2009.01.13 green house〜水川青弥 「出会い」 1
本校舎から少し離れた別館の裏庭に、時間の流れに取り残されたようにひっそりと建つ寂れた温室。
そこがおれの隠れ家。唯一、気の休まる場所だ。
この春、聖ヨハネ学院高等学校に入学して間もなくおれはこの温室を見つけた。最初、緑色の小屋が建っているのかと思ったけど、近づいてみると太陽の光が降り注ぐガラス張りの小屋の中で植物が一斉に葉を広げていた。中へ入ると、所狭しと並べられた植木鉢はまったく手入れがされていないようで、どれも伸び放題になっていた。それでも植物たちは健気に白やピンクやブルーの花をつけている。その野趣溢れる温室を、おれはひと目で気に入った。水やりだけはときどき誰かがしているようだけど、半ば放置されている場所ならば、尚更おれには好都合だった。
それからおれは、休み時間や放課後のほとんどをこの温室で過ごすようになった。今まで水やりをしていた誰かさんの変わりに植物たちに水をやり、それから窓際に造りつけられたカウンターのような棚の前になにかの空き箱らしき木の椅子を置き、それに腰をかけてスケッチブックを開く。絵のモデルならここにはいくらでもいる。誰にも邪魔されずに鉛筆を走らせるひとりの時間がおれにはなによりも大事だった。
そのとき、白衣姿の若い男が温室に近づいてくるのが見えた。1年生に生物を教えている藤内(とうない)先生だ。
先生は温室のドアを開けるなり俺を見ずに話し出した。
「おお、また水やりやっといてくれたのか。悪いな」
「いいえ、ついでですから」
「本当はここは俺の管轄らしいんだがどうも面倒でね」
らしい、と言うあたりにこの男のいい加減さが窺える。
「おれが毎日水やりしておきますから、先生は心配しなくても大丈夫ですよ」
「それは邪魔だからもうここへは来るな、ということかな?」
先生がにやりと笑った。おれはばつが悪くなって、ずれてもいない眼鏡のブリッジを左の中指で押し上げた。
「いえ……そんな……」
「まあ、俺は助かるからいいけどね。ただし、くれぐれもここで煙草を吸ったりするんじゃないよ。見つかれば俺の責任が問われるんだから」
見つからなければいいということか?
「はい、わかりました」
「まあ、水川(みながわ)は学年トップの優等生だから心配はしてないけどな」
そう言いながら、先生は白衣の裾を翻して温室をあとにした。
再び静寂が戻る。
なのにおれはなんとなく居心地が悪くて、何度も足を組み直した。
優等生――おれの特徴を端的に言い表すとそういうことになる。けれどそれはおれが望んだことじゃない。
この高校はカトリック系の私立校で、県内でも有数の進学校だ。全生徒のうち4割が国公立、3割が有名私立大学に進学し、残りは付属大学に進む。いわば勉強のできるお坊ちゃんが入る高校だ。おれはここの理系コースに籍を置いている。ただし、間違ってもお坊ちゃんなんかではない。
おれの父親は会社員で、母親は専業主婦。生活レベルは中の上くらいの、ごく一般的なサラリーマン家庭だ。多分、おれに兄弟がいたらヨハネ学院には入学していなかっただろう。幸か不幸かおれはひとりっ子だった。両親はおれに期待し、おれの教育に多額の金を注ぎ込んできた。そんな両親の強い勧めで得意科目を生かしてこの高校に進学したけれど、小さい頃から絵を描くのが好きだったおれは、本当は美大を目指したかった。
けれどそんなこと言えるはずもなく、おれは両親のプレッシャーから逃れるためにヨハネの学生寮に入った。おれがヨハネを受験してもいいと思えた理由はここにあった。
寮生活にはプライバシーというものがほとんどないけれど、この温室だけは外界の煩わしさからおれを守ってくれる。過干渉の両親の手を離れた今、おれはようやく真の安らぎを手に入れた。そう思っていた。
彼――宿禰凛一(すくねりんいち)と出会うまでは……。
text by sakuta
目次へ/2へ
とりあえず青弥(せいや)の紹介です。
のんびり書いていきます。
サイさん、こんなん出ましたけど〜。

↑お気に召しましたらポチっとお願いします。
そこがおれの隠れ家。唯一、気の休まる場所だ。
この春、聖ヨハネ学院高等学校に入学して間もなくおれはこの温室を見つけた。最初、緑色の小屋が建っているのかと思ったけど、近づいてみると太陽の光が降り注ぐガラス張りの小屋の中で植物が一斉に葉を広げていた。中へ入ると、所狭しと並べられた植木鉢はまったく手入れがされていないようで、どれも伸び放題になっていた。それでも植物たちは健気に白やピンクやブルーの花をつけている。その野趣溢れる温室を、おれはひと目で気に入った。水やりだけはときどき誰かがしているようだけど、半ば放置されている場所ならば、尚更おれには好都合だった。
それからおれは、休み時間や放課後のほとんどをこの温室で過ごすようになった。今まで水やりをしていた誰かさんの変わりに植物たちに水をやり、それから窓際に造りつけられたカウンターのような棚の前になにかの空き箱らしき木の椅子を置き、それに腰をかけてスケッチブックを開く。絵のモデルならここにはいくらでもいる。誰にも邪魔されずに鉛筆を走らせるひとりの時間がおれにはなによりも大事だった。
そのとき、白衣姿の若い男が温室に近づいてくるのが見えた。1年生に生物を教えている藤内(とうない)先生だ。
先生は温室のドアを開けるなり俺を見ずに話し出した。
「おお、また水やりやっといてくれたのか。悪いな」
「いいえ、ついでですから」
「本当はここは俺の管轄らしいんだがどうも面倒でね」
らしい、と言うあたりにこの男のいい加減さが窺える。
「おれが毎日水やりしておきますから、先生は心配しなくても大丈夫ですよ」
「それは邪魔だからもうここへは来るな、ということかな?」
先生がにやりと笑った。おれはばつが悪くなって、ずれてもいない眼鏡のブリッジを左の中指で押し上げた。
「いえ……そんな……」
「まあ、俺は助かるからいいけどね。ただし、くれぐれもここで煙草を吸ったりするんじゃないよ。見つかれば俺の責任が問われるんだから」
見つからなければいいということか?
「はい、わかりました」
「まあ、水川(みながわ)は学年トップの優等生だから心配はしてないけどな」
そう言いながら、先生は白衣の裾を翻して温室をあとにした。
再び静寂が戻る。
なのにおれはなんとなく居心地が悪くて、何度も足を組み直した。
優等生――おれの特徴を端的に言い表すとそういうことになる。けれどそれはおれが望んだことじゃない。
この高校はカトリック系の私立校で、県内でも有数の進学校だ。全生徒のうち4割が国公立、3割が有名私立大学に進学し、残りは付属大学に進む。いわば勉強のできるお坊ちゃんが入る高校だ。おれはここの理系コースに籍を置いている。ただし、間違ってもお坊ちゃんなんかではない。
おれの父親は会社員で、母親は専業主婦。生活レベルは中の上くらいの、ごく一般的なサラリーマン家庭だ。多分、おれに兄弟がいたらヨハネ学院には入学していなかっただろう。幸か不幸かおれはひとりっ子だった。両親はおれに期待し、おれの教育に多額の金を注ぎ込んできた。そんな両親の強い勧めで得意科目を生かしてこの高校に進学したけれど、小さい頃から絵を描くのが好きだったおれは、本当は美大を目指したかった。
けれどそんなこと言えるはずもなく、おれは両親のプレッシャーから逃れるためにヨハネの学生寮に入った。おれがヨハネを受験してもいいと思えた理由はここにあった。
寮生活にはプライバシーというものがほとんどないけれど、この温室だけは外界の煩わしさからおれを守ってくれる。過干渉の両親の手を離れた今、おれはようやく真の安らぎを手に入れた。そう思っていた。
彼――宿禰凛一(すくねりんいち)と出会うまでは……。
text by sakuta
目次へ/2へ
とりあえず青弥(せいや)の紹介です。
のんびり書いていきます。
サイさん、こんなん出ましたけど〜。
↑お気に召しましたらポチっとお願いします。
TRACKBACK
TB URL » for FC2 user






いや〜すいませんね〜色々と細かいところに気を使わせてしまったみたいで…
でもこれだけしっかり設定を示してくれると後がやりやすいというモノですからね〜
で、この後もあるよね〜
青弥編はここまで!と思ったら、「次どうぞ〜」って書いてくださいな〜それから考えますわ(^◇^)
え〜藤内センセって…イケメンすか?
カトリック系のお坊ちゃん高校で温室ほったらかしってことはないかな〜
と思って、一応肩書きだけの管理人ということで勝手に作っちゃいました。
ルックスは…具体的にはまだ考えてません。
イメージとしてはカカシ先生(笑)。外見じゃなくて中身がね。
さすがですね!
続きが楽しみです。
温室というのはサイさんのアイデアですよ。
舞台設定とかもお膳立てはすべてサイさんがやってくれたので、
私はそれに乗っかって書くだけだからラクでした〜。
さすがオリキャラ企画をやってるだけあって設定が上手いですよね。
続きもがんばります!
いや〜もうね、昨日食べたもん忘れるからね〜
リンが「オレ」っていうのさえ全く覚えてなかったもん。
きっとこれからも色々迷惑かけると思いますよ〜
先に謝っておくわ〜
私も昨日食べたものは忘れますけどね(笑)。