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2017-07

天の軌跡と少年の声 4 - 2017.07.28 Fri

4
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 天少-4


4、

 部屋の中央には古い黒檀のテーブル、そして長椅子がふたつ。そのひとつに案内された神也は、まだぎこちない自分に呆れつつ腰を下ろす
 見た目よりも座り心地の良い椅子と、背中のクッションにくつろぎながら、神也はあらためて目の前のイールの姿に目を向け…見惚れた。

 打ち際の波の如く揺蕩う銀色の長い髪は、バルコニーからの傾いた陽を受け、無数の虹色にキラキラと揺らめき。少し影になったきめ細やかな白磁の肌は、うっとりと、うっすらと桃色に溶ける頬は、赤子のように清らかに、アーシュと同じく、整った鼻梁も口唇も、事も無く、ただただ、魅せられ。
 人目を引く派手で生命力に溢れたアーシュとは違い、手の届かない高みの高貴さを伺わせるオーラ、それでいて、優美で慈愛に満ちた微笑と相まった晴れた空色の中に飛翔する鷹の瞳に捉えられ…。

 神也はふうと息をついた。

 レイから聞かされた話よりも、一層、イールは素晴らしく尊い者なのであろう。精一杯に頭に描いた以上の御伽話の天上人そのものの姿が、神也の目の前にある。

「そんなに緊張しないで。口に合うかどうかわからぬが、旅の疲れを癒すお茶でもどうかな?」
 神様自ら茶器を扱う様に違和感を覚えぬ神也ではなかったが、勝手がわからぬままに、イールの命に従うのみ。粗相をしないようにと恐々カップを手に取る。
 「天の王」とは違う土色の陶器に懐かしさを覚え、喉を潤すさっぱりとした飲み物にも至極慣れ親しんだ気がして。

「…何だか、似ている気がする」
「神也の居た郷(くに)とかい?」
「うん、十二まで住んでいた郷では、これに良く似た緑茶をいつも飲んでいたから」
「茶葉はアーシュ…生まれ変わる以前のね。彼がアースから運んできたものだ。それを神殿の畑で育て、それから良い土地を探して広めさせた。かれこれ、三百年ほど前の話だがね」
「…」
 三百年前と言われ、神也は学んだ歴史を頭に思い浮かべてみるが、姿形が自分と比べ、ニ、三歳年長に見えるだけのイールが、三百年前を昨日のように言うのが一番の摩訶不思議。

「勿論、お茶も色々とある。これは神也の為に用意させたものだ」
「私の?」
「近いうちにおまえをこちらに連れたいと、アーシュが何度も言うのでね。休暇が始まる今日辺りだろうと、予感していたんだ。私の勘もまんざらでもないらしいね」
「…ありがとう…ございます」
 日頃からマイペースな神也だが、神様に気を使わせてしまったかと思うと、申し訳なさで心が痛む。思わず紅潮して、俯いてしまう有様で。

「ねえ、神也はレイと仲よくしてくれているそうだね。彼がクナーアンの民だと知っているだろ?最近はどんな塩梅かな?」
 神也が寛ぐ話題でもと、砕くイールに、神也は慌てて、
「レイはとても良い友人だ。セシルという恋人がいるんだが、私とはそういう関係じゃない。けど、親友なんだ。レイはちょっと変わり者だけど、私も変人と呼ばれているから、お互い気が合うのかもしれない。同室でもあるし…でも、そう思っているのは、私の方だけで、レイは私をそれ程好きではないかもしれないな。私はレイみたいに魔法が使えないし、無知で世間知らずだから、色々と迷惑かけてしまっている。だけど、レイはあまり困った風でもなく…私を友人として認めてくれている…気がしているんだが…本当のところはわからない…。私はレイみたいに人の心を見ることができないから。でも、でもね、ホントにレイは良い子なんだ。皆から好かれているし、頼られてもいる。授業態度も真面目だ。私みたいに遅刻もしない」と、精一杯。
「神也は遅刻をするの?」
「あ?う、うん。しようとしているわけじゃないけど、この世の様々なものが、私に呼びかけてくる。こっちを見てって。それで、ついそちらを見てしまうんだ。駄目なのはわかっているけれど…」
「駄目じゃないよ。神也は皆が見ていないものが、見えるんだ。それはおまえの良いところ」
「…うん」と、思いもよらぬ言葉を掛けられ嬉しそうに笑う神也に、イールも微笑み返す。

 確かに、この子は純真だ。
 
 イールはアーシュと同様に、天の皇尊ハーラルに与えられた強大な魔力を持つ。
 クナーアンを統治する神に与えられた権限は、好むと好まざると用いる必要がある。だが、それを使わずとも、目の前の少年のすべての思考はあからさまに見えてしまう。純朴と苦笑するには、気の毒な程の少年の魂。
 それを愛しく思い、その強固な形を、イールは認めた。
 神也の魂はガラスの様に透き通ってはいるが、脆くない。否、それはダイヤのようなもの。天然で、硬度で、光を招き入れ、輝きを放つが、近づきにくく、そして、非情な攻撃に弱い。

 アーシュはそう長い時を経ず、死ぬ宿命(さだめ)。そして、同時にイールもこのクナーアンから消え去る。
 クナーアンには新しき二神が生まれ、そしてアーシュの第二の故郷であるアースは…頼るべきものを失う事になる。
 それを見越してのアーシュの後継者選びに、イールも賛同し、様々な見解を述べたつもりだが、結局のところ、オブザーバーでしかないイールは、アーシュの決めた人選に意見するつもりなど無い。

 アーシュが選んだ後継者に興味がなくは無いが、クナーアンを統治する者として、他の星に関わりを持つ事は禁忌であり、イールとしては、極力避けたい事案。(アーシュだけはハーラルの大いなる慈悲により無効)
 だが、レイ・ブラッドリーをアーシュに預けた経緯を鑑み、神也の教育の一端を担うと言うアーシュの毎度の悪巧みを拒む事が出来なかった。
 「教育」とは、また些か大仰な話だと、アーシュから聞かされた時は思ったものだが、こうして神也を目の当たりにすると、純粋ながらもどこか心元ない神也を成長させるきかっけを支度しなければならないだろうと、イールも感じ始めていた。

 つまり、この子には、周りの者が、助けずにおられぬ才能がある、ということなんだろうけれどね。

「それから、レイはね…」
 調子づく神也を遮る如く、乱暴な音を立てアーシュが部屋の扉を開ける。すでに例のタキシードは着替えられ、今は清潔で簡素な神様用の室内着。

「食事の用意ができたぞ~。夕食は終わって、残り物しかなかったけど、まあ、神也の好みに合わせて作ってもらった」
「え?そうなの?」まだ陽も落ちていないのに、と怪訝な神也。
「ここは電灯を使わないから、食事は明るい時間に終らせるんだよ」
 神也の疑問に答えるイールの隣に、アーシュがドサリと座り、寄り掛かる。
「やっぱり異空間移動は腹が減る、疲れる。さっさと食って、イールの傍で寝たい…」
「そう言って、どうせ作る傍らで、つまみ食いをして、すでに腹も満ち足りたのだろう?」
「わかった?」
「口端にソースが残っている」そう言って、イールはごく当前とばかり、口端に付いたソースを指で拭い、舐める。照れもせず、お返しに、その口唇にキスを強請るアーシュに、
「ほら、神也の居る前で、子供みたいに甘えるな」と、掌で制止するが、構わず強請るものだから、困ったものだとばかりに、重ね合せ。ふふふと笑いあう。

 目の前の神也はじゃれるふたりに、戸惑う…以上に思考停止の有様で。

「初めまして、神也。御ふたりの世話役を務めているヨキと申します。残り物ですまないけれど、どうぞ、召し上がれ」
 アーシュの後にワゴンを部屋に運んできた壮年の男性が、トレイに載せられたご馳走を神也の目の前に差し出す。
「あ、はい。ありがとうございます」
 我に返った神也は視線をふたりから皿に盛られた料理に移した。
 木製のスプーン、それに思いかけずに箸がある。
「クナーアンではお箸を使うの?」
「木の枝が二本あれば、誰でも使えますからね」
「それはそうだね」
 顔を上げて改めてヨキの顔を見る。
 見慣れない真っ赤なくせ毛にがっしりとした体格。厳しい顔つきだが、見つめる目は穏やかに親しみが込められ、神也はすっかりと打ち解ける。
「これ…お粥?」
 箸で救い上げ、口に入れる。薄い塩味だ。
「幼い頃に食べてた味に似て…。懐かしいな」
「パンよりもこういったものが好みだと伺っていたのでね。口に合うとよろしいが…」
「とても美味しい。この煮豆も、野菜を煮たものも、スープも…。『天の王』で食べるより、ずっと美味しい」
「おい、神也、今のセリフ、聞き捨てならねえな。学園の料理長に告げ口してやるからな」
「…」
 ガラの悪い物言いをするアーシュは、すでにイールの膝枕で寛いでいる。
 その態度で言うものか?呆れながらも聞く耳持たず、神也は馳走を味わうことに集中。
 給仕をするヨキは、神也の食事に合わせ、ほどよい会話で和ませてくれる。時折茶々を入れるアーシュを、適当にあしらう様も慣れたもの。
 

 食事がすむと、ヨキの勧めで部屋を案内してもらう事にした。
 イールとはもっと話したかった気はするが、何しろアーシュが離さない。どころか、イールの膝枕で眠ってしまったから、仕方がない。

 手を振って見送るイールにお辞儀を返し、扉を閉めた後、大きく息を吐く。
 どうやら思った以上に、堅くなっていたらしい。

 ワゴンを押しながら先を行くヨキに「こちらへ」と、声を掛けられ、神也はあわてて付いて行く。
 自分が押すと言っても、コツがあるからと、ヨキは笑って譲らない。その実直さに神也は、よりヨキに好感を持つ。

「アーシュはいつもああなの?」
「あちらから戻られる時は、いつもあんな風かな。今日は特別に疲れていらした気もする。ひとりでいらっしゃるよりも魔力を使うそうだからね」
「私の所為…」
「そう、君の所為だよ、神也。そして君をここに連れてきたかったアーシュ様の意志だ。だから傷つくよりも、感謝することだね」
「…」
 思いがけないヨキの清廉さが嬉しい。

 神官とは皆、このように美しい精神の持ち主なのか…。
 いや、かつての私のまわりの巫女たちもそうであったのだろう。
 彼らの望む者になれなかった私は、きっと…

 善悪も己の判断、そして責任だと放つ「天の王」は、自由奔放。ある程度の悪さも寛容だが、度を越すと目も当てられぬ懲罰を請うことになる。それを楽しむ生徒たちも多い。
 神也が暮らした狭く厳しい掟に縛られた山の鎮守ではない事は承知の上。だが、「天の王」に居ると、神也は「山の神」であった頃が懐かしく…ただ懐かしく。

「この回廊が、神様の住む奥の院と、神殿の境界になるんだよ」
 回廊の左右に列柱したアーケードが、先の神殿まで続き。中で足を止めて外を見ると、山影に空は、紺瑠璃と染まり。そして、低い空の果てにふたつの弓張月が、金色に輝く。

 あれがイールとアーシュの月。レイに聞いたとおり、なんて幻想に満ちた風景なんだろう…

 見惚れる神也をヨキはただ見守り、「今宵は一層の輝きを」と。
「何故?」
「御ふたりが愛し合われると、クナーアンのすべてがうっとりとね、ただ幸せに」
 
 なんとも言えぬ優しい笑みに、神也の顔も自然と緩むばかり。




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暑すぎて、脳ミソ溶けてますllllll(-ω-;)llllll
つうか、まだ神也の夏休みは、始まらないって…。これ、冬まで続くのか?('ε`汗)


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暑中お見舞い申し上げます - 2017.07.16 Sun

まだ梅雨明け宣言してないのに、うだるような暑さです。

暑中お見舞いっていつ頃出して良いものか、いつも悩みますね。

久しぶりにアナログで描いてみました。
線は鉛筆。色はホルベインの水彩絵の具で、あっさりと。

お昼寝アーシュ。でも暑くて寝れない…

暑中お見舞い2017
どうでもいいけど、文字は筆ペンです。

夏バテ、注意ですね。

天の軌跡と少年の声 3 - 2017.07.09 Sun

3
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神也1-1



3、

 「天の王」学園の中央に位置する聖堂は、異次元空間への門(ゲート)としての機能がある。聖堂以外にも「天の王」の構内には同じような門が幾つかあるが、季節によって空間の路幅が変わる。
 夏の始まりを匂わせるこの時期の早朝には、聖堂の魔方陣が一等宜しい…とは、アーシュの勝手次第。
 朝焼けが東の空をうっすらと染める頃、ステンドグラスから差し込む光に、大理石の床に描かれた銀の魔方陣が仄かに輝き出す。

「別に朝じゃなくても、日がな一日、光射し込んでるじゃん」と、アーシュはにべもなく。
 確かにステンドグラスからの光は、季節、時刻、天候に関係なく、始終床の魔方陣に射し込み続ける。「天の王」七不思議のひとつ。

 魔方陣の中心に傲岸と佇むアーシュに気づき、聖堂の扉を開けたスバルは慌てて神也の手を掴み、急いで駆け寄った。
「時間通りだな」と、睨むアーシュはいつもの伊達眼鏡も無く。
「君が時間通りに待ってるとは思わなかった」
「俺は時間を守る男だ!」
 嘘を吐け!と、喉まで出かかったスバルだが、面倒臭いのでやめた。
「しかし…なんなの?その恰好?」

 黒のタキシードに黒のロングマント、頭にはシルクハットを乗せ、いつものステッキを降り回すアーシュに、スバルは思わず口走った。
「これ?いやね、先日、吸血鬼の映画を観てさ。結構面白かったから、イールに見せようと思ってコスプレしてみた。まあ、このスーツは、パリで有名ななんちゃらデザイナーの新作で、モデルになってくれって言うんで、タダで頂いたのさ。似合うだろ?…と、言うか、一体なんだ?  」
「何が?」
「神也は何で制服なんぞ着てる?修学旅行じゃねえぞ?バカンスだぜ?」
「イールは神様だから、最低の礼儀は必要だろうと思ったのだ」
「馬鹿馬鹿、んなもんやめとけ。どうせあっちに行ったらあちらの民族衣装的な服を着せられちまうんだからさ。普段着でいい。それに背中のリュックも全部置いてけ。一体何を入れたら、そんな馬鹿でけえ荷物になるんだ」
「神也くんの着替え一式、運動靴に歯ブラシやら常備薬、あとは勉強道具と神也くんの好きな小説とお菓子…」
「いい加減にしろ。そんなもん持っていくなら、クナーアン行きは止めだ」
「な!」
「神也、いいから、さっさと着替えて、こちらへ来い。朝日が昇っちまう」
「わかった」
 ここでアーシュの機嫌を損ねては、本当にクナーアンに行けなくなってしまう…と、いつもは鈍い神也も全速力で制服を脱ぎ、いちいちとスバルがリュックから差し出す服に着替え。それを手伝うスバルの目にはいつしか涙が溢れ…

「馬鹿スバル。永久の別れじゃなるまいし。ひと月ばかり離れるからって、泣くもんじゃねえよ。神也の成長を願って、笑って送ってやるのが、年上の恋人の責務って奴」
「わかってる」

 Tシャツにジーンズ、薄青のパーカーを羽織る神也の足元のスニーカーの紐を結ぶのは、鼻を啜るスバル。
 その姿に神也も後ろ髪を引かれる想いだが。
「さあ、神也、おいで」
 差し伸べるアーシュの両腕には逆らい難い。
 素直にそれに抱かれ、広げた黒マントが神也を覆い尽くす。
 二人の姿は、まるで少年をさらう魔王の如く。
 戦慄を覚えつつも、スバルはアーシュに「神也くんをよろしく」と、何度も頼む。
 その姿に哀れを覚えた魔王は、手招きし、耳元に囁く。

「おまえねえ、俺がイールと離れて暮らしている寂しさを、おまえも少しは味わった方がいいぜ。しばらく会えないでいると、再会した時の嬉しさたるや、だ。その夜はこの上なく燃え上がる事間違いなし…。つうか、おまえらはもう昨夜燃えちまっているか」
 こうなると恐怖の魔王も天下の魔術師も無い。
 ただのスケベ親父だ…と、肩を抱くアーシュから逃げる様に身を引くスバルは、どうか神也くんだけはアーシュの毒牙に犯されぬようにと、心から祈りながら…
「神也くん、身体だけは気を付けてね。元気で楽しんでおいで」
「うん、心配はいらない。スバルも、あんまり寂しがらないでね。行ってきます」
 マントの影から少し寂しげに手を振る少年の健気さに、再び瞼が熱くなる。

「じゃあ、行ってくるわ」
 右手に持ったステッキ、即ち魔法のバクルスを掲げると、ヘッドに嵌め込まれた鏡からふたりの頭上に光の円が輝き出し、ふたりの身体はゆっくりと宙を浮き、頭から順に光の中に吸い込まれていく。
 元はスバルが発明した「携帯魔方陣」を、イールとアーシュで色々と改良したひとつが、この空間移動ステッキ。
 クナーアンの神木、マナの枝に魔力を注いだ反射板をヘッドに嵌め込み、何重にも複雑な魔方陣を刻み込んだ特注品。
 念はほとんどイールが仕込んだもので、アーシュしか発動しない仕組みになっている。

「これがあれば、イールの元へ行くのはすげえ簡単なんだ。まあ、戻ってくるのが些か面倒なんだけどね。俺を返したくないイールの怨念がそうさせる。裏を返せば、それだけ俺が愛されてるって事ね。…聞いてる?神也」
「…なんか…フワフワして足元がおぼつかないけれど…、これは、一体…どうなっているのだ?」
 瀕死の形相のスバルが、手を振っている所まではわかったが、身体が上昇した後、目の前が真っ暗。
 しばらく慣れたその目に映るのは、神也の想像を遥かに、心細く。
 紫がかったモーブの霧、一寸先も定かではない。身体全体が浮かんだように取り留めなく、今アーシュの腕を離したら、どこかへ飛んで行ってしまいそうな心元無さに、神也は夢中でアーシュの腕にしがみつく。

「そう力を入れなくたって大丈夫だよ、神也。ほら、足元にうっすら白く浮かんでいるだろ?あれが次元の路って奴なんだ。杖に仕込まれた鏡が羅針盤になって、ちゃんと俺達をクナーアンに導いてくれる。着くまでに一時間もかからない。これでも最初の頃は、何時間もかかっていたんだぜ。でもさ、こちらも慣れて要領良くなるし、何しろ、この魔力の杖と天才的な俺さまの魔術によって、最短距離を発見してな…つうか、聞いてる?」
「ねえ、アーシュ。スバル、寂しそうだった。大丈夫かな?」
「…」
 自分が十六の頃は、こんなにも純粋だったろうか…と、別れた恋人の心情を慮る神也を愛しみ。
「スバルは神也が思うよりずっと強い男さ。あいつは…すげえ苦労してきたからね。昔から泣き虫で、女装好きと、色々と変だったけど、心根はまっすぐで強くて、優しいんだ。誰にも媚びない。そして、自分の出来る事を精一杯やる。そういうスバルが俺は大好きさ」
「…」
 神也はアーシュを見上げ、嬉しそうに笑い、そして、真面目な顔で。
「夜、一緒に寝てると…時々スバルは、『伸弥さん』って寝言を言う。とても悲しそうに。『伸弥さん』はスバルが初めて好きになった人で、スバルが十四歳の頃、病気で亡くなってしまったんだ。私は…何も知らなかったから勝手に『山野神也』って、自分の名前を決めてしまったけれど、もしかしたらスバルは私の名前を呼ぶたびに、『伸弥さん』を思い出して、悲しい想いをしたのではないだろうか…って、思う時があるのだ」
「無いね」あっさりと言い切るアーシュに、神也はパチパチと瞬き「どうして?」と。
「だって、おまえの名前を呼ぶ時、あいつ、いつも嬉しそうだもの。それに伸弥…死んだ方ね。死んだ伸弥の亡霊を呼んで、俺がスバルと会わせたんだが、確かに良い男で。そりゃ、スバルを残して死んじまった事は悔しいけれど、スバルの幸せを祈るから、って約束したのさ。それから、ずっと守護霊としてスバルを見守っている」
「ホントに?」
「ああ、神也の事も気に入ってるそうだ。しかし、セックスはほどほどにしろってさ」
「…」
 嘘つきのアーシュの事だ。どこまでが嘘か真か、甚だ怪しい。
 けれど、神也の心はさっきとは比べられない程に、軽い。
 それもアーシュの魔法なのかもしれない。

「スバルはね、最初は伸弥の事は誰にも話さなかったんだ。心に留めておきたかったんだろうね。初めて俺に話してくれたのは、小さな『山の神』に会った頃だ。名前も持たぬ『山の神』が可愛くてたまらないって。自分もあの年の頃に伸弥と出会ったから、尚の事、心配で仕方がない。今度は絶対守って見せる…って」
「本当?」
「帰ったらスバルに伸弥の事を聞いてみるといいさ」
「でも…」
「大切な思い出を大切な恋人と分かち合えるのは、幸福の印。スバルはもう過去の悲しみに囚われてはいない。思い出して泣くのは、弱いからでも悲しいからでも無く。懐かしさが心に沁みるのさ」
「うん…」
 胸が熱く、そして、その想いがじんわりと身体の隅まで沁み入る。神也の瞼も熱く…

「アーシュ」
「ん?」
「ありがとう」
 
 アーシュの胸に頭を寄せる神也の心地良い重みに、アーシュもまた優しく沁みて。
 可愛い愛し子は、特別に。

「間もなく到着だ」
「ね、アーシュ」
「なに?」
「クナーアンの言葉って…私は知らないけれど、大丈夫なのかな?」
「言葉?」
「そう」
「馬鹿、御伽話に言葉で苦労させられた話があったかい?竜宮へ行くにも、天上へ行くにも言葉で困った事なんでありはしない。メルヘンやファンタジーはいつだって不可思議で残酷で曖昧で、ご都合主義だ。心配に及ばず…ほら、クナーアンの光が俺達をお待ちかねだ!」

 バクルスが指し示す光が段々と広がり、ぼやけた景色が次第にくっきりと色づき…
 アーシュに抱かれた神也は、ゆっくりと見たこともない薄青色の絨毯の上に降り立った。

「やあ、イール。待っててくれたのかい?びっくりさせようと連絡もしなかったのにさ」
「残念だね、アーシュ。君の気配を、先程から感じていた。だからって私の部屋にゲートを仕込むなんて。全くもって、君は、私を困らせることばかり思いつくのだから」
「だって、イールを驚かせるのが俺の趣味だもの。ね、この服似合ってる?」
 惜しみなく神也をあっさり手離したアーシュは、黒マントを華麗にヒラリと靡かせ、軽やかにクルリと一回転。

「言いにくい事だが…随分前に、アスタロトが同じ格好をして、アースから戻ったことがあったよ。今の君の様に得意満面の顔でさ」
「…」
「それより紹介してくれないのかい?かわいいお客さまを」
「前に話した神也だよ。神也、これがクナーアンの神様で俺の最愛の恋人のイールだ」
「……は…」
「こんにちは、神也。よくクナーアンにきてくれたね」
「は、はい。あの…よろしくお願いします。イールさま」
「こちらこそ、よろしく」
 緊張で固まった神也を和ませるように、少し屈んだイールは神也との初対面を楽しんだ。

「ちょっと待てよ」
「なに?」
「なんで俺が呼び捨てで、イールには様が付く?レイの時と同じじゃねえか!」
「君に神としての重みが無いからだろう」
「そりゃ、イールは千年以上生きてて、俺はまだ三十年もたたねえけど、頑張ってるじゃん!」
「それはそうだけど…」
「アーシュは、家族みたいだからだと思う。イールとは今初めて会ったのだもの。様を付けるのは礼儀だ」
「だそうだよ、アーシュ」
「わかりました。じゃあ、腹減ったからなんか頼んでくる。神也、そこで待ってろ!」

 行儀も悪くふたりを指差し、アーシュはドカドカと足音を立てて、部屋を出ていく。

「怒らせたかな?」
「照れてるんだよ。それより、神也」
「はい」
「私の事も呼び捨てで構わない。これ以上アーシュの機嫌を損ねても、つまらないからね。元より私はおまえの神でも、導師でもない」
「わかりました、イール。よろしくお願いします」

 神也は目の前の御伽話のような麗人に、深く、深くお辞儀をする。
 


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そろそろ梅雨も終わらないかな~。雨大杉…

アーシュのお話は「senso」全編。
神也のお話は「山の神」から。
スバルは「スバル」から。
それぞれ左のカテゴリから、どうぞ~


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