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2014-09

銀色のRay 1 - 2014.09.26 Fri

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ray3.jpg

銀色のRay

  Prologre レイ・ブラッドリー

 初めての光は母の笑顔だった。
 次に私は暗闇の中にいた。
 光を失い、燃えさかる炎の中で、死が訪れる時を待っていた私の目の前に、彼は現れた。そして倒れて動かない私を両腕に抱き寄せて笑った。
「おいおい、なんだよ。ガキのクセにもう人生に絶望して死ぬ気でいるのか?そりゃ、ちょっとばかりもったいないぜ、銀色のレイ。喜びも楽しみも本当の苦しみも、未知なる世界って奴は、やばいくらいに面白いんだ」
 そう言うと、彼は私を抱きあげたまま炎の中を歩きだした。
「さあ、俺と一緒に行こう。おっと、クナーアンの神の名において、おまえの未来を予言してやるよ。おまえねえ、…レイ・ブラッドリーは決して降伏しない。…決してね」
「…」
 私の意識はそこで途切れてしまった。

 そして…
 このやっかいなおせっかいのおかげで…私は、今も生きている。



   第一章 No Surrender(降伏しない)

 朝、目が覚めて横を向くと、隣にはこの間まで同室だったセシル・エヴァンが俺の左腕を握りしめ、寄り添うように眠っていた。
 同学年の彼は、同室だった頃も俺の知らない間に俺のベッドに潜り込んで寝てしまう事がある。
「人肌が恋しいからだ」と言うが、単に寒がりなだけじゃないか、と俺は信じたい。

「おい、セシル。起きろよ」
 俺は気持ちよく眠るセシルの身体を揺する。
「う…う~ん…。あ、レイ、おはよう」
「おはようじゃねえよ。おまえ、昨晩はギルのところに泊まるからって…って、臭っ!おまえ、酒飲んだのか?」
「うん…。ギルに会いに行ったんだけど、レポートが忙しいからって相手にしてくれなくてさ…。いじけてひとりでワイン飲んで帰って来ちゃった」
「呆れた。今日から高等科の新一年生なのに…。酔っ払いと一緒に登校するのかよ」
「大丈夫だよ。シャワーを浴びれば、酔いも醒める。…そうか、僕達、とうとう憧れの高等科の生徒になれたんだねえ~。リボンからネクタイに変わるんだよ!感慨深いねえ~」
「別に制服のタイなんかどうでもいいけどさあ~。まあ、寄宿舎の部屋が一人部屋になったのは嬉しいわな」
「そう?僕は部屋でひとりぼっちで過ごすのも、ひとりで寝るのも嫌だね。だけど…レイの部屋は何故か二人用だよね。ベッドも机もクローゼットも二人分用意されてるし…。誰かここに入る予定があるの?」
「さあ、部屋の振り分けは寄宿館長の決定だし…。誰か入る予定なら新学期が始まる前には来るんじゃねえのかな。まあ、俺としてはひとりで二人分の部屋を使えるのはラッキーだけど」
「じゃあ、舎監にお願いして、僕がここに入ろうかな~。レイの隣だとよく眠れるし」
「おまえねえ…」
 俺は心底渋い顔を親友に見せた。

 甘えられたり頼りにされるのは嫌いじゃないけれど、どこまで責任を持てばいいのか不安になるから、他人の領域にあまり深く踏み込みたくないっていうのは俺の意気地の無さだと…アーシュならきっと鼻で笑うだろう。

「さあ、着替えて朝飯食いに行こうぜ。一日目から遅刻じゃシャレになんないからな」
「うん」


 サマシティはこの地上で格別に意味のある古い街だと伝えられ、その中心のインデペンデントスクール「天の王」学園は、もっとも権威のある魔術学校である。
 魔術…いわゆる超能力的な力を持つ人間を、人類は魔術師、魔法使いなどと呼んだ。
 現在この世界で魔力を持った人間をアルトと呼び、そうでないノーマルな人間はイルトと呼ばれることが多い。
 その比率は、二対八と圧倒的にイルトの支配が大きいが、サマシティの住人にはそれは当てはまらず、「天の王」学園では、その比率はほぼ半々になる。
 「天の王」学園では六歳から十八歳までの子供たちが共に生活し、学問に勤しむ寄宿学校だが…真の目的は別にあると言っていい。
 つまり、
 魔力を持つ者とノーマルな人間のより良い共存は、未来に生きる者たちの理想郷であり、その実験場としても世界の好奇…いや、期待と羨望がサマシティと「天の王」学園に寄せられているのだった。

 勿論、アルト(魔力を持つ者)の能力の幅は広く、天気予報や簡単な透視ができる者から、予知、テレパシー、サイコキネシスなどの上級能力を持つ者など様々だ。
 その力をより良い未来に役立てる為の教育を施していくのが、この「天の王」なのだ。
 それは選ばれた者だけに許された狭き門でもある。

 十年前に起こった聖光革命のテロ以降、「天の王」学園への入学希望者は増加の一方であり、年々その合格率も厳しいものとなっている。
 能力のない者(イルト)であっても、イルトの役割は大きい。
 アルトを支配する力(カリスマ)を持つイルトは、その精神性を育てなければ、テロの首謀者に成り下がってしまう現実を、世界はその耳で聞き、その目で見てしまったのだ。
 しかし、精神性を育てるとは一体どういうことだろう…。

 この学園の生徒の誰もが、選ばれたという自意識を持った血気盛んに明日を夢見る少年少女たちだ。
 そして、その力を誇示したいと思うのは当然だし、「その力は自分の為にではなく、世界の為に有意義に使うものだ」と、正しい大人達が声高に掲げる最もくだらない道徳に縛られる義理はない…」と、思い上がっている。

 俺もそのひとりだろうか…いや、きっと俺だけは違う。
 元からここは俺の居る場所じゃない…俺にとって、ここは時期が来るまでの仮宿でしかない。だから、誰かを本気で愛したり、何かに過分に執心したり…しないように、今まで気を配りながら生きてきた…つもりだ。


 新一年生にとって、寄宿舎も校舎も食堂も教師も目新しいものばかりで、その一日目ときたら誰もかれもが興奮を抑えきれない程に緊張と期待に紅潮している。それは俺も同じで、新しいクラスに馴染の友人が居ても、どこかぎこちない態度で挨拶をする。
 慣れないネクタイの結び方が変だとか、制服のサイズが合ってないだとか、慣れない一人部屋に眠れなかったと、愚痴ったり…
 それでも昼飯時になり、食堂に集まる頃になると、皆が一同リラックスした顔で今までにはなかったメニューの豊富さに歓声を上げながら味わっている。

「はあ、残念だなあ~。レイとクラス、離れちゃったねえ~」と、セシルはチキンシチューを食べながら溜息を吐く。
「五クラスあるんだから、一緒になる確率はそう高くないだろう。って言っても隣のクラスだし、用があればいつでも会えるじゃん」
「でも、親友の君が傍に居ると居ないとじゃ…なんだか心元なくてさあ…」
「…」
 そうは言っても俺よりも格段に人付き合いの上手いセシルは、充分上手くやっていくだろう。

 セシル・エヴァンは俺の一番信頼する親友だ。
 緩やかに波打つ亜麻色の髪と、生い茂る若葉が様々に重なったような深い緑色の瞳が印象的だ。
 三年前に「天の王」に入学したセシルは、人を寄せ付けなさそうなクールな美貌とそれに反した臆病な性格の所為で、最初は学園に馴染むことに苦労をしていたけれど、今ではそれも見当たらない。
 繊細な風情のくせにどこか鈍感なところも、人に与える印象は好感度を増すらしく、セシルは誰彼ともなく好かれていた。
一年前彼は恋人を持った。
 ふたつ上のギルバート・クローリーだ。
 ギルは高等科の三年生の中でも、目立つ存在だ。少々皮肉屋だが、成績優秀で人望も厚く、ホーリーでもある。
 「ホーリー」とは、「天の王」学園の学長から「真の名」を与えられた者の敬称だ。
 ホーリーの名を持つ者は、アルトの中でも際立った能力を持った類い稀な生徒であり、誰もが羨む存在となる。
 セシルがギルバートに交際を求められた時、俺はセシルから相談を受けたのだが、反対はしなかった。反対できるほどの欠点をギルバードに見いだせなかったからだ。
 そして、それまでより明朗快活になったセシルの様子からも見ても、ギルとの交際は正解だったのだと思う。

 「天の王」では同性との付き合いは珍しくない。
 その理由は、女生徒が全学生全体の三割未満だからとも言えなくはないが、結局、同性同士が気兼ねなくお互いを曝け出せるから…と、いう結論に至っている。真実はどうかはわからないけどね。
 俺はと言うと…まだ特定の恋人はいない。と、いうか探す気があまりない。
 まあ、いつまでここに居られるかもわからないから、あまり心残りになるものを形成したくないという理由が大きい。
 よって、未だに男も女も経験がない。セシルは「遊びでいいから一度は経験した方がいいよ。僕でよければ相手になるし…」と、不憫に思ってくれるけれど、人様のものを味わうわけにはいかないよ、と、申し出を断った。


「あ、そうだ!」と、食事を終え、寄宿舎に帰ろうと立ち上がったセシルが突然俺の方を向く。
「ギルからの伝言を忘れてた。今日の午後三時から『イルミナティバビロン』の集会があるから遅れないように、って」
「了解した。新学期だしな。いよいよ俺達も本格的にメンバーの仲間入りなんだな」
「そうだね。責任重大だね」

 「イルミナティバビロン」とは、「天の王」の現学長であるアーシュことアスタロト・レヴィ・クレメントがここの生徒だった頃に再結成した「魔法力を巧く使うための勉強倶楽部」との言う名目の研究部であり、生徒会とは違った裏の支配権を持つ秘密結社でもあった。
 と、言っても現実の活動は生徒間のいざこざや問題を魔力で脅かして処理する片付け屋みたいなもんだけどな。
 だが、「イルミナティバビロン」のメンバーに選ばれることは生徒たちの憧れだ。
 ギルバートはこの「イルミナティバビロン」の一員であり今年度のリーダーに選ばれた。
 リーダーだからって特段偉いわけではないけれど、自分の恋人がリーダーになったとセシルは嬉しそうだ。

「きっと再来年はレイが『イルミナティバビロン』のリーダーだね」と、セシルは言う。
 少し早いが、俺とセシルは集会場の高搭に向かって構内の至る処に茂る樹林を潜り抜けながら歩みを早める。
「別に俺はなりたいなんて思ってないけどね」
「だってさ、レイはこの学園で一番凄い魔術師じゃないか。絶対リーダーだよ」
「…」
 確かに、
 俺は自他共に認める高等魔力の持ち主だ。だがホーリーの名を持たない俺に、その理由を何も知らない学生たちは怪訝な顔をする。
 本音を言えば、俺もホーリーの名は欲しかった。だがそれを決めるアーシュは俺を呼んで「おまえに『真の名』はやらんよ。だって、おまえはここじゃなくて、クナーアンの人間だもん」と、嫌味な笑いを湛えながらわざとらしく言う。

 あんたがここに連れてきたクセに、それを言うかっ!クソバカ!

 見かけ上は十八歳だが、この星で二十七年間を生きているアーシュの根性は捻くれていて頭に来る。だけど…命の恩人だから反抗できないし、本気で刃向う気はない。だって、アーシュの本気は…俺のことを考えてくれてるから。それがわかっているから。

 アーシュはこの地上とは異次元のクナーアンと言う惑星の神さまで、このアースという星では最高の魔術師で魔王と呼ばれている。
 クナーアンで生まれた俺にとって、彼は神さまであり、この学園では絶対権威の学長であり、俺を守ってくれる親代わりでもある。
 結局、俺はこの人に守られているから、安心して自由に生きられるのだと思う。


 樹木の林を潜り抜けた所にひっそりと立つ搭の門を開き、エレベーターのボタンを押し、揃って乗り込んだ。ガタンと不安定な音をたて、エレベーターは屋上を目指して上がっていく。
 屋上へ降り立つと、その景色はどの場所から観るよりも素晴らしい景色が待っている。
 俺は屋上の中央の床に描かれた魔方陣に寝転がり、空を仰ぐ。
 魔方陣が放つチリチリとした電気的な刺激が心地良く、俺は目を閉じて故郷を想う。
 アーシュはこの魔方陣は、クナーアンへ還れる「門(ゲート)」だと言う。いつか俺が自由に(それはとても難しい)魔力を使いこなせるようになったなら、ここから還ることもできるのだ、と教えてくれた。
 俺は帰りたいのだろうか…俺の生まれた星に…。
 今はまだ故郷が恋しいとは、感じない。
 変だな。
 ここが自分の居る場所だと少しも思わないのに、生まれた場所にも帰りたいとは思わないなんて…

 きっと、俺には…どこにも居る場所がないのかもしれない。

「レイ、僕も隣に寝てもいい?」
「勿論だよ、セシル」
 何も知らないセシルが俺の隣に寝転がる。
 俺達は並びながら、青く澄んだ空を見上げた。

 セシルの右手が俺の左手に重なった。
 何も知らないクセに、セシルは俺を安心させる。
 ひとりじゃないって、思わせてくれるんだ。



自己紹介

この物語の最初のお話は左のカテゴリの「senso」からどうぞ。長いけど…
アーシュの過去の物語など、様々ございます。

銀色のRay 2へ

始まりましたね、新作。
どうなるかわからんけど、頑張ります。




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俺の出番無しかよっ! - 2014.09.13 Sat

「夏の名残りのばら」がやっと終わり、秋が近く感じる様になりましたね。
今日もこちらは青空です。

今回、没ったイラストをアップしてみました。

文章の合間に描いたり、文章よりも先に出来ていたり、色々ですが、イラストで物語のポイントや流れを感じることは多く、私にとって、イラストと文章は切り離せません。

↓今回は絵をあげられなかったヤンとルイの双子の兄弟ですが…描いていましたよ。出番が無かっただけです。
人魚の恋
ま、そのうちに、物語を考えるかも…知れませんけどねええ~
ちなみに右がお兄さんのヤンで、左が弟のルイたん。

↓表紙絵に使うつもりでした。
ノスタルジーな感じにしたかったけど…

瀬尾拓海

↓ヴィンセントはとても描きやすいキャラです。
ヴィンセント・ディズレーリ

↓ヴィンと尚吾のHは、最初はもっとS的な感じにしようと思ったんですが、書いてる途中で、尚吾が「俺、こんなの慣れてるし~」とか、言い始めたので、あんな感じに…。
まあ、キャラは勝手に動きます。
漫画のコマぽく~
ヴィンと尚吾

↓デフォルメの三人
たま~にデフォも描きたくなる。たまにだけどさ。
拓海・尚吾・ヴィン

↓次回の主人公…と言うよりヒーローですね。
当然ですが、美形です。
仮題ですが、今のところ「銀色のRay(レイ)」がタイトルです。

ray1.jpg
レイ・ブラッドリーです。
小説家のレイ・ブラッドベリーからじゃなくて、ブラッドはゲームのヒーローの名前から取り、レイは…私はこの響きが好きで、昔からオリキャラに何度か使っているんですが、今回、Rayの意味も色々あることを知って、この子に使おうと思いました。
世界はアーシュたちの生きる別世界の魔法少年のお話です。
いつものように勝手なファンタジーなんですが、14,5歳の少年ってなにをやってもかわいい。
即ち、みっともないことさえ輝く歳なのですよねえ~

そんなわけで…まだ何も書いてないんですけど、ぼちぼちまた考えていきたいですね。
次回作もよろしくお願いします。

  2014.9.13



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夏の名残りのばら 14 - 2014.09.12 Fri

14
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拓海の夏1-2


14、Again someday

 拓海がヴィンセントの旅立ちを知ったのは、その日の夕刻だった。
 前日の疲れが祟ったのか、昼食も取らないまま、拓海はいつの間にか寝てしまっていたのだ。あわてて起きて、リビングに降りると、尚吾と乃亜が揃って残念そうな顔をして、それを告げた。 
  驚いた拓海はこのままヴィンセントと別れてしまうのが諦めきれず、もう一度会いたいと願った。

「おれ、今から別荘まで泳いで、ヴィンセントに会いに行く」
「な…馬鹿な事言うな」
「三マイルって五キロ弱だろ?その距離だったら二時間ちょっとで行けると思うし、何回も泳いだ経験あるから心配ないよ」
「確かにここは内海で今は比較的波は穏やかだけど、保護者として賛成できるわけがない。大体、経験者といっても、遠泳をやってたのは中学の時だったんだろ?それにヴィンセントに会いたいからって無理に泳で行く必要があるものか。これが最後でもないし、来年の夏も…と、いうか結構な割合であいつは乃亜に会いに来るから、その時、おまえがここに来ればいい事だろ?」
「違うよ、尚吾さん。今じゃなきゃ…この夏じゃなきゃ、意味ないんだよ。ヴィンセントさんにおれの想いを伝えたい…」
「…拓海、どんなに深く懸命に相手を想っても…叶わない恋だってあるんだ。一途に想う気持ちは尊い。だけど、ヴィンセントはおまえの想いを負担に思うかもしれない」
「そんなの…片思いだってわかってるよ。でも、だからって…諦めたくないんだ。今までだったら、かっこつけて物わかりのいい大人のフリして、自分の気持ちを欺いて、諦めていただろう。でも…今は…本気の好きをぶつけてみたい。馬鹿みたいに必死な自分を好きになりたい。おれ、今だったらヴィンセントさんを追いかけて、地球一周だって泳げる気がする。ホントだって!だから、行かせてよ、尚吾さん」
「…」
「ねえ、行かせてあげようよ、尚吾。きっとヴィニーは歓迎してくれるよ。それくらいの心の広さは充分に持ってる兄だから…」
「乃亜…」
「ね、僕からもお願いするよ」
「わかったよ、拓海。でも、今日は諦めなさい。明日の方が泳ぐには天気もいいし、とにかく安全に泳ぎ切る体力をつけなきゃ。大体おまえ、昼も食べてねえだろ?準備を万全に整えて、体調が良かったら、明日、ヴィンセントの別荘まで遠泳するのを許す。それでいいな」
「はい!」
「夕飯はステーキにするね、拓海君。栄養たっぷりつけて明日、泳ごうね」
「うん、頑張るよ、乃亜さん」

 その夜、拓海はなかなか寝つけなかった。
 昼寝をした所為もあるし、夕食のステーキもまだ腹に残ってなんとなく重たい。
 ベッドに寝転がったまま、波音を聞きながら目を閉じても少しも眠くならない。

『大口叩いちゃったけど、五キロ泳ぐなんて久しぶりだ。明日は無事泳げるといいんだけど…。変なの…こんなに自分の気持ちを誰かにわかって欲しいなんて、今まで思ったことないや。一歩間違えばストーカーじゃないか。片思いに狂う気持ちって、こんな感じなのかな…』

 目を開けて枕元の時計を見る。まだ十一時だ。
 体力温存第一で早く寝なきゃならないのに…と、焦ってみてもどうにもならない。
 拓海は溜息を吐いて、天井を見上げた。

『たぶん…きっと…あの人に焦がれる理由は「憧れ」なのだろう。あの人に愛されたがっている内は、本当の恋愛なんてまだまだ遠いのかもしれないな。でも今は…精一杯に追いかける十八のおれに声援を送ってやろう。…乃亜さんからもらったプロミスリングに願いを込めて…愛しいヴィンセントに辿りつけますように…』
 拓海は乃亜が結んでくれた右腕のプロミスリングの巻貝に口唇を寄せ、願いを込めた。


 翌日、準備体操を終えた拓海は、尚吾と乃亜の見送りを受け、颯爽と海に向かって泳いでいく。
「気をつけていけよ!」
 大声で叫ぶ尚吾に、拓海は振り返りもせず、片手をあげるだけだ。
「あいつ、調子に乗らなきゃいいんだが…」
「大丈夫だよ。ヴィニーにはちゃんと連絡してるし、なにかあったら助けてくれるよ。海に関しては誰よりも頼りになるからね」
「そりゃそうだけど…」
「尚吾、息子を心配するお父さんみたいな心境?」
「え?…」
 ニコニコと見上げて笑う乃亜に、尚吾は腕を組み首を捻った。
「息子…とは違うな。たぶん、あの背中が乃亜やリオンやルイ、ヤン、ヨシュア…ヴィンセントだとしても、俺は今と同じように心配しながら、航海の無事を祈るだろう。家族愛?…いいや、俺の大好きな、大事な人だから、心配になるし、怒ったり喜んだりするんだろうなあ。乃亜と一緒に生活するまで俺はひとり暮らしだっただろ?乃亜が来てくれて俺には大事な人を守らなきゃならないっていう義務が生まれた。責任重大で荷が重いと思うけど、それに勝る喜びがあった。ヴィンセント達が俺の家族になってくれた時も、正直不安だったさ。案の定苦労も多いけどさ。あいつらの事やっぱ憎めないし、俺も頼りにしてしまう時もある。結局は…ひとりじゃないっていいなって、いつも皆に感謝してしまうんだ」
「ほんと?」
「乃亜と出会って良かった。ダメ元でも懸命に口説いてマジで良かったよ。乃亜が死んでしまうと思った時、俺はもうひとりで生きていくのは嫌だと思った。人を愛してしまったら、ひとりには戻れない。だから、拓海には本当は…ずっと一緒に居てくれる相手が良いと思ったんだけどな…。こればっかりは俺の思い通りにはならないなあ」
「大丈夫だよ。拓海君は尚吾より純粋だからね。きっと、ヴィニーの心を捉える日が来るよ」
「なんだ?それ。俺が純粋じゃないって言いたいの?乃亜の為に命を賭けたのに」
「純粋だったのはあの時だけじゃなかったけ?尚吾は悪賢くて計算高いもん」
「おい」
「でもそういうところも僕は好きなんだよ。僕がおバカだから尚吾は腹黒くて丁度釣り合うって、言ってた」
「ヴィンセントが?」
「ううん、ヨシュア兄さんだよ」
「……」
「尚吾はヴィンセントが好きだね」
「そう…かもな」
「嬉しいよ。大好きな二人が仲よくしてくれるの。僕、とっても嬉しいんだ」

 爽やかな海風に柔らかい乃亜の髪が靡く。白くあどけない端麗な横顔は一切の曇りを知らない。
 もし、乃亜が尚吾とヴィンセントの秘密を知っても、ジェラシーを知らないまま育った乃亜に嫉む気持ちが生まれるものだろうか。それとも…二重に苦しむのだろうか。

「帰ろうか、乃亜」
「うん、今日のお昼はなんにする?」
「そうだな…。冷蔵庫の中身を見て考えるか」
「じゃあ、尚吾におまかせします」
「へ?俺が全部?」
「そうだよ。僕の為に尚吾が作るんだよ。ね?うれしいでしょ?」
 そう言って無邪気に笑う乃亜が一番悪賢いんじゃないんだろうか…と、尚吾は訝った。そして、なんとなくだが気が楽になった。
 信心深い完璧を求める人間よりも、陽を見ながら影を知る人間臭い方がよほど信用できる…と、尚吾は世の中を割り切っている。
 自分の心がまっ白ではないのは当然の事。だからこそ綺麗な乃亜を独占したいのだ。無垢な乃亜が自分色に染められるのは、密かな喜びだ。
 尚吾は腕を絡めて寄り添う乃亜を抱き寄せながら、底なしの自分の傲慢さを嗤う。


 拓海の到着を別荘で待つヴィンセントは、桟橋からずっと海岸の方を眺めていた。
 白い波しぶきに煽られながら泳ぐ拓海の姿を見つけた時は、ホッとしたと同時に、海に飛び込みたい感情に煽られ、思わず拓海の名を呼んでしまった。
 リオンに止められなかったら、とうに飛び込んでいた。
「ヴィニー、ダメだよ。拓海は自分にプライドを賭けて、ここまで泳ぐって決めているんだから、ちゃんと辿りつくまで待ってあげなきゃね」
 年下のリオンにわかりきったことを諭され、ヴィンセントは苦笑した。
「そうだな。だが、こうやって見ているだけの辛さを教えてくれる拓海は、良い恋人になり得るかな」
「さあ、ヴィニーの導き次第だね」
「責任重大だな」
「ヴィニーは一見サディストに見えて、その実とってもM指向なんだって」
「は?…」
「って、尚吾が言ってた」
「…」
 リオンの言葉が真実とは思えないが、その冗句に反論する余裕は今のヴィンセントには無かった。
 
 息を切らせ、やっと辿りついたものの力尽きた拓海の身体は沈んでいく。それを引き上げ、冷たくなった拓海の身体にバスタオルを巻き、ヴィンセントは力一杯に抱きしめた。
「よく頑張ったな、拓海」
「うん…おれ、絶対泳ぎ切れるって…自分に言い聞かせて…ほら見て、乃亜さんがくれたプロミスリングの貝が割れて無くなってる…。おれの願いが…叶ったんだよ」
「…そうか、良かったな」
「ねえ、ヴィンセント。頑張った褒美をくれない?」
「もうおねだりかい?」
「…もうヴィニーに会えないって思ったら…寂しく泣いてしまうよ。もっと沢山あなたに触れたかったのに…」
「また、会えるだろう?来年でも再来年でも、いつでも会える。長の別れじゃない」
「…」
 拓海の睫に溜まった涙の玉が、ヴィンセントの心を和ませる。
 若さは時に縛られないし、元より我慢などできる老成した考えも必要はないのだ。

 ヴィンセントは拓海の濡れた髪を撫で上げ、拓海の額に口唇を押し付けた。
「これが今の私の拓海への想いだ。…そして、拓海が今の想いを忘れずにいてくれると嬉しい」
「…」
 ヴィンセントのキスは暖かく、言葉は拓海の心を素直にさせた。
 涙が溢れて止まらない。

「大好きだよ、拓海。君の真っ直ぐな心は私には眩しすぎるほどだ。私に力をくれる。大丈夫だ。私は君を忘れない。…また会おう」
「…ヴィン…」
「何度も言う。大好きだよ、拓海」

ヴィニー・たくみ33


 拓海が自宅へ帰る前日の夜、ヴィンセントを除いた皆が尚吾の家へ集まり、拓海のお別れパーティを開いた。
 心のこもった手作りの料理は勿論、ヨシュアはギターで歌を歌い、ルイは拓海にワルツを教えた。当然のように女役は拓海の方だ。
 ヤンは拓海の伸び放題の髪をきれいに散髪し、満足そうに「今まで以上にいい男になったぞ」と、拓海の頭を撫でた。
 リオンは額縁に収めた一枚の絵を拓海にプレゼントした。ヴィンセントが拓海の額にキスをしているデッサンだった。
「あの時のふたりは一枚の絵みたいに綺麗だったんだ。心を打つってああいう瞬間を言うんだね。だから、描いてみたんだよ」と、恥ずかしいことをいつもと変わらず飄々と言う。
「ありがとう、リオンさん。…みなさん、ありがとう。おれ、来年もここに来るから。だからまた仲よくしてください!」
 拓海は全員に向かって、頭を深々と下げた。


 翌日の昼前、尚吾の車で自宅に帰る拓海は、改めて乃亜に向かって、頭を下げた。
「お世話になりました、乃亜さん」
「元気で頑張ってね、拓海君。来年と言わずに、いつでも来ていいんだよ」
「うん。取り敢えず、大学に合格したら遊びにくるね」
「楽しみにしてる」
「じゃあ」
「待って。これ渡すの忘れてた」
「え?」
「プロミスリングの貝殻、願いが叶って割れたんでしょ?だから新しいのを昨晩、拓海に君に渡そうと思って、忘れてたの。ごめんね」
「乃亜の天然はかわいいから許すさ。なあ、拓海」
「勿論だよ。じゃあ、今度も乃亜さんに結んでもらってもいい?」
「うん、拓海君の新しい願いが叶いますように…」
 拓海の手首に乃亜の作った新しいプロミスリングが結び付けられた。
「すげえうれしいなあ…。願いが叶うように、おれ、一生懸命頑張るよ」

 拓海は尚吾の運転する車に乗り込んだ。
 出発しようとする丁度その時、郵便配達人が箱を抱え、門のベルを押した。
 庭に出ていた乃亜が応対し、その箱の宛名を見て、尚吾と拓海に聞こえる様に声を上げた。
「ヴィニーから、贈り物だ!」
「開けてごらんよ」と、窓越しに尚吾が叫ぶ。
 乃亜は縁側から部屋に戻り、急いで箱を開けた。
 丁寧に梱包された中からでてきたものは、メイプルシロップや羊毛のセーターなどカナダからの土産品だ。だがヴィンセントが本当に送りたかったものは…
 乃亜は広げた両手に収まるほどの箱を助手席に座った拓海に「ヴィニーから拓海君へって」と、手渡した。
「え?おれに?」
「そうだよ。きっと素敵なものだと思うよ。家に帰ってからひとりでゆっくり開けてごらんよ。その方がロマンチックだから」
「わかった」
 手を振る乃亜に別れを告げて、拓海を乗せた車は夏を過ごした館を離れた。


 尚吾の車に高速に乗り、快適なドライブを続けている。左手に見える海岸線の景色に癒される者は多いが、助手席の拓海にはそんな余裕はない。
 丁寧にラッピングされた箱を拓海はじっと見つめたまま、一体何が入っているのかばかりを考えた。
「尚吾さん、家までどれくらいかかる?」
「順調に行けば二時間ちょいかな」
「そう…」
「その箱が気になって気が気じゃねえみたいだなあ~。我慢しないで開けちまえよ」
「でも乃亜さんが…」
「乃亜には黙ってるよ」
「…」
 尚吾にしては押し付けがましい気がしたが、尚吾もまたヴィンセントのプレゼントの中身が気になるのだろう。あまり見せたくはなかったけれど、お世話になったお礼だと思い、拓海は決心して包まれた紙を丁寧に開いた。
 中から出てきたのはカエデの木でつくられた箱…蓋を開けたら音楽が鳴り始めた。
オルゴールだ。
 箱の中にはバラの花びらのポプリが詰められていた。

「へえ、バラのポプリか…ロマンチックなことするなあ~。まあ、あいつらしいんだけど」
薄くくすんだ空色のバラのポプリはきっとヴィンセントが言っていた「グランブルー」の花びらだ。その証拠にヴィンセントの香りがする。

「拓海、この曲のタイトル知っているか?」
「え?知らないけど…」
「The last rose of summer…『夏の名残りのばら』って言うんだ」
「夏の名残りのばら…」

 拓海はバラの花びらの奥に隠れた小さなカードを見つけ、つまみ出した。

カードには「To Takumi Again someday…」
と、だけ綴られていた。

『いつかまた…いつかまた会おう…そう言ってくれるの?…ありがとう、ヴィンセント。ありがとう…絶対にまた会いに行くから…絶対だよ』

 拓海は幸せだった。
 大好きな尚吾の隣で乃亜に貰ったプロミスリングを撫で、ヴィンセントの香りに包まれながら、拓海に贈られたオルゴールを聴けることに感謝せずにはいられなかった。

「ありがとう…みんな、ありがとう」
 涙ぐむ拓海に、隣でハンドルを握る尚吾はただ「もう一度聞かせてくれよ、その曲」とリクエストした。
 拓海はオルゴールのネジを丁寧に巻き、流れる音に身を任せるのだ。


 車は山間に向かう。
 今はもう海も岬も海岸線も遥か遠くになり、慣れ親しんだ潮風も波の音も聞こえない。
 車の天上ルーフを開けたら、青く広がった空に鱗雲が浮かんでいた。
 拓海はそっと目を閉じ、この夏の軌跡を頭に描いていく。
 決して忘れる事のない夏を…



  When true hearts lie withered.
  And fond ones are flown,
  Oh! Who would inhabit
  This blesk world alone?

       2014.9.12




夏の名残りのばら 13へ

人魚姫(♂)は、こちらからどうぞ。  1へ 

これで「夏の名残りのばら」は終わりです。
長い間ありがとうございました。
今日は母の13回忌なので、いい供養になったと思います。母は私が創作をすることを喜んでいましたので。


お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。

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夏の名残りのばら 13 - 2014.09.03 Wed

13
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ヴィンセント表紙-5


13.please forgive

 前向きに生きる覚悟を決めた拓海にすっかり気を良くした尚吾は、乃亜とヴィンセントに報告しようとリビングへ戻ったが、ふたりの姿は無い。
 明け放したテラスの向こう側で手を振る乃亜が見えた。
 尚吾は玄関から外へ飛び出して乃亜に声を掛けたが、尚吾を振り返った乃亜の赤く腫れあがった両の目を見て言葉を失った。
 その原因がヴィンセントへの敬愛と感謝だとはわかっているけれど、乃亜の素直さを愛しいと思うと同時に、ヴィンセントへの嫉妬が混じらないわけがない。

「…もっとゆっくりして欲しいってお願いしたんだけど…仕事があるからって…ヴィニー帰っちゃったの」
「そう…なんだ」
 スンスンと鼻をかむ乃亜の両耳には揃いのピアスが揺れている。
 ヴィンセントがどんな気持ちでそれを乃亜にあげたのだろうと考えると、多少の後味の悪さが尚吾を責めた。

「尚吾…。ヴィニーがね、いつまでも尚吾と仲よく暮らすことが、私の望みだって…そう言ってくれたの」
「そうか…」
 顔色一つ変えずに空事を語るヴィンセントの本心はわかりかねる話だが、乃亜がそれを信じ、救われているのなら、ヴィンセントの嘘もひとつの正解なのだろう、と思う。

尚吾は胸に寄り添う乃亜の髪を優しく撫でてやる。
「良いニュースがあるんだ。拓海が二学期から学校へ戻って頑張るんだとさ」
「ホント?」
「ああ、ヴィンセントへの恋心が拓海の気持ちを良い方向に向かわせてくれたらしい」
「…良かった…」
「ヴィンセントを追いかけて、お礼を言ってくるよ」
「僕も行くよ」
「乃亜はしばらく両目を冷やした方がいいな。そのままでもウサギみたいでかわいいけど、まるで俺が泣かしたみたいで極まりが悪いだろ?」
「…わかった。じゃあ、拓海君にデザートの用意したプリン、持っていくね。ああ、ヴィニーは泳いで帰るって言ってたから、海辺へ向かったよ」
「わかった」

 乃亜の額にキスを残して、尚吾は浜辺へ急いだ。
 裏道の急な坂を下り、松林を潜り抜け、浜辺へと降りたが御盆が近い所為か、帰省客も多く、海水浴を楽しむ家族や若者ばかりでヴィンセントの姿は見えなかった。
 あちらこちらと目を配るとやっと崖の下の岩穴へと向かうヴィンセントの後姿を見つけた。
 尚吾は大声で彼の名を呼びながら追いかけた。馬鹿みたいに必死に…。
 やっと追いつきハアハアと息を吐く尚吾を見て、ヴィンセントは見下したように高慢な態度で冷笑する。
「そんなに息を切らして、子供みたいだな」
「呼んだのに…無視しやがって…」
「はて?聞こえなかったが?」
「…」
 ヴィンセントのこういう性根の悪さに腹も立つことも多いが、それが痕に残らないのは尚吾がヴィンセントに惹かれているからではないだろうか。
 岩穴の天上は手を伸ばせば届くほどに高さで、ヴィンセントは奥の岩壁まで進むと背中を凭れさせ、尚吾を招いた。
 尚吾は息を整えて、改めてヴィンセントに近づいて向かい合った。

「あんたに話があったんだ」
「どんな?」
「まずは拓海の事だ。新学期から学校へ行く気になってくれたんだ。ヴィンセント、あんたのお蔭だ。…拓海に近づくなって責めたり、信用ならないって言ったりして悪かった。謝るよ」
「別に、頭を下げられる筋合いではない。拓海に懇願されたとはいえ、尚吾との契約を破ったのは私の方だからな」
「その事はもういい。拓海はあんたに恋をして、未来を楽しむ覚悟を得たんだ。いつかあんたの住むイギリスに行きたいって、これまで見たことない顔で楽しそうに話してた。今更だけど…恋と言う奴は、人を変えるものなんだな」
「全くもって、今更だな」
 真顔で頷くヴィンセントを見て、共感を得たようで尚吾は嬉しくなる。

「それから…あのピアスの事だけど…あんたの許可も得ずに、勝手に乃亜に渡して悪かったと思ってる。お、俺が貰っても使う機会もないからって、乃亜にあげてしまったけれど、よく考えれば、軽率だった…本当に悪かった」
 ヴィンセントは尚吾の懺悔を許すことにした。そして、ゆっくりと目を伏せ、尚吾への様々な企みを考えた。
 不思議なことにヴィンセントは尚吾への悪巧みを思いつき実行することが楽しみのひとつになってしまった。
 
 ヴィンセントは優雅な笑いで尚吾を安心させ、気にするなと手を振った。
「いいんだ、尚吾。あれは…おまえを試したのだよ。あのピアスを尚吾がどうするのか、知りたかった。おまえが乃亜に渡すことは容易に想像がついていたけれど、もしそうしなければ…浮気者と詰り、乃亜に密告する事もできたのだ」
「ヴィンセント、あんたは嘘つきで少しも自分の本心を見せないし、回りくどくて計算高いけど…乃亜にとってはあんたは一等大好きな尊敬する兄だし、あんたも乃亜を心から…(マトモとは言えないまでも)愛している…それはそれでいいと俺も認めてるんだよ。あんたほどじゃないけど、俺もそれなりの大人だからわかるつもりだ。だから…色々抱えるもんは多いだろうけどさ、俺が必要な時は言ってくれよ。たまにはあんたの役に立つことだって、できるかもしれないから…」
 こんなことを馬鹿真面目に告白することが野暮だと判っていたが、尚吾はヴィンセントから顔を叛けなかった。
 そして、ヴィンセントはそんな尚吾に惹かれている自分を認めざるを得ない始末なのだ。

「それは…誘っているのか?」
「バカ言え。乃亜がいるのに俺から誘うかよ。…契約だよ、契約。あんたのプライドが俺を欲しがる時は…相手になってやるって言ってんだ」
「…おまえも相当に、メンドクサイ奴なのだなあ」
「あんたほどじゃあねえよ。それに…どんなことがあっても、乃亜は俺が死ぬまではあんたに渡さないから」
「じゃあ、早く死ね」
「うるせ…」
 顔を叛けた一瞬、尚吾の右腕がヴィンセントに引き寄せられ、ヴィンセントにもたれかかるように寄り添った。
 僅かに抵抗する仕草を見せる尚吾をヴィンセントは制し、身体ごと尚吾の背中を岩肌に押し付けた。

「今更、何を怖れることがある」
「別に…」
「キスぐらいさせてくれてもいいだろう?…明日の夜にはここを出る予定だ」
「え?」
「今朝、急な仕事が入った。カナダのファンディ沖で人魚の子供が網にかかったらしいんだが…仲間が保護しているんだが、私の指示を待っているんだ」
「…大変だな」
「そう思うんだったら、敬愛のキスで見送れ」
「憐みのキスならサービスしてやる」

 ヴィンセントは微笑んで尚吾の憐みを受けた。
 思った以上の丁寧さでお互いの口唇を味わい、それは十分に淫蕩な感情を引きだす行為であったが、彼らはそれを契約の一つと考え、そして同時に互いへの「許し」だと悟った。

「…あんたが今、何を考えているか、当ててみようか?」
「おまえと同じと言えとでも?まさか…おまえほど低俗ではないさ」

 つまりはこうだ。
 要因(ファクター)は「乃亜」であっても、導かれる心模様はそれぞれに違い、それでも未来の構図は同じものを描いている。

 ふたりは同時に笑った。
 他の誰にも理解しがたい想いを、ふたりだけはわかりあえる気がする。
 そんな気がしたのだ。


「これで私のサマーバケーションは終わりだな」
「拓海には何も言わずに行くのか?」
「拓海には良い思い出だけを残してやりたい」
「身勝手だな。あの子は駄々をこねる子供じゃないし、ちゃんと説明すれば悲しい思いをせずに済むじゃないか」
「わかっているだろう?あの子の未来を決めるのは私じゃない」
「…」

 尚吾は一瞬でもヴィンセントを理解したと感じた自分を恥じていた。異形の者として生きてきたヴィンセントの背負う過去も未来も、尚吾には計り知れない重さなのだ。

『あいつに拓海の事まで荷負わせるもんじゃない。ヴィンセントを好きになったのは拓海の勝手なのだから』

 口唇に残ったヴィンセントの馨しい香りは未だに尚吾を酔わせていた。それはまたヴィンセントも同じであろう。
 「Good luck、尚吾」と手を振り、波打ち際に歩き出すヴィンセントに、尚吾はあわてて「また来いよ」と、送り出す。
 
 波間に消えていくヴィンセントを見送る尚吾は、いつしか無事な航海を懸命に祈る自分自身に少々呆れてしまった。


尚吾とヴィニーのキス


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次回で終わりの予定…だよ

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