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2019-11

水川青弥 「予感」 3 - 2009.04.11 Sat

 雨のように降り注ぐ蝉の声の中、おれは温室へと急いだ。
 今日は約束の金曜日。
 夕方というだけで待ち合わせの時間は聞いてなかったけど、なんとなくちゃんと会えるような気がしていた。
「あれ? でもおれ、夏期講習が終わる時間を教えたっけ?」
 言ってなかったような気もする。
「まあ、いいや。宿禰が来るまで待とう」
 そう思って温室のドアを開けると、目の前に宿禰の姿があった。
「あ、来てたの……」
「来てたのじゃねぇよ。俺、1時間も待って……もう来ないかと思ったから帰ろうとしてたんだよ」
 えっ、1時間も!?
「ごめん……時間とか言わなかったから。講習終わって一旦寮に帰って、これ、持ってきたんだ」
 言い訳がましく聞こえてたら恥ずかしいなとか思いながら、おれはおずおずと書店の紙袋を差し出した。
「この間の?」
「うん、すごくよかったから宿禰にも早く見せたくて……」
 宿禰の手が紙袋を受け取る。
「あ、りがとう……」
 おれはほっとした。
 それからおれたちは写真集をめくりながら語り合った。話のテーマが決まっていれば、おれもそれなりにしゃべることができるから、この前のファーストフード店のようなことにはならない。
 けれど、宿禰はときどき上の空だった。
「……でね……ね、聞いてる? 宿禰」
「あ? 悪い。聞いてなかった」
 おれは悲しくなった。やっぱりおれとのおしゃべりは退屈なのかもしれない。
 でも……、
「この本について語ろうって言ったの、おまえだろ?」
 つい口調が強くなってしまった。宿禰は怒っただろうか。
 すると彼はおどけた感じにかしこまった。
「ゴメン。今度よく見て読んで完全把握しておきますので、それまでお待ちください」
 おれは思わず笑ってしまった。
 さっき帰ろうとしてた宿禰は少し恐かったけど、今の彼はすごくおかしい。
 このほかにも笑った顔、驚いた顔、真剣な顔。宿禰はおれにいろんな顔を見せてくれる。
 今までおれのまわりにはライバル心や嫉みといったギスギスした人間関係しかなくて、みんな自分の手の内を隠して腹の探り合いばかりだった。
 だから宿禰の素直な反応が意外だった。
 いや、素直かどうかなんておれにはわからないけど、少なくともおれの目にはそう映った。だからあんな恥ずかしいことも平気で口にできるんだ。
 男のおれに、約束を守ってくれてうれしいだなんて……。


 それからというもの、おれたちは時間の許すかぎり温室で一緒に過ごすようになった。学生らしく一緒に勉強したりもしたけれど、ほとんどの時間を会話に費やした。
 最初のうちは、宿禰はおれの家族や中学時代の話なんかを聞きたがった。
 けれどおれはあまりその話はしたくなかったから、さり気なく得意分野の植物や絵の話題にすり替えていた。それに気づいたのか、そのうちに宿禰はおれのプライベートに話を向けなくなった。
 一方、宿禰は話し上手で、常におれを楽しませてくれた。とくに神話の話が興味深かった。その語り口はどこかからの受け売りという感じではなく、いったん自分の中で咀嚼してから彼自身の言葉で語っている印象だった。
 ただ、宿禰もやっぱり自分のことを話そうとしなかった。
 誰にだって触れられたくない部分はある。おそらく宿禰もそうだから、おれからも強引に話を訊き出そうとしないのだろう。
 結局、おれたちはお互いの家庭環境や交友関係についてほとんどなにも知らないまま、植物や神話についての知識ばかりを増やしていくという、なんとも歪な関係を深めていくことになった。
 そんなある日、宿禰は突然おれの寮の部屋が見たいと言い出した。
 一応、寮には寮生以外の人間は立ち入り禁止になっているし、おれの部屋といっても根本先輩と共同の2人部屋だ。いくら宿禰といえども無闇に招待するわけにはいかない。
 第一、おれの部屋なんか見たっておもしろいことはひとつもない。
 おれが「なんで?」と訊ねると、今度はおれの携帯電話の番号を知りたがった。
 なんだかいつもと様子が違う。
 なんというか……なにかを焦っているような……。
 おれは普段の癖でつい警戒してしまった。
「携帯は寮にあるから……番号覚えてない」
 言ったあとで「しまった」と思った。おれが自分の携帯番号を覚えてないなんてあまりにも不自然だ。
 案の定、宿禰は不機嫌な顔で黙り込んでしまった。
 どうフォローをしたらいいのか迷っていると、宿禰のほうから口を開いた。
「じゃあ、俺のアドレス教えるから、なんかあったらメールでもなんでもしてよ」
 なにかってなんだ? 学校と寮を往復する生活に一体なにがあるというのだろう。
 それよりもなによりも、
「宿禰は……誰にでもそういうふうに携帯の番号とか訊き出すのか?」
 思わず言ってしまった。もしかしたら少し非難めいて聞こえたかもしれない。
 でも、以前に「リン」と呼べと言われたときにも感じたことだ。やっぱりおれと宿禰では他人に対するスタンスがまったく違うのだ。
 あれだけ一緒にいても、価値観の壁を乗り越えるのは容易じゃない。
 おれは一気に夢から覚めていくような気がした。
「誰とでもじゃねえよ。気に入ったやつにしか教えねぇし……」
 宿禰は不貞腐れた口調で答えた。
「なあ俺、ミナから見たらそんなに信用ねえ人間に見える?」
 正直わからない。宿禰をどこまで信用していいのかではなく、宿禰のなにに信用をおけばいいのかが……。
 それくらいおれは宿禰のことを知らなかった。
 自覚した途端、おれはどうしようもない徒労感に襲われた。頭の芯がぼうっとして、ものを考えるのも億劫だった。
 だから、宿禰がなにか言ったのを聞き逃してしまい、おれは聞き返した。
「え?」
 すると彼は驚くべき言葉を口にした。
「好きなやつは水川だけって話」


                                          text by sakuta

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● COMMENT ●

リンはねえ…

扱いにくいとか、そういう感覚はミナに持ってないなあ~だってもう「好き」って気持ちが最初にあるからね~
どうやって落とそうか…っていう目的がはっきりあるから、じれったいミナに手ごたえを感じてたり…まあね、ミナに負けず劣らず扱いにくいと思うよ、リンは。
「歪な関係」って…なんかエロいよね~(^_^;)

そっか

リンにはこういうミナを落とすのも楽しみなのね。
やっぱ経験値が違いますね~。

ミナから見ると、あの時ってこうなんだぁー、と改めて思い出します。
なんとなく、かみ合っていなかった2人だけど、リンの「お話」を、面白がったりミナにもリンは特別な存在なんですよね!

アドさん

きゃ~、お返事遅くなってごめんなさい!

双方の気持ちがわかるとおもしろいですよね。
リンとミナは価値観がまったく違うから、最初からかみ合うはずがないんです。
でも、これからリンはミナにとって重要な存在になっていく予定ですよん。


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