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2019-09

宿禰慧一編 「ペンテコステ」 7 - 2010.08.11 Wed

慧一1


7、
 凛一が去った後の虚しさは覚悟を決めていたはずだった。
 俺はそれを埋めようと仕事に打ち込んでいく。
 いくつかの小規模な建築の立案、設計、プレゼン、人の残業を買ってまで自身をもてあます暇など作らぬように仕事に励んだ。
 休日も持ち込んだ仕事にかかりっきりになっていた。
 夕方近くになり、隣の飯田さんの奥さんが、遠慮がちに尋ねてくる。
 何かと伺えば、夕餉を持ってきたという。
「わざわざすいません」
「大したものじゃないけど、おかずの足しになるならと思って」
「いえ、ありがたいです。実は仕事に没頭していて、昼飯も食べていなくて…早速頂きます」
「実はね…凛ちゃんなのよ。『兄貴は仕事人で食事もまともに取らないから、たまにでいいから、残り物があったら食べさせてやって下さい』ってね…帰り際に頼まれたんですよ。凛ちゃんは本当にお兄さん思いのいい子って家族みんなで感心したのよ」
「そうでしたか…」
 飯田さんが帰った後、すぐに凛に連絡を取った。
 朝起きたばかりで少し寝ぼけ声ではあったが、嬉しそうな気配にこちらも笑みが零れる。
「色々気を使ってくれたみたいで、驚いた」
『なに?俺が人のメシの心配をしそうにないって話?』
「まあ、そういう話だな…嬉しかったよ」
『だって兄貴に倒れられたら、俺、帰る場所がなくなってしまうからね。元気にしててくれなきゃこっちが困るもの』
「そうだな…」
『あ、そうだ、嶌谷さんにお礼言っててね。帰った後も色々と世話になってしまったから』
「わかったよ。じゃあ、元気でな、凛」
『うん、愛してるよ、慧』
 携帯を切った後、安息と寂しさの混じった気分になった。
 凛の言う「愛している」の言葉を疑ったりはしない。
 ただ失うのが怖いだけ。
 手に入れた後のこの幸せの頼りなさはいかんともしがたい。

 今になって、離れて暮らすことへの不安は募るばかりだ。
 あいつをひとりで日本に置いてしまったこと、あいつが付き合っている恋人のこと、嶌谷さんや宗二朗さんのこと、凛の周りのすべてが遠く離れて見えない俺には、変わっていく事さえ知らないままの愚か者でいてしまわないか…
 今「愛してる」と、言う凛は明日には別の誰かに同じ言葉を吐くかもしれない…
 凛と繋がった今、もどかしさは切りが無い。
 消えないジレンマを水底に溜めていくしかないのだ。

 多少複雑な気持ちで嶌谷さんへ電話を入れる。
『凛から聞いたよ。おめでとう。慧一くんの想いが叶って良かったじゃないか』
「嶌谷さん…これで良かったのか。どれだけ考えても答えは出ない。俺は待つって誓ったはずなのに…凛にせがませたとは言え、とうとう…」
『後悔しているのかい?』
「いえ、遅かれ早かれ俺たちがこうなるのはお互い覚悟してましたから。ただ闇雲に喜んでばかりはいられない気がしてならない。凛を手に入れたということは…俺は凛を縛り付けてしまうかもしれない。凛はそれを窮屈に感じてしまうかもしれない…」
『慧一くん、それを杞憂っていうんだよ。君がどう縛りつけようと凛一は窮屈に思わないし、君がいくら縛り付けておこうとしても、自由になりたい時は縄を引きちぎって出て行く奴だよ。奴より君の方が心配だなあ。慧一くんはマイナス思考が身についてしまっているからな』
「否定できません…もうこのことに関しては己の業なので、今更すべてが霧が晴れるようにとはいきませんね。たけど今は本当に…幸せすぎて、夢のような気がしてならないんですよ」
『幸せすぎる…なんて言葉を君から聞くなんて思わなかったよ。悩めるファウストもとうとう最後の言葉を吐くのかい?』
「時よ、止まれなんていいませんよ。魂の救済なんて望んでいません。凛がメフィストなら…構いませんが」
『ああ、凛は本気でメフィストになる気でいるよ。あれがメフィストなら俺の魂も差し出すがね。それよりも宗二朗が迷惑をかけて済まなかったね。あいつも君たち兄弟が気に入ったみたいなんだ。悪い奴じゃないから許してやってくれ』
「いいえ、俺もいいかげん凛に関しては大人気ないので、世話になった宗二朗さんにロクなお礼も出来ませんでしたよ。嶌谷さんといい、お世話になりっぱなしで、どうやって返していいのか見当もつきません」
『礼なんていいよ。好きでやってるんだ。いわゆる子育ての疑似体験。罪滅ぼしにしては美味しい目に合っていると思うよ。まあ、凛は…あれで歳相応な悩みも抱えているから、できる範囲で俺も力になるつもりだよ。慧一くんは自分の仕事に打ち込みなさい。凛一との未来の為にも社会人としても基盤は大事だからね』
「はい、わかってます。じゃあ、よろしくお願いします」
『なあ、慧一くん。…本当のところ、俺は百パーセントの幸せなんか面白みに欠けると思っているんだよ。凛には真逆のことを言っているけどね。俺みたいにヒネてくると少しぐらい自分は不幸だって思っていたほうが、光の恩恵をちゃんと有り難いって思えていいもんさ』
「そうかも知れませんね…」
 
 嶌谷さんほどの域に到達していないから、悩みも尽きないが、俺は俺なりに生きるしかないのだろうと思う。それでも凛を思うだけの苦悶の日々を省みたら、今がどれだけ充足しているのかは計り知れない。
 俺は幸せを感じている。

 



 夏の休暇をどうにか貰って、日本に帰国した。
 父の故郷である金沢の実家では、お盆も兼ねて母と梓の法要が営まれる。
 手筈は凛一が整えたと言う。
 いくら忙しくても死んだ女房と娘の法要ぐらい、自分でやれよと、父を恨めしく思うが、あの人はそういう行事に全く興味がないから、周りがどうこう言っても仕方がない。

 羽田からの飛行機が遅れて、あやうく読経に間に合わなくなるところだった。
 実家の古い屋敷に着き、急ぎ上がる。客間と仏間を繋げた広間に、大勢の参列者が行儀良く低頭していた。
 すぐに凛一の頼りなさげな背中を見つけた。
 あわてて傍によると、緊張感から解放されたのか、少し潤んだ目をしている。
 少し甘えたいような素振りに、抱き締めたくなる欲を精一杯押しとどめた。
 仏壇の母と梓の写真が、恨めしそうに俺を見ている気がする。

 会食が済んで参列者を見送り、俺たちも予約しておいた旅館へ帰る。
 金沢へは両親も今日の朝、着いたばかり。凛一は3日前からひとりでこちらに来て、慣れない実家の古い屋敷で過ごしたそうだ。
 寂しかったと愚痴を聞かされながら、寄り添ってくる身体を抱きしめた。
 めちゃくちゃにしたいのは山々だが…別室とはいえ、隣に父親がいたんじゃ、さすがに兄弟で乳繰り合うわけにはいかない。
 すでにその気になっている凛一を宥めて、キスだけを繰り返す。
 
「キスだけで後はお預けなんて…これってなんかの刑罰にあたらねえ?供養した甲斐がないよね」
 苦笑いをする凛の頭を撫で、
「世俗的な真理と言うものは、耐え忍ぶことなんだよ。きっと母さんと梓が俺たちに戒告してるのさ」
「ホント?」
「…嘘さ」
 俺の腕の中でポカンと呆れる凛の顔がたまらなく愛おしくて、愛おしくて…
 この「幸福」と言う感情を綺麗に切り取って、誰彼とも無く見せ付けたい気持ちになった。



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宿禰慧一のお話はこちら「イリュミナシオン」 
リンミナシリーズはこちらからどうぞ。目次へ


慧と凛1


● COMMENT ●

残暑お見舞い申し上げます。

こんばんはー!フラクタルからここまで来ましたー。
ミナ→リン→慧一とそれぞれの視点から世界の色が違います。
リンの目から見た世界は鮮やか―!
この人はずっとこうやってヒラヒラ~っと生きて行くのでしょうか?
決してフラフラ~ではありません。
結構しっかりして色んなモノを見ているみたいだけど軽やかです。

三人のイラスト(笑)ミナのお花が…

慧一さんの美しさにドキンと来た横顔でした。

こちらもまだまだ暑いです~
昼間は我慢してエアコンをケチっているから益々辛いwww
お互い体調には気をつけよう。

視点で違う色に見えたら嬉しいですね~
当事者のわたくしは成りきって書くだけなのでわかりませんので、客観的に見て、どのように見えるのかは興味がありますから。

凛はえらい薄情な感じなんですが、本人があまりそこんとこを自覚してないので、周りは仕方ないと諦めているんだと思う。
そういう意味で慧は勿論、ミナも偉いやつです。

ミナって花というより、かわいいスミレ的な感じだよね~
凛はむしりとって花瓶に入れて眺めるんだろうね~www


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