FC2ブログ
topimage

2013-03

輪舞曲4…「セレナーデ フィナーレ」 - 2013.03.23 Sat

6
イラストはサムネイルでアップしております。
大きく見たい方はイラストをクリックしてください。


チェロ2



セレナーデ 終曲(フィナーレ)


「アルペジョーネ・ソナタ」の楽譜を能見響へ差し出した時、ポーカーフェイスの彼は一瞬強張った顔をした。
しかし、すぐに元の柔らかい笑顔を見せ、俺と合わせるのが楽しみだと言ってくれた。…半分は御愛想だろう。
彼はプロのピアニストだ。
たかが趣味で続けている俺と、比べようがないのはわかっている。それでも、能見響を理解し、その心に沿っていくには、まず俺の努力が必要なのだと思う。

チェロの練習をしながら、俺の胸で泣く響の顔を思い出した。
あれもまた彼の偽りの仮面だろうか。
それとも…

恋とは知らない者同士が惹かれあい、愛し合い、幸福な日々を送ることを目的とするものだろう。その過程にお互いの過去を知る必要性はどれだけあるのだろう。
俺が能見響の過去を知らないように、彼もまた俺が生きてきた過去を知らない。
それを無視したまま、本当の幸せを掴むことはできるのだろうか。
それとも相手がそれを望まないのならば、互いの過去など知った事ではないと、割り切るべきなのだろうか…


外回りの仕事からオフィスへ戻ると、机には沢山のメモが積み重なっている。そのひとつに目が留まった。
「河原修一様よりTELあり」とあった。
河原…思い当たるのは「バイロン」のマスターだ。何故彼から…と、頭をよぎったがすぐに連絡先へ電話をした。
会社の近くまで来ているから、都合が良ければ会えないだろうか、と、河原氏に言われ、俺はすぐに場所を指定し、彼に会いに行った。

「仕事中に申し訳ありません」
河原氏はいつもの店で見るダークスーツとは違い、ラフなシャツに紺麻のブレザーという恰好で、俺に深くお辞儀をした。
「いえ、ちょうど昼飯に外へ出るつもりでした。昼飯はまだですか?」
「はい」
「ゆっくり話ができる店を知っているので、僕が案内してもよろしいでしょうか?」
河原さんはにこやかに承諾した。
そして、よく使用するビルの見晴らしの良い静かな和食の個室へ、河原さんを案内した。

「良い所ですね。私は田舎育ちだもので、こういう高いビルは少し怖い気がするが…それでも素晴らしい景観には見惚れます。ところで神森さん…」
「聡良と呼んでください」
「いいえ、私にはあなたを呼び捨てになどできません。…それより、時間は大丈夫なんですか?お仕事の邪魔になるようだったら遠慮なくおっしゃって下さい」
「大丈夫ですよ。それに営業なので結構自由がきくんです。お気になさらないでください」
「そうですか…安心しました。長年水商売ばかりなので、歳は取っても知らないことばかりで、気がつかないまま、失礼なマネをするのじゃないかと…実は恐々なんです」
「まあ、敬語はやめてくださいよ。マスター…じゃなかった河原さんは、僕の親父と同じ年齢ぐらいにお見かけしますし、今日はマスターとお客の関係じゃないので」
「そうですね。…でも、今日はあなたにお願いがあって来たのです。だから、年配面するわけにはいきません」
「なんでしょう?」
「…響のことです」
「響さん…の?」
「神森さんは、私らとは違う…豊かな世界に生きておられる。違うと言うと語弊があるかもしれませんが、少なくとも毎日借金で追い詰められたりは…経験ないでしょう」
「…」
「店の経営なんて、いくら儲けた、いくら損した…そんな金勘定ばかりの毎日です。ジャズクラブなど格好つけて、一生懸命頑張っても、儲けはたかが知れています。あの店は…『バイロン』は多額の借金を抱えています。あの店と土地を手放せば、なんとか借金は返済可能でしょう。でも、そうなった時、響の居る場所がなくなってしまう。……『バイロン』は私と響の父親で開いた店でしてね。響の父親は私の親友で…存分に演奏できるライブ専門の店を持ちたいから協力してくれと頼まれましてね。私は能見のピアニストとしての才能を信じ、奏でる音に惚れていたので、彼のピアノがいつも聞けるのなら、こんな幸せなことはないと思って、すぐに彼の話に乗りました。…幸せだった。毎晩、能見のピアノを誰よりも近くで聞ける喜び。…能見が死んでしまった後、一旦は店を閉めようと思ったんですが、自分が父の代わりにピアノを弾くから、店を続けてくれと響に懇願され…。その頃から店の経営は順調だとは言えなかった。だから響は…」
口を噤んだ河原さんの思いは、俺にもわかった。

「店を続けることを条件に…響さんはオーナーと契約したそうですね。彼の口からそう聞きました。そしてオーナーの愛人だから、僕の想いを受けることはできないと言われました」
「神森さん…」
「俺は…自分でも驚くぐらい、響さんに惹かれている。これが、本当の愛ではないのかと…俺自身戸惑っています。彼と寝て、彼の涙のわけを知りたいと思った。でも…響さんが店の為にオーナーとの関係を望んでいるのなら…俺にはどうすることもできません。響さんが自分からすべてを話し、俺にすがってくれるのならまだしも…。彼はそんなことを望んではいないでしょう」
「響の目的が神森さんの財産なら、響もこんなに混乱はしていないでしょうね」
「混乱?」
「ええ、混乱です。本人は気がついていないけれど私から見ればね。これでも親代わりなんですよ。それなのに…ずっと見て見ぬふりをして響を…。あの子が泣くなんてね…あなたの前だからでしょうね。そう…そうですか。神森さんも響を…慕ってくださっている…」
「ええ、響さんを愛しています。彼の未来を導くため、俺は響の本当の力になりたい」
「…私はそれを知りたかったんだ。…ありがとうございます、神森さん。そしてあの子をよろしくお願いします」
河原さんは立ち上がり、再び俺に深くお辞儀をした。
俺もあわてて、席を立ち、頭を下げる。

「こちらこそ…でも、響さんの心はまだ解けていません。今、彼と一緒に弾くためのソナタを練習しているんです。音楽が彼の支えであるのなら、俺もそれを理解し、共有したいと思っています。…それが正しいのかどうかわかりませんが…」
「それは、あの子が一番求めていることかもしれません。店のことは、私の方ですべて片づけるつもりです。借金もオーナーのことも全部…。これから響は縛られた鎖から放たれるが…音楽家としては、その後が大問題だ。なにしろ芸術家ほど勝手放大なくせに繊細で、扱いにくいものはない」
河原さんは眉間に皺をよせ、渋い顔をしながらも、どこか嬉しそうな表情を見せた。俺は微笑ましくそれを見つめた。
彼は彼の愛する音楽家のすべてを理解している。

「響さんの父親もそうでしたか?」
「え?…ええ、あいつは響以上に我儘で、その上に我が強くてね、私を困らせてばかりで…だが、少しも嫌な思い出にはならないんです。本当に良い思い出だけで繋がっていられることが、今の私の心の糧になっています」
「俺も河原さんと響さんのお父さんのように、響と一生繋がって生きていけるように頑張ります」


響との約束の日時を河原さんに伝えると、その日はいつでも店に入れるように鍵を開けているから、と、言われ、俺は当日、約束の時間より二時間ほど早めに「バイロン」へ行き、前もってチェロの練習をすることにした。

「バイロン」へ入ると、河原さんが待っていた。
彼はいつも響が弾いているグランドピアノの前へ俺を案内し、まるで響の父親に俺を紹介するように話しかけるのだ。
「なあ、昭雄。この方が神森聡良さん。響の大事な人だよ。彼はきっと響を幸せにしてくれる。…私はそう信じれる気がするんだ。だからおまえも…このピアノは人手に渡ることになったけれど、怒らんでくれ。おまえの奏でた音は一生忘れないと誓うから…」
「…河原さん」
「店の売り手が決まりましてね。来月いっぱいで『バイロン』は閉店です」
「河原さんは…どうされるんですか?」
「長野の佐久の田舎が私の実家でね。母ひとりで花なんかを栽培しているんですが、こんな私でも役に立つらしいから、手伝おうと思います」
「そうですか…」
「落ち着いたら神森さんにも連絡しますよ。季節の良い時にでも響と一緒に遊びにいらっしゃい」
「…ありがとうございます」
「ピアノは弾かれるのでしょう?」
「ええ、一応は」
「では、どうか弾いてやってください。…昭雄と声楽家であった響の母親が、共に奏でるハーモニーは、夢のように美しく艶やかで、天に登るようにときめいたものです。私も妻も夢心地でそれを眺めていた。私は、決して忘れない。あの時の音楽を…」

俺は河原さんの思いを受け、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」を弾いた。
歌詞の無い歌曲だ。
切なさとノスタルジーの気だるさと情感の漂う調べ。
河原さんは目を閉じ、祈るように手を合わせ、じっと耳を傾けている。

曲が終わると、河原さんはにっこりと笑顔を浮かべ、「素晴らしい讃美歌でした。昭雄も妻も喜んでいるでしょう。響の母親は…麻由美さんには私から連絡することにしますよ」
「…響さんの母親って…生きていられるんですか?」
「ええ、昭雄と離婚した後、イタリアで幸せに暮らしていますよ。時々私にハガキが来ます。彼女も気が強いから本音は言わないけれど、響のことは気がかりのようで…。響が幸せになることを、彼女も遠くから祈っていたことでしょう」
「そう…ですね。きっとそうですよ」
何故か見たこともない響の母親と俺の母親の顔がだぶって見えた。
いつの日か、母親同士を合わせてみたいな…なんてね。


俺は響のピアノを弾き続けた。
思いのままに、頭に描くメロディを奏で続けた。


なあ、響。
俺たちの前にはまだ何も書かれていない五線譜が四方に散らばっている。
それをひとつずつ拾い集め、ああだ、こうだ、と言いながら、ふたりが奏でるメロディをその五線譜に書き込んでいかないか?

そう、ふたりのハーモニーを。

ふたりだけのセレナーデを…



5へ/ アンコール1へ


終ろうと思ったけれど、次は「アンコール」を~



お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

輪舞曲4…「セレナーデ 第五曲」 - 2013.03.15 Fri

5
イラストはサムネイルでアップしております。
大きく見たい方はイラストをクリックしてください。

響ひとり



セレナーデ 第五曲


酔った神森聡良を、僕の部屋へと連れ込み、そのままベッドに寝かしつけた後、僕は彼の仕立ての良い背広から名刺入れを探し当てた。
彼の名前と彼の勤める会社を知り、パソコンのネットワークで調べ、勤め先の「嶌谷不動産」が大富豪である嶌谷財閥グループだと知った。
「嶌谷不動産」の社長は聡良さんの父親であり、母親は嶌谷財閥のトップである嶌谷宗二朗氏とは従姉弟同士らしい。
言うなれば…彼はブルジョアジー側の人間なのだ。

確かに、彼の生きる世界は僕とは遥かに違う。
素直で灰汁の無い親しみやすさや、洗練された身のこなし。嫌みのない上品さは陰のない日の当たる道を歩んできた証拠だろう。
また彼の家族も豊かだ。
彼のお母さんが作ったというフルーツケーキは、食べたこともない程高級な材料を仕込んであるのがわかるけれど、とても優しい味がしたし、父親が社長であっても、聡良さん自身の仕事の才覚は十分備わっているようだ。
それに、聡良さんは長年チェロを趣味にしていたと言う。
資産家のたしなみ程度に思っているのだろうか。
僕は生きていくためにピアノを弾き続け、これしか術がないからこそ逃げ場さえ見つからないというのに…

彼の意を汲んで、合奏しようとは言ってみたものの、僕は聡良さんのチェロの腕前には興味がない。
ただ、彼の財力はこのままあっさりとは諦めきれない。

…彼の財力が僕を救ってくれるかもしれない。
父の残した店の借金を払い、僕を愛人という汚い身分から救いだしてくれるかもしれない。もし神森聡良の愛人になることになっても、今よりは随分マシではないだろうか。
…お金目当てに寝たのだと言ったら、聡良さんは僕を軽蔑するだろうか。
それとも…
彼のような気高い人と恋仲気取りなど、釣り合わぬ妄想は捨て、お金の為に身を売り続ける、賤しいピアニストとして生きていくしかないのだろうか…


二か月ぶりに会えた嬉しさに、汚い計算が上乗せされ、僕はその夜、聡良さんを再び僕の部屋へ招き入れた。
彼は素直に僕に従い、僕を愛してくれた。
優しく傷つかぬように、淑女を扱うように僕を抱く聡良さんがたまらない。
その純真さに、泣きそうになる。
僕はこんなに汚いのに…
嗚咽する僕に「ごめん。どこか無理させた?」と、すまなそうに気を使う聡良さんに、僕はしがみつく。

…ごめんなさい、僕はあなたを騙そうとしている悪い男だ。僕はあなたに愛される資格などないんだ…


「ね、俺と合奏してもいいって言ってくれたでしょ?」
「うん」
翌朝、聡良さんと朝食を取った後、彼はバックからおずおずと一冊の楽譜を僕の前に置いた。
「これを響(なる)さんと一緒に弾きたいんだけど…」
「…アルペジョーネ・ソナタ」
「そう」

シューベルト作曲のアルペジョーネ・ソナタイ短調は、当時チェロを小ぶりにした六弦の弦楽器、「アルペジョーネ」の為に書かれたものだ。
アルペジョーネ自体は現代では使われることもなく、時代と共に消えていった楽器だが、シューベルトの残したソナタは、ヴィオラやチェロで代用され、今も世界中で演奏されている名曲だ。

「俺は一応暗譜したから、あとは君の都合に合わせるよ」
「へえ、ソルフェージュもアナリーゼもパーフェクトってわけだね」
「皮肉かい?俺はね、プロになり損ねたただのアマチュアだよ。すべてを生まれ持った君の才能が羨ましくたまらないよ。本当は憎々しくさえある。でもね、それを超えて、君の演奏に陶酔してしまう。だから俺との合奏を願うのは、恐れ多い気がするよ」
「…そんなこと、ないですよ。…聡良さんのお役に立てるなら…これくらいなんでもないです」
僕は受け取った楽譜を握りしめた。
嘘を吐くのには慣れているはずなのに…後ろめたさに聡良さんの顔をまともに見れずにいる。
それでいて、僕は彼を繋ぎとめようと必死になっている。

「聡良さんと一緒に演奏できるのが楽しみです。一週間ほど時間を下さい。僕も暗譜しますから。手始めに『バイロン』の店でお手並み拝見、ということにしませんか?」
「ちょっと怖いな…お手柔らかにたのむよ。では、一週間後」

こうして、僕は聡良さんの為に、「アルペジョーネ・ソナタ」を弾くことにした。


練習の所為であやうくオーナーの芳井さんとの約束に遅れ、僕は急いで彼とのあいびきのホテルへ向かった。
すでに部屋には芳井さんがソファにくつろぎ、ブランデーを飲んでいた。
僕は遅刻したことを謝った。
「響が時間に遅れるなんて珍しいね」
「ついピアノの練習に夢中に…」
アルペジョーネ・ソナタの暗譜に没頭していた…とは、言えない。

「そうかい。実はね、君の店のマスターから相談を受けたんだが、君は聞いていないのかい?」
「え?河原さんが?…何の話でしょうか?」
「そろそろ店をたたみたいそうだ」
「…『バイロン』を?」
「…要するに店を売るから、響を自由にさせてやってくれと、頼みにきたんだよ」
「…」
「河原くんは私が無理矢理、君をあの店の抵当にしていると思っているらしいね。だが、私は一度だって君を束縛した覚えはない。君が私に頭を下げて頼んできたのだからね」
「…すみません。オーナーのおっしゃる通りです」
「どうするかね?」
「マスターには僕が話して、店を続けるように頼んでみます」
「響の父親の大切な形見だもんなあ」
「…はい」
「私はどちらでも構わないさ。あの店を売って金にするも、響とこうやって楽しむのも…決めるのは響だからね」
「わかってます」
「では、さっさと服を脱いでこちらへ来なさい、響」
「…はい」

芳井さんの玩具になるのは構わない。
だが芳井さんが僕に飽きたら、捨てるのも躊躇わないだろう。その時、僕はどうやって「バイロン」を守ることができるのだろう。

翌日、僕は河原のおじさんの自宅へ行き、オーナーとの話の真相を尋ねることにした。
おじさんの自宅は、街の外れの都市化されていない地域で、家の真向かいには田んぼが広がっている。
中学一年の夏に父に連れられた時は、こんな田舎臭いところなんて…と、思ったものだが、今はこの鄙びた景色が懐かしい。
昔のように南の縁側に案内された僕は、おじさんと肩を並べ、お茶を啜った。

「…響がここに来た時も、ちょうどこんな夏の始まりの頃だったねえ~。田んぼの蛙の声が五月蠅くて寝れないって、毎晩母さんに文句を言ってた」
「そうだったね。美那子おばさんには我儘ばっかり言って、困らせたもんだなあ。ホントに捻くれたガキだったもの。反省してるよ」
「母さんはよく私に言っていた。響が思い通りにならないのは当たり前だ。でも、自分が産んだ愛しい我が子だと思って、響と仲よく暮らしていきたい、って。私も響を息子のように思っていたよ」
「…僕だって…おじさんとおばさんに甘えてばかりで…なにも返してやれなくて…ごめんなさい」
「響が謝る理由なんかひとつもないさ」
「…」
庭先に植えられた小さな野の花たちが夕暮れの風にそよいでいる。
美那子おばさんは手に取って「これがヨメナでこっちがヒメジオン。同じキク科だけどそれぞれに美しさは違うのよ。響さんの音楽と同じね」
「そうかな?」
「そうよ。響さんが奏でる一曲一曲も、色もリズムも美しさもそれぞれに違うでしょ?私は響さんの奏でる色とりどりの繊細で爽やかな音色がとっても好きよ」
そう言って、笑ってくれる穏やかな笑顔に、僕はなんども救われた。

「響、今日は店のことで来たんだろ?」
「…うん。オーナーからおじさんが店をたたみたいって聞いたんだけど…本気なの?」
「ああ、そうしようと思う。…いや、もう決めているよ」
「おじさん」
「母さんは、響は言葉にしないけれど、心の優しい子だから、私たちが気を配ってあげなきゃね…って。そういつも言っていたのに。…もっと早く決断するべきだったよ。能見と母さんが死んだ後、響を守れるのは私だけだったのにね。響の苦労を見て見ぬふりをしていた。私は…父親役失格だよ」
「おじさんっ!」
「いつまでも『バイロン』を隠れ蓑にしちゃいけないよ、響。あの店は君の父親と私が建てたものだが、君が背負うものではないんだ。響は自由にならなくちゃならない」
「僕は…別に…。『バイロン』を守りたいって決めたのは僕だし、おじさんが責任を感じることなんか何もないんだ」
「息子を身売りさせてまで店を続ける親はいないよ、響。君が続けたいと思っても、今のままじゃだめだ。それに君も父親と母親のくびきから放たれてもいい年だ。これからは多少苦労はしても、自分の道を切り開いて歩いていくべきだと思う」
「…あの店を捨てて、僕はどこでピアノを弾けばいいの?」
「能見の残したピアノだけが、君の弾くピアノじゃない。それに…響には心に決めた人がいるのだろう?」
「え?」
「神森聡良…さん。あの人が店に来るようになって、私には響の弾くピアノの音が明るく透んだ音色に聴こえるんだよ」
「そんなこと…ない」
「自覚のない恋も、芸術家には似合いだね、響」
「…」
「もっと自信を持ちなさい。努力するのは当然だが、君のピアニストとしての才能は私が保証するよ」
「…おじさん」
「君の父親にプロの道を薦めたのは、私だってことは…あいつは言わなかったのかい?」
「…ありがとう、おじさん。…ありがとうございます」

震える僕の肩を、河原のおじさんはしっかり抱きしめてくれた。
父よりも母よりも暖かい腕で…


聡良さんとの約束の日、「バイロン」の裏口から足を踏み入れた途端、ピアノの音が聞こえた。
急いで店内へ回ると、聡良さんが父のピアノを弾いていた。
揺るぎない旋律、甘く切ない…シューベルトの「セレナーデ」だ。

父の奏でるピアノに合わせ、アリアを歌う母の美しい声…
遠い昔…
うっとりと母を見つめる父の眼差し。
満ち足りたようにその視線に応える母の姿。
…幼い僕が見た光景。

Leise flehen meine Lieder
Durch Nacht zu dir;
In die stillen Hain hernieder,
Liebchen, komm zu mir!

(僕の歌は夜の中を抜け
あなたへひっそりとこう訴えかける。
静かな森の中へと降りておいで、
恋人よ、僕のもとへ!)


ピアノを弾く聡良さんの姿が、あの光景と重なり、そして、涙で滲んでいく。

(おとうさん、おかあさん、僕はいつまでも寄り添うふたりを眺めていたかったんだ…)

聡良さんが立ち上がり、僕に駆け寄り、そして優しく僕の髪を撫でた。
僕は涙でぼやけてよく見えないままに、正面の彼の顔を見つめた。

「どうしたの?響さん。どこか具合悪い?」
「…」
「そんなに泣いて…ねえ、大丈夫かい?」
「…聡良さんが好きだ」
「え?」
「あなたが好きなんだ」
「…ありがとう、響さん」
「僕は…本当はあなたに好かれる資格のない人間なんだ。だからあなたは本気にならなくてもいい。いつだって僕を捨ててくれてもいいんだ」
「そんなことは絶対にしない。俺は響さんを泣かせたりしたくない」
「…信じてもいいの?」
「俺は…能見響を一生守ると誓うよ」
「…ありがとう」

聡良さんの言葉が嘘でも本当でも、そんなことはどうでもいいんだ。
聡良さんは僕の欲しかったものをくれた。
それだけで僕は…


「…響は、思ったよりもずっと泣き虫なんだなあ~」
困ったように聡良さんが言う。

僕を泣かすのは、いつだってあなただよ。



響と聡良

4へフィナーレ

次回、最終回は、聡良視点、大団円でお送りします。


お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

輪舞曲4…「セレナーデ 第四曲」 - 2013.03.08 Fri

4
イラストはサムネイルでアップしております。
大きく見たい方はイラストをクリックしてください。


能見響

セレナーデ 第四曲

たった一度、身体を交わしただけなのに…
別にあの人とのセックスが他の人と比べて、格段に良かったとか…そんなんじゃないのに…
二か月間、一度足りとも顔を見せてはくれなかった。
なんて薄情なのだと、こちらの身分も考えず、憎く思ったこともある。
会えなかった時間の分だけ、想いが募るということなのだろうか。
明らかに僕は神森聡良という男を、他の誰よりも「愛しい」と、思うようになっていた。

だから、店で聡良さんの顔を見つけた時、僕は弾いていたピアノを適当に終らせ(ジャズなのでどうにでもなる)一目散に彼の元へ駆け寄ってしまったんだ。
彼の真摯な告白を「本気にならないでくれ」と、無下に断ったのはこちらの方なのに。
真正面から聡良さんに見つめられ、初めて自分の身勝手さを恥じ、俯いてしまった。
それなのに…
聡良さんは僕を抱きしめてくれた。
その力強さに僕は涙が出る程、嬉しくてたまらなかった…


僕はピアニストの父、能見昭雄と声楽家の母、能見麻由美の一人息子として生まれた。
生まれた時から両親の奏でる音楽を聴いて育ち、古典的なクラシックからジャズクラシックまで、それらは自然と僕の身体に染み渡っていった。
父も母も音楽の楽しさと厳しさを僕に与え、音楽の道へ導いてくれようとしていた。
だが、僕が十二歳の時、イタリア人の声楽家と愛し合うようになった母は、父と別れ、僕を父の元に置いて、イタリアへ行ってしまった。
その時の父の衝撃はこちらが気の毒になるほどで、母が去った悲しみよりも、僕がしっかり父を支えなければ、と子供なりに懸命に父を慰める毎日だった。
その甲斐もあってか、なんとか父も立ち直り、一年後には音楽家仲間との演奏旅行まで出来るようになった。
旅行先は主に外国だったから、父のいない間は、僕は父の友人である河原夫妻宅へ預けられた。
河原のおじさんもおばさんも良い人だった。子供のいないふたりは、僕を本当の子供のように可愛がってくれた。
特に美那子おばさんは気短で神経質な母とは違い、病弱ではあったが朗らかで安穏に僕を包み込んでくれ、両親のいざこざで尖ったところがあった僕を癒してくれた。
僕は河原のおじさんと美那子おばさんのおかげで大して反抗期も感じずに、平穏な日々を過ごしていった。

自分が周りの少年たちと違う趣向の持ち主だと知ったのは、高校一年の時だった。
その年の夏休み、父はアメリカでの演奏旅行に僕を誘ってくれた。
僕は有頂天で喜び、父と楽団の仲間と一緒にアメリカ縦断演奏ツアーに、旅行気分で付いて行ったのだ。
楽団は十人ほどの構成で、時折演奏者が変わったりするけれど、みんなプロ意識の高いミュージシャンだった。
国や人種も様々で、おぼつかない英語のやりとりに戸惑った事もあったけれど、何よりも音楽が世界共通であることの素晴らしさを教えてもらった。
教えられたのは音楽だけではなく、彼らとのセックスだった。
当時僕は十六。
薄々自分の趣向に勘づいてはいたが、経験はなかった。
こちらは好奇心は増す一方、彼らは大人でジェントルに僕を扱ってくれる。
誘われついでに、肉体を解放できる快感を味わうことは、音楽に生きると決めた僕にとって、決して悪い経験ではないと思い、彼らの欲しがるままに与え、時には僕も求めた。
だが、まずいことに彼らとの最中に、父に見つかってしまった。
父はそういう人種ではない。
父は僕を強く叱責し、両頬を二度殴り、二度と彼らに近づくなと命じた。
しぶしぶながら、それは守られた。

夏休みが終わり、日本に帰りついた後、しばらくの間、父とふたりの生活が続いた。
父は僕にあらゆる音楽の技術と精神を教えてくれた。
僕は父に応えようと必死で腕を磨いた。
だが、夏に覚えた快感への欲望は増すばかりだった。
僕は父に隠れ、色々な男たちと寝てみた。しかし面白いことにセックスの快感というものは一時的なものであり、音楽を奏で、戯れながらトランス状態になるあの感覚には到底及ばない程のものだと思うようになった。
それは自分自身の技術や音楽に対する理解が深くなるにつれて、鮮明になってくる。

いくつかの国内コンクールで良い成績を残すようになり、国立の音楽大学を目指す頃になると、僕の生活は音楽一辺倒になった。
父もそんな息子を見て、安心したのだろうか。
海外での仕事は止め、河原のおじさんとジャズクラブを経営することになった。
勿論、メインは父の生演奏だ。
決して順風満帆とは言えない経営状態だったけれど、父と河原さんは懸命に頑張り続けていた。

大学三年の秋、父は交通事故であっけなく死んでしまった。
路肩を歩いていた父は、居眠り運転で暴走したトラックに跳ねられたのだ。
その頃、僕は世界的に権威のある国際コンクール出場への選抜に懸命になっていた。
大学の推薦により、出場できるかもしれなかったのだ。
だが、父の突然の死により、動揺してしまった僕は、教授たちの前で良い演奏はできず、コンクールへの出場は叶わなかった。
悪いことは重なる。
その冬には入院生活が続いていた美那子おばさんまでが亡くなってしまい、僕はピアノに没頭することができなくなっていた。

途端に僕の生活は荒れ、酒とセックスに溺れた。
数少ない友人たちの励ましや忠告すら邪険にし、未来など知るものかとただ荒んでいた。
だが、僕は帰ってこなければならなかった。
…帰る場所は決まっていた。
僕には音楽しかなかったのだ。
だから、父と河原のおじさんのジャズクラブ「バイロン」と、父の残したピアノを守る為に生きていくことを決めたんだ。

大学を卒業した僕は懸命に働いた。「バイロン」での演奏は勿論のこと、誘いあれば伴奏の仕事も請け負った。
だが、景気の低迷により、店の売り上げも底を打ち、「バイロン」は売却寸前だった。
僕は店に来たお客の中で、金を持った男好きのパトロンを探した。
それが今のオーナーの芳井さんだ。
僕は「バイロン」の営業を続けさせてもらうことを条件に、彼の愛人になった。


愛人関係に愛などはいらない。
オーナーも僕もお互いにそれを理解しているから、どんなことを要求されても我慢できた。
「愛」なんていらない。
僕には音楽がある。ピアノがある。
ピアノを弾いている時は、僕は誰にも縛られず、自由に舞い上がれる。


聡良さんにシューベルトをリクエストされた時、なんだか嬉しかった。
ジャズクラブだから、音楽に詳しく、何かと煩い客も多い。クラシックを弾くことだってたまにある。
だけど彼は「あなたのシューベルトが聴きたい」と、言ってくれた。
僕は彼のリクエストに応えた。

その晩、桜散る土手に座り、ひとり夜空を見上げている聡良さんを見た。
大人になっても、まだ夢を信じているような…横顔に、僕は惹かれた。
深く考えもせず、彼を部屋へ誘った。


彼に愛して欲しい…


愛することを怖れる僕は、欲しがるだけの我儘な子供のようだ。



3へ /5へ



お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

サイアート

Author:サイアート
イラストと駄文を更新しております。

少年愛を中心としたシリアス重視なオリジナル作品でございます。

ゆっくりしていってね~

サイズを記憶するフォントサイズ変更ボタン

文字を大きくする 文字を規定のサイズに戻す 文字を小さくする

ツリーカテゴリー

Script by Lc-Factory
(詳細:Lc-Factory/雑記)

最新記事

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する