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2019-09

水川青弥 「引力」 3 - 2009.07.01 Wed

 期末テストではいつもどおりの力が出せた。多分、それなりの結果が出るだろうとは思っていたけど、かつてないほどどテストの結果が気にならなかった。
「水川、廊下に張り出されてる順位表見たか? おまえ、高橋を抑えて1番だったぞ」
「ああ、うん」
 クラスメイトの声に上の空で相槌を打ちながら、おれは机の上に置いたスケッチブックの表紙を撫でた。
 散々迷った挙句、やっぱり自分にはこれしかないと思った。

 放課後、おれは逸る気持ちを抑えきれずに温室へ走った。
 宿禰はまだ来ていない。
 おれはほっと息をついていつもの椅子に腰を下ろした。
 とにかく落ち着こう。
 おれはスケッチブックとペンケースを取り出し、先日、宿禰と一緒に行った園芸店で選んだリンドウの鉢植えを、右へ左へまわしながら眺める。いい感じの向きを見つけてテーブルに置くと、おれは真っ白なページに鉛筆を走らせた。
 うれしいとき、悲しいとき、元気を出したいとき、気持ちを落ち着けたいとき、おれはいつもこうして絵を描いてきた。絵を描きたいと思えるうちは、自分は安心なような気がしている。
 そして今日、おれは絵を描くことに新たな理由を加えようとしている。
 うまく伝えられるかな。伝わるといいな。
 そんな不安も、鉛筆を動かしているうちに遠退いていく。
 いつしかおれは、リンドウを描くことに没頭していった。
 だから、宿禰に声をかけられるまで、彼が温室の中に入ってきたことに気づかなかった。
 2、3言葉を交わしながら、宿禰がおれの手元を覗き込んでくる。
「リンドウ上手く描けた?」
「どうかな」
 宿禰は描きかけのリンドウを見つめながら言った。
「おまえ、美大とか芸大、真面目に考えてみれば? マジ上手いと思うし、描くの好きだろ?」
 おれは驚いた。おれにそんなことを言うのは、藤内先生と宿禰くらいなものだ。両親は勉強の妨げになると言って、おれが絵を描くことにいい顔をしなかった。藤内先生以外の教師やクラスメイトたちも、おれはこのまま理系の大学に進学すると思っている。
 なにより、美大へ進むことの難しさをおれは知っている。
「絵を描くのが好きだとか、ちょっと上手いからといって美大には入れないよ。それに美大で勉強したって才能がなきゃなんになるんだよ。本物の芸術家なんてほんのひと握りだ。絵は……趣味で楽しんでいられればいいよ」
 それは本心じゃなかった。
 でも、そう言って自分を納得させるしかない。
「……そう」
 宿禰は残念そうな顔をしていた。
 そんなことよりも、今はもっと大事なことがある。おれは意を決して宿禰に向き合った。
「それより……おれ、宿禰に相談がある」
「へ? おまえが? ……珍しい。ミナの相談ならなんでもうかがいますよ。ゆってゆって」
 いつもの軽い調子で宿禰が近づいてくる。あまりの至近距離に、落ち着いていたはずの心臓が再び駆け足になる。
「……そんなに近づくな。あ、あのさ」
「なに?」
「おれ、今まで植物とか風景とか、そういうのばっかり描いてきたんだけど……あの……人を描きたいって……宿禰を、描いてみたいって思っているんだ」
 一瞬きょとんとしていた宿禰は、事態を呑み込むとふたつ返事で請合った。
「あ? 俺? ……絵のモデル? いいぜ。裸になる? 俺、ガリであんま裸体に自信はないけど、ミナの頼みだったら脱いじゃう!」
 今にも目の前で脱ぎ出しそうな勢いの宿禰におれは慌てた。
「ばっ……裸にならなくていいっ! なんで絵のモデルで裸になるんだよっ!」
「だってデッサンの練習なら身体の線を描きたいんだろ? 裸になるんじゃないの?」
「おまえの裸なんか、描かないよ!」
 っていうか、宿禰の裸を凝視なんてできない。
「そう……じゃあ、顔モデル? 俺、顔だけはいいからな~」
 だめだ。こんなんじゃ全然伝わらない。
 これだけでどうにか察してもらおうと思った自分が甘かったのかもしれない。
 おれは緊張で湿った手を握り締めた。
「おれはおまえの顔とか身体とかが描きたいわけじゃなくて! おれがおまえを描きたいって意味はさ……おれは今まで誰かを描きたいって思ったことがなくて……おれが自分から描きたいって思ったのはリンが初めてで……だから、その……言わなくてもわかるだろ?」
 どさくさに紛れて宿禰を「リン」と呼んでみた。まだ慣れない。
 顔が熱い。きっとみっともないことになってる。
 おれは少しでも赤くなっているであろう顔を隠したくて、意味もなく眼鏡を押さえた。
 今度こそ伝わったと思ったのに、宿禰は黙ったままだった。おれは怖くて顔を上げることができない。
 早く! 早くなにか言ってくれ!
 おれは心の中で懇願した。
 ところが、やっと彼が口にした言葉はさらにおれを追いつめた。
「なんの話か全然わからない。俺を絵のモデルにしたいのは了解したよ。それ以上のことは伝わらない」
「……わかっているんじゃないか!」
 憤るおれに、宿禰はもっともらしく説く。
「ミナ、言霊って知ってるか? 声に出して初めてその言葉の意味を成すんだよ。言いづらくても自分の言葉ではっきり言わなきゃ俺の心には響かない。それが大事なことなら尚更だよ」
「……リンは意地悪だ」
 理系の男は口下手と相場は決まってる。そのうえ絵を描くことが言語のひとつになってしまっているようなおれに対して、宿禰は「言え」と迫ってくる。こいつは絶対にSだ。
「おまえの本気が見たいのさ。俺ばっか独りよがりみたいじゃないか。ほら、ちゃんと言えよ。ここまで待ってやったんだ。それ相当なご褒美を貰っても罰は当たらないと思うけどね」
 もうこれ以上逃げられないと悟ったおれは、ついに腹をくくった。
「……わかったよ。言うよ。言えばいいんだろ!」
「ちゃんと心から俺に届くように魂を込めて言えよ。俺の扉は頑丈なんだよ。開けるには真なる言葉の鍵が必要だからな」
 それは他人事のような口ぶりで、まるでゲームの攻略法を伝授するかのようだった。
 おれはひとつ深呼吸をしてから口を開いた。
「おれは……どうしても自分に自信が持てなくて、おまえがどうしておれにこだわるのか、いくら考えてもわからなくて……でも、おまえが選んでくれたのならって、そう思ってがんばってみようと思ったんだ。おまえと付き合いたい。友達なんかじゃ足りない。もっとたくさん、いろんなリンを知りたいって思う」
 それから、おれは宿禰の瞳を真っ直ぐに見つめた。
 どうか届いてほしい。
「おれは……リンが好きだよ」
 すると宿禰は幸せそうに微笑んだ。
「ありがとう、ミナ。俺もミナが好きだよ」
 その笑顔が愛しくて、せつなくて、なんだか泣けてきそうだった。


                                               text by sakuta



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● COMMENT ●

なんか懐かしい

振り返るとこんなこともあったなあ~…リン気分で読むとそんな感じ?ww
この調子で頑張れ!ミナ!

ホントこんなこともあったな~って感じですよね。
本当は早く先に進みたいんですけどね~。

今日は午前中からずっと出かけてたのでアップできませんでした。
疲れたのでもう寝ます。すいません…。

引力

もうタイトルからグイグイきます。
告白のとき、ミナはこんなに葛藤してたんだ!
(そうだろうとは思ったけど)
実際に文章で読むと大納得です。

「引力」はPerfumeの昔の曲のタイトルからいただいちゃいました(笑)。
すいません。中田ヤスタカ氏は私の神なもんで~。

ここでひと山越えちゃったもんで、その後はちょっとトーンダウンしてます。
もうひと山書かねばならんので、気力を溜めてからがんばります。
コメありがとうございました!


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