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2013-07

人魚姫 (♂) 4 - 2013.07.26 Fri

4
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ノア

4、

その夜、俺はベッドで乃亜を抱きながら、今までの暮らしぶりや家族のことを聞いてみた。天然に素直な乃亜だと思ったが、俺のいくつかの質問には、少し考える素振りを見せ、慎重に言葉を選んで話すのだった。

乃亜は幼い頃に母親を亡くし、三歳までこの家に住む母方の祖父に育てられた。その祖父も病気で亡くなり、乃亜は父親と兄たちに引き取られたと言う。
父親は仕事が忙しく、乃亜自身もあまり会う機会もなく、乃亜を育てたのは五人の兄たちだった。
父親の仕事やどこに住んでいるのかは、よく知らないと言い張り、五人の兄貴たちもそれなりの歳なのに決まった仕事にもついていないと言う。
どこから収入と得ているのとか、どこに住んでいるのとか聞いても「よく知らない」と、言う。じゃあ、今まで乃亜はどこに住んでいたの?と聞くと「色んなところ…」と、言葉を濁らせる。
「大きなクルーザーで色んな海を泳いでいたんだ…」

ん?…色んな海を泳ぐって?…スキューバダイビングとかするのか?…

乃亜は時々理解できない言葉を吐く。
五人の兄たちがみなそれぞれに国籍が違うから、喋る言葉も色んな国の言葉が交って、意味を取り違えるのだろうか。
しかし、兄弟全員母親が違うなんて(うち三男と四男は双子らしく母親は同じそうだが)…さすがに俺も呆れる。

長男のイギリス国籍を持つヴィンセント、33歳、
次男のヨシュアは母親がアイルランド人で30歳、
三男と四男はノルウェー国籍の双子のヤンとルイで28歳、
五男はフランス系のリオン、26歳。
乃亜と一緒に写っている写真を見せてもらったが、なるほど、揃いも揃って美形の色男たちだ。
乃亜をああいうエロい身体にさせたこいつらが憎い!…と、いうか、うらやましい!
できるなら俺が一から手ほどきしたかったのに。

写真を指差しながら、自慢げに兄たちを俺に紹介する乃亜は、なんとも信頼に満ちた顔を見せた。
よほど兄貴たちに可愛がられているのだろう。
兄貴たち以上の信頼を、俺が勝ち得るにはかなりの労を取ることになるだろう。
だが、五人の兄たちを盲信している乃亜を、無理に否定してはいけない。こんなに素直に可愛い乃亜に育てたのはまぎれもなく五人の兄たちに間違いはないのだから。

とにかく俺は乃亜に満足していた。
こんなに素直に可愛くて、従順で時に大胆に俺を翻弄させてくれる乃亜。
恥じらいや天然ボケにも萌え、頬を擦りつけて甘える仕草なんて…子犬か子猫と同レベルの、理由なきかわいさで見事に撃沈だ。
俺はすっかり乃亜に嵌ってしまった。
こんな乃亜を他の誰にも触らせたくなかった。

翌日、俺は一旦自宅へ帰り、母の残した指輪を手に、乃亜の元へ舞い戻った。
「乃亜、これを君に捧げたい」と、俺は母の真珠の指輪をケースを開けて見せた。
「うわ…きれいな真珠だね」
俺は指輪をケースから抜き、椅子に腰かけたままの乃亜の前に跪き、彼の左手の指に嵌めた。
真珠の指輪は乃亜の小指にぴったり嵌った。

「これは俺の君への愛の証だよ」
「愛の…あかし?」
「そう。この指輪はおふくろの形見なんだ。おふくろが亡くなる時、俺の手にこれを握らせて『尚吾の一番大切な人にあげてね』って…。だから乃亜に渡したい。三十年生きてきて、初めて感じたんだ。俺の一生をかけて君を守りたい大切な人だと思った。乃亜に永遠の愛を誓うよ」
「…尚吾さん」
「さんはやめないか?尚吾って呼んでくれ」
「…尚吾…尚吾、うれしいよ、僕。…でもこんな僕でいいの?料理も下手だし、なにをやらせてもドジだし…」
「ドジなところもかわいいから許せる。とにかく乃亜を誰にも渡したくない。こんな束縛キライかい?」
「そんなこと…ないよ。そんな風に言ってくれるの、尚吾だけだもの。…僕、みんなのお荷物になってて、本当は少し辛かった。早くいいひとを見つけて、兄さんたちを安心させなきゃって…それしか僕が役に立てることはないって…思ってた」
「乃亜…君が役立たずだなんて…兄さんたちもそんな風に思ってはいないと思う。末っ子の君がかわいくてほっておけなくて、心配しているんだよ。家族ってそんなものだろ?」
「尚吾、兄さんたちの事好きになってくれる?」
「…」
適当に巧い言葉で乃亜を安心させようと思ったのだが、澄み切ったでかい目に見つめられ、一瞬真実を語りたくなった。

あんなあ、乃亜…俺より先に乃亜の身体を弄んだと思われる兄貴らを、俺が好きになるわけがねえだろっ!

と、言いたかったけれど、大人な俺は「もちろん乃亜の兄さんたちを、俺が嫌いなわけがない」と、優しく笑って答えてやった。

「ありがと、尚吾。兄さんたちもきっと、尚吾のことを気に入ると思うよ」
「そうだね…きっと、そうだね」

できるならあまり仲よくなりたくはない。写真を見るだけでわかる…こいつら全員、タチの悪いゲイだ。

「きれいな真珠だけど、傷つくといけないから、外して大切にしまっておくよ。いいでしょ?」
「乃亜にあげたんだから、好きにしていいよ。指輪は俺の想いを形にしたかっただけだよ。君に信頼されたかったっていう、エゴなのさ」
「…尚吾は正直だね。僕、尚吾みたいな人初めてだ。なんだか…嬉しくて泣きたくなる…」
瞳を潤ませて俺をみる乃亜はたまらない。
腰かけた乃亜を抱き上げ、リビングのソファへ寝かせ、服を脱がせる。従順な乃亜は逆らわず、嬉しそうに微笑んだ。

「乃亜」
「はい」
「これからは俺が乃亜を守るから。俺を信じて欲しい。この先ずっと君と一緒にいたい。俺をこんな気持ちにさせたのは乃亜が初めてだよ」
「僕も…尚吾を一緒にいたい」
「乃亜、大好きだ」
「…ありがとう、尚吾。僕を見つけてくれて。あの日、尚吾がこの家に来てくれなかったら、僕は森に隠れたまま、こっそりと過ごしていただろう。尚吾が僕を見つけてくれた。そして愛を注いでくれた。僕は…尚吾に救われたんだ」
「まるで乃亜は眠りの森の美女だね。それとも白雪姫かな?」
「え?」
「王子様のキスで眠りから目覚めるんだ」
「尚吾は王子様なの?」
「そうだよ。そして乃亜は…お姫様だ」

俺たちは抱き合った。
飽きもせずに互いの身体に触れ、いつまでも繋ぎあったまま、互いを味わった。
無上の幸福だった。

…物語の王子たちも、できることなら、森の中から出たくはなかったんじゃないだろうか…。


翌日は連休の最終日だった。
目が覚めるとベッドに乃亜が居なかった。リビングへ行くと乃亜の声がする。
誰かと電話で話しているようだ。
話しの内容は…俺のことだった。

「どうしてそんなこと言うの?尚吾はすごく良い人だよ。…違う。騙されてないし!兄さんも一度会ってみるとわかる。尚吾は…僕をずっと守っていくって約束してくれたんだから」
必死で訴える乃亜の声は次第に涙声になっていた。

「乃亜…」
乃亜が携帯を切ったのを確かめ、俺は顔を出した。
「尚吾…」
「兄さんたちに反対されたんだね」
「…うん」
さすがにしょんぼりとする乃亜に同情したくなった。

「不安になった?」
「え?」
「俺より兄さんたちが大事なんだろ?」
「…」
「当然だと思うよ。乃亜にとって兄さんたちは育ての親だからね。それに兄さんたちだって、ずっと育てて、愛してきた乃亜を、どこの誰かもわからない男が突然奪い去ってしまうなんて…簡単に許せるはずもないさ」
「僕、どうしたらいいのかな…」
「時間をかけてゆっくり積み上げていけばいいんじゃないかな。お互いの信頼を」
「…でも、僕…」
不安気に乃亜は俺から目を逸らした。

「時間がないんだ」
「時間?」
「…」

乃亜は黙りこくったまま、何も喋らない。
俺は乃亜の秘密を無理に聞き出すことはしたくなかった。
人それぞれ多少の秘密があるのは当然だし、逆にすべて知ってしまって互いの信頼が傷つくことだってある。
勿論、乃亜の何を知ってしまっても、乃亜への愛は揺るがないものだと、俺は思っているけれど…

ああ、恋愛ってめんどくさいものだ。ただ抱き合って気持ちの良い時間だけを過ごしていけたらどんなに幸せだろう。
家族や世間体や仕事やなんやかんや…どうでもいいことで互いに傷つくのはまっぴらだ。

「乃亜、俺ん宅へ来ないか?」
「え?尚吾の家へ?」
「ああ、気持ちのいい高台でね。海が見えるよ」
「…海…」
そう言った乃亜の身体は一瞬震えていた。
雷のトラウマだろうか…と、思ったが杞憂だった。

「ああ、僕、海が見たい…」
「じゃあ、決まりだな。これから行こう」
「え?駄目、駄目だよ」
「どうして?」
「だって…怪我が治るまで、ここに居るって…約束したから」
「兄さんに?」
乃亜は黙って頷いた。

「尚吾と一緒に行きたいけれど…約束は破れない。ごめんなさい…」

しょげ返る乃亜をこれ以上ほっておくわけにもいかず、俺は乃亜をなぐさめた。
無理強いは駄目だと思いながら、こんなところに乃亜をひとり残してしまうことが、不安だった。

俺の居ない間に、乃亜がどこかに消えてしまいそうで…怖いんだ。




尚吾とノア


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人魚姫 (♂) 3 - 2013.07.19 Fri

3
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半夏生


3.
会社から車で一時間半を費やし、帰宅する。
海岸を望む高台に建つ昔の高級住宅地のひとつが、今の俺の住家だ。
一年程前に会社に近い市街地のアパートを出て、俺は生まれ育った我が家へ帰ってきた。
なんてことはない。
親父が定年を迎えたからだ。

俺が十八の時に母親は病死したが、母が亡くなってからも親父は再婚せず、「定年までは仕事一筋で頑張る」と、お役所務めを全うした。
そして、去年、定年を迎える日に一人息子の俺を呼び寄せ、「少しやりたいことがあるんだ」と、言いだし、「チリでワイナリーを経営する友人に、暇になったならうちの畑でちょいと手伝いなんぞしてみないか…って誘われてなあ」と、笑った。
海外なんて旅行でも行ったこともない親父の突然の決断に驚いたけれど、反対する理由なんてない。
「それでな。できればだが…尚吾にここに戻ってもらいたいんだ。この家を空き家にしておくのも物騒だし、人が住まないとすぐに荒れてしまうだろ?せっかく父さんと母さんで建てた家だから、誰かに渡すのも嫌なんだよ。我儘だとは思うけど、頼まれてくれないか?ついでに、熱帯魚の世話も任せたいんだが…」
「…」

今更なんで俺が、実家に戻って、あんたの趣味の魚の世話をしなくちゃなんねえんだよ!めんどくせえ~っ!と、思ったけれど、…なんとなくだが、親父の気持ちがわかる気がした。だから、俺は「わかった、後は任せてくれ」と胸を叩き、親父をチリへ送り出した。

親父からは、定期的に写真を添えたメールが来る。
ブドウ畑で働く親父は、こっちで生活していた頃と比べても、ずっと活力に満ちた顔をしている。

親父は母が死んだのは自分の所為ではなかったのかと、ずっと自分を責めていた。母の病気に早く気がついていれば、助かったのに…と、悔やんでいた。
哀しみは時が経てば薄れると言うが、親父の場合は逆だった。
時と共に母の思い出の中で生きるようになった親父を、俺はずっと見てきたんだ。
定年という区切りをつけ、親父はやっと自分が背負い込んだ罪から解放されたのだろう。

「良かったなあ、親父…」と、俺はパソコンの液晶画面に呟いた。

熱帯魚の世話は慣れてしまえば思っていたよりも面倒でもなく、またアクアリウムでゆったりと泳ぐ魚たちを見ていると、確かに癒される。
場所的には少々通勤時間など不便はあるけれど、シンと静まった夜は、遠くで鳴る波の音が子守唄代わりになり、心地良い眠りにつく。
生まれ育った我が家の良さをこの年になって、やっと気づき始めたところだ。


乃亜のことを忘れたわけではなかったが、仕事に追われていたのと、連絡を取る手段もなかったから、彼と別れて一週間が過ぎてしまった。
俺はリフォームのデザインと見積書を持って、乃亜の家へ向かった。

なにしろ乃亜の家は会社からは車で二時間以上かかる。往復で四時間だとしたら、一日がかりの仕事になる。
あの約束を忘れていなければ、その夜は乃亜の家に泊まることになるかも知れず、俺は翌日に有休をもらい、その日の夕方から乃亜の家に向かった。勿論、乃亜の家で食べるであろう食材も沢山買っておいた。

夢ではなく、緑の木々に囲まれた煉瓦の洋館は確かに存在していた。
なんだか不思議な気持ちに胸が鳴る。
あの砂糖菓子のような美少年…いや美青年が本当に実在したのだろうか…
俺に抱かれてもいいと言ってくれた乃亜のことを、俺は何ひとつ知らないままだ。

玄関のドアベルを叩く。
返事はない。俺は少し不安になり、もう一度叩きながら、俺は「乃亜?俺だけど」と、大声で呼んでみた。

「尚吾…さん?」
ドアの中から乃亜の声が聞こえた。
俺はドアが開けられるのも待てずに、自分から開け、そこに乃亜の姿を見つけると、安堵の溜息を吐いた。

乃亜は車椅子には座っておらず、松葉杖を両脇につき、立っていた。
「乃亜、足の怪我大分良くなったんだね」
「…尚吾さん…」
俺の名前を呼びながら、近づく乃亜は、両手から松葉杖を離し、俺に向かって倒れ込むように俺の胸に飛び込んでくる。

「乃亜…」
俺は乃亜の細い身体をしっかりと受け止め、強く抱きしめる。
「会いたかった…すごく会いたかったんだよ」
「遅くなって悪かったね、乃亜」
「僕、すぐに来てくれるって、勝手に思ってて。尚吾さんのことをずっと考えてて…ずっと待ってて…もしかしら、もう来てくれないかもって…不安で…」
少し震える声で「寂しかったんだ」と、言う乃亜を見つめ、その涙に濡れる瞳を見た途端、俺は…欲情した。
そして、それを抑える気は全くない俺は、乃亜の身体を抱き上げ「寝室は?」と、聞き、指差す乃亜に案内され、またたく間に乃亜の服を脱がせ、そのままふたりベッドで絡み合った。
慣れないウォーターベッドの感触に、最初は驚いたけれど、慣れてしまえばその揺れぐらいも良い快感に変わる。

優しい初歩のキスから始め、どんどんと猥雑さを絡め、乃亜を好きなだけ支配していく…つもりだったのだが…。

ビギナーだと思ったはずの乃亜は、最初は少しだけ恥じらいを見せたが、肌を合わせる頃になると、途端に積極的になった。と、いうか…手慣れた男娼のようにめちゃくちゃ慣れた性技で、逆に俺を翻弄しようとする。かと言って、肝心の挿入は処女のように痛がるし、中も決して慣れているとはいえない。
こちらは怪我をしている乃亜の足にできるだけ負担をかけまいと、無理な態勢はできるだけ避けようとするのに、乃亜はお構いなしに求めてくる。
別に俺も初物がめちゃ好きとか、そういうえり好みは別段持ってないし、積極的な乃亜も純情な乃亜も構わないし、多少の矛盾があろうが、乃亜の身体も喘ぐ顔もめちゃくちゃ俺を欲情させるから、いつまででも何回でも泣かせたいって気分で責め上げた。

俺の腕を枕に、疲れて眠る乃亜がいる。
泣かせた痕が身体中に残っている。
少しも嫌がりもせずに、従順にそれでいてもっととせがむ身体も愛おしいとは思うけれど…
物足りないわけじゃない。むしろ逆で、快感は鋭く、恐ろしく逃れられない乃亜の魅力に夢中なのに、感情的な不満がある。

俺は嫉妬しているのだ。乃亜の身体をこんな風に仕上げた見知らぬ男に…。

全くもって変だ。
今まで、色んな男(大部分が少年)と遊んできたし、その中には手慣れた奴も、男娼をしている子もいたんだ。
そいつらとの付き合いはただ楽しめば良かった。だけど…

だけど、この子…乃亜がセックスに慣れていることに嫌悪感を感じるなんて…

「本気になっちゃったかな…」

誰にも渡したくない。そんな気持ちを俺は生まれて初めて味わっていた。


「尚吾さん?」
すっかり日も暮れた頃、リビングの台所でひとり食事の用意をしている俺に、松葉杖をついた乃亜がやってきた。
「やあ、乃亜。やっとお目覚めかい?腹が減ったから、勝手に台所を借りて飯を作ってるんだ…構わなかったかな?」
「もちろん、構わないけど…尚吾さん、料理できるの?」
「もうすぐ三十になる独身男が料理のひとつもできないでか。学生の頃からずっと独り暮らしで生活してきたからね。家事全般得意な方だ」
「すごい…」
「乃亜も食べるだろ?白飯が残っていたから、簡単に味噌汁と野菜サラダと豚の生姜焼きにしたけれど…」
「うん、うれしい」

テーブルを囲んでふたりで食事するなんて、久しぶりの団欒だった。
俺の作った料理を一口食べるたびに「おいしい、これ、おいしいね」と、繰り返す乃亜。
笑顔満面の乃亜に、俺もついつられて口元が緩んでしまう。
こんな子とずっと一緒にいられたら、俺の人生は平凡でも優しい日々に満ちたりるのかもしれないな…

「ご馳走様でした。尚吾さんの手料理最高でした。僕、不器用だからついレトルトものばっかりになっちゃって。こんなに美味しい食事は久しぶりだった」
「そう?でもさ、乃亜は不器用じゃないじゃないか」
「え?」
「ベッドの中の君は、こちらが驚くほど積極的だったし…」
「…」
「それを責めているわけじゃないけれどさ…」
せっかく乃亜が淹れてくれた食後のコーヒーが不味くなるかもしれなかったけれど、しょうもない嫉妬はいつまでも腹に溜めない主義だ。

「…あ…ああいうの尚吾さん、嫌い?口でするの僕、下手?手の方がいいの?尚吾さんが望むなら僕なんでもするよ」
「え…と…いや、そういうことじゃなくてさ。俺の他に乃亜を抱いた奴に対する嫉妬だよ」
「へ?…僕、尚吾さんが初めてだよ。生まれて初めて今日セックスしたの」
「…」
「大好きな…愛する人とセックスをすることが、僕の夢、願いだったの。…尚吾さんに出った時から、この人が僕の運命の人だったら…って。だから尚吾さんが僕を抱いてくれるって言ってくれたのが、とても嬉しかったんだ。そして、こんな風に一緒になれて…」

夢心地に酔いしれた乃亜を見ていると、彼が嘘を言っているとは思えず、それに確かに、乃亜の身体は慣れているようで肝心なところはウブなままだったから、セックスが初めてだと言われれば、そうかもな…とは、思うのだが…

「ねえ、乃亜。俺もセックスについては大概褒められたもんじゃないし、君が初めてかどうかは問題にしたくない。ただ…嘘はつかないで欲しいんだ。本気で君と付き合いたいって思っているから」
「…嘘って?僕、尚吾さんの気に障ること、なにかした?…そんなに僕のセックス下手だった?」
「違うって…。乃亜、泣かないでね。君があまりに…慣れているように見えたから、俺も戸惑っているんだよ。君が初めてじゃないって本当のことを言ってくれれば、それでいいんだ」
「…尚吾さんが初めての人だよ。だって…大切な人に初めて抱かれる時、何もできないままでいるのは礼儀知らずだから、ちゃんと色んなテクニックを覚えて相手を気持ち良くしてあげなきゃならないんだって…兄さんが言ったんだもん!」
「…にい…さん?」
「うん、兄さんがセックスのやり方を教えてくれたんだよ」

…兄さんって…乃亜の兄貴があんな性技を教えたっていうのか?

「君の兄さんって…本当の?」
「うん、…あ、母親は違うけれど…。僕のお母さんね。お祖父ちゃんの反対を押し切ってお父さんと駆け落ちしたんだって。でも僕が小さい頃に亡くなっちゃって…。お父さんは仕事で忙しいからって、兄さんたちが親代わりになって、僕を育ててくれたんだ」

…へ?にいさん…たち?…たちってなんだ?

「僕、昔から不器用で、兄さんたちに心配かけっぱなしで…。怪我したのも兄さんたちと一緒に崖から飛び込みの練習してたら、岩にぶつかって複雑骨折しちゃうし…。いつもこんな風だから、みんな僕を心配して、恋人が出来たら、飽きられないようにって…色々教えてくれたの」

…み、みんな?…みんなって…なに?

「あの…さ、乃亜。君の兄さんって…」
「はい」
「…ひとりじゃないの?」
「うん、兄さんは五人いるよ。僕は六人兄弟の末っ子なの」
「…」

ろ…六人兄弟…?五人も兄がいて、そいつらが乃亜をこんな風に仕込んだっていうのか?

…どんな禁断の実食べまくりの変態家族なんだよ…

「いつか尚吾さんを兄たちに紹介したいな~。きっとびっくりするよ。尚吾さんがあんまりステキだから」
全く悪気のない素振りの乃亜を見ていたら、邪なのは俺の方じゃないのか、と、一応自分を責めてみた。

責めてはみたが、やっぱり異常なのは乃亜の家族の方じゃないだろうか…

かと言って今更、惚れた弱みで乃亜を嫌うこともできやしない。
こんなに可愛くてセックスも申し分ない理想の美少年なんか、これから先一生、俺の前に出てくる気がしねえ!
まあ、家族って言ったって、ふたりの愛の前には太刀打ちできるわけねえし、イザとなりゃシカトすりゃいいんだし…

「尚吾さん、僕、幸せだよ」と、乃亜が笑うから、
「俺も幸せだよ、乃亜」と、当然、俺も応えた。

…きゃわいい…たまらん、その笑顔。

乃亜はぜってえ俺のものだ。
この先…なにがあってもクソ兄貴どもに、変なマネなんぞ絶対にさせるかよっ!




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尚吾VS兄貴(五人)との新たなる戦いが始まる…のか?((∩^Д^∩))


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人魚姫 (♂) 2 - 2013.07.12 Fri

2

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尚吾


2.
「こんなに雨が酷くては、お仕事にならないでしょ?中で少し休んでいかれます?」
「え?いいの?…いいんですか?」
「はい、どうぞ」
可憐な花(花の名前なんて俺はあまり知らない)のような、微笑みを絶やさずに、車椅子をキュッと回転させ、その少年は家の中へと案内した。

玄関には上り口がなく、足拭きの絨毯で靴底を拭くと、そのまま少年の後を追いかけた。
ドアを開けた先の広い洋間は、リビング兼ダイニングルーム。向かい合わせの白いソファがひときわ目立つ。壁紙は正面ビクトリア朝の凝ったつる草文様。正面のガラス戸も十分な広さを誇っており、その先に広いテラスが続く。
テラスの先は…真ん中の小道を挿み左右に木立が続く。小道の先はどしゃぶりの雨に煙ってわからない。

…それにしても…この家にこの子が一人で住んでいるのか?…まさかな。

少年は台所で手動のコーヒーミルを回している。が、車椅子のままではなかなか力が入らないらしく、手こずっている様子。
「ああ、俺がやりますよ」
俺は急いで彼の代わりにミルを回し始めた。すぐにコーヒー豆の良い香りが辺りに広がる。
「すいません。お客様をもてなすのは僕の仕事なのに…」
「いいよ。無理に雨宿りさせてもらったんだから、このくらい当たり前…あ、ごめん。ついタメ口きいちゃってるね、俺」
「いいえ、その方が僕も楽ですから」
ニコニコと俺を見上げる少年に、つい口元がほころんでしまう。
俺の理想の外見とこの笑顔。マジにモノにしたいぜ。

向かいあわせにソファに座り、淹れたてのコーヒーを飲みながら簡単な自己紹介を伺う。
少年の名前は「真栄里乃亜(まえさとのあ)」と、言い、普段は家族と過ごしているのだが、足の怪我の為、祖父の残したこの家で療養中とのこと。
「うちは海外をあちこち行き来するのが仕事なんです。怪我で歩けない僕が一緒にいたら足手まといになっちゃうでしょ?」
「…」
だからと言って、こんな子をひとり置き去りにしておくか?普通。

「怪我をして不自由なのに、ひとりで大丈夫なのかい?」
「うん。ほら、欲しいものがあったらインターネットで注文して、届けてもらえばいいから。料理も少し上手くなったの。以前は全然やったことなかったんだけど…今朝はホットケーキが上手く焼けて美味しかったんだ」
「そう、良かったね」
なんつうか、この子の一挙手一投足がめちゃかわいいんだが…計算かな?だとしたら俺、完全に罠に嵌ってるわ。

普段はひとりなのか、慣れてしまったら、こちらから話を振る暇もなく、お喋りが止まらない乃亜が、愛しくも、少し可れになってしまう。

「ひとりで寂しくないの?」
「…寂しいけど…メールや電話もあるし、怪我が治ったら、戻れるし…それまでの辛抱だから」
「じゃあ、怪我が治ったら、この家から出るの?」
「そのつもりです。…あ、瀬尾さん、家のリフォームでこられたんですよね。お役に立てなくて…ごめんなさい」
「いや…それはいいんだけど…」

マジかよ。じゃあ、この子の足が治る前に、俺のものにしなきゃならねえってことじゃないか。

「い、いつ治るの?」
「え?」
バカなことを言っているとは思った。三十にもなろうっていう男が、こんな子供を相手に必死になってどうする。

「多分…ひと月もかからないと思うけど…」
「そう…早く治って帰れるといいね」
「…はい」
「…」
なんだか暗い気持ちになってそれ以上会話が続かない。
暗いのは気持ちだけじゃなく、昼間だというのに、陽が落ちたみたいに部屋の中は暗いし、ガラス戸に叩きつける雨音も段々酷くなる。
その上、稲光と共に雷がだんだんとこちらへ迫ってくる。

ソファに座る乃亜は、まだ幾分遠い雷鳴を怯えてか、両手で耳を押さえ、俯いている。

「気分悪いの?」
「…僕、駄目なの。前に…泳いでて…海に雷さんが落ちて…溺れそうになったから…」
話す言葉も震えている。
…どうみても本気で怯えている。
俺は立ち上がり、乃亜の傍に座り、震える乃亜をそっと抱き寄せた。

「あ…」
「こうしてたら、少しは安心するだろ?」
「は、…はい」
顔を真っ赤にした乃亜は嫌がりもせず、俺の腕の中にすっぽりと身を委ね、少し緊張した面持ちで俺の胸に頭を寄せた。

その直後、すさまじい閃光が光り、ものすごい雷鳴が家全体を震わせた。
「ぎゃああ!」と、乃亜は叫びながら、俺の胸にすがりついた。
「怖い…こわいよお…」
すでに涙声だ。しがみつく両手の指が俺の背中に食い込むほどに、震えあがっている。

「大丈夫、大丈夫だから、乃亜」
溺れたことが、乃亜のトラウマになっているのだろう。俺は乃亜の背中を何度もさすり、「大丈夫だよ」と、繰り返した。

と、いうか…この状況って、めっちゃ役得じゃねえ?
このまま押し倒してやっちまっても、今ならこの子なら、嫌がったりしないんじゃねえ?
しかも、この子以外誰もいない独り暮らしだし、邪魔も入らないんなら、別にかまわないじゃねえ?
勿論、この子の同意は得るつもりだけど。

…なんつうか、この子ってすげえよ。片腕にすっぽり回せるぐらいのか細い腰つき、華奢で繊細な関節。ぷにぷにした腕周りとか、 髭剃り後もない赤ちゃんみたいなまっ白な肌艶や猫毛のやわらかな髪の匂いやら…なんやら…もう、俺の性的欲情を刺激しまくりなんですけど…

「ね、乃亜、キスしてもいい?」
「…」
「乃亜?」
返事のない俯いた乃亜の様子を伺うと…なんとも…ぐっすり寝付いている。

はあ?マジか…
その寝顔たるや、かわいいとか愛らしいとか萌える…とかいう表現じゃぜんぜん足りないほどの…たまらん子羊の態。
こんなのを腕に抱いて、何もできない俺って、性欲のない媒体になるしかねえんじゃないの。
…こういうのなって言ってたっけ。
え~と…針のムシロ…?

ムシロってわけわかんないけど、とりあえず、俺は桃のほっぺを指でつんつんと突いてみた。
乃亜は長い睫が揺れ、ゆっくりと榛色の瞳が俺を見つめ、何度が瞬きをした。
「あ…ああ?」
目を覚ました乃亜はこの状況を認識し、「ゴメンなさい。寝てた…」と、素直に謝った。
「それは俺の腕の中が、乃亜が眠ってしまうほど気持ち良かった…と、解釈してもいいの?」
「…あ、はい。…瀬尾さんの体温がすごく気持ち良くて、なんだか安心してしまったの」
「瀬尾さんじゃなくて、尚吾って呼んで欲しいな」
「…尚吾…さん」
「うん、それでいいよ。ね、乃亜、目覚めのキスをしてもいいかい?」
「え?…え…と…はい」
そういうと、乃亜は静かに目を閉じ、俺の方に顔を向けた。
初めが肝心とばかり、俺は乃亜の口唇に軽く触れ、チュッと音を立てて、口唇を離した。

「こんなキス、初めてだ…」
乃亜は驚いた顔で自分の指で口唇を押さえている。その仕草がかわいくて、俺は尋ねた。

「ねえ、乃亜、君って年幾つ?」
「もうすぐ二十歳だよ」
「…」

絶句。
こんなに純真無垢の外見とキスでうろたえるウブな乃亜が、二十歳だなんて…そんな大人、俺は今まで見たことねえぜ。

まあ、いいさ。
未成年じゃなきゃ、罪にもなりゃしねえんだから、誰に気兼ねもいらない。
素敵な大恋愛をしようじゃないか。

今日のところはこれまでと、雨が止んだのを確かめ、俺は帰り支度を始めた。
車椅子の乃亜が玄関で見送った。

「あの…尚吾さん」
「はい?」
「先程のリフォームの件ですけど…お願いしてもいいですか?」
「え?でも…君は…」
「怪我が治ったら、この家を出る予定なんだけど、たまにここへ戻ったりもするから、痛んだ場所を綺麗にするのは、祖父も喜ぶと思うんだ」
「だったら家族に相談して決めた方が良いんじゃない?」
「この家は僕が祖父から譲り受けたものだから。だから僕が決めていいし…それに祖父は多少の財産も残してくれたから、ちゃんと支払うこともできます」
「…それはいいけれど…本当に構わないの?」
「うん、だから…また来てくれる?」
「…」
少しだけ潤んだ乃亜の瞳を、どう理解すればいい。
俺を想って、俺にまた会う理由を見つけたくて、そんなに必死になっているのか?

「今度ここに来た時、俺は乃亜を抱くよ。君が好きだから。それでも構わない?」
率直な打診を試みた。こういう子にははっきり欲しいと言った方が効果がある。

思った通り、乃亜は嬉しそうに「うん」と、頷いた。
そんな乃亜がたまらなくて、俺は乃亜の前に屈み込み、「今度会うまで」のキスをした。



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人魚姫 (♂) 1 - 2013.07.05 Fri

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瀬央尚吾11


「人魚姫 ♂」

十八の時に死んだ俺の母親は、俺の幼い頃、流行っていた情操教育に影響されたらしく、やたら絵本を読み聞かせてくれた。
その読みっぷりがなんとも気合入いりまくりで、聞いているこっちは、楽しい場面は大声で笑い、悲しい場面では大声で泣き、怖い時は悲鳴をあげる程だったから、俺は世界中の有名な童話を母のおかげで大いに楽しませてもらった。

しかし…母の読み聞かせてくれた物語の大方は、二次創作ばりの大嘘だった…

まあ、童話を元に作った有名な映画だって、どこかしら作りめいていたり、原作無視の終わり方だったりするのだから、今更母を責めたりはしないけれど、成長し、改めて原作を読んで知る事実に愕然となったものだ。

そのとっておきが「人魚姫」って奴で…
あれは王子に一目ぼれした人魚姫が、嵐で海に溺れた王子を助けて、この人の傍に居たいからって、人間になる為に、声を代償にしてまで魔女からもらった薬を飲んで、せっかく人間になれたのに、自分が助けたことも、愛の告白もできないまま、王子は違う女子と結婚する。絶望した人魚姫は、王子を殺せば、元に戻れるという、姉たちの願いも虚しく、海に身を投げて泡になって死ぬ…
と、いう…悲惨極まる残酷物語で、俺はその事実を知った時、その夜は眠れないほどだった。
だって、母が聞かせてくれたものは…
王子も人魚姫も、もっと利口で、語れない言葉を絵や文字にしたり、目を合わせて心を通じ合わせたり…とても豊かに「恋」をする物語だったんだ。
そして、多くの障害を乗り越えて、ふたりは結ばれる…

省みると、母が読み聞かせてくれた有名な悲恋物語は、悉くハッピーエンドに変わってしまっていた。
だが、それは俺にとって幸せな思い出に違いなかった。
  

もうすぐ三十路なるからと、周りはやたら結婚を薦める。
確かに三高で、容姿端麗、頭脳明晰、ちょいと気障で俺様だけど、そこも憎めず、その上色男。この上ない俺に、オフィス内での色恋沙汰が噂にならない日なんて、滅多にない。
女たちは俺の前では、変にしなったり気取ったり、色目を使ったりと、俺を落としにかかろうと必死の形相。
「身持ちが悪いし、相手が可哀想だから、当分結婚はしませんよ」と、笑ってスルーするのだが、近頃、肩身が狭い。
気に入っていた職場だが、そろそろ辞め時かも…
大学を卒業して以来、銀行、証券会社、IT企業に、建設会社と、渡り歩いてきた。
こじんまりとしながらも、自由に意見を言いあい、個々で責任を持ち、和気あいあいと仕事に励む職場で、俺の性分にも合っているから出来れば続けたいのだが…。

住宅建築&リフォームのデザインと営業が俺の担当で、割と時間の自由がきく外回りが俺には打ってつけ。この美貌と巧みな会話術で、依頼人の満足度は高く、営業成績も優秀。なのに、なぜか周りに恨みを買わない人柄…なんつうか、人徳?…つうか、アラサーだからか?
そういや、近頃、訪問する家の奥様のおもてなしも、コーヒーよりも渋めの御茶が出てくる場合が増えている気がする。

「瀬尾さん、まだ結婚なさらないの?三十におなりになるんでしょ?」
「はあ…」
「それとも女遊びが過ぎて、結婚なんてつまらないってお思いかしら?」
「いやいや~…」
いやいや…女遊びじゃなくて、男遊びはやめられませんけど…
特にきれいな少年は好物です!…とは言えず、まさにお茶を濁す俺。

気がついたのは母親が死んでからだった。なんとはなくは感じていたが、枷が解かれたのだろうか。俺は男、それもやたら少年と寝るようになった。
なんてことはない、俺は生まれつきのゲイだったってことだ。

ペロポネソス派アポロンのような美貌にかまけて、少年や中年のおじさんやおばさんを次々と陥落、翻弄した挙句、なんの未練もなく切り捨てて生きる三島の「悠ちゃん」が俺の理想になった。と、言っても、俺は「悠ちゃん」とは違い、本当の愛を見つけ、それを守っていきたいとは思っている。だが、相手が男、しかも美少年となると、探し出すのは至難の業。
せめてアッシェンバッハになる前には、理想の少年に出会いたいものだ。

出てこい!俺の運命の美少年!



林というより、森林と呼んでもいいだろう。
道の両側に高木林が真っ直ぐに天に向かって茂っている。
きっと冬は見事な雪景色を見せるだろうこの一帯は、夏を過ごすには打ってつけの別荘地だ。

一定の距離を置き並ぶ別荘は、新築も古いそれも立派な様相だ。そいつの建て替えやリフォームの注文を請け負うのが、目下、俺の仕事。
折しも本格的な夏の始まりを告げる半夏生。
いくつかの別荘には、家主たちが戻り賑わいを見せている。

その林の突きあたりに、煉瓦壁の見かけの良い洋館が建っていた。
空はどんよりと暗く、今にも雨が降りだしそうな怪しい雲行き。
俺は近くに車を置き、錆びた鉄柵の外から、その家の外観を眺める。
しっかりと丁寧な作りだが、いかんせん古い。
びっしりと蔦が絡まるのは風情があって良いけれど、手入れが全くと言っていいほど行き届いていない。と、いうか長年ほったらかしの様相。
壊れかけた門扉を開け、雑草の茂った庭を歩き、裏に回ってテラスを覗くと、やはりここの木材も痛みが激しい。
「こりゃ色々手入れがいるんじゃないか」と、俺は営業マンとしての役目を果たすべき、その煉瓦家の玄関に立った。

観音扉の上を飾るステンドグラスのまわりを囲むルネットの使い方もとても綺麗だ。
その波の模様と…魚?…いや人魚の形を彩るステンドグラスと青みがかった扉の色のコントラストがすばらしく、背景に聳える森林の緑が海の藍のようにさえ感じる。
屋根の上にさりげなく回る風見鶏のデザインもイルカか魚のような形だし、きっとこの家の持ち主は海が好きな人なのだろう。

アラベスク模様のドアベルを叩く。
若い声が遠くに聞こえた。…が、一向にドアが開く気配がしない。
「すいません。誰かいらっしゃいませんか?」
「あの…ど、どちらさまでしょうか?」
「え…H・C・Aデザイン事務所の者です」
「…何の御用でしょうか?」
怪しい奴と疑われているのだろうか、室内からの声は明らかに警戒している。

「あの…私は建築コンサルタントの瀬尾と申します。煉瓦作りの素敵な別荘なので、少し見せて頂ければ…と、思いまして」
「…」
「…外観だけでも見せてもらってもよろしいでしょうか?」
「…はい」
猜疑心の籠った声を聞き、ドアを開けてもらえそうもないと感じた俺は、仕方なく、一旦玄関を離れることにした。

悪いことにぽつぽつと大粒の雨が降り始め、瞬く間に激しい豪雨へと変わり、俺はしばらく身動きが取れなくなってしまった。
しかし、このままここに居てもしかたがない。ずぶ濡れ覚悟で傘を取りに一旦車まで戻ろうと、アプローチから離れた時、玄関の扉が開いた。

「あの…雨、大丈夫ですか?」
恐る恐る声を掛ける声に、俺は振り返った。
そこには車椅子に座る少年が、俺を見上げていた。
「あ…」
俺は思わず感嘆の声を上げた。
その少年は…(見かけは十五、六が妥当)今まで練り上げてきた俺の理想の美少年に、ものすごく近い…つうか、そのものと言っても過言ではない。(しかし、頭の中の理想というものは非常にあやふやで、常に自分の都合の良い様に変化するものだと、十分理解はしている)

東洋と西洋を掛け合わせ、それが成功した繊細な美貌、白くきめ細かな肌に仄かにピンク色に染まった頬もいじらしい。ゆるく波打った明るい褐色の豊かに長い髪。虹彩の周りを濃い海老茶色に囲まれた榛色の瞳。なによりも華奢で、か細い足腰。
少し不安気に俺を見上げる瞳に絡み取られ、一旦止まった俺の心臓は爆発的に鼓動を始めた。

これこそ天啓ではないのか!
今まで幾多の男どもとの儚い恋愛を経ても、真実の恋に恵まれなかった俺を、神様は(この際死んだ母親でもなんでもかまわん)哀れに思い、三十を前にしてようやくこの少年に導きたもうたのではないのか!

…うわ、めっちゃ食いてえ~…

狼心は大人の自制心で顔には出さず、俺は少年と目線を合わせる為、素早く屈みこみ、その少年に名刺を差し出した。

少年は俺の名刺を受取り、俺の名を読んだ。
「瀬尾…尚吾…さん?」
「はい、そうです。どうぞ、尚吾とお呼びください」
跪きお辞儀をしたのは、大学時代のホスト(ゲイ専門)のバイト時の癖が思わずでてしまったからだ。
しまった!と、思ったが、車椅子の少年は俺を見てクスクスと笑った。
その笑う顔がもう…なんとも…たまらない…

よっしゃ!この美少年、命に掛けても、絶対モノにしてみせる!

と、俺は天に(もう誰でもいいんだが)誓ったのだ。




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