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2014-03

「破壊者のススメ」 8 - 2014.03.30 Sun

8
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8.

一体、人を愛するとは、どういうことなのだろう。
俺の胸に巣食う誠一郎への焦がれるこの想いの正体が、未だに判らないなんて…。

多感な思春期の最中にあっても、俺には武道を続けていたおかげで、反抗的な態度やストレスを発散する相手が、家族に向けられることはなかった。
むしろ、居候の俺と母に、少しの負い目を感じさせることなく、家族同然に愛しんでくれる伯父や伯母の器量にただ感謝するのみであった。

日頃、多忙な晟太郎伯父がたまの休日には家族旅行をしようと、俺たちを誘ってくれる。
「せっかくなんだから、夫婦水入らずでゆっくりしてきなよ」と、俺と母は伯父夫婦だけの旅行を薦めるけれど、ふたりは「みんな一緒の方が賑やかでいいわ」と、結局、俺と母も同行させられる。
勿論、俺が小学生の頃は誠一郎も一緒だった。
旅館では男同士、女同士の部屋割りで、大浴場で伯父の背中を洗ったりするのが本当の親子みたいに思えて、俺は嬉しかったんだ。
誠一郎はどうだったのだろう…。
多分、誠一郎も俺たちの傍で笑っていたような気がする。

両親と居る時と、俺とふたりだけの誠一郎とは、どことなくだが雰囲気が違って見えた。
伯父と伯母の前では、誠一郎はいつも彼らの望む立派な息子であろうと心掛けていた。
伯父たちがそれを誠一郎に押し付けていたわけではなかったにしろ、誠一郎が彼らの理想の息子であろうとしたのは、俺も十分すぎる程理解する。

要するに家族愛なのだ。
誠一郎が両親の求める子供になる為に、本当の自分を隠すのも、俺が母や伯父たちの迷惑にならぬようにと心がけることも、彼らを思う家族愛だ。

ところが、誠一郎に向ける俺の愛は最初から違っていた。
初めて会った時から、誠一郎が欲しいと感じてしまった。
そして、誠一郎を抱き、長き想いが叶ったとしても、未だに満足せず、愛の行方に翻弄されるばかりなのだ。
会えない日々を苦悩し、会いたいと願い、やっと会えた喜びは天にも昇るほど昂揚し、誠一郎への欲望を思うがまま身体に押し付け、乱暴な愛をぶつける。
俺の与える欲望に苦悩する誠一郎の表情を恍惚と眺め、誠一郎の口からもっととせがむ言葉を引きだし、そして、これ以上ない程に優しいキスをする。
抱きたい、与えたい、滅茶苦茶にしたい、俺だけのものにしたい、誰にも見せたくない。
はっきりとわかるのは、この感情には家族愛は微塵もなかった。


誠一郎がいない家族旅行を四人で楽しむ時、俺は少しだけ誠一郎が居ないことにホッとする。
俺にとって家族ではないあの男には、家族団欒のこの場は相応しくない、と感じる。
あの男は俺が支配する恋人だ。
俺以外、自由にさせたくない。
誰にも…見せたくないんだ。

「ねえ、ジョー伯父さん」
「なんだい?宗二くん」
部屋付きの露天風呂にふたりで温まりながら、檜の浴槽に凭れ、夜空の星を眺めた。
「恋の話を、してもいい?」
「ああ、いいよ」
「今までにさ、由ノ伯母さん以外に、本気で誰かを好きになったことがある?」
「いきなりかい?…そうだな。由ノさんに出会う前なら、あるよ」
「その話を聞いてもいい?」
「そうだな…随分と昔の話になる。…学生時代…日本が高度成長期で浮かれていた所為もあるだろうけれど、僕たち学生も馬鹿みたいに自由を謳歌しようと、とにかくはしゃいでいた。恋も愛も欲望もごっちゃにして、出来ないことなんてひとつもないんだと、拳をあげてね。とんでもない自信家ばかりだ。でも本当の恋に出会った途端、臆病で純粋で、言葉にするのも気恥ずかしくて、告白するのも躊躇う次第…」
「へえ~。伯父さんが恥じらうなんて、想像つかないけどね」
「そうか?…そうだな。歳を取るってことは、外見も中身も良くも悪くも変わっていくことなんだろうけれど、変わらない恋も存在する」
「変わらない…恋…」
「そうだよ。変わらない恋を終らせたくなければ、互いが相当な努力と覚悟を続けていかなきゃならない」
「それって…伯父さんは、その人の事を…その人は伯父さんの事、今でもずっと想いあっている…ってこと?」
「そうだね…とても純粋にね」
「伯母さんに後ろめたくない?」
「少しも…。由ノさんへの想いとは最初から別ものだからね」
「…」
俺は由ノ伯母に対して、少しも悪びれない晟太郎伯父の心情を測り兼ねていた。だけど、同時に恋とはそういうものかもしれない…とも、感じていた。

「…夢中になったその頃、覚えたての和歌を手紙に書いて、相手に渡したんだ。『あさましや こは何事のさまぞとよ 恋せよとても生まれざりけり』…ってね。意味がわかるかい?宗二くん」
「なんとなく…でも、伯父さんはその和歌にどんな想いを込めて、渡したの?」
「その頃、僕は高校生だったけれど、将来、父の会社を継ぐことはすでに決められた道だった。それを不満には思わなかったよ。父の薦める部署に就職して、父の決めた相手と結婚して家庭を持つことが一番の自分に課せられた役割だと、理解していた」
「従順だね」
「会社を経営するって事は、従業員とその家族の人生を任されたと同じだ。重責を担うって奴だ。それを支えていける仕事に誇りを持ちたいって思っていた。恋愛なんて遊びでいいとさえ、思っていたんだ」
「でも、運命の人に出会ったんだ」
「出会ったと言うか…最初は口ケンカばかりしてたからね。でも、なんとなくお互いを意識し始めて、少し距離を取った。そのうち、一日中、相手を想うばかりの日が続いた。どうしてこんなに苦しい思いをしなきゃならないのか。もっと違う相手だったら良かったのだろうか。この想いがお互いを傷つけ合うことになるのならば、もう二度と口を利くまい。…勉学する気も失せ、成績も落ち込んでしまって、ダメになってしまう自分が心から情けなくて、こんな惨めな想いまでしても、僕はあの人を想っている。そして愛されたいと願っている…そんな自分にとことん呆れ果ててしまったんだな。そしたら、自分の気持ちのままを読んだ和歌に出会った。大昔の人も、同じような苦い恋を味わっていたのだなと、思ったら、なんとなく、救われた気がしたよ」
「それで…返事は、きたの?」
「相手は同じクラスの同級生だったからね。和歌を渡した翌日も、普段と変わらない挨拶で始まった。でもね、『返歌はしないよ。僕も同じ想いだからね』って、一言だけ返されて、…それで恋愛成就だ」
「幸せになれた?いくら好きあっても、いつかは別れが来るものでしょう?」
「恋愛は、一緒に住む事でも、肉体だけの関係を続けることでもないんだ。互いに相手を尊重し、恋しいと思い続けていれば、それだけで幸せなんだよ。愛する意味はひとつではないからね」
「…じゃあ、伯父さんは誠一郎にも同じことを言える?」
「…誠一郎が悩んでいることは、知っているよ。だけど、彼はもう子供じゃない。未来を決めるのは彼自身だ。うまく幸せを掴んでくれたら…と、思っている…。さあ、もう上がろうか。すっかりのぼせてしまったよ」
「うん」


晟太郎伯父の話は、俺と誠一郎が選ぶべき道を見極めるきっかけとなった。
俺もまた、とてつもない誠一郎への感情をふるいにかけ、いつかはお互いが幸せになる為の光を見つけ出さなきゃならないのだ。

数日後、晟太郎伯父を真似て、俺は誠一郎に教えてもらった和歌だけを書いた封書を送った。
だが、いくら待っても、誠一郎からの返事は来なかった。
悲しかった。
晟太郎伯父の時のように、ただ一言「同じ想いだ」と、応えてくれたら、俺は誠一郎をもっと深く理解しようとしたかもしれない。
だが、誠一郎は応えなかった。
俺は俺に心を許さない誠一郎を段々と憎み始めていた。
愛憎とはよく言ったものだ。
俺の愛は誠一郎の冷たさに比例するように熱くなるのに、あの男には俺の愛を理解せず、求めるモノはセックスであり、俺を心から愛してはくれないのかもしれない…と、言う妄想が恐怖に変わってしまうのだ。
どうしようもなくなった俺は、誠一郎を求めて京都へ会いに行った。

連絡もせずにマンションへ来た俺に、誠一郎は驚いたけれど、俺を拒まなかった。
「上がりなよ、宗。今晩は泊まっていくだろ?…」と、いつものように穏やかに俺の前に立つ誠一郎がたまらなく好きで、たまらなく憎くて仕方ない。
俺はもう半分自棄気味に誠一郎の不誠実さを詰った。
どうして返事をくれないのか、どうして俺の気持ちをわかってくれないのか、どうして愛していると言ってくれないのか…まるでヒステリー女のように喚き散らした。

誠一郎は俺の様子に呆れ、苦笑した。
その様子に俺は頭に血が上り、誠一郎に向かって拳を上げた。
その手を掴み、誠一郎は俺を抱きしめた。

「馬鹿だな、宗…。あんな…あんな恋文に、返事なんか出せるもんか…」
「誠…」
「どんな風に返していいのかわからなかったんだ」
「…」
「宗二朗を傷つけたなら謝るよ。でも…嬉しかった。ありがとう…」

そう言って、誠一郎は俺に口づけた。
今までにない位に熱くて激しいキス。
それから俺をベッドへ誘った。
誠一郎から求めてくるなんて、初めてだったし、これがあの和歌の返事なのだと、俺は素直に喜んだ。
絡みつく手足や、肌の感触、交錯する喘ぎと、登り詰める快感は、ふたりを同化し、そして別個の身体であることを快く認識する。
俺と誠一郎は交じり合ったまま、笑った。
これ以上、何も求めるものはないと、俺は自分の運命に感謝した。


別れを告げ、俺は桜の散る様を眺めながら、東京へ帰った。
春は終わり、高三になった俺は、進学を決めなければならなかった。
母や晟太郎伯父とも相談し、関東の国立大学を目指すことにした。
大学を卒業したら、晟太郎伯父の経営する商社に就職して、誠一郎と共に嶌谷家の為に働くことが俺の望みだった。

受験勉強に明け暮れる夏休み、誠一郎が帰省した。

誠一郎とは春に会った以来で、飛びつきたくなる気持ちを抑えて、平然な顔で迎えた。
久しぶりの家族揃っての夕食の時、誠一郎は大学院を中退し、嶌谷商事のグループ会社に就職する決心がついたと話した。

「え?誠一郎、こっちへ帰ってくるの?」
「そうなのよ。結婚しても大学院を修了するまで向こうで暮らす予定だったんだけど、早く就職してお父さんを助けたいって、言ってくれたのよ」
「けっ…こん?」

え?
…そんな…こと…さ。
俺、全然、全く、一言も、聞いてねえんだけど…。



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「破壊者のススメ」 7 - 2014.03.23 Sun

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嶌谷宗二朗

7、
夏休みに帰郷した大学二年生の誠一郎を、中学三年の俺は、初めて手に入れることが出来た。
感応を囮にした俺は、飢渇する肉体にありったけの情熱を注ぎ込む必要があったのだ。

誠一郎が京都へ帰るまでの十日の間、俺は誠一郎と共に居た。

夜が更け、辺りが静かになる頃に、俺は誠一郎のベッドへ潜り込み、明け方まで、誠一郎の身体を貪り続けた。
決して完璧な愛撫とは言えないまでも、誠一郎も俺とのセックスを楽しんだはずだ。

夜明け近く、エアコンを切り、汗で澱んだ室内に風を通す為、ベランダの窓を開け放つ。
うっすらと空が明ける光景が好きで、ベランダのカウチに誠一郎と俺は、裸のまま寄り添い、一枚のタオルケットに包まれながら、夜明けに消えゆく星を見送った。

「なあ、誠。あの星に誓ってやろうか?」
「なにを?」
「誠一郎への俺の愛を」
「消えてゆく星に?」
「あれは夜になればまた必ず輝き出す。俺が誠を抱くのも同じだな」

俺は誠一郎に「愛している」と、何度も誓う。
誠一郎は一度たりとも返事をくれない。

「誠は俺を愛してくれないの?こんなに俺と抱き合っているのに…」
「愛することとセックスは違う。おれは男とするのは好きだけど、本当のところ、誰も愛してはいないんだと思う。おれには…愛がわからない」
「え?…だって、誠は…色んな奴に恋していたじゃないか。中学の時も、高校の時も、別れが悲しいって泣いてたじゃないか。あれは本気で人を好きになったからだろ?」
「…そう、だったかな。ものすごく遠い話だな。…でも、もう愛とか恋とか…どうだっていいんだと思うようになったよ。セックスの快楽は嫌な事を忘れさせてくれる。おれは男とやるのが好きなだけの色情狂なのさ」
「…俺とするのも…やりたいからだけなの?俺を少しでも好いてはくれないのか?」
俺の問いに、誠一郎はしばらく沈黙した後、俺の傍からそっと離れた。

「弟同然の宗二朗と寝るなんて…やるべきじゃなかった。後悔してる。だから…もうこれ限りにしよう」
「嫌だ。誠は…嘘つきだ。俺とするの、嬉しそうだったじゃないか。気持ちいい声出してたじゃないか…」
「…うぬぼれもほどほどにしろよ。おまえより上手い奴は五万といるし、おれは…」
誠一郎はそれ以上俺の言葉を待たずに、ベランダを後にし、自分の部屋の戸をぴしゃりと閉め、鍵を掛けた。

ああは言っても、俺は、誠一郎が俺とセックスしたことを、後悔するはずがないと思っていた。


さて、正月と盆には、親戚一同が嶌谷家に集まって会食を開くのが通年の行事だった。
八月十五日、嶌谷家先祖供養の坊さんの読経の後、大広間での宴会が始まる。
十二畳の仏間から続く二十畳の大広間は、結婚式や葬儀などの大事に使用するだけの、俺なんかが滅多に足を運ばない場所だが、一同が集まるといかめしい空気が華やかになり、傍から見ている分にはなにかと面白い。
だが、人間模様の難解さはいつも通りに曲者だ。
亡き聡一郎祖父のお妾さん三人と、その子供たちと俺と誠一郎の従兄弟たちまで合わせて、三十名以上を一堂にした光景は、緊張を通り越すと、お互いの家庭環境を牽制しあう戦場へと変わる。

食事の用意は家政婦たちと由ノ伯母が請負い、母もいらぬ反感を買わぬように裏方に徹し、俺も居心地が悪いから、早めに食堂に逃げて、由ノ伯母を手伝うフリをしてつまみ食いに没頭する。

「宗ちゃんには御膳を用意しているでしょ。皆さんと広間で頂いたら?」
「それ嫌味?折角、由ノっちが夜遅くまでメニューを考えて、骨を折ってこさえてくれた料理をあんな陰険な空気で食べたって、美味しくないもん」
「あら、奇遇ね。私も同じだわ。って、言うか…由ノ伯母さまを由ノっちって呼ぶなんて、不謹慎だわ、宗ちゃん」
後ろから聞こえた声にギクリとする。
同い年の従妹、嶌谷八千代だ。
「あら、いいのよ。八千代ちゃん。宗ちゃんと私は親友みたいなものだし…ね。それより八千代ちゃんも御台所で頂く方が美味しく感じる派?」
「…うん」
「じゃあ、一段落ついたら一緒に頂きましょうね。今日はデザートにチーズケーキも焼いたのよ」
「わあ、由ノ伯母さまのチーズケーキ大好き!」
八千代は俺の居場所をまんまとひったくり、由ノ伯母から離れないでいる。

子犬の様にまとわりつく八千代にまんざらでもない由ノ伯母を見ていると、誠一郎に妹でもいたら、あいつももっと色々な関わり合いが違っていたかもしれない…と、思った。


大広間に戻ると、誠一郎は愛想笑いで、親戚連中との雑談の相手をしている。
来年に誠一郎が二十歳を迎える際、晟太郎伯父が正式な嶌谷家の跡取りとして表明するという噂話が広がり、今から取り入っておこうという魂胆が丸見えだ。
まだ大学生なのに、跡取りの話だなんて…と、俺は思うのだが、将来を自分で決められない誠一郎が哀れで仕方ない。


その夜、俺は誠一郎が風呂から上がって来る前に、部屋のベッドに潜り込み、彼を待った。
誠一郎は嫌な顔を見せたけれど、「どうしてもと一緒に寝たい」と、甘えると、彼は拒まなかった。

「宗はずるいな。俺の弱みを知ってるもの」
パジャマを脱がしながら、俺は誠一郎の白くて滑らかな鎖骨辺りを、舐めながら出来るだけ強くキスマークを残す。誠一郎は俺の肩を押し、拒むように首を振った。
「…誠が京都へ帰ったら、しばらく会えなくなる。俺も受験があるし、誠がこれ限りって言わなきゃ、後を追ったりしないから…いいでしょ?」
「そんな風に返されたら、おれは逆らえないよ。…昔から、おまえはおれに言ってたね。『誠は俺のものだ』って。…おれはうれしかった。…うれしかったんだよ。誰かに必要とされていることに…。でも、おまえは…」
「…なに?俺はここに居るし、どこにも行かない。誠の傍にずっと居るよ」

誠一郎は目を閉じたまま、俺の頭を自分の裸の胸に押し付け、そして「好きだ」と、一言だけ呟くのだった。



翌春、俺は無事、誠一郎も通った名門私立校に入学した。
偶然にも同じクラスに、従妹の嶌谷八千代が居た。
中高一貫校であることから、多くの生徒は中学からの持ち上がりで、八千代もそのひとりだ。と、言うより高校から編入する生徒は稀で、相当な成績優秀者かコネ入学かのどちらかであり、どっちみち変わり者扱いらしい。

入学早々の試験で中途パンパな点数を取った俺は、嶌谷の名前からしてコネ入学扱いされたけれど、俺にしてみれば、どうでもいい話だった。

「宗ちゃん。あなた、わざと悪い点数を取ったわね」
「はあ?」
「新学期テストの話よ。宗ちゃん、編入テストは一番だったじゃない」
「おまえ、どこで知ったんだよ」
「評点される先生とはコネがあるもの」
「…」

親戚とはいえ、周りからの変な詮索は嫌いだと言う八千代の提案により、教室の中ではお互い話しかける事もしないが、昼休みは独りで屋上の片隅で昼寝を楽しむ俺に、時折、八千代がお菓子などを差し入れする。

「これ、この間、由ノ伯母さまに習った豆腐クッキーなのよ」
「あ、そう」
「…美味しいかどうかぐらい言いなさいよ」
「あのな。俺はいつも由ノっちの美味い料理を食ってるの。それが俺の味覚の基準なの。由ノっちに比べたら、他は格下ってわけ」
「あ、そう!宗ちゃんのお嫁さんになる人は、由ノ伯母さまの料理の腕が理想じゃ、大変な事ね」
「そんな果てしなく遠い話、今する話か?」
「あら、誠ちゃんの具体的な嫁取り話は近々決定するって噂よ」
「…マジで?」
八千代は真面目な顔で、うんうんと頷く。


亡き祖父は正妻が生んだ晟太郎伯父と母だけを嶌谷家の本筋と認め、妾の三人には、それなりの財産を与え、三人が産んだ子供達の認知はしたが、籍には入れなかった。
唯一、八千代の父親だけが、「嶌谷」の苗字を名乗ることを許され、養子に迎えられたのだ。

他の鬱陶しい従姉弟どもと違って、昔から勝気で利口で歯に衣着せぬ正論を叩く八千代に、俺は毒気を抜かれることが多々ある。彼女は親戚の中では一目置く存在なのだ。

八千代は今年18歳になる兄が居るが、こちらは八千代とは違い、気の抜けた従順な柔らかい物腰の男だ。
「護お兄は、名前の通り、護ることしか考えてないの。でもそれって長男には必要なことだわ。ああいう脇役も嶌谷の大会社には必要になるはずだわ」
「…おまえは相談役か!」
「私はねえ、宗ちゃんのお母さまみたいになりたいのよ。仕事もできて、外国語もペラペラ~。旦那さまを充てにしてないシングルマザー~って、カッコ良いわ~。憧れよ」
「褒められても嬉しくないんだけど…」
「…宗ちゃんを褒めてるわけじゃないからね。正直、君は嶌谷家のお邪魔蟲だから」
「なんで?」
「わかんないの?君が嶌谷財閥の跡取り候補だからでしょ」
「はあ?誠一郎が居るのに、なんで俺が跡取り候補になるんだよ」
「さあね。そういう噂話が横行してるってことよ。私なんて、誠ちゃんか宗ちゃんの嫁候補のひとりにされているのよ」
「…ちょ…従兄妹同士なのに?」
「親は異母兄弟だから、血縁関係薄いじゃん。まあ、私は絶対嫌だから。旦那様ぐらい自分で見つけるわよ」
「…そうしてくれると、俺も有難い…」

この時代錯誤的な嫁取りの話を真剣に受け取るには、高一の俺にとって実感し難く、男としかセックスをしない(しかももっぱら受け身である)誠一郎が女を抱く…なんて事も、全く想像などできるわけもない。

「誠一郎ちゃんって、イケメンだしジェントルだし、何をやってもソツがないし、一見完璧に見えるけど、なんか観てて不安になるのよねえ」
「え?…そうか?」
「宗ちゃん、一緒に住んでて感じない?」
「別に…誠は普通だよ」
誠一郎と肉体関係大有り…だとは、さすがの俺も言う気はない。

「なんかね~。純粋っていうか、ガラス細工みたいに繊細で透明なのよ。宗ちゃんみたいにやさぐれた方が、気を使わなくて楽でいいわ」
「うるせ~よ。どーせ俺は嶌谷家の問題児だよ」
「違うの。宗ちゃんみたいな人の方が、上に立つ者には相応しいって話をしてるの」
「…何の話だ?」
「裏では色々噂されてるよ。もしかしたら、誠ちゃんは女性に興味ないかも…って」
「…」
「で、前の話に戻るけど、君が誠ちゃんの座を奪って、嶌谷財閥のトップになるのが相応しい…ってね」
「マジ、くだらねえ~。高一の俺に振る話かよ」
「あくまで噂だし…。男の人が好きでも、若気の至りってことにすれば問題もないし、私は誠ちゃんが跡取りになるのが一番問題ないと思ってるわよ」
「おまえ、やっぱり相談役に向いてるよ」

俺は床に寝転がって空を仰いだ。
皐月の空に綿菓子みたいなぷくぷくした雲がゆっくりと流れていく。
ああ、あの雲に乗って誠のいる京都までひとっ跳び。そんで誠を思いきり抱きてえなあ…なんて、少女趣味もいいとこ。
離れすぎてると、くだらねえ妄想も病み付きになるわ。

「…それでね。宗ちゃん、聞いてるの?」
「…」
「なんだ。寝ちゃったの?つまんない」


誰が嶌谷家を継ぐかなんて話より、誠一郎とのセックスを妄想する方が何倍も、何十倍も俺には重要で大切だとしか、わからないよ。



6へ /8

八千代ちゃんは「セレナーデ」の主役、神森聡良さんのお母さんです。

ふたりがチラリと登場する「Green House」はこちらからどうぞ。大概おっさんですけど((* ´艸`))
目次へ
登場するのは主に凛一編だけです。

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「破壊者のススメ」 6 - 2014.03.14 Fri

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誠と宗ふたり1
6、

その年は年の瀬になっても誠一郎は、一度たりとも嶌谷の実家には帰らなかった。
「レポート提出やバイトが忙しくて大変みたいなのよ」と、夏に一度だけ京都のアパートに顔を出した由ノ伯母は、のほほんと言うけれど、言い訳の矛盾を考えれば、案の定の話であることは確かめるまでもない。
あの男の本音は俺や晟太郎伯父と顔を合わせたくないだけだ。俺たちに顔を合わせられない程にロクでもねえことをやっているに違いない。

さて…嶌谷家の平日は売れないデパートの宝飾店売り場の様に閑散としている。
午前中、家事を手伝う家政婦が居なくなると、外見が派手でデカい屋敷だけに、つと侘しさが鼻に付く。
母は晟太郎伯父の秘書兼マネージャーから会社を背負う役員に持ち上げられ、今まで以上に忙しい忙しいと口ではぼやきながらも、誰が見ても生き生きと楽しそうである。
晟太郎伯父も相変わらずマイペースで、仕事以外のことにはあまり執着せず、朗らかに暮らしている。
だが晟太郎伯父と母の間に居る由ノ伯母の立場を考えると、同情せざるを得ない。
勿論、母は充分に気を使い、家に居る時は晟太郎伯父との距離を取り、もっぱら別館の自室にこもっているけれど、食事の時など、能天気な晟太郎伯父が仕事の話などを母にふったりするものだから、母はその度に伯父を叱り、その様子に由ノ伯母が気をもむという悪循環が繰り返されるのだ。

それでも、由ノ伯母は母に対して嫌味や気に障る態度は決して取らない。
もともとおっとりしたお嬢様育ちだ。俺がそれを褒めると、由ノ伯母は「だって、晟太郎さんは一度も浮気をしたこともないのよ。ほら、お義父さまがああだったでしょ?お義母さまや他のお妾さんの胸の内を思ったら…私は随分幸せ者だと思うわ」と、屈託なく笑う。

或る晩、道場の稽古が遅くなり、予定よりかなり遅くに家に戻った俺は、食堂でひとり夕食を取っている由ノ伯母を見た。
晟太郎伯父も母もまだ仕事から帰宅していない。
ひとりで食事をする伯母の後姿は、誰が見ても寂し気に見える。
それが俺や母の所為だとは思わない。
ごく普通の家庭を守る主婦の一面なのだろう。だけど、俺は…この家を留守を健気に守っている由ノ伯母を、独りさびしく食事させてはいけないんじゃないか、と、子供心に決意したんだ。
最愛の息子である誠一郎の代わりにはなれなくても、伯母をひとりぼっちにさせない事は俺にもできる。

「伯母さん、ただいま~」
「あら、お帰りなさい、宗ちゃん」
「腹減った~。飯ある?」
「勿論よ。あ~、宗ちゃん、帰るの遅かったから伯母さん、先に晩御飯頂いてしまったわ」
「ああ、いいよ。でもさ…せっかくだからさ。一緒に食事しない?遅くなる時は連絡するけど、俺、由ノっちの飯が一番好きだから、由ノっちと一緒に食べたいんだよね」
「…そう…ね。うん、伯母さんもその方が嬉しいわ。待っててね、宗ちゃんの分、すぐに用意するわ」
台所へ向かうおばさんは、割烹着の裾で目頭を拭っていた。

幼い頃、俺には母しか家族が居なかった。
だから、晟太郎伯父や由ノ伯母や誠一郎と一緒に暮らせるようになったことが、本当に嬉しかったんだ。
だけど、少しずつ歳を取っていく程に、家族は家から離れていく。
当たり前過ぎる現実の話。
だから家族は人生の冒険に疲れた時にいつでも帰る故郷であり、いつかは終の棲家にならなきゃ。
帰る家があるからこそ、外へ出る者は安心して働くことができるのだから。
由ノ伯母はそんなことを俺に教えてくれた。
俺はいつも、「俺が伯父さんと伯母さんの終の棲家になるよ」と、繰り返した。
そして、その言葉にはいつも誠一郎は含まれてはいなかった。
無意識に俺の中で、誠一郎は家族ではないと、切り離していたのかもしれない。


中学校は近くの公立に通っていたが、晟太郎伯父の望みを敵うべく、高校は誠一郎が通った進学校の私立の受験を受けることにした。

そんな受験シーズンの中三の夏、久しぶりに誠一郎が嶌谷家に帰ってきた。
正月に会ったきりだったから、とても懐かしく思えた。

あれから…
俺が誠一郎を抱くからと宣言してから、誠一郎は自宅に帰っても、まともに俺と顔を合わせようとしない。
寝る時も自室とベランダの鍵を閉め、絶対に俺が入ってこれないように用心する。

廊下ですれ違いざまに誠一郎の腕を取り「キスしてよ。じゃないとバラすぞ」と、脅すと、舌打ちしながら、口唇に軽くキスをする。
いつの間にか、俺の目線は誠一郎と同じ高さになっていた。

「なあ、俺の事嫌いなのか?」
「…別に、嫌いじゃない」
「じゃあ、なんでセックスしてくれねえんだよ」
「子供だからだよ」
「俺、女も男も知ってるし、やり方も覚えたし、誠を満足させられるよ」
「…ちょ…、おまえ、まだ中三だろ?どこで…」
本気であわてる誠一郎がかわいくて、俺はもっと困らせたくなった。

「誠だって高一の頃はもう男としてたじゃん。あれが初めて?…それとも中学の頃からやってたの?」
「答える義務はない」
「あるよ。誠は俺のもんだしな。大体、誠が相手してくれねえから、色んな奴とやるしかねえじゃねえの」
「い、色んな?」
「そういうイロモノの店でね、色んな奴を紹介してもらってさ。好みの奴と寝てんだぜ。(嘘だ。女は三人、男は二人ほどだ)みんな大人だし、教わるのも上手いし、勉強させてもらった。(これはホント)」
「…」
精一杯の見栄を張った俺の言葉に、誠一郎はこちらが思う以上に動揺している。

「バカ…なんで…。せっかく離れて…。おまえだけはマトモにって…」
「誠がマトモじゃないなら、誠を好きな俺もマトモじゃないってことだ」
「…」
「健全な良識や至ってふつーの道徳観念なんて、俺にはどうでもいいことなんだよ。俺は誠一郎が欲しいだけだ…。なあ、やろうよ。三年も待ったんだぜ。誠を抱きたい。誠を犯したい。めちゃくちゃにいかせたい」
「……」
眉を顰めながらもうっすらと頬を染めた誠一郎は、伏目がちに俺をじっと見つめた。
その潤んだ目には、俺への欲情がはっきりと見えた。


その晩、誠一郎の部屋のベランダ側の鍵は開いたままで、俺はそこから忍び込み、すぐにベッドへ潜り込んだ。
誠一郎は別段驚きもせず、裸の俺の侵入に僅かばかりの抵抗を見せて、耳元で俺を叱った。
かまわずに誠一郎の肌触りのいい絹のパジャマとパンツを適当に脱がし、誠のをまさぐり、煽らせた。
黙ったまま口唇を噛みしめる誠一郎の裸の胸に耳を置いて、鼓動を確かめる。
「…早いね。興奮してる?」
「バカ…ヤロ…。きっと、後悔するから」
「するもんか。やっと、誠を俺のものにできるんだ。最高の真夏の夜だ…、夢なんかじゃねえし…」
「宗…」

俺は、誠一郎を抱いた。
青臭い俺の欲望をすべて受け入れる誠一郎の身体は想像以上にしっとりと柔らかく、どこまでも俺を包み込み、誠一郎をこんな身体にした過去の男たちを俺は激しく憎んだ。
勿論、この憎しみは、誠一郎の身体へと相当に浴びせられることとなり、これにより、俺はまさにサディストの真理を得た気分になった。

打ち付けるたびに身体を震わせながらも、声を出さないようにと自ら枕に顔を押し付けて耐える誠一郎が、たまらなく愛おしく、俺は「愛してる」と、その耳元に何度も繰り返した。
返事はなかったけれど、俺の言葉は誠一郎の身体を興奮させていた。
応える身体が嬉しくて、ますます火を点け、止まらなくなる。

母の呼ぶ声とドアを叩く音が一度だけ鳴り、俺たちは一瞬息を顰め、硬直したように動きを止めた。
重なり合った身体に薄いタオルケットを巻きつけ、お互いの口唇に指を押し付け合い、じっと黙り込んだ。
母の足音が遠くなるのを確認すると、お互いに忍び笑う。そして、嫌と言うほどキスを繰り返した。

古くなったエアコンの音がいつまでも響く。
誠一郎と俺は暗闇の中で、子供の時の様に絡み合い、交じり合った。

明け方が近づく頃になると、もうこれ以上は味わえない程に十分過ぎる満足感と疲労に重なったまま動けなくなった。

「…あんたは最高だ、誠一郎。俺はあんたを絶対に離さない」
疲れ果てた力の入らない腕で、俺は誠一郎の身体を抱きしめた。
誠一郎もまた疲れた笑みを見せ、だるそうなキスで応えた。


とどのつまり俺と誠一郎は、相思相愛なのだ。




5へ /7へ

無鉄砲で独占欲の塊みたいな宗二朗は、若い頃の凛一に似てるのかもしれない。だから嶌谷さんは、凛一に惹かれたのだろうね。誠一郎はまだまだ屈折し続けます。頑張れ、宗二朗!


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続・バレンタインデー happy end - 2014.03.07 Fri

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栄嗣大人22


HAPPY END

今までの想いを告白した小包を送った漣だった。けれど、栄嗣からの返事を待つ間は、居ても立ってもいられなかった。
告白などしないまま、今まで通りの親友で居た方が良かったのじゃないかと、後悔が何度も波の様に漣を寄せては返す。

この想いが成就できなくてもいい。
栄嗣の親友でいられさえすれば…だけど、もうそれさえも許してもらえないかもしれない。

二日後、小包を受け取った、というメールが栄嗣から来た。
漣の想いは受け取ったよ、とも書いてあった。
そして、今度家に帰った時に、漣の顔を見て、直に返事をするから…
と、続く。

この言葉の意味はどう解釈すればいい。
漣は悩んだ。
嬉しかった、想いは受け取った。という、栄嗣の言葉を信じるなら、漣の想いは通じた…と、言うことになる。
だが、すぐに返事をする気はない栄嗣には、本当のところは漣を恋愛の対象だとは認めてはいないのかもしれない。
それでも…
良い方に解釈すれば、親友の座は維持できるかもしれないのだ。
と、漣は半分諦め、半分胸を撫で下ろす結果に自重した笑みを浮かべた。

しょうがない。断られても後悔しないって決めて、あの手紙を書いたのだし…。
大丈夫さ、栄嗣と会う時は、親友の顔で居られる様、頑張ろう。

落ち込みそうになる自分を奮起させながら、漣は運命の時を待った。


冬休みが始まる。

受験生の漣にはクリスマスも正月も関係ない。毎日夜遅くまでの塾通いが続く。
毎年派手になっていくクリスマスイルミネーションが煌く住宅街に、毎度呆れながらも、なぜだか心が癒される。
あの灯火はクリスマスの魔法なのかもしれない。

栄嗣と一緒に眺めたのなら、どんなに楽しいだろう。
きっと居もしないサンタクロースについて、延々と語りあうんだ。そしてプレゼントは何がいいかなんて言いあって、僕は栄嗣が居ればなにもいらない…なんてさ…。

クリスマスイブの夜も漣には塾が待っていた。ありがたいことにクリスマスプレゼントと称して、テストまでも用意されている。だから早めに夕飯を終えて、しっかりと予習をするつもりだった。
西日が射し込み始めたガラス越しの机に向かう漣に、ふいに栄嗣からの着信音が鳴り響く。
あわてた漣は思わず携帯を床に落としてしまった。

「やば…」

大切に扱っていた栄嗣とのお揃いの携帯に少しだけ傷がついてしまい、漣は少なからずショックを受けつつ、栄嗣の声を聞いた。

「漣?」
「うん」
「なんだ?声、元気ねえな」
「今、あわてて携帯落っことして、傷がついちゃってさ…落ち込んだわ」
「なんだよ、そんなことぐらい」
「だって…(栄嗣とお揃いの携帯だし…)」
「今、大丈夫?」
「え?」
「俺、実家戻って、裏山の頂上まで散歩してるんだけど…来れる?」
「う、うん」
「この間の、返事をしたいからさ」
「あ…はい…わ、わかった。すぐ行くよ」
「うん、待ってる」

…良かった。普通どおりに喋れた…と、思う。

携帯を切った後、机に広げた参考書とノートを閉じた。
どんな返事にしろ、今日は塾など行く気にはならないだろう。
どっちみちテストの結果より、栄嗣から聞く結果の方がよっぽど重要だ。

漣はコートを手に急いで家を出て、裏山まで走った。

冬の落日は早い。
さっきまで天空が青かったのに、今はオレンジ色に染め尽くされている。
裏山の曲がりくねった階段を二段ずつ駆け上がる。
息が上がる頃になると、頂上が見えてくる。
乱れた息が微かに白い。
森と見紛うほどの林の間を吹き抜ける風の所為で、木陰は真冬の冷たさだ。
慌てて家を出た漣は、手袋とマフラーを忘れてしまったことを後悔した。
氷の様に冷たくなった両手を合わせ、息を吹きかけた。

栄嗣の姿を探す。

夕焼けに染まった展望台に黒い影が見える。
「栄嗣」と、声を掛けると、影はこちらを振り返り、手を上げた。
漣は少し緊張しながら、展望台を目指した。
栄嗣の顔はとてもじゃないが、マトモには見れたもんじゃない。



見慣れた風景も、こちらの気分でこんなにも違ってみえるものなのか…と、展望台に座り込んで漣を待つ栄嗣は変に感心した。

漣からの告白を受け取ってからひと月近くになる。
それだけの時間が栄嗣には必要に思えた。
漣への想いが一時の感情ではない証拠を、ひとつずつ確かめたかった。
その想いを強固にする為に。

漣への想いは、確かに友情だけだとは思えない。
漣を他者に奪われるのは嫌だし、なにより独占欲は自分でもおかしい程、自覚している。
しかし、このまま恋人になるには、色々と障害が大きすぎるのではないか…と、どうしても考えてしまう。
考えれば考える程、男同士の恋愛なんて、リスクばかりでメリットなんざひとつもないように思える。
それに学生時代のお遊びなら、それはそれで青春の影にでも日向にでもなりえるだろうけれど、社会人になってしまえば、足枷どころか、致命的な欠陥人間として扱われるかもしれない。
それを乗り越える力がふたりの愛情でしかないのならば、お互いにもっと理解や確かめなくてはならないことが山ほどあるのではないか…
と、栄嗣はふと我に返り、果たしてそこまで考える必要があるのだろうか…と、自分を笑ってしまう。

漣に会って話してみなきゃ、始まんねえよなあ~。


展望台を目指して階段を昇ってくる漣を、栄嗣は見つめた。

親友であったこいつを、恋愛の対象者として見れるのだろうか。
しかし、恋人同士になったとして、親友を辞めるルールなどは見当たらないようだから、親友プラス恋人ということになれば、お得感がある。

それに…さあ。

「寒いのに、呼び出したりして悪かったな」
「いや、全然大丈夫だよ」
「…勉強、大変なんだろ?塾とか…」
「大丈夫」
「そう、ならいいけどさ…」

栄嗣の隣に座りこむ漣は、自分を見つめる栄嗣に緊張して、まともに顔を見れず、正面の落日を見つめ続けた。

「おい、そんなに太陽を見つめ続けると、目が焼けるぞ」
「ん?…ホントだ。栄嗣の顔が黒い斑点でボケて見える」
そう言って、お互い笑いあう。

「ごめんな、漣。返事が遅れてしまって…。受験で大変な時に不安だったんじゃないかと、心配だったけれど…大切なことだから色々と考えたかったんだ」
「うん」
「好きな女の子なら、こんなに考えたりしない。適当にかっこつけて、付き合えば済む話だ。だけど俺は漣に嘘はつけないし、今まで散々だらしないところも弱いところも見せてしまっているからね。それでも俺を好きだと言ってくれる漣に、どうかして良い未来を歩ける道筋を見つけたかった」
「…あの…さ。僕は栄嗣に無理して好きになって欲しいとは微塵も思っていないよ。友情じゃない想いも確かにあるけど、それが邪魔なら、栄嗣への想いは捨てていいんだ」
「そうなの?でも…簡単に捨てられるぐらいの想いなら、もっと早く俺に言っていただろ?」
「…」
「あの空のチョコの箱には、漣の想いが詰まっていた。それに気づかずにいた俺はとんでもないアホウで、漣の親友を気取る資格はねえのかもしれないね」
「…」
「嬉しかったけれど、少し癪だったよ。だって、俺の方から漣に告白しようって思っていた矢先のことだったしさ」
「え?」
「漣に対して友情だけでなく、恋に近い感情が自分の根底にあるって認め始めていたからさ。漣に打ち明けなきゃって…でも親友に恋してますっていうのもなあ…恥ずかしすぎるよな」
「…ごめん」
「え?…別に漣を責めているんじゃなくて…さあ…」

心に溝の無いふたりでも、こんなわずかなやり取りに困惑してしまう。
一体友情と恋愛との違いはなんなのだ…と、栄嗣は怯みそうになった。


沈黙したふたりの真上を、森の巣へ帰るカラスがカアカアと鳴きながら飛んでいく。
陽は落ち、半分ほどになり、一時だけ燃え盛る空を魅せた。

毎日のように繰り返す落日なのに、美しく空を染め上げる空に、人々はそれぞれに心を揺り動かされる。
栄嗣にも漣にもその力を与えてくれるのなら…。

「なあ、漣。俺、チョコ買って来たんだぜ」
「え?」
「漣から貰った箱の店、探してさ。中身はわかんねえから適当に選んだけど、めっちゃ高くて驚いたよ。ほら…」

栄嗣がポケットから出した箱もリボンも、三年前に栄嗣が買ったバレンタインチョコと同じものだった。

「貰った奴と同じに二個入りの奴だ。一緒に食べようか」
「う…ん」

これを食べることに何の意味があるのだろう…と、漣は栄嗣の気持ちを測り兼ねた。けれど、栄嗣に後ろ暗さはないことだけはわかっているから、贈ったチョコの店を探し出して、買ってくれた栄嗣の想いは素直に喜ぶべきものだろう。

手の平に受け取った箱を開けると、白と黒のチョコが並んでいた。

「色んな種類のチョコがあって迷うよなあ~。見た目もどれがいいのかわかんなかったから、ホワイトチョコとビターにしてみたよ。好きな方を漣が選んでいいよ」
「…あ、あのさ」
「ん?」
「僕たち、どうなるの?このまま…親友でいられるの?」
「そうだな…。俺の希望としては…親友プラス恋人同士…ってことなんだけど、上手すぎる話かなあ~」
「プラス…できるの?」
「できたら将来同じものを目指し、切磋琢磨する技術者としても、尊敬しあえる同士だったら非常に有難い」
「…なんか…栄嗣のポジティブさに拍車がかかってる気がするんだけど…」
「…そうか?だってさ、せっかく恋をするのなら、世間を気にして下を向いて歩くより、笑いあって高みを目指した方が楽しいじゃん」
「…そりゃそうだけど…」

そんな美味しい話が、うまく転がっているわけない…と、漣はこれまで隠し続けてきた栄嗣への想いと、栄嗣の馬鹿みたいに能天気な話を比べていた。

「人目のある時は親友同士、ふたりきりの時は恋人同士。どっちも嘘は付いてないから、後ろ暗くもねえし、人にも堂々と漣を紹介できる…駄目かな」
「…」

漣は栄嗣を見つめた。
見慣れた、整った誰よりも好きな栄嗣の顔は半分は夕日に染まり、半分は暗い影になっている。

自信ありげな栄嗣でも、踏み出したことのない領域にきっと不安もあるのだろう。それでも漣と一緒に歩き出そうとしてくれている。
縮こまる漣に、精一杯手を差し伸べてくれる栄嗣の勇気を、漣は受け取ろうと覚悟した。

「良いと思う。嘘つかなくていい事も、親友で居られることも、こ、いびと同士ってことも…ありがたいし…」
「だろ?我ながらいいアイデアだよなあ~。で、セックスだけどさ、上か下か、攻めか受けか、入れるか入れられるかは…ジャンケンでいいよな?」
「え?…」
「その方が公平じゃん」

この場合の栄嗣が、半分本気で半分冗談なのはわかっている。だから漣も同じように返した。

「じゃあ、僕はいつもグーを出すからね。決定権は栄嗣に負わせるよ」
「…なんだよ。人に責任押し付けるのは漣の悪い癖だ」
「栄嗣のはもっとタチが悪いだろ。でも…エッチするよりも先にさあ…お互いの感情を恋愛モードにしなくちゃね。…色々大変な気がするけどさ」
「そうなんだよね。漣は俺とセックスできる?つうか、俺で抜いてたりするの?」
「…た、まにはね」
「そっか…。じゃあ、俺の方がもっと漣への恋心を育てなきゃなあ~」
「…うん」
「可愛がって育てりゃ、愛しさも募る…もんじゃねえ?」
「…そう…だと思うよ」

始まったばかりの恋愛を、栄嗣は育てていこうと言う。漣もまた栄嗣への想いを懸命に育ててきた。そしてこれからもっと、大事にしていこう。ふたりが仲よく生きていけるように。

「チョコ食べよう。漣が選んでよ」
「うん」
漣は白いチョコを選び、栄嗣は残ったビターを口に入れた。

「あまっ」
「にがっ」
同時に声に出した言葉は反対の意味だったけれど、ふたりには心地良い。

「じゃあ、お互いの味を混ぜ合わしてみない?そしたらちょうど良い塩梅になるかもしれねえし」
「え?どうやって?」
「そりゃ、こうやるのさ」

そう言うと、栄嗣は漣の腕を掴んで引き寄せ、自分の口唇を漣の口唇に合わせた。
口を開き舌を入れ、お互いの口に残るチョコを混ぜ合わせ、味わった。

「…どう?」
「…どうって…ビックリし過ぎて味がわかんなくなっちゃった…」
「もったいねえな。高級チョコなのに」

栄嗣の笑い声がすっかり暮れた辺りに響く。

頂上にひとつだけの電灯に灯りが点いた。
薄暗い灯りは頼りないけれど、ふたりの影をはっきりと地面に映し出す。
展望台から見渡した街も、あちこちに灯りが灯り始めた。

「…クリスマスの奇跡かもね」
「なにが?」
「栄嗣とこんな風になれるなんて…不思議だから」
「奇跡じゃねえよ。漣を親友って決めた時から、ここに繋がってたんだよ。これからだってず~っと続くんだから、いちいち奇跡なんか言っていられねえよ」
「…栄嗣ってさ」
「なに?」
「ロマンチストなのか、リアリストなのかわけわかんねえよねぇ」
「そんな事、今気づいたの?」

「いいや、かなり前から知ってたよ」


ふたりは顔を合わせて微笑んだ。
出会った頃よりもずっと、ずっと大好きな笑顔だなと、栄嗣と漣はそれぞれに思った。


   終



夕焼け


3へ

漣視点の「バレンタインデー」はこちらからです。 1へ 

意外と栄嗣は計算高いかもしれない…漣はきっと苦労性だね。



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