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2019-04

Assassin 8 - 2016.12.03 Sat

8
 イラストはサムネイルでアップしております。
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アーシュ学生-1

8、

 嘘か真か、それは、あっと言う間の出来事だった。
 出会ったばかりの名も知らぬ少年の手を取り、円盤の光に包まれた瞬間、俺の身体は宙を浮いていた。
 それから、しばらく暗闇の中を浮遊し(多分煙草を一服喫う一時よりも短いであろう)、辺りが明るくなって、真下を見ると、どっかの町が見えた。
 少年が「一応、ニッポンの真ん中辺りにワープしてみたけど、弦十郎の言う桜は見えないな」と、言うので、地形的に大阪辺りだと思い、「もう少し東の方」と答えた。

 俺の腕を掴んだまま少年は、吉野の山に向けて飛んでいく。
 あちらとは違い、ニッポンは夜が明けたばかりで、朝日が山肌にまぶしい程に反射して神々しいぐらいだ。そして、山の峰に沿って咲き誇る薄紅色の白山桜が緑の山木から割れる様に見えてくる。
 まさに息を呑むような絶妙なコントラスト。
「ホント、素晴らしい景色だね」と、ゆっくりと地面に降りながら、少年が言う。
 それに応える余裕もなく、俺は地面に足が着いた途端、舞い落ちる桜の花びらを子供の様に追いかけた。

 ああ、そうだ。
 まだ母が生きていた幼い頃、親父と三人で花見へ出かけた事があった。
 旅廻りばかりの親父は滅多に家に居る事がなかった。
 勿論、俺がそんな親父に懐くわけもなく、親父もじっと睨む俺にどこか戸惑った顔を見せた。そんな中、母親だけが、嬉しそうに親父に寄り添うのだ。
 俺には何も言わなかったが、母はどんなにか寂しかったことだろう。
 あの時、こんな風に桜の舞う下で、母は親父の隣で幸せそうに微笑んでいた。俺は穏やかに優しいふたりの姿を見て、子供らしく昂揚し、はしゃいでいたんだっけ。
 母が死んだのは、俺が九つの時だ。
 親父は仕事で居なくて、俺はひとりで母の最期を看取った。
 母は死ぬまで父への愚痴は一言も言わなかった。
 そんな母が不憫で俺は、親父を恨んだ。  
 だが、ひと月後、母の墓の前で泣き止まぬ親父の後姿を見た時、俺は親父を許そうと思った。大人だからって誰しも完璧な人間にはなれぬものなんだと、悟ったからだ。
 それから、親父は俺を連れて、それまで通りの武器商の旅に出た。
 親父は死ぬまで故郷の地を踏まなかった。だが最後の時に、桜を見たいと言った親父の為に、俺は母と同じ墓に親父の遺骨を埋めた。
 ここには両親の墓はないけれどさ…はらはらと舞い落ちる桜をこうやって眺めているだけで、ふたりの供養になるなあ、なんてね。
 自己満足のノスタルジーに酔い痴れても構うまい。

 濡れた頬を両手で拭き、あの少年に目をやると、少し離れたところでじっと上を見て立っている。
 しかもその姿が、桜の花びらで頭の先から薄いピンク色の布を纏ったみたいだったから、思わず笑おうとした。そしたら少年の顔がちょうどこちらを向いて、ニコリと微笑んだんだ。
 さっきまで暗闇の所為で、彼の顔なんてよく見えてなかったし、掛けていた眼鏡はいつしか外れていて、なんだがさ…妙にときめいてしまってさあ…。

 にこやかにゆっくりと彼が近づいてくる。
 歩を進める毎に、彼の頭や肩から花弁がはらはらと落ちていく様も幻の様に麗しく、それ以上にその顔は喩えようもない美しさで、絹地のような肌に薄い桜色の頬、薔薇色の整った口唇。そして、大きく黒い二つの眼(まなこ)には、幾つもの星空が煌めいていた。
 俺は確かに見惚れていた。
 少年はきっとアホ面した顔がよっぽど可笑しかったのだろう。突然声を上げて笑い出した。
「なんだよ、弦十郎は桜の花より、俺の顔に見惚れているのか?」
「へ?…ああ、まあ、そうだ」
 こいつが人の頭の中を簡単に読む魔術師だと言う事を、うっかり忘れるところだった。
 しかし、それも後の祭りで…
「弦十郎は俺みたいな美少年好きなのか」と、あからさまに俺を嘲笑う。その仕草がまたなんともねえ、小悪魔みたいにそそるわけさ。
「え…ま、まあ、君みたいな綺麗な子を好きにならない奴はいないさ」
「そうね。確かにモテてモテてしょうがねえけどねえ~。でもね、俺には大事な恋人がいるからさ。弦十郎とはセックスできないなあ~。悪いね」
 こちらの浮かれ気分をあっさりと断る潔さに、僅かな期待も木端微塵と散る。その速さときたら、目の前の桜の花びらが舞い落ちるスピードよりも速い。
「いや、いいけど…と、いうか、恥ずかしいからやめてくれ。妄想する事と口にする事と実行する事は別物だ。偉大な魔術師だろうが、言いたくない事をわざわざ引きずり出すのは、悪趣味だ…と…思う」
 言いながらも、自信を無くすのは、絶対的に勝てないとわかっているからだ。
 だが、少年はあっさりと、自分の非を認めた。
「ああ、ごめん。人の心を勝手に読むのは俺の悪い癖だ。表面上の言葉と裏腹な心のご託を読むのは、くだらねえ小説を読むより面白いからな。だが、弦十郎は良い男だから、これからは出来るだけ真っ当に付き合うように努力するよ」
「…」
 本当にわかっているのか甚だ疑問符が残る態度だが、慢心は美少年の特権だと理解する俺はそれ以上突っ込むのを諦めた。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」と、来た時と同じように差し出した少年の手を、俺は迷うことなくしっかりと繋いだ。
 その後の事はよく覚えていない。
 多分同じ場所に戻ったところまではなんとなく覚えているのだが、桜吹雪の眩しさと、不思議な少年の言動に酔ったのだろう。
 いつ少年と別れたのかさえ定かではない。
 翌日、俺は自分の泊っているホテルのベッドで目覚めた。

「ありゃ、夢だったのか?」と、呟いてみたが、シャツのポケットにひとひらの桜の花びらが紛れ込んでいたのを見つけ、思わず苦笑した。
「なんて夢を見せてくれたんだよ」
 名も知らぬ魔法使いの少年に、俺は恋をし、あっさり失恋し、そして今は恋煩いだ。
 
 その日、俺はサマシティの商工取引所の所長から呼び出された。
 急いで行ってみると、サマシティでの武器商売を許すと命じられた。昨日までとは様変わりした態度に何があったのかを問いただすが、笑うだけで答えてはくれなかった。
 もしかしたら、あの少年の所為なのか?
 そう思った俺は、昨夜、招待された館へ行き、当主に事情を説明した。

 伯爵であるエドワード・スタンリーはサマシティでもトップの大企業「セイヴァリ・カンパニー」という、貿易会社の社長でもある。
 俺の苦手の豪奢な金髪と碧眼のいけすかねえ見るからに高慢ちきな顔をしてるが、あの少年の事を話すと、彼は笑って「ああ、アーシュに気に入られたのなら、この街では何をしても構わないさ。いわゆるお墨付きって奴だ」
「え?アーシュ…。あの少年にはそんな権限があるんですか?」
「少年?…ああ見えてもあれはそれ相当な大人なんだがね…。君ねえ、幾ら東方の田舎の国育ちだとは言え、アスタロト・レヴィ・クレメントの名前くらいは聞いたことはあるだろう?」
「アスタロト…。あ、あの聖光革命を鎮圧した魔術師ですか?」
「そうだよ。この地上の魔王ともバケモノとも呼ばれる偉大な魔術師がアレだよ。…まあ、あいつもマジで変人だからなあ。変人は変人を呼ぶってねえ。仕方ないね。これからは私も君との取引を許可するよ。よろしく、熊川弦十郎君」
「よ、よろしくお願いします」
 
 アスタロト・レヴィ・クレメントのおかげで、俺はサマシティでの商売を許される事になった。
 アーシュと呼ばれる少年…に見える魔術師は、この街の中心にある「天の王学園」と言う寄宿学校の学長であると教えられ、またしても驚愕。しかし、どうしてもお礼を言いたくて、天の王学園を尋ねようと思った。
 門前までは行ってみたが、俺にはどうしてもその門を押し開ける事はできなかった。
 理由は…
 怖かったからだ。
 それは、何も感じることのないイルトの俺が、唯一怖れた場所だったんだ。

  ※

「それってどういうことだ?強大な魔力を感じたって事なのか?」
 私は弦十郎の長い話に聞き入ってはいたが、何よりも「アスタロト・レヴィ・クレメント」の事を知りたくて仕方がなかった。
「なんだろな。俺みたいな普通の人間が居るべき場所じゃないってことかなあ~」
「…もしかしたら…」
「え?どうした?理玖」
「そのアスタロトという魔術師だったら、私の邨(むら)を一晩で滅ぼす事など、わけはないんじゃないだろうか…」
「馬鹿な事言うな。そんな事をする意味がどこにある?思い過ごしも甚だしいんじゃねえのか?」
「…敵(かたき)じゃない証拠もないじゃないか。魔王、バケモノって言われるほど恐ろしい魔術師なんだろう?…誰かがその男に頼んで、私の邨を滅ぼしたかもしれない。弦十郎だって、私の邨が誰に復讐されてもおかしくないって言ったじゃないか」
「理玖…俺はそんなつもりで、話したわけじゃないよ」
 これ以上私の言葉を聞きたくないと言う体で、不機嫌な様で弦十郎は部屋を出て行く。
 そんな事は少しも気にならない。
 今や、私の頭の中には「アスタロト・レヴィ・クレメント」の事だけしかなかった。
 
 あいつだ。
 あいつが私の邨を滅ぼしたに違いない。
 私はその魔術師を探しだし、殺さなければならない…。



理玖王5-9

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