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2019-11

水川青弥 「出会い」 3 - 2009.02.17 Tue

 出生率が低下の一途を辿る現在、私学はどこも生徒の獲得に躍起になっている。入学希望者を増やすための人気取りになりふり構わず邁進する。そんな中、最近増加傾向にあるのが“塾いらずの学校”である。
 せっかく高い入学金と授業料を払ってレベルの高い私立校に入れたのに、勉強についていけない我が子のためにさらに高い金を払って塾に通わせる親の経済的負担を減らす、という建前で長期休暇に無償で特別講習を行い、良心的かつ活気のある校風をアピールして人気を集めようというのだ。
 伝統と格式のあるこの聖ヨハネ学院高等学校は、そんな手段を使ってまで人気集めをする必要はなかったが、もともと高い進学率をさらにアップしたいらしく、この夏期休暇中に全学年で希望者のみを対象とした特別夏期講習会を開くことになった。
 これは、休暇中も実家に帰省したくないおれにとっては渡りに船だった。
 受講生の募集が始まってすぐ、おれは実家から有名予備校の夏期講習に通うよう勧める母親を説得し、まんまと寮に残る許可を取り付けた。これで平穏な夏期休暇を過ごすことができる。
 ただひとつだけ誤算だったのは、同室の根本先輩がやはり帰省届けを出していなかったことだ。
 まあ、あの人はどうせいつも部屋にいないんだから関係ないか。
 なにはともあれ、制服を着用して寮と学校を往復するおれの夏期休暇はスタートした。


 朝、身体の上に慣れない重みを感じて目が覚めた。
「お・は・よ・う」
 なんとおれの腹の上に根本先輩が跨っていた。
「朝ごはんにする? それともぼくにする?」
 おれは見えない目を細めた。
「なに朝から馬鹿なこと言ってるんですか」
「あ~、いま馬鹿って漢字で言っただろ。ぼくそうゆうのわかるんだからね」
 ぷっくり頬を膨らませるこの人のどこが先輩に見えるだろうか。
「いいからどいてください」
「ちぇっ、ホントみなっちってつまんない」
「そのみなっちっていうのもやめてください」
「じゃあ、セイちゃん」
「普通に水川でお願いします」
「だったらチュウして。そしたら言うこと聞いてあげる」
「……セイちゃんでいいです」
 先輩がどけると、おれは枕元に置いてある眼鏡をかけてベッドから出た。パジャマから普段着に着替える間も、先輩は「肌きれいだよね」とか「腰細いね」とかセクハラ発言を繰り返していたけど、おれはそれらをことごとく無視して食堂へ向かった。
 寮にはおれと根本先輩以外にも残留組が少なからずいた。夏期休暇中も寮母さんたちはおれたちの食事の世話をしに通ってきてくれる。おかげで1日3回の食事の心配はしなくてよかった。外出するため寮で食べないときは、前もって外出届を提出するときにその旨を伝えることになっている。
 朝食を終えると、根本先輩は早速どこかえ消えた。おそらく外出したんだろうけど、あの人の場合、ちゃんと外出届を出しているのかさえ疑わしい。
 いや、寮の飼い猫だと思えば、誰も彼の自由を阻害する気にはならないかもしれない。
 とりあえず、午後の夏期講習が始まるまでおれの平穏は約束された。
 夏期講習は午前と午後の部に分かれていて、どちらか一方のコースを選択する形で行われている。おれは午後の部の理系クラスを選んだ。午前の部にはあの高橋がいるからだ。あいつは午前中はヨハネの、午後はよその超有名予備校の夏期講習に通っているらしい。本当によくやる。
 おれは温室の草花に水をやりに学校へ向かった。温室は通気用の窓が開けっ放しになっているけど、雨に濡れることはないし室温もかなり上昇するので、夏場は朝夕の2回水やりをしないとすぐに枯れてしまう。ここの管理人の藤内先生は、本当にここの世話をおれに任せっきりにするつもりらしい。さすが古文の藤宮先生とともに問題教師と並び称されるだけのことはある。ヨハネの藤藤コンビといえば知らない生徒はいないくらいだ。
 温室の水やりを済ませて寮へ戻る。静かな部屋で夏期休暇の課題をやったり本を読んだりしながら過ごし、昼食を食べたあと制服に着替えて、おれは再び登校した。
 夏期講習の内容はほとんど1学期のおさらいだった。はっきり言っておれには温い。後半に入ったら難易度を上げていくつもりらしいが、よその予備校の夏期講習と掛け持ちしたい高橋の気持ちもわかる気がした。
 講習が終了し、おれは温室へと急いだ。もちろん、スケッチブックと鉛筆は鞄の中に入っている。たとえ休暇中でも、この習慣を変えるつもりはなかった。
 朝のうちは晴れていたのに、エントランスを出ると空には今にも泣き出しそうな鉛色の雲が立ち込めていた。おれは駆け足で裏庭へまわった。そしておれが温室へ駆け込むのとほぼ同時に大粒の雨が降り出した。
「この降り方ならただの通り雨かな」
 屋根を打つ激しい雨音を聞きながら、おれは今日のモデルを探した。
「よし、今日はおまえにしよう」
 おれは黄色い花を咲かせている鉢を選んだ。花の大きさや形からするとキク科の仲間らしいが、立ち木性ではなくほふく性の強い種類のようで、1メートル以上伸びた茎が棚から垂れ下がっていた。その鉢植えをいつものカウンターに移動させ、空の木箱の椅子に座って鞄からペンケースを取り出す。
 ペンケースの中には芯の柔らかい鉛筆が数本と消しゴム、それからカッターナイフが入っている。おれは鉛筆を1本とカッターナイフを取り出し、慣れた手つきで鉛筆を削り始めた。
 スケッチ用の鉛筆は、鉛筆削りでは削らない。1本1本カッターナイフを使って芯を長めに削り出す。そうやって鉛筆を削りながら、頭の中にこれから描く絵をイメージし、集中力を高めていくのだ。
 だからいつも描く直前に鉛筆を削る。ちょっと大袈裟に言えば、このときの鉛筆の仕上がり具合がその日の絵のできを左右することもある。それくらい鉛筆を削るという作業は絵を描く者にとって大事なことなのだ。
「うん、今日は上手く削れたぞ」
 削り上がった鉛筆を目の高さに掲げて見つめた。絵はともかく、鉛筆を削る腕は確実に上がっている。
 そのとき突然、バタン、と大きな音がした。
 驚きのあまり、せっかく削った鉛筆を落としそうになった。
 すぐにドアが開いた音だと気づいたおれは、戸口に立っている男を見てもう一度驚いた。
 そこには、雨に濡れた宿禰の姿があった。


                                          text by sakuta



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● COMMENT ●

来たー、リン!!
ふたりっきりだー。
それにしても根本ネコちゃんのセクハラは何?
サクタさんぎっしり書きましたねー、ここでポチしていきまーす。

あは

ぎっしりしすぎた~。
ホント、私が書くものはブログ向きじゃないですよね。
でも不器用なんで、なかなか書き方を変えられないんですよ。
根本ネコはほんのお遊びです。
あとあとなにかで使えないかな~という程度の(笑)。


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