにせよ、この世に、この時に、言葉は邪魔だ。
 あのような憧憬は、ただ黙って、このたったふたつの目で、持てる魂の隅々に、命終わる時まで、美しい光として宿していたいものなのだ。

「おれは知ってるぞ!その黄金の椅子に座る者は…本物のアスタロトさまではないっ!」
 無粋な声を張り上げる者がいる。
 大柄な中年の男で、生成りの綿の上着は袖がほころんでいる。粗末な身なりは農民か遊牧民あたりであろう。
 全く品の無い者なら、それなりに縮こまっていればよかろうに。この優美な神殿には不釣り合いの恰好で大声を張り上げるとは、なんと愚かな者であろう。
 続けざまにその男は、恐れおおくも階上の神々に罵声を浴びせる。
「おれが神殿へ来たのは二十年ぶりだ。その時に拝顔したイールさまとアスタロトさまの御姿は、昨日の事のように脳裏に焼き付いておる。だが、今日ここで見るアスタロトは…二十年前とは違う!神は永年の命を持つと言う。おかしいではないか?…それだけではない。ここ数年、土地は枯れ、作物は思ったように育たない。天候の異変は無いというのに。何故だ?アスタロトさまは豊穣の神ではなかったか?なぜ神の恵みが我らに与えられない?…その神の椅子に座る子供は本物のアスタロトなのか?もしアスタロトと言うのなら、その証拠を見せて頂きたいっ!」

 無粋な物言いをする田舎者だ。
 艶然たる微笑みを浮かべ、愚かな田舎者を見下ろしていられるアスタロトさまが偽物だと申すのか?
 …はて、確かに…毎年参詣する己さえ、なんとなくだが、いつものアスタロトさまとはどこかが違うような…気がしてきたではないか…まさか…そんなはずは…あるまいよ、なあ…


 アーシュはクナーアンで行われる祭りに終始高揚していた。
 「ただじっとして、すましておればよい」と、イールはアーシュに申し付けたのだが、好奇心旺盛な十八の少年でしかないアーシュは、黄金の椅子に座するとしばらくは言いつけを守り、黙って気取っていたのだが、段々と我慢できなくなり、面白いことはないかとあたりをキョロキョロと見渡し、人々の様子を見ては面白がっていたのだ。
 楽団の音色の心地良さに声を合わせたり、踊り子の踊りに見惚れていたり、クラウンのコミカルな演技に笑い転げたり…と。
 隣に座る呆れ顔のイールも、終いには一緒に笑いあっていた。
(ずっと昔のアーシュが戻ってきたかのようだな…いや、あのアーシュでさえ、儀式のときぐらいは神らしくあったものだがな…)
 イールはアーシュの無辜な素直さが、クナーアンに幸いを齎すことを願っていた。

 見上げた者たちは茫然と、ふたりの神に見惚れていた。
 笑い声を上げるふたりの神を見た者は、この時代には居なかったのだ。
 



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すみません。段々と更新するのが遅くなりまして…
いや~、むずかしいけど、世界観を想像するのは楽しいんです。
才能ないから、描くのに時間かかるけど。
近頃はバッハばかり聴いています。バッハの世界はクナーアンに似合っているかもしれません。



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