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2013-08

人魚姫 (♂) 最終回 - 2013.08.27 Tue

8
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乃亜表紙



 最終回

日が暮れたどしゃぶりの海へと、俺は乃亜を両腕に抱き抱えたまま、進んで行った。
顔を打つ雨は強く、雨雲と暗闇が覆う天が俺を責めているようで、辛かった。
「乃亜…乃亜」
何度呼んでも、返事はない。
胸元まで浸かった俺は、動かない乃亜の身体を海に浮かべた。

「乃亜、海だよ。さあ、泳いでごらん。君は人魚なんだろう?…乃亜。俺はここにいるからね。逃げたりしないから…、本当の君の姿に戻っていいんだ…」
乃亜の身体はぷかぷかと波打つ海に浮かび、俺の腕からゆっくりと波にさらわれていく。
俺はそれをじっと見守り、乃亜が再び生き返ることを祈るしかできなかった。

「乃亜っ!」
俺は叫んだ。

その声に応えたかのように、海の中からひとりの男の姿が現れた。
辺りは暗闇と言って良いほどに暗く、打ち続ける雨に霞んではいたが、その姿はなぜか浮き上がって見えた。
裸の上半身に青白い肌と、長く黒い髪。
際立った美貌の青年の青く光る両の目が、俺をじっと睨んでいた。

「乃亜は死んだ。…殺したのはおまえだ」
「…」
「私はおまえを許さない」
彼が誰なのか、すぐに理解した。
俺は以前に乃亜が見せてくれた写真で、こいつの顔を知っていた。

「俺もだ」
「乃亜は可愛い僕たちの弟だった。おまえが乃亜を不幸にした」
「許さない…」
彼の声に呼応するように、俺の周りに上半身裸の男たちが次々と海から浮かび上がる。
合わせて五人。俺の位置から三メートルほど離れて、俺を囲んでいた。
彼らは乃亜の兄たちだ。

…乃亜の自宅で会った次兄のヨシュアが、俺を指差した。
「ほら、見たことかよ。…だから俺は反対したんだよ。こんな奴に騙されちまった乃亜にも責任の一端はあるが、乃亜はまだ甘っちょろい子供で、てめえは大人だろうが。責任の重さは比べようもねえな。しかも乃亜が、殺されたんじゃ、見逃すわけにはいかない」
怒りに任せた激しい怒号に、別の男たちが呼応した。
「だけどさ、殺しちゃうにはちょっともったいない気がするよね。想像したより、随分男前じゃん。僕好みだし…」
「ルイっ!おまえ、俺の目の前で色気だしてんじゃねえ!こいつは俺たちのかわいい乃亜の処女を奪って、捨てて、殺した奴だぞ」
「あ、そうだった…。じゃあ、やっぱり死んでもらうしかないよね」
「あたりまえだ!」
「でも…僕も、ちょっぴり~好みなんだよねえ、このヒト…」
「リオン、てめえまでっ!」
「おまえら、いいかげんにしろっ!こいつをどうするかは、すでに審判が出ている。こいつが処刑されなきゃ、乃亜は浮かばれねえんだよ」
「ヨシュアの言うとおりだな…」
五人の兄の言い分は理解できた。
彼らの怒りが俺に向かうのも、当然だ。
乃亜を…死なせたのは俺の所為でしかない。

「俺は…俺はどうなってもいい。だから乃亜を、頼むから乃亜を生き返らせてくれ!」
「おまえがそれを言うか?…一度死んだモノは二度と生きかえることはできない。ヒトも人魚も同じだ」
俺の必死の頼みにも、正面にいる長兄、ヴィンセントは表情ひとつ変えずに冷たく言い放った。

「だが…おまえがそこまで言うのなら、やってみる価値はある。おまえの死と引き換えに、乃亜を生き返らせることができるのか…天に問おうではないか…。やれっ!」
ヴィンセントは右手を挙げた。
それが合図なのだろう。
俺はいきなり両足首を掴まれ、海の中へ引きずり込まれた。

泳ぐのは苦手じゃない。
海に近い家に住んでいたから、浜辺も海で泳ぐのも恰好の遊び場だった。
高校時代には何人かの友人たちと、禁止されていた夜の遊泳をこっそり楽しんだことも何度もあった。
だが、こんな雨の降る夜の海で、潜水なんかする馬鹿者はいない。

俺を海に引きずりこみ、溺れさせようとする奴らが、乃亜の兄貴だってことはわかっている。乃亜が言うように、彼らが人魚であるのなら、海の中を自由に泳ぎまわるのは至極当然だろう。だが、俺はここに来ても、彼らが本当に人魚であるのか、百パーセント信じることができなかった。
先程までは見えなかった下半身を、この目で確かめる時までは…

…夜の海の中だからって、光がないなんて、ありえないんだ。
光はどこにでもある。
その光が水のなかでいくらでも反射して、綺麗なプリズムを作り、ゆらめかせ、実在をぼやかせていく。
けれど、本当は見えている。
真実は目の前にある。

その姿、泳ぐ様、光る鱗の模様とその感触…俺を嗤う奴らは…確かに人魚…だった。

五人の人魚に手と足を掴まれ、渦の中で弄ばれ、俺は本物の暗黒の海へ引き摺られていく。
…その不思議さと、死への恐怖、息苦しさに、俺は僅かな抵抗すらできなかった。
「乃亜…」
もし、本当に俺の「死」で、乃亜を生き返られられるのなら、たった三十年間の人生だったけれど、きっと意味があったのだろう…と、思った。
そして、愛する人魚を救った王子が俺であるならば、天国の母さんも、笑って許してくれるだろう…なんて…

「…ご!尚吾っ!…尚吾!」
…ああ、乃亜の声がする。
俺は意識の薄れた自身の目を精一杯の気力で開けた。

海面から乃亜が、俺に向かって泳ぎ近づいてくる。
その姿は…上半身は見慣れた裸の乃亜だったが、腰から下は七色に変わる銀の光を放ち、優雅にしなる長い魚の姿だった。
長く半透明な尾ひれと、青白く波打つ腰と背中にもヒレが見えた。
…人魚の乃亜は、昔、母さんに聞かされ、俺が想像した人魚よりも、ずっと…ずっと美しかった。

「乃亜…乃亜…どうか、元気で…」
俺は精一杯に、人魚の乃亜に手を伸ばした。
さよならを言う為に。
「尚吾…」
手を伸ばした乃亜の指の真珠が、キラリと光った。
ああ、最後に見たのが、俺を見つめる乃亜の笑顔で、本当に良かった…。



…どれくらい意識を失っていたのかわからなかった。
静かに繰り返す波の音が聞こえた。
眼を開けると、夜空に輝く数多の星々が見えた。

仰向けに寝そべった俺は、大きく息を吐いた。
両手を目の前に揚げ、掌を裏表にしながら、存在を確認した。

どうやら…俺は死んではいないらしい。
あいつらが、俺を殺すことを諦めたとは思えないが。
最後に見た乃亜が、もし本当に生き返った乃亜ならば…きっと、彼が俺を助けたのだろう。
そう考えるのが一番自然だった。

俺はゆっくりと起き上がった。
夕立は去り、夜天は晴れ、満月が今は静かな海原に光の道を輝かせている。

深い群青色の澄みきった世界。だけど締めつけられる胸の痛みは、少しも消えない。

乃亜は…人魚になった乃亜…。もう俺達は会えないのだろうか…

「なあに、生きてくれていればそれでいいさ。そうさ、乃亜が生きてさえくれれば…」
そう吐いた途端に涙が零れた。

乃亜を失うことがこんなに寂しいなんて…
ああ、もう一度だけ抱きしめて、何度でも愛していると叫びたい。
乃亜…

涙でぼやけた所為か、月の光に反射した波の揺らめきが少し荒立っているように見えた。
そいつが段々と酷くなり、人の形をした影が見えた。
海の中から上がってくるそいつは、俺のいる浜辺に近づいてくる。

俺は海を歩くその影に向かって、走り寄った。
「乃亜っ!乃亜っ!」と、何度も繰り返した。

「尚吾っ!」
その影は俺の名を呼んだ。

月の光がその姿を俺に見せてくれた。
両足の付いた裸の乃亜が、俺の名を呼びながら、おぼつかなく歩いてくる。

「乃亜…」
俺は浅瀬をヨタヨタと歩く乃亜を、ギュッと抱きしめた。

「尚吾…尚吾、良かった…本当に良かった…」
「乃亜、君が俺を兄さんたちから守ってくれたんだね」
「尚吾が…本気で僕の為に命を捨てようとしてくれたから…。兄さんたちは試したんだよ、尚吾が本気で僕を愛しているかって…。尚吾の愛が、兄さんたちを認めさせたんだ」
「乃亜…」
「僕は人間になることを選んだ。尚吾と一緒に生きていくって決めたから…」
揺るがない眼差しに、俺は現実を生き抜こうと覚悟を決めた乃亜の決意を見た。
乃亜はもう今までの幼く可愛いだけの乃亜ではなくなっていた。
ならば、俺も無辜なる乃亜の愛に、誠意を尽くしていかなければならないだろう。

俺は乃亜を抱きしめ、くちづけをし、そして贈った。
「…乃亜、俺たちは、幸せになるために、出会ったんだ。だから何度でも君に言うよ。ありがとう、乃亜。本当にありがとう」
「尚吾…僕こそ、ありがとう。尚吾に会えて、本当に幸せだ…」
「これからだって、ずっと幸せでいよう…」
「うん…」



こうして、王子である俺と、人魚姫の乃亜はめでたく幸せな結末の恋物語を描くことができた。
母が読み聞かせてくれた「人魚姫」の結末通りになったってことは、生きていたら母は良かったと喜んでくれるだろうか、それとも「人魚姫」が男なんてありえないわと、呆れかえるだろうか。
どちらにしても、俺にとって、乃亜は人魚姫であり、俺は人魚姫を幸せにする王子であろうとするのだから、母の語った「人魚姫」を、リアルにする喜びに満ちている。

「ねえ、尚吾。この物語に書かれている『死なないたましい』って「愛」とか「信仰」のことでしょ?」
「一応わね。でも俺は思うんだ。『死なないたましい』っていうのは、相手を幸せにする覚悟じゃないかってね」
「…じゃあ、僕は『死なないたましい』を尚吾から受け取ったんだね」
「そうだよ。そして俺も乃亜からそれをもらったんだ。だから、ありがとう、だ」
「僕も…ありがとう、尚吾…愛してる…」


物語の結末はいつだってハッピーエンドが良い。
だから俺と乃亜の物語も、これでおしまい。


尚吾と乃亜の愛223


…に、したいのはやまやまだが…


エピローグ的に言えば…

あれから…山林にある乃亜の自宅は、ふたりが住めるようにきちんとリフォームしたけれど、夏の別荘宅である限り、冬には少し不便だというわけで、海が見える俺の自宅をふたりの愛の巣にした。
乃亜も、いつでも海が見えると喜び、上機嫌だ。水槽の魚たちも乃亜が餌を与えると、心なしが喜んで泳ぎまわっている気がする。
俺の仕事は順調だか、暇を持て余し気味の乃亜に、趣味のアクセサリー作りを促し、出来がいいものをネットで販売させてみたら、それが好評で、乃亜もやりがいを感じている。
相変わらず、料理の味はいまいちだし、机の角に腕や足をぶつけたりと、ドジっ子萌えの乃亜だが、俺の為に懸命な姿を見ていると、本当にたまらなく愛おしくなる。

そんな絵に描いたような幸せを営む俺と乃亜に、時折暗雲が立ち込める時がある。
それは…あの五人の兄達の到来だった。

あいつらは、呼びもしないのに、連絡もなしに突然、俺の家へ押しかけて、一晩中、飲んだり、喋ったり、ケンカを売ったりして、この上なく面倒臭い小舅連中だ。
「乃亜が苛められていないか心配だから、見に来たんだよ」と、言うが…全く信用ならない。

ともあれ、表面上は愛想よく付き合うことにしている。
乃亜の家族は、俺の家族でもあるんだから…いちおう…

そんな或る日、面倒な事件が起こった。
これがまた…なんというか…作り話のような出来事で…

俺と乃亜の物語は、まだまだ終わりそうもないのかもしれない…と、俺はがっくりと肩を落とすのだった。
でも、まあ、その物語は、またいつかって事で…


人生とは、日々、驚きの連続。
人の数だけ、物語は語り続けるんだね。


「人魚姫、♂」終わり。


2013.8



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人魚姫 (♂) 7 - 2013.08.20 Tue

7.
乃亜人魚1-34
7、
それからすぐに、乃亜の携帯へ電話を掛けた。
けれど、なんど掛けても応答はなく、俺の不安は段々と募っていくばかりだった。

あんなに乱暴な言葉をぶちまけてしまって…。
純粋な乃亜をどれほど傷つかせてしまったのだろう。
こんなに愛おしいと思っているのに、どうして「信じられない」…なんて言葉を吐いてしまったのだろう。
今更ながら、俺はとんでもないクソガキの大馬鹿者だった。

乃亜…どうして電話に出ない。
俺を罵ってくれてもいいから、ただ一言だけでも声を聞かせてくれないか?

「乃亜…」
俺に愛想を尽かして、兄貴たちのところへ帰ってしまったのだろうか。
それならば、仕方ないことだ。
俺が諦めれば済む話だろうけれど…

携帯をテーブルへ置き、俺はまた水槽の中でのんびりと泳ぐ魚たちを眺めた。

終わりなのだろうか…
こんなに愛おしいと思える相手に出会えたのに。
初めて愛し合う意義を見つけられると、感じ始めていたのに。

…いや、やはり諦めきれない。

俺はテーブルに投げ出した車のキーを掴み、立ち上がると、乃亜の自宅へ向かう為、家を出た。

避暑地である山林の中腹にある乃亜の家まで、俺の自宅から車でどんなに急いでも一時間はかかる。その間にも乃亜の携帯へ、何度か呼び出してはみるが、一向に返事はなかった。
焦りながらも乃亜の家の門に車を寄せ、玄関から乃亜の名を大声で呼んだ。
しかし、応答も出てくる様子もない。鍵はかけられているから、外出しているのかもしれない。
それでも俺の不安はぬぐいきれなかった。
北側の裏口の鍵はかかっておらず、俺はそこから家の中へ入った。

乃亜の名を呼びながら、リビングや寝室、風呂場などと覗いてみるが、乃亜の姿はない。
肩を落とし、リビングのソファに座った時、テーブルに置かれた一枚の便箋と、俺が乃亜に贈った指輪のケースに気がついた。
ケースの中には真珠の指輪が綺麗に収まっている。そして、便箋には…
「尚吾、尚吾」と、俺の名前が繰り返し書かれ、最後に「ごめんなさい」と、だけあった。

ぞっとした。
本当に乃亜は…童話の人魚姫なのか?
俺の不誠実さに絶望し、泡となって消えてしまったんじゃないのか?

「乃亜っ!」
俺は指輪を掴み、立ち上がった。
落ち着いて部屋を見渡し、半分だけ開け放たれたテラスに続くドアを見とめると、急いでそのドアからテラスに渡り、そのまま階段を降りて、庭の先に続く小道に立った。
ここから先は、見知らぬ場所でしかない。
小道は緩やかな下り坂。
両脇には背の高い白樺の林が続き、強い西陽の長いいくつもの影が、道を縦断していた。
汗を掻きながらでたらめな縞模様の小道を降りる。
鳴りやまぬ蜩の声に渓流の音が交り、道の先に川肌が見えてきた。
息を吐き、急いで降りると、川に沿って少しだけ広い緑の道が続いていた。
何かに引き寄せられるように、俺はその草の道を走った。
そして、
その先に…乃亜がいた。

大理石の石に凭れたように倒れている乃亜を見つけ、俺は一瞬足が止まった。
大理石にはローマ字で乃亜の祖父の名前が刻み込まれていた。

まさか…死んでいるのでは…と、嫌な予感を拭いきれないまま、乃亜の名を呼びながら俺は乃亜に近づいた。

「乃亜…乃亜?」
乃亜の細い身体を抱き起こし、俺は乃亜の名を呼ぶ。
鼓動も呼吸も確認できたけれど、どれもが弱々しく、顔色も口唇も色味を失い、返事もなかった。
俺は焦った。
このままでは本当に乃亜は…死んでしまうかもしれない。
いや、乃亜は死のうとしているんじゃないのか?
あの残された俺への「ごめんなさい」の言葉は、生きる希望を失った人魚姫と同じじゃないのか?

そんなのは嫌だ。
そんなことは絶対にさせない。

だから、俺は乃亜の名を呼んだ。

「乃亜!乃亜っ!俺だ!尚吾だ!…俺が悪かった。乃亜を信じられずに、酷いことを言って、乃亜をひとりにさせてしまった。ごめん、乃亜。君を愛している。これからもずっと変わらずに愛し続けると誓うから…どうか、死なないでくれ!」

俺の声に僅かだが、閉じた乃亜の両目の瞼が震えた。
俺は乃亜の左の薬指に、真珠の指輪を嵌め、俺の胸に引き寄せた。

「乃亜が何であっても構わない。君が言う…人魚であっても、俺は乃亜を変わらず愛していると誓うよ。だから…どうか頼むから、乃亜、目を開けて俺を見てくれよ…」

俺は自分では気づかずに泣いていたらしい。
幾粒もの水滴が青白い乃亜の顔を濡らしていた。

「…しょう…ご…」
「乃亜…」

乃亜の口唇がとぎれとぎれに俺を呼び、乃亜の瞳が焦点をぼかしながら俺を見つめた。

「尚吾…泣いてる…の?」
「ああ、弱っている君を見たら、どうしていいのか…わからなくなっちまった…」
「…」
「ごめん、乃亜。何度謝っても許してもらえないかもしれないけれど、俺はもう絶対に君を裏切ったりしないから…。だから俺と一緒に生きて欲しい」
「僕は…決めたんだ。兄たちのところへは戻らないって…。人魚にもならない。人間の姿で、尚吾の愛した姿のままで…死んでいきたい…それでいいと思ったんだ…」
「乃亜、死んでは駄目だ。死なないでくれ。どうか俺の為に…生きてくれ」
「…尚吾…でも、僕は…」
「いいよ。人間でなくても…人魚の乃亜であっても、俺は乃亜を愛せるから。ね、乃亜は言ったろ?夜の間だけ人間になれるって。そうさ、これからだって俺たちは愛し合える。乃亜が人魚なら、俺はダイバーになるよ。そしたら一緒に海へ潜れる。…ねえ、そうだろ?」
「尚吾…」
「だから死ぬなんて言わないでくれ。俺を信じて生きてくれないか?乃亜」

俺の必死な願いに、乃亜は力なく頷いた。

「でも…もう…無理かも…」
「何故?」
「薬…捨ててしまったの。副作用で…限界に近づいていたみたい。人間の姿でいられる時間が短くなってて…」
「どうすれば元気な乃亜に戻れるんだ?」
「…海に還って、人魚に戻れれば…いいのかもしれない…。だけどそうなったら…もう尚吾と…」
言葉に詰まった乃亜は、しゃくりあげながら泣く。
俺は乃亜を抱きかかえ、立ち上がった。

「言っただろ?乃亜が生きてくれるなら、どんな姿だろうと、俺は乃亜を愛し続けられる。俺を信じてくれ。君を死なせたりしない」

そこから先は一目散にゴールへ向かった。
迷いはしなかった。
目指すべきゴールは、海だ。
この山中から一番近い海岸まで、どんなに急いでも小一時間はかかるだろう。

車に戻り、苦しそうな呼吸を続ける乃亜を助手席に乗せ、俺は海に向かって全速力で走りだした。

だが、残された時間は短かった。車内の乃亜は時折苦しそうな息を乱し、「尚吾…手を…つないで…いて…」と、言った。
俺はその手をしっかりと握りしめ、乃亜を励まし続けた。

やっと海岸線が見えてきた。
日没の寸前の陽の色は、立ち登る入道雲に消され、瞬く間に辺りを暗く翳らせていく。
夕立の雨粒が、フロントガラスを打ち始める。
俺は、「もうすぐだから」と、乃亜に声を掛けるが返事はなかった。
繋いだ手も力なく、皮膚が段々と冷たくなっていく様をはっきりと感じた。

海岸の路肩に車を止め、乃亜を抱き上げた俺は、土砂降りの雨に打たれながら、浜辺に向かった。
辺りは立ち込めた雨雲に包まれ、時折稲光が光る。
「ごめんな、乃亜。雷、苦手なのに…。でも俺が傍に居るから怖くないだろ?」
夏の海辺だったが、陽が落ちる時刻とこの夕立の所為か、人影は見当たらなかった。

どんなに名前を呼んでも動かなくなった乃亜を俺はただ抱きしめ、荒れた波をかき分けながら、海の中へ進んでいく。

息を止めた乃亜を生き返らせる奇跡を…

それだけを祈り続けた。



6へ /8へ


暑くて暑くて、干からびてしまいそうですう~((人д`o)
次回は最終回の予定~




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人魚姫 (♂) 6 - 2013.08.08 Thu

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瀬央尚吾-22


6、

「これ…僕が作ったんだけど…貰ってくれる?」
乃亜が俺に差し出したのは、ペンダントだった。
幾何学模様の木の枠に嵌めこまれた貝は、丁寧に磨かれ、美しい螺鈿が施されている。
「乃亜がこれを作ったの?」
「うん。僕、不器用で上手くできないんだけど、こういうのは好きなんだ。おじいちゃんが趣味で細工をしていたみたいで、色んな道具があったから…暇だったし、作ってみたの」
「でも、これ螺鈿だろ?とても綺麗だ。夜光貝とか黒蝶貝とかを使うんだよね」
「綺麗な貝殻を集めて取っておくのが好きなの。でもこれは…とても珍しい貝なんだ。深い海底でしか見つからないラリマーっていう貝の化石なんだよ。いつか…大切な人が僕の前に現れて、恋人になってくれた時に贈ろうって決めていたんだ。先に尚吾から指輪をもらったから早くあげたくて…急いで作ったから、塗りも磨きも完璧じゃないけれど、一生懸命に作ったんだ」
「ありがとう、乃亜。大切にするよ」

俺はペンダントを首にかけた。
裸のままで横になるふたりには唯一身を飾るものでしかなかったけれど、夕日に反射する螺鈿の美しさに、乃亜も俺も見惚れていた。

乃亜を胸に抱きしめながら俺は思う。
始まったばかりの恋だというのに、この充実感は一体なんだろう。
今まで俺は、男と付き合う時はいつだって相手になにかしらの不満を探しながら、付き合っていた。いつでも逃げられるようにと。
でも、乃亜といると多少の不安や心配など、大した問題じゃないって思えてしまう。
それはとても大事なことのように思えてならないんだ。

俺は乃亜に満足していた。
これからも愛し続けていけるのだと確信していた。
しかし、それはとんでもない自分の浅はかさだと知ることになった…。


翌日になって、乃亜は泣きそうな顔で、五日後に家族の元へ帰る決心をした、と言うのだ。
俺は驚いたけれど、必死で自分を落ち着かせて、一旦家族に顔を見せに帰るのは当然だろうと考えた。
だから、「じゃあ、落ち着いたら俺のところに戻っておいで。なるだけ早くにね」と、気軽に答えた。
だが、乃亜が次に俺に言った言葉は…
「もう、尚吾と会えない。会っちゃダメだって…兄さんたちが怒るんだ」
「…」
何と言っていいのかわからなくなる。

結局のところ…乃亜は俺よりも家族、つまり五人の兄たちとの生活が大事だってことだ。

俺がもっと若くて、青臭くて、情熱をぶちまけて、乃亜をかっさらって、ふたりだけで逃避行できるような年齢であったのなら、そうしたのかもしれなかった。
だが、俺にはもうそんな青春ごっこはできなかった。
乃亜といるときは愛に縛られ、それは身体も心も心地良く、どこにも行きたくないと、閉じこもっていたいと願うのに、一歩この家を出れば、リアルな社会が俺を縛り付ける。それは生きていくには不可欠な義務であり、俺はそれを当然な労力と理解している。
だから、リアルに生きる俺には、乃亜の言葉をねじ伏せる気力はない。

「…乃亜がそれを望むのなら…仕方がないね。乃亜がそれで幸せでいられるのなら…俺は諦めるしかない…」
「違う…尚吾、違うんだ。尚吾を愛してる。誰よりも尚吾とずっと、ずっと一緒にいたいよ。でもできないんだ。だって、僕は…」
「乃亜。君が望むなら、俺はいくらだって頭を下げて、兄さんたちに許しをもらうよう努力するよ。俺はね、今まで色んな男と付き合ってきたけれど、乃亜ほど愛しいと思った人はいない。幸せにしたいと思った人はいないんだ。乃亜と一緒に生きたい。もう一度、俺の手を摑まえてはくれないか?」
「尚吾…」
乃亜の榛色の大きな瞳から、涙の粒がぽろぽろと流れ落ちた。

「尚吾、僕…僕ね、人間じゃないんだ…信じられないかもしれないけれど、僕は人魚なんだ」
「…」

「…」

「…え?」

十秒ほど俺は息を止めて、乃亜の顔を見つめていた。
今、何言った?
よく意味がわからないんだけど…

「岩に足をぶつけて、動けなくなったから、人間になって、病院で治療して、完治するまではこの姿でここで療養してた。怪我が良くなったら、兄さんたちのところに戻って、海に還らなきゃならない」
「…」

いやいやいや…無理でしょう、そんな話。
そりゃ乃亜は、今時の子とは違い、浮世離れしているけれど…
いやいや…そんな可愛い顔して真面目に話してくれても…絶対無理。

「この薬を飲んでいる間は、人間の姿でいられるの。元々母親は人間だし、ハーフだから、自分が望めば人間の姿にはなれるんだ。だけど、それは夜の間だけで…。ずっと人間の姿でいたい時は、この薬を飲んでれば大丈夫なんだけど、あまり長く飲みすぎると副作用が出ちゃうから…」
テーブルに置かれた青いガラスの小瓶を摘み、乃亜は淡々と話す。
だが、俺には何が何だか…

まるで、昔、母親が俺に話してくれた嘘の童話を聞いているようだ。

「兄さんたちは尚吾に本当のことを話すなって…。話しても信じてもらえるはずもないって言うんだ。でも尚吾は僕を信じてくれるよね?人魚の僕でも好きだって言ってくれるよね?」
「…あ…の…」
「もし、尚吾がこんな僕でも愛してくれるって言ってくれるなら、僕は…もう兄さんたちの元には戻らない。このままの姿でここにいる」
「…え…っと…」
「ねえ、それでいい?尚吾の傍に居てもいい?」

すがりつくような目で見つめられ、俺はどうしていいかわからなくなった。

乃亜の話をすべて信じろというのか?
二十一世紀の現実に生きる俺に?
しかし…人魚って男もアリなのか?
それはそれで萌えるかもしれんけど…
二次元の世界限定でお願いしたいんだが。
子供の頃の純真無垢で残酷な時代ならともかく…
三十路になろうっていう俺に、それを信じろって言っても…

ちょっと無理!

「乃亜、あのさ、君を愛してるって言ったけれど、俺は人間の君が好きなんだよ…。つうか、なんで突然人魚だなんて、とんでもねえ話をするわけ?意味わかんねえんだけど…」
「…尚吾」
「君が兄さんたちに反対されて悩んでいるのは理解できても、人魚ですって言われて…そんな御伽話みたいなことを誰が信じるって言うんだよ。俺は乃亜が好きだけど…そんなことを言われたら、乃亜が今まで俺に言ってくれたことまで信じられなくなっちまう…」
「尚吾は僕の言ってることを…信じてくれないの?」
「…冷静に考えて、乃亜が人魚だなんて、世界中の誰が信じると思う?いや、君の兄さんたちなら信じるのか?それとも人魚の話も兄さんたちに教え込まれ、本気で信じてるってことなのか?」

話しているうちの俺はどうにも腹が立って仕方が無くなっていた。
この状況が一体どういうことなのか、判断が難しく、俺はクソガキのように喚き散らしていた。

「君がどうしても人魚って言いはるのなら、ここで…俺の目の前で人魚になって見ろよ。…そんな信じれるわけもない話で、一体俺をどうしたいって言うんだ。兄貴のところに帰りたいのなら、勝手な作り話を聞かせなくても、さっさと帰ればいいじゃないか。…そうだよ、乃亜には俺が居なくても、あの変態兄貴たちがお似合いなんだろうからなっ!」

全くもってサイテーなのは俺だった。
乃亜の顔も見ずに、俺は乃亜の家から飛び出し、自宅へ逃げ帰ったのだ。
ハンドルを握っていても、涙で前も良く見えない状況だったけれど、腹立たしさと後悔と、自分の愚かさを詰り続けた。
乃亜の話が嘘であっても、それを包み込む豊かさが、俺には持てなかった。
乃亜の話を信じてやれなくても、信じるふりをして抱きしめてやる器量も俺にはなかった。

だが、俺と乃亜の関係は、嘘や誤魔化しなどを平気で笑っていられるほど、適当ではいられなくなっていたのも真実だった。

自宅へ帰り、水槽の熱帯魚に餌をやった。
魚のように泳ぐ乃亜も、想像できなくはない。
だけど、人魚であると言いはる乃亜を、これからずっと愛していけるのかと問われれば…不安になる。
俺はどこまで乃亜の言葉を信じればいい?

その夜は一睡もできず、翌日は疲れた身体に鞭打ち、仕事に行った。
乃亜のことが気にならないはずはなく、傷つけた自分の言葉と、乃亜のことが頭の中でこんがらがって、熱中症でもないのに気分が悪くなった。
上司の薦めもあり、休みを取って自宅に帰る。
着替えもせず、ソファに寝転がって天井を眺めた。

何故だが母の顔が浮かんだ。
母が語ってくれた「人魚姫」の話を思い出した。
人魚姫は…最後にはどうなるんだっけ…
…そうだ。
母が話してくれた「人魚姫」は、幾多の困難を乗り越えて王子と愛し合い、幸せに暮らしたんだ。
だが、アンデルセンの書いた「人魚姫」は、心から愛した王子には理解されなかった。そして王子を殺して人魚に戻る事も拒否した人魚姫は、自らの命を絶つことで王子への愛を貫いた。だが愛する王子はそのことすら知らずに、違う女と結ばれる。

人魚姫はなぜ幸せな結末を迎えることが出来なかったんだ?
喋れないから?王子を愛してしまったから?
…違う。
王子に愛されなかったからだ。
王子は人魚姫が好きだった。だがその愛はただ愛おしいという慰めではなかっただろうか…
なにがあろうともこの人と人生を共に歩いていきたい、などとは、本気で考えていなかった。

結局は…人魚姫の片思いだったわけだ。

だけど、人魚姫の本当の気持ちを知ったとしたら、王子は他の女を選んでいただろうか。
彼女が溺れた王子を助け、血のにじむ思いまでして人間になり、王子を慕っていたと知ったなら…。
「死なないたましい」を人魚姫に与えることが、できただろうか…

俺は…

ふと眺めていた水槽に微かな異変を感じた。
近寄ってみると、一匹のエンゼルフィッシュが、死んでいた。
静かに波打つ水の上に浮かび上がった魚と乃亜の姿が、一瞬だけ重なって見えた。


…どうして俺は…最後まで乃亜を愛してやれなかったのか。
どうして、乃亜の言葉を信じてやれなかったのだろう…

「死なないたましい」を与えなければ…
乃亜は…死んじまうかもしれないのに。



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来週はお盆休みを貰うかもしれません((人д`o)
がんばりたいけど、夏バテで…



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人魚姫 (♂) 5 - 2013.08.02 Fri

5
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尚吾と乃亜ふたり11



5、

その日は、乃亜のリハビリに付き合って一日を過ごし、夕食を食べて、自宅へ戻った。
帰り際、一人になるのが心細いのか、不安そうな顔で俺を見送る乃亜に、後ろ髪を引かれる思いもしたが、俺もしがないサラリーマンだ。
いつまでも居心地のいい楽園で過ごすわけにもいかない。

車で帰宅した頃には、夏の遅い日の入りも終わり、辺りはすっかり暗闇だった。
暗い部屋に灯りを付け、熱帯魚の魚たちに餌をやる。
気持ちよさそうに泳ぐ魚たちを眺め、俺は緊張から解かれたように大きく深呼吸をした。

乃亜をいるのは楽しいし、幸せな気分に浸れる。
乃亜はたまらなく可愛いし、これから先ずっと守っていきたいと、本気で思っている。
だけど…こうやって独りになってみると、ただ「恋」ってやつに浮かれているだけのようで、どこまで本気で乃亜を想っているのか…自分の心が、わからなくなる。

乃亜はどうだろうか…。
一度携帯へ電話を掛けたが、話し中らしく通じなかった。もしかしたら相手は兄貴かも…。
俺を諦めろと説得されているのかもしれない。
…家族としては当然だろう。

俺は家族から愛されている乃亜を、どこかで羨ましいと感じてはいないだろうか。
ゲイである俺には普通の家族…夫婦から子供が生まれ、家族が増え、子供に未来を託す…そんな幸せは望めない。だけど、男しか愛せない俺だって、父親と母親から生まれてきた。どこにでもなある普通の幸せな家族だったんだ。
母さんが死んで、父さんがこの家を去り、俺は置き去りにされた子供みたいに、寂しがっているだけじゃないのだろうか。
ただ自分の孤独を埋めたいがために、乃亜を俺のものにしようと必死になっているだけじゃないだろうか…

今まで乃亜は家族に守られて、幸せに生きてきた。それと同等の幸せを、俺は乃亜に与えてやれるだろうか…

…冷静になって考えてみれば、乃亜と出会って、まだ十日しか経ってない。会話もほどほどに、セックスが合うからと、そればかりで楽しんでいた。
それ以外の乃亜の何を知っているのかと言われれば…何も知らないようなもんだ。

ただ好きだから、一緒に居たいからって…青春まっただ中みたいにはしゃいでいるアラサーの俺は、傍から見れば、いい加減な男だと罵られても弁解すらできまい。

乃亜を取られたくない一心で、兄貴たちに対抗心を持って必死になって…

「…ったく、どんだけ自分に都合のいい奴なんだろう…」

これまでの俺の人生で、手に入らなかったものはなかったし、飽きたら都合のいい優しい言葉をかけて別れ、誰も恨む者はいない、傷つかずに別れられたと、自分を正当化させてきた。
そのくせ、本気で欲しいと思ったら、その重さに怖じ気づいている。

「俺は乃亜を幸せにできるだろうか…」

口にした「幸せ」と言う言葉に、頭を抱えた。

ふいに携帯の着信音が鳴る。乃亜からだ。

『尚吾、電話くれた?』
「ああ」
『ごめん、兄さんと話してた』
「…じゃないかと思った」

『…尚吾、元気ないね』
「乃亜こそ…」

しばらく沈黙が続いた。たぶん兄貴との話はうまくいかなかったのだろう。乃亜の声も沈みがちだった。

『あ、あのね、あれから僕、がんばって階段を何度も往復したんだ。それで怪我した足もあまり痛くなくなってきたんだ。だから今度は尚吾と一緒にどっか出かけようね』
「ああ、そうしよう…」

精一杯に俺に気を使う乃亜の健気さが、たまらなく愛おしい。
この子を守りたいと思うのに、幸せにできる自信がないなんて…とても言えない。


その夜、夢を見た。
俺の前に母親がいる。その母親が幾分神妙な顔をして、聞くんだ。
「お母さんの大事な真珠の指輪を、尚吾はどんな人に渡したの?」
俺は少しだけ後ろめたい気持ちで「とてもかわいい子だよ。母さんもきっと気に入るよ」と、言った。
「お母さんは高望みはしないわ。ただどんな子か、見てみたいの」
「そのうち紹介するよ」と、誤魔化す俺の後ろで「尚吾、尚吾、ここだよ」と、乃亜の声がする。
「尚吾、あなたの名を呼んでるわよ。もしかしたらあれに私の指輪を渡したの?あんな魚に…」
「え…?」と、俺は母親が指差す先を振り返った。
そこには俺の部屋の水槽で泳ぐ乃亜が居た。
俺は驚いて水槽に近づく。
熱帯魚と同じぐらいの大きさの乃亜は気持ちよさそうに、水槽の水の中を泳ぎ、そして顔を出す。
「尚吾、すごく気持ちいいよ。一緒に泳ごうよ」と、笑う。
「え…無理…」笑いながらも俺は、乃亜の左手にしっかりとはめられた指輪をめざとく見つけてしまった。
俺の後ろから水槽を覗いた母親は驚き「まあまあ、なんてことを。尚吾は私の大切な指輪をこんなお魚にあげたの?」と、叱った。
俺は突っ込むところはそこかい!と、呆れながら、「魚じゃなくて乃亜だよ、乃亜。魚じゃなくて人間!…男だけど」と、俺は必死に弁明する。

と、言う意味不明の夢なのだが…
これぞ、親不孝である俺の罪の賜物なんだろう。
正直、母親が俺の性癖を知らずに死んで良かったと思う事がある。
あんな顔で責められたら、俺は誰も愛せない。


週末、俺は乃亜に会いに行った。
この一週間は仕事が忙しく、乃亜とはニ度三度、電話で会話をするだけだった。
俺自身、もっと乃亜を知りたいという想いと、乃亜のすべてを受け入れる覚悟というものが欲しかったからもあり、冷静に時間と距離を置いたつもりだった。
そして、悩みぬいたあげくどんなことがあっても乃亜を守り、愛していくという決意を固め、俺は乃亜を迎えにいく覚悟で車を走らせたのだった。

乃亜の家に到着すると見かけないオートバイが止まっていた。
XR1000のハーレーだ。
すぐに乃亜の五人の兄のうちの誰かのものだろうと、思った。
もしかしたら…
怪我の治った乃亜を連れ戻すつもりかもしれない。

そう思った瞬間、俺はあわてて玄関のドアを開けた。
良く考えたら、彼らから乃亜を連れ去ろうとしているのは、俺の方だったのだが…

リビングのドアが少しだけ開き、隙間から車椅子に乗る乃亜が見えた。
足の怪我も治り、車椅子なんか使っていなかったのに、どうして…と、思ったのもつかの間、見知らぬ男の声が聞こえた。

「乃亜、いい加減にしろよ。みんなおまえのことを心配しているんだぜ。大体初めから俺は反対だったんだ。怪我の療養の為とはいえ、世間知らずのおまえをひとりにさせちまうなんて…人の目から離れているから大丈夫だからって仕方なくこんな山奥に住まわせたのに、ろくでもねえ男に食われちまうだなんて…。どうかしてる」
「尚吾はろくでもない男じゃないもん。尚吾は僕を愛してるって…ずっと守ってくれるって約束してくれたんだから」
「それが甘いんだよ。そんなセリフを簡単に言う男がマトモなわけがねえだろう。乃亜は騙されてるんだよ。とにかく早くここから出る算段をして、うちに帰るんだよ。乃亜の本当の幸せを考えているのは、俺たち以外の誰でもないんだから」
「…でも」
「乃亜、兄貴がこう言ってたぜ。おまえが幸せになれる相手を必ず見つけてやるから、戻ってきなさい、って。今までヴィンセントが嘘をついたことがあるか?」
「…ない」
「俺たちとその尚吾って奴と、乃亜はどっちを信用するんだ?」
「…」

究極の選択を押し付けられた乃亜は困り切った顔で口唇を真一文字に閉めたまま、黙り込んでしまった。
俺はこれ以上乃亜を追い詰める奴が許せなくて、ドアを開け、乃亜の元へ駆け寄った。

「尚吾!」
「乃亜、ごめん。君をひとりにして、不安にさせてしまったね」

「なんだよ。人の話を立ち聞きしていたのか?せこい奴だな」
俺は壁に寄り掛かる乃亜の兄を振り返って、その姿を見た。
乃亜から写真を見せてもらっていたからすぐにわかった。
こいつは次男のヨシュアだ。

豊かな赤毛の髪が胸のあたりまで波打ち、白人特有の薄い肌と堀の深い顔立ちで、ハーフの乃亜とは似ているところを見つけるのが難しいくらいに、外国人そのものだ。特に印象的なのはエメラルドみたいな翠色の瞳と、幾何学的模様のような両腕の青い刺青だ。意味は分からないが、その派手なタトゥーも彼の雰囲気に良くマッチして、下品な感じは全くしない。
身長も180センチある俺よりも少し高いくらいで、そのままファッション誌から抜け出したモデルと言われてもおかしくないだろう。

俺は彼の方を向き、丁寧に頭を下げた。

「ヨシュアさんですね。初めまして、瀬尾尚吾と言います。乃亜さんと真面目なおつきあいをさせていただいています」
「は?真面目につきあってるだと!良く言ってくれるなあ~。純情な弟をあっさり寝取って、自分好みの身体に躾ようとしたんだろ?なんちゅうあさましい奴だ!」

おまえがそれをいうか?と、思ったがそれ以上に外国人が流暢な日本語をしゃべっている様が、俺にはツボだったらしく、笑いがこみ上げて、思わず口の端が緩んだ。それを馬鹿にされたと思ったのか、ヨシュアは「てめえ、馬鹿にしてんのかっ!」と、俺に近寄ると俺の胸倉を掴んだ。

「ぜんぜん気に入らねえなあ。乃亜が褒めちぎるからちっとはマシだと想像してたけど、やっぱろくでもねえじゃねえか」
「ちょっと、手を離さないか。俺は乃亜の家族に手を出したくない」
「なに?」

こういっちゃなんだが、高校、大学とボクシング部だったから腕には自信がある。だからって手を出したら、益々こじれるに決まっている。
しかし、相手は本気で俺を殴りそうだった。右手の拳固に力が入っているのが見えた。
一発ぐらい仕方ない、と、俺も覚悟を決めて目を閉じた。

「駄目―ッ!尚吾に乱暴するなっ!」
乃亜の叫ぶ声に目を開けた。
車椅子から立ち上がった乃亜が、俺の胸倉を掴むヨシュアの腕を両手で払い、そのままヨシュアの胸を押し払うと、俺の胸に飛び込んできた。
「乃亜…」
俺は青ざめた顔で俺を見る乃亜がたまらなく、その身体をしっかりと抱きしめるのだ。

「尚吾、ごめんなさい。でもヨシュアを怒らないでね。僕を心配してくれてるだけなんだ」
「わかってるよ、乃亜。大丈夫、俺は何があっても君を守るって決めたんだから」

俺は乃亜がヨシュアよりも俺を選んでくれた行動に、感動していた。
これだけの事を見せられて、俺の誠意が乃亜に注がれないわけがない。

「乃亜の答えがそれならそれでしょうがない」
壁に押しやられたヨシュアだったが、あまり悔しそうな顔はしていなかった。
「でも、乃亜。おまえ足の怪我、完治していたんだな」
「あ…」
「…みんな、おまえの怪我を心配していたっていうのに、男の傍にいたいからって、俺にまで嘘をつくようになっちまったんだな。…もう乃亜をいくら説得しようとしても無駄なわけだ」
「兄さん…」
「わかったよ。今日は帰るよ。帰って家族会議だ。おまえの気持ちとそいつのこととか…一切合財全部話して、後はどうなるかわからないけれど」
「兄さん、ありがと」
「許したわけじゃない。この男を信用したわけでもない。ただ、乃亜に幸せになって欲しい。それだけだよ」
「うん」
「じゃあな、乃亜。また来るから」

上着を羽織り、ヘルメットを持ったヨシュアは部屋を出ていこうとした。乃亜はそれを追いかける。
ヨシュアは乃亜の肩を抱き、乃亜の耳元になにかを囁き、玄関へ消えていった。

乃亜はもうヨシュアを見送ろうとはしなかった。
バイクの派手なエンジン音が聞こえ、そして次第に遠ざかった。

何故だか肩を落とす乃亜を俺は後ろから抱きしめた。
突然、乃亜は泣き出した。

「尚吾、僕を抱いて。ずっと…ずっと抱きしめてて…」
泣きながら訴える乃亜の望みを、俺は何も聞かずに、与え続けた。

それが本当の愛なのだと、その時の俺は、疑わなかった。

人魚兄弟上ふたり


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え?なんかちょっと暗くなってねえ?( 〃..)


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