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2019-09

藤宮紫乃編 「Resolve」 2 - 2010.04.23 Fri

fujimiya

2、
 俺の勤める聖ヨハネ学院高等学校はいわば進学率で言うならば、近郊の高校ではハイレベルな名門校であり、遠方からも生徒達が集まる離島…いわんや鎖国した島国のようなものでもある。
 自主性を重んじ、自由闊達な校風は、それまでの親や家族からの監視下を離れた男子が、初めて味わう麗らかな春の訪れであり、閉じられてはいても心は風になり、自由に舞い上がることが出来る。しかも守られた空間だ。そして、きっちりと区切られた三年間でもある。
この三年間をどう楽しむかは各々のモチベーションによるが、学問も自由も恋も経験もすべてまさに限られているからこその青春なのである。
 なにを選ぶかはコレ、個人の価値判断。

 俺はここの教師になって4年になるが、色々な生徒を見てきたつもりだった。
 見てくれの所為でもあるが、いわゆる男子にはばっちりと好かれる性質(たち)であるから、それなりに傷にならない程度は相手をしているつもりだ。
 卒業してしまえば、取り残されるのはこちら側。
 生徒たちは「先生と離れたくない」と泣きながらも、半年も経たないうちに「いい思い出をありがとう」と、笑って手を振るのだから。
 所詮鳥籠の中の恋なんてそんなもの。本物の自由を知った鳥は籠に帰ることは無い。
 まあ、最もこちらが本気になったことは一度もないのだが。
 ガキを相手にするほど、俺も暇ではない。
 恋はきままに…が俺のモットーだ。

 しかし、それとは逆に俺は意外な一面を持つ。
 今まで付き合ってた奴らに何度となく言われたことがある。
「顔に似合わず執念深いんだね」と。
 その通りだ。
 俺は初めて俺を犯した奴のその時の顔やら、俺を傷つけた一言を言った時の相手の表情やら、俺を蔑んだ奴らの面々の顔をやたら鮮明に覚えている。そして、いつかは仕返しをしてくれると…思い続ける性質なのだ。
 そりゃあもう怨霊になって、毎夜枕元で打杖で打ち据えてやろう程に…だ。
 だからこそ、俺をこれ以上ないほどに無様に傷つけてくれた昔の恋人、宿禰慧一にはよほどの仕返し…罰を与えてやりたいと、無償に思いめぐらすわけだ。
 死ぬ時は俺の手で…とまでは行かなくても、逆に死に水は取ってやりたいと思うのは、可笑しい話で、愛情にまさる憎しみと言うものに俺はそぐわないらしい。
 恩を仇で報いるとはよく言うが、あいつに関しては逆。
 それがまた腹が立って仕方ない話なんだが、あの顔で見つめられると、恨み辛みもそっぽを向いて脳みそが浮上してしまう。
 相手もそうだと、これはもう運命の歯車と承知し、誰が何と言おうと手と手を取って、俗世とは離れてしまってもいいんだが、相手は俺のことなど、これっぽちも胸の片隅にもありゃしないから、俺は余計に腹が煮えくり返ったり、空しくなったりと忙しい。
 別れて5年も経つのに傷が癒えるどころか、恋心は濾過されて純粋なエキスだけが残るというわけだ。
 つまり苦しみも時間が経てば、味わい深い酒となる。
 しかし、それは慧一のみにおいてであり、それ以外には当てはまらないはずなのだが…
 
 その弟、凛一の担任の俺は、慧一に似たその顔を見るたびに、いっぺんは俺の恩讐を受けてみろ!クソガキがっ!と、憎々しく睨みつける。つもりでいたが、あの顔は俺にはどうも鬼門らしく、ついでに背中の翼を見るたびに憎々しいどころか、すっかり魅了されてしまう始末。

 今日は三学期の始業式であり、その後は最終的な進路の確認に始まって、授業の組み分けなど三年に上がる生徒達には大事な日であるにも関わらず、あの宿禰凛一は来なかった。
 本人からの事前の連絡は無く、朝、始業式の前に携帯のメールで慧一から連絡を貰った。慧一がアメリカに帰るのを、凛一がどうしても見送りたいと言うから欠席するという連絡だった。
 そして最後に「よろしく頼む」と。
 俺はその文字を暫く見つめていた。慧一の俺への感情は信頼でしかない。
 わかっている…


 その夜、久しぶりに都内の行きつけのイタ飯屋で食事をして、ドライブの途中、切れた煙草を買う為にコンビニに寄ろうと車を寄せた。
 ヘッドライトが駐車場に屯している数人を映し出した。
 一見してわかる。ガキのケンカだ。
 俺はクラクションを鳴らし、大声で「警察を呼ぶぞ!」と叫んだ。
 蜂の巣を突いたように大声を上げガキどもは逃げ去った。ただひとりを置いて。
 おそらくそいつがケンカの中心だろう。
 多勢に無勢だが一方的にやられている風でもなかった。
 故にほっときゃ良かったのに、こういう時だけ何故か、教育者としての使命感に燃えると言うか…実に馬鹿馬鹿しい限りだ。
 怪我でもしていないかと、様子を見に車を降りて近寄って見て唖然…
 そのまま引きかえって猛スピードでトンずらした方がどれだけ利口だったかわからない。

 しきりに左の腕をさすり、近寄る俺の顔を見た途端、そいつは悪魔も虜にするくらいの綺麗な顔で微笑んだ。
「あれ~?先生じゃん。こんなところで出くわすなんてどんだけ運命的なのさ」
 そいつはにやりと笑いながら俺の方へ近寄ってくる。
 俺はといえばまだ呆気にとられたままで、そいつの顔を凝視した。
「先生、なにやってんの?また少年狩り?…でも車ん中だれも乗ってねえじゃん。じゃあ、せっかくだから俺が乗ってやるよ。暇だしさ。どっか眺めのいいとこに連れてってよ。海の見える場所がいい」
「おい、勝手に乗るな、不良少年めが…」
 助手席に乗り込む凛一の姿を見て、俺も慌てて運転席へ座った。ほっといたら車ごと逃げられそうな気がした。

「凛一、こんなところで何やってんだ。慧一が居なくなった腹いせの破壊行動か?」
「そうとも言えるね。言っとくが言いがかりをつけてきたのは向こうだぜ。コンビニに入ろうとしてもドアの前にうろついて入れなくしてやがるの、あいつら。金出したら入れてやるって。無理矢理入ろうとしたら、胸倉掴んでくるからさ…まあ、ちょいと遊んでやっただけ」
「…」

 顔はモデルも形無し、頭もバカではなく、その上腕っ節が上等とくりゃ、東西の男女問わずモテるに決まっている…ただしとんでもない性悪気質が大問題。

「それで…怪我はないか?お望みなら病院に連れて行くこともできるが」
「病院に行くほどじゃないけど、さすがに五人を相手はちときつかったかな~」
 言葉とは裏腹に、なんとも悪びれる様子も無く両腕を頭の後ろにやり、あくびをしながら身体を伸ばす凛一の様子を眺め、うんざりと諦めた心地で車を発進させた。


「学校以外では眼鏡してないんだね」
「ああ、伊達眼鏡だからな。一応先生らしくと思ってしているだけで、普段はかけてない」
「じゃあ、今は先生じゃないんだね。だったら俺も紫乃って呼んでいい?」
「…好きにしろ」
「紫乃はいつもこんなとこまで来て男漁ってるの?」
「まさか…漁りにくるほど相手には困っていない」
「アルファロメオか…随分といい車に乗っているんだ。高校の教師の給料じゃとっても無理だよね。紫乃はいいとこのお坊ちゃんなんだな~」
 いつもより饒舌な凛一だけに、何かあったのかと感づいてしまうのも癪だったから、口を噤んだままでいた。
 ガキと同じレベルに落ちる事もない。


「へえ~紫乃、カプースチン聞くんだね」
 オーディオから流れるピアノ曲が始まった瞬間に凛一は言い当てた。
「…よく知ってるな」
「俺、クラシックもジャズも好きだからね。この音は…アムランだ。アムランの音はあまり好きじゃない。巧いけどね、この曲はもっとゆっくり味わいたいって思うんだ」
「…」
 驚いた。色んな奴をこの車に乗せたけれど、この音楽家の曲を聴いて弾き手まで当てられた奴はいない。
 最も慧一の影響で俺もこういうクラシックを聴くようになったのだから、その弟が詳しくても不思議ではなかった。

「俺、この曲をとても魅力的に弾く人を知っている」
「…」
「もう死んじゃっていないんだけど…俺が殺したようなもんだ」
 
 それが誰のことを指しているのかは、俺にはわかっていた。






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藤宮紫乃編「早春散歩」はこちらからどうぞ。 1へ




カプースチンの音楽をどうぞ。一応クラシックですよ。演奏者はカプースチン本人です。

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