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2019-09

水川青弥 「予感」 2 - 2009.04.09 Thu

 おれと宿禰は書店の近くのファーストフード店に入った。おれは食べるものにはあまりこだわりがない、というか食べること自体に興味が薄いのだけれど、宿禰はハンバーガーに不満そうだった。
「お盆は実家に帰らないのか?」
 宿禰が訊いてきた。その質問を受けるのは、今日はこれで2度目だ。根本先輩のように「どうして」と突っ込まれると面倒だから、おれは適当に「来週」と答えた。
 すると今度は寮の生活は楽しいかと訊かれた。ほかの寮生たちは門限が早いとか規則が厳しいとか文句を言っているが、おれはそれをとくに煩わしいと感じたことはない。開放刑務所の囚人並みには自由だと思う。
「うん、まあまあ」
 そう返事をすると、そこで会話が途切れてしまった。
 おれは人と話をするのがあまり得意ではない。自分の話をするのはもっと苦手だ。なにをどうしゃべったらいいのかわからない。かといって、人から話を訊き出すのも上手くない。こんなおれと一緒にいて宿禰は楽しいのだろうか。
 しばしの沈黙のあと、宿禰が唐突におれの名前を呼んだ。
「水川」
 おれはテーブルの上に落としていた視線を上げた。
「なに?」
「俺のこと、嫌い?」
「え……」
 なぜそんな質問をするのかわからないけど、おれは感じたままを答えた。
「嫌いじゃないよ」
 嫌うほど宿禰のことを知っているわけでもないし。
「じゃあ……友だちにならない?」
 おれは驚いた。ストレートにそんなことを言われたのは初めてだ。
 いや、中学のときにひとりだけおれにそう言った子がいたけど、男から友だちになろうと言われたのはたしかに初めてだった。
 もともと慎重なおれは、むやみに自分を晒したり、積極的に誰かと関わろうとしたことがなかった。ある時期からそれに拍車がかかり、おれは透明なバリアーを張って自分を守るようになった。
 そのバリアーを、宿禰はものともせずに中へ入ってこようとしている。そんなやつは初めてだ。どう対応したらいいのかわからない。
「と、友だちって?」
 そう訊ねると、宿禰はあの温室をふたりだけの隠れ家にしようとか、今日買った写真集について話をしようとか、今後のおれたちについて楽しそうに語った。そして、しまいには予想もしていなかったことを言い出した。
「じゃあ、俺のことリンって呼んでよ」
「え?」
「凛一だからリンだよ。言ってみろよ」
 おれはおおいに戸惑った。いままで誰かを下の名前で呼んだことなんてなかったから。
 名字ではなく下の名前で呼び合うというのはいかにも親しげだ。まさかおれにそんな友だちができるとは思っていなかった。
 意外なことに、悪い気分ではない。
 でも、抵抗はある。
 普通の人にはどうってことないことかもしれないけど、おれにはそのどうってことないことが途方もなく難しかった。
 呼ばなきゃだめだろうか。気を悪くするだろうか。
 おれは勇気を振り絞る。
「……リ、ン」
 耳が熱い。きっと赤くなっている。
 かっこ悪いな、おれは。
「そう、ミナはいいやつだね」
 そう言って宿禰は笑った。なんだか馬鹿にされている気がした。
 だいたい、なんでおれを「ミナ」って呼ぶんだ。
 宿禰にとっては自分を「リン」と呼ばせたり、誰かを下の名前や愛称で呼んだりすることは、毎日食事をするのと同じことなのかもしれない。偶然街で出会った同級生を食事に誘うことなんて、テレビのチャンネルを変えるのと同じくらい簡単なことなのかもしれない。
 そう思うとなぜだか無性に口惜しかった。
 なのに宿禰は、なおもおれに「リン」と呼ばせようとする。
 それが腹立たしくて、悲しくて、おれは子どもみたいに席を立った。
 去り際、おれの背中を「約束を忘れるなよ」という声が追いかけてきた。
 おれは振り返り、なるべく素っ気なく「気が向いたらね」と答えたのに、宿禰は笑顔で手を振った。
 なんだか負けたような気分だ。
 子どもっぽい自分の恥ずかしさを誤魔化すように、おれは階段を駆け下りた。


 帰り道、電車の中で、バスの中で、おれは宿禰のことを考えていた。
 下の名前を呼ばされて腹を立てたとき、おれはなんて言った?
『いつも誰にでもそうなのか?』
 たしかそう言った。
 これってどういうことだ? 
 まるで嫉妬してるみたいじゃないか。
 いや、そんなはずはない。
 おれはあいつをなんとも思ってないし、あんな言葉に深い意味なんてない。ただ、ついぽろっと口をついて出ただけだ。
 おれは必死にそう自分を納得させようとしていた。
 必死になればなるほど、自分が滑稽だった。
 宿禰はただ友だちになろうと言っただけだ。それを人生の一大事みたいにひとりで勝手に取り乱して、宿禰を店に置き去りにしてしまった自分が情けない。
「あはは……余裕ないや」
 もっと余裕のある人間になりたい……。
 できれば、宿禰ともちゃんと友だちになりたい。
 おれは写真集をぎゅっと胸に抱きしめた。


                                          text by sakuta


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● COMMENT ●

か、かわいい…(*^_^*)

おい、たまんねえな~ミナは。

だ、そうです。ミナの日記をこっそり読んでる凛一の気持ちだ(^_^;)

あははは・・・

ミナってデリケート・・・
と、思ってサイさんのコメ読んで大笑い!
喜ばれてるよ~!!

サイさん

ミナはリンとは正反対を向いてる自意識過剰少年です。
もしもリンに日記を読まれてると知ったら、彼は舌をかむでしょうね~(笑)。

アドさん

こういうウダウダ系の心理描写をねちねち書くのは楽しいですよ。
アドさんにはこんなのかったるいかもしれませんが、
リンがかわいいって言ってくれればもうそれでいいや~(ふっきれた・笑)。

あぁ・・・

でも、こういう心境って凄くわかる!!

実際に居ますよねっ!!

面倒くさいって・・・(爆)

伽羅さま

ああ、伽羅さまもわかっちゃう方なんですね!
こういう感情に共感しない方には
ミナはただのウザキャラですけどね(笑)。

コメありがとうございました!

わー。

・・・ウザイって言われたら傷付くなあ。
ミナにはリンがいて良かった!
思いっきりじたじたばたばたしていいんだよ。リンは絶対にミナを見放さないから~~。
お。
ほだされる展開ってこと・・・?

おふくさん

わーい、こっちもコメありがとうございます!

>・・・ウザイって言われたら傷付くなあ。
↑実際読んでてウザくないですか? 私は自分で書いててイタタ~って感じですけど(笑)
おふくさんはついてきてくれますか?

>思いっきりじたじたばたばたしていいんだよ。
↑お許しが出ました! 思う存分じたばたさせていただきます!(笑)
でも、こんなミナをかわいいと思えるリンはやっぱ大人ですね。


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