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2014-08

夏の名残りのばら 12 - 2014.08.28 Thu

12
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尚吾拓海ヴィン三人44

12、夏を駆ける

 ヴィンセントは腕の中でまだ余韻から醒めやらぬ拓海に「辛くなかったかい?」と、聞いた。拓海はなにも言わず、ただ首を横に振った。

『そんなの…わかっているくせに。おれじゃ全然相手にならないって、わかってるくせに…あんまり優しいキスをくれるから、涙が止まらないんだ』
 自分がもっと大人だったら…こんな駄々っ子ではなく…
 ヴィンセントに抱かれながら、拓海は何度も思った。
 一方的にヴィンセントからもらうばっかりで、自分はなにひとつ返せないばかりか、大好きな人を楽しませることすらできない。
 「ごめんなさい」と、何度も謝った。その度にヴィンセントは「拓海は真面目すぎる。もっとリラックスして、楽しむことだけ考えると良い」と、微笑んで優しいキスを与えてくれるのだ。

 一緒にシャワーを浴び、ベッドに横になった後も拓海は少しも眠くならず、取り留めのない話を続けていた。ヴィンセントは面倒臭がらず、拓海の話に耳を傾けた。

「ねえ、ヴィニーから、ばらの香りがするのは何故?」
「ローズグランブルー…。エクスマス家の庭でしか育たない薄青のイングリッシュローズの香りだよ。花弁をオイルやポプリにして使うのだが…、海の中でも香りが消えないから『グランブルー』と、呼んでいる」
「薄青色のバラ…ステキだ。咲いてるとこ、見てみたいな」
「拓海をエクスマスの城へ招待しようか?」
「え?…そんな…そこまでヴィニーに甘えるわけにはいかないよ。もっと…もっと大人になって、自分の貯めたお金でイギリスに行けるくらいになったら、その時は招待してください」
「また随分と先の話に聞こえるが、その時まで拓海の恋心が醒めなければいいものだな…」
「続くよっ!絶対に。…ヴィニーは信じてくれないの?」
「いや、そういうのも悪くない」

 微笑んで頷くヴィンセントを見つめながら、拓海はヴィンセントの優しい嘘を嬉しくも寂しく思った。
 ヴィンセントは拓海に好意を持ってはいても、愛情を感じているわけではない。
 慰めのセックスでもいいと強請ったのは拓海の方であり、ヴィンセントはそんな拓海に同情しただけのことだ。
 そんなことはわかっていた。

『おれがこのままずっとヴィンセントを思い続けたら、きっと本物の愛が育つはずだ。そしたら、何度でもヴィンセントに告白しよう。今のおれにできる事は、この想いを曖昧にしてしまうことより、一生懸命になることだ』


 拓海が尚吾の家に帰宅したのは翌日の昼近くで、尚吾と乃亜が遅いブランチを始めようとした頃だった。
 玄関の戸を開けた拓海は「ただいま」と、一言ふたりに言い放つと、返事も待たずに足早に二階の部屋への階段を駆けあがって行く。
 その後に続くように、ヴィンセントがふたりの前に姿を見せた。
「拓海はひとりで帰れると意地を張るのだが、少し心配だったから、送り届けようと付いてきたんだ」
「ヴィニー!」
 乃亜はヴィンセントの来宅を、相好を崩して喜んだが、これには理由があった。


 昨晩、事前の連絡もなく、リオンが尚吾たちの家へ来て、今まで乃亜を守る為についてきた数々の嘘をばらし、真実の人魚の姿と、乃亜の父親とヴィンセントの関係を、尚吾と乃亜に話し聞かせたのだ。

「人間になってしまった乃亜には、もう人魚のことなど関係は無いんだろうけれど、こんなに尚吾に愛されている乃亜を育てたのは、ヴィンセントや僕たちだよね。乃亜ももう大人になったんだから、すべてを知ってもいいと思うんだ」
 リオンに特段の計算があるわけではなかった。言うなればただの思いつきでしかなかった。だが、彼なりにヴィンセントや自分たちの経験したことや感じたことをこの末の弟に知って欲しいと願っただけだ。
 リオンの話を聞き始めた時から、乃亜は泣きっぱなしで、尚吾から借りたハンカチでは間に合わない程だった。そんな乃亜をリオンも尚吾も愛おしいと感じていた。
 一体これほど率直にかわいらしいとか、守ってやりたいと思う対象があるのだろうか。
 乃亜は無条件に誰もが無欲に保護したいと願う人格だった。

「あのね、僕たちの本当の姿を知って、それを承知で友情や愛情を分かち合ってくれる者はとても少ないから、尚吾は僕たちを理解する特別な人間なのだと思う。だから、全部とは言えないけれど、出来る限り僕たちのことを知って欲しいと思うんだ」
「リオン、ありがとう。俺は乃亜が人魚のままであっても、愛し続けていたよ。そして乃亜の兄弟である君たちも同様に…愛しているよ。勿論、兄弟としてね」
「そこ、警戒してなくても、僕は尚吾に迫らないから、安心してよ」
「そうかい(十分迫ってくるじゃんよ)」

 リオンの話は、尚吾がヴィンセントから聞いた話と違わなかった。いや、ヴィンセントの方がより一層複雑だったから、ヴィンセントはリオンにも話していないことを尚吾に語ったのだと、改めてヴィンセントの想いを深く受け止めた。

 リオンはひととおり話し終えると尚吾宅を離れた。
「今からねえ、この間知り合ったかわいい男の子とデートなんだ」
「…なあ、リオン」
 尚吾は乃亜に聞かれないようにと、ひとりでリオンを見送り、車に乗り込もうとするリオンの腕を引き寄せ、耳元で囁いた。
「やっぱりおまえも人間とセックスしないと…力出ないのか?」
「…は?」
「人魚は人間とセックスすることで性的エネルギー…って生命力を得るって話を、ヴィンセントから聞いたんだが…」
「性的エネルギー…何の事?」
「…何って…」
「ああ、わかった。尚吾、ヴィニーに嵌められたね」
「え?」
「あんなアンニュイな顔してて、ヴィニーはデタラメな嘘をべらべらと吐きまくるからね。面白いからいいけどさ」
「う、嘘?なのか?」
「まあ、怒らないでよ、尚吾。わかってるって思うけどさ。ヴィニーが嘘を吐くほど、尚吾に執着しているってことなんだから。だから大目に見てあげて」
「見てあげて…って…」
「僕はねえ、ちょっと感動してるんだ。本気で誰かに惹かれているヴィンセントを見るのは久しぶりだし、とっても愛おしくなるんだよ。…長兄はさ、僕たちよりもずっと色んなものを抱えているから、時にはその荷物を降ろしたくなるんだと思う。その場所が尚吾であって、良かったなあ~って、僕は思っているんだよ」
「…」
「勿論、ヴィンセントの想いが叶っちゃ困るんだけどね。可愛い乃亜を泣かせたくないから。そこのところは…ヴィンセントもわかっていると思う」
「リオン…」
「きっとヴィニーは…僕もだけど、片思いが実らなくてもいいんだよ。大人だし、慣れてるからね。でも乃亜は…僕たちの育て方が良かったのか悪かったのか、天然の純粋温室育ちだから、尚吾に裏切られたらホントに死んじゃうかもしれないね。だから、尚吾の浮気は許すけど、乃亜だけはずっと愛してあげてね」
「胸に刻んでおくよ、その言葉。ありがとな、リオン」
「ホントに感謝してる?」
「勿論」
「じゃあ、お礼にキスしてよ。もちろん、口唇にだよ」
「おい」
「片思いのお駄賃だよ」
「変な日本語、覚えんなよ、馬鹿」
 尚吾はリオンの気持ちに報いる為に、深く接吻をした。家族の情愛とほんの少しの欲情を込めて。 
『思いやりは当然だろ。このキスの値打ちがそれに適うかどうかはわからないけれど…』

 
 リオンが尚吾の家に来たとは知らないヴィンセントは、目の前でポロポロと涙する乃亜の姿に呆気に取られていた。
「一体…どうしたのだ?乃亜?…尚吾が何か悪さをしたのか?」
「するかよ、馬鹿。昨晩リオンがここに来て、色々と…あんたのこととか乃亜の父親のこととかさ…話し聞かせたから、乃亜はずっと感動しっぱなしで、今まで以上にあんたに敬服してるんだよ」
「リオンが…」

『昨晩、私と拓海を置いて、いそいそと出かけたリオンの後姿を見送ったが、あれはそういう計画を仕組んでいたのか…。それにしてもリオンは一体どこまで喋ったのだろう。乃亜が傷ついてないと良いのだが…』

「ヴィニー…」
 乃亜はヴィンセントの胸に飛び込み、その背中を抱きしめた。
「乃亜。大丈夫か?」
「今まで何も知らないままみんなに甘えていた僕を許してね」
「許すも何も…乃亜は何も悪い事はしていない。リオンが何を言ったのか知らないけれど、乃亜が傷つくことなんかひとつもないのだよ」
「傷ついてなんかいない。僕はみんなに感謝しているんだ。お父さんやお母さんが僕を命がけで産んでくれたことに…。そしてヴィニーたちが僕を育ててくれたことに…。もっと一杯感謝して我儘言わない良い子であったらと、後悔もしてるけど…。でも、やっぱり嬉しくて…ヴィニー、ありがとう。ホントにありがとう…」
「乃亜…」

 涙を流しながらヴィンセントを見上げる乃亜の片方の耳たぶにピアスが揺れている。
 そのピアスはあの情事の後、ヴィンセントが尚吾に残したものだ。
 ヴィンセントはハッとして、尚吾に顔を向けた。尚吾はその事を気づき、人差し指を口唇へ押し当て、じっと見返した。
 その時、ヴィンセントは尚吾のヴィンセントへの応えを理解したのだ。

『強要したセックスの代償にと私が残したピアスを、尚吾は乃亜に与えた。と言う事は、私の想いを受け取る気はない…そういうことなのだろう…。当然と言えば当然だが…』

「ヴィニー、お礼が遅くなってしまったけれど、このピアスありがとう。これを付けてると、いつもヴィニーが傍にいて、僕を守ってくれてるようで力が沸いてくるんだ」
 何も知らない乃亜の笑顔がヴィンセントには眩しすぎる気がした。同じように尚吾にも。
「そう…気に入ってもらって良かったよ」
 ヴィンセントは自分がつけている片方のピアスを外し、それを何も付けていない乃亜の方耳に付けた。
「やっぱり両方揃っている方が、随分と良い。乃亜に似合っている」
「ヴィニー…」
「これで、これまで以上に乃亜を守ってやれるだろ?」
「うん…尚吾から貰った分とヴィニーから貰った分、二人分のお守りになるね」
 これもまた純粋な乃亜の痛い皮肉でもある。ヴィンセントは乃亜の言葉に自分を嗤って自戒した。

「いいかい、乃亜。尚吾が嫌になったら、いつでも私の元に戻ればいい。私は乃亜を裏切らない」
「俺も裏切りませんからっ!」
「…人間は信用ならない」
「おまえ…」
 嘘を教えたことを責めようと思ったが、乃亜の前では話せず、尚吾は拓海の様子を見てくると言い、二階へ駆けあがった。
 どちらにしても今の乃亜には自分より、ヴィンセントへの想いが勝っている。しばらくはべったり甘えきった乃亜と、それにしたり顔のヴィンセントの抱擁が続くはずだ。
 それを笑って許せるほど、尚吾も寛大ではない。あからさまに嫉妬するほど狭い自分も認めなくない。
 元々あの兄弟たちは、乃亜を好き者にしたという無辜な罪がある。


 尚吾は開け放たれたドアの向こう、窓枠に座り遠くに広がる海を眺めている拓海を見つけた。
 尚吾にも気づかずに、一途に見つめるその視線の先は、先程までいたヴィンセントの別荘がある島なのだろう。
 拓海の横顔は昨日までの未来を夢見ることを諦めた傍観者ではなく、生きることの喜びを味わっているかのように綻んでいた。
 ロマンスに酔い、少々のセンチメンタルとメランコリーを味わい、愛する意味を知ろうとする探究者のように。

「拓海、ちょっといいかい?」
尚吾の声に拓海は振り向いた。
「尚吾さん…」
「願いが叶った気分はどうだ?…満足したかい?」
「…うん」
「どうした?嫌な目にでも合ったか?」
「ううん。…自分がガキすぎて嫌になっちゃうけどさ…きっとこういう自分も好きにならなきゃ、尚吾さんやヴィンセントさんに認められる大人にはなれないんだろうなあ~って思ってさ…」
「そうか…でもな、そう焦らなくても、そのうち勝手に大人になっちまうし、そんときゃ、やっぱりガキの頃が一番好き勝手出来て良かったなあって残念がるに決まっているんだぜ」
「…そんなもんなの?」
「そんなもんだよ。だから…今はガキの拓海でいりゃいいんだよ。泣いて悩んで、笑って、俺達に我儘ゆってさ。ガキはそれが許されるんだよ」
「…尚吾さん」
「だからさ、まあ…頑張れよ」
「うん。おれ、ヴィンセントさんのこと諦めねえから」
「…」
「無理だとわかっても絶対、諦めない。ガキなんだから許されるんだろ?尚吾さんそう言ったじゃん」
「…やぶ蛇だな」
「蛇の道は蛇って言うんだよ。良い見本がいるしね」
「まいったね、こりゃ」

 少年は大人が知らぬ間に光明を探し出す。いつだってそうだ。誰も道を教えなくても、勝手気ままに走り回って、自分の道を切り開いていく。

「尚吾さん、おれ、夏休みが終わる前に家に戻ろうと思う。みんなから遅れた分を取り戻さなきゃ、行きたい大学に合格できないしね」
「志望大学決まったのか?」
「今から探すよ、イギリス留学できるとこ」
「…」
「ヴィンセントさんに会いに行きたいから頑張るって決めた。あ、反対しても無駄だよ」
「反対なんかするかよ。自分の人生だ。好きにしたらいいさ。餞別ぐらいは用意してやるから」
「うん」

 青い空と蒼い海の境界が重なった景色を背景にし、輝く未来を背負った拓海を、尚吾は眩しげに見つめた。


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更新が遅くなり申し訳ありません。あと二回ほどで終わる予定でございますが…

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夏の名残りのばら 11 - 2014.08.19 Tue

11
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拓海裸


11.ヰタ・セクスアリス

 夕食を終えたリオンは、用事があるからと、クルーザーボートの甲板に飛び乗り、ひとりで出航してしまった。
 拓海は急いで別荘の庭に通じる桟橋から、手を振ってリオンを見送った。
「拓海~、がんばってね~」と、らしくない大声でリオンは声援を送る。
 有難いけれど、これからヴィンセントとふたりで過ごさなきゃならないかと思うと、嬉しさよりも不安の方が勝ってしまう。
 大体…ここに来た目的さえ、拓海自身よくわからなくなってしまった。

『ヴィンセントはおれとのセックスは望んでいないみたいだし…じゃあ、おれは何しにここに来たのかわかんないじゃないか…』

 拓海は泣きそうになりながら、夜空を仰いだ。
 満月の所為で星の観測には物足りなかったけれど、星座表と同じようにかしこまった天体の静謐な瞬きに癒される。

『こうやって星を見上げると、自分の悩みなんてつまんないものだってわかるはずなのにさ…。どうしても引き摺ってしまうんだよなあ…』

「拓海、こちらへおいで」
 ヴィンセントに招かれ、芝生が敷き詰められた庭に続くテラスの籐の椅子に拓海は素直に座った。
 ヴィンセントが檸檬ソーダ水を差し出す。拓海はそれをストローで掻き回し、泡立つ炭酸の行方をじっと目で追ってみた。
 ヴィンセントはただ黙って拓海の目の前に居て、拓海を見つめている。
 見られることに慣れない拓海は、気にしないフリをしつつ、この長い夜をどう過ごしていいのか心許なくなってしまう。何を話せばいいのか、途方にくれてしまう。
 耳に響く波の音だけが、拓海を応援する味方のような気がした。

「この島の周りは夜になると潮流が激しく渦を巻く。今日は満月で満ち潮だから、波音も良く響くのだよ」
「へえ…。でも注意すれば泳げるんでしょ?」
「人は夜に泳ぐもんじゃない」
「…でも、ヴィニーさんほど泳ぎが得意なら、夜に泳いでも平気でしょ?おれもね、結構自信あるんだ。高校に入学するまでは水泳を習ってて、遠泳の選手だったんだよ」
「それは凄いな」
「今度、一緒に泳ぎませんか?」
「日中ならば構わないさ」
「じゃあ、楽しみにしています…」
 拓海はホッとしてストローから少しだけソーダ水を飲み、喉を潤した。それだけで緊張で強張った身体が少しだけ解れた。

「それはそうと…」と、ヴィンセントは少し顔を傾げ、拓海を見つめた。
「…拓海は私を好きだと言うが、私のどこが好きなのか、聞かせてくれないか?」
「え?」
「拓海が私に会いにきたのが、リオンの言うようにセックスが目的ならそれはそれでいい。私も好きにならなきゃ相手を抱けないなんて道徳をかざすつまらない大人じゃないけれどね、君をその辺の少年と同様に扱うわけにもいくまい。拓海は特別だ」
「それって…おれが尚吾さんの従弟だから?」
「そうだ」
「尚吾さんのおかげで、おれはここに招待されたってことですね」
「それが気に入らないかね?」
「別に…そうじゃないけれど…」
「私は…拓海は尚吾が好きなのだと思ったのだけれど…違うかい?」
「え?」
 拓海は何度か瞬きしながら、ヴィンセントにどう答えていいのか戸惑ってしまう。

「…うん、確かにそうだよ。尚吾さんがおれをあの家から、ここに連れてきてくれたんだ。尚吾さんに会うのは久しぶりだったから、凄くときめいた。ああ、昔からかっこよかったんだけど、想像以上に素敵だったから…一目惚れしたんだ。失恋して落ち込んでた気持ちもすっかり忘れられるぐらいに…。でもすぐに失恋した。だって尚吾さんには乃亜さんって言う、めちゃくちゃ可愛い恋人がいてさ…。あんな似会いのカップルなんて早々いないし、あれだけ仲が良かったら、嫉妬する気も起きないよ。それで…落ち込む暇もなく、ヴィンセントさんたちに会えた。外国の人と話すのも初めてだし、みんなびっくりするほど綺麗で、映画の俳優さんみたいだし…なんか現実感がないんだ。でも、みんな優しくて親切で、おれ、ここに来て本当に良かったって思った。でも、おれ、わかってるよ。おれなんかがヴィンセントさんの相手になるわけないって…」
 拓海はストローを取り出し、ソーダ水を一気に飲み干して、大きく息を吐いた。

「…おれさ、夏休みが終わったら、自分の家に帰ろうと思う。いつまでも尚吾さんと乃亜さんの世話になるわけにもいかないし、取り敢えず高校は卒業しなきゃ、言いたいことも親に言えないからね。…おれ、嫌だったんだ。親の示す方向に…普通の無難な脱線しない人生を送るレールに乗っかるのが…。両親が居てお金に苦労しなくていいし、親の言う事を聞いていりゃ幸せなのかもしれないけれど、そんな人生、すごくつまんないってどうしても思ってしまう。ヴィニーさんを見てると、自分が違う世界に居るみたいに夢心地になれる。胸の中がワクワクして、頭の中もすっきり晴れた空みたいになる。そういうのって生まれて初めてなんだ。…おれ、ヴィニーさんに本気で相手をしてもらおうとか思っていないよ。ただ、この夏の思い出にヴィニーさんに抱いてもらえたら、これからのつまらない人生も、頑張れそうな気がする…」
「…」

 拓海の話はヴィンセントには少々退屈に思えた。
 この歳の少年に有りがちな妄想と実社会との混乱の中でもがいているだけであり、この時期を過ぎてしまえばひと夏の思い出など苦笑いで済ませる程の些細なものになるのだ。
 だが、これが若さの特権だと、ヴィンセントは理解している。
 ヴィンセントには二度と味わえないこの檸檬ソーダのような泡立つ青春の中で、拓海は泳いでいるのだ。

「では、拓海の話を要約すると…」と、ヴィンセントはできるだけ穏やかに拓海に言った。
「拓海が成長する為に、一度だけ私と寝て、この夏の良い思い出にしたいと言うわけだね」
「……」
 懸命に話したつもりだったのに、ヴィンセントの心には響かなかったどころが、気分を害したのかと、拓海は不安気にヴィンセントの顔色をうかがった。

「拓海の私への想いは理解したけれど、私は今の君に欲情は感じない。もとより…尚吾からきつく言われている。君を傷つけないようにと…。まあ、尚吾の心配はわかるさ。学生の拓海に情事を勧める身内はおるまい。しかも、私が相手では…」
「尚吾さんが何と言おうと、ヴィンセントさんは素敵です。おれに魅力がないのはわかってます。もう、…いいです。無理に抱いてくれなんて…すみませんでした。ヴィンセントさんがあんまり優しから調子に乗っちゃったんです。気にしないで下さい」
「…」
 身の置き所の無くしたように肩を落とし、青ざめた表情の拓海に、ヴィンセントは同情したが、これ以上どうしようもないと思った。
「別に拓海と仲違いをするつもりはないんだよ。私たちは友情を分かち合うに十分な関係にある。そんなに気を落とすことはない。恋は心変わり易く、真実も見えにくいものだ。今の拓海は…私の姿に偽りの理想を見ているだけだ」
 こんな陳腐な慰めしかできない自分にヴィンセントは失望した。
「少し…風が出て来たね。あたたかい飲み物でも作ってくるよ。部屋の中で待っていなさい」
「…はい」
 
 意気消沈の拓海を置いて、ヴィンセントはキッチンへ向かった。
「一体、私にどうしろと言うんだ!」
 思わず独り言を吐いた。全くもって、クールなヴィンセントらしくもない顛末だ。
「そうか…」

『尚吾と交わした契約が、私の心を縛っているのだな…。…ったく、尚吾とのセックスがあれほどのものでなかったなら、こんな気苦労もせずに済んだはずなのに…仕掛けた罠に嵌ったのは私の方なのか…』

 気を取り直し、良く眠れるようにとココアにブランデーを混ぜた飲み物を用意して庭に戻ってみたが、拓海の姿は見当たらない。
 名前を呼び、部屋を探しても拓海はいない。

「まさか…」
 ヴィンセントは庭を横切り、桟橋へ向かった。桟橋には拓海が履いていた草履が投げ捨てられている。
 ヴィンセントは暗い海に目をやった。
 波立つ夜の海を浜に向って泳ぐ拓海が、横波に飲み込まれながら見え隠れする。

『なんて馬鹿な事を!夜の海は人間には危ないってあれだけ言ったのに…』

 馬鹿な事をさせてしまったのは自分の所為だとわかっている。
 ヴィンセントは、暗闇の海に飛び込んだ。
 どんなに暗い海でも、ヴィンセントの碧い眼は、海中のすべてが見透せる。人間の姿のままで自由に泳ぐことぐらい訳は無い。
 
 溺れかけている拓海に追いついたヴィンセントは、拓海の身体を抱き寄せた。
「拓海!」
「離してよっ!おれはひとりで帰れるからっ!」
 海水に濡らした顔でも拓海が泣いているのがわかった。
「馬鹿者!ここから浜までどれくらいの距離があると思っているんだ!」
「…」
「今の拓海には無理だってわからないのかっ!足が攣っているのだろう?これだけ身体が冷えてしまったら、思うように泳げるわけはないだろう」
「…」
 拓海はヴィンセントの腕から逃れようともがきながら泣いている。
「…拓海、頼むから一緒に戻ってくれないか?」
 拓海はヴィンセントの顔を見つめ、泣きじゃくりながらやっと頷き、ヴィンセントの背中にしがみついた。
 波間を滑るように泳いでいくヴィンセントの背中は温かく、大きかった。
「ごめんなさい」と、呟くと「私が悪かったのだ」と、ヴィンセントは答えた。

 ヴィンセントは足が攣って歩けない拓海を抱き上げたまま、別荘に戻り、寝室のベッドに寝かせると、濡れた服を脱がせ、冷たくなった身体を毛布で包み、濡れた髪をタオルで拭き、痛がる足のマッサージを施した。
 拓海はベッドに身体を横たえ、素直にヴィンセントの為すがままになった。
 足の痛みが落ち着くと、ヴィンセントは一旦脱衣所へと向かい、濡れた服を脱ぎ、シャワーを浴びてバスローブに着替えた後、寝室に戻った。
「大丈夫か?拓海。寒くないか?」
「うん、大丈夫」
「温かいココアだ。少し身体を温めた方がいい」
「…うん」
 拓海は起き上がってココア飲み干した。その様子を確かめたヴィンセントはやっと安心した。

「全く…拓海のような奴を無鉄砲と言うのだな。波間に君の姿を見つけた時は、さすがの私も青くなった。こんなに狼狽えたのは久しぶりだよ」
「…ごめん…でも本気で怒ってくれて、嬉しかった…」
「私は怒っているんだよ、拓海。だが…拓海を無茶な行動に走らせたのは私の所為だ。君の想いをわかろうとせずに、大人げないことを言ってしまったね」
「違うよ。自分が好きだからって、勝手我儘にあなたに求めすぎたおれが悪い。抱いてくれないからっていじけて、惨めなおれをこれ以上見られたくないって逃げたおれが悪い。でもたぶん…どこかでヴィニーが追っかけてくれるんじゃないかって…期待してた…。ホントにつくづくおれって子供だよな…。これだから誰も本気でおれを好きにはならないのかもな…」
「…」
「ごめんなさい、ヴィニーさん。もう二度と心配させるようなことはしませんから」
 己の惨めさに抑えていた涙が、また拓海の頬を伝う。
 その頬にヴィンセントはキスをした。

「そうやって毛布にくるまって落ち込んでいる拓海は、捕獲されたウサギみたいにかわいいのだね。充分にそそる程にね」
「ヴィニーさん…」
「君の勝ちだよ、拓海」
「え?」
「君の思惑に乗らせてもらうんだから、今夜、私を楽しませることが君の責務だ」

 毛布を剥がれ、縮こまる身体をベッドに押し付けられた拓海は、ヴィンセントの熱い接吻を受け入れた。
「ヴィンセント…」
「従順なる弱者には格別な報酬を…。私の長年の主義なんだ」

 ヴィンセントの腕が拓海の顎を捉え、乾いた唇に甘露を与えた。
 いつの時も征服者は服従者に熱い抱擁と空腹を満たす報奨を与える。
 彼の与えた情欲は、拓海の身体に烙印を押していく。
 一生消えることのない印に、拓海は喜びの声を上げた。



ヴィニー&拓海

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夏の名残りのばら 10 - 2014.08.11 Mon

10
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ヴィンセント海1

10、恋の秘密を誰が知ろう

 ヴィンセントの両親は純血の人魚であった。
 彼らはすでに人間世界で生きる利得性を理解していた為、素性を隠しながら人間らしく生活することに苦労はしなかった。ただ人間よりも遥かに長い寿命だけは誤魔化せない。
 数人の仲間が魔女狩りによって磔火あぶりになった様も、ふたりは目の当たりにした。
 迫害は怖れからくる。自分たちより強い者、賢い者、優れた者を容赦なく抹殺することは人類の常なる特性だった。
 ふたりは折を見て、自分たちの死を覚悟しながら、子孫を残すことにした。
 そして、ヴィンセントは産まれた。
 父親は他の人魚に漏れず、ヴィンセントが生まれて一年も経たずに衰弱し、亡くなったが、母親は一年経っても二年経っても死ぬ兆候は現れなかった。
 彼女はヴィンセントを連れ、顔見知りの男爵の元へ嫁いだ。
 人魚には人間を魅了する魔力があると言う。妻を亡くしたばかりのエクスマス男爵は、美しい人魚の姫を心から愛した。
 妻となった人魚の姫は、息子であるヴィンセントに家督を継ぐことを男爵に約束させた。

 ヴィンセントが十歳になる頃、人魚の母は死んだ。
 母は死ぬまでに、人魚の王の資格を持つヴィンセントに様々な掟を教えた。だから母親が死んだ時も、ヴィンセントは泣かなかった。それはいずれ来る運命だと知っていたから。
 母の喪が明けた朝、ヴィンセントはひとり海へと向かった。
 母とふたりで泳いだ海だ。
 小さな身体を飲み込む白波も、果てしない大海原もヴィンセントには故郷でしかない。
 ヴィンセントは深く息を吸い込むと、青い海の底を目指して潜って行く。どこまでもどこまでも。
 やがて両の足が魚のようなヒレになり、呼吸をしても少しも苦しむことも無くなり、深海の世界が煌きながらヴィンセントの目前に現われ、新しき海の王を歓迎していることに気づく。
 太陽の光が届かない海底にはうっすらと別の光源があり、ヴィンセントの行く先を照らしだした。
 ヴィンセントは母親から聞いていた青い薔薇を探し続け、そしてやっと見つけ出した。
 人魚の王の印「グランブルー」の花だ。
 顔を近づけると馨しい薔薇の香りがする。
 ヴィンセントは薔薇を一輪手に取り、強く胸に押し付けた。薔薇はヴィンセントの裸の肌に青い文様を刻み込んだ。
 ヴィンセントを海の王と認めたのだ。

 二十歳の頃、地上の世界では大戦争が始まった。ヴィンセントは貴族ながら戦場の最前線に立ち、多くの功績を上げた。王は彼を讃え、子爵の位を贈った。
 この時、焼野原の街中でヴィンセントはまだ少年だったヨシュアと出会った。
 彼らはお互いが仲間同士であることを一瞬のうちに見抜き、ヨシュアは人魚の王たるヴィンセントに付き従うことを決意した。

 戦争が終わり、領地と財を保持したヴィンセントは世界のどこかに潜むであろう仲間を探し出す為に、海運業を営む。
世界中の海を渡り、生き残った人魚の噂を聞き逃さず、彼らを見つけ出し、生き残る道を示していく。

 ヴィンセントは懸命に使命を果たす事、仲間を見つけ出し救う事が自らの宿命だと言い聞かせ、役目を果たすためにこれまで生き続けてきた。言い換えればそれはヴィンセントの生きる拠り所ではなかっただろうか。
 自分の行いは何よりも尊いと思い込み、もっと別の大切なものを見失ってはいかなっただろうか…

『乃亜のモノだと判っているのに、なぜ私は尚吾を欲しがったりしたのだろうか…』
 ヴィンセントは尚吾を抱いたあの午後の情事を思い出しては、同じ問いを自身に投げかけていた。
『人魚は多情だ。気に入った者を見境いなく味見をせずにはいられない。時にはそれが命取りになる。それがわかっていながら、自分の堕ちる様を見たいと望んでしまう生き物なのだ』
 尚吾を欲しがった自身を戒めることをするつもりはない。乃亜や他の兄弟に話す必要も無い。
 多分…と、ヴィンセントは思う。
『私は…尚吾とふたりだけの秘密を共有したかっただけなのかもしれない』
 それはヴィンセントの尚吾への一方的な執着なのだろう。


 二日後に東京でショーがあると言うので、ヨシュアは四、五日留守にすると言う。スタッフにとヤンとルイも呼ばれているから、別荘にはリオンが残るけど後はよろしくと、キッチンに立つヴィンセントに近づいた。
 ヴィンセントは承知したと言いつつ、焼き上がったミートパイをオーブンから出した。
「拓海を招く夕食の準備かい。ローストビーフの仕込みに…お、ミートパイ、美味そう~」
 横からつまみ食いをするヨシュアに、ヴィンセントは行儀が悪いとしかめ面を見せる。
「ヴィンセントの料理を味わえるなんて、拓海も幸運だな」
「せっかく招待するのだから、得意料理でもてなしてやろうと思ってね」
「そりゃ当然だな。いつも尚吾と乃亜にはご馳走になっているからな」
「…そうだな」

 滅多な事では感情を面に現すことのないヴィンセントだが、長年傍でヴィンセントを見ているヨシュアはわずかな変化も見逃さない。
「…なあ、ヴィニー。拓海はあんたに告白したんだろ?それであんたは拓海をどうしたいんだ?」
「別に。私はあの子には何も求めてないさ」
「あの子に…は、ね。余計な世話だと思うけどさ…。尚吾はいい奴だよ。今まで色んな人間と出会ってきたけれど、あいつは相当にマシな部類だし、悪癖はあるけど、バカ正直で可愛いし、何より乃亜に尽くしてくれてるし…だから、まあ…尚吾に協力する意味でも拓海には優しくしておくのが得策だと思うけどね」
「ヨシュアは本当に尚吾が好きなのだな」と、ヴィンセントはヨシュアをからかってみた。
「あんただって…そうだろう?」
「…」
「素直じゃないヴィニーも俺は好きだけど、俺達よりも生きる時間の短い人間にはもう少しわかりやすい態度を見せないと、誰もあんたを理解できないぜ」
「人間に理解されたいとは思わないが」
「俺は嫌だな、あんたが誤解されるのは。本当は誰よりも頼りになる優しい男なんだと、尚吾に理解して欲しいけどな」
「…くだらないなあ、ヨシュア。それにこの事は尚吾には関係のない話だ。それより急がなくていいのか?日本の飛行機は時刻通りに離陸するぞ」
「そりゃまずいね。じゃあ、拓海によろしく」
「Bye、Joshua。Goodluck」

 ヨシュアを見送った後、ヴィンセントは自分だけの為に紅茶を淹れた。
 ヨシュアの言葉がヴィンセントの胸に深く突き刺さる。
 
『尚吾に私を理解して欲しいって?…そんなことなど考えたこともない…いや、多分ヨシュアの言い分も一理あるのだろう。だから昔話やらどうでもいいことを尚吾にダラダラと喋ってしまったんじゃないか…』
 その上、ヴィンセントは尚吾の気を惹く為に、嘘話まで作り上げたのだ。
『人魚は人間の性的エネルギーを好むなんて…よくでっち上げたものだ。真剣な尚吾の顔を見るのが面白くて、つい適当な事を言ってしまったのだが…』
 
 ヴィンセントの話に驚いたり同情したりする尚吾をからかって面白がるつもりだったが、次第に尚吾への欲望に変わっていくことにヴィンセント自身も動揺していたのだ。

『尚吾の肉体は想像以上に素晴らしく、充分に私を満足させてくれた。しかし…尚吾は、私を許さないだろう…』

 確かにヴィンセントは尚吾に理解されたがっているのだと認めざるを得ない。


 夕方、クルーザーで拓海を迎えに行き、ハーバーで待つ拓海を見た時、ヴィンセントは無意識に尚吾の影を探している自分に苦笑した。
『これでは不毛な恋をしているこの少年と同じではないか…』

 拓海が夏の黄薔薇の花束をヴィンセントへ差し出す。
「乃亜さんが、ヴィンセントさんは薔薇が好きだからって…庭に咲いてたのを切ってくれたんです」
「そう、ありがとう。それからヴィニーと呼んでくれてかまわないよ」
「え?…でも呼び捨てはちょっと…。ではヴィニーさんで」
 直視も出来ずに頬を赤く染める拓海は、尚吾と違って素直で愛らしい。そういう子は世の中に多いが、尚吾の甥はこの子だけなのだと、ヴィンセントは目を細くした。


 拓海を招いた伝統的なイギリス式の夕食には、リオンも同席した。
 二十七歳と言うリオンだが、見た目は拓海と同じくらいにしか見えない。性格もマイペースでおっとりとしており、拓海に対しても別段気を使う気もなく、ヴィンセントの料理を素直に褒めながら口に運んでいる。
 ヴィンセントにエスコートされ、別荘に着いた時は緊張で固くなっていた拓海も、のんびり屋のリオンのお蔭で、料理の味は一応わかる状況まで落ち着いている。
 
「で、拓海はどうして学校を休んでいるの?」
「え?」
 リビングのソファに移り、デザートのカスタードプティングを食べながらの唐突なリオンの質問に、拓海は一瞬警戒しそうになったが、リオンはそんな拓海を気にした風もなく、言葉を続ける。
「不登校って日本ではポピュラーなの?せっかく自由に色んなことを学べる時期なのに、なんだかもったいない気がしたから。拓海は学校よりももっと役に立つことを勉強したいのかな~って思ってさあ」
「リオン、拓海は失恋のショックで学校に行けなくなったんだよ。若い時期にはよくある事さ」
「ふ~ん、じゃあ、その相手って、拓海が学校に行けなくなるぐらい素敵な恋人だったの?」
「え?…いや…どうかな…。そうだな…。今から考えれば別にそんなに夢中になるほどの相手じゃなかったと思うけど、でもなんかね…別れたからって平気な顔で、そいつを見たり話したりできなかったんだ。別れてもおれだけが未練がましいのも、なんか悔しいし、そんな顔を見られるのも嫌だったし…たぶん全部自分が弱いからだと思うんだけど…」
「拓海はえらいね。別れた相手を非難しないんだね。それってすごいことよ」
「そ、そうかな…」
「でも、僕なら意地を張ってでも学校に行くかな~。で、そいつに平気な顔を見せつけてやれる自分を褒めてあげるんだ。傷ついても我慢できる自分はえらいぞ~って」
「…」
「拓海、こう見えてもリオンは我が兄弟の中で、一番のポジティブな男なんだ。リオンが居てくれると皆が元気になれる」
「でもね、僕は誰かに愛してもらってないと生きられないんだ。だから拓海が失恋した辛さってわかるよ~。でも、また素敵な人に会えたから良かったね」
「え?」
「ヴィンセントの事が好きなんでしょ?今夜はセックスするんでしょ?ヴィニーは素晴らしいから、きっと拓海も失恋の痛みなんて忘れると思うよ」
「リオン、そんなことを言ったら、拓海が誤解するだろう。それに、私はセックスをしたくて拓海を招待したわけでもないよ」
「…(そうなの?)」と、拓海は思わずヴィンセントを凝視した。
「そうなの?拓海?」と、リオンは首を傾げて拓海の顔を真顔で伺う。
「え?…いや、あの…でも、セックスってひとりでするもんじゃないから…。相手の事情があるだろうし…」
 リオンに己の欲望を見透かされた拓海は恥ずかさのあまり、トイレに行くと言って急いで部屋を出ていった。

「リオン、あまり拓海をからかうんじゃないよ」
「からかってはいない。拓海が望むなら、ヴィニーは抱いてあげるつもりなんでしょ?それとも、尚吾に義理立てするのかなあ~。まあ、それもヴィニーらしくて面白いけど」
「…」
 痛いところをついてくる弟だ、と、ヴィンセントは暢気に二個目のプティングを平らげるリオンに苦笑する。



リオン投入
リオン12

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台風の所為でお天気が不安定ですね。お盆が近づいて何かと忙しくなりますが、体調に気をつけてお過ごしください。

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夏の名残りのばら 9 - 2014.08.03 Sun

9
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ヴィンセントと尚吾2


9、愚者の契約 

 その後もヴィンセントの話は続く。
 尚吾の休憩時間はすでに過ぎているが、仕事どころじゃない事態であることは承知している。しているが、ヴィンセントの話をどこまで信用してよいかは、わかったもんじゃない。わかったもんじゃないが、この時点で尚吾はヴィンセントの罠に嵌っていたのだろう。席を立って話を終らせたいとは微塵も思わなかったのだから。


 驚くべきことに乃亜の父親であるトールとヴィンセントは、長い間、恋人関係にあった。
 ふたりは深い絆で結ばれ、共にどちらかが死ぬまで傍にいようと誓った仲だ。だが、ある時トールは「愛する人を見つけたから、どうか君の元を去ることを許してほしい」と、ヴィンセントに別れの宣言をする。よりにもよってトールの相手は人間の娘、それも白人でもなく、偏狭な島国の、どこからみてもまだ子供と言ってもおかしくないほどの泥臭い少女だった。少女は真栄里莉那(まえさとりな)と言う。
 ヴィンセントはトールの身勝手さに怒り、失望し、呆れ果て、勝手にしろと突き放した。
しばらくしてヴィンセントにトールから連絡があった。子供が出来たと言う。莉那の父親が住む日本に居るから、心配しないでくれと、言う。
 ヴィンセントは唖然とした。
 人魚は男女に関係なく、自分の子が生まれれば、その子に生命力を取られ、次第に身体は弱り、一年もたたぬうちに衰弱死する。それを知った上で、人間の女と交わり、子供まで作るとは…。自分の命を捨ててまでその娘との子供を残したいというのか…。
 他人であればこうも憤りはしない。が、トールとヴィンセントは長い間、共に海に生き、愛を語り、深く交わった仲だ。
いつかは自分の元へ戻ってくれるのではないか、と心のどこかで信じていた。怒りが憎しみに変わるのに時間かはかからなかった。
 ヴィンセントはトールの子を身ごもった莉那を始末する為に、日本に向かった。胎児を殺せば、トールは死なずに済むからだ。
 だが、ヴィンセントがトールの元に到着した時には、莉那は早産の為、すでに息はなく。生まれたばかり未熟児の乃亜が、愛する妻を失って泣きじゃくるトールの腕に抱かれていた。
 ヴィンセントはトールの腕から赤子を抱き取ると、今にも呼吸の止まりそうな乃亜に自分の生命力を分け与えた。
すでに生まれてしまった乃亜を殺しても、父親であるトールの運命は変わらない。ならばせめてこの赤子の命を生き長得られることが、人魚の長としての責任だと思ったからだ。
 

「乃亜の祖父、真栄里斗真は、私たちを受け入れた数少ない味方だった。ひとり娘が命を賭して産み落とした孫を守る為に、私達の力が必要であることも冷静に受け止めていた。斗真は若い頃は航海士で世界の海を渡り歩いていたから、人魚の噂も聞いていたんだ。だから私たちの存在も、受け入れることに葛藤はなかったと言う。赤子の乃亜の面倒は祖父の斗真と私達兄弟がかわるがわるにここに来ては世話をした。その時に日本語やこの国についての様々なことを教わったのだ。この家の合い鍵ももちろん斗真が生きていた頃に私にくれたものだ」
「じゃあ、本当にあんたたちは乃亜の育ての親だったわけか…」
「…乃亜が三歳の頃に斗真が病死した。私達は乃亜を連れてこの家を出た。それでも…折に触れ、この家で暮らしたことを思い出すことも多かった…」
「…」

 乃亜の過去、そしてヴィンセントのこれまでの人生を聞かされた尚吾は、変な気分だ。まるで幼い頃、母親の話す御伽話を聞いているようだ。好奇心に胸がときめきながら、童話故の残酷さに胸が押し潰される痛み…。だがあれは作り物であり、あの胸の痛みが本物であっても、物語が現実に起こったわけじゃない。それなのにヴィンセントの壮絶な話を聞くと、信じられない気持ちと、現実であるなら一番気の毒なのはヴィンセントじゃないかと、哀れに思うのだ。
 

「私はね、尚吾。本当に人間が大嫌いなんだよ。人間は私の愛する者たちを勝手に奪っていく。トールも乃亜も…私が一生大切に愛し続けようと決めた者たちだ。私は後悔しているよ。一年前この家に乃亜一人を置いてしまったことを…ずっと後悔しているんだ…」
「ヴィンセント…あの、俺…」
 謝るべきなのか、慰めるべきなのか色々な言葉が浮かんできては、どれも勝手な言い草のようで、続かない。
「俺で何かできることがあるなら…なんでも言ってくれよ」
「…なんでも?じゃあ、すぐにでも死んでくれたまえ」
「え?…それは無理。第一乃亜が悲しむ。あんただって乃亜を悲しませるのは嫌だろ?」
「それでは、おまえだけが苦しむ罰でも考えるか…」
「は?」
「そうでもしなきゃ、長年の私の恨みは収まらない。そういや…拓海が私に会いたがっているんだが…。明後日だったかな。乃亜に頼まれて拓海と会う約束をしたんだが。…私としてはどうでもいい話だが、拓海は私をとても好きらしいなあ」
「ちょっと…ヴィンセント?」
「おまえの大事な従弟なんだろう?言っておくが私達人魚にはある特性があってな。人間の生命力が好物なんだ。それも性的エネルギー。セックスの最中の性的興奮している相手の生命力はたまらなく美味しい」
「はあ?おまえら吸血鬼かよっ!」
「馬鹿者。吸血鬼のような悪食とは比べないでもらいたい。もっとも興味があるのなら知り合いの吸血鬼を紹介してもいいぞ。尚吾の身体ならあいつらも気に入るだろうからな」
「…冗談でもやめてくれ!」
 少しでもヴィンセントを哀れと思った自分が愚かだと思った。一体何が目的でこんな長い話を聞かされ、挙句の果てには吸血鬼に襲われる話になるのだ。

「冗句はこの辺でやめておくが、…どうする?」
「何が?」
「拓海を私の愛人にしてもいいのか?」
「いいはずねえだろっ。拓海はまだ高校生で、しかも受験生。いくら恋愛自由って言っても色ボケるにはまだ早過ぎるだろーが!大体、大人の…しかも百も歳をとってるあんたが、ガキの未来を少しは考えてやってもいいはずだろ?」
「どうしておまえの従弟の心配を私がしなきゃならない?」
「ちっ…もういい。あんたがその態度なら、俺が拓海に直接言うよ。無理にでもあんたの家には行かせない」
 
 これ以上話をしても無駄だと知った尚吾はカップを持って立ち上がり、キッチンへ行く。そして、洗い物を片づけながら、尚吾はひたすら考える。

 このまま、この場を有耶無耶にして、この状況が良くなるとは思えない。だとすればヴィンセントが一体何を欲しがっているのかを、考えなきゃならない。 
 ヴィンセントの欲しい答えを探し出さなきゃ、拓海はヴィンセントの思うままに陥落されるだろうし、ヴィンセントたちとの交流が悪くなると、兄思いの乃亜ががっかりするだろう。第一、これからのふたりの生活が平穏なままでいられる保証がない…。

 尚吾はソファに座ったまま、こちらの様子さえ気にせずに動かないヴィンセントの後姿を見つめた。

 …ヴィンセントは俺が苦しむ様を見たいのだろうか…。
 だとしたら、答えはこれしかないんだが…。
 乃亜を裏切ることにならないだろうか。
 いや、多分それがヴィンセントの狙いなんだろう…。

 キッチンを片づけた尚吾は、ヴィンセントの前に立ち、見下ろした。
「なあ、あんたが欲しいものって、俺のプライドなんだろ?俺が苦しむ様を楽しみたいんじゃないのか?」
 ヴィンセントは尚吾を見上げ、何も言わず微笑んだ。
 どうやら尚吾が出した答えは正解らしかった。
 尚吾もこの道に関してはシロウトではない。だから覚悟さえ決めれば、受け入れることはそう難しいものではなかった。
 乃亜にも話したことはないが、学生の頃はゲイパーティなどで無茶なこともやったし、職場を何度も変えた原因は、尚吾を寵愛した上司からの行き過ぎたセクハラやストーカー紛いの所為に他ならない。勿論、それなりの関係を許した尚吾にも責任はあるのだが…

「じゃあ、さっさと寝室に行こうぜ。俺の身体、好きに弄んでいいからさ」
 尚吾はヴィンセントの返事を待つまでもなく踵を返し、リビングから出ようとした。だが、ヴィンセントは動かない。
「愛し合うわけでもないのにベッドは必要ないだろう。ここで十分だよ、尚吾」
「…わかったよ」
 ヴィンセントが何を求めているのかがはっきりした今、彼の命に背くことは許されない。尚吾はネクタイを解き靴を、そして服を脱いだ。裸になった尚吾はヴィンセントの目の前に立った。

「で、どんなプレイがやりたいんだよ」
「では、壁際に手をついて立ってもらおうか」
 何をされるのだろうとさすがに尚吾も緊張する。SMプレイなどを要求されて、傷跡でもついた時にはどうやって乃亜に言い訳すればいいのだろう…と、妙なところでどうにもならないことを考えてしまう。
 尚吾はヴィンセントの言うとおりに壁際に立ち、裸のまま両手をついた。凌辱されるのをじっと待っているだけで、何もされていないのに今まで保ってきたプライドにヒビが入る音が聞こえるようで、嫌な汗が流れた。
 しばらくしてヴィンセントの靴の音が聞こえた。
 一言も発せぬままの、ヴィンセントの手が尚吾の反応を楽しむように弄ぶ。尚吾は自分の喘ぎを耳にするのが堪えられず、唇を噛んだ。

「何を固くなる。もっと楽にしろ。おまえは乃亜を裏切っているわけじゃないんだろ?私がおまえを勝手にファックしているだけだと思えばいいんだ。狡いのは私の方であり、おまえじゃない…」
「あのなあ…あんたに全部罪を負わせようなんて…思ってねえし、俺は俺の意志であんたに身体を売ってるんだから…俺に気を使ってくれても少しも嬉しくねえんだよ」
「…そうかい。じゃあ、好きにさせてもらう」
それまで気づかなかったヴィンセントの身体から僅かな薔薇の香りがする。一瞬にしてそれまで必死で押さえていた尚吾の欲情のすべてを掴み取られた気がした。


 快感などは期待していなかった。だが、思った以上に尚吾を貪るヴィンセントの凌辱は巧みだった。
 食いしばる口唇も、踏みしめた足元もいつのまにか緩んでしまい、ヴィンセントにすべてを預けてしまっていた。そして、尚吾の身体はヴィンセントの意のままに従い、あらゆる細胞が官能の快感に溺れ、ヴィンセントを受け入れていた。乃亜の顔さえも浮かばないほどに…
 尚吾はヴィンセントにものの見事に完敗した。

 尚吾が正気に戻った時、ふたりは床の上で重なっていた。
 尚吾は上半身が裸になったヴィンセントの右腕から肩に掛けて浮かび上がる青い幾何学文様のようなものを目にした。次男のヨシュアの両腕に見るタトゥーとよく似ている。
 
 …人魚って奴は本当に不思議な生き物なんだなあ。昔は御伽話でさえ下半身は魚のくせにどうやってセックスするんだ…なんて下らねえ妄想してたこともあったけど…なんだよ、人間よりも何倍もエロいし、巧いじゃん…。

 余韻の醒めぬ尚吾に、ふとヴィンセントの顔が近づく。そして、涙の溜まった尚吾の目尻を舐め、口唇に深い接吻をした。
 思ってもみないほどの労わりの愛撫に、尚吾はやっと目が覚めた。

 すでにヴィンセントは尚吾の身体から離れ、床に寝る尚吾を見下ろしている。
「どうした?立てないのなら、私が抱き上げてバスタブまで連れて行こうか?」
 皮肉を言うヴィンセントに答える気力は尚吾にはまだ無かった。身体の痛みを堪えて立ち上がり、風呂場へ向かう。

 シャワーを浴び、快楽に酔った身体を冷やしながら、尚吾は深い自己嫌悪に落ちていた。こうなる事も予測していたし、まさに乃亜への罪悪感や意志とは関係なく自身の身体がセックスを楽しんだことに至るまで、ヴィンセントの策略通りなのだろう。それを悔しいとは思わない。
 これはヴィンセントと尚吾の契約なのだから。

 尚吾がシャワーを終え、バスローブでリビングへ戻った時には、ヴィンセントの姿はなかった。先ほどの情事がまるで感じられない程にきれいに片づけられた部屋と、テーブルにメモ用紙と片方だけのピアスが置かれてあった。
 メモ用紙には「Good luck」と、綴られている。

「バカ野郎!手籠めにしておいて何がグッドラックだ!…」
 言葉では貶してもヴィンセントを憎めない感情は、一体なんだろう…と、尚吾は自分自身を苦々しく思う。


 その日、さすがに体裁が悪い尚吾は飲み会と偽り夜遅く帰宅した。いつものように乃亜は寝ずにリビングで尚吾の帰りを待っていた。
 殊更疲れた演技をし、乃亜の差し出す水を飲み干す尚吾に、思いがけないことを乃亜が言いだす。
「今日、山の家でヴィンセントと会ったの?」
「…え?どうして知ってるの?」
さすがに尚吾もギクリとなった。
「だって、今朝ヴィニーから電話があったの。今日、尚吾は山の家に行く予定があるのかって。あるかも知れないって返事したの。何のお話だったの?」
「え~と…色々とさ…乃亜のお母さんやお祖父さんの事や、乃亜を育てた苦労話とか…さ」
「そう…僕、小さい頃身体が弱かったらしいの。覚えてないけど、とっても大変だったって兄さんたち皆が口を揃えて言うから、きっとみんなに心配かけたんだと思うよ。だからね、これからは心配かけないように頑張るし、兄さん達が大変な時は、どんなことをしても助けてあげたいって思っているんだ。尚吾も協力してくれるでしょ?」
「ああ、勿論だよ」

 すでに充分協力してきたよ、乃亜…と、心の中で吐露した尚吾は、ポケットからヴィンセントの残したピアスを乃亜に見せた。
「ヴィンセントが乃亜にあげてくれって」
「ホント?あ、これヴィニーが大切にしてるピアスだよ。ホントに貰っていいのかな…」
「いいんじゃねえかな…(どうせ俺が身体で払ったピアスだ)」
「そう…」
 乃亜は嬉しそうにそのピアスを片耳につけた。
「どうせなら、両方揃えた方がいいよね」と、軽い冗句を言う乃亜に、尚吾は思わず身震いをする。

 もう一度ヴィンセントの玩具になれって言うのかよ、乃亜。頼むからそれだけは勘弁して欲しい…。これ以上あいつに溺れたらと思うと…ゾッとするぜ。

 その晩の尚吾の激しさときたら、慣れているはずの乃亜も驚くほどであった。



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尚吾さんたら、昼はヴィンセントに弄ばれて、夜は乃亜ちゃんと激しいなんて…タフなのね~(*>艸<)


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