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2014-06

夏の名残りのばら 4 - 2014.06.27 Fri

4
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ヴィンセント表紙2
4、夢見る魚

 尚吾と乃亜に案内され、家に足を踏み入れた拓海は靴を脱ぎ、用意されたルームシューズを履いて、ゆっくりと部屋を眺めた。
 昔…この家へ遊びに来た時の記憶と随分と違う。十年も前の事だから当然だと、拓海は可笑しくなった。
 印象は以前にもまして、より良く感じられた。
 外観の洋式のままに、広々とした一階のすべてをリビングダイニングに割り当てたような吹き抜けの空間に、出窓やガラス窓も彩光の為に広く取られ、テラスの向こうに軒のあるウッドデッキが見える。
 太い支柱の他に敷居はなく、細長い水槽が間を区切るように置かれている。水槽には、様々な熱帯魚が水草に絡みながらのんびりと泳いでいる。
 良く磨かれた杉板のフローリングに、リビングには夏らしくイ草のカーペットが敷かれている。
 何より目を惹くのが、ダイニングの六人掛けのテーブルと、リビングに置かれた三つの長ソファとカウチソファ。
 尚吾と乃亜のふたり住まいのはずなのに、何故こんなに沢山の椅子が目立つのだろうと、拓海は頭を捻る。

 尚吾と乃亜に目をやるとふたりはキッチンの冷蔵庫を開けて、なにやら話し込んでいる。
「料理は、もう用意できた?」
「うん。ビーフストロガノフと、サラダと…今、キッシュを焼いてるよ」
「そう、お疲れさま。そういや…兄貴たちは来るの?」
「うん、僕と尚吾の記念日だから、みんな来てくれるって」
「…(くそっ、面倒臭せええ…)そうか、じゃあ、もっと量を増やすもん作らなきゃ足りないだろうなあ。舞茸とシメジがあったから、それでパスタでも…。サーモンとタコか…。どうせあいつら飲んだくれるだろうから、つまみにカルパッチョでも…。で、デザートにチーズケーキと…。ああ、乃亜。食事の用意は俺がやるから、拓海を部屋へ案内してくれないか?」
「うん、わかった。じゃあ、拓海君、行こうか」
「あ、はい」
 活き活きした様子でエプロンを腰に巻く尚吾に違和感はあるが、それさえなんとも絵になる様だ。もっと眺めたいと思ったが、乃亜の「こっちだよ」と言う笑顔にも逆らえず、拓海は乃亜の後に続き、階段を昇る。

 階段を昇り、右は尚吾と乃亜の寝室、真ん中は尚吾の書斎、それに続く部屋が拓海の部屋だと説明され、乃亜がドアを開いて拓海を招いた。
「もう暗くなったね。灯りを点けるね」
 部屋は拓海が思っていたよりも広く、三方に窓があり、風通しもいい。青いストライプのレースカーテンと揃いのベッドカバー。勉強机に肘置き付きの上等な椅子。
 近づいてカーテンを開けると、黄昏に暗く静かに波打つ海が望めた。
 
「すごくいい部屋だけど、ホントにココ使っていいの?昔来た時は、この部屋に入ったことなかったから…」
「気に入ってくれた?良かった。元々は尚吾のお父様の部屋だったんだけど、当分は帰って来られないっていうから、拓海君の部屋に充てようって。カーテンやベッドカバーも新品にしたんだよ」
「え?(わざわざおれの為に…)」
「これ、拓海君のパジャマね。歯ブラシやらの日用品は、名前を書いて洗面所に用意してるから使ってね。何か足りないものがあったら、遠慮なく言って下さい」
「あ…いや、こんなにしていただいて…あの、あんまり気を使わないでください。おれ、親父に言われて来ちゃったけど、マジでなにもできないし、…置いてもらうだけでも気の毒で…」
「なに言ってんの?拓海君が来てくれて、僕、嬉しいよ。尚吾は僕に拓海君のことをよろしく頼むって言ってくれたの。尚吾が頼みごとを僕にするなんて初めてなんだ。僕にとってね、それはとっても、嬉しいお願いだったんだ。だから精一杯拓海君のお世話をすることが、僕の大切な役目なんだよ。拓海君はこの家でゆっくり休んで、元気になって欲しいんだ。良かったら、本当の家族だと思って、なんでも話して欲しい。…ごめんね、勝手なこと言って。でも本当に歓迎してるからね」
「…」
 無邪気で暢気な乃亜に呆れてはみても、素直に好感を抱いてしまう。
 あからさまな善意を広げられても、ちっとも嫌味に感じない。それよりもこんな風に自分を受け入れてくれて、ここにいてもいいと言ってくれるだけで、沈み込んだ気持ちが少しずつ浮き上がっていく気分だ。
 それに…
 乃亜の本質がこの通りならば、尚吾の恋人であってもちっともおかしくないし、変な嫉妬心は少なくて済む気がした。
 事実、もう拓海には乃亜への警戒心も妬みもなく、ふたりのなにかの役に立ちたいとばかり感じている。

「あの…尚吾さん、エプロンしてたけど…よく料理したりするの?」
「うん、尚吾は僕よりもずっと上手だよ。何でも器用で手際が良くて…。僕はドジでいつも尚吾の手を煩わせてばかりなんだけどね、でも尚吾は少しも嫌な顔をしないんだ。ドジでおっちょこちょいな乃亜も大好きだって…」
 こんな惚気も乃亜が言うと、ちっとも嫌な気分にならない。不思議な人だと思う。
 少しも男らしさはないのに、それでいて女性っぽくもない。可愛いし無垢で明るいけれど、どことなく色気がある。
 尚吾があれだけ惚気るのも無理はないのかもしれない、と拓海はさすがに完全敗北を認めた。
 
 これじゃあ、意地悪なんて、出来そうもないや。

「…尚吾さんってクールな大人で家事なんてかっこ悪くてやらないとばかり思っていたんだけど、見かけによらないんだね。ホントに驚いた」
「うん、尚吾は最高の恋人なんだ。ホントわね…こんな僕でホントにいいのかなって、毎日思っちゃうんだよ。僕はなんでも要領悪いし、尚吾に手間を取らせてばかりだから…。だからね、僕にできる事を一生懸命やろうって頑張るの。そしたら少しずつでも上手になれるんだね。一年前はお料理なんて全然できなかったんだけど、今は尚吾からも合格点を貰えるようになったんだよ」
「…そう、なんだ…」
 嬉しそうに微笑む乃亜に、拓海もついつられて口元が緩んでしまう。
 なんだか天使みたいな人だな…と、強く惹かれてしまうけれど、先刻尚吾に念を押されたことを思いだし、自制した。

 片思いぐらい好きにさせて欲しいけれど、ホントはおれだってさ…

「あ…と、尚吾の手伝いに戻らなきゃ。兄さんたちが来ちゃう。拓海君は疲れただろうから、荷物を片づけたら休んでて。夕食の用意が出来たら、呼ぶからね」
「あ、あの…」
 部屋を出ようとする乃亜に、拓海はふと沸いた疑問を投げかける。

「兄さんって…乃亜さんのお兄さん?今日?ここに来るの?」
「うん。僕の兄さんだよ。週末は誰かが遊びに来るんだけど、今日はみんな揃って来てくれるんだって。五人揃ってくれるのは久しぶりだから、僕も嬉しいんだ」
「え…ご、五人?乃亜さんの兄弟って五人も居るの?」
「そうなんだ。僕は末っ子で、六人兄弟。僕の自慢の兄さん達なんだ。拓海君も好きになってくれると嬉しいな。じゃあ、ゆっくりしててね」と、乃亜はドアを閉めてパタパタと走り去る。

「兄さんが五人もか…」
 尚吾も拓海も一人っ子の所為か、兄弟に憧れたりするけど、六人兄弟なんか見たことも無い。…もうとっくに亡くなった祖母には七人の兄妹がいたと、拓海は昔話を思い出した。
 乃亜に似ているのなら、きっと五人とも綺麗な男性なのだろう。
 尚吾が駄目なら、五人のうちの誰かが、この夏の間だけでも、恋人になってくれたら、拓海の傷心も癒えるかもしれないのに…と、都合の良い妄想をしてみる。
 勝手な望みではあるが、尚吾と乃亜の親密さをここに居る間中見せつけられるとしたら、火遊びでも誰かと恋に落ちなければ、拓海の性欲は渇望するばかりだ。それでなくても、Rと別れてから、誰とも寝ていない。もっとも拓海は女性と寝た経験はないし、男はRだけだ。

 荷物を片づけた拓海は、手伝いでもしようと一階へ降りてくる。
 ダイニングテーブルにもリビングの大テーブルにも、出来上がったばかりの料理が置かれ、乃亜はひとりひとりの配膳を支度している。
 何か手伝おうとしても、どこに何があるのかもわからない拓海にはなにもできない。それより以前に、拓海は家事を手伝った経験が一切無いのだ。
 専業主婦の母親は、自分の仕事とばかりに、家の事は拓海にも夫にもさせなかった。
 拓海はテーブルに出されたものを食べ、洗ってたたまれた服を着た。
 服も靴もなにもかもすべて、母が買い揃え拓海に与えたものだった。
 拓海はそれを一度も疑問に思わなかった。
 それが楽だったからだ。
 Rとの禁断の恋だけが、拓海が自分で見つけた大事な宝物だった。
 
 あれよりも大事なものが見つかるのかしら…と、Rとの日々を思い出すと胸が痛い。

「乃亜~っ!ハロー!」と、玄関から声が響いた。
 ガヤガヤと何人もの男の声が響いた。
「兄さん達が来たよ。拓海君、紹介するね」
「う…ん」
 拓海は乃亜の後について五人の男の前に立って頭を下げる。
「こ、こんにち…じゃなかった。今晩は、初めまして。瀬尾拓海ですっ!」
 色々な返事が聞こえたが、拓海にはよく聞き取れず、顔を上げて五人の男たちを見た。

 が、外国人…じゃないか…

 乃亜は拓海に五人の兄をひとりずつ紹介するが、拓海の頭にはよく入ってこない。それよりもなんでこんな毛色の違う揃いも揃ってモデルみたいなカッコいい外国人が、乃亜さんの兄弟なんだ?と、疑問符ばかりだ。
 拓海の通う高校にも留学生は居るし、外国人が珍しい時代でもないが、大人の男の外人をこんなに近くで見るのは、初めてだと言っていい。
 
 なんて彫りが深いんだ、なんて色が白いんだ、なんて眼の色だよ、背がたけええ~、つうかなんでそんな髪の色してる?つうか、足も長げええ…うわ、おれの頭の上に頭あるじゃん。尚吾さんより背が高いのか…つうか、なぜそんなに髪が長げえんだよ。
 …ぎゃ!キ、キスされた!くちびるに…

「この子、固まってるよ。尚吾」
「おまえらの所為だよ…。いつも言ってるだろ。日本人はシャイなんだから、初対面でキスすんなって…って、もう拓海、しっかりしろよ。これくらいで負けるな。日本人の根性見せてやれ!」
「…(どんな根性ですか?つか、あんたこの人たちの事、一言もおれに言わなかったじゃん)」
「拓海…本当に十八?…かわいいね。まだ13,4だと思ったよ」
「もう、目を付けたのか?ヴィンセント…。こいつは美少年キラーだから気を付けろよ、拓海」
「馬鹿言うなよ、ヨシュア。私は美食家なんでね。若けりゃいいわけでもないさ。良い男が好みなだけ…」
「じゃあ、拓海は俺が…」
「ちょっと待て。先に目を付けたのは僕だよ」
「ぼくは尚吾の方がいいな」
「じゃあ、俺も尚吾で…」
 違和感のある顔で、流暢な日本語を話す五人に拓海は目を白黒させる。

「おまえら、いい加減にして、テーブルに着けよ。せっかくの料理が冷めるだろう」
「わ~い!尚吾の手料理好き~」
「俺だけじゃねえし、乃亜も頑張ったんだからな。なあ、乃亜」
「うん、頑張ったよ」
「じゃあ、食べてやるか。乃亜、極上のワイン、持ってきたぜ。いつも安物のチリ産ばっかしだろ?たまにもブルゴーニュでも飲めよ」
「悪かったな。安物で」
「尚吾、乃亜を貧乏に慣れさせるな」
「…してねえし…つうか、ヴィンセント、おまえ飯食う時ぐらい髪まとめろよ。ほら、これやるから」と、尚吾はリビングのソファに座るヴィンセントにシュシュを渡す。
 渡されたヴィンセントは青色のシュシュをじっと見つめ、少しだけ口端を弛め、髪を縛った。
「ほら、ヨシュアも」と、尚吾は緩い巻いた赤毛のヨシュアにも渡す。
「…サンクス…」と、意外な顔でヨシュアは受け取る。
「僕とお揃いだね。ほら」と、乃亜がピンクシュシュでまとめた髪を見せる。
「キティちゃんが一杯でかわいいよ」
 なるほど、シュシュの生地にはキティの絵がプリントされている。
「あれ、僕には?」「僕も欲しい」「俺にはないのかよっ」と、もらえなかった残り三人は尚吾に詰め寄る。
「あのなあ、これはさっき高速のサービスエリアで乃亜のお土産にって、買ったんだよ。三つセットで六百円のシロモノだよ。そんなに欲しいなら今度買ってやるから、今日は我慢しろ」
「ちぇ、じゃあ、絶対今度プレゼントしてよね」
「わかったよ、ルイ。(つうか自分で買えよ。そこら辺の店にも一杯あるだろうが…)」

 普段、家族三人での食卓しか知らない拓海には、こんなパーティのような大人数で囲む夕食のすべてが驚きの連続だ。
 ソファに座るにもそれぞれに特徴があり、喋り方や食事の取り方、笑い方や仕草まで見ているだけで面白く、食べる事も忘れがちになるほどに見惚れた。
「拓海君、食べてないね。口に合わない?」と、乃亜が気遣う。
「ううん、どれも美味しいよ。…なんか…なんかね、ここに来て良かったなあって…思って、胸が一杯になるんだ」
「…そう、良かったね、拓海君」
 満面の笑みをしたためる乃亜の後ろから尚吾がしたり顔で拓海を見つめる。

 わかってますよ。乃亜さんには迫らないから…。でも、他の五人の兄さん達とは…到底おれなんかじゃとても相手にならないだろうしなあ…

 そう思いながら、顔を上げた時、目があったヴィンセントの碧い瞳にあわてた拓海は目の前のグラスに注がれた赤ワインを一気に喉に流し込む。
 身体中が一気に熱くなり、慌てて水を飲みながら、ついヴィンセントに目をやる。
 拓海を見て薄く笑う表情に、拓海の心臓は鷲掴みされたように狂おしく鼓動した。

 ダメダメ!あのヴィンセントとかいう人が一番危ないじゃん。手の平で遊ばれるに決まっているじゃん。好きになったらこっちがやばいって…

 そう言い聞かせてはみても、恋の矢はもうすでに拓海には撃ち込まれている。




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更新が遅くなりがちで本当にすみませんね('ε`汗)

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夏の名残りのばら 3 - 2014.06.20 Fri

3
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乃亜エプロン1

3、甘く危険な香り

 折角の記念日にふたりだけで祝杯を挙げるつもりの計画は、つまるところ無理だとしても、せめてゆっくりと愛し合う時間を可愛い乃亜の為に捧げたい、と、心に決めた尚吾は、一晩ぐらい泊まりなさいと、引き留める隆伯父を振り切って、伯父宅を出た。
 勿論、車で三時間程度かかる帰宅へのドライブの助手席には、拓海が居る。
 夏休みが終わるまでの約二か月間、拓海を頼まれてくれないか、と、隆伯父に頭を下げられ、尚吾は不本意ながらも承知した。
 痩せた身体に見合った破れたジーンズにオールドのTシャツといかにも現代っ子らしい格好だが、意味もなく不機嫌な態度と反比例する消極的で繊細な拓海の様子を見る限り、自分が預かっても改善の余地があるのか、尚吾には全くわからない。

 9スピーカーから流れる軽快なジャズに、鬱積も吹き飛ぶ。
 乃亜と同居するようになって、二人乗りのスポーツカーから、SUV車に変えた。何事も見た目よりも使いやすさや機能性を重視するようになった。
 愛とは簡単に人生を変えてしまう。と、尚吾は悟った。
 愛する者の為に変わっていくことは、堕落することではなく、探究者になることなのだ。それが自己満足に終わろうと…

 その車の中で、拓海はしおらしくおとなしい。
 話しかけても喋らないし、やりたいことや興味のあることなども言わない。
 この歳の男の子ってのは、こんなにメンドクサイものだったのかな…。と、尚吾も自分の十七、八の頃を思い出し、苦笑した。

 高速道路に乗り、最初のサービスエリアで車を止めた。
「少し話そうか」と、拓海を景色の良い展望台へ誘い、ベンチに座った。
 ペットボトルのお茶と店先で売っていたお菓子を拓海に差し出す。
「帰りつくまでにはまだ大分時間がかかるから、少し腹ごしらえをしよう。ここの自慢のみたらし団子だそうだ。どうぞ」
「…」
 拓海はパックに入った一本を手に取り、団子を口に入れた。
「美味いかい?」
「うん」
「そう、良かった。…実は、拓海君に話しておかなきゃならないことが、…幾つかあるんだが…」
 この期に及んでも口ごもってしまう自分の性分を少しだけあざ笑うことで、尚吾はやっと開き直れたと腹を括る。

「君を預かることになったのは、君のお父さんに頼まれたからだ。俺も俺の親父も隆伯父さんには今までに相当に世話になったからね。無下に断るわけにもいかなかった。でも人一人を預かるってのは、荷物を預かるみたいなわけにはいかない。拓海君も、そこのところを承知して欲しい」
「…おれは、邪魔者ってわけ?」
「ぶっちゃけそうだよ。俺も割合平和な生活を送っているし、君にこの暮らしを荒らされたくないっていう気持ちはある。けれど、それ以上に君のお父さんが君を思う気持ちを考えると…。俺も人の子だからね。なんとか力になりたいのは本当だよ」
「…」
「君が何かに傷ついているのだとしても、俺はそれを無理矢理聞き出そうとは思わないし、もし知ったとしても、俺が出来ることは僅かなものだと思う。だけど、君の周りにいる家族や友人たちが君に元気になって欲しいって願っているのはわかるよね」
「…無理だよ。おれは…生きることに絶望しているんだもの」
「…」
 なんというこの甘く若い青春の絶望感。深淵なロマンティストであろうとする少年の未熟さを様な残す精神性。羨ましい限りだ、と、尚吾は微笑ましくなった。
 つい軽口で「失恋でもしたの?」と、の聞くと、図星なのか、拓海はプイと顔を背けた。それもまた愛らしい抵抗ではある。
 自身も拓海の頃、先輩に憧れ、失恋した思い出がある。あの時の心の痛みや、立ち直るまでの辛さを振り返ると、なんとなくだが拓海の様子に思い当たる。

 それより最も重要な難題が、尚吾には待ち構えている。

「あのさ、拓海君、大事な話があるんだ。君のお父さんにも話していないことなんだが…実は俺は一人暮らしじゃない。要するに…恋人と同棲をしている」
「…」拓海は目をぱちくりと開け、驚いて尚吾を見上げた。
「うちの家は広いし、君の部屋も用意できるし、君が俺らに気を使う必要もないんだが…。まあ、一緒に住むわけになるのなら、理解してくれないと困ることなんだ。え~と…なんというか…恋人と言うのは…男なんだ」
「…えええっ!」
 拓海は思わず声を上げ、食べていた団子を喉に詰まらせ、慌ててペットボトルのお茶を喉に流し込んだ。
「だ、大丈夫かい?」
 ゴホゴホと咳き込む拓海に、これが一般的な反応だろうと、拓海の背中を摩りながら目の前の暗雲に溜息を吐く。
「俺がゲイで驚いた?軽蔑する?」
 拓海は涙目になりながら、心配そうに見つめる尚吾を見上げた。

 少しも…と、言いたかったけれど、言葉にはしなかった。
 違うんだ、尚吾さんみたいな素敵な男性が自分と同じようにゲイだなんて、なんだか自分が許されているみたいで、嬉しいんだ…とも、言えなかった。
 ただ無性に胸がときめいた。
 この人に抱かれる恋人ってどんな男の人なのだろう、と、バカみたいに羨んでしまう。

「ゲイだと言っても、恋人が男ってだけで、取り留めて何か違っているわけでもないし、君が男の子だからって色仕掛けをしようとか、全くないことを宣言するよ。けれど…もし、俺達が気持ち悪いって感じるのなら、無理に同居を薦めるわけにはいかないよね。…君の家に戻ることも検討して欲しい。残念だけど隆伯父さんに本当の事言って、諦めてもらうよ」
「やだよ。も、戻らないよ。別に…嫌じゃないし…気にして無いから。おれ、尚吾さんの家で暮らすって決めたんだもの…」
「…そう?」
「…」
 そう言って俯く拓海の表情は、尚吾には見えづらく、何を考えているのかはわかりかねるけれど、ゲイである自分を拒否していないことは理解できた。
 では、次の段階に行かなきゃ…と、尚吾はまたもや拓海に問いかけた。

「それからね、拓海君に幾つか約束して欲しいことがあるんだけど…」
「…約束?」
「うん。まあ、手前味噌なんですが、俺の恋人…真栄里乃亜(まえさとのあ)って言うんだけどさ、とっても可愛い人なんだ。で、拓海君は絶対に乃亜に恋してはならない」
「…(それって、単なる贔屓目じゃないのかなあ。痘痕もえくぼって言うんだっけ)」
 拓海は怪訝な目で尚吾を仰ぎ見ると、ふふんと鼻で笑った。
「あ、惚れた欲目だって思っているんだろうけど、本当に驚くほど可愛いんだぜ。まあ、拓海君がゲイじゃないのなら、別に心配することもないだろうけど…。俺は平日は仕事だし、その間、乃亜と居る時間は拓海君が長くなると思うけれど、仲よくやって欲しいんだ。…ほどほどにね」
「わかったよ。その乃亜って人を好きにならないようにするよ」
「そうか、ありがとう…。それから…」
「まだあるの?」
「…」

 一番危ういのは乃亜の五人の兄たちの事だが、ここで話しても、きっと拓海には理解できない絵空事になってしまうだろうと考えた尚吾は、それ以上言葉にしなかった。
 思っていたよりも拓海が尚吾の家に行きたいと願っていることや、心の状態もそれほどひどい状況じゃないことがわかっただけでもひと安心だ。
 父や隆伯父の為にもできるだけ拓海を歓迎してあげようと、尚吾は心に誓った。

「あのさ…」と、拓海。
「ん?」
「おれのこと、拓海って呼び捨てにしてくれて構わないよ」と、拓海は少し照れながら言う。
 彼は彼なりに必死に誰かを求めているのかもしれない。と、尚吾は思った。
「了解、拓海。じゃあ、そろそろ行こうか、俺達の家に」
 拓海の頭を軽くぽんぽんと叩き、尚吾は駐車場ヘと立ち上がった。


 助手席のシートを倒し、拓海は弾力の良い皮の背凭れに身を沈めた。

 半分だけ目を閉じ寝たふりをしながら、ハンドルを握る尚吾の後ろ斜め横顔をうっとりと眺める幸福に浸る。
なんてすんなりした鼻梁だろう。肌も健康的で綺麗だし、髭剃り後も濃くなくて、生え際の輪郭も完璧だ。あんな二重の切れ長の眼に見つめられたら、それだけでイっちゃうかもなあ…。
 陽は西に傾き、オレンジ色の斜陽が尚吾の輪郭を照らし、その姿を影にする。
 このまま家には着かずに、どこまでもふたりでドライブできたら…
 尚吾さんの恋人がどんなに可愛い人でも、馴染めないだろうなあ。だって、こんな素敵な尚吾さんと抱き合っているなんて、特権も甚だしい。…ったく憎らしい。
 会いもしていないうちからこんなに嫉妬している自分に、拓海は我ながら呆れていた。

 尚吾が居ない時間は、その男と一緒に暮らすわけだが、うんと意地悪をしてやろうとか困らせてやろう…などと子供じみた気分なのも、拓海が尚吾に舞い上がっている証拠なわけだが、一時間後、拓海の嫉妬は羨望へと変わる。

 尚吾の自宅に着いた頃には、陽は落ちてはいても夏の昼間は長く、辺りは夕焼けに染まり天頂はまだ青みがかっていた。
 駐車場に泊まった車から降り、拓海は以前に来た時と大分様子が違っていることに気がついた。
「ここ…前から畑だった?」
「いや、違うよ。昔は…ここら辺りも高級別荘地で、賑やかだったんだが、バブルが弾けた頃から住む人も少なくなってね。元々過疎地だしね。それで空き家が増えて、土地の値段も下がったから、親父がうちの裏の空き家を買ったんだよ。それを均して…親父が居た頃は芝を敷いてゴルフの練習なんかしてたけど、俺はしないし、親父があっちへ行ってからは荒れ放題でね。そしたら、乃亜が野菜を作りたいって言いだして…。それでにわか農家だよ。うちで食べる野菜の大方はこの庭で採れたものなんだ」
「…へえ」
「とにかく乃亜は凝り性でさあ…。褒めても器用とは言えないんだけど、何でも一生懸命にやりたがる。そこがまた可愛いんだけどね。ああ、あそこのログハウスも乃亜と作ったんだ。(兄貴たちも手伝ったけれど…)俺の仕事は家のリフォームだし、建築やデザインもできるからね。乃亜の趣味に合わせて、手製のアクセサリーの作業場兼出店になっているんだ。これがまた、乃亜の作る小物が近所のオバサンにも好評で、手作り教室になったりしてさ。最近じゃ、喫茶店代わりだ。単に井戸端会議の寄合所とも言うけど…。まあね、乃亜は誰とでもすぐに仲良くなれるとってもいい子なんだよねえ…。何、その顔。ホントだって。惚気てないから」
「…どうでもいいですけど…」
 拓海としては、心の底から聞くに堪えない無駄話だと思ったが、詰り様にも確かに辺りの見晴らしは緑豊かな高台で文句も無く、鼻腔に抜けるハーブの香りが口元を弛ませる。

「ああ、足元気をつけてくれ。乃亜が辺り構わずハーブを植えるから、蔓延って仕方がないんだ。ハーブって奴は使いどころが難しいから、増やすなって言うんだけど、乃亜がね、踏んでも立ち直るから大丈夫だって、気にしないんだよね」
「…」
 乃亜、乃亜ってどれだけデレる気なんだよ。これでつまらない男だったら…マジ怒るぞ!と、拓海は足元のハーブを思い切り踏みしめ、尚吾の後に付いていく。

 洋館風の屋敷の壁はアイボリーに綺麗に塗られ、尚吾が言うように、新しくは無いがよく手入れされている。その裏から続く小道を歩き玄関に回ると、道路の向こう、真正面には海が広がって見えた。
 西の彼方に陽が落ちた橙の跡が波の襞をうっすらと染め上げている。

「尚吾、おかえりなさいっ!」
「ただいま、乃亜」
 その声に振り向くと、玄関先でエプロンをつけた長い髪の男が手を振っている。
 黄昏に染まった姿が、なんだか不思議な生体に見えて、拓海は立ち止まったまま、ぼーっと見つめた。

 ニコニコと笑う乃亜が小走りながら拓海に近づき、「初めまして、拓海君。真栄里乃亜です。これからよろしくね」と、手を出した。
 拓海が迷う暇もなく、乃亜は拓海の右手を取って、握りしめる。
「仲良くしようね、拓海君」と、乃亜が言うから、
「う…ん、よろしく」と、思わず頭を下げた。
 頭を下げてしまったことを少しだけ後悔したが、すぐに消し飛んだ。

 なんだよ。マジで可愛いじゃん!

 乃亜は確かに尚吾の言うどおりの青年だった。
 なんとも可憐でそれでいてちっとも女臭くない、拓海がこうなりたいと想像するしなやかな若木のような男だった。



夏の名残りのばら 2へ /4へ

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なかなか先に進まないので、自分でびっくりです。まだ兄貴たちもでてきてないけど、次回こそは色っぽく…なるかなあ~


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夏の名残りのばら 2 - 2014.06.12 Thu


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瀬尾尚吾表紙1-2


2、混乱のプレリュード

 瀬尾尚吾が、従弟の拓海の面倒を見る羽目になった次第の検察。

 拓海の父、瀬尾隆と尚吾の父、瀬尾祐樹は二つ違いの兄弟である。
 仕事の関係で父親の単身生活が長かった所為か、兄、隆は弟思いのしっかり者で、泣き虫で苛められっ子だった幼い祐樹をいつも励ましてきた。
 悪童どもに泣かされた時にはいつでも助けに来てくれる兄を、祐樹は本物のヒーローだと信じていた。
 ふたりは別々の大学に進学したが、上京した先の隆のアパートに祐樹は居候させてもらった。
隆は誰もが好感を持てる良い男で、交際範囲も広く、彼らの住むアパートには隆の友人達が遊びに来た。その中のひとりが、のちに祐樹と結婚する尚吾の母親、瑠莉(るり)であった。
 隆の所属する天体部の後輩で、祐樹と同い年の瑠莉は、明るく好奇心に富む女子大生で、祐樹は恋心を抱いた。だが、瑠莉の心が隆にあることに気づいた祐樹は、自分の想いを打ち明けることもなく、友人のひとりとして過ごした。
 ほどなく隆は一流商社へ、祐樹は地元の市役所へ就職した。
 彼方此方と出張の忙しい営業系の隆だったが、地元で独り暮らしの祐樹をいつも気にかけてくれた。
 休日になれば、祐樹を呼び出し、ドライブ旅行へと出かけた。
 そのうちに二人共良い年頃になり、結婚の話もあったが、隆は「祐樹が結婚するまで、俺はしないから」と、笑った。
 或る夏の日、いつものように隆からドライブに誘われた祐樹は、思いがけない人に巡り合った。
「懐かしい人を連れてきた」と、隆は瑠璃を紹介した。
「お久しぶりね、祐樹君」と、彼女は手を振る。
「仕事場で偶然に彼女と出会ってね。それで、三人での旅行を思いついたんだ」と、隆は嬉しそうに言う。
 おいおい、兄貴、そこはふたりだけで行くべきじゃないのかね、と、祐樹は苦笑いをする。
「すみません、僕が付いてきてしまって…」と、祐樹は後ろ座席に座る瑠璃に謝った。
「そんなことないわよ。私も祐樹君に会いたかったわ」と、瑠莉はニッコリと笑う。
 その可憐な事。この際、愛想笑いでもなんでもいい。と、数年ぶりに祐樹の恋心に火が付いた。

 祐樹は瑠璃に交際を申込み、そして半年後、結婚した。
 瑠璃の隆への想いを直接確かめる勇気は、無かった。瑠莉がどんな気持ちで自分との結婚を選んだのかも、祐樹にはわからない。
 ただ、誰よりも瑠莉を幸せにすると誓った。
 果たしてそれは守られただろうか…
 平凡な公務員の妻として、申し分の無い妻だったけれど、瑠莉にとってはきっと面白みのない一生だったろう。
 尚吾を生み、育て、愛した。そして最愛の息子の成人姿さえ見ずに、瑠莉は病死した。
 仕事が忙しかったとはいえ、祐樹がもっと気を使い、瑠莉の身体の変化を見過ごしていなければ、助かる命だっただろう。
 瑠莉を失った祐樹は自分を責めた。
 もし、自分ではなく、兄の隆と一緒になっていたら、瑠莉はこんなに早く死なずに済んだかもしれない。もっともっと幸せになれたかもしれない。
 瑠莉を失い衰弱した祐樹の傍に、隆はいつまでも付き添った。
 そして、隆は瑠璃の一周忌までは、祐樹の傍から離れず、祐樹の自宅から仕事に通っていた。
 当時、家を出ていた大学生だった尚吾は、実家へ帰省した時に目の当たりにしたふたりの様子をよく覚えている。
 自身がゲイの所為か、雰囲気を見ればその道の空気感はなんとなくわかる。
 隆伯父と父の醸し出す空気はまるで長年連れ添った夫婦のようだ。
 あの兄弟に肉体関係があるわけではないのはわかっていた。ただ、仲の良い兄弟という絆だけでは量れない情愛がある。
 尚吾はそれを不快には思わなかった。
 母を想う父が失った悲しみから立ち上がる救いを、伯父に求めることに口を挟む者などいるものか。

 伯父、隆の結婚は遅かった。
 三十九歳で、会社役員の娘と見合いし結婚した。六年後、拓海が生まれる。


 隆は独身時代が長かった所為もあるが、幼い尚吾を殊の外、可愛がった。尚吾の思春期の悩みを打ち明けたのは両親ではなく、この隆伯父に対してだった。
 何かと親身になってくれ、悩んでいた転職の相談をしたのも隆だった。
 さすがの尚吾も隆に恩を感じないわけにはいかない。

 その隆が、チリに居る祐樹に息子のことで電話を掛けてきたのだ。
 兄からの相談を受けたのは、隆にしてみれば生まれて初めての事件でもあり、なんとか力になってやりたいが、自分は遠く離れたチリで生活し、やっと慣れ始めた具合だ。
 そこで、息子の尚吾に拓海の世話を頼んだのだ。
 尚吾も一連の話を聞き、無下には断りきれない。しかし、自身の事情さえ打ち明けぬまま、父は今でも残してきた自宅に尚吾ひとりで住んでいると信じている。

 いつまでも隠すつもりがなかったけれど、遠く離れて老後を楽しんでいる父親に、わざわざ三十路になるあなたの息子はゲイで、すこぶる可愛い美青年と同棲生活を楽しんでいます…と、驚かせる必要にも迫られなかった為、一年経ってもカミングアウトは出来ずじまいだ。

 折も折、拓海を引き受ける日は、ふたりが初めて出会った記念日だった。
 折角の記念日にと、一度は変更を願い出ようと考えたのだが、恋人は嫌な顔ひとつせず「尚吾の伯父様からのお願いだし、早く迎えに行ってあげなきゃ駄目だよ。僕たちの記念日に、尚吾の従弟さんがうちの来てくれるなんて、ステキだね」と、無邪気な笑顔を見せる。
「そうは行っても乃亜、拓海がここで暮らすのは一週間、二週間程度じゃないんだぜ?俺は仕事で昼間は居ないし…本当に大丈夫なの?」
「うん、仲よくなれるように頑張るよっ!」
「…」
 乃亜の暢気さは今に始まったことじゃないが、気がかりは多い。
「それに…」と、乃亜は言葉を濁す。
「え?」
「ホントわね、いつも兄たちがここに遊びに来ちゃうでしょ?だから尚吾、迷惑してないかなあ~って気になっていたの。僕ばっかりお世話掛けて、悪いな~って…。だからね、尚吾の従弟さんが来てくれたら、精一杯お世話したいなあって思うんだ」
「…乃亜…」
 二十一にもなって、この天真爛漫さは人間国宝並の計り知れない類まれな人格だ。どれだけ尚吾が苦渋を強いられる事になろうと、この無垢な恋人をこの手に抱けるものなら、耐えて見せる…と、尚吾は乃亜の肌のぬくもりを感じながら心に誓う。


 一年前、尚吾は真栄里乃亜(まえさとのあ)と出会った。
 ふたりは出会ったその時から、お互いを運命の人と思い込み、はた迷惑なぐらいに激しく愛し合い、信じられぬ試練を潜り抜け、とうとう満ち足りた恋人同士になった。
 あれから一年、尚吾と乃亜は、とても幸せに暮らしている。

 愛しい乃亜は、何週間も前から二人の記念日にはなんの料理を作ろうか…と、大した腕前でもないのに、尚吾をもてなそうと張り切っていた。
 尚吾は折角だから、どこか素敵な夜景の見えるホテルに泊まろうか、などと提案したのだが、乃亜は「尚吾が頑張って働いてもらったお給料を無駄遣いしたらもったいないよ。僕は尚吾と一緒にいられるだけで幸せなんだもの」などと、照れもせずなんとも愛らしい顔を見せるので、尚吾も「俺も乃亜が居ればなにもいらない」とバカのように浮かれ、乃亜の申し出を受け入れた。

 いかんせん、乃亜はかわいい。
 一年前と変わらず、純真で従順で何事にも新鮮に感動し、素直な心で尚吾を見つめる。
 なによりベッドの中の乃亜の素晴らしさときたら…。柔らかくてしなやかで、従順でそのクセ驚くほどに大胆で…毎日抱き続けても飽きることはない。
 尚吾の性欲は、乃亜によって十分に満たされていた。

 三十になるまでの尚吾は、人並み以上の美貌や上品な身のこなし、それに矛盾するような肉感的な動作と人好きのするふとした表情などに惑わさられる男女は多く、尚吾はじっくりと品定めした後、好みの男たちと軽快な恋に戯れる日々だった。
 だが、漁色男だった尚吾は、恋の魔法の御業に落ち、乃亜に恋をした。
 その恋は尚吾を一途な男に変えてしまったのだ。

 父をイギリス人に持つハーフの乃亜は、その美貌も性格も常識から並外れた上質のものだが、当然と言えば当然の話である。
 何故なら、彼は人魚だった。
 そう、乃亜は人魚姫だったが、尚吾を愛し、尚吾の愛により、人間に生まれ変わった青年だった。
 この御伽話を信じるまでには、当事者の尚吾も自分の中の常識と相当に戦う羽目に陥ったのだが、なにより乃亜の存在に嘘はなく、彼を得る為なら、嘘でもでたらめな御伽話でも、甘受するしかなかったのだ。
 そしてそれにより、尚吾は今まで味わったことのない、甘い甘い蜜を吸い続けることになるが、往々にして甘い蜜には棘がある。
 いや、綺麗な薔薇にも違わない。

 乃亜には五人の兄がいる。
 勿論、彼ら全員、人魚である。
 笑うなかれ。尚吾はその目で見たのだから…
 溺れかけた海の底で、彼らの下半身は魚の如く、金銀七色に煌きながらうごめき、自由に泳ぎまわっていた。
 その事実は誰にも言うべきものではなかった。
 また言う必要も無い。ただ、この兄弟たちは末っ子の乃亜を激しく愛している所為か、週末には必ず行っていい程、自宅に来ては、お祭り騒ぎで飲み明かしていくのだ。
 勿論、人間の姿である。(彼らは太陽が没すると自由に人間の姿になれるという特技がある)
 当の乃亜は、兄たちが来ることを喜んでいるし、懸命にもてなす乃亜を兄弟も手伝いながら、一通りの家事や片づけはやっていく。それに…尚吾も彼らを憎からず思う時もある。 
 極稀にだが…


 この極めて複雑な状況の尚吾の家に、何も知らない拓海を迎え入れる覚悟がどれほどのものか…大概の者は、理解できよう。
 できることなら断ってしまいたい…と、願って三時間を掛けて伯父の家へ向かった尚吾だったが…

 結果は無残にも伯父の独り勝ちの様である。
 神経質な伯母には冷たく無視され、引きこもりの拓海は…落ち着かない風情で尚吾を見つめる。

 こいつは…大層な災難だ…と、尚吾はすぐに後悔したが、三十路の大人は顔には出さず、「よろしくね、拓海君」と、まだどこか幼さの残る従弟の頭を撫でるのだった。



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夏の名残りのばら 1 - 2014.06.05 Thu

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この物語は昨年の夏に連載した「人魚姫(♂)」の続編です。
あれから一年経った尚吾や乃亜、そして兄弟たちと、新たに登場する拓海の少し変わった恋物語です。

イラストはサムネイルでアップしております。
大きく見たい方は、イラストをクリックしてくださいね。

拓海の夏2


The Last Rose of Summer

1、 夏来る

 昨日までの湿った憂鬱な雨雲が消えた空を、拓海は薄いカーテン越しに覗いた。
 久しぶりに窓でも開けて外の空気でも吸ってみようかと、立ち上がったその時、父親の呼ぶ声と同時に、部屋のドアが明けられた。
「拓海、少し話があるんだが…」
「…」
 父親が二階の拓海の部屋に入る事態が稀だ。
 さすがに堪忍袋の緒が切れたのだろう、と、拓海は普段穏やかな父の雷がいつ落ちても仕方がないと覚悟した。

 瀬尾拓海は高校三年生である。
 受験生でありながら、ひと月ほど学校には行っていない。いわゆる登校拒否だ。
 過干渉の母は拓海を心配したが、本人は理由を言わない。
 仕方なく心療内科に連れて行き、「ストレス障害」と言う病名をもらい、病気療養の為、休学中とした。が、母親は受験を諦めるどころか、休んだ分も取り返せとばかりに、この夏の塾での強化合宿にはすでに参加を希望し、費用を納めてしまっていた。勿論、拓海の意見など聞きもせずに、だ。
 この件においては、さすがに拓海は怒りよりも呆れ果て、失望し、これまで以上に母を軽蔑した。

 幼い頃、拓海は母が大好きだった。
 大層な我儘も「はいはい」と聞いてくれ、何があっても守ってくれる母がすべてだと信じていた。幼稚園では母の作るキャラ弁が人気の的であり、拓海はいつも自慢しながら食べていた。小学校に入っても、母は人が嫌がるPTAの役員を積極的にこなし、そのお蔭で先生は拓海を贔屓目に扱った。
 中学二年の時、ある友人が「おまえの母ちゃん、歳取ってるよな」と、言われ、拓海は初めて自分の母親を客観的に眺めた。
 なるほど、母は他の友人たちの母親と比べて、老けている。
 それはそれほど拓海を傷つけるものではなかったが、他と違う原因を突き詰めたかった。
 拓海は母に尋ねた。なぜ、おかあさんは他のおかあさんよりもおばさんなの?と。
 母は少しとまどいながら、話し始めた。
 それは長い長い話だった。
 父との出会いから、結婚に至り、拓海を生み、育て、そして拓海が立派な大人になることが母の幸せだ、と満足気に語った。
 しかし、肝心の答えは得られず、拓海は不満だった。

 やがて拓海はその答えを得た。
 父と母は、30代後半に結婚したが、なかなか子供が出来ず、人工授精に挑み、五年後にやっと子供を授かることが出来た。その時、父は45歳、母は43歳だった。
 この事実には少なからず拓海は痛手を受けた。両親の歳のことではない。
 自分が愛のあるセックスで生まれたわけではないという事実がショックだったわけだ。
 だが、「それは大した問題ではないさ」と、親友が言った。
「この世の中の生まれた子供のうち、どれくらいが本当の愛情を込められたものだと思う?即ち、愛のあるセックスで受精した卵子だと思うかってことだが…まあ、割合で考えても夢心地になる数字じゃないぜ。自然か人工かっていうのは、別に気にすることじゃない。君がこの世に生まれた奇跡に比べれば…」
 親友の言葉には、神がかり的なものを感じ、拓海は彼に深く惹かれてしまった。
 それまで自分の孤独さを、人工授精という愛のないものの為に感じていたものが、彼の言葉で、それは単なる思い込みであり、すべては自分の為に存在する世界なのだ、と、思い込んだ。
 親友は恋人になった。高校一年の秋だった。
 この過程には多分に青春の青臭さが両方に刺激し合って結ばれたものだが、部活が終わった汗臭い部室で語らう愛の言葉と、昂ぶる欲望に、ふたりは充分に酩酊した。

 拓海が通う高校は、公立の進学校だが、自由闊達な気風であり、生徒主導の自治の所為もあり、校内の恋愛には比較的緩かった。
 恋愛によって成績が下降するという状況も無く、国立大学への進学も安定していた。
 拓海の母は他の親と同様に、この優秀な学校に合格した折には、大いに泣いて喜んだ。将来の半分はこれで決まったかのような喜びようだった。
 まさか、この親孝行の息子が不登校になるとは、思いもよらない。

 きっかけは単純なものだった。
 幸福な恋愛は長続きしない。特に肉欲というものは大体において、飽きがくる。
 拓海と親友兼恋人のRとの蜜月が終わる事もまた自然の成り行きと言うべきだろう。
 三年生になり、受験の為に部活動を辞めることになったRと拓海は、暮れかけた部室でいつものように抱き合った。
 そして事が終わると、Rはあっさりと「僕たちもいよいよ三年生だし、将来の事も考えて受験に集中したいから、関係はこれきりにしないか?」と、提案されたのだった。
 至極真っ当な事案だった為、拓海に拒否の権限はなかった。
「そうだね。お互い頑張ろう」と、握手をし、別れた。
 その夜、拓海は一年半のRとの極めて猥雑な日々を想って、泣いた。

 別れてひと月も経たないうちに、Rは拓海に新しく付き合い始めたと言う彼女を紹介した。
 賢そうだが、自我の強そうな女生徒だった。
 こんな女におれは負けたのか…と、拓海は悔しがったが、顔には出さなかった。
「彼女と一緒にK大を目指そうと思うよ。勿論、恋人関係も良好さ」と、Rは明るい顔を見せた。
「そう、良かったじゃない。頑張れよ」と、拓海も負けずに笑った。
 が、誰がどう見ても敗者の顔だった。

 自宅に帰った拓海は、自分がひどく傷ついていることを改めて認識した。
 Rとの恋愛に際し、一体、何が悪かったのかを反省したが、答えは見つからず、結局、二度と恋愛などするものかと、結論づけた。

 翌日、拓海は熱を出した。
 熱は三日で下がったが、生きる価値を見失った拓海の精神は病んでしまった。
 そういうわけで、すっかり引きこもってしまった拓海は、今もって憂鬱の虫に取りつかれている。


 父親はベッドに座り込み、腕組みをし、黙って部屋を眺めている。
 沈黙が居たたまれずに、拓海から話しかけようとしてみても、何から話せばいいのかわからない。
 漸く父が口を開いた時の最初の言葉は、拓海には思いもよらない言葉だった。

「拓海、しばらくこの家から離れてみないかい?」

 拓海は血の気が引くと言う意味を知った。自分の弱さの所為だとはいえ、とうとう父親からも見捨てられるのか…と、絶望した。

 拓海の父、瀬尾隆は今年で六十三歳になる。
 二年前に商社を定年退職し、今は地元のグループ会社の相談役に就いている。
 拓海は父親が好きだ。何故なら隆は良い男だった。
 見た目は母親よりも若く見えるし、田舎では目を惹くセンスのいい服装や、穏やかな話し方や「私」とか「君」とかを嫌味なく言葉にできる器量などは羨望すら感じる。
 拓海は顔つきや身体つき、その性格が父親似だと言われるが、その度に誇らしい気分になった。
 その父をこんな風に心配させるつもりではなかったけれど、朝になり、学校に行ってRと顔を合わせるかもしれないと思うと、身体が動かなくなる。

 今や、母親は日を追ってヒステリックになるし、拓海よりも母親が病院は必要ではないかと思う始末で、そうは言っても自分の所為でこうなっていることに責任を感じても、母親の為に生きているわけではないので、罪は感じない。
 学校に行かぬのは、拓海の大切な愛…つまり人生への不信からである。
 その答えを導かない限り、拓海はこの部屋から出られない気がする。

「離れる…って。おれ、捨てられるの?」
「は?…何馬鹿な事を言っているんだ。私が可愛い息子を捨てるわけないだろう。拓海は今まで親に何ひとつ心配かけることのない良い子だった。それが当然だと私も母さんも気が緩んでいたんだね。すまなかったね、親の責任も取らずにほったらかしにしてしまって…」
 拓海に向かって頭を下げる隆に、拓海は益々すまない気持ちで一杯になる。
「お父さん…」
「君が学校に行けない理由を問い詰める気はないけれど、このままでは、母さんが…ほら、君のことになると、彼女も普通でいられなくなるし、だからといって、私は拓海に無理に学校へ行けとか、勉強をしろとか強いたくはないんだよ。誰だって、人生に悩んで立ち止まったりすることはあるからね。考えた私なりの提案がこれだ。学校の事も受験の事も一旦リセットしてみないかい?少し早い夏休みになるが、夏の間はこの家から離れて、ゆっくりと心を休めるという方法もある」
「…でも…」
「母さんは反対するだろうが、私が説得するよ。もう拓海も子供じゃないんだ。二人共にちょうどいい子離れ、親離れの機会になることだろう」
「…」
「それともこのままこの部屋に閉じこもっていた方がいい?それは楽かもしれないけど、つまらないばかりだと思うよ。…拓海の人生を決めるのは学校や受験や大学じゃないし、親や友人関係だけでもない。この世のすべてが拓海の世界であり、拓海は好きに選ぶ権利があるんだ。色々な事を時間を掛けてじっくり考える時間と場所を提供しよう。どうだい?拓海。このちっぽけな部屋を出て、未知なる世界に足を踏み出しては?」
 拓海はゆっくりと頷いた。
 まだその覚悟が出来ていなかった所為か、不安の方が大きかったが、大好きな父親の言葉を信じようと思った。

 そして、隆が拓海に推薦したのは、拓海の従兄の瀬尾尚吾の住む家だった。


 十二歳年上の尚吾を、拓海はよく覚えている。
 幼い頃、頭を撫でられ、何度か抱き上げられたことも忘れ難い思い出だ。
 尚吾は研ぎ澄まされた美貌とは対照的に、嫌味にならない人懐っこいさや爽やかな笑顔が印象的で、なんとも魅惑的な男性だった。
 何時の頃からか、拓海にとって尚吾は憧憬の存在になっていた。

 最後に尚吾を見たのは、三年前の祖母の葬儀の時だった。
 黒の礼服がモデルのようなスタイルの尚吾を一層際立たせ、一つ一つの仕草の上品さに見惚れた。
 整った美貌も、少し低く響く声も、緩く撥ねたくせ毛も尚吾という男に必要な賜物のように思えた。
 思えば…Rに惹かれたのは、この年上の従兄にどこかしら似てたからではなかっただろうか…

「祐樹叔父さんの家は覚えているかい?海が見える高台からの景色が素晴らしいんだ。拓海もあの海で泳いだことがあっただろ?今は、尚吾君がひとりで住んでいるんだが、行ってみないかい?」
「…う…ん」
 隆の提案は十分魅力的であったが、今の拓海には、憧れでもある尚吾に自分を見せられるほどの自信もなく、こんなふがいない自分を見せて呆れられるぐらいなら、行かない方がいいのかもしれない、と、承諾しかねるのだった。
 それでも…確かに尚吾との生活というのは、想像するだけでなんとも刺激的で惹きつけられる。
 もしかしたら、失恋の痛みを癒す特効薬になり得るかもしれない。
 もしかして、尚吾が拓海の恋人にでもなれば…自分を傷つけたRに復讐できるかもしれない。
 
 拓海は隆の提案を了解した。
 隆は「そうか」と、言い「じゃあ、尚吾君が下で待っているから、挨拶をしなさい」と、立ち上がり、部屋のドアを開けた。
「え?ええ~っ!」
 拓海は驚き、椅子から飛び上がった。
「尚吾君には話は通してある。ここから先は君が決めなさい」
「…」

 隆がここまでアグレッシブだとは、さすがに思わなかった。
 もはやひとりよがりの見地とも言える。
 選ぶのは拓海だと言うけれど、どう見てもこれは強制ではないのだろうか…。と、拓海は訝んだが、久しぶりに会う尚吾の姿に、期待しないわけはない。
 取り敢えず近くに会った鏡を覗いて髪を整え、階段を降りる隆の後を追った。

 「じゃあ、後は拓海に任せたからね」と、隆は応接間に入る事もなく、リビングへ去っていく。
 ひとり残された拓海は、早鐘を打つ心臓に「落ち着け」と繰り返し諭しながら、震える手で応接間へのドアノブを引いた。

 応接間は拓海の部屋よりも明るく、眩しかった。拓海は思わず目を閉じた。
「拓海君?…久しぶりだね」
 中央のソファに座った人影が拓海に振り返り、声を掛けた。
 ぼーっと立ち尽くした拓海に、尚吾はすぐに立ち上がり近づいた。反射的に後ずさった拓海は閉めたドアに足を打って、思わずよろめく。
「大丈夫かい?拓海君」
 尚吾の手が拓海の肩を掴んだ。
 170センチの拓海よりも頭一個分ほども高い位置に尚吾の顔があった。
「あ…あの…」
「君が俺の家に来る気があるのなら…歓迎するよ」
 拓海を見下ろす尚吾の優しげな瞳に、その身体から薫る夏の匂いに、拓海は一瞬で惹きつけられた。

 何という天啓だ。
 ああ、これこそが、本当の恋に身を震わせるっていう居心地なのだ。
 これに比べたら、Rに抱いてた想いなど、地べたに捨ててやってもいい、とさえ思えるじゃないか…。




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