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2013-09

山の神 最終回 - 2013.09.27 Fri

4
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irasuto-3.jpg

その四

その朝はまだ暗かった。

次の満月でわたしは十二歳になるはずだった。
昨晩は饅頭を半分に割ったような、上弦の月だったから、あと5,6日で満月になるだろう。
その日を心待ちにして、わたしはこれまで暮らしてきた。
山の神の役目を果たし、この神社(かみやしろ)を出て、村人達のように自由に外を行き来できる。そんな日が迎えられることを、ずっと夢見ていた。
そして、スバルがわたしをさらいにくるのだ。
さらわれたわたしは、この村を出て、ずっとスバルと一緒に生きていく。

わたしは頭に描く自分の未来を、誰にも話さないでいた。
スバルの事も、この村を出ることも、その後のことだって秘密にしてきた。


わたしの朝は早い。だけど、今はまだ明るくなるのは早いから、まだ寝ていてもいいはずだ。なのに、今朝の巫(かんなぎ)は早々にわたしを起こし、冷たい水風呂に入れ、そして着替えを促すのだった。
用意された着物は、今までとは違う生成りの木綿の物だった。

「今日はどうしたのだ?何かあったのか?巫(かんなぎ)」
返事を期待したわけではないが、普段とは違う空気にわたしはきつく尋ねた。
「山の神さまは今日から、人間になられるのです」
「…ええっ?…今日?」
さすがにわたしは驚いた。
「だって、わたしが十二歳になるのは次の満月と言ってたじゃないか。まだ満月には日があるぞ」
「…次の山の神さまが今日こちらへお着きになられるのです。あなたさまの山の神としての役目は終わられたのです。御勤め、ご苦労さまでございました」
巫は頭を床に擦り付け、なんどもお辞儀を繰り返す。
「…そうか。わたしは今日でお役御免…と、いうわけなのか…」
なんとも寂しい気分になったが、すぐに気持ちを切り替えた。
自由になるのが、少し早くなっただけじゃないか。
スバルが来るには少し日があるけれど、それまでこの村で待てばいい。
この社(やしろ)には居られなくても、どこか…隅の方には住まわせてくれるだろう。

わたしは用意された粗末な着物に手を通した。
「合わせが逆でございます。あなたさまはもう山の神ではないのだから、襟合わせも私どもと同じように左前になるのでございますよ」
「ああ、そうか…わかった」
人間の生活に慣れるまでは、色々と戸惑うことも多いことだろう。余程の覚悟をしなくては。

巫の言うとおりに上着と袴を整えたわたしは、今度は座るように言われた。
巫は、腰まで長く垂れたわたしの髪にハサミを入れ、勢いよく切ってしまうのだった。
社から覗く村人の子供と同じように、私の髪はなんともだらしなく、短くなってしまった。
床に落ちたわたしの長い髪のかたまりが、少しさみし気に見えて仕方がない。

それからわたし用意された朝の膳の前に座った。
「…」
御膳にはおもゆが注がれた椀だけがある。

「これは?」
「山の神が人になられる際の禊でございます。それをお飲みになった時、山の神さまは下界に参られるのです」
「…」

なんだろう…。
めちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど。
これを口にしたら…
…もう、日の目を見れない…みたいな…感じ…

うわ…どうしよう。
わかっちゃった。
巫の考えてること…
見えちゃったじゃないか…

このおもゆを飲んだらわたしは眠っちゃって…それで…それで…埋められちゃう…
ええ~っ!って、それって…人柱?…人身御供?
やだっ!絶対やだよお~。
でもここで騒いだら、きっと次の間に控えている神官たちがわたしを捕まえて、無理矢理でも飲ませて…
うわ…先が見えるから怖いよお…
スバル…どうしよう…スバル。

…あ、そういや、スバルが言ってたな。
今までの山の神も、十二歳になってからの居場所がわからないって。
…そう言うことなのか?…マジで?

わたしは…殺されてしまうのか?マジで?


「どうなさいました?早くその椀を飲み干されませ」
「巫(かんなぎ)…」
「…なんでございましょうか?」
「わたしの…最後の問いに答えてくれ」
「…」
「わたしは、良き山の神であったか?」
巫はしばらく黙り、そして言った。
「申し分のない山神さまでございました」
「ならば、わたしを最後に生贄にするのは止めるように取り計らってくれないか?」
「…」
「これまでの掟を変えることの難しさはわかるつもりだ。だからわたしが今まで通りに人柱…になるのは仕方ない。けれど、次の山の神が12になるまでには、まだ年月がある。それまでには考え直せ。山の神が背負うた月日を想うて、どうか、その後は人としての豊かな暮らしをさせてあげて欲しい」
「…」
「いいかっ!神官たちもよくよくわたしの想いを受け取るように…頼む!」
そこまでと言うと、わたしはお碗のおもゆを一気に飲み干した。
すぐさま眠気に襲われたわたしは、その場に横になり眠り込んだのだ。



目が覚めた時、どこに居るのかまったくわからなかった。
なにしろ辺りが灯りの無い夜道よりも真っ暗闇で、手を伸ばそうとしても壁のようなものに阻まれ、伸ばせず、身体を起き上がらせることもできないのだ。
どうやら狭い木の箱…棺とか?…なにかに押し込められ、埋められたらしい。
木の匂いに混じって土の匂いがする。

…まあ、予想通り、人柱になったわたしはこのまま…閉じ込められたまま、死んでしまうんだろうけれど…
なんというか…くやしいなあ。
巫や神官たちの気持ちはわかるけれど、わたしだって、もっと生きていたいのにさ。

…スバル、どうしてるかなあ。
…満月はまだだから、わたしがこんな目にあっているなんて、知らないんだろうなあ。
…わたしが居なくなったと知ったら…悲しむだろうか…
…約束守れなくて、怒っちゃうかな…

…最後にスバルと会って話したかったなあ…

なんだか息苦しくなって、わたしはハアハアと大きく息を吐いた。
涙が溢れ、止まらなくなった。

違う!
わたしはこんな風に死にたくない。
こんなところで死ぬなんて、絶対、絶対…嫌だ!

そうだ。
わたしはスバルと約束した。
一緒に旅をすると。一緒に生きていくと…

もうわたしは山の神ではない。
人間なのだ。
ならば、わたしは…

「スバルっ!スバルっ!わたしはここだっ!ここにいるっ!」
わたしは両手の拳で、力の限り閉じ込められた板を叩き、叫んだ。

「スバルっ!わたしをさらいに来いっ!わたしは…死にたくないっ!わたしは…スバルと一緒に生きたいんだっ!」

息が苦しくて、意識が薄らいでいく。
それでもわたしはスバルの名を呼び、板を叩き続けた。

「…かみ…山の神」
頭のどこかでスバルの声が聞こえた気がした。
「しっかりして…」
気が遠くなりそうになりながら、わたしは涙でぼやけた目を開けた。
真っ暗闇の空間なのに、なぜか目の前にふたつの手が見えた。
「引っ張り上げるから、この手を掴んで」

引っ張るって…この狭い箱の中からどうやって?と、思わないわけでもなかったが、そもそも、両手が浮かび上がっていること自体、変だ。
つまり非常識。
だけどスバルは魔法使いだから、非常識もあり得るかも、知れない。
と、いうか、今のわたしの状態こそ、非常識って言うんじゃないか?

そんな思いを巡らせながら、わたしはスバルの手を掴んだ。
浮かび上がった両手は幻ではなく、前に繋いだスバルの手の感触そのままだった。

わたしは壁にぶつかることもなく、何の痛みも感じないままに、スバルの手に引っ張られ、土の下から引きずり出されたのだった。

「スバル!」
「大丈夫だったかい?遅くなってごめんね。まさかこんなことになっているなんて…思いもしなかったから」
「スバルっ…うう…」
わたしは外聞も無く、スバルに抱きつき、わんわんと泣きじゃくってしまった。

「…怖かっただろう。もう、大丈夫だ。君をひとりにしないからね」
「…うん」

スバルはわたしの汚れた顔を自分の服の袖で拭いてくれた。
「ここは…社の中だね?」
スバルから尋ねられ、わたしは辺りを見回した。
確かにさっきまでわたしが居た神社(かみやしろ)の祈り場だった。

「今までもこの真下に山の神…人柱を埋めていたんだね。…この村を守る為だろうけれど、あまり褒められたものじゃないな」
口では軽い言い方をしているけれど、スバルは完璧に怒っている。
「どうする?山の神」
「なにを?」
「君をこんな目に合わせた連中をさ。今の僕は君を守る魔法使いだ。君が望むなら、君を埋めた連中を、同じ目に…それ以上の目にやり返すことも、できるんだけどね」
「…スバル、ありがとう。でも、いいんだ」
「え?」
「わたしは、巫たちに人柱として生贄に差し出すのはわたしで最後にして欲しいと頼んだ。それを守ってくれるのなら…彼らを許してやろう」
「…それでいいのかい?」
「うん。わたしにはスバルが居る。それでいい」
「わかった。ではこんな処からさっさとおさらばしよう。さあ、僕にしっかりしがみついているんだよ」
「うん」

わたしはスバルの身体にすがりついた。
スバルの右手から丸い鏡のような物が天上に上げられ、それがクルクルと回った。
すぐに白く発光した帯が、わたしとスバルを照らした。
わたしとスバルの身体は、静かに浮かび上がり、クルクルと回る鏡の中へ引きこまれて行った。


赤く染まった夕焼けの空に、カラスが鳴きながら、山へ帰って行く。
あの山はわたしが守ってきた山だ。
だからあのカラスもわたしの大事な守る者だったわけだ。

「思っていたよりも…なんだか小さな山だったんだね。あんな形をしていたのか…」

スバルの魔法の力で、わたしとスバルは神社(かみやしろ)のある山からずっと離れた里に降り立った。

「ここから去るのが寂しくなったかい?」
「ううん。そうじゃない。わたしはあの山を…あの村の人々を今まで守っていたんだと思っていたけれど…本当は、わたしが守られていたのかもしれない…って。だから、ありがとうと、お礼を言いたいだけだ」
「…山の神…君は…本当にすばらしい神さまだったんだね」
「そうか?」
「これから君を守って行けるかどうか…不安になってしまうぐらいね」
「スバルがわたしを助けたんだ。スバルにはわたしを守る責任がある。それはまたスバルを守ることにもなる…そういうことだ」
「そうだね」
「ひとつ気になることがある」
「なに?」
「何年か経って…わたしを埋めた箱になにも入っていなかったら…巫たちはどう思うだろうか」
「…それこそ、神隠し、と言うわけだ」
「そうか!わたしはスバルにさらわれたのだから、そうなるのだな。しかし…わたしはもう山の神ではないぞ」
「そうだったね。じゃあ、これから君を何と呼べばいい?…名前は考えたかい?」
「うん」

わたしは足元の土の道に、拾った木の枝で、わたしの考えた名前を書いた。

「山の神として生きてきたという証を誇りにして…山野神也(やまのしんや)と名付けた。それがわたしの名前だ!どうだろうか?」
「…シンヤ…。そう…そうか。君は山野神也…くんか。…うん、とても…とても良い名前だ」
「ホント?」
「ああ、本当だよ。…ありがとう、伸弥さん…」
「ん?どうかしたか?スバル」
「いいや。じゃあ、行こうか、神也くん」
「うん、行こう!」

差し出したスバルの手を繋ぎ、わたしはスバルとあの山を背に夕暮れの道を歩いていくのだった。

山の神として生きた過去は良き思い出に、そして、これから始まる未来に胸を躍らせて。



山の神 終



その三へ


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山の神 その三 - 2013.09.21 Sat

3
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山の神スバルと

山の神 その三

一年が過ぎた。
秋祭が近づき、夜の月が満月になる頃、スバルは約束通り、わたしに会いに来てくれた。

シンと静かな暗闇の庭。玉垣の向こうに仄かな灯りが見えたのだ。
数日前から、スバルを待っていたわたしは急いで縁から降り、その灯りを目指して走った。

「スバル!」
手に灯りを持ったスバルが立っていた。
「やあ、山の神、一年ぶりだね。元気かい?」
「うん、元気だ!」
「そこから抜け出す気になった?」
「うん、今夜は大丈夫だ!」
わたしはスバルの手を借りて、玉垣をよじ昇り、前と同じようにスバルの手を繋いだまま、あの丘へ歩いた。

「今日は美味しいスープを作って来たんだ」
「すーぷ?」
「そう、コーンスープと言ってね。とうもろこしを潰してミルクと混ぜたものだよ」
「とうもろこし!知っている。黄色いつぶつぶが一杯ついた野菜だ。ミルクは…牛乳とも言うやつだな」
「これは驚いたな。一年の間に、山の神はずいぶん物知りになったんだね」
「うん。スバルがわたしにくれた本と辞書で文字を勉強して、巫(かんなぎ)に命じて、本をもらって、色々と読むようになった。特に食べ物の本はわかりやすくて好きだ。果物や野菜はおいしそうだしな。しかし、人間は牛や豚や鶏なども食べるらしいな。わたしは生き物は口にできないけれど、美味しいのか?」
「味を調えれば、なんでも美味しいけれど…肉を食べる神さまはあまり聞いたころがないから、山の神が食べられなくても仕方ないと言ったところかな」
「そうか…。興味はあるのだが…。まあ、山の神でなくなったら、いつか肉とやらも食べてみたいものだ」

スバルのくれた餡パンもコーンスープも美味しかった。
再びコーヒーにも挑戦したけれど、やはり苦くて全部は飲めなかった。
「スバルのような大人になったら、このコーヒーという苦い飲み物も美味しく感じるのだろうか?」
「そうだね。でも…山の神には、苦いと感じる今も忘れないで欲しい…と、思ったりもするけれど…ね」

そう言ってわたしを見るスバルは、どことなく寂しそうな顔をする。
なぜそんな顔をするのか、聞いてみたかったけれど、やめにした。大人になれば、それも理解できるかもしれない。
今のわたしは、スバルの全部を理解できるほど、利口ではないのだ。

「スバル。頼みがあるのだが、聞いてくれるか?」
「どんなことだい?」
小さくなった焚き木に木の枝をくべるスバルに、わたしは立ち上がって礼を正した。

「わたしはもうすぐ十一になる。来年の今頃は十二になる頃だ」
「そうだね」
「山の神は十二歳になったら、人間に戻れるそうだ。巫がそう言った」
「…」
「だから、人間になったら、スバルにわたしをさらって欲しいのだ。初めに会った時、わたしをさらいに来たと言っただろう?わたしが十二歳になって山の神じゃなくなったら、スバルに誘拐されたいのだ。そしてスバルと一緒に生きてみたいのだ」
「…その意味がわかっている?君はこの山…村を捨てるということだよ」
「わかっている。…山の神でなくなるということは、わたしはもうこの村には必要ないということなのだ。だからわたしは十二歳になったら自由な人間になれる」
「ねえ…君が山の神じゃなくなったら、誰が山の神になるんだい?」
「それは知らないけれど…たぶんとても幼い…誰かがわたしの代わりをするのだろう。わたしも山の神になった時のことは覚えておらぬほどに幼かったのだ。きっと次の山の神もまた幼い子供であろう」
「君は…それをどうも思わないのかい?君が育ったあの空間は、君にとって居心地が良かったかい?」
「…」

わたしはスバルが何を言いたいのかがわからなかった。

「良いとか悪いじゃない。わたしはこの村に山の神として必要だったのだ。居心地が良くなかろうと、神社(かむやしろ)で生きる事しか許されなかった。それが間違いだとは思いたくはない」
「山の神。怒らないで聞いてくれ。君のこれまでの生活は世間的に見たら、とても困惑してしまうことなんだ」
「こんわく?」
「そうだ。この世界の子供たちは…君ぐらいの子供なら、学校という社会で生きる為に必要なことや、生活していく知恵を学ぶ年頃だ。監禁とまではいかないだろうが、山の神と仰ぎ、無垢なままに育ち、話す相手や友達も与えず、社に縛り付けたまま成長した君を…今の生活に慣れた君を、いきなり自由にしてしまうこの村のシステムは異常だと言わざるを得ない。君は何も知らないだろうけれど…今までの山の神でなくなった後の子供たち…つまり十二歳になった子供の行方は…はっきりしていない。…行方不明なんだ。だから君のことも心配している」
「…」
スバルの話に、今度はわたしの方が困惑してしまう。

「だけど、今の君を見ていると、一概にこの村や神社の人々を責める気にはなれない。君はとても素直でいい子だからね。きっとこの山や村が君をこんなに豊かに育ててくれたのだろう。だから、僕は迷ってしまう。君をここからさらってしまうことが本当に君にとって正しいことなのか…」
「わたしは…スバルの言うことがよく理解できない。それはわたしが子供だからか?…わたしはこれまでのわたしを否定しようとは思わない。普通と違っていても、わたしは不幸ではない。そしてこれからも、わたしは少しも迷わないと思う。スバルと一緒に居たいと思うのは、人間としてのわたしの意志だ。だから…十二になって山の神ではなくなったら、わたしを迎えに来て欲しい」
「…」

スバルはしばらく考えた後、わたしの前で跪き、わたしの手を取った。
「約束するよ、山の神。来年、中秋の満月が沈んだら、僕は君を迎えに来る」
「うん、約束だ、スバル。絶対に絶対だ」
「約束のくちづけをしてもいいかい?」
「うん」

二度目のスバルとのくちづけは…とてもドキドキした。
身体が熱くなって、頭が真っ白になった。よろけたわたしは、スバルに抱き寄せられ、そのままずっと抱きしめられていた。
わたしは「夢のようだ」と言った。
スバルは笑った。
「それは僕の方だよ。君はまるで…天から舞い降りた清らかな神さまのようだね」
「そりゃそうだ。だってわたしは「山の神」だもの」
「そうだったね…では、これ以上君を刺激するのは止めにしよう。かわいい君を抱きしめていると、僕も混乱してしまうかもしれないからね」
「わたしはかわいいのか?」
「欲望を押し付けたいほどに、とてもね」
「その欲望とやらは…くちづけよりも甘いのか?」
「そうだね…。相手によるよ。それは山の神が人間になった時にでも、教えてあげよう」
「うん、絶対だ」
「…」
わたしの言葉にスバルは返事をせず、ふふと笑った。

それから朝方までわたしとスバルは星を見ながら話し込んでいた。
今度はわたしは眠ることもなく、スバルといる時間を大切に過ごすことが出来た。

帰り際、スバルと歩きながら、わたしは尋ねた。
「スバルは何故ここに来た?何故わたしをここから出してくれようとする?」
「今は…すべてを君には言えないけれど、僕はある使命を受けて旅をしている。君みたいな子を探す旅だ」
「わたしみたいな?」
「…誰にも言っちゃいけないよ、山の神」
「うん。どうせわたしには話す相手がいない」
「はは、そうだったな…。実は僕は魔法使いだ」
「まほう…つかい?」
「そう、大事な人を守る為に、特別な力を持った人間だよ。この力はね、人を守る為に使うべきものなんだけど、それはこの世界を守ることにもなるんだ。だから僕は…旅をして守るべきものを探している」
「わたしは守るべきものであったのか?」
「…そうだよ。その為に僕はここに来たんだから」
「そうか…」

喜びに胸が鳴った。
スバルがわたしを見つけてくれたことは、特別なことなのだ。
わたしは、嬉しくてなんども小さく飛び跳ねて歩いた。

別れ際、わたしは何度もスバルの名を呼んだ。
このままスバルと別れるのが、悲しくて、怖くて、たまらなくなった。
それでも昨年のように泣かなかったのは、少しは大人になったからだろうか。

「山の神の本当の名前、人としての名前はあるのかい?」
「ううん…ない。わたしは『山の神』以外の名前で呼ばれたことがない」
「じゃあ、新しい名前を考えなきゃね。君が神では無くなった時に、僕が君を呼ぶ言葉だ」
「そうか…そうだな!」

スバルがわたしを呼んでくれる名前…山の神ではない人としての…
なんて素晴らしいのだろう…。

わたしは嬉しくて仕方なかった。だから社から立ち去るスバルを、笑って見送ることができた。

わたしのこれからの一年間は、「山の神」として務めをこなすことと、人として呼ばれる「名前」を考えることに費やされるのだ。

スバルになんて呼ばれるのが相応しいのだろう…
スバルはわたしを何と呼びたいのだろう…
そのことを考えるだけで、わたしの胸が躍った。

ある本を読んでわたしの感情を言葉にできる単語を見つけた。

相手を想うだけで、口元が緩み、胸がきゅんと締めつけられ、心が舞い踊る気持ちに初めて出会うこと。

それを「初恋」と言う。



その二へ /最終回

マジで終わらんかった~((人д`o)
次は絶対…(震え声…)


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山の神 その二 - 2013.09.13 Fri

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山ノ神5


山の神 その二

その夜、わたしはスバルという旅人とひとつの寝袋の中で、夜空に瞬く星空を眺めた。
スバルはひとつひとつ指を差し、わたしにたくさんの星の名前を教えてくれた。
今まで知らなかった何かを識ることが、こんなにも胸踊り、よろこびに満ち溢れるものなのか…と、わたしは興奮し続けながらスバルの話を聞いていた。
だが、わたしはいつのまにか眠ってしまったらしい。

…スバルに起こされたわたしはまどろみながら、社(やしろ)に戻る道を歩いた。
不思議なことに、どこに帰るのかを言わなくても、スバルは道を違えることなく、わたしを社まで送り届けてくれたのだ。
壊れた玉垣の入り口に着いた頃、ちょうど辺りは白み始めた。
社に戻った私は、玉垣の向こうでわたしに手を振るスバルを見つめた。
わたしの胸がきゅうと締め付けられるように、痛んだ。

わたしは…「山の神」に戻ったはずなのに、スバルと離れるのが寂しくて、たまらないのだ。

「スバル…」
わたしは彼の名前を呼んだ。
「なんだい?」
「また…会ってくれるか?」
「…ああ、もちろん。今夜もあの場所に居るつもりだから」
「ホント?」
「うん。だからそこから上手く抜け出しておいで。美味しいクッキーとお茶を用意するよ。それに君の知りたいことを、たくさん教えよう」
「…」
ああ、なんということだろう。
さっきまでの胸の痛みは、よろこびではちきれそうにドキドキしている。

山の神は自分の欲求など持ってはならぬ存在だと、言われ続けた。それなのに、わたしはわたしの好奇心に逆らう術を持てない。
まだ明けてもいない一日の始まりに、こんなに夜が来るのを願ってしまうのだ。

そんな自分が恥ずかしくなって、スバルに背を向け、急いで部屋に帰った。
汚れた足を拭き、寝衣を整え、しんとした寝室の寝台へ潜り込んだ。

朝が来て、巫(かんなぎ)がわたしを起こしに来た。
わたしはすでに着替えを整えていた。
これは今日に限ったことではない。
顔を洗い、朝餉を終え、いつもと変わらず、御勤めのために神社(かむやしろ)へ参る。
その途中、わたしは巫に自分の歳を問うた。
今夜、スバルにどうしてもこれだけは答えたいと思ったからだ。
案の定、巫は聞こえないふりをして、わたしの質問に答えなかった。
わたしは大声で怒鳴った。
小川を架かる橋の上だったから、他の神官にも聞こえたに違いない。

「自分の歳すらわからぬ者など、この世にいるのか?…まだ話せぬ赤子ぐらいだろう。自分の歳を識ることは、わたしが穢れると言うことなのか?それならばわたしは山の神として、それを正せばならない」
わたしの剣幕に動じたのだろうか。巫は小さな声で「山神さまは今度の満月で、十におなりでございます」と、言った。

…そうか、わたしは十歳。
この世に生まれて、十年の歳月を生きているのか…
それは新たなる実感だった。

御簾越しの格子戸から見る参拝する村人たちの顔が、何故だか昨日までと違って見える。
彼らの息遣いが、より鮮明に聞こえる気がした。
村人たちの願いや願いが叶った喜び、わたしを敬う心…そんな感情が、心地良く感じた。

わたしは変わったのだろうか?
自分の歳を知った所為?
それとも、スバルの所為なのだろうか…
わたしはもっと色々なことを知りたい。
スバルに教えてもらいたい。

その夜、わたしは社を抜け出した。
破れた玉垣は直されていたけれど、わたしは祭事に使う小刀で縄を解き、わたし一人が抜け出せる様に仕込み、そのまま昨日歩いた道を走った。
スバルに早く会いたかった。
わたしの歳を教えたかった。
今日見た村人たちの様子を話したかった。
なによりもスバルと一緒に寝転んで、スバルのあたたかい腕に抱かれたかった。

「スバルっ!」
昨日と同じ丘でスバルの姿を見つけた時、うれしさのあまり涙が出た。
それを見たスバルは笑った。
「どうして涙が出るのだろう?」と、わたしは訪ねた。
「山の神がとても純粋な人間の感情を持っているからだよ」と、彼は言った。
「そうか!わたしは生まれたばかりの赤子と同じなのだな」
「そうだね。新たなる君はこの世界を識る喜びを味わい続けることができるんだ」
そう言ってスバルは両腕でわたしを抱きあげた。
わたしは驚いた。
幼い頃ならまだしも、わたしは人に抱かれたことはなかった。

「空の星を見てごらん。少し近づいた気がしないかい?」
「うん、この手が届きそうに近い!」
「僕にも君にも、この星の数と同じくらい、知らない事は無数にあるんだ。だから…少しでも伸ばした手が近づくように、僕らは色々なことを学んでいくんだよ」
星を眺めるスバルの横顔に…わたしは見惚れた。

「スバルの顔って…キレイだね」
わたしの言葉にスバルはキョトンとした顔をした。
「はは…顔を褒められたのは初めてかも。褒めてくれるのは嬉しいけど…。君はまだ生まれたての山の神だから仕方ないね。世界には綺麗なものが沢山あるよ。もちろん僕よりも綺麗な人も山ほどね」
「…」
スバルよりもキレイな人がいるとは、信じられなかった。

スバルはわたしを降ろすと、あたためたミルクティーとナッツ入れのクッキーというお菓子をくれた。
どれも美味しかったけれど、スバルが傍にいて、色んな話をしてくれることが、何よりも楽しかった。

「スバル、わたしは今度の満月が来たら十歳になるそうだ」
「そうか、山の神は十歳になるのか…。」
「わたしは今まで知らなかった十年分の知識を知らなければならない。スバル、それをわたしに教えてくれないか?」
「…」
スバルは腕を組んで考え込んだ。
しばらくして、スバルはリュックから何冊かの本をわたしに差し出した。

「君はまだ本を読んだことがないと言ったね」
「うん」
「じゃあ、まず文字を覚えて、色んな本を読めるようにならなきゃならない。この世の中には色んな世界があり国があり、言葉も文字も多様にあるんだ。すべてを知ることは大変だけど、最初は住んでいるこの土地の言葉を文字にして読む必要がある。君はそれを学ばなきゃならないよ。この本で、文字を学び、そしてこちらの辞書でわからないことがあったら、調べて学ぶんだ」
「…スバルが教えてはくれないのか?」
「僕は僕のやらなくちゃならないことが、沢山あるからね」
「…わたしの傍にいてはくれない…ってことなのだな…」
わたしはとても悲しくなった。
またひとりぼっちになるのかと思うと、スバルに出会ったことは間違っていたのかもしれない…と、思った。

「巫(かんなぎ)の言うとおり…わたしはなにも知らないままに生きる方が…正しい生き方なのかもしれん。わたしは…唯一の『山の神』でしかないのだな…」
「…じゃあ、僕と一緒に来る?君が望むように僕はずっと君の傍に居て、君の知らないことを教えよう。そして君は今から自由だ」
「え?…スバルと一緒に?この村から…わたしを?」
「最初に言ったよ。僕は誘拐犯だって。君が望めば、『山の神』の君を奪い去り、今すぐに君をこの場所から、好きな場所、行きたい土地へ、連れ去ってあげられるよ。…どうする?」
「…」

スバルと一緒に…この山郷から離れ、もう村人の願いも聴く必要も無く、山の神の役目もすべて捨てて、自由に生きていくことができる…。

そんなこと…そんなことが…

本当にできるのなら…

わたしは…



翌日、わたしは熱を出した。
巫(かんなぎ)はあわてて御用医者を呼んでわたしの容体を診た。
わたしは軽い風邪を引いたらしい

「今日明日は、御勤めはお休みにいたしましょう。ゆっくりと御身体をご養生ください」
何も知らぬ巫は、甲斐甲斐しくわたしを看病した。
わたしは目を閉じ、昨夜のことを思った。

わたしは…スバルの申し出を断った。
この土地を捨て、山の神を捨て、色々なものを見たり、学んだりしたかった。
なにより、スバルと一緒にずっといたかった。
だけど、わたしには出来なかった。
わたしが今、ここを抜けだしたら…
「山の神」がこの村から居なくなったら、村人たちは一体何に祈ったらいい。
彼らの思いがある限り「山の神」はここに居なければならない。
わたしは…わたしの役目を放り出すわけにはいかない。

だけど、わたしは迷って…スバルの誘いを断るのが辛くて、泣いてしまったのだ。
スバルはわたしを慰めた。

「君はとても立派な『山の神』さまだ。僕は君を尊敬するよ。君の責任の強さは君を支えることができる。ね、また来るよ。来年、必ず…君に会いに来る」
「ほん…とう?」
「ああ、本当さ。僕は君がとても気に入ったんだ。だから君がその気になるまで、何度でも君を誘いに来よう」
「…」
「そして、君が『山の神』を辞めたいと思った時、君をさらいに来ようね。それまで元気でいてね、山の神」
「スバル…」

スバルはわたしを抱き、わたしの口唇にくちづけた。
コーヒーの苦い残り香が、わたしの口の中に広がったけれど、それは段々と甘い味に変わり、わたしは忘れることができなくなった。

「スバル、大好きだ」
わたしは泣いていた。
「僕もだよ、山の神…」

もっといい呼び名で、呼んで欲しいと…わたしは自分の名を恨んだ。


その一へ /その三へ


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山の神 その一 - 2013.09.06 Fri

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山ノ神1


神社(かむやしろ)の御簾の向こう側の格子戸から眺める景色は、いつも同じだった。
手を合わせ、懸命に祈る村人の祈りは、わたしを驚かせたり、笑わせたり、困らせたりしながらも、尊いものにした。
村人たちは、わたしを崇め、こう呼んだ。

「山の神さま」と…


     山の神  前編


社(やしろ)の前で幼い姉妹が懸命に祈りを捧げている。
「ねえ、姉さま。山の神さまってほんとうにこの祠にいらっしゃるの?」
「もちろんよ。ほら、格子の間からよく見てごらんなさい。淡い光の影がゆらゆらと見えるでしょ?あれが『山の神さま』よ」
「ふ~ん、…よくわかんないけど…山の神さま、早くお母さんの病気が良くなりますように…おねがいいたしますっ!」
幼い姉妹たちの姿は健気で美しかったけれど、願いは叶えられそうもなかった。あの子らの母の病は、わたしではどうにもならない。
山の神とて、万能ではないから…

夕刻が近づき、境内の鐘がひとつ響くと、巫(かんなぎ)がわたしを迎えに来る。
今日の御勤めは終わりだ。

山の神だけに許された社(やしろ)の扉から出て、小川に架けられた回廊を渡った先が、わたしの住まい処だ。
ここは許された僅かな世話人だけしか行き来できない神聖な場所だ。

わたしの記憶の許す限りに置いて、わたしはこの場所から出たことはない。
何時の頃からか「山の神」「山神さま」と、呼ばれ、「人」とは違う神聖な神さまだと崇められてきた。

この地域はほどほどに金が取れる山がある。だから、わたしの着る衣は金糸が多く使われ、重い。重いから動きにくく、疲れる。
巫(かんなぎ)に文句を言っても、頭を下げるだけで、応えない。
文句だけではなく、疑問や質問にもほとんど応えることはない。
と、言うか、ほとんど喋ってはくれない。
人間が山の神に言葉を吐いては、穢れると言うことらしい。
呆れたものだ。

呆れたものだが、わたしにはどうすることもできない。役目を果たすために、わたしはここに居るわけなのだから、皆が申す「山の神」として、生き続けるしかないわけだ。

本殿(わたしの住処)にはいくつかの部屋があったが、どれも簡素で慎ましく同じようなもので、目移りするものもない。
本殿を囲む庭は広く、走り回るのには良いが、ひとりで居るのはつまらない。
鞠付きなどして、隅で控える巫(かんなぎ)に、「一緒に鞠付きをしないか?」と、誘ってみるけれど、頭を下げるだけで、相手にならない。
仕方ないからこの庭からの逃亡を試みるが、玉垣が張り巡らされ、その向こうの鎮守の森の鬱蒼とした闇に足を踏み入れる勇気などない。

食事は朝と夕の二度。巫(かんなぎ)が運んだ御膳を頂く。
巫(かんなぎ)はわたしのお目付け役らしく、わたしと話したりすることはないが、わたしの具合が悪かったり、怪我をしたりすると、血相を変えて世話をする。
もちろんひたすら黙り込んで、である…。
余計喋らせたくて、色々と話を試みるが、巫(かんなぎ)は困った顔をして、指を口元に置く。
巫(かんなぎ)は、見た目から言えばかなりの年寄りのおばあさんだが、わたしには人間でいう母親のような存在ではないだろうか。


夏が暑かった所為か、村の作物の実りも、いつもの年よりも少なかったが餓える程ではない。水不足にも悩まされたが、不思議と皆がわたしに祈りを捧げると、天の恵みが降ってきた。
天気が好転すると、皆は、わたしのおかげだと、多くの貢物を捧げた。
勿論、わたしがそれを手にすることなどはない。

山の神は、なにかを欲しがったり、羨んだりしてはいけない神聖な存在なのだ。

と、言うか…皆は山の神であるわたしのおかげで、この村が守られていると言うが、天の気を変えられる何かを、わたしが持っているとは到底思えない。
天気と言うのは晴れたり、曇ったりするのが自然だろう。
言うなれば、良いも悪いも、おてんとうさま次第…なのじゃないのかな…

「山の神」と、讃えられても、わたしはちっとも嬉しいわけでもなく、社(やしろ)の神座に座って(たまに寝たりして)、拝殿で祈る人々を眺めていると、あっちの側に行って、好きな人と楽しそうに喋ったり、笑ったり、ケンカしたりしたいなあ~と、思う。
むしろ、そういう皆の様子を伺うことで、わたしは楽しませてもらっている気がする。

そういうわけで、わたしは世間から隔離された、ただの無知な者なのだ。


夜が長いのは辛い。
明るいうちに夕餉を頂き、湯に浸かり、寝衣を着て、暗くなる前に、寝台に就く。
わたしが寝るまでは、部屋の隅で巫(かんなぎ)が番をしているが、寝付いたのを確認すると、去っていく。
巫の存在には慣れてはいたが、時にはうっとうしくなる。さっさと居なくなって欲しい時はタヌキ寝入りをする。そして、やっとひとりになれる。

秋奉が近くなると、虫の声が一段と鳴り響く。
しかし、あれらの虫がどのようなものなのか、わたしは知らない。
巫はなにを聞いても教えてはくれない。
「山神さまがここにおられることが万事泰平なのです。なにも疑問に思うことはありません」と、言う。

わたしは寝台から降り、草履を履いて庭へ出た。
何日か前に嵐が通った時、玉垣の一部分が壊れた。うまく繋ぎを解けば、外へ出られるような気がした。

なんというか…山の神がこんなことを考えてはいけないのだが、一度だけでいいから、外へ行ってみたかった。
何日かすれば、壊れた玉垣も直されてしまうだろう。その前に、どうしても外へ出たかったのだ。
長い髪が枝に絡まないように、頭巾を被り、壊れた玉垣の隙間に身体をねじ込ませ、なんとか神社の外へ出ることができた。

月は半分よりももっと丸く、月光が夜の鎮守の森を照らし、思っていたより怖いものではなかった。
どこに繋がるかは知らなかったが、月の木漏れ日が描く足元の淡くぼやっとした光を追って、歩いた。

わたしは嬉しかった。何故だか涙が滲んだ。
神社(かむやしろ)を出たわたしは、もう「山の神」ではなく、ただの人間なのだ、と感じた。
明日になれば、また「山の神」に戻らなければならないだろう。
だから、この夜だけは、「山の神」以外の存在になりたい。
歩くのに慣れない足が少し痛んだが、気分は晴れやかだった。

そうしているうちに、どこからか、低い音色が聞こえてきた。
夜鳥の鳴き声だろうか…聞いたことも無い音色だ。

わたしは気になって、その音のする方へ走って行った。
息が切れるほど走ったところは、少しだけ開けた丘になっていた。

木の根っこに座った人影が居た。
音色が止まった。

その人影がこちらを向き、「こんばんは。君も月の光に導かれたのかな?」と、言った。
その声の韻は、普段聞く村人とは少しだけ違って聞こえたが、とてもあたたかかった。

わたしは黙ってその人の方へ近づいた。
暗い影になっていた人は、月の光に照らしだされるように向きを変えた。

見る限り、普通の男の人だった。
恰好は村人とは違っていたが、たまに神社に参拝する旅人と、あまり変わらない。

男は立ち上がり、小さくなった焚き木に木の枝をくべた。

「こっちにおいでよ。あったかいコーヒーがあるよ」
「…こ…ひ?」
「飲み物だよ。君はまだ子供だから、ミルクと砂糖を入れて甘くしてあげる」
「…」

警戒は、しなかった。
わたしはその男に薦められるまま、甘く香りの良い「コーヒー」と言う飲み物を飲んだ。

…甘かったけれど、なんとも苦くて半分も飲めなかった。
その男は笑い、「まだコーヒーは無理みたいだね。じゃあ、こちらのココアをお飲み」と、違う器を差し出した。
わたしは口の中の苦みから逃げ出したくて、その「ココア」という飲み物を飲んだ。

「おいしい…」思わず声が出た。
こんなに美味しいものを味わったのは、生まれて初めてだった。
「良かった。口に合ったみたいだね」
「…」

身体があったまったからか、色々な疑問が瞬く間に頭によぎった。それを口にしてもいいかわからなかったが、今、私は「山の神」ではないのだから、きっといいのだろう。
「お、おまえの鳴く声が聞こえた。一体なんの音だったのだ」
「ああ、これ?オカリナっていう楽器だよ。ここを吹くと音がなる。それを繋ぎ合わせるとメロディを奏でる」
「…メロディ?」
「吹いてみる?」
「いや、今はよい。それより…おまえはここでなにをしているのだ。ここは神聖なる山の神の鎮守の森だ。神官ならまだしも、その姿は…旅人だな?ならば、この地に留まる事は神官の許しがあってか」
「ないよ」
「…そ、それじゃあ、おまえは悪い人間なのか」
「そう…、実は僕、人さらいなんだ。君みたいな可愛い子供を誘拐してね。ほら、たまに聞くだろ?神隠し…ってね」
「…」
「なんてね。嘘だよ」
男はクスリと笑った。

嘘をつくことは悪い事じゃない。
現にわたしも、嘘をついてここにいるじゃないか。
だからわたしも嘘をついた。

「わたしは『山の神』だ。この山と村を守る神聖な者だ。…人間ではない」と。
その男は、掛けた眼鏡を外し、私を見つめた。
瞳の奥がわたしの嘘を見抜き、笑っているように思えて仕方ない。

「かわいい『山の神』さまだなあ~。じゃあ、君、幾つなの?」
「幾つ?…って何だ?」
「歳だよ。年齢。…え?神さまは自分の歳も知らないの?」
「…」
バカにされているようで悔しかったが、確かにわたしは自分が幾つかも知らなかった。

「僕は今年で22歳になる。色んな場所から星空を見る旅人だよ」
「…星空?」
「ああ。ほら、夜空を見上げてごらん。数多の星が輝いているだろう?」
「…うん」
「ほら、天に淡い光の橋がかかっているのが天の川。北に輝くのは北極星だ。それより目立つカシオペア…」
「…星に名前があるのか?」
「当然だよ。もちろん数が多いからすべての星に名前があるわけじゃないんだけどね。…すべて人間が付けた名前だよ」
「…」
「君の名前は?」
「…」
なんて答えればいいのか、わからなかった。
わたしは「山の神」としか、求められたことはない。

「や、山の神…って、皆が呼ぶ」
「そう、じゃあ、山の神。自分の歳ぐらいは知っておいた方がいいと思うよ」
「…聞いても、教えてくれない」
「本気で知りたいと思わなきゃ、教えてくれんさ。君はただの子供だもの。誤魔化しは大人の特技さ」
「…わたしはただの子供に見えるのか?」
「ああ、何も知らない男の子だ」
「…」

なんだろう。ただの子供でいられる不思議さと、わたしを畏れぬこの男のずうずうしさに戸惑っていた。

わたしは夜空を見ながら、胸を抑えた。
「どうした?」と、男が訪ねた。
「…なんだか…胸がドキドキしている。とても…ドキドキするんだ」
「好奇心が疼く…って奴だな」
「好奇心?」
「そう、君はただの人間ってことだ」
「そうか!」

わたしはうれしくなって草むらに寝転がった。
男もわたしの隣に横になった。
わたしは男の手を握りしめた。
ひとりじゃないと、確かめたかったのだ。

「おまえの名は?」と、わたしは男に尋ねた。
「ほら、東に光るあの星が僕の名前だよ。スバル…って言うんだ」
「…ス、バル…」

口にした言葉が辺りに余韻を残した。
それだけでは足りず、わたしは頭の中で何度も繰り返した。

「スバル…スバル…」

なんて、うつくしい響きなのだろう。
わたしはその男が羨ましくて、たまらなくなった。




その二へ

短い物語になると思います。
スバルくんの大人になった姿も楽しんでください。


「スバル」はこちらから。1へ




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