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2015-09

超いいひと 大団円 - 2015.09.20 Sun


21、大団円

 翌日、日本を立つ日が来た。
 見送ってくれる信さんと一緒に空港へ行くと、竜朗さんと吉良さんが俺達を待っていてくれた。

「いよいよだね、上杉。二年間、しっかり鍛えられて、戻って来い。待ってるよ」
「はい、吉良さんもお元気で!」
「遠流に聞いたんだけど、信さんもニューヨークに行くのかい?」
「吉良さんと竜朗さんのおかげです。…信さん、会社に辞表出してまで、俺についてきてくれるって言ってくれたんです。まあ、信さんの人徳で会社は辞めずに向こうの大学で勉強することになったんですが」
「そうか、良かったな~」
「竜朗さん、前に言いましたよね。もし吉良さんが仕事を辞めて竜朗さんのところに押しかけたら、重荷に思うかもしれないって」
「そう言ったかもしれねえな」
「俺はそうは思わない。俺と一緒に居る事を決めてくれた信さんを、俺は目いっぱい幸せにしてやります。まだまだ青いって言われそうだけど、信さんと一緒なら頑張れます」
「…うん、頑張れ。俺もおまえを見習うとするよ」
「はい」
 そう言って、竜朗さんは隣りの吉良さんの肩を抱いた。
 きっと二人はもう間違えたりせずに、離れずに未来を歩いていくことだろう。

「由宇っ!」
 覚えのある声に後ろから声を掛けられ振り向くと、なんとそこには兄の輝有が立っていた。
「あ、ええ?…兄貴?」
「昨日から出張でこちらに来てたから、ついでに見送りに来た。良かった、間に合って。これ、母さんから。手作りの作務衣。パジャマ代わりに着れって」
「…ありがとう」
 作務衣?…なんで?…まあ、良いけどさ…
 手渡された触り心地の良い藍の袋もきっと母が作ったものだろう。
 この際、必要かなんて関係ないんだろうけれど、なんだか可笑しくなった。
 それなのに目頭が熱くなる。
 輝有だって出張に来たって言ってるけど、本当かどうか知ったもんじゃない。
 もし、俺を見送る為なら…俺はこの恩に報いることはできるんだろうか…。

「由宇、紹介してくれないのかい?おまえの超いいひとを」
「え?超…いいひと?」
「だって、信さんはとってもいい人だって言ってただろ?それにおまえの良人には違うまい?」
「…」
 そっか…おひとよしの「いい人」×俺の恋人の意味の「良い人」で超いいひとってわけか。やっぱり、信さんにこの上なく似合っている呼び方だよな。

「初めまして、由宇の兄の上杉輝有です。この度はやんちゃな弟の面倒を見てくださるそうで、本当にお世話かけます」
「いえ、こちらこそ、由宇くんにはお世話に…。あ、三門信彦と言います。由宇くんの…」
「超いいひとだよ。信さんは俺の超いいひと」
「そ、そうらしいです。よろしくお願いします」

 飛行機は相も変わらずに皆の予想通りに二時間ほど遅れたけれど、おかげで五人和気あいあいと色々な話で盛り上がった。
 ひとり搭乗口に向かう時には、さすがに感極まってしまったけれど、信さんが「ひと月後に会いましょう!」と、大きく手を振ってくれたから、泣かずに済んだ。

 そして、ニューヨークでの新しい生活が始まった。

 宿禰さんのスタジオは、俺の住むアパートから歩いて十分もかからない場所だったから、朝早く出て、夜遅くまで仕事に没頭するだけで一日が終わる。
 勿論、初めは判らない事だらけだし、英語もしどろもどろでパニくってばかりだったけれど、職場の方々は新人の研修員には慣れていらしたから、面倒な事も親切に指導してくれた。
 宿禰さんも見た目よりもずっとストイックな仕事人で、仕事中は声が掛けづらく、しかもあちらこちらと出張が多いから、顔を合わす時間が少ないのが残念だ。
 宿禰さんのお兄さんであり、「A.SUKUNE アーキテクツ」の社長でもある宿禰慧一さんの人徳も敬意を表するものだった。
 ふたりが揃うと極めて別世界に居るようで不思議な気持ちになるけれど、彼らは仕事に妥協しないから、こちらも緊張しつつのやり取りだったりする。
 見目がバツグンで頭が良くて、仕事も一流で人徳もあるだなんて、パーフェクト過ぎて、面白みが無い…なんてことはなく、美しい兄弟に見惚れながら、毎日を有意義に過ごしている…つもりだ。
 
 ひと月後、約束通り、信さんがやってきた。
 信さんが通う大学は九月からだから、それまでは俺のアパートで一緒に住む予定だ。
 その日、JFK空港へ信さんを迎えに出たはいいが、何故か宿禰さんが俺に付いてきたのだった。
 毎日決まった時間に信さんにラブコールを掛けているのを知っている宿禰さんは、仕事以外のところで、俺に妙にちょっかいを入れる。
 嶌谷さんからも信さんの事は聞いているらしく、スマホの写真を見て、「へえ~、意外~」と、言った後、「でも、いいひとそうだ」と、納得した模様。

 で、信さんに興味を持った宿禰さんは自分の目で見たいと言い出し、一緒に出迎える成り行きに…

「由宇くん!」
 ひと月前と同じように俺の名を呼んで手を振る信さんがゲートの向こうに見えた。
「信さん!こっち!…待ってたよ!」
 俺も両手を広げて、向かい入れる。
「会いたかったです」
「俺もだよ、信さん」

「ねえ、上杉君。俺に紹介はしてくれないのかい?」
 後ろに立つ宿禰さんが魅惑な微笑みを俺達に投げかける。
「あの…彼が俺の『超いいひと』、三門信彦さんです」
「超?…いいひとなんだ。そう…。俺は宿禰凛一。今後ともよろしくね、信さん」
「あ…はい。よ、よろしくお願いします」
 握手を求める宿禰さんに右手を、恐々と握る信さんが面白くて、つい笑ってしまった。
「わ、笑わないで下さいよ、由宇くん。緊張してるんだから」
「だって…信さん、可笑しすぎる…」
 ああ、やっぱり、信さんの傍に居るだけで、こんなにも落ち着くし、心が軽くなる。

「では、行こうか?おふたりさん。これからの未来をどう楽しむかは君ら次第。
Welcome,to the joy of the world!」

 華やかな宿禰さんの言葉に先導された俺と信さんは、繋ぎ合った手を一層強く握りしめ、一歩ずつ前に歩き出すのだった。


    2015.9.20



そして、適当な絵…('ε`汗)

あるく

「超いいひと」…20へ

浅野と吉良のお話はこちらです。
傷心
うそつきの罪状 1

やっと終わった~!
現代ものはやっぱ大変だったよ~
でも、皆さんの応援で、なんとか最後までやり遂げました~
長い間、ありがとうございました~。
これからものんびりやりますので、期待しないで待っててください~



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超いいひと 20 - 2015.09.19 Sat

20
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  いいひと-15

20

 ジャズクラブ「エトス」は、ジャズの生演奏を聴かせてくれるのが売りで、今晩も心踊るようなライブが一息ついた後も、ゆったりとしたジャズ音楽が奏で続けられており、客はそれぞれに酒とお喋りを楽しんでいる。           
 気負いの無いスタンダードな音に漂う感覚も俺は好きなのだが、信さんのいきなりの告白に、さすがの俺もジャズの音色どころか、何もかもが一瞬聞こえなくなってしまった。

「や、辞めるって…マジで?…マジで今の会社辞めちゃったの?」
「いえ、それが…辞表を出したらすぐに辞めれるものだろうと思ったら、なんだか上の方から呼び出しがかかりまして…」
「そりゃ、そうだろうなあ…。信さん、研究員として期待されてたし…」
「いや~、そんな事は無いんですが…。まあ、あれこれ言われて引き留められたんですけど、どうしてもニューヨークに行きたいからって…。辞める理由を書かなきゃならなかったんで、ニューヨークの大学院でもう一度薬学を勉強したいと…。それでも食い下がられて、とうとう人事部の室長と話し合うことになりまして…」
「うわ、大変そう…」
「結局最後には由宇くんの事を話したんです。そしたら、もの凄く変な顔されて…わかったと一言言われまして、これで愛想つかされたかな~と、思いました」
「うんうん、それで?」
「今日、再び室長から呼び出されました。二年間のアメリカ留学を認めてくれるそうです」
「え?…留学?」
「はい、会社を辞めずに、由宇くんと一緒に居られるんですよ」
「え…マジで?ホントに?…一緒にニューヨークに住めるの?」
「…いや、それが、大学院はニューヨークじゃなくて、コネチカット州のブリッジポート大学なんです。その大学の医療科とは長年うちの会社とも交流があるし、医療学部のメンドレフ教授が僕の論文を認めてくださり、大学の研究員として働く許可をもらったんです。ブリッジポートからニューヨークまでは車で二時間もかからないで行けますし、毎週末は由宇くんと会えます。なにより東京とニューヨークと比べたら、ご近所ですよね」
「…俺の為にそこまでしてくれたの?」
「由宇くんの為じゃないです。僕の我儘です」
「マジで信さんが傍に居てくれたら、俺、めちゃくちゃ嬉しいんだけど!」
 信さんは気恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。

「…由宇くんから転勤の事を聞いた晩、僕なりに色々と考えました。僕が由宇くんを二年間待つのは難しい事じゃないけれど、由宇くんには辛い事なんじゃないだろうかと。だから、別れる事も考えたんです。次の日に、由宇くんと会ったでしょ?あの時に、由宇くんの気持ちを確かめる気でいました。それで、僕を想ってくれる由宇くんに打たれて、仕事を辞めてもいいかもと思い始めました。それでも…新天地で由宇くんに訪れるであろう新しい出会いが、僕よりも由宇くんを幸せにするかもしれないって…。僕よりいいひとに巡り合う機会を僕が奪う事になりはしないかと…色々と悩みました」
「…」
 自分の事より、俺の幸せを考える信さんを有難いと思うけれど、もしかしたら、俺は羽月さんと同じ重荷をこの人に抱えてしまっているのではないかと、少し心苦しくなった。
 そうか…、竜朗さんの言っていた「与えられる愛情の重さは負担になる」…って、この事なんだな。
 それでも、俺は…


「僕の意志を固めてくれたのは吉良さんでした」
「え?吉良さん?」
「翌日、吉良さんから電話を貰ったんです。二年間、由宇くんをほおっておいたら、絶対に僕の所には戻って来ない…って、言うんです。『上杉は情に流される性質(たち)だし、色男には目が無い。宿禰凛一は恐ろしく美麗で危険な男だから、すぐに色気づくに決まってる。しかも上杉がどう迫ろうと太刀打ちできる相手でもない。あんな奴の傍にいたら、上杉が骨抜きになりかねんから、三門さんが傍に居て見張ってなきゃ絶対ダメだ』…と、きつく言われまして…」
「何?その言われよう…ひどくね?」
「え…僕じゃなくて吉良さんがおっしゃったんですよ。僕も由宇くんは快楽に弱いから、浮気は覚悟できていましたが、色ボケで駄目人間になってもらっては困りますから」
「はは…俺、信用ねえの」
 呆れながらも笑うしかない。確かに流されやすい一面は否定できない。

「違いますよ。由宇くんは優しい人なんです。いいひと過ぎるんです。だから、僕が傍に居て、頑張って由宇くんを守ります」
「…信さん、なんか…たくましい…つうか、何か俺、信用無い男みたいだなあ」
「す、すみません…。嫌味じゃないんです。ただ、やっぱり心配というか…由宇くんを誰にも渡したくないというか…。僕にもこんなに独占欲があっただなんて、本当に自分で驚いているんです。でももし迷惑だったら…」
「諦める?俺が嫌だって言ったら、信さん、俺と別れる?」
「由宇くんは意地悪だなあ~。もう後が引けないって判っているのに…」
「信さん、俺、宿禰さんの会社で働けるのは嬉しかったけれど、本当はひとりでニューヨークでやって行けるのかって、心配だったし心細かったんだ。信さんが仕事を辞めてまで、俺に執着してくれるのは…素直に嬉しいよ。俺にそれだけの価値があるのかわからないけれど、俺も信さんを幸せにしたい。約束するから」
「約束なんていりません。そんなのはお互いを縛るだけです。傍に居て幸せを感じる日々が続くように、生きて行きましょう」
「信さん…」

 信さんがこんなに頼りがいのある大人の男だったなんて…
 今まで知らなかった男前の信さんに、惚れ直してしまいそうだ。
 なによりひとりで暮らしていかなきゃならない気負いが、身体からフッと抜けて軽くなった気がした。
 俺も案外小心者だ。
 いい具合にミュージシャン達がエリック・クラプトンの「Change the world」をジャズ風に演奏するから、感情が高まってとうとう嗚咽してしまった。
 それを見てつられたのか、信さんも啜り泣きを始め、心配した嶌谷さんが「どうしたのか?」と、声を掛ける。
 大雑把に事情を説明したら、嶌谷さんは安心したように苦笑した。

「わかったよ。凛一にはふたりの事を念入りに伝えておくよ。あいつは気に入った男はその気もないのにちょっかい出すのが趣味だからなあ。由宇なんてすぐにつまみ食いされかねない」
「本当ですか?そ、それは困ります!あの…由宇くんには手出し無用とお伝えください!」
「信さん、俺を信じてねえの?俺の尊厳は?」
「相手はあの宿禰凛一ですよ?」
「え?信さん、知ってるの?」
「…色々調べました。なんかもう色々凄い人で、あんな凄い麗人と一緒にいたら、仕事どころじゃないかも…って、由宇くんじゃなくてもそう思いました」
「でしょ?宿禰さんって、マジでかっこ良くて魅惑的で超美人なんだよなあ~」
「由宇、おまえ、行く前から浮気するって言ってるようなもんじゃねえか。そんなんじゃ信彦さんも心配で禿げるぞ」
「…いや、あの…」
「でも、マスター。あの人は綺麗過ぎて…そうだな…。俺にとってテレビの中のスターみたいなものです。鑑賞には向いててもセックスするのは俺を一番愛してくれる信さんが断然いい。ね?信さん」
「…どう返事して良いか…」
「ははは、おまえら、中々似合いのカップルだ。そうだ。せっかくだから、おまえらを皆で祝ってやるよ」
 
 「エトス」のマスター、嶌谷さんは小走りで低いステージで演奏していたミュージシャンに近づき、何かと囁いている。
 そして、徐にこちらを向くとマイクを持って話し始めた。
「エトスを愛してくれるレディース、アーンド、ジェントルマン諸君、今日は一組の幸福なカップルが、目くるめく冒険の地、ニューヨークへ旅立つ日だそうだ。どうかな?みんなで彼らを送り出してやろうじゃないか!」
 大きな拍手をもらった嶌谷さんは、軽快なピアノのイントロが流れると、自らエネルギッシュに謳い始めたのだ。

 ビックリだ!
 嶌谷さん、歌も歌えるんだ。
 しかもすげえ、上手い!
 そして、お客のみんなも口ずさみ、次第に大合唱になる。

「Joy to the world」…「喜びの世界」
 未知の世界に向かう俺と信さんを送り出してくれる最高の曲だ。


three dog night の「joy to the world」です。有名ですよね。


「超いいひと」はこちらから… 19へ /21へ
 
浅野と吉良のお話はこちらから…
傷心
うそつきの罪状 1

これで最後だと思ったんですけど、思ったよりも長い文章になったので、一旦ここで切ります。エピローグだけなので、明日でもアップします。…これで終わるつもりだったので、イラストを描いてないんだけど…('ε`汗)



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超いいひと 19 - 2015.09.11 Fri

19
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rinn 12

19、

 上司から別室に呼び出されて、ニューヨークへの出向を告げられた時、「なんで、俺が?」と、思わず大声を出してしまった。

「なんでって…。上杉、おまえ、自分で希望を出したんじゃないのか?忘れたのか?」
「へ?…」
 そうだった。
 昔の事ですっかり忘れていたが、うちの会社は社員の要望を、論文方式で提出したら、運が良ければ叶えられると言うシステムがあるのだが、俺は二年前に、宿禰さんの事務所で研修をさせて欲しいと、目的と理由を長々と書いた嘆願書的なものを人事部へ提出していたのだ。
「それって、二年前ですよ?」
「有効期間は二年間だ」
「そう…でした。でも、急に言われても…」
「確かになあ~、提出して二年も経つとなると、上杉の方にも事情が変わっているかもしれないなあ~。ニューヨークは遠いしなあ~。しかし、こちらから希望を出しておいて、今更断るわけにもいくまい。研修期間は二年の予定だしなあ~。どうしてもおまえが無理なら、別の者を推薦することになるが…どうする?」
「待ってください。お、俺、行きます!是非行かせてくださいっ!不肖、上杉由宇っ!二年間、宿禰さんの仕事場でみっちり勉強して、成長した姿を皆様にお見せ致しますっ!」
 俺は無駄な敬礼をし、出向の辞令を快諾したのだった。

 緊張したままデスクに戻り少し冷静になってみると、思い浮かべるのは信さんの顔だった。
「どうしよう…」
 想像しなくも無かったけれど、遠距離恋愛なんて…それも東京とニューヨークだぞ?
 二年間も離れて、繋がっていられるだろうか…
 …
 無理だ…とてもじゃないが、自信が無い。
 それ以上に、俺が信さんと離れたくない。
 この先、どこに行っても、信さん以上の人と巡り会う気が全くしないし、第一、今の幸せを壊したくない。
 残念だけど、この話、やっぱり断ろう…。
 揺れながらも、デスク上のパソコンのメールを開いてみると、思いがけなく宿禰さんからのEメールが届いていた。

 「上杉由宇様
 久しぶりだね。
 二年前に君と『エトス』で、出会った時を思い出すよ。
 あの頃よりも成長したであろう君と、共に仕事が出来る日を楽しみにしている。
 ニューヨークで君を待っているよ。
 宿禰凛一」

 メールを読んだ時の喜びは言葉にできない程だった。
 憧れの宿禰さんが俺の事を覚えてくれていたなんて…
 俺と一緒に仕事をしたいだなんて…
 それに、俺を待っていてくれるだなんて…
 夢…みたいだ。
 社交辞令でもなんでもいい。
 宿禰さんと一緒に仕事が出来るなら、どこにだって行ってやるっ!


 ついに、その夜は眠れなかった。
 宿禰さんからのあんなメールを読んでしまっては、今更、辞令を断る気にはならなかった。でも、信さんには転勤の事をどう話せばいいのか、全く言葉が浮かんで来ない。
 俺自身がこんなにも信さんと離れたくないって思っているのに…。
 だけど、言うべき事はわかっている。
 俺が帰ってくるまで、待っていて欲しいと、頼み込むしかない。

 翌日、会社へ出勤した所、宿禰さんから確認の電話が来た。
 ニューヨークとは十三時間程違うから、きっと向こうは前日の夜なのだろう。

「もしもし…宿禰さんですか?」
『こんばんは、じゃなかった。そっちは朝だから、おはよう、だな』
「はい、おはようございます」
『昨日は、いきなりでびっくりしただろ?少しは落ち着いたかい?』
「はい、宿禰さんからのメールを読んで、心が決まりました。一所懸命頑張ります」
『うん、期待してる。実は二年前に上杉君の要望は、君の会社から貰っていたんだけどさ、うちも小さな事務所なんで、研修社員はひとりと決めているんだ。今年の三月でそいつも無事卒業、って事で、次は君の番になったわけ。待たせて悪かったね』
「そうだったんですか。いえ、二年越しの希望が叶ってありがたいです」
『家も前の子が使ってたアパートを使ってもらおうと思うけど、良い?』
「勿論です。住むところまでお世話して頂き、有難いです」
『じゃあ、予定通り二週間後にこちらに移動って事で、間違いないんだね。面倒な手続き等の書類は、メールでそちらに送ったから、よろしく頼むよ』
『はい、こちらこそよろしくお願いいたしますっ!上杉由宇、頑張ります!』
 俺は思わず椅子から立ち上がって頭を下げた。
 周りの奴らはゲラゲラと笑っていたけど…

 電話を置いた後、へのデスクの吉良さんが「希望が叶って良かったな」と、言ってくれたけれど、その後「三門さんには話したのか?」と、囁かれ、首を横に振ると、溜息を吐かれた。
「お互いによく話し合えよ。そうじゃないと…後で後悔することになるから」
「わかりました…」
 そうは言っても、信さんに話そうと思えば思うほど、言葉が出てこない。
 メールでならと思っても、文字を打っては消しの繰り返し…

 それでも転勤が決まってからは、思っても見ないぐらいに多忙過ぎて、信さんの事もつい忘れそうになった。
 仕事の整理から顧客への挨拶。同僚たちとの毎晩の送別会。
 酔っぱらったままアパートへ帰りつくと、すぐにベッドへ直行の繰り返し。

 出発の一週間前、俺は吉良さんと竜朗さんからの送別の夕食を共にした。
 今回も竜朗さん常連のこの間の居酒屋の個室だった。
「しかし、また急な話だったな。上杉、心の準備はできたかい?」
「はい、なんとか…」
「ニューヨークじゃ、こんな風にちょくちょく会えなくなるしなあ。まあ、長旅は若い時に経験してた方が良いって言うし」
「竜朗、他人事と思って適当な事を言ってるな」
「所詮、他人事だろう。まあ、それより可愛い後輩と離れるのは寂しいけどね」
「俺も…寂しいです」
 吉良さんも竜朗さんも、何かと頼りにしてたから、ふたりと離れてしまうのは正直心細いものだ。それに…

「で、信さんとは話はついたのか?」
「それが、まだ…」
「まだって…もう一週間しかないじゃないか。どうするんだよ」
「なんて言っていいのか…。それに信さん、今、長年手掛けていた医薬品の臨床試験が終わったとかで、論文の整理や発表やらでめっちゃ忙しいんですよ。俺の事で煩わせたくないんです…」
「そんなこと言ったって…。おまえがニューヨーク行く方が、大変に決まってるだろうが。何の連絡もしてないって、ありえねえよ」
「…わかってはいるんですけど」
 そう、わかってはいるのだが、落胆する信さんの顔を想像するだけで、ニューヨークへ行く決意が鈍りそうになるのが怖くて…。

「もしも~し、信さん?…そうそう、俺、竜朗。元気してる?今、遠流と上杉で飲んでるんだけど、信さん来ないから、上杉が拗ねちゃって。ん?そうそう…で、なんか上杉が信さんに言いたいことがあるらしいんだ」
「ええっ!何勝手に信さんに電話してるんですかっ!」
「だって、おまえがモタモタしてるから、代わりに話を進めてやってるんじゃないか。どっちみち隠しおおせるもんでもないだろう」
「…」
 そりゃそうだけど、俺にだって、心の準備というものが…

『由宇くん?』
「信さん…」
 久しぶりに聞く信さんの声だけで、胸が熱くなってしまうのに…

『久しぶりだね。元気にしてますか?』
「信さんは?」
『はい、仕事の方もひと段落ついたので、こちらから由宇くんに連絡しようと思ったところでした。実はこの所、ずっと研究所に缶詰状態だったもので…』
「信さん、あのね」
『はい』
「お、俺、…転勤にすることに…なったんだ」
『え?それは…急な話ですね。で、どちらに?』
「それが…ニューヨークなんだ」
『え?ニュー…へ?あ、アメリカ合衆国のニューヨーク?』
「そうそう、USA…つうか、ニューヨークって行ったらアメリカじゃん?それがさ、あの宿禰さんの…信さんも知ってるでしょ?俺が尊敬する建築家の宿禰凛一さん。彼の事務所で研修員として仕事をすることになってさ。超、びっくりだよ。そしたら、俺、二年前に宿禰さんの事務所で働きたいって希望出しててさ。すっかり忘れてたんだ。でも夢だったんだ。憧れの人と一緒に仕事ができるなんてさ。一生に一度あるか無いかじゃん?
一所懸命がんばろうって思ってる。あ、研修期間は二年だから、二年経ったら、東京に戻ってくるからさ…信さん、それまで…待ってて、くれる…かな…?」
『…』
 一方的に喋る俺も痛々しいのだが、喋った後、返事もない信さんの無言の時間はまさしく針のムシロだった。

「のぶ…さん?…怒ってる?」
『え?…いえ、怒っていませんよ。ただ本当にびっくりしてしまって…』
「黙っててゴメン。すぐに話そうと思ったけど…信さん、仕事大変そうだったし…、何か、もう…辛くてさ…」
『由宇くん…』
「ごめんね。俺、本当にこの先もずっと信さんと一緒に居たいって思ってる。でも、この仕事も続けたいんだ。だから…」
『わかってますよ。由宇くんは自分の仕事に誇りを持っていますからね』
「信さん…」
『明日、会いませんか?未来の僕たちにとっても大切な事だし、ゆっくり話し合いましょう』
「う、うん。わかった…」

 竜朗さんにスマホを返した俺は、信さんの最後の言葉が気になって仕方なかった。
「で、信さん、なんて言ってた?」
 竜朗さんは不安気な俺を見て、心配している。
「信さん、明日、ゆっくり話し合おうって…。話し合うって何?別れ話なのか?俺、信さんと別れるなんて、考えられないんだけど」
「いやいや、別れ話とも限らないだろう」
「いや、有りだね。竜朗と俺だって遠距離恋愛は無理だって別れたじゃないか。二年って、案外長いし…」
「遠流、おまえね。この場で本音言うか?」
「俺達が経験したことは、上杉に話した方がいいと思っている。今、おまえとこうやってヨリと戻したからあの時の事も無駄じゃないって思っているけれど、別れた当時は本当に辛かった。どれだけ後悔したか判らない。だから、どちらにせよ、上杉には三門さんと納得がいくまで…ケンカしてでもお互いの気持ちを正直にぶちまけて、これからどうするかを決めた方がいい。勿論、ふたりには幸せになって欲しいと思っているよ」
「吉良さん、竜朗さん、ありがとうございます。俺、今の気持ちを信さんに残さず話します」

 
 翌日、俺と信さんは海の見える岬までドライブした。
 車内ではお互いにいつもと同じように振る舞っていたのだが、ラブホテルでめちゃくちゃ抱き合ってからが酷かった。
 二年間も信さんと離れてしまうと思ったら、何度やってもやり足りないって感じてしまう。なんかもう信さんと離れるのが辛くて辛くて…
 俺は信さんの胸でガキみたいに泣きじゃくってしまった。

「こんなに信さんと離れたくないのにさ…。どうしてもニューヨークで仕事したいって…なんなんだよ。俺、自分で自分の気持ちがわからないよ…」
「由宇くん…」
「ごめんね、信さん。でも別れるなんて言わないで欲しいんだ。二年経ったら戻るし、長期休暇を貰ったら、信さんに会いに日本に帰る。絶対、向こうで浮気なんかしないからね。信さんも俺以外の奴を好きになったりしないでよ。ね?」
「由宇くん…嬉しいです。由宇くんにそこまで思われている僕は幸せ者ですね。それよりもこれからひとりでやっていく君の方が心配です。どうか、身体に気をつけて行ってらっしゃい。僕は…いつまででも、君を待ちますから…」
 いつものように穏やかな声と優しい眼差しで俺を支えてくれる信さんが、慈しむみたいに俺を抱きしめるから、俺はまた泣いてしまう。


 そして、あっという間にニューヨークへ旅立つ日が近づいてしまった。
 その前日、信さんは最後に俺と過ごそうと、仕事を休んで付き合ってくれた。
 俺達は最初に出会ったジャズクラブ「エトス」で、日本最後の晩餐を取った。
 マスターの嶌谷さんはニューヨークの宿禰さんの事務所で働く次第を報告していたから、祝いにと極上のワインをプレゼントしてくれた。
 そのワインで喉を閏わした俺に、信さんは思いもよらない言葉をかけた。

「由宇くん。実は僕、会社に辞表を出したんですよ」
「…」
「僕もニューヨークに行きたくて」
「……」
「由宇くんと離れるのが嫌で、我慢できなかったんです」
「…え…えええっ!」

 ニコニコと笑いながら、二杯目のワイングラスを飲み干す信さんは、相当なウワバミです。



「超いいひと」はこちらから…18へ20へ

浅野と吉良のお話はこちらです。
傷心
うそつきの罪状 1

リンを描くといつも思うが…このサラサラの髪、禿げる髪質?…と、心配する。禿げたリンなんか…嫌だ~!


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超いいひと 18 - 2015.09.01 Tue

18
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いいひと17


18、

 三月も後半、金曜の仕事帰り、吉良さんに「食事に行こう」と誘われた。俺は疲れていたから断ろうと思ったが、吉良さんは俺の返事も待たずに有無も言わせずに俺の腕を掴む。そして俺は、新橋駅近くの洒落た居酒屋に連れて行かれた。
 吉良さんに連れられた畳敷きの個室には、予想通りにニコニコと笑う浅野さんが俺を出迎えた。

「よお、上杉。元気か?」
「やっぱり浅野さんか…つうか、苗字変わったんで、竜朗さんでいいですか?」
「いいよ、なんでも。まあ、座れ。今日は俺と遠流の縁結びになってくれた上杉を労わろうとな、遠流とちょっと仕組んでみたんだ」
「上杉にはすっかり騙されたからな。仕返しみたいなもんだ」と、さっそくメニューを眺めて、吉良さんは俺の希望も聞かずに仲居さんに注文をし始める。
「遠慮せずになんでも好きなもの、頼んでいいぞ。俺と遠流の奢りだ。じきに三門くんも来るだろうし…」
「え?…なんで信さん?」
 おしぼりで手を拭きながら、俺は竜朗さんの言葉に驚く。

「そりゃ、三門くんは俺達にとっちゃ、とっておきの恩人だからな。全くの他人の俺達の為に随分と骨を折ってくれただろ?上杉だけじゃ、俺を見つけられなかった…違うか?」
「そうだけど…え?竜朗さん、俺に黙って、信さんと連絡を取り合っているの?」
「なんだよ、ジェラシーか?」
「そうじゃないけど…」
「ほら、農園に来た時、お土産にリンゴをあげただろ?あの後、丁寧なお礼の手紙を頂いてね。ホントにいいひとだよな、信さん。上杉には勿体ないぐらいだ」
「うん…。いいひと過ぎて、俺なんかで信さんを幸せにできるかって…時々不安になったりします…」
「自信過剰よりも、少しぐらい不安な方が長持ちするよ、多分…」と、独り言のように呟きながら、手酌でビールを注ぐ吉良さんはいつも通りにマイペースなので俺も構わない。竜朗さんもそんな吉良さんに手を差し出すでもなく、微笑ましく眺めている。
「まあ、ひとかどに上杉も落ち込んだりするのな。見直したわ」
「しますよ!仕事だって、いっつも吉良さんにアドバイスを貰ってなんとかやっているけど、クライアントの顔色見ながらドキドキもんです」
「経験の割には上杉はよくやっているよ。俺も認める。勿論、全般的にはまだまだ勉強不足だけどな」
「はい、善処いたします…」

 箸を進めて半時ほど経つ頃に、仲居さんに案内された信さんが顔を見せた。
「遅くなってすみません。急に雨が降り出して…」
「春雨だな。桜がまだで良かったかも」
「そうですね。あ、遅くなりました。今日は誘って頂いて、ありがとうございます」
「こっちこそ、俺と遠流の為に大変な世話かけて、申し訳ない。ほら、遠流もちゃんとお礼を言えよ」
「…お世話かけました。…ありがとう。…竜朗とまたこんな風に付き合えるなんて、思っても見なかったんだ。本当に、感謝してます」
「い、いや…お、お礼なんか…。僕は何も…ふたりを想う由宇くんの熱意に僕も引っ張られたみたいなもので…ね、由宇くん」
「信さんが居てくれたからだよ。俺一人じゃ、動けなかった。さあ、早くこっちに来て、乾杯しよう」
「はい」

 俺の隣に座った信さんにビールを薦める。
 目の前のふたりに中てられ気味だったから、信さんが来てくれて良かった…と、心から思った…ところに。

「ところで、信彦さんは離婚が決まったそうだが…、どんな気分なの?」
「え?」
 こちらが遠慮して触れない話題に、竜朗さんは直球で切り込んでくる。
「信さん、話したくないなら無理に言わなくていいからね」
「いや、大丈夫だよ、由宇くん。幾ら円満に解決したって言っても、誰も彼もが傷つかずに別れる事なんてできないし、みんなそれぞれに複雑な想いは残ると思いますから…」
「子供は?ちゃんと本当の事を話したのかい?」
「それが…話そうと思ったんですけど、誠人さんが…妻の義理の兄で、駿くんの本当の父親なんですが…彼が駿くんに『ママと別れてもパパはずっと駿のパパだ。だから安心しな』って…そう言ってくれたんです。それでふたりと話し合って…駿くんがもう少し大きくなるまで、黙っていることにしました。母も…羽月さんの説得で僕を許してくれました。前から薄々気づいてはいたらしくて、何度も僕に謝られました。辛い思いをさせたって…」
「…」
「なんだか…駿くんを中心に家族のみんなが、互いを許し合おうと努力しているみたいで…。駿くんを傷つけないように、自分達の不満を爆発させまいと我慢しているんですよね。それは逆に言えば、駿くんの存在にみんな癒されているからなんだと思います。僕は家族の一員ではなくなったけれど、今後も僕で何かの役に立つのなら、いつだって駆けつけたい…と、思いました。…由宇くん、それでもいい?」
「え?」
「これから先、由宇くんとずっと一緒に居たいから、僕は羽月さんとの離婚を決意したんだ。だから今後は何事も僕だけで決めるんじゃなく、由宇くんと話し合って決めたい」
「信さん…。勿論、賛成だよ。駿くんも羽月さんも、離婚したからってすべての縁が切れたわけじゃない。だって小さい頃からずっとお互いを信頼してきた家族みたいなもんでしょ?それを見守るのは当然だと思うよ」
「ありがとう、由宇くん」
 畳に触れる程に頭を下げる信さんに、こっちも恐縮してしまいお互いに頭を下げる格好になる。それを見て竜朗さんが声を上げて笑う。

「まあ、大団円で良かったじゃねえか。じゃあ、まあ、信さんの離婚に乾杯といくか」
「そこはふたりの腐れ縁にでしょ?ねえ、吉良さん」
「俺はどっちでも構わない」

 酒と肴で一息吐いた頃になると、一層雨音が酷くなった。
 竜朗さんは雨夜の品定めとばかりに、どんな男が魅力的に感じるのか、この時代、マイノリティの俺達はどう生きるべきか…などと、酒の勢いも借りながらの埒も無い談義に入る。
 思わぬ方向だが、信さんは面白そうに今までの恋愛談を話し始める。

「僕はあまり男性との経験が少なくて…大学生の頃に付き合っていた人が居たんですが、お互い真剣になる事も無く卒業と共に別れましたね。なんというか…どちらも世間の目を気にするタイプだったからか、表立って一緒に遊んだり、目立ったこともしませんでした。羽月さんとの結婚後は…一度も遊ぶことすらありませんでした。…僕は本気の恋愛なんて望みませんでした。誰にも迷惑をかけることなく、ただひっそりとひとりで生きて行ければ、それでいい…と、思っていました。由宇くんに会うまでは…」
「信さん…」
「由宇くんが僕の人生設計を変えてしまったんだね。由宇くんは僕に…言葉では言い尽くせない程のときめきや喜び、安らぎと快楽…色々な感情を与えてくれた。すべてが生きてきて良かったと思える経験でした。だから、僕にとって由宇くん以上の魅力的な人はいないし、必要としないでしょう」
「…あの…俺、超恥ずかしいんですけど…つうか、信さん、それ、ふたりきりの時に言ってよ」
「照れるな、上杉。恋は人生を変えるってのは真実だよ。俺だってそうだ。今でも五年前に遠流と別れた岐路を思い出す。あれが間違いだったのか、正解だったのか…今でも答えは出ない。ただ遠流と出会えたことが俺の人生の中で一番の意義のある縁だと思っている。そして、今の俺達があるのは、間違いなく上杉と信さんのおかげだ。遠流と再会が出来たからこそ、離れていた五年の歳月が無駄じゃなかったと、思い始めている」
「俺も…竜朗と別れて暮らした五年間で、一番大事なものが何かとわかった気がするよ。そして、上杉と三門さんのように必死に竜朗を探さなかった自分を恥じているんだ。自分が欲しいものは、自分が苦労して探さなきゃならなかったんだって…。だからこれからは、どんな困難があろうと、俺は竜朗から離れないように頑張るつもりだ。竜朗が俺を嫌いになっても…好きになってもらえるように努力する」
「馬鹿、嫌いになんかならねえよ。でも遠流には転勤があるからなあ~。車で行ける距離ならいいけれど、正直遠距離は辛いな」
「その時は仕事を辞めるよ」
「「「えっ??」」」
「辞めて竜朗の農園で一緒に働く。それくらいの覚悟はある」
「待てって。おまえ、仕事好きじゃん。やっと建築家としても油が乗り始めたのに、辞めるなんて、冗談でも言ってくれるなよ」
「冗談じゃない。…もう、あんなことは…竜朗と別れたりは絶対にしたくないから…」
「仕事よりも恋人を選ぶって、究極の選択ですよね。恋人冥利に尽きますね、竜朗さん」
「簡単に言うな。男が仕事を辞めるっているのは…。まあ、今の世の中は女もだけど、受け入れる方も愛情やら責任が荷物になって、それが原因で別れることもあるんだぜ。何が一番良い選択なのか…一緒に居られればそれでいいのか…ノーマルやゲイに関係なく、考えさせられる話だ。信さんの言うように、家族や子供が居れば、それが足枷になる。足枷っているのは互いを繋ぐ絆にもなるんだ。子供も婚姻も為さないゲイのパートナー同士が、人生を添い遂げるとはとても重い課題なんだよ」
「そうですね。幾らLGBTが社会に理解されても、同性同士の生活は、満ち足りた家族を持ち得る夫婦にはなり得ない気がします。また、それを目指すべきでもないように思えるんです。だけど、僕は一生涯を共に生きていくという目的を掲げて生きることは、立派な目標だと思っているんです。…実は僕は職場でゲイであることはカムアウトしていませんし、これからもする気はありません。偏見が怖いではなく、ゲイであるかどうかは仕事に必要が無いからです」
「誠人さんはすげえ、忌み嫌っていたけどね」
「『不都合な生産性の無い歪な共同生活に何の誇りがある』とは、中々の名言だね。それはノーマルな感覚だし、俺達が反論できる余地も無い。元々、この世は背反摂理がすべてだ。全く違うものが結び合って、何かが生まれる。だけど、片方にしか愛着を見いだせない俺達は、根源的に間違っているのだから、声高に拳を上げて権利を主張するものでもないと思っているよ」
「そうかな。俺は別段、ゲイを隠してないけどね」
「遠流は周りの目を気にしない性質だし、デザイナーだからあまり気にせずに済むけどな。でも営業マンだった頃の俺は、結構気を使ってたぜ。お客が警戒しない初対面のセールスマンってのは、真面目で清潔で愛嬌があって見た目が良い事が必須なんだ。ノーマルなお客にゲイだってバレたら、たちまち玄関のドアは重くなる。そういうもんだ」
「同情や好奇な目もいらないですよね。ただ皆と同じに接して欲しい」
「まあ、ノーマルを演じるのに疲れた時は、ゲイクラブだがね」
「僕も…職場の飲み会なんかでは、こういう話が出来ないので、ありがたいです」
「信さんは苦労人だなあ…。疲れた時は、俺の農園にでも来てくれていいよ。自然に囲まれているだけで、ストレスが吹っ飛ぶ」
「はい、その時はよろしくお願いします」
「信さん、絶対にひとりで行かないでよね。竜朗さんに変な遊びを教えてもらっても困るし」
「なんなら、上杉への愚痴も聞いてやるよ。セックスの不満もな」
「ちょ、た…」
「竜朗、俺がおまえに不満がある時は、また上杉と寝てもいいのか?」
「え?…駄目です…。なんでも言うこと聞くから、絶対止めてね、遠流~」

 吉良さんに頭が上がらない竜朗さんが可笑しくて、俺と信さんは顔を見合わせて笑いあった。

 その夜は、竜朗さんと吉良さんは駅近くのホテルへ、信さんは俺の社宅に泊まってもらった。
 気持ち良く酔った分だけ、狭く冷たいベッドに興醒めしたけれど、信さんは俺をしっかり抱きしめていてくれた。

「楽しかったですね」と、何度も繰り返す信さんに、俺も何度も頷く。
 あまりに楽しくて、俺は不安になった。
 楽しかった分だけ、どこかで落とし穴が待ってるんじゃないかって…
「信さん、ずっと俺を抱きしめていてくれるかい?」
「勿論ですよ、由宇くん」

 本当の恋は、この先の未来を不安にさせる。だって、この世に不変なものなどは無く、時間と共に変わり続けているものだから。


 三月末、街のあちこちに薄桃の桜の花が目を引く頃に、俺は会社から出向の辞令を言い渡された。
 出向先はニューヨークの「A.SUKUNE アーキテクツ」。
 即ち、あの宿禰凛一さんのデザインスタジオだった。


「超いいひと」はこちらから… 17へ /19へ
 
浅野と吉良のお話はこちらから…
傷心
うそつきの罪状 1



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