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2019-11

水川青弥編 「フラクタル」 2 - 2010.07.22 Thu

水川花

2、
 夏休みが近づいた。
 リンと俺は暇があれば顔を合わせる。
 やることは決まっているが、さすがに目の前に迫った受験の嵐には到底逆らえようもなくご他聞に漏れず勤勉になる。
 リンはこちらが引くぐらいに気合を入れて勉学に打ち込んでいる。特に英語への意欲は半端なく、TOEFLのスコアも八割は超えている。
 留学するつもりなのかと問うと、曖昧に「そうなるかも知れない」とかわす。
 大学も一緒に行くと言ったじゃないかと責めると、「勿論そのつもりだよ。でも俺、建築家になりたいんだ。将来は兄貴と一緒に独立した事務所を持って共同でやっていきたいって思っているんだ」と、言う。
 それではおれはどうなる?おれはリンと一緒の仕事はできないし、離れてしまわなきゃならないのか?…リンは困った顔をする。「俺の勝手な予想図だよ。未来なんてわからないだろ?今はミナと一緒にいることが、俺には大事なんだ」
 そう言って柔らかくおれを抱き締めるリンは卑怯だ。
 反論なんか言えなくしてしまうから。


 夏休みが始まった。
 だが生活はあまり変わらない。
 寮と学校への往復の繰り返しだ。
 三年もなると補習は朝から夕方までぎっしりと詰まっていて、余暇なんでまるで無い。
 周りもそれが当たり前のように励むから、おれも取り残されないように机にしがみ付く。
 リンは「ミナは勉強しなくても余裕でトップじゃん」と笑うが、トップはトップなりの意地とプライドがある。
 大体そういうリンがおれにとっては目下一番のライバルなのだ。彼は上位五位以内に食い込むほどに成績が伸びている。
 他の事は置いといても勉強ぐらいはリンに勝っていなきゃおれの存在価値というものが損なわれるというものだろう。

 
 今日も朝から蝉の声をBGMにチャート式を広げる。
 昼からはエアコンが入る教室も、午前中はなんとか凌げるだろうとエコ節電だ。
 いやもう充分汗が流れているんですが…私立のクセにケチるなよ、と隣の奴が愚痴っている。
 右に同じだが、凌ぎやすい午後は大量に眠りの森で遭難するから、こちらの方が受験戦争らしいじゃないか。
 ぼんやりと外を見ると、中庭の噴水も形ばかりだが水を上げている。水不足でもないのに、蛇口を絞めた所為か、今日は勢いがない。勢いは無いが噴水としての責任なのか、暑さを凌ぐ為とばかりにその役目を果たそうとしている。その懸命さがなんとも可笑しくて口元が緩んだ。あれはおれに似ていないか?
 教壇へ目を移す。
 古文の和歌が黒板に書かれ、その横に文法が事細かく記されている。
 理系であっても国立のセンター試験では国語は必須である。あまり得意ではない古文の補習にも参加しなきゃならない。

 教壇の上では古文担当の藤宮先生が和歌集の抜粋をあげて説明をしている。
「きみにより思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらむ。この意味は?誰かわかるか?」
 手を上げた生徒を指し、その答えを聞く。
 聞かなくてもこれくらいならわかる。
「…まあそうだな。あなたのおかげで知ることが出来ました。世の中の人はこれを「恋」と言うのでしょうか。と意訳するがこの裏にはもっと深い意味がある。
この作者は在原業平だが、彼は男前で恋多き人だ。女は勿論男にもモテたそうだぞ~。その彼がこの恋こそは真実の恋ではないだろうかと苦しい胸の内を吐くんだ。真実の恋とは突き詰めると苦悩の連続なのかもしれないな」
 藤宮先生は何を思ったか、おれの方をちらりと目をやり、すぐに黒板へ向かった。

 真実の恋は苦悩の連続か…
 おれは…苦しい恋をしているのかな。
 それともまだ苦しみが足りないのかな。
 いや、この恋は真実ではないのかもしれない。
 だとしたら、「真実の恋」になるにはどうしたらいい?
 リンはおれとどうなりたいのだろう。
 リンはおれと歩く未来を想像してはいないのだろうか。
 いや、リンばかりに任せるんじゃない。
 「恋」はどちらかが傾いてはいけない。
 ちゃんと釣り合っていなきゃ、負担になる。
 それは恋の苦悩とは違う苦しみになる。


 週末はリンのマンションに出かけるのも日課となる。
 一緒に食事の用意をするおかげで、おれも料理のレパートリーが増えた。最も主な味付けはリンが担当するから、おれの味とは言えないのだが。
 目の前でおれの作った明太子スパゲティを美味いと喜んでいるリンがかわいい。材料を混ぜただけなんだが…
 
「夏休みはずっとこっちに居ようと思っていたんだけど…」
「どうした?」
「かあさんが勝手に予備校の夏季講習に申し込みやがって、5万もかかったから絶対受けろって言うんだ。横暴すぎるよ。おれはここの補習で充分なのに」
「そんなのは口実さ。かわいい息子に帰って欲しいからに決まっているだろ?たまには帰って顔をみせてやれよ。後で後悔するぞ」
「…リンはいいね」
「何が?」
「自由だもん」
「俺だって心配してもらいたい親が欲しいと思うことがあるよ」
「そりゃ…そうかもしれないけど…親の愛情って重すぎると反抗したくなるよ。縛り付けるなってなる。リンはならない?」
「え?何が?」
「慧一さんはリンをとても愛してるだろ?その思いって親と同じじゃないか。重く感じたりしない?」
「…昔はそういうこともあったね。反抗期だった頃かな。いちいち干渉するなって腹が立ったよ。兄貴は本当に心から俺を心配してくれているのにさ…それをわかっててもその時はうぜえってなってたよ。今のミナと同じだな」
「そうだよな」
「でも…今は俺への愛情がどんなに深くても重荷には感じない。受け入れてしまえる器が出来たって感じかな。居心地いいよ」
「そう…」

 穏やかに笑うリンがいる。
 リンはこんな顔で笑っていたかな…
 その顔を見ていると、なんだか胸が苦しい。
 彼はおれを愛してくれているのだろうか。
 慧一さんの愛を受け入れる器があるといった。
 おれの愛を受け入れる器は…慧一さんよりも大きいのか?
 それとも…
 痛い…苦しい…
 これが真実の恋であるのなら、おれは幸せなのかもしれないな…


 月曜の放課後、温室へ行くとリンがリボンタイを手に持っていた。
 どうしたの?と聞くと、クラスメイトとじゃれていて、倉庫の窓の釘に引っ掛けて破れてしまったんだ、と言う。
「もう使えないな」
「そうだね」
 おれは赤いリボンタイの破けた部分を確かめた。
 縫ったらどうにかなりそうだけど…さすがにリンがミシン掛けをするとは思えない。

「そうだ、いい考えがある。ミナ、手を出してごらん。左手」
「え?」
 リンの言うままに左手を出した。
 リンはおれの手首に破れたリボンを一度巻いて結び、その残りを自分の右手に結んだ。
 繋がれた手を呆然と見ていると、リンはにこりと笑い、
「ほら、運命の赤い糸の代わり、赤いリボンだ。これでミナとは離れられないね…なんてね。ガキっぽい?」
「…」

 窓から差し込む夕日に映えたリンの身体が眩しすぎたのだろう。
 胸が詰まって言葉が出ない。
 こんなもの子供だましだと、とても笑えない。
 おれはただ…
 ふたりを繋ぐ赤いリボンが、一生結びついたままでいたらと…
 それだけを願っていた。

 




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リンミナシリーズはこちらからどうぞ。目次へ

夕日の温室



今週はこれだけ?なのか?…(; ̄ー ̄A アセアセ・・・
イラストの色塗りは…3分かかってねええ!

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