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2019-09

水川青弥 「引力」 2 - 2009.06.30 Tue

 翌日、おれはどんな顔で宿禰と顔を合わせたらいいのか迷った。迷いながら、いつものように温室で宿禰を待っていた。顔を合わせづらいなら待たなければいいのに、宿禰と会えないのはもっと不安なような気がしていた。
 ところが、温室に現れた宿禰は普段とまったく変わらない様子で、一瞬、昨日のことは全部自分が作り出した夢なんじゃないかと疑ったほどだった。
 でも、夢なんかじゃない。
 あのとき土手から落ちてできた擦り傷が、おれの腕と背中にはある。
 そのうちに、何食わぬ顔で今日の出来事をおもしろおかしく話して聞かせる宿禰のまなざしに、おれに対する労わりのようなものを感じ取り、ようやく気づいた。
 宿禰は待ってくれてるんだ。
 臆病なおれが一歩踏み出すのを。
 その瞬間、おれは宿禰の好意に応えたいと思った。その気持ちに嘘はない。
 だけど……。



「みなっち、どうしたの?」
 気づくと、同室の根本先輩がおれの顔を覗き込んでいた。
「手が止まってるよ。ぼんやりしちゃってなんか悩みごと?」
「べつに……」
 おれが視線を逸らすと、根本先輩は空気を読まずに食い下がってきた。
「うっそだぁ。みなっちがテスト勉強も手につかないなんて、よっぽどのことでしょ」
「そういう先輩は勉強しなくていいんですか?」
 ちょっと厭味に言ってやると、先輩は自分のベッドにごろんと寝転がった。
「いまさら勉強したっておつむの中身は変わらないよ。それよりなにを考えてたの?」
「先輩には関係ありませんよ」
 素っ気なく突き放しても先輩はめげない。
「わかった。恋でしょ!」
「な……」
 図星だった。
「なんでわかったのかって? そりゃあ、勉強が手につかなくなるといえば原因は恋煩いって相場は決まってるからね」
 そういえば、と思い出す。
 根本先輩はたしか男の人と付き合っていたはずだ。以前、宿禰とキスしているところを目撃したこともあった。同性と恋愛関係に及ぶことにまったく抵抗がないという点では、宿禰と同じタイプの人間なのかもしれない。先輩は素行にこそ問題はあるけれど、人間的には教師なんかよりよっぽど信用できるような気がしている。
 おれは思い切って訊ねてみた。
「あの……先輩は男の人が好きなんですよね?」
 先輩は両手を頭の下で組んで、天井を見つめたまま歌うように答える。
「そうね~、好きだね~」
「どうして男が好きなんですか?」
「それはぼくに『なんで生きてるんですか?』って訊いてるのと同じだね」
「はあ……」
「ぼくにとっては女の子と恋愛するより、男の人とキスするほうが自然だったってこと」
「なんでそうなのか悩んだことはないんですか?」
「なんでかなんて考えたってしょうがないよ。これがぼくなんだもん」
 それから先輩はちらりとおれを見て続けた。
「……なんてね。本当は悩んだよ。でも、いくら悩んだって普通の男の子みたいには生きられないし、結局はありのままの自分を受け入れるしかないでしょ」
「ありのまま?」
 先輩はおれに向かってにっこりと微笑んだ。
「そう、ありのまま。自分に嘘をつかないで生きる。それができればぼくの人生はオールオッケー」
 おれは鸚鵡のように繰り返した。
「ALL OK……」
「そ。みなっちみたいな真面目な子には難しいかもしれないけどね。でも、どっかで自分を解放してあげないと苦しいでしょ。みなっち、今までちゃんと呼吸できてた? 苦しかったから親元を離れてこの寮に入ったんじゃないの?」
 そうだった。おれはもう長いこと苦しかった。あの家ではもう息ができないと思った。だからヨハネは電車通学圏内の高校にもかかわらず、わずかな通学時間でも無駄にしたくないと両親を説得して実家を出たのだ。
「ここにいる間は楽にしなよ。3年間の期限付きだけど、ここでの3年間を楽しむことができれば、その先の人生も変わってくると思うよ。とくにみなっちみたいな子はね」
 先輩は勢いよく身体を起こした。
「なんてね。ぼくに説教なんかされたくないか。勉強の邪魔しちゃったね。お邪魔虫のぼくはダーリンのとこにでも行ってこようかな~」
 そう言うと、先輩は鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。
 ひとり残されたおれは先輩の言葉を反芻する。
「自分に嘘をつかない」
 どうやらそれが楽に呼吸をするための秘訣らしい。
 自分に嘘をつかずに、正直に、この期限付きの自由を謳歌する。
 それができれば自分は変われるような気がした。
 そもそも、そんなふうに前向きに考えられるようになったということは、自分はすでに変わり始めているということかもしれない。以前の自分なら考えられないことだ。
「やっぱり宿禰の影響かな」
 おれは自由になれる。
 そのためにも、今はまず自分のやるべきことをやろう。
 迷いの吹っ切れたおれは、再びシャーペンを握って数学の練習問題に向き合った。


                                                text by sakuta



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