FC2ブログ
topimage

2015-06

超いいひと 11 - 2015.06.29 Mon

11
イラストはサムネイルでアップしております。
大きく見たい方は、イラストをクリックしてくださいね。


いいひと12

11、

 その夜は確かに肌寒かった…。

 九月は俺の仕事場であるデザイン部署の入れ替わりがある。
 デザイン課は、A課とB課に分かれ、ざっくり区別するとA課は高層建築物専門、B課は個人の店舗や平屋など外装、内装を含めたデザイン重視の分野、となっている。
 ベテランの建築家は勿論どちらも経験するが、多くは社員の希望を汲んでくれる。
 俺はまだ初心者扱いだからB課なのだが、入れ替わりは割と激しい。
 今期もA課の三人がB課にやってきた。
 オフィスの階が違うから、普段顔を合わせる機会も少なく、馴染は薄いのだが、そこはデザイナー同士、すぐに打ち解けあうものだ。

 一週間後の夜、恒例のA課とB課の交流会が催されたわけだが…
 居酒屋での俺の隣の席には、A課から移ってきた吉良遠流(きらとおる)が静かに手注ぎの冷酒を飲んでいる。
 俺より四歳上だが、幾分幼めいた見た目は俺好みの整った顔だ。だがコミュ症気味の神経質そうな態度と話し方は、かなり近寄りがたいし、徹底した「用が無いなら近づくな」オーラは、能天気な俺にでもわかる程に強硬だった。
 しかも周りの先輩方に愛想よく酒を注いで回る俺を、蔑んだような目でちらと見るのは勘弁だ。
 手持無沙汰な様子を汲んで「吉良さん、社宅のアパートの部屋、俺の部屋の真上の階なんですよね」と、話を振ると「…知らないけど…」と、素っ気ない一言。
 「こちらに転勤した時、あんたの部屋に引っ越しの粗品持って挨拶行ったんですけど!」と、怒鳴りたくなった。

「上杉、こいつ(吉良先輩の事)てんで愛想悪いけど、仕事はできる奴だから、よろしく頼むよ」と、A課の課長の瓜生さんが俺に頭を下げる。
「い、いえいえ、俺の方こそ…色々勉強させて頂きますっ!」と、畳に手をついて頭を下げる俺の横で、吉良さんがぼそっと「別に、頼まれなくてもいいですけど…」と、呟く。
「ほら、いつもこうなんだ。他人と関わるのが面倒らしくてねえ。直せって言っているんだが…」
「建築家に愛想は必要ないと思いますけど」と、俺への嫌味のような言い方にこちらもカチンときたけど、「吉良さん、今の時代、女は度胸、男は愛嬌って言いますよ」と、絶品の笑顔で返してやった。
 吉良さんは不機嫌そうにぷいと顔を叛ける。

「上杉、悪いな~。こんな奴だけど面倒みてやってくれ」
「はい、頑張ります」
「ホント…浅野が居てくれたらなあ~」
「え?」
 独り言のように呟いた瓜生さんの思いがけない人の名に俺の心臓は跳ね上がった。
「あ、浅野って…。瓜生さん、浅野って、浅野竜朗さんの事ですか?」
「あれ?上杉、浅野、知ってんの?」
「はい、札幌支店で一緒に働いてて…。たった三か月だけだったけど、めちゃめちゃお世話になった尊敬する先輩なんです。…なんだか嬉しいです。五年も経つのに浅野先輩の事を話せる方が居て…」
「浅野は良い営業マンだったよ。愛嬌も気配りも営業も一流だった。無理難題を持ちかける大手の注文をあっという間にこちら側に有利に受けて、周りを驚かせたりなあ。今でも浅野武勇伝説は酒の肴になると語り草だよ。しかしなあ…なんで辞めたのか未だに理解できないけどねえ」
「そう…ですね」
 俺はその理由を知っていた。浅野竜朗の退社の原因は失恋だった。

「吉良は浅野と仲良くてなあ~。なあ、吉良?」
「…知りません。もうとっくの昔に忘れましたから」
 そう言ってコップ一杯に注いだ酒を煽り飲む吉良さんの姿は何だか痛々しく思えた。

 まさか…もしかしたら…浅野さんが別れた東京の恋人って…吉良さん?


 泥酔した吉良さんを抱えてアパートに帰り着いたのは、午前三時だった。
 帰り際、半分意識の無い吉良さんを社宅が一緒だから頼むと俺に託した瓜生さんは、気になる言葉を残して行った。
「吉良は繊細な奴だから心配だったんだが、上杉みたいな世話焼きが傍にいてくれると俺も安心だ。面倒だがよろしく頼むよ」
「はい」と、気軽に返事をしたものの、心中「マジめんどくせ~」と叫んでいた。

「なあ、浅野は今何してるか、知ってる?」
 反対側の吉良さんの肩を抱える瓜生さんが、聞く。
「え?…いえ、会社を辞めてからは、連絡取ってないから…知りませんね」
「そうか…。吉良はきっと…」
「吉良さん、浅野さんと何かあったんですか?」
「それは…まあ、本人から聞いてくれよ。じゃあな、頼んだよ」
 そう言って、瓜生さんは俺と飲んだくれた吉良さんをタクシーに乗せた。勿論タクシー代は瓜生さん持ちで…。

 アパートに着き、吉良さんのカバンから鍵を出して部屋に入る。勿論、間取りは俺の部屋と同じだが、インテリアコーディネートが違う所為で、部屋のイメージが全く異なる。
 俺の部屋よりもシンプルだけど、なんだか落ち着く感じ。
 部屋を見れば、その人の生活感や性格がわかるって言うけれど、ホントだな。見かけのイメージとは大分違って、壁やカーテンの優しい配色と質の良い籐のインテリアが妙にマッチしている。
 
 赤い顔から青色に変わり気味の吉良さんは「吐きそう…」と、言いつつトイレに直行。そのまま吐いている背中を擦り、それからベッドに寝かせた。

「水…冷蔵庫にあるから、持ってきて…」
 ご命令通り冷蔵庫を開けたら、水のペットボトルばかりで笑ってしまったけれど、それもなんだか吉良さんらしい。
 飲みやすいようにコップに入れて水を差し出したら、吉良さんは一気に飲んだ後、俺を見て「君、誰?」と、言う。
 俺は半ば呆れながら「上杉ですよ。同じ課でこの部屋の真下に住んでる上杉由宇です」と、答えた。
「…そう…。送ってもらって…悪かった。もう、帰ってくれていいよ」
 そう言うと、青ざめたままの吉良さんは、ベッドに突っ伏して寝てしまった。

 このまま寝かせた方がいいと思ったけれど、先程から引っかかっている事が気になって…口に出してしまった。
「吉良さん、浅野竜朗と付き合ってたんですか?」
「それが…おまえに関係あんの?」
「ありますよ。俺、札幌でお世話になった時、浅野さんが好きで…本気で惚れたんです。寝てくれって頼んだこともあります」
 俺の言葉に吉良さんは、貧血で青ざめた顔をこちらに向けた。
「…おまえ、ゲイなの?」
「そうですよ。吉良さんもでしょ?浅野さんだってそうだ。今時、珍しくも無い」
「浅野は…おまえと寝たの?」
「気になります?」
「…別に…」
 吉良さんはまた顔を突っ伏して、掌で「あっちいけ」と俺を追い払う仕草をする。仕方がないから、自分の家に帰ろうと立ち上がった俺は、振り向きざま、もう一言だけ吉良さんに告げた。

「浅野さん、吉良さんの事を…ずっと好きだったみたいですよ。あなたと別れた事を…酷く後悔してました」
 そう言い残して部屋を出ようとした時、吉良さんの絞り出すような…泣き声がした。
「お、俺だって…俺だってずっと好きだった。今でも竜朗が好きでたまらない。くそっ!…バカだ…」
 俺は驚いて振り向いた。
 上半身を起こした吉良さんはベッドの上で、咽ぶように泣いていた。

 俺は驚愕していた。
 別れた人を想ってこんな風に泣く男がいるのか…と、唖然としてしまった。
 そして、すぐに俺は自分の軽率さを後悔した。
 そうだ。
 浅野さんは恋人を…吉良さんの事を、思った事の半分も言えない捻くれ者の小心者だ…と、愛おしそうに俺に話してくれたじゃないか…。
 
 俺は吉良さんに近づいて、震える肩を抱きしめた。
「すみません、吉良さん。俺、言いすぎました…」
「…たの?」
「え?」
 涙声で吉良さんが聞く。
「竜朗と…寝たのか?」
 そんな吉良さんが可愛く思えた。
「寝てませんよ。あなたがいるから無理だって…はっきりと断られました。浅野先輩は本当に…心の底から吉良さんの事が好きだったんです」
「…俺だって…おれだ…」
 両目からポタポタと零れ落ちる涙を見ているだけで、こちらまで辛くて、「大丈夫ですよ」と、何度も背中を摩ってやる。
 浅野さんは、こんな弱々しい吉良さんを充分知っていただろう。どんなにか、ひとりにさせたくなかっただろうに…。

 「今でも好きだよ…バカヤロ…」
 酔いつぶれたあの時の浅野さんと、目の前に吉良さんの姿が綺麗に重なって見えた。
 こんなにも惹かれあっているのに、叶わない恋なんて…
 神様も非道だな。

「君…頼むから…一緒に居てくれないか?」
「俺は浅野竜朗じゃないですよ」
「今夜だけ、竜朗に代わりになってくれ。…頼むから…」
 
 そうやって俺の腕の中で泣く吉良遠流に同情した俺は、その晩、彼を抱いた。
 仕方なく…そう、仕方なくだよ。
 でも、まあ…悪くなかった。
 逝きながら、吉良さんが「竜朗」と、震える声で俺にしがみつくのも、倒錯的に淫猥で良かったしね。

 
 後日、それを信さんに話したら、本気で拗ねられた。
 それが狙いだったから、俺は心の中でほくそ笑んだ。




「超いいひと」はこちらから…10へ /12へ 

浅野とこれから出てくる吉良のお話はこちらです。
傷心
うそつきの罪状 1


お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

超いいひと 10 - 2015.06.21 Sun

10
イラストはサムネイルでアップしております。
大きく見たい方は、イラストをクリックしてくださいね。


輝有浴衣

10、

 目の前の海に佇んだ小さな鳥居が波に打たれ、激しい飛沫を撒き散らしていた。
 あの後、輝有(こう)とふたり、引き潮の干潟を大鳥居まで歩き、参拝したけれど、俺は輝有への問いに答える事はできなかった。
 一年以上前の昔話だと言うのに、昨日の事みたいにはっきりと思い出す。

「あの時…なんて応えれば良かったんだろう…」
 隣に座る信さんにすべてを話し終えた俺は、答えを求めるでもなく、呟いた。
「そうだね…。多分…感謝の気持ちを言えば、良かったんじゃないかな」
「感謝?」
「そう。由宇くんを産んでくれた母親への感謝。由宇くんを理解してくれる父親への感謝。由宇くんを育ててくれた家族への感謝。そして、由宇くんを一等愛してくれるお兄さんへの感謝。由宇くんは沢山の愛情に囲まれて生きてきたんですよ。その証が今の由宇くん自身です。僕は…由宇くんに会えて、本当に良かったと思ってる。だから今、由宇くんを育ててくれた家族にありがとうって、言いたい気持ちで一杯です」
「信さん…」
「今度、実家へ帰る機会があったら…僕の気持ちの分も含めて、『ありがとう』って、伝えてください。あ、勿論僕の事は内緒ですよ。もし家族に由宇くんがゲイだって知られてないのなら尚更です。うちの親もそうだけど、マイノリティに理解のある僕達の世代とは違って、あの人たちに理解を求めるのは難しい」
「さすがに親にカミングアウトする気はないけどね。そうだな…。きっと、そういう事も含めて実家から遠ざかっていたのかもしれないしね…。でも信さんがそう言うんなら…今度帰ってみるかな~」
「はい、是非、そうして下さい。その時はなにか…プレゼントを持って行くといいですよ。特に母親は息子がくれたものは何でも喜ぶものですから」
「信さん、詳しいなあ~」
「うちは奥さんの実家の分もあるので母の日やら誕生日やら敬老の日やら…とにかく行事のプレゼントは忘れないように贈っています。高いものじゃなくてもいいんです。花やハンカチみたいなものでも、充分喜んでくれるみたいだから…」
「へえ~。そんなもんで喜ぶんだ。女ってわかんねえなあ。まあ、女性と付き合った経験がないから、わかるはずもないんだけどね」
「僕も…奥さんにアドバイスされて、わかったことなんです」
「…奥さん、いいひとだよね。俺、ジェラシー感じちゃうんだけど」
「…」
 墓穴を掘ってしまったと、信さんは拙い顔で黙り込んでしまった。
 俺もそれ以上突っ込まない。
 信さんは、家族の事は必要最小限しか話さない。
 多分…何を話しても俺が信さんに同情して、怒り出すのを案じての事だ。
 誰だって好きな人が理不尽な目に合っていると感じたら、腹が立つのは当然だ。


 二週間後、俺は実家へ帰ることにした。信さんの言う通りに、母親と兄貴の嫁さん、そして生まれたての赤ちゃんへのプレゼントを持って。
 嫁さんへのプレゼントは、デパートの女性従業員に薦められた色鮮やかなストールに決まり、赤ちゃんへのお祝いも適当な服のセットで誤魔化せたが、母親への贈り物はなかなか決まらなかった。
 悩みながら化粧品のフロアを歩いていた時、ふと母の匂いを思い出した。
 近づいてみるとディオールのディオリシモというオードトワレだった。
 昔から、いつだって母からは微かにこの匂いがしていた気がする。間違いかも知れないけれど…俺の記憶の中の母の香りだ。

 今度は前もって母に連絡をして、実家を訪れた。
 土曜日だった所為もあり、家族総出て俺を迎えてくれて、こちらも恐縮する。
 それぞれのプレゼントを渡し、それなりに義務感から解放された気がした。
 結婚式の時に二、三言話しただけの兄の嫁さんは、さっぱり系の眼鏡美人で、良い距離感で居てくれそうだ。変に色っぽかったり、甘えられたりするタイプは苦手なんだ。
 生まれて半年になる赤ちゃんも思った以上に可愛かった。色白の女の子で三月生まれだから「陽奈子(ひなこ)」と付けたらしい。 行政書士の資格を持つ奥さんは産休中で、半年経てば元の職場に戻ると言う。

 母は…俺の買ってきた香水を見て、酷く驚いた顔をした。
「これディオールのディオリシモじゃない…。どうしてこれを?…お父さんから聞いたの?」
「え?いや…。デパートをぶらついてて、なんかこれって母さんの匂いじゃないかって思ったからさ…。だから買ってみたんだけど…当たりだったら良かったよ」
「お父さんから初めてもらったプレゼントが、このオードトワレだったの。まだ結婚する前の話なんだけどね。それから、ずっとコレを付けていたんだけど…まさか、由宇の始めてのプレゼントがコレだなんて…。お母さん、こんなに感激したの、初めてよ」
「…良かった…よ……!」
 …マジびびった。
 俺のプレゼントした香水をしっかりと抱いた母が俺の前で涙を滲ませたのだ。
 絶句する。つうか…
 信さん効果、すげえ~。
 プレゼント効果、絶大だな~。


 偶然にもその日は、町内の祭りの日だった。
 夏を見送る意味合いの地方の祭りで俺達は「ヨド」と呼んでいた。
 母は前から用意していたと言う浴衣を出し、俺に着れと言う。
 着物を着るなんて…浴衣だけど…子供の頃以来で…それよりも俺用の浴衣を母親が用意してくれていた…と、言うありえねえシチュエーションに感動よりも恐怖が先に立って、とても断る勇気が持てなかった為、俺は母の言うがままに、動きにくい浴衣を着る羽目になった次第。

「じゃあ、行ってくるよ」と、家族に見送られ、兄の輝有とふたりきりで家を出て、近くの神社へ向かう。すでに日は暮れていた。

「いいのかよ。ひなちゃんと嫁さん、置いて俺達だけで出てきてさ」
「かまわんさ。ひなはまだ小さいし、奥さんはああ見えて人見知りだから、人込みは嫌いなんだ。近所の知り合いにいちいち挨拶するのも、好奇心に晒されるのも面倒だしさ」
「まあ、田舎だから仕方ないよなあ」

 縞模様の鶯色の浴衣は輝有に良く似合っていたし、俺の浅黄格子柄もなんだか懐かしくて…変に胸が熱くなった。
「昔、子供の頃、兄貴と…知香も居たかな。祭りに行ったよね」
「知香が金魚すくいで釣れなくて泣いてたなあ。今じゃ立派な海外派遣のツアコンだからなあ」
「そう、知香も頑張ってるんだな」
「あの時のおまえは、今日の浴衣そっくりの柄を着ていた」
「よく覚えているね」
「そうだな…。何故だか由宇の事は些細な事も覚えていたりするんだ。俺の目がおまえをずっと追っていたからかもしれんが…」
「…」
「しかし…意外だったよ。おまえが俺の家族やお袋に贈り物をするなんてさ。なんかあったのか?」
「いや…ただ…兄貴にあの時の返事をしなきゃって…思ったんだ」

 神社の境内はすでに沢山の人出で賑わっていた。夜店の灯りが虫を呼び寄せるみたいに沢山の子供たちで溢れかえっている。
 小学、中学の時の同級生が俺を見つけては「うわ~由宇だ。しばらくだな」と、繰り返し驚く。「今度の同窓会、絶対来いよ」と、言われ「ああ、必ず行くよ」と、返すと、隣の輝有が小声で「ぜってー行かねえクセに。適当な奴」と、嘲笑う。
「別に…これぐらいの嘘で、あいつらが喜ぶなら、いいじゃん」
「いつわりの優しさ…だな。由宇らしいよ」

 お参りして神社を一周した後、境内の脇にある林に向って歩いた。
 背の高い木陰で佇んでいると、うだるような夏でも不思議と風が通り過ぎて、昔から心地が良かったんだ。
 眩しい境内の灯りは俺と輝有と大樹の影を地面に映し出す。

「懐かしいかい?」
「うん、そうだね。なにもかも懐かしい。でも…」
「でも?」
「輝有の言う通り、俺にはもう過去のものでしかない…って思ったりもする」
「そうだな。俺も同じだね」
 そう言って、林の奥に歩く輝有の後を、俺は追った。

「輝有、あの時の返事だけど…」
「うん」
「兄貴は親も家の事も心配いらないから、俺に好き勝手に生きろって言ってくれたよね。俺、本音言うとありがたいって思った。めんどくさい事全部兄貴に背負わせることになっても、それは兄貴が小さい頃に受けた恩に報いるだけの事だから、気にするな、とも思った。でもやっぱり違う。輝有がそれを受け入れる覚悟を決めた思いに、俺は向き合うべきだった」
「…」
「ありがとう、兄さん。これまで俺を見守ってくれて、本当にありがとう。それから…親父とお袋の事、よろしくお願いします。何かあったら、俺を頼ってくれていい。俺も家族のひとりだし、兄貴の助けになるのなら、出来る限りのことはするつもりだから。だから…だからさ、昔に会いたくなったら、またここに帰ってきてもいいかな?」
「勿論だよ、由宇。勿論さ…」
「良かった…。帰って来るなって言われたら、どうしようかと思った」
「そんな事、俺が言うもんか」
「言ったじゃん。あの時、もう家とは関わるなって」
「おまえを苦しませたくなかっただけだ。でも、今はあの時と違って吹っ切れたみたいだから、もう大丈夫だな」

 その時、俺は輝有に本当の事を言おうと思った。
「輝有、俺…一生結婚はしないつもりだ」
「そう…か…」
「俺、ゲイなんだ。中学の頃から気づいてたけど、家族には知られたくなかった。だけど世間がなんて思おうと、俺は自分を恥じてないし、一社会人としてマトモに生きてるからそれはそれでいいんだけど…、親には嫁さんも孫も見せられない。輝有が期待する俺の実像はこんなもんだ…」
「…」
「失望させたなら謝るよ」
「俺の初体験の相手は大学の時の先輩だった。男のさ」
「え?」
「ユースホステルのサークルで知り合った。優しくてかっこいい人で…まあ、旅先でなんとなくいい雰囲気になっちゃって…俺も好奇心で寝てみた」
「はあ?」
「ま、俺が入れる方だったから、まだバックバージンだけどさ」
「いや…あの、兄貴から聞きたくない言葉ですよ、それ。つうかいいのか?そんなこと俺に話して…」
「おまえ以外に話せる奴もいないだろ。それに、なんとなくおまえが女が駄目ってことは気づいてたよ。ずっとおまえを見てたからな」
「…そう…なんだ。なんか…これぞ複雑な心境って奴だわ」
「おまえがゲイじゃなかったら、俺も先輩と寝なかったかもな…」
「な!お、俺の所為なのか?」
「百パーおまえの所為だな。先輩とやってる時、おまえの事考えてたし…」
「そ、それ以上意味深発言はするなよ。ホントに帰って来れなくなるわ、俺」
「そうだな。俺も一応父親だし…。あれ以来、男とは寝てないし…これから先も可能性は薄いな」
「そこは無いって断言してくれよ~」
 なんだよ、変な言い回ししやがって。これじゃ、輝有が俺に惚れてる…みたいに取れるじゃねえか。
妙な具合に心臓の音が頭の奥まで響いてじっとしていられなかった。

「もう帰ろうぜ」
 俺は急ぎ足で境内に方へ歩いた。
「由宇、おまえ、随分変わったなあ」
 俺を追いついた輝有は俺の肩に並んで歩く。
「なにが?」
「そんなにつんけんするな。褒めているんだ。うん、なんだかすごくいいひとになった。おまえがお袋にプレゼントするなんてさ、考えても見なかったし、人当たりが優しくなったよ」
「そう?自分じゃわかんねえけど、女性にはプレゼントが一番って教えてもらったからさ」
「彼氏か?」
「うん、今、一番好きな人だ」
「俺よりいい男か?」
「え?…いや、輝有の方がかなりイケメンだよ。でも、そいつ、いい奴なんだ」
「おまえよりもか?」
「ああ、超が付くくらい『いいひと』。そこに惚れてる」
「そうか…良かったな」
「いつか輝有に会わせようか?」
「いや、止めておく。ジェラシーを感じてしまうのも癪だからね」

 そう言って微かに笑う輝有の顔が、少し寂し気に見えたのは、俺の思い上がりなのかもしれない。
 だけど激しく鳴っていた心臓も、今はなんだか温かいだけ。
 人から愛をもらうのは、嬉しいものだから。
 

 着ていた浴衣を「せっかくだから持って帰れ」と言う母親に「また、ここに来た時に母さんに着せてもらうよ。その時まで預かってて」と、答えた。
 母は驚いた顔をして、それから震える声で「わかった。また来てくれるなら、こちらでしまっておくわ」と、言った。
 俺は少しだけ罪悪感を感じた。輝有から親に絶対にゲイだとは言うなと、念を押されていて良かったと思う。
 今度泣かれたら、俺だって迷ってしまうよ。

 信さんの場合はもっと大変なんだろうなあ。
 あの暢気な顔がひきつっているのを想像して、俺はひとりで笑ってしまった。



「超いいひと」はこちらから… 9へ11へ


浅野とこれから出てくる吉良のお話はこちらです。
傷心
うそつきの罪状 1



お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

超いいひと 9 - 2015.06.14 Sun

9
イラストはサムネイルでアップしております。
大きく見たい方は、イラストをクリックしてくださいね。


  いいひと9-2

9.
 兄、輝有(こう)の結婚が決まったという報告を受けた俺は、広島の出張のついでに実家に一泊することにした。
 驚かすつもりがなかったが、普段メールも電話もしないから、連絡もせずに実家へ戻った。俺の姿を玄関で見た母は一瞬声も出せないぐらいに驚いた。それから大声で「帰るなら帰るって電話の一本よこしなさいよ!」と、久しぶりに会う息子を歓迎するどころか、逆に怒り出した。
「仕事が忙しくてつい連絡し損ねたんだ。兄貴が結婚決まったそうだから、一言お祝いを言っておこうかなって思ったんだけど…」
「あ~…、もう夕食、昨日の残りのカレーで済まそうと思ったけど、メニュー変えなきゃね」
「別に俺、カレーでいいけど」
「あんたの分まで残ってないの。ちょっと買い物してくるから留守番してくれない」
「…いいけど」
 玄関を上がった俺は二階の自分の部屋への階段を昇ろうとした。その時、母は「あら、あんたの部屋はもうないわよ。二階は輝有夫婦が使うようにリフォームしたの。だから由宇は客間に寝て頂戴」と、にべもない。

 母が買い物に出た後、俺はこっそりと二階の様子を伺った。
 二階の部屋は三部屋とトイレがある。
 それぞれの部屋が俺達三人の兄弟妹の部屋だった。
 リフォームは三部屋を寝室と簡単なキッチン付きのリビングダイニングに分けたもので、別段取り立てて目新しいデザインでもなかった。
「うちの家族のだれひとり、俺が建築家って思い出さなかったのかね」と、俺は苦笑する。
 リフォームするのなら一言相談をしてくれても良かったはずなのに…と、落胆する気持ちもないわけではないが…我ながら虫が良すぎるぼやきではある。
 大学以来この家から離れているのだから、自分の部屋が無くなっているのが普通だし、俺の部屋だけじゃなく、現在オーストラリアで生活している妹の部屋も無いのだから、俺だけが部外者扱いされているわけでもない…
 けれど、当たり前にそこにあると思ったものが目の前からなくなるのは、寂しいものだ。

 夕食はすき焼きだった。父も兄も揃い、妹を除いた四人水入らずで鍋を囲む。
「こりゃまた母さん、奮発したね。神戸牛だ」と、兄の輝有が驚きながら食卓に着く。
「由宇、たまには帰ってこい。いつもは貧相な晩餐が豪勢になるからなあ」と、父。
「お父さんがもう少し高給取りなら、毎日だって神戸牛でもいいんですけどね」と、皮肉交じりの母の冗談に皆が笑った。
 そうか、俺は歓迎されているのか…と、思ったけれど、上げ膳据え膳の客扱いされる事も何かしか気に入らないから、心の底から愉快にはなれなかった。
 つまるところ、俺の心は針の穴のように狭いのだ。

 広い客間にぽつねんと用意されたたまにしか出さないお客用の高級布団が俺の今夜のベッドなのだが、その寝心地の悪さときたら…。言うまでもないが布団の所為じゃなく、俺の歪んだ心が折角のおもてなしを素直に受け入れられなかっただけの話だ。
 だが、当時の俺の心の動揺は…自分でも理解できないほど複雑だったんだ。

 その夜はなかなか寝つけなかった。するとどうでもいいことまでをも延々と考え始め…この家に俺の居場所が無い事が究極の不幸…とか、もう俺なんてこの家には必要ないんだ~なんて、中二病的に思い込んで地面にのめり込む程落ち込んでしまう。

 朝、母親が用意してくれた朝食に手もつけず、「急な仕事が入ったから」と、我が家を後にした。
 家を出た途端に子供じみた自分の行動を反省したけれど、戻る勇気はなく、つまらないプライドが無駄に足を速ませた。
 長い坂を下りる途中、黒のマツダデミオが俺の横に泊まった。兄の車だ。
「乗れよ。駅まで送るから」
 笑わない兄の顔を見て、俺は黙って従った。

 車のオーディオからは聴いたことのあるピアノジャズが流れていた。
 当時は「エトス」に通い慣れた頃だったから、それまでは知らなかったジャズにもすっかり慣れ親しんでいたんだ。
「これビル・エヴァンスじゃない?」
「よく知ってるな」
「兄貴こそ…ジャズを聴くなんて、全然知らなかったよ」
「ジャズだけじゃないだろ?昔から由宇は俺が何が好きかなんて、興味なかったじゃないか」
「…」
「まあ、そんなことより…たまにはゆっくり兄弟で話さないか?どうせ、急ぎの仕事なんて嘘なんだろ?」
「別に…話すことなんて、無いと思うけど…」
「由宇になくても俺にはある。取り敢えず、厳島詣ででもしよう」
 
 輝有が俺に対して、色々な意見やこういう風に強引に何かを求めたことは無かったから、正直驚いた。
 俺にとって上杉輝有と言う人間は、始終きつそうな咳をする顔色の悪い、滅多に大声を出さない従順でおとなしい奴…ぐらいの認識だった。
 
 宮島口フェリー乗り場の近くの駐車場に車を置いて、連絡船に乗り宮島へ渡る。
 子供の頃は学校の社会科見学やら初詣でよく宮島へは通ったものだが、ここ何年も行かなかったから、観光客の多さに驚いた。
「今日は土曜日だから余計多いのさ。ちょうど満潮だから大鳥居が良く見えるよ」
 そう言われても俺には珍しくも無いから、他の観光客のように立ち上がって感嘆の声などあげるわけもない。
 桟橋に着いても一目散に厳島神社に向かう観光客とは逆の方向へ歩いた。
 昔、夏になると家族でよく行った海水浴場を目指して歩く。
 久しぶりに兄と並んで歩いて、ふと気がついた。
「あれ?兄貴、背が伸びたんじゃね?」
 輝有は病気の所為で、小さい頃から身長も体重も平均よりはかなり低かった。
「ああ、大学の頃にステロイドを止めてからは、少しずつ伸び始めてなあ。なんとか175に届いたかな。まあ、おまえには追いつけそうもないけどな」
「別に俺に追いつかなくてもいいだろうに」
「俺は…おまえにずっと追いつきたかったんだよ」
「…」
 俺には輝有の言葉の意味がわからなかった。

 桜の時期にはまだ少し早い三月の半ばだった。晴天の空に春霞がかかり、対岸の景色が少しぼんやりと見えた。
 海辺には当然のように俺たちの他に人影は見当たらなかった。
 俺と輝有は松林の奥に並ぶ石垣の土手に座り込んだ。
 
「懐かしいな…。昔はよく家族で海水浴に来たけれど、俺はあんまり泳げなくて、おまえと知香が親父と楽しそうに泳いでいるのを眺めてばかりだった」
「母さんがうるさかったからな。兄貴の発作が怖くてあれもダメ、これもダメってね」
「俺よりお袋の方が神経質だったけれど…大抵の母親は子供の病気には敏感だから、仕方あるまい。それにあの頃の俺には、お袋しか頼れるものはなかった。発作が起きると怖くてたまらなかったからな…」
「…」
「うらやましかったよ。おまえの何もかもが。丈夫で健康な身体、母親に少しも媚びないクールさと強さ。あっという間にひとりで大人になって、家からも俺からも瞬く間に羽を広げて巣立ってしまった…。本当になあ、おまえは最高にかっこよくて、俺の憧れだった…」
「なにそれ?はは…まさか」
 信じられない告白だったから、俺は輝有の横顔をまじまじと見つめた。その横顔はしっかりと整った大人の顔をした俺の知らない兄の姿だった。

「由宇は小学生の頃は町内の少年サッカー部に所属してただろ?俺、おまえの練習や試合の様子を、こっそり見に行ってたんだ。おまえがシュートを決めた時なんか、自分が蹴ったみたいに興奮したよ。中学の時はバスケ部で高校の時はテニスだったよな。運動もマトモにできなかった俺には、なんでも出来るおまえがうらやましいどころか、憧れのスターみたいなもんさ。しかも、おまえは有言実行で国立大学に合格し、家を出てそれから、大手の建設会社に就職。今じゃいっぱしの建築家…片や、俺は地元の市役所に就職。たった二歳しか違わないのに、差は開く一方。兄貴の尊厳なんてこれっぽちも見当たらない。それを恨んだりする理由なすら見つけられない。…すべておまえの努力と才能で掴み取ったものだ」
「そんなことねえよ。市役所の仕事だって立派だよ。それに建築家っていったって、マトモな仕事なんて全然もらえてないし…兄貴が憧れるようなもんじゃねえよ」
 俺を褒めちぎる輝有の言葉に嘘はないと感じても、決して手放しで喜べる気分じゃなかった。

「おまえの苦労はおまえしかわからないから、俺は今、俺の感じたままを話している。正直、勝手気ままに生きるおまえをうらやんだり、憎んだりしたこともあった。だけど身勝手なのは俺の方だった…」
「…」
「市役所の窓口で仕事していると、知ってる顔の客が結構いてね。俺が知らなくても、向こうから声を掛けてくる。それがおまえの知り合いがやたらと多いんだ。小学校、中学校の先生やらおまえの友達、その親御さんやら…。由宇はどうしてるのか?元気かい?って聞かれるんだ。そして皆口を揃えて『由宇くんは明るく元気で親切で、お世話好きでおしゃべりで、本当に笑い顔がかわいくてねえ…』って、話すんだよ。おまえ、中学の時は生徒会長をやってたんだな。全然知らない話をされてさ。驚いたよ」
「別に…話す必要はないと思ったから…」
「俺は家で笑っているおまえの顔を見た記憶があまりない。おまえが生徒会長をするほどの世話好きでおしゃべりでコミュ能力が高いなんて、想像もつかなかった。だからさ…もしかして、由宇はずっと家では本当の自分を見せてこなかったんじゃないのか?…って、その時初めて考えたんだ。おまえは小さい頃から俺やお袋に気遣って、さして我儘も言わず手も掛からず、甘える事もしなかったけれど、あれは自分自身を押し殺して過ごしていた姿だったんじゃないのか…。それを強いたのは俺じゃなかったのかって…。俺はもっと早くそれに気づいてやるべきだった。おまえを理解して、おまえが本音を曝け出せる…頼られる兄貴にならなきゃならなかったんだ。それが、お袋を独り占めしていた俺の償いになるはずだったのに…。ごめん、由宇、今まで気づいてやれなくて…」
「いや、あの…別に謝られるようなことじゃない。喘息で苦しんだのは兄貴だし、それを心配して看病するのは母親の役目だ。そりゃ、母さんにかまってもらえなくて寂しかったのは確かだけど、それで兄貴を責めたりはしたくなかった。ただ苦しんでいる兄さんを見たくなかったのは確かだし、一心不乱に兄さんだけを見つめている母さんにも、俺は関わりたくなかった。…そうだよ。俺はもう兄貴たちに関わりたくなくて、余計なことを考えたくなくて、あの家から逃げたかったんだ。だから俺に謝るなんて、マジで止めてくれ」

 これ以上輝有の話を聞くのは堪えられなかった。何故なら、俺は輝有に謝られるような人格ではないと知っていたからだ。俺は、俺の為だけに生きてきただけだ。

 しばらくの間、沈黙が続いた。波の音だけが繰り返し…時折、強い波が黒く砂浜を染めるのをじっと見つめていた。

「…本当は、親との同居の事、彼女は反対だったんだ。二世帯住宅にリフォームするからって、なんとか頼み込んで説き伏せた」
「え?そうなの?」
「何かの本で読んだんだか…人生にはそれぞれに役割があるそうだ。もしそれを信じるなら…俺の役目は両親と新しい家族を守ることなんじゃないだろうか。ささやかで平凡で、面白みの少ない生き方かも知れないが、それをつつましく貫く人生ってのも、意外と楽しめるかもしれない…なんて、考えるようになった。
俺は死ぬか生きるかで長い間、両親に心配させてしまった。だから老後の面倒を見るのは当然俺の役目だと思っている。そして、おまえと知香をあの家と両親から自由にしてやるのが、俺がおまえ達に出来る償いだと思っているんだ」
「償いとか…そんな…。輝有が責任を感じることでもねえだろ」
「あるよ。あるんだよ…。だけど俺を憐れんでくれるなよ。おまえをうらやんだり、憧れたりした時もあったけど、俺は由宇にはなれないし、由宇の後姿を追ってみても自分が惨めなだけだ。だから偉そうに言うわけじゃないが、俺らしさってのを見つけ出した…ってところだ」
「…」
「二階のリフォームの件もお袋はおまえに頼めば安くすむから、って言ってたんだ。あれでもお袋はおまえの事が自慢でね。近所や親戚なんかにはおまえの自慢ばかりしているんだよ」
「…そうなの?」
「もっとおまえに甘えて欲しい、甘えたいとも思っているんだろうけど、そりゃお袋の手前勝手な都合のいい話って奴だ。甘えたい時に甘えさせてもらわなきゃ、それはもう初めから無いと思った方がマシだって話しだろ?」
「…うん」
「それに由宇にはもうあの家に関わって欲しくなかった。誤解しないでくれ。由宇を無視したり拒否しているわけじゃない。おまえには…家なんかに囚われずに、自由に羽ばたいて欲しいって…願っている。多分それは…俺が出来なかった事をおまえに託してみたいっていう思いも少しはあるだろうけれど、それよりも…いつまでも俺の憧れでいて欲しいっていう…勝手な思い込みがあるんだよ」
「輝有…」
「どっちにしろ、おまえは親や家や家族やそんなつまらない事に、煩うことなく、自由に生きてくれ。俺はそんなおまえを応援したい。駄目かな?」


 どう、返事をすればいいのか、わからなかった。
 俺は輝有の想いに応える程の器量を持った男なのか?
 俺が輝有よりも良い男になれるなんて…とても思えない。
 病気の苦しみに耐えて、色んな葛藤を乗り越えて、親の面倒も全て背負い込んで、自分は平凡な生活を選んで、そして俺には自由に生きろって?
 こんな想いを本気で抱いている輝有に、俺はとても敵わないし、それ以上に…自分の情けなさに愕然とした。

 


「超いいひと」はこちらから…8へ /10へ

浅野とこれから出てくる吉良のお話はこちらです。
傷心
うそつきの罪状 1

お兄さんが良い男過ぎて…。実は絵のモデルは…へしきり長谷部さんなんですわww<
しかし…文字が多くて、ホントすんませんデス((人д`o)/
厳島神社はホント素敵ですね。またいつか行きたいなあ~
あ、ほたほたやっと手に入れました~かわいいなあ~



お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

超いいひと 8 - 2015.06.07 Sun

8
イラストはサムネイルでアップしております。
大きく見たい方は、イラストをクリックしてくださいね。


  三門信彦小指
8、

 俺は感動して何も言えなかった。
 勝手に飛び出てきた俺を追いかけてくれた信さんの想いが酷く嬉しかったのだ。

「ごめん…。いい歳して大人げなかったと、後悔してる」
「由宇くんは悪くない。怒るのは当然です。僕は不実な結婚をして世間を欺いている悪い男です。それなのに、由宇くんと一緒にいれるのが楽しくて…やめられなかった。とてもそんな立場ではないんだよね」
「立場とかそんなの…関係ないよ。俺が勝手にあんたを理解した気になって、勝手に怒っているだけなんだから」
「…ごめん。僕の所為で君を不快にさせてしまって…」
「だから、信さんの所為じゃないっ!」
「…」
 思わず声を荒げた俺に、信さんは何も応えなくなった。

 並行するふたりの影に時折傍らを通る車の影が重なっていく。その瞬間だけ、二人の存在をこの世から消しているみたいで、少しだけ切ない。
 なのに、さ…。
 腹が立っているのに、こうしてふたりだけで立っている事実に、俺は感動しているんだ。

 きっと俺は…この男が特別に、バカみたいに、好きなんだ。
 きっと、それだけなんだろうなあ…

「じゃあ…これで。今までありがとう、由宇くん。楽しかったよ」
 静かに話し出したと思ったら、思いがけない信さんの言葉に唖然となる。
「え?なにそれ。まさか…俺と別れるつもり?」
「その方が…由宇くんの為だと思う。これ以上僕と一緒に居ても、由宇くんは心から楽しめないだろうし…」
「ばかっ!違うだろ!俺はあんたが好きだから腹が立ったんだ。あんたと別れたいわけじゃない」
「馬鹿な男は嫌いだって…言ったじゃない」
「揚げ足取るんじゃねえよっ!俺は信さんと別れない。まだあんたとのセックスも飽きてないし、第一,再来週の俺の誕生日はスカイツリーの展望デッキのレストランでディナー奢るって約束したじゃん!」
「そう…だったね…。約束したね」
「だからあんたとは別れない」
「由宇くん…」
「信さんが俺の事を嫌いになったって言うんなら、別だけどさ」
「由宇くんをきらいにななんて…なるわけない…。でも…本当に?…いいの?僕なんかで…」
「くどい。そりゃ、気に入らないところは色々あるけれど、バカがつくほどお人よしは信さんのチャームポイントだと理解しているから、大幅に譲歩してやるよ」
「…ありがとう、ございます」
 信さんは少し照れたように笑い、そして馬鹿丁寧に俺に向かって深く頭を下げた。

「行こうか。今からホテルに戻るのもかっこ悪いし、少し歩くけど、今夜は俺の社宅に泊まりなよ」
「いいんですか?」
「信さんは俺に真実を打ち明けてくれたんだ。今度は俺があんたに俺の事を知ってもらう番だと思う。俺達はお互いの身体の方は結構味わってしまったけれど、中身を見ようとしなかったんだと思う。もし、これからも本気で恋をしたいのなら、見たくない相手の裏側も見なきゃならない時がくる。まあ、今までそんな本気の恋をしたことがなかったから、俺も要領悪いんだけどさ」
「僕も同じです。僕は今まで…家庭の事情を誰かに話した事も、わかってもらいたいと思ったこともなかったんです。僕は…今日初めて、好きな人を失う怖さを知りました。もしかしたらこれで由宇くんとお別れかと思ったら…本当に、怖かった。僕は…もうずっとひとりだったから、これから先もひとりでも平気だと思っていた。こんなに誰かを必要としていたなんて…こんなに弱かったなんて、自分でも驚いている…」
「信さん」
「由宇くんに家族の事を話したのは、これ以上深みにはまって傷つくより、今、嫌われた方がマシだと、思ったから…。由宇くんは僕を『いいひと』って言うけれど…僕は自分が傷つくのが嫌なだけなんです。『いいひと』なんかじゃない…」
 俯いたまま動かない信さんのコートのポケットに入れた手を掴み出し、引っ張りながら俺は橋の歩道に向って歩き出した。

「信さんは『いいひと』じゃない。『超いいひと』なんだよ。それに事情があるのは信さんだけじゃない。こう見えて俺だって色々とメンドクサイ人間なんだぜ?」
「…そんな風には見えないけど…」
「信さんはまだまだ俺の事を知らないってことだよ。さあ、行こうぜ。一緒に手を取り合って、目の前の色んなもの、ちゃっちゃっと片づけて足並み揃えて歩いていこう。俺達だって幸せになる権利はあるはずさ。なあ、そうだろ?」
「…はい。由宇くんとなら探し出せそうな、気がします」

 社宅のある月島のアパートまでを、俺達は仲よく手を繋いで歩いた。そして、2DKのアパートの狭いシングルベッドにふたり、くっつきあって眠った。
 三月なのに真冬並の寒気が戻った…なんてテレビの天気予報が言ってたけれど、信さんの所為だろうか、エアコンも入れないのに、春の日だまりにいるみたいに、心地良い眠りに包まれた夜だった。


 それから…そうだな。
 俺と信さんのお互いを信じあうという意識は、時間を重ねると共に、少しずつだけれど確実に深まって行くのを感じていた。

 信さんは今まで教えてもくれなかった仕事の話を俺にしてくれたり、住んでいる会社の借り上げマンションにも俺を招待してくれた。
 三郷の駅近くにあるマンションは俺の社宅と比較にならないほど立派でかなりショックだったけれど、「都心からは少し離れているから、家賃も安いんだよ」と、俺を慰めてくれた。そう言いながらも信さんはマイカーまで持っていて…しかもレクサスIS350…まあ、型は古いけど、結構な代物だ。だが、信さんは「奥さんの実家のお古をもらったんだ。…あまり使う機会がないから、いらないって言っても聞いてくれなくてね…」と、困ったように溜息を吐く。
「乗らない割に車の維持費もかかるんだよね。時々動かさないとエンジントラブルの元になるし、無駄な気がしてならないんだけどね」
「じゃあ、これから俺とデートの時はこれでドライブしようよ。あ、ガソリンは半分持つからさ。俺、運転好きだけど車持ってないから、ふたりで交代で運転すりゃ、日本国中どこだって行けるよ」
「え?…それは素敵な提案だけど…」
「行こうよ、ドライブ。見慣れたホテルで毎回セックスってのも良いけどさ、知らない場所で色んなシチュエーションで抱き合うのも、エロくていいじゃん」
「…由宇くんは凄いね」
「え?何が?」
「どんな事でもポジティブに変えてしまえる力がある。尊敬します」
「…」
 信さんの言葉は嬉しいけれど、俺は生まれつき能天気な訳じゃない。

 
 それからは暇があれば、信さんの車でドライブするのが俺達のデートコースになった。
 良い景色を見て、美味しいものを探しながら温泉を楽しんだり…まるで熟年夫婦みたいだと笑う。

 夏の休暇はふたりとも決まった予定がなかったから、彼方此方をドライブしながらバカンスを楽しんだ。 
 夜はラブホやビジネスホテルに泊まり、北陸から東北の景観を楽しんだ。
 お盆休みの帰省の渋滞を躱して、ナビだけを頼りに険しい山道や人気の少ない海辺の田舎道を走る時など、子供の頃にテレビゲームでRPG必死でやっていた時のドキドキ感を思い出す。突然の激しい夕立の中、窓の外の稲妻を追っかけながら、車内で怖い怖いと震えながらも興奮が押えきれない始末。
 誰かと一緒にいて、こんなに心を曝け出して素直に笑いあえるなんて、考えたことも想像したことも無かった。

 途中、日本海側の海岸線を歩いていると、海の中に朱色の鳥居がある場所があった。
「なんだか…厳島神社を思い出しますね。高校の修学旅行で一度行ったきりなんですが…」と、信さんが何気なく言う。
「俺の故郷だよ」と、ぼそっと答えた。
「…そうですか。由宇くんの故郷なんですか。…知らなかったなあ~」
「話してないからね。別に宮島に住んでたわけじゃないけど、実家は対岸の山側にあるからね」
「そうですか。良いところなんでしょうね」
「住んでみるとそうでもない。と、いうか、俺、実家は苦手でここのところ家族にも随分と顔も見せてない」
「え?どうして?」
「あんまり楽しくない話だけど…聞く?」
「由宇くんが話したいのなら、僕はいつでもなんでも聞きますよ。それから…何を聞いても、僕は由宇くんの味方だから、安心してください」
 そう言って、信さんは俺の肩に腕を回して優しく抱きしめてくれる。
 その信頼に応えて、俺も些細なトラウマを話し始めた。


 俺の家庭は世間を比べて、どこか変わっているわけでもなんでもない。
 父親はそれなりのサラリーマンだし、母親は専業主婦。若い割には一軒家持ちの比較的恵まれた環境で育った。
 俺は三人兄弟の真ん中で、ふたつ上の兄と三つ年下の妹が居る。
 小さい頃から喘息持ちの兄、輝有(こう)は、よく入退院を繰り返し、母はまだ小さかった妹、知香(ちか)を連れ、街の病院を往復していた。
 俺は父親が帰ってくるまで、ひとりぼっちで家で待つことも多かったけれど、兄の苦しみと、狼狽する母親の様子を見ていたら、とても自分の孤独さを訴える事などできなかった。
 しかし妹はあっけらかんと素直に「お兄ちゃんばっかり、ちかも抱っこ抱っこ!」と、甘える。一片の嫌みも見当たらぬ純粋な妹の要求に、母も苦笑しつつ応えていた気がする。
 当時の俺は母から十分な愛情を注がれる兄と妹が羨ましかった。
 
 あれは小四の運動会の前日の話だ。
 兄が突然発作を起こし、緊急に入院することになった。勿論翌日の運動会に兄は出ることもなく、そして兄に付き添う母も応援には来られなかった。
 俺は初めての応援団員に選ばれて、一生懸命に練習して、晴れの舞台を母に見せて褒められたかったのだ。
 晴天の当日、手作りの弁当も声援も得られないまま、父が買ってきたコンビニの弁当を妹と食べた。
 夜、病院から家に戻った母に、俺は初めて怒りをぶちまけた。
「今日の運動会、お母さんが来るのを楽しみにしていたのに、一生懸命頑張って練習した応援合戦を見て欲しかったのに…。お母さんは兄さんばっかり可愛がって、俺なんか少しも好きじゃないんだ!」と、大声を張り上げた。だが母親は俺に怯み様子もなく、「なにが運動会よ、応援合戦よ。輝有は…死ぬかもしれなかったのよ。あんなに苦しむお兄ちゃんを可哀想だと思わないの?輝有はその運動会にも出られないのよ。輝有がどんなに苦しいか…一度あんたが代わってみればいいわ。どうして…わかってくれないのよ」と、俺を叱った。
 一晩中続いたであろう看病と心労に疲れ果てていた母だった。だから平常心ではいられなかったし、俺の気持ちを理解する余裕はなかったのだと、今ならわかる。だけどその頃は俺も子供だったから、母の言葉に酷く失望し、そして二度と母に何かを期待することはしまい、と、子供心に誓ったのだ。
 それから母との会話は最小限になった。母と言えば、俺の態度を単なる反抗期と片づけ、あまり気にも留めてはいなかった。
 本質的に母は物事を深く考えないポジティブ思考の持ち主だ。
 兄の病気にはとても敏感になっていたが、その他のことは短絡的に考えていたので、俺の母親に対しての暗い感情など全く知らず、調子の良い時は「何だか近頃由宇はすっかり大人になっちゃったわね。お母さんとしては少し寂しい気もするけど、子育ては間違っていなかったね」などと、暢気な調子で思い上がる始末なのだ。
 母と妹は気質がよく似ていたので、取り立てて確執はなかった。だが「私、お母さんみたいな大人にはならないわ」と、俺に打ち明けたりしていたことを慮ると、知香なりに母への確執はあったのかもしれない。
 
 思い出すのは高校受験の時だ。
 母は兄が通っていた地元の公立高校を俺に薦めた。理由は「由宇が輝有と同じ高校に行ってくれれば、保護者会も楽だし、輝有に何かあったら、由宇がいてくれると心強いでしょ」と、いかにも当然のように言うのだ。
 俺はそれに反抗して、自宅とは離れた私立の進学校を受験すると言った。
「馬鹿じゃないの。あんな難しい高校に由宇が合格するわけないじゃない。それに私立はお金がかかるし、通学だって大変なのよ。お母さんだって毎日早起きしてお弁当作らなきゃならないじゃない」
 母の言い分は尤もだったが、ぶちまけた以上、こっちも引く気は毛頭なかったから「高校は私立でお金はかかるかも知れないけれど、その分大学は国立に行って奨学金を受けるつもりだ。弁当もいらない。入学式も卒業式も保護者会も来なくていい。お母さんに迷惑はかけない。だから、絶対この高校を受験する」と、言い張った。
 親父の取り成しで俺の言い分は認められたけれど、今になって思えば、あれほど意地を張っていた自分が情けないやら恥ずかしいやらで…完全な悲劇の主人公を気取っていただけの話だ。
 プライドを賭けて必死で受験勉強をした結果、無事志望校へ合格し、三年間、一度も休まずに家から学校までを毎日二時間かけて通学し続けた。

 兄の喘息は成長と共に次第に改善されつつあったが、激しい運動は医者に止められていたから、高校までの体育の授業はほとんど見学だったと言う。
 無事に私立大学を卒業し、兄は地元の市役所に就職した。
 俺は県外の国立大学に合格し、親元から離れた生活を始め、今も遠く離れた場所で独り暮らしを楽しんでいる。

 兄は、去年結婚し、両親と同居し、子供も授かり、平和に暮らしていると言う。
 結婚後も両親と一緒に暮らすなんて、俺には信じがたい話だ。同居を母が望んだのか、兄が求めたのかは知らなかったけれど、さすがにこの年にもなると、羨ましいとは少しも思わなかった。

 一見すると平凡を絵に描いたような兄の人生だが、俺は兄の本当の心の内を少しも知らずにいた。
 いや、俺は病弱で母のお気に入りの輝有の事など、一度だって真剣に考えたことなどなかったのだ。





「超いいひと」はこちらから… 7へ9へ

浅野とこれから出てくる吉良のお話はこちらです。
傷心
うそつきの罪状 1


全く色気のないお話ですね…まあ、いつもの事ですが…( -ω-)y─┛~~~
梅雨に入りましたが、たまの晴れ間がさわやかで、青空を眺めるだけで気が晴れますなあ~
次回も由宇くんトラウマ劇場が続くかも…




お気に召しましたらポチなどして頂ければ、嬉しく思います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

サイアート

Author:サイアート
イラストと駄文を更新しております。

少年愛を中心としたシリアス重視なオリジナル作品でございます。

ゆっくりしていってね~

サイズを記憶するフォントサイズ変更ボタン

文字を大きくする 文字を規定のサイズに戻す 文字を小さくする

ツリーカテゴリー

Script by Lc-Factory
(詳細:Lc-Factory/雑記)

最新記事

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する