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2019-09

影蛍 - 2014.07.16 Wed

イラストはサムネイルでアップしております。
大きく見たい方は、イラストをクリックしてくださいね。


よしなり


影蛍

聞いてくれるかい?
昔、俺が住んでいた田舎には、数年に一度、蛍を見る事ができる夜があるんだ。

その頃の田舎は下水道なんてもんはなく、どこの家にも堀が繋がれ、そこで洗濯や野菜を洗い、炊事場で使った残り水も流していた。それでもメダカは手ですくうほど居たし、釣り糸を垂れれば簡単に川魚が釣れるし、子供たちは我先にその堀で泳ぎまわっていたのだから、十分に綺麗だったのだろう。
夏は捕る気が失せる程、蝉やかぶと虫やくわがたが杏や柿の木に鈴なりに留まり、蝉の声で話声が聞こえない程、昼間は五月蠅かった。
夜は夜でウシガエルや虫の音で寝付かれぬほどに賑やかだ。
麻の蚊帳に花ゴザを敷き、片手でうちわを仰ぎながら、明日何をして遊ぶかを考えながら眠りにつく…。

大人になった今、忘れられない初夏の夜がある。

      ◆

あれはまだ俺が高校生の頃だった。
いつものように夕食と風呂のあと、ひとり部屋の机に向かい期末の試験勉強をしていた。
古い母屋とは別に増築された自分の部屋からは、ガラス戸のすぐ外の庭が見え、その向こうは深い堀が横切っていた。
堀の向こうには見渡す限りの田植えを待つ水田。西の空に赤く膨らんだ満月の月が霞んだように登っていた。
俺はその月をもっと味わいたくて、部屋の灯りを消した。
田舎の夜は本当に暗い。
母屋の灯りも勿論届かず、自室の壁に貼った本のふろくの蛍光の天の川のポスターが淡く輝いているだけだ。それも時間が経つと段々と暗くなり、そのうちに自分の居るところが部屋か外もわからないほどの暗闇になる。

月はまだ赤い。

俺は網戸を開け、下駄を履き、庭先へと歩いた。
相変わらずの虫の声は、まるで仲間同士張り合っているかのように聞こえる。
足元に気をつけながら庭を歩くと手に触れるものがあった。目を凝らすと少ししおれたアジサイが仄かに白く浮かんでいた。
もう梅雨も終わる頃だな、と、慣れた雨の匂いから乾いた風に変わった空気を吸い、俺は夜空を見上げた。
赤い月の光の届かぬ天上は星の瞬きがまぶしい。

その頃、俺は宇宙飛行士になりたいと思っていた。
同じくらい無理だと判っていたけれど…

「…さと君」
誰かが俺の名を呼んだ。この暗闇の中に誰かがいるのか?
「誰?」
「…覚えているかな?…僕だよ」
声の主の顔が暗闇からうっすらと形を現した。
その形が俺に近づき、上半身がはっきりと見えても、その顔に見覚えはない。
多分、俺と同じ歳の頃だろうが…、いくら考えても覚えがない。

「誰だよ」
「やっぱり、この恰好じゃ無理だったかな。…さまにお願いして清里くんと同じくらいに成長した姿にしてもらったんだけど…僕だよ。緒方よしなりだよ」
「…よし、なり?」

確かにその名前は覚えていた。小学生の頃の同級生だった奴の名前だ。
だが、その子は五年生の時に死んでいた。

 ◆

先天性の心臓疾患だったと聞いていた。
ふたつのクラスしかない田舎の小学校では、知らない同級生はいない。
よしなりは、一、二年は別のクラスで三年からずっと一緒だった。だが彼と特別仲の良い友人はひとりもいなかった。
彼はどこからどうみても弱々しい病人だった。
特に目を引くのは、白い顔の色だった。白と言うよりも全く血の気の無い青ざめた肌と紫色がかった口唇。薄い眉毛といがぐり頭。そして、生気のない薄い目の色。
なにもかもが他の生徒とは違っていた。
気味が悪いくらいの弱々しさは、さすがの乱暴者もからかうのさえ憚られるほどだった。
彼は夏でもセーターを着ていた。冬はもこもことした厚手のチェックのジャンバーに紺色のマフラーを教室の中でも巻いていた。

よしなりは欠席が多かった。体育も遠足も一切参加しなかった。
彼の送り迎えには必ず彼の祖父が付き添っていた。
おじいちゃんはよしなりをとても可愛がっていた。そして顔が合う度に俺達に「仲良くしてやってくださいね」と、言った。
俺達はうしろめたい気持ちで頭を下げていた。
よしなりを苛める者はいないが、決して仲よく遊んだりはしたことがなかったからだ。
よしなりは授業中でもよく具合が悪くなった。悪くなるとよしなりは机に腕を組んでその腕に顔を突っ伏して動かなくなる。そうすると先生は職員室へ行き、電話でおじいちゃんを呼ぶのだ。
具合の悪そうなよしなりを背中におぶったおじいちゃんは、教室の俺達に一礼して帰っていく。
こういう状況では、仲よくしたくてもその機会はなかなか巡ってこない。
欠席の多いよしなりは勉強もできなかった。
考えてみれば生きることだけで大変なわけで、家族も勉強よりも少しでも長く生きて欲しい一念だったのだろう。だが、俺にそんなことがわかるわけもなく、頭の悪い奴だとレッテルを貼り、宿題のドリルさえやってこなかったことを責めたこともある。

昼休み、生徒のほとんどは運動場か中庭で遊んで過ごす。
俺は自分の決めたところまでドリルをやってしまいたかったから、教室に残って問題を解いていた。斜め前のよしなりも遅れた宿題に頭を抱えていた。
先にドリルを終えた俺はよしなりの机の前の席に座り「どこがわからんの?」と、聞いた。
よしなりは真っ青な顔を俺に向けた。口唇を噛んでいたのか、いつもの紫色が赤く腫れて見えた。目元が少し腫れ、涙を浮かべていた。
俺は少し驚いた。
「どうした?」
「ここが…わからん」
指を指したのは分数の応用問題だった。
「ここはさあ…」
俺はよしなりの涙に気づかないふりをしながら、その問題を丁寧に教えた。が、よしなりはなかなか呑み込めず、結局昼休み中をその問題ひとつに費やしてしまった。
よしなりは「ごめん、清里くん。昼休み、つぶしたね」と、弱々しく言った。
当時、田舎で苗字に君を付けて呼ぶ生徒は稀だった。苗字で呼ばれるのが、なんか他人行儀で嫌だった。
「気にすんな。それに、レイジでいいよ」
「…うん」
よしなりもまた、自分の不安定な居場所に心細かったんだろう。
決して人見知りではなかったけれど、共通の話題もなく、運動場で走り回る事も出来ず(当時影鬼という、陣取りごっこにも似た男女合わせた追いかけっこが、一番の人気だった)手持無沙汰につまらないことも多かっただろう。 
迎えに来たおじいちゃんに、癇癪をぶつけて居た場面も見たことがあった。それでもランドセルを背負い、おじいちゃんに手を引かれ俯いて帰るよしなりを見て、同情しない生徒はいなかった。

彼との思い出は多くなかったが、ひとつだけ印象的な出来事がある。
或る時、近所の空き地でドッチボール大会をやろうと同級生10人ほど集まって決めた。
日時も決め、お菓子やジュースを持ってきて、お祭り気分で始めた企画だ。
試合が始まった頃、よしなりとおじいちゃんが空き地にやってきたんだ。
試合をする空き地とよしなりの家は地域が違い、歩いてくるには遠い。決して偶然に通りかかったはずもない。
ふたりの姿を不思議に思ったが、それよりも目の前の試合に集中していた。
試合は伯仲した。回りの応援の声も大きくなっていった。
「清里くん、がんばれ!」と、よしなりの声が聞こえた気がしたが、試合に必死の俺には確認する余裕はなかった。

よしなりは死んだ。六年生を迎える直前の春まだ浅く、寒い日だった。
先生は「緒方君は心臓の手術をしましたが、残念ながら今朝がた亡くなりました。放課後、みんなでお別れを言いに行きましょう」と、涙声で言った。

緊急手術だったらしい。心臓の具合は相当悪く、どう転ぶかわからないが、手術をしなければならない状況だった。
心臓の方は上手くいったが、術後、肺不全になり、そのままよしなりは死んでしまった。
放課後、クラスみんなでよしなりの家に行った。
読経が聞こえていた。
俺達全員が入れるほどの部屋はなく、俺達は縁側に立って、広間に置かれた棺桶とよしなりの写真の飾られた祭壇を見上げた。
先生は代表で部屋に上がり、御棺に眠ったよしなりを見ただろうが、俺達は二度とよしなりを見る事は出来なかった。
通夜の読経が終わり、俺達は一礼して、帰ろうと歩き出した。
その時、よしなりのおじいちゃんが祭壇のよしなりの遺影を手に取り、俺達の居る縁側の端にきて、両手に持った遺影を俺達に向け「よしなりを忘れんでください!」と、泣きながら叫んだのだ。何度も何度も…
必死の形相だった。それを見た瞬間俺も泣きそうになった。誰もがそうだっただろう。
その時、ある女子が「バカみたい。あんな泣いて」と、呟く声が聞こえた。俺は「バカヤロウ」と、叫び、そいつを殴りたかった。だが、それ以上に、今の呟きがおじいちゃんに聞こえなかったのかと案じ、もう一度おじいちゃんを振り返った。
おじいちゃんは俺達が庭から出て見えなくなるまで、よしなりの遺影を両手に持ち上げたまま何度も俺達に頭を下げた。

帰り道、おじいちゃんの泣き顔が俺の頭から離れなかった。あんなに可愛がっていた孫を失った悲しみとは、どんなものなんだろう…と、哀れに思った。
もっとよしなりと仲よくすれば良かった。

しばらくの間、クラスの男子たちはよしなりの空いた机を黙って見つめたり、女子は花瓶に花を活けてたりしていたが、新学期を迎え新しい教室になる頃には、よしなりの話題をすることもなくなっていた。


      ◆

そのよしなりが大きくなって、目の前にいる。
あの頃とは違って、背も高いし、声も低い。
肌の色は相変わらずだが、髪の毛は俺より長いくらいだ。
結構良い男になったじゃないか、と、俺は心の中で喜んでやった。

「じゃあ、おまえはあのよしなりだって言うのか?だったら、おまえ幽霊?」
「そうだよ」
「お盆でもないのになんで下界にいるのさ」
「…おじいちゃんが死んじゃったんだ。そんで、迷わないように迎えにきた。で、ついでに君のところへ寄ってみた」
「ついでに…か?」
「ゴメン、気ぃ悪くした?」
「いや、わざわざ俺んちに来てくれたことが驚きだね」
「でも、そんなに驚いてないね」
「前に、俺もばあちゃんの幽霊に会ったことがあるからね」
「そうなんだ。良かった…怖がられて逃げられたらどうしようかと思った」
薄く笑った顔には、昔の面影があった。

「そっか…おまえのおじいちゃん、亡くなったのか…。おまえのこと、すげえ可愛がってたよな」
「うん。だから、特別に僕が迎えにきたんだ。いつも僕がおぶってもらっていたからね。今度は僕がおじいちゃんをおぶって、天国に連れていくんだ」
「そうか…。天国か…それってさ、いいところかい?」
「そうだね…。悪くないよ。でも…」
「なに?」
「僕は、清里くんと一緒に影鬼したかったし、中学も高校も一緒に生きてみたかったよ」
「…」
「あの頃はあんまり素直じゃなかったから、言いたいことも言えなかったけど、本当は清里くんと友達になりたかったんだ」
「友達だよ。…ずっと友達だ」
「…ありがとう」
「俺の方こそ、ありがとな」
よしなりは少し恥ずかしそうに下を向いた。
僅かだが真白い顔に赤みが差したようだった。

「じゃあ、おじいちゃんが呼んでるから、行くね」
「また、来いよ。お盆には帰ってくるんだろ?」
「帰るけど、きっと誰にも僕の姿は見えないよ。今夜は本当に特別なんだ」
「そうか…残念だよ。一杯話したいことあったのにな」
「僕も…。でももしかしたら、清里くんならわかるかもね。僕が傍に来たこと」
「おい、よしなり。いいかげんレイジって呼べよ」
「ふふ、じゃあね、清里くん」

よしなりは笑いながら、俺の目の前から消えていった。
その後を追うように、緑青色の蛍光がゆらりと飛び、天に昇り、ゆっくりと何度も瞬いた。

さよなら、よしなり。
また、会おう。
きっと…俺にはおまえの姿を見つけられるから。

 
2014.7



何故か、昨日からこの友人の事がやたらと思い出されて…これは書けってことか?と、思い、急遽、今日の午後に書いてみたの。やっぱりBL的にするべきかなと思い、半分はフィクションです。
今度、蛍を見たら、よしなりくんを思い出すかもしれない。


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● COMMENT ●

何故か思い出す人
自営の店が火事になって 消火しようとして 電線で感電死したM君
煩いくらい活発だったのに お母さんが亡くなって お父さんが再婚してから おとなしくなったEさんetc...

特に 親しくなかったから 近況も知れないからかもしれませんね。

お盆には まだ一ヶ月もあるのに サイアート様の脳の中に 緒方君は どうして来たのかな?

作品タイトルの「影蛍」って 素敵ですね。ヾ(=・ω・=)o☆バイバイ☆ヾ(=・ω・=)o

そうなんですよね。今まで思いだすことはなかったんですけど…

この歳になっても、亡くなった同年の友人や知り合いっていうのは、ほとんどいないんですよ。まあ、それだけ人間関係が少ないって事かも知れないですけどねえ~
今の医学だったら緒方くんの病気も救えたかもしれないですね。この歳になると、孫を失くしたあのおじいちゃんはどんなに悲しかったんだろう…って、そっちの方に同情してしまいがちになりますね。
ふたりとも、天国で仲よく暮らしていることと思います。

それにしても…昔の同級生が今どこでどういう生活をしているのか…時々、聞くだけでもいいから知りたくなったりしますね。

田舎臭がいい

サイアートさんのお友達は何歳の頃に亡くなられたのでしょうか?

私は友達が最初に亡くなったのは、高校1年の時です。
バイク事故でした。衝撃的でした。

お葬式に参列した幼馴染は交通事故。大学の時
大きいお寺での葬儀でした。

小学の時の友達が、別に2人亡くなっています。

結婚してから、超仲良かった、中学の時の親友が病死しました。
子どももいるのに、ショックでした。


この年になると、知らないだけで、病死されている人いるかも知れませんね。

先日、夫の昔超仲良かった友達が心筋梗塞で亡くなりました。
突然死です。
朝起きたら布団の中で亡くなってたってやつです。

友達のお父さんが亡くなった時、クラス全員でお葬式に参列しました。
小学2年の時で、初めてのお葬式でした。
その子の家でのお葬式で、家からの出棺です。
棺に釘が打たれる時、家族のみんなが泣いて喚いて縋っていました。
子ども心に強烈な場面でした。
今回のお話しで思い出しました。


死んだ話しばっかりでごめんなさい。

40年以上も前に参列したお葬式が、今でもこんな瞬間に生きていて、何かを感じさせてくれているんだなと思うと、1つ1つの経験が自分を形成してくれているんだなと、考えさせらる、小説でした。

コメントありがとうございます。

決して良い思い出じゃないけど、あの時の匂いとか自分の気持ちとか、未だに忘れないってなんなんでしょうかね。
よしなりくんは小学五年生の時(多分)亡くなったと思うんです。お葬式とかの様子は覚えているのに、何年だったかが正確にわからない。でも、状況から考えると、五年の最後ですね。その頃、私は片思いの子が居たので、そっちへの気持ちで忙しかった思いもあり、あまりよしなりくんに気を使っていなかったと思いますね。

十年ほど前に小、中の同窓会があったんだけど、その時に誰が亡くなったかっていう話題で、ひとりでしたね。よしなりくんは誰も思い出していなかったけど…まあ、同級生合わせても90人も居ないので…

私は死は誰にも来るものだと思うし、子より親が先に逝くのが親孝行と思うし、老人は長生きしない方が本人の為だと身内の経験で思う方なんだけど、やっぱり若い子の死は…もっと沢山色んなことをやりたかっただろうと思うと、気の毒だなあと思ってしまいますね。

うちの次男が幼稚園の頃、次男の幼稚園の友達が事故で亡くなったんだけど、その時のおかあさんの気持ちを考えると…知らない方だったから声もかけられなかったけど、知ってる人でも声はかけられなかった気がしますね。そういう時はそっとして欲しいって、自分が思うからかもしれない。


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