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2013-02

輪舞曲4…「セレナーデ 第三曲」 - 2013.02.28 Thu

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聡良と響

セレナーデ 第三曲

俺の胸に寄り添う「能見響(のうみなる)」の寝顔を眺めたまま、俺はなかなか寝付けないでいた。

そもそも男とやるのは初体験だったし、興奮冷めやらぬ状態なのだ。
甘い言葉に誘われ、彼とベッドインした後も一方的にリードされ、いかんせん気持ちよくいってしまい、恥ずかしい思いをした。
「初めは誰だってそうですよ。気にしないで」と、言われたけれど、高校生でもない、いい歳した社会人なんだから慰めにはならない。
終わった後の「初めてにしては聡良さん、上手いよ」と、要らぬお世辞を言われたのにも腹が立つ。

それにしても…彼のあまりの手際の良さと巧さに「能見響」という奴が単なるピアニストではないというのは理解できた。
男と寝ることも彼には当たり前な日常であり、セックスで相手をもてなすことなど慣れたものなのだろう。
それが現実だと無理矢理自分に納得させようとしても、相当のショックは隠しきれない…

なんつうか、俺もガキだなあ~。
音楽家だからって、美しい音を奏でるピアニストだからって、品行を求めても仕方のない話なのにさ…
大体、歴史の名だたる音楽家どもを眺めてみろ。
肖像画では偉人らしい顔をしてはいるが、清廉潔白な奴は稀で、大方が節操なしの好色で、色恋沙汰のオンパレードの人生だ。
あいつらを見習えとは言わないけれど、モラルに縛り付けられた音楽家なんて、センスのない詩人と同じで、パッションなどを与えられるものか。

なんにしろ…
こうやって俺の腕の中に存在する「能見響」は、俺にとって確かに愛おしい存在ではないか。
彼が何者であっても…

俺は「能見響」の美しい額に口唇を押し付けた。


翌朝、「能見響」の声で目が覚めた。
朝飯はあのフルーツケーキとコーヒーだ。
会話のネタにと音楽のことを話題にした。俺と彼を繋ぐものはそれしかないからかもしれないが…
「そう、聡良(あきら)さんも音大を卒業しているんですか。道理でシューベルトをリクエストしたわけだ。専攻は?」
「チェロです。これでもプロを目指してて、一度はコンクールでセミファイナルまで行ったこともあるんですよ、国内の、だけど。あはは」
「…すごいじゃないですか」
「でも、プロにはなれませんでした。アマチュアとプロの差がどこなのか…その頃の俺にはわからなかった。なぜ俺のチェロでは駄目なのか。こんなに努力を積み重ね、ミスもなく、作曲家の意図も理解し、弾きこなしているのに…でも、本当はわかっていた。俺には天からの恵みは無かったんだ。…響さん、あなたは俺に言いましたね。感動は人それぞれだって。それはそうかもしれない。だけどあなたの奏でる音楽は普遍的なんです。それはあなたの努力や感性だけではない天性ですよ」
「聡良さんは雄弁な評論家なんですね。でも評論家って偏執狂が多いそうですよ」
「じゃあ、響さんの偏執狂になりますよ。俺はあなたの奏でる音楽にも…あなた自身にも惹かれている」
俺の告白に、「能見響」は困った顔を見せ、それからそっぽを向いた。
だから俺は追撃した。
少し子供じみてはいたけれど、言わずにはいられなかったからだ。

「響さん、あなたを本気で好きになってもいいですか?」
彼は困り顔をしかめ面に変え、俺の方を向いた。
「一度寝たぐらいで、そんなことを真顔で言われても困ります」
「あなたを好きになったら、困るんですか?」
「…時に愛は必要ですが、永遠の愛は望みません。…本気の愛も恋も僕には重荷でしかありませんよ。感情は穏やかに流れる方が心地いい。留まらず、目の前を流れる方が楽ですから。だから…どうか本気にはならないで下さい。その方があなたも僕も傷つかなくて済むじゃないですか。」

「じゃあ、どうして俺を誘ったんだ」と、胸倉を掴んで響を責めたかったが、それを言ったら終わりのような気がした。

しばらくの沈黙を破ったのは響の方だった。
「つまらない話はもういいじゃないですか。それよりも機会があったら聡良さんのチェロを聴かせてください。良かったら一緒に合奏しましょう」
懸命な告白を「つまらない」と片づける響は気に入らないけれど、合奏したいのは山々である。
俺は二つ返事で頭を下げた。

その日の午後、響のピアノの練習にも利用しているという『バイロン』へ行く。もちろんまだ閉店したままであり、裏口から鍵を開けて誰もいない店内へ入るのだ。
「いいんですか?勝手に使っても」
「この店はマスターの河原さんと死んだ僕の父が建てた店なんですよ。今は…オーナーのものになっているんですけど…」
「…」
なんとなくだが、気がついてしまった。

「響さんはそのオーナーと…付き合っているわけですね。この店の為に」
「…さすがですね。そうですよ。僕はオーナーの愛人です。だから…あなたの告白を受けるわけにはいきません」
「響さん…」
「変な同情はしないでください。経営が成り立たなくなったこの店を引き受けてくれるというオーナーに、愛人を申し出たのは僕の方だし、それでこの店が続けられるのなら…身体をどう使われようが大したことではない」

「大したことではない」と、呟く「能見響」の顔が一瞬強張った。
この人は嘘つきなのだ、と、俺は悟った。

「聡良さん、ピアニストにとって一番大切なものは何だと思いますか?」
「…感性…としか言えません」
「人それぞれに違いはあるでしょうが、僕にとって渇望する精神ですよ。あなたから頂いたフルーツケーキは美味しかった。恵まれた家族や資産、眩しいぐらい聡良さんは正しい人だ。僕はあなたに嫉妬した。だから…あなたと寝たいと思った。僕の音楽の為に」
「そう…ですか。響さんの役に立ったのなら…それでいいと俺も割り切れますよ。これでも大人ですからね」
「理解が早い人は好きですよ。じゃあ、僕の渇望を満たしてくれたお礼に…」

響はスタインウェイ製のグランドピアノを開け、その前に優雅に座り、指を鍵盤に置いた。
そして、美しい音律を奏で始めた。
シューベルトの歌曲からソナタまで、こちらが驚くほどの完成度で、弾きこなしていく。
シューベルト独特の孤独さと計算され尽くした精密な和音の展開…しめやかなノスタルジーと崇高なロマンチズム。

彼の渇望の魂はこんなにも繊細で透明な景色を見せるのに…

「能見響」の優しさと冷酷さは、俺を本気にさせた。
その日から俺は一層チェロの練習を励んだ。
音楽を奏でることが、「能見響」の本心に近づく術であること。そして、俺の心を理解してもらうための唯一の道である気がしたからだ。


『聡良さん、いつ来るの?チェロを聴かせるって約束したでしょ?』と、あれから何度も母から強請られる。
仕方がないので休日、実家へ帰った。
休暇でロスから帰省していた妹夫婦の歓迎と赤ちゃんの誕生祝の為でもある。
祖父母や義弟の家族も集まり、にぎやかな懇談の中、俺はチェロを演奏した。
練習した甲斐もあり、思ったより恥ずかしくない出来で満足していた俺に、母は無茶なことを言いだした。
「やっぱり生の演奏はいいわね~。あれから二か月しか経っていないのに、聡良さん、すごく上手くなってるわ。これからこういう場を作って聡良さんに演奏してもらおうかしら」
「ええっ!何言ってんの!俺は素人。アマチュアだよ」
「それ、いい考えだわ、お母さん。聡良兄さんだけじゃなく、楽器を弾ける方を招いてサロン形式にするの。色んな場が広がるし、素敵じゃない」
「宮子まで適当なことを言うなよ。やるんならちゃんとしたプロに頼めよ~」
「あら、アマチュアだからいいのよ。聡良さんみたいに音大に行ってもプロじゃない音楽家の方も沢山いらっしゃるでしょ?趣味で続けてる方たちに演奏してもらう場を提供させて頂くの。もちろん演奏する側も聴く側もお金はいただかないわ。音楽好きの方が集まって楽しむのよ」
「…あのねえ、母さん」
「そういう場がある方が聡良さんも練習のやりがいがあっていいでしょ?あなたも大学時代のお友だちを誘ってみてね」
「…」

なんだろ、この一方的な威圧感。
普段優しくて、父には従順で古式ゆかしい奥様顔なのに…なぜ今ここでこんな展開に…しかもかわいい初孫に目じりを下げっぱなしの親父も孫を抱いてニコニコ顔で「聡良、笑われないように練習を積んでおけよ。何事にも精魂込めてもてなしの心を忘れずに、だ!」などと言う。
あんた、会社では絶対に笑わない鬼社長って言われてるんだぞ。
しかし…
思いがけない状況だが、これは「能見響」を誘い出すチャンスかもしれない。


翌日、俺は二か月ぶりに「バイロン」へ足を運んだ。
ピアノを弾いていた「能見響」は俺をすぐに見つけ、そして走り寄ってきた。
「もう…来てくれないかと思っていました…」
暗闇で響の表情はよくわからなかったが、僅かに震えていたその声に、俺は他の客の目も気にせずに、その場で響の身体を抱きしめていた。



pianisut1.jpg


次は響の過去編かな~
申しわけないですが、遅筆なので一週間待ってくださいね~


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輪舞曲4…「セレナーデ 第二曲」 - 2013.02.21 Thu

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チェロ1




翌日、見知らぬベッドで目が覚めた。
目の前の見かけない部屋とジャージ姿の自分に、しばらく理解不能だった。
炊事場の彼の姿を見るまでは…

「おはようございます」
「…おはよ…ございます…あの…俺…」
「…覚えてないの?」
「…なんとなくですが…一緒にあなたのアパートに行ったところまではなんとなく記憶にあるんですが…すいません、覚えてないです」
身に覚えのないTシャツとジャージのパンツは、きっとこの男からの借りものだろう。
「その服もあなたが自分で着替えたんだよ。僕も少しは手伝ったんだけど…ホントに覚えがないの?」
「…ごめんなさい」
さすがに変なことはしなかったかとは、聞けない。…してないだろうけれど…

「まあ、コーヒーでもいかがですか?神森聡良(かみもりあきら)さん」
「?」
「名刺を下さったんですよ。…『嶌谷不動産』って、あの嶌谷財閥の会社ですよね。そこの営業部長さんなんて…超エリートなんですねえ、神森さん」
「…聡良でいいですよ。能見響(のうみなる)さん」
「名前、憶えてくれていたんですか?」
「ええ、素敵な名前だったから。響くと書いてなるって読む。ピアニストになるべくして名づけられた名前ですよ」
「…完全な名前負けです」
「そうかな?あなたの演奏、素晴らしかったけれど…」
「…」
能見響は俺の言葉に、しばらく沈黙した。

「感動って人それぞれ違いますからね、その時の場所、その人の感情、聞く姿勢。曲目に対する思い入れ…あなたの言葉を素直に受け取ったとしても、たまたま昨日の僕の演奏がその時のあなたの感性に嵌っただけで、僕の演奏が素晴らしいわけじゃない…」
「…」
彼の音楽へのこだわりが、俺が予想するより遥かに重く、それが変に嬉しかった。
「それより…大丈夫ですか?会社は品川っておっしゃっていましたよ。電車とバスを乗り継いだら、ここから二時間はかかります。早く用意しないと仕事に遅れますよ」
「はっ!…マジで?…超やばい。今日は大事な会議が朝からあるんだっ!」
「シャツと下着は、洗って乾かしておきましたよ」
「わわ…あ、ありがとうございます!」

気の利いた奥さんのような完璧な支度に俺は何度も頭を下げ、用意されたコーヒーを取り敢えず飲み、あわてて能見響のアパートを出た。
「またお店に来てくださいね、神森さん」
「あ、はい」
振り返ると、愛想の良い顔で俺に手を振る能見響がいる。
妙な違和感を味わいながらも、反射的に俺も手を振った。


その週末の夕方、久しぶりに実家へ帰った。
俺のマンションから車で一時間程しかかからないが、滅多に帰ることはない

「お帰りなさい、聡良さん」
エプロン姿の母がほがらかに俺を迎えてくれる。
家中に広がる甘い匂いは、母が焼くケーキの所為だ。
「聡良さんが帰るって聞いたから、久しぶりにチーズケーキを焼いたのよ。沢山食べていってね」
「ありがたいけれどね、母さん。そんなに食べれないから沢山作らなくていいよ」
「そうなの?」
やんわりと断ったつもりだが、能天気の母には効かないだろう。ウキウキと台所へ戻っていく。
あまりに居心地が良いと、却って帰り辛くなるものだ。
父はともかく、母親にはつい愚痴や我儘を言ってしまうからなあ。

俺は未だに変わりのない自分の部屋へ行き、クローゼットの奥にしまい込んだチェロケースを取り出した。
俺のガリアーノ…五年前までは、一日だって触れなかった日は無かった。
飴色の胴体を撫で、ゆっくりとケースから出してやる。
買ってきたばかりの四本の弦を、一本一本丁寧に整え、弓を置く。
解放弦を鳴らし、音を合わせ、そして指板を抑え、音を奏でる。
バッハの第一番ト長調。
…懐かしい。
何度も何度も指がすりむけるまで繰り返し弾いた日々。どうしても納得がいかず、弓を投げ捨てた日。それでもこの道しかないと信じ、己を奮い立たせ、誰の為でもなく、自分自身の音楽性を信じて、弾き続けた…。

いつのまにか、母が部屋の隅で椅子に座って俺の弾くチェロの音色に聞き入っている。
「母さん、いたの?」
「ええ、お茶を用意して運んだら…あなたの部屋からチェロが聴こえたでしょ?うっとりしちゃって、聞き入ってしまったの。おかげですっかり紅茶が冷めちゃったわねえ。入れ替えてくるわ」
「そのままでいいよ。ついでにケーキもいただきます」
「はい」
ご機嫌な様子で母は、紅茶と切り分けたケーキを差し出した。

「母さん、また腕上げたね。このチーズケーキ、ラム酒に付け込んだブルーベリーがマッチして美味しいよ」
「まあ、聡良さんも口が上手くなったわねえ~。さすがに営業部長さんだけあるわね」
「母さん相手にお世辞を言っても一円の特にもなりませんよ。ホントに美味しいって褒めてるの」
「ありがと、うれしいわ。お父さんは全然褒めてくれないもの。それより、聡良さんのチェロを久しぶりに聴いたけれど、なんだかほっとするわね」
「人に聴かせる音じゃなくなったけどね…」
「そんなことないわよ。それに、楽器って人に聴かせる為に弾くものじゃなくて、まずは自分の為に奏でるものでしょ?…聡良さんがチェロを弾く気になってくれて、お母さんも嬉しいわ」
「…」
母の翳りのない微笑に俺は少しだけ後ろめたい気がした。
チェリストになる夢を追いかけていた頃、一番応援をしてくれたのは、母だった。
そして俺がその夢を捨てた時も、一言も責めもせず、「今までよく頑張ったわね」と、震える声で俺を許してくれたのも母だった。
就職をきっかけに独立して家を出たけれど、その理由のひとつは、母にこれ以上心配をかけたくなかったからだ。

「母さん、今まで言わなかったけれど…チェリストになれなくて、母さんの期待に応えられなくて…ごめん」
「…聡良さんが苦しんで選択したことだから、謝ることないわよ。お母さんはね、楽しいそうにチェロを弾いてるあなたの姿を知っているから…いつかまた笑って弾けるようになればいいなって、願っていただけよ。良かったわ…今のあなたの奏でる音、昔よりずっと優しいもの。もう大丈夫ね、聡良」
「うん。これからはチェロと仲よく暮らすつもりだよ。これ、俺のマンションに持っていくから」
「それはいいけど…暮らす相手がチェロじゃ、ちょっと寂しくない?誰かいいひといないの?」
「今のところはね」
「あのね、言わずにおこうかと思ったけれど、あなたのお見合い話は結構あるのよ。お父さんの取引関係が多いけれど…」
「俺、まだ27だよ。それに見合いって…」
「今時流行らないわよね~。だから片っ端から私が断っているの。運命の相手ぐらい自分で選んで欲しいもの」
思いもよらない結婚という言葉に面食らったが、一瞬だけ「能見響」の姿が浮かんでしまい、苦笑した。
俺の結婚と彼が繋がる意味が、わからない。
音楽家にゲイは珍しくないけれど、彼がそうだとは限らないだろう。俺だって決まった彼女はいないが、別に男が好きなわけではない。

「結婚は一生しないかもしれないって言ったら…母さん、がっかりする?」
「…」
俺の言葉に母は驚いたように何度か瞬き、そして笑った。
「子供に過度な期待をする年じゃなくなったわね。私は私の老後を楽しむから、あなたは跡継ぎなんて心配しなくていいわよ。かわいい孫もいるしね」
「そうか、宮子、無事に子供が生まれたんだね」
「ええ、女の子よ。写真見る?綾って言うの」
宮子は俺のふたつ下の妹で、二年前に結婚、夫の転勤で一年前からロサンジェルスで暮らしている。
母から受け取った写真には、妹夫婦と生まれたばかりの赤ん坊が写っている。
幸せそうな妹の様子に、俺もなんだか感慨深く、目頭が熱くなってしまう。

「宮子も和樹さんも幸せそうだね」
「これが普通でしょ?」
「そうだね」
「でも、聡良さんが普通でなくても、私は別に落胆しないから」
「え?」
「まあね、子供の何よりの親孝行は親より長く生きる事。それだけで十分だと思うことにしてるわ」
「…それって悟りを開いたってこと?それともハズレくじを引いたってこと?」
「…どっちもだわね」
弾けるように笑う母につられて、俺も声を出して笑った。


夜、帰宅した父と久しぶりに一家で夕食を楽しみ、その後、マンションへ帰ることにした。
「母さん、晩飯ごちそうさまでした。美味しかったよ、お世辞じゃなくね」
「近いんだから、いつでも食べにきなさい。それと…二週間は持つから、ゆっくり食べてね」と、母は無理やりフルーツケーキの入った箱を俺に押し付け、「また気が向いたら、あなたのチェロを聴かせてね」と、言う。
「ああ、しばらく気を入れて練習してみるよ。弾きたい曲があるから」
「楽しみにしているわ」
「じゃあ、父さんにも宜しくって伝えといて。まあ、親父とはたまに会社で会うからいいんだけど…」
「お父さんは何も言わないけど、あなたの仕事ぶりには感心しているのよ。うちにいらっしゃるお客様に自慢しているもの」
「あはは、親ばかの典型」
「親ばかの特権よ。じゃあ、元気でね。いいひとを射止めたら、お母さんに一番に会わせてね」
「…了解」

何気に言われた「いいひと」の言葉にまた「能見響」の顔が浮かんだ俺は…どっかおかしいんじゃないのか。
別に彼の部屋に泊まっただけだ。何も…ないだろ?

ハンドルを握り、アクセルを踏みながら、あの「能見響」を思い浮かべた。
彼の整った横顔や、穏やかに笑う表情、ふと見せる影や作りめいた愛想笑い。なによりも彼の奏でる澄み切った音色の調べ…
あの音と重なり合いたい。

はは、まさかね…
重なり合いたいのは、俺の弾くチェロの音であって…お、俺はゲイじゃないぞ!

でも、あの人がもしゲイで、俺のことを少しでも好きでいてくれるなら…

重なり合ってもいい…かな…
なんてね。


三日後、俺は「バイロン」で「能見響」のピアノを聴いていた。
彼のピアノを充分に堪能し、閉店まで粘り、その後、裏の出入り口で彼を待った。
スターを追っかけるファンとはこういう気分なのだろうか。緊張感に変な汗が出る。
従業員専用の出入り口が開き、「能見響」の姿が見えた。
俺の姿に気づいた彼は、ぺこりとお辞儀をする。

「この間はお世話になりました。今日はお礼伺いにきました」
「わざわざすみません。神森さん」
「聡良(あきら)って呼んでください」
「…聡良さん」
「これ、フルーツケーキです」
差し出した紙袋を「能見響」はじっと見つめた。
「…フルーツケーキ…僕の大好物って…知っていたの?」
「え?そうなの?…いや、あ、これ、有名店のじゃなくて…母の手作りなのでお口に合うかどうか…」
洒落のつもりで持ってきたのに、好きとか言われるとさすがに怖気づく。それなのに彼は嬉しそうな顔で俺から紙袋を受け取った。
「ええ?聡良さんのお母さんの手作りなの?すごいじゃないですか!」
「あ…味は保証しませんよ。いや多分大丈夫だと…思いますけど…」
「では今から一緒に食べましょう。勿論僕のうちで」
「は?」
「構いませんか?」
「も、ちろんですよ、響さん」


その夜、俺は「能見響」と寝た。
つまり「重なり合った」わけだ。

「奏でる」とまではいかず、一方的な指南役は、彼の方だったのだが…




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バレンタインデー 3 - 2013.02.14 Thu

バレンタインデー 3

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漣と栄嗣11



バレンタインデー 3

その春、柊木栄嗣も僕も第一志望の高校へ進学した。
別れは辛かったけれど、おそろいの携帯電話を買って、頻繁に連絡をし合うように約束した。
別々の高校へ行き、離れ離れになっても、僕と栄嗣の仲は揺るがなかった。
携帯電話、メールのやり取り。栄嗣が帰省する時は、必ず僕に会いに来てくれた。
夏休みには海水浴、隣県のキャンプ場まで自転車で飛ばしたり、映画を観たり…ふたりだけで楽しんでは笑いあい、至福の時を過ごした。
僕は相変わらず栄嗣が好きで仕方なく、恋愛感情も消えてはいなかったけれど、それを栄嗣に告白しようとは、思わなくなっていた。
こうしてふたりきりで栄嗣と一緒に楽しめるのなら、普通の恋人たちがやっていることとなんら変わりがないではないか。
ただ、僕達の間では、性的なものが発生しないだけだ。

キャンプ場の夜、降るような星空を寝転んで見上げながら、話したことがある。
「ねえ、栄嗣は恋人はいないの?」
「ん?ああ、うちは女子が少ないからな。それに毎日課題をこなすのが大変で、色恋沙汰に時間を掛けている暇がないんだ」
「そう…」
「漣はどうなんだ?好きな子とか付き合いたい子とか、いないのか?」
「別に…いないね」
「おまえ、女子にはそっけなかったからなあ~。見かけは悪くねえのにさ」
「栄嗣がモテて困っているのを見慣れてるから、僕もあんまり女子に関心はなくなったんだ」
「なんだよ。漣に彼女ができないのは俺の所為か?」
「そんなんじゃないよ」
「…実は俺さ。半年ぐらい前かな。うちのクラスのすげえ美人の女子に告白されて付き合ってみたんだ。一緒に食事したり映画観たり…キスもした」
「…」
「でもなんかな…別にその子に不満があるわけじゃないけど、ワクワクしない。そんなに楽しくねえし、この子とセックスしたいとも思わない。それなりに気を使って、共通の話題を探して、無理やり笑いを誘って…なんか恋愛ってこんなつまんねえものなのかな…ってさ。これなら漣と一緒に居た方が、ずっと楽だし、楽しいし…こんな風に正直に話せるし…。やっぱ俺には恋愛って向いてないのかもしれないなあ~って思えてさ」
「…」
「まあ、それならそれでいいし。恋愛しなくても楽しく生きていく道はあるし、今の俺は機械やプログラムの勉強してる方が楽しいからな」

それだけ打ち込めるものを持っている栄嗣が、僕は羨ましい。
僕だって本も読むし、音楽も聴くし、スポーツだって観るのもするのも嫌いじゃない。だけど結局本気で夢中になるものって…僕には栄嗣しかいない。

「…僕は…恋愛したいって思うよ。好きな人がいて、その人も僕を好きでいてくれて…そんで恋人同士になって…その人の為に精一杯尽くして、幸せを沢山与えて、ずっと一緒に…死ぬまで一緒に暮らすんだ。…それが僕の夢だよ」
「なんだよ、漣…まるで好きな人がいるみたいな言い方だな」
「たとえばの話だよ。今は…栄嗣と同じで好きな女子はいないし、欲しいとも思わない。僕も栄嗣と一緒に遊んでいる時が一番楽しいし…」
「…」
何も言わず、僕の顔をじっと見つめる栄嗣の視線を逸らすように、僕はただ星空を見つめ続けた。


高校三年の夏、栄嗣は帰省しなかった。
高専ロボットコンテストにエントリーするロボットの製作に取り組んでいるらしい。
栄嗣からの電話は多くなり、疲れた声を出し愚痴を吐いたり、声を荒げて怒ってみたり、思い通りにならないことの苦労話を聞かされた。その度に僕は栄嗣を宥め、励まし、大丈夫だと何度も繰り返した。

秋になった。
羊雲が空を覆い尽くす様を、部屋のベッドに寝転んで見上げていると、栄嗣からの携帯が鳴った。
「はい」
『漣!俺、地区予選突破した!』
「え?、ロボコンのこと?」
『そうなんだ!優勝は逃したけれどアイデア賞で全国大会に出場が決まったんだ!』
「良かったじゃん!おめでとう、栄嗣。あんなに頑張ってたもんな」
『あのな、驚くなよ。ロボットの名前、「漣(さざなみ)号」って付けたんだ』
「え?…どうして?」
『漣の…応援があったからここまでやってこれたんだ。漣が俺に作り続ける力を与えてくれたから…漣がいたからできたんだ。だから漣の名前を使わせてもらったんだ。ほら、漣の名前の付いたロボットなら、すげえ頑張って最後まで動きそうな気がしないか?…ねえ、漣…漣?』
「…」
僕は息をのんだ。鼓動の音が耳鳴りのように響いて、次第に強まってくる。
息ができない…
驚きと嬉しさで、涙が出そうだ。
栄嗣、栄嗣、それは…僕への告白なのか?
それとも…相変わらずの能天気な君の友情の証なのかい?

『漣?どうかした?』
「…いいや、あんまり嬉しかったから…言葉が出なくなった」
『馬鹿だなあ~。まだ予選突破だよ。これから優勝目指してもっと精度を高めていかなくっちゃな』
「うん、そうだね…ねえ、栄嗣。これからも僕は君の…傍で応援し続けてもいいかい?」
僕の問いに栄嗣はしばらく黙った。
そして応える。
『漣の存在が、俺を勇気づけてくれる。だから…傍に居て欲しいよ』
「…うん、わかった。じゃあ、全国大会頑張ってね。必ず会場に観に行くよ」
『うん、待ってる、じゃあ』

栄嗣からの電話の後、僕は机の引き出しを開けた。
あの時、渡せなかったバレンタインのチョコレートの箱を取り出した。
中身のチョコは腐ってしまう前に食べちゃったけれど、箱も、リボンも、チョコを包んでいたパラフィン紙もそのままに残しておいた。
箱の蓋を開けるとまだ甘いチョコの香りが漂った。
三年前のあの時の気持ちが、蘇ってくる。
今も変わらない栄嗣への想いは、ちゃんと育っているかい?
僕は自分に問いただす。
「大丈夫だ」と、答えた。
そして、今ここで誓おう。
これからもずっと栄嗣の傍で、栄嗣との絆を育てていこう。
栄嗣が求めるものと、僕が求める愛が異なるものであっても、僕は決してこの恋を諦めたりしない。

渡し損ねたこの空のチョコを、今度こそ栄嗣に渡そう。
三年前の想いと、三年分の想いを込めたこの箱を。

「栄嗣、好きだよ。ずっと好きだった。栄嗣に触れていたい。キスしたい。抱きしめあって離れずにいたい。でもね、何よりも、栄嗣に幸せになって欲しい。だから、僕は…そのためにならなんでもするよ。これからもずっと…愛してる、栄嗣」

空の箱にありったけの想いを告白し、僕は蓋を閉め、リボンを掛けた。


そう、今日が僕のバレンタインデー。




 2へ 



さてさてこの恋が本当に成就するかどうかは…また別のお話で、お目にかかりましょう…


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バレンタインデー 2 - 2013.02.12 Tue

バレンタインデー 2

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仁井部漣


バレンタインデー 2

中学二年になり、柊木栄嗣とは別のクラスになったけれど、朝の登校も、帰りの部活帰りも一緒だから仲の良さは変わらない。
栄嗣みたいな完璧な男が、僕みたいなどこから見ても平凡な奴と親友でいることが、きっと周りの同級生は訝っていただろう。だって僕自身がそうだったから。
でも栄嗣は言うんだ。
「俺、こう見えて事なかれ主義というか…案外小心者っていうか…周りの期待を裏切らないようにかっこつけてるんだよな~。でも漣には気を使わずに素直で自分の気持ちを曝け出せる。そういう奴って見つけようとしてもなかなか巡り会えないって思うんだ。だから俺にとって漣は大事な存在だ」
「…なんか…照れるよ」
「ホントだって。でも、俺ばっかりがいい思いしてもそれは親友じゃないよね。俺も漣の為ならなんでも力になるからな。遠慮なく言ってくれよ」
「…うん」
無邪気な笑顔を僕に見せる栄嗣…。本当の僕の気持ちを知ったら、その笑顔は僕に向けられなくなってしまうんだろうか…


二年生の後半からは、バスケ部の部長と生徒会役員の掛け持ちで毎日忙しそうな栄嗣だったけど、僕との友情は変わらず、そして栄嗣の愚痴を聞いたり、励ましたりするうちに、僕は自分自身の人間性が少しずつ成長していることを感じていた。
そして、このままずっと栄嗣の傍に居て、彼に必要とされるよう自分を磨いていきたいと思うようになった。

三年生になると受験が待ちかえている。
当然、栄嗣はこの地域で通える一番レベルの高いA校を受験することにしていた。僕は栄嗣には到底かなう成績ではなかったが、どうしても栄嗣と一緒の高校に行きたかったから必死に頑張った。
同じ高校へ入学できたら、少なくともあと三年間は一緒にいられる。

栄嗣は僕がA校合格の為に必死になっている本当の理由も知らずに、僕の傍でいつも勉強を教えてくれた。
「一緒にA校へ行こうな」と、力強く励まし続けてくれた。
それなのに…
12月になって、栄嗣は突然予想もしていない事を言いだしたのだ。

栄嗣は高等専門学校を受験するというのだ。しかもここからずっと離れた東京の高専だ。
俺は驚いた。そんな話を今までに栄嗣の口から聞いたこともなかった。

「高専を受けるって…なんで急に?」
「そんなに急でもないんだ。本当はずっと前から考えていた。今年の春ごろにちょっと親に言ってみたら、強く反対されてね。特に母親がね。ほら、俺、ひとりっ子だろ?家から離れて寮暮らしなんて、まだ早いし、心配で仕方ないって言うんだ。だから何度も諦めようとしたんだ。でも…やっぱりどうしても行きたいって思ってさ」
「どうして…高専なのさ」
「うん。ほら、この間、すげえ地震があったろ?俺たちは被災しなかったけれど…その後の原発の事故なんかでさ、今でも色々と手間取ってるじゃん。ああいうのさ、なんとかしたいって思うんだよね。人間ができない場所で処理をしているロボットとかの先端技術工学を学んで、もっと早く元の環境にしてやりたいってさ。…そういうの甘いとか言われそうだけど、本気でやってみたいんだ」
「…」
…知らなかった。栄嗣がそんなことを考えているなんて…こんなに近くにいるのに全然気づいてなかった。
僕はなんて馬鹿なんだろう…

「…だったらハイレベルな高校で普通の勉強をやるより、早く専門的なものを学んだ方が道は早いし、そこからまた近道を選べるかもしれないし。…俺さ、人間の人生ってどれだけ人の為に働けるかで価値が決まるんじゃないかと思うんだ。別に他人に褒められたいわけじゃない。勿論褒めてくれたら嬉しいけどな。俺にとって…大事な人たちを守る為に自分がやれることを見出して、頑張ることが幸せな人生なんじゃないかって…ずっと考えてた…」
「…栄嗣はすごいね。…僕は自分のことばっかりだ」
「そんなことないよ。…ホントはなんども諦めようと思ったけれどね、漣が俺に教えてくれたんだよ」
「え?」
「毎日毎日一生懸命に勉強している漣の姿を見てるとね、俺自身が漣に励まされてる気がするんだ。なあなあでここで自分の想いをはぐらかせて、楽な道を選ぼうとしている俺は、漣みたいに懸命に何かを目指して頑張って生きているのか…ってさ」
「そんなんじゃないよ。僕は…ただ栄嗣と一緒の高校に行きたい。また一緒に三年間を楽しみたいって…ただそれだけだよ」
「その想いが俺にとって、どれだけ誇りになっているかわかる?漣。おまえが俺の為に頑張っている姿に恥じないように、俺も自分に嘘を吐いちゃいけないって思ったんだ」
「栄嗣…」
「漣との約束を破ることが、一番辛かった。一緒に行くって約束したのに、ゴメンな、漣。でも一緒に行けなくてもこれからもずっとおまえと親友でいたいって思ってる。…駄目かな?」
「駄目じゃないよ…駄目じゃない…寂しいけれど…僕も応援するよ、栄嗣。T高専絶対合格しろよ」
「ああ、頑張る。漣に負けないぐらい必死に頑張る。だから絶対合格しような」
「うん」

それから自宅に帰った僕は、自分の部屋のベッドの中で泣き崩れた。
栄嗣の前では我慢したけれど、ホントは泣き喚いて、詰ってやりたかった。
おまえと一緒にいたいから、したくない勉強だって必死に頑張ってきたのに…あれだけ一緒に高校生活を楽しもうって約束したのに…栄嗣の嘘つき、バカ、僕の気持ちなんて少しもわかってないっ!

泣きつかれて涙も枯れてしまった後、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。
ただの友情だったら、こんな風に泣いたりしない。合格するように応援してやればいいだけだ。
…片思いっていうものは本当にやっかいなものなんだな…


翌年の二月、滑り止めの私立も合格し、後はお互いの志望校受験を残すのみになった。
日曜日、久しぶりに帰ってきた姉に連れ出され、街に買い物に出た。
「漣と一緒に買い物なんて何年振りかな~」
「お姉ちゃん、僕、受験生なんですけど…」
「たまの息抜きは必要でしょ?それよりあんた、ちょっとチョコ買うから付いてきて」
「チョコ?」
「そうなの。もうすぐバレンタインだから、ここの人気のチョコレートショップに行きたいの」
「お姉ちゃんにチョコをあげる彼氏がいるの?」
「バカね、漣。彼氏ぐらいいるわよ。あんたはどうなのよ。本命チョコを貰う彼女のひとりぐらいはいないの?」
「…」
「…いるわけないよね。漣は控えめだもん。でもあんたのそういうとこ、私は好きだからね」
「お姉ちゃんに褒められてもねえ~」
「義理チョコぐらいは買ってあげるから、さ、行こ」
無理やり姉に腕を惹かれ、女の人で一杯の店の中へ入った。店の中に入った途端甘いチョコの香りに包まれる。
学生っぽい女子はあまり見かけなく、大人の女性が多い。それもそのはずだった。
ケースを眺めたら、綺麗に並べられた小さいチョコひと粒が…え?五百円?こんなに小さいのに?
あまりの衝撃に僕は固まってしまった。
それなのに周りの女性たちは、あたりまえのように指を差し、いくつかのチョコレートを選んで買っていく。
みんなウキウキとした嬉しそうな、そして愛おしそうな顔をして…
姉貴も同じだ。彼氏のことでも想っているのだろうか。いつもとは違い、少し頬を赤らめ、照れながら店員さんにチョコレートの味を聞いている。
そうか…バレンタインのチョコっていうのは、相手を想いながら、その想いをチョコに込めて買うんだな…

「おまたせ~」
「欲しいチョコ買えた?」
「うん。ああ、そうだ、漣。せっかく来たんだからあんたもひとつくらい買ってみたら?」
「え?僕がチョコを?」
「そう、バレンタインってね。本当は男も女も関係ないのよ」
「ホント?」
「そうよ。あんたも好きな女の子にここのチョコをあげてみたら?すごく喜ぶと思うよ。ここの店有名だし~」
「そうかな…男の僕が送っても変じゃない?」
「変じゃないよ。想いを込めて送っちゃえ~。シャイボーイ!」

姉貴にそそのかされ、小さなボンボンショコラ二個入り千二百円の箱を買った。
綺麗な箱にシックなリボンに飾られたチョコレート…僕の精一杯の栄嗣への想いを込めたチョコだ。

栄嗣に手渡すことができるかどうかわからないけれど、机の引き出しに大事にしまったチョコの箱を眺めているだけで、何故だか幸せな気分になった。そして考える。
果たして本当に栄嗣にこれを渡すべきなのだろうか…と。
もし、これを渡し、栄嗣に僕の想いを告白してしまったら、僕と栄嗣の親友という絆は、変わってしまうものなのだろうか。
親友でいられなくなるのだろうか…


渡そうかやめようかと悩んでいるうちにバレンタインの日はやってきた。
俺は手の平サイズのチョコの箱を学生服のポケットに忍ばせ、登校した。
学校内は私立入試がひと段落つき、少し前の緊張感が緩和され、チョコを渡す女子と貰う男子たちがどちらとも浮き足立っているようなふわふわとした空気が漂っていた。

栄嗣は勿論数えきれない程貰っていたし、僕も義理チョコだったけど三個もらった。
その日の帰り道、栄嗣とふたり並んで歩いていると、重たげな紙袋を下げた栄嗣が突然言う。
「なあ、漣。このチョコさ、おまえにあげるよ。俺、あんまりチョコレート好きじゃないんだよなあ~。漣は甘いもの好きだろ?」
…そういやそうだった。栄嗣はケーキ類は食べるけど、チョコはあまり食べなかったんだっけ…すっかり忘れていた。
「でも栄嗣がもらったチョコなんだから、僕は受け取れないよ」
「だってこんな一杯あるんだぜ?去年はバスケ部の連中に分けたけどさ…」
「…」
つうか僕の手にあるこのチョコはどうすればいいんだよ~。好きじゃないってわかったのに、今更チョコを渡せるのか?

「なんつうか、バレンタインデーなんてメディアに踊らされてるだけじゃないか。別に本当に好きなら、バレンタインとかチョコとか関係なくいつでも言えばいいんだよ。なあ、漣」
「…」
「ああ、なんかもうメンドクサイからこのチョコ、全部、漣にやるよ。いらなかったら捨ててもいいし…」
「栄嗣っ!」
「え?…なに?」
「面倒くさいからって、僕にあげるとか捨てるとか言うなよ。みんなおまえのことを好きだからプレゼントしたんだよ。義理チョコもあるだろうけれど、本当におまえを好きで、でも打ち明けられなくて…バレンタインデーっていうイベントの力を借りて、やっとおまえに告白した子だっているかもしれないじゃないか。そういうプレゼントを、簡単に捨てるなって言うな」
「…漣」
「チョコが好きじゃないなら全部食べなくていいよ。でも一粒でも、一欠けらでも食べて、これをくれた子たちの想いを感じてもいいんじゃないのかな…そうじゃなきゃ、彼女たちが可哀想だよ」
「…」
僕の言葉に栄嗣はしばらく黙り込んだ。
まずい…つい本気で口走ってしまった。
…いつになく気まずい雰囲気だ。

「ゴ、ゴメン。おせっかいだったね。栄嗣のもらったチョコなんだから栄嗣がどうしようと僕が色々言う立場じゃなかった。ゴメン」
そう言うと、栄嗣はくるりと僕の方を向き、いきなり抱きついてきた。
「ちょ…っと、栄嗣」
栄嗣はスキンシップが好きでそれを気にしない奴だ。
バスケの試合なんか、勝っても負けても部員ひとりひとりに抱きついては、喜んだり悔しがったり…みんな、そういう栄嗣が大好きで、こいつの為に一緒に頑張ろうって思わせるんだ。

「…栄嗣、もういいだろ。他人が見たら誤解するかもしれないよ」
「かまうもんか。勝手に誤解してろ」
「…」
「ホントに敵わないよ、おまえには」
「え?」
「漣の言うとおりだ。人を思いやる気持ちがなくて、人に役立つ物作りができるかって…なあ」
「栄嗣」
「漣が俺の居てくれてホント良かった。漣が居なきゃこんな大切なこと、気づかずにいたよ。漣はやっぱり最高の親友だ。ありがとな」
「…そんな…」
栄嗣はやっと抱きしめた腕を緩め、僕の頭を撫でた。

「じゃあ、無理してでも貰ったチョコは食べるようにするよ。ニキビが増えたら漣の所為だからな」
「無理はしなくていいよ…それより栄嗣…」
「なに?」
僕は右のポケットに入れたチョコの箱を握りしめた。ここで渡さなきゃ…今、栄嗣に僕の気持ちを言わなきゃ…
「…」
だけど、僕を見つめる栄嗣の瞳が眩しすぎる。栄嗣のまなこに映る僕は、彼に必要なのは「親友」である仁井部漣なんだと、訴えているようだ。
栄嗣の絶対の信頼を裏切っていいのか?
失望させてもいいのか?
「友情」を捨ててまで「恋心」を打ち明けることが、栄嗣にとって…僕にとって本当に良い選択なのか?

…栄嗣の信頼を、失いたくない。

「あ、見ろよ、漣。雪だ…きれいだな」
「うん…そうだね…」

僕は握りしめたチョコをポケットから出すことを諦めた。
そして、栄嗣の肩に降り積もっていく雪を、空いている片手で払った。

「ありがとう、漣」
「どういたしまして、栄嗣。それより早く帰って、塾の時間まで僕の家で勉強しようよ。本番の試験まで時間がないよ」
「ああ、そうしよう。肉まん買って一緒に食べよ」
「うん」

これでいい。
これで…いいんだ。

僕は自分にそう言い続けた。





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すいません。次で終わらせます。
14日までにはなんとか…( ,,`・ ω´・)がんばるよ~



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バレンタインデー 1 - 2013.02.06 Wed

バレンタインデー 1

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漣と

出会ったのは中学の入学式。
真新しい詰襟の学生服の君は、新入生代表の挨拶を緊張する風もなく、淡々とやってのけたね。
僕はその姿に憧れ、そして…恋をしたんだ。


バレンタインデー 1


なんとか中学の入学までに間に合うようにと新築の住宅へ越してきた僕達、仁井部一家の生活は、それまでの暢気な社宅暮らしとは一変した。
毎日二時間を通勤する父親とはほとんど顔を合わせる暇もなく、母親は新築したばかりのインテリアコーディネートを毎日楽しんでいた。
六歳上の姉は、大学進学で待望の独り暮らしを始め、新築の家には寄り付かない。
僕はと言えば…
友人も知り合いもいない新しい中学生活が不安でたまらなかった。
「大丈夫よ~。周りのみんなだって新入生じゃない」と、能天気な母には僕の心細さはわからない。
だがラッキーなことに、彼が…憧れの君、あの柊木栄嗣(ひいらぎえいじ)が僕のクラスメイトになったのだ。
話しかける勇気は出なかったが、彼の姿を眺めるだけで、登校拒否にはならずに済みそうな気がした。
そして、幸運は続いた。
部活は同じバスケ部。しかも…僕の家と柊木栄嗣の自宅は近所だったのだ。

「あれ?君…確か同じクラスの仁井部くん…だったよね」
彼が僕を認識したのは、新学期が始まって一週間目の朝だった。
その時はまだ新入生の部活動は始まっていなかったから、同じ部活になるとはお互い知らなかった。
僕はいち早く、朝、彼が登校する時間を見計らい、その時間に合わせて家を出ていた。そのうちに彼が気づいてくれるのを期待していたんだ。
だから色々なシチュエーションは頭の中で想像してはいたんだけど、実際彼が振り返って僕に声を掛けてくれた時は、マジで心臓が飛び出すかと思った。
「う、うん」
「君、新しく越してきたんだよね」
「そうなんだ。だから友人というか…知ってる子もいなくて…」
「そう、じゃあ、俺が君の友人一号ってことで…俺、柊木栄嗣。よろしくな」
そう言って爽やかに笑いかけてくれたことが嬉しくて…友達になれたことが幸せで…病気になってもぜったい学校休むもんかって、真剣に思った

そして、僕と柊木栄嗣は親友になった。僕ではなく、彼が「親友だからな」と言ってくれたのだ。
当然部活動の帰りも一緒、朝の通学も時間を合わせて通うようになった。
最初の不安なんてどこかへ吹き飛び、僕は毎日夢心地の気分でいた。

柊木栄嗣はどこから見ても非の打ちどころのない中学生だった。誰が見ても好感のもてる整った顔つきと、十分な体格を持った姿形は言うに及ばず、品行方正で頭脳明晰、スポーツも難なくこなし、分け隔てなく誰にでも親しげで、弱い者には優しい言葉を掛けた。
目上の者に対しては、大人びた言葉を使い、納得いかなければ、先生からすれば青臭いヒューマニズムではあろうが、真向から反論した。
誰もが…成績しか興味のないインテリも悪ぶった悪たれ達も、柊木栄嗣に楯突くことはなかった。むしろ悪ぶった生徒たちは、彼の真っ当な正義感に憧れさえ抱いていただろう。

そんな柊木栄嗣と親友であることが、僕には神様がくれた奇跡の恩寵のように思え、彼と一緒に居る時は、喜びと共に少しだけ緊張もしていた。

「俺の事は栄嗣でいいって言ってんだろ?漣(れん)」
「う…うん。でも呼び捨てってなんか柊木くんっぽくないかな~って思ってさ」
「なんだよ柊木くんっぽいって。ふふ…漣は変な奴だなあ~」
「そうかな」
「でもおまえの名前ってかっこいいよな」
「え?」
「クラスの名簿見た時さ、仁井部(にいべ)漣ってなんて呼ぶんだろって思ってね。『さざなみ』って書いて『れん』ってさ」
「父さんが学生時代にボートをやってて、そのボートの名前が『漣号』だったんだって。酷いよね。息子にボートの名前を付けるなんてさ」
「いいじゃん。『漣(さざなみ)』ってかっこいいじゃん。俺、好きだな」
「…」

栄嗣の「好きだな」と言う言葉に僕の鼓動が高鳴った。
生まれて初めて性的な興奮を覚えたと言っていい。何の事は無い。
彼は僕の名前が好きだと言っただけというのに、僕の恋心は確実に芽生え、そして一気に上昇してしまったのだ。

そんな彼がモテないわけもなく、栄嗣は何度も女子から告白をされていたが、何故か特定の女の子と付き合っているという噂も聞かなかった。

一年の秋、僕は偶然にも栄嗣が告白されている現場に居合わせた。と、言うより、体育館の裏の柱の陰で、こっそりふたりの会話を聞いてしまったという方が正しい。
相手の女子は隣のクラスのマドンナ的存在の子で、バスケ部の中でも人気があった。と、言うのも、体育館の窓から見えるテニス場が、彼女の部活の練習場で、そのスコート姿が可憐でその頃の男子にはたまらない、と、言う極めて俗っぽい趣向で人気があったのだ。
栄嗣も周りの部員と一緒になって、「あの子かわいいよな~」と、はしゃいでいたから、この現場を見た時、栄嗣はその女子の告白を受け入れるものとばかりに思っていた。
女の子の告白は真剣で、精一杯の想いを栄嗣に伝えようとする気持ちがこちらにも伝わってくるほどだった。
だが、栄嗣は頭を掻きながら、その女子に言った。
「悪いんだけどさ…俺、好きな子がいるんだ。ごめんね」
しばらくして、女子の涙ぐむ横顔が、見えた。

その日の帰り、栄嗣と並んで歩きながら、僕は栄嗣に聞いた。
「あのさ…さっき、偶然に見たんだけどさ…栄嗣が女子に告白されるところ…」
「え?」
「盗み見じゃないよ。ホント偶然だったの。ゴメン。黙っていようと思ったけど、なんか隠し事をするのが嫌だから…」
「…そっか~見られてたのか~」
「ゴメン。でも…なんで断ったの?あの子のこと、君もかわいいって言ってたじゃないか」
「う~ん…なんつうかなあ~。客観的に観てかわいいと思う事と、付き合いたいって思う事は違うんじゃないかな。俺、結構女の子に付き合ってくれって言われるけどさ、あんまり付き合いたいなあ~とは思わないんだよね」
「…他に好きな子がいるから?…その子って僕の知ってる女子?」
「いや、あれは嘘だよ」
「嘘…なの?」
「昔…って言っても小学六年の時さ…好きだった子に告白されて喜んで承諾してさ…まあ、小学生だから付き合うって言っても、一緒に下校するくらいじゃん。それでもあっという間に付き合ってるってクラスで噂されて…それはいいんだけど、今度はその子が怒るわけ」
「何を?」
「『どうして他の女子と楽しそうに話すの?』『どうして昼休みに男の子たちとばっかり遊んで、私と一緒にいてくれないの?』最後には『栄嗣君には私がいるのに、どうして他の女子を見るの?』…だって。ぞっとするだろ?」
「それは…まあ…そうだね」
「もう面倒臭くて付き合うのを止めた。それからも色々揉めたりしてさ。もうしばらく好きになったり、付き合ったりするのは止めようって決めているんだ。まだ中学生だし、恋とかより、みんなと遊んだり、バスケやったりする方が楽しいじゃん」
「…そうだね。なんとなくわかるよ」
「女子と喋るより、漣と居る方がずっと楽しいじゃん。なあ、そう思わねえ?」
「…うん。僕も…栄嗣と居る時が、一番楽しいよ」


…好きな相手がいないのは嬉しいけれど…
親友って存在が、どれだけ尊いものかもわかっているけれど…
僕は君の恋の相手にはなれないんだね…
ねえ、栄嗣。
僕の恋心は君にとって、罪になるのだろうか…。



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バレンタインまでには間に合わせるように…します~
セレナーデはもちょっと待ってね。



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