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2013-04

スバル 2 - 2013.04.30 Tue

2
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スバル幼い頃2


スバル 2

田舎の朝は早い。
陽が昇る前の、薄暗がりの早朝に起き上がり、まずは水汲みから始まる。
竈の火を起こし、朝粥の支度を終えたら、にわとりの世話と卵の回収。
取り急ぎ朝食を終えたら、片づけに家の掃除。
祖母が田んぼへ働きに出ている間は、スバルは庭畑の草むしりと、裏山で薪を集める。
陽が落ちる前に祖母と侘しい夕食を取り、陽が暮れると同時に寝る。

祖母の家は貧しかった。
電気を付ける余裕さえない。カンテラの油も蝋燭ももったいないという理由で夜になると何もできず、寝る他は仕様がない。
だんだん畑も家の土地も、地主からの借りもので、毎月の取り立てを払うには、取れた野菜や機織り業で稼ぎ、毎日を何とか食いつないでいる状況だ。
スバルがここへ来た初日に祖母が吐いた言葉は、スバルを養う余裕などは無いと言う、祖母の切実な溜息だった。
スバルはこのような空気をよく悟っていた。
今までに一度だって、腹いっぱいなるまで何かを食べたことがあるだろうか。欲しいと思ったものが手に入ったことがあるだろうか。

9歳のスバルは自分の置かれている立場を知っていた。だから少しでも祖母の役に立って、祖母の負担を軽くしようと、慣れない土地で懸命に働こうと思っていた。

確かに初めて味わうニッポンの生活様式に戸惑うこともたびたびあったが、スバルにとって、ここでの暮らしは今まで味わってきたどの世界よりも面白く、またやりがいを感じていた。
特に畑の仕事などは、懸命に世話した野菜が、一日一日と確実に育つ様が自分の目で確かめることができる。
一枚の葉っぱの成長が、スバルには感動的だった。
そして、今まで厄介者扱いで、けなされ続けていた自分の存在を少しだけ認めてやりたくなった。

祖母は無口で愛想も無かったし、会話は仕事の段取りを教える事と、やってはいけないことを叱ることぐらいだったが、叩かれないだけでも随分と気持ちが楽になり、スバルはここでの暮らしに満足していた。

二度ほど、スバルを小学校へ通わせるようにと村の役場の者と学校の先生方が祖母に相談に来たことがあるが、この状態で学校へ行けるとはスバルも思っていない。
孫への愛情云々より、毎日の糧が問題なのだ。
それにスバルも祖母に役に立てるのなら、学校などどうでも良かった。今までだって一度たりとも学校へなどは、行かせてもらったことなどないのだから。

夜、寝る時に着る綿の寝間着は、母が幼い頃に来ていた浴衣の古着だと祖母から渡された。
紺地にツユクサと蛍が描かれた寝間着を着ると、抱かれた覚えのない母の匂いや温もりが伝わるようで、スバルは安らぎを感じた。

時折見る昔の夢は、スバルを苦しめたが、目覚めると虫の声やにわとりの鳴く声が聞こえるばかりだ。
あの罵声は今はない。
スバルは安堵感に涙が出た。
ここに居る間は、痛い目に合うことはないだろう。


ある朝、珍しく祖母が大きな声をあげて、スバルを呼んだ。
スバルは急いで庭へ向かうと、垣根の前で立つ祖母に走り寄った。
「スバル、昨日、にわとりを小屋へ戻した際、小屋の閂(かんぬき)はちゃんと閉めたかい?」
「…うん」
昼間、庭の中で飼っている13羽のにわとりは夕方、鶏舎へ戻される。
にわとりの世話はスバルの役目で、産んだ卵を集めるのも、鶏舎の中を掃除するのも、にわとりを鶏舎へ戻すのもスバルの大事な仕事だった。
昨日もいつものようににわとりの数を確かめ、閉めたはずだ。
「今朝見たら、戸が開けっ放しになっていた。…にわとりは6羽しかいない」
「え?」
「ここに羽が沢山散らばっているだろ?狐か狸か狼か…にわとりを食う獣は山には沢山いる」
「…た、べられたの?」
「6羽でも無事だったのはまだマシだったんだろうけど…スバル、これはおまえの責任だよ。おまえの所為でうちの大事なにわとりを食べられてしまった。一体どうしてくれるんだ?」
祖母の声は静かだったが怒りに満ちていた。スバルは恐怖と動揺で謝る言葉さえ出てこない。
「…今日一日、おまえの飯は抜きだ」
祖母はそう言い放ち、急ぎ足で炊事場へ戻り、戸を閉めてしまった。
青ざめたままのスバルは、途方に暮れてしまう。

…ど、どうしよう…僕がちゃんと閂を確かめなかったから…。大切なばあちゃんのにわとりを僕は、見殺しにしてしまったんだ。どうしよう…土下座をして何回も謝れば許してくれるだろうか…

スバルは閉められた裏戸を見つめた。
多分、今、祖母の前で頭を下げても許してはくれないだろう。
前に古本屋のチェトリじいから聞いたことがある。
怒っている相手には何も言うな。振り上げた拳が下がるまで、少し離れて様子をみるのが一番いい方法だ、と。
もっともこの方法は母の愛人の男には通用しない。
意味もなく殴ったり、叩くのはあの男の趣味だったのだから。

スバルは、家の門を出て、当てもなく歩き始めた。
今日一日は祖母と顔を合わせるのを避けた方が良さそうだ。
実際のところ、にわとりの代わりに別な何かを探さなければ、祖母もスバル自身も餓えることになるのだ。
裏山で薪を拾うにも腹が減って力が出ない。
スバルは裏山を超えて林を抜け、渓流が見える崖を降り、清流に口を付けて思いきり飲んだ。
しかし水で腹が膨れるわけもなく、岩に腰を下ろしたまま溜息を吐いた。

最悪の場合、ばあちゃんは僕を見捨ててしまうかもしれない。お母さんに連れ戻すように連絡するかもしれない。そしたらあの男がまた僕を打つかもしれない…
最悪の連鎖がスバルに悪夢を思い出させた。

スバルは右腕に残るケロイド状の痣を見つめた。
ここへ来るひと月前に母の男から思いきりタバコの火を押し付けられた痕だ。
スバルは左の掌をその傷跡に当て軽く掴み、そして離した。
ケロイドのように残っていた痕は、綺麗に無くなっていた。

スバルは魔法使いだ。
母の愛人はスバルが覚えているだけで今までに三人ほどいた。そのどれもがスバルを罵倒し、暴力を奮う奴らだった。
だがどんな暴力がスバルの身体に与えられても、翌日には痛みは消えていた。
その頃のスバルはそれが魔力だとは気づかず、誰もがこのようなものだと思い込んでいた。また母も男もスバルの状態に興味を持たなかったので、スバルが魔力を持つ者だとは気づかなかったのだ。
だがいくら早く傷が治ったとしても、暴力を与えられる瞬間の痛みは普通の者と同じく、耐え難い苦痛を感じる。しかも身体の傷は治っても、恐怖心や痛みの記憶は心に積もっていくのだ。

7歳になる頃、その頃に住んでいた下町の古本屋の店主とスバルは親しくなった。
チェトリと言う老人は、スバルの事情を察し、パンやお菓子などをくれた。また学校に行かせてもらえないスバルに文字を教え、本を読む喜びを教えてくれた。
ある時、本を整理していたチェトリの乗っていた脚立が壊れ、腐った脚立の木の破片がチェトリの右足の脹脛に刺さり大怪我をした。
居合わせたスバルは木の破片を抜き、脂汗を掻き青ざめるチェトリに声をかけた。大量に流れ出る血に驚き、なんとかしなければと、チェトリの脹脛を懸命に両手で押さえた。
すると出血は止まり、痛みに耐えるチェトリの顔色が赤みを帯びてきた。
包帯を巻き、一息ついたチェトリはスバルにお礼を言うより先に、大事な話を聞かせた。
即ち、スバルが魔法使いだということを。

「ぼくが…魔法使い?」
「そうだよ。スバルは確かに魔法使いだ。魔法使いは今ではアルトと呼ばれることが多い」
「アルト?」
「さっきおまえが私の怪我を瞬く間に治してくれただろう?あれが魔力だ」
「ぼく…どうやったがわからないよ。ただいっぱい血が出てたから、止めなくっちゃって思って…」
「スバルの両手からとてもあたたかいエネルギーを感じたよ。癒しの魔力だろう」
「…」
その時、スバルは知った。自分の傷が翌日には消えてしまうのも、もしかしたら魔力の所為かもしれない、と。

「…それもスバルの力だと思う。無意識のうちに魔法で自分の傷を治癒していたのだろう。でもね、スバル、恐れることはないよ。魔力を持った人間はこの世界には沢山いる。私も今までに何人も見て来たし、信頼できる友人もいる」
「…ほんとう?」
「そうだよ。魔力は神さまから与えられたプレゼントだと思えばいい。さっきみたいに困った人を助けてあげたりすることは、とても素晴らしいことなんだよ、スバル。でもね、気をつけないといけないことがある」
「なに?」
「悪い者たちがスバルの魔力を知ったら、それを悪用してしまうかもしれない。だから、スバルが大人になるまで…スバルのことをちゃんと理解してくれる人が現れるまで、魔力のことは誰にも知られない方がいいだろう。特に人前で魔法は使ってはいけないよ…わかったかい?」
スバルはコクリと頷いた。
チェトリの言葉は、生きのびる為の鍵のような気がしてならなかった。
これを開ける者を見つけだすまではスバルは魔法を使うまい、と心に誓ったのだった。


自身が魔法使いと知った後、スバルは男の暴力に対して、今までとは違った恐怖を持つようになった。自分の怒りに任せて、自分を打つ相手に魔力を使うかもしれない…と、いう恐怖だ。
スバルは人を傷つける魔法の力など知らない。だけど、もし「死ね」と、願ったら目の前の男は死んでしまうかもしれない。
そうなったらスバルは人殺しだ。
チェトリの言った「魔法は人を助けるための力」とは、逆の意味になる。
それからスバルはどれだけ打たれても、感情を押し殺し、痛みに耐えてきた。
しかし、それも…

ここでの生活を知った今、打たれるのを我慢する日々なんてもう僕には無理じゃないのか?もし、ばあちゃんが許してくれなかったら…僕はここから逃げて…誰も知らないところへ…

ふと、せせらぎにつけた足元を見つめると、川魚が流れに逆らいながら泳いでいるのに気がついた。

アユだろうか、ヤマメだろうか…

スバルは魚には詳しくない。だけどこの魚を捕り、家へ持ち帰ったら、少しは祖母の怒りが静まるかもしれない。

スバルはそっと腰をかがめ、川の中を歩き回った。
魚影に気がつくと全身で飛びついた。おかげで頭までびっしょりに濡れる。
スバルはずぶぬれになるのも構わずに、魚に向かって何度も掴み取ろうと試みたが、一匹も捕れないまま、夏の陽が高くなる。

「釣竿も網もなしに捕ろうとしても、無理だよ」
対岸で釣竿を持った少年が、スバルを見て笑っている。
少年は慣れた手つきで釣竿を放ち、何度も空中に釣り糸を投げては戻している。

繰り返し同じ仕草で竿を振り込みながら少年は、川の中央へ足を進め、そしてじっと竿をおろした。
僅かに糸が引き魚が掛かったことがわかると、竿を右へ左へ流しながら、ゆっくりと糸を引き寄せる。そして川から釣れた魚を引き上げて、スバルの方へ向って魚を見せつけた。
スバルはこの少年の一連の姿に、見惚れてしまった。

「こっちへおいでよ」と、少年が呼ぶ。
スバルは引き寄せられるように、その少年に向かって川底を歩きだした。




1へ / 3へ

釣りはよくわかりませんが、ブラピのリバーランススルーイットは大好きな映画です。



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スバル 1 - 2013.04.19 Fri

1、
「senso」のオムニバス物語です。
アーシュの友人、スバル・カーシモラル・メイエの幼い頃の物語です。
少し暗いお話ですが、楽しんで頂けたら幸いです。

イラストはサムネイルでアップしております。
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昴

「スバル」

母の実母であるスバルの祖母は「ニッポン」という、アースでも極めて変わった東方文化で知られる島国、しかもかなり辺境の山と山の谷間のひっそりとした人里離れた貧しい土地で暮らしている。
スバルが母親に無理矢理連れられたのは、9歳の初夏だった。

座席の空いた乗合バスに揺られ、終点の駅で降り、それから徒歩でどれくらい歩いただろうか。
重いリュックを背負った背中が、汗でべとべとに濡れ、絶えず流れ出る汗が額から顎にかけて滴り、喉がカラカラに乾いても、スバルは文句のひとつも言わず、先を行く母親に遅れないように懸命に足を動かした。
轍の跡が残ったでこぼこの坂道をひたすら進み、だんだん畑の青いイネがふたりを迎えるように見えてきた頃、竹林を背にした小さな藁ぶき屋根が見えた。
「やっと、着いたわ」と、母はひとつ深呼吸をした後、後ろのスバルをちらりと振り返り、そして少し急ぎ足でその藁ぶき家に向かうのだった。

藁ぶき屋根の家を囲う低い垣根から庭を見渡すと、綺麗に耕された野菜畑が見え、何羽かのにわとりが庭畑のまわりをうろついていた。
母はうろつくにわとりに構わず、中庭を突っ切り、勢いよく玄関の戸を開け中へ消えた。
スバルは首を上下に動かしながら近づいてくるにわとりが少し怖くなって、足早に母の後を追った。

祖母の名を呼ぶ声にも返事はなく、母はぶつぶつと文句を言いつつ土間の奥へ進み、炊事場の方へと向かった。

スバルは暗い土間の隅々を首を大きく動かしながら眺めた。

生まれてこの方、スバルに定住の地は無い。
だが、それまで西方諸国を渡り歩き、また石の住居に慣れていたスバルには、この古めかしくも御伽話のようなオリエンタル様式のなにもかも珍しくてたまらない。

肩に食い込んだリュックのベルトを外し、荷を玄関の板張りに置いたスバルはもう一度外へ出て、井戸を探した。
キョロキョロと見渡すと庭の奥に手押しポンプが見える。
急いで走りより、ハンドルを上下に何度も降ると冷たい水が少しずつ水口から流れ出始めた。
スバルは汗だくになった顔を洗い、口をゆすぎ、思い切り水を飲んだ。

「はあ~」
今までの疲れの半分は、吹き飛んだ気がした。

「スバルっ!何してんのっ!早くこっちへ来なさいっ!」
いつものようにヒステリックな母親の呼ぶ声が、辺りに響く。聞きなれぬ声に驚いたのか、にわとりがバタバタと一斉に羽ばたきを繰り返した。

スバルは急いで玄関へ戻り、母の声のする奥の土間へ走った。
竈(かまど)の前に母と祖母が向かい合い、立っていた。
なにやら険悪な雰囲気だ。

「この子がスバルよ。あんた、幾つだっけ?」
「え?…9…さい」
「そう、スバルは9歳。学校は行ってないけど字は読めるし、別段身体も弱くないから、かあさんの好きなようにこき使っても構わないわよ」
「…」
初めて見る祖母は母親よりも少し背が低かったが、腰は曲がってもなく、粗末な絣の着物ともんぺ姿で頭には手ぬぐいでほおかぶりをしている。
なにかの資料の写真で似たような恰好を見た記憶のあるスバルは、目の前の祖母の姿に呆気に取られた。

…この人が僕のおばあさんなの?

「じゃあ、私、これで帰るわ。バスに間に合わなくなっちゃうからね。ホント田舎ってやあね。道は悪いし、時間はルーズだし、本数少なくて嫌になるわ」
「あ、あの、おかあさん、僕…」
「…スバル。さっきも言ったけれど、あんたが身売りさせられるのを気の毒に思って、あの人に黙ってここに連れて来たんだからね。ばあちゃんにきつく当たられても文句を言っちゃ駄目だよ。わかった?」
「…はい」
「じゃあ、私は戻るから。あの人の気が変わったらあんたを迎えにくるわ。それまでここで待ってなさい」
「…」
スバルは黙って頷いた。
母は満足したように、炊事場の戸を開け、外に出ると振り返りもせずに、急ぎ足でこの家から去って行った。


水も飲まないで、おかあさん、喉乾かないのかな…。おかあさんの分も井戸水を汲んであげればよかった…

スバルは走り去る母の後姿を見送りながら、少しだけ気の毒に思った。
ふと祖母の姿を追うと、祖母は竈の前に座り、枯れ木をくべていた。

「今夜のおまえの分の飯はないぞ」
しわがれた声の祖母は、スバルを一瞥もせずに吐き出すようにそう言った。

歓迎されないのは初めからわかっていたが、初日から夕食抜きとは、さすがのスバルもがっくりと肩を落とす他はない。
昼飯もおにぎり一個だけで、すでに腹ペコだったのだ。

気落ちしたままスバルは庭へ出た。
あいかわらず好き勝手ににわとりが地面を突いている。
雲ひとつない空には番いの鳶が気持ちよさ気に円を描いている。

とんびになりたかったなあ~。あんなに高く飛べるんだもの。きっと夕食のことで悩んだりしないんだろうなあ…

スバルは悲しくなった。悲しくなると腹がひもじいと鳴った。
「…おかあさん…」
母はスバルが居なくなりすっきりしていることだろう。実際スバルはかさばる荷物にしかならなかったのだから。
優しくされた思い出は少ない。
それでもスバルは母が好きだった。

おかあさんは僕を捨てた。

そう思うと、涙が溢れ出た。
陽が西に傾く頃、スバルの涙も乾き、日が翳る景色を少しだけ楽しむことができた。

とにかくばあちゃんを怒らせないようにがんばろう。

スバルは健気にもそう決心し、祖母のいる炊事場へ戻った。
祖母は土間から上がった囲炉裏端へ座り、鍋から茶碗に煮汁を注いでいた。

「イモ汁だ。おまえも座って食べろ」と、祖母は先程と同じように怒った調子でスバルに言う。
スバルは祖母の言葉の意味に戸惑い、何度も瞼を瞬かせたが、向かい合わせに置かれた茶碗を見て、急いで靴を脱ぎ、その前に正座した。
差し出された箸をもらうと、スバルは茶碗を持ち、ゆっくりと噛みしめながらイモ汁を味わた。
その想像以上の味わいに、スバルは「おいしい…」と、呟き、にじむ涙を拭いて、鼻を啜った。

祖母はそんなスバルを眺め「どうしたもんだろうか…」と、大きく何度もため息を吐くのだった。



スバル 2へ


これからどうなるのか…私も不安だ~((人д`o)
スバルくんのお話がちらりとでる部分はこちらの「Phantom Pain」からどうぞ~
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輪舞曲4…「セレナーデ アンコール 2」 - 2013.04.11 Thu

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能見響ピアニスト

セレナーデ アンコール2

演奏会場の下見と演奏内容の確認の為、ふたりで出向いた際、今回のプロデューサーと化した八千代に聡良(あきら)は響(なる)を紹介した。
緊張した響のぎこちない挨拶を、八千代は微笑ましく受け止め、響を抱きしめて背中を優しく撫でた。
「聡良さんの大事な人は、私たちの家族と同じよ。これから仲よくしましょうね」と、笑う八千代に、響は感激で言葉がでなかった。

聡良の心配を他所に、なんなく響と八千代は打ち解け、聡良の知らぬ間に自身の過去のことまで、八千代に話していた。
八千代は「大丈夫。私は響さんの味方よ。聡良さんはメンドクサイところがあるから、嫌になったら、うちへ来るといいわ。うちにはグランドピアノもあるから、聡良さんのマンションよりもずっと良い環境で、心行くまでピアノを弾いていられるわよ」
「ありがとうございます。では、その時はよろしくお願いします」
「母さん、変なことを響に吹きかけないでくれよ。響は馬鹿正直なところがあるから、本気にするだろ」
「聡良さん…僕は馬鹿なの?」
「…違いますから」
「ふふ、聡良さん、やぶ蛇ねえ~」
母と嫁が結託すると、息子など入る余地がないと言われる理由が聡良はやっと理解できた。


「大切な人が増えるって…素晴らしいことだね」
ふたりでピアノとチェロの練習の合間に響は、ぽつりと呟いた。
「うん、そうだね」
「聡良さんに出会ったおかげで…愛してもらえたおかげで、僕は今まで見落としていた色々なものが、どんなに貴重で意味のあるものなのか、初めて気づくことができた。その上、家族だと言ってくれる方までいる。僕の幸せはすべて聡良さんがくれたものだ」
「響、違うよ。君は自分でそれを見つけ、幸せになろうと歩き始めた。それは響の力だ。それに、それを言うなら君が俺を愛してくれたことの幸運を、感謝する他はないよ。君の奏でる音楽を、俺は一番近くで見守ることができる。これからもずっと…俺以上の幸せ者がいるなら、目の前に出てきてほしいね。俺の方が幸せだって、論破してみせるから」
「…聡良さん、ありがとう」
愛の言葉にいちいち瞳を潤ませる響が愛おしすぎてたまらない。
衝動的に抱き合うことも日常になってしまう。それすら、愛するふたりには当然なものに感じてしまう。

こんな情熱が一生続くわけはないのだ。だからこそ、今の熱に浮かれた欲情をあますことなくお互いの身体に刻みつけたい。


雲一つない青空が広がった夏の日、「演奏会」は開かれた。
八千代の挨拶で始まりと告げた演奏会は、聡良の「バッハの無伴奏チェロ組曲の一番」からだった。プレリュードから、ジークまでを弾く。
少々緊張した聡良は、前方の端に座る響の笑顔を確認し、心を落ち着かせると、ゆっくりとアラベスクを奏で始めるのだった。
聡良の奏でた余韻を繋ぐように、八千代の選んだスーツを着こなし、ピアノの前に座った響はスカルラッティを弾き始めた。その自然な流れに、聴衆は違和感もないままに響の奏でる音に弾き込まれていく。
スクリャービンの扇情的なエチュード「悲愴」の後、ピアノソナタ三番に移る。
ロマン後期の甘さと、激しさは若々しい音階とリズムに走り、それは響自身の内に秘めた情熱にも似て、聞くものすべてが打ち震えるような感動を覚えた。
そして、ドビッシーの「ベルガマスク組曲」の四曲を終えると、ホール内はオールスタンディングと割れんばかりの拍手が沸き起こった。
椅子から立ち上がった響は、放心した面持ちで何度も頭を下げ、温かい歓声に応えるのだった。

休憩は隣の別室に移り、スタンディング・ビュッフェで軽食を取る。
聡良は負担のかかることを響にはさせたくなかったが、今日の主役が響であるかぎり、知らぬふりを決め込むわけにもいかず、馴染のある招待客には次々と響を紹介した。
勿論、将来有望なピアニストだと知ってもらうことは、これからの響のためにもなるだろう。
八千代もサロンの雰囲気に圧倒されている響をリラックスさせるべく、あれこれと気を使っている。

「響さん、とっても良かったわ~。打ち震えるようなパッションも、静寂な月の光のきらめきも、心を満たしてくれる調べだったわ。二部も楽しみね」
「ありがとうございます。ショパンやベートーヴェンみたいなメジャーな曲目じゃないので、皆さんに喜ばれるかどうか心配だったんですけど…。聡良さんと相談しながら決めたので、失敗しないように頑張りました」
「すごく落ち着いてて、良かったよ、響」
「うん、聡良さんの姿が見えていたから、すごく安心して弾けた気がする」
「まあ、ふたりとも母親の前で見事に惚気てくれるのね~」
「「すみません」」
聡良と響は、目の前の八千代にあわてて頭を下げた。

「じゃあ、響さんに聡良さんより頼りになるパトロンを紹介するわね」
八千代は、近づいてくるふたりの男たちに気づき、手で招きいれた。
「よう、聡良、久しぶりだな。元気だったか?」
「嶌谷財閥」の総頭取である嶌谷宗次朗が、大仰な態度で聡良の頭をぐりぐりと撫でる。もうひとりの嶌谷誠一郎は、宗次朗に控えるように温和な顔であいさつ代わりの手を上げた。
「宗次朗伯父様、ご無沙汰しております。誠一郎さんも…ありがとうございます」
「久しぶりだね、聡良君。元気そうでなによりだ」
「響さん、紹介するわね。こちらは私の頼りになる従兄弟殿よ。嶌谷誠一郎さんと嶌谷宗次朗さん」
「は、初めまして。能見響と申します…」
「聡良から聞いていたとおりの、期待通りの演奏でとても楽しませて頂いたよ、能見響くん」
「あ、ありがとうございます」
「聡良、バイトの話、承諾したよ。響くんの腕なら、うちの客も満足してくれるだろう」
「え?」

宗次朗の従兄である嶌谷誠一郎は新橋にジャズクラブ「サティロス」を経営している。仲間内では評判の良いライブハウスだった。
聡良は響には内緒で、誠一郎に響をバイトで雇ってくれるように頼んでおいたのだ。
それというのも、響は生活すべてを聡良に頼ってしまうことを申し訳なく感じ、せめて大学院の授業料ぐらいは自分で働いて払いたいと、聡良に話していたのだ。
できるならピアノを弾く仕事がいいということだったし、「サティロス」なら、聡良も安心して響を送り出せると考えたのだ。

「誠一郎伯父さんのジャズクラブは、響にとっても決して悪い環境じゃないと思うんだ。音響も充実しているし、客は…変な客がいたら伯父さんにあしらってもらえばいいし…ね、響。バイト先は『サティロス』に決めないかい?」
「『サティロス』ってジャズ演奏家内でも有名なジャズクラブだよ。有名なプロの演奏家に混じって、こんな僕が演奏しても大丈夫なの?」
「君の腕は私が保証するよ。近頃は月に二度ほどクラシックの夕べと称して、クラオタを集めてライブを開いたりもするんだ。響くんが参加してくれたら客も喜ぶと思う。どうだろう?うちで働いてみないかい?もちろん学生の本分が第一だ。君の都合に合わせてシフトを決めることにしよう」
「言っておくが、『サティロス』のオーナーは、この俺だ。何かあったら誠一郎より先に、俺に言ってもらおうか」
「なあに言ってるの?宗ちゃんは、仕事でほとんど日本にいないじゃない。それに『嶌谷財閥』のCEOが、あれこれ言う話じゃないわよ。ねえ、誠ちゃん」
「八千代には敵わないな。能見響、俺らおっさんたちより聡良の母親を味方に付けた方がいいぞ。聡良なんかよりもず~っと役に立つことは請け合おう」
「は、はい」
「それで、バイトの方はどうする?」
「はい、よろしくお願いします。良い演奏を聞かせられるように、頑張ります。本当に…ありがとうございます…」
響はこんなにも自分が幸せでいいのだろうかと、何度もお礼を言いながら、段々と不安になった。それを打ち払うように、パンパンと軽く背中を叩く聡良の掌のぬくもりに、深く感動した。いかに得難いものを与えられたのだと、言い聞かせ、自分もまた聡良を支えていく力を育てていこうと強く誓うのだった。

演奏会の二部は、八千代の知り合いのアマチュアの音楽家たちの四重奏から始まった。
柔らかなヴィヴァルディが流れる舞台の裏で、聡良と響は自分たちの出番を待った。
「なあ、響。今日の君の独奏に敢えてシューベルトを入れなかったのはどうしてなの?」
「え?だって…今日は聡良さんと一緒にシューベルトを奏でたかったんだもの。アルペジョーネ・ソナタは、僕にとって、聡良さんへの想いを募らせてくれた曲なんだ。これを練習している時、僕はあなたのことだけ考え、無上の幸せを感じられる。…僕の大事な宝物だよ」
「響…君は…」
「え?」
「こんなところでそんなことを言われたら…俺は我慢できなくなるだろ?…ったく、今から本番なのに、欲情して仕方がないじゃないか」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかった」
聡良は響の頭を両手で掴み、お互いの額をコツンと合わせた。

「きっとアンコールを求められるよ。どうする?響」
「その時は、勿論。ふたりでシューベルトのセレナーデを奏でましょう。僕達の愛の調べです」
「…響は邪だね。俺がどこまで耐えられるか試したいの?」
「え?…意味がわかりません」
相変わらずの天然の響に、聡良は耳元に囁く。

「いいかい、響。アンコールは一回だけだ。そして、手っ取り早くこの会場から抜け出して、家に直行な。誰が引き留めても、俺たちの邪魔はさせない。今晩は響にずっとセレナーデを唄うよ。君が降参するまで。いいね」
今度は聡良が何を言わんか理解した響は、顔を赤らめ頷いた。

聡良と響の演奏を待ちわびている客たちの拍手が沸き起こる。

羽のような口づけを交わし、聡良と響は肩を並べ、会場へ進んでいく。
光ふりそそぐ明日へ向かって、共にふたりで歩いていく。
それが、聡良と響の望み。



恋愛ドラマなんて、偶然と運命で成り立つ都合のいいハッピーエンドばかりで、すべてにおいて、その時そんな場所に、何故おまえが…?と、何度テレビ画面に突っ込みをいれたことか。
そうなんだ。美しい恋物語に憧れ、夢を見ていたわけじゃなかった。
だが、目の前に繰り広げられた恋物語は、どんなドラマよりも劇的に美しく、ふたりの運命を彩っていくんだ。

これからもずっと…




聡良と響さんラブラブ1


アンコール1へ

「セレナーデ」はこれで終わりです。
また次の「掌の物語」でお会いしましょうね。



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輪舞曲4…「セレナーデ アンコール1」 - 2013.04.06 Sat

7
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聡良と響さんラブラブ2


セレナーデ アンコール 1

能見響(のうみなる)の父親が残したジャズクラブ「バイロン」での、神森聡良(かみもりあきら)とのピアノとチェロの演奏は、マスターである河原修一ひとりに見守られ、零れるほどの幸福な花々の音符を撒き散らせながら終わりを告げた。

河原は「響をよろしく頼みます」と、恐縮する聡良に何度も頭を下げた。
さりながら本当の父親のようだと、聡良は感動し、同時に響が育った環境は、十分幸福ではなかったのか、と、安堵した気持ちになった。
聡良は今もって響自身から、己の過去の詳しい話などは聞き及んではいなかったのだから。
どちらにせよ、これから共に歩く長い人生の道すがらに語る機会は十分すぎるほどあろう。

お互いの想いが叶ったその日から、聡良は自分のマンションへ響を招いた。
新橋の高層マンションの28階の2LDKの聡良のマンションからの夜景をふたりで眺めながら、聡良は「ここで一緒に暮らさないか」と、響に申し出、響は嬉し涙を溢れさせながら、何度も頷くのだった。
一週間後、響のアパートから必要な荷物をマンションへと運び、ふたりの新生活が始まった。

「個室はふたつしかないんだ。ひとつは防音仕様の練習室だよ。ピアノはグランドは無理だったからアップライトで辛抱してくれるとありがたい。こちらは寝室だけど…部屋が狭いからベッドはひとつしか置けないんだ。ダブルだから一緒に寝るしかないけれど…いいかな?」
「勿論です。聡良さんと一緒なら床で寝ても大丈夫ですよ。僕、そういうのは平気ですからね」
「響さん。俺たち恋人同士になったのだから、敬語は止めないか?」
「あ、そうですね。じゃあ、聡良さんも響さんじゃなく、呼び捨てでお願いします」
「君は『聡良さん』って呼ぶクセに」
「聡良さんって呼ぶのが、なんだか…とても嬉しくて。それに安心するんです」
「…」

一時期、響は聡良に対して心を閉ざしているように見えたが、一度扉を開いた後は、無邪気に惚気を連発してくる。そのどれもが天然過ぎて、聡良も面食らってしまう。
年甲斐もなく初めて恋するかのようなときめきの連発だ。
それに響が以外にも家庭的であったことにも聡良は感心した。

それまでの響自身の生活は芸術家にはそぐわないほど質素で堅実なものであり、聡良のマンションでの家事も難なくやりこなしてしまう。食事などは、それまでの適当な聡良の食生活が改善され、食費を押さえた健康志向の献立がテーブルに並べられる。
ふたりで向い合いながらの穏やかな食事など、聡良も今までに夢を見ないわけではなかったが、こうも幸せな気分になれるのかと、舞い降りてきた幸福がにわかに信じられない気持ちになる瞬間さえある。
朝、家を出る時など、「行ってらっしゃい」の笑顔とキスをくれる響をずっと見ていたくて、なかなか玄関のドアを開けれないほどだ。
「待って、聡良さん。ネクタイ曲がってるよ」などと、真剣にネクタイを治す響を目の前にして、仕事が遅れても構わないから、響をこのまま玄関で抱いてしまおうかとバカのように興奮する始末だ。

「俺は良いお嫁さんも貰って幸せ者だ」と、何気なく言った言葉を聞き、響は一瞬硬直する。
「お嫁さん」と称したことが気に障ったのかと思い「ごめん。響は男なのに…お嫁さんはおかしいよな」と、訂正すると、響は頭を横に振り「違うよ。聡良さんにそう言われることが、嬉しくて…嬉しすぎて夢みたいなんだ…」
こんな些細な言葉に瞳を潤ます響を、愛おしく思わないはずもない。

響もまた、聡良によって初めて本当に愛される喜びを知り、自分の過去や両親への複雑な想いを許していこうと、日々を大切に過ごした。


だが、聡良には気がかりがあった。
河原と響の意志により「バイロン」の売却は決まったが、本当にそれでいいものか…と、聡良は響の気持ちを慮るのだった。何よりも響の拠り所であった「バイロン」である。
響は本当に後悔していないのだろうか。
聡良は響の真意を問いただした。

「響が本当に望むなら…店を買い戻すよう、本社に頼んでみてもいいんだが…」
聡良の勤める「嶌谷不動産」は聡良の父が社長だ。しかも「嶌谷不動産」の親元の「嶌谷財閥」のCEO(最高経営責任者)は大叔父の嶌谷宗二朗である。
宗次朗とは普段から親密に関わる仕事も機会も少ないが、従兄妹である聡良の母、三千代とは、馬が合うらしくたまに食事や連絡などをしているらしい。
個人的依頼の為、父には言いだしにくいが、母になら頼めないことはない、と、聡良は考えていた。

繊細な響にできるだけ負担をかけまいと、聡良は自然に響の意志を伺った。だが、響の返事は意外にもきっぱりとしたものだった。

「聡良さん、僕の為に本当にありがとう。だけどそれは僕の望みじゃないんだ。そりゃ、最初は聡良さんに頼ってみようって企んだ頃もあったけれど…今は、親元から飛び立つ好機だって思っているんです。父にも母にも良い思い出ばかりじゃないけれど、それに甘えて今まで引きこもっていただけなんだ。河原のおじさんにも言われたよ。いつまでも立ち止まっていても、良いピアニストになれないって」
「じゃあ、お父さんのピアノだけでも…」
「気を使ってもらってうれしいよ。そうだね…今までは父のピアノだけが僕の思い通りの音を奏でてくれるものだと思い込んでいた。でもね、たくさんの色んなピアノと触れあい、それぞれの音を楽しんで、味わいながら奏でていきたい…今はそんな風に考えられるようになったんだ。…すごい進歩でしょ?全部聡良さんのおかげだよ」
まっさらな笑顔を見せる響とその言葉が、聡良にはいちいち心臓にハートの矢が突き刺さって、どうしようもない。有無も言わさず響の手を繋ぎ、ベッドへ直行するか、その場で押し倒すことも多い日々だ。


響が聡良のマンションへ移り住んでひと月後に「バイロン」は閉店した。
河原の自宅をも売却することで、すべての借金は完済した。
長野の実家へ帰る河原を、聡良と響は新幹線の駅まで見送った。
別れの手向けとして、河原は今まで大事に保管しておいた響の父親である能見昭雄の作曲した楽譜を手渡した。
「この楽譜はおじさんの…父との大事な思い出なんでしょう?僕よりもおじさんが持ち続けてくれる方が、父も嬉しいと思うよ」
「これは昭雄が私の為に書いてくれた曲だ。だから他の者には聞かせたくない想いがあった。だけど私も年を取ったんだね。昭雄の曲を皆に聞いて欲しいと思うようになったんだよ。…これは昭雄から私、私から響へ受け継ぐものだと思うんだ。貰ってはくれないかい?」
「おじさん。…ありがとう。僕はまだまだピアニストとしては未熟だけど、この道以外を歩こうと思わない。だから聡良さんの薦めで、もう一度音大で勉強しようと思うんだ」
「そうか。…ああ、良かったなあ、響。きっと昭雄も天国で喜んでいるだろう」
「大学時代にお世話になった教授にも相談したんだ。九月の大学院の試験を受けて、合格したら教授の弟子になれるかもしれない。だから今はそれを目指して特訓中だよ」
キラキラと弾んだ声で話す響を、河原は目を細めて見つめた。
こんなにあけっぴろげに感情を表す響は何時以来だったろうか。そして、響に今まで辛い日々を強いらせてしまった自身を責めるのだった。それでも、きっとこれからの響は、今までの辛さの分を取り返すことが出来るだろう。
「じゃあ、合格したらお祝いを送るよ。精魂込めて育てた花束をね」
「…おじさん、ありがとう。いつまでも元気でね」
「ああ、響も元気で幸せに暮らせよ。君はいつでも私の大事なひとり息子なのだからね。絶対に聡良さんと幸せになるんだよ」
「安心してください。響さんは僕が必ず、幸せにしますから」
別れを惜しみ抱きあうふたりを、聡良は少々感傷的になりながら見守った。

それから響は、精力的にピアノの練習を続けていた。
アップライトのピアノを聡良の実家から運んだ成り行きを、響は知らないが、夏には聡良の母が進めていた「演奏会」に参加する。

「演奏会」新宿の嶌谷ビルのシンフォニーホールで行うことが決まっていた。
ビルの地下にある音響設備の整った大ホールではなく、40階にある小ホールを借りきって行うという。
アマチュアの演奏会だと聞いていた聡良は、それを聞いて思わずのけぞった。
「どうしてそんなに大げさになるわけ?母さん」
「だって、宗ちゃんに話したら、面白いからうちでやれって聞かないんだもん。それにタダで貸してくれるんだって~。知り合いも沢山案内するつもりだから、がんばってねえ~」
「…」
聡良の母、八千代が言う、宗ちゃんとは嶌谷宗二朗のことだ。
それは良いとして、響になんと言って承諾してもらえばいいのか…それにこの母にも響の事をなんと言ってよいものだろうか。

試行錯誤の聡良をしり目に、八千代はニヤリと笑った。
「ねえ、聡良さん。あなた、いいひとができたみたいね」
「ええ?…な、なんで?」
「なんでって…チェロを始めたり、ピアノをマンションへ運んだり…。それにあなた自分で気がついてないの?今のあなたの顔、恋をする男の顔だわよ」
「…」
「昔よりずっと顔色も良いし、何より生き生きしてるもの。で、その相手の方も音楽をされるのでしょ?もちろん演奏会にも協力して頂けるわよね」
「それ、強制?」
「当たり前だわよ。あなたの恋人は私の息子になるわけでしょ?」
「はあ?」
さすがに聡良は驚いた。驚きすぎて二歩後ろに退いたほどだ。
「ちょっと待ってよ。なんで俺の相手は男だって…知ってるの?俺、母さんに話した?」
「…聞いてないけど」
「じゃあ、なんで?」
「何年あなたの親をやっていると思っているの?あのね、ずっと昔、聡良さんがチェリストになりたいって言った時から、音楽家ってあちら系が多いって知っていたし、その時からある程度は、覚悟していたのよ」
「…」
絶句である。降参するしかない。と、同時に何故だか後ろめたい気持ちが生まれ、聡良は思わず「ごめんなさい」と、頭を下げた。
その聡良に八千代は言う。
「…聡良さんは謝らなければならないことをしたの?確かに私はあなたの母親だけど、あなたを産んだ時から、あなたをひとりの人間として尊重して育てようと思ったのよ。そして私はずっとあなたを息子として誇りに思ってきたのよ。あなたが選んだ恋人なら、お母さんはきっと素晴らしい人だと、信じてるわ」
「はい、能見響という25歳のとても素敵な青年で、素晴らしいピアニストです。俺はこれからの人生を、彼と共に築いていこうと思っています」
「…そうですか。よかったわね、聡良さん。じゃあ、是非一度お会いする機会を作って頂戴ね。そうだわ、今度うちへ連れていらっしゃい。その方のピアノも聴きたいし、ゆっくりお話ししてみたいわ」
「うん、俺もそうできたらと思っていたんだ。…ありがとう、母さん」
「こちらも老後の楽しみが増えて、嬉しいわ」
陽気に手を叩きながら喜んでいる八千代に、聡良は改めて感謝した。
きっと父への説明もうまく取り成してくれるだろう。

それにしても…
恐るべきは母親の洞察力である。
聡良でさえ、気づかなかったゲイの資質を、ずっと前から予感していたとは…

「当分は母親に頭が上がんないなぁ~」
響の好きなものをあれこれと聡良に聞きだす八千代に、これまで以上に逆らえない気がして、聡良は苦笑いを浮かべるのだった。





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