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2013-06

スバル 最終話 - 2013.06.29 Sat

11
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伸弥空


11、

いつの間にかスバルは、先程とは違う場所に居た。
学園の寄宿舎の屋上でもなく、夜の闇に埋め尽くされてもいない。
辺りは薄霧霞み、よく目を凝らしてみると緑の木々に覆われている。あまり足場の良くない足元が頼りなく、スバルは手を繋いだアーシュに引かれ、幾分霧の晴れた場所へ移動した。

…絶え間なく浅瀬をせせらぐ水の音と、軽やかな鳥たちの歌声に、スバルは目を閉じた。

『ああ、間違いなくここは…あの故郷の…伸弥さんと過ごした夏の日の河原だ…』

「スバル、来たよ」
耳打ちするアーシュの声に閉じていた目を開け、アーシュの指差す先を見つめた。
木々の間からちらちらと青い火の玉が浮かび上がり、だんだんと人の形の輪郭を鮮明に表していく。

「…伸弥…さん…」
スバルはその人影の名を呼んだ。
驚きと嬉しさのあまり、一歩も動くことができない。ただ、自分に近寄る伸弥の姿を溢れる涙を拭きながら見つめていた。
伸弥は4年前別れた頃よりも、遥かに大人になっていた。勿論スバルは成長した伸弥の写真を見ていたし、何ら変わらぬ姿だったが。
けれど写真と、目の前に現れる伸弥では比較にならない程の現実感がある。

「…会いたかったよ、スバル」
「…」
「随分と成長して、大きくなったね」
昔と同じに穏やかに笑う伸弥の顔に見惚れた。伸弥の頭から足までを順に眺めて、気づいた。怪我で失くしたはずの右足が存在する。
「伸弥さん、足…」
「ああ、僕も驚いたんだけど、死んだ後は、本当の姿を保てるみたいだ。なんかちょっと慣れなくて変な感じなんだ」
「そう」
両足のある伸弥に、スバルは心の重みが少し軽くなった気がした。スバルにとって、伸弥の足を失くしたことへの罪悪感は未だにぬぐえ切れなかったのだ。

「さ、わっても…いい?」
伸弥は黙って首を少し横に振った。
「ああ、大丈夫だよ。その人は死んだばっかりで、魂も新しいから、生きてた頃の身体の記憶が鮮明だろうから、触っても実感があると思う。時間が経つほど魂の記憶が薄れ、姿は見えても触ったりできなくなるんだって…。って、おいっ、聞いてる?」
隣のアーシュに見向きもしないで、スバルはそっと目の前に伸弥の顔に指先で触れてみた。
「…」
実感はある。皮膚の弾力も色も血の通ったそれと変わらない。だが、体温は感じられず、伸弥の肌は氷のように冷たかった。

「…大丈夫だよ、スバル。ほら、まだ、生まれたばかりの幽霊だから、体温調節が上手くできないだけで、そのうち、少しは温かくなれると思う。冷え切ったスバルの身体を温められるかどうかは…自信ないけれど…」
「あのさ、一応忠告しておくけど、セックスはできねえから」
「了解しました。偉大なる魔王アスタロト。スバルに会わせて頂いたことを感謝いたします」
「…別にそれはいいよ。スバルは友達だし…それより、あんたはスバルに残してやらなくちゃならないことが、沢山あるはずだろうから…」
「はい」
伸弥は丁寧にアーシュに頭を下げ、なにもかも了解したと言う風に頷いた。

「じゃあ、俺、あっちの方で魚釣りでもしてるから…あんまりゆっくりはできないと思うけれど…存分にいちゃつけ!」
「ありがとう」
ふたりから離れてアーシュは河原へ駆けていく。コートも脱ぎ捨て、パジャマの裾を上げ、捨ててあった釣り竿を拾うと、ばしゃばしゃと浅瀬の中へ入っていく。

「スバルに頼れる友達が居て、安心したよ」
「…アーシュは…友達じゃないよ。僕が…僕を心配して付き合ってくれただけ…」
「それが友情だろ?」
「…」
スバルは自殺しようとして、アーシュに止められたことを言えなかった。しかし考えればアーシュはスバルが思うよりも親切なのは確かだ。

「…伸弥さん、アーシュを知っているの?」
「え?…いや、初めてだけど…。なんというか…死んだ魂の集まる場所ってね、井戸端会議みたいに色んな人が集まって、生きていた頃の話を自慢しあうんだ。で、息子さんが『天の王』学園にいるって方がいてね。その夫婦はもう随分前に死んでいるのだけど、訳あって学園に捨てた息子さんと会って話が出来たっていうんだ。アスタロトと言う『天の王』の生徒で、魔王みたいな美しい少年が、魔力を使って、親子の対面をさせてくれたって…それを聞いて、もしかしたら、スバルと会えるかも…って、期待していた。そしたら、ここに呼ばれたんだよ」
「そう…」
「座って話そうか」
「うん」
ふたりは昔と同じ岩場に座った。

スバルはなんだか変な気分だ。伸弥と会えたのは嬉しいけれど、自分の魔法ではなく、アーシュの力で伸弥と会えたことや、それを伸弥が感謝していることに嫉妬してしまう。
だけどあまりにも理不尽すぎて、スバルは黙って、川辺のアーシュを見つめた。
相変わらずアーシュは慣れぬ手つきで釣竿を振り回しては、水面にばしゃばしゃと叩きつけている。

「あの様じゃ、魔王どのは釣りの経験はないらしいね」
「…さあ、どうかしら?」
やみくもに竿を振り続けているアーシュの恰好に、伸弥とスバルはくすくすと笑った。
「…最初にスバルと出会った時も、あんな風だったね。君は手で魚を捕まえようと何度も転んで水浸しになってた」
「…そう、かな」
「キラキラと…水しぶきに跳ねるスバルが、純粋に輝いて見えて…僕はとても欲しくなった。そして無垢な君を綺麗なままでずっと僕の傍に置いておきたかった。…鈴子のように…」
「…」
「…その頃の僕は、外面は良くても、鈴子をあんな形で失って、いつも気が重くて仕方なかったからね。どことなく鈴子に似ているスバルを妹の替わりにしようとしていた。でも、それが間違いだとすぐに気づいた。僕は…純粋でかわいいスバルに素直に惹かれたんだ」
「…伸弥さん」
スバルは伸弥を見つめた。伸弥の言葉や表情、スバルを見つめる瞳はどうしてこんなにも温かく、心に沁み渡っていくのだろう。

「ゴメンね、スバル。何も知らせずに、死んでしまって…」
「伸弥さん…」
「…気がついた時は、手遅れだった。進行性の癌で、外科手術でも取り除けない難しい場所にあってね。長くて半年と言われた…。スバルに最後に送った写真、あれね、留学を途中で断念せざるえなくて、ニッポンに帰る前に、最後だからって我儘で旅行させてもらったんだ。…きっと最後になるだろう手紙に…スバルに元気な姿を見せたかった。…死んでからも元気な僕の姿がスバルの記憶に残って欲しい…って、思ったから…。弱った惨めな姿を絶対見せたくなかったから…」
「…」
「そのプライドだけが僕を生かしていた。…痛くて、苦しくて、何度死にたくなったかわからない。…泣いても喚いても痛みが消えるわけもない。ただスバルを思った。君を想える自分と、僕を好いてくれる君の想いに僕は支えられていた…」
「伸弥さん。僕だって…僕だって、伸弥さんの写真をいつも眺めてた。どんなにひとりぼっちでも、僕には伸弥さんがいるんだって…いつか伸弥さんと一緒に生きていけるんだって、そう信じて生きてきた。だけど、もう伸弥さんは…伸弥さんと一緒に未来を歩けないのなら、僕も死にたい。…死んで…その死んだ夫婦の魂みたいになって、伸弥さんと一緒にいたい」
「…スバル。僕は死にたくなかった。もっともっと生きていたかったんだよ。…運命は僕の望みどおりにはいかなかったけれど、僕は最後まであきらめなかった。一緒に生きたかったのはスバルだけじゃない」
「…だけど、僕は!」
死んで伸弥の傍に居たいと願うスバルの想いが、伸弥は愛おしいと思った。手の平でスバルの頬を撫で、伸弥は口唇にキスをした。
さっきとは違う少しだけ温かい口唇に、スバルは頬を赤らめた。

「僕は…スバルが思っているよりも…いやそれ以上に君を愛していたんだ。君を守りたくて、君と歩く未来を希望にして、頑張ろうと生きてきた。君からどれだけの勇気をもらっただろう。どんなに辛くくじけそうになっても、君に送る手紙には、元気な自分を精一杯見せたかった。スバルもまた、懸命に頑張っていたのだね、僕のために…僕はそれがとても嬉しかった」
「…」
「僕はずっと夢を見ていた。スバルが学園を卒業する日…その卒業式に、君の恋人として一人前になった僕は君を迎えに…一緒に生きていくパートナーとして保護者席に座り、君の晴れの姿を眺めるんだ。卒業証書を受け取った君は、僕めがけて、飛び込んでくる。キラキラと輝くスバルを、僕の両腕はしっかりと受け止める…それが僕達の誓いの儀式だね、スバル…」
「うん、うん、伸弥さん」
「だから、僕にその姿を見せてくれないか?僕はスバルを抱けないけれど、君の傍にいる。そして、ずっと君を見守っている。嬉しいことも悲しいことも僕が受け止める。君の心の支えになるよ。生きている僕ができなかったことを、死んでしまったからって、あきらめないさ。僕の希望はここにちゃんと生きているんだからね…」
「伸弥さん…」
「だから、…つらくてもスバルは生きて欲しい。そして幸せな日々を探して欲しい。豊かな人間に成長して、良い魔法使いになって欲しい…」

伸弥の言葉はスバルを泣かせた。悲しみと嬉しさと絶望と希望が混ざり合った感情が溢れて止まらなかった。
そして、スバルは伸弥の言葉をその胸にしっかりと刻み込んだ。


シンと冷たい学園の屋上、夜の空には数多の星空…
スバルは立ったままずっと見上げ続けた。

「…じゃあ、スバル。俺、先に部屋へ帰るからな」
「うん」
「…アルトは滅多な事では風邪なんぞひかねえけどさ。適当に戻れよな…みんな心配するからさ」
「わかった。…アーシュ」
「ん?」
「…ありがとう」
フンと鼻を鳴らしアーシュは屋上の階段を降りていく。
その後姿が消えるまで見送り、スバルはまたひとり、天に目を移す。

「スバル、あれがプレアデス星団だよ…」「うん、僕ちゃんと名前も覚えたよ。綺麗な乙女達の名前なんだ」「一人ずつ呼んでみるよ。アルキオネ」「アトラス」「メローペ」「マイア…」「プレイオネ…」
それは未来のふたりの姿だった。

「伸弥さん、僕、頑張るよ。あなたに誇れる自分でいたいから。だから…ずっと僕を見守っていてね」

スバルの目にキラキラと星屑が降り注ぐ。
それは伸弥の涙のように…温かい。


…その日は、暑さも相当堪えて、身体を起こせないくらいだるくて、死にたくなるほど頭痛が酷くて、目を開けていても夜みたいに真っ暗で…僕はもう本当にこのまま死んでしまうのかと覚悟を決めていた。どうしようもない時は、スバルを思うことにしていた。それでも痛みの強さに耐えきれず、僕は気を失った。
…目を開けると灰色の世界だった。もう、見る事もダメになってしまったのだと諦めると、目の前に金を帯びた白色の光の筋が見える。…ゆらゆらと僕の目の前で何度も螺旋を描き、それは窓の外へ逃げた。
僕はすぐに理解した。あれはあの時の蛍なのだと…そう、スバルと追いかけた時期外れの迷い子…僕は杖にすがり、立ち上がった。あの蛍は僕を呼んでいるのだと思った。
きっと…死にかけた僕を、スバルの元へ案内してくれるに違いない。
…そんな気がしてならなかったんだ。
僕は必死で蛍を追いかけた。外はもう暮れていて、暗闇だった。だけど、僕の目はあの光を見逃したりはしなかった。
…河原へ降りたはずみで、僕は杖を落とした。杖は暗闇に紛れ、見つけることができなくなった。仕方なく四つん這いになり、僕は浅瀬に漂う蛍の光を追った。
胸まで浸かった清流は、夏でも震えるほどに冷たかったけれど、僕は蛍を捕まえようと懸命に手を伸ばした。蛍は静かに僕の掌へ留まった…かと思うと、すぐに消え、辺りは真っ黒な闇に包まれた。その瞬時、僕の目の前の川面に、天の星が降り注いだんだ。
星の光の乱反射だ。僕は動かぬ身体を強いてなんとか仰向けになり、夜空を見上げた。

…そこにはスバルが輝いていた。
…僕を包み込む大いなるスバルの光が煌いていた…
ああ…僕の欲しかったものすべてが、僕の見上げる天上にある…
涙が止まらない。ちっぽけな僕にこれだけの希望をくれる想いに…
スバル…きっと僕らは繋がれる。生と死に別れていても、僕は君の傍にいることができる。
想いはこんなに美しいものだから…

そうして僕は、目に映る星をずっと見つめながら、心臓の鼓動がゆっくりと止まる音を聞いた。

なあ、スバル、僕は、君と共に、ずっと生きたかったんだ…


「スバル」終

スバル涙

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スバル 10 - 2013.06.25 Tue

10
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伸弥なみだ

10、

「『仁科伸弥(19歳)は完治不能な悪性の脳腫瘍の為、故郷の実家で療養中だったが、十二月二十日の朝、近くの河原にて遺体が発見された。
当時の状況により、事件性は無く、警察は自殺と断定した』…」

キリハラは手に持った電報を静かに読み上げた。
「君をここへ連れてきた天野咲耶さんからの電報だ。仁科伸弥…くんは、スバルの大切な人だと…天野さんから聞いていた。君たちが手紙のやり取りをしていたことも知っている。だから学長は、何かあった時にと、天野さんと連絡を取り合っていたんだよ」
「…」

スバルはただ茫然と、ふたりの姿を見つめていた。いや、目は開けていたが、まるで盲人のように目の前には何も映ってはいなかった。
キリハラの話す意味が理解できても、それを認めてはいけない、という強い意志が「伸弥の死」を受け入れられないものにしていた。
何か否定的な言葉を投げつけようとしても、それはむなしさと憤りを吐き出すだけであり、ふたりを困惑させるにしか過ぎないだろう。

「…スバル、大丈夫かい?」
トゥエ・イェタル学長の穏やかな声に、スバルはハッとし、小さく「わかりました」と、答え、立ち上がった。
「スバル、どうする?もし、君が…ニッポンに行きたいと望むなら、学長は認めるとおっしゃっているけれど…」
「…」
スバルは、キリハラの言葉の意味を探り、答えを出した。

「いえ、結構です。僕が行っても伸弥さんは…もういないんでしょ?じゃあ、意味がない」
「…」
「すみません。僕、これで。…気分が良くないから…しばらく部屋で休んでいます」

スバルは学長室を出ると、寄宿舎の部屋へ一目散に走った。
溢れ出る涙を誰にも見られたくなかった。

ベッドの上で涙が涸れるまで泣きじゃくった。
伸弥の死を認めたくはないのに、事実だと受け入れている自分が悔しい。
伸弥の病気さえ知らなかった。
自殺するほど悩んでいたこともなにも…知らなかった自分が許せない。

夕食もとらず、伸弥の死の悲しみと自分のふがいなさを責め続け、スバルは夜が来るのをひたすら待った。
深夜、スバルは片手に燭台を持って部屋を出た。
廊下を歩くと、どこからともなく恋人たちの甘い嬌声が聞こえてくる。

スバルはまだ性体験がない。接吻(くちづけ)さえ交わした事もない。
すべては伸弥にだけ捧げるものだと誓っていた。
伸弥への愛が、遠く離れ、独り暮らすスバルを支え続けていた。
その伸弥が今はいない…

『…伸弥さんがいないこの世界に、僕が生きる意味なんて、一欠けらでもあるのだろうか…』
その答えは決まっていた。

スバルは寄宿舎の最上階、屋上へ登りつめた。
凍てついた冬の空は澄み切った空間を天の空まで伸ばし、キラキラと降り注ぐ数多の煌きに飲み込まれるようだ。

スバルは一瞬だけ空を仰ぎ、そして足早に屋上の端まで歩き、下を覗いた。

『いつだったか、愛したイルトに捨てられたアルトが、ここから身を投げて死んだと聞く。まだ15歳だったって言ってたけれど….僕がここから飛び降りて死んだら、最年少になるのかな…』

スバルは身を投げる決心で、ルーフの淵に佇んだ。

「おい、スバル。そこから飛び降りるなんて止めてくれないか?死体を片づけるのが俺じゃなくても、飛び散った血しぶきやら内臓やらの後始末をする職員が可哀想だろ?」
振り向くと、アーシュが立っていた。
パジャマにコートを羽織り、それでも寒そうに肩を聳えさせていた。

「…君には…関係ないだろう。僕がどうなろうと…」
「まあね、関係ないっつーたらそうだけどさ。まあ、同級生じゃん。それにほら、お互い愛する者を失くしたばっかりだからさ、君に同情してやるよ」
「…君のルゥは両親に会いに行っただけで…すぐに帰ってくるんだろう」
「それがさ…そう簡単にはね、帰れない。遠い~遠~い異次元に行っちゃったからね」
「…」

本気なのか冗句なのかアーシュの様子からでは判断しにくい。しかし、この状況にアーシュのことなど知ったことではない。
スバルはアーシュを無視して、前を向き直した。

「あのなあ、スバル。おまえが自殺されると、俺が困るの。トゥエからも頼まれてるしさ」
「…うるさい。君に何言われても僕はここから飛び降りて死ぬんだから」
「おまえ、何で恋人が自殺したか、知りたくねえの?」
「…」

スバルは振り返ってアーシュを見た。
さっきと違い、アーシュはスバルの目の前に立っていた。
「突然、愛する者を失って死にたくなるのはわかるけど、おまえ、そいつの気持ちとか何も知らないんだろ?どんな風に死んでいったのか、何を思って自殺したのか…」
「違う!自殺じゃない。…伸弥さんは…自殺するような弱い人じゃないっ!」
「…じゃあ、なにが真実か…おまえは知る必要があるんじゃないのか?本気で愛していたんだろ?本当の理由を知ってから、死んでも遅くないんじゃない?…飛び降りだけは勘弁して欲しいけどね」
「…どうやってそれを知ることができる。伸弥さんはもうこの世界にはいないんだ。どうやって伸弥さんの本当の気持ちを聞くことができる…」
「…本人に会って聞けばいいじゃん」
「…」

スバルは訝しい顔でアーシュを睨んだ。
「あのさ、俺を誰だと思ってるの?『天の王』始まって以来の天才カリスマ魔術師様だぜ。おまえを死んだ恋人に会わせることぐらい、訳ねえし」
「…え?…会える?し、伸弥さんに会えるの?」
「いくつかの条件が必要だけど…まあ、スバルは優秀なアルトでホーリーだし、大丈夫だろう」
「条件って?」
「俺に対する、愛、友情、敬意を払わなくてはならない。つまり全面的に信頼しろってことだ。スバルに出来るか?」
「…君とセックスしろってこと?」
「…いや、それはこっちもあんまり望まない。スバルはかわいいと思う時もあるけど、おまえの為にはならないだろうからね。つまり俺に身を委ねられるかって話」
「伸弥さんに会えるなら、命を捨てても構わない」
「…捨てる必要ねえし…。まあ、いいや。じゃあ、こっちに来て俺の手を取って…」
スバルは言われた通りにアーシュと向き合い、お互いの両の手を絡めた。

「俺にキスしろよ。口唇にだぜ。愛が無ければ、敬意を払え。おまえの恋人に会わせてやれるのは、俺だけだと信じろ」
「…」
スバルはアーシュの言葉を信じた。
アーシュの瞳を見つめたまま、アーシュに聖なる接吻(キス)をする。

お互いの口唇は冷たく、欲情など芽生えることはなかったが、舌を絡め合わせると、次第に少しずつ温もりを感じていった。

スバルはアーシュの瞳に輝く天の星々を見つめた。
それは、いつか伸弥と眺めたあの夜空の星の煌きに似ている…





アーシュパジャマ



9へ /11へ

思ったよりも長くなってしまい、次回最終回です~((人д`o)


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スバル 9 - 2013.06.19 Wed

9
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伸弥横顔


9.

ニッポンを離れるまでの三か月間、スバルはトウキョウから少し離れた小島に建ったアルトを保護する機関で緻密な検査を受けた。
知能や魔力の特異性、身体能力など様々だ。
特に学力については、スバルはまともな教育を経ていない為、一からのやり直しを要求された。
その合間に、祖母に別れを告げる為、スバルは天野咲耶と共に、夏の間だけ暮らした村へ帰らせてもらった。
すでに山も村も秋の気配が訪れ、段々畑の稲穂は綺麗に刈り取られ、まだ少しばかり早いススキの穂が垂れ始めていた。

庭の畑に水を撒く祖母の変わらぬ姿に、スバルの胸は懐かしい思いに満ち溢れた。
たった三か月余りを過ごした土地なのに、スバルの故郷はここでしかない…そんな気がしていた。

玄関の土間でスバルと咲耶は立ったまま、祖母と応対する。
細かい説明は、すべて咲耶が引き受けてくれる。
スバルはただ黙って祖母の顔を見ていた。
祖母も何か質問するわけでもなく、時折頷きながら咲耶の話を聞き、一通りの話が終わると、一旦部屋へ引き、手に着物を持ってまた現れた。

「おまえの浴衣だ。持っていきなさい」と、祖母はスバルに浴衣を差し出した。
スバルが祖母から受け取った浴衣は、紺地に白糸で蚊絣に織られた真新しいものだ。
きっと祖母が自ら織り、縫った浴衣であろう。
スバルは祖母の働く姿を知っている。
細かく丁寧に揃った縫い目を見つめながら、スバルは目頭が熱くなった。
何も言わぬ祖母だった。優しい言葉などひとつもなかった。
だが祖母とスバルの間には、確かに家族の絆が育っていたのだ。

別れの挨拶をして敷居を出る時、祖母はたった一言「スバル。ちゃんと食べて、長生きしろ」と、言った。
「うん、ばあちゃんも…」
それから後の言葉が続かず、スバルは頭を深く下げ「ありがとうございました」と言い、祖母の家を後にした。

伸弥からは時折手紙が来た。
スバルとの約束を果たす為に、元気にリハビリに頑張っている。と、明るい文章で綴られる。
それは伸弥の本当の想いだろう。だけど、スバルは伸弥の手紙を読むたびに何故だか心細くなる。胸がきゅんと締め締めつけられる。
咲耶に相談すると、咲耶は「スバルくん、それが恋のときめきなのよ」と、笑った。
「いいわね~。決まったイルトがいるアルトは。私なんかまだ誰にもときめいたことなんかないのよ」
「…一度も?」
「そうよ、一度も、よ」
「早く決まった人が、見つかるといいね」
「あのねえ、そういうのをいらぬおせっかいっていうの。私はまだ二十歳なの!スバルくんがおませさんなのよ」
「おませさん?」
意味が分からずに聞き返すスバルに、咲耶は軽くデコピンをして「幸せ者って意味よ」と、今度は優しく笑った。

冬が来る少し前に、スバルはニッポンを発った。
去る前に、一度伸弥に会いたいと思ったけれど、どうしても口には出せなかった。
もう十分世話を掛けているのに、これ以上我儘を言って、咲耶たちに手間を掛けさせるのは忍びなかったからだ。
スバルはニッポンでの最後の手紙を伸弥に書き、新しい国へ出発した。

スバルが通うことになる学校は、遠く西洋の国、その歴史の中でも最も古く、異彩を放つ都市サマシティの中心に建つ「天の王」学園だ。
ニッポンから船と列車の乗り継ぎを数えきれない程繰り返し、三か月後、スバルはサマシティにやっと着いた。
勿論、ひとりではなく案内人の天野咲耶も一緒だ。
咲耶はスバルだけではなく、別に二人の子供を連れていた。スバルと同様にアルトである他のふたりもそれぞれ見合う学校へ通わせるためだ。
あちらこちらと旅をしている間に、三か月もの時間が経った。

「まあ、天の王学園の入学は九月だし、初等科五年生にちょうど間に合えばいいんだから、スバルくんはゆっくりでいいよね~」と、咲耶はお気楽なものである。
あまり人馴れしないスバルだったが、さっぱりした性格の咲耶は、気兼ねしない分、楽に付き合えた。

「あの…その『天の王学園』って、どんな感じなの?」
「え?…さあ、私もよくわからないわ。なんかすごい魔術師育成機関みたい…なイメージだけどねえ…すごいアルトがうじゃうじゃいるんじゃない?」
「…僕、大丈夫かなあ…」
「…まあ、どうにかなるんじゃない。ひとつ言っておくけど…西洋は白人至上主義者が多いから、私達みたいな人種はなんとなく…居づらいわよ」
「…咲耶さん、それ要らない情報だよ…」
「そうだった?ごめ~ん。まあまあ、落ち込まな~い。まあ、あそこには桐原っていうニッポン人の先生が居るから、いじめられたら頼ってみなさいな」
「…うん」
何とも頼りない咲耶の言葉である。

サマシティの港から車で一時間、咲耶に連れられスバルは「天の王」学園へ来た。
学長室へ行くまでの間に出会う幾人かの生徒たちは、見慣れない客人を遠慮なしにじろじろと見る。その目線は決して歓迎している風ではなく、何者かと品定めを案じているように見えた。
スバルは我が身がいたたまれたくなり、下を向いた。どう見ても、彼らの容貌やオーラはスバルとは遥かに違い、華やかで美しかった。スバルが今まで暮らしてきた、方々の土地の人間とは、確実に違って見えた。
スバルは自分が惨めに思えてきた。
学長のトゥエ・イェタルとの対面も、スバルは下を向き、小さくなったままだ。
完璧に覚えてきた挨拶も、しどろもどろで言えなくなった。
学長は腰をかがめて、スバルの頭を撫でた。スバルは撫でるトゥエ・イェタルをおそるおそるそっと見つめた。
そこにはまだ見たこともない、深い知識と器量の大きさ、それを対峙するように持った際限の無い力と包み込む穏やかに満ちていた。小さなスバルにさえ。人としての敬意を払っている。
スバルはますます恐縮した。

『今まで出会った大人の人と全然違う感じだ…。すごく優しくて大きくて強くて…怖い…』

案内人の咲耶が別れの挨拶をして部屋から出ると、心細さと学長と二人きりの緊張に泣きそうになった。

「今日からスバルはここで暮らすことになりますが、臆病な性格が少し心配ですね。みんなの前ではこれを掛けて過ごすといいでしょう。無理に目を合わせなく済むからね」
学長はスバルに色つきの眼鏡を与えた。
スバルが掛けてみると、なんだか肩の力が抜けた気がする。
「どうだい?」
「すごく…楽になりました。ありがとうございます」

a-syu


スバルは初等科寄宿舎の四人部屋に案内された。
スバルは五年生だ。他の三人も同級生だと言うが、とても仲よく友情を分かち合うような者たちではないことは一目見て理解した。
アーシュ、ルゥ、ベルの三人は選ばれた者たちだと感じた。その見目麗しい容貌もさながら、非常に強い魔力を持った魔法使いだ。
「天の王」では魔法を操れる者を魔術師と呼ぶが、三人からは他のどの生徒よりも圧力を感じた。

『こ、こんな人たちと一緒の部屋で寝起きを共にするだなんて…嫌だなあ…』

気後れし、目を合わさないスバルの態度に、ルゥやベルも嫌悪感を隠さなかった。ふたりは、スバルを無視し、極力口を利かなかった。スバルにとっては、無視されることは変にかまってもらうよりも気楽で良かった。
だが、もうひとりの同室のアーシュは、時々スバルをじっと眺めてはクスリと笑い、人差し指をクルクルと回し、何やら呪文のようなものを描いている。
馬鹿にしているのか、からかっているのかわからないが、スバルはアーシュが大の苦手だ。

アーシュは普通の人間とは明らかに違う。
親も無くこの学園に捨てられていたそうだが、「俺は魔王だから、親なんかいなくて当たり前なんだよ。つうか、親なんかいらねえや」と、快活に笑う。
アーシュは美しい。稀に見る美しさだ。伊達眼鏡で本性を隠しているのだろうが、あのカリスマオーラと傲慢とも言える俺様性格に、どの生徒たちも見惚れている。
スバルはアーシュに近寄りたくない。
ああいう揺るぎない自己意識と自尊心の高い男には、スバルの求める繊細さなんて理解できるはずもない。

彼らだけではない。学園にいる生徒たちの中に、スバルが心許せる者は見つからなかった。彼らにはスバルが求める癒しが少なかったのだ。

スバルはいつも伸弥を思った。
こんなところで我慢して暮らしているのも、伸弥と約束した未来を成し遂げるためだ。
懸命に勉強し、その時を待った。

伸弥との手紙のやり取りは、遠距離の所為で時間とお金がかかり、そう簡単にはできず、一年に一通か二通程度がやっとだった。
伸弥の手紙には写真が同封される。
義足にも慣れた伸弥は、山登りにも挑戦していると綴り、杖を持って山頂に立って笑う伸弥の写真をスバルは嬉しくも泣いてしまう。

「伸弥さん、会いたい。…会いたいよお…」
どれだけの努力をして、ここまで歩けるようになったのだろう。泣き事など言わずに、伸弥は自分ができる最大の頑張りを見せている。
スバルと一緒に生きる為に…
そう思うと、スバルは自分の情けない姿など見せる事もできず、自分の写った写真は決して手紙に入れなかった。

ショーウィンドウでたまたま見つけたサテンのピンクのワンピースは、伸弥が着せてくれたあの日を思い出す。
とても高くて買えなかったが、何度も来てはショーウィンドウを見つめるだけのスバルに同情してか、店主がそのワンピースをスバルに着せてくれた。それだけではなく写真を撮って、スバルにくれた。

その写真を眺めながら、スバルは鈴子に似ていると言った伸弥を思い出す。

『この写真を送ったら伸弥さんは喜ぶだろうか…』

『いいや、伸弥さんは鈴子さんの身代わりの自分を求めてはいない。でもきっと…これを僕が楽しんで着て見せたら、笑ってくれるだろう。伸弥さんのその笑顔を見たいな…』

スバル制服


中等科二年の冬だった。
天の王に来て三年半。
スバルは来年初めには十四になる。

校内ではアーシュの恋人のルゥが休学するというニュースで持ちきりだった。消息がわからなかったルゥの親が見つかり、親元でしばらくの間暮らすらしい。
スバルにはどうでもいい話だったが、教室でしょげたアーシュの背中を見ると、少し同情しなくもない。

スバルは校庭の隅で二カ月前に来た伸弥の手紙をポケットから出して読む。
何度読んでも嬉しくなるからだ。
伸弥は春から念願のユーラメリカへ留学していた。有名な渓谷を背に、太陽に照らされ元気そうに笑う伸弥の写真はずっと見続けても飽きない。

うっすらと雪が積もった夕方、寄宿舎へ帰ると、スバルは学長室へ呼び出された。
急いで行くと、部屋には学長のトゥエ・イェタルと図書司書のキリハラ・カヲルが居た。
ソファに座るように促され、スバルは目の前に座るふたりを交互に眺めた。

「スバル、突然の事で驚くでしょうが…仁科伸弥くんの訃報が先程届きました」
「…え?」

スバルには、その言葉の意味が理解できなかった。



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スバル 8 - 2013.06.13 Thu

8

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スバル湖

8、

仁科家の石垣で出来た塀の周りは、人垣で一杯になっていた。
母屋は煙で曇り、あちらこちらから容赦なく火の手が上がっている。
スバルは呆然と立ち尽くす。
正門の近くに昼間、スバルに団子をくれた女中を見つけた。
急いで近寄ってみると、女中は、警察にすがりついて叫んでいる。
「お、奥様がまだ中にいらっしゃるんですっ!それに…坊ちゃんも!」
スバルは驚いて、女中に尋ねた。
「し、伸弥さんが家の中にいるの?」
「ええ、坊ちゃんは一旦は外に避難されていたけれど、奥様がまだ中にいることを知ると急いで戻られてしまったんですっ!誰か…はやく…おふたりを助けないと…」
「これを貸して!」
スバルは女中が手に持っていた着物を取り上げ、水桶に濡らして頭にかぶると、一目散に玄関に向かい、中へと走って行く。

廊下は煙に包まれ、先もよく見えない程だったが、まだ炎は上がっていない。
スバルは走りながら伸弥の名を、大声で叫んだ。
「スバル!こっちだ!」
「伸弥さんっ!」
濡れた着物で口と鼻を押さえ、伸弥の声のする廊下の奥の部屋へ向かう。
ドアを開けると、畳敷きの和式の部屋に伸弥と伸弥の母親が倒れている。

「伸弥さん。早く逃げないと…」
スバルは伸弥の傍らに跪き、倒れた伸弥の様子を見て慌てた。伸弥の顔は真っ青で脂汗を掻いている。
「わかっているよ、スバル。でも…足が動かない。大タンスが倒れてね。母さんを庇って足を潰してしまった。なんとか這いずって出してみたけれど…痛くて…。ここは母さんの部屋で、親からもらった形見の着物に囲まれて死にたいって、離れないものだから…」
伸弥の母、百合絵はいくつもの着物を両腕に抱いたまま、気を失い、畳に倒れている。

スバルはすぐに伸弥のつぶれた右足に両手をそっと置いた。
「僕がすぐに治してあげるから」
「…スバル」
伸弥はスバルの両手から温かい光を感じた。気を失いそうな鋭い痛みが少しずつ和らいでいく。
「…もうちょっと…時間がかかりそう…」
スバルは焦りを感じた。

少しの間に、煙は容赦なく部屋を包み込んでいる。木材を焼くパチパチという音と火の粉が部屋のあちこちの板張りの隙間からくすぶりはじめている。

「もういい、スバル。痛みは十分引いたから。それより、悪いけれど母をここから連れ出してくれないか?大変だろうけど、担いで運んでくれ。…こんな人でも僕の母親だと思うと、見捨てておけないだろう?」
「し、伸弥さんは?」
「ああ、勿論、一緒にここから出るよ。足を引きずってでも、スバルの後を追うから、心配しなくていい。先に行ってくれ」
伸弥はスバルにいつものように綺麗な笑みを見せた。
すぐにスバルは伸弥の言葉が嘘だと悟った。

『伸弥さんは、後から追いかけるなんて言っているけれど、自分が助かろうとは思っていない。だからこんな嘘を言って、僕とおかあさんを助けようとしているんだ。…伸弥さんを見捨てるなんてできるわけがない』

「伸弥さんと一緒じゃなきゃだめだ。僕はここから動かないからっ!」
「スバル。このままじゃ、三人とも逃げられなくなるだろ?僕も、諦めたいわけじゃない。だけど…足が…動かないだよ。スバルにふたりも背負わすわけにもいかない。かあさんだけでも助けてやってくれ、頼むからっ!」
「そんなっ!」
「早く…早く行ってくれ、スバル。…煙で呼吸ができなくなる前に…」
「い、嫌だ!伸弥さんと一緒でなきゃ、僕は生きていたくないっ!」
「スバル…」
「誰も死なせない。僕は魔法使いだ。伸弥さんのために、僕の魔力はある。だから、僕は伸弥さんを絶対助けるっ!」

スバルは煙の充満する部屋を見渡した。
壁に飾り付きの丸鏡が掛けてある。
それを壁から剥ぎ取り、右手に持つと高く掲げた。
「伸弥さん、おかあさんを抱きしめて、そして、僕の左手をしっかり掴んでいてください。ここからワープします」
スバルは鏡を天井に向かって回しながら投げた。
鏡は回転しながら、スバルの伸ばした手の平から一メートル頭上でピタリと止まった。
スバルの手の平と鏡からゆっくりと光が伸び、合わさった。
瞬間、スバルと床に張り付いたふたりの身体が輝き、鏡に吸い込まれるように消えた。


チェトリじいは、スバルにひとつだけ、魔法の使い方を教えた。
魔法使いではなかったが、チェトリじいの古本屋には、魔法を操る術本があった。魔力のない人間には必要のないものだが、チェトリじいは幼いスバルの身を案じていた。
人を攻撃する魔法などは、優しいスバルには到底無理だろう。ならば、生き残るために、スバル自身が身の危険を感じた時、その場から逃げる為のワープする魔法を記憶させよう、と、思ったのだ。

魔法は絆の力でもある。
絆は愛だ。
伸弥とスバルの疑わぬ愛情が、伸弥と生きたいと願うスバルの想いが、魔力を増大させた。
三人の身体は燃えさかる仁科家の門の外へ、一瞬のうちにワープしたのだった。

突然目の前に現れ出た三人の姿に、村人は驚き、三人を囲んだ。
スバルはワープが無事成功したのだと、安堵し、泣きながらスバルを抱きしめる伸弥に「良かった…」と、一言告げ、そのまま気絶した。


スバルが目を覚ました時、周りは白い壁に囲まれた病室だった。
ベッドの傍らに座る若い女性が、気がついたスバルを見て、穏やかに微笑んだ。
「ああ、やっと目覚めてくれたのね、スバルくん。あなた、十日間もずっと眠ったままだったから、心配したのよ」
「…ぼ、く…」
「魔力の使い過ぎ。経験もないのにいきなりワープしちゃうなんてね。すごい能力だけど、滅茶苦茶よ。命を落としかねなかったわよ」
「あの…あなたは?」
「え?私?…自己紹介が遅れてごめんなさい。私は天野咲耶(あまのさくや)。若干二十歳のアルトよ」
「アルト?」
スバルと同じ東洋系の整った顔立ちだが、母や里山の女性のような恰好ではなく、仕立ての良い黒のパンツスーツと、漂う清潔な雰囲気が、あきらかに違う世界から来た人のようで、スバルは緊張した。
「そう、私は君と同じ魔法使い。このニッポンじゃあまり知られていないけれど、この土地にも沢山のアルトがいるの。その大部分が自覚のない子供の能力者よ。自分の力を知らずに、異端者と詰られ淘汰されるケースも多い。特に田舎ではね。だからスバルくんみたいな子供を保護する世界的な機関があるの。私の仕事はそういうアルトの子を探し出して助けてあげることなのよ」
「…よく、わからないけど…僕はどうなるの?」
「スバルくんの能力は、一般的に考えて、ものすごく高い次元にあるわ。だからスバルくんには、それに似合った教育、ちゃんと魔法を扱えるようになる勉強が必要になるわね。とにかく、こんな辺鄙な田舎に居ては駄目よ。良い施設を見つけてあげるまで、ここで待っててね。身体が完全に回復する頃には、そちらへ移れるようにするから」
「あの…伸弥さんは?伸弥さんは…怪我は大丈夫なの?それに伸弥さんのおかあさんは?無事なの?」
「…心配しなくても大丈夫よ。ふたりとも別の病院に入院されているわ。仁科伸弥君…あなたを管理下におく力のあるイルト…ね。彼に会ってみて、すぐにわかったわ。スバルくんが、強力な魔法を使えたのも彼を助ける為だったのね」
「伸弥さんに会ったの?」
「ええ、スバルくんを心配して、一度お見舞いに来られたのよ。目が覚めて元気になったら、また会いにくるからって」
「ぼ、僕、すぐに行くっ!伸弥さんの病院に連れてってください」
「そんなに興奮しなくても、連れていくわよ、スバルくん。でもまだ回復してないでしょ?自分で歩けるの?」
スバルは身体を起こし、ベッドから立ち上がった。なんだかふらふらする。
二、三歩足を踏み出すと、腰が砕け落ち、ペタリと床に座り込んでしまった。

「ぼ、く…立てない…」スバルは泣きそうになった。
「大丈夫よ。まだ身体が目覚めてないだけ。明日には動けるようになるわよ」
「ホント?」
「うん、ホント。だから二日後に伸弥君の病院に連れて行ってあげるわ。それならいいでしょ?」
「うん、ありがとうございます」


二日後、スバルは伸弥の居る病院へ向かった。
伸弥は病院の外苑のベンチで、スバルを待っていた。
ベンチの脇には伸弥の車椅子がある。
伸弥のつぶれた右足は膝下から切断され、これから伸弥は車椅子の生活を強いられることになる。

スバルは右足を失くした伸弥の姿に、唖然と立ちすくんだ。
あの時、もっと伸弥の足を治す努力をしていれば…と、スバルは自分を責めた。
伸弥にはスバルの気持ちが痛いほど理解できた。だから、明るい調子でスバルを慰めた。

「いいかい、スバル。僕の足がこうなったのはスバルの所為じゃない。君は母と僕の命を救ってくれた。どれだけ君に感謝しても足りないほどに、君には恩がある。ありがとう、スバル。あの時、僕は生きることを諦めかけていた。だけど、君は諦めちゃならないって…一緒に生きていこうと手を繋いでくれた。僕は二度と生きることを諦めない。誓うよ。…なあに、足を失くしたからって歩けなくなったわけじゃないさ。そのうち良い義足を作ってもらうよ。そして僕の未来の夢を叶える為に、頑張るよ」
「伸弥さん…」
「…聞きたくないだろうけれど、君には話さなきゃね。火事の原因だけど…やはり、母だったよ。今頃になって、自分が鈴子にしたことが恐ろしくなったんだろうね。仏壇の蝋燭で、盆提灯に火をつけたって…警察の取り調べで、話したらしいんだ。…仏壇が燃えても鈴子の霊がいなくなるわけでもないのに。馬鹿な人だ…」
「伸弥さん…」
「…母は心の病で、病院暮らしになるだろう。面会に行っても僕のことも、よく認識できないみたいだから…」
「…」
どう言葉をかけていいのか、スバルにはわからなかった。だから伸弥の隣に腰かけ、伸弥の身体に凭れ、手を繋いだ。

「スバル、ありがとう…僕は大丈夫だよ。スバルが居てくれる。ひとりじゃないって思える。だから未来に向かって歩こうと決めたんだ」
「ずっと伸弥さんの傍にいたい。僕が伸弥さんの足になる。これからは僕が伸弥さんを守るんだ」
「…ありがたいけれど、それは嫌だな」
「え?…どうして?」
スバルは顔を上げ、伸弥を見つめた。

「僕はスバルの重荷になりたくない。スバルが僕の足になるのは、嫌だ。君より五歳も年上の僕が、君に守られなきゃならないの?…僕だってプライドがあるんだよ、スバル」
「ちが…そ、そんな意味じゃ…ない」
「わかってるよ。…スバルの気持ちは嬉しい。スバルが傍にいたら、楽しいし、毎日穏やかに過ごせるだろう。だけど、僕はそれを選べない。スバルはすごい魔法使いだ。一緒に居たら、僕はスバルを頼ってしまう。頼ってしまう僕自身を許せなくなる。……僕が誰もが認める一人前になるために歩き出すこの先に、僕は色々な障害を乗り越えていかなきゃならないだろう。その時スバルが傍にいてくれたら、どんなに心強いか…と、考えるよ。でもね、僕はスバルに成長して欲しいんだ。僕とスバルが主と魔法使いという関係であるなら、尚更…僕たちはお互いに成長しあわなきゃならない。ちゃんと自我を確立させる…スバルには難しいか…。まあ、スバルにはまだまだ色んな勉強が必要だってこと」
「…伸弥さんと一緒にいちゃダメなの?…いやだ。僕、伸弥さんから離れたくない…」
「スバル、ね、聞いて。僕には夢があるって言っただろう?いつか…世界中を旅してみたいって。僕はね、スバルと一緒に行きたいんだ。どう?」
「い、一緒に行くっ!」
「この足を鍛えて、どんな荒地だってに歩けるようになって、色んな場所の言葉や歴史を勉強して、行ける時が来たら、必ずスバルを迎えにいくよ。だから、それまではスバルはスバルの居るべき場所で勉強をしなきゃならない。…天野さんは良い人だと思う。君を良き場所へ導いてくれるだろう」
「伸弥さん」
「さよならだ、スバル。大丈夫。必ずまた会えるよ。そして…その時こそ、僕とスバルは手を繋いで、ずっと一緒に未来を歩いていくんだよ。いいね、スバル…」
「うん…絶対だよ、絶対だからね…」

伸弥の誓いと覚悟を、スバルは信じた。

そして、スバルは伸弥と別れ、ニッポンを離れた。


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スバル 7 - 2013.06.07 Fri


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伸弥ソファ


7.
伸弥は死んだ妹、鈴子のワンピースを着せたスバルを連れ、一階に降り、玄関の横の応接室へ入った。
スバルの目に豪華なシャンデリアと、花を基調にした華やかな壁が映し出された。
足元を見れば、昔、西の異国の街でよく見かけたアラベスク模様の赤絨毯が敷かれているる。
中心にマホガニーのカウチ式ソファがテーブルを挿んで一式置かれ、後ろを向いたままの女性がひとり座っている姿が見えた。

「おかあさん、少し、いいですか?」
「…なにか、用事?伸弥さん。今日はわたくし、忙しいのよ」
黒い絽の着物を上品に着こなした伸弥の母、百合絵は、こちらを振り向こうともせず、咥えた煙草を指に持ち、その灰を灰皿へ落とした。

「今日は鈴子の初盆で忙しいのは僕も知っています。でも…どうしてもおかあさんに合わせたい友人がいるんですよ。スバルと言って…とてもいい子なんです。僕は彼をうちの家族に迎えたいと思っています。
「…なに、馬鹿なことを言って、いる…」
伸弥の言葉に驚いた百合絵は、初めてふたりの方を振り向き、伸弥の後ろに立つスバルを見た。
そして言葉を失ったのだ。

母親の様子に満足した伸弥はスバルの手を引き、百合絵の真向かいのカウチにスバルの手を繋いだまま座った。
「ほら、鈴子に似ているでしょ?よおく見てくださいよ」
「…う、そ…」
「まるで鈴子が生きかえったみたいじゃないですか。…スバルも鈴子と同じように親もいないし、学校も行かせてもらっていない、可哀想な子なんだ。僕も鈴子を失ってとっても寂しいし、スバルを僕の妹にしてもかまわないでしょ?」

スバルはただ黙って伸弥の傍に居た…。
彼は前もってこの企みを伸弥から聞かせられていたのだ。
「…かあさんを困らせてやりたいんだ。鈴子はかあさんに散々いじめられていたからね。鈴子そっくりのスバルを見たら、かあさんはきっと驚いて言葉もないだろうな…スバルには女の子のふりをしてもらうけれど…今日だけだからね、こんな恰好させるのは。だから協力してくれるね」
「うん、わかった」
あまり気持ちの良い提案ではなかったが、スバルはすぐに了解した。

伸弥の計画を知った時から、スバルにはもう引き返す手段はなかったが、真向かいに座る伸弥の母親のスバルを見る憎悪にも似た眼差しに戦慄を感じたスバルは下を向いたまま、早くここから出たい、とばかり願っていた。

「伸弥さん。一体…あなた、何を言ってるの?なんなのよ、その子は。…似てるたって…よく見たら、そんなに似てやしないし…第一、養子にするなんて…お父様が許すはずがないでしょ!」
「おとうさんには僕からよくお願いしてみるよ。鈴子が死んだ時、おとうさんは思ったよりもずっと悲しがっていたからね…。それよりおかあさんは自分の心配をした方がいいんじゃないの?」
「なんのことよ」
「鈴子がどうして死んだか…本当のことをおとうさんが知ったら、おかあさんはこの家にはいられなくなるんじゃない?」
「…なに…馬鹿なこと言っているの?」
「僕、知ってるよ。かあさんが鈴子を殺したって…」
「…」
「鈴子は水嵩の増した川の流れに巻き込まれて死んだってことになっている。…あの日は、僕は林間学校で三日前から家には居なかったし、お父さんも仕事で留守だった。前日の大雨で川は河原が見えなくなるほどの水量だった…」
「そうよ…あ、あの子は泳げなかったから…石の橋から足元を滑らせて落ちたって、村の者が言ってたわ。…あの橋は欄干がないから…きっと、川の流れを見たくて覗き込んで…それで落ちたんだって…そう、警察の人から聞いたわ」
「でもね、鈴子がもしあの橋から落ちても、鈴子は溺れたりしませんよ。…あの子、泳ぎが得意だったからね」
「…」
「ここに来た頃は全くのカナヅチだったんだけど、僕が特訓してどんなに川の流れが激しくても溺れない泳ぎ方と逃げ方を教え込んでいたんだよ。だから、鈴子は溺れて死んだりはしない…もちろん鈴子の意識がなく、誰かに突き落とされたのなら、溺れて死んでも変じゃないけれど…」
「伸弥さん!あなた、な、何が言いたいのっ?」
「…僕は鈴子が死んだのは、あなたが原因じゃないかって…ずっと疑っていたんですよ、おかあさん。自分の親を疑うなんて…妹を殺した奴が自分の母親なんて、考えるだけで吐き気がする。だけど…あのままじゃ鈴子が可哀想でしょ?あの子はまだたった…八歳だった。かあさんがどんなにあの子を嫌っても憎んでも、構わないよ。でもあの子に死ななきゃならないほどの罪があるの?…あなたにとっては他人でも、僕には血の繋がった妹だったんだよ?」
「…」
「あの日、あなたが鈴子をおつかいに出してあの橋を渡らせたんだ。鈴子は僕が居ない時は、あまり外へは出してもらえなかったから、きっと喜んであなたのおつかいを頼まれただろう。あの子に持たせた水筒に、あなたは強力な眠り薬を入れた。あの日は暑かったから、鈴子がどこかで水筒の水を飲むことはわかっていた。…たまたまあの石橋で滑って落ちたとしても、鈴子には泳ぐほどの意識は持てなかった…と、僕は推理している」
「…馬鹿馬鹿しいわ。そんなあなたの作り話を誰が信じるの?それに、もしあなたの言うとおりに水筒に何かを入れたとしても、結局は勝手に落ちたんじゃないの」
「そうだね、勝手に落ちたのなら、かあさんの所為じゃない。でもやっぱりあなたが鈴子を殺したんだ。あなたには殺意があった」
「…」

スバルは伸弥の言葉に戸惑うばかりだった。
伸弥の母親が妹の鈴子の死に関係があるとは、聞かされずにここに来た。しかも伸弥は母親が鈴子を殺した…と、までも責めたてるのだ。

握りしめる伸弥の手は汗を掻き、小刻みに震えていた。
…伸弥は苦しんでいる。
何とか助けたい…
スバルは真向かいに座る百合絵を見た。
百合絵のスバルへの憎しみの眼差しをなんとか耐えた彼は、無意識に百合絵の記憶の断片を感じ取った。
スバルの魔力がそれを望んだものかもしれない。

スバルの目の前に映し出される百合絵の記憶は、伸弥の言葉よりも恐ろしいものだった。
鈴子は水筒の中の水を飲まずに、橋から川に捨てた。なぜそういう行為を取ったのかはわからないが、きっとなにかおかしいと感じたのだろう。鈴子に見つからないように後を追っていた百合絵は、その様子を見た。そして…直接自分の両手で鈴子の首を絞め、意識を失った鈴子の身体を川に投げ捨てたのだ。
激しく流れる川に流される鈴子を、表情も変えずに見つめる百合絵がいた…。

「や、やめてっ!」
「スバル?」
声を荒げ、立ち上がったスバルは、そのまま意識を失った。
崩れ落ちるスバルの身体を、あわてながらも伸弥はしっかりと抱きしめるのだった。


「スバル?大丈夫かい?」
「…ぼく」
「いきなり倒れるから驚いたよ」
「…」
伸弥の部屋のベッドに寝かせられたスバルは、額に乗せられたタオルの冷たさを感じた。
「世話人たちは熱中症かもしれないって。気分はどう?」
「だ、いじょうぶ…あ…」
少し身体を起こしたスバルは、また眩暈に襲われ、頭を枕に戻した。
「やっぱり、もうしばらくそのまま寝ていた方がいい。夕食も用意させたから。少しばかりのつぐないだけど、夜までゆっくりなさい。あとで僕が家まで送るからね」
「…ありがと…伸弥さん…」
さっきまで来ていた鈴子のワンピースは、知らぬ間に元の着ていた服に着替えさせられていた。
伸弥はスバルの額に乗せたタオルを取り、洗面器で冷やし、絞ったタオルをまたスバルの額に乗せた。

「…スバル、悪かったね。あんな話を聞かせてしまって…。あんまり毒が強すぎたね」
「…」
「ホントはね。信じたくなかったよ。かあさんが鈴子の死に関わっていたなんて。でも、色々と調べる程に、段々と確信に変わっていくんだ。まるで、鈴子が真実を知ってくれ、って言わんばかりに…」
「…」

スバルはさっき見た百合絵の記憶を伸弥に話すべきかどうか、悩んだ。
もしあれが真実であるなら、伸弥の母親は本当の人殺しだ。だけど、伸弥は本当にその真実を望んでいるのだろうか…
だが、もし伸弥から真実を責められたら、スバルはすべてを話してしまうだろう。
スバルのアルトの性質が、伸弥に対して、絶対的な服従を強いられるからだ。

「あの、ね、伸弥さん…ぼくね…魔法使いなんだ…」
「え?」
「ぼくもよくわからないけれど…怪我したりすると、自分で傷を治せちゃうんだ。それを知ったのは二年ばかり前で…前に話した古本屋のチェトリじいから教えてもらった。…魔法使いはアルトって呼ばれてね…。この世界にはたくさんいるんだって。だけど…ぼくはまだそういう魔法使いに出会ったことがないんだ。…ぼくは、自分が普通じゃないのが…とても怖い。みんなと同じように生きたいのに…。今まで伸弥さんに黙っていたのは、僕が魔法使いだって知ったら、伸弥さんから嫌われてしまうかもしれないって…そう考えるだけで、怖かった…。伸弥さんはぼくにとって…大事な人だから…。でもやっぱり大事な人だからこそ、ぼくのことを知って欲しいって…そう、思った。だから、ね…普通でないぼくは、伸弥さんの家族にはなれない、と、思う…」
「スバル、今まで君と一緒に居て、僕は君を少しでも嫌ったりしたことがないんだ。それなのに、君が魔法使い…アルトだと知ったからって疎んじたりすると思うのかい?」
「だって…気持ち悪くない?ぼくだって自分の力が怖いと思う時だってあるよ…」
「起き上がれなくて、こうして寝ているスバルを、怖がる必要があるのか?…もし、スバルに魔法が使えるのなら、それは多分…神様がスバルにくれたプレゼントで、きっと君を…いや、君自身だけじゃなく、色んな人を救う力となりえるんじゃないだろうか…とてもすばらしい事だと思うよ」
「…」

昔、スバルを救ったチェトリじいと同じ言葉を、いや、それ以上の意味を、伸弥はスバルに与えた。
それだけで、スバルにとって、伸弥は絶対者になりえる権利を持つのだ。

「…ぼくは…伸弥さんの傍にいてもいいの?」
「もちろんだよ、スバル。…僕はね、この事を父に話したところで、警察沙汰になるとは思えないんだ。真実がわかってもきっと有耶無耶にされてしまうだろう。父も仁科家のとんでもない恥をわざわざ表沙汰にはしたくないだろうしね」

伸弥は切ない顔で少しだけ笑った。それがスバルには辛かった。

「だけど…鈴子の事を思うと、これ以上、母と一緒に生活できるわけがないじゃないか。無理にでも、二学期からはこの家を出て、どこか寮のある学校に行けるように父に頼もうと思う。スバル、君も一緒に来ないか?」
「え?ぼ、ぼくも?…でも…」
「初等科でも寮付きの学校もあるよ。僕と一緒に行ける学校を見つけるよ。どうだい?」

伸弥と一緒に学校へ行ける?…そんな夢のようなことが、本当にできるのだろうか…

スバルには伸弥の言っていることが、現実的ではない気がしていた。
だが、伸弥が本気で望んでいるのなら、そして、それは夢に描く幸福の毎日ならば、スバルが喜ばないわけがない。

「うん、行くよ!絶対、伸弥さんと一緒に学校へ行きたい!」
「じゃあ、明日から猛勉強だな。学校へ行くには、試験を受けなきゃならないんだよ、スバル」
「…え?そうなの?…ぼく、大丈夫かなあ…」
「大丈夫だよ。スバルには僕がついているんだから」
さっきまでの暗い思いを打ち消すような、伸弥の爽やかな笑顔に、スバルは心の底からほっとしていた。



その夜、スバルはなかなか寝つけなかった。
伸弥のこと、鈴子の死と百合絵のこと、そして、これからのことを考え出すと、安らかな眠りは訪れてはくれなかった。

『本当に伸弥さんの望み通りになるのだろうか…。あのまま伸弥さんのおかあさんを見捨ててもいいのだろうか…。ぼくはどうなってもいいけれど、伸弥さんが悲しむ姿は見たくない…』

遠くから鐘を打つ音が聞こえた。
隣で寝ていたスバルの祖母が、ムクリと起き上がり「火事だ!」と、叫んだ。
スバルは急いで家の外に出て、空を見上げた。
暗闇に乱れた灯火のような地上が見えた。

『あ、あっちの方角は…伸弥さんの家の方向だ!』

スバルは裸足のまま、仁科家に向かって走り出した。



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