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2019-09

宿禰慧一編 「オレミユス」 14 - 2010.03.16 Tue

14、
 シカゴの空港に降り立ち、アパートに帰り着くとすぐに携帯が鳴った。
 嶌谷さんからだった。
 俺がマンションを出た後、嶌谷さんは凛一から相談を受けたそうだ。
 それは懸念していた内容だった。
 凛一は俺に情欲を持ち、俺と愛し合いたいと願っている。だが、嶌谷さんは俺が頼んだとおりに、俺には凛一を抱く意思がない事、これからもずっと兄として見守っていくという事を伝え、凛一もそれを受け入れたのだと…

 俺は凛一が俺を欲しがっているという、愛しているという事実に陶酔と罪悪感を一度に覚え、眩暈がした。
 ソファにやっと腰掛け、痛む胸を押さえ、大きく息を吐いた。
「…凛一の様子はどうでした?」
 それが一番心配だった。自棄になってしまわないか、変なことに巻き込まれないか…
 嶌谷さんがいるとはいえ、いつも目を光らせてはいられないだろう。
『どうでしたじゃないよ。凛一のあんな…かわいそうな姿、見捨ててなんかおけるかよ。俺が抱いてやりたくなるところだぜ…酷過ぎるよ。慧一くんだって凛のあの顔を見たら、固い決意も溶けてしまうだろうよ』
「…すみませんでした」
『とにかく君に頼まれたことは遂行した。ここからは俺のやりたいようにやるよ。俺だって凛一の幸せを望んでいる。それが何かを俺なりに探してやりたい。異存はないだろ?』
「勿論です。あの子が本当に頼れるのは嶌谷さんでしょうから」
『…本気で言ってるのか?…だとしたら、君は凛一をわかっていないって話だ、慧一くん。俺はこの件に関しては不本意極まりないんだからな』

 嶌谷さんの怒りの言葉に返事は出来なかった。
 嶌谷さんの言うとおりだと俺もわかっている。
 たかがセックスだ。兄弟であっても愛し合っていれば間違いではないことぐらい俺にだってわかっている。
 だが…それでも…それがあの子の心のどこかに黒い染みを残すならば、それを落としてはいけない。

 携帯を切った後も、胸の痛みは消えなかった。
 今となっては、あの子が俺を愛していることより、あの子を泣かせてしまった事が酷く苛まれた。
 あの子を悲しませるようなことは二度としないと誓った筈なのに…と、思うと己が悔しくて情けなくて…いっその事、凛一の望どおりに抱いてしまえば良かったのか…
 もう、ずっと前から…あの子が色々な奴と経験する以前から、あの子と繋がり、俺だけの恋人として安心を与え、凛一を孤独にしなかったなら、こんな不毛な恋模様に惑わされないで済んだのだろうか…
 もとより一番心配なことがあった。
 凛一は拒んだ俺を憎んでしまわないだろうか…

 4年前の苦い別れを再び繰り返すわけにはいかない。
 俺たちが求められないのは肉欲であって、精神的な愛ではないばすだ。
 勇気を奮い立たせ、俺は凛一にEメールを送った。
 無事アパートに着いたという報告と、体調を案ずるだけのいつもどおりの内容だったが、返事が来るまでは気が気ではなかった。

 その晩に返信が来た。
 彼のメールもまた、普段と変わらぬ変哲もない文章に綴られていた。
 ただひとつ今までとは違っていた記述があった。
 いつもの「慧」という俺への呼び名が、「兄さん」に変わっていたのだ。
 そのたった一文字が、俺には重い十字架の様に見えた。
 それは決して尊いものなんかではない。
 燃やし尽くして灰にしてしまいたい程に…ただひたすらに憎かった。



 NK建設に内定が決まった事はまだ家族の誰にも告げておらず、教授と幾人かの友人だけの知るところとなっていた。
 ジャンなどは「ケイイチは総合複合体の大企業より、小規模でデザインプランニング重視のオフィス向きだと思う」と、反論する。
「俺もそう思っているよ。まあ、4,5年は研修だと思ってゼネコンの中身を見学してくるよ」
「建築士と建築家の区別もわからない日本では、さぞ窮屈だろうがね」
「そう言うなよ、ジャン。おまえこそ、親父の後を継ぎたくないと言いつつ、何年院生を続けるつもりだよ」
「そうだなあ~先の事は結婚して子供でも出来てから考えることにするよ」
 ジャンには決まった許嫁が居る。ニューヨークで働いている彼女の元へ、毎週末律儀に出かけている。
「結婚はいつ?」
「来年。向こうの親が待ちきれないらしい。シーラはワーキングウーマンだからなあ~俺の方が尻に敷かれそうだ」
「それこそ思惑通りだろ?ずっと院生でいりゃあいいさ」
「辛辣だねえ~なんか嫌な事でもあったのか?」
「…」
 鋭いにも程がある。苦笑すると「ああ、わかった。リンイチが恋人でも作ったか?」と、おどけながら言う。
「…前からいたよ」
「じゃあ、リンイチに冷たくされた?」
「なんで俺の不機嫌が凛に関わるんだよ」
「だって、それ以外でおまえがぶちぎれるところを観た事がない」
「…」

 卒院旅行と称して、三週間ほどかけて、独りで西欧の建築を見に行くことにした。
 勿論凛一の興味をそそるであろう、教会建築の資料も集めておきたかったからだ。
 俺の研究課題の環境デザインのコンセプトのひとつ、ランドスケープ都市を重点的に巡りながら、その土地の古(いにしえ)の寺院に礼拝した。
 だが、凛一に対する罪深さが少しは減るわけでもなく、神ではなく常に彼への崇拝と肉欲の塊が俺を支配している事実を突きつけられている気がして、頭を垂れる度に苦笑いが浮かんでくる。
 天国行きは諦めているが、こう怯えているのではメフィストフェレスさえ伺いには来ないだろう。
 せめてもの俺の主への貢物に方々のカテドラルをカメラに収め、メールで送った。
 彼は絵文字で怒りながら「ニンジンばっかぶら下げずに、俺も連れて行け!」と、返信してきた。

 ああ、連れて行くよ。俺たちがわだかまりのない兄弟になれたいつか、その時にはきっと…
 この古い幾層も重ねられた大天使が見守る寺院から、ふたりで夜明けを見よう。




兄と弟

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宿禰慧一のお話はこちら「イリュミナシオン」 
リンミナシリーズはこちらからどうぞ。目次へ


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